判決はどうやって組み立てられるのか——訴訟における実体法
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第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ⑨/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
判決は、どうやって組み立てられるのか
図:訴訟上の請求と実体法ボード
まず、判決が何を書くものなのか——そこから確かめます。訴訟で求められるのは、「特定の権利や法律関係が、存在する、あるいは存在しない」という形の主張です。これを訴訟上の請求と呼びます。なぜ、こういう形をとるのでしょうか。判決の中身は、実体法を使って示されます。初回に、手続法と並べて見た言葉です。民法や商法のような、権利義務そのものを定める法律を——具体的な事案にあてはめて示されるからです。法律の条文が定める要件に、目の前の事実が当てはまるかどうかを確認して、結論を導く作業です。これを、法的三段論法と呼びます。
具体的な例で見ていくのが、いちばん早いです。ここからは、少し違う事件を使います。
要件事実とは何か——売買を例に
図:C・Dの売買関係図
陶芸家のCが、お客のDに、自分で焼いた茶碗を売る約束をした、とします。代金は8万円です。今回は売買の話をするので、ここだけは新しい登場人物で進めます。もし、Dが8万円を払わなかったら、Cは何を主張すればいいでしょうか。
図:要件事実と民法555条ボード
条文民法555条
民法第555条(売買) 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
条文を見てください。売買は、2つの約束で成立します。財産権を移転する約束と、代金を支払う約束です。この2つが、代金を請求する権利を根拠づける要件事実です。権利を発生させる、法律上の要件にあたる具体的な事実のことです。「訴訟要件」とは別物です。訴訟要件は、中身を判断してよいかという入口の条件。要件事実は、その中身を組み立てる材料です。原告であるCは、この2つの事実を主張しなければなりません。茶碗を渡す約束をしたこと、代金を払う約束をしたことです。事実も証拠も、当事者が出す——当事者主義の回で見た弁論主義が、ここで効いています。
Dは、その権利の発生を妨げる事実を主張します。たとえば、「そもそも、そんな契約はしていない」という反論もあれば——「契約はしたが、勘違いして約束してしまった」という反論もありえます。錯誤です。民法95条に定めがあります。もし錯誤が認められると、その意思表示は取り消すことができます。ここは、正確に区別してください。錯誤の効果は、取消しです。中身の詳しい要件は、民法のほうで扱っています。今日は、効果は「取消し」——この言葉だけ、正確に持ち帰ってください。さて、ここでもう1つ、注目してほしいことがあります。Cが茶碗を渡す約束をした事実、Dが代金を払う約束をした事実——この2つを主張すればよく——茶碗が本当にCの所有物かどうかや、支払期限が過ぎたかどうかは、主張する必要がありません。
契約が成立するために、民法555条が要求しているのは、あくまで2つの約束だけだからです。この「主張しなくていいこと」は——あとで、要件事実という考え方への批判につながります。覚えておいてください。最後に、結論がどう分かれるかです。2つの約束をした事実——主要事実が認められれば、請求認容判決になります。要件事実にあたる、実際に認定された具体的な事実のことです。逆に、契約そのものが認められない場合——あるいは錯誤による取消しが認められると、請求棄却判決になります。主要事実の有無が、認容か棄却かを分ける分かれ目になります。どの事実まで主張しなければならないか——その線引きは、専用の回で詳しく扱います。
判決はどう組み立てられるか——4段階の地図
図:4段の階段——要件事実と証拠の区別
では、ここで、いったん立ち止まります。これまで見てきた、「Bは300万円をAに支払え」という主文は、どういう筋道で導かれたのでしょうか?争点整理で絞り込んだ「工事に欠陥があったか」は、これから並べる4段のうちの、ある1段の話です。どの段なのかが分かるように、まず4段全部を並べます。道具は、いま見たC・Dの売買の例です。判決が組み立てられる筋道は、大きく4つの段階に分けられます。第1段階、訴訟物——結局、何を求めているのか。さっき「訴訟上の請求」と呼んだものが、この第1段階に入ります。名前が2つあるだけで、指しているものは同じです。訴訟物をどう捉えるかには、それ自体、大きな議論があります。そこも専用の回です。Cの例で言えば、「Dに対する、代金8万円の支払請求権があるかどうか」です。第2段階、法律上の主張——なぜ、その権利が発生するのか。「売買契約に基づいて、代金支払請求権が発生した」という主張です。第3段階、要件事実——具体的に、何があったのか。「茶碗を渡す約束をした」「代金を払う約束をした」という、さっき見た2つの事実です。
