民法ゼロから民法#366

相続債務と賃料債権の帰属

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第8章 相続 #366/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

家賃288万円は長男が全部もらえるか、借金900万円は長男が全額払うのか

冒頭の設例。A(父・死亡・賃貸アパート1棟4室・各室の家賃月6万円・銀行からの借入900万円)、B(長男・相続人・アパートを取得)、C(長女・相続人)、D(銀行)。母はすでに亡くなっている。遺産分割まで1年で家賃合計288万円。問い=①家賃288万円は長男が全部受け取れるか ②銀行は長男に900万円を全額請求できるか。 図:冒頭の設例

  • A(父・死亡・賃貸アパート1棟4室・各室の家賃月6万円・銀行からの借入900万円)、B(長男・相続人・アパートを取得)、C(長女・相続人)、D(銀行)
  • 母はすでに亡くなっている
  • 遺産分割まで1年で家賃合計288万円
  • 問い=①家賃288万円は長男が全部受け取れるか ②銀行は長男に900万円を全額請求できるか

設例です。父が亡くなりました。母は、すでに亡くなっています。相続人は、長男と長女の2人です。父の遺産は、賃貸アパート1棟と、銀行からの借入900万円です。アパートは4室あり、各室の家賃は月6万円ですから、全部で月24万円です。遺産分割がまとまるまで、1年かかりました。その間に入った家賃は、24万円の12か月分で、合計288万円です。分割の結果、アパートは長男が取得することになりました。問いは2つです。1つ目、相続した後の1年間の家賃288万円は、長男が全部受け取れるのでしょうか。2つ目、銀行は、借金900万円を、長男に全額請求できるのでしょうか。

アパートをもらう人が、家賃も借金も全部引き受ける。その感覚が、今日の出発点です。答えは、道筋を通ったあとで、数字で言います。ひとつだけ予告します。前回の最後に、父の借金や遺産のアパートの家賃はどう分かれるのか、という問いを残しました。今日は、その回収です。

地図。①借金(可分債務・連帯債務)②不可分と賃料債務③賃料債権④種類ごとの表の完成⑤遺産共有の性質。 図:地図

道筋は5つです。1つ目、借金は、相続でどう分かれるのか。2つ目、分けられない債務、とくに借りていた部屋の家賃の債務です。3つ目、貸していた側の家賃の権利、賃料債権です。ここで冒頭の①に答えが出ます。4つ目、遺産の種類ごとの表を、前回の続きとして完成させます。5つ目、そもそも遺産共有とは、どんな性質の共有なのかを見ます。冒頭の②は、1つ目で答えが出ます。

借金は当然に分割される、相続分の指定があっても

899条の整理。相続人が数人→各共同相続人は相続分に応じて被相続人の権利義務を承継(権利も義務も)。分けられる金銭債務=相続開始と同時に当然に法定相続分で分割(遺産分割の対象にならない)。出典行:大決昭5・12・4。 図:899条の整理

  • 相続人が数人→各共同相続人は相続分に応じて被相続人の権利義務を承継(権利も義務も)
  • 分けられる金銭債務=相続開始と同時に当然に法定相続分で分割(遺産分割の対象にならない)
  • 出典行:大決昭5・12・4

まず、借金の分かれ方です。条文は、899条です。

条文民法899条

民法 第八百九十九条 各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。

権利と義務の両方が、相続分に応じて承継されます。借金は義務の側です。ここで、前に見た分割債権の原則を思い出してください。数人の債務者がいて、特別の約束がないとき、債務は頭割りで各自の債務になりました。金銭の借金のように、分けられる債務を、可分債務といいます。可分というのは、分けられる、という意味です。可分債務は、相続開始と同時に、遺産分割をしなくても、当然に、頭割りではなく、899条の相続分に応じて分かれて承継されます。昔の大審院の決定も、同じ結論です。冒頭の②に当てはめていきます。900万円の借金を、長男と長女が、法定相続分どおり、2分の1ずつ承継します。900万円の半分で、各450万円です。銀行は、長男に900万円全額は請求できません。長男に請求できるのは450万円、長女にも450万円です。

