民法ゼロから民法#357

限定承認と相続放棄

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第8章 相続 #357/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

借金がいくらか分からない。自宅だけは残したい

冒頭の設例。A(父・先日死亡・妻は先に死亡)、B(長男・同居・自宅を残したい)、C(二男・遠方)、D(Aの債権者)。遺産=自宅(評価2000万円)と預金500万円。借金があるらしいが額は不明。熟慮期間の3か月はまだ過ぎていない。選択肢の欠点=単純承認(920条)は借金も無限に承継/放棄(939条)は自宅も預金も一切承継しない。問い=どうすればよいか。 図:冒頭の設例

  • A(父・先日死亡・妻は先に死亡)、B(長男・同居・自宅を残したい)、C(二男・遠方)、D(Aの債権者)
  • 遺産=自宅(評価2000万円)と預金500万円
  • 借金があるらしいが額は不明
  • 熟慮期間の3か月はまだ過ぎていない
  • 選択肢の欠点=単純承認(920条)は借金も無限に承継/放棄(939条)は自宅も預金も一切承継しない
  • 問い=どうすればよいか

設例です。父が亡くなりました。遺産は、自宅と預金です。借金もあるらしいのですが、いくらあるのかは分かりません。相続人は、同居していた長男と、遠方に住む二男の2人です。母は、先に亡くなっています。長男は、自宅だけは残したいと考えています。父の死亡を知ってから、3か月の熟慮期間は、まだ過ぎていません。問いです。この兄弟は、どうすればよいのでしょうか。放棄すれば借金は避けられても、自宅を失うおそれがある。そこが悩みどころです。答えは、道筋を通ったあとで出します。その前に、前回までの結論を3つだけ、思い出します。1つ目、相続の効果は当然に生じますが、相続人は、単純承認、限定承認、放棄の3つから選べます。2つ目、選ぶ期間は熟慮期間で、何もしないまま過ぎると、単純承認をしたものとみなされます。また、遺産を処分しても、単純承認とみなされます。壊れないよう守るだけの保存行為は、別でした。3つ目、限定承認と放棄は、家庭裁判所に申述して行います。この3つを使って、設例の2つの選択肢を見直します。単純承認をすると、父の借金を、920条のとおり、無限に引き受けます。借金がいくらか分からない今、これは危険です。放棄をすると、借金から逃れられますが、939条のとおり、自宅も預金も、一切引き継げません。引き受けすぎるか、全部失うか。この2つの間に、第3の道は、ないのでしょうか。それが、限定承認です。

今日の地図。①限定承認=意義・効果(922条・925条)→要件(923条・924条)→清算の流れと自宅を残す方法(927条〜937条)②相続放棄=意義・要件(938条・939条)→効果(初めから相続人でない・代襲相続は生じない・次順位へ)→詐害行為取消しの対象にならない(判例)③欠格・廃除・放棄の比較表の完成。 図:今日の地図

今日の道筋です。まず、限定承認の意味と効果、要件、そして、清算の流れを見ます。そこで、自宅を残す方法が出てきます。次に、相続放棄の意味と要件、効果を見ます。放棄の効果では、放棄した人の子は代わりに相続するのか、という点が大事です。そのあと、放棄を、債権者が詐害行為として取り消せるのかを見ます。最後に、欠格、廃除、放棄の比較表を完成させて、冒頭の設例に戻ります。

限定承認の意義と効果 922条・925条

限定承認の効果・数値例。財産=自宅2000万円+預金500万円=2500万円。債務=D1 3000万円+D2 1000万円=4000万円(担保なし・手続の費用は省く)。単純承認なら4000万円全額を負う(不足1500万円は自分の財産から)。限定承認なら払うのは財産2500万円の限度まで。残りの1500万円は債務としては残るが、払わなくてよい(責任なき債務)。 図:限定承認の効果・数値例

  • 財産=自宅2000万円+預金500万円=2500万円
  • 債務=D1 3000万円+D2 1000万円=4000万円(担保なし・手続の費用は省く)
  • 単純承認なら4000万円全額を負う(不足1500万円は自分の財産から)
  • 限定承認なら払うのは財産2500万円の限度まで
  • 残りの1500万円は債務としては残るが、払わなくてよい(責任なき債務)

