民訴ゼロから民訴#5

裁判所が判断してくれない争いがある——法律上の争訟と、「非訟」で決まる世界

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第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

民事訴訟が扱えない争いがある

民事訴訟が向かない3つの争いボード

実は、民事訴訟にそもそも向かない争いがあります。まず3つ、例を見てください。1つ目、自分の学説が正しいかどうかの判定を求める訴えです。2つ目、ある法律が憲法に違反するかどうか、それ自体の判定を求める訴えです。実際に、自衛隊の前身の組織の設置の無効確認を、最高裁にいきなり求めた事件がありました。3つ目、国会に対して特定の中身の決議を求める訴えです。その理由を、次で確認しましょう。

法律上の争訟——2つの要件

法律上の争訟2要件ボード

この3つが扱われない理由には、共通の物差しがあります。裁判所が扱えるのは、「法律上の争訟」と呼ばれるものだけです。条文を見てください。

条文裁判所法3条1項

裁判所法第3条第1項 裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。

中身を決めているのは、判例が積み上げた2つの要件です。1つ目、事件性です。当事者間の具体的な権利義務・法律関係の存否に関する紛争であること。2つ目、法律性——それが法律の適用により終局的に解決できるものであること。片方でも欠ければ、裁判所は判断できません

はじかれる例を、要件で仕分ける

事件性を欠く例ボード

この3つの例を、2つの要件に当てはめてみます。どれも、誰かと誰かの間の具体的な権利義務の争いではありません。抽象的な議論そのものです。だから事件性を欠きます。組織の設置無効を求めた訴訟でも——最高裁が言っているのは、こういう趣旨です。具体的な事件を離れて、抽象的に法令が憲法に適合するかを判断する——そんな権限を裁判所に認める根拠は、憲法にも法律にも無い

法律性を欠く例——国家試験の場合ボード

では、事件性さえあれば必ず扱ってもらえるのか。国家試験に不合格になった人が、判定の変更を求めて訴えた事件を見てください。事件性はあります。ですが訴えは退けられました。理由は、こういう趣旨です。学問や技術の上での知識・能力の優劣、その当否の判断は——法令を当てはめて争いを解決できる性質のものではない。背景には、試験を実施する側の裁量を尊重すべきだという考え方もあります。ですが、判決が理由として述べているのは、法令の適用で解決できないという点です。ここは取り違えないでください。ありますが、あちらは大学という団体の内部の規律をどこまで裁判所が見るか、という別の物差しの話です。憲法の回で扱います。

訴え却下判決とは何か

訴え却下判決の定義ボード

さて、この2つの要件のどちらかを欠くと、裁判所はどんな判決を出すのか。それを訴え却下判決と呼びます。訴訟要件——裁判所が中身を判断するための前提条件——を欠くために、訴えを取り上げない判決です。請求の中身そのものには、立ち入りません。今見た法律上の争訟の2要件も、この訴訟要件の1つにあたります。

却下と棄却、何が違うか

却下と棄却の対比ボード

ここで、少し前の話を思い出してください。ADR の回で見た仲裁——結論を第三者に委ねる、という合意でした。その合意があるのに訴えたら、訴えはどうなるんでしたか。今日はその「却下」を、正面から定義します。却下は、訴訟要件を欠くために中身を判断しない判決です。棄却は、中身を判断した結果、原告の請求に理由がないという判決です。見た目は同じでも、なぜ区別が必要かが重要ですもう一度訴えられるかどうかが違います。却下なら、欠けていた要件を直してもう一度訴えられます。棄却は、それができません。初回に名前が出た既判力——確定した判決の効力が働くからです。詳しい理屈は後の回に譲ります。却下と棄却は似て非なるものだと覚えておいてください。

住職の地位そのものは争えない——二段審査①

二段審査①ボード

さて、ここからが今日でいちばん誤解が多いところです。冒頭の寺の事案に戻ります。こうした宗教団体の内部紛争には、二段構えの審査があります。まず第1段です。訴訟で求めているものが、住職という宗教上の地位の確認、それそのものであるとき——たとえその地位が、寺を法律上代表する代表役員になるための資格であっても——法律上の争訟にあたらず却下されます。関わってきます。それでも、「住職の地位そのもの」の確認は——宗教上の地位の存否そのものを問うものです。当事者間の具体的な権利義務・法律関係の存否に関する紛争とは言えません。前半の言葉でいえば、事件性の側で落ちています。ただ、実際の事案はここで終わりません。建物の明渡しという、もっと具体的な請求だったらどうなるか——それが第2段です。

前提問題が教義に触れるとき——二段審査②

二段審査②ボード

第2段はこうです。請求が建物の明渡しのような、具体的な権利関係であっても——その判断の前提問題として——住職の地位の存否を決めなければならない場面が出てきます。判例はここで、こう言っています。前提問題としての地位の存否は——その判断の内容が宗教上の教義の解釈にわたる場合でない限り——裁判所に審判権があります。なぜ教義なのか。教義の正しさは、法を適用しても決められないからです。そこが判断の中心に来ると、裁判所の手に負えなくなります。前半で立てた言葉でいえば、これは法律性の側で落ちているということです。教義の解釈に深く関わるときだけ、法律上の争訟にあたらず却下される、ということです。宗教が絡めば常に却下、ではありません

