民事訴訟法 復習ノート全文

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第0章序章 民事訴訟手続の全体像

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自力救済の禁止と、国が用意した「取り返し方」

第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

自分の力で取り返してはいけない理由

なぜ自力救済を禁じるのかボード

自分の力で、奪われた権利を取り戻すこと。これを自力救済と呼びます。自分の手で相手を罰することは、私的制裁と呼びます。近代社会では、このどちらも、原則として禁じられています。では、なぜ禁じられているのか。理由は、大きく3つあります。1つ目。力の強い者が勝つからです。「自分で取り返してよい」を認めると、勝つのは正しい人ではなく、腕力の強い人になってしまいます。権利があっても弱ければ取り返せず、権利がなくても強ければ奪える。それでは、何のための権利か分かりません。2つ目は、報復が連鎖して終わらないことです。パソコンを持ち帰られた側は、「取られた」と感じます。次は、その人が取り返しに来るかもしれません。どこかで止める人がいなければ、これは延々と続きます。1回のやり取りで、きれいに終わる保証がありません。3つ目は、いちばん大事な理由です。取り立てる側の言い分が、正しいとは限らないということです。「返してもらっていない」と思っているのは、あくまで、こちら側の認識です。相手は、「先月、現金で返した」と言うかもしれません。事実がどうだったかを、自分で決めて、自分で実行してしまう。これは、審判を兼ねた選手が、試合をするのと同じことです。自分に有利な判定を、自分で下してしまう危うさがあります。「事実を決める役」と、「決めたことを実行する役」は、分けなければいけません。

禁止と引き換えに、国が用意したもの

禁止と用意の交換ボード

禁止だけでは、筋が通りません。自力で取り返すことを禁じておきながら、代わりの道を用意しなければ、権利を持つ人は、指をくわえて見ているしかなくなります。だから、禁止した側が、代わりの道を用意するという筋が必要になります。その代わりが、「裁判所で裁判を受ける権利」です。

条文日本国憲法32条

日本国憲法第32条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

日本国憲法は口語体ですが、仮名遣いだけは、公布当時のままです。読み方も意味も、現代の言葉遣いとまったく変わりません。この条文は、単に「裁判を受ける権利があります」と言っているだけに見えるかもしれません。そこが、今日いちばん大事な読み方のポイントです。これは、単なる恩恵ではありません。自力救済を禁じたことの、対として読む必要があります。「自分で取り返すことは禁じる。その代わり、裁判所という場は、必ず開けておく」という交換です。さっきの3つの理由を、1つずつ思い出してください。この3つに、裁判所という場が、それぞれ答えを返します。力の強さではなく、法と証拠で決める。1回の手続で決着させる。そして、当事者のどちらでもない第三者が、事実を認定する。独立した審判を立てることで、自分に有利な判定を自分で下す危うさが、なくなります。

例外は、どこまで狭いのか

例外の狭さボード

実は、極めて狭い例外を認めた最高裁の判断があります。

判例民集19巻9号2101頁・昭和40年12月7日

最高裁判所第三小法廷判決(占有回収等請求事件) 私力の行使は、原則として法の禁止するところであるが、法律に定める手続によつたのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許されるものと解することを妨げない。

判決文にある「私力の行使」というのが、いま話してきた自力救済のことです。詳しい事実関係は、民法の領分なので深入りしません。形だけ言うと、その物を事実上支配している状態——占有——をめぐる争いでした。自分に権利があると考えた人が、裁判所を通さずに実力を使ったんです。物を撤去して、壊してしまいました。それが許されるかどうかが、問題になりました。しかも、もっと大事な点があります。この判決は、実際には、自力救済を認めなかった事例です。緊急の事情は認められず、実力で撤去・破壊した人は、その損害を賠償する責任を負う——前の裁判所がそう判断し、最高裁もそれを支持しました。「例外がある」というより、「入口が、極端に狭い」と理解してください。なぜ、ここまで狭いのでしょうか。広く認めてしまえば、さっきの3つ——力の強い者が勝つ、報復が終わらない、言い分が正しいとは限らない——が、そのまま戻ってきてしまうからです。普段の生活で、この例外に当てはまる場面は、ほとんどありません。判決文の言葉を借りると、法律で決められた手続によったのでは、「現状を維持することが不可能又は著しく困難」と認められる場面、ということです。自分の物が今まさに運び出されようとしていて、裁判所に申し立てていたら間に合わない——その程度に切迫した場面のイメージです。さっきのパソコンは、期限を過ぎて何度も催促したあとの話でした。急ぐ必要も、待てない事情もありません。だから、この入口には入りません。

そもそも、民事の紛争とは何か

民事の紛争の例ボード

では、国が用意したその場は、どんな争いを引き受けるのでしょうか。ここからしばらくは、その輪郭を見ていきます。まずは、「民事の紛争」とは何かです。一言でいえば、私人と私人のあいだの争いです。国や地方公共団体ではない、普通の個人や会社、という意味です。さっきのお金の貸し借りも、その一例です。賃貸アパートを借りている人に、大家さんが「出て行ってほしい」と言い、借りている側は「出て行きたくない」と対立する場合。あるいは、交通事故が起きて、損害をどちらが、どこまで負担するのかで対立する場合です。人が複数いれば、利害はどこかでぶつかります。ぶつかること自体は、責めても仕方がありません。大事なのは、ぶつかったときに、両者を突き合わせて、折り合いをつける”場”があるかどうかです。話し合いで済むなら、それがいちばんです。話し合っても相手が動かず、対立が煮詰まったとき、最後に出てくる場が、裁判所なんです。

1つの事故から、3つの訴訟が並走する

1つの事故から3つの訴訟ボード(関係図)

次は、少し規模を広げて考えてみましょう。交通事故を、1つ想像してください。実は、1つの事故から、独立した3つの裁判が、同時に走ることがあります。1つ目は、民事訴訟です。被害者が、加害者に、治療費や慰謝料などの損害の金銭賠償を求めます。当事者は、私人と私人です。2つ目は、刑事訴訟です。国家が、刑罰権を行使します。不注意で人にけがをさせた罪、過失運転致傷に問われます。当事者は、国家と個人です。3つ目は、行政訴訟です。事故を起こした加害者が、運転免許の停止処分を受けたとして、その処分を取り消してほしいと争います。当事者は、私人と行政庁です。行政庁というのは、処分をした役所の側のことです。処分というのは、役所が一方的に下す決定のことです。ここでは、免許を止めるという決定ですね。

3つの根拠条文ボード

それぞれに、根拠となる条文があります。民事は、民法709条と、自動車損害賠償保障法3条。刑事は、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条です。略さずに覚える必要はありません。今日は、それぞれの根拠が、別々の法律にある、というところを押さえてください。行政訴訟は、「広義では民事訴訟に含まれる」という整理があります。行政事件訴訟法7条が、その足場です。ただし、行政事件訴訟法に独自のルールがあって、そこに書いていないところだけ、民事訴訟のやり方が出張してくる、という関係です。「行政訴訟イコール民事訴訟」ではありません。切り口が違うんです。3つに分けたのは、目的と当事者で見たときの分け方です。「広義では含まれる」というのは、使う法律の話です。たとえば、期日の決め方や、控訴・上告のしかたは、行政事件訴訟法に書かれていません。そこは、民事訴訟のやり方が、そのまま使われます。種類としては別、進め方の土台は共通——二階建てになっているんです。では、なぜ同じ事故なのに、3回も裁判をやる必要があるのでしょうか。1回にまとめてはいけないのか——ここが、今日いちばんの疑問です。理由は2つあります。1つ目、目的が違うこと。損害を埋め合わせるための裁判、罰するための裁判、行政処分の当否を決める裁判——それぞれ、ゴールが違います。2つ目は、当事者が違うことです。私人対私人、国家対個人、私人対行政庁——組み合わせが別々です。ある裁判所が「加害者に不注意があった」と判断しても、別の裁判所が、それに合わせる義務はありません。先に出た判決が、後の裁判所の手を縛ることはないんです。たとえば、刑事の裁判では「不注意があったとは言い切れない」として無罪になったのに、民事の裁判では賠償が命じられる——ということが、実際に起こります。目的も当事者も違う手続なので、判断がそろわなくても、制度としてはおかしくないんです。この一言だけ、今日は覚えておいてください。確定した判決の効力——これを既判力と呼びますが——既判力は、当事者どうし、同じ請求のあいだにしか働きません。だから、別の当事者、別の手続の判断は、縛られないんです。この中身は、また別の回でじっくり扱います。

民事訴訟と刑事訴訟は、どこが違うのか

民訴と刑訴の違い4項目の比較ボード

ここからは、少し視点を変えて、民事訴訟と刑事訴訟の違いを見ていきます。この2つを比べると、民事訴訟がどういう手続なのかが、くっきり見えてきます。比べるポイントは、4つあります。まず共通点です。どちらも、権利義務そのものを決める法律ではなく、それを明らかにして実現する手続を決めた法律です。これを手続法と呼びます。そして、どちらもさっき見た憲法32条を、具体化したものです。ここからが、違いです。1つ目、目的が違います。刑事訴訟は、国家が刑罰権を行使するための手続です。無実の人を罰してはいけないので、厳格な手続で、真実を発見することを、徹底的に追求します。民事訴訟は、私的な紛争を解決するための手続です。私人どうしの話し合いに、国家はあまり口を出しません。これを私的自治と呼びますが、これが妥当する場面なので、当事者の意思を尊重します。当事者が「もういい、これで終わりにします」と言えば、そこで手続は終わります。だから、民事訴訟では、真実発見が、最優先の目的ではないんです。ただし、これは「嘘をついてよい」という意味では、絶対にありません。ここは、誤解しやすいので、はっきりさせておきます。

条文民事訴訟法2条

民事訴訟法第2条(裁判所及び当事者の責務) 裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。

この条文の後半、「当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない」と、はっきり書かれています。「真実発見が最優先ではない」というのは、「嘘をついてよい」とは、まったく別の話です。誠実に手続を進める義務は、当事者に、ちゃんと課されています。2つ目の違いに進みます。主題です。刑事訴訟が扱うのは、「過去の事実」の有無です。あの日、その行為をしたかどうか。民事訴訟が扱うのは、「現在の権利」の有無です。今、この人に、この請求権があるかどうか。請求権というのは、相手に「これをしてほしい」と求められる権利のことです。お金を返してほしい、部屋を出て行ってほしい——さっきから出てきているのは、全部これです。民事訴訟でも、過去の出来事は出てきます。契約書に署名した、事故が起きた——こうした過去の出来事は、民事訴訟でも調べます。でも、それは、「今、権利がある」と言うための材料にすぎません。ゴールは、「あの日何があったか」を確定することではないんです。最後、4つ目。天秤です。刑事訴訟は、真実発見と、人権保障の天秤。真実だけを追うなら、疑われている人を長く拘束するのが、いちばん早いはずです。でも、それをやれば、やっていない人まで「やりました」と言うかもしれません。だから、真実のためなら何をしてもよい、とはしません。疑われている人の立場を守る側の要求——それが人権保障です。この2つが、引き合っているんです。民事訴訟は、適正・公平であることと、迅速・経済であることの天秤です。さっきの50万円で考えてください。関係者を全員呼んで、何年もかけて調べれば、より正確な判断に近づくかもしれません。でも、その判決が10年後に出たとして、今日そのお金が必要な人にとって、救いになるでしょうか。正確さと速さは、どこかで釣り合いを取るしかありません。それが天秤です。条文の文言そのものは「公正かつ迅速」です。「適正・公平 対 迅速・経済」という言い方は、学習のうえで対比を分かりやすくするための表現で、条文そのものの言葉ではありません。この4つ——共通点、目的、主題、天秤——は、バラバラの暗記項目ではありません。「民事は私人どうしの争いだから、私的自治から出発する」という、1本の筋でつながっています。

実体法と手続法——権利があることと、認めてもらうことは別

実体法と手続法ボード

さっき、どちらも「手続法」だという話をしました。ここで、「実体法」と「手続法」という言葉を、丁寧に整理しておきます。難しくありません。実体法は、どういうときに、誰に、どんな権利や義務が生まれるかを決める法律です。民法、刑法、会社法などが、これにあたります。実物を、もう一度、丁寧に見てみましょう。

条文民法709条

民法第709条(不法行為による損害賠償) 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

条文は、いつも要件と効果のセットです。要件は、「故意又は過失によって」「他人の権利、または法律上保護される利益を」「侵害した」こと。効果は、「これによって生じた損害を賠償する責任を負う」ことです。これが、実体法という条文の”顔”です。一方、手続法は、この権利を明らかにして、実現するための手続を決める法律です。民事訴訟法や、刑事訴訟法が、これにあたります。では、権利があるというだけでは足りないのでしょうか。ここが、今日いちばんの落差です。実体法のうえでは正しくても、手続の中で主張しなければ、証拠が出せなければ、負けてしまうことがあります。具体例で考えましょう。本当に返済していても、領収書を無くし、振込でもなく、証人もいないなら、法廷では「返した」と認めてもらえないことがあります。「権利があること」と、「権利があると、認めてもらうこと」は別。この落差を埋めていくのが、これから民事訴訟法で学んでいく中身になります。

ここまでを、ひとつにつなぐ

前編のまとめボード

ここまでの話を、3つに畳んでおきます。1つ目、禁止と用意の交換です。自分の力で取り返すことは禁じ、その代わりに国が、裁判所という場を用意する。これが、憲法32条でした。では、最初の問いに戻ります。友人に貸した50万円が返ってこず、その友人の部屋に同じくらいの値打ちのノートパソコンがある——動画の冒頭で置いた場面です。持って帰ったら、どうなるでしょうか。もう、自分で答えられますね。そして、ただ禁止するだけでは終わりません。その代わりに、裁判所という場を、国が用意しています。これが、憲法32条の交換でした。2つ目、民事訴訟の輪郭です。同じ出来事からでも、民事・刑事・行政は独立に走り、お互いの判断に縛られません。民事訴訟が扱うのは、私人と私人のあいだの争いで、目的も主題も、刑事訴訟とは違いました。3つ目、権利があることと、認めてもらうことは別、ということです。実体法のうえで正しくても、手続の中で示せなければ、負けてしまうことがある。この落差を埋めていくのが、これから学ぶ民事訴訟法です。では、この手続を、誰が動かすのか。訴えるかどうかを決めるのは誰か。誰を相手取るかは誰が決めるのか。——次回は、そこから見ていきます。

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私的自治と当事者主義

第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

手続を動かすのは誰か

私的自治から当事者主義へボード

前回は、自分の力で取り返すこと——自力救済を禁じた代わりに、国が裁判という場を用意したこと、そして民事訴訟の輪郭を確かめました。そこで、今日は、こんな場面から考えてみましょう。引っ越しを頼んだら、作業中に、亡くなった祖母から受け継いだ、一点物の壺が、割れて戻ってきました。さて、あなたなら、誰に、何を求めますか。その答えを、これから一緒に組み立てていきます。前回、刑事訴訟と比べたときに、私的自治という言葉が出てきましたね。この手続を、実際に動かすのは誰でしょうか。動かす主導権は、実は当事者の側にあります。民事の争いは、私人どうしの利害の話です。だから、どう決着させるかを選ぶのは、本人です。泣き寝入りして終わりにするのも、頭を下げて示談にするのも、裁判所に持ち込むのも、全部、その人が決めることです。これが、私的自治です。手続そのものも、動かす主導権を当事者の側に置く、という建て付けになっています。これを当事者主義と呼びます。大事な点があります。裁判所は、「訴えたほうがいいですよ」とは、言ってくれません。訴えなければ、裁判は始まらないんです。刑事訴訟とは、ここが違います。刑事訴訟は、国家の側が捜査を始めて、そこから動き出します。民事訴訟は、当事者が動かなければ、何も始まりません。

誰を訴えるかも、原告が決める

誰を訴えるかは原告が決めるボード(関係図)

「動かすのは当事者」ということを、具体的な場面で見てみましょう。冒頭の、壺が割れた場面です。登場人物まで、細かく見ていきましょう。Aさんが、引っ越しをすることにしました。依頼した先は、B社という引越会社です。実際に荷物を運んだのは、B社に雇われている作業員のCさん。そして、Aさんは、この引っ越しを、D社が運営する仲介サイトを通じて申し込んでいました。ところが、作業中に、Aさんが亡くなった祖母から受け継いだ、一点物の壺が、割れてしまいました。一点物ということは、同じ物は二つとない、ということです。ここが、大事なポイントです。後で、また効いてきます。その前に、言葉を1つだけ。訴えた側を原告、訴えられた側を被告と呼びます。この2人をまとめて、当事者と呼びます。そのうえで答えると——誰を相手取るかを決めるのは、原告です。裁判所は、「この人も入れなさい」とは言ってくれません。Aさんが、B社を選ぶこともできますし、Cさんを選ぶこともできます。D社を選ぶこともできますし、複数を選ぶこともできます。そして、選び方で、主張すべきことも、出すべき証拠も変わります。B社を相手にするなら、「B社が引き受けた仕事の中で起きたこと」を軸に組み立てます。Cさんを相手にするなら、「Cさん自身の不注意」を軸に組み立てることになります。そこは、今日は踏み込みません。誰の責任になるかは、民法——実体法の領分です。ここでは1つだけ、名前を出しておきます。「この人には、この訴訟を起こす資格があるか」という論点を、当事者適格と呼びます。今日は、名前だけ持ち帰ってください。中身は、また別の回で扱います。B社とCさんを、両方訴えることもできます。1人の被告に絞る必要はありません。被告を2人以上並べることもできて、これを多数当事者訴訟と呼びます。中身は、また別の回で扱います。求めるものも、1つに絞る必要はありません。壺の賠償と、引っ越し代金の返還——1つの訴訟で、2つ以上の中身を求めることもできます。これを複数請求訴訟と呼びます。ちなみに、この「求める内容」のことを、講学上は「訴訟上の請求」と呼びますが、これも詳しくは、また別の回です。

3つの原則の、位置を確認する

3つの原則の担当区間の違いボード

ここまでで、原告が「誰を」「何を」求めて訴えるかは、当事者が決める、という話をしてきました。ここで、この手続を動かす原則を、3つ、まとめて整理しておきます。3つのうち2つは当事者主義の現れですが、3つ目は、その裏返しになります。3つとも、今日は名前と、位置だけ押さえてください。中身は、それぞれ別の回でじっくり扱います。1つ目は処分権主義。裁判を起こすかどうか、途中でやめるかどうか。この始まりと終わりを握っているのは、当事者です。そのうえで、裁判所に何を判断してもらうかも、当事者が決めます。この原則を支えるのが、民事訴訟法246条です。裁判所は、当事者が求めていないことについて、勝手に判決を出すことはできない、という条文です。中身は、第1章でじっくり扱います。条文の文字づらも、見ておきましょう。

条文民事訴訟法246条

民事訴訟法第246条(判決事項) 裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない。

同じ読み方をしてみましょう。要件は、「当事者が申し立てていない事項」について、ということ。効果は、「判決をすることができない」——つまり、裁判所は、そこには手を出せない、ということです。Aさんが壺の代金しか求めていないのに、裁判所が「引っ越し代金も返しなさい」と言うことはできない、ということです。出口の側も同じです。前回の、当事者が「もういい」と言えば手続が終わる、というのが、その出口です。2つ目は弁論主義。判決の土台に載る事実も、それを裏づける証拠も、当事者が自分で探して、法廷に持ち込みます。裁判所が、代わりに探してはくれません。こちらは、第2章の中心テーマです。たとえば、作業員のCさんが箱を落とすところを見ていた人がいたとしても、裁判所が、その人を探し出してくれるわけではありません。Aさんが自分で見つけて、法廷に出さなければ、その事実は、判決の土台に載りません。実体法のうえで正しくても、法廷に出さなければ、判決には使われません。自分の権利をどう扱うかは、自分で決める。その私的自治の裏返しです。何を土台に載せるかも、本人が選ぶということです。そして3つ目が職権進行主義。次の期日——法廷が開かれる日のことですが——それをいつにするか、どこまで進めるか——進め方の舵は、法律の定めに沿って、裁判所が握ります。こちらも、第2章で扱います。始まりと終わり、中身、進め方——似ているようで、担当している区間が違います。そこが、今日の整理のポイントです。3つのうち、2つ——始まりと終わり、そして中身——は、当事者が主導します。でも、進行だけは、裁判所が主導するんです。もう一度、私的自治から考えてみましょう。何を求め、何を土台に載せるかは、本人に委ねる。ここまでは、当事者主導が筋です。でも、進行まで当事者任せにすると、手続が止まったり、引き延ばされたりします。この3つが、今日出てきた「動かすのは当事者」という話の、骨組みになります。

何を頼めて、何が頼めないのか

頼めること頼めないことボード

さて、ここまでは「誰が決めるか」の話でした。次は、「何を求められるか」を見ていきます。訴訟で何を求めるかは、原告が決める、という話をしました。でも、何でも頼めるわけではありません。法律で紛争を調整する以上、裁判所が出せる答えの形は、あらかじめ法が用意した型の中にしかありません。選べる幅は、思っているより、狭いんです。当事者どうしの話し合いなら、どんな中身にも合意できます。でも判決は、相手が納得していなくても、国が押しつけるものです。だから、押しつけてよい中身は、法が先に決めておく必要があるんです。では民事訴訟で得られるのはお金だけかというと、そこまでは言い切れません。物を引き渡せ、建物を明け渡せ、という判決もあります。訴えの型の話は、また別の回で扱います。今日、言い切ってよいのは、損害の回復を求める場面では、原則として金銭になる、というところまでです。Aさんが本当に欲しいのは、「壺が元どおりになること」や、「悪かったと認めてもらうこと」かもしれません。でも、一点物の壺は、元に戻りません。理由も、条文で確かめておきましょう。民法417条は、「損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭をもってその額を定める」と定めています。これが、金銭賠償の原則です。722条1項によって、この417条は、不法行為による損害賠償にも準用されます。準用というのは、ある条文を、別の場面にも、必要な読み替えをして当てはめることです。この417条、実際の条文の言葉も、確認しておきましょう。

条文民法417条

民法第417条(損害賠償の方法) 損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭をもってその額を定める。

見てのとおり、今の説明と同じ形です。要件は、「別段の意思表示がないとき」、つまり、当事者どうしで特別な取り決めをしていない場合。効果は、「金銭をもってその額を定める」——金額に置き換えて決める、ということです。ここでも、要件と効果のセットになっています。では「悪かったと認めてほしい」、つまり謝罪してほしいという気持ちはどうか。謝罪そのものを命じる判決は、原則として出ません。ただし、謝罪を内容とする和解ならできます。裁判所が「謝罪しなさい」と命じるのではなく、当事者どうしが、謝罪を含む形で合意する、という道です。和解の中身は、また別の回で扱います。それから、1つだけ、例外に触れておきます。名誉を傷つけられた場合には、民法723条により、被害者の請求があれば、裁判所が、名誉を回復するのに適当な処分を命じることができます。これは、さきほどの「原則として出ない」と矛盾しません。「絶対に出ない」と言い切ると、間違いになります。今日は、原則と、この例外があることまで、押さえてください。Aさんが最後に手にするのは、壺でも、謝罪の言葉でもなく、金額です。それが分かっているだけで、訴えるかどうかの判断が変わってきます。

判決の、外側にある手続

判決手続とその外側ボード

ここまでで、何を求められるのかが見えてきました。最後に、もう1つ、大事な範囲の話をします。民事訴訟法が規律しているのは、“判決手続”だけです。判決の周りには、別の法律が控えています。また、Aさんの壺の話で考えましょう。裁判所が、「B社は、Aさんに30万円を支払え」という判決を出したとします。でも、B社が、任意に払わなかったらどうなるでしょうか。勝訴判決を取っても、それだけでは相手の財布から、1円も出てきません。財産を差し押さえて、取り立てる手続が必要です。これが、強制執行。根拠は、民事執行法という、別の法律です。そこも大事な問題です。裁判が続いているあいだに財産を移されたら、勝っても取れません。だから、先に押さえておく手続が必要です。これが、財産保全。根拠は、民事保全法です。もし、B社に残っている財産が、みんなで取り合うだけの財産しかないなら、早い者勝ちにすると、不公平が生まれます。順番と割合を決める、また別の手続が必要になります。これが、清算や、立て直しの手続です。根拠は、破産法や民事再生法などの、いわゆる倒産法です。もともとは、1つの法典だったものが、分かれてきた、という歴史があります。理由は、また別の回で扱います。今日は、「民事訴訟法が扱うのは、判決までの手続だけだ」という、この地図を持ち帰ってください。

今日の地図(保存版)

まとめボード

今日のポイントを、3つにまとめます。1つ目、動かすのは当事者、ということです。訴えなければ、手続は始まりません。誰を訴えるかも、原告が決めます。2つ目、頼めることは、思っているより限られている、ということです。裁判所が出せる答えの形は、あらかじめ法が用意した型の中にしかありません。損害の回復を求める場面では、原則として金銭になる、というのも、その表れでした。3つ目、民事訴訟法が規律するのは、判決手続だけ、ということです。判決の外側には、強制執行や財産保全、清算や立て直しという、別の手続が控えていました。前回の「禁止と用意の交換」という土台のうえに、今日の話が乗っています。次回は、訴訟以外に、話し合いで終わらせる道があること、そして、そもそも民事訴訟という手続が、何のためにあるのかを考えます。

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#3単独ページ動画

ADRと調停・仲裁

第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

第三者は、どこまで踏み込んでくるか

紛争調整の6段階グラデーションボード 図:紛争調整の6段階グラデーションボード

まず、全体の並びを見てください。紛争を調整する方式は、6つの段階で並びます。直接交渉、相談、斡旋、調停、仲裁、そして裁判です。覚える必要はありません。1本の軸で並んでいるだけだからです。第三者が、どこまで踏み込んでくるかです。そして、踏み込むほど、出てくる結論の強制力が強くなります。いちばん左の直接交渉は、当事者同士の話し合いだけ。第三者はいません。いちばん右の裁判は、裁判所が判決という形で、拘束力のある結論を出します。この軸さえ持っていれば、間の4つは「どこまで踏み込むか」で位置が決まります。ひとつずつ、確かめていきましょう。

相談と斡旋——決めるのは、まだ自分

相談と斡旋の対比ボード 図:相談と斡旋の対比ボード

直接交渉の次に来るのが、相談です。誰かに知識や情報をもらい、それをもとに自分がどう動くかを決める段階です。幅があります。たとえば、消費生活センターや弁護士会の法律相談のような窓口もあれば、役所の相談窓口もある。もっと手前で、職場の上司や知人に聞くのも相談です。ここで大事なのは、決めるのはあくまで自分だということです。相談相手は情報をくれますが、相手方と話をつけてくれるわけではありません。斡旋です。第三者が両者の間に立ち、当事者どうしが折り合えるよう、話を前に進めます。

そこです。相談は自分の側だけ。斡旋は、両者の間に立つ。第三者が一歩、踏み込みました。ただし、斡旋の段階では、第三者はまだ「案」を出しません。話をつなぐところまでです。

調停——案は出るけれど、従う義務はない

調停ボード(長所と短所) 図:調停ボード(長所と短所)

もう一歩進みます。話し合いの中身を踏まえて、第三者が調整の案を作って示す——これが調停です。裁判所がやっている民事調停・家事調停は、まさにこの方式です。根拠は、民事調停法2条と、家事事件手続法244条。年間の申立件数も相当な数にのぼります。やっています。ただ、件数でいえば裁判所の調停が中心です。調停の長所は、型どおりの結論に縛られないことです。当事者が納得できる形に、柔らかく調整できます。そういう調整ができるのが強みです。ただし、ここに短所があります。示された案に、当事者が従う義務はありません。

「この案でどうですか」と示されても、当事者は断ることができるということです。進め方についても、無理に従わせる力は強くありません。ここを押さえておいてください。

仲裁——「委ねる」という合意が前提

仲裁ボード(仲裁合意が前提) 図:仲裁ボード(仲裁合意が前提)

仲裁になると、第三者がさらに一歩踏み込んで、みずから結論を出します。決定的な違いが1つあります。仲裁は、当事者が「委ねる」と合意していることが前提なんです。紛争の解決を仲裁人の判断にゆだね、その判断に従う——この取り決めを、仲裁合意と呼びます。仲裁法2条1項と13条が、その足場です。それが典型です。ただ、条文はそこを限っていません。すでに起きてしまった紛争についても、いまから仲裁に委ねると合意できます。2条1項が、両方を並べて書いています。そして、その仲裁人が間に入って、結論——仲裁判断を出します。

原則は、当事者があらかじめ決めておいたルールに沿って判断します。ただし、当事者の双方がはっきり求めたときは、「衡平と善」——その紛争ごとに何が公平かを基準に、判断することもできます。仲裁法36条です。イメージとしては、そう理解して構いません。法の外に出るのではなく、その事案にとって何が公平かを基準に据える、ということです。この方式を使いやすくするために、仲裁法という法律が用意されています。

訴えても、門前払いになる

仲裁の抗弁の関係図 図:仲裁の抗弁の関係図

ここで、仲裁の効き目がいちばんはっきり出る場面を見ます。たとえば、フリーランスのデザイナーが、制作会社と業務委託契約を結んでいたとします。契約書の隅に、「紛争は、ある協会の仲裁による」という一文がありました。そこが落とし穴です。報酬が支払われず、デザイナーが裁判所に訴えを起こしました。前回の言葉でいうと、訴えたデザイナーが原告、訴えられた制作会社が被告です。ところが、相手方は「仲裁合意がある」と主張して、訴えを退けてほしい——却下を申し立てることができます。これを仲裁の抗弁と呼びます。

そこが大事なところです。却下は、中身に入らずに門前払いにすることです。「報酬を払え」という言い分が正しいかどうかは、判断されないまま終わります。この「却下と棄却の違い」は、後の回で正面から扱います。

「必ず却下」ではない——ただし書の3号

仲裁の抗弁の条文と例外ボード 図:仲裁の抗弁の条文と例外ボード

条文を見ましょう。

条文仲裁法14条1項

仲裁法第14条(仲裁合意と本案訴訟)第1項 仲裁合意の対象となる民事上の紛争について訴えが提起されたときは、受訴裁判所は、被告の申立てにより、訴えを却下しなければならない。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。 一 仲裁合意が無効、取消しその他の事由により効力を有しないとき。 二 仲裁合意に基づく仲裁手続を行うことができないとき。 三 当該申立てが、本案について、被告が弁論をし、又は弁論準備手続において申述をした後にされたものであるとき。

注意してほしいのは、「しなければならない」と書いてあることです。裁判所に選択の余地はありません。そこが実戦的に効きます。とくに3号を見てください。被告が本案について弁論をした後に申し立てても、もう却下してもらえません。「報酬は受け取っていない」「仕事の質が悪かった」といった、中身の言い分を述べることです。仲裁合意さえあれば必ず却下される、わけではない——ここまで込みで覚えてください。

裁判——相手が嫌がっても、始まってしまう

軸の終点=裁判ボード 図:軸の終点=裁判ボード

軸のいちばん右、裁判に戻ります。裁判の特徴は、原告が訴えを起こせば、被告が同意しなくても手続が始まることです。そこが決定的な違いです。調停は相手が来なければ進みませんし、仲裁は事前の合意が要ります。裁判だけは、相手の意思にかかわらず始められます。裁判官が間に立って話し合いを促し、それでも決着がつかなければ、法にもとづいて、裁判所が拘束力を持つ判決を出します。できません。だから、6段階のいちばん右にいるわけです。ここで軸を確かめ直しましょう。左から右へ、第三者の踏み込みが深くなり、結論の強制力が強くなる。

きれいに並びました。この1本の軸が、今日の骨です。

「裁判以外」をまとめて何と呼ぶか

ADRの範囲ボード 図:ADRの範囲ボード

いま見た6段階から裁判を除いた分を、ひとまとめに呼ぶ言葉があります。裁判外紛争処理、英語の頭文字をとってADRです。言葉のうえではそうなのですが、実際にADRという言葉で扱われる場面は、調停と仲裁にほぼ限られます。そう捉えると分かりやすいです。そして、こうした方式を担う、裁判所ではない組織を、ADR機関と言います。裁判所が行う手続であっても、民事調停や家事調停は代表的なADRの一つに数えます。実は、もっとややこしいところがあります。訴訟の中で、判決を待たずに当事者が和解して終わることがあります。これは、斡旋や調停と重なる面があるんです。

だから、ADRの定義や分類は、一義的には決まりません。ここは「きっちり線が引ける」と思わないことが、かえって正確な理解になります。

誰が設営しているかで、3つに分ける

ADR3分類ボード 図:ADR3分類ボード

線が引きにくいと言いましたが、便宜上よく使われる分け方があります。設営主体、つまり誰が用意している手続か、で3つに分けます。司法型、行政型、民間型です。司法型は、裁判所が設営するもの。裁判所による調停や、労働審判がこれにあたります。国の公害等調整委員会や、都道府県の公害審査会。消費生活センターも、ここに入ります。そして民間型。交通事故紛争処理センターや、日本商事仲裁協会などです。そこに気づけたのは大きいです。その理由は、次で扱います。

ADRの長所は、4つある

ADRの長所4つボード 図:ADRの長所4つボード

ADRの強みは、大きく4つあります。1つ目。手続にかかる時間もお金も、少なくて済むこと。最初の気持ちに応えるのが、まさにそこです。2つ目。非公開の手続であること。話の中身が外に漏れず、秘密が守られます。裁判は公開が原則なので、争っている中身が人目に触れます。たとえば会社同士の紛争では、これが重い問題になります。そういう場面で効きます。3つ目。その紛争の事情に合わせて、やり方も基準も選べること。

専門知見の活用ボード 図:専門知見の活用ボード

4つ目。法律以外の専門知見を活用できることです。つながりました。交通事故、医療紛争、知的財産——多くのADR機関が、紛争の分野ごとに名前を分け、その道の専門家に加わってもらう体制を作っています。医療の紛争なら医学の知見が要ります。そこがADRの強みです。なお、たくさんある機関のうち、どれが自分の紛争に合うかを紹介してくれる窓口もあります。日本司法支援センター、通称・法テラスです。

時効が来てしまう心配をなくす

ADR法と時効の完成猶予ボード 図:ADR法と時効の完成猶予ボード

現在のADRは非常に多様です。そこで、全体に共通する基本的な法規制が求められ、ADR法が作られました。裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律、という名前です。そこがポイントです。とくに民間型のADR機関は、数の割に利用が少なかった。そこで、2つの仕掛けが用意されました。どちらも、法務大臣の認証を受けた機関の手続に限られます。1つ目の仕掛け。時効の完成猶予です。ADRで話し合っている間に時効が来てしまったら、安心して手続を使えませんよね。そこで、認証を受けた手続で和解の見込みがないとして終わった場合に、その通知を受けた日から1か月以内に訴えを起こせば、手続の中で請求したときに訴えを起こしたものとみなす。ADR法25条です。

「中断」ではなく「完成猶予」という言葉を使う点も、覚えておいてください。

訴訟とADRが重なったら、止めておける

訴訟手続の中止ボード 図:訴訟手続の中止ボード

2つ目の仕掛けは、訴訟手続の中止です。同じ紛争について、訴訟と、認証を受けたADRが重なることがあります。そのとき、当事者の共同の申立てがあれば、裁判所は4か月以内の期間を定めて、訴訟手続を中止できます。ADR法26条です。そういう仕掛けです。ここで注意してほしいのは、共同の申立てという点です。一方が「話し合いたい」と言っても、もう一方が乗らなければ止まりません。両方が揃って申し立てたときだけ、裁判所は中止を決められます。そこを押さえてもらえたなら十分です。認証のない機関の手続には、この2つは付いてきません。

ここまでを、いったんまとめます

前編まとめボード 図:前編まとめボード

今日たどった道を、1本につなぎます。出発点は、「国が用意したのは裁判だけなのか」という問いでした。その6つを並べていた軸は。踏み込みが浅いほうは柔軟で、負担も軽い。深いほうは、相手の同意がなくても進む。どちらが優れているという話ではなく、紛争の性格と状況で選ぶものです。簡易・迅速・低廉、非公開、柔軟、専門知見。この4つが長所です。さて、ここで1つ、宿題が残っています。話し合いで決着したとして、相手がその約束を破ったら、どうなるのか。そこです。実は、同じ「話し合いで決めた」でも、破られたときにできることがまるで違います。次は、そこから始めます。

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#4単独ページ動画

ADRの合意の効力と民事訴訟の目的論

第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

合意で終わらせる道は、4つある

合意で終わらせる4つの道ボード

まず、道を整理します。話し合いで決着させる方法として並べると、4つあります。裁判外の和解、即決和解、調停、そしてADRです。同じものを、別の角度から見ています。前回は「第三者がどこまで踏み込むか」で並べました。今日は「合意で終わらせたとき、何が残るか」で見ます。まず裁判外の和解から。当事者どうしが交わす、ひとつの契約にすぎません。裁判所は、いっさい関係しません。

条文民法695条

民法第695条(和解) 和解は、当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約することによって、その効力を生ずる。

そこが和解の中身です。どちらかが一方的に折れるのではなく、互いに譲る。敷金の例が、まさにこれです。18万円の主張と、ゼロという主張の間で、12万円に落とした。自分の意思で手放せる権利なら、中身は当事者が自由に決められます。ここは私的自治の世界です。

契約にすぎない、ということの意味

裁判外の和解の弱点ボード

さて、冒頭の問いに戻ります。大家さんが月末に払わなかった。紙もあるし署名もあるのだから、すぐ取り立てられそうに思えますが、できません。裁判外の和解は、契約にすぎないからです。こう考えてください。その紙が言っているのは、「12万円を払う義務がある」ということだけです。でも、義務があることと、力ずくで取り立てられることは、別なんです。#1 で見た自力救済の禁止が、ここにつながります。権利があっても、自分の手で取り立てることはできない。だから、もう一度、訴えを起こすところからやり直しになります。正確に言えば、完全な振り出しではありません。和解という契約があるぶん、「12万円払う約束をした」という主張は通しやすくなります。それでも、もう一度手続を踏み直さなければならないのが弱点です。時間も費用もかかります。これが「契約にすぎない」ということの意味です。

同じ約束でも、破られたときが違う

効力の違い比較ボード

ところが、同じ「12万円を、月末に払う」でも、扱いが変わる道があります。即決和解、正式には訴え提起前の和解といいます。

条文民事訴訟法275条1項

民事訴訟法第275条(訴え提起前の和解)第1項 民事上の争いについては、当事者は、請求の趣旨及び原因並びに争いの実情を表示して、相手方の普通裁判籍の所在地を管轄する簡易裁判所に和解の申立てをすることができる。

もめごとが訴訟に発展する前の段階で、簡易裁判所に持ち込んで和解をまとめておく手続です。その手間に、見合うものがあります。効果を定めた条文を見てください。

確定判決と同一の効力、ということ

確定判決と同一の効力ボード

条文民事訴訟法267条1項

民事訴訟法第267条(和解等に係る電子調書の効力)第1項 裁判所書記官が、和解又は請求の放棄若しくは認諾について電子調書を作成し、これをファイルに記録したときは、その記録は、確定判決と同一の効力を有する。

ここが答えです。約束が破られたら、そのまま強制執行に進めます。もう一度訴えを起こす必要が、ありません。この差が、わざわざ簡易裁判所に申し立てる理由です。調停が成立した場合も同じです。合意の中身が記録されれば、やはり確定判決と同一の効力を持ちます。そこを掴んでください。なお、この条文に「電子調書」とあるのは、手続をデジタル化する改正が入ったためです。書面の調書ではなく、記録されたデータが効力を持ちます。費用が安く、非公開で、負担も軽い。ただ、相手に無理やり従わせる力という点では、裁判所の手続にはかないません。長所と短所は裏表です。なお、即決和解の手続そのもの——どう申し立て、何を書くのか——は、後の回で扱います。

これだけ道があるのに、なぜ訴訟なのか

民事訴訟の目的・問いボード

ここまでで、紛争を調整する道がいくつもあることを見ました。そこで、最後の問いです。これだけ道が用意されているのに、そもそも訴訟は何のためにあるのでしょうか。素直に答えれば「権利を守るため」でしょう。それが1つ目の考え方、権利保護説です。訴訟は権利を守るためにある、という見方ですね。批判があります。この説は、権利は訴訟の外で先にできあがっていて、裁判官はそれを見つけて言い渡すだけだ、という見方です。権利はもう決まっている、という前提——そこが引っかかるところです。それでは、争っていく過程そのものが権利の形を決めていくという、手続の働きを見落としてしまいます。たとえば敷金の例でも、「12万円が妥当だ」という線は、最初からどこかにあったわけではありません。やり取りのなかで作られました。

秩序を守るためか——法秩序維持説

法秩序維持説とその批判ボード

2つ目は、法秩序維持説です。訴訟を通じて、実体法が思い描いている秩序を保ち、新しい秩序を作っていく、という見方です。ここにも批判があります。法は、人と人が対等に向き合うための道具のはずです。それなのに、法に従った秩序の維持を目的に据えると、手段が目的になってしまう。もう1つ。この見方は、国家の側から当事者を見下ろす形になります。すると、当事者こそが訴訟の主体だということが、抜け落ちてしまいます。ここが批判されている点です。

紛争解決説と、3つに共通する見落とし

紛争解決説とその批判ボード

3つ目は、紛争解決説。もめごとに決着をつけること、それ自体が目的だ、という見方です。ただ、この説にも指摘があります。訴訟に持ち込めば必ず白黒がつく、白黒をつけなければならない——そういう思い込みを生みやすいんです。もめごとを収めていく流れの中で、訴訟はどこを担うのか——この視点が抜けてしまいます。前回見たADRの話ともつながります。訴訟が全部を引き受けるわけではありません。

3説に共通する見落としボード

そこで、3つに共通する見落としを見てください。ここが今日の山です。どの説も、紛争を収める道は訴訟しかない、という前提で議論を立てていました。もう1つ。どの説も、出口の判決だけを見ていたのではないか。そういう指摘です。この2つが、3説をまとめて撃つ批判になっています。

これからの見方——当事者を立て直す場として

手続保障説ボード

そこで、これからの見方として示されているのが手続保障説です。前提となる現状認識があります。人間関係が希薄になり、当事者自身や、その周りの社会が、自分たちで紛争を調整していく力が落ちている、という認識です。そこで、当事者自身が対論し、紛争を調整する能力を回復することを、訴訟が支える——そこに訴訟の役割を見いだす立場です。訴訟が結論を与えるのではなく、当事者が自分で調整できるようになるのを支える——そこが手触りの違いです。民事の紛争は私的自治が原則ですから、本来は当事者が決めるものだ、という出発点とも噛み合っています。ただし、これが通説というわけではありません。権利保護、私法秩序の維持、紛争解決——この3つを併せ持つと見る立場もあります。目的論に、唯一の正解はないと理解しておいてください。

正解がないのに、なぜ覚えるのか

目的論が効いてくる場面ボード

覚える意味はあります。この議論は、後で判断の基準になります。具体的に3つ挙げます。1つ目。「その訴え、判決を出す意味があるのか」を決める場面。訴えたのに判決を出さないことがあり、訴える意味がないと判断されれば、中身に入らずに終わります。2つ目。「どこまで原告が決めてよいか」を決める場面——#2 で見た、当事者が手続を動かすという話につながります。3つ目。「なぜ確定した判決に、蒸し返しを許さない力があるのか」を説明する場面。いずれもこのシリーズで正面から扱います。そのとき、民事訴訟は何のためにあるかの答えが変われば、結論も変わります。今日の話は、そこで使うための道具です。空で唱える学説ではありません。

ここまでを、ひとつにつなぐ

まとめボード

今日たどった道を、つなぎます。入口は、「12万円払うと書いた紙は、何なのか」でした。裁判外の和解は契約にすぎない=破られたら訴えるところからやり直し。これに対して、簡易裁判所を通した即決和解や、成立した調停は確定判決と同一の効力を持ち、そのまま強制執行に進めます。そこが分かれ目です。同じ内容の合意でも、通した道で効き目が違う。話し合いで終わらせるときは、「決まった」だけでなく、決まったものに、どれだけの力があるかまで見てください。3つの説と、それぞれへの批判を見ました。共通していたのは、紛争を収める道は訴訟しかないと考え、出口の判決だけを見ていたという点です。そこから、当事者が対論して調整する力を取り戻すのを支える、という見方が出てきます。ただし正解は決まっていません。後の回で判断が必要になったとき、ここに戻ってきてください。今日まで「裁判所に持ち込む道」を見てきました。次は、裁判所に持ち込んでも、判断してもらえない争いがあるという話をします。

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#5単独ページ動画

法律上の争訟と非訟

第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

民事訴訟が扱えない争いがある

民事訴訟が向かない3つの争いボード

実は、民事訴訟にそもそも向かない争いがあります。まず3つ、例を見てください。1つ目、自分の学説が正しいかどうかの判定を求める訴えです。2つ目、ある法律が憲法に違反するかどうか、それ自体の判定を求める訴えです。実際に、自衛隊の前身の組織の設置の無効確認を、最高裁にいきなり求めた事件がありました。3つ目、国会に対して特定の中身の決議を求める訴えです。その理由を、次で確認しましょう。

法律上の争訟——2つの要件

法律上の争訟2要件ボード

この3つが扱われない理由には、共通の物差しがあります。裁判所が扱えるのは、「法律上の争訟」と呼ばれるものだけです。条文を見てください。

条文裁判所法3条1項

裁判所法第3条第1項 裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。

中身を決めているのは、判例が積み上げた2つの要件です。1つ目、事件性です。当事者間の具体的な権利義務・法律関係の存否に関する紛争であること。2つ目、法律性——それが法律の適用により終局的に解決できるものであること。片方でも欠ければ、裁判所は判断できません。

はじかれる例を、要件で仕分ける

事件性を欠く例ボード

この3つの例を、2つの要件に当てはめてみます。どれも、誰かと誰かの間の具体的な権利義務の争いではありません。抽象的な議論そのものです。だから事件性を欠きます。組織の設置無効を求めた訴訟でも——最高裁が言っているのは、こういう趣旨です。具体的な事件を離れて、抽象的に法令が憲法に適合するかを判断する——そんな権限を裁判所に認める根拠は、憲法にも法律にも無い。

法律性を欠く例——国家試験の場合ボード

では、事件性さえあれば必ず扱ってもらえるのか。国家試験に不合格になった人が、判定の変更を求めて訴えた事件を見てください。事件性はあります。ですが訴えは退けられました。理由は、こういう趣旨です。学問や技術の上での知識・能力の優劣、その当否の判断は——法令を当てはめて争いを解決できる性質のものではない。背景には、試験を実施する側の裁量を尊重すべきだという考え方もあります。ですが、判決が理由として述べているのは、法令の適用で解決できないという点です。ここは取り違えないでください。ありますが、あちらは大学という団体の内部の規律をどこまで裁判所が見るか、という別の物差しの話です。憲法の回で扱います。

訴え却下判決とは何か

訴え却下判決の定義ボード

さて、この2つの要件のどちらかを欠くと、裁判所はどんな判決を出すのか。それを訴え却下判決と呼びます。訴訟要件——裁判所が中身を判断するための前提条件——を欠くために、訴えを取り上げない判決です。請求の中身そのものには、立ち入りません。今見た法律上の争訟の2要件も、この訴訟要件の1つにあたります。

却下と棄却、何が違うか

却下と棄却の対比ボード

ここで、少し前の話を思い出してください。ADR の回で見た仲裁——結論を第三者に委ねる、という合意でした。その合意があるのに訴えたら、訴えはどうなるんでしたか。今日はその「却下」を、正面から定義します。却下は、訴訟要件を欠くために中身を判断しない判決です。棄却は、中身を判断した結果、原告の請求に理由がないという判決です。見た目は同じでも、なぜ区別が必要かが重要です。もう一度訴えられるかどうかが違います。却下なら、欠けていた要件を直してもう一度訴えられます。棄却は、それができません。初回に名前が出た既判力——確定した判決の効力が働くからです。詳しい理屈は後の回に譲ります。却下と棄却は似て非なるものだと覚えておいてください。

住職の地位そのものは争えない——二段審査①

二段審査①ボード

さて、ここからが今日でいちばん誤解が多いところです。冒頭の寺の事案に戻ります。こうした宗教団体の内部紛争には、二段構えの審査があります。まず第1段です。訴訟で求めているものが、住職という宗教上の地位の確認、それそのものであるとき——たとえその地位が、寺を法律上代表する代表役員になるための資格であっても——法律上の争訟にあたらず却下されます。関わってきます。それでも、「住職の地位そのもの」の確認は——宗教上の地位の存否そのものを問うものです。当事者間の具体的な権利義務・法律関係の存否に関する紛争とは言えません。前半の言葉でいえば、事件性の側で落ちています。ただ、実際の事案はここで終わりません。建物の明渡しという、もっと具体的な請求だったらどうなるか——それが第2段です。

前提問題が教義に触れるとき——二段審査②

二段審査②ボード

第2段はこうです。請求が建物の明渡しのような、具体的な権利関係であっても——その判断の前提問題として——住職の地位の存否を決めなければならない場面が出てきます。判例はここで、こう言っています。前提問題としての地位の存否は——その判断の内容が宗教上の教義の解釈にわたる場合でない限り——裁判所に審判権があります。なぜ教義なのか。教義の正しさは、法を適用しても決められないからです。そこが判断の中心に来ると、裁判所の手に負えなくなります。前半で立てた言葉でいえば、これは法律性の側で落ちているということです。教義の解釈に深く関わるときだけ、法律上の争訟にあたらず却下される、ということです。宗教が絡めば常に却下、ではありません。

学説の批判と冒頭事案の回収ボード

この判断の枠組みには、学説の強い批判があります。批判はこうです。教義そのものに立ち入る必要はない。罷免という処分が、決められた手順どおりに、公正に行われたか——裁判所が見るのは、そこだけでいい。そうすれば、争点が教義に触れずに済みます。つまり、審理のやり方を工夫すれば片づく問題だ、という指摘です。では、冒頭の寺の事案に戻ります。罷免処分を理由とする建物の明渡し請求です。これは法律上の争訟にあたるでしょうか。その筋で審判権が認められました。前提問題である罷免の当否が、教義の解釈にまで深入りしなくても判断できる——そう扱われたからです。なお、これは訴えの利益という、もっと大きな問題の一場面でもあります。続きは別の回で扱います。

判断はしてくれる、でもやり方が違う——非訟事件とは

非訟事件とは何かボード

後半に入ります。ここまでは「そもそも判断してくれるか」の話でした。ここからは、判断はしてくれるけれど、やり方が違うという話です。通常の訴訟とは別に、より弾力的な手続で裁判する非訟事件というものがあります。身近な例は、家庭裁判所の家事審判です。たとえば、認知症になった親に後見人をつける手続。離婚のときに、財産分与の額をいくらにするか決める手続。遺言書の内容を確認する検認、遺産の分け方を決める手続なども含まれます。そこがこれからのテーマです。まず1つ、感触をつかんでください。これらは「誰の言い分が正しいか」を決める話ではありません。「いくらが妥当か・誰が適任か」を、裁判所が踏み込んで決める話です。

非訟事件は家事審判だけではない

非訟事件の種類ボード

非訟事件は、家事審判だけではありません。会社に関する非訟事件があります。検査役や清算人の選任、株主総会の招集の許可などです。それから、借地に関する非訟事件もあります。借地の条件変更や増改築の許可などです。もう1つ、思い出してほしいものがあります。以前扱った調停です。調停も、性質のうえでは非訟事件の1つにあたります。はい、別物ではありません。「話し合いによる解決か」という軸で見れば調停。「訴訟か、より弾力的な手続か」という軸で見れば非訟事件です。同じ制度を、違う軸から見ているだけです。ただ、調停で最後に決着をつけるのは、原則として当事者の合意です。裁判所が決めてしまう審判とは、そこが違います。

訴訟と非訟を分ける、たった1つの理由

区別の根っこボード

では、訴訟と非訟は、何が違うのか。7つの違いが挙げられますが、丸暗記するものではありません。根っこは1つです。非訟事件では、よりどころになる法律が「これが正解」と決め切っていないんです。さっきの財産分与を思い出してください。法律は「いくら払え」とは書いていません。一切の事情を考慮して決める——つまり、答えが1つに決まらない形で書かれている。決め切っていないぶん、裁判所が自分で事情を見て、中身を決めることになります。そうなると性格は、争いを裁くというより、行政の判断に近づきます。先回りして面倒を見る——後見的な関与が求められる事件、ということです。だからこそ、そこから3つのことが自然に導かれます。

根っこから導かれる3つの筋ボード

①公開しても意味が薄い——正しい答えを競う場ではないから。②当事者に主導権を渡すと決まらない——裁量で決めるべき事件だから。裁判所が主導する必要があるからです。③重い判決でなく、機動的な決定という形で出す、ということです。次で、この筋から実際の7項目を見ていきます。

7つの違い、その1

7項目比較①ボード

まず4つ。終局性——訴訟は一度確定すれば、もう蒸し返せません。非訟には、そこまでの確定力はありません。これも根っこからです。終局的に権利義務を確定する裁判ではなく、事情が変われば決め直す——だから、判決ほどの確定力を持たせていないんです。公開性——訴訟は公開が原則です。ですが非訟は違います。

条文非訟事件手続法30条

非訟事件手続法第30条(手続の非公開) 非訟事件の手続は、公開しない。ただし、裁判所は、相当と認める者の傍聴を許すことができる。

手続の形も違います。訴訟は「対審」——両当事者が向き合って主張をぶつけ合う形です。非訟は「審問」——裁判所が関係者から個別に話を聴く形です。そして基本原理です。訴訟は当事者主義、非訟は職権主義です。さっきの根っこと同じ理由です。裁量で決める以上、裁判所が主導するしかありません。当事者主義の回に出てきた職権進行主義は、「進行だけ」でした。非訟の職権主義は、中身の決め方まで裁判所が主導する、という意味です。

7つの違い、その2

7項目比較②ボード

残り3つです。手続原則——訴訟は処分権主義・弁論主義です。どちらも当事者主義の回で出てきた原則です。始まりと終わりを握るのが処分権主義、事実と証拠を出すのが弁論主義でした。非訟は、これらが適用されません。非訟事件手続法に、裁判所が自分で事実を調べるという決まりがあるからです。これがある以上、当事者だけが事実を出し合う仕組みは成り立ちません。これを職権探知主義と呼びます。次に当事者です。訴訟は原告・被告という二当事者の対立構造が前提です。非訟はそれを前提としません。非訟は、裁判所が後見的に中身を決める手続です。さっきの親に後見人をつける手続のように、争う相手がいない事件もあります。最後に裁判の形式です。訴訟は「判決」ですが、非訟は「決定」で裁判します。不服があるときも、控訴ではありません。

条文非訟事件手続法66条1項

非訟事件手続法第66条(即時抗告をすることができる裁判)第1項 終局決定により権利又は法律上保護される利益を害された者は、その決定に対し、即時抗告をすることができる。

正確には「即時抗告」です。期間の制限がある抗告です。「非訟では文句が言えない」わけではありません。

訴訟が非訟に近づいていく

訴訟の非訟化ボード

もう1つ、興味深い動きがあります。訴訟だった事件が、非訟の形に近づいていくという現象です。代表例が借地非訟です。借地の条件変更や増改築は、もともと地主が承諾しなければ動かせませんでした。昭和41年の借地法改正で、裁判所が承諾に代わる許可を与える非訟事件が新しく作られました。もう1つの例が労働審判です。ADR の回で「司法型」として名前が出た、あの手続です。労働審判官——名前は違いますが、中身は裁判官です。そこに、労働関係の専門家が労働審判員として加わり、労働審判委員会を作ります。原則3回以内の期日で、調停と審判の両方を行います。中身の細かい手続は、別の回で扱います。今日は「訴訟が非訟に近づく動きがある」という事実だけ押さえてください。ただ、これは裏を返すと——公開の法廷で争うという保障が及ばない範囲が、広がっていくということでもあります。だから、どこまで任せてよいのかが問われます。次はそこです。

どこまで裁量に任せてよいのか

当事者権と判例ボード

さて、非訟事件には、もう1つ大きな論点があります。当事者権という論点です。手続のなかで、当事者がどれだけの地位を持つか、という問題です。非訟は、訴訟に比べて当事者の地位が低い、と言われてきました。公開の対審もなく、判決でもありません。

条文憲法32条

日本国憲法第32条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

条文憲法82条1項

日本国憲法第82条第1項 裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。

そこが、まさに争われました。最高裁の判断はこうです。夫婦間の同居に関する審判は、権利義務を終局的に確定する裁判ではない。だから、公開の対審や判決によらなくても——32条にも82条にも反しない、という理屈です。後見的な立場から、具体的な内容を形づくる裁判だから——「純然たる訴訟事件」ではない、というのが理由です。権利があるかないか、その白黒そのものを確定する裁判なら——法律が「決定でよい」と定めていても、公開の法廷で、対審と判決によらなければなりません。そこが境界です。婚姻費用の分担を巡る、別の事件でも同じ理屈が繰り返されました。

学説の批判ボード

この判断には、学説から強い批判があります。「形式的すぎる」という指摘です。権利義務の具体的な内容を決めるだけでも——当事者には十分な主張・立証の機会が保障されるべきだという批判です。中身が実質的に権利義務を左右するなら——手続の形が「判決」でなくても、聴かれる機会は要るんです。これが批判の核心です。この対立は、実際に立法を動かします。次で見ましょう。

批判が、制度を変えた

立法の3つの手当てボード

この対立は、平成23年の法改正として実を結びます。非訟事件手続法が全面的に改正されました。新しく家事事件手続法が作られました。当事者の手続保障を重視した、3つの手当てです。1つ目、参加制度です。手続に、当事者や利害関係人として参加できます。この参加制度が整備・拡充されました。2つ目、記録の閲覧・謄写です。事件の記録を見て、写しを取れる範囲が広がりました。3つ目、事実調査の通知と、反論の機会です。裁判所が調べた事実に重要な変更が生じうるときは——当事者に知らせなければなりません。決定や審判を後から見直すときも——言い分を聴かずに変更してはいけません。判例の結論だけで話は終わりませんでした。批判が、実際に制度を動かしたんです。

入り口の外側・まとめボード

今日の内容を、一言でつなぎます。前半は、そもそも裁判所が判断してくれるかどうか、という話でした。法律上の争訟の2要件と、宗教団体の内部紛争の二段審査でした。後半は、判断してくれるとしても——訴訟という形をとるとは限らない、という話でした。非訟事件と、その当事者権をめぐる攻防でした。訴えるまでに何が起き、法廷で何が行われるのか——そこをたどっていきましょう。

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#6単独ページ動画

訴訟代理人と民事保全

第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

まず、誰が動くか——本人訴訟という選択肢

本人訴訟と代理人の板 図:本人訴訟と代理人の板

まず考えるのは、「誰が」動くかです。民事の訴訟は、当事者本人が自分でやってもいいですし、弁護士を代理人に立てて行ってもかまいません。できます。これを本人訴訟と呼びます。実は、簡易裁判所を第一審とする事件では、当事者どちらも本人訴訟という割合が高いんです。地方裁判所以上になると、代理人に頼む割合がかなり高くなります。簡裁が扱うのは、比較的少額で、争点も込み入っていない事件が中心です。地裁以上になると、事件の規模が大きくなり、法律論も複雑になりがちです。では、Aが弁護士を立てるとして——弁護士なら誰でもなれるのでしょうか。

原則は弁護士——弁護士代理の原則

弁護士代理の原則板 図:弁護士代理の原則板

条文民事訴訟法54条1項

民事訴訟法第54条第1項 法令により裁判上の行為をすることができる代理人のほか、弁護士でなければ訴訟代理人となることができない。ただし、簡易裁判所においては、その許可を得て、弁護士でない者を訴訟代理人とすることができる。

条文を見てください。訴訟代理人になれるのは、原則として弁護士だけです。これを弁護士代理の原則と呼びます。理由は大きく2つです。1つ目、訴訟は専門知識が必要な手続だからです。誰でも代理人になれると、依頼した人がかえって不利益を受けかねません。2つ目、資格のない人が報酬目当てに他人の訴訟へ入り込む——非弁行為を防ぐ狙いもあります。弁護士でない人が、報酬を得る目的で法律事務を扱うことです。弁護士法という別の法律で禁じられています。たとえばAのところに、法律に詳しい知人が来て「訴訟のことは任せろ。取れた分から手数料をもらう」と言ったとします。

この人は弁護士ではありません。報酬を得る目的で他人の訴訟を引き受ける——これが禁じられている形です。弁護士には、資格試験のほかに、懲戒の仕組みや、会への登録という縛りもあります。依頼者を守る仕組みが、いくつも重なっているんです。ただ、条文にただし書がありましたね。

簡裁だけの、2つの別枠

簡裁の例外板 図:簡裁の例外板

簡易裁判所では、例外が2つあります。1つ目は、裁判所の個別の許可を得れば、弁護士でない人でも代理人になれます。54条1項のただし書です。個別の事件ごとに、裁判所が判断します。誰でも自動的に、というわけではありません。もう1つは、一定の司法書士です。裁判所や法務局に出す書類を作ることを専門にしている、法律の資格者です。司法書士法という別の法律で、簡裁での訴訟代理が認められています。ただし、ここは間違えやすいところです。司法書士が代理できるのは、簡易裁判所だけです。地方裁判所以上では、代理できません。

そして、この司法書士の資格による代理と、さっきの「裁判所の個別の許可」は、別々の制度です。司法書士は、決められた研修を受けて、能力の認定を受けている必要があります。誰でもというわけではありません。簡裁が、身近で少額な事件を扱う場所だからこそ——弁護士以外にも、道を広く用意しているわけです。

訴える前に、やっておくこと

訴える前の準備活動板 図:訴える前の準備活動板

さて、代理人を決めたら、すぐ訴状を書くわけではありません。訴訟に踏み切るには、まず、ある程度の見通しを立てる必要があります。手持ちの資料を整理して、事件の関係者に会って話を聞いたり——必要な文書を確認したりします。ごく普通の準備活動です。さらに、訴え提起前の証拠収集という制度も使えます。あります。詳しい中身は、証拠を扱う回に譲ります。今日、大事なのはここからです。

証拠保全——いま調べないと、手遅れになる

証拠保全234条ボード 図:証拠保全234条ボード

1つ目が証拠保全です。時間が経つと、集めにくくなる証拠があります。裁判が本格的に始まってからでは遅い——そういう特別な事情があるときに、申し立てることができる制度です。典型例は、医療過誤の裁判です。カルテは、時間が経つと書き換えられたり、失われたりする心配があります。だから、訴訟になる前に、まずカルテを確保しておくんです。条文は234条です。詳しい手続は、証拠調べを扱う回に譲ります。今日は、この制度があることを押さえてください。

民事保全——仮差押えと仮処分

民事保全ボード 図:民事保全ボード

もう1つが民事保全です。工事代金のような、お金の支払いを求める訴訟を起こすときは——あらかじめ裁判所に申し立てて、相手のめぼしい財産を差し押さえておくことがあります。これを仮差押えと呼びます。仮差押えは、さっきの「自宅を売るらしい」という噂が現実になる前に、動く手段です。もう1つ、不動産をめぐる訴訟を起こすときには——相手に、その不動産を売らせたり、他人を住まわせたりする自由を、いったん止めてしまう措置です。これを仮処分と呼びます。仮差押えと仮処分、どちらも合わせて民事保全と呼びます。民事保全法という法律に規定されています。以前、判決の外側にある手続を並べたとき、これを『財産保全』と呼びました。同じものです。

そこが肝心なところです。本裁判の結論を待っていたら、押さえるべき財産が消えてしまうかもしれません。だから、迅速に、かつ簡易な審理で、仮の措置を認める仕組みになっています。

証拠保全と民事保全、混ぜない

証拠保全と民事保全の対比表 図:証拠保全と民事保全の対比表

そこは、はっきり分けて覚えてください。証拠保全は、証拠を確保する制度です。民事保全は、財産や地位を確保する制度です。さっきのカルテが証拠保全、Bの預金や不動産を押さえるのが民事保全です。逆に、Bの預金を押さえても、工事の出来を示す記録が残るわけではありません。そして、訴訟が始まってから調べても間に合う証拠——たとえば、いつでも取り寄せられる記録なら、証拠保全の出番ではありません。ここを混ぜて説明すると、後で必ずつまずきます。別の制度だと、はっきり区別してください。

「とりあえず」のはずが、それで終わることがある

仮処分の本案代替化ボード 図:仮処分の本案代替化ボード

ここで、少し発展的な話をします。民事保全は、本来、将来の本格的な訴訟に備えて、あらかじめ手を打っておく制度です。そのはずなんですが——実際には、そうならないことが少なくありません。保全の手続だけで、紛争そのものが片づいてしまうんです。保全の後に、必ず本格的な訴訟が起こされるとは限らないんです。本案というのは、請求の中身に決着をつける、本裁判のことです。この現象を仮処分の本案代替化と呼びます。主に、仮処分の領域でよく見られます。仮差押えは、財産を動かせなくするだけで、300万円が手に入るわけではありません。取り立てるには、やはり本裁判が要ります。仮処分は、求めていた状態が先に実現してしまうことがある。だから、それで足りてしまうんです。

保全の手続でも、裁判所は証拠を見て、一応の判断を示します。簡易とはいっても、判断するのは裁判所です。当事者にしてみれば、この事件を見た裁判所の見通しが、一度出たことになります。その判断が出た時点で、相手方はこう考えることがあります。「これ以上争っても、結論は変わらないだろう」と。たとえば、さっきの仮処分。相手が不動産を処分できないようにする、あの措置です。これが認められた時点で、相手は「もう動かせないなら、争っても仕方ない」と考えることがあります。時間や費用をかけて本裁判までやる実益が、当事者にとって薄れてしまうんです。

この先、論文で規範を書くような場面ではありません。ですが、実務の実感として押さえておいてください。

ここまでのまとめ

前編まとめボード 図:前編まとめボード

ここまでを整理します。Aは、まず、自分で動くか弁護士に頼むかを決めました。原則は弁護士——弁護士代理の原則です。簡裁には、個別の許可と司法書士という、2つの別枠がありました。そして、悠長にしていられない事情があるなら、訴える前に緊急の保全措置を取ります。証拠保全は証拠を、民事保全は財産や地位を確保する制度でした。

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#7単独ページ動画

訴状の提出から口頭弁論まで

第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ⑦/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

訴えの提起——訴状を出す

訴えの提起のポイント 図:訴えの提起のポイント

条文民事訴訟法134条

民事訴訟法第134条(訴え提起の方式) 訴えの提起は、訴状を裁判所に提出してしなければならない。 2 訴状には、次に掲げる事項を記載しなければならない。  一 当事者及び法定代理人  二 請求の趣旨及び原因

訴訟は、原告による訴えの提起によって始まります。原告が、訴状という書類を作成して、裁判所へ提出します。始めるかどうかは当事者が決める——以前、訴訟を動かすのは誰かを見た回で出てきた考え方が、ここに出ています。条文を見てください。1項は、訴状を出すという方式そのものです。2項は、訴状に書かなければならないことです。当事者と法定代理人、そして請求の趣旨と原因です。ここでいう法定代理人は、本人が選んで頼む訴訟代理人——前回の弁護士——とは別で、本人が自分では手続できないときに、法律の定めで代わりに立つ人です。誰が誰に何を求めるのか、その理由は何か、ということです。

イメージとしては、そのとおりです。細かい書き方は、また別の回で扱います。訴状が提出されると、その紛争は、裁判所にとってひとつの「事件」として扱われることになります。事件番号が振られて、担当の裁判所・裁判官が決まり、手続として管理される、ということです。ここから先は、当事者の話し合いだけでなく、裁判所を交えた手続として進んでいきます。

判決があっても、紛争が解決するとは限らない

判決は万能ではないボード 図:判決は万能ではないボード

ここで、少し立ち止まります。訴えを起こして、判決が出れば、それで争いは終わりだと思っていませんか。決着はつきます。ただし、あくまで紛争の法的側面についてです。判決が出て、支払いの義務があるかどうかがはっきりしても——実生活での争いが、形を変えて続くことは、少なくありません。300万円を払えという判決が出ても、AとBの関係が、それで元どおりになるとは限りません。近所づきあいや、今後の仕事の紹介関係にまで、しこりが残ることもあります。以前、民事訴訟の目的を考えた回がありましたね。あのときの話が、ここにもつながっています。訴訟は万能の解決装置ではない、という感覚を、ここでも持っておいてください。

誰が、どこに訴えるのか

当事者適格と管轄のボード 図:当事者適格と管轄のボード

ここで、訴状を出すために決めておくべきことを、3つ確認します。1つ目、誰が原告で、誰が被告かです。訴えた側が原告、訴えられた側が被告——ここは、以前に見たとおりです。そのうえで、今回のような『お金を払え』という訴えなら——権利があると主張する人が原告になり、その人に義務を負っていると考えられる人が、被告になります。これを当事者適格という概念で規律します。詳しくは、別の回で扱います。2つ目、どの裁判所に出すかです。これを管轄の問題と呼びます。事件の内容や、当事者の住んでいる場所によって、担当する裁判所が決まります。3つ目、相手が海外にいるような場合には——日本の裁判所がその事件を扱えるかという、民事裁判権の問題も出てきます。

中身は、それぞれ専用の回で深掘りします。以前に見た訴訟要件——裁判所が中身を判断するための前提条件——につながる話です。今日は、こういう決め事があると知っておいてください。