限定承認の条文です。922条を全文で読みます。

条文民法922条

民法第922条(限定承認) 相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができる。

限定承認は、承認の一種です。ただし、条件が付いています。相続によって得た財産の限度でだけ、被相続人の債務と遺贈を弁済する、という留保です。遺贈とは、遺言で財産を無償で与えることでした。限定承認をしても、借金の額そのものは変わりません。ここが大事です。限定承認をしても、被相続人の権利義務は、一切、相続人が承継します。借金も、そのまま引き継ぎます。ただし、借金を払う責任の範囲が、相続で得た財産の限度に限られるのです。承継は全部、責任は限度まで。この切り分けが、限定承認の核心です。喩えると、父の財産という財布の中身までしか払わない、という約束で、借金ごと受け取る形です。財布が空になったら、そこで終わりで、相続人自身の貯金や給料から、足りない分を出す必要はありません。設例の数字で見ます。遺産は、自宅が評価2000万円、預金が500万円で、合わせて2500万円です。借金は、貸主の債権者が2人いて、D1が3000万円、D2が1000万円、合わせて4000万円だったとします。担保はなく、手続の費用は省いて数えます。単純承認をすれば、4000万円全部を引き受けます。遺産の2500万円で足りない1500万円は、兄弟自身の財産から払うことになります。限定承認なら、払うのは遺産の2500万円までです。残りの1500万円は、債務としては残ります。ただ、相続人は払わなくてよい。こういう、債務は存在するのに払うよう強制されないものを、責任なき債務といいます。

払わなくていいなら、債権者は、その1500万円を相続人の貯金から取り立てられないのですか。取り立てられません。相続人自身の財産には、強制執行できません。逆に、清算の結果、財産が余った場合は、その余りは、相続人のものになります。もう1つ、925条です。限定承認をした場合の、権利義務の扱いです。

条文民法925条

民法第925条(限定承認をしたときの権利義務) 相続人が限定承認をしたときは、その被相続人に対して有した権利義務は、消滅しなかったものとみなす。

たとえば、長男が、生前の父に300万円を貸していたとします。単純承認なら、父の債務を長男が承継するので、貸主と借主が同じ人物になり、債権が混同によって、消えます。混同は、債権と債務が同じ人物に帰属すると、債権が消える、という制度でした。限定承認では、この300万円の債権は消えません。もし消えるとすると、長男は貸金を失い、その分の遺産が、他の債権者に回ってしまいます。限定承認は、父の遺産と、長男自身の財産を切り離す制度です。だから、貸金は消えずに残り、長男も、他の債権者と並んで、債権額の割合で配当を受けます。この300万円は、先ほどの数字には入れていません。

限定承認の要件 923条・924条

限定承認の要件4つ。①熟慮期間内に(915条1項。期間が足りなければ家庭裁判所に伸長を請求できる)②相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出③限定承認をする旨を申述(申述書を提出)④共同相続人の全員が共同して(923条)。放棄した者は初めから相続人でなかったことになる(939条)ので、それ以外の共同相続人の全員で行う。設例=二男が反対ならできない/二男が放棄すれば長男だけでできる。 図:限定承認の要件4つ

  • ①熟慮期間内に(915条1項。期間が足りなければ家庭裁判所に伸長を請求できる)②相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出③限定承認をする旨を申述(申述書を提出)④共同相続人の全員が共同して(923条)
  • 放棄した者は初めから相続人でなかったことになる(939条)ので、それ以外の共同相続人の全員で行う
  • 設例=二男が反対ならできない/二男が放棄すれば長男だけでできる

次に、限定承認の要件です。条文は2つあります。まず、手続の中身を定める924条です。

条文民法924条

民法第924条(限定承認の方式) 相続人は、限定承認をしようとするときは、第九百十五条第一項の期間内に、相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述しなければならない。

要件は、3つ読み取れます。第1に、熟慮期間内であること。期間が足りないときは、家庭裁判所に伸長を請求できる、と前に見ました。第2に、相続財産の目録を作って、家庭裁判所に提出すること。目録とは、何があるかを一覧にしたものです。第3に、限定承認をする旨を申述することです。申述は、申述書を家庭裁判所に提出してします。相続財産の目録には、注意点があります。前回、921条3号の背信行為を見ました。限定承認のときに、悪意で目録に載せなかった財産があると、単純承認をしたものとみなされる、という規定でした。目録に、わざと書かないのは禁物です。第4の要件は、923条にあります。

