どこの裁判所に訴えればいいのか——裁判所・民事裁判権と、管轄の地図
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第1章 訴訟の開始 ⑫/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
「裁判所」という言葉の2つの意味
図:「裁判所」の2つの意味——国法上と訴訟法上の違い
実は「裁判所」という言葉には、2つの意味があります。1つは、国法上の裁判所です。裁判官だけでなく、裁判所書記官、家庭裁判所調査官、事務官、執行官まで含みます。司法行政上の組織そのものを指す言い方です。もう1つは、訴訟法上の裁判所です。こちらは、実際に事件を審理して、判断を下す裁判機関そのものを指します。デザイン料が未払いのMとK社の事件でいえば、それを実際に審理して、判決を書く裁判官のことです。今日、これから「裁判所」と言うときは、こちらの意味で使います。この裁判所が、どういう単位で判断を下すのか——次はそこを見ましょう。
合議制と単独制——そして役割分担
図:合議制と単独制——トレードオフボード
裁判所が判断を下すとき、担当する裁判官の人数が変わります。1人で担当するのが単独制、複数で担当するのが合議制です。分けているのは、それぞれに良さがあるからです。合議制は、複数の裁判官の知識と経験が補い合います。だから、慎重で正確な判断につながりやすいんです。一方の単独制は、1人で決められるぶん、審理が速く進みます。実際の割り振りを見てみましょう。簡易裁判所と地方裁判所は、原則として単独制です。ただし地方裁判所では、事件によって、3人の合議で審理することがあります。代表的なのは、合議体自身が「合議で審理する」と決めた場合です。
さっき見た、慎重さと速さのトレードオフを、事件ごとに選べるようにしてあるんです。もう1つ、簡裁の判決に対する控訴審は、必ず合議になります。簡裁の決定・命令に対する抗告審も、同じです。さらに特別な事件では、5人の合議になることもあります。当事者や証人の数が著しく多い、大規模訴訟と呼ばれる事件です。当事者が著しく多数で、かつ、尋問すべき証人や当事者本人も著しく多数な訴訟です。この定義は、条文の括弧書きに置かれています。こうした事件は、5人の合議体で審理できます。もう1つ、特許権等に関する訴えも、5人の合議体で審理できます。中身は4つで閉じています。特許権、実用新案権、回路配置利用権、それにプログラムの著作物についての著作者の権利です。以前、知的財産の訴訟を見たときと同じで、技術的に高度な中身を含むからです。ただし、これができるのは、こうした訴えを専門に受け持つ、東京地裁と大阪地裁だけです。ここからは、最高裁の話に変わります。同じ5人でも、別の仕組みです。最高裁判所は、通常5人の小法廷で判断します。一方、15人全員の大法廷でなければならないのは、法律で決まった場合です。憲法に適合するかどうかを新しく判断するとき、憲法違反だと判断するとき、それに、これまでの判例を変えるときです。
図:合議体の中の役割(裁判長/受命裁判官/受託裁判官)ボード
合議制のとき、裁判官どうしの役割にも違いがあります。まず裁判長は、合議体を代表する発言機関です。口頭弁論を指揮し、証拠調べを主宰し、判決を言い渡します。次に受命裁判官です。合議体のメンバーの1人が、一定の事項の処理を任された場合の呼び名です。たとえば、証拠調べの一部だけを、その1人が受け持つ、といった形です。一方、受託裁判官は違います。審理を担当する裁判所が、証拠調べなどを他の裁判所に嘱託する——つまり、頼んで代わりにやってもらうことがあります。そのとき、頼まれた側の裁判官が、受託裁判官です。
受命は合議体の内、受託は別の裁判所という外です。
民事裁判権——国家の力が届く範囲
図:民事裁判権の意義と及ぶ範囲ボード
ここからは、少し視点を変えます。裁判所が、そもそもどんな力を持っているのか——民事裁判権の話です。民事裁判権とは、具体的な民事事件を裁判で処理する、国家の権能です。司法権の1つの働きとして、裁判所に属しています。この力が含むのは、判決を書くことだけではありません。送達、期日への呼出し、証人や鑑定人の尋問まで含みます。証拠物の提出を命じることも、この力に含まれます。手続を進めるための力全体、と考えてください。民事裁判権が届く範囲は、シンプルです。日本の領土にいる人になら、原則としてだれにでも力が働きます。
ただし、例外があります。外国国家、国家元首、外交官、領事などは、原則としてこの裁判権に服しません。国家どうしの主権を尊重するためです。裁判権の免除と呼ばれます。
図:裁判権の免除と制限免除主義ボード
実は、外国国家がいつでも免除される、とは限りません。かつては、外国国家は一切服さないという、絶対免除主義が採られていました。しかし今は、制限免除主義という考え方に変わっています。外国国家が、自分から訴えを起こした場合を考えてください。あるいは、私法上の行為から紛争が生じた場合です。こうした、法律が明文で認める場面では、私人と同じように裁判権に服します。たとえば、外国国家が民間の会社と同じように、物を買う行為です。お金を借りる行為なども、そうです。国家としての権力的な行為なら、免除されます。私人と同じ立場で行う行為なら、免除されません。「外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律」が、この考え方の根拠です。
外国国家が、どんな場合に日本の裁判権に服するかを、定めています。ここまでが、裁判所という組織が持つ、いちばん大きな枠の力です。
裁判権と管轄権は別物
図:裁判権と管轄権——却下か、移送かボード
