訴える前に、何をするのか——代理人の選任と、緊急の保全措置(前編)
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
まず、誰が動くか——本人訴訟という選択肢
図:本人訴訟と代理人の板
まず考えるのは、「誰が」動くかです。民事の訴訟は、当事者本人が自分でやってもいいですし、弁護士を代理人に立てて行ってもかまいません。できます。これを本人訴訟と呼びます。実は、簡易裁判所を第一審とする事件では、当事者どちらも本人訴訟という割合が高いんです。地方裁判所以上になると、代理人に頼む割合がかなり高くなります。簡裁が扱うのは、比較的少額で、争点も込み入っていない事件が中心です。地裁以上になると、事件の規模が大きくなり、法律論も複雑になりがちです。では、Aが弁護士を立てるとして——弁護士なら誰でもなれるのでしょうか。
原則は弁護士——弁護士代理の原則
図:弁護士代理の原則板
条文民事訴訟法54条1項
民事訴訟法第54条第1項 法令により裁判上の行為をすることができる代理人のほか、弁護士でなければ訴訟代理人となることができない。ただし、簡易裁判所においては、その許可を得て、弁護士でない者を訴訟代理人とすることができる。
条文を見てください。訴訟代理人になれるのは、原則として弁護士だけです。これを弁護士代理の原則と呼びます。理由は大きく2つです。1つ目、訴訟は専門知識が必要な手続だからです。誰でも代理人になれると、依頼した人がかえって不利益を受けかねません。2つ目、資格のない人が報酬目当てに他人の訴訟へ入り込む——非弁行為を防ぐ狙いもあります。弁護士でない人が、報酬を得る目的で法律事務を扱うことです。弁護士法という別の法律で禁じられています。たとえばAのところに、法律に詳しい知人が来て「訴訟のことは任せろ。取れた分から手数料をもらう」と言ったとします。
この人は弁護士ではありません。報酬を得る目的で他人の訴訟を引き受ける——これが禁じられている形です。弁護士には、資格試験のほかに、懲戒の仕組みや、会への登録という縛りもあります。依頼者を守る仕組みが、いくつも重なっているんです。ただ、条文にただし書がありましたね。
簡裁だけの、2つの別枠
図:簡裁の例外板
簡易裁判所では、例外が2つあります。1つ目は、裁判所の個別の許可を得れば、弁護士でない人でも代理人になれます。54条1項のただし書です。個別の事件ごとに、裁判所が判断します。誰でも自動的に、というわけではありません。もう1つは、一定の司法書士です。裁判所や法務局に出す書類を作ることを専門にしている、法律の資格者です。司法書士法という別の法律で、簡裁での訴訟代理が認められています。ただし、ここは間違えやすいところです。司法書士が代理できるのは、簡易裁判所だけです。地方裁判所以上では、代理できません。
そして、この司法書士の資格による代理と、さっきの「裁判所の個別の許可」は、別々の制度です。司法書士は、決められた研修を受けて、能力の認定を受けている必要があります。誰でもというわけではありません。簡裁が、身近で少額な事件を扱う場所だからこそ——弁護士以外にも、道を広く用意しているわけです。
訴える前に、やっておくこと
図:訴える前の準備活動板
さて、代理人を決めたら、すぐ訴状を書くわけではありません。訴訟に踏み切るには、まず、ある程度の見通しを立てる必要があります。手持ちの資料を整理して、事件の関係者に会って話を聞いたり——必要な文書を確認したりします。ごく普通の準備活動です。さらに、訴え提起前の証拠収集という制度も使えます。あります。詳しい中身は、証拠を扱う回に譲ります。今日、大事なのはここからです。
証拠保全——いま調べないと、手遅れになる
図:証拠保全234条ボード