送達——訴状が被告に届く仕組み

送達の流れボード 図:送達の流れボード

請求の中身が、裁判所が判断するのに適した形で書かれていて——決められた手数料が、印紙という形で納められていれば——裁判所は、最初の期日の呼出状とともに、その訴状をBに届けます。裁判所で、当事者が顔をそろえる日のことです。この、訴状や呼出状を届ける手続を、送達と呼びます。普通の郵便とは違い、届いたことを、きちんと確認できる特別な方法で送ります。Bが訴えられていることを知らないまま手続が進んでしまうと、防御の機会を奪うことになるからです。「知らないうちに負けていた」ということがあってはなりません。

詳しい仕組みは、送達だけを扱う回に譲ります。今日は、Bのもとに訴状が届く、という流れだけ押さえてください。

答弁書——被告の応答

答弁書ボード 図:答弁書ボード

訴状の送達を受けたBは、応訴の準備に入ります。必要な調査や資料集めをしながら——原告の訴えに対して、大筋でどう対応するか、態度を決めなければなりません。この応答を、答弁書という書面で行います。第1回の口頭弁論期日までに提出して、そこで陳述することになります。法廷で、双方が言い分を述べる場です。そこで何が起きるかは、このあとまとめて見ます。たとえばBが「工事に欠陥があった」と考えているなら、答弁書でそう主張します。書面の中身——攻撃防御方法の話は、また別の回で深掘りします。

裁判所の階級と三審制

裁判所の階級と三審制ボード 図:裁判所の階級と三審制ボード

ここで、少し寄り道をして、「裁判所」そのものの話をします。日本の裁判所は、4つの階級に分かれています。いちばん上が最高裁判所です。その下が高等裁判所——本部が全国に8カ所です。地方裁判所——各都府県に1カ所と、北海道に4つで、あわせて50カ所。簡易裁判所——438カ所です。身近な事件ほど、近くで扱えるようにしてあるからです。この4つの階級が、同じ事件を3つの審級にわたって審理する——これが三審制です。根拠は憲法76条1項にあります。よくある誤解です。審級が3つあるだけで、裁判所そのものは、階級を上がっていきます。

裁判官も人間である以上、判断を誤ることがあります。一度の判断で終わらせず、上級の裁判所がもう一度確かめる機会を用意することで——誤りを正す余地を残しているんです。通常の民事事件なら、まず第一審は、簡裁か地裁のどちらかです。

家庭裁判所と、知的財産をめぐる訴訟

家裁と知財のボード 図:家裁と知財のボード

4つの階級のほかに、家庭裁判所もあります。全国に50カ所です。もともとは、家事事件の調停や審判を行うだけでした。ですが、人事訴訟法という法律によって——離婚訴訟などの人事訴訟は、もともと地裁が第一審を担当していましたが、この法律の制定で、家裁が引き受けるようになりました。もう1つ、特許権などの知的財産をめぐる訴訟にも、特別な扱いがあります。高度に専門技術的な内容を含むため——専門処理体制が整っている東京地裁と大阪地裁が、第一審を担当します。専門的な知識が必要な事件を、あちこちの裁判所に分散させると——審理の質にばらつきが出てしまいます。担当を絞ることで、専門性を高めているんです。

知的財産高等裁判所ですね。ただし、そこは第一審ではありません。東京地裁・大阪地裁の判決に対する控訴を受け持つ、東京高裁の特別な支部です。第一審の判決に不服なら、上級の裁判所へ——これが控訴です。

ここまでの整理——法廷へ

中間まとめボード 図:中間まとめボード

ここで、いったん整理します。ここまでの流れを押さえておかないと、この先の口頭弁論の話についていけなくなるからです。Aは訴状を提出し、事件がひとつの「事件」として扱われるようになりました。誰が原告で誰が被告か、どの裁判所に出すか——当事者適格と管轄の問題を通りました。そして、訴状はBに送達されました。Bは答弁書を出し、争う姿勢を示しました。そして、裁判所には最高裁・高裁・地裁・簡裁・家裁という階級がありました。事件の性質で、担当が分かれることも見ました。続いて、いよいよ法廷そのもの——口頭弁論で何が起きるかを見ていきましょう。

法廷で何が起きるのか——口頭弁論

口頭弁論とは何かボード 図:口頭弁論とは何かボード

第1回の期日には、Aは訴状を、Bは答弁書を、それぞれ陳述します。書いてある中身を、法廷で口頭で述べる、という意味です。公開の法廷で、裁判所を前にして、双方が自分の求めと言い分をぶつけ合う——これが口頭弁論という、本格的な訴訟の場面です。名前だけ聞くと、そう思いますよね。でも、そこには理念があります。

必要的口頭弁論の原則

必要的口頭弁論の原則 図:必要的口頭弁論の原則

条文民事訴訟法87条1項

民事訴訟法第87条第1項(口頭弁論の必要性) 当事者は、訴訟について、裁判所において口頭弁論をしなければならない。ただし、決定で完結すべき事件については、裁判所が、口頭弁論をすべきか否かを定める。

条文を見てください。口頭弁論の場で述べていない限り、どれだけ言い分があっても、判決の材料としては扱われません。これを必要的口頭弁論の原則と呼びます。そこには、いくつかの狙いがあります。口頭で述べれば、裁判官がその場で聞いて、疑問があればすぐに確かめられます。相手方も、その場で反論できます。書面のやり取りだけでは、こうした即応性が失われます。書いてあっても、法廷で述べていなければ、判決の基礎にはなりません。訴状に書き、期日で陳述して、はじめて土俵に乗ります。だから、口頭弁論は、公開であること、口頭であることなど——いくつかの条件を備えたものでなければなりません。

以前、非訟のところで出てきた決定——判決より軽い、機動的な形の裁判です。そこは、口頭弁論を開くかどうかを裁判所が決めてよい、という例外です。諸原則の中身は、別の回で詳しく扱います。今日は、原告の申立てと被告の応答から、主張・立証を経て判決に至る訴訟活動が——基本的にこの口頭弁論の場で展開される、という理念を押さえてください。

理念と、法廷の実際

理念と実際の落差ボード 図:理念と実際の落差ボード

さて、ここからが今日の核心です。「要求と言い分を戦わせる」——そう聞くと、法廷ドラマのような場面を思い浮かべませんか。実際の第1回期日は、かなり違います。AもBも、法廷でこう言うだけです。「訴状のとおり陳述します」「答弁書のとおり陳述します」。それだけです。だから裁判所は、同じ法廷で、30分に2件、3件の第1回期日を、次々にこなしていきます。なぜこうなるのか、理由を考えてみましょう。第1回期日の時点では、AもBも、書面ではすでに言い分を出し切っています。訴状にAの言い分が、答弁書にBの言い分が、それぞれ書かれているからです。

第1回期日は、いわば当事者同士の顔合わせに近い性格を持っています。本当の主張のすり合わせ——お互いの言い分のどこが食い違っているかを詰めていく作業は——このあとの段階に委ねられているんです。だから、法廷は静かなんです。勝負は、このあとの段階に移ります。

陳述擬制——欠席しても救われる、ただし

陳述擬制の制約 図:陳述擬制の制約

条文民事訴訟法158条

民事訴訟法第158条(訴状等の陳述の擬制) 原告又は被告が最初にすべき口頭弁論の期日に出頭せず、又は出頭したが本案の弁論をしないときは、裁判所は、その者が提出した訴状又は答弁書その他の準備書面に記載した事項を陳述したものとみなし、出頭した相手方に弁論をさせることができる。

もう1つ、第1回期日には、特別な仕組みがあります。条文に本案とあります。前回見たとおり、請求の中身に決着をつける、本裁判のことです。もしBが、答弁書は出したものの、第1回期日に出席できなかったとします。この場合、あらかじめ提出していた書面の内容を、陳述したものとみなして、手続を進めることができます。これを陳述擬制と呼びます。第1回期日は、当事者や代理人の予定が、まだ十分にすり合っていないことも多いんです。もし欠席のたびに手続を止めていたら、訴訟が一向に進みません。ただし、条文をよく見てください。「最初にすべき」口頭弁論の期日、とあります。

この扱いが使えるのは、第1回の期日だけです。2回目以降は使えません。ここは、正確に覚えておいてください。

不熱心な訴訟追行

不熱心な訴訟追行ボード 図:不熱心な訴訟追行ボード

実務では、被告が答弁書も出さずに、第1回期日を欠席する例も、少なくありません。何のルールもなければ、欠席のたびに、期日をやり直さなければならなくなってしまいます。手続を引き延ばされるほど、まじめに対応している相手方は、それだけ救済を待たされてしまうからです。民事訴訟法2条は、裁判所には公正かつ迅速な進行を、当事者には誠実な訴訟追行を、それぞれ求めています。そうならないように、対策が用意されています。いま見た陳述擬制も、その1つです。こうした欠席のケースを中心に、当事者の不熱心な訴訟追行に備えた対策です。詳しい中身は、当事者の欠席を扱う回に譲ります。今日は、こうした場面にも備えがある、と知っておいてください。

かつての実務——五月雨式審理・漂流型審理

五月雨式審理と漂流型審理ボード 図:五月雨式審理と漂流型審理ボード

訴えと判決の間の段階は、理念のうえでは——当事者が言い分をぶつける「主張」の段階と——食い違いを裏付ける材料を出す「立証」の段階に分かれます。理念上はそうです。ですが、かつての実務では、そう単純には進みませんでした。書面を交換して、次回の期日を決めるだけの期日が——数か月おきに、間隔をあけてしか開かれなかったんです。これを五月雨式審理と呼びます。しかも、当事者どうしの言い分がすれ違ったまま——主張と立証の段階を、行きつ戻りつすることも珍しくありませんでした。これを漂流型審理と呼びます。

争点がはっきりしないまま証拠だけが積み上がったり——逆に、証拠が出そろわないまま主張だけが繰り返されたりします。欠陥の有無をめぐって、双方が言い分を述べるだけの期日が延々と続く——そんな状態です。当事者にとっては、時間も費用もかさみ、いつ終わるとも知れない負担になります。

争点整理手続——主張のずれを詰めていく

争点整理手続ボード 図:争点整理手続ボード

改善の第一が、争点整理手続です。第1回期日のあと、当事者の主張が具体的になる段階で——やり取りを重ねながら、双方の言い分が一致する部分を、外していきます。この一致する点を、裁判上の自白と呼びます。詳しくは別の回で扱います。そうやって、食い違う点——争点だけを、くっきりと残していきます。Aの事件でいえば、「工事に欠陥があったかどうか」が、争点として絞り込まれていくイメージです。争点が絞られれば、無関係な主張や証拠に時間をかける必要がなくなります。

書証と集中証拠調べ

書証と集中証拠調べボード 図:書証と集中証拠調べボード

争点が絞り込まれたら、当事者はその争点を立証するために必要な書類を、取捨選択して提出します。この書類、またはそれを調べることを書証と呼びます。Aなら、工事の契約書と、完成後の現場写真。Bなら、欠陥を示す見積書——争点に効く書類だけを選んで出します。そのあとの段階では、当事者本人や証人——人証と呼ばれる証拠を調べます。尋問すべき人を全員集めて、1回の期日で一気に調べます。これを集中証拠調べと呼びます。争点を絞り、証拠を絞ってから、証拠調べに集中する——この順序があるからこそ、限られた期日を有効に使えます。これが済むと、必要なら最終の弁論や和解の試みを経て——ここで裁判所が弁論を終結し、判決を言い渡す日を指定します。

ここまでのまとめ

全体まとめボード 図:全体まとめボード

ここまで、2回にわたって、Aの事件を追いかけてきました。前回、代理人を選び、訴える前の手当てまでを見ました。そして今日、訴状を提出し、送達を経て、答弁書が返ってきたところから——口頭弁論という理念と、法廷の実際の落差までを、一気に見ました。陳述擬制、五月雨式審理・漂流型審理という病理、それを改善する争点整理手続と集中証拠調べ——弁論が終結すれば、あとは判決を待つばかりです。

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#8単独ページ動画

既判力・執行力・形成力

第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ⑧/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

判決が確定したのに、払わない——それでも何ができるのか

確定判決なのに払わないボード 図:確定判決なのに払わないボード

少し時間を先取りして、こんな場面を考えてみましょう。「Bは300万円をAに支払え」という判決が、確定したとします。それでもBが払わないとき、Aは何ができるでしょうか。やり直す必要はありません。同じ争いをもう一度持ち込むことは、そもそも許されないからです。裁判所がするのは、権利があるかないかの判定までだからです。判定された権利を現実に実現する仕事は、別の法律が引き受けています。以前、判決手続の周りに強制執行や保全の制度が控えている、という地図を見ましたね。このうち、判決の前に財産などを仮に押さえておくほうが民事保全、確定した判決を現実にするほうが、今日たどりつく強制執行です。同じ地図の上でも、保全は判決の前、強制執行は判決の後——向きが逆になります。

その答えには、今日の後半でたどりつきます。ただ、そこにたどりつく前に、まず知っておいてほしいことがあります。訴訟は、実は、判決だけで終わるわけではないんです。

手続の終了——取下げと訴訟上の和解

訴えの取下げと訴訟上の和解ボード 図:訴えの取下げと訴訟上の和解ボード

Aが訴えを起こしたあとでも、途中でBと話がついて、争いをやめることがあります。そもそも、なぜ、当事者の都合で訴訟を終わらせられるのでしょうか。始まりと終わりを握っているのは当事者だ——当事者主義の回で見た、処分権主義です。訴えるかどうかを当事者が決める以上、やめるかどうかも当事者が決める。今日の2つの終わり方は、どちらもその出口です。1つ目は、訴えの取下げです。条文の言葉で言うと、判決が確定するまでは、訴えの全部または一部を、取り下げることができます。訴えの取下げは、基本的にはAの意思だけで足ります。細かい手続は、別の回で扱います。2つ目は、訴訟上の和解です。

裁判所が、双方の言い分を聞きながら調整案を示すなどして、AとBの間で折り合いをつけることです。ここで大事なのは、この和解に、強い効力が与えられていることです。

条文民事訴訟法267条1項

民事訴訟法第267条第1項(和解等に係る電子調書の効力) 裁判所書記官が、和解又は請求の放棄若しくは認諾について電子調書を作成し、これをファイルに記録したときは、その記録は、確定判決と同一の効力を有する。

条文を見てください。和解の中身は、裁判所書記官が電子調書という記録にします。かつては紙の調書でしたが、システムでの記録に置き換えられました。大事なのは、その記録が、確定判決と同一の効力を持つ、という一文です。この「同一の効力」には、このあと見ていく力もすべて含まれます。だから、和解で終わっても、Aは決して弱い決着で終わるわけではないんです。

判決とは何か——証明責任というルール

判決とは何か・証明責任ボード 図:判決とは何か・証明責任ボード

では、AとBが自分たちで終わらせず、最後まで争ったとします。その場合、裁判所が判決を下します。双方の主張が、どこまで法的に認められるか、という判定です。前回の事件で言えば、「工事に欠陥があったかどうか」という争点に、決着をつける役割です。実は、裁判所は、それでも判決を拒否できません。根拠は、裁判を受ける権利を定めた、憲法32条です。だからこそ、証明責任というルールが必要になります。事実の有無が最後まではっきりしないとき——どちらの当事者に不利益を負わせるか、あらかじめ決めておくルールです。分配の細かい基準は、別の回で扱います。今日は、そういうルールが存在する、ということだけ押さえてください。欠陥があったと認められなければ、その事実を前提にした主張は通らない、という形で働きます。

そして、もう1つ。判決の結論は、唯一絶対の正解ではありません。間違っているというより、法の内容は、目の前の事件がそれに当たるかどうか、という場面では、必ずしも一義的に明確ではないんです。判決は、当事者がどう争ったかを反映した、1つの解決策にすぎません。Aの事件で言えば、Bが欠陥を裏づける見積書をどこまで出したか、で判断の材料が変わります。同じ工事をめぐる争いでも、出された材料が違えば、裁判所がたどりつく結論も変わりうる、ということです。判決は、正解を言い当てる装置ではなく——双方の主張を踏まえた、1つの決着にすぎない、ということです。

判決の言渡し——効力が生まれる瞬間

言渡期日と電子判決書ボード 図:言渡期日と電子判決書ボード

判決の中身がまとまると、裁判所は、それを言い渡す日を決めます。

条文民事訴訟法251条

民事訴訟法第251条(言渡期日) 判決の言渡しは、口頭弁論の終結の日から二月以内にしなければならない。ただし、事件が複雑であるときその他特別の事情があるときは、この限りでない。 2 判決の言渡しは、当事者が在廷しない場合においても、することができる。

1項を見てください。弁論が終結してから、原則2か月以内に言い渡す決まりです。もっと注目してほしいのは、2項です。判決の言渡しは、当事者が法廷にいなくても、することができます。主張や証拠を出す場面と、決まった結論を告げる場面は、性質が違うんです。言渡期日は、当事者が話す場ではなく、裁判所が一方的に結論を告げる場だからです。では、その言渡しで、何が起きるのでしょうか。

条文民事訴訟法250条

民事訴訟法第250条(判決の発効) 判決は、言渡しによってその効力を生ずる。

この一文が、今日、いちばん正確に覚えてほしいところです。判決は、言渡しによって効力が生じます。ただし、ここでの「効力」は、まだ確定ではありません。ここは、あとで混同しやすいところなので、今のうちに分けておきます。言い渡した瞬間に、判決は裁判所の手を離れます。裁判所自身が、あとから原則として中身を書き直すことはできません。不服があるなら、当事者が上の裁判所へ持っていくしかない——そういう状態になる、ということです。「言渡しで効力が生じる」ことと、「確定して勝敗が定まる」ことは、別の出来事です。この2つを混ぜずに、順番に見ていきましょう。

では、法廷では、何を読み上げるのでしょうか。

条文民事訴訟法252条1項

民事訴訟法第252条第1項(電子判決書) 裁判所は、判決の言渡しをするときは、最高裁判所規則で定めるところにより、次に掲げる事項を記録した電磁的記録(以下「電子判決書」という。)を作成しなければならない。  一 主文  二 事実  三 理由  四 口頭弁論の終結の日  五 当事者及び法定代理人  六 裁判所

裁判所は、判決の言渡しにあたって、電子判決書を作らなければなりません。かつては紙の判決書でしたが、今は電磁的記録として作られます。中身は、1号から6号まで並んでいます。いちばん大事なのは、1号の「主文」です。実は、法廷で言い渡すとき、裁判官が読み上げるのは、この主文だけです。同じ法廷で、いくつもの事件の言渡しをこなす必要があるからです。詳しい理由は、電子判決書のほうに、きちんと書かれています。電子判決書の送達を受け取れば、それで足ります。詳しい送達の仕組みは、別の回に譲ります。

判決後——「確定」して初めて勝敗が定まる

確定の仕組みと上訴ボード 図:確定の仕組みと上訴ボード

さて、判決に効力が生じても、それで終わりではありません。勝敗が本当に定まるのは、判決が確定したときです。もう、この判決を争えなくなる、ということです。判決に不服があれば、当事者は、上級の裁判所に上訴できます。まず、第一審の判決に不服があれば、控訴します。控訴審は、事実審です。第一審の資料を土台にしつつ、新しい主張や証拠を出して、争いを続けられます。ただし、当事者が不服を唱えている範囲に限って、判断のよしあしが吟味されます。控訴審の判決にも不服があれば、次は上告です。上告審は、法律審です。

上告できる理由は、法律問題だけです。事実の主張や証拠の提出は、もうできません。さらに、上告先が最高裁判所のときは、上告できる理由が、いっそう絞られます。最高裁は、全国から事件が集まる、いわば最後の砦です。すべての事件を丁寧に見ていたら、審理が立ち行かなくなります。理由を絞ることで、最高裁の負担を軽くし、本当に重要な法律問題に取り組めるようにしているんです。では、いつ確定するのか。条文を見てください。

条文民事訴訟法285条

民事訴訟法第285条(控訴期間) 控訴は、電子判決書又は第二百五十四条第二項の規定により当事者及び法定代理人、主文、請求並びに理由の要旨が記録された電子調書の送達を受けた日から二週間の不変期間内に提起しなければならない。ただし、その期間前に提起した控訴の効力を妨げない。

電子判決書などの送達を受けた日から——2週間という決まった期間内に、控訴を起こさなければなりません。控訴を起こさないまま2週間が過ぎると、判決は確定します。

条文民事訴訟法116条

民事訴訟法第116条(判決の確定時期) 判決は、控訴若しくは上告(第三百二十七条第一項(第三百八十条第二項において準用する場合を含む。)の上告を除く。)の提起、第三百十八条第一項の申立て又は第三百五十七条(第三百六十七条第二項において準用する場合を含む。)、第三百七十八条第一項若しくは第三百八十一条の七第一項の規定による異議の申立てについて定めた期間の満了前には、確定しないものとする。 2 判決の確定は、前項の期間内にした控訴の提起、同項の上告の提起又は同項の申立てにより、遮断される。

少し長い条文ですが、骨格だけ取り出すと、こういうことです。控訴や上告を起こせる期間が満了するまでは、判決は確定しません。控訴審の判決も、同じように、上告の期間が満了して初めて確定します。ここで、正確に覚えてほしい例外が、1つあります。上告審の判決は、言い渡されると同時に確定します。上告審は、それより上の審級がありません。最後の裁判所だからです。「2週間待って確定」という感覚を、上告審にまで持ち込まないでください。

確定判決の3つの力

確定判決の3つの力——判決の種類による違い 図:確定判決の3つの力——判決の種類による違い

判決が確定すると、その判決に、いくつかの力が備わります。ただし、その前に、1つ釘を刺しておきます。この3つの力は、どの判決にも全部そろって生まれるわけではありません。判決の種類によって、生まれる力が変わります。今日は、その対応関係まで押さえます。まず1つ目、既判力です。確定した判決の判断は、当事者も、他の裁判所も、もう蒸し返せなくなる、という効力です。Aの事件で言えば、「Bは300万円をAに支払え」という判決が確定すれば——Bが後から「やっぱり支払う義務はなかった」と言うことも——Aが後から「もっと請求できたはずだ」と言うことも、許されません。

既判力には、どこまで及ぶかという、細かい射程の議論もあります。そこは、別の回でじっくり扱います。今日は、まず「蒸し返しを禁じる力」という骨格だけ持ち帰ってください。2つ目、執行力です。判決に基づいて、Bの財産を差し押さえて、そこから取り立てることができます。マンションのような不動産、給料債権——差し押さえの対象は、いろいろあります。お金の請求だけでなく、建物の明渡しや——騒音・悪臭の差止めが必要な場合にも、この力で強制的に実現させられます。この手続を強制執行と呼びます。中身は、別の法律——民事執行法が受け持ちます。名前だけ、頭に入れておいてください。

実は、先ほど見た訴訟上の和解の「確定判決と同一の効力」にも、この執行力が含まれています。だから、和解で終わっても、Bが約束を守らなければ、Aは同じように強制執行に踏み切れます。3つ目、形成力です。判決そのものによって、新しい法律関係が作られる力です。典型例は、離婚を認める判決や、会社の決議を取り消す判決です。判決が確定した瞬間に、離婚という関係や、決議が取り消された状態が生まれます。詳しくは、それぞれ専用の回で扱います。今日は、名前と骨格だけです。まとめると、こうなります。見分け方はひとつです。その判決が、何をする判決なのかを見てください。判決が求めているものと、そこに生まれる力は、まっすぐつながっています。お金を支払え、という給付判決は、相手に何かをさせたり、やめさせたりする命令です。だから、従わないときに国の力で実現する——執行力が要ります。離婚や決議取消しのような形成判決は、誰かに命令するのではなく、関係そのものを変えることを求める判決です。命令する相手がいないので、判決自体が関係を変えます。これが形成力です。そして、権利があるかないかを確認するだけの確認判決には、既判力だけが生まれます。

Aの事件を裏返してみてください。Bの側から「300万円を支払う義務は無い」ことの確認を求める、という訴え方があります。そこで「義務は無い」と認められても、Bが誰かから何かを取り立てるわけではありません。争いをはっきりさせること自体が目的だからです。確認判決は、何かを強制したり、新しく作ったりする判決ではないからです。ただし、既判力だけは、どの判決にも共通して生まれます。判決の種類と、そこに生まれる力を、必ずセットで覚えてください。

ここまでのまとめ——訴訟は、こう終わる

訴訟の終わり方まとめボード 図:訴訟の終わり方まとめボード

では、ここで、今日の話を一度、畳んでおきましょう。Aの事件は、代理人を選び、緊急の保全措置をとるところから始まりました。訴状を提出し、送達を経て、答弁書が返ってきました。争点整理と集中証拠調べを経て、弁論が終結しました。そして今日、訴訟が終わる道筋を、3つ見ました。1つ目、判決以外にも、取下げや訴訟上の和解という終わり方がありました。2つ目、言渡しで効力が生じることと、確定して勝敗が定まることは、別の出来事でした。3つ目、確定判決には、判決の種類に応じて——既判力・執行力・形成力という力が生まれました。

ただ、まだ1つ、大事な問いが残っています。

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#9単独ページ動画

要件事実と法的三段論法

第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ⑨/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

判決は、どうやって組み立てられるのか

訴訟上の請求と実体法ボード 図:訴訟上の請求と実体法ボード

まず、判決が何を書くものなのか——そこから確かめます。訴訟で求められるのは、「特定の権利や法律関係が、存在する、あるいは存在しない」という形の主張です。これを訴訟上の請求と呼びます。なぜ、こういう形をとるのでしょうか。判決の中身は、実体法を使って示されます。初回に、手続法と並べて見た言葉です。民法や商法のような、権利義務そのものを定める法律を——具体的な事案にあてはめて示されるからです。法律の条文が定める要件に、目の前の事実が当てはまるかどうかを確認して、結論を導く作業です。これを、法的三段論法と呼びます。

具体的な例で見ていくのが、いちばん早いです。ここからは、少し違う事件を使います。

要件事実とは何か——売買を例に

C・Dの売買関係図 図:C・Dの売買関係図

陶芸家のCが、お客のDに、自分で焼いた茶碗を売る約束をした、とします。代金は8万円です。今回は売買の話をするので、ここだけは新しい登場人物で進めます。もし、Dが8万円を払わなかったら、Cは何を主張すればいいでしょうか。

要件事実と民法555条ボード 図:要件事実と民法555条ボード

条文民法555条

民法第555条(売買) 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

条文を見てください。売買は、2つの約束で成立します。財産権を移転する約束と、代金を支払う約束です。この2つが、代金を請求する権利を根拠づける要件事実です。権利を発生させる、法律上の要件にあたる具体的な事実のことです。「訴訟要件」とは別物です。訴訟要件は、中身を判断してよいかという入口の条件。要件事実は、その中身を組み立てる材料です。原告であるCは、この2つの事実を主張しなければなりません。茶碗を渡す約束をしたこと、代金を払う約束をしたことです。事実も証拠も、当事者が出す——当事者主義の回で見た弁論主義が、ここで効いています。

Dは、その権利の発生を妨げる事実を主張します。たとえば、「そもそも、そんな契約はしていない」という反論もあれば——「契約はしたが、勘違いして約束してしまった」という反論もありえます。錯誤です。民法95条に定めがあります。もし錯誤が認められると、その意思表示は取り消すことができます。ここは、正確に区別してください。錯誤の効果は、取消しです。中身の詳しい要件は、民法のほうで扱っています。今日は、効果は「取消し」——この言葉だけ、正確に持ち帰ってください。さて、ここでもう1つ、注目してほしいことがあります。Cが茶碗を渡す約束をした事実、Dが代金を払う約束をした事実——この2つを主張すればよく——茶碗が本当にCの所有物かどうかや、支払期限が過ぎたかどうかは、主張する必要がありません。

契約が成立するために、民法555条が要求しているのは、あくまで2つの約束だけだからです。この「主張しなくていいこと」は——あとで、要件事実という考え方への批判につながります。覚えておいてください。最後に、結論がどう分かれるかです。2つの約束をした事実——主要事実が認められれば、請求認容判決になります。要件事実にあたる、実際に認定された具体的な事実のことです。逆に、契約そのものが認められない場合——あるいは錯誤による取消しが認められると、請求棄却判決になります。主要事実の有無が、認容か棄却かを分ける分かれ目になります。どの事実まで主張しなければならないか——その線引きは、専用の回で詳しく扱います。

判決はどう組み立てられるか——4段階の地図

4段の階段——要件事実と証拠の区別 図:4段の階段——要件事実と証拠の区別

では、ここで、いったん立ち止まります。これまで見てきた、「Bは300万円をAに支払え」という主文は、どういう筋道で導かれたのでしょうか?争点整理で絞り込んだ「工事に欠陥があったか」は、これから並べる4段のうちの、ある1段の話です。どの段なのかが分かるように、まず4段全部を並べます。道具は、いま見たC・Dの売買の例です。判決が組み立てられる筋道は、大きく4つの段階に分けられます。第1段階、訴訟物——結局、何を求めているのか。さっき「訴訟上の請求」と呼んだものが、この第1段階に入ります。名前が2つあるだけで、指しているものは同じです。訴訟物をどう捉えるかには、それ自体、大きな議論があります。そこも専用の回です。Cの例で言えば、「Dに対する、代金8万円の支払請求権があるかどうか」です。第2段階、法律上の主張——なぜ、その権利が発生するのか。「売買契約に基づいて、代金支払請求権が発生した」という主張です。第3段階、要件事実——具体的に、何があったのか。「茶碗を渡す約束をした」「代金を払う約束をした」という、さっき見た2つの事実です。

第4段階、証拠——それを、どう裏付けるのか。契約書や、やり取りのメールなどです。以前に見た書証や人証が、ここに入ります。ここで、大事な区別をもう1つ。要件事実(第3段階)と、証拠(第4段階)は、まったく別の次元です。「契約したという事実」と、「契約書という物」は、違うものだからです。契約書がなくても、証人の証言などで、契約した事実が認められることもあります。初回に、「実体法のうえで正しくても、主張しなければ、証拠が出せなければ負ける」と言いました。ここでの「主張」は、第2段階の法律上の主張ではなく、事実の主張——あったことを法廷に出すほうです。その事実が第3段階、裏づけの手段が第4段階です。混ぜると、何を証明すればいいのかが見えなくなります。ここまでは、この階段を、上から下へ降りてきました。判決を書くときは、同じ階段を、下から順に登り直します。

法的三段論法を、3回積む

同じ4段の階段を、下から登り直す——三段論法3回ボード 図:同じ4段の階段を、下から登り直す——三段論法3回ボード

三段論法は、大前提と小前提から、結論を導く考え方です。ただ、判決に至るまでには、実は、この三段論法を3回積み重ねています。ただし、これから見る3回のうち、大前提が条文なのは2回目だけです。1回目です。証拠を小前提、経験則を大前提にして——「要件事実が、あったかどうか」という結論を導きます。「契約書にサインがあれば、通常は合意している」というような——一般的な経験に基づくルールです。前回、証拠を出し尽くしても分からないときのルール——証明責任を見ました。この1回目が、その手前の作業です。経験則の使い方も、証明責任の中身も、それぞれ専用の回で扱います。契約書という証拠と、この経験則を組み合わせて、「茶碗を渡す約束をした事実がある」と認定します。2回目です。今度は、いま認定した要件事実を小前提に——法規——民法555条を大前提にして——「法律効果が発生したかどうか」という結論を導きます。この「法律効果」が、さっき並べた第2段階——法律上の主張にあたります。

3回目です。認定した法律効果を小前提に——「その権利が認められるなら、それを求める請求は認容される」という関係を大前提にして——「訴訟物について、請求認容判決とするか、請求棄却判決とするか」という結論を導きます。証拠から要件事実へ、要件事実から法律効果へ、法律効果から訴訟物へ——登る矢印は3本。さっきの4段の階段の、段と段のつなぎ目そのものです。この三段論法を3回積み重ねて、ようやく、あの主文にたどりつくんです。Aの事件でも同じです。契約の型が変われば、条文が求める事実の中身が入れ替わるだけ——4段の階段も、3回の三段論法も、そのままです。

この積み重ねが、判決という結論の正体です。

要件事実という考え方への、2つの批判

要件事実論への批判ボード 図:要件事実論への批判ボード

ここまで見てきた要件事実という考え方には、実は批判もあります。1つ目は、現実の紛争との過不足です。さっき、Cの例で見たとおり、茶碗の所有者が誰かは、主張する必要がありませんでした。逆に、相手方が実際には争っていない事実でも——要件事実である以上、必ず主張しなければなりません。そこが、現実の紛争の感覚と、要件事実というルールとの間の、ずれです。2つ目は、もう少し根本的な懸念です。要件事実という考え方は、あらゆる紛争に、あらかじめ法律が用意した要件・効果のメニューがあって——それに当てはめれば、自動的に答えが出る、という前提に立っています。

ですが、本当にそうでしょうか。この前提を強く持ちすぎると——その事件ならではの、新しい法律構成を考える法創造の芽を、摘みかねません。たとえば、インターネット上のサービスを、月ごとにお金を払って使い続ける契約はどうでしょうか。買ったのか、借りたのか、それとも何かを頼んだのか——民法が並べたメニューのどれに当たるのか、すぐには決まりません。メニューの側から事件を切り取る癖がついていると、載っていないから扱えない、で止まってしまいます。ただし、実務の側も、この批判に手をこまねいているわけではありません。主要事実だけを切り取るのではなく——実際の紛争の広がりを取り込もうとする方向で、運用が展開されています。

要件事実は、強力な道具ですが、万能ではありません。射程を意識して使ってください。

第0章のまとめ

第0章まとめボード 図:第0章まとめボード

では、ここまでの道のりを、1枚に畳んでおきましょう。Aの事件は、代理人の選任と、緊急の保全措置から始まりました。訴状を提出し、送達を経て、答弁書が返ってきました。争点整理と集中証拠調べを経て、弁論が終結しました。そして前回、訴訟の終わり方と、判決の効力までを見ました。今日は、その判決がどうやって組み立てられるのか、その筋道をたどりました。持ち帰るのは2つです。1つ目、訴訟物・法律上の主張・要件事実・証拠という4段の階段。2つ目、その階段を下から登り直す3回の三段論法。この2つは、同じ階段の別の見方でした。

これで、民事訴訟の1つの事件が、始まりから終わりまで、一本の道としてつながりましたね。今の民事訴訟法が、どんな歴史を経て、今の形になったのか——旧民事訴訟法の時代から、令和4年のIT化改正まで——たどっていきます。

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#31単独ページ動画

民事訴訟法の沿革とIT化改正

第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ㉛/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

30年前のある裁判の1年

30年前の法廷の板(原告代理人と被告代理人が月1回だけ出頭。その場でするのは次回までに出す書面の確認だけ。半年経っても争点は絞られないまま) 図:30年前の法廷の板

30年ほど前の、ある民事裁判の1年を覗いてみます。原告の代理人と、被告の代理人が、月に1回だけ法廷に出頭します。半年経っても、何が争点なのか、はっきり絞られないまま、次の期日が決まります。書面が五月雨式に届き、主張と立証の段階を行きつ戻りつする——あの病理です。前回、相殺の抗弁のところまで見て、訴状の提出から始まった一連の手続が、ひとつながりになりました。その手続を定めている法律自体は、どうやって今の形になったのでしょうか。先にその成り立ちを知っておくと、改正が何を変えようとしたのかも、はっきり見えてきます。答えを先に言っておきます。もともと1つだった法律が役割ごとに分かれていき、残った民事訴訟法は、利用しやすく、わかりやすく、迅速にという1つのねらいで作られ、その後の改正の多くも、そのねらいの延長にあります。今日は、その沿革を一気に見ていきます。

1冊の手引書が分かれていった話

法典分裂の系譜の板(旧民事訴訟法典(明治23年制定・大正15年全面改正)=広い意味の民事訴訟を一括規律→民事執行法(昭和54年)が独立→民事保全法(平成元年)が独立→残った判決手続を規律する現行民事訴訟法(平成8年制定・平成10年施行)→仲裁法(平成15年)・ADR法(平成16年)・非訟事件手続法(平成23年)が整備) 図:法典分裂の系譜の板

これまでの回で、民事執行法や民事保全法、仲裁法、ADR法、非訟事件手続法という名前を、いくつも見てきました。実は、もともとは1つの法律から分かれてきたものなんです。たとえるなら、むかし、ある家に1冊だけ、分厚い「もめごと対応の手引書」があったとします。その手引書には、誰の言い分が正しいか決める部分、決まったのに払わない相手から取り立てる部分、決着がつくまでの間に財産を持ち逃げされないよう一時的に押さえておく部分、この3つがまとめて載っていました。これが旧民事訴訟法典です。明治23年に制定され、大正15年に全面改正されました。

旧民訴法典と現行法の対比の板(旧民事訴訟法典=広い意味の民事訴訟を一括規律〔判決手続+執行+保全〕。現行民事訴訟法=残った判決手続だけを規律。執行・保全は別の法律〔民事執行法・民事保全法〕に独立) 図:旧民訴法典と現行法の対比の板

ここで、なぜ取り立てと一時押さえの部分が、わざわざ切り離されたのか、考えてみます。以前の回で見た、ある話を思い出してください。原告が勝訴判決を手にしても、それだけでは1円も動きません。例えば、Aが200万円を貸したBを訴えて、勝訴判決をもらったとします。でも、Bが自分から200万円を払ってくれなければ、Aは何も受け取れません。Bの財産を差し押さえて、現実に取り立てる専用の手続が要ります。もう一つ、判決が確定するまでには、何年もかかることがあります。その間に、Bが自分の財産を売ってしまったり、どこかに隠してしまったりしたら、どうなりますか。

だから、判決が出る前に、争いの対象になっている財産を一時的に押さえておく、保全の手続も必要になります。この2つは、性質も使うタイミングも、誰の言い分が正しいかを決める手続とは別物なので、それぞれ専用の手引書として切り離されました。年月が経つにつれ、取り立ての部分だけを取り出して、取り立て専用の手引書にしました。これが民事執行法です。昭和54年にできました。続いて、一時押さえの部分だけを取り出して、一時押さえ専用の手引書にしました。民事保全法です。平成元年にできました。では、残った、誰の言い分が正しいかを決める部分は、どうなったのでしょうか。その部分が、今の民事訴訟法です。平成8年に制定され、平成10年に施行されました。さらに、もめごとの決め方には、判決で誰の言い分が正しいかを決める以外の道もあると、これまでの回で見てきましたね。当事者の合意で、裁判所の外に解決を持ち出す道と、いくらが妥当か・誰が適任かを、裁判所が踏み込んで決める道です。

裁判所の外の道を整えたのが、仲裁法(平成15年)とADR法(平成16年)。裁判所が踏み込んで決める道を整えたのが、非訟事件手続法(平成23年)です。同じ平成23年には、家庭のもめごとを扱う家事事件手続法も、新しく作られました。これで、これまで別々の名前として覚えていた法律たちが、1本の系譜でつながりました。倒産法は、この手引書とは事情が違います。手引書から切り出された大きな部分は、取り立ての部分と一時押さえの部分でした。破産法や民事再生法は、民事訴訟法典の中にあったことはなく、はじめから別の法律として整えられてきました。

「民事訴訟法」という言葉の2つの意味

形式的意味と実質的意味の対比の板(通常の「民事訴訟法」=現行法典そのもの〔形式的意味〕。実質的意味の民事訴訟法=民事訴訟規則・民事執行法・民事保全法・民法や会社法の中の訴訟関係規定まで含む、民事の裁判手続を規律するルール全体) 図:形式的意味と実質的意味の対比の板

ここで、言葉の整理を1つしておきます。ふだん「民事訴訟法」と言うとき、指しているのは、平成8年にできた、あの1冊の法典そのものです。これを形式的意味の民事訴訟法と呼びます。ですが、もう少し広い意味で使われることもあります。民事訴訟規則や、さっき見た民事執行法、民事保全法、それから民法や会社法の中にある訴訟に関する規定まで含めて、「民事の裁判手続を規律するルールの全体」を指すときがあります。これを実質的意味の民事訴訟法と呼びます。例えば、訴状に証拠となる文書の写しを付ける、という決まりは、民事訴訟法の本体ではなく、民事訴訟規則に書かれています。それでも、訴訟の進め方のルールであることに変わりはありません。さっきの話と重ねると、執行法や保全法は、形式的には別の法律として出ていきましたが、実質的意味で見れば、今も同じ民事訴訟法の仲間です。

身分関係訴訟も、同じ流れの中にあった

身分関係訴訟の系譜の板(明治23年「婚姻事件養子縁組事件及ヒ禁治産事件ニ関スル訴訟規則」→人事訴訟手続法→全面改正としての人事訴訟法(平成15年)。離婚・親子関係など身分関係の訴訟を専門に規律) 図:身分関係訴訟の系譜の板

もう1つ、別の系譜があります。離婚や親子関係といった、身分関係をめぐる訴訟です。こちらも明治23年に、身分関係の訴訟を専門に規律する規則ができました。その後、人事訴訟手続法となり、平成15年の全面改正で、今の人事訴訟法になりました。普通の民事訴訟は、当事者が自分で出した主張と証拠だけで判断を決めます。ですが、離婚や親子関係は、本人たちの言い分だけに任せてしまうと、真実と違う結論でも簡単に確定してしまいかねません。身分関係は、本人たちだけの問題ではなく、戸籍や親子関係として社会にも影響します。そこで、裁判所が自分から事実や証拠を調べにいく、特別な仕組みが必要になりました。その中身は、専用の回で扱います。

現行法は、何のために作られたのか

平成8年改正5本柱の板(ねらい=国民に利用しやすく、わかりやすい手続で、適正・迅速な裁判を実現する。①争点整理手続の整備(164条以下)②文書提出命令の拡充(220条以下)) 図:平成8年改正5本柱の板

冒頭で見た、月に1回しか集まらず、半年経っても争点が絞られない——あの裁判に戻ります。現行法は、「国民に利用しやすく、わかりやすい手続で、適正・迅速な裁判を実現する」という、1つのねらいのもとで作られました。この1つのねらいは、条文そのものにも書き込まれています。

条文民事訴訟法2条

民事訴訟法第2条(裁判所及び当事者の責務) 裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。

「公正かつ迅速」という言葉が、条文の一番最初に置かれています。これが、これから見る5本柱すべての出発点です。このねらいから、5つの柱が出てきます。1つ目、争点整理手続の整備です。

条文民事訴訟法164条

民事訴訟法第164条(準備的口頭弁論の開始) 裁判所は、争点及び証拠の整理を行うため必要があると認めるときは、この款に定めるところにより、準備的口頭弁論を行うことができる。

条文の準備的口頭弁論は、争点と証拠を整理するための手続の一つです。例えば、冒頭で見た裁判のように、月1回顔を合わせても、何が争われているのか絞られないまま何年も続いてしまう。これでは、審理がいつまでも漂流します。だから、早い段階で争点を絞り込む手続が、条文として整えられました。2つ目、文書提出命令の拡充です。

条文民事訴訟法220条

民事訴訟法第220条(文書提出義務) 次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。 一 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。 二 挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。 三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。 四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。

四号の例外の中身は、別の回で扱います。条文の「挙証者」は、証拠で事実を証明しようとする側のことです。例えば、Aが会社を訴えていて、Aの主張を裏付ける社内文書が、相手の会社の手元にしかない、という場面を考えてください。相手が黙って出さなければ、Aはその文書の中身を一生知ることができません。だから、裁判所の命令で、相手の手元にある文書を出させやすくする仕組みが拡充されました。

平成8年改正5本柱の板(③少額訴訟手続の創設(368条以下)④上告制度改革=上告理由の限定(312条)・上告受理(318条)) 図:平成8年改正5本柱の板

3つ目、少額訴訟手続の創設です。

条文民事訴訟法368条1項

民事訴訟法第368条第1項(少額訴訟の要件等) 簡易裁判所においては、訴訟の目的の価額が六十万円以下の金銭の支払の請求を目的とする訴えについて、少額訴訟による審理及び裁判を求めることができる。ただし、同一の簡易裁判所において同一の年に最高裁判所規則で定める回数を超えてこれを求めることができない。

例えば、数万円の貸し借りのもつれを取り戻すためだけに、何度も裁判所に出廷しなければならないとしたら、見合わない負担です。だから、軽い金額の事件は、原則1回の審理で終わらせる、専用の手続が設けられました。4つ目、上告制度改革です。

条文民事訴訟法312条1項

民事訴訟法第312条第1項(上告の理由) 上告は、判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、することができる。

例えば、改正前のように、上告できる理由が広いままだと、最高裁には事件が山のように積み上がり、本当に重要な事件の審理が滞ってしまいます。だから、上告できる理由が、憲法違反や手続の重大な違反など、限定されました。

条文民事訴訟法318条1項

民事訴訟法第318条第1項(上告受理の申立て) 上告をすべき裁判所が最高裁判所である場合には、最高裁判所は、原判決に最高裁判所の判例(これがない場合にあっては、大審院又は上告裁判所若しくは控訴裁判所である高等裁判所の判例)と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件について、申立てにより、決定で、上告審として事件を受理することができる。

それに加えて、上告受理という別の道も設けました。法令の解釈に関わる重要な事件なら、最高裁が選んで受理できる仕組みです。上告理由の限定は、当事者が主張できる理由そのものを絞る仕組みです。上告受理は、理由を絞られたあとでも、法令解釈として重要な事件なら、最高裁が選んで取り上げる仕組みです。ここは区別が大事ですが、要件の中身は別の回で詳しく扱います。今日は、2つの道があることを押さえてください。

平成8年改正5本柱の板(⑤技術的改革=電話・テレビ会議(170条3項・204条等)・電子情報処理(397条以下)) 図:平成8年改正5本柱の板

5つ目、技術的訴訟改革です。電話やテレビ会議での手続参加を認めました。170条3項・204条などです。397条以下では、電子情報処理組織を使う仕組みも整えました。例えば、遠方に住む当事者が、毎回の期日のために何時間もかけて裁判所まで出向かなければならないとしたら、それだけで訴えを起こす気力を失ってしまいます。電話やテレビ会議で参加できる道を開いたのは、この負担を軽くするためです。5本柱は、どれも同じ1つのねらいから出てきた展開です。ここを、この先の土台にしてください。

その後の改正は、何の延長か

改正年表の板(H13=文書提出義務の整理。H15=専門委員制度(92条の2以下)・訴え提起前証拠収集の拡充(132条の2以下)・計画審理(147条の2以下)・裁判迅速化法(原則2年以内に第一審終結)。H16=オンライン支払督促(397条以下)。H19=証人等の遮へい等(203条の2以下)。H23=国際裁判管轄の規定(3条の2以下)) 図:改正年表の板

平成8年改正のあと、改正が何度も重ねられます。年表で見てみましょう。平成13年、文書提出義務の整理。役所が持っている文書も、原則として提出を拒めない文書に含まれるよう、条文が整えられました。さっきの2つ目の柱の延長です。平成15年、専門委員制度ができました(92条の2)。例えば、建築や医療のように、専門的な知識が無いと争点すら理解できない事件があります。裁判官だけでは判断が難しいときに、専門家の説明を手続に取り込める道が整えられました。訴え提起前の証拠収集も拡充されました。132条の2以下です。計画審理も整いました(147条の3)。複雑な事件では、裁判所が当事者と話し合って、争点整理や証拠調べをいつまでに終えるか、最初に計画を立てて進めます。審理を漂流させない仕組みです。この年、裁判の迅速化に関する法律もできて、原則2年以内に第一審を終わらせる、という目標が定められました。

平成16年、オンラインでの支払督促が整いました。支払督促は、お金の請求を、法廷での審理を開かずに、裁判所書記官の督促で進める手続です。397条以下です。これは5つ目の柱、技術的改革の延長です。平成19年、証人や当事者本人の付添いや遮へいといった措置が整いました。203条の2以下です。手続保障を拡充する展開です。平成23年、国際裁判管轄の規定が整いました。3条の2以下です。外国の人や会社が関わる、渉外的な事件が増えたことへの対応です。遮へいと国際裁判管轄は、柱の延長ではなく、別の必要から加わった改正です。それ以外は柱につなげておくと、年号を丸暗記するより忘れにくくなります。では、平成23年のあとに来る、一番新しい大きな改正は、何でしょうか。

令和4年IT化改正——3本柱と2つの付随制度

IT化改正前後の対比の板(改正前=訴状を紙で提出・当事者は法廷に出頭・訴訟記録は紙で保管。改正後=オンラインで提出・ウェブ会議で口頭弁論に参加・記録を電子データで管理。技術的訴訟改革(平8)の延長) 図:IT化改正前後の対比の板

答えは、令和4年のIT化改正です。前回までの回で見た、訴状のオンライン提出のことを思い出してください。あれは、これから始まる新しい制度だったでしょうか?いえ、あのときすでに、動いている制度として扱っていました。令和4年の改正は、さっき見た技術的訴訟改革の延長で、3本柱と、2つの付随する制度からできています。改正前は、訴状を紙で提出し、当事者は法廷に出頭し、訴訟記録も紙で保管されていました。改正後は、提出もオンライン、参加もウェブ会議、記録も電子データへと置き換わります。1本目の柱、e提出です。訴状などを裁判所にオンラインで提出し、送達もオンラインで行える仕組みです。2本目の柱、e事件管理です。訴訟の記録を、紙ではなく電子データで管理します。3本目の柱、e法廷です(87条の2)。ウェブ会議を使って、口頭弁論に参加できる仕組みです。使い方の詳しい中身は、別の回で扱います。

付随する2つの制度のうち、1つは、秘匿制度です(133条)。当事者の住所や氏名などを、相手方に明かさずに訴訟を進められる制度です。例えば、DV被害者が相手から逃げていて、訴状に自分の今の住所を書くと、相手に居場所を知られてしまう、という場面を考えてください。これでは、訴えを起こすこと自体が危険になります。秘匿制度は、このおそれを取り除くために新設されました。もう1つは、法定審理期間訴訟手続です(381条の2)。双方が申し出た場合に、6か月以内に審理を終結させ、1か月以内に判決を出す、という新しい手続です。

法定審理期間訴訟手続は、名前の印象が似ていても、少額訴訟とは別の制度です。少額訴訟は簡易裁判所専用の制度ですが、法定審理期間訴訟手続は簡易裁判所専用ではありません。地方裁判所の通常の訴訟でも、双方が望めば使える手続です。要件や、使えない事件の範囲、判決への不服の仕組みは、別の回で詳しく扱います。今日は、この骨格だけ持ち帰ってください。

施行状況の現在地

施行状況の板(令和4年IT化改正=段階的に施行される制度として成立。全面施行が完了済み。「これから始まる新しい制度」ではない) 図:施行状況の板

令和4年の改正は、成立した当初、段階的に施行していく制度として組まれていました。ですが、今の時点では、全面施行がすでに終わっています。e提出・e事件管理・e法廷、秘匿制度、法定審理期間訴訟手続、いずれも、今この瞬間、すでに動いている手続として扱ってください。

今日の地図(保存版)

全体地図の板(旧民事訴訟法典→民事執行法・民事保全法が独立→現行民事訴訟法(平8)→仲裁法・ADR法・非訟事件手続法。身分関係訴訟は人事訴訟法へ。平8改正5本柱=利用しやすく・わかりやすく・迅速に→H13〜23の改正年表→令和4年IT化改正(e提出・e事件管理・e法廷+秘匿制度+法定審理期間訴訟手続)→全面施行済み) 図:全体地図の板

今日の話を、1本の線で畳んでおきます。もともと1冊だった手引書が、取り立ての部分を民事執行法に、一時押さえの部分を民事保全法に渡し、残った部分が今の民事訴訟法になりました。そこに、裁判所の外の道を整える仲裁法・ADR法と、裁判所が踏み込んで決める道を整える非訟事件手続法が整えられました。身分関係の訴訟は、別の系譜をたどって人事訴訟法にたどり着きました。そして、現行法は「利用しやすく、わかりやすく、迅速に」という1つのねらいで作られました。平成8年の5本柱から、平成13年から23年の改正、令和4年のIT化改正まで、その多くが、このねらいの延長にあります。今では、令和4年の改正も、すべて施行が終わっています。

最後に1つ確認します。令和4年IT化改正の3本柱のうち、訴訟記録を紙ではなく電子データで管理する柱の名前、言えますか? 答えは、e事件管理です。e提出・e法廷と合わせて、3本柱でした。法律自体の成り立ちが見えたところで、次は、この手続の中で実際に動いている人たちに目を向けていきます。

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#32単独ページ動画

法廷の登場人物と三極構造

第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ㉜/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

法廷の風景

法廷の傍聴席から見た人物配置の板(中央の一段高い席=裁判官。その脇で書類を扱う=書記官。手前の机に原告側代理人と被告側代理人。事件によっては専門家の席や証言のために控える人も) 図:法廷の傍聴席から見た人物配置の板

法廷を、傍聴席から一度、眺めてみます。中央の一段高いところに、裁判官がいます。その脇で書類を扱っているのが、書記官です。手前の机には、原告側の代理人と、被告側の代理人が座っています。事件によっては、専門家のための席が用意されていたり、証言のために呼ばれた人が控えていたりします。これまでの回で、専門委員や執行官、訴訟代理人という言葉は、何度も出てきました。今日の問いは、これです。法廷に見える肩書きの数だけ、役割もきれいに独立しているのか、それとも互いに重なり合っているのか。答えを先に言うと、後者です。裁判所サイド・当事者サイド・第三者サイドという3つの列に分けることはできますが、実際には、この境界を越えてくる人たちがいます。今日は、その一人ひとりが、なぜそこにいて、何を担っているのかを、1枚の地図にまとめます。先に物差しを渡しておきます。一人ひとりがそこにいる理由は、正しい判断を支えるため、本人の負担を軽くするため、手続を現実に動かすため、の3つに畳めます。まず、法廷という場所そのものの成り立ちから見ていきましょう。

三極構造とその限界

伝統的な三極構造とその限界の板(原告側・被告側を両端に置き裁判官を等距離に置く三角形。裁判官と両代理人だけを中心的担い手とみると当事者本人が置き去りになる危険。ラウンドテーブル法廷の活用例) 図:伝統的な三極構造とその限界の板

伝統的に、民事訴訟の構造は、対立する原告側と被告側を両端に置き、そこから等しい距離に裁判官を置く三角形として説明されてきました。実際の法廷の席の配置も、この考え方をそのまま形にしたものです。ただ、ここで一つ注意しておきたいことがあります。裁判官や両当事者の弁護士だけを手続の中心的な担い手だと考えてしまうと、困ったことが起きます。訴訟を実際に利用している当事者本人が、置き去りになってしまう危険です。例えば、初めて訴えられた人が、弁護士同士の専門用語のやりとりを、隣で黙って聞いているだけの場面を想像してください。

手続を進めているのは裁判官と弁護士だという見方を強く持ちすぎると、当事者本人は蚊帳の外に置かれた存在になりかねません。だから実務では、対立を強調する対面式ではなく、円卓を囲む形の法廷を使うなど、当事者本人が発言しやすい工夫も取り入れられています。裁判官・弁護士・当事者が同じ高さの席で向き合う形にするだけで、話しかけやすさは変わります。これから見ていく登場人物は、単なる肩書きの列挙ではありません。三極構造だけでは捉えきれない、多面的な関わり方の実例として見てください。

裁判官の職権と身分

裁判所サイドの顔ぶれの板(裁判官・書記官・事務官のほか専門委員(92条の2)。簡裁の和解に関与する司法委員(279条・簡裁限定)。人事訴訟の参与員(人訴9条)・家裁調査官(人訴34条)は通常訴訟には登場しない) 図:裁判所サイドの顔ぶれの板

まず、裁判所サイドから見ていきます。裁判所サイドには、裁判官のほかに、書記官、裁判所の事務を担う事務官、そして専門委員がいます。簡易裁判所の和解では司法委員、離婚などの人事訴訟では参与員や家庭裁判所調査官が加わることもあります。この2つは、通常の民事訴訟には出てきません。離婚や親子関係などを扱う、人事訴訟や家事事件といった家庭裁判所の手続のための制度です。参与員は、民間から選ばれて審理や和解に立ち会い、裁判官に意見を述べる人。家裁調査官は、子どもや家庭の事情を専門的に調べる裁判所の職員です。詳しい中身は別の回で扱います。

司法委員も、簡易裁判所だけの制度です。地方裁判所にはいません。民間から選ばれて、和解の話し合いを手伝ったり、審理に立ち会って裁判官に意見を述べたりします。さて、裁判官です。裁判官というと、両者の言い分を聞いて勝ち負けを判定するだけの人、というイメージを持たれがちです。ですが、裁判官には、両当事者のやりとりを促進する役割もあります。手続をどう進めるかは裁判所の職権で決まりますが、実際には進め方や選択に当事者の意向を反映させながら手続を運びます。次の期日をいつにするか、争点をどの順番で整理するか、といった段取りを決めるときに、当事者双方の都合や希望を聞いたうえで進めます。決めるのは裁判所ですが、聞かずに決めるわけではありません。

3つの理由でいえば、裁判官は「正しい判断を支える」側の中心です。この裁判官という地位を支えているのが、職権と身分の独立です。

条文日本国憲法76条3項

日本国憲法第76条第3項(裁判官の職権の独立) すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

裁判官は、誰かの指示や世間の空気に流されて判断するのではなく、自分の良心と憲法・法律だけに従って判断します。例えば、国や地方公共団体が被告になる裁判でも、この独立は変わりません。相手が国であっても、裁判官は良心と法律にのみ従って判断します。だから身分もあわせて強く保障されています。裁判官は、心身の故障による職務不能の裁判か、公の弾劾によらなければ、つまり国会に設けられる弾劾裁判所で辞めさせる判断がされなければ罷免されません。行政機関が裁判官を懲戒することも、憲法で禁じられています。最高裁判所の裁判官には、任命後に国民審査を受ける仕組みもあります。

任命の資格や、裁判所の構成、単独で担当するか、複数の裁判官の合議で担当するかといった細かい仕組みは、別の回で扱います。今日は、裁判官の独立という骨格だけ、持ち帰ってください。

書記官の役割変容と専門委員

書記官の役割変容の板(かつて=法廷記録・記録管理の係。今=当事者と裁判官の橋渡し役、手続のコーディネーター。判断ではなく手続の段取りを引き受ける) 図:書記官の役割変容の板

次に、書記官です。かつて書記官は、法廷でのやりとりを記録し、記録を管理するだけの係だと考えられていました。今の書記官は、当事者と裁判官の橋渡しをする、いわば手続のコーディネーターへと役割が広がっています。裁判官が判断そのものに集中できるよう、判断ではない手続の段取りを引き受けている。3つの理由のうち「手続を現実に動かす」役です。

書記官が主役を担う4場面の板(送達98条2項/訴訟費用額の確定71条1項/督促手続382条/執行文付与手続民執26条1項。規則により訴状審査・第1回期日前の準備・期日外釈明への関与も) 図:書記官が主役を担う4場面の板

  • 送達98条2項
  • 訴訟費用額の確定71条1項
  • 督促手続382条
  • 執行文付与手続民執26条1項
  • このほか規則により、訴状審査・第1回期日前の準備・期日外釈明にも関与

代表的な場面が4つあります。書類を相手方に届ける送達、訴訟にかかった費用を確定させる手続、支払いを命じる督促手続、そして判決の内容を実現するための執行文を付与する手続です。督促手続も、思い出してください。お金の支払いを求めるだけの単純な事件で、書記官が中心になって支払いを命じる手続でした。法廷での審理を開かずに進みます。このほかにも、規則によって、訴状の内容を審査したり、最初の期日の前に準備を進めたり、期日の外で当事者に事情を確認したりする場面にも関わっています。例えば、弁護士を立てずに訴えを起こした人の訴状で、何を求めているのかがはっきりしないとき、書記官がその人に連絡して、どこを直せばよいかを伝えることがあります。裁判官が判断に入る前に、手続が止まらないよう整えているわけです。続いて、専門委員です。前の回で名前だけ出てきた制度ですが、あれは、どういう人だったでしょうか?

専門委員とは誰かの板(非常勤で常勤の裁判所職員ではない。医師・建築士・会計士などが名簿に登録され事件ごとに指定される。争点整理から証拠調べ・和解まで関与できるが、その説明は証拠調べを経ないため証拠ではない) 図:専門委員とは誰かの板

医療や建築のように、専門的な知識がないと争点そのものが理解しづらい事件があります。専門委員は、そうした事件で、裁判所と当事者に不足している専門知識を補う専門家です。医師や建築士、会計士などが名簿に登録されていて、個別の事件ごとに指定されます。3つの理由でいえば、こちらは「正しい判断を支える」側です。専門委員は常勤の裁判所職員ではなく、非常勤です。争点や証拠の整理の段階から、証拠調べや和解の場面まで、幅広く関与できます。

条文民事訴訟法92条の2第1項

民事訴訟法第92条の2第1項(専門委員の関与) 裁判所は、争点若しくは証拠の整理又は訴訟手続の進行に関し必要な事項の協議をするに当たり、訴訟関係を明瞭にし、又は訴訟手続の円滑な進行を図るため必要があると認めるときは、当事者の意見を聴いて、決定で、専門的な知見に基づく説明を聴くために専門委員を手続に関与させることができる。

専門委員の説明は、証拠ではありません。条文が言っているのは、訴訟関係を明瞭にし、手続を円滑に進めるための説明を聴くという関与です。証拠調べそのものとは区別されます。証拠になるものは、証拠調べという決まった手続を通ります。証人や鑑定人なら、両方の当事者がその場で質問して、中身を争えます。専門委員の説明は、その手続を通っていません。当事者が尋問のように問いただす場を経ないまま、その説明で判決が決まれば、当事者は不意打ちを受けます。例えば、医療過誤の裁判で、医師が専門委員として、手術の一般的な手順や危険性を説明したとします。この説明は、争点を理解しやすくするためのものであって、この医師の発言そのものが証拠になるわけではありません。

同じひとでも、証人として証言すれば、それは証拠になります。専門委員としての説明と、証人としての証言は、まったく別の場面です。専門委員の説明と証拠との違いは、証拠を扱う回で改めて詳しく見ます。今日は、専門委員が果たしているのが「説明」であって「証拠」ではない、という一点を持ち帰ってください。なお、知的財産の事件では、専門委員と同じような役割を、裁判所調査官という別の職に担わせることができます。知財訴訟の特則としての中身は、このシリーズでは扱いません。

執行官という裁判所の常勤職員

執行官の役割の板(裁判所の常勤職員(裁62条)。訴訟手続では郵便と並ぶ送達の実施(101条1項)・訴え提起前の物の形状・占有関係などの現況の調査(132条の4第1項4号)。強制執行手続の中心的担い手) 図:執行官の役割の板

裁判所サイドの最後は、執行官です。専門委員が非常勤だったのに対して、執行官は裁判所の常勤の職員です。名前のとおり、強制執行の手続で主要な役割を果たしますが、訴訟手続の中にも顔を出す場面があります。書類を届け、現地を調べる。紙の上で決まった手続を、現場で形にする人です。3つの理由でいえば「手続を現実に動かす」役です。

条文民事訴訟法101条1項

民事訴訟法第101条第1項(送達実施機関) 書類の送達は、特別の定めがある場合を除き、郵便又は執行官によってする。

送達を実際に行うのは、原則として郵便か執行官です。書記官は送達の事務を取り扱い、ふだんは送達を実施させる立場ですが、裁判所に出頭した人に対しては、自分で書類を渡して送達することもできます。郵便ではなく、執行官が自ら書類を届けることもあります。そのほかにも、訴えを起こす前の証拠収集の一つとして、物の形状や占有関係といった現況を調査する場面でも、執行官が動きます。例えば、自分の建物を明け渡してほしいと訴えを起こす前に、中に実際に誰が住んでいるのか分からないとします。誰を相手に訴えるかが決まりません。そこで、執行官が現地に赴いて、占有の状況や建物の現況を調べます。

民事執行法という別の法律の領分です。今日は、執行官という職と、訴訟手続に顔を出す2つの場面だけ押さえておいてください。

本人訴訟主義と代理人

本人訴訟主義の板(当事者本人が代理人を立てずに自分で訴訟活動をしてよい原則。三極構造で本人が置き去りになる危険の裏返し。本人の負担を軽くする理由に対応) 図:本人訴訟主義の板

ここからは、当事者サイドに移ります。当事者サイドにいるのは、原告・被告の本人、法定代理人、そして訴訟代理人です。訴訟代理人は多くの場合は弁護士ですが、その前に押さえておきたいのは、民事訴訟では当事者本人が、代理人を立てずに自分で訴訟活動をしてよい、ということです。弁護士を立てなくてかまいません。以前の回で、弁護士を立てずに自分で進める本人訴訟を見ました。それを許す建前を、本人訴訟主義と呼びます。三極構造の話で見た、本人が置き去りになる危険の裏返しで、本人が主役として手続に立てることが出発点です。3つの理由でいえば、このあと見る代理人は、この本人の負担を軽くするためにいます。一問、考えてみてください。簡易裁判所で本人訴訟をしていた人が、途中から代理人を頼みたくなったとします。近くに弁護士がいない地域だったら、誰に頼めるでしょうか?