条文民法923条

民法第923条(共同相続人の限定承認) 相続人が数人あるときは、限定承認は、共同相続人の全員が共同してのみこれをすることができる。

相続人が数人いるときは、全員が共同してでなければ、限定承認はできません。1人でも反対する人がいれば、できません。限定承認には、遺産全体を清算する手続が伴います。ある人は限定承認、ある人は単純承認、と別々になると、遺産全体を、誰の責任の範囲で清算するのか、収拾がつきません。だから、全員で、まとめて行う仕組みになっています。ここで問いです。設例の二男が、限定承認に反対しています。長男だけで、限定承認できるでしょうか。二男が、相続を放棄していた場合は、どうでしょうか?反対しているだけなら、二男はまだ相続人です。923条の全員にあたり、長男だけではできません。一方、二男が放棄をしていれば、939条により、二男は初めから相続人でなかったことになります。だから、残った相続人の全員、つまり長男だけで、限定承認ができます。条文に例外が書いてあるわけではなく、939条の帰結として、そうなるのです。最後に、実際の使われ方です。目録の作成と、全員の共同という要件が重いため、限定承認は、あまり使われないと言われています。ただ、今日のような場面では、有力な選択肢になります。なお、限定承認をしたあとの財産の管理は、別の回で扱います。

清算の流れと、自宅を残す方法 927条〜937条

限定承認の清算の流れ。①申述の受理→相続人が数人なら、家庭裁判所が相続人の中から相続財産の清算人を選任(936条1項)②公告・催告(927条)=限定承認をした後5日以内(清算人がいるときは選任後10日以内)に官報で公告・期間は2か月以上・知れている債権者・受遺者には各別に催告③期間満了まで弁済を拒める(928条)④期間満了後、債権額の割合に応じて弁済(929条・ただし書=優先権を害せない)⑤受遺者への弁済は債権者の後(931条)⑥売却が必要なら競売(932条)・ただし書=鑑定人の評価に従い価額を弁済して競売を止められる。 図:限定承認の清算の流れ

限定承認をしたあとは、遺産を清算する手続に入ります。条文は927条以下に並んでいます。順序と考え方を押さえます。最初に、申述が受理されます。相続人が数人いる場合は、家庭裁判所が、相続人の中から、相続財産の清算人を選任します。清算人とは、相続人のために、代わって遺産を管理し、借金の返済の手続を進める人です。936条1項です。相続人が1人なら、この選任はなく、限定承認をした本人が清算します。次が、公告と催告です。927条です。限定承認をしたあと5日以内、清算人がいるときは、選任のあと10日以内に、すべての相続債権者、つまり父に債権を持つ人と、受遺者、つまり遺贈を受ける人に、請求の申出をするよう、官報で公告します。公告とは、国が出す官報に載せて、広く知らせることです。申出の期間は、2か月以上とされます。

期間内に申出をしなかった債権者は、弁済から除斥されます。除斥とは、清算の仲間から外されることです。ただし、知れている債権者、つまり、限定承認をした人が、すでに存在を知っている債権者は、除斥できません。そういう債権者や受遺者には、公告とは別に、1人ずつ申出を催告しなければなりません。申出の期間が終わるまでは、限定承認者は弁済を拒めます。928条です。期間が終わったら、申出をした債権者と、知れている債権者に、債権額の割合に応じて弁済します。929条です。割合弁済には、ただし書があり、優先権のある債権者の権利は害せません。たとえば、抵当権で担保された債権は、先に回収できる、ということです。

配当の数値例。配当原資2500万円(担保なし・費用は省く)。D1 3000万円・D2 1000万円(合計4000万円)。D1=2500×3000/4000=1875万円(残り1125万円)。D2=2500×1000/4000=625万円(残り375万円)。合計2500万円。残りの1125万円と375万円(合計1500万円)は債務としては残るが、相続人は払わなくてよい(責任なき債務)。 図:配当の数値例

  • 配当原資2500万円(担保なし・費用は省く)
  • D1 3000万円・D2 1000万円(合計4000万円)
  • D1=2500×3000/4000=1875万円(残り1125万円)
  • D2=2500×1000/4000=625万円(残り375万円)
  • 合計2500万円
  • 残りの1125万円と375万円(合計1500万円)は債務としては残るが、相続人は払わなくてよい(責任なき債務)

設例の数字で、割合弁済を計算します。配当に回せる財産は2500万円です。債権は、D1が3000万円、D2が1000万円で、合わせて4000万円です。D1には、2500万円に4分の3をかけて、1875万円。D2には、2500万円に4分の1をかけて、625万円。合計は2500万円で、財産がちょうど尽きます。残りは、D1が1125万円、D2が375万円、合わせて1500万円です。これは債務としては残りますが、相続人は、払わなくてよいのでした。順番の続きです。受遺者への弁済は、債権者への弁済のあとです。931条です。債権者に払い終えて、なお財産が残っていれば、そこから遺贈を払う、という順に、条文が並べています。仮に遺贈があっても、設例では、債権者への配当で2500万円が尽きるので、遺贈には回りません。これらの規定に違反して、公告や催告を怠ったり、割合を無視して弁済したりして、そのせいで、他の相続債権者や受遺者に弁済できなくなったときは、限定承認者は、その損害を賠償する責任を負います。934条です。もう1つ、937条です。共同相続人の1人に、処分や、背信行為にあたる事由があるときは、相続債権者は、弁済を受けられなかった分を、その人に対して、その人の相続分に応じて請求できます。処分は921条1号、背信行為は921条3号で、前回見た、単純承認とみなされる事由です。937条は、それを限定承認の清算につなぐ条文です。

