民事訴訟法はどう作られてきたか——旧民訴の分割から令和4年IT化改正まで
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第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ㉛/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
30年前のある裁判の1年
図:30年前の法廷の板
30年ほど前の、ある民事裁判の1年を覗いてみます。原告の代理人と、被告の代理人が、月に1回だけ法廷に出頭します。半年経っても、何が争点なのか、はっきり絞られないまま、次の期日が決まります。書面が五月雨式に届き、主張と立証の段階を行きつ戻りつする——あの病理です。前回、相殺の抗弁のところまで見て、訴状の提出から始まった一連の手続が、ひとつながりになりました。その手続を定めている法律自体は、どうやって今の形になったのでしょうか。先にその成り立ちを知っておくと、改正が何を変えようとしたのかも、はっきり見えてきます。答えを先に言っておきます。もともと1つだった法律が役割ごとに分かれていき、残った民事訴訟法は、利用しやすく、わかりやすく、迅速にという1つのねらいで作られ、その後の改正の多くも、そのねらいの延長にあります。今日は、その沿革を一気に見ていきます。
1冊の手引書が分かれていった話
図:法典分裂の系譜の板
これまでの回で、民事執行法や民事保全法、仲裁法、ADR法、非訟事件手続法という名前を、いくつも見てきました。実は、もともとは1つの法律から分かれてきたものなんです。たとえるなら、むかし、ある家に1冊だけ、分厚い「もめごと対応の手引書」があったとします。その手引書には、誰の言い分が正しいか決める部分、決まったのに払わない相手から取り立てる部分、決着がつくまでの間に財産を持ち逃げされないよう一時的に押さえておく部分、この3つがまとめて載っていました。これが旧民事訴訟法典です。明治23年に制定され、大正15年に全面改正されました。
図:旧民訴法典と現行法の対比の板
ここで、なぜ取り立てと一時押さえの部分が、わざわざ切り離されたのか、考えてみます。以前の回で見た、ある話を思い出してください。原告が勝訴判決を手にしても、それだけでは1円も動きません。例えば、Aが200万円を貸したBを訴えて、勝訴判決をもらったとします。でも、Bが自分から200万円を払ってくれなければ、Aは何も受け取れません。Bの財産を差し押さえて、現実に取り立てる専用の手続が要ります。もう一つ、判決が確定するまでには、何年もかかることがあります。その間に、Bが自分の財産を売ってしまったり、どこかに隠してしまったりしたら、どうなりますか。
だから、判決が出る前に、争いの対象になっている財産を一時的に押さえておく、保全の手続も必要になります。この2つは、性質も使うタイミングも、誰の言い分が正しいかを決める手続とは別物なので、それぞれ専用の手引書として切り離されました。年月が経つにつれ、取り立ての部分だけを取り出して、取り立て専用の手引書にしました。これが民事執行法です。昭和54年にできました。続いて、一時押さえの部分だけを取り出して、一時押さえ専用の手引書にしました。民事保全法です。平成元年にできました。では、残った、誰の言い分が正しいかを決める部分は、どうなったのでしょうか。その部分が、今の民事訴訟法です。平成8年に制定され、平成10年に施行されました。さらに、もめごとの決め方には、判決で誰の言い分が正しいかを決める以外の道もあると、これまでの回で見てきましたね。当事者の合意で、裁判所の外に解決を持ち出す道と、いくらが妥当か・誰が適任かを、裁判所が踏み込んで決める道です。
裁判所の外の道を整えたのが、仲裁法(平成15年)とADR法(平成16年)。裁判所が踏み込んで決める道を整えたのが、非訟事件手続法(平成23年)です。同じ平成23年には、家庭のもめごとを扱う家事事件手続法も、新しく作られました。これで、これまで別々の名前として覚えていた法律たちが、1本の系譜でつながりました。倒産法は、この手引書とは事情が違います。手引書から切り出された大きな部分は、取り立ての部分と一時押さえの部分でした。破産法や民事再生法は、民事訴訟法典の中にあったことはなく、はじめから別の法律として整えられてきました。