相続人どうしの間では、借金は長男が全部引き受ける、と決めても構いません。ただ、銀行に対しては、それだけでは通りません。理由は、相続分の回で見た条文で、もう一度確かめます。喩えで言うと、2人で割り勘にしたお店の請求書です。2人の間でどう割るかは自由ですが、お店は、割り勘の取り決めに縛られません。銀行に、長男だけが払う、と言い張るには、銀行の同意が要ります。

復習の問い。債務者が替わるとき、債権者の関与は要りましたか?免責的債務引受は、債権者の関与なしにできますか。 図:復習の問い

ここで、前に見たことの確認です。債務者を入れ替える免責的債務引受は、債権者の関与なしにできるでしょうか?できません。債務者が替わると、債権者は、ちゃんと払ってくれる人かどうかで、困るからです。債権者の同意が要りました。この考え方が、次の条文の理由になります。相続分の指定が、あったときです。

債務の分割の板(設例:借金900万円・遺言で長男の相続分4分の3・長女4分の1)。債権者に対して=法定相続分どおり450万円ずつ。内部=長男675万円・長女225万円。債権者が承認すれば指定どおり。長女が450万円払ったら、225万円を長男に求償。 図:債務の分割の板

  • 設例:借金900万円・遺言で長男の相続分4分の3・長女4分の1
  • 債権者に対して=法定相続分どおり450万円ずつ。内部=長男675万円・長女225万円。債権者が承認すれば指定どおり。長女が450万円払ったら、225万円を長男に求償。

相続分の回で見た、相続分の指定の場面です。同じ借金900万円で、父の遺言に、長男の相続分は4分の3、長女の相続分は4分の1、と書いてあったとします。指定された相続分で割ると、長男が675万円、長女が225万円です。さて、銀行は、誰に何円請求できるでしょうか。条文です。

条文民法902条の2

民法 第九百二条の二(相続分の指定がある場合の債権者の権利の行使) 被相続人が相続開始の時において有した債務の債権者は、前条の規定による相続分の指定がされた場合であっても、各共同相続人に対し、第九百条及び第九百一条の規定により算定した相続分に応じてその権利を行使することができる。ただし、その債権者が共同相続人の一人に対してその指定された相続分に応じた債務の承継を承認したときは、この限りでない。

本文です。債権者は、相続分の指定があっても、各共同相続人に対し、900条と901条で算定した、つまり法定相続分に応じて、権利を行使できます。ですから、銀行は、長男にも長女にも、450万円ずつ請求できます。遺言で、長女の負担を225万円にしても、銀行はそれに縛られません。理由は、さきほどの免責的債務引受と同じ筋です。相続分の指定は、遺言をした父が、銀行に断りなく決めたことです。銀行が拘束されるいわれは、ありません。ただし書きです。銀行が、共同相続人の1人に、指定された相続分に応じた債務の承継を承認したときは、指定どおりになります。たとえば、銀行が、長女は225万円、長男は675万円、と承認したなら、そのとおりです。債権者が自分で納得したのですから、拘束してよいのです。

銀行の請求のとおりに、長女が450万円払ってしまったら、長女は損をしたままですか。違います。相続人どうしの内部では、指定どおりの負担です。長女の負担は225万円ですから、450万円から225万円を引いた、超過した225万円を、長男に求償できます。債権者に対しては法定相続分、内部では指定相続分、という二重の構造です。なお、全員が同意して、可分債務を遺産分割協議の対象にできるとしたうえで、法定相続分と違う分け方をしても、902条の2と同じく、債権者は法定相続分で請求でき、承認すればその分け方による、と考える有力な見解があります。問いです。父の借金は800万円で、相続人は長男と長女の2人です。遺言に、この借金は全額、長男が負担する、と書いてありました。債権者は、長女に請求できるでしょうか?

