民事訴訟は誰が動かし、何を頼めるのか
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第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
手続を動かすのは誰か

前回は、自分の力で取り返すこと——自力救済を禁じた代わりに、国が裁判という場を用意したこと、そして民事訴訟の輪郭を確かめました。そこで、今日は、こんな場面から考えてみましょう。引っ越しを頼んだら、作業中に、亡くなった祖母から受け継いだ、一点物の壺が、割れて戻ってきました。さて、あなたなら、誰に、何を求めますか。その答えを、これから一緒に組み立てていきます。前回、刑事訴訟と比べたときに、私的自治という言葉が出てきましたね。この手続を、実際に動かすのは誰でしょうか。動かす主導権は、実は当事者の側にあります。民事の争いは、私人どうしの利害の話です。だから、どう決着させるかを選ぶのは、本人です。泣き寝入りして終わりにするのも、頭を下げて示談にするのも、裁判所に持ち込むのも、全部、その人が決めることです。これが、私的自治です。手続そのものも、動かす主導権を当事者の側に置く、という建て付けになっています。これを当事者主義と呼びます。大事な点があります。裁判所は、「訴えたほうがいいですよ」とは、言ってくれません。訴えなければ、裁判は始まらないんです。違います。刑事訴訟は、国家の側が捜査を始めて、そこから動き出します。民事訴訟は、当事者が動かなければ、何も始まりません。
誰を訴えるかも、原告が決める

「動かすのは当事者」ということを、具体的な場面で見てみましょう。冒頭の、壺が割れた場面です。登場人物まで、細かく見ていきましょう。Aさんが、引っ越しをすることにしました。依頼した先は、B社という引越会社です。実際に荷物を運んだのは、B社に雇われている作業員のCさん。そして、Aさんは、この引っ越しを、D社が運営する仲介サイトを通じて申し込んでいました。ところが、作業中に、Aさんが亡くなった祖母から受け継いだ、一点物の壺が、割れてしまいました。一点物ということは、同じ物は二つとない、ということです。ここが、大事なポイントです。後で、また効いてきます。その前に、言葉を1つだけ。訴えた側を原告、訴えられた側を被告と呼びます。この2人をまとめて、当事者と呼びます。そのうえで答えると——誰を相手取るかを決めるのは、原告です。裁判所は、「この人も入れなさい」とは言ってくれません。Aさんが、B社を選ぶこともできますし、Cさんを選ぶこともできます。D社を選ぶこともできますし、複数を選ぶこともできます。そして、選び方で、主張すべきことも、出すべき証拠も変わります。B社を相手にするなら、「B社が引き受けた仕事の中で起きたこと」を軸に組み立てます。Cさんを相手にするなら、「Cさん自身の不注意」を軸に組み立てることになります。そこは、今日は踏み込みません。誰の責任になるかは、民法——実体法の領分です。ここでは1つだけ、名前を出しておきます。「この人には、この訴訟を起こす資格があるか」という論点を、当事者適格と呼びます。今日は、名前だけ持ち帰ってください。中身は、また別の回で扱います。B社とCさんを、両方訴えることもできます。1人の被告に絞る必要はありません。被告を2人以上並べることもできて、これを多数当事者訴訟と呼びます。中身は、また別の回で扱います。それも、1つに絞る必要はありません。壺の賠償と、引っ越し代金の返還——1つの訴訟で、2つ以上の中身を求めることもできます。これを複数請求訴訟と呼びます。ちなみに、この「求める内容」のことを、講学上は「訴訟上の請求」と呼びますが、これも詳しくは、また別の回です。
3つの原則の、位置を確認する

ここまでで、原告が「誰を」「何を」求めて訴えるかは、当事者が決める、という話をしてきました。ここで、この手続を動かす原則を、3つ、まとめて整理しておきます。3つのうち2つは当事者主義の現れですが、3つ目は、その裏返しになります。3つとも、今日は名前と、位置だけ押さえてください。中身は、それぞれ別の回でじっくり扱います。処分権主義です。裁判を起こすかどうか、途中でやめるかどうか。この始まりと終わりを握っているのは、当事者です。そのうえで、裁判所に何を判断してもらうかも、当事者が決めます。この原則を支えるのが、民事訴訟法246条です。裁判所は、当事者が求めていないことについて、勝手に判決を出すことはできない、という条文です。中身は、第1章でじっくり扱います。条文の文字づらも、見ておきましょう。
条文民事訴訟法246条
民事訴訟法第246条(判決事項) 裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない。
同じ読み方をしてみましょう。要件は、「当事者が申し立てていない事項」について、ということ。効果は、「判決をすることができない」——つまり、裁判所は、そこには手を出せない、ということです。Aさんが壺の代金しか求めていないのに、裁判所が「引っ越し代金も返しなさい」と言うことはできない、ということです。出口の側も同じです。前回の、当事者が「もういい」と言えば手続が終わる、というのが、その出口です。弁論主義です。判決の土台に載る事実も、それを裏づける証拠も、当事者が自分で探して、法廷に持ち込みます。裁判所が、代わりに探してはくれません。こちらは、第2章の中心テーマです。たとえば、作業員のCさんが箱を落とすところを見ていた人がいたとしても、裁判所が、その人を探し出してくれるわけではありません。Aさんが自分で見つけて、法廷に出さなければ、その事実は、判決の土台に載りません。実体法のうえで正しくても、法廷に出さなければ、判決には使われません。自分の権利をどう扱うかは、自分で決める。その私的自治の裏返しです。何を土台に載せるかも、本人が選ぶということです。職権進行主義です。次の期日——法廷が開かれる日のことですが——それをいつにするか、どこまで進めるか——進め方の舵は、法律の定めに沿って、裁判所が握ります。こちらも、第2章で扱います。そこが、今日の整理のポイントです。3つのうち、2つ——始まりと終わり、そして中身——は、当事者が主導します。でも、進行だけは、裁判所が主導するんです。もう一度、私的自治から考えてみましょう。何を求め、何を土台に載せるかは、本人に委ねる。ここまでは、当事者主導が筋です。でも、進行まで当事者任せにすると、手続が止まったり、引き延ばされたりします。この3つが、今日出てきた「動かすのは当事者」という話の、骨組みになります。
何を頼めて、何が頼めないのか