弁護士がいなければ頼めない、とは限りません。実は、頼める相手がもう一人います。それを見ていきましょう。

訴訟代理人の種類の一覧板(弁護士代理の原則54条=地裁以上は原則弁護士のみ。簡裁の例外=許可を得た者(54条ただし書)・研修修了+能力認定の司法書士(司書3条1項6号7号2項)。補佐人は代理人ではなく付添い) 図:訴訟代理人の種類の一覧板

  • 弁護士代理の原則(54条)=地裁以上は原則として弁護士のみ
  • 簡裁の例外=許可を得た者(54条ただし書)・研修修了+能力認定を受けた司法書士(司書3条1項6号7号・2項)
  • 補佐人は代理人ではなく付添い

本人訴訟主義とは別の話として、代理人に頼むとなると、選べるのは基本的に弁護士だけです。訴訟活動には、法律の知識だけでなく、相手方や裁判所とやりとりする力も要ります。この能力を担保するために、原則として弁護士に限っています。

条文民事訴訟法54条

民事訴訟法第54条(訴訟代理人の資格) 法令により裁判上の行為をすることができる代理人のほか、弁護士でなければ訴訟代理人となることができない。ただし、簡易裁判所においては、その許可を得て、弁護士でない者を訴訟代理人とすることができる。

これが、以前の回でも見た弁護士代理の原則です。ただし書に注目してください。簡易裁判所では、裁判所の許可を得れば弁護士でない者も訴訟代理人になれます。簡裁は、訴額が小さく、手続も簡易にできている裁判所です。原則を貫くより、本人の利用しやすさを優先した例外です。もう一つあります。簡易裁判所では、司法書士も訴訟代理人になれます。弁護士は大都市に集まりがちで、簡易裁判所では本人訴訟が多い。その本人を身近で支えてきたのが司法書士だったので、一定の条件のもとで代理を認めたわけです。誰でもではありません。そこに境界があります。所定の研修課程を修了し、能力認定を受けた司法書士だけです。すべての司法書士が簡裁の訴訟代理人になれるわけではありません。認定を受けていれば、140万円以下の紛争について、裁判外の和解の代理もできます。

では、認定を受けていない司法書士は何もできないのかというと、できることはあります。裁判所に出す書類の作成を手伝うことは、認定の有無にかかわらずできます。ただし、本人の代わりに法廷でやりとりする代理人になれるのは、認定を受けた司法書士だけです。書類作成の手伝いと、代理人になることは別の話です。「司法書士なら簡裁で代理できる」ではなく「研修を修了し能力認定を受けた司法書士なら」と覚えてください。最後に、補佐人です。

条文民事訴訟法60条

民事訴訟法第60条(補佐人) 当事者又は訴訟代理人は、裁判所の許可を得て、補佐人とともに出頭することができる。

補佐人は、当事者や訴訟代理人に付き添って期日に出頭し、主張を補足する人です。補佐人は、訴訟代理人ではありません。本人に代わって訴訟行為をするのではなく、あくまで付き添って、その場での説明を助ける立場です。例えば、専門的な事件で、当事者本人が技術的な説明をうまくできないとき、補佐人が横で補って説明することはできます。ですが、補佐人が単独で主張したり、和解を決めたりする権限は持ちません。ここは取り違えやすいので、はっきり分けておいてください。

コラム 弁護士という資格

弁護士の職務と制限の板(職務=法律事務全般(弁護3条)。資格=司法試験合格+司法修習+弁護士名簿登録(弁護4条・8条・9条)。職務を行ってはならない事件(同25条)。非弁行為の禁止(同72条)と罰則(同77条)) 図:弁護士の職務と制限の板

  • 職務=法律事務全般(弁護3条)
  • 資格=司法試験合格+司法修習+弁護士名簿登録(弁護4条・8条・9条)
  • 職務を行ってはならない事件(同25条)
  • 非弁行為の禁止(同72条)と罰則(同77条)

ここで、当事者サイドのもう一人の主役、弁護士について少し詳しく見ておきます。弁護士は、依頼を受けて、訴訟事件や非訟事件、行政庁への不服申立てなど一般の法律事務を行うことを職務とします。司法試験に合格したうえで、司法修習を終える必要があります。そのうえで、各地の弁護士会を経て、日本弁護士連合会の弁護士名簿に登録されて、初めて弁護士として活動できます。地方裁判所以上の民事訴訟で、訴訟代理人の資格を原則として弁護士が独占しているのは、この資格の重さに支えられています。では、弁護士ならどんな事件でも引き受けられるかというと、そうとは限りません。法律上、引き受けられない事件が決まっています。例えば、以前に相手方から相談を受けていた事件のように、公正さが保てない事件です。同じ弁護士が、片方の相談に乗ってから、もう片方の代理人になることは許されません。また、弁護士でない者が報酬を目的に法律事務を取り扱うことは禁じられています。非弁行為の禁止と呼ばれます。

資格や懲戒の仕組みに縛られない者が、報酬目的で法律相談を引き受けると、質の低い助言で依頼者が不利益を受けても、責任を追及する手段が乏しくなるからです。違反には罰則もあります。訴訟代理人を原則として弁護士に限る54条も、能力の担保に加えて、この非弁行為を訴訟の場で防ぐ意味を持っています。なお、弁護士が非常勤の裁判官として調停事件を扱う制度もありますが、これは別の回に譲ります。ここまで見た当事者サイドには、原告・被告本人と法定代理人、訴訟代理人としての弁護士や司法書士、補佐人のほかにも、訴訟に途中から参加する人や、和解の利害関係人がいます。当事者サイドと第三者サイドの境目は、実は厳密には引けません。

証人と鑑定人

証人の実質的な近さを示す関係図(A=原告と衝突するB=被告の車にCが同乗していた交通事故の設例。CはBの友人としてBに近い立場で証人になる。鑑定人は専門知識の提供で裁判所サイドと連続する) 図:証人の実質的な近さを示す関係図

そのことが、いちばんよく表れるのが第三者サイドです。第三者サイドの代表は、証人と鑑定人です。第三者というと当事者と無関係な中立の立場に聞こえますが、実は、中立とは言い切れません。具体例で考えてみます。Bの運転する車が、Aの車に追突する事故が起きたとします。事故の瞬間、Bの車には助手席に友人のCが同乗していました。この事故をめぐる裁判で、Cが証人として呼ばれたとします。Cは当事者ではありません。ですが、Bの友人として、Bに有利な証言をしたい気持ちが働きやすい立場にあります。証人はほとんどの場合、原告か被告のどちらかとつながりがあり、どちらかを応援する立場にあります。実質的な利害関係という点では、当事者と紙一重です。反対に、たまたま歩道から事故を見ていただけの通行人が証人になったら、どうでしょう。AともBとも無関係です。同じ証人でも、近さを決めるのは「証人」という肩書きではなく、当事者とのつながりです。

一方、鑑定人はどうでしょうか。さっき出てきた専門委員と、少し似ている気がします。鑑定人も、専門的な知識を裁判所に提供する点で、裁判所サイドとも重なりあいます。ただし、専門委員との違いもあります。鑑定人が意見を述べる鑑定は、正式な証拠調べの手続です。例えば、さっきの医療過誤の裁判で、裁判所が別の医師に「この手術に落ち度があったか」を調べて意見を出すよう頼んだとします。その医師が出す鑑定の意見は、判決の材料になる証拠です。専門委員の医師がした説明は、争点を分かりやすくするためのもので、証拠ではありませんでした。

専門委員・鑑定人・証人の比較板(列=専門委員/鑑定人/証人。行=何を出すか(説明/鑑定意見/証言)・証拠か(×/○/○)・どちら寄りか(裁判所の手続を補助/裁判所サイド寄り/当事者サイド寄り)) 図:専門委員・鑑定人・証人の比較板

  • 何を出すか:専門委員=説明/鑑定人=鑑定意見/証人=証言
  • 証拠か:専門委員=×/鑑定人=○/証人=○
  • どちら寄りか:専門委員=裁判所の手続を補助/鑑定人=裁判所サイド寄り/証人=当事者サイド寄り

証人が当事者側にはみ出しているとすれば、鑑定人は裁判所サイドにはみ出しています。証人も鑑定人も、裁判所の判断の材料を届けるためにいます。「正しい判断を支える」理由でそこにいるのに、立ち位置は当事者側と裁判所側に分かれるわけです。このほかにも、裁判所が第三者に事実の調査を頼む調査の嘱託、文書を送るよう頼む文書送付嘱託、文書を出すよう命じる文書提出命令の相手方、そして傍聴人も、第三者サイドに含まれます。証人尋問や鑑定の中身、文書提出命令の要件は、それぞれ別の回で扱います。

今日の地図(保存版)

3列の地図の板(裁判所サイド=裁判官・書記官・専門委員・司法委員・参与員・家裁調査官・執行官。当事者サイド=本人・法定代理人・訴訟代理人(弁護士/司法書士)・補佐人・訴訟参加人。第三者サイド=証人・鑑定人・調査/文書提出命令の相手方・傍聴人) 図:3列の地図の板

  • 裁判所サイド=裁判官・書記官・専門委員・司法委員・参与員・家裁調査官・執行官
  • 当事者サイド=本人・法定代理人・訴訟代理人(弁護士/司法書士)・補佐人・訴訟参加人
  • 第三者サイド=証人・鑑定人・調査/文書提出命令の相手方・傍聴人

今日見てきた登場人物を、1枚の地図に畳んでおきます。裁判所サイドには、裁判官、書記官、専門委員、司法委員、参与員、家裁調査官、そして執行官がいます。当事者サイドには、本人、法定代理人、訴訟代理人としての弁護士や司法書士、補佐人、そして訴訟に参加してくる人がいます。第三者サイドには、証人、鑑定人、調査や文書提出命令の相手方、傍聴人がいます。証人は当事者サイドに、鑑定人は裁判所サイドに、それぞれ実質的にはみ出していました。三極構造という単純な三角形では、この動きは説明できません。正しい判断を支えるためか、本人の負担を軽くするためか、手続を現実に動かすためか。今日の一人ひとりに、その理由を当ててきました。一人ひとりの役割は、これから先の回で改めて深掘りしていきます。次は、この登場人物たちが動く手続そのものを、通常の訴訟と特別な訴訟という2つの型に分けて、序章の締めくくりとして地図にします。

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#33単独ページ動画

通常訴訟と特別訴訟の地図

第0章 序章 民事訴訟手続の全体像 ㉝/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

法廷にいた人たちが動かす、手続そのもの

離婚したいのに、相手が応じない 図:離婚したいのに、相手が応じない

前回は、法廷に集まる人たちを見てきました。裁判官、書記官、弁護士、証人。その人たちが動かす手続そのものには、いくつか型があります。今日は、その型を1枚の地図にします。まず、こんな場面を考えてください。Aは離婚を望んでいますが、配偶者のBが拒否しています。Aは、今日にでも離婚訴訟を起こせるでしょうか。実は、そう単純ではありません。離婚は、夫婦2人だけの話では済まないからです。答えは、この回の後半で確かめましょう。まず、離婚を扱う訴訟がどういう種類の訴訟なのか。そこから見ていきます。

通常訴訟という基本形、特別な訴訟という枝分かれ

通常訴訟と、特別な訴訟 図:通常訴訟と、特別な訴訟

これまで見てきた民事訴訟には、実は基本形があります。幅広い事件を処理できる、通常訴訟です。訴えの3類型や管轄の話は、みんな通常訴訟の話でした。ここから外れる訴訟は、大きく2つに分かれます。1つは、事件の中身が特殊で、通常訴訟の前提が成り立たない場合。これを内容面の特別と呼びます。代表が、今日の主役、人事訴訟です。離婚など、夫婦や親子の関係——身分関係を扱う訴訟です。行政訴訟も、ここに入ります。もう1つの外れ方は、扱う裁判所の格や審理の重さが違う場合。これを手続面の特別と呼びます。

代表が、審理を省略・制限する簡易な手続です。中身は、次のステップで見ます。会社訴訟の扱いは、実は見方が割れています。特別訴訟に含める考え方もあれば、通常訴訟と位置づけてよいという見方もあります。両方の見方がある、と押さえてください。そして、会社訴訟にも人事訴訟にも行政訴訟にも、特別な定めがない事項には民事訴訟法が適用されます。

今日の地図 図:今日の地図

ここで、今日の道のりを地図にしておきます。まず、手続面で特別な訴訟——審理を簡易にする手続を押さえます。そのあと、今日の主役、人事訴訟の中身に入ります。通常訴訟と、どこがどう違うのか。続いて、その違いが実際にどう働くかを、離婚の5つの類型で追いかけます。冒頭の問いも、そこで回収します。最後に、序章全体の地図を1枚に畳みます。1つずつ、順番に進みましょう。

手続面で特別な訴訟——簡易な手続

簡易・迅速な手続と、通常訴訟に戻る道 図:簡易・迅速な手続と、通常訴訟に戻る道

民事訴訟には、審理を省略・制限して迅速に進める、略式の手続もあります。考えてみてください。5万円を返してほしいだけの請求に、何ヶ月もかかる審理は見合いません。金額が小さい請求や、争いのない請求には、簡易な手続が向いています。代表的なものが4つあります。1つ目が、少額訴訟。60万円以下の金銭請求に限られる、簡易裁判所だけの手続です。気をつけてほしいのが、ここです。簡易裁判所が扱える事件の上限——事物管轄は140万円でしたね。この140万円と、少額訴訟の60万円は、別の数字です。混同しないでください。

2つ目が、手形・小切手訴訟。手形や小切手の金銭請求に限られる、簡易な手続です。手形・小切手訴訟は、簡易裁判所だけの手続ではありません。地方裁判所でも使えます。3つ目が、支払督促。裁判所書記官が、債権者の言い分だけをもとに、相手に「払いなさい」という書面を出す手続です。裁判官の判断は経ません。これは、簡易裁判所の書記官が担当します。4つ目が、保全命令手続。たとえば、判決が出るまでに相手が財産を隠してしまわないよう、仮に押さえておく手続です。民事保全法という別の法律の領分です。急ぐ手続なので、前の回で見たとおり、簡易な審理で決める仕組みです。

保全命令手続は、簡易裁判所に限った手続ではありません。本案、つまり本体の訴訟を扱う裁判所などが担当します。共通するのは「簡易裁判所」ではなく「審理を省略・制限する」型です。そして、審理を省略しても、それで終わりではありません。審理を削ったまま結論を確定させると、十分に争う機会が失われます。だから、少額訴訟・手形小切手訴訟・支払督促の3つには、通常訴訟に戻る道が必ず残されています。それぞれ異議を申し立てれば、通常訴訟に切り替わります。保全命令手続には、これとは別の不服申立ての仕組みがあります。中身は、それぞれの制度を扱う回で見ましょう。

人事訴訟とは何か——4つの種類

人事訴訟の4つの種類 図:人事訴訟の4つの種類

ここから、今日の主役、人事訴訟に入ります。まず、定義を確認します。

条文人事訴訟法2条

人事訴訟法第2条(人事訴訟の定義) この法律において「人事訴訟」とは、次に掲げる訴えその他の身分関係の形成又は存否の確認を目的とする訴え(以下「人事に関する訴え」という。)に係る訴訟をいう。 一 婚姻の無効及び取消しの訴え、離婚の訴え、協議上の離婚の無効及び取消しの訴え並びに婚姻関係の存否の確認の訴え 二 嫡出否認の訴え、認知の訴え、認知の無効及び取消しの訴え、民法(明治二十九年法律第八十九号)第七百七十三条の規定により父を定めることを目的とする訴え並びに実親子関係の存否の確認の訴え 三 養子縁組の無効及び取消しの訴え、離縁の訴え、協議上の離縁の無効及び取消しの訴え並びに養親子関係の存否の確認の訴え

人事訴訟とは、夫婦や親子など、身分関係そのものが対象の訴訟です。条文は4つの種類に整理できます。1号が婚姻関係訴訟——離婚の訴えなどです。2号が実親子関係訴訟——認知の訴えなど。3号が養親子関係訴訟——養子縁組の無効・取消しの訴えなどです。4つ目は、独立した号ではなく、条文の最初にある「その他の身分関係の…訴え」という言葉です。1号から3号に当てはまらない残りを、まとめて受け止めています。ここから、この人事訴訟が通常訴訟とどこで違うのかを見ていきます。違いは5つあります。まず、一番大きな理由を先に言っておきます。親子・夫婦のつながりが変わると、当事者2人だけでなく、本人以外の家族や第三者にも影響が及ぶ、ということです。

通常訴訟との5つの違い 図:通常訴訟との5つの違い

家族や第三者にどう影響するかは、このあと具体例で見ます。その前に、違いを1枚の表にしておきます。管轄、訴訟能力、処分権主義、弁論主義、公開原則の5つです。まずは、具体例から見ていきましょう。

管轄と訴訟能力——身近な家裁に集める、本人の意思を尊重する

誰の利害に関わるか 図:誰の利害に関わるか

AがBに10万円を貸して、返してもらえない訴えを考えてください。この争いは、AとBの2人だけの話です。決着がついても、影響はAとBの財布の中だけです。一方、AとBが離婚したい場合はどうでしょう。子どもがいれば、戸籍や親権が変わります。将来の相続にも関わりますし、再婚できるかどうかも変わります。この違いが、とくに③処分権主義と④弁論主義の違いの土台になります。まず、①管轄から見ましょう。

条文人事訴訟法4条1項

人事訴訟法第4条第1項(管轄) 人事に関する訴えは、当該訴えに係る身分関係の当事者が普通裁判籍を有する地又はその死亡の時にこれを有した地を管轄する家庭裁判所の管轄に専属する。

通常訴訟なら、複数の裁判所から選べる場面もあります。ですが人事訴訟は違います。身分関係の当事者の住所地を管轄する、家庭裁判所の専属管轄です。当事者の合意で、他の裁判所に変えられない、ということです。身分関係に近い家庭裁判所に、集中させる仕組みです。続いて、②訴訟能力です。

条文人事訴訟法13条1項

人事訴訟法第13条第1項(訴訟能力等) 人事訴訟の訴訟手続における訴訟行為については、民法第五条第一項及び第二項、第九条、第十三条並びに第十七条並びに民事訴訟法第三十一条並びに第三十二条第一項(同法第四十条第四項において準用する場合を含む。)及び第二項の規定は、適用しない。

未成年者や成年被後見人は、通常なら訴訟行為を単独ではできません。ですが人事訴訟では、この制限が適用されません。身分関係については、本人の意思をできる限り尊重する趣旨です。ここで、1つ注意してほしいことがあります。この緩和は「訴訟能力」の話です。「誰が原告・被告になれるか」という当事者適格の話ではありません。訴訟能力は、自分の訴訟行為を単独で有効にできるかという力。当事者適格は、その訴訟の当事者としてふさわしいかという資格です。13条1項が緩めているのは、前者だけです。

違い①②のまとめ 図:違い①②のまとめ

ここまでの2つを、表でまとめておきます。次は、③処分権主義に進みます。

違い③——処分権主義が効かない

処分権主義の制限 図:処分権主義の制限

通常訴訟では、当事者どうしの合意で、訴訟を自由に終わらせられます。訴訟上の和解も、被告の請求の認諾も、原告の請求の放棄もできます。判決によらずに終わらせるかを、当事者が決められる。これも、処分権主義の現れの1つです。ところが人事訴訟では、これが原則できません。

条文人事訴訟法19条2項

人事訴訟法第19条第2項(民事訴訟法の規定の適用除外) 人事訴訟における訴訟の目的については、民事訴訟法第二百六十六条から第二百六十七条の二までの規定は、適用しない。

たとえば、結婚がそもそも無効だったかを争う訴えでは、2人が合意しても、それで決着はつきません。理由は、さっきの貸金と離婚の対比を思い出してください。当事者2人が「これでいい」と思っても、子どもや戸籍への影響までは決められません。実は、この原則には例外があります。それは、離婚の5つの類型を見るときに、まとめて明かします。

違い④——弁論主義から、職権探知主義へ

職権探知主義 図:職権探知主義

通常訴訟は、弁論主義で進みます。当事者が主張した事実、当事者が出した証拠だけが審理の対象になります。ところが人事訴訟では、これも変わります。

条文人事訴訟法20条

人事訴訟法第20条(職権探知) 人事訴訟においては、裁判所は、当事者が主張しない事実をしん酌し、かつ、職権で証拠調べをすることができる。この場合においては、裁判所は、その事実及び証拠調べの結果について当事者の意見を聴かなければならない。

前の回で、非訟の手続で見た職権探知主義です。弁論主義と対になる考え方です。ただし人事訴訟は、判決で決める訴訟のままです。身分関係は、当事者の主張のうまさで結論が左右されてよいものではありません。裁判所が自ら真実を確かめにいく、という発想です。あわせて、当事者の自白に関する規定など、いくつかの規定も適用されません。人訴19条1項です。裁判所が自分で調べにいく以上、当事者の言い分だけで事実が決まる仕組みとは相性が悪いからです。そして、この職権探知を、実際に支える人たちがいます。前の回で、家庭裁判所の手続にだけ出てくると紹介した2つの役職を、思い出せますか?

家裁調査官と、参与員です。家裁調査官は、子どもや家庭の事情を専門的に調べる職員。参与員は、審理や和解に立ち会って、裁判官に意見を述べる人でした。どちらも、当事者の言い分だけに頼らず、裁判所が事情をつかんで判断するための支えです。中身は前の回で見たとおりなので、今日は位置づけだけ押さえてください。

違い⑤——公開停止、プライバシーのための例外

公開停止の3要件 図:公開停止の3要件

通常訴訟の口頭弁論や尋問は、公開が原則です。傍聴席に座れば、誰でも見られます。人事訴訟では、これにも例外があります。

条文人事訴訟法22条1項

人事訴訟法第22条第1項(当事者尋問等の公開停止) 人事訴訟における当事者本人若しくは法定代理人(以下この項及び次項において「当事者等」という。)又は証人が当該人事訴訟の目的である身分関係の形成又は存否の確認の基礎となる事項であって自己の私生活上の重大な秘密に係るものについて尋問を受ける場合においては、裁判所は、裁判官の全員一致により、その当事者等又は証人が公開の法廷で当該事項について陳述をすることにより社会生活を営むのに著しい支障を生ずることが明らかであることから当該事項について十分な陳述をすることができず、かつ、当該陳述を欠くことにより他の証拠のみによっては当該身分関係の形成又は存否の確認のための適正な裁判をすることができないと認めるときは、決定で、当該事項の尋問を公開しないで行うことができる。

要件は3つに分けられます。1つ目は、尋問される事項が、自己の私生活上の重大な秘密に関わること。例えば、不貞の詳細を、公開の法廷で読み上げさせられる場面を想像してください。2つ目は、公開の法廷で話すと社会生活に著しい支障が生じることが明らかなこと。しかも、他の証拠だけでは適正な裁判ができないこと。3つ目が、裁判官の全員一致で決めることです。この3つがそろって、初めて尋問を非公開にできます。ここで、間違えやすい点をはっきりさせておきます。公開停止は、あくまで「尋問」についての制度です。判決の言渡しを非公開にできる制度ではありません。

判決の言渡しは、一切の例外なく必ず公開されます。人事訴訟でも、それは変わりません。

離婚の5類型——合意から判決までの一本道

離婚の5類型 図:離婚の5類型

ここで、冒頭の問いに戻ります。Aは離婚を望んでいて、Bが頑なに拒否している場面でした。Aは、今日にでも離婚訴訟を起こせるか。答えは、起こせません。日本の離婚には、5つの道筋があります。

①協議離婚・②調停離婚 図:①協議離婚・②調停離婚

まず①協議離婚。夫婦の話し合いだけで成立する離婚で、多くはこれで決着します。話し合いで決まらないとき、まず家庭裁判所に家事調停を申し立てる必要があります。貸金と違って、離婚は子どもの親権や戸籍、相続にまで響く話でした。だから、公開の法廷で白黒をつける前に、まず公開されない話し合いの場で、解決の道を探るんです。

条文家事事件手続法257条

家事事件手続法第257条(調停前置) 第1項 第二百四十四条の規定により調停を行うことができる事件について訴えを提起しようとする者は、まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならない。 第2項 前項の事件について家事調停の申立てをすることなく訴えを提起した場合には、裁判所は、職権で、事件を家事調停に付さなければならない。ただし、裁判所が事件を調停に付することが相当でないと認めるときは、この限りでない。

調停を申し立てずにいきなり訴えても、却下されるわけではありません。裁判所が職権で、事件を調停に回します。ただし、相手の所在が分からないなど、相当でない事情があれば別です。この調停は、前の回で見た、裁判所の中で行うADRでしたね。これが②調停離婚です。調停の中で合意ができ、それを調書に記載したときに成立します。子どもの親権や監護についても、あわせて調停で決められます。調停が成立しないときは、③審判離婚に進むことがあります。

③審判離婚——調停に代わる審判 図:③審判離婚——調停に代わる審判

条文家事事件手続法284条1項本文

家事事件手続法第284条(調停に代わる審判) 家庭裁判所は、調停が成立しない場合において相当と認めるときは、当事者双方のために衡平に考慮し、一切の事情を考慮して、職権で、事件の解決のため必要な審判(以下「調停に代わる審判」という。)をすることができる。

主要な点で合意ができているなど、事情があるときに使われます。調停に代わる審判と呼びます。前の回で見た、非訟の一種です。審判の告知を受けた日から2週間以内に、家庭裁判所に異議を申し立てられます。適法な異議があれば、取消しの裁判をしなくても審判は自動的に失効します。

④裁判離婚・⑤和解離婚・認諾離婚 図:④裁判離婚・⑤和解離婚・認諾離婚

②も③もだめなとき、あるいは③に異議があって失効したとき。そこで初めて④裁判離婚に進みます。離婚原因が認められれば、判決で離婚が成立します。前の回で見たとおり、判決には形成力がありましたね。そして、ここで、さっきの処分権主義の例外が出てきます。人事訴訟では、和解や認諾は原則できないのでした。ですが、離婚訴訟に限っては、訴訟の中でも和解・認諾ができます。これが⑤和解離婚・認諾離婚です。

条文人事訴訟法37条1項・46条

人事訴訟法第37条第1項・第46条(和解並びに請求の放棄及び認諾の特則) 第37条1項 離婚の訴えに係る訴訟における和解(これにより離婚がされるものに限る。以下この条において同じ。)並びに請求の放棄及び認諾については、第十九条第二項の規定にかかわらず、民事訴訟法第二百六十六条(第二項中請求の認諾に関する部分を除く。)、第二百六十七条第一項及び第二百六十七条の二の規定を適用する。ただし、請求の認諾については、第三十二条第一項の附帯処分についての裁判又は同条第三項の親権者の指定についての裁判をすることを要しない場合に限る。 第46条 第三十七条(第一項ただし書を除く。)の規定は、離縁の訴えに係る訴訟における和解(これにより離縁がされるものに限る。)並びに請求の放棄及び認諾について準用する。

理由は、離婚が訴訟外の協議離婚でも成立できることとの均衡です。訴訟の外で2人だけの合意で終われるなら、訴訟の中でも扱いを変える理由がありません。反対に、結婚がそもそも無効だったかは、訴訟の外でも、2人の話し合いだけでは決められません。だから、そちらは例外になりません。ただし、認諾すればそれだけで離婚が終わる、とは限りません。認諾で足りるのは、親権者の指定や附帯処分についての裁判が要らない場合だけです。未成年の子どもがいて親権者を決めなければならない場合、認諾はできません。判決で、離婚とあわせて親権者を定めることになります。この点は、このあとの親権者の指定のところで、もう少し詳しく見ていきます。そして、この例外は離婚だけではありません。離縁の訴え——養子縁組を解消する訴えにも、同じ例外があります。

ただし、離縁の訴えには、今の37条1項ただし書は準用されません。離縁の訴えでは、離婚のような附帯処分や親権者の指定の裁判が用意されていないからです。「離婚訴訟だけの例外」と覚えると、離縁の場面で足をすくわれます。「離婚と離縁、2つの訴えの例外」と覚えてください。これで、冒頭の問いに完全に答えられます。離婚は、夫婦2人だけの話では済まない。だから、いきなり訴えるのではなく、まず調停の話し合いから、段階を踏んで進むんです。

附帯処分と親権者の指定

附帯処分と親権者の指定 図:附帯処分と親権者の指定

離婚訴訟には、もう1つ押さえておきたい仕組みがあります。未成年の子どもがいる場合の、親権者の指定です。

条文民法819条2項(現行)

民法第819条第2項(裁判上の離婚と親権者) 裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の双方又は一方を親権者と定める。

離婚訴訟では、当事者から申立てがなくても、裁判所が必ず職権で定めます。未成年の子どもには、親権を持つ人が欠かせません。だから、離婚の判決と一緒に、その場で必ず決めておくんです。現在の条文では、父母の双方、つまり共同親権か、一方、つまり単独親権か。どちらかを裁判所が定めます。法改正で選べるようになりました。共同親権になったときの細かい仕組みは、民法のシリーズで扱います。一方、養育費のような子の監護に関する処分や、財産分与に関する処分は違います。こちらは、当事者の申立てがあって初めて、あわせて審理・判決されます。離婚の訴えにあわせて申し立てるので、これを附帯処分と呼びます。職権で必ず、ではありません。離婚のあとで、別の手続で求めることもできます。

今日の地図(保存版)

序章の地図——ここまでの旅 図:序章の地図——ここまでの旅

最後に、これまでの回で見てきたことを、1枚の地図に畳んでおきます。もめごとが起きたとき、まず考えるのは、合意で終わらせる道です。当事者どうし、あるいは裁判所を仲立ちにした調停で、話をつける。それでも決着しないとき、次に見るのは、そもそも裁判所が扱える争いかどうかです。扱えるとなったら、対立構造で決める訴訟にするか、裁量的な判断に委ねる非訟にするか。そして今日見たのが、通常訴訟か、内容や手続で特別な訴訟か、という型の分かれ道でした。特別になる一番の理由は、身分関係が、当事者2人だけの話では済まないことでした。だから離婚も、話し合い、調停、ときに審判と段階を踏んで、最後に判決へ進みます。

そして、ここから先は、訴えを起こしてから判決に至るまでの道のりです。実は、みなさんはこの入口——訴えの3つの型や、同じ事件を二重に訴えられない重複訴訟の禁止まで、もう歩いています。この先には、判決がどんな効力を持つか、どう組み立てられるかが続きます。さらにその先には、判決に不服があるときの道——上訴や再審。そして今日見た、審理を省略・制限する簡易な手続も続いています。1つずつ、この地図の続きを埋めていきましょう。

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第1章訴訟の開始

#10単独ページ動画

給付・確認・形成の訴え

第1章 訴訟の開始 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

3つの相談——これは、どんな訴えになるのか

3つの相談——これは、どんな訴えになる?ボード 図:3つの相談——これは、どんな訴えになる?ボード

1つ目。「Cが、中古のオートバイをDに80万円で売ったのに、Dが代金を払ってくれない。」ここからの3つは、この回だけの登場人物で見ていきます。2つ目。「祖父から譲り受けたはずの田んぼを、遠縁のFが『実は自分の土地だ』と言い出した。」3つ目。「性格の不一致で、5年前から別居している配偶者と、離婚したい。」今日の問いは、これです。この3つは、裁判所に何を書いて出すと、『訴え』になるのでしょうか。

訴えなければ裁判なし

訴えなければ裁判なし——当事者主義・処分権主義ボード 図:訴えなければ裁判なし——当事者主義・処分権主義ボード

民事訴訟には、大原則があります。訴えなければ、裁判なし、です。刑事事件なら、検察官が動きます。でも、民事訴訟は違います。私人——さっきのCやDのような当事者——が、申し立てて、はじめて動き出します。民事訴訟が扱うのは、当事者どうしが自由に処分できる権利をめぐる争いだからです。貸した金を返してもらうかどうかも、土地の所有権を主張するかどうかも——当事者自身が決めてよいことです。当事者主義の回で見た、処分権主義です。当事者が決められることは、大きく3つあります。1つ目、訴訟を提起するかどうか。

2つ目、訴訟のテーマを何にして、どんな解決を求めるか。80万円を求めるのか、土地の所有権を求めるのか——それを決めるのも当事者です。3つ目は、どう終わらせるかです。判決以外の終わらせ方もあります。あの回で見た、訴えの取下げと訴訟上の和解です。当事者が、自分で幕を引くこともできます。その細かい要件は、専用の回で扱います。今日の射程は、1つ目と2つ目です。この2つが分かれば、「訴え」が何かも見えてきます。

訴えの提起——訴状に書くこと

訴状に書くこと——請求の趣旨と請求の原因ボード 図:訴状に書くこと——請求の趣旨と請求の原因ボード

では、「訴える」とは、具体的に、何をすることでしょうか。裁判所に行って事情を話す、ではありません。訴状という書面を、裁判所に提出することです。手続の流れを見た回で、Aが最初に出していた、あの書面です。今日は「何を書くか」の側から見ます。条文を見てください。

条文民事訴訟法134条

民事訴訟法第134条(訴え提起の方式) 訴えの提起は、訴状を裁判所に提出してしなければならない。 2 訴状には、次に掲げる事項を記載しなければならない。  一 当事者及び法定代理人  二 請求の趣旨及び原因

1項を見てください。訴えの提起は、訴状を裁判所に提出してするのが原則です。2項を見てください。訴状に必ず書くべきことが並んでいます。大事なのは、二号です。請求の趣旨及び原因。請求の趣旨は、「何について、どんな判決を求めるか」という結論部分です。オートバイの相談なら、「被告は原告に対し、金80万円を支払え、との判決を求める」という1文です。請求の原因は、その結論を支える、請求の具体的な中身です。なぜ80万円を求められるのか——オートバイを売ったのに払われていないから、という事情です。

請求の原因を、どこまで細かく書くべきかには、それ自体、議論があります。そこは、後の回に譲ります。今日、大事なのは、この請求の趣旨のほうです。この1文の文型を見るだけで、訴えの種類が分かるからです。

3つの型を、請求の趣旨の実物で見分ける

訴えの3つの型——請求の趣旨と、生まれる力ボード 図:訴えの3つの型——請求の趣旨と、生まれる力ボード

この表を見てください。訴えには、大きく3つの型があります。給付の訴え、確認の訴え、形成の訴えです。1つずつ、見ていきましょう。まず、オートバイの代金の話です。請求の趣旨は、こうなります。「被告は原告に対し、金80万円を支払え、との判決を求める。」これが、給付の訴えです。金銭の支払、物の引渡し、作為、不作為、意思表示——何かをさせる、あるいはさせない判決を求める訴えです。実際、民事訴訟の大部分を占めます。この判決が確定すると、何が生まれるか——さっきのおさらいですが。

判決は「何かをせよ」と命じています。従わない相手には、国の力で実現させます。だから、執行力が要るんです。ここで、少し補足します。「給付」は、お金だけではありません。物を引き渡させることも、何かをしないよう命じることも、給付です。たとえば、騒音や悪臭をやめさせる、差止めの請求です。これも給付の訴えです。登記の手続を求める請求も、実は給付の訴えです。申請するという行為を求めているからです。給付は、命令の中身がいろいろある、と覚えてください。今すぐ払えという請求と、将来の分まで求める請求の違いは、後の回で扱います。さて、ここで1つ、考えてみてください。もし、Dのほうが「もう払った」と主張したいとします。Dは、どんな訴えを起こせばいいでしょうか?

少し考えてみてください。「払う義務なんてない」と、はっきりさせる訴え——それが、確認の訴えです。「存在しない」ほうを確認するので、消極的確認と呼ばれる型です。請求の趣旨は、こうなります。「原告の被告に対する金80万円の支払債務は存在しないことを確認する、との判決を求める。」訴えるのはDですから、ここでは原告がD、被告がC——向きが入れ替わります。確認の訴えは、特定の権利や法律関係が、存在する、あるいは存在しないことを宣言してもらう訴えです。命令する訴えではないので——確認判決に、執行力はありません。

蒸し返しを禁じる力——それだけが残ります。取り立てる力は、生まれません。Dが勝っても、Cから何かを取り立てられるわけではありません。争いを、はっきりさせること自体が目的だからです。確認の訴えには、もう1つの型があります。田んぼの相談を、思い出してください。「別紙土地目録記載の田につき、原告が所有権を有することを確認する、との判決を求める。」こちらは「存在する」ほうなので、積極的確認。さっきのDの例が、消極的確認でした。ここで、1つ注意してほしいことがあります。確認の訴えは、対象がとても広がりやすい訴えです。何でも確認を求められるわけではありません。

たとえば田んぼの相談で、「相手が本当に遠縁かどうか」を確認してもらっても——田んぼの争いは、1ミリも片づきません。そこには、確認の利益という絞り込みが働きます。細かい基準は、後の回でじっくり扱います。今日は、「なんでも確認できるわけではない」ということだけ、押さえてください。最後に、3つ目の型です。離婚の相談を、見てください。「原告と被告とを離婚する、との判決を求める。」これが、形成の訴えです。既に存在している権利や法律関係を、変動させる判決を求める訴えです。発生させたり、変更したり、消滅させたりする判決です。

ここが生む力は、形成力です。届出などの、あとの手続を待つ必要がありません。判決の確定と同時に、離婚という関係が生まれます。ここまでの3つを、表のいちばん右の列で見てください。給付判決には執行力、確認判決には既判力だけ、形成判決には形成力。さっき見た力が、ちょうど、ここに戻ってきます。請求の趣旨の文型です。「支払え」なら給付、「確認する」なら確認、「変動させる」型の言い回しなら形成。中身を覚えるより先に、文型を見る癖をつけてください。

形成の訴えは、法律の規定がある場合に限られる

形成訴訟法定主義——「変動させたいから」では通らないボード 図:形成訴訟法定主義——「変動させたいから」では通らないボード

さて、離婚の話に戻ります。ここで、1つ、大事な限定があります。形成の訴えは、法律に規定がある場合に限られます。「権利関係を変えたいから、形成の訴えを起こそう」とは言えません。これを、形成訴訟法定主義と呼びます。形成判決は、確定した瞬間に、法律関係そのものを変えてしまう力を持っています。しかも、その影響は、当事者2人だけにとどまらないことが多いんです。離婚なら子どもや親族に、会社の決議取消しなら株主全員に関わります。だからこそ、法律があらかじめ「この場面なら変動させてよい」と、要件を絞っておく必要があるんです。離婚の場合、条文を見てください。

条文民法770条

民法第770条(裁判上の離婚) 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。  一 配偶者に不貞な行為があったとき。  二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。  三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。  四 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。 2 裁判所は、前項第一号から第三号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。

「性格の不一致で別居している」という相談は、四号にあたる、という主張になります。条文が、あらかじめ場面を限定しているんですね。ほかにもあります。認知の訴え、会社の設立無効の訴え、株主総会の決議取消しの訴え——いずれも、法律に根拠があります。実体法——初回に、手続法と並べて見た言葉です。その実体法の上の形成権、たとえば取消権や解除権は——意思表示だけで効果が生じます。訴えは要りません。ここを、しっかり分けてください。見分け方は、条文の書きぶりです。さっきの770条は「離婚の訴えを提起することができる」——裁判所を通せ、と書いてありました。一方、解除の条文——民法540条1項は「その解除は、相手方に対する意思表示によってする」。裁判所が出てきません。

形成の訴えと形成権——4つの違いボード 図:形成の訴えと形成権——4つの違いボード

この表を見てください。形成の訴えは、法律が認めた場合だけ、判決の確定を待って、初めて法律関係が変わります。形成権は、条文に沿って、意思表示ひとつで、その場で効果が生じます。「訴えなのか、意思表示なのか」——ここを取り違えると、答案では致命的な誤りになります。

給付の訴えの、もう1つの姿——引換給付判決

オートバイの引渡しと代金——同時履行の抗弁ボード 図:オートバイの引渡しと代金——同時履行の抗弁ボード

ここで、オートバイの話に、もう一度戻ります。Cが「金80万円を支払え」と訴えたとします。すると、Dが、こう反論しました。「まだオートバイを受け取っていない。先に払う義務はないはずだ。」物を渡す義務と、代金を払う義務です。売買のような双務契約では——どちらの義務も、相手が義務を負っているからこそ引き受けたものです。だから原則として、どちらかが先に履行しなければならない理由はありません。この主張を、同時履行の抗弁権と呼びます。この場合、裁判所は、Cの請求をそのまま全部認めるわけにはいきません。かといって、Dの言い分だけを認めて、Cの請求を全部退けるのも公平ではありません。

こういう判決になります。「被告は、原告からオートバイの引渡しを受けるのと引換えに、金80万円を支払え。」これを、引換給付判決と呼びます。Cの「無条件に払え」という請求は、100パーセントは通りませんでした。でも、「オートバイと引換えになら払え」という形で、一部は認められています。この位置づけを、一部認容判決と呼びます。引換給付判決が、なぜこの形で認められるのか、その理論的な位置づけは、少し込み入っています。そこは、後の回に譲ります。今日は、「給付の訴えには、こういう姿もある」という地図だけ、持ち帰ってください。

今日のまとめ——給付・確認・形成、3つの型

訴えの3つの型まとめ——給付・確認・形成ボード 図:訴えの3つの型まとめ——給付・確認・形成ボード

では、今日の話を、1枚に畳んでおきましょう。訴えには、大きく3つの型がありました。給付——支払え、と命じる型。確認——存在する、存在しない、を宣言する型。形成——法律関係を変動させる型。定義を丸暗記するより、実物の言い回しを見る癖をつけてください。判決の力も、もう一度、確認しましょう。給付判決には執行力、確認判決には既判力だけ、形成判決には形成力。今日、地図だけ置いて送ったものも、たくさんあります。訴えの中身にあたる訴訟物は、後の回です。請求の趣旨・原因をどこまで細かく特定するかも、後の回です。訴状の実物の書き方も、後の回でじっくり扱います。その訴えに判決を出す意味があるか——訴えの利益。さっきの確認の利益は、その一種です。誰が訴えれば意味があるか——当事者適格です。訴えの終わらせ方の3つ目——取下げと和解の細かい要件も、専用の回です。引換給付判決の理論的な位置づけも、後の回です。3つの力のもっと細かい中身も、それぞれ専用の回に譲ります。

ただ、1つだけ、気になることが残っていませんか。今日、こう言いましたね。形成の訴えは、法律に規定がある場合に限られる、と。では、こう聞かれたら、どう答えますか?訴えの規定はあるのに、「どういう場合に変動させてよいか」——その要件だけが、法律に書かれていない。そんな訴えがあるとしたら?実は、あるんです。形成の訴えの中に、変動の要件そのものが法律に書かれていない、という箱があります。今日の話と矛盾しているように見えて、そうではありません。代表例は、境界確定の訴えです。

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#11単独ページ動画

形式的形成訴訟と境界確定の訴え

第1章 訴訟の開始 ⑪/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

第4の箱——形式的形成訴訟

これまでの3つの型と、もう1つの箱ボード 図:これまでの3つの型と、もう1つの箱ボード

前回は、請求の趣旨と請求の原因をもとに、給付・確認・形成という、3つの訴えの型を見ました。そして、形成の訴えは、法律に規定がある場合に限られる、という話をしましたね?では、規定はあるのに、変動させてよい場合の要件だけが、法律に書かれていないとしたら——裁判所は、何を基準に判断すると思いますか? 実は、そういう訴えが実際にあります。形式的形成訴訟と呼ばれる型です。形成の訴えの1つではあるんですが、少し変わった性質を持っています。普通の形成の訴えは、法律が「こういう要件を満たせば、こう変動させる」と、中身まで決めています。

ところが、形式的形成訴訟は違います。「変動させてよい」という規定はあるのに、その中身を決める基準が、法律のどこにも書かれていません。ただし、訴えを起こせるという規定そのものは、ちゃんとあります。ここが大事なところです。前回見た「形成訴訟法定主義」と、矛盾するわけではありません。規定の「有る・無い」ではなく、規定の中身の詳しさが違うんです。その先、どんな基準で変動させるかは、書かれていない。だから、裁判所の裁量に委ねられます。代表例を、2つだけ挙げます。1つは、共有物分割の訴えです。共有している物を、話し合いで分けられないとき、裁判所に分割を求める訴えです。民法258条に規定があります。条文は、現物を分けるか、代金で調整するか、といった方法は挙げています。ただ、どの方法で、どんな中身の分割にするかは、裁判所の裁量に委ねられています。もう1つは、父を定めることを目的とする訴え。民法773条です。子の父が、法律上、定まらない場合に、裁判所が父を定める訴えです。

今日は、名前だけ押さえておいてください。そして、この回でいちばん深く見るのが——境界確定の訴えです。

境界確定の訴え——電柱1本の空き地

隣り合う空き地の境界争いボード 図:隣り合う空き地の境界争いボード

こんな場面を、考えてみてください。隣り合う、2つの空き地があります。境界標も、塀もありません。目印になるものは、敷地の隅に立つ、1本の電柱だけです。Xは、「電柱の位置が、境界だ」と言います。Yは、「電柱から1.5メートル、Xの敷地側に入った所が、境界だ」と譲りません。この争いを解決するのが、境界確定の訴えです。判例・通説は、これを形式的形成訴訟と解しています。ここで、いちばん誤解しやすいポイントがあります。「あの土地は自分のものだと認めてほしい」という所有権確認の訴えとは違います。境界確定の訴えが対象にしているのは、所有権が及ぶ範囲ではありません。筆界と呼ばれる、公法上の境界線です。

筆界と、所有権の及ぶ範囲——別次元の話ボード 図:筆界と、所有権の及ぶ範囲——別次元の話ボード

筆界というのは、登記された一筆の土地と、隣の土地との境目のことです。登記所に備え付けられる地図にも、課税にも使われる、公的な線引きです。一方、所有権の及ぶ範囲は、私人どうしの、実体法上の権利の話です。時効取得のように、動くことがあります。所有権の範囲が動いても、筆界は当然には動きません。両者は、別の次元の話なんです。この区別を、判例がはっきり示しています。

判例民集22巻2号270頁・昭和43年2月22日・百選35

最高裁判所第一小法廷判決(境界確定請求事件) 取得時効の成否は、境界確定の訴における境界確定とは関係がない。

仮に、Xが長年、電柱の向こう側まで占有していて、時効で所有権を取得していたとします。それでも、筆界そのものは、当然には動きません。だから、境界確定の訴えと、所有権確認の訴えは、訴訟物が違う、別の訴えなんです。求めているものが、筆界の確定なのか、所有権の存否の確認なのか、根本的に違います。

通常訴訟が覆る、2つの逆転

境界確定の訴え——通常訴訟との2つの逆転ボード 図:境界確定の訴え——通常訴訟との2つの逆転ボード

この違いが分かると、境界確定の訴えが、なぜ通常の訴訟とまったく違う扱いを受けるのか、見えてきます。通常なら当てはまる原則が、境界確定の訴えでは、2つ、覆ります。1つ目。処分権主義——訴訟のテーマを何にして、どんな解決を求めるか、当事者が決める原則です。ですが、境界確定の訴えでは——原告は、どんな判決を求めるかを書く請求の趣旨に、特定の境界線を掲げる必要がありません。仮に、XかYのどちらかが「ここが境界だ」と、はっきり主張しても——裁判所は、その主張に拘束されません。裁判所が、証拠や事情から、独自に、妥当な線を確定します。極端に言えば、裁判所が「電柱から80センチの所が境界だ」と言うこともできます。XもYも主張していない線を、引いてもかまいません。

では、当事者の誰も境界線を主張しなかったら、どうなるのでしょうか。それでも、結論は変わりません。裁判所は、証拠と事情から、独自に線を引きます。もともと、当事者の主張に縛られていないからです。普通の訴訟なら、「80万円払え」と請求したのに、裁判所が「80万5000円払え」とは言えません——それが処分権主義でした。でも、境界確定の訴えでは、その縛りが外れます。なぜ、そんなことが起きるのか——理由は、さっきの「第4の箱」の性質そのものにあります。訴訟の中身にあたる、法律上の基準——形成要件が、実体法に存在しないんです。基準が無いということは、原告が「これが正しい境界だ」と申立ての形で特定する、土台そのものが無い、ということです。だから、裁判所は、当事者の主張に縛られようがありません。

2つ目の逆転に、進みましょう。境界線が、どうしても分からないとき——裁判所は、原告を負けにできるでしょうか? 事実がはっきりしないときは、どちらかに不利益を負わせる——それが証明責任というルールでした。通常の訴訟なら、そのルールに従って、証明できなかった側が負けます。でも、境界確定の訴えでは——それが許されません。ここが、この訴えでいちばん誤解されやすいところです。よく、「証明責任という、通常のルールに例外を作っている」と説明されます。でも、それは正確ではありません。ここで、要件事実を思い出してください。茶碗の売買の回で見た、法律上の要件にあたる具体的な事実です。証明責任のルールが働くのは、その要件事実がある場合です。要件事実が、証拠を出し合っても、はっきりしない——その「真偽不明」という状態を前提に、どちらに不利益を負わせるかを決めるのが、証明責任です。

でも、境界確定の訴えには、そもそも証明すべき要件事実そのものが、存在しません。形成の中身の基準が、法律に無いんですから、その基準を満たすかどうかを証明する、という発想自体が成り立ちません。電柱の空き地で言えば——Xが「電柱の位置が境界だ」と証明しようとしても、「これを証明すれば境界はここだ」という法律上の基準が、そもそも用意されていないんです。要件事実が無ければ、その真偽不明という状態も、観念できません。つまり、証明責任という枠組みは、そもそも適用される前提を欠いているんです。「本来使えるはずのルールに、この訴えだけ特別に免除を与えている」わけではありません。

そもそもこの訴えは、裁判所に線を引いてもらうためのものです。線が引かれないまま終わっては、訴えた意味がありません。だから、裁判所は、証拠が足りなくても、「分からないので棄却します」とは言えません。常に、何らかの内容の判決——つまり、どこかに線を引く判決を、出さなければなりません。境界という公的な線引きを、決まらないままにしておくわけにはいかないからです。ここまでの違いを、通常の訴訟と、並べてみましょう。通常の訴訟なら、原告が線を示す必要があり、裁判所はその主張に縛られ、証明できなければ原告が負けます。境界確定の訴えでは、その3つが、ぜんぶ逆になります。理由は、いつも同じです。要件事実が、実体法に無いからです。

学説の対立——和解はできるのか

学説の対立——境界確定の訴えの法的性質ボード 図:学説の対立——境界確定の訴えの法的性質ボード

もう1つ、考えてみましょう。XとYが、自分たちで話し合って「ここを境界にしよう」と決めることは、できるでしょうか。ここでは、判例・通説の立場ははっきりしています。当事者どうしの話し合いで、境界を決めることはできません。筆界は、当事者2人だけのものではなく、地図や課税にも関わる、公法上の線引きだからです。当事者が自由に処分できる権利ではない——だから、和解にはなじまない、という立場です。これを、形式的形成訴訟説と呼びます。ただし、有力な反対説もあります。境界確定の訴えは、実際には、所有権がどこまで及ぶかという争いを解決するために、提起されているのだから、公的な性質があるというだけで、処分権主義の適用を排除すべきではない、とする立場です。

XとYが、所有権はここまでだ、と自分たちで決める。そういう和解も、この説なら認められることになります。この対立は、境界確定の訴えの法的な性質そのものをめぐる議論として、今も残っています。どちらの立場でどう論じるかは、専用の回に譲ります。今日は、両方の考え方がある、ということを押さえてください。

筆界特定制度との関係

筆界特定制度とはボード 図:筆界特定制度とはボード

最後に、境界確定の訴えとよく似た制度に、筆界特定制度があります。こちらは、裁判所ではなく、登記官という、行政の担当者が、筆界を特定する制度です。不動産登記法の改正で新設された、訴訟より簡易・迅速に使える制度です。では、両方が使われたとき、どちらが優先するのでしょうか。条文を見てください。

条文不動産登記法148条

不動産登記法第148条(筆界確定訴訟の判決との関係) 筆界特定がされた場合において、当該筆界特定に係る筆界について民事訴訟の手続により筆界の確定を求める訴えに係る判決が確定したときは、当該筆界特定は、当該判決と抵触する範囲において、その効力を失う。

境界確定の訴えが、優先します。さっきのXとYで言えば——先に登記官が線を特定していても、あとから境界確定の訴えで判決が確定すれば、その線は、抵触する範囲で効力を失います。筆界特定は、あくまで簡易・迅速な手段です。最終的な決着は、訴訟に委ねられている、ということです。

今日のまとめ

第4の箱と境界確定の訴え——まとめボード 図:第4の箱と境界確定の訴え——まとめボード

では、今日の話を、1枚に畳んでおきましょう。形成の訴えの中には、要件の定めが無い、第4の箱——形式的形成訴訟がありました。代表例は、共有物分割の訴え、父を定める訴え、そして、境界確定の訴えです。境界確定の訴えは、対象が筆界——所有権の及ぶ範囲とは、別次元の話でした。だから、通常の訴訟の原則が、2つ、覆りました。処分権主義が働かず、要件事実が無い以上、請求棄却もできません。そして、学説の対立——形式的形成訴訟説と有力説では、和解の可否まで結論が変わること。最後に、筆界特定制度との優劣——裁判所の判断が優先すること、まで見ました。

今日、地図だけ置いて送ったものも、あります。境界確定訴訟で、誰が訴えれば意味があるかという、当事者適格。控訴した当事者が、判決より不利にならないという原則が、なぜこの訴えには及ばないのか、という話。処分権主義の中身をもっと詳しく見る、請求の特定の回。そして、訴えの中身にあたる訴訟物——これは、また別の回で、じっくり扱います。

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#12単独ページ動画

民事裁判権と管轄

第1章 訴訟の開始 ⑫/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

「裁判所」という言葉の2つの意味

「裁判所」の2つの意味——国法上と訴訟法上の違い 図:「裁判所」の2つの意味——国法上と訴訟法上の違い

実は「裁判所」という言葉には、2つの意味があります。1つは、国法上の裁判所です。裁判官だけでなく、裁判所書記官、家庭裁判所調査官、事務官、執行官まで含みます。司法行政上の組織そのものを指す言い方です。もう1つは、訴訟法上の裁判所です。こちらは、実際に事件を審理して、判断を下す裁判機関そのものを指します。デザイン料が未払いのMとK社の事件でいえば、それを実際に審理して、判決を書く裁判官のことです。今日、これから「裁判所」と言うときは、こちらの意味で使います。この裁判所が、どういう単位で判断を下すのか——次はそこを見ましょう。

合議制と単独制——そして役割分担

合議制と単独制——トレードオフボード 図:合議制と単独制——トレードオフボード

裁判所が判断を下すとき、担当する裁判官の人数が変わります。1人で担当するのが単独制、複数で担当するのが合議制です。分けているのは、それぞれに良さがあるからです。合議制は、複数の裁判官の知識と経験が補い合います。だから、慎重で正確な判断につながりやすいんです。一方の単独制は、1人で決められるぶん、審理が速く進みます。実際の割り振りを見てみましょう。簡易裁判所と地方裁判所は、原則として単独制です。ただし地方裁判所では、事件によって、3人の合議で審理することがあります。代表的なのは、合議体自身が「合議で審理する」と決めた場合です。

さっき見た、慎重さと速さのトレードオフを、事件ごとに選べるようにしてあるんです。もう1つ、簡裁の判決に対する控訴審は、必ず合議になります。簡裁の決定・命令に対する抗告審も、同じです。さらに特別な事件では、5人の合議になることもあります。当事者や証人の数が著しく多い、大規模訴訟と呼ばれる事件です。当事者が著しく多数で、かつ、尋問すべき証人や当事者本人も著しく多数な訴訟です。この定義は、条文の括弧書きに置かれています。こうした事件は、5人の合議体で審理できます。もう1つ、特許権等に関する訴えも、5人の合議体で審理できます。中身は4つで閉じています。特許権、実用新案権、回路配置利用権、それにプログラムの著作物についての著作者の権利です。以前、知的財産の訴訟を見たときと同じで、技術的に高度な中身を含むからです。ただし、これができるのは、こうした訴えを専門に受け持つ、東京地裁と大阪地裁だけです。ここからは、最高裁の話に変わります。同じ5人でも、別の仕組みです。最高裁判所は、通常5人の小法廷で判断します。一方、15人全員の大法廷でなければならないのは、法律で決まった場合です。憲法に適合するかどうかを新しく判断するとき、憲法違反だと判断するとき、それに、これまでの判例を変えるときです。

合議体の中の役割(裁判長/受命裁判官/受託裁判官)ボード 図:合議体の中の役割(裁判長/受命裁判官/受託裁判官)ボード

合議制のとき、裁判官どうしの役割にも違いがあります。まず裁判長は、合議体を代表する発言機関です。口頭弁論を指揮し、証拠調べを主宰し、判決を言い渡します。次に受命裁判官です。合議体のメンバーの1人が、一定の事項の処理を任された場合の呼び名です。たとえば、証拠調べの一部だけを、その1人が受け持つ、といった形です。一方、受託裁判官は違います。審理を担当する裁判所が、証拠調べなどを他の裁判所に嘱託する——つまり、頼んで代わりにやってもらうことがあります。そのとき、頼まれた側の裁判官が、受託裁判官です。

受命は合議体の内、受託は別の裁判所という外です。

民事裁判権——国家の力が届く範囲

民事裁判権の意義と及ぶ範囲ボード 図:民事裁判権の意義と及ぶ範囲ボード

ここからは、少し視点を変えます。裁判所が、そもそもどんな力を持っているのか——民事裁判権の話です。民事裁判権とは、具体的な民事事件を裁判で処理する、国家の権能です。司法権の1つの働きとして、裁判所に属しています。この力が含むのは、判決を書くことだけではありません。送達、期日への呼出し、証人や鑑定人の尋問まで含みます。証拠物の提出を命じることも、この力に含まれます。手続を進めるための力全体、と考えてください。民事裁判権が届く範囲は、シンプルです。日本の領土にいる人になら、原則としてだれにでも力が働きます。

ただし、例外があります。外国国家、国家元首、外交官、領事などは、原則としてこの裁判権に服しません。国家どうしの主権を尊重するためです。裁判権の免除と呼ばれます。

裁判権の免除と制限免除主義ボード 図:裁判権の免除と制限免除主義ボード

実は、外国国家がいつでも免除される、とは限りません。かつては、外国国家は一切服さないという、絶対免除主義が採られていました。しかし今は、制限免除主義という考え方に変わっています。外国国家が、自分から訴えを起こした場合を考えてください。あるいは、私法上の行為から紛争が生じた場合です。こうした、法律が明文で認める場面では、私人と同じように裁判権に服します。たとえば、外国国家が民間の会社と同じように、物を買う行為です。お金を借りる行為なども、そうです。国家としての権力的な行為なら、免除されます。私人と同じ立場で行う行為なら、免除されません。「外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律」が、この考え方の根拠です。

外国国家が、どんな場合に日本の裁判権に服するかを、定めています。ここまでが、裁判所という組織が持つ、いちばん大きな枠の力です。

裁判権と管轄権は別物

裁判権と管轄権——却下か、移送かボード 図:裁判権と管轄権——却下か、移送かボード

ここから、今日いちばん大事な区別に入ります。裁判権と、管轄権です。この2つは、はっきり違います。裁判権は、日本の裁判所を全体として、ひとかたまりに見たときの力です。さっき見た、外国にどこまで力が及ぶか、という話がこれです。一方、管轄権は、具体的な事件をどれが扱うかという分担です。裁判所全体の中の、どれか、という話になります。なぜ、わざわざ2段階に分けて考える必要があるのか。それは、問題が起きたときの処理が、まったく違うからです。裁判権が無ければ、その訴えは却下されます。そもそも、日本の裁判所全体で扱えない話だからです。以前に見た、訴訟要件——裁判所が中身を判断するための前提条件——を欠くので、中身に入らないまま終わる、ということです。

一方、管轄が無ければ、移送されます。日本の裁判所で扱えること自体は間違いありません。ただ、担当する窓口が違うだけです。だから、正しい窓口に事件を回せば、それで済みます。ここで、確認しておきましょう。さっき見た、外国国家の、国家としての権力的な行為——これをめぐる訴えを、東京地裁に出したら、どうなるでしょうか?窓口を間違えたのではなく、そもそも扱えないので、却下になります。では、逆の場合です。Mが、K社への135万円の請求を、担当ではない裁判所に出してしまったら、どうでしょう。こちらは日本の裁判所で扱える話なので、却下ではなく、担当する裁判所へ移送されます。同じ「間違えた」でも、そもそも扱えないのか、担当が違うだけなのか——ここで処理が分かれます。この「却下か、移送か」という違いが、2段階に分ける理由です。移送そのものの細かい要件は、また別の回でじっくり扱います。今日は、「処理が違う」ということだけ、しっかり持ち帰ってください。

管轄の4分類——地図をもう一段広げる

管轄の4分類(職分管轄/審級管轄/事物管轄/土地管轄)ボード 図:管轄の4分類(職分管轄/審級管轄/事物管轄/土地管轄)ボード

では、その管轄について、もう少し詳しく見ていきましょう。管轄には、大きく4つの種類があります。数は4つですが、切っているものは1つです。どれも「この事件を、どこが担当するか」を、別々の角度から切り分けたものです。1つ目は、職分管轄です。裁判所が行う仕事の種類そのものによる、分担です。判決を出す手続なら受訴裁判所が担当します。強制執行の手続なら執行裁判所、支払督促の手続なら簡裁の書記官が担当します。2つ目は、審級管轄です。三審制の中で、第一審、控訴審、上告審のどれを担当するか、という分担です。

3つ目が、簡裁と地裁の分かれ目になる事物管轄です。第一審を、簡易裁判所と地方裁判所のどちらが担当するか、という分担です。最後、4つ目が土地管轄です。どの土地の裁判所が担当するか、という分担です。土地管轄の詳しい中身は、後の回でじっくり扱います。今日は、4つの名前と一緒に、「どの角度で切っているか」を持ち帰ってください。

審級の具体形——そして離婚事件のコラム

審級の系統(通常訴訟/人事訴訟)ボード 図:審級の系統(通常訴訟/人事訴訟)ボード

では、審級管轄の具体的な姿を見ましょう。一般の民事訴訟は、簡易裁判所か、地方裁判所が、第一審です。控訴審は、第一審が地裁なら高裁が担当します。第一審が簡裁なら、控訴審は地裁が担当します。上告審は、最高裁と高裁のどちらかです。ただし、例外があります。婚姻の無効・取消し、離婚、認知、養子縁組といった、人事訴訟事件は違います。これらは、地裁でも簡裁でもなく、家庭裁判所が第一審です。

コラム——離婚事件と家庭裁判所ボード 図:コラム——離婚事件と家庭裁判所ボード

ここで、少し寄り道をしましょう。離婚事件と家庭裁判所の話です。人事訴訟事件が、もともと地裁で、人事訴訟法で家裁に移ったことは、裁判所の種類を見た回でも触れましたね。これで、離婚の調停も、審判も、訴訟の手続も——窓口が家庭裁判所ひとつに、まとまりました。さらに、この一本化には、実務的な意味もあります。人事訴訟の請求と、もとになった事実が重なっているときは——そこから出た損害賠償の請求まで、家裁がまとめて審理できます。妻が夫に対して、離婚の請求と、離婚にともなう慰謝料の請求をします。この2つを、まとめて家裁に出せる、ということです。

1つの窓口で、まとめて解決できる仕組みになっています。

今日のまとめ

今日のまとめ——裁判所・裁判権・管轄の地図ボード 図:今日のまとめ——裁判所・裁判権・管轄の地図ボード

では、今日の話を、1枚に畳んでおきましょう。裁判所には、国法上と訴訟法上、2つの意味がありました。合議制と単独制には、慎重さと速さのトレードオフがありました。その中で、裁判長・受命裁判官・受託裁判官という役割の違いも見ました。民事裁判権は、日本の裁判所を全体として、ひとかたまりで見たときの力でした。判決だけでなく、送達や呼出し、尋問、提出命令まで含む力でしたね。及ぶ範囲には、免除と、制限免除主義という例外もありました。そして、今日いちばん大事だったのが、裁判権と管轄権の違いです。裁判権が無ければ却下、管轄が無ければ移送——処理が違う、という一点でした。

管轄は、職分・審級・事物・土地——「どこが担当するか」を4つの角度から切ったものでした。審級では、通常訴訟と、家庭裁判所が扱う人事訴訟の違いも見ましたね。今日は、ここまでです。最後に、今日、地図だけ置いて送ったものがあります。どの土地の裁判所が担当するか——土地管轄と合意管轄は、後の回でまとめて扱います。訴えが海外にも関わる場合の、国際裁判管轄は、別の回で扱います。管轄違いのときの、移送の具体的な手続も、後の回です。裁判官を代える、除斥・忌避・回避という制度もあります。訴訟費用や、支払督促の手続も、それぞれ専用の回で扱います。そして、簡裁と地裁を分ける、140万円という基準そのものは、この次の回で扱います。

冒頭の、MとK社の話に戻りましょう。135万円が、簡易裁判所になるのか、地方裁判所になるのか。その答えを出す道具は、今日、すべてそろいました。

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#13単独ページ動画

事物管轄と訴額の算定

第1章 訴訟の開始 ⑬/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

事物管轄——140万円という基準

事物管轄の基本形(訴額が分かれ目/140万円を超えない→簡裁/超える→地裁)ボード 図:事物管轄の基本形

  • 訴額が分かれ目
  • 140万円を超えない→簡裁
  • 超える→地裁
  • ボード

事件をどちらが担当するかは、訴額——訴訟の目的の価額で決まります。まず、条文を見てみましょう。

条文裁判所法33条1項1号

裁判所法第33条1項1号(簡易裁判所の事物管轄) 第三十三条 簡易裁判所は、次の事項について第一審の裁判権を有する。 一 訴訟の目的の価額が百四十万円を超えない請求(行政事件訴訟に係る請求を除く。)

前回の裁判権は、日本の裁判所全体の力のことでした。33条は同じ言葉を使っていますが——ここで決めているのは、簡裁と地裁のどちらが担当するか。前回の言い方なら、管轄の話です。訴額が140万円を超えなければ、担当は簡易裁判所になります。それ以外は、地方裁判所の事物管轄になります。条文は「超えない」請求、と書いてあります。140万円ちょうどは、140万円を超えていません。だから、140万円ちょうどの事件も、簡易裁判所です。数字の丸暗記より、大事な質問をしましょう。実は、数字そのものより、背景にある考え方が大事です。

簡裁と地裁のトレードオフ(簡裁=簡易・迅速/地裁=慎重な審理/140万円は事件の重さを測る代理指標)ボード 図:簡裁と地裁のトレードオフ

  • 簡裁=簡易・迅速
  • 地裁=慎重な審理
  • 140万円は事件の重さを測る代理指標
  • ボード

簡易裁判所は、簡易・迅速な手続で、少額・定型的な紛争を、早く安く解決する窓口です。一方の地方裁判所は、法曹資格を持つ裁判官による、慎重な事実認定と法律判断を行います。思い出せますか。裁判官が1人か、3人か、という話でした。合議制と単独制も、事物管轄も、まったく同じ発想です。金額の大小は、事件の軽い・重いを測る、代理の指標にすぎません。よく理解していますね。

自庁処理と不動産の競合管轄——140万円という基準の2つの例外

金額だけでは測れない場合がある(複雑さは金額に出ない/不動産は少額でも権利関係が複雑)ボード 図:金額だけでは測れない場合がある

  • 複雑さは金額に出ない
  • 不動産は少額でも権利関係が複雑
  • ボード

ただ、金額だけで機械的に線を引くと、不都合が出ることがあります。たとえば、Mの135万円の請求は、金額だけ見れば簡易裁判所です。でも、K社が「契約解釈をめぐる、専門的な争いだ」と主張したとします。激しく争う姿勢を見せた場合を考えてみましょう。金額だけでは、事件の複雑さまでは測りきれません。そこで、Mが最初から地方裁判所に、訴えを起こした場合を考えましょう。

条文民事訴訟法16条2項

民事訴訟法第16条2項(自庁処理) 2 地方裁判所は、訴訟がその管轄区域内の簡易裁判所の管轄に属する場合においても、相当と認めるときは、前項の規定にかかわらず、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部について自ら審理及び裁判をすることができる。ただし、訴訟がその簡易裁判所の専属管轄(当事者が第十一条の規定により合意で定めたものを除く。)に属する場合は、この限りでない。

本来なら簡裁が担当する事件——前回の言い方なら、移送される場面です。条文の「前項の規定にかかわらず」が、その移送の原則を指しています。これを自庁処理と呼びます。形式的な金額基準の、逃げ道になっている規定です。地裁が「自分たちで審理するのが相当だ」と認めれば、そのまま審理できます。ただし書にも、注意してください。この規定は、簡裁の専属管轄の事件には及びません。詳しくは別の回で扱いますが、法律で簡裁だけに決められた事件、と考えてください。もう1つ、金額だけでは測れない場合があります。不動産に関する事件です。

不動産に関する事件の競合管轄(訴額140万円以下でも簡裁・地裁どちらにも提起できる/裁判所法24条1号が根拠)ボード 図:不動産に関する事件の競合管轄

  • 訴額140万円以下でも簡裁・地裁どちらにも提起できる
  • 裁判所法24条1号が根拠
  • ボード

訴額140万円以下の不動産の事件は、簡裁と地裁の競合管轄になります。どちらの裁判所にも、訴えを起こせる、ということです。不動産の権利関係は、金額が小さくても、複雑になりやすいからです。誰の所有か、どこまでが自分の土地か、ほかに権利を持つ人がいないか。調べることは、金額の大小と関係なく増えていきます。根拠は、裁判所法24条1号にあります。この条文は、140万円を超える請求とあわせて——140万円以下でも不動産に関する訴訟を、地裁の第一審に含めています。金額という1つの物差しだけに頼らない、もう1つの手当てです。

訴額の算定——原則と、測れない請求のみなし規定

訴額の算定原則(原告が直接得る経済的利益/金銭給付はその金額/登記請求は目的不動産の評価額に基づいて算定)ボード 図:訴額の算定原則

  • 原告が直接得る経済的利益
  • 金銭給付はその金額
  • 登記請求は目的不動産の評価額に基づいて算定
  • ボード

では、その「140万円」を、どう測るかという話に入ります。ここが、今日いちばん手を動かして理解してほしいところです。まず、原則です。訴額は、その訴えで原告が手に入れようとしている利益を、お金に換算した金額です。この金額を、訴訟物の価額、または訴額と呼びます。判決の組み立ての1段目に出てきた言葉です。結局、何を求めているのか——訴えの中身のことですね。中身そのものの議論は別の回で扱います。今日測るのは、その中身に付く値段です。その主張が通ったときに、原告の手元へ直接入ってくる経済的な価値、と考えてください。

金銭の支払を求める請求は、その金額そのものが訴額になります。ちなみに、登記を求める請求なら、目的になる不動産の評価額が訴額になります。では、金額に評価できない請求を考えてみましょう。

条文民事訴訟法8条

民事訴訟法第8条(訴訟の目的の価額の算定) 第八条 裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)の規定により管轄が訴訟の目的の価額により定まるときは、その価額は、訴えで主張する利益によって算定する。 2 前項の価額を算定することができないとき、又は極めて困難であるときは、その価額は百四十万円を超えるものとみなす。

ここは、絶対に取り違えないでください。「超えるものとみなす」は、簡裁ではありません。140万円を超えるとみなされる、ということは——地方裁判所の管轄になる、ということです。金額で測れないなら軽く扱ってよさそうに見えますが、そこが、いちばんの落とし穴です。金額で測れない、ということは、軽い、という意味ではありません。物差しが答えを出さなかっただけで、「軽い」という答えが出たわけではありません。だから制度は、物差しが働かない場合を、慎重な側に倒しています。身分上の法律関係や、差止めを求める争いは、法的な重みが軽視できないことが多いんです。だからこそ、簡易な手続には落とさず、あえて地裁で扱う、という制度設計です。

「みなす」の向き(測れないことは「軽い」の証拠ではない→慎重な側=地裁に倒す)+差止め請求の具体例ボード 図:「みなす」の向き

  • 測れないことは「軽い」の証拠ではない→慎重な側=地裁に倒す
  • 差止め請求の具体例ボード

具体例で確認しましょう。契約終了後もK社がデザインを無断で使い続けている、とします。Mが、使用の差止めを求める場合を考えてください。差止請求は、金銭に評価できません。だから140万円を超えるものとみなされ、地方裁判所の管轄になります。ここで、1つ注意してください。すべての「お金では測りにくそうな請求」が、こうなるわけではありません。たとえば、登記手続を求める請求は、一見お金の話に見えないかもしれません。登記請求は、実は目的物の評価額で、測ることができます。だから、8条2項のみなす規定は、適用されません。原則どおり、評価額で判断します。

ここまでが、1つの請求の測り方でした。

訴額の算定——合算と、いちばんの落とし穴

複数の請求をするとき(原則は合算/主張する利益が共通なら合算しない)ボード 図:複数の請求をするとき(原則は合算/主張する利益が共通なら合算しない)ボード

次に、1つの訴えで、複数の請求をする場合を見ましょう。

条文民事訴訟法9条

民事訴訟法第9条(併合請求の場合の価額の算定) 第九条 一の訴えで数個の請求をする場合には、その価額を合算したものを訴訟の目的の価額とする。ただし、その訴えで主張する利益が各請求について共通である場合におけるその各請求については、この限りでない。 2 果実、損害賠償、違約金又は費用の請求が訴訟の附帯の目的であるときは、その価額は、訴訟の目的の価額に算入しない。

1項が、原則です。複数の請求をするなら、価額を合算するのが基本です。ただし書もあります。主張する利益が各請求で共通なら、合算しません。主位的請求と予備的請求のように、同じ利益を別の言い方で主張しているだけの場合です。本命の主張と、それが認められなかったときの控えの主張、という関係です。ここは深追いせず、まず原則を押さえましょう。Mの例で考えましょう。デザイン料135万円に加えて、K社がデザインを無断で改変した分の——損害賠償20万円も、一緒に請求するとします。この2つは、それぞれ別個・独立した権利にもとづく請求です。だから、合算します。デザイン料135万円と、改変の損害賠償20万円を足して——合算して155万円です。

クライマックスの罠(元本と利息のように、合算しない請求もある)ボード 図:クライマックスの罠(元本と利息のように、合算しない請求もある)ボード

では、ここで質問です。デザイン料135万円に、支払遅延の遅延損害金8万円を足したら——簡易裁判所と地方裁判所、どちらになるでしょうか?143万円だから地裁、と答えたくなるところが、この回でいちばんの落とし穴です。9条2項を見てください。果実、損害賠償、違約金、費用の請求が、訴訟の附帯の目的であるとき——その価額は、算入しません。講学上は、「主従関係にある請求」と呼ばれます。元本と、利息の関係のようなものです。遅延損害金は、あくまで元本の支払が遅れたことへの、付随的な請求です。独立した権利ではなく、主たる請求におまけとして付いてくるものです。だから、合算しません。