本文のとおり、法定相続分で請求できるので、長女にも400万円を請求できます。債権者が長男だけに請求することを承認していたら、ただし書きで別になります。

連帯債務の相続

復習の問い。連帯債務で、債権者は連帯債務者の誰に、何を請求できましたか? 図:復習の問い。連帯債務で、債権者は連帯債務者の誰に、何を請求できましたか?

次は、連帯債務を相続したときです。その前に、確認です。連帯債務で、債権者は、連帯債務者の誰に、何を請求できましたか?1人に、または全員に、全部または一部の履行を請求できました。この連帯債務を、相続したらどうなるか、が論点です。

連帯債務の相続の板。銀行D←叔父E(本来の連帯債務者・1,200万円)・父A(死亡)→長男B・長女C(各600万円)。D→E「1,200万円」/D→B「600万円(Eと連帯)」/D→C「600万円(Eと連帯)」/B⇔C は連帯しない(×)。 出典行:最判昭34・6・19。 図:連帯債務の相続の板

  • 銀行D←叔父E(本来の連帯債務者・1,200万円)・父A(死亡)→長男B・長女C(各600万円)
  • D→E「1,200万円」/D→B「600万円(Eと連帯)」/D→C「600万円(Eと連帯)」/B⇔C は連帯しない(×)
  • 出典行:最判昭34・6・19

設例です。父と叔父が、銀行から、1,200万円を連帯して借りていました。父が亡くなり、相続人は、長男と長女の2人です。最高裁の立場は、分けられた債務を承継し、その範囲で本来の債務者と連帯する、というものです。なぜ、こうなるのか。整理すると、連帯債務も、中身はお金の債務ですから、ふつうの借金と同じように割り算できます。割り算された各自の分が、叔父と連帯するという、もとの性質を、そのまま引き継ぐ、と考えると分かりやすいです。数字で言います。1,200万円の半分で、長男と長女は、各600万円を承継します。そして、その600万円の範囲で、叔父と連帯します。銀行は、叔父に、1,200万円の全額を請求できます。長男に、600万円、長女にも、600万円を請求できます。叔父が全額払えば、債務は消えます。

長男と長女が互いに連帯するかどうかが、試験で狙われる注意点です。長男と長女は、連帯しません。連帯するのは、本来の連帯債務者である叔父との関係だけです。連帯債務が生まれるのは、当事者が約束したときか、法律が定めたときだけです。父の債務を、相続分に応じて分けて受け継いだだけの長男と長女の間には、その約束も、その定めもありません。長男が600万円を払い終えたのに、長女が払わないからといって、銀行が長男に、さらに請求することはできません。連帯債務の効力、たとえば、1人に生じた事由が他に及ぶかどうかや、求償の細かい中身は、連帯債務の回で見たとおりです。今日は、相続すると、分けた分だけが連帯になる、と押さえておけば十分です。

不可分債権・不可分債務と賃料債務

不可分の整理。不可分債権=共同相続人の1人が全員のために履行を請求できる(428条・432条)。不可分債務=各共同相続人が全部の履行義務を負う(430条・436条)。分けられない=当然には分割されず、全員に不可分に帰属。 図:不可分の整理

  • 不可分債権=共同相続人の1人が全員のために履行を請求できる(428条・432条)
  • 不可分債務=各共同相続人が全部の履行義務を負う(430条・436条)
  • 分けられない=当然には分割されず、全員に不可分に帰属

ここまでは、分けられる債務でした。次は、分けられない債権と債務です。不可分債権と不可分債務は、性質上、分けられません。ですから、当然には分割されず、共同相続人の全員に、不可分に帰属します。不可分債権は、共同相続人の1人が、全員のために履行を請求できます。たとえば、父が買って、まだ引渡しを受けていない掛け軸の引渡しを求める権利です。掛け軸は分けられないので、長男も長女も、それぞれ、全員のために掛け軸全部の引渡しを請求できます。不可分債務は、各共同相続人が、全部の履行の義務を負います。詳しい効力は、不可分の回で見たとおりです。問題は、相続で、これが出てくる場面です。代表が、賃料債務です。

