遺産の管理と遺産分割の対象
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第8章 相続 #367/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
預かっていた掛け軸を長男が売って使い切った
図:冒頭の設例
- A(父・死亡)、B(母・相続分2分の1)、C(長男・相続分4分の1・掛け軸を売った)、D(長女・相続分4分の1)、E(骨董商・事情を知らない)
- 遺産=実家2,400万円・預金600万円・掛け軸240万円
- C→E「掛け軸を売る」・E→C「代金240万円」
- 問い=残った遺産だけで分けると、長男が得をするのでは
前回の終わりに、問いを残しました。遺産分割が終わるまで、遺産を、相続人の1人が勝手に売ったり、貸したりできるのでしょうか。今日は、その答えから入ります。設例です。父が亡くなりました。相続人は、母、長男、長女の3人です。法定相続分は、母が2分の1、長男が4分の1、長女が4分の1です。遺産は、実家が2,400万円、預金が600万円、それに、父が大切にしていた掛け軸が240万円です。遺産分割の話し合いをしている最中に、事件が起きました。掛け軸を預かっていた長男が、それを骨董商に売って、代金240万円を使い切ってしまったのです。骨董商は、遺産の掛け軸だとは知らずに買いました。ですから、買い戻すことはできません。
それは、ひどい話ですね。でも、掛け軸はもう遺産に残っていないのだから、実家と預金だけで分けるしかないのではないですか。そう思いますよね。残った遺産は、実家2,400万円と預金600万円で、3,000万円です。法定相続分で分けると、長男の分は、4分の1の750万円です。ところが長男は、掛け軸の代金240万円を、すでに手にしています。合わせて990万円です。本来の取り分は、掛け軸も入れた3,240万円の4分の1で、810万円です。990万円は、それより180万円多いのです。長男は、得をしていないでしょうか。
では、この180万円を、取り戻せるのかどうかが、今日の出口です。答えは、道筋を通ったあとで言います。
図:地図
道筋は4つです。1つ目、遺産を相続人がどう管理するのか。承認や放棄の前の義務を見ます。2つ目、遺産分割までの遺産は、相続人の共有ですから、共有の規定で行為が4段に分かれます。ここで、前回の問いに答えが出ます。3つ目、家庭裁判所が管理人を選ぶ制度です。4つ目、遺産分割の対象と、分割の前に処分された財産の扱いです。ここで、冒頭の設例に答えが出ます。
承認・放棄までの管理と、放棄した者の保存義務
図:918条の整理
- 相続人は、承認または放棄をするまで、固有財産におけるのと同一の注意をもって相続財産を管理する
- 承認または放棄をしたときは、この義務は終わる
まず、相続人が、遺産をどう管理するかです。相続人は、相続の承認も放棄もしていない間、遺産を管理しなければなりません。条文です。
条文民法918条
民法 第九百十八条(相続人による管理) 相続人は、その固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産を管理しなければならない。ただし、相続の承認又は放棄をしたときは、この限りでない。
固有財産というのは、相続人が、もともと自分で持っている財産のことです。つまり、自分の持ち物を扱うのと同じ程度の注意でよい、という意味です。他人の物を預かる人に求められる、善良な管理者の注意よりは、軽い注意です。ただし書きのとおり、承認か放棄をすれば、この条文の出番は終わります。限定承認をした場合は、その後も、同じ注意で管理を続けます。限定承認は、前に見ました。なお、相続人が自分で遺産を処分すると、単純承認とみなされることがありました。承認や放棄の前の管理と、処分による単純承認は、別の話です。混ぜないでください。
図:940条の整理