「民事訴訟法」という言葉の2つの意味
図:形式的意味と実質的意味の対比の板
ここで、言葉の整理を1つしておきます。ふだん「民事訴訟法」と言うとき、指しているのは、平成8年にできた、あの1冊の法典そのものです。これを形式的意味の民事訴訟法と呼びます。ですが、もう少し広い意味で使われることもあります。民事訴訟規則や、さっき見た民事執行法、民事保全法、それから民法や会社法の中にある訴訟に関する規定まで含めて、「民事の裁判手続を規律するルールの全体」を指すときがあります。これを実質的意味の民事訴訟法と呼びます。例えば、訴状に証拠となる文書の写しを付ける、という決まりは、民事訴訟法の本体ではなく、民事訴訟規則に書かれています。それでも、訴訟の進め方のルールであることに変わりはありません。さっきの話と重ねると、執行法や保全法は、形式的には別の法律として出ていきましたが、実質的意味で見れば、今も同じ民事訴訟法の仲間です。
身分関係訴訟も、同じ流れの中にあった
図:身分関係訴訟の系譜の板
もう1つ、別の系譜があります。離婚や親子関係といった、身分関係をめぐる訴訟です。こちらも明治23年に、身分関係の訴訟を専門に規律する規則ができました。その後、人事訴訟手続法となり、平成15年の全面改正で、今の人事訴訟法になりました。普通の民事訴訟は、当事者が自分で出した主張と証拠だけで判断を決めます。ですが、離婚や親子関係は、本人たちの言い分だけに任せてしまうと、真実と違う結論でも簡単に確定してしまいかねません。身分関係は、本人たちだけの問題ではなく、戸籍や親子関係として社会にも影響します。そこで、裁判所が自分から事実や証拠を調べにいく、特別な仕組みが必要になりました。その中身は、専用の回で扱います。
現行法は、何のために作られたのか
図:平成8年改正5本柱の板
冒頭で見た、月に1回しか集まらず、半年経っても争点が絞られない——あの裁判に戻ります。現行法は、「国民に利用しやすく、わかりやすい手続で、適正・迅速な裁判を実現する」という、1つのねらいのもとで作られました。この1つのねらいは、条文そのものにも書き込まれています。
条文民事訴訟法2条
民事訴訟法第2条(裁判所及び当事者の責務) 裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。
「公正かつ迅速」という言葉が、条文の一番最初に置かれています。これが、これから見る5本柱すべての出発点です。このねらいから、5つの柱が出てきます。1つ目、争点整理手続の整備です。
条文民事訴訟法164条
民事訴訟法第164条(準備的口頭弁論の開始) 裁判所は、争点及び証拠の整理を行うため必要があると認めるときは、この款に定めるところにより、準備的口頭弁論を行うことができる。
条文の準備的口頭弁論は、争点と証拠を整理するための手続の一つです。例えば、冒頭で見た裁判のように、月1回顔を合わせても、何が争われているのか絞られないまま何年も続いてしまう。これでは、審理がいつまでも漂流します。だから、早い段階で争点を絞り込む手続が、条文として整えられました。2つ目、文書提出命令の拡充です。
条文民事訴訟法220条
民事訴訟法第220条(文書提出義務) 次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。 一 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。 二 挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。 三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。 四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
