訴えの提起から口頭弁論まで(後編)
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第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ⑦/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
訴えの提起——訴状を出す
図:訴えの提起のポイント
条文民事訴訟法134条
民事訴訟法第134条(訴え提起の方式) 訴えの提起は、訴状を裁判所に提出してしなければならない。 2 訴状には、次に掲げる事項を記載しなければならない。 一 当事者及び法定代理人 二 請求の趣旨及び原因
訴訟は、原告による訴えの提起によって始まります。原告が、訴状という書類を作成して、裁判所へ提出します。始めるかどうかは当事者が決める——以前、訴訟を動かすのは誰かを見た回で出てきた考え方が、ここに出ています。条文を見てください。1項は、訴状を出すという方式そのものです。2項は、訴状に書かなければならないことです。当事者と法定代理人、そして請求の趣旨と原因です。ここでいう法定代理人は、本人が選んで頼む訴訟代理人——前回の弁護士——とは別で、本人が自分では手続できないときに、法律の定めで代わりに立つ人です。誰が誰に何を求めるのか、その理由は何か、ということです。
イメージとしては、そのとおりです。細かい書き方は、また別の回で扱います。訴状が提出されると、その紛争は、裁判所にとってひとつの「事件」として扱われることになります。事件番号が振られて、担当の裁判所・裁判官が決まり、手続として管理される、ということです。ここから先は、当事者の話し合いだけでなく、裁判所を交えた手続として進んでいきます。
判決があっても、紛争が解決するとは限らない
図:判決は万能ではないボード
ここで、少し立ち止まります。訴えを起こして、判決が出れば、それで争いは終わりだと思っていませんか。決着はつきます。ただし、あくまで紛争の法的側面についてです。判決が出て、支払いの義務があるかどうかがはっきりしても——実生活での争いが、形を変えて続くことは、少なくありません。300万円を払えという判決が出ても、AとBの関係が、それで元どおりになるとは限りません。近所づきあいや、今後の仕事の紹介関係にまで、しこりが残ることもあります。以前、民事訴訟の目的を考えた回がありましたね。あのときの話が、ここにもつながっています。訴訟は万能の解決装置ではない、という感覚を、ここでも持っておいてください。
誰が、どこに訴えるのか
図:当事者適格と管轄のボード
ここで、訴状を出すために決めておくべきことを、3つ確認します。1つ目、誰が原告で、誰が被告かです。訴えた側が原告、訴えられた側が被告——ここは、以前に見たとおりです。そのうえで、今回のような『お金を払え』という訴えなら——権利があると主張する人が原告になり、その人に義務を負っていると考えられる人が、被告になります。これを当事者適格という概念で規律します。詳しくは、別の回で扱います。2つ目、どの裁判所に出すかです。これを管轄の問題と呼びます。事件の内容や、当事者の住んでいる場所によって、担当する裁判所が決まります。3つ目、相手が海外にいるような場合には——日本の裁判所がその事件を扱えるかという、民事裁判権の問題も出てきます。
中身は、それぞれ専用の回で深掘りします。以前に見た訴訟要件——裁判所が中身を判断するための前提条件——につながる話です。今日は、こういう決め事があると知っておいてください。
送達——訴状が被告に届く仕組み
図:送達の流れボード
請求の中身が、裁判所が判断するのに適した形で書かれていて——決められた手数料が、印紙という形で納められていれば——裁判所は、最初の期日の呼出状とともに、その訴状をBに届けます。裁判所で、当事者が顔をそろえる日のことです。この、訴状や呼出状を届ける手続を、送達と呼びます。普通の郵便とは違い、届いたことを、きちんと確認できる特別な方法で送ります。Bが訴えられていることを知らないまま手続が進んでしまうと、防御の機会を奪うことになるからです。「知らないうちに負けていた」ということがあってはなりません。
詳しい仕組みは、送達だけを扱う回に譲ります。今日は、Bのもとに訴状が届く、という流れだけ押さえてください。
答弁書——被告の応答
図:答弁書ボード
訴状の送達を受けたBは、応訴の準備に入ります。必要な調査や資料集めをしながら——原告の訴えに対して、大筋でどう対応するか、態度を決めなければなりません。この応答を、答弁書という書面で行います。第1回の口頭弁論期日までに提出して、そこで陳述することになります。法廷で、双方が言い分を述べる場です。そこで何が起きるかは、このあとまとめて見ます。たとえばBが「工事に欠陥があった」と考えているなら、答弁書でそう主張します。書面の中身——攻撃防御方法の話は、また別の回で深掘りします。
裁判所の階級と三審制
図:裁判所の階級と三審制ボード