賃料債務と賃料債権の対比。借りていた側が払う義務(賃料債務)=不可分・全員が全額。貸していた側がもらう権利(賃料債権)=当然に分割・相続分で。同じ家賃でも、向きで正反対。 図:賃料債務と賃料債権の対比

  • 借りていた側が払う義務(賃料債務)=不可分・全員が全額
  • 貸していた側がもらう権利(賃料債権)=当然に分割・相続分で
  • 同じ家賃でも、向きで正反対

家賃には、向きが2つあります。借りていた側が払う義務が、賃料債務です。貸していた側がもらう権利が、賃料債権です。同じ家賃なのに、相続での扱いは、正反対になります。まず、賃料債務、借りていた側です。不可分の回で一言だけ触れた話を、相続の場面で正面から見ます。被相続人が借りていた家屋に、相続人が相続開始後も住んでいたとします。この賃料債務は、通常の金銭債務と違い、特別の事情がなければ、相続人の全員が全額を負う債務になる、とされています。大審院の判例の結論です。理由は、借りている相続人は、賃借物の全部を使えます。全部を使えるのなら、その対価の家賃も、不可分のものとして、全額負担するのが筋だからです。設例です。父が借りていたアパートの1室、家賃は月8万円に、長男と長女が住み続けました。大家は、長男にも長女にも、月8万円の全額を請求できます。4万円ずつではありません。払った人は、内部の負担割合、ここでは相続分の2分の1に応じて、他方に求償できます。4万円ですね。

同じお金でも、元になっているものが違います。借金は、貸された金額そのものを返す義務で、1円単位で分けられます。家賃は、部屋の全体を使うことの対価です。部屋は半分に分けて使えないので、対価も割れない、という考え方です。問いです。父が借りていた部屋の家賃は月8万円。長男と長女が、そのまま住み続けました。大家は、長女にいくら請求できるでしょうか?賃料債務は不可分なので、8万円の全額です。4万円ではありません。では、貸していた側の賃料債権は、どうなるでしょうか。ここが、冒頭の①です。

遺産分割前の賃料債権は各自が取得する

論点の提示。遺産分割でアパートを長男が取得→遡及効(909条本文)で、分割前の家賃も最初から全部長男のもの? 原審=長男に帰属。最高裁=各自が相続分で取得。 図:論点の提示

  • 遺産分割でアパートを長男が取得→遡及効(909条本文)で、分割前の家賃も最初から全部長男のもの? 原審=長男に帰属
  • 最高裁=各自が相続分で取得

冒頭の①に戻ります。遺産分割で、アパートは長男が取得しました。遺産分割は、相続開始の時にさかのぼって効力を生じます。さかのぼる、というのは、分割の効果が、相続が始まった時点からあったことにされる、という意味です。そうすると、長男は、最初からアパートの持ち主だったのだから、1年分の家賃も、長男のものになる、と考えたくなります。条文を確認します。

条文民法909条

民法 第九百九条(遺産の分割の効力) 遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

本文のとおり、遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼって効力を生じます。ただし書きの第三者の話は、遺産分割の遡及効の回で見ます。今日の論点は、この遡及効が、遺産分割の前に生じた家賃にまで及ぶか、です。実は、この疑問が、実際の事件の原審の判断そのものでした。原審は、遺産から生ずる法定果実、つまり家賃のように物を使わせた対価は、遺産の所有権が帰属する者が取得する、遺産分割がさかのぼる以上、分割で財産を取得した者が、その間の果実も取得できる、と判断しました。最高裁は、これを破棄しました。

