文書提出義務と220条の4つの入口
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第2章 訴訟の審理 #57/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
融資を断られた理由が知りたい
図:冒頭事案の関係図
個人事業主のXさんは、銀行Yに融資を申し込みました。担当者からは「前向きに検討します」と言われていたのに、審査の結果、融資は断られてしまいます。Xさんが納得できなかったのは、断られた理由の説明があまりに簡単だったことです。Xさんは、Yの審査に何か落ち度があったのではないかと考えて、Yを相手に訴訟を起こしました。そしてXさんは、Y銀行の内部で作られた「貸出稟議書」を法廷に出させたいと考えています。結論から言うと、多くの場合は出させられません。今日の最後に、この理由をきちんと説明します。まず押さえておきたいのは、そもそも「この文書を出しなさい」と言える場面が、条文上いくつあるのか、という土台の話です。
前回の受け——提出義務の原因
図:前回の受けの板
前回見たとおり、文書提出命令の申立てには、5つ目の事項として「文書の提出義務の原因」を書かなければなりません。この原因を定めた規定が220条です。旧法では、限定された3つの類型しかありませんでしたが、現行法はその3類型に加えて、除外事由が無い限り提出義務を負うという規定を新設しました。真実発見の利益と、秘密を守りたいという利益がぶつかり合う中で、真実発見の側に重心を置いた結果でしたね。今日はその中身、220条の各号を1つずつ見ていきます。
限定義務の3類型——1号・2号・3号
図:限定義務3類型の一覧板
- 1号引用文書=当事者が訴訟で引用した文書を自ら所持するとき
- 2号引渡し閲覧請求可能文書=挙証者が所持者に引渡しや閲覧を求める権利を持つとき
- 3号利益文書法律関係文書=挙証者のためにまたは挙証者と所持者の法律関係について作成された文書
条文民事訴訟法220条1号〜3号
民事訴訟法220条1号〜3号(文書提出義務) 次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。 一 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。 二 挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。 三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。
まず1号です。当事者が訴訟の中で引用した文書を自分で持っているとき、その文書は出さなければなりません。Yが答弁書の中で「融資協議の際、担当者はこう説明した」と、社内の打ち合わせメモの一部を引用して自分たちの正当性を主張したとします。この場合、Xの申立てで、Yはそのメモ本体を出す義務を負います。自分から都合のいい部分だけを見せておいて、残りは隠すというのは、Xとの関係で不公平だからです。この1号にあたる場合は、後で出てくる守秘義務のような除外事由があっても、免除されません。次は2号です。条文の「挙証者」は、以前の回でも出てきたとおり、その文書で事実を証明しようとする側、この事件ならXさんのことです。挙証者が、その文書の所持者に対して、引渡しや閲覧を求める権利をもともと持っているときです。
民法487条には、弁済した人が債権者に対して持っている証書の返還請求権があります。会社法433条1項には、株主の会計帳簿閲覧請求権があります。理屈のうえでは、これらの権利を使った別の訴訟を起こすことも考えられますが、それではあまりに遠回りです。だから、いま進めている訴訟の中で、まとめて出させることを認めています。3号は、利益文書と法律関係文書です。文書が挙証者のために作成されたものが利益文書、挙証者と所持者の間の法律関係について作成されたものが法律関係文書です。誰かに財産を与えると書いた遺言書、つまりその人を受遺者と指定する遺言書や、委任状、領収書は利益文書です。契約書や、契約を解除するときの通知書は法律関係文書です。Xさんの事件で言えば、実はXさんとYの間には、以前からの融資に関する覚書があります。これはXとYの法律関係について作られた文書ですから、3号の法律関係文書にあたります。
ありましたが、当時はこれが限定義務の中で提出させられる数少ない道具だったので、裁判例の中には、利益文書や法律関係文書の範囲を広げて解釈するものもありました。今は、これから見る4号ができたことで、義務の範囲そのものが全般的に広がっています。だから、3号を無理に拡張して読む必要はもう無いんです。1号から3号は、いずれも文書とXとの間に、すでに特別なつながりがある場合でした。後で見るイからホの除外事由は、4号の中に置かれた例外です。1号から3号には、条文上この例外が付いていません。ただし、条文に例外が無いといっても、判例は、稟議書のように後で見る4号ニの自己利用文書にあたる文書は、3号の法律関係文書にもあたらない、としています。だからXさんの稟議書は、3号ではなく4号の問題になるんです。検討する順番は、いつも1号から3号が先で、4号は後です。