訴額は135万円のまま。事件は、簡易裁判所の管轄です。ここを取り違えると、間違った裁判所に訴えを起こしてしまいます。

合算する請求としない請求の違い(改変の損害賠償20万円は独立した権利だから合算/遅延損害金8万円は元本に附帯するだけだから不算入)ボード 図:合算する請求としない請求の違い

  • 改変の損害賠償20万円は独立した権利だから合算
  • 遅延損害金8万円は元本に附帯するだけだから不算入
  • ボード

さっきの、デザイン改変の損害賠償20万円と、比べてみてください。改変の損害賠償は、元本が無くても成り立つ別の権利。遅延損害金は、元本があってはじめて生まれる請求です。独立した請求か、付随するだけの請求か——ここが、境界線です。気をつけてください。9条2項に「損害賠償」とあっても、名前では決まりません。分かれ目は、主たる請求が無くなっても残る権利かどうか、です。数字をそのまま当てはめない——今日の一点は、ここです。

4つの変化形、1枚にまとめる

M×K社135万円の4つの行き先(合算155万円→地裁/不算入135万円→簡裁/差止めみなし→地裁/自庁処理→地裁)ボード 図:M×K社135万円の4つの行き先

  • 合算155万円→地裁
  • 不算入135万円→簡裁
  • 差止めみなし→地裁
  • 自庁処理→地裁
  • ボード

ここまでの4つのパターンを、1枚にまとめておきましょう。デザイン料135万円だけなら、簡易裁判所です。改変の損害賠償20万円を足すと、合算して155万円、地方裁判所です。遅延損害金8万円を足しても、合算せず135万円のまま、簡易裁判所です。使用差止めを求めると、金額に評価できず、地方裁判所です。K社が激しく争う姿勢を見せ、Mが最初から地裁に訴えれば——地裁が相当と認める限り、そのまま地方裁判所で審理できます。同じ最初の135万円の相談だったのに、請求の中身しだいで、行き先が変わりました。

今日のまとめ

今日のまとめ(140万円という代理指標/2つの例外/訴額算定3ルール)+送り先一覧ボード 図:今日のまとめ

  • 140万円という代理指標
  • 2つの例外
  • 訴額算定3ルール
  • 送り先一覧ボード

では、今日の話を、1枚に畳んでおきましょう。事物管轄は、140万円という数字が、簡裁と地裁を分ける代理指標でした。簡裁は簡易・迅速、地裁は慎重な審理——その重さを、金額に置き換えているだけでしたね。金額の物差しが働かないときの受け皿が、2つありました。地裁が相当と認めれば審理できる自庁処理と、不動産の競合管轄でしたね。そして、その140万円をどう測るかにも、3つのルールがありました。直接の経済的利益で測るのが原則。金額で測れない請求は、あえて重く扱って地裁になる。複数の請求は合算するのが原則ですが、付随するだけの請求は合算しない。

数字だけを覚えるのではなく、その向きと理由を持ち帰ってください。最後に、今日、地図だけ置いて送ったものがあります。どの土地の裁判所が担当するか——土地管轄は、すぐ次の回で、じっくり扱います。当事者どうしの合意で決める合意管轄、争わずに応じる応訴管轄も、そこで扱います。訴えが海外にも関わる場合の、国際裁判管轄は、別の回で扱います。管轄違いのときの、移送の具体的な手続も、後の回です。訴額に応じた、手数料や訴訟費用の話も、専用の回で扱います。今日出てきた140万円とは別に、もっと簡単に済む制度もあります。また別の数字で線を引く、少額訴訟という制度です。

書面のやり取りだけで相手に支払を促す督促手続も、専用の回で扱います。管轄が、訴訟を進めるための前提条件になっていることも、後の回で扱います。今日は、Mの135万円の答えが、ようやく出ましたね。金額を足す前に、その請求が独立した権利かどうかを見る——それが今日の道具です。

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#14単独ページ動画

土地管轄と普通裁判籍

第1章 訴訟の開始 ⑭/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

土地管轄への入り口——裁判籍と普通裁判籍の原則

土地管轄の入り口(裁判籍=事件と裁判所の管轄区域とのつながり/普通裁判籍と特別裁判籍の2分類)ボード 図:土地管轄の入り口

  • 裁判籍=事件と裁判所の管轄区域とのつながり
  • 普通裁判籍と特別裁判籍の2分類
  • ボード

まず、言葉の整理から始めます。土地管轄の原因になるものを、裁判籍と呼びます。中身は単純です。ある事件と、ある裁判所の管轄区域との、つながりのことです。その土地に住んでいる、その土地で契約した、その土地で事故が起きた——こういうつながりです。この裁判籍には、大きく2種類あります。すべての事件に共通する普通裁判籍と、事件の内容で追加される特別裁判籍です。普通裁判籍の原則を、条文で確認しましょう。

条文民事訴訟法4条1項・2項・4項

民事訴訟法第4条(普通裁判籍による管轄) 第四条 訴えは、被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所の管轄に属する。 2 人の普通裁判籍は、住所により、日本国内に住所がないとき又は住所が知れないときは居所により、日本国内に居所がないとき又は居所が知れないときは最後の住所により定まる。 4 法人その他の社団又は財団の普通裁判籍は、その主たる事務所又は営業所により、事務所又は営業所がないときは代表者その他の主たる業務担当者の住所により定まる。

そこが、いちばん大事なところです。原則は被告の住所地であって、原告の住所地ではありません。個人なら住所、法人なら主たる事務所や営業所です。住所が分からないときは、今いる場所——居所で決まります。それも無ければ、最後の住所です。Mなら住所地、K社なら本店の所在地が、それぞれの普通裁判籍です。理由は2つあります。1枚にまとめます。

普通裁判籍の趣旨2つ(裁判を受ける権利の保障=憲法32条/当事者間の衡平=被告の防御権)ボード 図:普通裁判籍の趣旨2つ

  • 裁判を受ける権利の保障=憲法32条
  • 当事者間の衡平=被告の防御権
  • ボード

1つめは、裁判を受ける権利の保障です。どんな事件でも、被告の住所地になら必ず管轄が認められます。この保証が無いと、原告が手がかりを見つけられない限り——そもそも訴えを起こせない事態がありえます。普通裁判籍は、いわば最後の砦です。憲法32条が保障する、裁判を受ける権利にもつながる考え方です。2つめは、当事者間の衡平——特に、被告の防御権の保障です。準備に時間をかけられて、有利な裁判所を選べるのは原告です。一方的に訴えを起こされ、応訴を強いられる被告が——さらに遠くまで行かされたら、負担が大きすぎます。だから、攻める側が守る側の本拠地に出向くのが公平だ、という発想です。

買った服が不良品だったとき、文句がある側が、レシートを持ってお店まで出向きます。お店の人が客の家まで取りに来るのが普通、とはなりません。文句を言う側が、言われた側の本拠地に出向く——それが、普通裁判籍の趣旨です。実際に、MとK社の関係で確かめてみましょう。

変化形A(契約条項が無ければ/MがK社を訴える→東京/K社がMを訴える→札幌)ボード 図:変化形A

  • 契約条項が無ければ
  • MがK社を訴える→東京
  • K社がMを訴える→札幌
  • ボード

もし契約書に何の条項も無かったとします。MがK社にデザイン料を請求するなら、K社の普通裁判籍——東京簡裁に、Mが出向きます。逆に、K社がMを訴える場合を考えてください。金額から言えば簡裁の事件ですから、札幌簡裁です。ただ、これはあくまで原則です。事件の内容によっては、この原則に選択肢が足されます。その選択肢を、次に見ていきましょう。

特別裁判籍——普通裁判籍に足される選択肢

特別裁判籍のイメージ(普通裁判籍を消すのでなく競合して足す)ボード 図:特別裁判籍のイメージ(普通裁判籍を消すのでなく競合して足す)ボード

特別裁判籍は、その事件がどんな中身なのかを見たうえで——被告の住所地とは別に、もう一つ管轄を認めるものです。教科書はこれを「競合して認められる」と言います。普通裁判籍を消すのではなく、選択肢として足される、ということです。この回で代表的な2つを、条文で確認しましょう。

条文民事訴訟法5条1号・9号

民事訴訟法第5条(財産権上の訴え等についての管轄) 第五条 次の各号に掲げる訴えは、それぞれ当該各号に定める地を管轄する裁判所に提起することができる。 一 財産権上の訴え 義務履行地 九 不法行為に関する訴え 不法行為があった地

5条は実は15号まである、長い条文です。今日はこの2つに絞ります。なぜこの2つを認めるのか、機能は2つあります。

特別裁判籍の機能2つ(原告の選択肢を増やす/証拠所在地の便宜で適正・迅速)ボード 図:特別裁判籍の機能2つ(原告の選択肢を増やす/証拠所在地の便宜で適正・迅速)ボード

1つめは、原告の選択肢を増やし、訴えを起こしやすくすることです。普通裁判籍だけだと、遠方の被告を訴えるハードルが下がりません。さっきのMなら、東京まで出向くしかない、と分かった時点で——請求そのものをあきらめてしまうかもしれません。証拠の所在地に管轄を認め、裁判の適正・迅速を図ることです。交通事故なら、事故現場の近くの裁判所のほうが合理的です。それが、不法行為地という考え方です。もう1つの1号——義務履行地のほうが、今日いちばん厄介です。ここで、さっきの原則が崩れます。

原則が崩れる場所①——義務履行地の副作用

義務履行地の副作用の流れ(5条1号→民484条の持参債務→結局は原告の住所地)ボード 図:義務履行地の副作用の流れ

  • 5条1号→民484条の持参債務→結局は原告の住所地
  • ボード

義務履行地は、財産権上の訴えに認められる特別裁判籍でした。では、義務履行地とは、どこでしょうか。ここで、実体法——民法の話が絡んできます。人からお金を借りて、返す場面を想像してください。そのお金は、どこへ持っていって返しますか。貸してくれた人のところへ、持っていきます。取りに来てもらうのではなく、こちらから出向きます。民法は、これと同じ発想を弁済の場所のルールに定めています。金銭債務のような「その他の弁済」は——債権者の現在の住所でしなければならない、という原則です。これを、持参債務の原則と呼びます。根拠は民法484条1項、商行為なら商法516条です。条文そのものを、確認しておきましょう。

条文民法484条1項

民法第484条1項(弁済の場所) 第四百八十四条 弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは、特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所において、その他の弁済は債権者の現在の住所において、それぞれしなければならない。

物の引渡しなら、その物がある場所になります。それ以外——金銭債務なら、債権者の住所です。デザイン料の債権者は、支払を受け取るM本人です。だから、義務履行地はMの住所地——札幌になります。5条1号によって義務履行地にも管轄が認められますから——Mは、K社を、自分の住所地である札幌の裁判所に訴えられます。被告の住所地に出向かせるはずの原則が、金銭債務については骨抜きになります。

変化形B(義務履行地×持参債務→Mの住所地である札幌でも訴えられる)ボード 図:変化形B(義務履行地×持参債務→Mの住所地である札幌でも訴えられる)ボード

さきほどの変化形Aと比べてください。契約条項が無くても、普通裁判籍だけならMが東京へ出向くはずでした。ところが、義務履行地を使うと、Mは動かなくてよい、という結論に変わります。なぜ、法はこんな副作用を放置しているのか、気になりませんか。理由は、3つ考えられます。

なぜ副作用が放置されるのか(実体法と手続法は別の理屈/義務履行地自体は必要/事後の裁量移送で対応)ボード 図:なぜ副作用が放置されるのか

  • 実体法と手続法は別の理屈
  • 義務履行地自体は必要
  • 事後の裁量移送で対応
  • ボード

1つめ。実体法と手続法は、そもそも別々の理屈で作られています。民法は、弁済の手間を軽くする発想で、持参債務を定めています。民訴法は、証拠や利害が集まる場所にも訴えを認める発想です。どちらも単独では合理的なのに、金銭債務だけ重なると副作用が出ます。2つめ。義務履行地という原因を無くすと、失うものも大きいんです。物の引渡しでは、義務履行地はむしろその物がある場所になり、原告有利とは限りません。3つめ。個別の被告の負担は、事後の裁量で調整するほうが柔軟です。事件ごとに、裁判所が「負担が大きすぎる」と判断すれば——別の裁判所へ移送できる制度があります。この移送は、この先の回で、じっくり扱います。今日は、原則がここで崩れる、というところまでを押さえてください。

次に、絶対に動かない領域を見てみましょう。

知的財産事件の管轄——東京地裁と大阪地裁への集中

K社×X社の著作権侵害の訴え(プログラムの著作物についての著作者の権利/東西で東京地裁・大阪地裁)関係図 図:K社×X社の著作権侵害の訴え

  • プログラムの著作物についての著作者の権利
  • 東西で東京地裁・大阪地裁
  • 関係図

ここで、MとK社の話とは別の場面を考えます。K社が、自社製の広告管理システムのプログラムについて——著作者の権利を侵害されたとします。相手は大阪の同業者X社です。プログラムの著作物についての著作者の権利をめぐる訴えは——特許権等に関する訴えという特別な扱いを受けます。特許権・実用新案権・回路配置利用権と並びます。条文で言うと、6条1項です。中身を、条文で確認しましょう。

条文民事訴訟法6条1項・3項

民事訴訟法第6条(特許権等に関する訴え等の管轄・1項・3項) 第六条 特許権、実用新案権、回路配置利用権又はプログラムの著作物についての著作者の権利に関する訴え(以下「特許権等に関する訴え」という。)について、前二条の規定によれば次の各号に掲げる裁判所が管轄権を有すべき場合には、その訴えは、それぞれ当該各号に定める裁判所の管轄に専属する。 一 東京高等裁判所、名古屋高等裁判所、仙台高等裁判所又は札幌高等裁判所の管轄区域内に所在する地方裁判所 東京地方裁判所 二 大阪高等裁判所、広島高等裁判所、福岡高等裁判所又は高松高等裁判所の管轄区域内に所在する地方裁判所 大阪地方裁判所 3 第一項第二号に定める裁判所が第一審としてした特許権等に関する訴えについての終局判決に対する控訴は、東京高等裁判所の管轄に専属する。ただし、第二十条の二第一項の規定により移送された訴訟に係る訴えについての終局判決に対する控訴については、この限りでない。

東日本の裁判所が管轄権を持つ場合は東京地裁、西日本なら大阪地裁の専属になります。この東京地裁と大阪地裁という組み合わせは、前にも名前だけ出てきましたね。今日は、その中身を開きます。他の裁判所には、管轄が認められない、ということです。控訴審も、6条3項により東京高裁の専属です。専門性が高く、高度な技術的事項が審理の対象になるからです。専門の集中部を持つ裁判所に審理を集め、適正・迅速な裁判を確保します。被告のX社は大阪です。被告の住所地を手がかりにすれば、西日本——大阪地裁の専属になります。

ここでも、出発点は被告の住所地です。

専属と選択的の向き(特許権等=専属・6条1項/著作権や商標権等=選択的・6条の2)ボード 図:専属と選択的の向き

  • 特許権等=専属・6条1項
  • 著作権や商標権等=選択的・6条の2
  • ボード

そこが、この論点の罠です。プログラムの著作物についての著作者の権利は、専属です。ですが、それ以外の著作権・商標権・出版権などは——専属ではなく、6条の2による選択的な扱いです。条文を見てみましょう。

条文民事訴訟法6条の2

民事訴訟法第6条の2(意匠権等に関する訴えの管轄) 第六条の二 意匠権、商標権、著作者の権利(プログラムの著作物についての著作者の権利を除く。)、出版権、著作隣接権若しくは育成者権に関する訴え又は不正競争(不正競争防止法(平成五年法律第四十七号)第二条第一項に規定する不正競争又は家畜遺伝資源に係る不正競争の防止に関する法律(令和二年法律第二十二号)第二条第三項に規定する不正競争をいう。)による営業上の利益の侵害に係る訴えについて、第四条又は第五条の規定により次の各号に掲げる裁判所が管轄権を有する場合には、それぞれ当該各号に定める裁判所にも、その訴えを提起することができる。 一 前条第一項第一号に掲げる裁判所(東京地方裁判所を除く。) 東京地方裁判所 二 前条第一項第二号に掲げる裁判所(大阪地方裁判所を除く。) 大阪地方裁判所

普通裁判籍などに加えて、東京地裁・大阪地裁にも提起できる——そういう追加の選択肢です。排他的ではありません。K社が広告デザインについて、著作権を侵害されたと主張するなら、こちらです。分かれ目は、さっきの理由——高度な技術的事項が、審理の中心になるかどうかです。プログラムの著作物は、中身が技術そのものです。だから特許権と同じ扱いにして、集中部に集めます。ですが、広告デザインや商標をめぐる争いは、必ずしも技術の話になりません。だから、ほかを締め出すのではなく、選択肢を足すだけにとどめたわけです。ここは、向きを混ぜないでください。プログラムの著作者の権利は専属、それ以外は選択的です。では、今のK社とX社の事件に戻ります。この専属管轄は、当事者の合意で動かせるでしょうか。

答えを、次に確認しましょう。

動かせない地図——専属管轄と任意管轄

専属管轄と任意管轄の対比(誰が作るか・動かせるか)ボード 図:専属管轄と任意管轄の対比(誰が作るか・動かせるか)ボード

答えは、動かせません。ここで、専属管轄という言葉を、正確に定義しておきましょう。

⭐ 論文で書く規範:専属管轄とは 公益性が強く働く場面で、法が「この裁判所だけ」と指定し、ほかを締め出す管轄。 当事者の都合では動かせない。 (定義(通説で立てる))

国の審理体制の統一、専門性の確保——当事者の意思を超えた要請があるので、動かせません。ちなみに、前に見た職分管轄——判決を出すのは受訴裁判所、強制執行は執行裁判所でした。これは、仕事の種類による分担でしたね。あれは、すべてこの専属管轄にあたります。これに対して任意管轄は、当事者の便宜のための定めにすぎません。事物管轄も、土地管轄も、その大半がこれにあたります。前回「詳しくは別の回で」と送ったのが、いま定義した専属管轄です。法律が「ここだけ」と決めた事件は、その大半から外れて、動かせない側に入ります。

専属管轄に違反すると、控訴の理由は299条1項に——上告の理由は312条2項3号に、それぞれ定められています。つまり、専属でない裁判所が下した判決は、上級審で取り消しを求められる、ということです。中身は、控訴と上告を扱う回で開きます。建築基準法と、賃貸借契約の特約を思い浮かべてください。前者が専属管轄、後者が任意管轄のイメージです。では、今日はもう1つ、任意管轄の中の話——まとめて訴えるときの管轄を見て、締めくくりましょう。

一つの請求にまとめる——併合請求における管轄

併合請求の考え方(1つの請求に管轄があれば他の請求もまとめて提起できる)ボード 図:併合請求の考え方(1つの請求に管轄があれば他の請求もまとめて提起できる)ボード

1つの訴えで、複数の請求をしたいときがあります。条文を見てみましょう。

条文民事訴訟法7条

民事訴訟法第7条(併合請求における管轄) 第七条 一の訴えで数個の請求をする場合には、第四条から前条まで(第六条第三項を除く。)の規定により一の請求について管轄権を有する裁判所にその訴えを提起することができる。ただし、数人からの又は数人に対する訴えについては、第三十八条前段に定める場合に限る。

本文は、1つの請求に管轄があれば——他の請求も併せて提起できる、という原則です。1つの請求について管轄がある以上、被告はどのみち応訴します。一緒に審理されるなら、被告の負担はそこまで増えません。複数原告や複数被告が絡む場面を、制限しています。これを、訴えの主観的併合と呼びます。制限は、38条前段に定める場合に限られます。複数被告への訴えは、応訴を強いられる負担がより大きくなるからです。

客観的併合と主観的併合の違い(同一被告への複数請求は緩やか/複数被告への訴えは38条前段に限定)ボード 図:客観的併合と主観的併合の違い

  • 同一被告への複数請求は緩やか
  • 複数被告への訴えは38条前段に限定
  • ボード

同一の被告への複数請求——訴えの客観的併合には、この制限はかかりません。たとえば、MがK社に、デザイン料135万円と、その前に受けた別の仕事の未払い分を——まとめて請求する場合です。制限がかかるのは、数人が絡む主観的併合だけです。38条前段を、条文で確認しましょう。

条文民事訴訟法38条前段

民事訴訟法第38条(共同訴訟の要件・前段) 第三十八条 訴訟の目的である権利又は義務が数人について共通であるとき、又は同一の事実上及び法律上の原因に基づくときは、その数人は、共同訴訟人として訴え、又は訴えられることができる。

38条前段は、権利義務が数人について共通するとき——または、同一の事実上・法律上の原因に基づくときに、共同を認めます。ただ、この主観的併合は極めて緩やかに認められています。だから、原告に悪用されることがあります。実際にあった事件を、見てみましょう。

手形訴訟の関係図(X=手形所持人、Y1=振出人、Y2=第1裏書人、Y3=第2裏書人、盛岡地裁と釧路地裁)関係図 図:手形訴訟の関係図

  • X=手形所持人、Y1=振出人、Y2=第1裏書人、Y3=第2裏書人、盛岡地裁と釧路地裁
  • 関係図

手形の所持人Xが、振出人Y1と第1裏書人Y2に請求しようとしました。Y1・Y2の住所地と、手形の支払地からすると——本来は盛岡地裁にしか管轄がありません。Xと第2裏書人Y3の住所地が、釧路地裁の管轄に入ることを利用しました。Y3への請求もあわせて、釧路地裁に併合提起したんです。同じ1通の手形から生じた請求どうしです。さきほどの38条前段——同一の事実上・法律上の原因に基づくとき、に当たります。形のうえでは、この併合提起そのものは適法なんです。ところが、第1回口頭弁論の期日で——Y3への訴えだけを、陳述もせずに取り下げてしまいました。

この事件で、裁判所がどう判断したか見てみましょう。

判例札幌高等裁判所決定 昭和41年9月19日(高民19巻5号428頁〈百選A2〉)

併合請求の管轄選択権の濫用 原告が自己に便利な地の裁判所に管轄を生じさせるためだけの目的で、訴える必要のない者に対する訴えを本来の訴訟に加えて、前者の請求について管轄を有する裁判所に訴えを提起し、その後すぐにその請求を取り下げた場合には、原告が管轄選択権を濫用したものとして、7条の併合管轄の適用を否定すべきである。

はい、最高裁ではありません。この決定は、原決定を取り消して、事件を盛岡地裁へ移送しました。訴える自由と、被告の応訴の負担のバランスを取る考え方です。

今日のまとめ

今日のまとめ(原則=被告の住所地→足される特別裁判籍→崩れる義務履行地→動かない専属管轄→まとめる併合請求)ボード 図:今日のまとめ

  • 原則=被告の住所地→足される特別裁判籍→崩れる義務履行地→動かない専属管轄→まとめる併合請求
  • ボード

では、今日の話を、1枚に畳んでおきましょう。出発点は、被告の住所地——普通裁判籍でした。訴えるほうが、訴えられるほうの本拠地に出向くのが原則です。そこに、特別裁判籍という選択肢が足されました。5条の義務履行地や不法行為地です。消すのではなく、足す関係でしたね。持参債務の原則と組み合わさると——結局は原告の住所地でも訴えられます。原則が崩れる場所でした。義務履行地を使えば、Mさんは札幌のままK社を訴えられます。東京へ行かなくていいんです。一方で、絶対に動かない領域もありました。専属管轄——知的財産事件の訴えでしたね。

最後に、1つの訴えに複数の請求をまとめる併合請求——7条も見ました。同一被告への請求は緩やかで、複数被告への請求だけ、38条前段の場合に制限されました。今日は、法が引いた地図——動く場所と、動かない場所を押さえてください。最後に、今日、地図だけ置いて送ったものがあります。当事者どうしが、この「動く」地図を、実際にどうやって動かすのか——契約書の裏面に一文があったら、この地図はどうなるのか。これは、次回のテーマです。もう1つ。義務履行地の副作用で、被告が遠くへ引っ張り出されてしまったとき——それを引き戻す手段が、移送です。中身は、後の回で、じっくり扱います。

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#15単独ページ動画

合意管轄と応訴管轄

第1章 訴訟の開始 ⑮/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

法定管轄という名前をつける

法定管轄の総称(職分・事物・土地の管轄をまとめて呼ぶ/多くは当事者の便宜のための線・公益の線も混じる)ボード 図:法定管轄の総称

  • 職分・事物・土地の管轄をまとめて呼ぶ
  • 多くは当事者の便宜のための線・公益の線も混じる
  • ボード

ここまで見てきた、職分管轄、事物管轄、土地管轄——条文で決まる管轄を、まとめて法定管轄と呼びます。審級管轄は、第一審・控訴審・上告審のどれを担当するか、という分担です。あれも条文で決まる管轄です。ただ、今日の主役は、当事者が動かせる土地管轄と事物管轄のほうです。ここで大事なのは、名前よりも性質です。法定管轄をどこに引くかは、当事者がどこでなら訴訟を進めやすいか、負担がどちらかに偏らないか——その調整だけで決まっています。民事訴訟で扱う対象は、もともと私的自治が及ぶ、実体私法上の権利義務です。当事者どうしが自由に取り決めてよい関係だからこそ——それを審理する場所についても、できる限り当事者の意思を尊重してよい、という発想です。

だから、当事者双方が——もっと通いやすい裁判所で決着をつけたいと望むなら——第一審に限ってその希望を通しても——法が線を引いた狙いは、損なわれません。4条の被告の住所地も、5条の義務履行地も、6条の知的財産の専属管轄も——全部この法定管轄の一部です。専属管轄は、前回見たとおり、法が「この裁判所だけ」と決めて、ほかを締め出す管轄です。便宜の線に、動かせない線が混じっている——そこが、今日の分かれ目です。法定管轄の多くは便宜の線ですが、公益のために引かれた線も混じっています。当事者が動かせるのは、便宜の線のほうだけです。そして、これから見る2つの方法で、当事者はこの地図を動かせます。

一度目の動かし方——合意管轄

法定管轄と合意管轄(当事者の合意で法定管轄と異なる裁判所を定める)ボード 図:法定管轄と合意管轄(当事者の合意で法定管轄と異なる裁判所を定める)ボード

当事者どうしの合意によって、法定管轄と異なる裁判所を定めることができます。これが合意管轄です。条文で、要件を確認しましょう。

条文民事訴訟法11条

民事訴訟法第11条(管轄の合意) 第十一条 当事者は、第一審に限り、合意により管轄裁判所を定めることができる。 2 前項の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしなければ、その効力を生じない。 3 第一項の合意がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その合意は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。

条文どおりに整理すると、3つです。1つめ、一定の法律関係に基づく訴えに関するものであること。そういう包括的な条項は、この要件を満たしません。特定の法律関係に限定されていない合意は、効力を生じません。今回の契約書は「本契約に関して」と限定されているので、この要件はクリアしています。2つめ、第一審に限られること。土地管轄と事物管轄についてだけ許されます。もし審級まで、当事者の意思で動かせるとしたら——控訴審や上告審のたびに、裁判所の階層構造そのものが崩れてしまいます。私的自治の尊重は、あくまで第一審に限られるんです。

審級のほかに、もう1つ、職分管轄も対象から外れます。判決を出すのか、強制執行かという、仕事の種類による分担——前回見たとおり、これはすべて専属管轄です。公益の線ですから、そもそも合意で動かす対象に入りません。3つめ、書面ですること。ここは2項に書かれています。書面と電磁的記録の項番号は、今日いちばん細かい条文の読み方です。書面でしなければ効力を生じない、という本体のルールは2項にあります。3項は、電磁的記録による合意を、書面によってされたものとみなして——2項を適用する、というみなし規定なんです。

書面性の条番号を聞かれたら、2項と答えてください。この3つは、条文どおりの要件です。暗記するのではなく、条文を思い出せれば十分です。同じ書面である必要もありません。申込みと承諾が別々の書面で、時期がずれてもかまいません。たとえば、K社が先に条項入りの契約書案をMさんに送り——Mさんが日を置いてサインして返送した、という場合でも構いません。では、この3要件を、契約書の条項に当てはめてみましょう。

合意管轄3要件のあてはめ(一定の法律関係/第一審の土地・事物管轄のみ/書面)+M×K社の契約条項ボード 図:合意管轄3要件のあてはめ

  • 一定の法律関係
  • 第一審の土地・事物管轄のみ
  • 書面
  • M×K社の契約条項ボード

契約書の裏面には、こう書かれていました。「本契約に関して当事者間に生じた一切の紛争については——東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする」。1つめ、一定の法律関係——「本契約に関して」と限定されています。2つめ、第一審のみ——「第一審の」と明記されています。3つめ、書面——契約書という書面に、条項として印刷されています。合意管轄として、有効に成立しています。合意で動かせるのは、さきほどの2つめ——第一審の土地管轄と事物管轄でした。場所だけでなく、簡裁か地裁か、という階級のほうも、この一文が動かしています。

問題は、この合意が付加的なのか、専属的なのか、です。付加的というのは、法定管轄に追加されるだけで、他の裁判所も選べる、という意味です。専属的は、それ以外の裁判所を排除する、という意味です。

⭐ 論文で書く規範:合意の内容が不明なときの読み方 原則は、専属的合意と解する(1つの裁判所を書いた以上、それ以外を排除するのが通常の当事者の意思)。 例外として、約款のように一方が作った条項で判断できないときは、付加的合意と解して、選ぶ余地の無かった側を保護する。 (原則=当事者の通常の意思/例外=東京高決昭和58・1・19(判時1076号65頁))

守る手段は、実は残っています。ただ、順番が大事です。原則は、専属的合意と読みます。わざわざ1つの裁判所を書いた以上——それ以外を排除する意思だと見るのが、通常だからです。ここに例外があります。約款のように、一方が作った条項を、受け入れるしかなかった場合です。そういう条項で付加的か専属的か判断できないときは、付加的合意と読んで——選ぶ余地の無かった側を保護した裁判例があります。Mさんの側が文言を交渉できた形跡はありません。だから、この例外を検討する余地があります。その読み方なら、Mさんは東京地裁にも訴えられますが——札幌でも訴えられる余地が残ります。ですが、今回の契約書は、はっきり「専属的合意管轄」と明記していました。

文言だけを見れば、専属的合意と解釈できます。東京地裁でしか訴えられない立場に置かれます。

専属管轄と専属的合意管轄の違い(法律が決めた動かせない専属管轄/当事者が作った動かせる専属的合意管轄)ボード 図:専属管轄と専属的合意管轄の違い

  • 法律が決めた動かせない専属管轄
  • 当事者が作った動かせる専属的合意管轄
  • ボード

前回見た、知的財産の専属管轄とは、まったく違う種類の「専属」です。名前は似ていますが、中身は正反対です。法律が決めた専属管轄は、公益性が強く働く場面で——当事者の意思を超えて、動かせません。一方、専属的合意管轄は、私的自治の産物です。当事者が作ったものだからこそ、後から動かせる余地が残ります。その具体的な答えは、この先の回に持ち越します。逆に言うと、法律が決めた専属管轄そのものは——当事者の合意があっても、絶対に動きません。もう1つ、当事者の意思に等しい扱いを受ける場面があります。

二度目の動かし方——応訴管轄

応訴管轄のイメージ(管轄違いを争わず本案の防御を始めると管轄が生じる)ボード 図:応訴管轄のイメージ(管轄違いを争わず本案の防御を始めると管轄が生じる)ボード

もし、Mさんが契約書の条項をまったく争わず——いきなり中身の防御を始めたら、どうなるでしょうか?「デザイン料はもう支払った」というような、本案についての反論です。この場合に生まれる管轄を、条文で確認しましょう。

条文民事訴訟法12条

民事訴訟法第12条(応訴管轄) 第十二条 被告が第一審裁判所において管轄違いの抗弁を提出しないで本案について弁論をし、又は弁論準備手続において申述をしたときは、その裁判所は、管轄権を有する。

「弁論をし」だけでなく——「弁論準備手続において申述をした」場合も含まれます。口頭弁論の場だけに限られない、という点に注意してください。もう1つ、条文の言い回しに注目してください。「管轄違いの抗弁を提出しないで本案について弁論をし」とあります。先に管轄違いの抗弁を出していれば、応訴管轄は生まれません。争う意思を示しているからです。管轄違いの抗弁を出さずに本案を弁論した場合だけ、応訴管轄が生まれます。

合意管轄(事前)と応訴管轄(事後)の対比+専属管轄では生じないボード 図:合意管轄(事前)と応訴管轄(事後)の対比+専属管轄では生じないボード

合意管轄が事前の合意なら、応訴管轄は事後の合意に等しいと言えます。被告が管轄違いを争わず、本案の防御を始めた以上——その裁判所で審理を続けることに、異議は無いと扱ってよい、という考え方です。ここで、Mさんの行動を当てはめてみましょう。Mさんが、東京地裁で管轄違いを一切争わず——いきなり「デザイン料はもう支払った」という防御を始めたとします。応訴管轄が生じて、東京地裁の管轄が確定します。Mさんの応訴という行動だけで、東京地裁の管轄が生まれてしまいます。だから、応訴管轄は「被告が損をする制度」ではありません。「被告が同意したのと同じ扱いを受ける制度」だと考えてください。

ここが取り違えやすいところですが、専属管轄では、応訴管轄は生じません。専属管轄は、当事者の合意でも動きませんでした。争わないという不作為でも、同じように動きません。たとえば、前回見た、プログラムの著作物をめぐる訴えです。黙って反論を始めても、専属管轄である以上、その裁判所に管轄は生まれません。合意も無効、応訴も無効——専属管轄は、この2つのどちらの入り口からも、絶対に動きません。ここまでで、当事者が地図を動かす2つの経路を見ました。次は、地図そのものを、裁判所自身が引き直す例外を見てみましょう。

例外の第三の道——指定管轄

指定管轄の場面(災害等で裁判所が機能しない/管轄区域が不明確で定まらない)+移送との違いボード 図:指定管轄の場面

  • 災害等で裁判所が機能しない
  • 管轄区域が不明確で定まらない
  • 移送との違いボード

たとえば、大規模な災害で、ある地域の裁判所が長期間——機能を停止したとします。そのままでは、訴訟が宙に浮いてしまいます。こういう場合の備えを、条文で確認しましょう。

条文民事訴訟法10条

民事訴訟法第10条(管轄裁判所の指定) 第十条 管轄裁判所が法律上又は事実上裁判権を行うことができないときは、その裁判所の直近上級の裁判所は、申立てにより、決定で、管轄裁判所を定める。 2 裁判所の管轄区域が明確でないため管轄裁判所が定まらないときは、関係のある裁判所に共通する直近上級の裁判所は、申立てにより、決定で、管轄裁判所を定める。 3 前二項の決定に対しては、不服を申し立てることができない。

この制度を、指定管轄と呼びます。1項の場合も2項の場合も、直近上級の裁判所が、申立てにより決定で定めます。2項のほうは、隣り合う2つの裁判所の受け持ち区域の、境目がはっきりしない場面です。だから、両方に共通する直近上級の裁判所が決めます。3項は、この決定に不服を申し立てることを認めていません。入口の管轄争いで手続を止めない——そういう作りになっています。ここまで、法定管轄を動かす主体は、当事者だけでした。指定管轄は、当事者でも法でもなく——上級裁判所が線を引き直す、第三の道です。

移送とは別の制度です。移送は、「別の裁判所に管轄がある」場合の話です。指定管轄は、「管轄裁判所自体が機能しない、あるいは定まらない」場合の話です。さて、ここまでいろいろな動かし方を見てきました。最後に、これがどう確かめられるのかを見ていきましょう。

誰がどう確かめるか——管轄の調査

管轄権は訴訟要件の1つ(無ければ却下ではなく移送される)ボード 図:管轄権は訴訟要件の1つ(無ければ却下ではなく移送される)ボード

管轄権があるかどうかは、裁判所が事件を裁く前提条件です。これを、訴訟要件の1つと呼びます。訴えが適法に扱われるための条件です。詳しい枠組みは、また別の回で扱います。今日は、管轄権の無い裁判所に訴えが提起されても——却下されることはない、という点だけ押さえてください。管轄権のある裁判所に、移送されます。中身は、この先の回で扱います。この管轄権の調査は、職権調査事項と呼ばれます。裁判所はいつでも職権で調査しなければなりません。必要なら、当事者が出してこなくても、裁判所が自分で証拠を調べられます。条文を見てみましょう。

条文民事訴訟法14条

民事訴訟法第14条(職権証拠調べ) 第十四条 裁判所は、管轄に関する事項について、職権で証拠調べをすることができる。

見出しが「職権証拠調べ」であることは、注意が必要なところです。14条が定めているのは、あくまで職権で証拠調べができる、ということだけです。管轄の調査そのものが職権調査事項だ、という位置づけは——管轄権が訴訟要件だから、という解釈から出てくるものです。ただ、この原則には、2つの調整が入ります。3段構えで整理しましょう。

管轄の調査3段構え(①職権調査・職権証拠調べ/②任意管轄で争いが無ければ証拠調べ不要/③不法行為地型は原告の主張で定める)ボード 図:管轄の調査3段構え

  • ①職権調査・職権証拠調べ
  • ②任意管轄で争いが無ければ証拠調べ不要
  • ③不法行為地型は原告の主張で定める
  • ボード

1段め、原則です。裁判所はいつでも職権で調査し、必要なら証拠調べもできます。2段め、専属管轄以外の任意管轄については——管轄の原因になる事実に、当事者間で争いが無ければ、証拠調べは不要です。たとえば、K社の本店が東京にあることに、Mさんが争わなければ——それ以上の証拠調べは要りません。ついでに、なぜ任意管轄だけなのかも押さえておきましょう。任意管轄は、当事者の便宜のために引かれた線でした。だから、当事者が争わないなら、そこまでで足ります。専属管轄は公益の線ですから、当事者が争わなくても、裁判所が自分で確かめます。

3段め、争いがある場合でも——前回見た不法行為地のように、請求の種類や性質、請求を理由づける事実で管轄が定まる場合は——原告が主張するところによって、管轄を定めます。なぜ、それで足りるのか。理由をじっくり説明します。不法行為地では、管轄を決める事実——「不法行為があった」という事実そのものが——同時に、本案の請求原因事実そのものでもあります。この管轄審査の段階で、その事実の存否を確定的に認定してしまうと——本案の審理を先取りすることになってしまいます。管轄は、あくまで「この裁判所で審理してよいか」という入口の問題です。「その請求が実際に認められるか」という中身の当否は、別の問題です。

原告の主張が正しいかどうかは、本案の審理に委ねられます。たとえるなら、免許証の提示を求めるのと——実際に信号無視をしたかどうかを裁判で決めるのは、別の場面ですよね。管轄の審査は前者、本案の審理は後者にあたります。簡裁か地裁かを決める訴額は、納める手数料の額を決める物差しでもあります。だから、当事者が争っているかどうかに関係なく、裁判所が職権で証拠調べを行えます。訴えを起こすときは、訴額に応じた手数料を、国に納めます。当事者が争っていないからといって、納める額を当事者任せにはできません。同じ「管轄に関わる事実」でも、扱いが違います。ここが対比のポイントです。この考え方を、1枚にまとめます。

⭐ 論文で書く規範:職権証拠調べの3段構え ①原則として職権で調査・証拠調べができる/②任意管轄で管轄原因に争いが無ければ証拠調べは不要/③不法行為地のように管轄原因事実と請求原因事実が重なる場合は、原告の主張するところによって管轄を定める。 (規範(通説))

では、最後の論点に進みます。管轄が決まる”時点”の話です。

いつの時点で固定するか——管轄の恒定

管轄の恒定(条文の基準は「訴えの提起の時」=訴状を提出した時点/訴訟中の事情変更で動かない)ボード 図:管轄の恒定

  • 条文の基準は「訴えの提起の時」=訴状を提出した時点
  • 訴訟中の事情変更で動かない
  • ボード

ここからは、契約書の条項がなかった場合——前回の場面に戻して考えます。Mさんが、義務履行地を使って、札幌の裁判所に訴状を提出したとします。その後、K社が本店を大阪に移転したら、管轄はどうなるでしょうか?大阪を基準に考え直すことは、ありません。管轄は、ある時点を標準に固定されます。条文を見てみましょう。

条文民事訴訟法15条

民事訴訟法第15条(管轄の標準時) 第十五条 裁判所の管轄は、訴えの提起の時を標準として定める。

「訴えの提起の時」とは、原告が、訴状を裁判所に提出した時点です。Mさんが訴状を札幌の裁判所に提出した、その時点で管轄が固定されます。K社が本店を移転しても、審理はそのまま札幌の裁判所で続きます。なぜ、こんな仕組みが必要なんでしょうか。手続の安定性と、訴訟経済のために——いったん適法に係属した訴訟は、その後の事情変更に左右されず、同じ裁判所で審理を続けます。最後に1つ、取り違えやすい罠を確認しておきます。「訴えの提起の時」は、被告に訴状が届いて訴訟係属が生じる——送達の時とは、別の時点です。

基準は、あくまで訴状を提出した日です。この違いは、また別の回で、もう一度確認します。

今日のまとめ——動く地図、動かない地図

M×K社135万円の4つの変化形(A普通裁判籍だけ/B義務履行地の副作用/C専属的合意管轄/D応訴管轄)まとめボード 図:M×K社135万円の4つの変化形

  • A普通裁判籍だけ
  • B義務履行地の副作用
  • C専属的合意管轄
  • D応訴管轄
  • まとめボード

同じ、Mさんのデザイン料135万円という相談を、4つの角度から見てきました。契約条項が無ければ、Mさんが訴えるなら東京、K社が訴えるなら札幌でした。義務履行地を使うと、Mさんは動かなくてよく、札幌でK社を訴えられました。契約書の専属的合意管轄が有効なら、Mさんは東京地裁でしか訴えられません。そして、Mさんがそれを争わずに本案の防御を始めれば——条項の有効性を検討するまでもなく、東京地裁の管轄が確定しました。冒頭の問いに戻りましょう。なぜ、札幌のMさんが、東京地裁から呼び出されたのか。答えは、契約書に書かれていた、専属的合意管轄の条項でした。

今日の到達点(管轄を決める主体の一覧=法/当事者の合意/当事者の応訴/上級裁判所の指定)+判定の時点+送り先一覧ボード 図:今日の到達点

  • 管轄を決める主体の一覧=法
  • 当事者の合意
  • 当事者の応訴
  • 上級裁判所の指定
  • 判定の時点
  • 送り先一覧ボード

今日の話を、1つの表に畳んでおきましょう。管轄を決める主体は、4つありました。法自身が決める——法定管轄。当事者が事前に決める——合意管轄。当事者の行動が決める——応訴管轄。そして、上級裁判所が例外的に決める——指定管轄です。そして、動かせるのは、当事者の便宜のための線だけです。公益のための専属管轄は、このどの経路でも動きません。もう1つ、この地図がいつ確定するのかも、決まっていましたね。訴えの提起の時——訴状を提出した、その瞬間の事情で固定され——その後の変化には左右されません。今日崩れた地図——専属的合意管轄を、後から動かす手段である移送は、その先の回で扱います。

今日はここまでです。

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#16単独ページ動画

国際裁判管轄

第1章 訴訟の開始 ⑯/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

裁判権と管轄権——2段に分けて考える

2つの段(①日本の裁判権が及ぶか=#1-2で確認済み/②そのうえで日本の裁判所が扱ってよいか=今日のテーマ)ボード 図:2つの段

  • ①日本の裁判権が及ぶか=#1-2で確認済み
  • ②そのうえで日本の裁判所が扱ってよいか=今日のテーマ
  • ボード

以前、外国の国家などが被告になったとき、日本の裁判権がどこまで及ぶか、という話をしました。あれは、日本の裁判権そのものが及ぶかどうかという段でした。今日はその先の段です。裁判権が及ぶことを前提にして——そのうえで、日本の裁判所が、この事件を扱ってよいかを決めます。裁判権の免除が問題になるのは、外国の国家などが被告になる場面でした。W社は一つの会社ですから、ここでは出てきません。日本の裁判権は、当然に及んでいます。日本の裁判所が、この事件を扱ってよいかという、2段目の話です。これを、国際裁判管轄と呼びます。

当事者や請求が複数の国に関わる事件について、どこの国の裁判所が審理し、裁判を行うかという問題です。こういう事件を、渉外事件と呼びます。似ています。実は、国内の管轄の地図には、国際版の写しがあります。ただ、写されなかった条文が1つだけあって、そこで結論が変わります。今日は、それを探しながら、進めていきます。

国内の管轄と、何が違うのか

国内土地管轄との3つの違い(①移送の受け皿が無い→管轄が無ければ却下/②準拠法は法廷地の国際私法/③どこの国で裁判するかが結論を左右しうる)ボード 図:国内土地管轄との3つの違い

  • ①移送の受け皿が無い→管轄が無ければ却下
  • ②準拠法は法廷地の国際私法
  • ③どこの国で裁判するかが結論を左右しうる
  • ボード

国内の土地管轄と、国際裁判管轄には、大きな違いが3つあります。最初に、この3つを立てておきます。1つめ、移送の受け皿がありません。

条文民事訴訟法16条1項

民事訴訟法第16条1項(管轄違いの場合の取扱い) 第十六条 裁判所は、訴訟の全部又は一部がその管轄に属しないと認めるときは、申立てにより又は職権で、これを管轄裁判所に移送する。

国内なら、管轄違いの訴えでも、この条文で管轄のある裁判所に移送してもらえます。前回、名前だけ出てきた移送とは、別のものです。今の16条は、管轄が無い訴えを正しい裁判所へ渡す移送です。ところが、国際裁判管轄には、この条文に対応する仕組みがありません。日本の裁判所には、外国の裁判所に事件を渡す権限が無いからです。日本の裁判所が、外国の裁判所に「この事件をそちらで審理してください」と命令することはできません。主権の及ぶ範囲が、そもそも違うからです。移送先が無い以上、訴えは却下されます。これが、今日いちばん結論が変わる点です。

もし、Nさんの訴えに管轄が認められなかったら——国内の管轄違いのように、では別の裁判所へ、とはなりません。何が起きるでしょうか?訴えは却下され、Nさんは改めて外国で訴訟を起こすほかありません。だからこそ、この先見ていく管轄原因の一覧が、重要になってきます。2つめの違いに進みます。どこの国の法律を適用して判断するかは、審理する国、つまり法廷地の国際私法で決まります。日本では、「法の適用に関する通則法」という法律が、この役割を果たします。中身はこのシリーズの範囲外なので、名前だけ押さえておいてください。

管轄が決まって初めて、その裁判所がどの国の法律を使うかを次に考えます。そして3つめ、1つめと2つめの結果として——どこの国で裁判するかが、事件の結論そのものを左右することがあります。Nさんのレンズの件を、日本の裁判所で審理するのか、外国の裁判所で審理するのかで——使われる国際私法が変わり、その結果、どの国の法律で判断するかも変わりえます。だからこそ、日本で訴えられるかどうかを決める今日の一覧が、重みを持ちます。

なぜ条文になったのか

沿革のタイムライン(条文が無かった時代→判例法理「特段の事情」→裁量肥大・予測不能という批判→平成23年改正で列挙方式へ)ボード 図:沿革のタイムライン

  • 条文が無かった時代→判例法理「特段の事情」→裁量肥大・予測不能という批判→平成23年改正で列挙方式へ
  • ボード

実は、これから見ていく管轄原因の条文は、平成23年の改正で作られたものです。改正前は、条文が無かったんです。それまで裁判所は、国内の土地管轄の規定を類推適用して——その結果が、当事者間の公平や、裁判の適正・迅速に反する事情があれば——管轄を否定する、という判例法理で処理していました。この判例法理を確立したのが、次の判決です。

判例民集51巻10号4055頁

最高裁判決(ファミリー事件・預託金返還請求訴訟) 我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである。

この事件は、ドイツから自動車などを輸入していた日本の会社が、原告でした。相手は、長年ドイツで暮らしていた日本人です。業務委託契約に基づく、預託金の返還を求めた訴訟でした。契約はドイツで結ばれ、被告はドイツに20年以上、生活と営業の本拠を置いていました。証拠もドイツに集中していました。そもそも、日本の裁判所に訴えられることは、被告の予測の範囲を超えていました。他方で、原告は、ドイツから輸入していた業者です。ドイツの裁判所で訴えることが、過大な負担とまではいえませんでした。控訴審は日本の国際裁判管轄を否定し、最高裁も、特段の事情を認めて上告を棄却しました。

国内の裁判籍のいずれかが日本にあれば、原則として日本の裁判権に服させるのが相当としつつも、例外的に、特段の事情があれば、国際裁判管轄を否定してよい、という判断枠組みです。この判例法理には、強い批判がありました。「特段の事情」の中身を、結局は裁判所が個別に判断するので——裁判所の裁量が大きくなりすぎて、当事者が結論を予測できない、という批判です。そこで平成23年の改正で、立法はこう方針を変えました。国内の土地管轄の規定を参照しつつ、そのまま適用すると行き過ぎになる場合はあらかじめ排除して——日本と関連の深い場面を、条文にあらかじめ列挙する、という方針です。

これから、その一覧を見ていきます。ちなみに、この判決より前に、マレーシア航空事件という有名な判例もあります。そちらは、国内の裁判籍規定から国際裁判管轄を推し量る、逆推知説と評される先行判例です。今見た判決は、その後に「特段の事情」という考え方を正面から打ち出した判例です。今日の条文に直接つながるのは、こちらの判決だと覚えておいてください。

一覧の入口——被告の住所等

管轄原因の一覧(ア被告の住所等/イ契約上の債務・財産所在地/ウ不法行為/エ消費者・労働/オ併合請求)目次ボード 図:管轄原因の一覧

  • ア被告の住所等
  • イ契約上の債務・財産所在地
  • ウ不法行為
  • エ消費者・労働
  • オ併合請求
  • 目次ボード

では、日本で訴えられる場面を、順番に見ていきます。全部で5つあります。被告の住所、契約上の債務、不法行為、消費者と労働、そして併合請求です。1つめから見ていきましょう。

条文民事訴訟法3条の2

民事訴訟法第3条の2(被告の住所等による管轄権) 第三条の二 裁判所は、人に対する訴えについて、その住所が日本国内にあるとき、住所がない場合又は住所が知れない場合にはその居所が日本国内にあるとき、居所がない場合又は居所が知れない場合には訴えの提起前に日本国内に住所を有していたとき(日本国内に最後に住所を有していた後に外国に住所を有していたときを除く。)は、管轄権を有する。 2 裁判所は、大使、公使その他外国に在ってその国の裁判権からの免除を享有する日本人に対する訴えについて、前項の規定にかかわらず、管轄権を有する。 3 裁判所は、法人その他の社団又は財団に対する訴えについて、その主たる事務所又は営業所が日本国内にあるとき、事務所若しくは営業所がない場合又はその所在地が知れない場合には代表者その他の主たる業務担当者の住所が日本国内にあるときは、管轄権を有する。

4条2項は、住所、居所、最後の住所、という3段の階段でした。この条文も、同じ3段の階段です。ただ、細部が2か所違います。違いの1つめは、こうです。4条2項は「日本国内に住所がないとき」と書きますが——この条文は「その住所が日本国内にあるとき、住所がない場合」と書きます。文言そのものはよく似ていますが、指している範囲が違います。国内の4条2項でいう「住所」は、日本のどこかにある住所です。この条文の「住所」は、世界のどこかにある住所です。「住所が無い」の意味そのものが、国内版と国際版で違います。2つめは、3段目です。4条2項は「最後の住所」で終わります。この条文は、「訴えの提起前に日本国内に住所を有していたとき」となっています。しかも、括弧書きの除外がついています。

かつて日本に住んでいた、というだけでは足りず——その後、外国に生活の本拠を移していないことが必要です。この2つの罠は、条文をそのまま覚えていれば大丈夫です。慌てず条文を読み直してください。2項は、外国にいる大使や公使など、相手国の裁判権から免除される日本人についての特則です。3項は、法人や社団、財団についての規定です。主たる事務所や営業所が、日本国内にあるかどうかで決まります。

設例P:3条の2のあてはめ(W社の主たる営業所は外国=×)ボード 図:設例P:3条の2のあてはめ(W社の主たる営業所は外国=×)ボード

では、Nさんの相談に当てはめてみましょう。W社は法人ですから、3項で見ます。日本国内に事務所や営業所があるという事情は、出てきません。この条文を使う限り、日本には管轄が認められません。まだ、他に4つの場面が残っています。焦らず、次を見ていきましょう。

契約と不法行為——履行地・財産・不法行為地

契約上の債務に関する訴えの対象(①履行の請求②事務管理・不当利得③不履行の損害賠償④その他契約上の債務に関する訴え)ボード 図:契約上の債務に関する訴えの対象

  • ①履行の請求②事務管理・不当利得③不履行の損害賠償④その他契約上の債務に関する訴え
  • ボード

2つめは、契約上の債務に関する訴えです。条文をまとめて見ておきましょう。

条文民事訴訟法3条の3(1号・3号・8号)

民事訴訟法第3条の3(契約上の債務に関する訴え等の管轄権・抜粋) 第三条の三 次の各号に掲げる訴えは、それぞれ当該各号に定めるときは、日本の裁判所に提起することができる。 一 契約上の債務の履行の請求を目的とする訴え又は契約上の債務に関して行われた事務管理若しくは生じた不当利得に係る請求、契約上の債務の不履行による損害賠償の請求その他契約上の債務に関する請求を目的とする訴え 契約において定められた当該債務の履行地が日本国内にあるとき、又は契約において選択された地の法によれば当該債務の履行地が日本国内にあるとき。 三 財産権上の訴え 請求の目的が日本国内にあるとき、又は当該訴えが金銭の支払を請求するものである場合には差し押さえることができる被告の財産が日本国内にあるとき(その財産の価額が著しく低いときを除く。)。 八 不法行為に関する訴え 不法行為があった地が日本国内にあるとき(外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったときを除く。)。

この条文は号がたくさんあるので、今日は特に大事な3つに絞って見ていきます。まず1号、契約上の債務に関する訴えです。対象は4つの類型に分かれます。履行の請求、事務管理や不当利得の請求、不履行による損害賠償の請求——そして、その他契約上の債務に関する請求です。事務管理は頼まれずにした事務処理、不当利得は理由なく得た利益のことです。どちらも、契約に関して生じたものが、ここに入ります。どの類型でも、決め手は同じです。債務の履行地が日本国内にあるかどうかです。ここに罠があります。履行地は、契約で定められた履行地か、契約で選ばれた地の法によって決まる履行地です。民法の弁済のルール、つまり持参債務から、自動的に履行地を導くわけではありません。

あれは国内5条1号の話でした。国内では、契約に履行地の定めが無くても——民法の持参債務のルールから、履行地を導けます。でも、国際裁判管轄の3条の3第1号は違います。契約自体に履行地の定めがあるか——または契約で選んだ地の法によって履行地が決まる場合に限られます。もう1つ、注意してほしいことがあります。この1号は、あくまで契約上の債務についての規定です。不法行為でできた債務の履行地では、国際裁判管轄は生まれません。次に3号、被告の財産所在地です。財産権上の訴えで請求の目的が日本国内にあるとき、または金銭の支払いを求める訴えで——差し押さえることができる被告の財産が日本国内にあるときです。

土地管轄の回の「財産権上の訴え」は、義務履行地につながりました。同じ言葉でも、この3号がつなげる先は、財産の所在地です。「その財産の価額が著しく低いときを除く」という括弧書きです。ここにも罠があります。参考書によっては、「訴額に見合う程度の財産」と説明していることがありますが——条文の言い方は違います。著しく低いときを除く、です。訴額よりだいぶ少なくても、著しく低くなければ足ります。たとえば、W社が日本の銀行に口座を持っていたとします。その残高が訴額に届かなくても——著しく低いと言えない限り、この号は使えます。答えるときは、条文の言い方で答えてください。

設例Q:不法行為地の分かれ方(外国の工場で作られた充電池が、日本の事務所で発火)関係図 図:設例Q:不法行為地の分かれ方

  • 外国の工場で作られた充電池が、日本の事務所で発火
  • 関係図

では、3つめ、8号の不法行為に関する訴えを見ましょう。こちらは、不法行為があった地が日本国内にあるときです。加害行為が行われた地も、損害が発生した地も、どちらも含みます。具体例で考えましょう。外国の工場で作られた充電池が、日本の事務所に納品されて——そこで発火し、備品が焼けたとします。この場合、日本国内に不法行為があった地がある、と言えます。だから、日本に管轄が認められます。そこに、括弧書きの限定があります。外国で行われた加害行為の結果が日本で発生した場合でも——日本での結果の発生が、通常予見できないものだったときは、この号は使えません。

同じ充電池が、実は日本には一度も輸出されない仕様だったとします。それを、第三者が個人輸入して、勝手に日本に持ち込んでいたとしましょう。この場合、日本での結果発生は通常予見できないものとして——8号の管轄は認められません。加害者の立場から見て、日本での被害を予想できたかどうかが決め手になります。さて、ここまでの一覧に、Nさんを救う場面はありましたか?もう一度、住所地、履行地、不法行為地を思い出してみてください。住所地は、W社が外国なので使えません。履行地も、契約書に定めが無ければ使えません。そして不法行為地も、品が壊れていたというだけでは足りません。故意や過失で壊された、という事情まではないからです。

ここまでの一覧では、Nさんを救う場面が見当たりません。次に見る場面が、Nさんの立場に効いてきます。

消費者と労働者を守る特則

国内には無い、国際だけの保護規定(消費者から事業者への訴え/労働者から事業主への訴え/逆向きは3条の3を使えない)ボード 図:国内には無い、国際だけの保護規定

  • 消費者から事業者への訴え
  • 労働者から事業主への訴え
  • 逆向きは3条の3を使えない
  • ボード

4つめの場面は、消費者契約と労働関係です。これは国内の土地管轄には無い、国際だけの規定です。

条文民事訴訟法3条の4

民事訴訟法第3条の4(消費者契約及び労働関係に関する訴えの管轄権) 第三条の四 消費者(個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。以下同じ。)と事業者(法人その他の社団又は財団及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。以下同じ。)との間で締結される契約(労働契約を除く。以下「消費者契約」という。)に関する消費者からの事業者に対する訴えは、訴えの提起の時又は消費者契約の締結の時における消費者の住所が日本国内にあるときは、日本の裁判所に提起することができる。 2 労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争(以下「個別労働関係民事紛争」という。)に関する労働者からの事業主に対する訴えは、個別労働関係民事紛争に係る労働契約における労務の提供の地(その地が定まっていない場合にあっては、労働者を雇い入れた事業所の所在地)が日本国内にあるときは、日本の裁判所に提起することができる。 3 消費者契約に関する事業者からの消費者に対する訴え及び個別労働関係民事紛争に関する事業主からの労働者に対する訴えについては、前条の規定は、適用しない。

事業として契約する個人は、消費者に含まれません。1項を見てください。消費者から事業者への訴えは——訴え提起の時、または契約締結の時、どちらか一方の時点で——消費者の住所が日本にあれば、日本で訴えられます。契約したときは日本に住んでいたけれど、訴えるときは引っ越していた、という場合でも構いません。逆でも構いません。当てはめてみましょう。

設例P:3条の4第1項のあてはめ(Nの住所が日本にある=○)ボード 図:設例P:3条の4第1項のあてはめ(Nの住所が日本にある=○)ボード

Nさんは個人で、事業としてレンズを買ったわけではありませんから、消費者にあたります。W社は、通販事業を行う法人ですから、事業者にあたります。そして、Nさんの住所は、訴え提起のときも契約締結のときも、日本国内にあります。この1項によって、Nさんは日本の裁判所でW社を訴えられます。被告の住所という原則だけを見ていたら、Nさんは救われませんでした。でも、消費者を守るための特則が、別に用意されていたんです。消費者は、事業者に比べて、情報や交渉力で不利な立場に置かれがちです。もし住所地の原則だけだったら、事業者の本拠地でしか戦えないことになり——消費者が泣き寝入りする場面が増えてしまいます。

2項は、労働者と事業主の関係でも、同じ発想です。労働者からの訴えは、労務を提供していた地——それが決まっていなければ雇い入れた事業所の所在地で、日本に訴えられます。

設例P':逆向き(W社がNを訴える場合/3条の3は使えず被告Nの住所地だけ)ボード 図:設例P’:逆向き

  • W社がNを訴える場合
  • 3条の3は使えず被告Nの住所地だけ
  • ボード

そこが3項です。事業者から消費者への訴え、事業主から労働者への訴えには——前条、つまり3条の3の規定を使えません。W社が、Nさんに未払いの追加請求があると主張して、訴えるとしましょう。この場合、3条の3は使えませんから、頼れるのは3条の2、被告の住所地だけです。W社は、日本のNさんの住所地でしか、訴えられません。1項は消費者の住所地でも訴えられるようにして間口を広げ——3項は、事業者側からは被告の住所地に絞り込んで、消費者を守っています。ただ、W社の契約書に、もし何か書いてあったら、この結論が動くかもしれません。

当事者どうしが管轄を動かす話は、この先に控えています。そこで、この契約書の一文にもう一度戻ってきます。

併合請求——1つの訴えにまとめられるか

併合請求の管轄権(客観的併合は密接な関連が必要/主観的併合はさらに38条前段の場合に限る)ボード 図:併合請求の管轄権

  • 客観的併合は密接な関連が必要
  • 主観的併合はさらに38条前段の場合に限る
  • ボード

5つめの場面は、併合請求です。

条文民事訴訟法3条の6

民事訴訟法第3条の6(併合請求における管轄権) 第三条の六 一の訴えで数個の請求をする場合において、日本の裁判所が一の請求について管轄権を有し、他の請求について管轄権を有しないときは、当該一の請求と他の請求との間に密接な関連があるときに限り、日本の裁判所にその訴えを提起することができる。ただし、数人からの又は数人に対する訴えについては、第三十八条前段に定める場合に限る。

条文はもう少し慎重です。1つの請求に管轄があっても、他の請求には——「密接な関連」があるときに限り、一緒に訴えられます。そして、訴える相手や訴える側が複数人になる場合は——さらに38条前段の場合に限る、というただし書きがつきます。似ていますが、実は要件が1つ増えています。国内の7条は、1つの請求について管轄がある裁判所になら——他の請求も、当然に一緒に提起できました。密接な関連までは要求していません。主観的併合、つまり相手や原告が複数人になる場合だけ、38条前段の条件がつきました。その38条前段は、権利義務が数人に共通するときか——同一の事実上・法律上の原因に基づくときに、共同を認める条文でした。

1つの請求だけでなく、他の請求についても、密接な関連があることまで要求します。つまり、同じ被告への複数請求——客観的併合の段階から、すでに条件が加わっているんです。さっきの充電池でいえば——日本の事務所で焼けた備品の損害は、不法行為地で日本に訴えられます。ところが、同じメーカーとの、日本と関係のない別の取引についての請求は——それだけを取り出すと、管轄原因が見当たりません。この2つをまとめて1つの訴えにできるか——そこで見るのが、密接な関連です。無関係な請求まで、ついでに日本へ持ち込めるわけではありません。

国内なら、ついでに引き込まれても、被告が出向くのは、同じ国の中の別の裁判所でした。国際では、被告は自分の国の外の法廷に立たされます。しかも、管轄が無ければ移送ではなく却下でした。引き込む範囲を、国内より慎重にしてある——そう読むと、この違いが腑に落ちます。「国内条文の国際版だから、同じだろう」と思い込むと——この違いを見落とします。条文を1つずつ、ちゃんと読む理由が、ここにあります。

今日のまとめ

部分対応表(国内条文↔国際条文/4条↔3条の2/5条↔3条の3/7条↔3条の6/16条↔対応する条文なし=却下/3条の4↔国内に対応条文なし/11条・12条・14条・15条の国際版はこの先の回)ボード 図:部分対応表

  • 国内条文↔国際条文
  • 4条↔3条の2
  • 5条↔3条の3
  • 7条↔3条の6
  • 16条↔対応する条文なし=却下
  • 3条の4↔国内に対応条文なし
  • 11条・12条・14条・15条の国際版はこの先の回
  • ボード

では、今日見てきたものを、国内の地図の横に並べて、1枚に畳んでおきましょう。被告の住所地——4条は、3条の2に対応していました。契約上の債務や財産所在地、不法行為——5条は、3条の3に対応していました。併合請求——7条は、3条の6に対応していました。ただ、1つだけ、対応する条文が無いものがありました。国内の16条は、管轄違いのときの移送を定めていました。でも、国際裁判管轄には、対応する仕組みがありませんでした。移送先が無い以上、日本に管轄が無ければ、訴えは却下されます。そして、対応する条文が無いものは、逆向きにも1つありました。

消費者と労働者の特則——3条の4です。国内の土地管轄には、これに当たる条文がありません。写しきれなかった16条と、ちょうど裏返しになっています。空いているのは、当事者どうしが動かす経路の国際版です。合意管轄や応訴管轄にあたる部分は、この先の回で埋まります。では、今日1本の筋を、もう一度たどっておきます。まず、裁判権と管轄権という、2段の話をしました。そのうえで、国内と何が違うのかを見ると、いちばん大きいのは移送の受け皿が無いことでした。だから、裁量ではなく、条文で場面を並べておく方針に変わりました。それが、平成23年の改正でした。そして、並んだ5つの場面を、順番に全部読みました。

冒頭のNさんは、この5つのうち、消費者契約の特則で救われました。Nさんは、日本の裁判所でW社を訴えられます。これが、今日の問いへの答えです。最後に、持ち帰ってほしい宿題を2つ、残しておきます。宿題の1つめです。W社の契約書に、こんな一文があったとします。「この国の裁判所でしか、訴えられない」。もし本当にそう書いてあったら、今日の結論は動くのか。これを、この先の回で確かめます。宿題の2つめです。今日、対応する条文が無いと言った16条——国内で管轄違いだったときの移送の中身は、また別の回で扱います。

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#17単独ページ動画

特別の事情による訴えの却下

第1章 訴訟の開始 ⑰/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

当事者が動かす国際裁判管轄——合意管轄・応訴管轄

当事者が動かす2つの経路(合意管轄=事前の合意/応訴管轄=事後の合意に等しい行動)国内11条・12条との対応ボード 図:当事者が動かす2つの経路

  • 合意管轄=事前の合意
  • 応訴管轄=事後の合意に等しい行動
  • 国内11条・12条との対応ボード

ここからは、当事者自身が管轄を動かす場面です。国内の管轄を、当事者どうしの合意や行動で動かした回を覚えていますか。国際裁判管轄にも、同じ骨格の経路があります。合意管轄は3条の7、応訴管轄は3条の8です。事前の合意と、事後の合意に等しい行動という対比も、そのまま使えます。

条文民事訴訟法3条の7

民事訴訟法第3条の7(管轄権に関する合意) 第三条の七 当事者は、合意により、いずれの国の裁判所に訴えを提起することができるかについて定めることができる。 2 前項の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしなければ、その効力を生じない。 3 第一項の合意がその内容を記録した電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)によってされたときは、その合意は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。 4 外国の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意は、その裁判所が法律上又は事実上裁判権を行うことができないときは、これを援用することができない。 5 将来において生ずる消費者契約に関する紛争を対象とする第一項の合意は、次に掲げる場合に限り、その効力を有する。 一 消費者契約の締結の時において消費者が住所を有していた国の裁判所に訴えを提起することができる旨の合意(その国の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意については、次号に掲げる場合を除き、その国以外の国の裁判所にも訴えを提起することを妨げない旨の合意とみなす。)であるとき。 二 消費者が当該合意に基づき合意された国の裁判所に訴えを提起したとき、又は事業者が日本若しくは外国の裁判所に訴えを提起した場合において、消費者が当該合意を援用したとき。 6 将来において生ずる個別労働関係民事紛争を対象とする第一項の合意は、次に掲げる場合に限り、その効力を有する。 一 労働契約の終了の時にされた合意であって、その時における労務の提供の地がある国の裁判所に訴えを提起することができる旨を定めたもの(その国の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意については、次号に掲げる場合を除き、その国以外の国の裁判所にも訴えを提起することを妨げない旨の合意とみなす。)であるとき。 二 労働者が当該合意に基づき合意された国の裁判所に訴えを提起したとき、又は事業主が日本若しくは外国の裁判所に訴えを提起した場合において、労働者が当該合意を援用したとき。

長いのには理由があります。骨格は国内の合意管轄と同じで、1項が本体、2項が書面性、3項が電磁的記録のみなし規定です。違うのは、3項の中に定義のかっこ書きが入っていることです。電磁的記録とは何かを、条文自身がこの1か所で説明しています。メールやサイト上の記録で交わした合意も、書面と同じ扱いになります。国内11条にはこのかっこ書きが無いので、そちらは短く見えます。でも骨格そのものは変わりません。外国の裁判所にのみ訴えられる、という合意があっても——その外国の裁判所が法律上や事実上、裁判権を行使できないときは、その合意を使えません。

そして5項と6項が、この条文にしか無い特則です。将来の消費者契約紛争や、将来の個別労働関係紛争についての合意は、原則として効力を持ちません。消費者や労働者は、契約のときに遠い将来の紛争まで見通して合意することが難しいからです。効力を持つのは限られた場合だけです。消費者契約締結時の消費者の住所地国の裁判所を指定した場合や——実際に消費者や労働者が、その合意を使って訴えた場合などです。訴えられたほうが、その合意を自分から持ち出すことも含みます。条文はこれを、援用と呼んでいます。労働契約が終わる時点で、労務を提供していた地の裁判所を指定していれば、その合意は使えます。日本で働いていた人が、辞めるときに日本の裁判所を選んでおく、という形です。でも、やはり「その国だけ」という専属の指定には、同じみなし規定がかかります。