事案。被相続人の相続人=妻と子4名(計5名)。遺産の賃貸不動産の賃料等を管理する銀行口座を開設し、遺産分割で帰属が確定した時点で清算すると合意。遺産分割が確定後、口座の残金の清算で紛争。妻=賃料債権は遺産分割で各不動産を取得した各相続人に帰属/子ら=遺産分割確定の日までは法定相続分で各相続人に帰属。争いのある金員を子の1人が保管(保管金)→妻が保管金の支払を請求。原審=妻の請求を認容。最高裁=破棄差戻。 図:事案

  • 被相続人の相続人=妻と子4名(計5名)
  • 遺産の賃貸不動産の賃料等を管理する銀行口座を開設し、遺産分割で帰属が確定した時点で清算すると合意
  • 遺産分割が確定後、口座の残金の清算で紛争
  • 妻=賃料債権は遺産分割で各不動産を取得した各相続人に帰属/子ら=遺産分割確定の日までは法定相続分で各相続人に帰属
  • 争いのある金員を子の1人が保管(保管金)→妻が保管金の支払を請求
  • 原審=妻の請求を認容
  • 最高裁=破棄差戻

事案です。亡くなったのは、賃貸不動産を多く持つ人で、相続人は、妻と、子4人の、合わせて5人でした。相続人らは、遺産の賃料を管理するための銀行口座をつくり、遺産分割で帰属が確定した時点で清算する、と合意していました。遺産分割が確定したあと、この口座の残金の清算で、争いになりました。妻は、賃料債権は、遺産分割で各不動産を取得した各相続人に、さかのぼって帰属すると主張しました。子らは、遺産分割が確定するまでの賃料は、法定相続分に従って各相続人に帰属すると主張しました。争いのある金員を子の1人が保管していたので、妻が、その保管金の支払を請求した、という事案です。原審は、妻の請求を認めましたが、最高裁は、破棄して差し戻しました。

判例最高裁判所第一小法廷判決 平成17年9月8日(民集59巻7号1931頁)

遺産分割前の賃料債権は各共同相続人が分割単独債権として取得する 遺産は,相続人が数人あるときは,相続開始から遺産分割までの間,共同相続人の共有に属するものであるから,この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は,遺産とは別個の財産というべきであって,各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である。遺産分割は,相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが,各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は,後にされた遺産分割の影響を受けないものというべきである。

判旨を読みます。前半です。遺産は、相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有に属する。この間に、遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる賃料債権は、遺産とは別個の財産である。各共同相続人は、これを、相続分に応じて、分割単独債権として、確定的に取得する。後半です。遺産分割は、相続開始の時にさかのぼって効力を生ずるが、確定的に取得した賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けない。アパートは遺産なのに、そこから生まれた家賃は遺産ではないのか。決め手は、そこです。喩えで言います。アパートを、2人の名前が書かれた金庫とします。金庫は、遺産分割まで、2人で共有しています。この金庫を貸し出して、毎月入る使用料は、金庫の中身ではありません。貸し出した結果、新しく生まれたお金の請求権です。新しく生まれた金銭債権は、金庫に入れずに、分けられる債権の原則どおり、相続分で自動で封筒に分かれる。それが、各共同相続人が、分割単独債権、つまり各自が単独で請求できる、分割された債権として、取得する、という意味です。そして、確定的に取得した、というのは、一度各自のものになった以上、あとから動かない、という意味です。遺産分割の遡及効は、遺産分割で分けたもの、つまりアパートの持ち主を、さかのぼって決めるものです。家賃は、いま見たとおり、遺産とは別個の財産でした。遺産でない以上、遺産分割で分ける対象に入っていません。分ける対象でないものにまで、分割の効果がさかのぼって及ぶことはないのです。しかも、分割までの1年間、アパートは現に2人の共有でした。その間に生まれた家賃は、生まれた時点で、2人の封筒に分かれて入っています。一般には、分割のたびに、すでに受け取った家賃の返還を求め合うと、争いが蒸し返されるので、紛争を1回で片づけるためだ、とも説明されます。