- 放棄した者の義務は、放棄の時に現に占有している財産だけ・引渡しまで
- 同居の長女=保存義務あり/遠方の次男=占有していない=義務なし
では、相続を放棄した人は、遺産と、もう一切関係がなくなるのでしょうか。前に、放棄の効果を見たとき、放棄したあとも、保存の義務が残る場合がある、と一言だけ触れました。940条です。今日が、その本体です。
条文民法940条
民法 第九百四十条(相続の放棄をした者による管理) 相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。 2 第六百四十五条、第六百四十六条並びに第六百五十条第一項及び第二項の規定は、前項の場合について準用する。
現に占有している、というのは、実際に手元で支配している、という意味です。ここでの清算人は、相続人がいるかどうか分からないときなどに、家庭裁判所が選んで、遺産を片づける人です。限定承認のときに選ばれる清算人とは、別の人です。詳しくは、別の回で見ます。設例で言います。父の家に同居していた長女と、遠くで暮らす次男がいて、2人とも相続を放棄しました。長女は、放棄の時に、家を現に占有しています。ですから、相続人や清算人に家を引き渡すまで、自分の物のように注意して、保存しなければなりません。雨漏りを放置して、家を傷めるのは避けるべきです。次男は、家を占有していません。ですから、保存の義務はありません。
鍵を預かっていたことだけで、占有とは決まりません。相続すると、父の占有は、目に見えない形で、相続人に受け継がれます。でも、それだけでは足りません。実際に住んでいるなど、手元で支配しているかどうかです。遠くに住む次男は、相続したからといって、家の管理を押し付けられることはありません。令和3年の改正で、変わりました。改正前は、放棄によって相続人となった人が、管理を始めることができるまで、管理を続けるという、広い書き方でした。改正後は、現に占有している財産だけで、引渡しまでの保存に絞られています。改正前の書き方だと、遠くにいて何も手元に無い次男にも、管理を続ける義務がかかるように読めました。改正後は、次男には義務がありません。2項は、委任の規定を準用しています。645条の報告義務、646条の受け取った物の引渡し、650条の費用の償還です。準用というのは、同じ規定を、そこにもあてはめる、という意味です。放棄した人が、保存のために使った費用は、償還を求められます。
918条は、承認も放棄もしていない相続人が、遺産の全部を、自分の物と同じ注意で管理するものです。940条は、放棄した人が、放棄の時に現に占有している財産だけを、引渡しまで、同じ注意で保存するものです。対象の広さと、いつまでかが違います。
保存・管理・変更・処分の4段
図:復習の問い
- 共有物に対する行為の3段階
- 保存・管理・変更はそれぞれ誰の同意で足りましたか?
ここで、前に見たことを思い出してください。共有物に対する行為は、3段階に分かれました。保存、管理、変更は、それぞれ、誰の同意で足りましたか?保存は、各自が単独でできます。管理は、持分の過半数で決めます。変更は、全員の同意が要りました。この3段階が、遺産にも、そのまま当てはまります。理由は、898条です。
図:898条の整理
- 相続財産は共同相続人の共有に属する(1項)
- 共有の規定を適用するとき、各共同相続人の持分は相続分(法定相続分または指定相続分)による(2項)
- →252条・251条がそのまま使える
898条は、遺産分割までの遺産は、共同相続人の共有に属する、と定めています。そして、共有の規定を適用するときは、相続分が、各人の持分になります。ですから、遺産の管理にも、共有の保存、管理、変更の規定が、使えるのです。ここで言う持分とは、持ち分の大きさ、つまり相続分のことです。
図:保存・管理・変更・処分の4段