5項1号のかっこ書きを見てください。

設例P'再訪:3条の7第5項1号のみなし規定(「その国だけ」と合意しても、その国以外でも訴えられる合意とみなされる)ボード 図:設例P’再訪:3条の7第5項1号のみなし規定

  • 「その国だけ」と合意しても、その国以外でも訴えられる合意とみなされる
  • ボード

前回のNさんは、外国にしか拠点の無い通販サイト、W社から買い物をした消費者でした。もし、そのW社のサイトの規約に「W社の国の裁判所にのみ訴える」と書いてあったとします。Nさんは日本でも訴えられます。5項1号のかっこ書きが直接そう定めています。その国だけと合意しても、その国以外の国の裁判所にも訴えを提起することを妨げない旨の合意と——条文自身がみなします。ここは、国内の合意管轄と向きが違って見えるところです。国内では、原則は専属的合意と解釈して——約款のように選ぶ余地の無かった側だけを、解釈で付加的合意に読み替える、という順番でした。付加的合意は、そこ以外の裁判所も選べる合意のことです。

国際の消費者契約では、条文が最初からそう決めています。だから、W社が「その国にのみ」と規約に書いても、Nさんは日本でも訴えられます。規約の一文で結論が動くのか、という問いには、これで答えが出ました。次に、応訴管轄を見ましょう。

条文民事訴訟法3条の8

民事訴訟法第3条の8(応訴による管轄権) 第三条の八 被告が日本の裁判所が管轄権を有しない旨の抗弁を提出しないで本案について弁論をし、又は弁論準備手続において申述をしたときは、裁判所は、管轄権を有する。

被告が、管轄権が無いという抗弁を出さずに、いきなり中身の弁論を始めたら——その時点で、日本の裁判所に管轄権が生まれます。たとえば、Nさんの訴えにW社が出てきて——管轄には触れず、レンズの状態について反論を始めた場合です。国内で立てた理屈が、そのまま国際裁判管轄でも通用します。さて、ここまでは当事者が動かす経路でした。実はこの条文が生まれる前は、少し違う形で管轄を否定する場面がありました。昔は、裁判所の裁量で管轄を否定していました。その考え方を条文に閉じ込め直したのが、次の条文です。

山場——特別の事情による訴えの却下

入口を通っても審理してもらえるとは限らない(3条の9=特別の事情による訴えの却下、という安全弁)ボード 図:入口を通っても審理してもらえるとは限らない

  • 3条の9=特別の事情による訴えの却下、という安全弁
  • ボード

ここでもう1つ、大事な問いに移ります。管轄原因があれば、必ず日本で審理してもらえるんでしょうか。実は、そうとは限りません。1つ、考えてもらいたい場面があります。

設例R:管轄原因はあるが特別の事情がある場面(証拠・証人・帳簿がすべて外国、双方に日本語話者がいない)関係図 図:設例R:管轄原因はあるが特別の事情がある場面

  • 証拠・証人・帳簿がすべて外国、双方に日本語話者がいない
  • 関係図

日本にある、差し押さえ可能な財産を手がかりに——外国で完結した取引をめぐる争いが、日本に持ち込まれたとします。契約書も証人も帳簿も、全部外国にあります。当事者双方に、日本語を話せる人もいません。この訴え、日本で審理していいと思いますか?財産所在地の3条の3第3号を使えば、管轄原因はあります。こういう場面のための安全弁が、もう1つ用意されています。

条文民事訴訟法3条の9

民事訴訟法第3条の9(特別の事情による訴えの却下) 第三条の九 裁判所は、訴えについて日本の裁判所が管轄権を有することとなる場合(日本の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意に基づき訴えが提起された場合を除く。)においても、事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認めるときは、その訴えの全部又は一部を却下することができる。

考慮するのは、どんな事件か、被告にどれだけ負担がかかるか——証拠がどこにあるか、といった事情です。日本で審理することが当事者どうしの公平を損なったり——審理をきちんと進めるうえで妨げになったりすると認められるときは——特別の事情があるとして、訴えの全部または一部を却下できます。財産所在地という管轄原因はあります。でも証拠も証人も帳簿も、全部外国にあります。双方に日本語を話せる人もいません。こういう事情を考慮すると、特別の事情があると認められ、却下される可能性が高い場面です。管轄原因は、あくまで入口の条件です。特別の事情は、その入口を通った後の、もう1つの安全弁です。この考え方が、実際に使われた判決もあります。ただし、今の設例とは手がかりが違います。

判例民集70巻3号846頁

最高裁判決(損害賠償請求事件) 米国ネバダ州でカジノ運営を行う法人Yのウェブサイト記事により、名誉・信用を毀損されたとして、日本法人X1とその取締役X2が損害賠償を求めた事件。管轄原因は不法行為地(3条の3第8号)——毀損という結果が日本国内で発生したことによる。紛争は係属中の別件米国訴訟から派生し、証拠方法の多くが米国に所在し、当事者双方が米国での交渉・提訴を想定していたことなどを考慮して、特別の事情があるとして訴えを却下すべきとした原審の判断を是認し、上告を棄却した。

しかも、日本に管轄が生まれた理由は、財産ではなく不法行為地でした。名誉や信用が傷つけられたという結果が、日本国内で発生したと言えることから——3条の3第8号で日本に管轄が認められた事件です。あのとき見た入口から、日本に入ってきた事件が、この安全弁で止められたことになります。判決は5つの事情を挙げています。1つずつ見ていきましょう。1つめ、この訴訟は米国ですでに進んでいた別の訴訟から派生したものでした。2つめ、本案で争われる主な争点についての証拠は、主に米国にありました。3つめ、当事者双方とも、もともと米国で交渉したり訴えたりすることを想定していました。

4つめ、原告側はすでに米国の訴訟で反訴まで起こしていたので——あらためて米国で訴え直しても、過大な負担とまでは言えませんでした。そして5つめ、逆にこれだけの証拠を日本の裁判所で取り調べることは——被告にとって過大な負担になるとされました。米国の訴訟の開示手続だけで、双方合わせて証人がおよそ100名——文書がおよそ9500点、開示されていました。しかも文書の大部分は英語で書かれ、証人の大半は日本語に通じていませんでした。こうした事情を総合して、特別の事情があると認められました。ここは正確に言う必要があります。訴えを却下したのは、第一審と原審です。最高裁は、却下すべきだとした原審の判断を正当だと認めて、上告を棄却しました。

ここは取り違えやすいところです。特別の事情があるかを判断したのは、事実を調べた第一審と原審です。最高裁は、その判断が正当かどうかを見た側です。そうではありません。ここは大事なところです。この3条の9は、前回見た「特段の事情」という判例法理を条文に取り込んだものです。判例法理は「特段の事情」、条文は「特別の事情」です。用語は違いますが、中身のつながりはあります。昔の判例も、当事者の公平と、適正で迅速な裁判に反する事情があれば管轄を否定していました。ただ、条文になったことで、考慮要素があらかじめ書き出されました。だから、例外的にしか管轄は否定されません。裁判所の自由な裁量に、逆戻りしたわけではないんです。

列挙で予測可能性を作ったうえで——なお例外的にしか働かない安全弁を、最後に1つ足した、という理解をしてください。この条文には、もう1つ罠があります。かっこ書きを、もう一度見てください。この除外は、日本を専属とする合意に基づく訴えだけが対象です。「専属的合意管轄なら何でも除外される」わけではありません。それは別の話です。さっき見た3条の7第4項——外国の裁判所が実際には裁判権を行使できないときの話につながります。日本を専属とする合意だけが、この3条の9の対象から外れる、と正確に覚えてください。

当事者が自分で日本の裁判所を選んだ訴えだからです。あとから不便だと言って却下したのでは、合意した意味がなくなります。その契約に「日本の裁判所にのみ訴える」という合意があって——その合意に基づいて訴えたのなら、3条の9では却下できません。

⭐ 論文で書く規範:専属の定めがあると、3条の9も含めて使えなくなる 3条の10=「第三条の二から第三条の四まで及び第三条の六から前条までの規定は、訴えについて法令に日本の裁判所の管轄権の専属に関する定めがある場合には、適用しない。」 対象は3条の2・3条の3・3条の4・3条の6・3条の7・3条の8・3条の9のすべて。専属管轄がある事件では、合意管轄も応訴管轄も、特別の事情による却下も、まとめて使えなくなる。 (民事訴訟法3条の10)

もう1つ、押さえておいてください。ここでいう専属は、前に見た専属的合意管轄——当事者が合意で作るほうではありません。法律のほうが公益のために決めている専属管轄です。中身はこのあと見ます。日本の裁判所に専属する事件では、この安全弁自体がそもそも働きません。3条の10という条文が、専属の定めがある場合には複数の条文の適用を除外しています。除外されるのは、3条の2から3条の4まで、そして3条の6から3条の9までのすべてです。専属管轄がある事件では——合意管轄も応訴管轄も、特別の事情による却下も、まとめて使えなくなります。入口を通っても審理してもらえるとは限らない。その安全弁にも、限界があります。

専属とは何かを、ここできちんと立てておきましょう。

専属——動かせない管轄

国際にも専属がある(3条の5=会社関係の訴え/登記登録/知的財産権の存否効力/専属だと安全弁も働かない)ボード 図:国際にも専属がある

  • 3条の5=会社関係の訴え
  • 登記登録
  • 知的財産権の存否効力
  • 専属だと安全弁も働かない
  • ボード

専属管轄と任意管轄を区別した回で——専属は公益性が強く、当事者の合意や応訴では動かせない管轄だ、という話をしました。国際裁判管轄にも専属があります。3条の5です。

条文民事訴訟法3条の5

民事訴訟法第3条の5(管轄権の専属) 第三条の五 会社法第七編第二章に規定する訴え(同章第四節及び第六節に規定するものを除く。)、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(平成十八年法律第四十八号)第六章第二節に規定する訴えその他これらの法令以外の日本の法令により設立された社団又は財団に関する訴えでこれらに準ずるものの管轄権は、日本の裁判所に専属する。 2 登記又は登録に関する訴えの管轄権は、登記又は登録をすべき地が日本国内にあるときは、日本の裁判所に専属する。 3 知的財産権(知的財産基本法(平成十四年法律第百二十二号)第二条第二項に規定する知的財産権をいう。)のうち設定の登録により発生するものの存否又は効力に関する訴えの管轄権は、その登録が日本においてされたものであるときは、日本の裁判所に専属する。

会社関係の訴え、登記や登録に関する訴え——登録によって発生する知的財産権の存否や効力に関する訴えは、日本の裁判所に専属します。会社の組織に関する判断や、登記・登録の効力は、当事者だけでなく社会全体に影響します。だから、当事者の合意や応訴といった私的な事情では動かせないようにしてあるんです。理屈そのものは、前に見たとおりです。さっき見た3条の10の話と、つながりますね。専属というのは、それくらい強い、動かせない一線だということです。専属についてはここまでにして、次に審理の場面を見ましょう。

審理——職権証拠調べと標準時

国内の職権証拠調べ・管轄の恒定の国際版(3条の11=職権証拠調べ/3条の12=管轄権の標準時)ボード 図:国内の職権証拠調べ・管轄の恒定の国際版

  • 3条の11=職権証拠調べ
  • 3条の12=管轄権の標準時
  • ボード

最後に、審理の場面を2つの短い条文で見ておきます。

条文民事訴訟法3条の11・3条の12

民事訴訟法第3条の11・第3条の12(国際裁判管轄の審理) 第三条の十一 裁判所は、日本の裁判所の管轄権に関する事項について、職権で証拠調べをすることができる。 第三条の十二 日本の裁判所の管轄権は、訴えの提起の時を標準として定める。

国内の管轄の調査を見た回で、職権証拠調べという条文がありましたよね。3条の11も、管轄権に関する事項について職権で証拠調べができる、という条文です。管轄を調べること自体は、当事者に言われなくても裁判所がしなければなりません。これを職権調査事項と呼びました。3条の11が定めているのは、その調べ方です。国内の管轄の恒定と同じ、訴えの提起の時を標準にする、という条文です。訴状を提出した後に被告が別の国に拠点を移しても、その後の事情変更は管轄に影響しません。Nさんが訴状を日本の裁判所に提出した後、W社が別の国に本店を移したとしても——管轄は、訴状を提出した時点で固定されたままです。

国内で立てた理屈が、国際裁判管轄にもそのまま当てはまる——ということを、この2つの条文が示しています。そして、この審理を経て、もし管轄が認められなかったら。不適法却下という結論に、ここでつながります。

到達点——国内と国際の対応表

到達点:国内⇄国際の対応表(写されなかった16条=移送/国際にしか無い3条の4・3条の9)ボード 図:到達点:国内⇄国際の対応表

  • 写されなかった16条=移送
  • 国際にしか無い3条の4・3条の9
  • ボード

今日見てきた条文を、前回までの表に足して、1枚にまとめます。表の上半分は、前回見た分です。被告の住所地の4条が3条の2でした。契約上の債務や財産所在地、不法行為の5条が3条の3でした。併合請求の7条が3条の6でした。ここからが、今日の4つです。国内の11条は3条の7に、12条は3条の8に対応します。14条は3条の11に、15条は3条の12に、それぞれ対応します。でも、写されなかった条文が1つありました。16条の移送でしたね。だから、管轄が無ければ移送ではなく却下でした。そして、国内には無いのに国際にしかない条文が、今日もう1つ増えました。

前回までの表には、消費者と労働者を守る3条の4がありました。今日そこに、管轄原因があっても審理を止める安全弁、3条の9が加わりました。実は、この2つは表裏の関係にあります。移送という逃がし先が無いから、入口をどう設計するかに慎重にならざるを得ません。だから、消費者や労働者のように弱い立場の当事者には、間口を広げる特則を足しました。そして、間口を広げすぎて不公平になる場面には、特別の事情という安全弁を足しました。これが今日の一番の到達点です。

今日のまとめ

今日のまとめ+送り先(移送の中身はこの次の回/消費者契約の同じ区切りは法定審理期間訴訟手続へ)ボード

  • 今日のまとめ
  • 送り先(移送の中身はこの次の回/消費者契約の同じ区切りは法定審理期間訴訟手続へ)ボード

今日の1つめの問いに、もう一度戻りましょう。W社の規約に「その国にのみ訴える」と書いてあっても、結論は動くのか、という問いでした。条文が直接、その国以外の国の裁判所にも訴えを提起することを妨げない旨の合意とみなします。だから、規約の一文があっても、Nさんは日本でW社を訴えられます。そして2つめの問いです。管轄原因があれば、必ず日本で審理してもらえるのか。事案の性質や証拠の所在地といった事情から——特別の事情があると認められれば、管轄原因があっても、訴えは却下されます。今日は、当事者が動かす2つの経路と、その入口を通った後の安全弁を見てきました。最後に、今日の到達点をもう一度、別の角度から言っておきます。国際裁判管轄には、移送という逃がし先がありません。だから、入口を広く取るための特則と——広げすぎた入口を後から絞る安全弁と、その両方を条文で用意する必要があったんです。

今日はここまでですが、いくつか、まだ触れていない話が残っています。移送の具体的な中身は、この次の回で詳しく見ていきます。それから、今日出てきた——「消費者契約に関する訴え」「個別労働関係民事紛争」という同じ区切りは——先の回で、審理期間を区切る手続の対象から外れる場面として、もう一度出てきます。そして、今日何度も出てきた「訴えの却下」という判決の位置づけは——判決の種類を整理する回で、きちんと扱います。

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#18単独ページ動画

訴訟の移送と17条の裁量移送

第1章 訴訟の開始 ⑱/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

16条——必要的な移送と、裁量の自庁処理

16条1項・2項の構造(1項=必要的な移送/2項=裁量の自庁処理という非対称) 図:16条1項・2項の構造(1項=必要的な移送/2項=裁量の自庁処理という非対称)

まず、いちばん基本の移送です。裁判所に管轄が無いと分かったときの条文です。

条文民事訴訟法16条

民事訴訟法第16条(管轄違いの場合の取扱い) 第十六条 裁判所は、訴訟の全部又は一部がその管轄に属しないと認めるときは、申立てにより又は職権で、これを管轄裁判所に移送する。 2 地方裁判所は、訴訟がその管轄区域内の簡易裁判所の管轄に属する場合においても、相当と認めるときは、前項の規定にかかわらず、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部について自ら審理及び裁判をすることができる。ただし、訴訟がその簡易裁判所の専属管轄(当事者が第十一条の規定により合意で定めたものを除く。)に属する場合は、この限りでない。

1項です。管轄が無いと分かったら、裁判所は必ず管轄裁判所へ移送します。そこが重要です。1項は必要的な移送です。管轄が無いという客観的な誤りは、裁判所の判断の余地なく——必ず移送されます。たとえば、K社がMさんを、管轄がどこにも無い福岡地裁に訴えたとします。福岡地裁には、審理を続けるという選択肢がありません。管轄が無くても却下されない、というあの約束を、ここで払い戻します。管轄違いの結末は、却下ではなく移送です。ところが、同じ16条の2項は、少し違う顔を見せます。

却下ではなく移送(管轄の地図の回で置いた約束の払い戻し)+1項必要的・2項裁量の非対称 図:却下ではなく移送

  • 管轄の地図の回で置いた約束の払い戻し
  • 1項必要的・2項裁量の非対称

2項は、簡裁が担当するはずの事件を、同じ管轄区域内の地裁が受け取った場合です。地裁は、相当だと認めれば、自分でそのまま審理できます。これを、自庁処理と呼びます。事物管轄の回でも、一度名前が出ていました。1項が必要的なのに対して、2項は裁量です。同じ16条の中に、必要的と裁量が同居している、非対称な条文なんです。事物管轄——つまり簡裁と地裁の役割分担は、土地管轄ほど絶対的な線ではないからです。前に見た土地管轄は、どの地域の裁判所か、という線でしたね。相当かどうかという評価が要る以上、裁判所の判断に委ねられます。

ここが、今日ずっと効いてくる分かれ目です。客観的に決まった事実に基づくものは必要的、評価が要るものは裁量です。もう1つ気をつけてほしいのが、「同じ管轄区域内」という限定です。前に見た、Mさんの135万円の事件で考えてみましょう。140万円以下ですから、本来は簡裁の事件です。その簡裁と同じ管轄区域にある地裁なら、相当と認めれば自分で審理できます。でも、まったく別の管轄区域の地裁が、自分で引き取ることはできません。では、実際にあった決定で、この裁量の幅を確かめてみましょう。

判例民集62巻7号2013頁・平成20年7月18日・百選3

最高裁判所決定(地方裁判所の自庁処理に関する事件) 地方裁判所がその管轄区域内の簡易裁判所の管轄に属する訴訟を受け付け、被告から簡易裁判所への移送申立てがあった場合、これを却下する(自庁処理する)かどうかの判断は、事案の内容に照らして地方裁判所における審理及び裁判が相当であるかという観点からされ、地方裁判所の合理的な裁量に委ねられる。 簡易裁判所の管轄が専属的合意管轄の合意によって生じた場合であっても、この判断の枠組みは異なるところがない(決定要旨)。

訴えを却下するという意味ではありません。ここで却下されるのは、被告が出した移送の申立てのほうです。申立てを却下する——つまり移送しない。それが自庁処理です。この決定は、まさにそこを判断しています。事案の内容に照らして地裁での審理が相当かどうか、という観点で判断され——その判断は、地裁の合理的な裁量に委ねられるとしました。そして、簡裁の管轄が専属的合意によって生じた場合でも——この判断の枠組みは変わらない、としています。専属的合意管轄という当事者の意思よりも——相当性の評価という2項の裁量が、優先して働く場面があるということです。

2項のただし書を、もう一度見てください。「専属管轄に属する場合は、この限りでない」と書いたうえで——そのかっこ書きで、当事者が11条の合意で定めたものを、わざわざ除いています。だから、合意で作った専属は、自庁処理を止める側に入っていないんです。

17条——著しい遅滞・当事者間の衡平による裁量移送

16条は入口の誤り訂正、17条は入口を通った後の裁量調整という違い 図:16条は入口の誤り訂正、17条は入口を通った後の裁量調整という違い

16条は、そもそも管轄が無い場合でした。17条は違います。管轄はちゃんとある。それでも動かせる場合がある、という条文です。

条文民事訴訟法17条

民事訴訟法第17条(遅滞を避ける等のための移送) 第十七条 第一審裁判所は、訴訟がその管轄に属する場合においても、当事者及び尋問を受けるべき証人の住所、使用すべき検証物の所在地その他の事情を考慮して、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため必要があると認めるときは、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部を他の管轄裁判所に移送することができる。

審理を続けるとかえって不公平になったり、手続が長引きすぎたりする場合に——裁判所の裁量で、他の管轄裁判所へ移送できます。ここでも軸が効いています。著しい遅滞も衡平も、評価が要る事情です。だから裁量移送になります。条文が挙げているのは、当事者や証人の住所、検証物の所在地です。検証物というのは、現場や現物そのものを裁判官が見に行って確かめる、その対象です。

17条の考慮要素(条文の列挙+資力・健康状態・出席の難易・被告住所地に原告支店があるか) 図:17条の考慮要素

  • 条文の列挙
  • 資力・健康状態・出席の難易・被告住所地に原告支店があるか

それだけではありません。実務では、当事者の資力や健康状態——遠方に住んでいて期日に出席しにくいこと——被告の住所地に原告の支店があるかどうかまで、幅広く考慮されます。しかも、土地管轄の回で残した宿題を、ここで返せます。義務履行地を使うと、金銭の請求では、被告が原告の住所地へ引っ張り出されました。その負担が大きすぎるときに引き戻すのが、この17条の移送です。もう1つ、手続の特則があります。当事者間の衡平のために移送するときは、当事者の意見を聴いたうえで決めます。例えば、Mさんの場面に当てはめてみましょう。

消費者契約への切り札(遠い専属的合意管轄→応訴負担で裁判を受ける権利が実質否定→17条移送) 図:消費者契約への切り札

Mさんの家から遠く離れた東京地裁が、専属的合意管轄で指定されていました。住所から遠い裁判所を指定する合意があると——応訴のための移動や費用、時間の負担がのしかかります。だからこそ、著しい遅滞や当事者間の衡平という17条の物差しが——合意で指定された裁判所を、被告の住所地に近い裁判所へ動かす根拠になります。ただ、1つ確かめないといけないことがあります。Mさんの事件は、東京地裁を「専属的」合意管轄と定めた事件でした。専属的に決まっている以上、17条で動かせるのか、という疑問です。

条文民事訴訟法20条

民事訴訟法第20条(専属管轄の場合の移送の制限) 第二十条 前三条の規定は、訴訟がその係属する裁判所の専属管轄(当事者が第十一条の規定により合意で定めたものを除く。)に属する場合には、適用しない。 2 特許権等に関する訴えに係る訴訟について、第十七条又は前条第一項の規定によれば第六条第一項各号に定める裁判所に移送すべき場合には、前項の規定にかかわらず、第十七条又は前条第一項の規定を適用する。

前三条——17条、18条、19条の規定は、専属管轄に属する場合には適用しない、とあります。ここに、さっき16条2項で見たのと同じ、大事なかっこ書きがあります。「専属管轄」から、「当事者が第十一条の規定により合意で定めたもの」が除かれています。20条1項が言う「専属管轄」に、専属的合意管轄は含まれない、ということです。だから、17条の適用が封じられるのは、法律が決めた専属管轄だけです。合意管轄の回で見たとおり、法律が決めた専属は公益の線、専属的合意管轄は私的自治の産物でした。当事者どうしの取り決めにすぎない以上、衡平という評価が入り込む余地が残るんです。だから、専属的合意管轄には、17条は生きたまま使えます。

冒頭問いの回収(Mさん再訪=専属的合意管轄でも17条移送は使える) 図:冒頭問いの回収(Mさん再訪=専属的合意管轄でも17条移送は使える)

Mさんは、17条を使って、東京地裁から住所地に近い裁判所への移送を求められます。「合意があるから絶対に動かせない」わけではありません。これが、冒頭の問いへの答えです。ただし、封じられるのは「前三条」——17条・18条・19条だけです。さっき見た16条2項の自庁処理は、この前三条には含まれません。20条1項が封じるのは、あくまで17条から19条までです。前に見た、特許権などの訴えがそれです。6条が、東京地裁と大阪地裁の専属管轄と定めていました。法律が決めた専属管轄ですから、この線は17条では動かせません。だからこそ、特許については専用の例外が置かれています。20条2項です。東京・大阪地裁自身へ移送すべき場合は、1項にかかわらず17条・19条1項を適用します。

名前だけ覚えておけば十分です。

残りの移送類型を、まとめて片付ける

20条の2=特許権等の裁量移送(20条2項とは別条文) 図:20条の2=特許権等の裁量移送(20条2項とは別条文)

さて、ここからは残りの移送の種類を、まとめて見ていきます。

⭐ 論文で書く規範:20条の2——特許権等に関する訴えの裁量移送 特許権等に関する訴えは、東京地方裁判所・大阪地方裁判所の専属管轄に属する。ただし、専門技術的な事項が問題にならない事件にまでこの縛りを及ぼすと、かえって著しい損害や遅滞を招くことがある。そうした事情があれば、本来の管轄地方裁判所、または19条1項の移送先地方裁判所へ移送することができる(裁量)。 (民事訴訟法20条の2)

まず、20条の2です。特許権などに関する訴えは、東京地裁か大阪地裁の専属管轄です。別の条文です。専門的で技術的な事情が問題にならない事件にまで——東京・大阪に縛り続けるのは不都合だ、という場面の裁量移送です。著しい損害や遅滞を避けるため必要なら、本来の管轄地裁などへ移送できます。次は、簡裁と地裁の間の移送を、まとめて見ましょう。

条文民事訴訟法18条

民事訴訟法第18条(簡易裁判所の裁量移送) 第十八条 簡易裁判所は、訴訟がその管轄に属する場合においても、相当と認めるときは、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部をその所在地を管轄する地方裁判所に移送することができる。

18条は、簡裁が相当と認めれば、自分の所在地の地裁へ移送できる裁量移送です。さっき見た16条2項と、ちょうど向きが逆です。16条2項は、地裁が簡裁の事件を引き取る。18条は、簡裁が自分の事件を地裁へ渡す。事件が思ったより込み入っていて、簡裁の簡易な手続には収まらないときに使います。次は、必要的な移送の条文を見ましょう。

条文民事訴訟法19条

民事訴訟法第19条(必要的移送) 第十九条 第一審裁判所は、訴訟がその管轄に属する場合においても、当事者の申立て及び相手方の同意があるときは、訴訟の全部又は一部を申立てに係る地方裁判所又は簡易裁判所に移送しなければならない。ただし、移送により著しく訴訟手続を遅滞させることとなるとき、又はその申立てが、簡易裁判所からその所在地を管轄する地方裁判所への移送の申立て以外のものであって、被告が本案について弁論をし、若しくは弁論準備手続において申述をした後にされたものであるときは、この限りでない。 2 簡易裁判所は、その管轄に属する不動産に関する訴訟につき被告の申立てがあるときは、訴訟の全部又は一部をその所在地を管轄する地方裁判所に移送しなければならない。ただし、その申立ての前に被告が本案について弁論をした場合は、この限りでない。

19条1項は、双方が合意すれば移送しなければならない必要的移送です。訴え提起前の合意管轄と対になる、事後の合意管轄と考えてください。19条2項は、簡裁に持ち込まれた不動産の訴訟について——被告が申し立てれば、地裁へ移送しなければならない必要的移送です。最後に、方向を間違えやすい移送を1つ見ておきます。人事訴訟というのは、離婚や認知のように、夫婦や親子の関係そのものを決める訴訟でしたね。裁判所の種類を見た回で、これを家庭裁判所が扱う、と見ました。

⭐ 論文で書く規範:人事訴訟法8条1項・2項——地裁の損害賠償請求から家裁へ 家庭裁判所で人事訴訟が進んでいて、その原因になった事実から生じた損害賠償請求が、別に地方裁判所で争われているとする。この場合、審理を担当する地方裁判所の判断で——事案にふさわしいと見れば、当事者からの求めに応じて、その損害賠償の訴訟を家庭裁判所のほうへ移送することができる。移送を受けた家庭裁判所は、2つの事件の口頭弁論を併合しなければならない(2項)。 方向は地裁の損害賠償請求訴訟から、家裁の人事訴訟へ。逆ではない。 (人事訴訟法8条1項・2項)

家庭裁判所で進んでいる人事訴訟と、その原因になった事実から生じた損害賠償請求が——別に地方裁判所で争われているとします。たとえば、妻が夫に離婚を求める訴訟が家裁で進んでいて——その離婚にともなう慰謝料の請求だけが、地裁に出ている、という形です。この場合、地方裁判所は、相当と認めれば、申立てにより——その損害賠償の訴訟を、家庭裁判所へ移送できます。そこが罠です。家裁の事件を地裁へ動かすのではありません。地裁の損害賠償請求を、家裁のほうに合わせて動かします。移送を受けた家裁は、2つの事件の口頭弁論を、まとめて進めます。口頭弁論というのは、序章で見た、法廷で双方が主張を述べ合う手続でしたね。

一覧——必要的か裁量か

必要的/裁量2列一覧(16条1項・19条1項・19条2項が必要的/16条2項・17条・18条・20条の2・人事訴訟法8条1項が裁量) 図:必要的/裁量2列一覧

  • 16条1項・19条1項・19条2項が必要的
  • 16条2項・17条・18条・20条の2・人事訴訟法8条1項が裁量

ここまでで、民事訴訟法の移送の条文を7つ見てきました。これに、別の法律から人事訴訟法8条1項が加わります。1枚の表に畳んでおきましょう。

⭐ 論文で書く規範:必要的移送と裁量移送 必要的(客観的に固まった事実で決まる)… 16条1項(管轄違い)・19条1項(当事者の合意)・19条2項(簡易裁判所の不動産訴訟)。 裁量(評価が要る事情で決まる)… 16条2項(自庁処理)・17条(著しい遅滞・衡平)・18条(簡易裁判所から地方裁判所へ)・20条の2(特許権等)・人事訴訟法8条1項。 (民事訴訟法16条から20条の2・人事訴訟法8条)

必要的なのは、16条1項、19条1項、19条2項の3つです。裁量なのは、16条2項、17条、18条、20条の2、それから人事訴訟法8条1項です。必要的移送は、「そもそも管轄が無い」「当事者が合意した」という——客観的に固まった事実に基づきます。だから、裁判所の判断が入る余地がありません。裁量移送は、「著しい遅滞」「衡平」「相当性」という——評価が要る事情に基づきます。だから、裁判所の判断に委ねられます。この軸があれば、必要的か裁量か、丸暗記せずに言い当てられます。Mさんの事件は、17条の裁量移送です。遅滞や衡平という、評価が要る事情で動かす話でしたね。

22条——移送の効果と「最初から」の意味

移送の裁判は決定+確定すると拘束・再移送禁止・最初から係属していたとみなす 図:移送の裁判は決定+確定すると拘束・再移送禁止・最初から係属していたとみなす

移送が決まったら、どうなるのか。効果を見ましょう。

条文民事訴訟法22条

民事訴訟法第22条(移送の裁判の拘束力等) 第二十二条 確定した移送の裁判は、移送を受けた裁判所を拘束する。 2 移送を受けた裁判所は、更に事件を他の裁判所に移送することができない。 3 移送の裁判が確定したときは、訴訟は、初めから移送を受けた裁判所に係属していたものとみなす。

移送の裁判は、決定という形式で行われます。確定すると、移送を受けた裁判所は、その判断に拘束されます。1項です。2項は、移送を受けた裁判所が、さらに別の裁判所へ移送できない、という規定です。そして3項が、いちばん効いてきます。移送の裁判が確定すると、訴訟は初めから、移送を受けた裁判所に係属していたと——みなされます。

「最初から」が効く理由(訴え提起の時点の効果=時効の完成猶予・管轄の恒定が動かない) 図:「最初から」が効く理由

訴え提起の時点で生まれた効果が、動かないからです。管轄の恒定を、覚えていますか。訴状を出した時点で、管轄が固定される話でした。時効も同じです。訴えを起こした時点で、時効の完成が猶予されます。移送を挟んでも、訴訟がいったん途切れて——移送先の裁判所で、新しく始まるわけではありません。提訴の時点の効果は、そのまま生き続けます。もう1つ、移送の裁判に不服があるときの話にも、一言だけ触れておきます。移送の決定や、移送の申立てを却下した決定には、即時抗告ができます。21条です。抗告そのものの仕組みは、別の回でまとめて扱います。名前だけ覚えておいてください。

今日のまとめ——場所を動かす道具の一覧

冒頭の問いの回収と、必要的・裁量の一覧(17条移送は生きている/16条1項・19条1項・19条2項=必要的/16条2項・17条・18条・20条の2=裁量) 図:冒頭の問いの回収と、必要的・裁量の一覧

  • 17条移送は生きている
  • 16条1項・19条1項・19条2項=必要的
  • 16条2項・17条・18条・20条の2=裁量

今日はここまでです。冒頭のMさんの問いに、もう一度戻りましょう。17条の裁量移送を使えば、住所地に近い裁判所へ動かせる、でしたね。20条1項が封じるのは「専属管轄」です。ただ、そこから当事者が11条の合意で定めたものが、かっこ書きで除かれています。専属的合意管轄が、17条の対象から外れているわけじゃありません。17条を封じる例外のほうから、専属的合意管轄が外されているんです。民事訴訟法の7つの移送も、もう一度2つに畳んでおきます。必要的なのは、16条1項、19条1項、19条2項。客観的に固まった事実で決まるものです。裁量なのは、16条2項、17条、18条、20条の2。評価が要る事情で決まるものです。

送り先と、次回への橋渡し(21条即時抗告→抗告の回/17条移送→二重起訴の回/訴え却下・判決の種類の回) 図:送り先と、次回への橋渡し

  • 21条即時抗告→抗告の回
  • 17条移送→二重起訴の回
  • 訴え却下・判決の種類の回

この先の送り先も、確認しておきましょう。移送の裁判への即時抗告は、抗告を扱う回で。17条の移送は、二重に起こされた訴えをまとめる場面でも、もう一度出てきます。訴えを退けるかどうかの判断は、訴え却下や判決の種類を扱う回で、あらためて扱います。裁判所の中で、担当する裁判官を替える方法です。担当する裁判官を替えられるのかどうか。それが、次に見る話です。

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#19単独ページ動画

裁判官の除斥・忌避・回避

第1章 訴訟の開始 ⑲/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

除斥——法律上、当然に排除される

23条1項の6号列挙(客観的に決まる事実だから当然排除できる) 図:23条1項の6号列挙(客観的に決まる事実だから当然排除できる)

まず、除斥です。

条文民事訴訟法23条1項

民事訴訟法第23条1項(裁判官の除斥) 第二十三条 裁判官は、次に掲げる場合には、その職務の執行から除斥される。ただし、第六号に掲げる場合にあっては、他の裁判所の嘱託により受託裁判官としてその職務を行うことを妨げない。 一 裁判官又はその配偶者若しくは配偶者であった者が、事件の当事者であるとき、又は事件について当事者と共同権利者、共同義務者若しくは償還義務者の関係にあるとき。 二 裁判官が当事者の四親等内の血族、三親等内の姻族若しくは同居の親族であるとき、又はあったとき。 三 裁判官が当事者の後見人、後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人又は補助監督人であるとき。 四 裁判官が事件について証人又は鑑定人となったとき。 五 裁判官が事件について当事者の代理人又は補佐人であるとき、又はあったとき。 六 裁判官が事件について仲裁判断に関与し、又は不服を申し立てられた前審の裁判に関与したとき。

配偶者、四親等内の血族、後見人、証人になったとき——前審の裁判に関わっていたときなど、6つのパターンが列挙されています。前審というのは、その事件の、前の審級のことです。第一審に関わった裁判官が、控訴審でその判断を審査することはできない、ということです。法律上当然に、その裁判官は職務の執行から除斥されます。忌避と違って、当事者の申立てを待つ必要がありません。事実に当てはまれば、それだけで法律上、当然に排除されます。ただ、当てはまるかどうかで争いになることはあります。裁判所が除斥の裁判をします。23条2項です。申立てでも職権でもできます。

そこが大事なところです。その裁判は、排除するかどうかを決めるものではありません。すでに法律上生じている排除を、確かめる裁判です。ここでも、前回の移送で使った軸——動かす根拠が、客観的な事実か、評価が要る事情か——が効いています。配偶者かどうか、四親等内の血族かどうかは、客観的に決まっている事実です。誰が見ても同じ答えになる。だから、法があらかじめ列挙して、機械的に排除できるんです。

除斥の設例(Pさんの取引先を相手にした訴訟で、担当裁判官の一人がPの実兄) 図:除斥の設例(Pさんの取引先を相手にした訴訟で、担当裁判官の一人がPの実兄)

具体例で考えましょう。Mさんの知り合いのPさんが、取引先を相手に——売買代金を求める訴えを起こしたとします。ところが、審理を担当する裁判官の一人が、実はPさんの実の兄でした。四親等内の血族にあたるので、この裁判官は当然に除斥されます。Pさんが何も申し立てなくても、法律上、この裁判官はその事件を担当できません。

忌避——申立てと裁判で、初めて排除される

24条1項(除斥に当たらない事情を、一般条項で拾う制度) 図:24条1項(除斥に当たらない事情を、一般条項で拾う制度)

除斥事由に当てはまらなくても、公正が心配な場面はあります。それが忌避です。

条文民事訴訟法24条

民事訴訟法第24条(裁判官の忌避) 第二十四条 裁判官について裁判の公正を妨げるべき事情があるときは、当事者は、その裁判官を忌避することができる。 2 当事者は、裁判官の面前において弁論をし、又は弁論準備手続において申述をしたときは、その裁判官を忌避することができない。ただし、忌避の原因があることを知らなかったとき、又は忌避の原因がその後に生じたときは、この限りでない。

除斥のようにあらかじめ全部を列挙しきれない事情を、この一般条項で拾います。当事者の申立てを待って、裁判で判断します。そこが大きな違いです。除斥は当然に排除されますが——忌避は、当事者が申し立てて、裁判所がその事情を審査して初めて——職務執行ができなくなります。

なぜ忌避だけ手続きが要るか(評価が要る事情だから/2項の権利失効) 図:なぜ忌避だけ手続きが要るか(評価が要る事情だから/2項の権利失効)

「公正を妨げるべき事情」は、客観的に決まっている事実ではなく、評価が要るからです。本当に公正が損なわれる程度の事情かどうかは、個別に見なければ分かりません。だから、当事者の申立てと、裁判所の審査という手続きを踏むんです。1つ、2項に権利を失う場合の規定もあります。裁判官の面前で弁論をしたり、弁論準備手続で述べたりした後は、原則として忌避できません。ただし、忌避の原因を知らなかったときや、原因がその後に生まれたときは別です。では、どんな事情が忌避の理由になるのか、具体例で考えましょう。

忌避の設例(担当裁判官が被告側代理人の学生時代からの親友だと判明) 図:忌避の設例(担当裁判官が被告側代理人の学生時代からの親友だと判明)

別の事件で、担当裁判官が、被告側の代理人と——学生時代からの親友だと分かったとします。配偶者でも血族でもないので、除斥事由には当たりません。それでも、公正への疑いが生まれる場面です。こういう事情は、忌避の申立ての対象になりえます。さっきの2項です。事情を知ったうえで弁論をしてしまえば、もう忌避は申し立てられません。ここで、実際にこの基準を示した判決を見てみましょう。

判例民集9巻1号83頁・昭和30年1月28日・百選4

最高裁判所第二小法廷判決(立木売買契約存在確認請求事件) 原審の裁判長を務めた裁判官が、原審における相手方(被上告組合)の訴訟代理人の女婿であった事案。上告人はこの関係が裁判の公正を妨げる事情にあたると主張したが、最高裁は——女婿であるという事実だけでは、除斥事由にも、裁判の公正を妨げるべき事情にもあたらないとして、上告を棄却した。 忌避を認めた事例ではなく、忌避事由にあたらないとした事例である。

この事件では、控訴審の裁判長を務めた裁判官が——相手方の訴訟代理人の、娘の夫にあたる人でした。上告した側は、この関係が裁判の公正を妨げる事情にあたる、と主張しました。この判決の結論は、正確に言う必要があります。忌避を認めた事例ではありません。相手方代理人の女婿であるという事実だけでは——裁判の公正を妨げるべき事情にはあたらない、として、上告を退けています。

忌避事由の判定基準(疑いが当事者の思い込みにとどまらず、誰から見ても筋が通っていること) 図:忌避事由の判定基準

この判決が示したのは、忌避事由をどう判定するか、という一般的な物差しです。相手と長い付き合いがあるとか、その裁判の結果でお金が入る立場にいる、といった事情です——公正への疑いが、当事者の思い込みにとどまらず、誰から見ても筋が通っていること。これが基準です。基準は示しつつ、この事案そのものの結論は、忌避を退けた事例です。さっきの、親友の代理人という設例は——誰から見ても筋が通っている疑いに近づく可能性がある例として、挙げたものです。では、最初のMさんの事件はどうなるでしょう。その「近い関係」が、たとえば四親等内の血族なら、23条で当然に外れます。そこに当たらない付き合いなら、忌避を申し立てて、いま見た基準で裁判所に判断してもらうことになります。

除斥/忌避の対比(当然排除される除斥/申立てと裁判で排除される忌避) 図:除斥/忌避の対比(当然排除される除斥/申立てと裁判で排除される忌避)

最後に、除斥と忌避を並べておきましょう。除斥は、あらかじめ法が列挙した事由に当てはまれば、当然に排除されます。忌避は、申立てと裁判という手続きを経て、初めて職務執行ができなくなります。客観的な事実か、評価が要る事情か。この軸が、人を動かす場面でも——同じように効いています。

除斥・忌避の手続と、自分から退く回避

誰がどんな形式で除斥・忌避を裁くか+審査中は手続を止める 図:誰がどんな形式で除斥・忌避を裁くか+審査中は手続を止める

除斥や忌避が問題になったとき、誰がどう判断するのか、手続きも押さえておきましょう。

⭐ 論文で書く規範:25条・26条——除斥・忌避の裁判と、手続の停止 除斥・忌避についての裁判は、その裁判官の所属する裁判所が決定で行う(地裁では合議体)。対象の裁判官は、この裁判に関与できない。理由があるとする決定には不服申立てができず、理由がないとする決定には即時抗告ができる(25条)。 申立てから決定確定までは、急を要する行為を除き、訴訟手続を停止しなければならない(26条)。 (民事訴訟法25条・26条)

除斥や忌避についての裁判は、その裁判官が所属する裁判所が、決定という形で行います。Pさんの事件なら、実兄が裁判官だった、その地裁自身が判断します。地裁の場合は、合議体で審理します。対象の裁判官は、自分の除斥や忌避の裁判には関与できません。もう1つ、理由があると認める決定には、不服を申し立てられません。理由がないとする決定には、即時抗告ができます。理由があるとされた側は、その裁判官が抜けるだけで、当事者は困りません。理由がないとされた側は、公正が心配なまま審理を受けることになるので、争う道を残すんです。そして、申立てがあってから決定が確定するまでは——急を要する行為を除いて、訴訟手続きを止めなければなりません。26条です。

⭐ 論文で書く規範:回避——民事訴訟規則12条 裁判官は、除斥・忌避の事由があることを自ら認め、監督権を有する裁判所の許可を得て、回避することができる。 根拠は民事訴訟規則12条——法律ではなく規則である点に注意。 (民事訴訟規則12条)

最後に、回避です。除斥や忌避のように他人から言われるのではなく、自分から気づいて身を引く点が違います。自分の判断だけで降りられるわけではありません。そこが次の話です。裁判官自身が、除斥や忌避の事由があると自分で認めて——監督権を持つ裁判所の許可を得て、自分から身を引きます。ただし、これは法律ではなく、民事訴訟規則12条が根拠です。除斥や忌避は、当事者が争って裁判で決める話なので、法律に置かれています。回避は、裁判官が自分から外れて、監督する裁判所が許可するだけ——当事者が争う場面がありません。だから、規則で足りるんです。

公正の担保が及ぶ範囲と、除斥を破ったときの重さ

及ぶ範囲(裁判所書記官27条/専門委員92条の6/裁判所調査官92条の9) 図:及ぶ範囲(裁判所書記官27条/専門委員92条の6/裁判所調査官92条の9)

この公正の担保は、裁判官だけの話ではありません。

⭐ 論文で書く規範:及ぶ範囲——書記官・専門委員・裁判所調査官 除斥と忌避は、裁判官だけの制度ではない。事件の行方に関わる立場である以上、公正さが疑われては困るのは同じだからだ。この趣旨は、裁判所書記官(27条)にも、審理に加わる専門委員(92条の6)にも、知的財産事件を扱う裁判所調査官(92条の9)にも及ぶ。 法(27条・92条の6・92条の9)が準用しているのは除斥と忌避。回避も同じように及ぶが、その根拠は民事訴訟規則の側にある(裁判官の回避=規則12条、裁判所書記官=規則13条)。 (民事訴訟法27条・92条の6・92条の9)

裁判所書記官にも、除斥と忌避の規定が準用されます。27条です。書記官がPさんの実兄なら、同じように、当然に除斥されます。この規定は、裁判官の除斥や忌避と同じ働きをします。裁判に関与する専門委員や——専門委員というのは、専門的な知識が要る事件で、審理に加わってもらう外部の専門家です。中身は、争点整理を扱う回で見ます。ここでは、公正の担保がここにも及ぶ、ということだけ押さえてください。知的財産の事件を担当する裁判所調査官にも、同じように及びます。

除斥違反の効果(絶対的上告理由312条2項2号/再審事由338条1項2号) 図:除斥違反の効果(絶対的上告理由312条2項2号/再審事由338条1項2号)

最後に、除斥事由がある裁判官が判決に関わってしまったらどうなるか、一言だけ触れます。

⭐ 論文で書く規範:除斥違反の効果——絶対的上告理由・再審事由 除斥事由がある裁判官が判決に関与したことは、絶対的上告理由(312条2項2号)にあたり、確定後は再審事由(338条1項2号)にもなる。 (民事訴訟法312条2項2号・338条1項2号)

法律上、判決に関与できない裁判官が関与したことは、絶対的な上告理由になります。他の理由を問わず、それだけで上告理由として扱われる、という重い意味です。判決が確定した後でも、再審の事由になります。実兄が気づかずに判決まで関わってしまった場合が、まさに絶対的上告理由にあたります。判決が確定していれば、再審の事由にもなります。除斥は当然に排除される分、破ったときの効果も重いんです。ここは、上告や再審を扱う回で、あらためて詳しく見ます。

裁判所をめぐる話を、1枚の地図に畳む

裁判所をめぐる話の地図(裁判権→管轄4種→決める主体→任意と専属→調査と恒定→移送・除斥忌避回避) 図:裁判所をめぐる話の地図

さて、ここまでで、「どこの裁判所で、誰が裁くのか」という話を、全部見終えました。地図として畳んでおきましょう。まず、裁判権があるかどうかから始まりました——日本の裁判所がその事件を裁けるか、という話です。そこから、職分・事物・土地・審級という、管轄の4種類に分かれました——役割・金額・場所・何審目か、の違いです。それを決める主体は、法定・合意・応訴・指定の4通りでした——応訴は当事者の行動、指定は上級裁判所が例外的に決めるものです。動かせるかどうかで、任意管轄と専属管轄——当事者の便宜の線か、公益の線かに分かれ——裁判所は、この管轄を調査し、訴えの提起の時で固定します——職権調査事項と、管轄の恒定です。そして、事後にもう一度動かす方法——移送は前回。人を動かす方法——除斥・忌避・回避を、今日見ました。

送り先一覧(21条即時抗告・17条移送と二重起訴・判決の種類・専門委員の中身) 図:送り先一覧(21条即時抗告・17条移送と二重起訴・判決の種類・専門委員の中身)

今日見てきた話は、いくつか先の回にもつながっています。移送の裁判への即時抗告は、抗告を扱う回で。17条の移送は、二重に起こされた訴えをまとめる場面でも、もう一度出てきます。裁判の種類や、訴訟要件の整理は、判決を扱う回で。専門委員の中身は、争点整理を扱う回で。それだけ、この裁判所をめぐる話が、ここまでの土台になっている、ということです。

今日のまとめ

今日のまとめ(除斥=当然排除/忌避=申立てと裁判/回避=自ら退く/分かれ目は事実か評価か) 図:今日のまとめ

  • 除斥=当然排除
  • 忌避=申立てと裁判
  • 回避=自ら退く
  • 分かれ目は事実か評価か

今日は、審理を担当する裁判官を替える、3つの方法を見ました。客観的に固まった事実で決まる除斥は、申立てを待たず、法律上、当然に排除されます。公正を妨げるかどうかという評価が要る忌避は、当事者の申立てと裁判所の判断が要ります。回避は、裁判官自身が事由を認めて、自分から身を引く方法でした。民事訴訟規則12条という、規則が根拠でした。そして、除斥と忌避を分けたこの物差し——事実で決まるか、評価が要るかは、前回見た移送の分かれ目と、同じものでした。必ず移さなければならないのが必要的、移すかどうかを裁判所が決めるのが裁量——その線引きです。

今日はここまでです。

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#20単独ページ動画

当事者の確定と実質的表示説・氏名冒用訴訟・死者名義訴訟

第1章 訴訟の開始 ⑳/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

訴状に書かれた名前と、判決を受ける人

冒頭の問いの板(半年前に死亡していた人の名前が被告欄にあった。この裁判はどうなるのか) 図:冒頭の問いの板

岡田さんが、知人の坂本さんにお金を貸していました。返してもらえないので、坂本さんを被告として訴えを起こします。ところが、訴状を裁判所に出したあとで分かったことがあります。坂本さんは、訴えを起こす半年前に病気で亡くなっていました。この裁判は、どうなると思いますか。実は、それだけでは答えられません。亡くなったタイミングと、それに気づいたタイミングで結論が変わってくるんです。今日はこの問いに、最後まで付き合っていただきます。

節の接続板(裁判所の話から当事者の話へ。場所が決まった。次は人) 図:節の接続板(裁判所の話から当事者の話へ。場所が決まった。次は人)

移送や、除斥・忌避・回避で、場所と担当する人を動かす話まで見ました。今日からは、もう1つ手前の話に戻ります。そもそも、この裁判の当事者とは誰なのか、という話です。場所の話が終わり、人の話に移ります。この問いは、2つに分かれます。訴状の名前と、判決を受ける人がズレたとき、誰を当事者として扱うか。そして、そもそも当事者になれる資格は誰にあるのか。1つ目のほうを、今日じっくり扱うんですね。ただ、この2つを貫く1本の考え方は、今日のうちに見つけておきましょう。

当事者とは誰か——形式的当事者概念

当事者の定義板(訴える者・訴えられる者・判決の名宛人/実体法上の権利の有無は問わない) 図:当事者の定義板

  • 訴える者・訴えられる者・判決の名宛人
  • 実体法上の権利の有無は問わない

まず、当事者の定義から確認します。当事者とは、訴える者と訴えられる者のこと、つまり原告と被告です。もう少し正確に言うと、判決の名宛人となる者、です。ここで大事な考え方があります。当事者かどうかは、実体法上その権利を本当に持っているかどうかを問いません。権利を持っているかどうかは、関係ありません。これを、形式的当事者概念と呼びます。

入口と中身が循環する板(本当に権利者かは審理して初めて分かる。それを入口の条件にすると、審理の前に結論が要る) 図:入口と中身が循環する板

ここに、この回いちばんの核心があります。「本当に権利者かどうか」は、審理を尽くして初めて分かることです。それを、当事者になるための入口の条件にしてしまうとどうなるか。審理する前に、審理の結論を先に決めてしまうことになりますね。入口と中身が、循環してしまいます。だから、入口は形式で決めます。実体の当否は、中に入ってから問うんです。そこは、審理してみないと分かりません。それを入口の条件にすると、入口を通す前に、貸したかどうかの結論が要ることになってしまいます。

当事者適格という別の問いの板(この事件との関係で正当な当事者か。専用の回で扱う) 図:当事者適格という別の問いの板(この事件との関係で正当な当事者か。専用の回で扱う)

ちなみに、いま「まず入口を通す」と言いましたが——この事件との関係で、本当に正当な当事者かという問いは、また別にあります。名前だけ、少し出しておきます。当事者適格と呼ばれる問題で、専用の回で扱います。今日のところは、訴状に書かれた名前から当事者を決めるところまでです。

二当事者対立構造とその帰結

二当事者対立構造の帰結3点板(1人では訴訟できない/途中で当事者が死亡したときの終了〔下の訂正を参照〕/地位が一人の人にまとまって終了) 図:二当事者対立構造の帰結3点板

訂正(2026-10-02) 動画とこの板の②「訴訟の途中で当事者が死亡し、相続人が誰もいなければ訴訟は終了」は誤りでした。貸金の返還のような財産上の訴訟は、相続人がいなくても終わりません。相続人のあることが明らかでないときは、相続財産が法人になり(民法951条)、家庭裁判所が選ぶ相続財産の清算人(民法952条1項)が受け継ぎます(124条1項1号)。死亡で終わるのは、離婚訴訟のように争う権利関係がその人だけのもの(一身専属)の場合です(人事訴訟法27条)。下の箇条と表は直してあります。

  • 1人では訴訟できない
  • 一身専属の権利関係の訴訟で、当事者が死亡すると終了(財産上の訴訟は、相続人か相続財産の清算人が受け継ぐ)
  • 地位が一人の人にまとまって終了

民事訴訟は、必ず利害の相反する2人が向き合う形で進みます。これを、二当事者対立構造と呼びます。この構造から、3つの帰結が出てきます。1つ目は、自分1人が自分に対して訴訟を起こすことはできません。2つ目は、訴訟の途中で当事者が亡くなり、その立場を受け継ぐ人がいなくなる場合です。ここは、争っている権利の種類で結論が分かれます。

訴訟の途中で起きたこと訴訟は根拠
当事者が死亡(貸金の返還など、財産上の権利の訴訟)続く。相続人が受け継ぐ。相続人のあることが明らかでなければ、相続財産の清算人が受け継ぐ民法896条・951条・952条1項、124条1項1号
当事者が死亡(離婚訴訟、扶養を求める権利の訴訟など、一身専属の訴訟)当然に終了。受け継ぐ人がいない民法896条ただし書、人事訴訟法27条
相続や合併で、原告と被告の地位が同じ人にまとまった終了。争う相手がいない二当事者対立構造が消える

対立が消えたら終わる、その理由の板(原告と被告の地位が一人にまとまる。判決で決めるべきものが無くなる) 図:対立が消えたら終わる、その理由の板

3つ目は、相続や法人の合併で、原告と被告の地位が一人の人にまとまった場合です。この場合も、訴訟は終了します。そこで止まらないでください。なぜ終了するのか、理由まで押さえましょう。対立が消えたら、判決で決めるべきものが、無くなってしまうからです。二当事者対立構造は、手続を成立させるための条件です。途中でこれが失われれば、手続を続ける意味そのものが消えるんです。

当事者が決まると何が決まるか

当事者が決まると何が決まるか板(訴訟書類・判決の名宛人/管轄/当事者権) 図:当事者が決まると何が決まるか板(訴訟書類・判決の名宛人/管轄/当事者権)

当事者が決まると、いくつか大事なことが同時に決まります。1つは、訴訟書類と判決の、名宛人です。もう1つは、どの裁判所で審理するか、です。原則は、被告の住所地の裁判所——普通裁判籍でした。被告が誰かが決まらないと、これは引けません。当事者が決まって、初めて裁判所も決まるんです。もう1つ、当事者には当事者権というものが認められます。手続の全般で、当事者としての主体性が尊重され——自分の利益を守る機会が保障される、ということです。期日はいつだと知らせが届き、言い分があれば述べる機会が与えられる。そういう場面です。

以前に見た当事者主義——手続を動かす主導権を当事者の側に置く、という考え方が、この形で効いてきます。

確定が問題になる3つの場面

3つの場面板(氏名冒用訴訟/死者名義訴訟/当事者の表示の過誤) 図:3つの場面板(氏名冒用訴訟/死者名義訴訟/当事者の表示の過誤)

ここまでは、当事者とは何か、という一般論でした。当事者は、訴状に必ず書かなければならない事項です(134条2項1号)。だから、ふつうは訴状を見れば当事者が分かります。ここからは、訴状の名前と、判決を受けるべき人がズレる場面に入ります。この「ズレ」は、大きく3つの場面に分かれます。1つ目は、氏名冒用訴訟。他人の氏名を勝手に使って訴えを起こしたり——訴えられたりする場面です。2つ目は、死者名義訴訟。すでに死んでいる人の名前で訴えたり訴えられたりする場面です。3つ目は、当事者の表示の過誤。会社名の誤記のような場面です。ただ、その前に、この3つ全部の土台になる基準を確認します。訴状の名前と、判決を受ける人がズレたとき——そもそも、誰を当事者として確定するのか、という基準です。

確定基準をどう決めるか——意思説・行動説の壁

対立説板(意思説=内心で決める/行動説=実際の振る舞いで決める、それぞれの弱点) 図:対立説板(意思説=内心で決める/行動説=実際の振る舞いで決める、それぞれの弱点)

当事者を確定する基準は、実は1つではありません。まず、対立する考え方から見てみましょう。内心で決めるという考え方が、意思説です。原告がこの人を訴えるつもりだった、という効果意思で決めます。弱点があります。内心というのは、外から見えません。誰が見ても同じ答えになる、という明確性を欠いてしまいます。岡田さんが内心で誰を訴えるつもりだったかは、本人にしか分かりません。

行動説の板(実際の振る舞いで決める。審理が進むまで分からず、訴状が届いた日には決められない) 図:行動説の板

実際に訴訟でどう振る舞ったかで当事者を決めるのが、行動説です。ただ、これにも弱点があります。実際の振る舞いは審理が進んでみないと分かりません。つまり、訴状を受け取ったその時点では、当事者を決められないんです。訴状が届いた日に、誰が被告かを決められないことになります。では、この2つの弱点を避けられる基準はあるでしょうか。

実質的表示説——3つの根拠

実質的表示説の導入板(訴状の当事者欄を中心に、請求の趣旨・原因も含めて合理的に解釈) 図:実質的表示説の導入板

そこで採られているのが、実質的表示説です。訴状に書かれていることを、丸ごと読みます。当事者欄の記載を軸にしながら——そこに書かれた請求の趣旨や、原因事実の記載まで重ね合わせるんです。名前欄だけを見る立場は、形式的表示説と呼ばれる別の考え方で、実質的表示説とは区別されます。実質的表示説は、訴状全体から合理的に読み取るんです。

⭐ 論文で書く規範:実質的表示説——訴状の記載を合理的に解釈して当事者を決める 当事者欄の記載を軸としながら、請求の趣旨・請求の原因まであわせて読み込み、訴状に現れた一切の表示を、筋道立てて合理的に解釈し、そこから当事者を導き出す。 支持される理由は3つある。①明確性——書面という誰でも確認できるものが基準になるので、判断が割れない。②迅速性——訴え提起の直後に判断でき、審理の進行を待つ必要がない。③妥当性——記載全体を見るので、単純な誤記があっても柔軟に読み替えて救うことができる。 意思説(原告の内心)は外から見えず①を欠き、行動説(実際の訴訟活動)は審理を待たねば分からず②を欠く。実質的表示説は、この2つの弱点を同時に避けている。 (規範(通説で立てる))

書面という誰でも見られる基準だから明確性がある。訴え提起の直後に判断できるから、迅速性もある。そして、記載全体を柔軟に見るので単純な誤記も救えて、妥当性もある。ただ、1つ確認しておきたいことがあります。これは、条文に書かれた基準ではありません。氏名冒用訴訟や死者名義訴訟という、個々の場面での判例の処理を——学説が「実質的表示説」という1つの基準として整理したものです。だから、これは規範ですが、特定の判例の言葉として引用はできません。条文に書いていないことを解釈で導き出したもの——それを規範と呼びます。通説が組み立てた基準として、押さえておいてください。

実質的表示説の当てはめ板(名前欄だけでなく記載全体を読むから、同姓同名の別人と名前の誤記を見分けられる) 図:実質的表示説の当てはめ板

具体例で、この基準がどう働くか見ておきましょう。訴状の当事者欄に、「田中一郎」と書かれていたとします。請求の原因まで読むと、実際に取引していた相手の住所や会社が——訴状に書かれた田中一郎さんと、きちんと一致しているとします。この場合は、名前欄の記載どおりの人が当事者だと、すんなり確定できます。ところが、請求の原因を読むと、住所も会社もまるで違う——同姓同名の、別の田中一郎さんの話だったとしたら、どうでしょう。実質的表示説は、名前欄だけでなく記載全体を見るからこそ——この2つを、きちんと見分けられるんです。

確定後の3つの分かれ道

確定後処理3分岐板(却下/当事者の変更/表示の訂正) 図:確定後処理3分岐板(却下/当事者の変更/表示の訂正)

実質的表示説で当事者を確定できたとして、それが訴訟に出ている人と別人なのか——それとも、名前の誤記なのか、どうやって見分けるのでしょうか。確定した当事者と、実際に訴訟に出ている人を突き合わせて見分けます。処理は3つに分かれます。

⭐ 論文で書く規範:確定後の処理——3つの分かれ道 ①当事者がどうしても確定できない——訴え却下。 ②確定した当事者と、現に訴訟に出ている者が別人——当事者の変更(任意的当事者変更。手続の要件は別の回で扱う)。 ③確定した当事者と同じ人物だが、名称だけ誤っている——表示の訂正で足りる。 ②と③の分かれ目は、実質的表示説で確定した結果と突き合わせて決まる。別人か、名前の誤記か、で判定する。 (確定後の処理(実質的表示説の帰結))

中身の判断に入らないまま、門前で訴えを退ける判決です。前に、訴訟要件のところで見ました。具体例で考えましょう。中村さんが、取引先の会社を被告として訴えました。訴状には、「有限会社丸山商店」と書きました。丸山商店は3年前に株式会社への商号変更をしていて、正しくは「株式会社丸山商店」でした。これは、②の当事者の変更にはなりません。ここが分かれ目です。住所も代表者も、一致しています。実質的表示説で確定すれば、当事者は同じ人物だと分かります。これは③の表示の訂正で足ります。もし、住所も代表者も違う、まったく無関係の別会社を訴えていたら、別人なので②の当事者の変更が必要です。

訂正(2026-10-02) 動画は有限会社が株式会社になったことを「組織変更」と呼んでいましたが、正しくは商号変更です(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律45条1項)。「組織変更」は、合名会社などと株式会社の間で形を変える別の手続です。表示の訂正で足りるという結論は変わりません。

さっき見た実質的表示説の基準が、ここでそのまま働いています。

氏名冒用訴訟①原告側——係属中に気づいたら

氏名冒用①関係図(中村=名義人/関口=冒用者/吉田=相手方) 図:氏名冒用①関係図(中村=名義人/関口=冒用者/吉田=相手方)

ここから、3つの場面のうち1つ目、氏名冒用訴訟を見ていきます。まず、原告側の冒用です。内装業を営む中村さんに、関口さんという元同僚がいました。関口さんは、中村さんに無断で「中村」と名乗り——取引先の吉田さんに対して、代金の支払いを求める訴えを勝手に起こしました。中村さんの名前を騙って、関口さんが手続を進めているんです。

氏名冒用①フロー板(係属中判明→無権代理と同視→本人が追認しなければ訴え却下) 図:氏名冒用①フロー板(係属中判明→無権代理と同視→本人が追認しなければ訴え却下)

訴訟の係属中に判明すれば、無権代理と同視します。代理権が無いのに、代理人のように振る舞った状態のことです。そこは、判決の後に気づいた場面で、正面から見ます。順番に行きましょう。本人である中村さんが、これを追認しない限り訴え却下になります。中村さんが認めれば、有効な訴訟行為として扱われます。認めなければ、訴え却下です。

氏名冒用訴訟①原告側——判決後に気づいたら、なぜ代理権の欠缺か

氏名冒用①フロー板(判決後判明→当事者は名義人に判決効/救済=代理権欠缺の上訴・再審) 図:氏名冒用①フロー板

  • 判決後判明→当事者は名義人に判決効
  • 救済=代理権欠缺の上訴・再審

判決が出たあとで気づいた場合こそ、この論点でいちばん大事なところです。実質的表示説で確定すると、当事者は名義人である中村さんです。形式上は、判決の効力が名義人である中村さんに及んでしまいます。

なぜ代理権の欠缺かの板(名義人は誰にも授権していない。代理人に代理権が無かった場合と同じ形) 図:なぜ代理権の欠缺かの板

だから、救済が必要になります。ここで問いです。なぜ、この救済は代理権の欠缺という理屈で構成できるんでしょうか。欠けている、という意味です。代理権が無いということです。当事者は名義人です。ところが、その名義人である中村さんは——誰にも、この手続をやっていいとは言っていません。授権していないんです。これは、代理人に代理権が無かった場合とまったく同じ形をしています。だから、既存の救済——上訴と再審が、そのまま使えるんです。控訴と上告を、まとめた呼び方です。

条文民事訴訟法312条2項4号

民事訴訟法第312条2項4号(上告の理由) 第三百十二条 2 上告は、次に掲げる事由があることを理由とするときも、することができる。ただし、第四号に掲げる事由については、第三十四条第二項(第五十九条において準用する場合を含む。)の規定による追認があったときは、この限りでない。 四 法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。

まず、上告です。312条2項4号に、この事由が挙げられています。「代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと」とあります。判決が確定する前なら、この号を理由に上告できます。

条文民事訴訟法338条1項3号

民事訴訟法第338条1項3号(再審の事由) 第三百三十八条 次に掲げる事由がある場合には、確定した終局判決に対し、再審の訴えをもって、不服を申し立てることができる。ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。 三 法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。

すでに判決が確定してしまった場合は、338条1項3号の再審です。上告の理由と、再審の事由が対になっているんです。どちらも、代理権の欠缺という同じ理屈で中村さんを救います。この救済の道すじは、学説が後から当てはめたものではありません。古い判例そのものが、そう示しています。ただ、その判例を見る前に、逆の場面も押さえておきましょう。

氏名冒用訴訟②被告側——なりすまして応訴していたら

氏名冒用②関係図(吉田=名義人・真の被告/林=冒用者、吉田になりすまして応訴) 図:氏名冒用②関係図(吉田=名義人・真の被告/林=冒用者、吉田になりすまして応訴)

もう1つ、逆の場面もあります。被告側の冒用です。別の事件で、中村さんが、代金を払わない吉田さんを被告として訴状を送りました。ところが、吉田さんの知人である林さんが——吉田さんになりすまして、法廷に出て応訴していました。吉田さんは、自分が訴えられていることすら知りません。冒用者である林さんを、手続から排除します。当事者は、名義人である吉田さんのままなので——改めて吉田さん本人に訴状を送達して、期日を指定し直します。もし、これに判決後まで気づかなければ、どうなるでしょう。当事者は名義人の吉田さんなので、判決の効力は形式上及びます。救済も、同じく代理権の欠缺による上訴・再審です。この被告側の冒用にこそ、代表的な先例があります。

判例大判昭和一〇・一〇・二八 民集14巻1785頁〈百選5〉

大審院判決(偽造委任状による応訴が争われた事件) 株式の払込みを求められた被告の氏名が冒用され、偽造された委任状で被冒用者名義の訴訟代理人が選任されて、冒用者の側が応訴したまま判決が確定した事案。大審院は、判決が確定する前であれば上訴で、確定した後であれば再審で争えるとした(当時の再審事由は現行の338条1項3号にあたる)。

しかも大事なのは、さっき見た上訴と再審という救済が——学説が後から当てはめたものではなく、この判例自身の示した道すじだ、ということです。救済の理屈は同じです。当事者は名義人で、その名義人が授権していないからです。

氏名冒用の対比板(「当事者は名義人」という1本の軸が、原告側でも被告側でも同じ形で効く) 図:氏名冒用の対比板

原告側の冒用と、被告側の冒用を並べてみましょう。どちらも、実質的表示説で確定すれば、当事者は名義人です。冒用者ではありません。この「当事者は名義人」という1本の軸が——原告側でも、被告側でも、まったく同じ形で効いています。ここを逆にしてしまうと、代理権の欠缺という救済の説明が根本から崩れます。

ただし、この軸が成り立つのは、名義人の名で手続が進み、判決も名義人あてに言い渡された場合です。大審院は、訴訟行為が冒用者自身の行為としてされ、判決も冒用者に言い渡されたときは、その効力は冒用者に及ぶとして、名義人の名で手続が進んだ場合と区別しています(大判昭和10年)。

死者名義訴訟——死亡と発覚の組み合わせで決まる

死者名義訴訟の関係図(岡田=原告/坂本=死亡した名義人/坂本の息子=相続人) 図:死者名義訴訟の関係図(岡田=原告/坂本=死亡した名義人/坂本の息子=相続人)

さて、冒頭の岡田さんと坂本さんの話に戻りましょう。亡くなった人の名前で訴えを起こしてしまった場合、いつ・誰が気づいたかによって——結論は変わるのでしょうか、変わらないのでしょうか。さっきの話の流れからすると、変わりそうですね。死者名義訴訟は、大きく4つに分かれます。まず、最初の3つから見ていきましょう。

死者名義訴訟の前半3パターン板(①訴え提起時に死亡=却下/②係属中に死亡=中断・受継/③相続人が応訴=変更で治癒) 図:死者名義訴訟の前半3パターン板

  • ①提起前に死亡(判決確定前に判明・相続人の関与なし)=原則は却下
  • ②係属中に死亡=死者名義ではなく、中断・受継
  • ③提起前に死亡・相続人が応訴=変更で治癒