さて、自宅の話です。弁済に必要で、相続財産を売らなければならないときは、どうなるのでしょうか。932条です。

条文民法932条

民法第932条(弁済のための相続財産の換価) 前三条の規定に従って弁済をするにつき相続財産を売却する必要があるときは、限定承認者は、これを競売に付さなければならない。ただし、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従い相続財産の全部又は一部の価額を弁済して、その競売を止めることができる。

売却が必要なときは、原則として、競売に付します。競売とは、裁判所の手続で、財産を売って代金に換える手続です。ただし書が、冒頭の答えにつながります。家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って、その財産の価額を自分で弁済すれば、競売を止められます。競売は、弁済に回すお金を作るための手続でした。ただし書の方法では、そのお金を、鑑定人が評価した額で、限定承認者が自分で出します。弁済に回るお金が用意されるので、競売をしなくてよくなる、という組み立てです。実務や解説では、先買権と呼ばれます。条件があります。設例では、預金の500万円では、借金の4000万円に足りません。弁済のために売却が必要になる場面です。このとき、長男は、鑑定人が評価した自宅の価額、設例では2000万円相当の金銭を、自分で用意して弁済します。そうすれば、競売を止めて、自宅を手元に残せます。ただし、この規定は、売却する必要があるときの規定です。預金だけで借金を払いきれるなら、そもそも売却は要りません。また、評価額のお金を用意できなければ、使えません。自宅を残せるのは、評価額を払える限りで、です。

相続放棄の意義と要件 938条・939条

相続放棄の意義と要件。意義=相続が始まって一応生じた法律効果を、すべてについて、確定的に、しかも開始時にさかのぼって消す行為(938条・939条)。要件=①熟慮期間内に(915条1項)②放棄をする旨を家庭裁判所に申述(申述書を提出)。相続開始前の放棄は認められない(遺留分の放棄だけは、開始前でも家庭裁判所の許可を受ければ効力を生ずる・1049条1項)。撤回できない(919条1項)。 図:相続放棄の意義と要件

  • 意義=相続が始まって一応生じた法律効果を、すべてについて、確定的に、しかも開始時にさかのぼって消す行為(938条・939条)
  • 要件=①熟慮期間内に(915条1項)②放棄をする旨を家庭裁判所に申述(申述書を提出)
  • 相続開始前の放棄は認められない(遺留分の放棄だけは、開始前でも家庭裁判所の許可を受ければ効力を生ずる・1049条1項)
  • 撤回できない(919条1項)

限定承認の道筋を一通り見ました。ここから、相続放棄です。その前に、前回の確認です。放棄の申述が受理されたあとで、被相続人の預金を引き出して、自分のために使いました。単純承認とみなされるでしょうか?放棄したあとでも、遺産を自分のために勝手に使ったことになるので、3号で単純承認とみなされます。放棄のあとでも、遺産を隠したり、自分のために使ったりすると、3号にあたります。では、放棄そのものの条文を読みます。まず、方式を定める938条です。

条文民法938条

民法第938条(相続の放棄の方式) 相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

条文民法939条

民法第939条(相続の放棄の効力) 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

放棄とは、相続が始まって一応生じた法律効果を、すべてについて、確定的に、しかも開始時にさかのぼって消してしまう行為です。遡及的とは、さかのぼって、という意味です。939条のとおり、初めから相続人でなかったことになります。要件は2つです。1つ目、熟慮期間内であること。2つ目、放棄する旨を家庭裁判所に申述することです。申述書を提出してします。口で、いらない、と言ったり、遺産に手をつけなかったりするだけでは、放棄になりません。相続が始まる前に、放棄の約束をしても、できません。相続放棄は、相続が開始したあとにだけ、認められます。条文の組み立てを見ても、放棄は、熟慮期間内に、家庭裁判所に申述してします。熟慮期間は、自分のために相続が始まったと知った時から数えますから、相続が始まる前には、放棄をする期間そのものが、まだありません。対比できるのが、遺留分の放棄です。遺留分とは、一定の相続人に保障された、最低限の取り分でした。これだけは、相続の開始前でも、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、効力を生じます。1049条1項です。開始前の放棄には、家庭裁判所の許可という歯止めが、条文で付けられているのです。遺留分の放棄は、別の回で扱います。次に、放棄をするには、行為能力が必要です。子の代わりに、親権者や後見人が放棄を代理する場面は、前に、親子の利益相反のところで見ました。結論だけ確認します。子全員を代理して放棄させ、自分は放棄しない場合は、親と子の利益が相反し、特別代理人が要ります。放棄で、親の相続分が増えるからです。先に、または同時に、自分も放棄するなら、相反しません。