1つ目が証拠保全です。時間が経つと、集めにくくなる証拠があります。裁判が本格的に始まってからでは遅い——そういう特別な事情があるときに、申し立てることができる制度です。典型例は、医療過誤の裁判です。カルテは、時間が経つと書き換えられたり、失われたりする心配があります。だから、訴訟になる前に、まずカルテを確保しておくんです。条文は234条です。詳しい手続は、証拠調べを扱う回に譲ります。今日は、この制度があることを押さえてください。
民事保全——仮差押えと仮処分
図:民事保全ボード
もう1つが民事保全です。工事代金のような、お金の支払いを求める訴訟を起こすときは——あらかじめ裁判所に申し立てて、相手のめぼしい財産を差し押さえておくことがあります。これを仮差押えと呼びます。仮差押えは、さっきの「自宅を売るらしい」という噂が現実になる前に、動く手段です。もう1つ、不動産をめぐる訴訟を起こすときには——相手に、その不動産を売らせたり、他人を住まわせたりする自由を、いったん止めてしまう措置です。これを仮処分と呼びます。仮差押えと仮処分、どちらも合わせて民事保全と呼びます。民事保全法という法律に規定されています。以前、判決の外側にある手続を並べたとき、これを『財産保全』と呼びました。同じものです。
そこが肝心なところです。本裁判の結論を待っていたら、押さえるべき財産が消えてしまうかもしれません。だから、迅速に、かつ簡易な審理で、仮の措置を認める仕組みになっています。
証拠保全と民事保全、混ぜない
図:証拠保全と民事保全の対比表
そこは、はっきり分けて覚えてください。証拠保全は、証拠を確保する制度です。民事保全は、財産や地位を確保する制度です。さっきのカルテが証拠保全、Bの預金や不動産を押さえるのが民事保全です。逆に、Bの預金を押さえても、工事の出来を示す記録が残るわけではありません。そして、訴訟が始まってから調べても間に合う証拠——たとえば、いつでも取り寄せられる記録なら、証拠保全の出番ではありません。ここを混ぜて説明すると、後で必ずつまずきます。別の制度だと、はっきり区別してください。
「とりあえず」のはずが、それで終わることがある
図:仮処分の本案代替化ボード
ここで、少し発展的な話をします。民事保全は、本来、将来の本格的な訴訟に備えて、あらかじめ手を打っておく制度です。そのはずなんですが——実際には、そうならないことが少なくありません。保全の手続だけで、紛争そのものが片づいてしまうんです。保全の後に、必ず本格的な訴訟が起こされるとは限らないんです。本案というのは、請求の中身に決着をつける、本裁判のことです。この現象を仮処分の本案代替化と呼びます。主に、仮処分の領域でよく見られます。仮差押えは、財産を動かせなくするだけで、300万円が手に入るわけではありません。取り立てるには、やはり本裁判が要ります。仮処分は、求めていた状態が先に実現してしまうことがある。だから、それで足りてしまうんです。
保全の手続でも、裁判所は証拠を見て、一応の判断を示します。簡易とはいっても、判断するのは裁判所です。当事者にしてみれば、この事件を見た裁判所の見通しが、一度出たことになります。その判断が出た時点で、相手方はこう考えることがあります。「これ以上争っても、結論は変わらないだろう」と。たとえば、さっきの仮処分。相手が不動産を処分できないようにする、あの措置です。これが認められた時点で、相手は「もう動かせないなら、争っても仕方ない」と考えることがあります。時間や費用をかけて本裁判までやる実益が、当事者にとって薄れてしまうんです。
この先、論文で規範を書くような場面ではありません。ですが、実務の実感として押さえておいてください。
ここまでのまとめ
図:前編まとめボード
ここまでを整理します。Aは、まず、自分で動くか弁護士に頼むかを決めました。原則は弁護士——弁護士代理の原則です。簡裁には、個別の許可と司法書士という、2つの別枠がありました。そして、悠長にしていられない事情があるなら、訴える前に緊急の保全措置を取ります。証拠保全は証拠を、民事保全は財産や地位を確保する制度でした。
参照条文
- 民事訴訟法54条1項