賃料債権の時系列。相続開始→1年間の家賃288万円→長男144万円・長女144万円(確定)→遺産分割(アパートは長男)→以降の家賃は長男。遡及効(909条本文)でも確定した分は動かない(×)。原審(さかのぼって長男が全部)と最高裁(さかのぼらない)の2案。 図:賃料債権の時系列

  • 相続開始→1年間の家賃288万円→長男144万円・長女144万円(確定)→遺産分割(アパートは長男)→以降の家賃は長男
  • 遡及効(909条本文)でも確定した分は動かない(×)
  • 原審(さかのぼって長男が全部)と最高裁(さかのぼらない)の2案

冒頭の①の答えを言います。家賃288万円は、長男と長女が、2分の1ずつ、各144万円を取得します。長男が全部受け取れる、というのは誤りです。288万円の半分で、144万円です。では、境界の外はどうでしょうか。遺産分割が終わったあと、つまり、アパートが長男のものになったあとに生じる家賃は、アパートを取得した長男のものです。これは判旨の対象外で、当然のことです。分けて考えるのは、遺産分割までの間に生じた家賃だけです。遺産分割の前に、長女が自分の分を、すでに受け取っていたら、あとから長男が返せと言えますか。言えません。長女は、各自の債権として、確定的に取得したものを受け取っただけです。法律上の原因がありますから、不当利得にはなりません。判旨の後半の結論から、遡及効があるから不当利得だ、という主張は通らないことになります。ここは、論文でも論点になりうる所です。判決の言葉、遺産とは別個の財産、分割単独債権、確定的に取得、の3つは、そのまま使えるようにしてください。

種類ごとの表の完成

遺産の種類×当然分割か遺産分割か(完成)。不動産・動産=共有→遺産分割(898条)/金銭(現金)=共有→遺産分割/可分債権=当然分割(427条)/売却代金債権=当然分割(特別の事情がない限り)/預貯金債権=遺産分割の対象(909条の2で一部のみ)/【新】可分債務=当然分割(債権者には法定相続分・902条の2)/【新】連帯債務=当然分割+本来の債務者と連帯・相続人どうしは連帯しない/【新】不可分債権・不可分債務=分けられず全員に不可分に帰属(428条・430条)/【新】賃料債務(借りていた側)=不可分債務(特段の事情がない限り)/【新】賃料債権(貸していた側)=当然分割(遺産とは別個の財産・後の遺産分割の影響を受けない)。 図:遺産の種類×当然分割か遺産分割か(完成)

  • 不動産・動産=共有→遺産分割(898条)
  • 金銭(現金)=共有→遺産分割
  • 可分債権=当然分割(427条)
  • 売却代金債権=当然分割(特別の事情がない限り)
  • 預貯金債権=遺産分割の対象(909条の2で一部のみ)
  • 【新】可分債務=当然分割(債権者には法定相続分・902条の2)
  • 【新】連帯債務=当然分割+本来の債務者と連帯・相続人どうしは連帯しない
  • 【新】不可分債権・不可分債務=分けられず全員に不可分に帰属(428条・430条)
  • 【新】賃料債務(借りていた側)=不可分債務(特段の事情がない限り)
  • 【新】賃料債権(貸していた側)=当然分割(遺産とは別個の財産・後の遺産分割の影響を受けない)。

前回の表の、灰色の部分を埋めます。縦に遺産の種類、横に帰属を置く形は、前回と同じです。前回は、共有から遺産分割か、当然分割か、の2列でした。今回は、分けられないものを入れるために、3列目として、全員に不可分に帰属、を足します。前半は、前回のとおりです。不動産、動産、現金は、共有から遺産分割。貸金などの可分債権は、当然分割。売却代金債権は、特別の事情がなければ当然分割。預貯金債権は、遺産分割の対象で、909条の2で一部だけ請求できます。今回の後半です。可分債務は、当然分割で、債権者には法定相続分です。連帯債務は、当然分割で、分けた分だけ本来の債務者と連帯します。不可分債権と不可分債務は、分けられず、全員に不可分に帰属します。賃料債務は、借りていた側が払う義務で、不可分債務です。賃料債権は、貸していた側がもらう権利で、当然分割です。