そして、放棄は、撤回できません。919条1項で、前に見たとおりです。受理されたあとで気が変わっても、取り下げることはできません。

放棄の効果① 初めから相続人でなかったことになる

遡及効の対比。遺産分割=909条ただし書(第三者の権利を害することはできない)/詐欺取消し=96条3項(善意でかつ過失がない第三者に対抗できない)/相続放棄=939条(第三者を保護する規定は置かれていない・遡及効が完全に徹底)。放棄の効力は絶対的で、登記がなくても誰に対しても主張できる。 図:遡及効の対比

  • 遺産分割=909条ただし書(第三者の権利を害することはできない)/詐欺取消し=96条3項(善意でかつ過失がない第三者に対抗できない)/相続放棄=939条(第三者を保護する規定は置かれていない・遡及効が完全に徹底)
  • 放棄の効力は絶対的で、登記がなくても誰に対しても主張できる

放棄の効果です。939条は、初めから相続人とならなかったものとみなす、と定めています。相続人は、相続の開始によって、当然に相続人になります。ですが、放棄をすれば、最初から相続人ではなかった扱いになるのです。この遡及効は、他の制度と比べると、徹底しています。遺産分割にも、さかのぼる効力があります。ただ、909条ただし書で、第三者の権利を害することはできません。詐欺による取消しにも、さかのぼる効力があります。ただ、96条3項で、善意でかつ過失がない第三者には、取消しを対抗できません。放棄には、こうした第三者を保護する規定が、置かれていません。つまり、遡及効が、完全に貫かれています。

放棄の前に差し押さえた債権者も、特別には守られず、放棄の効果を、そのまま受ける扱いになります。相続人が自分で遺産を売っていたなら、それは処分なので、単純承認とみなされ、そもそも放棄ができません。放棄のあとに現れた第三者に対しても、登記なしに、放棄の効果を主張できます。こちらは、前に、放棄と登記のところで見た判例です。理由は、放棄した人は初めから相続人でないので、その人の分を差し押さえても、手に入るものが、もともと無いからです。次に、扶養の話です。前に、損害賠償の相続のところで見た場面です。たとえば、交通事故で亡くなった人の妻と子が、相続を放棄したとします。放棄した人は、相続人ではないので、亡くなった人の逸失利益を相続して請求する道は、取れません。ただし、扶養を受けていたなら、自分自身の権利である扶養請求権が侵害されたとして、扶養利益の喪失による損害賠償を請求できます。最後に、放棄したあとの財産の扱いです。放棄したときに、相続財産に属する財産を、現に占有しているときは、引き渡すまで、自分の財産のように注意して保存する義務が残ります。940条です。冒頭で思い出した、単純承認にならない保存行為とは別の話で、こちらは、放棄した人に残る義務です。保存の義務の本体は、別の回で扱います。

放棄の効果② 代襲相続は生じない・次順位へ

放棄の連鎖の家系図(配偶者も他の子もいない場合)。被相続人A(妻なし)。子(子〔Aの孫〕あり)。Aの母(存命・父と祖父母は先に死亡)。Aの弟(子〔Aの甥〕あり)。①子が放棄→孫は代襲相続しない(887条2項)→直系尊属の母(889条1項1号)②母も放棄→兄弟姉妹の弟(889条1項2号)③弟も放棄→甥は代襲相続しない(889条2項・887条2項の準用)→相続人がいない状態。 図:放棄の連鎖の家系図

  • 配偶者も他の子もいない場合
  • 被相続人A(妻なし)。子(子〔Aの孫〕あり)。Aの母(存命・父と祖父母は先に死亡)。Aの弟(子〔Aの甥〕あり)。①子が放棄→孫は代襲相続しない(887条2項)→直系尊属の母(889条1項1号)②母も放棄→兄弟姉妹の弟(889条1項2号)③弟も放棄→甥は代襲相続しない(889条2項・887条2項の準用)→相続人がいない状態。