学説の批判と冒頭事案の回収ボード

この判断の枠組みには、学説の強い批判があります。批判はこうです。教義そのものに立ち入る必要はない罷免という処分が、決められた手順どおりに、公正に行われたか——裁判所が見るのは、そこだけでいい。そうすれば、争点が教義に触れずに済みます。つまり、審理のやり方を工夫すれば片づく問題だ、という指摘です。では、冒頭の寺の事案に戻ります。罷免処分を理由とする建物の明渡し請求です。これは法律上の争訟にあたるでしょうかその筋で審判権が認められました。前提問題である罷免の当否が、教義の解釈にまで深入りしなくても判断できる——そう扱われたからです。なお、これは訴えの利益という、もっと大きな問題の一場面でもあります。続きは別の回で扱います。

判断はしてくれる、でもやり方が違う——非訟事件とは

非訟事件とは何かボード

後半に入ります。ここまでは「そもそも判断してくれるか」の話でした。ここからは、判断はしてくれるけれど、やり方が違うという話です。通常の訴訟とは別に、より弾力的な手続で裁判する非訟事件というものがあります。身近な例は、家庭裁判所の家事審判です。たとえば、認知症になった親に後見人をつける手続離婚のときに、財産分与の額をいくらにするか決める手続遺言書の内容を確認する検認遺産の分け方を決める手続なども含まれます。そこがこれからのテーマです。まず1つ、感触をつかんでください。これらは「誰の言い分が正しいか」を決める話ではありません。「いくらが妥当か・誰が適任か」を、裁判所が踏み込んで決める話です。

非訟事件は家事審判だけではない

非訟事件の種類ボード

非訟事件は、家事審判だけではありません。会社に関する非訟事件があります。検査役や清算人の選任、株主総会の招集の許可などです。それから、借地に関する非訟事件もあります。借地の条件変更や増改築の許可などです。もう1つ、思い出してほしいものがあります。以前扱った調停です。調停も、性質のうえでは非訟事件の1つにあたります。はい、別物ではありません。「話し合いによる解決か」という軸で見れば調停。「訴訟か、より弾力的な手続か」という軸で見れば非訟事件です。同じ制度を、違う軸から見ているだけです。ただ、調停で最後に決着をつけるのは、原則として当事者の合意です。裁判所が決めてしまう審判とは、そこが違います。

訴訟と非訟を分ける、たった1つの理由

区別の根っこボード

では、訴訟と非訟は、何が違うのか。7つの違いが挙げられますが、丸暗記するものではありません。根っこは1つです。非訟事件では、よりどころになる法律が「これが正解」と決め切っていないんです。さっきの財産分与を思い出してください。法律は「いくら払え」とは書いていません。一切の事情を考慮して決める——つまり、答えが1つに決まらない形で書かれている。決め切っていないぶん、裁判所が自分で事情を見て、中身を決めることになります。そうなると性格は、争いを裁くというより、行政の判断に近づきます先回りして面倒を見る——後見的な関与が求められる事件、ということです。だからこそ、そこから3つのことが自然に導かれます

根っこから導かれる3つの筋ボード

①公開しても意味が薄い——正しい答えを競う場ではないから。②当事者に主導権を渡すと決まらない——裁量で決めるべき事件だから。裁判所が主導する必要があるからです。③重い判決でなく、機動的な決定という形で出す、ということです。次で、この筋から実際の7項目を見ていきます。

7つの違い、その1

7項目比較①ボード

まず4つ。終局性——訴訟は一度確定すれば、もう蒸し返せません。非訟には、そこまでの確定力はありません。これも根っこからです。終局的に権利義務を確定する裁判ではなく、事情が変われば決め直す——だから、判決ほどの確定力を持たせていないんです。公開性——訴訟は公開が原則です。ですが非訟は違います。

条文非訟事件手続法30条

非訟事件手続法第30条(手続の非公開) 非訟事件の手続は、公開しない。ただし、裁判所は、相当と認める者の傍聴を許すことができる。

手続の形も違います。訴訟は「対審」——両当事者が向き合って主張をぶつけ合う形です。非訟は「審問」——裁判所が関係者から個別に話を聴く形です。そして基本原理です。訴訟は当事者主義、非訟は職権主義です。さっきの根っこと同じ理由です。裁量で決める以上、裁判所が主導するしかありません。当事者主義の回に出てきた職権進行主義は、「進行だけ」でした。非訟の職権主義は、中身の決め方まで裁判所が主導する、という意味です。