一般義務の入口——4号柱書
図:一般義務の構造フロー板
- 1号から3号にあたるか→はいなら提出義務あり・イからホの例外は条文上付いていない
- いいえなら4号イからホのどれかにあたるか→あたれば提出義務なし・あたらなければ一般義務として提出
条文民事訴訟法220条4号柱書
民事訴訟法220条4号柱書(文書提出義務) 四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
1号から3号のどれにも当たらない場合でも、話は終わりません。4号がその受け皿です。文書が、これから見るイからホのどれにも当たらないなら、なお提出義務を負います。1号から3号と4号とでは、書き方の向きが逆になっています。そこが今日のまず1つ目の軸です。1号から3号は、その文書とXとの間にすでに特別なつながりがあるので、除外事由の一覧を付けずに出させました。4号が相手にするのは、そういうつながりが無い文書、つまりYの銀行としての内部文書のような、Xとは関係の薄い文書です。関係が薄い分、原則として広く出させておいて、代わりに、出したら本当に守るべき利益が壊れてしまう場合だけを、イからホの除外事由で拾い上げる。こういう設計です。
銀行の稟議書は、まさにこの4号の場面で問題になります。イからホを、1つずつ見ていきましょう。
(イ)自己負罪拒否特権・名誉毀損文書
図:4号イの板
イに入る前に、1つ思い出してください。証人尋問の回で、証人が証言を拒める場合を4つ見ました。そのうち、自分や親族に不利益な事柄について証言を拒める権利は、何条でしたか?
条文民事訴訟法220条4号イ
民事訴訟法220条4号イ(文書提出義務の除外事由) イ 文書の所持者又は文書の所持者と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書
196条でしたよね。自分や親族が刑事訴追や有罪判決を受けるおそれがある事柄は、証言を拒める、という規定です。今日出てくる4号のイからハは、まさにこの証言拒絶権と対応しています。イは、文書の所持者本人、またはその近親者について、196条に規定する事項が書かれた文書です。196条は、証人が刑事訴追を受けるおそれや、名誉を害する事項について、証言を拒める権利でしたね。証言拒絶権が認められる場面は、そのまま文書提出義務を免れる理由としても働きます。同じ秘密が、口で答えるなら守られるのに、紙に書いてあれば出させられる、というのでは、証言拒絶権を認めた意味がなくなってしまうからです。Yの担当者が、社内での不正な融資判断について書いた個人的なメモがあり、それを出すとその担当者自身の刑事責任を認めることになりかねない、という場合が典型です。196条の要件そのものは、証人尋問の回で見たとおりなので、今日はこの対応関係だけ押さえてください。
(ロ)公務秘密文書
図:4号ロの板
次はロです。証人尋問の回で見た191条、思い出せますか?
条文民事訴訟法220条4号ロ
民事訴訟法220条4号ロ(文書提出義務の除外事由) ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
ロは、公務員の職務上の秘密に関する文書です。提出することで公共の利益を害するか、公務の遂行に著しい支障が出るおそれがあるものは、免除されます。これは、役所が「秘密だ」と言えば、それで終わりですか。違います。裁判所は、監督官庁の意見を聴かなければなりませんが、最終的にどう判断するかは裁判所に残されています。役所の「秘密だ」の一言で決まるなら、国が関わる事件では、いつでも証拠を隠せてしまうからです。
条文民事訴訟法223条3項
民事訴訟法223条3項(文書提出命令) 3 裁判所は、公務員の職務上の秘密に関する文書について第二百二十条第四号に掲げる場合であることを文書の提出義務の原因とする文書提出命令の申立てがあった場合には、その申立てに理由がないことが明らかなときを除き、当該文書が同号ロに掲げる文書に該当するかどうかについて、当該監督官庁(衆議院又は参議院の議員の職務上の秘密に関する文書についてはその院、内閣総理大臣その他の国務大臣の職務上の秘密に関する文書については内閣。以下この条において同じ。)の意見を聴かなければならない。この場合において、当該監督官庁は、当該文書が同号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べるときは、その理由を示さなければならない。
3項のとおり、監督官庁は、ロに当たるという意見を述べるなら、その理由を示さなければなりません。そのうえで、次の4項が、特別な場面を定めています。