次の問いです。相続人が放棄をしたとき、その人の子は、代わりに相続するのでしょうか。代襲相続とは、本来の相続人が、先に亡くなったり、相続権を失ったりしたときに、その人の子が代わりに相続する制度でした。887条2項が、代襲相続の原因を定めています。原因は3つです。相続の開始以前の死亡、欠格、廃除です。放棄は、挙がっていません。だから、放棄した人の子は、代襲相続人になりません。放棄した人は、初めから相続人でなかったので、代わりに相続する元の席が、なかったのです。喩えるなら、相続の席に、初めから座っていなかった人の子は、その席を引き継げない、ということです。では、誰が相続するのか。設例をひとつ作ります。亡くなった人には妻がいません。子が1人いて、その子には、亡くなった人から見て孫にあたる子がいます。亡くなった人の母は存命で、父と祖父母は先に亡くなっています。亡くなった人には弟がいて、その弟にも子、つまり亡くなった人の甥がいます。配偶者も、他の子もいない場合です。配偶者は常に相続人になりますし、子が複数いれば、他の子が取りますので、その場合は、この連鎖にはなりません。子が放棄をします。子は初めから相続人でなかったので、孫も代襲相続しません。第1順位の相続人が、いなくなりました。すると、次の順位、直系尊属の番になり、母が相続人になります。889条1項1号です。ここで問いです。母も放棄をしたとします。次に相続人になるのは、誰でしょうか。孫は、相続人になるでしょうか?

直系尊属がいなくなるので、次は兄弟姉妹の弟だと思います。孫は、代襲相続できないので、なりません。母が放棄すると、直系尊属が、いなくなります。889条1項2号で、兄弟姉妹である弟が相続人になります。孫は、第1順位の子の放棄が原因で、代襲相続もできません。弟も放棄したらどうなるか。弟は初めから相続人でなかったので、その子の甥も、代襲相続できません。兄弟姉妹の子の代襲相続は、889条2項が887条2項を準用していて、放棄が原因にならない点は同じだからです。すると、相続人がいない状態になります。この場合の手続は、別の回で扱います。次順位の人は、自分が相続人になったと知ったときから、熟慮期間が動き出します。前に見たとおりです。

放棄をした人は、相続人としては、遺産をもらえません。ただし、受遺者の地位は、相続人の地位とは別です。たとえば、遺言で、長男にある土地を遺贈すると書かれていたとします。長男が相続を放棄しても、遺贈で、その土地を取得できます。

相続放棄は詐害行為取消しの対象になるか

相続放棄と詐害行為取消しの関係図。A(被相続人・債務超過)、B(相続人・放棄した)、D(Aの債権者)。D は B の放棄を詐害行為として取り消したい。判例の結論=取消しの対象にならない(理由は2つ)。 図:相続放棄と詐害行為取消しの関係図

  • A(被相続人・債務超過)、B(相続人・放棄した)、D(Aの債権者)
  • D は B の放棄を詐害行為として取り消したい
  • 判例の結論=取消しの対象にならない(理由は2つ)

放棄の最後の論点です。その前に、確認です。詐害行為取消請求の対象にならない、財産権を目的としない行為の例は、何でしたか?婚姻や離婚、養子縁組のような、身分行為です。前に、詐害行為取消権のところで、424条2項が、財産権を目的としない行為を、取消しの対象から外していると見ました。相続放棄も、そこで、取消しの対象にならない、という判例の結論まで見ています。今日は、その理由を、相続の側から言い直します。問いです。被相続人は、債務超過でした。相続人が、相続を放棄しました。被相続人に債権を持つ債権者は、この放棄を、詐害行為として取り消せるでしょうか。結論は、前に見たとおり、判例が否定しています。判決をもう一度読みます。事案は、被相続人に債権を持つ債権者が、相続人のした放棄の取消しを求めた、というものです。

判例最判昭49・9・20 民集28巻6号1202頁

相続の放棄と詐害行為取消権 相続の放棄のような身分行為については、民法四二四条の詐害行為取消権行使の対象とならないと解するのが相当である。なんとなれば、右取消権行使の対象となる行為は、積極的に債務者の財産を減少させる行為であることを要し、消極的にその増加を妨げるにすぎないものを包含しないものと解するところ、相続の放棄は、相続人の意思からいつても、また法律上の効果からいつても、これを既得財産を積極的に減少させる行為というよりはむしろ消極的にその増加を妨げる行為にすぎないとみるのが、妥当である。また、相続の放棄のような身分行為については、他人の意思によつてこれを強制すべきでないと解するところ、もし相続の放棄を詐害行為として取り消しうるものとすれば、相続人に対し相続の承認を強制することと同じ結果となり、その不当であることは明らかである。