第4段階、証拠——それを、どう裏付けるのか。契約書や、やり取りのメールなどです。以前に見た書証や人証が、ここに入ります。ここで、大事な区別をもう1つ。要件事実(第3段階)と、証拠(第4段階)は、まったく別の次元です。「契約したという事実」と、「契約書という物」は、違うものだからです。契約書がなくても、証人の証言などで、契約した事実が認められることもあります。初回に、「実体法のうえで正しくても、主張しなければ、証拠が出せなければ負ける」と言いました。ここでの「主張」は、第2段階の法律上の主張ではなく、事実の主張——あったことを法廷に出すほうです。その事実が第3段階、裏づけの手段が第4段階です。混ぜると、何を証明すればいいのかが見えなくなります。ここまでは、この階段を、上から下へ降りてきました。判決を書くときは、同じ階段を、下から順に登り直します。
法的三段論法を、3回積む
図:同じ4段の階段を、下から登り直す——三段論法3回ボード
三段論法は、大前提と小前提から、結論を導く考え方です。ただ、判決に至るまでには、実は、この三段論法を3回積み重ねています。ただし、これから見る3回のうち、大前提が条文なのは2回目だけです。1回目です。証拠を小前提、経験則を大前提にして——「要件事実が、あったかどうか」という結論を導きます。「契約書にサインがあれば、通常は合意している」というような——一般的な経験に基づくルールです。前回、証拠を出し尽くしても分からないときのルール——証明責任を見ました。この1回目が、その手前の作業です。経験則の使い方も、証明責任の中身も、それぞれ専用の回で扱います。契約書という証拠と、この経験則を組み合わせて、「茶碗を渡す約束をした事実がある」と認定します。2回目です。今度は、いま認定した要件事実を小前提に——法規——民法555条を大前提にして——「法律効果が発生したかどうか」という結論を導きます。この「法律効果」が、さっき並べた第2段階——法律上の主張にあたります。
3回目です。認定した法律効果を小前提に——「その権利が認められるなら、それを求める請求は認容される」という関係を大前提にして——「訴訟物について、請求認容判決とするか、請求棄却判決とするか」という結論を導きます。証拠から要件事実へ、要件事実から法律効果へ、法律効果から訴訟物へ——登る矢印は3本。さっきの4段の階段の、段と段のつなぎ目そのものです。この三段論法を3回積み重ねて、ようやく、あの主文にたどりつくんです。Aの事件でも同じです。契約の型が変われば、条文が求める事実の中身が入れ替わるだけ——4段の階段も、3回の三段論法も、そのままです。
この積み重ねが、判決という結論の正体です。
要件事実という考え方への、2つの批判
図:要件事実論への批判ボード
ここまで見てきた要件事実という考え方には、実は批判もあります。1つ目は、現実の紛争との過不足です。さっき、Cの例で見たとおり、茶碗の所有者が誰かは、主張する必要がありませんでした。逆に、相手方が実際には争っていない事実でも——要件事実である以上、必ず主張しなければなりません。そこが、現実の紛争の感覚と、要件事実というルールとの間の、ずれです。2つ目は、もう少し根本的な懸念です。要件事実という考え方は、あらゆる紛争に、あらかじめ法律が用意した要件・効果のメニューがあって——それに当てはめれば、自動的に答えが出る、という前提に立っています。
ですが、本当にそうでしょうか。この前提を強く持ちすぎると——その事件ならではの、新しい法律構成を考える法創造の芽を、摘みかねません。たとえば、インターネット上のサービスを、月ごとにお金を払って使い続ける契約はどうでしょうか。買ったのか、借りたのか、それとも何かを頼んだのか——民法が並べたメニューのどれに当たるのか、すぐには決まりません。メニューの側から事件を切り取る癖がついていると、載っていないから扱えない、で止まってしまいます。ただし、実務の側も、この批判に手をこまねいているわけではありません。主要事実だけを切り取るのではなく——実際の紛争の広がりを取り込もうとする方向で、運用が展開されています。
要件事実は、強力な道具ですが、万能ではありません。射程を意識して使ってください。
第0章のまとめ
図:第0章まとめボード
では、ここまでの道のりを、1枚に畳んでおきましょう。Aの事件は、代理人の選任と、緊急の保全措置から始まりました。訴状を提出し、送達を経て、答弁書が返ってきました。争点整理と集中証拠調べを経て、弁論が終結しました。そして前回、訴訟の終わり方と、判決の効力までを見ました。今日は、その判決がどうやって組み立てられるのか、その筋道をたどりました。持ち帰るのは2つです。1つ目、訴訟物・法律上の主張・要件事実・証拠という4段の階段。2つ目、その階段を下から登り直す3回の三段論法。この2つは、同じ階段の別の見方でした。
これで、民事訴訟の1つの事件が、始まりから終わりまで、一本の道としてつながりましたね。今の民事訴訟法が、どんな歴史を経て、今の形になったのか——旧民事訴訟法の時代から、令和4年のIT化改正まで——たどっていきます。
参照条文
- 民法555条