訂正(2026-10-02) 動画とこの板は①を「提起時にすでに死亡→訴え却下」と言い切っていましたが、③④と下の大審院の判例も提起前に死亡していた事案です。分かれ目は、いつ分かったか・相続人が関わったかです。①は「提起前の死亡が判決の確定前に分かり、相続人も関わっていない」場合で、それでも却下は原則です(例外は下の判例。一審判決の後に分かった事案です)。

1つ目。訴えを起こす前にすでに死亡していて、判決が確定する前にそれが分かり、相続人も手続に関わっていない場合です。原則は、訴え却下になります。権利や義務の主体になれる資格——それが権利能力です。亡くなった人には、それがありません。だから、向き合う二人がそろわず、二当事者対立がそもそも成り立たないんです。2つ目。訴訟の係属中に死亡した場合です。死者を訴えたのではなく、途中で当事者が欠けた場面なので、中断・受継という手続で処理されます。124条1項1号です。

条文民事訴訟法124条1項1号

民事訴訟法第124条1項1号(訴訟手続の中断及び受継) 第百二十四条 次の各号に掲げる事由があるときは、訴訟手続は、中断する。この場合においては、それぞれ当該各号に定める者は、訴訟手続を受け継がなければならない。 一 当事者の死亡 相続人、相続財産の管理人、相続財産の清算人その他法令により訴訟を続行すべき者

「相続財産の清算人」という言葉が入っているのは——相続財産の管理の制度が整理された、現在の条文の形です。ただし、訴訟代理人がついている間は、当事者が死亡しても手続は中断しません(124条2項)。代理人が、そのまま相続人のために訴訟を続けます。また、相続人は、相続の放棄ができる間は受け継げません(同条3項)。3つ目。実は係属前に死亡していたのに、相続人が訴状を受け取って——応訴していた、という場合です。この場合は、任意的当事者変更という手続で瑕疵を治癒します(実質上の被告が相続人と読めるなら、表示の訂正で足りるとする考え方もあります)。手続の不備のことです。あとから直せる、という意味で「治癒」といいます。さっき、名前が別会社と食い違ったときにも出てきた、あの処理です。ここまでの3つは、まだ判決に至っていない段階の話でした。

死者名義訴訟④——判決後に分かったら、なぜ信義則で救えるか

死者名義訴訟④板(判決後に判明=原則無効、ただし相続人が実質的に訴訟追行していれば、無効の主張が信義則上許されないことがある) 図:死者名義訴訟④板

そして4つ目。判決が出たあとで、初めて死亡が判明した場合です。ここは、「原則無効」という一言だけで覚えないでください。原則は、たしかに無効です。しかし、例外があります。相続人が、自分のこととして実質的に訴訟を追行していた場合です。この場合は、相続人が後から判決の無効を主張することが、信義則上許されないとされることがあります。学説は、これを攻撃防御の機会が実質的に保障されていたかという観点から説明します。下の最高裁判決が挙げたのも、相続人が「みずから進んで訴訟行為をした」こと、異議を述べずに訴訟手続を遂行したことでした。相続人が、現実にその機会を使って争っていたなら——それなのに、名義の食い違いという形式の瑕疵だけを理由に——実際に手続を尽くした人の判決を、無効にしてしまうのは筋が通りません。

条文民事訴訟法2条

民事訴訟法第2条(裁判所及び当事者の責務) 第二条 裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。

この条文は、当事者の信義誠実の責務を定めたもので、訴訟上の信義則の条文上の手がかりです。判決の効力が誰に及ぶかを定めた条文ではありません。信義則で相続人の無効の主張を封じた最高裁判例があります。

判例最判昭和41・7・14 民集20巻6号1173頁(昭和39年(オ)第1403号)

最高裁判決(訴状が届く前に被告が死亡していた事件) 第一、二審を通じてみずから進んで訴訟行為をした前記上告人三名が、いまさら本件訴訟の当事者(被告)が死者であるDであつたとしてみずからの訴訟行為の無効を主張することは、信義則のうえから許されないものと解するのが相当である

訴状を出した3日後に被告が死亡し、その1週間後に訴状が届いた事案です。相続人3人は自分で弁護士を選んで受継を申し立て、第一審・第二審を異議なく争って敗訴し、上告審で「被告は死者だった」と無効を主張しました。判決後に初めて死亡が分かった事案ではないので④の典型ではありませんが、自ら訴訟を追行した相続人の無効の主張を信義則で封じた点で、④の理屈の手がかりになります。

訂正(2026-10-02) 動画は「④そのものを示した古い判例はありません。ここは学説と裁判例の積み重ねです」と、判例が無いように聞こえる言い方でした。④そのものの判例ではありませんが、信義則で相続人の無効の主張を封じた上の最高裁判決があります。また④の板は例外を「相続人に判決の効力が及ぶことがある(2条)」としていますが、判決の形は「相続人が無効を主張することは信義則上許されない」です。2条は信義則の手がかりで、判決の効力が及ぶ人の範囲の条文(115条)ではありません。

死者名義訴訟には、①の言い切りを揺さぶる、もう1つの有名な先例があります。

死者名義訴訟の古い先例の板(訴え提起の前に死亡していたが、実質上の被告は相続人だとして、却下ではなく表示の訂正を命じた) 図:死者名義訴訟の古い先例の板

そこに例外を開いた判例があります。

判例大判昭和一一・三・一一 民集15巻977頁〈百選6〉

大審院判決(死亡した者を被告として提起された訴訟の事件) 訴え提起の2年前に被告が死亡しており、訴状は同居の妻が受け取って、相続人が欠席のまま一審で原告勝訴の判決が出た事案。大審院は、実質上の被告は相続人であり、ただその表示を誤ったにすぎないとして、訴えを却下した原審を破棄し、訴状の被告の表示を相続人に訂正させたうえで手続を進めるべきだ、とした。

原則と例外の板(提起の時点で死亡していたら却下が原則。訴状の全体から実質上の被告が相続人と読めるときは表示の訂正で救う) 図:原則と例外の板

ここが大事なところです。①の「提起の時点で死亡していたら却下」は、あくまで原則です。訴状の全体から、実質上の被告が相続人だと読み取れるときは——表示の訂正で救う、という道が判例で開かれています。実質的表示説で当事者を確定した結果が、ここでも効いています。なお、この判例は信義則を使ってはいません。④の理屈とは別物です。

冒頭の問いへの答えの板(半年前に亡くなっていた坂本さん。いつ・誰が気づいたかで4つに分かれる) 図:冒頭の問いへの答えの板

訂正(2026-10-02) この板の②「訴訟の途中で初めて分かった→中断して、相続人が受継」は誤りでした。中断・受継(124条)は、訴訟の係属中に当事者が死亡した場合の手続です。坂本さんのように訴えを起こす前に亡くなっていた場合は、途中で気づいても124条の中断にはならず、下の「提起前に死亡していたとき」の表で処理します。また④の「信義則で有効」は、正しくは「相続人が無効を主張することが信義則上許されないことがある」です。

死者名義の場合分けは、2つの軸で整理します。1つ目の軸は、いつ死亡したかです。

死亡の時期扱い
訴えを起こす前死者名義訴訟。当事者の確定の問題(下の表)
訴えを起こした後、訴状が届く前最判昭和41年の事案。受継を許可したのは第一審で、最高裁は受継の適否には触れず、自ら訴訟を追行した相続人の無効の主張を信義則で封じた
訴訟の係属中死者名義訴訟ではない。中断・受継(124条1項1号。訴訟代理人がいれば中断しない=同条2項)

2つ目の軸は、提起前に死亡していたとき、いつ分かったか・相続人が関わったかです。

分かった時期・相続人の関わり扱い
判決確定前に分かった・相続人は関わっていない原則は訴え却下。実質上の被告が相続人と読めれば、表示の訂正。大判昭和11年は、一審判決の後・確定前に分かった事案でも表示の訂正で救った
判決確定前・相続人が訴状を受け取り応訴していた任意的当事者変更で治癒(表示の訂正で足りるとする考え方もある)
判決確定後に分かった原則は無効。相続人が自ら訴訟を追行していたなら、後から無効を主張することは信義則上許されないとされることがある(最判昭和41年の考え方)

冒頭の答えです。坂本さんは、訴えを起こす半年前に亡くなっていました。だから、使うのは2つ目の表だけです。判決の確定前に分かり、息子さんが関わっていなければ、原則は却下です(訴状から息子さんを指していると読めれば、表示の訂正)。息子さんが訴状を受け取って応訴していたなら、任意的当事者変更で息子さんに切り替えます。判決の確定後に分かったなら、原則は無効です。ただ、息子さんが自分で争っていたなら、後から無効を言うことは信義則上許されないとされることがあります。「無効」の一言に落とすと、この場合分けを丸ごと取りこぼしてしまいます。

この回の軸を1枚に畳む

この回の1枚地図板(形式的当事者概念→実質的表示説→3分岐→氏名冒用・死者名義=当事者は名義人のまま) 図:この回の1枚地図板

今日はここまでです。この回で通してきた、1本の軸を確認しましょう。当事者かどうかは、実体法上その権利を持っているかどうかとは切り離して——訴訟法の側で、形式によって決める。これが、形式的当事者概念でした。当事者を確定する基準が、実質的表示説でした。意思説は外から見えず、行動説は審理を待たないと分からない——この2つの弱点を避けているのが、実質的表示説でしたね。氏名冒用では、確定すると当事者は名義人のままなので、代理権の欠缺という理屈で上訴・再審の救済ができました。死者名義では、原則は却下ですが、表示の訂正や任意的当事者変更で救う道があります。判決後に分かった場合は、攻撃防御の機会が実質的に保障されていたかを考え、信義則で相続人の無効の主張を封じることがあります。

訂正(2026-10-02) 動画とこの板の4つ目の箱は「氏名冒用・死者名義:当事者は名義人のまま、だから代理権の欠缺で救済できる」としていますが、代理権の欠缺による救済は氏名冒用の話です。死者名義では、大判昭和11年判決のように実質上の被告を相続人と読むことがあり、当事者が名義人(死者)のままとは限りません。

送り先一覧板(任意的当事者変更・中断受継・氏名冒用の救済=上訴再審・訴え却下の判決の位置づけ・既判力) 図:送り先一覧板

最後に、今日の話がつながる先をまとめておきます。任意的当事者変更の手続の中身は、訴えの変更を扱う回で。中断・受継の細かい手続は、期日や期間を扱う回で。氏名冒用の救済である上訴と再審の中身は、それぞれ専用の回で。判決の効力が誰に及ぶかという問題そのものは、既判力を扱う回で。訴え却下の判決の位置づけは、判決の種類を扱う回で、あらためて扱います。訴状の名前から、当事者は決まりました。では、そもそも当事者になれる資格は、誰にでもあるんでしょうか。そこを、次に見ていきます。

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#21単独ページ動画

当事者能力と民訴29条・権利能力なき社団

第1章 訴訟の開始 ㉑/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

自治会は、被告になれるのか

冒頭の問いの板(山のふもとの自治会が、集会所の明渡しを求めて訴えられた。この自治会は、そもそも被告になれるのか) 図:冒頭の問いの板

山のふもとに、小さな自治会があります。会員が持ち回りで管理してきた、集会所の建物です。ところが、その土地の所有者が代わり——新しい所有者が、自治会を被告として、集会所の明渡しを求めてきました。そこに答える前に、確認しておきたいことがあります。この自治会は、法人ではありません。役所に法人登記もしていません。そこが、今日の入口です。

形式的当事者概念の1枚板(当事者かどうかは実体法上の権利の有無を問わず、訴訟法の側で形式によって決める) 図:形式的当事者概念の1枚板

当事者かどうかは、実体法上その権利を持っているかどうかとは切り離して——訴訟法の側で、形式によって決める。これが、形式的当事者概念でしたね。今日のテーマである当事者能力も、実は同じ発想のもう1つの現れです。詳しくは、これから見ていきましょう。

当事者能力とは何か

当事者能力の定義板(請求の内容にかかわらず一般に必要な訴訟法上の能力/当事者適格との対比) 図:当事者能力の定義板

  • 請求の内容にかかわらず一般に必要な訴訟法上の能力
  • 当事者適格との対比

では、さっそく当事者能力の中身に入りましょう。当事者能力というのは、誰であれば民事訴訟の当事者になれるかを、一般的なレベルで決める、訴訟法上の能力です。訴訟要件の1つで、これを欠くと訴え却下になります。本案の判断にすら入りません。

請求の内容にかかわらず、の板(当事者能力は一般の資格。当事者適格はこの請求との関係での資格) 図:請求の内容にかかわらず、の板

ここで、大事な鍵になる言葉があります。「請求の内容にかかわらず」です。前回、名前だけ出しておいた当事者適格——あちらは「この請求との関係で」正当な当事者かを問います。当事者能力は、請求の中身とは関係なく一般に持っているかどうかを問うんです。言葉を丸暗記するのではなく、問いの立て方の違いとして押さえてください。「そもそも訴訟の当事者になれる団体か」が当事者能力。「この集会所の明渡しで争う相手として正しいか」が当事者適格です。もう1つだけ、触れておきます。もし、当事者能力を欠いたまま判決が出てしまったらどうなるか、という問題もあります。これは、訴訟要件を欠いた判決の効力の問題として、別の回でまとめて扱います。

28条——民法上の権利能力者

28条の位置づけ板(28条は当事者能力と訴訟能力、両方の入口=今日は当事者能力の側だけ) 図:28条の位置づけ板

では、当事者能力はどんな基準で認められるのでしょうか。まず、原則の条文を見てみましょう。

条文民事訴訟法28条

民事訴訟法第28条(原則) 第二十八条 当事者能力、訴訟能力及び訴訟無能力者の法定代理は、この法律に特別の定めがある場合を除き、民法(明治二十九年法律第八十九号)その他の法令に従う。訴訟行為をするのに必要な授権についても、同様とする。

権利能力というのは、権利や義務の主体になれる資格のことです。その権利能力を持つ人、つまり自然人や法人には当事者能力があります。民事訴訟は、実体法上の権利義務の存否をめぐる紛争を扱います。だから、権利義務の帰属主体と認められる者に訴訟の当事者資格を認めるんです。

条文どおりの成立要件の板(28条は解釈で立てた基準ではなく、条文にそのまま書いてある要件。覚え方は条文番号と趣旨からの復元) 図:条文どおりの成立要件の板

これは「規範」ではなく、条文どおりの成立要件として押さえてください。規範というのは、条文に書いていないことを、解釈で導き出したものです。今回の28条は、そうではありません。覚え方は、逐語ではなく、条文番号と趣旨からの復元です。そして、もう1つ大事な点があります。この28条は、当事者能力と訴訟能力、両方の入口になっています。自分で訴訟を戦えるかどうか、という能力です。今日は、当事者能力の側だけを扱います。訴訟能力は別の回でじっくり見ます。2つの話を混ぜないよう、気をつけてください。

自然物を原告にできるかの板(動物を原告として訴えを起こしても、当事者能力が無いので中身に入らず却下される) 図:自然物を原告にできるかの板

この原則の帰結を、極端な例で確かめてみましょう。たとえば、アマミノクロウサギという絶滅危惧種の動物を原告として——自然を守るための訴えを起こしたら、どうなるでしょうか。動物は、原告になれません。自然人でも法人でもない、自然物だからです。権利義務の主体になれない以上、当事者能力が無く、訴えは却下されます。それが、訴訟要件を欠くということです。

29条——法人でない社団・財団

29条の趣旨の向き板(主眼は相手方の便宜。同時に団体自身がその名で訴えることもできる) 図:29条の趣旨の向き板

28条だけだと、法人格の無い団体は当事者になれません。そういう団体でも、当事者になれる道が29条で用意されています。

条文民事訴訟法29条

民事訴訟法第29条(法人でない社団等の当事者能力) 第二十九条 法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものは、その名において訴え、又は訴えられることができる。

条文上の要件は、「代表者又は管理人の定めがあること」です。社団と財団の違いで言うと、社団は人の集まり、財団は目的のために出された財産のまとまりです。今日の主役は、社団のほうです。社団としての実質があるだけでは足りません。代表者または管理人が定められていることが、条文の要件です。これも成立要件なので、条文番号から復元してください。

29条の趣旨の向き板(主眼は相手方の便宜。同時に団体自身がその名で訴えることもできる) 図:29条の趣旨の向き板

なぜこんな規定が必要なのか、ここが詰まりやすいところです。法人格が無いことを理由に、団体を訴えられないとすると、どうなるでしょう。構成員を1人ずつ全員探し出して、被告にしなければなりません。29条の主眼は、この負担を無くすことにあります。気をつけてほしいのは、この趣旨の向きです。主眼は、団体と取引した相手方が、構成員全員を探し出さずに済むという便宜です。団体の側だけを見る規定ではない、ということです。同時に、団体自身がその名で訴えることもできる規定です。条文が「訴え、又は訴えられる」と両方書いているのは、そのためです。

29条が使われる2つの場面の板(団体を被告にする場面と、団体が原告になって訴える場面。条文はどちらも認めている) 図:29条が使われる2つの場面の板

この向きを押さえておかないと、あとで見る29条の当てはめがぶれます。ちなみに、法人化していない同窓会や自治会でも、代表者が決まっていれば——その団体名で訴えたり訴えられたりできます。

37条——団体が当事者になるときの手続

37条の位置づけ板(29条で当事者能力が認められた団体は、代表者・管理人が法定代理人として訴訟追行) 図:37条の位置づけ板

29条で当事者能力が認められた団体は、実際にはどう訴訟を進めるのでしょうか。

条文民事訴訟法37条

民事訴訟法第37条(法人の代表者等への準用) 第三十七条 この法律中法定代理及び法定代理人に関する規定は、法人の代表者及び法人でない社団又は財団でその名において訴え、又は訴えられることができるものの代表者又は管理人について準用する。

代表者や管理人が、法定代理人として訴訟を追行します。法定代理人というのは、本人が自分では手続できないときに、法律の定めで代わりに立つ人です。中身は、訴訟能力を扱う回でじっくり見ます。今日のところは、代表者・管理人が窓口になる、とだけ押さえてください。

29条の判断基準——従来の基準と4つの物差し

29条判断基準の板(実体法上の権利能力なき社団の基準に従ってきた歴史) 図:29条判断基準の板(実体法上の権利能力なき社団の基準に従ってきた歴史)

では、「社団としての実質」はどうやって判断するのでしょうか。従来は、実体法上の権利能力なき社団の基準に従ってきました。権利能力なき社団は、さっきの法人でない社団と同じものです。民法の側からは、そう呼びます。

判例最判昭和四二・一〇・一九 民集21巻8号2078頁〈百選8〉

最高裁判所判決(住民の任意団体による家屋明渡等請求事件) 古くからその地域に住む住民が福祉のために結成した任意団体(区)が、家屋の明渡し等を求めて訴えを起こした事案。最高裁は、権利能力のない社団といえるためには、団体としての組織をそなえ、多数決の原理が行なわれ、構成員の変更にかかわらず団体そのものが存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定していることを要する、とした。

学説は、この判例の内容を後から4つに整理し直しました。

⭐ 論文で書く規範:権利能力なき社団の4基準 ①組織性——意思決定のルールがある。②財産的独立性——構成員の財産と独立した団体財産がある。③対内的独立性——構成員が変わっても、団体そのものの同一性が保たれる。④対外的独立性——外から見て、独立した存在として認識できる。 判例自身が使ったのは「組織性・多数決原理・構成員変動への非依存・代表方法や財産管理等の確定」という言い回しであり、①〜④という4分類のラベルは学説が整理し直したものである。 (規範(最判昭和四二・一〇・一九))

この4分類の呼び名は、判例そのものの言葉ではありません。中身は判例、呼び方は学説。ここは正確に区別してください。なお、民法上の組合が、この29条の団体にあたるかという問題があります。判例は、社団としての実体を備えた組合について当事者能力を認めています。争いがあるのは、組合契約で結ばれているというだけで当然に29条が及ぶのか、という点です。ここは名前だけ押さえておいてください。

冒頭の自治会に4基準を当てる板(意思決定のルール/独立した会計/会員が変わっても同じ自治会/外から見て独立) 図:冒頭の自治会に4基準を当てる板

  • 意思決定のルール
  • 独立した会計
  • 会員が変わっても同じ自治会
  • 外から見て独立

具体的に、冒頭の自治会へこの4つの基準を当ててみましょう。まず①組織性——総会や役員会など、意思決定のルールがあります。②財産的独立性——会員から集めた会費で、独立した会計を持っています。③対内的独立性——役員や会員が入れ替わっても、同じ自治会として続いています。④対外的独立性——名前と代表者を持ち、外から見ても1つの団体として認識できます。だから、この自治会には当事者能力があります。法人ではなくても、集会所の明渡しを求める訴えの被告になれるんです。逆に、規約も総会も無く、集めたお金を会長さんの個人口座に入れたままの集まりだったら——意思決定のルールも、団体としての財産も無いので、この線の外側になります。

なぜ相対化するのか

相対化の理由板(訴訟法独自の判断へ/団体の性質と訴訟物によって必要な独立性は変わる) 図:相対化の理由板

  • 訴訟法独自の判断へ
  • 団体の性質と訴訟物によって必要な独立性は変わる

ここまでは、実体法の権利能力なき社団の基準に、そのまま従う話でした。ただ、近時は、少し違う傾向があります。特定の訴訟物——何を求める請求か、そして相手方との関係で当事者能力を考える——訴訟法独自の判断へと相対化する傾向です。当事者能力は、たしかに実体法の権利能力に対応する概念ではあります。しかし、どんな基準で認めるかまで実体法に従う必然性はありません。さっき見た29条の趣旨を思い出してください。趣旨が訴訟法側の便宜にあるなら、基準も訴訟法側で決めてよいはずです。

相対化のもう1つの理由の板(結びつきの緩い団体は判決の頃には消えている。構成員の個性が強い団体では意思が反映されない) 図:相対化のもう1つの理由の板

もう1つ理由があります。結びつきの緩い団体は、判決を得る頃にはもう消えていることがあります。逆に、構成員の個性が強い団体では、団体を当事者にすると——個々の構成員の意思が、うまく反映されないこともあります。法人化していない同窓会で、幹事会が争わないと決めてしまえば、強く争いたい会員がいても、その意思は手続に反映されません。さっきの自治会でも、集会所の明渡しで訴えられる場合と——何千万円もの損害賠償を請求する場合とで、求められる財産のしっかりさは同じでよいでしょうか。同じでなくてよさそうです。団体の性質と、その訴訟で何を求めているかによって——必要とされる独立性の中身は変わってくるんです。実体法の権利能力から出発しながら、最後は訴訟法の側が自分の物差しで入口を決める。前回の実質的表示説と、同じ発想のもう1つの現れです。

ゴルフクラブ判例——訴訟物に照らして基準を緩める

ゴルフクラブ判例の導入板(預託金会員制ゴルフクラブの当事者能力が争われた事案) 図:ゴルフクラブ判例の導入板(預託金会員制ゴルフクラブの当事者能力が争われた事案)

相対化の具体例として、有名な判例を見てみましょう。預託金会員制のゴルフクラブの側が、ゴルフ場の経営会社に対して——決算の書類など、計算関係書類の写しを出すよう求めた事案です。ここで実際に、クラブが訴える側に立っています。

判例最判平成14・6・7 民集56巻5号899頁

最高裁判所判決(預託金会員制ゴルフクラブの当事者能力が争われた事件) 計算関係書類等の謄本の交付請求の事案で、固定資産ないし基本的財産が無くても、団体として内部的に運営され、対外的に活動するのに必要な収入を得る仕組みが確保され、その収支を管理する体制が備わっている等の事情を勘案して、預託金会員制ゴルフクラブに当事者能力を認めた。

固定資産や基本財産が無くてもよいとした、ここがこの判例の面白いところです。財産的独立性というと、普通は固定した財産を思い浮かべますよね。でも、この事案では、収入を得る仕組みと収支を管理する体制があれば——それで足りる、としました。

ゴルフクラブ判例の読み方の板(判例が挙げたのは事情の総合。訴訟物との関係で紛争解決に適した者に認めたと読むのが学説) 図:ゴルフクラブ判例の読み方の板

判例が挙げたのは、1つの決め手ではなく、事情の総合です。多数決の原則が行われていること、構成員が変わっても存続すること——規約で代表の方法や総会の運営が決まっていること、そして収入の仕組みと収支の管理体制。これらを合わせて見て、当事者能力を認めています。

判例の説示と学説の読みを分ける板(判決文が言っているのは事情の総合。訴訟物との関係で読むのは学説の側) 図:判例の説示と学説の読みを分ける板

そのうえで、学説はこの判例をこう読んでいます。訴訟物との関係で、有効・適切な紛争解決ができる者に当事者能力を認めようとしたものだ、と。判決文にその言葉はありません。学説の読みとして押さえてください。この読みに立つと、②財産的独立性の基準を訴訟物との関係で緩めた、と説明できます。この事案には、まだ続きがあります。当事者能力と、当事者適格が交錯する場面として——当事者適格を扱う回で、もう一度扱います。

この回の軸を1枚に畳む

この回の1枚地図板(形式的当事者概念→当事者能力→28条・29条→4基準→相対化→ゴルフクラブ) 図:この回の1枚地図板

今日はここまでです。この回で通してきた、1本の軸を確認しましょう。当事者かどうかは、実体法上その権利を持っているかどうかとは切り離して——訴訟法の側で、形式によって決める。これが、形式的当事者概念でした。今日はその、もう1つの現れである当事者能力を見てきました。28条は、民法上の権利能力者、つまり自然人と法人に当事者能力を認めていました。29条は代表者または管理人の定めがあれば、法人でない団体にも当事者能力を認めます。この規定の主眼は、団体と関わった相手方の便宜にありました。同時に、団体自身がその名で訴えることもできる規定でしたね。

判断基準のふりかえり板(まず実体法の4基準。ゴルフクラブはそれを訴訟物との関係で緩めた) 図:判断基準のふりかえり板

判断基準は、まず実体法の4基準に従い——組織性、財産的独立性、対内的独立性、対外的独立性でした。ゴルフクラブ判例は、固定資産が無くても、収入を得る仕組みと管理体制があれば足りるとしました。判例が挙げたのは事情の総合で、それを訴訟物との関係で読むのが学説でしたね。どちらの話も、実体法上の権利者かどうかを問わず、訴訟法の側で入口を決める——同じ発想の現れだったんです。

送り先一覧板(当事者適格・訴訟能力・訴え却下の判決の位置づけ・固有必要的共同訴訟・権利能力なき社団の実体法) 図:送り先一覧板

最後に、今日の話がつながる先をまとめておきます。この事件で当事者になれるかどうかは、当事者適格を扱う回で。自分で訴訟を戦えるかどうか、代理人を立てる話は訴訟能力を扱う回で。訴え却下の判決の位置づけは、判決の種類を扱う回で。複数の人が全員そろって当事者になる場面は、共同訴訟を扱う回で。権利能力なき社団の実体法上の扱いは、民法のシリーズで、それぞれ扱います。次に見ていくのは、訴訟能力です。その人は自分で戦えるか、代理人を立てるならどうするか——そこを、じっくり見ていきましょう。

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#22単独ページ動画

訴訟能力と民訴31条・34条・特別代理人

第1章 訴訟の開始 ㉒/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

判断の出発点——28条

28条の位置づけ板(28条は当事者能力と訴訟能力、両方の入口。今日は後半の訴訟能力を開ける) 図:28条の位置づけ板

訴訟能力の有無は、原則として——行為能力を基準に判断します。自分ひとりで、契約などの法律行為を確定的にできる資格です。この28条です。

条文民事訴訟法28条

民事訴訟法第28条(原則) 第二十八条 当事者能力、訴訟能力及び訴訟無能力者の法定代理は、この法律に特別の定めがある場合を除き、民法(明治二十九年法律第八十九号)その他の法令に従う。訴訟行為をするのに必要な授権についても、同様とする。

28条は、当事者能力と訴訟能力——両方の入口になっています。前回は前半、今日は後半を開けるんです。民事訴訟は、実体法上の権利義務をめぐる紛争を扱います。だから、自分で権利義務を動かせる人に——自分で訴訟を進めさせるのが自然だからです。訴訟行為は、取引よりも複雑で——より高度な判断能力が求められます。だから、無能力とされる範囲も効果も——民法とはズレてくるんです。

訴訟能力を欠く者——31条

訴訟能力の3段板(①欠く者=法定代理人による②制限を受ける者=同意で足りる③人事訴訟の特則) 図:訴訟能力の3段板

ここから、訴訟能力を欠く場合を3つに分けます。1つ目は、訴訟能力を欠く者です。未成年者と、成年被後見人がこれにあたります。

民5条×31条の対比板(民法=同意があれば自分でできる/訴訟=同意があっても自分ではできない) 図:民5条×31条の対比板

  • 民法=同意があれば自分でできる
  • 訴訟=同意があっても自分ではできない

民法5条1項の話ですね。訴訟では、同意があっても本人単独ではできません。そこが、民法との一番大きなズレです。

条文民事訴訟法31条

民事訴訟法第31条(未成年者及び成年被後見人の訴訟能力) 第三十一条 未成年者及び成年被後見人は、法定代理人によらなければ、訴訟行為をすることができない。ただし、未成年者が独立して法律行為をすることができる場合は、この限りでない。

田村くんは、親権者の同意があっても——自分ひとりで宮下さんを訴えることはできません。訴えを起こすのも、弁護士を選ぶのも——法定代理人である親権者の仕事になります。なぜ、ここまで厳しくするんでしょうか。理由は2つあります。1つは、訴訟の追行そのものが複雑なこと。もう1つは、手続を一体として扱う安定性の要請です。「同意があったかどうか」は、外から見えません。あとになって、同意の有無で争いになりかねません。だから訴訟は、法定代理人が代わりに立つという——誰の目にも分かる形を要求するんです。未成年者が独立して法律行為をできる場合は——この限りではありません。営業許可を受けている未成年者などが、これにあたります。

その営業の中でだけ、話が変わります。洋菓子店の仕入代金を請求する訴訟なら——田村くんは自分で訴訟行為ができます。コンビニのアルバイト代は、許された営業の外です。だから、そちらは変わりません。やはり親権者が代わりに訴えを起こします。許された営業に関する限度です。

相手方が困るとき——特別代理人

特別代理人の設例板(地主の能勢さん=成年被後見人・後見人が急死して空席/隣人の石田さんが境界確定を求めたい) 図:特別代理人の設例板

  • 地主の能勢さん=成年被後見人・後見人が急死して空席
  • 隣人の石田さんが境界確定を求めたい

逆の立場からも、考えてみましょう。地主の能勢さんは認知症が進み、成年被後見人です。ところが、就いていた後見人が急に亡くなり——次の後見人が、まだ選ばれていません。隣人の石田さんは、境界をはっきりさせたいと考えています。そこで用意されているのが、35条の特別代理人です。

条文民事訴訟法35条

民事訴訟法第35条(特別代理人) 第三十五条 法定代理人がない場合又は法定代理人が代理権を行うことができない場合において、未成年者又は成年被後見人に対し訴訟行為をしようとする者は、遅滞のため損害を受けるおそれがあることを疎明して、受訴裁判所の裁判長に特別代理人の選任を申し立てることができる。 2 裁判所は、いつでも特別代理人を改任することができる。 3 特別代理人が訴訟行為をするには、後見人と同一の授権がなければならない。

石田さんは、遅滞による損害のおそれを説明して——裁判所に特別代理人の選任を申し立てられます。実は、この35条は向きが違います。35条は「本人保護」ではなく——「相手方の裁判を受ける権利」から入っている規定です。前回見た29条を思い出してください。団体を守る規定ではなく、相手方の便宜のための規定でした。あれと、同じ向きです。

訴訟能力の制限を受ける場合——32条

宮田さんの3パターン板(①賃借人の上原さんに訴えられた=応訴・同意不要/②宮田さんが自分で家賃を求めて訴える=同意必要/③訴訟の途中で和解の話が出た=特別の授権が必要) 図:宮田さんの3パターン板

  • ①賃借人の上原さんに訴えられた=応訴・同意不要
  • ②宮田さんが自分で家賃を求めて訴える=同意必要
  • ③訴訟の途中で和解の話が出た=特別の授権が必要

2つ目は、訴訟能力の制限を受ける者です。被保佐人と被補助人が、これにあたります。たとえば、高齢の大家である宮田さんが——保佐開始の審判を受けているとします。保佐人の同意があれば——宮田さんは単独で有効に訴訟行為ができます。ところが、場面によって扱いが変わります。3つのパターンを見てみましょう。

条文民事訴訟法32条

民事訴訟法第32条(被保佐人、被補助人及び法定代理人の訴訟行為の特則) 第三十二条 被保佐人、被補助人(訴訟行為をすることにつきその補助人の同意を得ることを要するものに限る。次項及び第四十条第四項において同じ。)又は後見人その他の法定代理人が相手方の提起した訴え又は上訴について訴訟行為をするには、保佐人若しくは保佐監督人、補助人若しくは補助監督人又は後見監督人の同意その他の授権を要しない。 2 被保佐人、被補助人又は後見人その他の法定代理人が次に掲げる訴訟行為をするには、特別の授権がなければならない。 一 訴えの取下げ、和解、請求の放棄若しくは認諾又は第四十八条(第五十条第三項及び第五十一条において準用する場合を含む。)の規定による脱退 二 控訴、上告又は第三百十八条第一項の申立ての取下げ 三 第三百六十条(第三百六十七条第二項、第三百七十八条第二項及び第三百八十一条の七第二項において準用する場合を含む。)の規定による異議の取下げ又はその取下げについての同意

被補助人は、保佐より軽い段階で、補助人の支えを受ける人です。そのうち、訴訟行為に同意が要るとされた人だけが、32条の対象になります。1つ目。賃借人の上原さんが、宮田さんを訴えてきました。この訴えに応じて訴訟行為をするなら——保佐人の同意は要りません。理由を考えてみましょう。保佐人が、いつも代理権を持っているとは限りません。もし応訴にも同意が必要だとしたら、どうなるでしょう。保佐人がつかまらなければ、訴えること自体ができません。さっきの35条と同じ発想です。訴える側の、裁判を受ける権利を守っています。2つ目。宮田さんが自分から——滞納家賃の支払いを求めて訴えを起こす場合です。

この場合は、保佐人の同意が必要です。原則どおりです。3つ目。訴訟の途中で——上原さんから和解の話が持ちかけられた場合です。

⭐ 論文で書く規範:32条2項——同意とは別に、特別の授権が要る行為 ①訴えの取下げ・和解・請求の放棄や認諾・脱退——判決によらずに、訴訟を終わらせる行為。 ②控訴・上告等の取下げ——いったん申し立てた不服申立てを、自分から引っ込める行為。 ③異議の取下げやその同意——督促手続の異議を、自分から引っ込める行為。 いずれも、訴訟を終わらせる方向に働く重大な行為である。だから、応訴なら同意が要らない場面でも、この3つだけは、それとは別に特別の授権が必要になる。 (民訴法32条2項の3類型)

和解は、この32条2項1号にあたります。同意とは別に、特別の授権が要ります。応訴かどうかに関係なく——訴訟を終わらせる重大な行為だけは——別枠で個別の授権を要求するんです。一度終わらせると、もう後戻りできません。だから、この行為だけは念を入れるんです。

条文民事訴訟規則15条1項

民事訴訟規則第15条1項(法定代理権等の証明) 法定代理権又は訴訟行為をするのに必要な授権は、書面又は電磁的記録により証明しなければならない。

書面か、電磁的記録で証明します。この規則15条です。あとで争いにならないよう——形に残すことが求められています。

人事訴訟の特則——なぜ逆に緩めるのか

人事訴訟の特則板(離婚など身分関係の訴訟だけ、民法よりむしろ緩い方向にズレる) 図:人事訴訟の特則板(離婚など身分関係の訴訟だけ、民法よりむしろ緩い方向にズレる)

3つ目は、人事訴訟の特則です。ここまでとは、逆方向のズレが起きます。被保佐人の木下さんがいるとします。統合失調症の治療を受けています。夫からの暴力を理由に、離婚訴訟を起こしたい。離婚のような身分関係の訴訟では——本人の意思そのものを尊重する必要があります。

条文人事訴訟法13条

人事訴訟法第13条(人事訴訟における訴訟能力等) 第十三条 人事訴訟の訴訟手続における訴訟行為については、民法第五条第一項及び第二項、第九条、第十三条並びに第十七条並びに民事訴訟法第三十一条並びに第三十二条第一項(同法第四十条第四項において準用する場合を含む。)及び第二項の規定は、適用しない。 2 訴訟行為につき行為能力の制限を受けた者が前項の訴訟行為をしようとする場合において、必要があると認めるときは、裁判長は、申立てにより、弁護士を訴訟代理人に選任することができる。 3 訴訟行為につき行為能力の制限を受けた者が前項の申立てをしない場合においても、裁判長は、弁護士を訴訟代理人に選任すべき旨を命じ、又は職権で弁護士を訴訟代理人に選任することができる。

ここが誤解しやすいところです。1項は、民法の行為能力の制限や——31条・32条の制限を、丸ごと適用しない規定です。制限の規定を全部外した結果として——一般理論上の下限である意思能力だけが残るんです。自分のしている行為の意味を理解できる、最低限の精神的な能力です。単独で契約ができる資格である行為能力より、もう一段手前にある力です。だから、木下さんは意思能力さえあれば——単独で離婚訴訟を追行できます。離婚という結果は、本人の人生に直結します。本人を締め出して法定代理人だけに任せると——本人の意思が反映されないまま結論が確定します。だから、ここだけは間口を広げるんです。

そこで2項と3項が安全装置になります。必要があれば、裁判長は申立てにより——弁護士を訴訟代理人に選任できます。申立てがなくても、職権で選任することもできます。

条文人事訴訟法14条

人事訴訟法第14条 第十四条 人事に関する訴えの原告又は被告となるべき者が成年被後見人であるときは、その成年後見人は、成年被後見人のために訴え、又は訴えられることができる。ただし、その成年後見人が当該訴えに係る訴訟の相手方となるときは、この限りでない。 2 前項ただし書の場合には、成年後見監督人が、成年被後見人のために訴え、又は訴えられることができる。

もう1つ。成年被後見人が人事訴訟の——原告や被告になるべきときは——成年後見人が代わりに訴え、訴えられます。ただし、成年後見人自身が相手方になるときは別です。その場合は、成年後見監督人が代わります。実は、この成年後見人の地位には議論があります。法定代理人なのか、別の資格で訴訟をする者なのか。決着がついていないところとして、押さえてください。

外国人の訴訟能力——33条

33条の位置づけ板(28条の「特別の定め」の1つ。外国人の訴訟能力は日本法基準で救われることがある) 図:33条の位置づけ板

28条には、「特別の定めがある場合」とありましたね。そのひとつが、33条です。

条文民事訴訟法33条

民事訴訟法第33条(外国人の訴訟能力の特則) 第三十三条 外国人は、その本国法によれば訴訟能力を有しない場合であっても、日本法によれば訴訟能力を有すべきときは、訴訟能力者とみなす。

本国法で訴訟能力が無くても——日本法によれば有するはずだというときは——訴訟能力者とみなされます。国際裁判管轄の回で、渉外事件という言葉を見ましたね。この33条も、外国が関わる場面のひとつです。今日は名前だけ押さえてください。

訴訟能力を欠く場合の効果——なぜ「無効」なのか

効果の板(原則=当然無効/追認で遡って有効/補正命令/却下でも本人が上訴できる) 図:効果の板(原則=当然無効/追認で遡って有効/補正命令/却下でも本人が上訴できる)

ここまでは、誰が単独で行為をできるかでした。ここからは、能力を欠いたまま行為をしたら——どうなるかを見ていきます。訴訟では、取り消されるまで有効、とはなりません。原則として、当然に無効です。手続は、行為の積み重ねでできています。1つの行為の有効・無効を、あとから判定できるとすると——その上に積んだ次の行為まで、崩れる危険にさらされます。だから、安定と明確さを優先して——最初から無効という硬い扱いを採るんです。

条文民事訴訟法34条

民事訴訟法第34条(訴訟能力等を欠く場合の措置等) 第三十四条 訴訟能力、法定代理権又は訴訟行為をするのに必要な授権を欠くときは、裁判所は、期間を定めて、その補正を命じなければならない。この場合において、遅滞のため損害を生ずるおそれがあるときは、裁判所は、一時訴訟行為をさせることができる。 2 訴訟能力、法定代理権又は訴訟行為をするのに必要な授権を欠く者がした訴訟行為は、これらを有するに至った当事者又は法定代理人の追認により、行為の時にさかのぼってその効力を生ずる。

まず1項。裁判所は、すぐには排斥しません。期間を定めて、補正を命じなければなりません。原則は止まります。ただし、遅滞でかえって損害が生じるおそれがあれば——一時的に訴訟行為をさせることもできます。そして2項。能力を回復した本人や法定代理人が——追認すれば、行為の時にさかのぼって有効になります。無効なのにあとから救えるのは、矛盾ではありません。無効な行為を、有資格者があとから丸ごと引き取る——そう考えてください。ただし、条件があります。一部分だけをつまみ食いして追認することはできません。全部を追認するしかないんです。

相手方の立場で考えてみましょう。都合のいい行為だけ拾って有効にできるなら——相手方は、何が生きているか予測できません。親に黙って出した訴状は、それ自体は無効です。親権者が追認するなら、9万円を求めるこの訴え全体を丸ごと引き取ることになります。そして、補正されないままだと——訴え自体が無効なので、訴えは却下されます。却下されて、そこで終わりではありません。ここに大事な仕組みがあります。この却下判決に対して——能力が無いとされた本人自身が、上訴できるんです。能力が無い人が上訴する。矛盾に見えますよね。でも考えてみてください。「能力が無い」という判断そのものが——間違っている可能性もあります。その判断を、本人が争う手段が無ければ——判断はチェックを受けないまま、独り歩きします。だから、能力について争う機会だけは——本人に保障されているんです。

なお、訴え以外の個々の行為で——能力が欠けていた場合は、その行為だけが無効です。訴え自体は、生きています。

条文民事訴訟法124条1項3号

民事訴訟法第124条1項3号(訴訟手続の中断及び受継) 第百二十四条 次の各号に掲げる事由があるときは、訴訟手続は、中断する。この場合においては、それぞれ当該各号に定める者は、訴訟手続を受け継がなければならない。 三 当事者の訴訟能力の喪失又は法定代理人の死亡若しくは代理権の消滅 法定代理人又は訴訟能力を有するに至った当事者

訴訟の途中で訴訟能力を失った場合は——手続が中断して、法定代理人が受け継ぎます。期日や期間を扱う回で、あらためて見ます。今日は、能力を失えば中断するとだけ押さえてください。31条で単独の行為を封じたのも、ここで当然無効にしたのも、出どころは同じです。手続は積み重ねですから、途中の1段をあとから崩せないんです。

深掘り——控訴の提起と取下げ、なぜ判断が変わるのか

深掘りの導入板(未成年でも成年被後見人でもない人でも、行為ごとに求められる意思能力の重さは違う) 図:深掘りの導入板

もう1段、深く見ておきたい判例があります。未成年者でも成年被後見人でもない、ある人の話です。この人は成年後も——精神能力が十二、三歳程度にとどまっていました。一審で敗訴したあと、誰にも相談せず——控訴を取り下げてしまいます。

判例最判昭和二九・六・一一 民集8巻6号1055頁

最高裁判所判決(控訴の取下げをした者の意思能力が争われた事件) 成年後も一二、三歳程度の精神能力しかなく、控訴の取下により敗訴の確定判決が執行され、そのため自己の生活の根拠が脅かされる結果を生じることを理解できない者のなした控訴の取下は無効であるが、控訴の提起は有効と解すべきである。

最高裁は、その重大な結果を——理解できていなかったこの人の取下げを、無効としました。控訴を起こすこと自体は、有効と判断されました。控訴の提起は、一審判決への不服申立てにすぎません。自分に利益な行為なので——容易に理解できたと見られました。一方、控訴の取下げは——敗訴を確定させる、不利益で終局的な行為です。行為の重さで、求められる意思能力が変わるんです。有利で軽い行為は緩やかに——不利益で終局的な行為は、厳格に見ます。この型は、条文にも判例にも繰り返し出てきます。

3つの能力を並べる

3能力の名前板(当事者能力・訴訟能力・弁論能力。似た名前の3つを、ここで並べて区別する) 図:3能力の名前板

最後に、似た名前の3つの能力を並べます。当事者能力は、一般に当事者になれるかどうか。欠ければ、訴え却下です。訴訟能力は、自分で有効に行為ができるかどうか。欠ければ、その行為が無効になります。弁論能力は、法廷で有効に陳述できるかどうかで——155条にあります。

⭐ 論文で書く規範:3つの能力の区別 当事者能力——一般に当事者になれるか。欠けたら、訴訟要件を欠き、訴え却下。 訴訟能力——自分で有効に訴訟行為ができるか。欠けたら、その行為が無効(訴え提起なら却下)。 弁論能力——法廷で有効に陳述できるか。欠けたら、陳述の禁止や弁護士の付添命令の対象になる。ただし、看過しても訴訟行為・判決は有効なままである。 (155条=弁論能力の本拠地は口頭弁論の回)

ここだけ、結論が逆転します。看過されれば、訴訟行為も判決も有効なままです。弁論能力は、手続を円滑に進めるための制度です。本人保護のための訴訟能力とは、目的が違うんです。たとえば、法廷で本人の説明が要領を得ないとき——裁判所は陳述を禁じたうえで——弁護士に付き添ってもらうよう命じることができます。本人が自分で行為する立場は、そのままです。ですが、命じないまま審理が進んで判決が出ても——その判決は有効なままなんです。訴訟能力を欠けば無効、弁論能力なら判決は有効。そこが分かれ目です。守っている相手が違うんです。

155条の中身は、口頭弁論の回で見ます。今日は、この3つを混同しないことだけ押さえてください。

この回の軸を1枚に畳む

この回の1枚地図板(保護と手続の安定という天秤/①同意でも不可②当然無効③人事訴訟だけ逆に緩む) 図:この回の1枚地図板

  • 保護と手続の安定という天秤
  • ①同意でも不可②当然無効③人事訴訟だけ逆に緩む

今日はここまでです。この回で通してきた1本の軸を確認しましょう。民事訴訟法は、本人の保護と手続の安定を——民法とは違う配分で解いていました。1つ目。未成年者は、同意があっても——本人単独ではできません。31条でしたね。2つ目。能力を欠く行為は、取消しではなく当然無効。ただし追認で、全部まとめて遡って救えました。3つ目は、逆方向でした。人事訴訟だけは、意思能力さえあれば足りる——そこまで間口を広げていました。手続は行為の積み重ねだから、あとから崩せない。この1点から、3つとも説明できます。田村くんは、同意があっても、単独では訴えられません。法定代理人である親権者が、代わりに訴えを起こします。最後に、今日の話がつながる先をまとめておきます。弁論能力の要件や運用は、口頭弁論を扱う回で。中断・受継の細かい手続は、期日や期間を扱う回で。制限行為能力者制度は、民法のシリーズで扱います。

では、自分で戦えないとき——誰が代わりに戦うのでしょうか。次は、その「代わりに戦う人」——訴訟上の代理人を、じっくり見ていきましょう。

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#23単独ページ動画

訴訟上の代理と弁護士代理の原則・民訴55条

第1章 訴訟の開始 ㉓/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

法定代理人——28条・35条・37条

法定代理人の位置づけ板(実体法上の法定代理人が、そのまま訴訟法上の法定代理人になる) 図:法定代理人の位置づけ板

法定代理人は、28条が入口です。前回、当事者能力と訴訟能力の入口として見た条文ですね。

条文民事訴訟法28条

民事訴訟法第28条(原則) 第二十八条 当事者能力、訴訟能力及び訴訟無能力者の法定代理は、この法律に特別の定めがある場合を除き、民法(明治二十九年法律第八十九号)その他の法令に従う。訴訟行為をするのに必要な授権についても、同様とする。

未成年者なら、親権者か未成年後見人。成年被後見人なら、その成年後見人です。民法で法定代理人とされている人が——そのまま訴訟法上の法定代理人になります。訴訟法だけの資格試験があるわけではありません。もう1つ、裁判所が選ぶ臨時の法定代理人もありましたね。法定代理人がいない、あるいは動けないとき——裁判所が選任する臨時の代理人でした。

当事者本人と同様に扱われる板(法定代理人は本人ではないが、送達の名宛人など、本人と同様に扱われることが多い) 図:当事者本人と同様に扱われる板

法定代理人は、当事者本人そのものではありません。ですが、訴訟能力を欠く者を全面的に——代理する以上、当事者本人と同様に扱われることが——多いんです。たとえば、送達です。訴状や判決書は、本人ではなく法定代理人宛てに——送られます。訴訟能力を欠く本人が受け取っても——有効な送達にはなりません。

37条の位置づけ板(法人・法人格なき団体の代表者は、法定代理人に準じて扱う) 図:37条の位置づけ板(法人・法人格なき団体の代表者は、法定代理人に準じて扱う)

29条で、法人でない社団や財団にも——代表者や管理人が定められていれば——当事者能力が認められるんでした。あのとき、宿題として残しておいたことがあります。団体そのものは、法廷で話すわけにいきません。実際に訴訟を進めるのは、代表者や管理人です。

条文民事訴訟法37条

民事訴訟法第37条(法人の代表者等への準用) 第三十七条 この法律中法定代理及び法定代理人に関する規定は、法人の代表者及び法人でない社団又は財団でその名において訴え、又は訴えられることができるものの代表者又は管理人について準用する。

法人の代表者や、団体の代表者・管理人は——法定代理人に準じて扱われます。法定代理人に関する規定が、そのまま当てはまることです。たとえば、マンションの管理組合を考えてみましょう。管理組合の理事長は、法人の代表者ではありませんが——管理組合を当事者とする訴訟では——法定代理人と同じ立場で訴訟を追行します。次は、訴訟代理人を見ていきましょう。

訴訟代理人①——法令による訴訟代理人

訴訟代理人の2類型板(法令による訴訟代理人/訴訟委任による訴訟代理人) 図:訴訟代理人の2類型板(法令による訴訟代理人/訴訟委任による訴訟代理人)

訴訟代理人には、2つの種類があります。法令による訴訟代理人と、訴訟委任による訴訟代理人です。法令による訴訟代理人は、本人の意思である地位に就き——その業務について、法令上——一切の裁判上の行為をする権限を、もともと持つタイプです。たとえば、会社の支配人がこれにあたります。

条文会社法11条1項

会社法第11条1項(支配人の代理権) 第十一条 支配人は、会社に代わってその事業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。

食品商社に勤める柏木さんが、支配人に就任したとします。支配人は、会社に代わって、事業に関する裁判上・裁判外の——行為が一切できる権限を持つ人です。柏木さんは、支配人になった瞬間から——会社の名前で、仕入先を相手に訴訟を起こせます。就任すれば、法令が権限を与えてくれます。

条文商法708条1項

商法第708条1項(船長の代理権) 第七百八条 船長は、船籍港外においては、次に掲げる行為を除き、船舶所有者に代わって航海のために必要な一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。 一 船舶について抵当権を設定すること。 二 借財をすること。

もう1つの例が、船長です。船籍港の外にいる船長は、抵当権の設定と借財を除いて——船舶所有者に代わって、航海に必要な一切の行為を——する権限を持っています。遠く離れた海の上では、船主にいちいち連絡を取って——指示を仰ぐことができません。船長という地位そのものに、法令が広い権限を——与えているんです。支配人も船長も、就任するのは本人の意思です。でも、代理権の範囲を決めているのは——本人ではなく法令です。だから「法令による訴訟代理人」と呼ばれます。この他にも、国の指定代理人や行政庁の指定職員など——同じ考え方の代理人がいます。

訴訟代理人②——訴訟委任による訴訟代理人

弁護士代理の原則の板(事件ごとに委任される代理人。原則として弁護士でなければならない) 図:弁護士代理の原則の板

もう1つの種類が、訴訟委任による訴訟代理人です。事件ごとに、訴訟追行を委任される代理人です。佐伯さんが、取引先とのトラブルで——弁護士に事件を依頼した、あの場面です。

条文民事訴訟法54条

民事訴訟法第54条(訴訟代理人の資格) 第五十四条 法令により裁判上の行為をすることができる代理人のほか、弁護士でなければ訴訟代理人となることができない。ただし、簡易裁判所においては、その許可を得て、弁護士でない者を訴訟代理人とすることができる。 2 前項の許可は、いつでも取り消すことができる。

訴訟委任による訴訟代理人は、原則として——弁護士でなければなりません。弁護士代理の原則と呼ばれます。自分で訴訟をやること自体は、できます。日本は、弁護士強制主義を採っていません。佐伯さんが1人で訴訟を進める、本人訴訟は許されます。自分でやるのは自由でも、他人に代理を頼むなら——資格のある専門家に限る、という配分なんです。素人に毛が生えた程度の人に頼んでしまうと——かえって権利を守れませんし、手続も進みません。

例外の板(簡裁の許可代理/認定を受けた司法書士/弁理士=法律が個別に認めた場合) 図:例外の板(簡裁の許可代理/認定を受けた司法書士/弁理士=法律が個別に認めた場合)

法律が個別に認めた場合だけ、例外になります。代表的なのが、簡易裁判所の許可代理です。裁判所の許可を得れば、弁護士でない人を——訴訟代理人にできます。個別の許可制で、裁判所はいつでも取り消せます。もう1つは、研修を受けて法務大臣の認定を受けた——司法書士です。簡易裁判所で代理ができます。弁理士も、特許庁の審決を争う訴訟のような——決められた事件では、訴訟代理人になれます。個別の法律が認めた場合です。簡易裁判所の手続を扱う回で、あらためて見ましょう。今日は、原則が弁護士だとだけ押さえてください。さて、佐伯さんの訴訟代理人になった弁護士は——どこまでのことができるんでしょうか。

訴訟代理権の範囲——55条

55条全文の板(委任を受けた事件について一切の行為ができる。個別的な制限は許されない) 図:55条全文の板

訴訟代理人の権限の広さを決めているのが、55条です。

条文民事訴訟法55条(2項は次の板)

民事訴訟法第55条1項・3項・4項(訴訟代理権の範囲) 第五十五条 訴訟代理人は、委任を受けた事件について、反訴、参加、強制執行、仮差押え及び仮処分に関する訴訟行為をし、かつ、弁済を受領することができる。 3 訴訟代理権は、制限することができない。ただし、弁護士でない訴訟代理人については、この限りでない。 4 前三項の規定は、法令により裁判上の行為をすることができる代理人の権限を妨げない。

順番に見ていきましょう。まず1項です。委任を受けた事件について、反訴や参加——強制執行、仮差押え、仮処分に関する行為ができて——弁済を受け取ることもできます。この幅広さの正体が、3項です。訴訟代理権は、制限することができません。本人が「ここまで」と個別に制限することはできません。理由は2つあります。1つは、手続の安定です。個別の制限を許すと——相手方も裁判所も、行為のたびに——権限の範囲を確認しなければなりません。もう1つは、法律の専門家である弁護士への信頼です。

背骨の回収板(前回=本人を守るために単独行為を封じた/今日=手続を守るために代理権の切り刻みを封じる) 図:背骨の回収板

  • 前回=本人を守るために単独行為を封じた
  • 今日=手続を守るために代理権の切り刻みを封じる

この理由、前回どこかで聞いた覚えはありませんか。本人を守るために単独ではやらせない、という話に近いですが——向きが逆です。前回は、本人を守るために、単独行為を封じました。今日は、手続を守るために——代理権の切り刻みを封じています。手続は積み重ねだから、途中でルールを変えられると崩れる。この1点から、両方が説明できるんです。弁護士でない訴訟代理人——さっきの簡易裁判所の許可代理や司法書士なら、制限できます。制限を許さない理由の1つが、弁護士への信頼だからです。

4項と2項の例外への板(4項=法令による代理人の権限には55条の制限が及ばない/2項=一切の行為の例外) 図:4項と2項の例外への板

  • 4項=法令による代理人の権限には55条の制限が及ばない
  • 2項=一切の行為の例外

支配人や船長の権限を守っているのが——55条の4項です。55条の1項から3項は、法令によって裁判上の行為が——できる支配人や船長のような代理人の権限を、妨げません。彼らの権限は、もともと会社法や商法という——別の法令が、一切の行為として認めているからです。さて、ここまでは「一切の行為ができる」という話でした。ですが、この「一切」には、例外があります。それが、2項です。

条文民事訴訟法55条2項

民事訴訟法第55条2項(訴訟代理権の範囲) 2 訴訟代理人は、次に掲げる事項については、特別の委任を受けなければならない。 一 反訴の提起 二 訴えの取下げ、和解、請求の放棄若しくは認諾又は第四十八条(第五十条第三項及び第五十一条において準用する場合を含む。)の規定による脱退 三 控訴、上告若しくは第三百十八条第一項の申立て又はこれらの取下げ 四 第三百六十条(第三百六十七条第二項、第三百七十八条第二項及び第三百八十一条の七第二項において準用する場合を含む。)の規定による異議の取下げ又はその取下げについての同意 五 代理人の選任

中身を整理すると、5つになります。

⭐ 論文で書く規範:55条2項——特別の委任が要る5つの事項 ①反訴の提起 ②訴えの取下げ・和解・請求の放棄や認諾・脱退 ③控訴・上告の申立て又はこれらの取下げ ④異議の取下げ又はその同意 ⑤代理人の選任 いずれも、訴訟の帰すうを大きく左右する行為である。委任を受けた事件についての一切の行為には含まれず、本人からあらためて特別の委任を受けなければならない。 (民訴法55条2項の5類型)

55条2項は、5つの事項を挙げています。反訴の提起。訴えの取下げや和解、請求の放棄や認諾、脱退。控訴・上告の申立てや、その取下げ。異議の取下げやその同意。そして、代理人の選任です。ここで、1項をもう一度思い出してください。反訴は、1項にも出てきましたよね。その「一切」から、提起だけを2項が切り出しています。たとえば、和解や訴えの取下げは——訴訟の帰すうを大きく左右する行為ですね。この5つには、特別の委任が要ります。

特別の委任と冒頭の和解板(和解には特別の委任が要る。すでに与えられていたかどうかで結論が変わる) 図:特別の委任と冒頭の和解板

弁護士は、佐伯さんから和解について——特別の委任を受けていなければ——勝手に和解することはできません。そこは、まだ結論を急がないでください。特別の委任を受けていたかどうかで、答えが変わります。もし佐伯さんが、委任のときに和解についての——特別の委任を、すでに与えていたなら話は別です。

授権が無かった場合の板(特別の委任が無ければ、必要な授権を欠く訴訟行為として34条に戻る) 図:授権が無かった場合の板

逆に、その特別の委任が無かったなら——この和解は、必要な授権を欠いた訴訟行為にあたります。34条は、訴訟能力だけでなく——訴訟行為に必要な授権を欠く場合も、扱っていましたね。佐伯さんが、あとから「その和解でよい」と——追認すれば、行為の時にさかのぼって有効になります。鍵は、特別の委任があったか——なければ、あとで追認したかどうかです。

⭐ 論文で書く規範:“終わらせる行為だけは本人に返す”という型 32条2項(訴訟能力の制限を受ける者の側)——①訴えの取下げ・和解等 ②控訴・上告等の取下げ ③異議の取下げ等。控訴・上告の提起は含まない。 55条2項(訴訟代理人の側)——①反訴の提起 ②訴えの取下げ・和解等 ③控訴・上告の提起又はその取下げ ④異議の取下げ等 ⑤代理人の選任。控訴・上告の提起も含む。 同じ「終わらせる行為だけ本人に返す」という型だが、対象になる行為の幅が違う。 (32条2項と55条2項の異同)

ここで、前回見た32条2項を思い出してください。被保佐人と被補助人——保佐や補助を受けている人たちの話です。今日の55条2項と、驚くほど似た型です。ただ、対象になる行為の幅が——少し違います。32条2項の控訴・上告は、「取下げ」だけが対象でした。「提起」は入っていません。55条2項では、控訴・上告の「提起」自体も——対象に入っています。

提起と取下げがズレる理由の板(32条2項の控訴提起は不利益ではない/55条2項は争いを続けるかどうかという本人の決定) 図:提起と取下げがズレる理由の板

  • 32条2項の控訴提起は不利益ではない
  • 55条2項は争いを続けるかどうかという本人の決定

32条2項の場面を思い出してください。控訴を起こすこと自体は、本人にとって不利益な——行為ではありません。一審判決への不服申立てです。だから、被保佐人などが自分で控訴すること自体は——32条2項の特別の授権までは要らないんです。55条2項が問うているのは、不利益かどうかだけでは——ありません。さらに争いを続けるかどうかという——本人の重要な決定です。費用も時間もかけて、上の審級で争い続けるかどうかは——代理人の判断だけに任せず、本人が決めるべきことです。手続を守るために、代理権の切り刻みは封じる。それでも、争いを終わらせるかどうかだけは、本人に返す。

深掘り——和解の委任は、どこまで及ぶのか

判例への導入板(和解の特別の委任を得た訴訟代理人が、その和解の一条項として担保設定までできるか) 図:判例への導入板

ここで、代表的な判例を見ておきましょう。貸金を請求する訴訟で、被告の訴訟代理人が——和解についての特別の委任を、すでに得ていました。弁済期を延ばして分割払いに変更する——内容の和解を、訴訟代理人が成立させました。ただ、その和解の一部として——被告の不動産に、原告のため抵当権を設定する約束も——あわせて結ばれていました。あとになって被告は——「和解の授権はあっても、抵当権設定の権限までは——含まれていなかった」と主張しました。

判例最判昭和三八・二・二一 民集17巻1号182頁〈民訴百選〔第6版〕17事件〉

最高裁判所判決(和解で担保を設定した訴訟代理人の権限が争われた事件) 貸金請求事件における被告の訴訟代理人の和解の権限には、和解の一条項として、当該貸金債権の担保のため被告所有の不動産について原告に対し抵当権設定契約をなす権限も包含されるものと解するのが相当である。

最高裁は、この主張を退けました。和解についての代理権限のうちに——抵当権の設定契約をする権限も——含まれていたと判断したんです。ここは、注意して読んでほしいところです。この判例が判断したのは——「55条2項に何が挙がっているか」ではありません。すでに得た「和解」の特別の委任が——どこまでの範囲に及ぶか、という射程の問題です。ただ、判決が挙げた理由は限定的です。この事件の抵当権は、支払期限を延ばして分割払いにする——その見返りとして設定されたものでした。つまり、譲り合いそのものの一部だったんです。最高裁は「訴訟物に関する互譲の一方法」と述べています。

そのうえで「このような事実関係のもとでは」——権限に含まれる、と結論しています。譲り合いの一部かどうかが、物差しです。

冒頭の問いへ戻る板(和解の有効性は、特別の委任の有無と、その射程で決まる) 図:冒頭の問いへ戻る板(和解の有効性は、特別の委任の有無と、その射程で決まる)

さて、冒頭の問いに戻りましょう。弁護士が、佐伯さんに断りなく結んだ和解です。委任があれば、その和解は有効です。そして、この判例からもう1つ分かることがあります。譲り合いの一部といえる条項なら——和解の委任の中に入っている、ということです。逆に、特別の委任そのものが無かったなら——必要な授権を欠く訴訟行為として、34条の枠組みに戻ります。「本人が何も聞いていない」という一言だけでは——答えが出ない問いだったんです。

代理権はいつまで続くか——58条・59条

58条の板(当事者の死亡や訴訟能力の喪失があっても、訴訟代理権は消滅しない) 図:58条の板(当事者の死亡や訴訟能力の喪失があっても、訴訟代理権は消滅しない)

最後に、代理権はいつまで続くのかを見ましょう。

条文民事訴訟法58条

民事訴訟法第58条(訴訟代理権の不消滅) 第五十八条 訴訟代理権は、次に掲げる事由によっては、消滅しない。 一 当事者の死亡又は訴訟能力の喪失 二 当事者である法人の合併による消滅 三 当事者である受託者の信託に関する任務の終了 四 法定代理人の死亡、訴訟能力の喪失又は代理権の消滅若しくは変更 2 一定の資格を有する者で自己の名で他人のために訴訟の当事者となるものの訴訟代理人の代理権は、当事者の死亡その他の事由による資格の喪失によっては、消滅しない。 3 前項の規定は、選定当事者が死亡その他の事由により資格を喪失した場合について準用する。

1号を見てください。当事者の死亡や、訴訟能力の喪失があっても——消滅しません。佐伯さんが訴訟の途中で亡くなっても——弁護士の代理権は、そのまま続きます。訴訟能力を失うと手続が中断する、124条1項3号でした。

条文民事訴訟法124条2項

民事訴訟法第124条2項(訴訟手続の中断及び受継) 2 前項の規定は、訴訟代理人がある間は、適用しない。

ここで効いてくるのが、124条2項です。訴訟代理人がいる間は、中断の規定は適用されません。58条と124条2項は、同じ理由の——表と裏の関係にあります。弁護士が付いている以上、本人側の手続保障は——現に確保されているからです。わざわざ手続を止めてまで、代理関係を——リセットする必要が無いんです。2項と3項は、自分の名前で他人のために当事者となる——選定当事者などが、資格を失った場合の規定です。名前だけ押さえてください。

消滅する場合の板(代理人の死亡・委任関係の終了・委任者の破産など) 図:消滅する場合の板(代理人の死亡・委任関係の終了・委任者の破産など)

絶対に消えない、というわけではありません。消える場合もあります。代理人自身の死亡や、後見開始の審判。委任関係の解除や、委任者・受任者の破産などです。58条が守っているのは——佐伯さん側の事情で、代理関係が途切れないことです。弁護士自身がいなくなれば、当然、代理は終わります。この消滅事由の細かい中身は、民法のシリーズで扱います。

条文民事訴訟法59条

民事訴訟法第59条(法定代理の規定の準用) 第五十九条 第三十四条第一項及び第二項並びに第三十六条第一項の規定は、訴訟代理について準用する。

まだ、大事な仕組みが1つ残っています。59条です。この条文は、36条1項の規定を訴訟代理に準用します。36条1項は、本人または代理人から相手方に——通知しなければ、代理権消滅の効果は生じない——というルールでした。理由を考えてみましょう。もし通知が無くても消滅の効果が生じるなら——相手方は、知らないうちに代理権が消えている——代理人に対して、訴訟行為をしてしまうかもしれません。相手方を守るためのルールなんです。これで、代理権の始まりから終わりまでを見てきました。

「当事者」の章を閉じる——1つの問いが5つに分かれる理由

当事者の章の地図板(当事者の確定→当事者能力→当事者適格→訴訟能力→訴訟上の代理。1つの問いが5つに分かれる) 図:当事者の章の地図板

今日はここまでです。少し引いて、全体を眺めましょう。「当事者」という入口は、5つの問いに分かれます。今日で、そのうち4つを通り終えました。訴状の名前は誰を指すのか、という当事者の確定。そもそも当事者になれる資格は誰にあるか、という当事者能力。この事件で当事者としてふさわしいか、という当事者適格——ここだけは、これからです。自分で戦えるか、という訴訟能力。そして今日見た、代われるのは誰か、という訴訟上の代理です。全部「当事者」がらみなのに分かれる理由は——それぞれが違う問いを立てているからです。誰かという問い、なれるかという問い——ふさわしいかという問い、自分でやれるかという問い——代われるのは誰かという問いです。

丸暗記ではなく、問いの違いとして——持ち帰ってください。

送り先一覧板(弁論能力・中断受継・当事者適格と任意的訴訟担当・取下げと和解の要件・反訴・上訴・再審・簡裁の特則) 図:送り先一覧板

最後に、今日の話がつながる先をまとめます。弁論能力の要件や運用は、口頭弁論を扱う回で。中断・受継の細かい手続は、期日や期間を扱う回で。訴訟担当と代理人の違い、任意的訴訟担当、当事者適格は——まとめて、当事者適格を扱う回で。訴えの取下げや訴訟上の和解の要件と効果は、それぞれの回で。反訴は反訴を扱う回、上訴の提起は上訴を扱う回で。代理権の欠缺と再審の関係は、再審を扱う回で。簡易裁判所の許可代理や、司法書士の代理は——簡易裁判所の回で扱います。たくさんの送り先が出ましたが、軸は1本でした。前回は、本人を守るために単独行為を封じる。今日は、手続を守るために代理権の切り刻みを封じる。向きは逆でも、根っこは同じでした。

これで「当事者」という章を、閉じます。

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#24単独ページ動画

訴訟物と旧訴訟物理論・新訴訟物理論

第1章 訴訟の開始 ㉔/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

この回の設例——ジムでの事故

ジムでの事故——契約違反か、不法行為か(フィットネスジムでパーソナルトレーニングの契約を結んでいたAが、トレーナーBの指導ミスで怪我をした。契約違反としても不法行為としても構成できる。この裁判のテーマは1個か2個か) 図:ジムでの事故の板

この回は、次の設例をずっと動かしながら進みます。Aは、あるフィットネスジムでパーソナルトレーニングの契約を結んでいました。トレーナーはBで、Bはこのジムの経営者本人でもあります(あとで、この点が効いてきます)。ある日、Bの指示——フォームの指導や負荷の設定が原因で、Aは怪我をしました。

この事故は、契約違反でも構成できます。安全に指導する義務を怠った、という構成です。不法行為でも構成できます。Bの不注意な指導行為による権利侵害、という構成です。どちらでも説明がつきます。では、Aが訴えを起こすとき、この裁判のテーマは1個なんでしょうか、それとも2個なんでしょうか。答えは、どの見解に立つかで1個にも2個にも変わります。以下では、その分かれ目を見ていきます。