ここから、今日いちばん大事な区別に入ります。裁判権と、管轄権です。この2つは、はっきり違います。裁判権は、日本の裁判所を全体として、ひとかたまりに見たときの力です。さっき見た、外国にどこまで力が及ぶか、という話がこれです。一方、管轄権は、具体的な事件をどれが扱うかという分担です。裁判所全体の中の、どれか、という話になります。なぜ、わざわざ2段階に分けて考える必要があるのか。それは、問題が起きたときの処理が、まったく違うからです。裁判権が無ければ、その訴えは却下されます。そもそも、日本の裁判所全体で扱えない話だからです。以前に見た、訴訟要件——裁判所が中身を判断するための前提条件——を欠くので、中身に入らないまま終わる、ということです。
一方、管轄が無ければ、移送されます。日本の裁判所で扱えること自体は間違いありません。ただ、担当する窓口が違うだけです。だから、正しい窓口に事件を回せば、それで済みます。ここで、確認しておきましょう。さっき見た、外国国家の、国家としての権力的な行為——これをめぐる訴えを、東京地裁に出したら、どうなるでしょうか?窓口を間違えたのではなく、そもそも扱えないので、却下になります。では、逆の場合です。Mが、K社への135万円の請求を、担当ではない裁判所に出してしまったら、どうでしょう。こちらは日本の裁判所で扱える話なので、却下ではなく、担当する裁判所へ移送されます。同じ「間違えた」でも、そもそも扱えないのか、担当が違うだけなのか——ここで処理が分かれます。この「却下か、移送か」という違いが、2段階に分ける理由です。移送そのものの細かい要件は、また別の回でじっくり扱います。今日は、「処理が違う」ということだけ、しっかり持ち帰ってください。
管轄の4分類——地図をもう一段広げる
図:管轄の4分類(職分管轄/審級管轄/事物管轄/土地管轄)ボード
では、その管轄について、もう少し詳しく見ていきましょう。管轄には、大きく4つの種類があります。数は4つですが、切っているものは1つです。どれも「この事件を、どこが担当するか」を、別々の角度から切り分けたものです。1つ目は、職分管轄です。裁判所が行う仕事の種類そのものによる、分担です。判決を出す手続なら受訴裁判所が担当します。強制執行の手続なら執行裁判所、支払督促の手続なら簡裁の書記官が担当します。2つ目は、審級管轄です。三審制の中で、第一審、控訴審、上告審のどれを担当するか、という分担です。
3つ目が、簡裁と地裁の分かれ目になる事物管轄です。第一審を、簡易裁判所と地方裁判所のどちらが担当するか、という分担です。最後、4つ目が土地管轄です。どの土地の裁判所が担当するか、という分担です。土地管轄の詳しい中身は、後の回でじっくり扱います。今日は、4つの名前と一緒に、「どの角度で切っているか」を持ち帰ってください。
審級の具体形——そして離婚事件のコラム
図:審級の系統(通常訴訟/人事訴訟)ボード
では、審級管轄の具体的な姿を見ましょう。一般の民事訴訟は、簡易裁判所か、地方裁判所が、第一審です。控訴審は、第一審が地裁なら高裁が担当します。第一審が簡裁なら、控訴審は地裁が担当します。上告審は、最高裁と高裁のどちらかです。ただし、例外があります。婚姻の無効・取消し、離婚、認知、養子縁組といった、人事訴訟事件は違います。これらは、地裁でも簡裁でもなく、家庭裁判所が第一審です。
図:コラム——離婚事件と家庭裁判所ボード
ここで、少し寄り道をしましょう。離婚事件と家庭裁判所の話です。人事訴訟事件が、もともと地裁で、人事訴訟法で家裁に移ったことは、裁判所の種類を見た回でも触れましたね。これで、離婚の調停も、審判も、訴訟の手続も——窓口が家庭裁判所ひとつに、まとまりました。さらに、この一本化には、実務的な意味もあります。人事訴訟の請求と、もとになった事実が重なっているときは——そこから出た損害賠償の請求まで、家裁がまとめて審理できます。妻が夫に対して、離婚の請求と、離婚にともなう慰謝料の請求をします。この2つを、まとめて家裁に出せる、ということです。
1つの窓口で、まとめて解決できる仕組みになっています。
今日のまとめ
図:今日のまとめ——裁判所・裁判権・管轄の地図ボード
では、今日の話を、1枚に畳んでおきましょう。裁判所には、国法上と訴訟法上、2つの意味がありました。合議制と単独制には、慎重さと速さのトレードオフがありました。その中で、裁判長・受命裁判官・受託裁判官という役割の違いも見ました。民事裁判権は、日本の裁判所を全体として、ひとかたまりで見たときの力でした。判決だけでなく、送達や呼出し、尋問、提出命令まで含む力でしたね。及ぶ範囲には、免除と、制限免除主義という例外もありました。そして、今日いちばん大事だったのが、裁判権と管轄権の違いです。裁判権が無ければ却下、管轄が無ければ移送——処理が違う、という一点でした。
管轄は、職分・審級・事物・土地——「どこが担当するか」を4つの角度から切ったものでした。審級では、通常訴訟と、家庭裁判所が扱う人事訴訟の違いも見ましたね。今日は、ここまでです。最後に、今日、地図だけ置いて送ったものがあります。どの土地の裁判所が担当するか——土地管轄と合意管轄は、後の回でまとめて扱います。訴えが海外にも関わる場合の、国際裁判管轄は、別の回で扱います。管轄違いのときの、移送の具体的な手続も、後の回です。裁判官を代える、除斥・忌避・回避という制度もあります。訴訟費用や、支払督促の手続も、それぞれ専用の回で扱います。そして、簡裁と地裁を分ける、140万円という基準そのものは、この次の回で扱います。
冒頭の、MとK社の話に戻りましょう。135万円が、簡易裁判所になるのか、地方裁判所になるのか。その答えを出す道具は、今日、すべてそろいました。