原則は、分けられる債権と債務は、当然分割です。例外は、預貯金債権だけが、遺産分割の対象になることと、分けられないものが、不可分になることです。現金と預貯金が金庫に残るのは、前回見たとおり、額面どおりに数えられて、遺産の分け方の差を埋める調整に使えるからです。貸金などの債権は、相手が払えるかどうかで値打ちが変わるので、封筒に分かれます。債務の側は、遺産分割で相続人どうしが別の決め方をしても、債権者には、法定相続分で請求される、と覚えておいてください。

遺産共有は普通の共有、ただし特則がある

復習の問い。共有・合有・総有を分けるのは、何の違いでしたか? 図:復習の問い。共有・合有・総有を分けるのは、何の違いでしたか?

最後の論点の前に、前に見たことを思い出してください。共有、合有、総有を分けるのは、何の違いでしたか?持分がどこまで認められるか、でした。具体的な持分があるかどうかで分かれました。では、898条の遺産共有は、そのどれにあたるのでしょうか。

遺産共有の性質。898条の共有=物権法の共有と同じ性質→249条以下が原則適用。共有持分は処分できる(譲受人は適法に権利を取得)。ただし特則=905条(相続分の取戻権)・906条(遺産分割の基準)・907条(協議・家庭裁判所による分割)。 図:遺産共有の性質

  • 898条の共有=物権法の共有と同じ性質→249条以下が原則適用
  • 共有持分は処分できる(譲受人は適法に権利を取得)
  • ただし特則=905条(相続分の取戻権)・906条(遺産分割の基準)・907条(協議・家庭裁判所による分割)

結論から言います。898条の共有は、物権法の共有と、基本的には同じ性質です。遺産には、原則として、共有の通則である249条以下が当てはまります。898条2項が、共有に関する規定を適用するとき、と書いているのも、そのためです。最高裁は、こう述べています。

判例最高裁判所第二小法廷判決 昭和50年11月7日(民集29巻10号1525頁)

遺産共有は基本的には249条以下の共有の性質を有する 共同相続人が分割前の遺産を共同所有する法律関係は、基本的には民法二四九条以下に規定する共有としての性質を有すると解するのが相当であつて……共同相続人の一人から遺産を構成する特定不動産について同人の有する共有持分権を譲り受けた第三者は、適法にその権利を取得することができ……

判旨を読みます。共同相続人が分割前の遺産を共同所有する法律関係は、基本的には、249条以下に規定する共有としての性質を有する。そして、共同相続人の1人から、遺産を構成する特定の不動産について、その人の共有持分権を譲り受けた第三者は、適法にその権利を取得できる。事案は、持分の譲受人が、共有物の分割を求めたものです。持分を譲り受けた第三者が、適法に取得できるのなら、遺産分割の前でも、持分は自由に売れるのですか。売れます。物権法の共有では、各共有者は、自分の持分を自由に処分できました。遺産共有も、同じです。根拠は、条文の書き方です。898条は、相続財産は共有に属する、と書いています。組合財産のように、持分を処分しても対抗できない、という条文は、遺産共有には置かれていません。だから、普通の共有として扱われるのです。ただし、相続財産には特殊な事情があります。そこで、物権法の共有にはない特則が、905条から907条に置かれています。1つ目、905条です。共同相続人の1人が、遺産分割の前に、相続分を第三者に譲り渡したとき、他の共同相続人は、その価額と費用を償還して、譲り受けることができます。相続分の取戻権です。見知らぬ第三者が、遺産の話し合いに入ってくるのを防ぐための規定です。2つ目、906条は、遺産分割の基準を定めます。3つ目、907条は、いつでも協議で遺産分割ができ、まとまらなければ家庭裁判所に請求できる、という規定です。共同相続人どうしの間では、通常の共有物の分割ではなく、遺産分割で解消する、ということです。906条と907条の中身、それに、遺産共有と共有物分割訴訟の関係は、別の回で扱います。