7つの違い、その2

7項目比較②ボード

残り3つです。手続原則——訴訟は処分権主義・弁論主義です。どちらも当事者主義の回で出てきた原則です。始まりと終わりを握るのが処分権主義、事実と証拠を出すのが弁論主義でした。非訟は、これらが適用されません。非訟事件手続法に、裁判所が自分で事実を調べるという決まりがあるからです。これがある以上、当事者だけが事実を出し合う仕組みは成り立ちません。これを職権探知主義と呼びます。次に当事者です。訴訟は原告・被告という二当事者の対立構造が前提です。非訟はそれを前提としません。非訟は、裁判所が後見的に中身を決める手続です。さっきの親に後見人をつける手続のように、争う相手がいない事件もあります。最後に裁判の形式です。訴訟は「判決」ですが、非訟は「決定」で裁判します。不服があるときも、控訴ではありません。

条文非訟事件手続法66条1項

非訟事件手続法第66条(即時抗告をすることができる裁判)第1項 終局決定により権利又は法律上保護される利益を害された者は、その決定に対し、即時抗告をすることができる。

正確には「即時抗告」です。期間の制限がある抗告です。「非訟では文句が言えない」わけではありません。

訴訟が非訟に近づいていく

訴訟の非訟化ボード

もう1つ、興味深い動きがあります。訴訟だった事件が、非訟の形に近づいていくという現象です。代表例が借地非訟です。借地の条件変更や増改築は、もともと地主が承諾しなければ動かせませんでした。昭和41年の借地法改正で、裁判所が承諾に代わる許可を与える非訟事件が新しく作られました。もう1つの例が労働審判です。ADR の回で「司法型」として名前が出た、あの手続です。労働審判官——名前は違いますが、中身は裁判官です。そこに、労働関係の専門家労働審判員として加わり、労働審判委員会を作ります。原則3回以内の期日で、調停と審判の両方を行います。中身の細かい手続は、別の回で扱います。今日は「訴訟が非訟に近づく動きがある」という事実だけ押さえてください。ただ、これは裏を返すと——公開の法廷で争うという保障が及ばない範囲が、広がっていくということでもあります。だから、どこまで任せてよいのかが問われます。次はそこです。

どこまで裁量に任せてよいのか

当事者権と判例ボード

さて、非訟事件には、もう1つ大きな論点があります。当事者権という論点です。手続のなかで、当事者がどれだけの地位を持つか、という問題です。非訟は、訴訟に比べて当事者の地位が低い、と言われてきました。公開の対審もなく、判決でもありません。

条文憲法32条

日本国憲法第32条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

条文憲法82条1項

日本国憲法第82条第1項 裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。

そこが、まさに争われました。最高裁の判断はこうです。夫婦間の同居に関する審判は、権利義務を終局的に確定する裁判ではない。だから、公開の対審や判決によらなくても——32条にも82条にも反しない、という理屈です。後見的な立場から、具体的な内容を形づくる裁判だから——「純然たる訴訟事件」ではない、というのが理由です。権利があるかないか、その白黒そのものを確定する裁判なら——法律が「決定でよい」と定めていても、公開の法廷で、対審と判決によらなければなりません。そこが境界です。婚姻費用の分担を巡る、別の事件でも同じ理屈が繰り返されました。

学説の批判ボード

この判断には、学説から強い批判があります。「形式的すぎる」という指摘です。権利義務の具体的な内容を決めるだけでも——当事者には十分な主張・立証の機会が保障されるべきだという批判です。中身が実質的に権利義務を左右するなら——手続の形が「判決」でなくても、聴かれる機会は要るんです。これが批判の核心です。この対立は、実際に立法を動かします。次で見ましょう。

批判が、制度を変えた

立法の3つの手当てボード

この対立は、平成23年の法改正として実を結びます。非訟事件手続法が全面的に改正されました。新しく家事事件手続法が作られました。当事者の手続保障を重視した、3つの手当てです。1つ目、参加制度です。手続に、当事者や利害関係人として参加できます。この参加制度が整備・拡充されました。2つ目、記録の閲覧・謄写です。事件の記録を見て、写しを取れる範囲が広がりました。3つ目、事実調査の通知と、反論の機会です。裁判所が調べた事実に重要な変更が生じうるときは——当事者に知らせなければなりません。決定や審判を後から見直すときも——言い分を聴かずに変更してはいけません判例の結論だけで話は終わりませんでした批判が、実際に制度を動かしたんです

入り口の外側・まとめボード

今日の内容を、一言でつなぎます。前半は、そもそも裁判所が判断してくれるかどうか、という話でした。法律上の争訟の2要件と、宗教団体の内部紛争の二段審査でした。後半は、判断してくれるとしても——訴訟という形をとるとは限らない、という話でした。非訟事件と、その当事者権をめぐる攻防でした。訴えるまでに何が起き、法廷で何が行われるのか——そこをたどっていきましょう。

参照条文

  • 裁判所法3条1項
  • 非訟事件手続法30条
  • 非訟事件手続法66条1項
  • 憲法32条
  • 憲法82条1項

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