- 保存=各自単独でできる(252条5項)/管理=持分の過半数で決める(252条1項)/変更=全員の同意が要る(251条1項)/処分=自分の持分は自由・遺産全体は全員
- 下段=設例(母1/2・長男1/4・長女1/4)で、母だけ×・母+長男○(3/4)・母+長女○・長男+長女×(1/2)
4段の板です。上から、保存、管理、変更、そして、今日足す4段目の、処分です。保存行為は、各自が単独でできる。管理行為は、持分の過半数で決める。変更行為は、全員の同意が要る。ここまでは、前に見たとおりです。ただし、遺産では、持分を相続分で数えます。喩えで言います。家族みんなで共有している車庫があって、その鍵を、みんなで持っています。車庫の電球が切れたので替える。これは、保存行為です。誰か1人が、単独でして構いません。車庫を、誰に貸すかを決める。これは、管理行為です。持分の過半数が要ります。車庫を、壊して建て替える。これは、変更行為で、全員の同意が要ります。車庫ごと売ってしまう。これが、4段目の処分です。設例の持分で、過半数を数えてみます。母が2分の1、長男が4分の1、長女が4分の1です。母が1人で賛成しても、足りません。ちょうど2分の1は、過半数ではないからです。半分を超えて、初めて過半数です。母と長男なら、4分の3で足ります。母と長女でも足ります。長男と長女の2人だけだと、合わせて2分の1で、足りません。数えるのは、人数ではなく、持分の価格です。
図:問い①
- 母(相続分2分の1)だけが賛成すれば、実家を、更新のない2年の契約で人に貸せるか
- 短く終わりのはっきりした貸し方=管理行為=持分の過半数
- ちょうど2分の1は過半数ではない
- 同じ2年でも普通の借家契約は更新されうる=全員の同意
問いです。母だけが賛成すれば、遺産の実家を、更新のない2年の契約で、人に貸せるでしょうか?期間が短くて、終わりのはっきりした貸し方なら、管理行為ですよね。母は2分の1で、ちょうど半分だから、過半数ではありません。貸せないと思います。母と長男、または母と長女が賛成すれば、貸せます。ただし、同じ2年でも、普通の借家契約なら、全員の同意が要ります。借地借家法で更新されて、続いてしまうことがあるからです。建物を過半数で貸せるのは、3年以内で、終わりのはっきりした貸し方です。共有の回で見たとおりです。次は、4段目、処分です。前回の最後の問いに、ここで答えます。処分には、2つの場合があります。1つ目は、自分の持分を処分する場合です。相続人は、自分の相続分、つまり共有持分を、他の相続人の同意なしに、譲り渡せます。前回見たとおり、持分を譲り受けた第三者は、適法に権利を取得します。2つ目は、遺産そのものを処分する場合です。これは、全員の持分を処分することになりますから、全員の合意が要ります。
冒頭の長男は、掛け軸を勝手に売れたのですか。売れません。長男が持っているのは、掛け軸の4分の1の持分だけです。残りは、母と長女の持分、つまり他人の物です。他人の物を売るのは、他人物売買です。ただ、掛け軸のような動産には、前に見た即時取得があります。事情を知らず、知らないことに不注意もなく買って、引渡しを受けた人は、売り手が持ち主でなくても、その物を取得できます。192条です。冒頭の設例は、その前提です。ですから、掛け軸は、遺産に戻りません。4段目をまとめます。自分の持分は、売れます。遺産全体を、1人で勝手に売ることは、できません。前回の問いの、勝手に売れるか、への答えは、この2行です。全員が合意して、遺産の不動産を売った場合も、見ておきます。最高裁は、その売却代金債権は、遺産分割の対象に含める合意などの特別の事情がない限り、各持分に応じて、個々に分割して取得する、としています。遺産分割の対象にはなりません。売却代金債権は、お金を払ってもらう権利で、前に見た、分けられる債権だからです。この結論は、前に見ました。あとの論点の、比べる材料になります。
家庭裁判所が選ぶ相続財産の管理人
図:復習の問い。不在者の財産管理人は、誰の請求で、どの機関が選びましたか?