条文民事訴訟法223条4項
民事訴訟法223条4項(文書提出命令) 4 前項の場合において、当該監督官庁が当該文書の提出により次に掲げるおそれがあることを理由として当該文書が第二百二十条第四号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べたときは、裁判所は、その意見について相当の理由があると認めるに足りない場合に限り、文書の所持者に対し、その提出を命ずることができる。 一 国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ 二 犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれ
監督官庁は、意見を述べるだけです。ただし、国の安全、他国や国際機関との信頼関係、交渉上の不利益、それに犯罪の予防・捜査など公共の安全と秩序の維持、こうした事由に関わる場合は特則があって、裁判所は、監督官庁の意見に相当の理由があると認めるに足りない場合に限って、提出を命じることができます。つまり、意見にそれなりの理由が認められる限り、提出は命じられないということです。こうした分野では、監督官庁の専門的な判断を尊重する、という仕組みです。実際に、裁判所が役所の言い分を退けた例はあるんですか。あります。労働災害をめぐる裁判で、労働基準監督署が作った災害調査の記録を出させられるかが争われた事件です。裁判所はこう述べました。
判例最決平成17・10・14 民集59巻8号2265頁
公務秘密文書にあたるかが争われた事件 「公務員の職務上の秘密」には,公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって,それが本案事件において公にされることにより,私人との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれる。
この決定は2つのことを言っています。まず、公務員自身の秘密だけでなく、私人の秘密もここに含まれるということ。次に、その支障は、単に「秘密です」というだけでは足りず、本案の裁判で明らかになることで私人との信頼関係が損なわれ、公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すようなものでなければならないということです。この事件では、行政内部の意見が書かれた部分は提出を免れる一方、会社や労働者から聞き取った事実を分析した部分は、出しても公務に著しい支障が具体的に生じるとはいえないとして、その部分を提出させる方向で判断をやり直させました。
「公務員の秘密」は役所の内輪の話のように見えますが、実際に守られているのは、役所に情報を提供した私人の信頼関係でもあるんです。
(ハ)専門職秘密・技術又は職業の秘密
図:4号ハの板
条文民事訴訟法220条4号ハ
民事訴訟法220条4号ハ(文書提出義務の除外事由) ハ 第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書
ハは、197条1項2号の専門職が職務上知った黙秘すべき事実と、3号の技術又は職業の秘密です。証人尋問の回で見た2つの証言拒絶権が、そのまま文書の側に対応しています。条文の言い方は「証言を拒める」ではなく「黙秘の義務が免除されていないもの」と少し変わりますが、意味は同じです。
条文民事訴訟法197条1項2号・3号
民事訴訟法197条1項2号・3号(証言拒絶権) 二 医師、歯科医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、弁護人、公証人、宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者又はこれらの職にあった者が職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて尋問を受ける場合 三 技術又は職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合
「黙秘すべきもの」は、専門職なら何でも当てはまるわけではありません。破綻した保険会社の調査委員会が作った報告書が問題になった事件で、最高裁はこう述べています。
判例最決平成16・11・26 民集58巻8号2393頁
専門職の黙秘義務の範囲が争われた事件 民訴法197条1項2号所定の「黙秘すべきもの」とは,一般に知られていない事実のうち,弁護士等に事務を行うこと等を依頼した本人が,これを秘匿することについて,単に主観的利益だけではなく,客観的にみて保護に値するような利益を有するものをいうと解するのが相当である。