対比板(共有・合有・総有)。遺産共有=共有(具体的な持分あり・処分できる・249条以下+905〜907条の特則)/組合財産=合有(持分は潜在的・処分しても組合に対抗できない・清算前の分割請求不可)/権利能力なき社団の財産=総有(持分が一切ない)。軸=使用収益/具体的持分/潜在的持分。 図:対比板(共有・合有・総有)

  • 遺産共有=共有(具体的な持分あり・処分できる・249条以下+905〜907条の特則)
  • 組合財産=合有(持分は潜在的・処分しても組合に対抗できない・清算前の分割請求不可)
  • 権利能力なき社団の財産=総有(持分が一切ない)。軸=使用収益
  • 具体的持分
  • 潜在的持分。

ここで、共有、合有、総有と並べます。遺産共有は、共有です。各相続人に、具体的な持分があって、処分できます。組合財産は、合有です。持分は潜在的で、処分しても、組合には対抗できません。権利能力なき社団の財産は、総有です。持分は、一切ありません。軸は、具体的な持分があるか、処分できるか、いつ分けられるか、です。前に、共有の典型として、親が亡くなって兄弟で土地を相続した場面を出しました。あれが、まさに遺産共有です。かつては、そういう説も主張されました。ただ、判例は、物権法の共有と基本的には同じ性質だと考えています。

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冒頭の答え。①家賃288万円=長男144万円・長女144万円(遡及効でも動かない)②借金900万円=各450万円(銀行は長男に全額は請求できない)。 図:冒頭の答え

まず、冒頭の答えです。1つ目、家賃288万円は、長男が全部は受け取れません。遺産分割の前の家賃は、遺産とは別個の財産として、長男と長女が、2分の1ずつ、各144万円を確定的に取得します。遺産分割に遡及効があっても、動きません。2つ目、借金900万円は、各450万円ずつ、当然に分かれます。銀行は、長男に全額は請求できません。長男に450万円、長女に450万円です。

まとめ。①可分債務は当然分割・債権者には法定相続分(902条の2・承認があれば指定どおり・内部は求償)②連帯債務は分けた分だけ本来の債務者と連帯・共同相続人どうしは連帯しない③不可分債務は全員に不可分・賃料債務(借りていた側)は不可分④賃料債権(貸していた側)は遺産とは別個の財産・各自が分割単独債権として確定的に取得・後の遺産分割の影響を受けない⑤遺産共有は物権法の共有と同じ・905条〜907条の特則・合有や総有とは別。 図:まとめ

5つ確認します。1つ、金銭の借金のような可分債務は、相続開始と同時に、当然に相続分に応じて分割されます。相続分の指定があっても、債権者は法定相続分で請求できます。債権者が承認すれば、指定どおりで、内部では求償です。2つ、連帯債務は、分けられた部分について、本来の債務者と連帯します。共同相続人どうしは、連帯しません。3つ、不可分債権と不可分債務は、全員に不可分に帰属します。借りていた側の賃料債務は、特段の事情がない限り、不可分債務です。続けます。4つ、貸していた側の賃料債権は、遺産とは別個の財産で、各共同相続人が、相続分に応じて分割単独債権として、確定的に取得します。後にされた遺産分割の影響を受けません。5つ、遺産共有は、物権法の共有と同じ性質で、249条以下が原則として適用されます。ただし、905条から907条の特則があります。組合財産の合有や、権利能力なき社団の総有とは別です。次の問いです。遺産分割が終わるまで、遺産の家を、相続人の1人が勝手に売ったり、貸したりできるのでしょうか。次は、遺産の管理と処分を見ます。

参照条文

  • 民法899条
  • 民法902条の2
  • 民法909条

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