ここで、少し寄り道をして、「裁判所」そのものの話をします。日本の裁判所は、4つの階級に分かれています。いちばん上が最高裁判所です。その下が高等裁判所——本部が全国に8カ所です。地方裁判所——各都府県に1カ所と、北海道に4つで、あわせて50カ所。簡易裁判所——438カ所です。身近な事件ほど、近くで扱えるようにしてあるからです。この4つの階級が、同じ事件を3つの審級にわたって審理する——これが三審制です。根拠は憲法76条1項にあります。よくある誤解です。審級が3つあるだけで、裁判所そのものは、階級を上がっていきます。
裁判官も人間である以上、判断を誤ることがあります。一度の判断で終わらせず、上級の裁判所がもう一度確かめる機会を用意することで——誤りを正す余地を残しているんです。通常の民事事件なら、まず第一審は、簡裁か地裁のどちらかです。
家庭裁判所と、知的財産をめぐる訴訟
図:家裁と知財のボード
4つの階級のほかに、家庭裁判所もあります。全国に50カ所です。もともとは、家事事件の調停や審判を行うだけでした。ですが、人事訴訟法という法律によって——離婚訴訟などの人事訴訟は、もともと地裁が第一審を担当していましたが、この法律の制定で、家裁が引き受けるようになりました。もう1つ、特許権などの知的財産をめぐる訴訟にも、特別な扱いがあります。高度に専門技術的な内容を含むため——専門処理体制が整っている東京地裁と大阪地裁が、第一審を担当します。専門的な知識が必要な事件を、あちこちの裁判所に分散させると——審理の質にばらつきが出てしまいます。担当を絞ることで、専門性を高めているんです。
知的財産高等裁判所ですね。ただし、そこは第一審ではありません。東京地裁・大阪地裁の判決に対する控訴を受け持つ、東京高裁の特別な支部です。第一審の判決に不服なら、上級の裁判所へ——これが控訴です。
ここまでの整理——法廷へ
図:中間まとめボード
ここで、いったん整理します。ここまでの流れを押さえておかないと、この先の口頭弁論の話についていけなくなるからです。Aは訴状を提出し、事件がひとつの「事件」として扱われるようになりました。誰が原告で誰が被告か、どの裁判所に出すか——当事者適格と管轄の問題を通りました。そして、訴状はBに送達されました。Bは答弁書を出し、争う姿勢を示しました。そして、裁判所には最高裁・高裁・地裁・簡裁・家裁という階級がありました。事件の性質で、担当が分かれることも見ました。続いて、いよいよ法廷そのもの——口頭弁論で何が起きるかを見ていきましょう。
法廷で何が起きるのか——口頭弁論
図:口頭弁論とは何かボード
第1回の期日には、Aは訴状を、Bは答弁書を、それぞれ陳述します。書いてある中身を、法廷で口頭で述べる、という意味です。公開の法廷で、裁判所を前にして、双方が自分の求めと言い分をぶつけ合う——これが口頭弁論という、本格的な訴訟の場面です。名前だけ聞くと、そう思いますよね。でも、そこには理念があります。
必要的口頭弁論の原則
図:必要的口頭弁論の原則
条文民事訴訟法87条1項
民事訴訟法第87条第1項(口頭弁論の必要性) 当事者は、訴訟について、裁判所において口頭弁論をしなければならない。ただし、決定で完結すべき事件については、裁判所が、口頭弁論をすべきか否かを定める。
条文を見てください。口頭弁論の場で述べていない限り、どれだけ言い分があっても、判決の材料としては扱われません。これを必要的口頭弁論の原則と呼びます。そこには、いくつかの狙いがあります。口頭で述べれば、裁判官がその場で聞いて、疑問があればすぐに確かめられます。相手方も、その場で反論できます。書面のやり取りだけでは、こうした即応性が失われます。書いてあっても、法廷で述べていなければ、判決の基礎にはなりません。訴状に書き、期日で陳述して、はじめて土俵に乗ります。だから、口頭弁論は、公開であること、口頭であることなど——いくつかの条件を備えたものでなければなりません。
以前、非訟のところで出てきた決定——判決より軽い、機動的な形の裁判です。そこは、口頭弁論を開くかどうかを裁判所が決めてよい、という例外です。諸原則の中身は、別の回で詳しく扱います。今日は、原告の申立てと被告の応答から、主張・立証を経て判決に至る訴訟活動が——基本的にこの口頭弁論の場で展開される、という理念を押さえてください。
理念と、法廷の実際
図:理念と実際の落差ボード
さて、ここからが今日の核心です。「要求と言い分を戦わせる」——そう聞くと、法廷ドラマのような場面を思い浮かべませんか。実際の第1回期日は、かなり違います。AもBも、法廷でこう言うだけです。「訴状のとおり陳述します」「答弁書のとおり陳述します」。それだけです。だから裁判所は、同じ法廷で、30分に2件、3件の第1回期日を、次々にこなしていきます。なぜこうなるのか、理由を考えてみましょう。第1回期日の時点では、AもBも、書面ではすでに言い分を出し切っています。訴状にAの言い分が、答弁書にBの言い分が、それぞれ書かれているからです。