訴訟上の請求と訴訟物——一直線の言葉

一直線の板(訴訟上の請求とは訴訟物のこと。その訴訟物は請求の趣旨という形で表れ、請求の趣旨は判決主文に対応する表現で書くのが通例) 図:一直線の板

まず、言葉を整理しましょう。訴えの中身——原告が被告に対してする特定の権利主張のことを、訴訟上の請求といいます。裁判所が審判する対象そのものです。そのうち、特定の実体法上の権利や法律関係を、訴訟物と呼びます。厳密には別の概念ですが、区別せず使うことも多いんです。

⭐ 論文で書く規範:一直線に並ぶ4つの呼び方 訴訟上の請求とは、訴訟物のことである。その訴訟物は請求の趣旨という形で表れ、請求の趣旨は判決主文に対応する。 原告が「Bは、Aに対し、100万円を支払え、との判決を求める」と書く請求の趣旨は、原告の 請求が認められたときに出る判決主文に対応する表現で書くのが通例だから、この4つは 一直線に並ぶ。 (訴訟物の一直線図)

実は、全部同じものを指しています。請求の趣旨というのは、訴状の「Bは、Aに対し100万円を支払え、との判決を求める」の部分です。この請求の趣旨は、Aの請求が認められたとき、出るはずの判決主文に対応する表現で書きます。丸暗記でなく、この「だから」を持ち帰ってください。

なぜ特定しなければならないのか

特定の必要性の板(理由①裁判所への審判範囲の限定=処分権主義の現れ ②被告への防御目標の明示=不意打ち防止。100万円払えだけでは戦えない) 図:特定の必要性の板

では、なぜ訴訟物を特定しなければならないんでしょうか。理由は2つあります。1つは、裁判所に対して審判の範囲を区切ることです。原告が審判の対象を決められるという原則の現れなんです。この原則には、処分権主義という名前があります。今日は、名前とこの位置づけだけ押さえてください。もう1つの理由は、被告に防御の目標を示して、不意打ちを防ぐことです。「100万円払え」とだけ言われても、被告は困ります。「もう返した」と言うべきか、「そんな契約はしていない」と言うべきか、決められません。貸金返還請求権と売買代金請求権は、別の権利、つまり別の訴訟物、ということです。ちなみに、訴額・管轄・手数料も、訴訟物が決まって初めて決まります。

訴訟物が基準になる場面——5つ

基準になる場面の板(併合136条/重複訴訟142条/訴えの変更143条/再訴の禁止262条2項/既判力114条1項。この5つは全部これから見る数え方の話に化ける) 図:基準になる場面の板

  • 併合136条
  • 重複訴訟142条
  • 訴えの変更143条
  • 再訴の禁止262条2項
  • 既判力114条1項。この5つは全部これから見る数え方の話に化ける

この訴訟物という言葉は、実は手続のあちこちで、判断の基準として使われます。今日、5つ挙げておきます。請求の併合、136条。重複する訴えの禁止、142条。訴えの変更、143条。それから、262条2項。そして、既判力の範囲、114条1項です。今日は、名前と条文番号だけ押さえてください。この5つは全部、これから見る〈数え方〉の話に化けます。先に、5つ目に挙げた262条2項を見ておきましょう。この条文は、少し注意が要ります。

条文民事訴訟法262条2項

民事訴訟法第262条2項(訴えの取下げの効果) 2 本案について終局判決があった後に訴えを取り下げた者は、同一の訴えを提起することが できない。

この扱いは、俗に「再訴の禁止」と呼ばれます。実は、262条の見出しは「再訴の禁止」ではなく、「訴えの取下げの効果」です。見出しと通称を、取り違えないでください。

確認の訴えでは争いがない

確認の訴えの線引きの板(確認の訴えでは訴訟物の数え方に争いがない。数え方が問題になるのは主に給付の訴え) 図:確認の訴えの線引きの板

ここで、先に線を引いておきます。確認の訴えでは、訴訟物の数え方に争いがありません。例えば土地の所有権確認の訴えなら、訴訟物は原告のその所有権、それだけです。問題になるのは、主に給付の訴えです。この線引きを先に置くと、これから見る議論の射程がはっきり見えます。

1つの出来事、2つの法律構成——請求権競合

ジムの事故の構造の板(A=利用者・原告、B=トレーナー兼経営者・被告。415条=契約上の安全配慮義務違反/709条=不法行為による権利侵害。片方が立てばもう片方が消える、という関係ではない) 図:ジムの事故の構造の板

  • A=利用者・原告、B=トレーナー兼経営者・被告。415条=契約上の安全配慮義務違反
  • 709条=不法行為による権利侵害。片方が立てばもう片方が消える、という関係ではない

ここで、Bが1人であることが効いてきます。もしトレーナーがジムに雇われた従業員だったなら——契約の相手はジム、けがをさせた本人はトレーナーと、相手が分かれてしまいます。今日は、いちばん素直な形として、契約の相手方と加害者を同じBに重ねているんです。さて、冒頭のAとBの話に戻りましょう。Aは、Bに対して2つの構成を立てられます。1つは、民法415条です。パーソナルトレーニング契約に基づいて、BはAを安全に指導する義務を負っていました。その義務を怠った、という構成です。もう1つは、民法709条です。Bの不注意な指導行為による権利侵害、という構成です。

この2つの請求権は、片方が立てばもう片方が消える、という関係ではありません。契約上の義務違反という要件と不法行為の要件は、それぞれ別に満たされうるからです。こんな1つの社会的な事実から、両立しうる複数の請求権が立つ場面を、請求権競合といいます。赤の他人がいきなりAを傷つけた場合は、契約関係が無いので、709条の構成しか立ちません。請求権競合にはならないんです。

訴訟物論争——旧訴訟物理論と新訴訟物理論

旧説新説対比の板(旧訴訟物理論=実体法上の個々の請求権ごとに数える=ジム事故なら2個/新訴訟物理論=社会通念上の紛争ごとに考える=ジム事故なら1個。守るもの=旧は基準の明確さ・新は紛争の一回的解決) 図:旧説新説対比の板

  • 旧訴訟物理論=実体法上の個々の請求権ごとに数える=ジム事故なら2個
  • 新訴訟物理論=社会通念上の紛争ごとに考える=ジム事故なら1個。守るもの=旧は基準の明確さ・新は紛争の一回的解決

そこで、見解が分かれます。旧訴訟物理論は、実体法上に成り立つ請求権を1本ごとに、そのまま1個の訴訟物として数えます。一方、新訴訟物理論は、訴訟物を社会通念上の紛争ごとに考える見解です。この立場から見ると、415条や709条といった実体法上の請求権は——その1個の訴訟物を支える法的観点にすぎない、ということになります。新訴訟物理論に立てば、Aの事故は1個です。Bに対して、けがの賠償を求めうる1つの地位があるだけです。415条や709条は、その地位を理由づける法的な見方の違いにすぎないんです。

⭐ 論文で書く規範:論文で書く定義——旧訴訟物理論・新訴訟物理論 旧訴訟物理論——実体法上に成り立つ請求権を、1本ごとにそのまま1個の訴訟物として数える見解。 新訴訟物理論——訴訟物を社会通念上の紛争ごとに考える見解。この立場から見ると、実体 法上の個々の請求権は、その1個の訴訟物を支える法的観点にすぎない。 (訴訟物の個数論)

この2つの定義文は、そのまま覚えておくと、論文の問題提起や規範として使えます。ただ、答案の形に組み立てるところは、論文のシリーズで扱います。今日は、この定義を正確に持ち帰るところまでにしましょう。そのうえで、この2つの見解が何を守ろうとしているかを見ておきます。旧訴訟物理論は、実体法の要件とぴったり一致するので、基準が明確で、被告の防御の目標もはっきりします。新訴訟物理論は、紛争を1回の手続で解決できます。蒸し返しを許しません。だから、この対立はどちらが正しいかでは決着しません。手続の実際のどこで違いが出るのか、ここからが本題です。

4つの試金石①——1つの訴えで両方を主張したら

試金石①の板(1つの訴えで両方主張。旧説=136条の請求の併合・判決も別個/新説=訴訟物1個・判決も1個) 図:試金石①の板

  • 1つの訴えで両方主張。旧説=136条の請求の併合・判決も別個
  • 新説=訴訟物1個・判決も1個

ここから、同じAとBの事故を4つの場面で動かしてみます。まず1つ目。Aが、1つの訴えの中で415条の構成と709条の構成を、両方主張したとします。旧説では、訴訟物が2個あるので、136条の請求の併合になります。数個の請求を、1つの訴えでまとめている扱いです。判決も、それぞれの請求について別個に判断されます。新説では、訴訟物は最初から1個なので、判決も1個です。415条と709条は、その1個の訴訟物を理由づける材料が2つある、というだけなんです。

4つの試金石②——途中で構成を追加・変更したら

試金石②の板(途中で構成を追加・変更。旧説=143条の訴えの変更・要件と方式が要る/新説=単なる攻撃防御方法の変更) 図:試金石②の板

  • 途中で構成を追加・変更。旧説=143条の訴えの変更・要件と方式が要る
  • 新説=単なる攻撃防御方法の変更

2つ目です。Aが訴訟の途中で、契約構成だけで訴えていたとします。そこへ、不法行為構成も追加したいと言い出したとします。旧説では、これはまったく別の訴訟物を持ち込むことになるので、143条の訴えの変更です。請求の基礎に変更がないことなど、一定の要件と方式を満たさないと、できません。新説では、訴訟物は変わっていません。同じ訴訟物を理由づける材料——法的構成を変えただけです。だから、訴えの変更ではなく、攻撃防御方法の変更として扱われます。主張や証拠の申出など、請求を支えたり崩したりするために当事者が出すもの全般のことです。中身は、弁論主義を扱う回で見ます。今日は、訴えの変更とは違う扱いになるとだけ押さえてください。

4つの試金石③——別々の訴えで別の裁判所に出したら

試金石③の板(別々の訴えで別の裁判所へ。旧説=訴訟物が別なら142条の重複訴訟に当たらない/新説=同じ地位から出ている以上、当たる) 図:試金石③の板

  • 別々の訴えで別の裁判所へ。旧説=訴訟物が別なら142条の重複訴訟に当たらない
  • 新説=同じ地位から出ている以上、当たる

3つ目。Aが、契約構成の訴えと不法行為構成の訴えを、別々の裁判所にそれぞれ起こしたとします。

条文民事訴訟法142条

民事訴訟法第142条(重複する訴えの提起の禁止) 第百四十二条 裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することができ ない。

旧説では、訴訟物が別である限り、重複訴訟には当たりません。415条の訴訟物と709条の訴訟物は、もともと別の権利だからです。では、新説はどうでしょうか。新説では、この2つの訴えはもともと1つの給付を求めうる、同じ法的地位から出ています。だから、別々には請求できません。重複訴訟に当たります。ここまでの3つを並べてみると、新訴訟物理論のほうが、重複訴訟に当たる範囲は広くなります。1つの訴訟物として束ねる考え方だからこそ、別々の訴えを許さない範囲も広くなるんです。では、最後の4つ目に進みましょう。

4つの試金石④——一方で敗訴した後、他方で再訴したら

試金石④の板(一方敗訴確定後、他方で再訴。旧説=訴訟物が別なので114条の既判力に妨げられず理論上は蒸し返せる/新説=既判力で妨げられる) 図:試金石④の板

  • 一方敗訴確定後、他方で再訴。旧説=訴訟物が別なので114条の既判力に妨げられず理論上は蒸し返せる
  • 新説=既判力で妨げられる

4つ目。Aが、まず契約構成だけで訴えて敗訴が確定したとします。そのあと、不法行為構成でもう一度訴え直したら、どうなるでしょうか。判決の3つの力を見た回で出てきましたね。確定した判決の判断は、当事者も、他の裁判所も、もう蒸し返せない、という効力です。

条文民事訴訟法114条1項

民事訴訟法第114条1項(既判力の範囲) 第百十四条 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。

主文に対応するのは訴訟物——最初に見た一直線ですね。だから、既判力が及ぶ範囲も、訴訟物が同じかどうかで決まります。旧説では、契約構成の訴訟物と不法行為構成の訴訟物は別なので、確定した判決の既判力は及びません。理論上は、蒸し返せます。新説では、訴訟物は最初から1個だったので、既判力に妨げられて、蒸し返せません。

4つの試金石まとめの板(旧説=手続のハードルが高い代わりに一度負けても別構成が残る/新説=手続が楽な代わりに一度負けたら全部失う。同一設例で①併合②訴えの変更③重複訴訟④既判力) 図:4つの試金石まとめの板

  • 旧説=手続のハードルが高い代わりに一度負けても別構成が残る
  • 新説=手続が楽な代わりに一度負けたら全部失う。同一設例で①併合②訴えの変更③重複訴訟④既判力

ここまでの4つを、1枚にまとめておきます。旧説は、手続のハードルが高い代わりに、一度負けても別の構成が残ります。新説は、手続が楽な代わりに、一度負けたら全部を失います。この引き換えを、丸暗記の表ではなく、トレードオフとして持ち帰ってください。残る262条2項も、この物差しと無関係ではありません。ただ、取下げのあとに起こせない「同一の訴え」かどうかは、訴訟物が同じというだけでは決まらず、当事者の同一性や訴えの利益・必要性まで見て判断されます。

現在の到達点——訴訟物は万能の物差しではない

到達点の板(併合=審理の便宜/訴えの変更=被告の防御の機会/重複訴訟=応訴の負担と矛盾判決の防止/既判力=紛争の蒸し返しの防止。守るものが違うのに1つの数え方で決めようとするから無理が出る。実務は旧訴訟物理論=基準の明確さ・手続保障) 図:到達点の板

  • 併合=審理の便宜
  • 訴えの変更=被告の防御の機会
  • 重複訴訟=応訴の負担と矛盾判決の防止
  • 既判力=紛争の蒸し返しの防止。守るものが違うのに1つの数え方で決めようとするから無理が出る。実務は旧訴訟物理論=基準の明確さ・手続保障

では、旧説と新説、どちらが正しいんでしょうか。実は、ここで終わらせないのが、今日最後に持ち帰ってほしいことです。なぜ決着させないのか、理由を考えてみましょう。さっきの4つの試金石を、もう一度思い出してください。併合が守っているのは、審理の便宜です。訴えの変更が守っているのは、被告の防御の機会です。重複訴訟が守っているのは、被告の応訴の負担と矛盾した判決を防ぐことです。そして既判力が守っているのは、紛争の蒸し返しの防止です。守っているものが違うのに——たった1つの数え方で、4つ全部の答えを決めようとするから、無理が出るんです。

それぞれの場面を、その趣旨で処理すればいいだけです。訴訟物の数え方だけで、決める必要はないんです。これが、統一的な1つの基準で全部処理するのは不適切で、しかも不要だという一般的な理解の中身です。そのうえで、実務は旧訴訟物理論に立っています。旧説は、実体法の要件とそのまま一致するので、基準が明確で、被告の攻撃防御の目標もはっきりします。手続保障が厚いんです。新訴訟物理論が守ろうとしていたもの、つまり紛争の蒸し返しの禁止は、既判力そのものではなく、死者名義訴訟のところで見た信義則が、実質的に見て蒸し返しなら個別に防いでいます。

両説の接近と呼ばれます。

両説の接近——実際にこう扱われている3つ

両説の接近3例の板(①1個の加害行為による損害賠償は費目ごとに分けない=判例/②賃貸借の終了に基づく明渡請求は終了原因ごとに分けない=実務の扱い/③物権に基づく登記回復請求は無効原因ごとに分けない=実務の扱い) 図:両説の接近3例の板

  • ①1個の加害行為による損害賠償は費目ごとに分けない=判例
  • ②賃貸借の終了に基づく明渡請求は終了原因ごとに分けない=実務の扱い
  • ③物権に基づく登記回復請求は無効原因ごとに分けない=実務の扱い

具体的に、3つ見ておきましょう。1つ目。1個の加害行為による損害賠償は、治療費や慰謝料などの費目ごとに分けず、1個とします。

判例最判昭和48年4月5日 民集27巻3号419頁

最高裁判所判決(交通事故による人身損害賠償の訴訟物が争われた事件) 同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、 原因事実および被侵害利益を共通にするものであるから、その賠償の請求権は一個であり、 その両者の賠償を訴訟上あわせて請求する場合にも、訴訟物は一個であると解すべきである。

旧訴訟物理論に立ちながら、費目ごとに分けず、1個として扱っています。2つ目。賃貸借の終了に基づく明渡請求は、終了の原因ごとに分けません。解除も解約の申入れも、賃貸借という一つの契約関係を終わらせるきっかけにすぎません。目的物を返してもらう権利は、その契約関係そのものから生まれる一つの義務なので、きっかけが違っても訴訟物は分かれない、と整理されています。ここは、判例というより、実務・学説の扱いとして押さえてください。3つ目も同じ水準です。物権に基づく登記の回復を求める請求は、無効の原因ごとに分けません。登記を戻せという請求権は、無効の原因ごとに別々に生まれるのではなく——原告が持っている物権そのものの効果として1個生まれる、と考えるからです。

1つ目だけが判例、あとの2つは実務ではこう扱われている、という水準です。格を混同しないでください。なお、旧説は融通が利かない、というイメージを持ったかもしれませんが、そこは訂正しておきましょう。旧説に立ちながらも、まとめて1個として扱う場面は、ちゃんとあるんです。

実務の対処——最初から1つの訴えに書く

実務の対処の板(旧訴訟物理論の下では蒸し返しリスクを避けるため、最初から両方の構成を1つの訴えに書いて一度に審判してもらうのが普通) 図:実務の対処の板

旧訴訟物理論の下では、あとで蒸し返すリスクが気になります。最初から、両方の構成を1つの訴えに書いて、一度に審判してもらうのが普通です。詳しくは、請求の客観的併合を扱う回で見ます。今日は、名前だけ押さえてください。

類型ごとの訴訟物——線引きに戻って閉じる

類型ごとの訴訟物一覧の板(給付の訴え=売買代金請求権/確認の訴え=原告のその所有権/債務不存在確認の訴え=原告である債務者が存在しないと確認してほしいと言っているその債務そのもの/形成の訴え=原告の離婚請求権) 図:類型ごとの訴訟物一覧の板

  • 給付の訴え=売買代金請求権
  • 確認の訴え=原告のその所有権
  • 債務不存在確認の訴え=原告である債務者が存在しないと確認してほしいと言っているその債務そのもの
  • 形成の訴え=原告の離婚請求権

前の回で、訴えには3つの型が出てきましたね。給付の訴えとは、何を求める訴えだったでしょうか?一定の給付をするよう、被告に命じてほしいという訴えです。例えば、売買代金の支払を求める訴えなら、訴訟物は売買代金請求権です。確認の訴えなら、例えば土地の所有権の確認で、訴訟物は、その土地についての原告の所有権です。ここで、少し変わった例を見ましょう。貸金返還債務の不存在確認を求める訴え——債務不存在確認の訴えです。「債務が存在しないこと」自体が訴訟物だと考えるのは、間違えやすいところです。訴訟物は、原告である債務者が、存在しないと確認してほしいと言っている、その債務そのものです。

原告が求めているのは不存在の確認という判断ですが、審判の対象として特定すべきは——あくまで、いつのいくらの、どの貸金返還債務か、という、その債務自体なんです。最後に、形成の訴え。例えば離婚を求める訴えなら、訴訟物は、原告の離婚請求権です。そして、訴訟物のとらえ方が今日ずっと見てきたような数え方の問題として起きるのは——主に、給付の訴えです。冒頭に置いた線引きへ、ここで戻ってきました。

今日の地図(保存版)

まとめの板(訴訟物は万能な物差しではなく、どこまで効いてどこから効かないかが大事。これから処分権主義・重複訴訟・相殺・246条・既判力の回で繰り返し使う) 図:まとめの板

冒頭の問いに、戻りましょう。Aが、Bを訴えるとき、この裁判のテーマは1個でしょうか、2個でしょうか。ここで一度、自分の言葉で答えてみてください。そして、大事なのはどちらが正解か、ではありません。訴訟物という物差しが、どこまで効いて、どこから効かないか、を見てきたということです。この物差しは、これからも何度も出てきます。今日は、その土台を作った回でした。

送り先一覧の板(処分権主義・一部請求は次回/重複訴訟の請求の同一性は重複訴訟を扱う回/相殺は相殺を扱う回/246条は判決を扱う回/既判力の客観的範囲・信義則は既判力を扱う回/併合・訴えの変更の要件は請求の客観的併合を扱う回/262条2項の同一の訴えは訴えの取下げを扱う回) 図:送り先一覧の板

  • 処分権主義・一部請求は次回
  • 重複訴訟の請求の同一性は重複訴訟を扱う回
  • 相殺は相殺を扱う回
  • 246条は判決を扱う回
  • 既判力の客観的範囲・信義則は既判力を扱う回
  • 併合・訴えの変更の要件は請求の客観的併合を扱う回
  • 262条2項の同一の訴えは訴えの取下げを扱う回

最後に、今日の話がつながる先をまとめます。136条・143条の要件の中身は、請求の客観的併合を扱う回で。142条の「請求の同一性」の判断枠組みは、重複訴訟を扱う回で。114条の客観的範囲や、蒸し返しを信義則で封じる判例は、既判力を扱う回で。相殺と訴訟物の関係は、相殺を扱う回で。246条のもとで、新旧の訴訟物理論の結論がどう分かれるかは、判決を扱う回で。262条2項の「同一の訴え」の判断は、訴えの取下げを扱う回で。

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#25単独ページ動画

処分権主義・請求の特定と一部請求

第1章 訴訟の開始 ㉕/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

どこまで原告が決められるか

町工場の設例——勝ったあと、残りを請求できるか(納入部品の欠陥で製造ラインが長期間止まった町工場。損害を積み上げると3億円。全部認めてもらえるか分からないうえ、求める金額が大きいほど、先払いの費用も増える。だから、まず3,000万円だけ訴える) 図:町工場の設例——勝ったあと、残りを請求できるか

前回は、訴訟物という物差しが万能ではない、というところで終わりました。訴訟物というのは、前回確かめたとおり、原告が裁判所に判断してもらう権利や法律関係そのもの——この物差しのことです。今日は、その物差しを実際に動かす原告の側から見ていきます。

こんな場面を考えてみましょう。ある町工場が、部品メーカーから納入された部品の欠陥のせいで、製造ラインが長期間止まりました。損害を積み上げると、3億円になります。ただ、全部を認めてもらえるかは分かりません。しかも、裁判所へ訴えるときには、求める金額に比例して、先払いの費用がかかります。だから、この町工場は、まず3,000万円だけを訴えることにしました。

ここで、今日の問いです。この裁判に勝ったあと、残りの2億7,000万円を請求できるんでしょうか。勝訴したのだから当然できそうな気がしますが、実は、そう単純ではありません。原告が訴えのどこをどこまで自分で決められるか、これを見ていくと、答えが見えてきます。先に結論だけ言うと——原告の自由は、被告が予測できる範囲で縁取られています。

枠を決めるのは誰か——処分権主義の3つの現れ

処分権主義の3つの現れの板(①訴訟を起こすかどうか②訴訟のテーマと解決内容③判決以外の方法で終わらせるか。始めるのも中身を決めるのもやめるのも当事者) 図:処分権主義の3つの現れの板

この章の最初のほうで、民事訴訟は当事者が主役だという話をしましたね。その考え方は、訴訟の中で、もっと具体的な3つの場面に姿を変えて現れます。1つ目は、訴訟を起こすかどうかです。訴えを起こさない自由も、含まれます。損害を与えられても、訴えるかどうかは本人の自由です。例えば、友人にお金を貸して返してもらえなかったとしても、訴えるかどうかは、貸した本人が決めることです。訴えるかどうかも含めて、本人の自由だということです。裁判所のほうから勝手に取り立てを始めることはありません。2つ目は、訴訟のテーマを何にして、どういう解決を求めるかです。3,000万円を求めるのか、全額を求めるのか、原告が決めます。3つ目は、判決以外の方法で自分で終わらせるかどうかです。

中身は別の回で扱いますが、これも原告が決められる場面です。3つに分けましたが、言いたいことは1つです。始めるのも、中身を決めるのも、やめるのも、当事者だということです。処分権主義は、当事者主義の回では名前と位置だけでしたが、その中身が、今の3つです。理由は、民事訴訟が扱う権利の性質にあります。貸したお金を返してもらう権利のような私法上の権利は、もともと持ち主が自由に処分できるものです。裁判の外でも、権利を放棄したり話し合いで和解したりできる、ということです。その自由が訴訟の手続に入っても、形を変えて生き続けているんです。

処分権主義は実体法の世界にある処分の自由を、手続の中に映したものなんです。

処分権主義と弁論主義——決める対象の違い

処分権主義と弁論主義の対比の板(処分権主義=審判の対象と範囲を決める/弁論主義=判決の基礎となる資料〈事実と証拠〉の収集を当事者に委ねる。どちらも当事者が決めるが対象が違う) 図:処分権主義と弁論主義の対比の板

  • 処分権主義=審判の対象と範囲を決める
  • 弁論主義=判決の基礎となる資料〈事実と証拠〉の収集を当事者に委ねる。どちらも当事者が決めるが対象が違う

弁論主義のことですね。よく混同されるので、ここで線を引いておきます。処分権主義が決めるのは、審判の対象と範囲そのものです。何を裁判所に判断してもらうか、というテーマの部分です。一方、弁論主義が決めるのは、判決の基礎になる資料の集め方です。どの事実を主張し、どの証拠を出すか、という中身の集め方です。「300万円払え」と対象を決めるのは、処分権主義です。その300万円を根拠づける事実——いつ、いくら貸したか。それを主張し証拠を出すのは、弁論主義の話です。ただ、決める対象が違います。弁論主義の詳しい中身は、別の回でじっくり扱います。今日は、この線引きだけ持ち帰ってください。

入口と出口——今日進む2つの道

入口と出口の地図の板(処分権主義②〈訴訟のテーマと解決内容〉は訴えの入口〈請求の特定=今日〉と判決の出口〈申立事項=246条〉の両端で効く。今日は入口だけを見る) 図:入口と出口の地図の板

今の3つのうち、2つ目——訴訟のテーマを何にするか、という原則は、実は手続の2か所で効いてきます。1つは、訴えを起こす入口です。テーマをどこまではっきり決めるべきか、という話です。もう1つは、判決を出す出口です。原告が決めたテーマからはみ出して判決してよいか、という話です。出口は、判決を扱う回で改めて見ます。今日は、入口だけに絞ります。入口には、さらに2つの道があります。1つは、テーマをどこまではっきり決めなければならないか——請求の特定です。もう1つは、決めた範囲をあとから広げられるか——一部請求です。町工場が3,000万円だけ先に訴えて、残りをあとから請求できるか。冒頭の問いは、この2つ目の道の先にあります。

請求の特定から見ていきましょう。

請求の特定とは——134条

請求の特定の位置づけの板(原告は訴えを起こす段階で審判してほしい対象=訴訟物をはっきりさせなければならない=請求の特定。134条2項2号「請求の趣旨及び原因」に書く) 図:請求の特定の位置づけの板

本題に入る前に、1つ思い出してください。前回、貸金返還債務の不存在確認を求める訴えで、訴訟物は何でしたか?たしか「債務が存在しないこと」ではなく。原告が存在しないと確認してほしいと言っている、その債務そのもの、でした。この答えが、今日の話のあとのほうでもう一度効いてきます。では、本題です。原告は、訴えを起こす段階で、審判してほしい対象をはっきりさせなければなりません。これを、請求の特定といいます。

条文民事訴訟法134条

民事訴訟法第134条(訴え提起の方式) 訴えの提起は、訴状を裁判所に提出してしなければならない。 2 訴状には、次に掲げる事項を記載しなければならない。 一 当事者及び法定代理人 二 請求の趣旨及び原因

訴状には、当事者が誰かということと並んで、この2つを書かなければなりません。言葉を確かめておくと、請求の趣旨は「どんな判決が欲しいか」という結論部分、請求の原因は、その結論を支える具体的な中身です。訴えの3類型を見た回で一度出しました。この2つによって、審判の対象——訴訟物が特定されます。どこまで書けば足りるのか。そこが、次のテーマです。

なぜ特定が要るのか——2つの理由

なぜ特定が要るのかの板(理由①被告が防御の対象を決められる〈不意打ちの防止〉理由②裁判所の審判対象が明確になる。この2つから3つの帰結が出る) 図:なぜ特定が要るのかの板

なぜ、審判の対象をはっきりさせなければならないんでしょうか。理由は、大きく2つあります。1つは、被告が、何に対して防御すればいいかを決められることです。例えば、赤信号を無視した車にはねられて、後遺症の程度がまだ確定しないとします。だからといって、「相当な額を支払え」という請求の趣旨は書けません。被告からすれば、いくらの請求に対して防御すればいいか、金額が無いと分かりません。もう1つの理由は、裁判所の審判の対象が明確になることです。対象がぼやけていると、裁判所も、何を判断すればいいか決められません。この2つの理由から、これから見る3つの帰結が、全部出てきます。

暗記ではなく、この2つの理由に立ち返れば、その場で導けます。1つ目の帰結が、今見た「金額を明示しない請求は許されない」というものです。ただし、金額を明示したうえで、あとで請求を広げるという対応はできます。この話は、あとで一部請求のところでもう一度出てきます。

帰結2——債務不存在確認の訴えは例外

なぜ特定が要るのかの板(理由①被告が防御の対象を決められる〈不意打ちの防止〉理由②裁判所の審判対象が明確になる。この2つから3つの帰結が出る) 図:なぜ特定が要るのかの板

判例最判昭和40年9月17日 民集19巻6号1533頁

最高裁判所判決(相続人らが貸金債務の一部の不存在確認を求めた事件) 本件請求の趣旨および請求の原因ならびに本件一件記録によると、上告人らが本件訴訟において本件貸金債務について不存在の確認を求めている申立の範囲(訴訟)は、…債務額の不存在の確認であることが認められる。

ここに、例外があります。債務不存在確認の訴えは、金額が明示されていなくても、発生の原因が書かれていれば特定されます。ここで、さっき思い出してもらった話が効いてきます。訴訟物は「債務が存在しないこと」ではなく、原告が不存在の確認を求めている、その債務そのものでしたね。この事件では、相続人たちが訴えを起こしました。亡くなった方が負っていた貸金債務のうち、自分たちが認める元本を除いた額の、不存在確認を求めたんです。最高裁は、こう判断しました。金額が一つの数字として書かれていなくても、請求の趣旨や請求の原因、記録全体から、原告らが求めている審判の対象を的確に読み取れる、と。

この事件でそう判断された、という形で押さえてください。発生の原因——いつの、どういう経緯の貸金なのか、が示されていれば、対象は絞り込めるからです。被告の側から見ても、どの債権についての争いかが分かれば、何を争えばいいかは決められます。だから、金額が一つの数字で書かれていなくても、防御の対象は定まるんです。

帰結3——請求の原因は「区別できればいい」ではない

3つの帰結まとめの板(帰結1金額不明示は不可/帰結2債務不存在確認は例外/帰結3請求の趣旨だけで足りる訴えでも請求の原因は必要——他の請求と区別できるだけでは足りず被告が戦い方を決め裁判所が対象を見定める程度の事実が要る) 図:3つの帰結まとめの板

  • 帰結1金額不明示は不可
  • 帰結2債務不存在確認は例外
  • 帰結3請求の趣旨だけで足りる訴えでも請求の原因は必要——他の請求と区別できるだけでは足りず被告が戦い方を決め裁判所が対象を見定める程度の事実が要る

もう1つ、帰結があります。所有権の確認や、離婚を求める訴えのように、請求の趣旨だけで対象が特定できる訴えもあります。対象を特定するだけなら、それで足ります。ただ、それでも請求の原因は必要です。理由に戻りましょう。請求の原因が要るのは、単に他の請求と区別するためではありません。被告が防御の方針を立てられて、裁判所も何を審理するか分かる程度には、事実を書く必要があるからです。例えば、離婚を求める訴えを考えてみましょう。請求の原因として、不貞やDVなど、離婚を基礎づける具体的な事実を書きます。ここも、さっきの2つの理由に立ち返れば、暗記せずに導けます。

「方法を書かない請求」は特定されているか

抽象的不作為請求の板(具体的不作為請求=禁止行為を名指しで表示〈立ち入るな・夜間離着陸するな〉。抽象的不作為請求=侵害行為の具体的な措置を特定せず一定の侵害結果の発生の禁止だけを求める〈一定デシベル以上の騒音を到達させるな〉。なぜ足りるか=①請求の趣旨で被告のすべきことは明らか②手段は本来被告が選ぶもの③除去すべき結果と発生源が特定されていれば足りる) 図:抽象的不作為請求の板

ここからは、請求の特定の応用問題です。「この土地には立ち入ってはならない」。「夜9時から翌朝7時まで、飛行機を離着陸させてはならない」。こうした請求は、禁止する行為をそのまま名指ししています。これを、具体的不作為請求といいます。これに対して、こういう請求があります。「原告の住居に一定のデシベル以上の騒音を到達させてはならない」。騒音を止めるための具体的な措置——防音壁を作るのか、運行時間を制限するのか。そこは特定していません。一定の侵害結果を発生させることの禁止だけを求めているんです。これを、抽象的不作為請求といいます。

これは、請求の特定として足りているんでしょうか。

なぜ特定として足りるのか——3段の論拠

抽象的不作為請求の板(具体的不作為請求=禁止行為を名指しで表示〈立ち入るな・夜間離着陸するな〉。抽象的不作為請求=侵害行為の具体的な措置を特定せず一定の侵害結果の発生の禁止だけを求める〈一定デシベル以上の騒音を到達させるな〉。なぜ足りるか=①請求の趣旨で被告のすべきことは明らか②手段は本来被告が選ぶもの③除去すべき結果と発生源が特定されていれば足りる) 図:抽象的不作為請求の板

判例最判平成5年2月25日

最高裁判所判決(航空機の夜間離着陸をめぐる差止め請求が争われた事件) このような抽象的不作為命令を求める訴えも、請求の特定に欠けるものということはできない。

判例は、こうした請求も、請求の特定に欠けるとは言えないとしています。理由は、大きく3段で説明できます。1段目。そもそも被告に求めているのは、騒音を一定以下に抑えるという結果です。請求の趣旨は、その結果を名指ししています。だから、被告が何をすべきかは明らかで、特定として十分です。2段目。結果を取り除く手段は、本来、被告が状況に応じて選ぶべきものです。原告が手段まで指定すると、かえって目的の達成を妨げることがあります。3段目です。裁判所が判断すべき範囲についても、取り除くべき結果と、その発生源がはっきりしていれば十分です。逆に、境界の外を見てみましょう。仮に、原告が「被告は、原告に一切迷惑をかけてはならない」とだけ請求したらどうでしょうか。

それは、さすがに漠然としすぎている気がします。除去すべき侵害の結果も、発生源も定まっていません。これは特定を欠きます。一定のデシベルという結果と、被告の施設という発生源が示されているからこそ。抽象的不作為請求は特定として足りるんです。

なぜ執行できるのか——間接強制という仕組み

抽象的不作為請求が認められる理由の板(理由①実体法上、結果の実現そのものを目的とする請求権が認められている②判決確定後、被告が守らなければ間接強制〈民事執行法172条1項〉で執行できる) 図:抽象的不作為請求が認められる理由の板

方法を決めずに実現できるのか。そこがポイントです。こうした請求が認められる理由は、次の2つで説明できます。1つは、実体法の上で、結果の実現そのものを目的とする請求権が認められていることです。もう1つは、判決が確定したあと、被告が守らなければ、間接強制という方法で執行できることです。

条文民事執行法172条1項

民事執行法第172条1項(間接強制) 作為又は不作為を目的とする債務で前条第一項の強制執行ができないものについての強制執行は、執行裁判所が、債務者に対し、遅延の期間に応じ、又は相当と認める一定の期間内に履行しないときは直ちに、債務の履行を確保するために相当と認める一定の額の金銭を債権者に支払うべき旨を命ずる方法により行う。

ここは間違えやすいところです。直接強制ではなく、間接強制です。一定の金銭を支払えと命じて、被告に任意の履行を促す方法なんです。

コラム——判決機関と執行機関の分離

判決機関と執行機関の分離の板(執行機関は実体法上の問題を判断せず簡易迅速に権利を実現する建前——だから給付義務の内容は判決で明確に示す必要がある。それでも抽象的不作為判決が許されるのは間接強制なら態様・方法の決定を債務者に委ねられるから) 図:判決機関と執行機関の分離の板

ここで、もう1つ疑問が残ります。普通、給付を命じる判決は、内容を明確に示す必要があります。執行機関——執行裁判所や執行官は、実体法上の問題を判断せず、簡易・迅速に権利を実現する建前だからです。それなのに、なぜ抽象的不作為判決は許されるのか。答えは、間接強制の仕組みそのものにあります。間接強制は、被告にお金の支払いを命じるだけです。具体的な態様・方法の決定は、被告自身に委ねられます。もし間接強制でも実現されない場合には、裁判所が状況に応じた処分を命じる仕組みも、別に用意されています。名前だけ挙げておくと、民事執行法171条1項2号の「将来のため適当な処分」です。詳しくは、民事執行法そのものを扱う場面で見てください。

決めた枠は、あとから広げられるか——一部請求とは

一部請求の関係図(A=町工場・原告、B=部品メーカー・被告。損害の総額は3億円——まず一部の3,000万円だけを先に訴え、残り2億7,000万円は留保する) 図:一部請求の関係図

ここから、今日のもう1つの柱に入ります。冒頭の町工場の話に戻りましょう。債権の一部だけを先に請求して、残りをあとに残しておくことを、一部請求といいます。金額をいくらにするかも、原告が決められる範囲——処分権主義の現れです。ここに、実質的な事情があります。日本の民事訴訟では、訴えを起こすときに、請求する金額に見合った手数料を先に納める決まりがあります。最初から全額を請求するのは、原告にとって重い負担になります。

一部請求とはの板(債権の一部だけを先に請求し残部を後日に留保すること。なぜ許すか=訴えを起こすときに、請求する金額に見合った手数料を先に納める決まりがあるため、まず一部で試す〈試験訴訟〉ことを許す必要がある) 図:一部請求とはの板

だから、まず一部で試して、見通しを立てる——これを試験訴訟と呼ぶことがあります。このお金の事情を落とすと、一部請求はただの理屈だけの制度に見えてしまいます。

残部請求はできるか——3つの立場

残部請求の3つの立場の板(全面肯定説=実体法上債権の分割行使は債権者の自由/全面否定説=被告が何度も応訴させられる煩わしさ・裁判所の重複審理→訴えの変更で拡張すべき/判例=明示説) 図:残部請求の3つの立場の板

  • 全面肯定説=実体法上債権の分割行使は債権者の自由
  • 全面否定説=被告が何度も応訴させられる煩わしさ・裁判所の重複審理→訴えの変更で拡張すべき
  • 判例=明示説

では、勝ったあとに、残りの2億7,000万円を請求できるのか。ここで見解が分かれます。1つ目は、全面肯定説です。実体法上、債権をいくつに分けて行使するかは、債権者の自由だと考えます。2つ目は、全面否定説です。被告が何度も応じさせられる煩わしさや、裁判所が同じ問題を繰り返し審理する負担を重く見ます。この説に立つと、原告は訴訟の途中で請求を広げるべきだ、ということになります。そのための手続が、143条の訴えの変更です。途中で請求の中身を追加・変更する手続です。中身は、この先の回で扱います。そして3つ目、これが判例の立場です。明示説といいます。

一部だけを請求しているということを、はっきり示しているかどうかです。

明示していれば、残部は残る——明示説の判例

残部請求の3つの立場の板(全面肯定説=実体法上債権の分割行使は債権者の自由/全面否定説=被告が何度も応訴させられる煩わしさ・裁判所の重複審理→訴えの変更で拡張すべき/判例=明示説) 図:残部請求の3つの立場の板

  • 全面肯定説=実体法上債権の分割行使は債権者の自由
  • 全面否定説=被告が何度も応訴させられる煩わしさ・裁判所の重複審理→訴えの変更で拡張すべき
  • 判例=明示説

判例最判昭和37年8月10日 民集16巻8号1720頁

最高裁判所判決(一部であることを明示して訴えが提起された事件) 一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合は、訴訟物となるのは右債権の一部の存否のみであつて、全部の存否ではなく、従つて右一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばないと解するのが相当である。

判例は、こう言っています。一個の債権のうち、数量的な一部についてだけ判決を求めると明示した場合。訴訟物になるのは、その一部の存否だけです。全部の存否ではありません。だから、確定判決の既判力は、残部の請求には及びません。確定判決の判断は、訴訟物の範囲でだけ蒸し返せなくなる効力でした。「3億円のうち、まず3,000万円を請求します」と明示したとします。このとき訴訟物は、3,000万円の部分だけです。勝訴が確定しても、残りの2億7,000万円はまだ判断されていません。だから、あらためて請求できます。明示があれば許される理由は、こうです。明示があれば、被告は同じ手続の中で、146条の反訴を起こして、残りの債務が無いことの確認を求める機会を与えられています。

被告のほうから、同じ訴訟の中で新しい請求を持ち出す手続です。これも中身は別の回で扱います。大事なのは、被告にその機会があるということです。だから、あとで残部を請求されても、被告にとって想定の範囲内なんです。ここで、裏返しも押さえておきましょう。明示していなければ、訴訟物は債権の全部です。だから、残部の請求はできません。遮断されます。「一部だけ請求したから訴訟物も一部だ」ではないんです。明示して初めて、訴訟物が一部に絞られます。これで、町工場のケースの2つ目——明示しなかった場合の答えも出ましたね。

では、ここで少し立ち止まりましょう。同じように一部だけ明示して訴えて、今度は負けた場合はどうでしょうか。同じように、残りを請求できると思いますか。実は、そう単純ではありません。次の判例を見てみましょう。

全体を審理して負けたら、もう終わっている

一部請求棄却後の残部請求を遮断する理由の板(数量的一部請求の棄却判決=債権全体の不存在を審理済み。残部請求を認めない根拠は既判力ではなく信義則——理由①被告の合理的期待〈紛争は終わったという信頼〉②二重の応訴負担) 図:一部請求棄却後の残部請求を遮断する理由の板

判例最判平成10年6月12日 民集52巻4号1147頁

最高裁判所判決(数量的な一部請求が棄却された後、残部が請求された事件) 数量的一部請求を全部又は一部棄却する旨の判決は、このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて、当該債権が全く現存しないか又は一部として請求された額に満たない額しか現存しないとの判断を示すものであって、言い換えれば、後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。したがって、右判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは、…前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。以上の点に照らすと、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないと解するのが相当である。

判例はこう言っています。数量的な一部請求は、その債権全部について、発生や消滅の原因になる事実の有無を審理します。そのうえで、請求が認められるかを決めるものです。棄却するためには、債権全体が存在するかどうかを、裁判所は一度全部見ているんです。だから、それを棄却する判決は、「あとで残部として請求できる部分は存在しない」という判断を示しているに等しい、というんです。だから、金銭債権の数量的一部請求で敗訴した原告が、あらためて残部を請求することは、特段の事情がない限り許されません。「3,000万円を請求します」と明示していても、裁判所が3億円全体の存否を審理したうえで、「そもそも欠陥は無かった」と判断され、棄却が確定したとします。このとき残りの2億7,000万円は、もう請求できません。

ここで、罠が1つあります。この結論を、既判力で説明してはいけません。訴訟物は、あくまで明示された一部のままです。既判力が及ぶ範囲も、その一部だけです。判例が根拠にしているのは、既判力ではなく、信義則です。理由は2つあります。1つは、前訴の確定判決で、債権全体について紛争が解決したという、被告の合理的な期待に反することです。もう1つは、被告に、もう一度応訴させる二重の負担を強いることです。「訴訟物が別だから通る」わけではないんです。明示があっても、通らない場面があります。

原告の自由は、被告の予測可能性で縁取られている

一部請求のまとめの板(明示していれば残部請求できる=被告に反訴の機会があり予測の範囲内/全体を審理して棄却されたら残部請求できない=被告はもう終わったと思っている。原告の自由は被告の予測可能性で縁取られている) 図:一部請求のまとめの板

  • 明示していれば残部請求できる=被告に反訴の機会があり予測の範囲内
  • 全体を審理して棄却されたら残部請求できない=被告はもう終わったと思っている。原告の自由は被告の予測可能性で縁取られている

ここで、2つの判例を1本の線でつないでみましょう。明示していれば残部請求ができるのは、被告に反訴の機会があるからです。あとで残部を請求されても、予測の範囲内なんです。全体を審理して棄却されたあとは、被告はもう紛争が終わったと思っています。そこへ残部を持ち出されるのは、予測の外です。3,000万円の勝訴後なら反訴で受け止めた範囲、棄却されたあとならもう終わったと思っている範囲。同じ数字でも、予測の内と外です。処分権主義は、原告に自由に決めさせる原則でした。でも、その自由は無制限ではありません。被告が予測できる範囲で、初めて認められます。原告の自由は、被告の予測可能性で縁取られている。これが、今日いちばん持ち帰ってほしいことです。

事案から問題提起をして、この2つの規範を立てて、あてはめる、という答案の型になります。その組み立て方は、専用の論文シリーズで実演します。今日は、この2つの規範を正確な言葉で持ち帰るところまでにしましょう。

一部請求と過失相殺——外側説と按分説

一部請求と過失相殺の板(過失相殺の減額をどこから行うかで結論が変わる——外側説〈損害の全額から減額〉と按分説〈請求額から減額〉) 図:一部請求と過失相殺の板

判例最判昭和48年4月5日 民集27巻3号419頁

最高裁判所判決(一部請求と過失相殺の方法が争われた事件) …一個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に、過失相殺をするにあたつては、損害の全額から過失割合による減額をし、その残額が請求額をこえないときは右残額を認容し、残額が請求額をこえるときは請求の全額を認容することができるものと解すべきである。このように解することが一部請求をする当事者の通常の意思にもそうものというべきであつて、所論のように、請求額を基礎とし、これから過失割合による減額をした残額のみを認容すべきものと解するのは、相当でない。

一部請求には、周辺の論点がいくつかあります。まず、過失相殺との組み合わせです。被害者にも落ち度があるとき、その分だけ賠償額を減らす仕組みです。中身は、実体法の側で扱います。一部請求のときに、この減額をどこから行うかで、2つの考え方があります。引き算の順番で、答えは変わります。実は、この判例、前回見た交通事故の判例と同じ事件です。財産的な損害と精神的な損害をあわせた損害のうち、一部だけを訴えた事案です。判例はこう言っています。過失相殺をするときは、損害の全額から過失割合による減額をします。その残った額が請求額を超えなければ、その残った額をそのまま認めます。残った額が請求額を超えるときは、請求の全額を認めます。

外側説と按分説の計算対比の板(損害総額2,000万円・過失3割・請求900万円。外側説=2,000万円×0.7=1,400万円→900万円を上回るので900万円全額を認容/按分説=900万円×0.7=630万円のみ認容。差は270万円) 図:外側説と按分説の計算対比の板

  • 損害総額2,000万円・過失3割・請求900万円。外側説=2,000万円×0.7=1,400万円→900万円を上回るので900万円全額を認容
  • 按分説=900万円×0.7=630万円のみ認容。差は270万円

やってみましょう。損害の総額が2,000万円、原告の過失が3割、一部請求額が900万円だとします。この判例が採る考え方を、外側説といいます。まず、損害の全額、2,000万円から3割を引きます。2,000万円かける0.7で、1,400万円です。だから、900万円をそのまま全額認めます。もう1つの考え方が、按分説です。こちらは、請求額そのものから3割を引きます。900万円かける0.7で、630万円です。こちらは630万円しか認められません。なぜ判例は、原告に有利な外側説を採るのか。判例は、一部請求をする当事者の通常の意思にも、このほうが沿うからだ、と言っています。

一部請求をする原告は、過失相殺されても確実に残る範囲を、まず請求していると考えられます。だから、減額はまず、請求していない残りの部分から先に行うべきだ、という発想です。計算の手順だけを覚えるのではなく、この理由とセットで持ち帰ってください。

一部請求と時効の完成猶予

一部請求と時効の完成猶予の板(訴え提起による時効の完成猶予は原則として訴訟物についてだけ生じる——明示していれば猶予も一部にしか及ばない。残部は訴訟係属中は裁判上の催告として扱われ、終了後6か月以内に民法147条1項各号の措置〈残部の訴え提起等〉を取らなければ残部の時効は完成する) 図:一部請求と時効の完成猶予の板

もう1つ、時効との関係も見ておきましょう。訴えを起こすと、時効の完成が止まる効果が生まれます。ただし、この効果は原則として、訴訟物についてだけ生じます。なぜ訴訟物についてだけなのか。ここも同じ軸です。原告が訴えで切り取った範囲が、被告が身構えるべき範囲だからです。だから、明示していなければ、この効果も債権全部に生じます。一方、明示していれば、直接に効果が生じるのは、その一部についてだけです。判例は、訴えが続いている間、原告は残りの部分についても、権利行使の意思を示し続けていると見ます。

ここで出てくるのが、催告という仕組みです。催告とは、相手に、履行してください、と求めることです。催告があると、その時から6か月を経過するまでの間は、時効は完成しません。民法150条1項です。ただし、催告だけでは先送りにすぎません。その6か月の間に、訴えを起こすなどの措置を取らなければ、時効はそのまま完成します。

判例最判平成25年6月6日 民集67巻5号1208頁

最高裁判所判決(明示的な一部請求の訴訟係属中に、残部の時効の完成猶予が争われた事件) したがって、明示的一部請求の訴えが提起された場合、債権者が将来にわたって残部をおよそ請求しない旨の意思を明らかにしているなど、残部につき権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情のない限り、当該訴えの提起は、残部について、裁判上の催告として消滅時効の中断の効力を生ずるというべきであり、債権者は、当該訴えに係る訴訟の終了後6箇月以内に民法153条所定の措置を講ずることにより、残部について消滅時効を確定的に中断することができると解するのが相当である。

この判決が出た当時の用語です。今の条文に置き直すと、150条の「催告による時効の完成猶予」に当たります。呼び方が変わっただけで、この6か月という区切りの考え方そのものは、今も生きています。訴訟が終わって6か月の間に、残部について改めて手を打たないと、残部の時効はそのまま完成してしまいます。例外があります。原告が「残りはもう一切請求しません」という意思をはっきり示している場合のように、権利を行使する意思がもう無いと言える特別な事情があれば、この猶予は働きません。ここは、うっかり見落としやすいところです。最後に、名前だけ挙げておきます。前の裁判が確定したあとに、誰にも予見できなかった後遺症が新たに判明することがあります。

明示の一部請求と同じ枠組みで処理する、という考え方があります。ただ、これは確定判決の効力がどこまで及ぶか、という話に踏み込みます。詳しくは、既判力を扱う回で見ます。

前回の回収と、冒頭の答え

入口と出口の地図の板(処分権主義②は入口〈請求の特定・一部請求=今日〉と出口〈申立事項=246条〉の両端で効く) 図:入口と出口の地図の板

前回、訴訟物という物差しは万能ではない、という話をしました。一部請求の2つの判例は、まさにその実例です。訴訟物が同じか別かを決めるだけでは、残部請求ができるかどうかは決まりませんでした。訴訟物という物差しの外側で、被告の予測可能性という物差しが働いていたんです。では、冒頭の問いに戻りましょう。町工場は、3,000万円だけを訴えました。勝訴したあと、残りの2億7,000万円を請求できるでしょうか。一部だけであることを明示していれば、原則としてできます。ただ、前の裁判で、3億円全体を審理したうえで棄却されていたら、できません。そして、今日見てきた処分権主義という原則は、この入口だけでなく、判決の出口でも、もう一度効いてきます。そちらは、判決を扱う回で見ましょう。

今日の地図(保存版)

まとめの板(原告の自由は被告の予測可能性で縁取られている。処分権主義の3つの現れも請求の特定の2つの理由も一部請求の2判例も全部この1本の軸の上にある) 図:まとめの板

今日の話を、1本の軸でまとめます。処分権主義の3つの現れも、請求の特定の2つの理由も、一部請求の2つの判例も、全部同じ軸の上にありました。原告の自由は、被告の予測可能性で縁取られている。丸暗記の結論ではなく、この1本の線を持ち帰ってください。

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#26単独ページ動画

訴状の記載事項・オンライン提出と訴訟費用

第1章 訴訟の開始 ㉖/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

訴状は誰に何を伝える紙か

訴状の二方向性の板(裁判所に対しては、どんな審判を申し立てているかを明示する。被告に対しては、どんな主張をしているかを明示する。以下の記載事項も審査も、この2つが満たせるかだけで決まる) 図:訴状の二方向性の板

訴状というのは、一枚の紙で、二方向を向いています。1つは、裁判所に対してです。どんな審判を申し立てているのか、裁判所に分かるように書きます。もう1つは、被告に対してです。どんな主張をされているのか、被告に分かるように書きます。手紙にたとえるなら、近いです。1枚の紙が、届け先の違う2つの役目を同時に果たしています。そして、これから見る記載事項も、審査の合否も、全部、この2つが満たせているかどうかだけで決まります。

条文民事訴訟法134条1項

民事訴訟法第134条第1項(訴え提起の方式) 訴えの提起は、訴状を裁判所に提出してしなければならない。

訴訟は、この条文のとおり、訴状を裁判所に提出することから始まります。では、その訴状に、具体的に何を書くのかを見ていきましょう。

必要的記載事項は3つ

必要的記載事項の板(①当事者及び法定代理人②請求の趣旨③請求の原因。3つは、裁判所が審判対象を見定められるか、被告が戦い方を決められるか、という2つの目的から出てくる) 図:必要的記載事項の板

前回、請求はどうやって特定される、と言いましたか?請求の趣旨と、請求の原因の、2つでした。今日は、その2つを含めて、訴状に何を書くかを見ていきます。

条文民事訴訟法134条2項

民事訴訟法第134条第2項(訴え提起の方式) 訴状には、次に掲げる事項を記載しなければならない。 一 当事者及び法定代理人 二 請求の趣旨及び原因

訴状に必ず書かなければならないことは、この条文が定める3つです。当事者及び法定代理人、請求の趣旨、請求の原因です。この3つしか無いことには、理由があります。さっきの二方向を、思い出してください。裁判所が審判の対象を見定められるか、被告が戦い方を決められるか。この2つを満たすのに、最低限必要なものだけが、必要的記載事項になっています。請求の趣旨が無ければ、裁判所は何を判断すればいいか分かりません。請求の原因が無ければ、被告はどう防御すればいいか分かりません。3つのどれが欠けても、二方向のどちらかが崩れてしまうんです。試しに、当事者の欄が空白の訴状を、想像してみてください。

被告候補が複数いたら、誰が訴えられているのかも分かりません。たった1つの空白で、二方向とも崩れてしまうんです。では、それぞれの中身を見ていきましょう。

当事者を、どう書くか

当事者の書き方の板(自然人は氏名と住所、法人は商号・名称と本店・主たる事務所の所在地。なぜ住所まで書くのか——同姓同名を区別するため、そして訴状を届ける先を決めるため) 図:当事者の書き方の板

まず、当事者です。「その人だと特定できる」という程度まで書きます。自然人なら、氏名と住所です。法人なら、商号や名称と、本店・主たる事務所の所在地です。なぜ住所まで要るのか、考えてみましょう。1つは、同姓同名の人を区別するためです。もう1つは、この後の回で扱う送達——訴状を届ける先を決めるためです。訴訟能力を欠く人が当事者になるときは、法定代理人も書きます。例えば、破産管財人のような立場で訴える人は、どんな資格でその立場が認められるのかも、示すのが望ましいとされています。破産した人の財産を管理して、その財産のために訴える立場の人です。

Bの住所が分からないときは、管理会社などを通じて、事前に調べておく必要があります。Aの氏名と住所、Bの氏名と住所を書けば足ります。

請求の趣旨と請求の原因

請求の趣旨と請求の原因の板(請求の趣旨=求める審判の内容を、簡潔かつ確定的に。認容判決の主文にそのまま置ける表現で書く。請求の原因=趣旨だけでは足りない分を補い、二つ合わせて訴訟物を1個に絞りきるための事実) 図:請求の趣旨と請求の原因の板

次に、請求の趣旨です。求める審判の内容を、簡潔かつ確定的に書きます。認容判決の主文に、そのまま置ける表現で書く、ということです。訴訟物の回で見た図式を、覚えていますか。訴訟上の請求イコール訴訟物イコール請求の趣旨イコール判決主文、でした。請求の趣旨の書き方は、判決の主文の書き方でもあるんです。最後に、請求の原因です。請求の趣旨と合わせて、訴訟物を特定するために必要な事項を書きます。前回、なぜ請求を特定しなければならないかを見ましたね。それを、実際に紙の上でやるのが、請求の趣旨と請求の原因なんです。

訴訟物の回で見たとおり、「100万円を支払え」とだけ書いても、それが貸したお金なのか、品物の代金なのかは決まりませんよね。どの権利について審判してほしいのかまで決めるのが、請求の原因です。いつ誰との、どの契約から生まれた権利かを書きます。この2つが揃って初めて、審判の対象になる権利が1個に絞られる。だから、必要的記載事項なんです。

特定されているか、いないか

特定の境界ペアの板(「Bは原告に相当の金額を支払え」は金額が無く特定されない。「Bは、午後10時から午前6時まで、床に衝撃を加える行為をしてはならない」は方法まで書いた具体的不作為請求で特定される) 図:特定の境界ペアの板

ここで、2つの請求の趣旨を比べてみましょう。1つ目、「被告は原告に相当の金額を支払え」。金額が無いので、被告は何に対して防御すればいいか分かりません。裁判所も、いくら認めればいいか判断できません。2つ目です。Aの請求の趣旨を、具体的に書いてみましょう。「Bは、午後10時から午前6時まで、床に衝撃を加える行為をしてはならない」。今回のAの請求は、時間も行為も具体的に書いた、方法まで指定する不作為請求です。抽象的不作為請求と並ぶ、もう1つの型として覚えておいてください。加えて、半年分の慰謝料として、24万円を支払え、という部分も書きます。

この2つの請求の趣旨なら、被告は何をやめればいいか分かりますし。裁判所も、何を認めるかを判断できます。何時から何時まで、何をやめればいいかが、はっきり分かります。だから、争うにしても、認めるにしても、方針を決められるんです。裁判所が審判対象を見定められるか、被告が戦い方を決められるか。この2つの物差しさえ持っていれば、どんな請求でも自分で判定できます。

訴状の骨組みを作る

Aの訴えの関係図(3階に住むAが、4階に住むBに対して、床への衝撃行為の禁止と、半年分の慰謝料24万円を求める) 図:Aの訴えの関係図

ここまでの中身を、実際に紙の形に組んでみましょう。訴状には、決まった見出しの並びがあります。表題は「訴状」、その下に作成年月日と、宛先の裁判所を書きます。続いて、当事者の表示と事件名です。そして中心になるのが、第1・請求の趣旨と、第2・請求の原因です。最後に、証拠方法と附属書類を添えます。

訴状の骨組みの板(表題「訴状」・作成年月日・宛先の裁判所/当事者の表示・事件名/第1 請求の趣旨・第2 請求の原因/証拠方法・附属書類) 図:訴状の骨組みの板

  • 表題「訴状」・作成年月日・宛先の裁判所
  • 当事者の表示・事件名
  • 第1 請求の趣旨・第2 請求の原因
  • 証拠方法・附属書類

当事者にAとBの氏名・住所を書き、請求の趣旨にさっきの2つを書きます。請求の原因には、半年前からの経緯や、管理会社に申し入れた事実を書きます。この並びは実務の型で、中身はケースごとに違います。当事者と請求の趣旨で、裁判所への説明が終わります。そして請求の原因で、被告への説明が仕上がるんです。

任意的記載事項——義務なのに却下されない

任意的記載事項の板(規53条1項=請求を理由づける事実を具体的に記載し、争いになりそうな点や判断の手がかりになる周辺の重要な事実・証拠を記載しなければならないと定める。なぜ書くのか=何が争いになるかを早い段階で表に出し、審理を早く濃くするため。必要的との違い=却下〈137条2項〉の対象は134条2項違反だけを指す→規53条は入らず、欠けても却下されない) 図:任意的記載事項の板

訴状には、これまでの3つ以外に、書くよう求められていることが、もう1つあります。民事訴訟規則53条1項には、請求を理由づける事実を具体的に記載したうえで、争いになりそうな点や、判断の手がかりになる周辺の重要な事実、そして立証に使う証拠を、「記載しなければならない」と定められています。請求の原因は、どの権利についての審判かを決めるだけでなく、被告が防御の方針を立てられ、裁判所も何を審理するか分かる程度の事実まで求められるものでした。規則53条1項は、それに上乗せして、その権利を理由づける事実を具体的に書くよう求めています。134条2項の請求の原因と同じ事実を指すこともありますが、根拠になる条文も、求められる具体性の度合いも違うんです。

そこに、からくりがあります。137条1項が対象にしているのは、134条2項に違反した場合、つまり当事者や請求の趣旨・原因が欠けた場合だけです。その不備を裁判長が補正するよう命じて、それでも直らなければ、2項によって訴状が却下されます。書く義務はあっても、書かなくても訴状は却下されません。だから、任意的記載事項と呼ばれるんです。管理会社に何度申し入れたか、という記録などが、それにあたります。訴状に請求の趣旨と原因しか書かれていないと、何が争いになるかは、被告の答弁を待たないと分かりません。ですから、はじめの1枚で争点の見当をつけられるようにしておく。そうすれば、審理を早く、そして濃くできるわけです。例えばAの事案なら、管理会社への申入れの記録を最初から添えておく。そうすると、Bが「一度も苦情を聞いていない」と争うのか、それとも音の程度を争うのかが、早い段階で見えます。

効果でまとめると、必要的記載事項が欠ければ、補正を経て最後は却下されます。任意的記載事項は、欠けても却下にはつながらず、審理が少し遅く、薄くなるだけです。

名前も住所も明かせないとき

秘匿制度の板(社会生活を営むのに著しい支障が生じるおそれの疎明があれば、裁判所は秘匿する旨の裁判ができる〈133条1項〉。裁判所が定めた代わりの事項を書けば、必要的記載事項を満たしたとみなす〈133条5項〉) 図:秘匿制度の板

訴状は被告に伝える紙、という原則がありました。だからこそ、伝えることで人の生活が壊れる場面には、別の書き方が用意されています。住所や氏名を相手に知られると、社会生活を送るのに著しい支障が出るおそれがある。それを疎明できれば、裁判所は秘匿する旨の裁判ができます。133条1項です。一応確からしい、と裁判所に思ってもらう程度の証明です。この場合、裁判所が住所や氏名の代わりになる事項を定めて、それを書けば、必要的記載事項を満たしたとみなされます。133条5項です。この制度の詳しい中身は、別の回でじっくり扱います。

訴状をどう出すか

訴状の提出方法の板(原則=訴状を裁判所に提出する〈132条の10〉。オンライン提出=電子情報処理組織を使い、記載すべき事項をファイルに記録する方法で申立てができる。到達の時点=ファイルに記録された時に裁判所に到達したものとみなす〈132条の10第3項〉) 図:訴状の提出方法の板

ここからは、書き上げた訴状を、どう出すかという話です。原則は、さっき見たとおり、訴状を裁判所に提出することです。これに加えて、132条の10という条文が、電子情報処理組織を使った提出を認めています。オンライン提出は、これから始まる新しい制度ではありません。そこは正確に押さえておきたいところです。この制度は、令和4年の改正で作られ、すでに全面的に始まっています。もともとは、督促手続という別の手続のために作られたシステムを、訴訟一般に広げたものです。書面に書くべき事項を、ファイルに記録する方法で、申立てを行います。そして、ここが実務上とても大事な点です。132条の10第3項です。オンラインで出した場合、ファイルに事項が記録された時に、裁判所に到達したとみなされます。

時効の完成が止まる日や、出訴期限の最終日に、この違いが直接効いてきます。この効果の中身は、また別の回で見ましょう。

オンライン提出は、権利か、義務か

権利か義務かの板(本人訴訟=オンラインは権利、従来どおり書面でもよい。訴訟委任を受けた訴訟代理人=義務〈132条の11第1項1号〉。システム故障など自分の責めに帰することができない事由があるときは義務を課さない〈同条3項〉) 図:権利か義務かの板

では、オンラインで出すことは、義務なんでしょうか、それとも権利なんでしょうか。本人訴訟なら、オンラインは権利です。従来どおり、紙で出しても構いません。ところが、弁護士のように訴訟委任を受けた訴訟代理人には、義務が課されます。

条文民事訴訟法132条の11第1項第1号

民事訴訟法第132条の11第1項第1号(電子情報処理組織による申立て等の特例) 次の各号に掲げる者は、それぞれ当該各号に定める事件の申立て等をするときは、前条第一項の方法により、これを行わなければならない。ただし、口頭ですることができる申立て等について、口頭でするときは、この限りでない。 一 訴訟代理人のうち委任を受けたもの(第五十四条第一項ただし書の許可を得て訴訟代理人となったものを除く。) 当該委任を受けた事件

正確には、少し違います。弁護士だから義務なのではなく。訴訟委任を受けた訴訟代理人だから、義務が課されるんです。簡易裁判所で、裁判所の許可を得て代理人になった人は、この義務から除かれます。弁護士という資格ではなく、委任を受けた訴訟代理人という立場に着目しているんです。訴訟代理人は、日常的に手続を扱う専門家だからです。システムを使いこなせる主体から義務化することで、無理なくアイティー化を進められます。そして、義務にも逃げ道があります。裁判所のシステムが故障するなど、自分の責めに帰することができない事由があるときは、オンラインでできなくても、義務を課されません。

義務があって、しかも例外もある。ここまでセットで理解してください。

訴状は、誰の目を通るのか

審査の流れの板(1.訴状が届く → 2.書記官が担当を割り振る(配布) → 3.割り振られた裁判官、合議体なら裁判長が中身を見る) 図:審査の流れの板

訴状を出したら、それで終わりではありません。まず、裁判所の書記官が、その事件を特定の裁判官や合議体に配布します。どの裁判官がこの事件を担当するかを、割り振る作業です。まったくの無作為ではなく、庁内の分担のルールに従って割り振られます。そうやって割り振られた裁判官が、合議体なら裁判長が、訴状の中身を見ます。審査で何が見られるのか。そこが、今日いちばんの山場です。実は、審査には2つのルートがあります。

訴状審査の2つのルート

訴状審査の2つのルートの対比板(①記載の不備=裁判長が補正を命ずる。直さないと裁判長が命令で却下、不服は即時抗告〈137条〉。②手数料の未納=裁判所書記官が納付を命ずる処分。異議を経てなお納めなければ裁判長が命令で却下、不服は即時抗告〈137条の2第1項・第6項・第7項〉) 図:訴状審査の2つのルートの対比板

  • ①記載の不備=裁判長が補正を命ずる。直さないと裁判長が命令で却下、不服は即時抗告〈137条〉。
  • ②手数料の未納=裁判所書記官が納付を命ずる処分。異議を経てなお納めなければ裁判長が命令で却下、不服は即時抗告〈137条の2第1項・第6項・第7項〉

実は、担当も手続も違います。たとえるなら、中身を読む校閲と、代金を数える窓口を、分けているようなものです。1つ目は、記載の不備です。裁判長が、相当の期間を定めて、補正を命じます。

条文民事訴訟法137条

民事訴訟法第137条(裁判長の訴状審査権) 訴状が第百三十四条第二項の規定に違反する場合には、裁判長は、相当の期間を定め、その期間内に不備を補正すべきことを命じなければならない。 2 前項の場合において、原告が不備を補正しないときは、裁判長は、命令で、訴状を却下しなければならない。 3 前項の命令に対しては、即時抗告をすることができる。

期間内に直らなければ、裁判長が命令で訴状を却下します。不服があれば、即時抗告ができます。2つ目は、手数料の未納です。こちらは、裁判長ではなく、裁判所書記官が担当します。訴額の計算を間違えて、必要な金額より少なく納めてしまった場合などです。書記官が、相当の期間を定めて、納付を命ずる処分をします。137条の2第1項です。それでも払われなければ、まず異議の機会が1週間だけ与えられます。それでも納めなければ、最終的には裁判長が命令で訴状を却下します。137条の2第6項です。こちらも、不服があれば即時抗告です。137条の2第7項です。

記載の不備は、審判の対象が読めるか、という中身の判断です。だから、裁判官である裁判長が見ます。一方、手数料の未納は、決められた金額が払われているかという、計算の話です。性質が違うから、判断する人も、そこに至る手続も、分けているんです。実務では、いきなり補正命令を出す前に、書記官が電話などで直すよう促す運用もあります。民事訴訟規則56条です。命令を出して却下まで進むより、原告にも裁判所にも負担が少ないからです。

訴状却下は、「命令」である

訴状却下命令と訴え却下判決の対比板(訴状却下命令=そもそも訴状が体を成していない、口頭弁論を経ない、不服は即時抗告。訴え却下判決=訴訟要件を欠く、口頭弁論を経た判決、不服は控訴) 図:訴状却下命令と訴え却下判決の対比板

ここは、正確に区別してほしいところです。訴状の却下は、判決でも決定でもなく、命令です。だから、不服申立ての方法も、控訴ではなく即時抗告になります。この2つは、原因からして違います。訴状却下命令は、そもそも訴状が体を成していない場合です。だから、口頭弁論を開くところまで進みません。一方、訴え却下判決は、訴訟要件を欠く場合に出るもので、口頭弁論を経たうえでの判決です。判決・決定・命令という裁判の形の違いは、別の回で本格的に扱います。今日は、訴状の却下が命令であること、だから即時抗告になること。この接続だけを、押さえておいてください。審査を無事に通れば、裁判長は口頭弁論の期日を指定し、当事者を呼び出します。