ここで、前に見たことを思い出してください。不在者の財産管理人は、誰の請求で、どの機関が選びましたか?利害関係人か検察官の請求で、家庭裁判所が選びました。遺産の管理にも、似た仕組みがあります。
図:897条の2の整理
- 家庭裁判所=利害関係人・検察官の請求で、いつでも、管理人の選任その他の保存に必要な処分を命じられる
- ただし書=選べない場面3つ
- 2項=27〜29条を準用(権限外の行為は許可)
条文民法897条の2
民法 第八百九十七条の二(相続財産の保存) 家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求によって、いつでも、相続財産の管理人の選任その他の相続財産の保存に必要な処分を命ずることができる。ただし、相続人が一人である場合においてその相続人が相続の単純承認をしたとき、相続人が数人ある場合において遺産の全部の分割がされたとき、又は第九百五十二条第一項の規定により相続財産の清算人が選任されているときは、この限りでない。 2 第二十七条から第二十九条までの規定は、前項の規定により家庭裁判所が相続財産の管理人を選任した場合について準用する。
利害関係人というのは、遺産に法律上の利害のある人です。共同相続人や、遺産の債権者などです。請求があれば、家庭裁判所は、いつでも、管理人を選べます。共同相続人の中から選んでもよいですし、相続人以外の人でも構いません。選ばれた管理人は、遺産の全般について、管理する権限を持ちます。設例で言えば、相続人どうしが対立して、誰も実家の手入れをしないまま、話し合いが長引いているとき、母が請求して、管理人を選んでもらう、という使い方です。ただし書きは、選べない場面を、3つ挙げています。相続人が1人で、その人が単純承認をしたとき。相続人が数人で、遺産の全部の分割が終わったとき。そして、清算人がすでに選ばれているときです。この3つは、もう保存のために管理人を置く必要がない場面、と整理できます。
管理人は、遺産を自由には売れません。2項を見てください。不在者の財産管理人の規定、27条から29条までが、準用されます。管理人は、財産の目録を作ります。27条です。そして、28条です。管理人が、保存行為や利用、改良の行為を超える行為をするには、家庭裁判所の許可が要ります。たとえば、遺産の不動産を売るときです。担保の提供と報酬は、29条です。管理人は、遺産を守るために置かれる人です。ですから、守る範囲を超える売却は、家庭裁判所が確かめてからにする、という仕組みです。管理人でも、売却には許可が要る、という点が、試験で聞かれる核です。用語を区別しておきます。897条の2の管理人は、遺産分割までの、保存のための管理人です。一方、清算人は、相続人がいるかどうか明らかでないときなどに、遺産を片づける人です。遺言で、遺言執行者が選ばれている場合は、また別です。遺言執行者は、遺言の内容を実現するために、遺産の管理その他の一切の行為をする権利と義務を持ちます。善良な管理者の注意で、管理します。本体は、別の回で見ます。
遺産分割の対象は、分割の時に存在する共有の財産
図:復習の問い
ここから、遺産分割の話に入ります。その前に、確認です。遺産のうち、遺産分割をしなくても、相続開始と同時に分かれる財産は、何でしたか?貸金などの分けられる債権や、借金などの分けられる債務でした。ですから、遺産分割の対象になるのは、それ以外です。
図:遺産分割の地図
- 遺産共有(暫定)→協議(全員の合意)→協議が調わないとき家庭裁判所へ(調停・審判)→分け方→効力
- 今日の位置=その手前の「何を分けるのか」=分割の時に存在する共有の相続財産
遺産共有は、暫定的な状態です。遺産分割によって、最終的な帰属が決まります。流れは、まず、相続人の協議です。まとまらなければ、家庭裁判所に持ち込みます。そのうえで、分け方が決まり、分割の効力が生じます。この流れは、順に見ていきます。今日は、その手前の、何を分けるのか、です。分ける対象になるのは、まず、相続人みんなで共有している遺産です。実家のような不動産、掛け軸のような動産、現金、それに預貯金が、そのまま対象です。預貯金も、お金を払ってもらう権利ですが、現金に近く、分け方の調整に使えるので、自動では分かれず、遺産分割の対象になる、と前に見ました。当然に分割される債権や債務は、含まれません。もう1つ大事なのは、時点です。分割の対象は、分割の時に存在する財産です。相続が始まった時の財産ではありません。理由は、遺産分割が、いま残っている財産を、誰のものにするかを決める手続だからです。もう無い物は、分けようがありません。評価も、同じ理由で、分割の時の値段で数えます。数字で言います。実家が相続開始の時に2,400万円で、分割の時に2,700万円に値上がりしていたとします。分割では、2,700万円として、分けます。もし、相続開始の時の2,400万円で数えて、母が実家を取ると、値上がりした300万円は、母だけのものになります。分割の時の値段で数えれば、その300万円も、相続分に応じて、3人に行き渡ります。