四号の例外の中身は、別の回で扱います。条文の「挙証者」は、証拠で事実を証明しようとする側のことです。例えば、Aが会社を訴えていて、Aの主張を裏付ける社内文書が、相手の会社の手元にしかない、という場面を考えてください。相手が黙って出さなければ、Aはその文書の中身を一生知ることができません。だから、裁判所の命令で、相手の手元にある文書を出させやすくする仕組みが拡充されました。
図:平成8年改正5本柱の板
3つ目、少額訴訟手続の創設です。
条文民事訴訟法368条1項
民事訴訟法第368条第1項(少額訴訟の要件等) 簡易裁判所においては、訴訟の目的の価額が六十万円以下の金銭の支払の請求を目的とする訴えについて、少額訴訟による審理及び裁判を求めることができる。ただし、同一の簡易裁判所において同一の年に最高裁判所規則で定める回数を超えてこれを求めることができない。
例えば、数万円の貸し借りのもつれを取り戻すためだけに、何度も裁判所に出廷しなければならないとしたら、見合わない負担です。だから、軽い金額の事件は、原則1回の審理で終わらせる、専用の手続が設けられました。4つ目、上告制度改革です。
条文民事訴訟法312条1項
民事訴訟法第312条第1項(上告の理由) 上告は、判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、することができる。
例えば、改正前のように、上告できる理由が広いままだと、最高裁には事件が山のように積み上がり、本当に重要な事件の審理が滞ってしまいます。だから、上告できる理由が、憲法違反や手続の重大な違反など、限定されました。
条文民事訴訟法318条1項
民事訴訟法第318条第1項(上告受理の申立て) 上告をすべき裁判所が最高裁判所である場合には、最高裁判所は、原判決に最高裁判所の判例(これがない場合にあっては、大審院又は上告裁判所若しくは控訴裁判所である高等裁判所の判例)と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件について、申立てにより、決定で、上告審として事件を受理することができる。
それに加えて、上告受理という別の道も設けました。法令の解釈に関わる重要な事件なら、最高裁が選んで受理できる仕組みです。上告理由の限定は、当事者が主張できる理由そのものを絞る仕組みです。上告受理は、理由を絞られたあとでも、法令解釈として重要な事件なら、最高裁が選んで取り上げる仕組みです。ここは区別が大事ですが、要件の中身は別の回で詳しく扱います。今日は、2つの道があることを押さえてください。
図:平成8年改正5本柱の板
5つ目、技術的訴訟改革です。電話やテレビ会議での手続参加を認めました。170条3項・204条などです。397条以下では、電子情報処理組織を使う仕組みも整えました。例えば、遠方に住む当事者が、毎回の期日のために何時間もかけて裁判所まで出向かなければならないとしたら、それだけで訴えを起こす気力を失ってしまいます。電話やテレビ会議で参加できる道を開いたのは、この負担を軽くするためです。5本柱は、どれも同じ1つのねらいから出てきた展開です。ここを、この先の土台にしてください。
その後の改正は、何の延長か
図:改正年表の板
平成8年改正のあと、改正が何度も重ねられます。年表で見てみましょう。平成13年、文書提出義務の整理。役所が持っている文書も、原則として提出を拒めない文書に含まれるよう、条文が整えられました。さっきの2つ目の柱の延長です。平成15年、専門委員制度ができました(92条の2)。例えば、建築や医療のように、専門的な知識が無いと争点すら理解できない事件があります。裁判官だけでは判断が難しいときに、専門家の説明を手続に取り込める道が整えられました。訴え提起前の証拠収集も拡充されました。132条の2以下です。計画審理も整いました(147条の3)。複雑な事件では、裁判所が当事者と話し合って、争点整理や証拠調べをいつまでに終えるか、最初に計画を立てて進めます。審理を漂流させない仕組みです。この年、裁判の迅速化に関する法律もできて、原則2年以内に第一審を終わらせる、という目標が定められました。