さて、ここまでは「誰が決めるか」の話でした。次は、「何を求められるか」を見ていきます。訴訟で何を求めるかは、原告が決める、という話をしました。でも、何でも頼めるわけではありません。法律で紛争を調整する以上、裁判所が出せる答えの形は、あらかじめ法が用意した型の中にしかありません。選べる幅は、思っているより、狭いんです。当事者どうしの話し合いなら、どんな中身にも合意できます。でも判決は、相手が納得していなくても、国が押しつけるものです。だから、押しつけてよい中身は、法が先に決めておく必要があるんです。そこまでは言い切れません。物を引き渡せ、建物を明け渡せ、という判決もあります。訴えの型の話は、また別の回で扱います。今日、言い切ってよいのは、損害の回復を求める場面では、原則として金銭になる、というところまでです。Aさんが本当に欲しいのは、「壺が元どおりになること」や、「悪かったと認めてもらうこと」かもしれません。でも、一点物の壺は、元に戻りません。理由も、条文で確かめておきましょう。民法417条は、「損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭をもってその額を定める」と定めています。これが、金銭賠償の原則です。722条1項によって、この417条は、不法行為による損害賠償にも準用されます。準用というのは、ある条文を、別の場面にも、必要な読み替えをして当てはめることです。この417条、実際の条文の言葉も、確認しておきましょう。
条文民法417条
民法第417条(損害賠償の方法) 損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭をもってその額を定める。
見てのとおり、今の説明と同じ形です。要件は、「別段の意思表示がないとき」、つまり、当事者どうしで特別な取り決めをしていない場合。効果は、「金銭をもってその額を定める」——金額に置き換えて決める、ということです。謝罪そのものを命じる判決は、原則として出ません。ただし、謝罪を内容とする和解ならできます。裁判所が「謝罪しなさい」と命じるのではなく、当事者どうしが、謝罪を含む形で合意する、という道です。和解の中身は、また別の回で扱います。それから、1つだけ、例外に触れておきます。名誉を傷つけられた場合には、民法723条により、被害者の請求があれば、裁判所が、名誉を回復するのに適当な処分を命じることができます。これは、さきほどの「原則として出ない」と矛盾しません。「絶対に出ない」と言い切ると、間違いになります。今日は、原則と、この例外があることまで、押さえてください。Aさんが最後に手にするのは、壺でも、謝罪の言葉でもなく、金額です。それが分かっているだけで、訴えるかどうかの判断が変わってきます。
判決の、外側にある手続

ここまでで、何を求められるのかが見えてきました。最後に、もう1つ、大事な範囲の話をします。民事訴訟法が規律しているのは、“判決手続”だけです。判決の周りには、別の法律が控えています。また、Aさんの壺の話で考えましょう。裁判所が、「B社は、Aさんに30万円を支払え」という判決を出したとします。でも、B社が、任意に払わなかったらどうなるでしょうか。勝訴判決を取っても、それだけでは相手の財布から、1円も出てきません。財産を差し押さえて、取り立てる手続が必要です。これが、強制執行。根拠は、民事執行法という、別の法律です。そこも大事な問題です。裁判が続いているあいだに財産を移されたら、勝っても取れません。だから、先に押さえておく手続が必要です。これが、財産保全。根拠は、民事保全法です。もし、B社に残っている財産が、みんなで取り合うだけの財産しかないなら、早い者勝ちにすると、不公平が生まれます。順番と割合を決める、また別の手続が必要になります。これが、清算や、立て直しの手続です。根拠は、破産法や民事再生法などの、いわゆる倒産法です。もともとは、1つの法典だったものが、分かれてきた、という歴史があります。理由は、また別の回で扱います。今日は、「民事訴訟法が扱うのは、判決までの手続だけだ」という、この地図を持ち帰ってください。
今日の地図(保存版)

今日のポイントを、3つにまとめます。1つ目、動かすのは当事者、ということです。訴えなければ、手続は始まりません。誰を訴えるかも、原告が決めます。頼めることは、思っているより限られている、ということです。裁判所が出せる答えの形は、あらかじめ法が用意した型の中にしかありません。損害の回復を求める場面では、原則として金銭になる、というのも、その表れでした。民事訴訟法が規律するのは、判決手続だけ、ということです。判決の外側には、強制執行や財産保全、清算や立て直しという、別の手続が控えていました。そもそも民事訴訟という手続が、何のためにあるのかを考えます。
参照条文
- 民事訴訟法246条
- 民法417条