分割の時に存在する財産、ということは、分割の前に無くなった財産は、対象に入らないのですか。そこが、冒頭の設例に直結します。
分割前に処分された財産は、906条の2で分け直せる
図:原則と例外
- 原則=分割の時に存在しない財産は対象外→処分した相続人へ不当利得返還請求または不法行為による損害賠償請求(分割とは別の手続)
- 例外=906条の2
原則から言います。分割の前に、遺産の一部が処分されて、分割の時に存在しなければ、その財産は、遺産分割の対象から外れます。残った遺産だけで分けて、処分した相続人には、不当利得の返還請求か、不法行為による損害賠償請求を、別にするのが、原則の処理です。不当利得というのは、理由なく得た利益の返還です。別の手続になり、処分した人が先に取った分を、分割の中で調整できません。そこで、平成30年の改正で、例外が作られました。条文です。
条文民法906条の2
民法 第九百六条の二(遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲) 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。 2 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。
1項です。分割前に処分された場合でも、共同相続人は、全員の同意で、処分された財産が、分割の時に遺産として存在するものと、みなせます。みなす、というのは、実際には無くても、あるものとして扱う、という意味です。みなされた財産は、遺産分割の対象になります。趣旨は、処分をしなかった場合と比べて、処分した人が得をする不公平を、分割の中で直すことです。2項です。処分した共同相続人の同意は、要りません。理由は、処分した人の同意が必要だとすると、その人が反対すれば、不公平を直せなくなるからです。同意が要るのは、処分していない共同相続人の全員です。
図:906条の2の同意の向き
- 処分した長男=同意は不要(2項)/母・長女=処分していない共同相続人=同意が必要
- 数字2案=みなさない(遺産3,000万円・長男の総取得990万円)/みなす(遺産3,240万円・母1,620・長男810・長女810・長男は代金240万円を手にしているので遺産から570万円・総取得810万円)
冒頭の設例に、当てはめます。同意が要るのは、処分していない、母と長女です。長男の同意は、要りません。数字で言います。みなさない場合は、残った遺産が3,000万円です。母が1,500万円、長男と長女が、750万円ずつです。長男は、別に代金の240万円を持っていますから、総取得は990万円です。本来の810万円より、180万円多いです。みなす場合です。母と長女が同意して、掛け軸の240万円を、遺産に加えます。遺産は、3,240万円になります。母が1,620万円、長男と長女が、810万円ずつです。ただし、長男は、すでに代金の240万円を手にしています。そこで、長男が遺産から取れるのは、810万円から240万円を引いた、570万円です。長男の総取得は、570万円に240万円を足して、810万円。本来のとおりです。
長女は、750万円から810万円で、60万円増えます。母は、1,500万円から1,620万円で、120万円増えます。60万円と120万円を足すと、180万円です。長男が多く得ていた180万円と、ぴたりと一致します。240万円の4分の3、つまり母と長女の相続分の合計が、180万円、と検算できます。計算で大事なのは、処分した長男が、代金分をすでに取得したものとして数える、という点です。売った代金は、もう長男の手元に入っているからです。数字を覚えるより、理屈で追えるようにしてください。
図:問い②
- 処分した長男が「みなすことに同意しない」と言ったら、みなしはできないか
- 2項=処分した相続人の同意は要らない
- 母と長女の同意で足りる
問いです。処分した長男が、掛け軸を遺産とみなすことに同意しない、と言いました。906条の2のみなしは、できないでしょうか?2項で、処分した人の同意は要らないので、できます。母と長女の2人の同意で足ります。長男の反対で、みなしが止まることはありません。最後に、全員が合意して売った場合との違いを確認します。前に見た、全員の合意で売った場合は、代金債権が、各持分に応じて分かれ、遺産に戻りませんでした。一方、今日の、無断で売られた場合は、処分していない全員の同意で、売られた物を、遺産に戻して分けられます。合意があったかどうかで、扱いが分かれます。