判決が述べた理由は、2つです。1つ目は、取消しの対象になるのは、積極的に財産を減らす行為で、放棄は、財産の増加を消極的に妨げるにすぎない、という理由です。2つ目は、身分行為は他人の意思で強制すべきでなく、放棄を取り消せるなら、承認を強制するのと同じ結果になって不当だ、という理由です。相続の側から、言い直します。冒頭の設例で、仮に、長男が放棄したとします。父の債権者のD1は、長男の放棄を取り消して、長男にも父の借金を払わせたい。まず1つ目の理由です。たとえば、長男が放棄しても、長男がもともと持っていた預金や給料は、少しも減りません。939条で、長男は初めから相続人でなかったことになるので、長男の手元から、出ていった財産がないのです。2つ目です。今日の冒頭で見たとおり、相続人は、単純承認、限定承認、放棄の3つから、自分で選べます。長男の放棄が取り消されると、放棄は、なかったことになり、長男は、相続を受け入れた人と同じ立場に置かれます。自分で断ると選んだのに、債権者の都合で、受け入れたことにされ、父の借金まで背負わされかねない。これが、承認を強制するのと同じ結果、ということです。問いです。放棄を取り消せるとすると、なぜ、承認を強制したのと同じ結果になるのでしょうか?

取り消されると放棄がなかったことになって、承認した立場に置かれるからです。ここまでが、判決が述べた理由です。

補足の整理と、遺産分割協議との対比。判決の理由は2つ(積極的に財産を減らす行為ではない/承認を強制する結果になる)。ここから先は判決の理由ではなく、補足の整理=被相続人の債権者があてにできるのは被相続人の財産だけ。対比=放棄は身分行為で取消しの対象外/遺産分割協議は財産権を目的とする法律行為で取消しの対象。 図:補足の整理と、遺産分割協議との対比

  • 判決の理由は2つ(積極的に財産を減らす行為ではない/承認を強制する結果になる)
  • ここから先は判決の理由ではなく、補足の整理=被相続人の債権者があてにできるのは被相続人の財産だけ
  • 対比=放棄は身分行為で取消しの対象外/遺産分割協議は財産権を目的とする法律行為で取消しの対象

ここから先は、判決の理由ではなく、補足の整理です。被相続人の債権者は、本来の債務者である被相続人の財産だけを、あてにすべきです。相続人の財産から満足を得る期待は、保護されない、という説明です。判決が述べたことではないので、区別してください。また、学説には、放棄にも取消しの余地を認める見解があります。争いのある点です。言い切れるのは、判例の結論だけです。

⭐ 論文で書く規範:相続放棄と詐害行為取消し(判例の規範) 相続の放棄は、身分行為であり、424条の詐害行為取消権行使の対象とならない。理由は、①放棄は、既得財産を積極的に減少させる行為ではなく、消極的にその増加を妨げるにすぎない ②身分行為は他人の意思によって強制すべきでなく、放棄を取り消せるとすれば相続の承認を強制するのと同じ結果になり不当、の2つ。 (出どころ=判例(条文に無い基準を、424条の解釈として判例が立てたもの。論文で論点になりうる))

論文では、この規範が、論点になりうる、と言っておきます。対比を1つだけ。前に見たとおり、遺産分割協議は、財産権を目的とする法律行為なので、詐害行為取消しの対象になります。放棄は身分行為、遺産分割協議は財産権を目的とする法律行為、という軸で分かれます。遺産分割協議の取消しの本体は、別の回で扱います。

欠格・廃除・放棄の比較表と、国庫帰属制度

欠格・廃除・放棄の比較表。誰が・どう決まる=欠格は法律上当然(891条・審判不要)/廃除は被相続人の請求→家庭裁判所の審判(892条〜894条)/放棄は相続人自身が熟慮期間内に家庭裁判所へ申述(938条)。相続資格=欠格は喪失/廃除は喪失(生前=審判確定時・遺言=死亡時にさかのぼる)/放棄は初めから相続人でなかったものとみなす(939条)。遺贈を受ける資格=欠格は失う(965条→891条)/廃除は失わない/放棄は失わない。代襲相続=欠格は生じる/廃除は生じる/放棄は生じない。取消し・撤回=欠格は—/廃除は894条(いつでも・遺言でも・遡及)/放棄は撤回できない(919条1項)・取消しは総則・親族の規定による(919条2項〜4項)。 図:欠格・廃除・放棄の比較表

  • 誰が・どう決まる=欠格は法律上当然(891条・審判不要)/廃除は被相続人の請求→家庭裁判所の審判(892条〜894条)/放棄は相続人自身が熟慮期間内に家庭裁判所へ申述(938条)
  • 相続資格=欠格は喪失/廃除は喪失(生前=審判確定時・遺言=死亡時にさかのぼる)/放棄は初めから相続人でなかったものとみなす(939条)
  • 遺贈を受ける資格=欠格は失う(965条→891条)/廃除は失わない/放棄は失わない
  • 代襲相続=欠格は生じる/廃除は生じる/放棄は生じない
  • 取消し・撤回=欠格は—/廃除は894条(いつでも・遺言でも・遡及)/放棄は撤回できない(919条1項)・取消しは総則・親族の規定による(919条2項〜4項)