平成16年、オンラインでの支払督促が整いました。支払督促は、お金の請求を、法廷での審理を開かずに、裁判所書記官の督促で進める手続です。397条以下です。これは5つ目の柱、技術的改革の延長です。平成19年、証人や当事者本人の付添いや遮へいといった措置が整いました。203条の2以下です。手続保障を拡充する展開です。平成23年、国際裁判管轄の規定が整いました。3条の2以下です。外国の人や会社が関わる、渉外的な事件が増えたことへの対応です。遮へいと国際裁判管轄は、柱の延長ではなく、別の必要から加わった改正です。それ以外は柱につなげておくと、年号を丸暗記するより忘れにくくなります。では、平成23年のあとに来る、一番新しい大きな改正は、何でしょうか。
令和4年IT化改正——3本柱と2つの付随制度
図:IT化改正前後の対比の板
答えは、令和4年のIT化改正です。前回までの回で見た、訴状のオンライン提出のことを思い出してください。あれは、これから始まる新しい制度だったでしょうか?いえ、あのときすでに、動いている制度として扱っていました。令和4年の改正は、さっき見た技術的訴訟改革の延長で、3本柱と、2つの付随する制度からできています。改正前は、訴状を紙で提出し、当事者は法廷に出頭し、訴訟記録も紙で保管されていました。改正後は、提出もオンライン、参加もウェブ会議、記録も電子データへと置き換わります。1本目の柱、e提出です。訴状などを裁判所にオンラインで提出し、送達もオンラインで行える仕組みです。2本目の柱、e事件管理です。訴訟の記録を、紙ではなく電子データで管理します。3本目の柱、e法廷です(87条の2)。ウェブ会議を使って、口頭弁論に参加できる仕組みです。使い方の詳しい中身は、別の回で扱います。
付随する2つの制度のうち、1つは、秘匿制度です(133条)。当事者の住所や氏名などを、相手方に明かさずに訴訟を進められる制度です。例えば、DV被害者が相手から逃げていて、訴状に自分の今の住所を書くと、相手に居場所を知られてしまう、という場面を考えてください。これでは、訴えを起こすこと自体が危険になります。秘匿制度は、このおそれを取り除くために新設されました。もう1つは、法定審理期間訴訟手続です(381条の2)。双方が申し出た場合に、6か月以内に審理を終結させ、1か月以内に判決を出す、という新しい手続です。
法定審理期間訴訟手続は、名前の印象が似ていても、少額訴訟とは別の制度です。少額訴訟は簡易裁判所専用の制度ですが、法定審理期間訴訟手続は簡易裁判所専用ではありません。地方裁判所の通常の訴訟でも、双方が望めば使える手続です。要件や、使えない事件の範囲、判決への不服の仕組みは、別の回で詳しく扱います。今日は、この骨格だけ持ち帰ってください。
施行状況の現在地
図:施行状況の板
令和4年の改正は、成立した当初、段階的に施行していく制度として組まれていました。ですが、今の時点では、全面施行がすでに終わっています。e提出・e事件管理・e法廷、秘匿制度、法定審理期間訴訟手続、いずれも、今この瞬間、すでに動いている手続として扱ってください。
今日の地図(保存版)
図:全体地図の板
今日の話を、1本の線で畳んでおきます。もともと1冊だった手引書が、取り立ての部分を民事執行法に、一時押さえの部分を民事保全法に渡し、残った部分が今の民事訴訟法になりました。そこに、裁判所の外の道を整える仲裁法・ADR法と、裁判所が踏み込んで決める道を整える非訟事件手続法が整えられました。身分関係の訴訟は、別の系譜をたどって人事訴訟法にたどり着きました。そして、現行法は「利用しやすく、わかりやすく、迅速に」という1つのねらいで作られました。平成8年の5本柱から、平成13年から23年の改正、令和4年のIT化改正まで、その多くが、このねらいの延長にあります。今では、令和4年の改正も、すべて施行が終わっています。
最後に1つ確認します。令和4年IT化改正の3本柱のうち、訴訟記録を紙ではなく電子データで管理する柱の名前、言えますか? 答えは、e事件管理です。e提出・e法廷と合わせて、3本柱でした。法律自体の成り立ちが見えたところで、次は、この手続の中で実際に動いている人たちに目を向けていきます。
参照条文
- 民事訴訟法2条
- 民事訴訟法164条
- 民事訴訟法220条
- 民事訴訟法368条1項
- 民事訴訟法312条1項
- 民事訴訟法318条1項