前に見た、遺産分割前の預貯金の払戻しは、909条の2です。一定の額までは、単独で払い戻せました。一方、長男が父の口座から無断で預金を引き出して使った場合は、掛け軸を売ったのと同じく、遺産の処分です。母と長女の同意で、引き出した分を、遺産にあるものとみなせます。
配偶者居住権も対象、一部だけの分割もできる
図:907条の整理
- 協議=全部または一部の分割をいつでもできる(1項)/家庭裁判所への請求=全部または一部(2項本文)
- ただし書=一部の分割で他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合は請求できない
- 例=実家だけ先に分け、預金は後で
残り2つです。1つ目、配偶者居住権も、遺産分割の対象になります。配偶者居住権というのは、配偶者が、そのまま住み続けられる権利です。たとえば、実家の持ち主は長男にして、母は住む権利だけを取る、という分け方ができます。住む権利も、値段の付く財産として、母の取り分に数えます。ですから、遺産分割で分けるものに入るのです。中身は、別の回で見ます。2つ目は、遺産の一部だけを、分けてもよい、という点です。条文です。
条文民法907条
民法 第九百七条(遺産の分割の協議又は審判) 共同相続人は、次条第一項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第二項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。 2 遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる。ただし、遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合におけるその一部の分割については、この限りでない。
1項です。最初の除く、の部分は、父が遺言で分割を禁じた場合と、相続人どうしで分けないと約束した場合です。それ以外は、協議なら、全部でも一部でも、いつでも分けられます。2項本文も、家庭裁判所への請求を、全部または一部について認めています。ただし書きです。一部を分けると、他の共同相続人の利益を害するおそれがあるときは、その一部の分割を、家庭裁判所に請求することはできません。例です。まず、実家だけを分けて、預金は後で分ける。協議なら、全員が合意すれば、自由にできます。では、家庭裁判所に求める場合です。掛け軸を除くと、遺産は実家2,400万円と預金600万円で、母の取り分は1,500万円、長男と長女は750万円ずつです。実家を先に母のものと決めてしまうと、残る預金600万円だけでは、長男と長女の750万円ずつに届きません。あとでそろえられなくなる、これが、他の相続人の利益を害するおそれです。こういう一部だけの分割は、家庭裁判所に求めることはできません。協議なら自由、請求できないのは、家庭裁判所への請求の場面です。区別してください。
今日の地図(保存版)
図:冒頭の答え
- 長男は得をしない
- 906条の2でみなして分けると、長男が遺産から取れるのは570万円(総取得810万円)
- 母1,620万円・長女810万円
まず、冒頭の答えです。母と長女が同意すれば、掛け軸を遺産とみなして、分け直せます。長男の同意は要りません。遺産は3,240万円で、母の取り分が1,620万円、長女が810万円です。長男が遺産から取れるのは、すでに手にした240万円を引いた、570万円で、総取得は810万円です。長男は、得をしません。前回の問いにも、答えておきます。遺産の実家を、1人で勝手に売ることはできません。自分の持分なら売れます。貸すのは、更新のない短い契約なら管理行為で、相続分の過半数で足ります。普通の借家契約なら、全員の同意が要ります。
図:まとめ
5つ確認します。1つ、承認も放棄もしていない相続人は、固有財産と同じ注意で、遺産を管理します。放棄した人は、放棄の時に現に占有している財産だけを、引き渡すまで保存します。2つ、遺産の保存は各自が単独で、管理は相続分の過半数で、変更は全員の同意で決めます。処分は、自分の持分なら自由ですが、遺産全体は全員の合意が要ります。3つ、家庭裁判所は、利害関係人か検察官の請求で、いつでも、相続財産の管理人を選べます。続けます。4つ、遺産分割の対象は、分割の時に存在する、共有の相続財産です。分割前に処分された財産も、処分していない共同相続人の全員の同意で、遺産として存在するとみなせます。処分した人の同意は要りません。5つ、遺産の一部だけを分割することもできます。配偶者居住権も、分割の対象になります。次の問いです。遺産分割の話し合いには、誰が入るのでしょうか。そして、話し合いで決めた分割を、あとからやり直せるのでしょうか。次は、そこを見ます。
参照条文
- 民法918条
- 民法940条
- 民法897条の2
- 民法906条の2
- 民法907条