相続人でなくなる仕組みを、前に2つ見ました。欠格と廃除です。そこに放棄を加えて、比較表を完成させます。軸は、誰が、どう決めるかです。欠格は、891条の事由にあたれば、法律上当然に、相続資格を失います。審判は要りません。廃除は、被相続人が家庭裁判所に請求し、審判で決まります。放棄は、相続人自身が決めて、熟慮期間内に家庭裁判所に申述します。相続資格は、どれも失いますが、放棄は、939条のとおり、初めから相続人でなかったことになります。遺贈を受ける資格は、欠格だと失います。965条が891条を準用しているからです。廃除は、965条が892条を準用していないので失いません。前に見たとおり、廃除は、相続人としての資格を奪う制度で、遺贈を受ける資格までは奪わないのです。放棄も、受遺者の地位は別なので失いません。そして、代襲相続です。欠格と廃除は生じますが、放棄は生じません。取消しの面では、廃除は894条でいつでも取り消せます。放棄は、撤回できません。ただし、詐欺や強迫などの取消しは、総則や親族の規定によって、919条2項以下で認められます。共通点は、相続人でなくなることです。違いは、誰が決めるかと、代襲相続の有無です。最後に、名前だけ出しておく制度があります。相続土地国庫帰属制度です。相続した土地を、相続のあとで、国に引き渡す制度で、法務大臣に承認を申請します。たとえば、自宅や預金は相続したいが、遠くの使い道のない土地だけは手放したい、という場面です。相続全体を断る放棄とは別物です。建物のある土地など、申請できない土地もあります。

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まとめ。①限定承認=債務は全部承継し責任は相続財産の限度(922条)。共同相続人の全員(放棄した者を除く)・熟慮期間内・目録+申述(923条・924条)。清算=公告→割合弁済→受遺者は後→競売(ただし書で競売を止められる・932条)②相続放棄=家庭裁判所への申述(938条)・初めから相続人でなかったことになる(939条)・登記不要・代襲相続は生じず次順位へ・詐害行為取消しの対象にならない③比較表=欠格・廃除・放棄は、誰が決めるかと代襲相続の有無で区別④冒頭の設例の答え。 図:まとめ

  • ①限定承認=債務は全部承継し責任は相続財産の限度(922条)
  • 共同相続人の全員(放棄した者を除く)・熟慮期間内・目録+申述(923条・924条)
  • 清算=公告→割合弁済→受遺者は後→競売(ただし書で競売を止められる・932条)②相続放棄=家庭裁判所への申述(938条)・初めから相続人でなかったことになる(939条)・登記不要・代襲相続は生じず次順位へ・詐害行為取消しの対象にならない③比較表=欠格・廃除・放棄は、誰が決めるかと代襲相続の有無で区別④冒頭の設例の答え

まとめます。1つ目、限定承認は、債務は全部承継し、責任だけが相続財産の限度に限られる制度です。共同相続人の全員が、熟慮期間内に、目録を作って申述します。放棄した人は初めから相続人でないので、除いた全員です。清算は、公告、割合弁済、受遺者への弁済はあと、売却が必要なら競売の順です。ただし書で、鑑定人の評価に従った弁済をすれば、競売を止められます。2つ目、相続放棄は、家庭裁判所への申述で、初めから相続人でなかったことになります。第三者を保護する規定がなく、登記なしに誰に対しても主張できます。代襲相続は生じず、同順位の他の相続人か、次順位に移ります。詐害行為取消しの対象にもなりません。3つ目、欠格、廃除、放棄は、誰が決めるかと、代襲相続の有無で区別します。

長男と二男が、共同して、熟慮期間内に、相続財産の目録を作り、家庭裁判所に限定承認を申述します。そうすれば、借金は、遺産の限度でしか払わなくてよくなります。自宅は、預金で足りず売却が必要になったとき、鑑定人の評価に従って自宅の価額を弁済すれば、競売を止めて手元に残せます。二男が反対すれば、限定承認はできません。二男が放棄をすれば、長男だけで限定承認できます。放棄では自宅も手放すことになり、単純承認では借金が無限です。この3つを比べると、設例では限定承認が答えになります。次は、そもそも何が相続の対象になるのか、相続財産の範囲を見ます。

参照条文

  • 民法922条
  • 民法925条
  • 民法924条
  • 民法923条
  • 民法932条
  • 民法938条
  • 民法939条

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