第1回期日は、いわば当事者同士の顔合わせに近い性格を持っています。本当の主張のすり合わせ——お互いの言い分のどこが食い違っているかを詰めていく作業は——このあとの段階に委ねられているんです。だから、法廷は静かなんです。勝負は、このあとの段階に移ります。
陳述擬制——欠席しても救われる、ただし
図:陳述擬制の制約
条文民事訴訟法158条
民事訴訟法第158条(訴状等の陳述の擬制) 原告又は被告が最初にすべき口頭弁論の期日に出頭せず、又は出頭したが本案の弁論をしないときは、裁判所は、その者が提出した訴状又は答弁書その他の準備書面に記載した事項を陳述したものとみなし、出頭した相手方に弁論をさせることができる。
もう1つ、第1回期日には、特別な仕組みがあります。条文に本案とあります。前回見たとおり、請求の中身に決着をつける、本裁判のことです。もしBが、答弁書は出したものの、第1回期日に出席できなかったとします。この場合、あらかじめ提出していた書面の内容を、陳述したものとみなして、手続を進めることができます。これを陳述擬制と呼びます。第1回期日は、当事者や代理人の予定が、まだ十分にすり合っていないことも多いんです。もし欠席のたびに手続を止めていたら、訴訟が一向に進みません。ただし、条文をよく見てください。「最初にすべき」口頭弁論の期日、とあります。
この扱いが使えるのは、第1回の期日だけです。2回目以降は使えません。ここは、正確に覚えておいてください。
不熱心な訴訟追行
図:不熱心な訴訟追行ボード
実務では、被告が答弁書も出さずに、第1回期日を欠席する例も、少なくありません。何のルールもなければ、欠席のたびに、期日をやり直さなければならなくなってしまいます。手続を引き延ばされるほど、まじめに対応している相手方は、それだけ救済を待たされてしまうからです。民事訴訟法2条は、裁判所には公正かつ迅速な進行を、当事者には誠実な訴訟追行を、それぞれ求めています。そうならないように、対策が用意されています。いま見た陳述擬制も、その1つです。こうした欠席のケースを中心に、当事者の不熱心な訴訟追行に備えた対策です。詳しい中身は、当事者の欠席を扱う回に譲ります。今日は、こうした場面にも備えがある、と知っておいてください。
かつての実務——五月雨式審理・漂流型審理
図:五月雨式審理と漂流型審理ボード
訴えと判決の間の段階は、理念のうえでは——当事者が言い分をぶつける「主張」の段階と——食い違いを裏付ける材料を出す「立証」の段階に分かれます。理念上はそうです。ですが、かつての実務では、そう単純には進みませんでした。数か月おきに、間隔をあけてしか開かれなかったんです。これを五月雨式審理と呼びます。しかも、当事者どうしの言い分がすれ違ったまま——主張と立証の段階を、行きつ戻りつすることも珍しくありませんでした。これを漂流型審理と呼びます。争点がはっきりしないまま証拠だけが積み上がったり——逆に、証拠が出そろわないまま主張だけが繰り返されたりします。
欠陥の有無をめぐって、双方が言い分を述べるだけの期日が延々と続く——そんな状態です。当事者にとっては、時間も費用もかさみ、いつ終わるとも知れない負担になります。
争点整理手続——主張のずれを詰めていく
図:争点整理手続ボード
改善の第一が、争点整理手続です。第1回期日のあと、当事者の主張が具体的になる段階で——やり取りを重ねながら、双方の言い分が一致する部分を、外していきます。この一致する点を、裁判上の自白と呼びます。詳しくは別の回で扱います。そうやって、食い違う点——争点だけを、くっきりと残していきます。Aの事件でいえば、「工事に欠陥があったかどうか」が、争点として絞り込まれていくイメージです。争点が絞られれば、無関係な主張や証拠に時間をかける必要がなくなります。
書証と集中証拠調べ
図:書証と集中証拠調べボード
争点が絞り込まれたら、当事者はその争点を立証するために必要な書類を、取捨選択して提出します。この書類、またはそれを調べることを書証と呼びます。Aなら、工事の契約書と、完成後の現場写真。Bなら、欠陥を示す見積書——争点に効く書類だけを選んで出します。そのあとの段階では、当事者本人や証人——人証と呼ばれる証拠を調べます。尋問すべき人を全員集めて、1回の期日で一気に調べます。これを集中証拠調べと呼びます。争点を絞り、証拠を絞ってから、証拠調べに集中する——この順序があるからこそ、限られた期日を有効に使えます。これが済むと、必要なら最終の弁論や和解の試みを経て——ここで裁判所が弁論を終結し、判決を言い渡す日を指定します。
ここまでのまとめ
図:全体まとめボード
ここまで、2回にわたって、Aの事件を追いかけてきました。前回、代理人を選び、訴える前の手当てまでを見ました。そして今日、訴状を提出し、送達を経て、答弁書が返ってきたところから——口頭弁論という理念と、法廷の実際の落差までを、一気に見ました。陳述擬制、五月雨式審理・漂流型審理という病理、それを改善する争点整理手続と集中証拠調べ——弁論が終結すれば、あとは判決を待つばかりです。
参照条文
- 民事訴訟法134条
- 民事訴訟法87条1項
- 民事訴訟法158条