民訴ゼロから民訴#4

後 紙に書いただけでは足りない——合意の効力と、民事訴訟は何のためにあるのか

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第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

合意で終わらせる道は、4つある

合意で終わらせる4つの道ボード

まず、道を整理します。話し合いで決着させる方法として並べると、4つあります。裁判外の和解、即決和解、調停、そしてADRです。同じものを、別の角度から見ています。前回は「第三者がどこまで踏み込むか」で並べました。今日は「合意で終わらせたとき、何が残るか」で見ます。まず裁判外の和解から。当事者どうしが交わす、ひとつの契約にすぎません。裁判所は、いっさい関係しません。

条文民法695条

民法第695条(和解) 和解は、当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約することによって、その効力を生ずる。

そこが和解の中身です。どちらかが一方的に折れるのではなく、互いに譲る。敷金の例が、まさにこれです。18万円の主張と、ゼロという主張の間で、12万円に落とした。自分の意思で手放せる権利なら、中身は当事者が自由に決められます。ここは私的自治の世界です。

契約にすぎない、ということの意味

裁判外の和解の弱点ボード

さて、冒頭の問いに戻ります。大家さんが月末に払わなかった。紙もあるし署名もあるのだから、すぐ取り立てられそうに思えますが、できません。裁判外の和解は、契約にすぎないからです。こう考えてください。その紙が言っているのは、「12万円を払う義務がある」ということだけです。でも、義務があることと、力ずくで取り立てられることは、別なんです。#1 で見た自力救済の禁止が、ここにつながります。権利があっても、自分の手で取り立てることはできない。だから、もう一度、訴えを起こすところからやり直しになります。正確に言えば、完全な振り出しではありません。和解という契約があるぶん、「12万円払う約束をした」という主張は通しやすくなります。それでも、もう一度手続を踏み直さなければならないのが弱点です。時間も費用もかかります。これが「契約にすぎない」ということの意味です。

同じ約束でも、破られたときが違う

効力の違い比較ボード

ところが、同じ「12万円を、月末に払う」でも、扱いが変わる道があります即決和解、正式には訴え提起前の和解といいます。

条文民事訴訟法275条1項

民事訴訟法第275条(訴え提起前の和解)第1項 民事上の争いについては、当事者は、請求の趣旨及び原因並びに争いの実情を表示して、相手方の普通裁判籍の所在地を管轄する簡易裁判所に和解の申立てをすることができる。

もめごとが訴訟に発展する前の段階で、簡易裁判所に持ち込んで和解をまとめておく手続です。その手間に、見合うものがあります。効果を定めた条文を見てください。

確定判決と同一の効力、ということ

確定判決と同一の効力ボード

条文民事訴訟法267条1項

民事訴訟法第267条(和解等に係る電子調書の効力)第1項 裁判所書記官が、和解又は請求の放棄若しくは認諾について電子調書を作成し、これをファイルに記録したときは、その記録は、確定判決と同一の効力を有する。

ここが答えです。約束が破られたら、そのまま強制執行に進めます。もう一度訴えを起こす必要が、ありません。この差が、わざわざ簡易裁判所に申し立てる理由です。調停が成立した場合も同じです。合意の中身が記録されれば、やはり確定判決と同一の効力を持ちます。そこを掴んでください。なお、この条文に「電子調書」とあるのは、手続をデジタル化する改正が入ったためです。書面の調書ではなく、記録されたデータが効力を持ちます。費用が安く、非公開で、負担も軽い。ただ、相手に無理やり従わせる力という点では、裁判所の手続にはかないません。長所と短所は裏表です。なお、即決和解の手続そのもの——どう申し立て、何を書くのか——は、後の回で扱います。

これだけ道があるのに、なぜ訴訟なのか

民事訴訟の目的・問いボード

ここまでで、紛争を調整する道がいくつもあることを見ました。そこで、最後の問いです。これだけ道が用意されているのに、そもそも訴訟は何のためにあるのでしょうか。素直に答えれば「権利を守るため」でしょう。それが1つ目の考え方、権利保護説です。訴訟は権利を守るためにある、という見方ですね。批判があります。この説は、権利は訴訟の外で先にできあがっていて、裁判官はそれを見つけて言い渡すだけだ、という見方です。権利はもう決まっている、という前提——そこが引っかかるところです。それでは、争っていく過程そのものが権利の形を決めていくという、手続の働きを見落としてしまいます。たとえば敷金の例でも、「12万円が妥当だ」という線は、最初からどこかにあったわけではありません。やり取りのなかで作られました。