本人が「秘密にしたい」と思っているだけでは足りず、客観的に見て保護する価値がある利益でなければならない、ということです。そうでないと、専門職が関わった文書は、いつでも法廷から消えてしまいます。この事件では、依頼者本人の保護すべき利益が乏しいとして、報告書の提出義務は免除されませんでした。技術又は職業の秘密の定義は、証人尋問の回と同じです。公開されると、その技術の社会的な価値が下がって活動が難しくなる、あるいはその職業に深刻な影響が出て以後の遂行が難しくなる、というものだけがこれにあたります。銀行にも、守秘義務がありますよね。Yは、稟議書とは別の話として、取引明細書を出さなくていいと言えませんか。言えません。この点は、まさに最高裁が判断しています。
判例最決平成19・12・11 民集61巻9号3364頁
銀行の守秘義務と取引明細書の提出義務が争われた事件 金融機関が有する上記守秘義務は,上記の根拠に基づき個々の顧客との関係において認められるにすぎないものであるから,金融機関が民事訴訟において訴訟外の第三者として開示を求められた顧客情報について,当該顧客自身が当該民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には,当該顧客は上記顧客情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず,金融機関は,訴訟手続において上記顧客情報を開示しても守秘義務には違反しないというべきである。
秘密の持ち主である顧客自身が、その取引についての訴訟の当事者になっているなら、銀行が守秘義務を理由に出し渋ることはできません。取引明細書には、Yの職業の秘密ではなく、顧客本人の情報が書かれているだけだからです。そこは、職業の秘密にあたります。銀行が融資先の財務状況を自分で分析し、評価した内容が書かれた資料が問題になった事件で、最高裁も、その分析や評価は銀行の職業の秘密にあたると認めました。ただ、それで話は終わりません。出すことで失われる利益と、裁判で真実を明らかにする必要とを比べて、保護に値する秘密とまでは言えないとして、結局は提出を命じています。職業の秘密にあたるかどうかと、それでも出させるべきかどうかは、別の段階の話なんです。
(ニ)自己利用文書——冒頭の稟議書に戻る
図:自己利用文書3要件板
ここまでのイ、ロ、ハは、どれも証言拒絶権に対応する規定でした。最後のニだけは違います。
条文民事訴訟法220条4号ニ
民事訴訟法220条4号ニ(文書提出義務の除外事由) ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)
イメージとしてはそうですが、条文のこの短い言葉だけでは、どこまでが対象か決まりません。そこで最高裁は、貸出稟議書そのものが問題になった事件で、3つの要件を示しました。冒頭のXさんの事件を、ここで思い出してください。
⭐ 論文で書く規範:自己利用文書の3要件 文書が専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、所持者の側に看過しがたい不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は自己利用文書にあたる。 (規範(最決平成11・11・12 民集53巻8号1787頁〈百選69〉))
1つ目は、内部文書性です。作成の目的や記載内容から見て、専ら内部の者の利用のために作られていて、外部への開示が予定されていないこと。2つ目は、開示による看過しがたい不利益です。開示されると、プライバシーが侵害されたり、自由な意思形成が阻害されたりする、それくらい重い不利益が所持者に生じること。3つ目は、特段の事情が無いことです。この判例の元になった事件では、貸出稟議書は、融資を認めるかどうかを銀行内部で審査するために作られ、担当者の忌憚のない評価や意見が書き込まれることが予定されている文書だとされました。だから、原則としてこの1つ目と2つ目を満たし、特段の事情も無いとして、自己利用文書にあたる、提出義務は無いと判断されています。
会社の人事評価会議で、部長たちが「この人はまだ荷が重い」と率直に言い合った議事メモを想像してください。あれを外に見せる前提で書く人はいません。もし裁判のたびに出させられるとなったら、誰も本音を書かなくなり、稟議という仕組み自体が機能しなくなってしまいます。だから、Xさんの事件でも、多くの場合、この稟議書は自己利用文書にあたり、提出義務を免れると考えられます。
判例の重心の移動——③から①②へ
図:重心移動の年表板
この3要件は、最初からすんなり運用が固まったわけではありません。当初は、3つ目の特段の事情をめぐって判断が割れました。信用金庫の会員が、信用金庫に代わって訴えを起こす代表訴訟の事件では、原告は信用金庫と同じ立場で稟議書を使えるのだから、外部に出すのとは違う、という特別な事情があるかが争われました。最高裁は、この訴訟は、会員として閲覧や謄写ができない書類を、信用金庫と同じ立場で利用する地位まで与えるものではないとして、特段の事情を否定しました。逆に、破綻した信用組合の稟議書については、組合はすでに破綻して清算中であり、所持者が専ら債権回収の業務をしているだけなら、自由な意思形成が阻害されるおそれはもう無いとして、特段の事情が肯定されています。