秩序を守るためか——法秩序維持説

法秩序維持説とその批判ボード

2つ目は、法秩序維持説です。訴訟を通じて、実体法が思い描いている秩序を保ち、新しい秩序を作っていく、という見方です。ここにも批判があります。法は、人と人が対等に向き合うための道具のはずです。それなのに、法に従った秩序の維持を目的に据えると、手段が目的になってしまう。もう1つ。この見方は、国家の側から当事者を見下ろす形になります。すると、当事者こそが訴訟の主体だということが、抜け落ちてしまいます。ここが批判されている点です。

紛争解決説と、3つに共通する見落とし

紛争解決説とその批判ボード

3つ目は、紛争解決説。もめごとに決着をつけること、それ自体が目的だ、という見方です。ただ、この説にも指摘があります。訴訟に持ち込めば必ず白黒がつく、白黒をつけなければならない——そういう思い込みを生みやすいんです。もめごとを収めていく流れの中で、訴訟はどこを担うのか——この視点が抜けてしまいます。前回見たADRの話ともつながります。訴訟が全部を引き受けるわけではありません。

3説に共通する見落としボード

そこで、3つに共通する見落としを見てください。ここが今日の山です。どの説も、紛争を収める道は訴訟しかない、という前提で議論を立てていました。もう1つ。どの説も、出口の判決だけを見ていたのではないか。そういう指摘です。この2つが、3説をまとめて撃つ批判になっています。

これからの見方——当事者を立て直す場として

手続保障説ボード

そこで、これからの見方として示されているのが手続保障説です。前提となる現状認識があります。人間関係が希薄になり、当事者自身や、その周りの社会が、自分たちで紛争を調整していく力が落ちている、という認識です。そこで、当事者自身が対論し、紛争を調整する能力を回復することを、訴訟が支える——そこに訴訟の役割を見いだす立場です。訴訟が結論を与えるのではなく、当事者が自分で調整できるようになるのを支える——そこが手触りの違いです。民事の紛争は私的自治が原則ですから、本来は当事者が決めるものだ、という出発点とも噛み合っています。ただし、これが通説というわけではありません。権利保護、私法秩序の維持、紛争解決——この3つを併せ持つと見る立場もあります。目的論に、唯一の正解はないと理解しておいてください。

正解がないのに、なぜ覚えるのか

目的論が効いてくる場面ボード

正解がないのなら覚える意味はあるのか——そこが大事なところです。この議論は、後で判断の基準になります。具体的に3つ挙げます。1つ目。「その訴え、判決を出す意味があるのか」を決める場面。訴えたのに判決を出さないことがあり、訴える意味がないと判断されれば、中身に入らずに終わります。2つ目。「どこまで原告が決めてよいか」を決める場面——#2 で見た、当事者が手続を動かすという話につながります。3つ目。「なぜ確定した判決に、蒸し返しを許さない力があるのか」を説明する場面。いずれもこのシリーズで正面から扱います。そのとき、民事訴訟は何のためにあるかの答えが変われば、結論も変わります。今日の話は、そこで使うための道具です。空で唱える学説ではありません

ここまでを、ひとつにつなぐ

まとめボード

今日たどった道を、つなぎます。入口は、「12万円払うと書いた紙は、何なのか」でした。裁判外の和解は契約にすぎない=破られたら訴えるところからやり直し。これに対して、簡易裁判所を通した即決和解や、成立した調停は確定判決と同一の効力を持ち、そのまま強制執行に進めます。そこが分かれ目です。同じ内容の合意でも、通した道で効き目が違う。話し合いで終わらせるときは、「決まった」だけでなく、決まったものに、どれだけの力があるかまで見てください。3つの説と、それぞれへの批判を見ました。共通していたのは、紛争を収める道は訴訟しかないと考え、出口の判決だけを見ていたという点です。そこから、当事者が対論して調整する力を取り戻すのを支える、という見方が出てきます。ただし正解は決まっていません。後の回で判断が必要になったとき、ここに戻ってきてください。今日まで「裁判所に持ち込む道」を見てきました。次は、裁判所に持ち込んでも、判断してもらえない争いがあるという話をします。

参照条文

  • 民法695条
  • 民事訴訟法275条1項
  • 民事訴訟法267条1項

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