信用金庫の事件と信用組合の事件では、同じ「特段の事情」でも結論が逆になりました。この3つ目の要件は、事情次第でどちらにも転びやすく、場当たり的な判断になりがちでした。そこでその後は、1つ目の内部文書性と、2つ目の看過しがたい不利益のほうを、丁寧に見極める方向に重心が移っていきます。1つ目の内部文書性については、外部に開示することが最初から予定されているかどうかが決め手になります。法令上の作成根拠があって、法令に基づく調査結果として作られた文書、監督官庁の事後の検査に備えて作られた文書、第三者への開示が最初から予定されている文書、こうしたものは、内部文書性が否定されやすくなります。さっきのハで見た、破綻した保険会社の調査委員会の報告書も、ここに当たります。あの報告書は、破綻した会社を管理するために置かれた保険管理人が、法令上の根拠のある命令に基づいて行わせた調査の結果でした。会社が内輪で使うために自由に書いたものではないので、内部文書性が否定されています。
図:重心移動後半の板
判例最決平成18・2・17 民集60巻2号496頁
社内通達文書と自己利用文書が争われた事件 本件各文書は,抗告人の業務の執行に関する意思決定の内容等をその各営業店長等に周知伝達するために作成され,法人内部で組織的に用いられる社内通達文書であって,抗告人の内部の意思が形成される過程で作成される文書ではなく,その開示により直ちに抗告人の自由な意思形成が阻害される性質のものではない。
そして2つ目、看過しがたい不利益については、銀行本部から各営業店に宛てた社内通達文書が問題になった事件があります。この文書は、貸出稟議書と同じく内部でしか使わない文書ですが、性質が違います。そこで2つ目の要件を見てください。社内通達文書は、銀行内部で意思が形成される過程で作られる文書ではありません。すでに決まった業務の指針を、各営業店に伝えるために作られた文書です。稟議書は、これから融資を認めるかどうかの生々しい検討そのものが書かれていますが、通達文書は、その検討が終わった後の結論を配るためのものです。開示されても、次にまた本音で検討する場が壊れるわけではありません。
会議の生々しいメモと、会議の結果を配るお知らせの違いです。だから社内通達文書は、1つ目の内部文書性はあっても、2つ目の看過しがたい不利益を欠くとして、自己利用文書にあたらない、つまり提出義務があると判断されました。同じ銀行の内部文書でも、稟議書と通達文書とで結論が分かれる理由は、ここにあります。Xさんの事件に戻ります。Xさんが求めているのは、あくまで融資を検討する過程そのものが書かれた稟議書です。通達文書のように、決まった結論を配るだけの文書ではありません。だから、原則どおり自己利用文書にあたり、提出義務を免れる可能性が高いということになります。ただし、もしその稟議書の中に、法令上の作成根拠があるとか、監督官庁への提出が予定された部分が混じっているといった事情があれば、1つ目の内部文書性から見直しが必要になります。なお、条文には、国や地方公共団体が持つ文書で公務員が組織的に用いるものはこのニから除く、というただし書きもありますが、これは民間の銀行であるYには関係しません。
4つの入口の地図
図:まとめの板
- 1号から3号は文書と挙証者の間にすでに特別な関係があるので提出義務あり・イからホの例外は付いていない
- 4号は関係の無い文書を原則提出させたうえでイからホの除外事由で絞る
- イロハは証言拒絶権の文書版・ニだけ独自の判例準則
今日見てきた4つの入口を、地図としてまとめます。まず1号から3号。引用文書、引渡し・閲覧請求可能文書、利益文書・法律関係文書です。これらは、文書と挙証者の間にすでに特別なつながりがあるので、4号のイからホの例外が条文上付いていない義務でした。4号の一般義務に進みます。原則として出す代わりに、イからホの除外事由に当たれば免れます。イとロとハは、証言拒絶権の文書版でした。イが自己負罪拒否特権と名誉毀損、ロが公務秘密、ハが専門職と技術又は職業の秘密です。そしてニだけは、証人には対応物の無い、判例が独自に作った3要件でした。内部文書性、看過しがたい不利益、特段の事情の3つです。
Xさんが求めた貸出稟議書は、原則としてこのニの自己利用文書にあたり、Yは提出義務を免れます。融資を断られた理由を知りたいというXさんの気持ちはよく分かりますが、銀行が正直に検討できる場を守るという利益が、ここでは優先されるんです。
参照条文
- 民事訴訟法220条1号〜3号
- 民事訴訟法220条4号柱書
- 民事訴訟法220条4号イ
- 民事訴訟法220条4号ロ
- 民事訴訟法223条3項
- 民事訴訟法223条4項
- 民事訴訟法220条4号ハ
- 民事訴訟法197条1項2号・3号
- 民事訴訟法220条4号ニ