条文民事訴訟法139条

民事訴訟法第139条(口頭弁論期日の指定) 訴えの提起があったときは、裁判長は、口頭弁論の期日を指定し、当事者を呼び出さなければならない。

この呼出しは、訴状と一緒に被告へ送られる仕組みで実現します。

訴えを起こすと、いくらかかるか

手数料の階段の板(訴額100万円なら1万円、500万円なら3万円、1000万円なら5万円。訴額が上がるほど、1円あたりの負担は軽くなる。プラス定額部分2,500円〈オンラインなら1,400円〉、被告が1人増えるごとに2,000円) 図:手数料の階段の板

ここから、もう1つの山場です。訴えを起こすには、お金がかかります。訴額に応じた手数料があります。訴額100万円なら、1万円です。500万円なら3万円、1000万円なら5万円になります。訴額が上がるほど、1円あたりの負担は軽くなっています。単純な比例のままだと、高額な紛争ほど、事実上訴えられなくなってしまうからです。階段になっていても、請求が大きければ、先に納める額は重くなります。これに加えて、定額の部分もあります。2,500円です。オンラインで申し立てる場合は、1,400円に下がります。被告が2人以上いる場合は、1人増えるごとに2,000円が加算されます。

被告が増えるぶん、裁判所の審理の手間も増えるからです。この階段のおかげで、大きな請求でも訴えを起こしやすくなっています。

郵便料の予納がいらなくなった理由

郵便料の一本化の板(従来は各地裁が定める郵便料を、手数料とは別に納めていた。今は郵便料が手数料の定額部分に一本化された。なぜ=送達がシステム送達に置き換わっていく手続のデジタル化と対になっている。納め方は原則現金) 図:郵便料の一本化の板

印紙とは別に郵便代を納める、というそのイメージは、少し前まで正しかったんです。かつては、書類を送るための郵便料を、各地方裁判所が定める額で、手数料とは別に、あらかじめ納める必要がありました。訴状や呼出状を、当事者に郵送で届けるための費用です。今は、その仕組みが無くなり、さっきの定額部分に一本化されています。送達の仕組みが、少しずつシステム送達に置き換わっていくからです。紙を刷って郵送する必要が減れば、郵便料を別に納めさせる理由も薄れます。紙を刷って送る手間が減るぶん、費用も下がります。納め方についても、触れておきましょう。原則は現金です。書面で申し立てる場合で、やむを得ない事由があるときだけ、申立書に収入印紙を貼ります。

印紙を貼るほうが、今は例外側になっています。

勝っても、その場でお金は戻らない

敗訴者負担と費用確定の板(主文に書かれるのは「訴訟費用は被告の負担とする」という負担の裁判〈誰が負担するかの判断〉だけ。金額を決めるのは別の手続=訴訟費用額の確定〈第一審裁判所の裁判所書記官・71条1項〉。境界=弁護士費用は訴訟費用に含まれない) 図:敗訴者負担と費用確定の板

条文民事訴訟法61条

民事訴訟法第61条(訴訟費用の負担の原則) 訴訟費用は、敗訴の当事者の負担とする。

訴訟費用については、この条文が原則を定めています。Aが勝てば、判決の主文に「訴訟費用は被告の負担とする」と書かれます。その場では戻ってきません。ここが、誤解しやすいところです。主文に書かれるのは、誰が負担するかという判断だけです。この判断のことを、負担の裁判といいます。具体的にいくらか、という金額は、別の手続で決めます。訴訟費用額の確定という手続です。裁判官ではなく、第一審裁判所の裁判所書記官です。71条1項です。当事者の申立てがあって、はじめて動きます。金額の計算は、書記官の仕事なんです。不服があれば、まず異議を出し、その決定に対してさらに即時抗告ができます。

手数料や、書類の作成にかかった費用なども、訴訟費用に含まれます。そして、もう1つ、境界線を引いておきましょう。弁護士費用は、この訴訟費用には含まれません。訴訟費用に何が入るかは、民事訴訟費用等に関する法律という別の法律が、項目を決めています。弁護士に頼むかどうかは当事者が自分で決めることなので、その報酬はその項目に入っていないんです。敗訴者負担の原則には、この輪郭があります。

お金が無い人は、どうするのか

お金が無い人への手当ての対比板(訴訟救助=裁判所が訴訟費用の支払を猶予する。法律扶助=法テラス〈日本司法支援センター〉が弁護士費用等を立て替え、無料相談を行う。裁判を受ける権利を絵に描いた餅にしないための2つの仕掛け) 図:お金が無い人への手当ての対比板

そこに答える制度が、2つ用意されています。1つは、訴訟上の救助です。

条文民事訴訟法82条1項

民事訴訟法第82条第1項(救助の付与) 訴訟の準備及び追行に必要な費用を支払う資力がない者又はその支払により生活に著しい支障を生ずる者に対しては、裁判所は、申立てにより、訴訟上の救助の決定をすることができる。ただし、勝訴の見込みがないとはいえないときに限る。

二重に否定が入っていますね。ここは、丁寧に読む価値があります。「勝てる見込みがある人」だけを対象にしているのではありません。「勝てる見込みが無い、とは言い切れない人」まで対象に含めています。勝ちそうな人だけを助ける制度ではない、というのがポイントです。効果は、費用の支払の猶予です。免除ではありません。勝訴して相手から回収できたら、そこから払います。そして、ここでも弁護士費用は対象外です。敗訴者負担と同じ輪郭です。この判断は、審級ごとに行われます。第一審で救助を受けても、控訴審では改めて申し立てて判断してもらう必要がある、ということです。もう1つの制度が、法律扶助です。総合法律支援法のもとで、日本司法支援センター、通称、法テラスが担っています。ADRの回で、どの機関が自分の紛争に合うかを紹介する窓口として出てきましたね。あの法テラスの、もう1つの顔です。弁護士費用などを立て替えたり、無料の法律相談をしたりします。

担い手が違います。訴訟救助は裁判所が費用の支払を猶予する制度です。法律扶助は、法テラスが弁護士費用を立て替える制度です。対象も担い手も別なので、対比して覚えてください。この2つは、憲法32条が保障する裁判を受ける権利を、絵に描いた餅にしないための仕掛けなんです。

訴状の一生

訴状の一生の板(書く→出す→審査→〈次回〉被告に届く→訴訟係属。この紙が被告の手元に届いてはじめて、訴訟は動き出す) 図:訴状の一生の板

冒頭のAの話に戻りましょう。Aが紙に書くのは、当事者、請求の趣旨、請求の原因の3つだけです。それを、紙かオンラインで出すと、裁判長と書記官という2つの目を通ります。あわせて、訴額に応じた手数料を納めます。どの段階も、二方向を満たしているかを確かめる関門なんです。二方向を満たすまで、この紙は前に進めません。1枚の紙の周りに、今日の話全部がぶら下がっています。ただ、大事な注意点があります。この訴状は、まだ裁判所とAの間にしかありません。この紙がBの手元に届いてはじめて、訴訟は動き出します。

今日の地図(保存版)

まとめの板(軸=裁判所が審判対象を見定められるか、被告が戦い方を決められるか。この軸の上にあるもの=必要的記載事項の3つ・審査の2つのルート・費用とセーフティネット。丸暗記の結論ではなく、この1本の軸を持ち帰る) 図:まとめの板

今日の話を、1本の軸でまとめます。裁判所が審判の対象を見定められるか、被告が戦い方を決められるか。この2つの物差しの上に、必要的記載事項の3つも、審査の2つのルートも、費用とセーフティネットの話も、全部乗っています。そして、そもそも訴えられなければ、この軸も意味を持ちません。だからこそ、お金の壁を崩す仕組みも、あわせて用意されているんです。今日学んだ言葉の一つひとつより、この軸を思い出せることのほうが大事です。この紙がBの手元に届いて、初めて訴訟は動き出します。

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#27単独ページ動画

送達と交付送達の原則・補充送達・差置送達

第1章 訴訟の開始 ㉗/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

送達とは何をする作用か

送達の定義板(送達とは、訴訟に関わる人が、書類の中身を確かに知ることのできる機会を作るために、裁判所が法律の定める方式で書類を交付する作用。以下の全ての節はここへ戻る) 図:送達の定義板

まず、前回の続きを、条文で確認しておきましょう。

条文民事訴訟法138条1項

民事訴訟法第138条第1項(訴状の送達) 訴状は、被告に送達しなければならない。

前回、訴状はこの条文のとおり、被告に送達すると言いました。送達というのは、訴訟に関わる人が、書類の中身を確かに知ることができる。そういう機会を作るために、裁判所が法律で決めた方式で、書類を交付することです。そこが、今日いちばん大事なところです。これから見る制度は、全部この一言に戻ってきます。送達の有効・無効は、本人が実際に読んだかどうかでは決まりません。知る機会を、どこまで作ったか。それだけで決まるんです。

条文民事訴訟法98条

民事訴訟法第98条第1項・第2項(職権送達の原則) 送達は、特別の定めがある場合を除き、職権でする。 2 送達に関する事務は、裁判所書記官が取り扱う。

原告が自分で被告に届けるのではなく、裁判所の責任で届ける、ということです。これを、職権送達主義と呼びます。当事者任せにすると、被告が本当に知る機会を得られるかどうかが、原告の申告の正確さ次第になってしまいます。裁判所が責任を持つことで、知る機会を制度として担保しているんです。送達に関する事務は、裁判所書記官が担当します。ちなみに、送達されるのは訴状そのものではなく、原告が用意した副本です。この条番号だけ、覚えておいてください。民事訴訟規則58条1項です。

誰が届け、記録は誰が作るのか

実施機関と送達報告書の板(事務は裁判所書記官が担当し、実際に届けるのは郵便の業務に従事する者または執行官。出頭した者には書記官が自ら送達できる。届けた者は送達報告書を作成し裁判所に提出する) 図:実施機関と送達報告書の板

前回、訴状は誰に送達すると言いましたか。被告に送達する、でした。では、実際に届けるのは誰でしょうか。

条文民事訴訟法101条

民事訴訟法第101条第1項・第2項(送達実施機関) 書類の送達は、特別の定めがある場合を除き、郵便又は執行官によってする。 2 郵便による送達にあっては、郵便の業務に従事する者を送達をする者とする。

現行法では、郵便の業務に従事する者、つまり郵便配達の担当者か、執行官です。これが本則です。執行官とは、裁判所に所属して、強制執行などの実務を行う職員のことです。もし、当事者が裁判所に出頭してきた場合は、わざわざ郵便を使わなくても、裁判所書記官が自分でその場で送達できます。そして、実際に届けた者には、義務があります。

条文民事訴訟法100条1項

民事訴訟法第100条第1項(送達報告書) 送達をした者は、書面を作成し、送達に関する事項を記載して、これを裁判所に提出しなければならない。

これが、送達報告書です。実施した者が作成し、裁判所に提出します。いつ、どこで、誰に、どんな方法で送達したのかを、記録として残すためです。この記録が無いと、後から送達が有効だったか、誰にも確かめられなくなります。では、ここで1つ、境界線を引いておきましょう。送達には、誤りが起きることがあります。例えば、届けるべき相手を間違えた場合や、決められた方法を使わなかった場合です。この場合、送達は無効になります。ところが、方式のごく細かい部分だけを誤った場合は、扱いが違います。書類は現に本人の手に渡っていて、手続の決まりの細かいところだけを外した、という誤りです。知る機会そのものは、もう作れている。ここが、名宛人や方法の誤りとの分かれ目です。当事者が、その誤りに気づく機会があったのに、遅滞なく異議を述べなければ、その瑕疵は、治癒されます。民事訴訟法90条に定められています。

条文民事訴訟法90条

民事訴訟法第90条(訴訟手続に関する異議権の喪失) 当事者が訴訟手続に関する規定の違反を知り、又は知ることができた場合において、遅滞なく異議を述べないときは、これを述べる権利を失う。ただし、放棄することができないものについては、この限りでない。

異議を述べる権利そのものを失うので、後から問題にできなくなります。例えば、被告が最初の期日に出てきて、何も言わずに、中身の言い分だけを述べて争った。そのあとで、あの送達は方式が違っていた、とは、もう言えません。細かい方式の誤りで、すでに進んだ手続を後から巻き戻さない。手続の安定を守るためです。この責問権の詳しい要件は、また別の回で扱います。今日は、名宛人や方法を誤れば無効、方式だけの誤りなら治癒されうる。この区別を、答案で使える形で押さえられれば十分です。

原則は、本人に直接手渡すこと

交付送達の原則と送達場所の板(送達を受けるべき者本人に直接交付するのが原則。送達場所は住所・居所・営業所・事務所。これらの場所が知れないときは就業場所。当事者・法定代理人・訴訟代理人は送達を受けるべき場所を届け出なければならない) 図:交付送達の原則と送達場所の板

条文民事訴訟法102条の2

民事訴訟法第102条の2(交付送達の原則) 書類の送達は、特別の定めがある場合を除き、送達を受けるべき者に送達すべき書類を交付してする。

ここからが、送達の具体的な方法です。原則は、この条文のとおりです。送達を受けるべき者、つまり被告本人の手に、そのまま渡すのが原則です。知る機会としては、これが一番確実な方法です。では、どこで手渡すのか。場所にも決まりがあります。

条文民事訴訟法103条

民事訴訟法第103条第1項・第2項前段(送達場所) 書類の送達は、送達を受けるべき者の住所、居所、営業所又は事務所(以下この款において「住所等」という。)においてする。ただし、法定代理人に対する書類の送達は、本人の営業所又は事務所においてもすることができる。 2 前項に定める場所が知れないとき、又はその場所において送達をするのに支障があるときは、書類の送達は、送達を受けるべき者が雇用、委任その他の法律上の行為に基づき就業する他人の住所等(以下「就業場所」という。)においてすることができる。

生活の本拠だけでなく、働いている場所も対象になる、ということです。法定代理人への送達は、本人の営業所や事務所でもできます。そして、これらの場所が分からないときや、支障があるときは、就業場所、つまり勤め先で送達することができます。

条文民事訴訟法104条

民事訴訟法第104条第1項・第2項(送達場所等の届出) 当事者、法定代理人又は訴訟代理人は、書類の送達を受けるべき場所(日本国内に限る。)を受訴裁判所に届け出なければならない。この場合においては、送達受取人をも届け出ることができる。 2 前項前段の規定による届出があった場合には、書類の送達は、前条の規定にかかわらず、その届出に係る場所においてする。

さらに、当事者や代理人には、届出の義務もあります。自分がどこで送達を受けたいかを、あらかじめ裁判所に届け出ておくんです。届出があれば、以後の送達は、その場所に送られます。ここで、少し立ち止まって考えてみましょう。もし、この原則を厳格に貫くとしたら、どうなるでしょうか。では、本人が、わざと居留守を使い続けたら。受け取りを避け続ければ、逃げ得になってしまいます。これでは、原告の裁判を受ける権利が、成り立ちません。この問題に、次の制度が答えます。

補充送達・差置送達——会えなくても届けるための手当て

補充送達差置送達の3分岐板(本人に出会う場合は交付送達。出会わないが相当のわきまえのある同居者等に交付できる場合は補充送達。正当な理由なく受領を拒む場合は差置送達。「会えない」と「拒む」を混同しない) 図:補充送達差置送達の3分岐板

ここで、1つ問いを立てておきます。本人が受け取りを拒んだら、その場に書類を置いてくることはできるでしょうか。では、本人が単に留守で、会えないだけなら、どうでしょう。この違いを、条文で確認しましょう。

条文民事訴訟法106条

民事訴訟法第106条第1項・第3項(補充送達・差置送達) 就業場所以外の書類の送達をすべき場所において送達を受けるべき者に出会わないときは、使用人その他の従業者又は同居者であって、書類の受領について相当のわきまえのあるものに書類を交付することができる。郵便の業務に従事する者が日本郵便株式会社の営業所において書類を交付すべきときも、同様とする。 3 送達を受けるべき者又は第一項前段の規定により書類の交付を受けるべき者が正当な理由なくこれを受けることを拒んだときは、書類の送達をすべき場所に書類を差し置くことができる。

1項が、補充送達です。要件は、本人に出会わないときです。そこが、狙われやすいところです。要件は、会えないこと。拒んだことではありません。会えないときに、代わりに交付できる相手は、使用人や従業者、同居者です。ただし、誰でもいいわけではありません。書類の受領について、相当のわきまえのある人に限られます。書類を受け取ることの意味を、理解できる能力のことです。例えば、幼い子どもは、受け取った紙の重要性を理解できません。だから、含まれません。年齢だけで機械的に決まるものではありません。その子の理解力次第です。3項が、差置送達です。こちらは、正当な理由なく受け取りを拒んだときが要件です。この場合は、送達すべき場所に、書類を置いてくることができます。

会えないときと拒んだときを、この条文は分けています。そして、どちらの場合でも、名宛人は変わりません。あくまで、送達を受けるべき者、つまり被告本人です。同居者は、受け取る役目を果たすだけで、送達を受ける当事者本人ではないんです。ここまでは、住所や居所といった、ふつうの送達場所での話でした。

就業場所の特則の板(就業場所での補充送達は出会わない場合において拒まないときに交付できる。自宅(1項)に無い「拒まない」が上乗せされる。差し置けるのは本人と1項の受領者だけで、職場の人に拒まれたら、もう交付できない。趣旨は本人のプライバシーと職場での立場を守ること。裁判所書記官は就業場所での補充送達を本人に通知する) 図:就業場所の特則の板

就業場所では、少しだけルールが違います。

条文民事訴訟法106条2項

民事訴訟法第106条第2項(就業場所での補充送達) 就業場所(第百四条第一項前段の規定による届出に係る場所が就業場所である場合を含む。)において送達を受けるべき者に出会わない場合において、第百三条第二項の他人又はその法定代理人若しくは使用人その他の従業者であって、書類の受領について相当のわきまえのあるものが書類の交付を受けることを拒まないときは、これらの者に書類を交付することができる。

自宅では、拒むかどうかは、要件になっていません。同居者が拒んでも、正当な理由がなければ、さっきの差置送達で、置いてこられます。ところが就業場所では、拒まないことが、条文の要件そのものです。しかも3項で差し置けるのは、本人と、1項で受け取る人だけ。職場の人に拒まれたら、もう交付できません。職場の人にまで、私生活に関わる訴訟書類を無理やり押しつけると、本人のプライバシーや、職場での立場を、傷つけかねないからです。そして、就業場所での補充送達には、もう1つ、追加の手当てがあります。

条文民事訴訟規則43条

民事訴訟規則第43条(就業場所における補充送達の通知) 法第百六条(補充送達及び差置送達)第二項の規定による補充送達がされたときは、裁判所書記官は、その旨を送達を受けた者に通知しなければならない。

就業場所で補充送達がされたら、裁判所書記官は、その旨を本人に通知しなければなりません。就業場所だけの、追加の手当てです。職場を巻き込むぶん、本人に念のため知らせる、という設計になっています。ここで、なぜこんな制度があるのか、趣旨を確認しておきましょう。もし、交付送達をあくまで厳格に貫くと、どうなりますか。さっき見たとおり、本人が会わなければ、訴訟が始まりませんでした。それは、相手方、つまり原告の権利を奪うことになります。交付送達を貫くと、円滑な手続の進行が、阻害されてしまうんです。だから、被告本人が直接受け取れなくても、一定の要件のもとで、送達を完了させます。これは、両方の当事者の手続保障のバランスを取るための制度なんです。

前提が崩れるとき——冒頭事案に戻る

補充送達の前提と崩壊の板(補充送達は「同居者等に渡せば遅滞なく本人に届く」という前提の上に立つ。この前提が崩れるのは、受送達者と同居者等との間に、その訴訟に関して事実上の利害対立があるとき) 図:補充送達の前提と崩壊の板

ここで、冒頭の事案に戻りましょう。補充送達という制度は、1つの前提の上に立っています。同居者等に渡せば、遅滞なく本人に届くはずだ、という前提です。ところが、この前提が崩れる場面があります。

自前事案の関係図・受領はしたが渡さない板(A・消費者金融がB・被告に貸金返還を求めて提訴。訴状はB宅でC・Bの同居する兄が受領。CはBに無断で借りていた事情を隠すため、受け取った訴状をBへ渡さなかった) 図:自前事案の関係図・受領はしたが渡さない板

受送達者、つまり送達を受けるべき本人と、受け取った同居者との間に、その訴訟に関して、事実上の利害の対立があるときです。CとBは、この訴訟をめぐって、利害が対立しています。Cが訴状をBに渡せば、Bは無断の借入れを知ってしまいます。ここで、多くの人が、こう考えます。前提を欠いているのだから、そもそも補充送達自体が、無効なのではないか。

判例最高裁決定(平成19年3月20日・民集61巻2号586頁)

補充送達は有効——事実上の利害対立があるにすぎない場合 受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた同居者等が……その訴訟に関して受送達者との間に事実上の利害関係の対立があるにすぎない場合には、当該同居者等に対して上記書類を交付することによって、受送達者に対する送達の効力が生ずるというべきである。

ところが、判例は違います。補充送達自体は、有効だとしています。事実上の利害の対立が「あるにすぎない場合」には、補充送達の効力は生じる。これが、判例の立場です。ここが、この回でいちばん大事な理由づけです。もし、送達の効力を、後から分かる個別の家庭の事情で覆すとしたら、どうなりますか。外から見えない事情で効力が変わるとしたら、誰が見ても外形で判定できる、という手続の安定が、失われてしまいます。だから、送達の効力という入口は、外から見える形で決め切ります。そのかわり、実際に本人が知らないまま不利益を受けたときのために、別の出口を、用意しているんです。決めているのは、本人が実際に読んだかどうかではありません。知る機会を、どこまで作ったか。ここでも、その物差しが働いています。

それでも救われる道——再審事由

入口は外形出口は個別事情の板(送達の効力=入口は外形で決め切る。実際に本人が知らないまま判決が確定した場合の救済=出口で個別事情を見る。両方をあきらめない仕組み) 図:入口は外形出口は個別事情の板

この決定には、もう1つ、見落としてはいけない留保があります。今の判旨は「事実上の利害関係の対立があるにすぎない場合」に限った話です。もし、その同居者が、訴訟の相手方当事者そのもの、あるいはそれと同じに見てよい立場だったら、この決定の対象からは、外れます。例えば、Bを訴えている原告本人が、たまたまBの同居者でもあった、というような場合です。この場合にまで補充送達を有効としてしまうと、自分で自分に送達したのと、変わらなくなってしまいます。これは、利害が対立する双方を同じ人に代表させない、自己契約と双方代理を禁じる民法108条と同じ発想です。

ですから、利害対立には2段階あります。1つは、同居者が相手方当事者そのもの、またはこれと同視できる立場にある場合。これは、この決定の対象外です。もう1つは、事実上の利害が対立するにすぎない場合。こちらは、今見たとおり有効で、救済は再審に委ねられます。確定してしまった判決を、もう一度審理しなおしてもらう手続です。冒頭の事案のCは、Bの兄であって、Aの側の人間ではありません。だから、後者の場面にあたります。この2段階を混同すると「同居者に渡せば、いつでも有効」と誤解してしまいます。そして、判例はもう1つ、別の判断も引いています。同居者等に交付すれば、その時点で送達の効力は生じ。その後、実際に本人へ交付されたか、その事実を告げたかは、送達の効力そのものには、影響しません。

これが、さっきの「入口は外形で決め切る」の根拠になっています。

判例最高裁決定(平成19年3月20日・民集61巻2号586頁)

補充送達は有効でも、再審事由の存否は別に判断する 本件訴状等の送達が補充送達として有効であるからといって、直ちに民訴法338条1項3号の再審事由の存在が否定されることにはならない。同事由の存否は、当事者に保障されるべき手続関与の機会が与えられていたか否かの観点から改めて判断されなければならない。……当事者の代理人として訴訟行為をした者が代理権を欠いた場合と別異に扱う理由はないから、民訴法338条1項3号の再審事由があると解するのが相当である。

代理人のはずの人が、実は代理権を持っていなかった場合、判決には重大な瑕疵があります。それと同じくらい、本人が手続に関わる機会を奪われている、という考え方です。注意してほしいのは、この決定は「適用する」とも「類推適用する」とも言っていません。代理権を欠いた場合と、別異に扱う理由がないから、再審事由がある。この言い回しのまま、受け取ってください。判旨の言葉そのものが、答案でいちばん強い武器になります。では、冒頭の事案に、あてはめてみましょう。Cへの補充送達自体は、有効です。しかし、Cは実際にBへ渡さず、Bは訴訟提起の事実を知らないまま判決が確定しました。

Bには、判決の確定後でも、再審という道が残されています。

今日の地図(保存版)

知る機会の物差しの板(送達の有効性は本人が実際に読んだかどうかでは決まらず、知る機会をどこまで作ったかで決まる。入口=送達の効力は外形で決め切り、出口=再審などの救済で個別事情を見る。本人の手→わきまえのある同居者等の手→その場に置く、という段階をここまで見た) 図:知る機会の物差しの板

今日見てきたことを、1本の軸でまとめておきましょう。送達は、本人が実際に読んだかどうかで決まるのではありません。知る機会を、どこまで作ったかで決まります。本人に直接渡す、交付送達。会えなければ、同居者等に託す、補充送達。拒まれれば、その場に置く、差置送達。この3段階を、今日は見てきました。そして、もう1つ、大事な形がありました。送達の効力という入口は、外から見える形で決め切ります。そのかわり、本当に知らなかった本人のために、再審という出口を別に用意しています。一方をあきらめずに、両方を成り立たせる設計になっているんです。最後に、1つだけ確かめておきましょう。本人に会えないとき、同居者に書類を渡して送達を完了させられる条件は、何でしたか?

書類の受領について、相当のわきまえがあること、でした。年齢ではなく、受け取る意味が分かるかどうかでしたね。ここから先は、誰の手にも渡っていないのに届いたことにする制度に入ります。

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#28単独ページ動画

付郵便送達・公示送達とシステム送達

第1章 訴訟の開始 ㉘/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

付郵便送達——発送すれば足りる

付郵便送達の要件と効果の板(補充送達・差置送達の方法で送達できない場合、書記官が書留郵便等に発送できる。発送の時に送達があったものとみなす。到達した時ではない) 図:付郵便送達の要件と効果の板

前の回で見たここまでの3つは、書類を受け取る人が、現にその場にいました。本人に渡す交付送達、同居者等に託す補充送達、拒まれればその場に置く差置送達。ここから先は、その相手が誰もいないのに、届いたことにする制度です。まず、付郵便送達です。

条文民事訴訟法107条3項

民事訴訟法第107条第3項(付郵便送達の効力発生時期) 前二項の規定により書類を書留郵便等に付して発送した場合には、その発送の時に、送達があったものとみなす。

ここが、短答で狙われるところです。受送達者が実際に受け取ったかどうかにかかわらず。発送した、その時点で、送達があったものとみなされます。ここから先は「知る機会」の作り方が、一段、間接的になります。直接渡す手は、もう尽きています。だから、分かっている住所に発送したこと自体を、知る機会を作ったものとして扱うんです。発送できる場面は限られています。補充送達や差置送達では送達できない場合です。書記官が、書留郵便などに付して発送します。Eの住所までは分かったけれど、何度訪ねても不在で、同居者もいない。その段階です。そこで書記官が、その住所あてに書留郵便を発送すれば、その時点で送達があったことになります。そして、107条1項には、大事なかっこ書があります。

条文民事訴訟法107条1項

民事訴訟法第107条第1項かっこ書(システム送達がある場合の除外) 第百九条の二の規定により送達をすることができる場合を除く。

システム送達ができるなら、付郵便送達は使えない、という意味です。システム送達というのは、裁判所のシステムに書類を上げて、本人に通知を送る方法です。詳しくは、この回の後半で見ます。覚えておいてほしいのは、付郵便送達は、他の方法が尽きたときの手段だということです。

条文民事訴訟規則44条

民事訴訟規則第44条(付郵便送達の通知義務) 法第百七条(書留郵便に付する送達)第一項又は第二項の規定による書留郵便に付する送達をしたときは、裁判所書記官は、その旨及び当該書類について書留郵便に付して発送した時に送達があったものとみなされることを送達を受けた者に通知しなければならない。

そして、この場合も、書記官には通知の義務があります。送達をした旨と、発送した時に送達があったとみなされること。この2つを、本人に知らせなければなりません。ここまで来ると、本人はまだ、何も受け取っていません。それでも、送達は完了したことになっています。

公示送達——最後の手段

公示送達の要件の板(住所等が知れない場合、または付郵便送達ができない場合に、裁判所書記官が申立てにより公示送達をすることができる。合理的な手段を尽くしても所在が分からないときの最後の手段) 図:公示送達の要件の板

付郵便送達すら使えないほど、住所も分からなくなったら、どうなるでしょうか。そこで登場するのが、公示送達です。Eの住所も勤め先も最後まで分からなければ、Dはこの公示送達で訴えを起こせます。

条文民事訴訟法110条1項

民事訴訟法第110条第1項(公示送達の要件) 次に掲げる場合には、裁判所書記官は、申立てにより、公示送達をすることができる。 一 当事者の住所、居所その他送達をすべき場所が知れない場合(第百九条の二の規定により送達をすることができる場合を除く。) 二 第百七条第一項の規定により送達をすることができない場合 三 外国においてすべき書類の送達について、第百八条の規定によることができず、又はこれによっても送達をすることができないと認めるべき場合 四 第百八条の規定により外国の管轄官庁に嘱託を発した後六月を経過してもその送達を証する書面の送付がない場合

1号は、住所などが分からない場合。2号は、付郵便送達すらできない場合です。1号にもあります。システム送達ができるなら、公示送達も使わせない、ということです。この点は、後でまとめて説明します。3号と4号は、外国での送達に関するものです。名前だけ、押さえておいてください。公示送達は、原則として申立てによりますが、訴訟の遅滞を避けるため必要なら、職権で命じることもできます。そして、同じ当事者に対する2回目以降の公示送達は、原則として職権でします。ただし、外国での送達に関する4号の場合だけは、この限りではありません。公示送達は、合理的な手段を尽くしても、所在が分からないときの、最後の手段です。

公示送達の方法——2つを同時にとる

111条の構造の板(不特定多数の者が閲覧できる状態に置く措置は最高裁判所規則で定める方法によるウェブ公示。かつ書面を裁判所の掲示場に掲示し、または裁判所に設置した端末で閲覧できる状態にする措置。この両方をとる。1号2号は書類か電磁的記録かの区分) 図:111条の構造の板

では、公示送達の方法を、条文で確認しましょう。

条文民事訴訟法111条

民事訴訟法第111条(公示送達の方法) 公示送達は、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める事項を最高裁判所規則で定める方法により不特定多数の者が閲覧することができる状態に置く措置をとるとともに、当該事項が記載された書面を裁判所の掲示場に掲示し、又は当該事項を裁判所に設置した電子計算機の映像面に表示したものの閲覧をすることができる状態に置く措置をとることによってする。 一 書類の公示送達 裁判所書記官が送達すべき書類を保管し、いつでも送達を受けるべき者に交付すべきこと。 二 電磁的記録の公示送達 裁判所書記官が、送達すべき電磁的記録に記録された事項につき、いつでも送達を受けるべき者に第百九条の書面を交付し、又は第百九条の二第一項本文の規定による措置をとるとともに、同項本文の通知を発すべきこと。

ここは、正確に読む価値があります。この条文が定める措置は、実は2つあって、両方を同時にとります。1つは、最高裁判所規則で定める方法で、不特定多数の人が見られる状態に置く措置。これは、裁判所のウェブサイトでの公示のことです。その事項を書いた書面を、裁判所の掲示場に掲示するか。または、裁判所に置いた端末の画面で見られる状態に置く措置です。「または」で結ばれているのは、この掲示か端末閲覧かの部分だけです。ウェブ公示のほうは「とともに」で結ばれていて、必ずセットで行います。片方だけでは足りません。公示送達は、本人が自分で気づいてくれることに賭ける、最後の手段だからです。ウェブ公示だけなら、全国どこからでも探せますが、ネットを見ない人は気づけません。掲示場や端末だけなら、その裁判所まで足を運んだ人しか、見ることができません。どちらか一方では、気づけたはずの人を取りこぼします。だから2つを重ねて、知る機会を広げているんです。

紙の書類の公示送達か、電磁的記録、つまり電子データの公示送達かの区分です。掲示場とウェブサイトを1号2号で分けているわけではありません。そこを取り違えると、短答で足をすくわれます。では、この措置は、いつから効力を持つでしょうか。

条文民事訴訟法112条1項

民事訴訟法第112条第1項(公示送達の効力発生時期) 公示送達は、前条の規定による措置を開始した日から二週間を経過することによって、その効力を生ずる。ただし、第百十条第三項の公示送達は、前条の規定による措置を開始した日の翌日にその効力を生ずる。

「送達の日から2週間」ではないんですね。「111条の措置を開始した日」から2週間です。今の公示送達は、掲示だけでなく、ウェブ公示も同時に始まります。だから、起算点も「措置を開始した日」という言い方になっているんです。そして、2回目以降の公示送達は、翌日に効力が生じます。すでに1回、公示送達を経験しているからです。なお、この期間は、短縮することができません。

新しい原則——システム送達

システム送達の仕組みの板(送達すべき電磁的記録につき閲覧または記録ができる措置をとり、その旨を通知する方法により送達できる。ただし送達を受ける旨の届出をしている場合に限る) 図:システム送達の仕組みの板

ここまでは、これまでもある方法です。ここからは、新しく加わった方法、システム送達です。まず、原則を確認しておきます。オンラインで提出された訴状であっても、送達自体は、ファイルに記録された事項を印刷して作った書面で行うのが原則です。オンラインで出しても届くのは書面、というのが109条の原則です。ただし、例外があります。

条文民事訴訟法109条の2第1項

民事訴訟法第109条の2第1項(電磁的記録の送達) 電磁的記録の送達は、前条の規定にかかわらず、最高裁判所規則で定めるところにより、送達すべき電磁的記録に記録されている事項につき次条第一項第一号の閲覧又は同項第二号の記録をすることができる措置をとるとともに、送達を受けるべき者に対し、最高裁判所規則で定める電子情報処理組織を使用して当該措置がとられた旨の通知を発する方法によりすることができる。ただし、当該送達を受けるべき者が当該方法により送達を受ける旨の最高裁判所規則で定める方式による届出をしている場合に限る。

少し長いですが、やっていることは単純です。閲覧か、記録、つまりダウンロードができる措置をとって、その措置をとったことを、本人に通知する。これが、システム送達です。この方法を使うには、原則として、本人があらかじめ届け出ている必要があります。では、この措置は、いつ効力を生じるでしょうか。

条文民事訴訟法109条の3

民事訴訟法第109条の3第1項・第2項(システム送達の効力発生時期) 前条第一項の規定による送達は、次に掲げる時のいずれか早い時に、その効力を生ずる。 一 送達を受けるべき者が送達すべき電磁的記録に記録されている事項を最高裁判所規則で定める方法により表示をしたものの閲覧をした時 二 送達を受けるべき者が送達すべき電磁的記録に記録されている事項についてその使用に係る電子計算機に備えられたファイルへの記録をした時 三 前条第一項本文の通知が発せられた日から一週間を経過した時 2 送達を受けるべき者がその責めに帰することができない事由によって前項第一号の閲覧又は同項第二号の記録をすることができない期間は、同項第三号の期間に算入しない。

3つのうち、いちばん早い時、というのがポイントですね。閲覧した時、記録、つまりダウンロードした時、そして、通知が発せられてから、1週間を経過した時。その1週間の経過で、送達があったことになります。開かなくても、です。通知から3日目に開いたなら、その3日目に、送達の効力が生じます。閲覧した時のほうが早いからです。ここは、数字を入れ替えて出題されやすいところです。通知から2週間、と覚えていると、間違えます。1週間です。そして、自分のせいではない事情で閲覧や記録ができなかった期間は、この1週間には、算入されません。

効力発生時期の対比板(付郵便送達=書留郵便等に付して発送した時。公示送達=111条の措置を開始した日から2週間、2回目以降は翌日。システム送達=閲覧した時・記録した時・通知が発せられた日から1週間を経過した時のいずれか早い時。3つとも本人が読まなくても効力が生じる) 図:効力発生時期の対比板

ここで、今日出てきた3つを、効力が生じる時点だけで並べておきましょう。起算点も長さも違いますが、3つとも、本人が読まなくても効力が生じる点は同じです。なお、弁護士が訴訟代理人になっている場合には、このシステム送達を受ける届出は義務です。132条の11第2項です。

条文民事訴訟法109条の4第1項

民事訴訟法第109条の4第1項(届出なきシステム送達) 第百九条の二第一項ただし書の規定にかかわらず、第百三十二条の十一第一項各号に掲げる者に対する第百九条の二第一項の規定による送達は、その者が同項ただし書の届出をしていない場合であってもすることができる。この場合においては、同項本文の通知を発することを要しない。

訴訟代理人になった弁護士について、届出が抜けていても、送達の手続自体は、裁判所の側で進めることができます。この場合は、通知を発する必要もありません。弁護士には届出の義務があり、裁判所には届出が無くても送達できる権限がある。弁護士は、132条の11第1項で、オンラインでの申立て自体を義務づけられている側です。システムを使う前提が制度としてある以上、届出という形式が抜けても、閲覧の機会は現に作れます。逆に、届出が無ければ送達できないとすると、届出を怠った側が、かえって手続を止められることになります。この非対称を、正確に押さえておいてください。逆に、被告が訴状の送達を受ける前から、この届出をしていた場合は、副本による通常の送達ではなく、この方法によります。規則58条2項です。

なぜシステム送達が割り込むのか

擬制送達とシステム送達の関係板(107条1項かっこ書はシステム送達ができる場合に付郵便送達を除く。110条1項1号かっこ書はシステム送達ができる場合に公示送達を除く。知る機会を安く作れるようになった分だけ、擬制で済ませてよい範囲が狭くなった) 図:擬制送達とシステム送達の関係板

ここで、さっき見た2つのかっこ書を、思い出してください。どちらも「システム送達をすることができる場合を除く」という中身でした。つまり、システム送達が使える場面では、付郵便送達も、公示送達も、使うことができません。Eは、システム送達を受ける届出をしていません。だから、システム送達は使えません。使えない以上、このかっこ書は働かず、Dは公示送達に進むことができます。逆に、Eがあらかじめ届出をしていたら、さっき見た規則58条2項の場面です。その場合はシステム送達ができますから、Dは、もう公示送達を使うことができません。

なぜ、こんな優先順位になっているんでしょうか。確実だから、というのは近い発想です。ITの進歩で、閲覧した、ダウンロードしたという事実を、安く、確実に記録できるようになりました。だから、本人が知る機会を、これまでより低いコストで作れるようになったんです。知る機会を安く作れるようになった分だけ。本人が知らない前提で済ませてよい範囲を、法は狭くしました。送達は、知る機会をどこまで作ったかで決まる。システム送達は、その機会をより確実に、より安く作れる新しい原則なんです。

擬制送達の運用と、悪用への歯止め

擬制送達の運用の板(付郵便送達・公示送達は被告が訴訟係属を知りえないことを制度として織り込んでいる。原告の「所在不明」という回答をどこまで信用してよいかが実務の問題になる) 図:擬制送達の運用の板

付郵便送達や公示送達は、訴訟が現に起きていること、つまり訴訟の係属を、被告が知らないことを、制度としてあらかじめ織り込んでいます。これを、送達の擬制と呼びます。ここで、実務上の問題が出てきます。書記官は、原告が「被告は所在不明です」と言えば、それをそのまま信じてよいのでしょうか。それとも、調査報告書のような、積極的な資料まで求めるべきでしょうか。ここで、判例を1つ見ます。書記官が就業場所は不明だと判断して、付郵便送達をした事案です。

判例最高裁判決(平成10年9月10日・判例時報1661号81頁)

就業場所の認定は、書記官の裁量に委ねられる 受送達者の就業場所の認定に必要な資料の収集については、担当裁判所書記官の裁量にゆだねられているのであって、担当裁判所書記官としては、相当と認められる方法により収集した認定資料に基づいて、就業場所の存否につき判断すれば足りる。

この判例が答えを出しています。全面的な追加調査までは、要りません。ただし、相当と認められる方法で集めた資料に基づいて、判断すれば足ります。事後に、実は就業場所が存在していたと分かった場合でも。

判例最高裁判決(平成10年9月10日・判例時報1661号81頁)

認定資料の収集に裁量権の逸脱が無ければ適法 担当裁判所書記官が、受送達者の就業場所が不明であると判断して付郵便送達を実施した場合には、受送達者の就業場所の存在が事後に判明したときであっても、その認定資料の収集につき裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くなどの事情がない限り、右付郵便送達は適法であると解するのが相当である。

資料の集め方に、裁量権を逸脱した点や、判断が不合理だった点が無い限り。その付郵便送達は、適法だとされます。全面的な調査まで義務づければ、所在の分からない被告に対しては、訴え自体が事実上起こせなくなります。かといって、集め方を問わないとすると、被告は知らないうちに負けかねません。だから、相当と認められる方法で集めたか、というところに線が引かれています。この書記官の裁量という考え方は、公示送達の「所在不明」の判断にも及ぶとされています。ただし判例そのものは、今見たとおり就業場所についての判断です。そこは正確に押さえてください。とはいえ、原告に悪用される可能性は、なくなりません。所在不明や就業場所不明という回答が、事実と違っていたら、被告は、訴訟が起きたことを知らないまま、敗訴してしまいます。

悪用されて、手続に関わる機会が奪われたときの救済も、同じです。1つは、上訴の追完です。97条に定めがあります。本人の責任とはいえない事情で上訴の期間を守れなかった人が、その上訴を後から認めてもらう方法です。判決の確定前に間に合えば、この方法が使えます。詳しい中身は、また別の回で扱います。もう1つは、再審です。338条1項3号に定めがあります。判決が確定した後の救済で、こちらも、詳しい手続は別の回に譲ります。同居の家族が渡さなかった、あの事案も、この救済の必要性を示していました。ここで、前の回で見た、入口と出口を分ける形を、もう一度思い出してください。

入口は外形出口は個別事情の板(付郵便送達・公示送達も、要件を満たせば外形上は有効。実際には知らなかった被告のために、上訴の追完・再審という出口が別に用意されている) 図:入口は外形出口は個別事情の板

どう同じですか。送達が有効かどうかという入口は、外から見える形で決め切って。実際に知らなかった被告のためには、出口を別に用意する、というところです。付郵便送達も、公示送達も、要件を満たせば、外形上は有効です。そのかわり、本当に知らなかった被告のために、上訴の追完と再審という出口を、きちんと別に用意しているんです。この形が、前の回と今日で、2回、姿を変えて出てきました。

今日の地図(保存版)

知る機会の段階の一覧板(前の回で見た交付送達・補充送達・差置送達は、書類を受け取る人が現にその場にいた。今日見た付郵便送達・公示送達は、その相手がいないまま発送や掲示だけで済ませる。その手前にシステム送達が割り込み、擬制で済ませてよい範囲を狭くしている) 図:知る機会の段階の一覧板

今日見てきた方法を、前の回からの続きとして並べておきましょう。前の回で見た、本人に渡す交付送達、同居者等に託す補充送達、拒まれればその場に置く差置送達。どれも、書類を受け取る人が、現にその場にいました。その場に誰もいなければ、発送しただけで済ませる、付郵便送達。そして、掲示とウェブ公示だけで済ませる、公示送達。この2つが、今日、新しく加わりました。知る機会を安く確実に作れる場面では、擬制の手段には進ませません。どの段階も「本人が実際に読んだか」ではなく。「知る機会を、どこまで作ったか」で、届いたことにしてよいラインが引かれています。そして、どこまで段階を工夫しても、実際に届かないことは、なくなりません。だから、上訴の追完や、再審という出口が、別に用意されているんです。

今日、持ち帰ってほしいのは、方法の一覧ではありません。知る機会をどこまで作れば、届いたことにしてよいか、というこの物差しです。訴状が届いたことになった瞬間に、訴訟は正式に始まったことになります。この回の話は、いつ裁判が始まったかを決める話でもあった、ということです。その「訴訟の係属」がいつ生まれ、何をもたらすのかは、次の回で正面から扱います。

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#29単独ページ動画

訴訟係属と二重起訴の禁止

第1章 訴訟の開始 ㉙/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

訴訟係属とは何か——送達で始まる

訴訟係属の定義と発生時点の板(訴えが提起され、訴状審査を経て事件が受理され、特定の裁判所で当事者間の特定の事件が審判される状態を訴訟係属という。発生時点は訴状が被告に送達された時。提出した時ではない) 図:訴訟係属の定義と発生時点の板

まず、今日の主役になる言葉を確認します。「訴訟係属」です。ある事件が、特定の裁判所で、当事者どうしの争いとして、現に審理されている状態のことです。訴状を提出した時点で、もう係属していると思われがちですが、そこが間違えやすいところです。訴訟係属が始まるのは、訴状を提出した時ではありません。訴状が、被告に送達された時です。訴状を出してから、裁判長の審査を経て、受理され、相手に届く。この最後の一歩で、初めて係属が生まれます。訴訟は、原告と被告が裁判所をはさんで向き合う形で進みます。被告が訴えの存在を知らないうちは、その向き合う関係が、まだできていません。送達で初めて、被告に、応じるかどうかを決める機会が開きます。そこから先が、争いとして現に審理されている状態です。前回、訴状が相手に届いたことにするやり方を見ましたが、どんな形がありましたか?

手渡しのほか、同居の人に渡す形、正当な理由なく拒まれたときに置いてくる形、発送で足りる形、それに掲示による形と、システムを使う形でした。あの手続の線が、ここで初めて効果に変わります。

訴訟係属の2つの効果、そして2つの基準時

訴訟係属の効果の板(実体法上の効果=時効の完成猶予。訴訟法上の効果=関連裁判籍7条・重複訴訟の禁止142条。時効の完成猶予の基準時は訴え提起の時。訴訟係属の発生時点である送達の時とは異なる) 図:訴訟係属の効果の板

訴訟係属が生まれると、2種類の効果が発生します。1つは、実体法上の効果です。時効の完成が、猶予されます。時効が完成してしまうことを防ぐための効果が、時効の完成猶予です。

条文民法147条1項

民法第147条第1項柱書・第1号(裁判上の請求等による時効の完成猶予及び更新) 次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。 一 裁判上の請求

ここで、注意してほしいことがあります。この時効の完成猶予は、訴えを提起した時から生じます。時効の完成猶予の基準時と、送達の時は、別物です。訴訟係属そのものが始まるのは送達の時。時効の完成猶予が始まるのは、訴えを提起した時。同じ回の中に、基準時が2つ出てきます。ここを混ぜないでください。提起した時点で、権利を行使する意思は、もう裁判所に表れているからです。送達が遅れたことの不利益を、原告に負わせる必要はありません。もう1つは、訴訟法上の効果です。1つは、関連裁判籍。すでに係属している訴訟に関連づけて、別の請求についても管轄が認められる制度です。条文は7条ですが、中身はすでに扱った管轄の回のものと同じです。もう1つが、今日の本題、重複訴訟の禁止です。142条に定めがあります。

142条——なぜ、重ねて訴えられないのか

142条の要件・趣旨・効果の板(裁判所に係属する事件について、当事者はさらに訴えを提起できない。趣旨は3つ。審理の重複による訴訟不経済・被告の応訴負担・矛盾した判決による混乱の防止。効果は後訴の却下) 図:142条の要件・趣旨・効果の板

ここで、さきほどの事案に戻ります。AがBに100万円を貸し、返してもらえないので、東京地方裁判所に返還を求める訴えを起こした。その裁判が続いている間に、同じ100万円で水戸地方裁判所にも訴えた——この形でした。条文を見てみましょう。

条文民事訴訟法142条

民事訴訟法第142条(重複する訴えの提起の禁止) 裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することができない。

短いですが、この後の話は全部、この条文の読み方にかかっています。まず、なぜこの禁止があるのか。理由は3つあります。1つ目は、同じ事件を2つの裁判所が審理すると、労力が重複して、訴訟経済に反すること。2つ目は、被告が2つの手続に応じなければならず、負担が増えること。3つ目は、両方の裁判所が違う判断をしてしまうと、矛盾した2つの判決が生まれかねないことです。だから、効果はこうなります。重ねて提起されたほうの訴え、つまり後から出した訴えを、不適法として却下します。先に生きている手続をそのまま使えば足りるので、後から割り込んだほうを消す、という考え方です。冒頭のAで言えば、先に起こした東京地裁の訴えは残り、後から起こした水戸地裁の訴えが却下されます。

同じ事件とは何か——当事者の同一性

当事者の同一性の板(142条の係属する事件とは、当事者と請求の双方が同一の事件をいう。原告と被告の地位が入れ替わっていても当事者は同一とみる。115条1項により確定判決の効力を受ける者も当事者と同一に扱う) 図:当事者の同一性の板

ここまでは「同じ事件」という言葉を、当たり前のように使ってきました。ここからは、何をもって同じ事件とみるかを、正確に見ていきます。事件の同一性は、当事者が同じかどうかと、請求が同じかどうか、この両方で判断します。AがBを訴えている間に、Bのほうから、Aを訴え返したとします。原告と被告が、入れ替わっています。原告と被告の立場が入れ替わっても、別の事件にはなりません。当事者は同一とみます。両方の手続が最後まで進んでしまうと、片方はAの言い分を認め、もう片方はBの言い分を認める、という矛盾した判決が出かねないからです。立場が入れ替わっていても、同じ紛争を裏表から見ているだけなら、当事者は同一です。さらに、当事者の同一性は、もう一歩広がります。

条文民事訴訟法115条1項

民事訴訟法第115条第1項(確定判決等の効力が及ぶ者の範囲) 確定判決は、次に掲げる者に対してその効力を有する。 一 当事者 二 当事者が他人のために原告又は被告となった場合のその他人 三 前二号に掲げる者の口頭弁論終結後の承継人 四 前三号に掲げる者のために請求の目的物を所持する者

中身の詳しい話は、別の回で扱います。今日は、この条文が言っていることを、1つだけつかんでおいてください。訴訟の当事者になっていなくても、確定判決の効力を受ける立場にある人は、当事者と同じに扱われる、ということです。そういう場面が、実際にあります。債権者代位訴訟です。

債権者代位訴訟の関係図(債権者Cは、債務者Dが第三債務者Fに対して持つ債権を、Dに代わって行使し、Fを訴えることができる。この訴訟の判決効は、115条1項2号によりDにも及ぶ) 図:債権者代位訴訟の関係図

債権者Cが、債務者Dの代わりに、第三債務者Fを訴える場面です。Dが持っている、Fに対する債権を、Cが代わりに行使します。この訴訟の判決の効力は、115条1項2号によって、Dにも及びます。だからこそ、115条によって、Dは当事者と同一に扱われます。もし、Cの訴訟が係属している間に、Dが自分でFを訴えたら、どうなるでしょうか。当事者の同一性が認められ、二重起訴にあたります。これが、いまの通説の理解です。なお、以前は、代位訴訟が始まると、Dは自分の権利について処分ができなくなる、という理由づけもありました。ただ、いまの民法では、Dは代位訴訟の途中でも、自分で取り立てたり処分したりできます。ですから、いまは、判決効がDにも及ぶこと、この一点で説明します。

同じ事件とは何か——請求の同一性

請求の同一性の板(かつては訴訟物が同一かどうかで判断していた。冒頭のAB間の貸金返還請求は、この典型例。訴訟物の範囲は旧訴訟物理論と新訴訟物理論で異なり、新訴訟物理論のほうが範囲は広くなる) 図:請求の同一性の板

当事者が同じでも、争っている中身が別なら、二重起訴にはなりません。そこで、請求の同一性を見ます。かつては、請求の同一性も、訴訟物が同一かどうかで判断していました。冒頭のAとBの話が、まさにこれです。同じ100万円の返還を求める訴訟物が、東京と水戸に、そのまま重なっています。ただ、これは分かりやすい典型例で、実際には、両方の訴えの請求がぴったり重なる場面のほうが、むしろ稀です。訴訟物の範囲そのものが、旧訴訟物理論と新訴訟物理論のどちらに立つかで変わってくるからです。ひとまとめに数えるほうが、訴訟物1個の幅が広くなるので、別の訴えと重なる場面も増えるわけです。一般に、新訴訟物理論のほうが、訴訟物をまとめて広く捉えるので、そのぶん、二重起訴にあたる範囲も広くなります。

争点共通型への拡張の板(訴訟物が異なっていても、請求の基礎や主要な争点が共通し、紛争が実質的に同一といえる場合には、142条の禁止範囲を広げる近時の傾向がある) 図:争点共通型への拡張の板

さらに、近時は、もう一歩踏み込む考え方も出てきています。訴訟物は異なっていても、請求の基礎や、審理の中心になる争点が共通していれば、142条の禁止の範囲に含めていく傾向です。その訴えのもとになっている、事実関係のまとまりのことです。

売買契約の争点共通型の関係図(売主Xは買主Yに対して売買代金請求訴訟を提起し係属中である。その最中に、買主Yが売主Xに対して同じ売買契約に基づく目的物引渡請求訴訟を提起した。訴訟物は異なるが、売買契約が有効に成立したかという争点が共通する) 図:売買契約の争点共通型の関係図

具体例で見てみましょう。売主Xが、買主Yに対して、売買代金の支払いを求める訴訟を起こし、係属中だとします。その最中に、買主Yのほうから、同じ売買契約に基づいて、目的物を引き渡せという訴訟を起こしました。代金請求と引渡請求は、確かに訴訟物が違います。ですが、どちらの訴訟でも、売買契約がそもそも有効に成立したかどうかが、審理の中心になります。ここで両方の手続をそのまま進めると、一方は契約が有効だと認め、もう一方は無効だと判断する、といったことが起こりえます。だからこそ、この場合まで、142条の禁止範囲に含めていく近時の傾向があるんです。ただし、ここには注意が必要です。範囲だけ広げて、効果は却下、と機械的にあてはめるとどうなるでしょうか。

Yの引渡請求は、審理されないまま、却下されてしまいますね。Yは、自分の請求について、判決をもらう機会を、まるごと失います。Yにも、裁判を受ける権利があります。範囲を広げるなら、効果の面でも、却下するだけでいいのか、考える必要があります。この点を意識しながら、近時の有力な考え方では、場合によっては、次に見る併合によってバランスを取ることが視野に入ります。

同じ事件だったら、どうするか——同一手続に入れる道

冒頭に立てた問いの板(Yの目的物引渡請求は、どうなればYの裁判を受ける権利が守られるだろうか) 図:冒頭に立てた問いの板

ここからが、重複訴訟の処理の話です。ここで、142条の読み方に戻ります。もう一度、条文を見てください。「更に訴えを提起することができない」とだけ書いてあります。ただし、それは「別訴」を起こせない、という意味であって、同じ手続の中に請求を持ち込むことまで禁じているわけではありません。

条文民事訴訟法143条1項

民事訴訟法第143条第1項(訴えの変更) 原告は、請求の基礎に変更がない限り、口頭弁論の終結に至るまで、請求又は請求の原因を変更することができる。ただし、これにより著しく訴訟手続を遅滞させることとなるときは、この限りでない。

先行する訴訟の原告のほうから、請求を書き加えたり、書き換えたりできる制度です。訴えの変更といいます。訴えの変更は、142条には反しません。同じ手続の中にとどまっているので、係属は1つのままだからです。詳しい要件は、また別の回で扱います。Aが、水戸地裁に新しく訴える代わりに、東京地裁の同じ手続の中で、たとえば利息の請求を書き加えるなら、これが訴えの変更です。訴え自体は、1本のままです。

条文民事訴訟法146条1項

民事訴訟法第146条第1項(反訴) 被告は、本訴の目的である請求又は防御の方法と関連する請求を目的とする場合に限り、口頭弁論の終結に至るまで、本訴の係属する裁判所に反訴を提起することができる。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。 一 反訴の目的である請求が他の裁判所の専属管轄(当事者が第十一条の規定により合意で定めたものを除く。)に属するとき。 二 反訴の提起により著しく訴訟手続を遅滞させることとなるとき。

今度は、先行する訴訟の被告のほうから、関連する請求を持ち込む制度です。反訴といいます。たとえば、Bが東京地裁の手続の中で、Aに対して別の貸金の返還を求めたいなら、新しく訴える代わりに、反訴として持ち込めます。Xの本訴に対して、Yが反訴として引渡請求を持ち込めば、1つの手続の中で、両方の請求がまとめて審理されます。詳しい要件は、また別の回で扱いますが、今日はこの道が開かれていることを、押さえておいてください。

⭐ 論文で書く規範:142条が禁じるのは「起訴」ではなく「係属」である 更に訴えを提起することを禁じているのであって、同一の訴訟手続の中で請求を追加すること(訴えの変更・反訴)までは禁じていない。禁止の対象は、同じ事件が2つの手続に分かれて生きている状態そのものにある。 (142条の読み方(この回の核心))

ここまでの話を、1つの読み方としてまとめておきます。142条が止めているのは、訴えを起こすという行為の回数ではなく、同じ事件が2つの手続として同時に生きている、という状態です。では、別々の裁判所に、すでに係属してしまっていたら、どうなるでしょうか。

別裁判所への対応の板(別々の裁判所に係属した場合、後訴裁判所は17条により前訴裁判所へ移送でき、移送を受けた裁判所は152条1項の弁論の併合によって1つの手続にまとめることができる) 図:別裁判所への対応の板

条文民事訴訟法17条

民事訴訟法第17条(遅滞を避ける等のための移送) 第一審裁判所は、訴訟がその管轄に属する場合においても、当事者及び尋問を受けるべき証人の住所、使用すべき検証物の所在地その他の事情を考慮して、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため必要があると認めるときは、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部を他の管轄裁判所に移送することができる。

条文民事訴訟法152条1項

民事訴訟法第152条第1項(口頭弁論の併合等) 裁判所は、口頭弁論の制限、分離若しくは併合を命じ、又はその命令を取り消すことができる。

冒頭のAとBのように、東京と水戸、別々の裁判所に係属してしまった場合です。後訴を受けた裁判所が、17条にもとづいて、前訴を審理している裁判所へ、事件を移送できます。あの17条が、ここでもう一度出てきます。そのうえで、東京地裁が、152条1項にもとづいて、2つの訴えの弁論を併合すれば、1つの手続にまとまります。訴えの変更、反訴、そして移送プラス併合。この3つの道が、142条の下でも開かれています。

それでも、縛られない——移送・併合は裁量にとどまる

裁量性の限界の板(移送も併合もあくまで裁判所の裁量であり、当事者が求めても裁判所を拘束しない。反訴が提起されても、裁判所が弁論を分離することは152条1項のもとで禁じられていない) 図:裁量性の限界の板

同じ事件なら必ず1つの手続にまとまる、と考えるのは、いちばん誤解されやすいところです。移送も、併合も、あくまで裁判所の裁量です。当事者が申し立てても、裁判所は必ずしもそれに従う必要がない、ということです。152条1項をもう一度見てください。併合だけでなく、分離も、同じ条文の中に並んでいます。一度、反訴として1つの手続に入っても、裁判所が弁論を分離することは、禁じられていません。だから、さっきの争点共通型の話を思い出してください。ですが、まとまるとは限りません。移送も併合も裁判所の裁量ですし、Yが反訴として引渡請求を出したとしても、裁判所が弁論を分離することは、152条1項のもとで禁じられていないからです。142条の禁止の範囲を広げれば、いつも審理が1つにまとまる、というわけではないんです。

争点の共通性という基準は、訴訟物のようにあらかじめ特定されているものではなく、どこまでが共通かの線引きも簡単ではありません。被告からすれば、本来、反訴にするか、別に訴えるかを自由に選べるはずなのに、範囲を広げる運用の下では、実質的に反訴を強いられる形にもなりかねません。だからこそ、裁判所には、請求や証拠がどれだけ関連しているか、別訴のままにすることが当事者にとって公平かどうかを考えて、柔軟に対応することが期待されています。併合できなくても、たとえば後訴の審理を、いったん止めておく、といった対応も含めてです。

あたらない側の例で、輪郭をつかむ

あたらない例の対比板(元本請求と利息請求は別の訴訟物であり142条にあたらない。前訴で抗弁として主張しただけの権利関係を後訴の訴訟物にすることも、原則あたらない。既判力は主文の判断にしか生じない) 図:あたらない例の対比板

ここまでは「あたる」場面を見てきました。輪郭をはっきりさせるために、こんどは「あたらない」場面を見ておきましょう。1つ目は、元本の返還請求と、利息の請求です。元本の返還請求と利息の請求は、同じ貸し借りから出ているように見えます。ですが、利息の約束は、元本の消費貸借契約とは別の特約です。訴訟物が違うので、142条にはあたりません。2つ目は、前訴で抗弁として主張しただけの権利関係を、後訴で正面から請求することです。

条文民事訴訟法114条1項

民事訴訟法第114条第1項(既判力の範囲) 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。

既判力は、判決の主文で判断した事項にしか生じません。抗弁として審理されただけの事項、いわゆる理由中の判断には、及ばないんです。そして3つ目は、もう見てきたとおりです。反訴と、訴えの変更。同じ手続にとどまる限り、適法です。

二重起訴の効果について、もう少し

効果の周辺の板(142条違反は職権調査事項。看過して判決が確定してもそれだけでは再審事由にならない。ただし2つの確定判決が矛盾した場合は、後に確定したほうの判決に対して再審が認められる) 図:効果の周辺の板

短答で狙われやすい、細かい知識も押さえておきましょう。142条に違反していないかは、当事者が主張しなくても、裁判所が自分で調べます。職権調査事項です。それだけでは、判決をひっくり返す理由、つまり再審事由にはなりません。

条文民事訴訟法338条1項

民事訴訟法第338条第1項柱書・第10号(再審の事由) 次に掲げる事由がある場合には、確定した終局判決に対し、再審の訴えをもって、不服を申し立てることができる。ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。 十 不服の申立てに係る判決が前に確定した判決と抵触すること。

再審事由にならない、という原則の例外は、1つだけあります。2つの確定判決が、内容として矛盾してしまった場合です。この場合は、後に確定したほうの判決に対して、再審を申し立てることができます。条文も、前に確定した判決と抵触すること、を事由にしていて、先に確定したほうを基準に置いています。先の判決には、すでに既判力が生じていて、当事者はそれを前提に動いています。あとから食い違う判決が出たからといって先のほうを崩すと、確定した判決は動かない、という土台そのものが揺らいでしまいます。だから、先を動かさず、後を是正します。看過しただけでは動かないのに、矛盾が現実になった場合だけは動く。ここの対比が、よく問われます。

判決の前と後——既判力との対比

二重起訴と既判力の対比板(142条は判決が確定する前、事件が係属している間の重複を止める。既判力は判決が確定した後の蒸し返しを止める。同じ「一つの紛争は一つの手続で」という発想が、時間軸の前後を担っている) 図:二重起訴と既判力の対比板

最後に、今日の話を、少し先の話とつないでおきます。冒頭のAとBの事案で、時間を少し動かしてみましょう。東京地裁の裁判が、まだ続いている間に、Aが水戸地裁にも訴えた。これが、今日ずっと見てきた場面です。ここでは142条が働いて、水戸地裁の訴えを止めます。そのときは、142条は出てきません。東京地裁の裁判は、もう終わっていて、係属していないからです。何度でも訴えられるわけではありません。今度は、別の道具が蒸し返しを止めます。それが、既判力です。142条が止めているのは、判決が確定する前、事件が係属している間の重複です。

確定したあとに、また同じ内容を蒸し返すのを止めるのは、既判力という別の道具です。中身は、また先の回で扱います。どちらも発想は同じです。「一つの紛争は、一つの手続で、一度きりに決着させる」。この発想が、判決の前と後、それぞれの時期を担当する道具に分かれて、実現されているんです。

今日の地図(保存版)

今日の一本の線の板(142条が禁じるのは、二度目の起訴ではなく二度目の係属。事件の同一性=当事者×請求。同一手続に入れる道=訴えの変更・反訴・移送プラス併合。ただし移送も併合も裁量にとどまる) 図:今日の一本の線の板

今日の話を、1本の線で振り返っておきましょう。訴訟係属は、訴状が送達された時に始まります。時効の完成猶予の基準時、訴え提起の時とは、別物でした。そして、142条が禁じるのは、二度目の起訴ではなく、二度目の係属。事件が同じかどうかは、当事者の同一性と、請求の同一性、両方で見ます。請求のほうは、訴訟物の同一から、争点共通型まで、範囲を広げる傾向があります。だからといって、同一手続にまとまることが約束されているわけではありません。「142条を広げれば、それで全部解決する」という考え方は、成り立ちません。最後にもう1つ。以前扱った、一部請求の話を覚えていますか。明示された一部請求なら、残りの部分は別の訴訟物として、あとから訴えられる、という結論でした。

ここまでが、今日の1本の線です。なお、今日は訴えの提起について話しましたが、抗弁として相殺を主張することは、訴えの提起そのものではありません。では、相殺の抗弁は、二重起訴の禁止とどう関わるのか。

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#30単独ページ動画

相殺の抗弁と重複訴訟の禁止

第1章 訴訟の開始 ㉚/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

同じ150万円を、二重に使えるか

冒頭事案の板(貸金債権200万円を巡り、原告Aが被告Bを提訴。Bは別に150万円の債権をAに対して持っており、この裁判で相殺を主張したい。ところがその150万円は、Bが別の裁判所でAにすでに請求していた債権だった) 図:冒頭事案の板

前回の最後に、こう言いました。相殺の抗弁は、訴えの提起ではありません。多くの人は、訴えではないなら142条は関係ないと考えます。でも、そう単純にはいきません。今日は、こんな場面から始めます。Bは、Aから200万円を返せと請求されています。手元には、Aに対する別の150万円の債権があるので、この裁判の中で、その150万円で相殺したいと考えています。ところが、その150万円は、Bがすでに、別の裁判所でAに請求している債権だったとしたら、どうでしょうか。同じ150万円を、こっちでは相殺の材料に、あっちでは取り立ての対象に、両方で使おうとしているんですね。同じ債権を、2つの裁判に出していいのか。先に答えを言うと、142条が本当に見ているのは、訴えという形ではなく、同じ債権について食い違う判断が2つ確定してしまうことです。だから、訴えではない相殺の抗弁にも142条の考え方が及ぶことがあり、及ぶかどうかは場面で変わります。今日は、その理由と場面分けを見ていきます。

なぜ、訴えではないのに142条が問題になるか

相殺の抗弁の定義の板(相殺の抗弁=相手方の請求債権を受働債権とし、自らの別債権を自働債権として相殺の意思表示を訴訟内でする防御方法。訴えの提起ではない。しかし自働債権の判断には114条2項により既判力が生じる) 図:相殺の抗弁の定義の板

本題に入る前に、少しだけ振り返ります。前回、142条がいったい何を禁じていたか、覚えていますか?同じ事件について、重ねて訴えを起こすことを禁じる条文でした。「訴え」という行為そのものより、同じ事件が2つの手続で同時に生きている状態を問題にする、という話でしたね。今日は、この「状態」という見方が、訴えではないはずの相殺の抗弁にまで及ぶかどうかを見ていきます。まず、言葉を整理します。相手方が請求している債権を、受働債権と呼びます。それに対して、自分が相手方に持っている別の債権をぶつけることを、自働債権による相殺、と言います。

この相殺の意思表示は、訴訟の中で防御の方法として出されるものであって、訴えの提起そのものではありません。もう一度、あの条文を見てみましょう。

条文民事訴訟法142条

民事訴訟法第142条(重複する訴えの提起の禁止) 裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することができない。

前回、この条文が禁じているのは、「訴え」という行為ではなく、同じ事件が2つの手続として同時に生きている、という状態だ、と見ました。ここで、もう一つ条文を見る必要があります。

条文民事訴訟法114条2項

民事訴訟法第114条第2項(既判力の範囲) 相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。

相殺の抗弁を出すと、その自働債権が本当に存在するかどうかの裁判所の判断に、対抗した額の限度で既判力が生じます。なぜ相殺の抗弁だけに、こんな特別な扱いがあるのか、具体的に考えてみましょう。

既判力が無かったらの板(1回目の裁判=Bの150万円で相殺が認められAは差額50万円だけ受け取る。2回目の裁判=同じ150万円をBが現金で請求。認められれば二重取り、否定されれば判断が食い違う。だから114条2項=対抗した額の限度で既判力) 図:既判力が無かったらの板

仮に、この既判力が無かったとします。Bは今回の裁判で、150万円の自働債権による相殺が認められて、200万円のうち差額の50万円だけを払えばよい、という判決が確定したとします。ところが後日、Bが別の裁判で、この同じ150万円を、今度は「現金で払え」とAに請求したとします。既判力が無ければ、裁判所はもう一度その150万円の存否をゼロから判断できます。そこで「150万円はある」と認められたら、どうなりますか。Aは、相殺で150万円を差し引かれたうえに、さらに150万円を払わされますね。1つの債権を、相殺と取り立ての二重に使われてしまいます。逆に「150万円は無かった」と判断されれば、今度は2つの判決の判断が食い違います。どちらに転んでも、同じ債権をめぐる蒸し返しです。だから114条2項は、相殺に使った自働債権の存否についてだけ、対抗した額の限度で既判力を認めて、これを防いでいるんです。

142条とのつながりの板(同じ150万円が、別の裁判では訴訟物、この裁判では自働債権=どちらにも既判力の生じる判断→審理の重複と既判力の食い違い→142条が防ぎたい事態と実質は同じ→直接適用ではなく類推を問題にする。及び方は場面で変わる) 図:142条とのつながりの板

同じ150万円が、Bが別に起こした裁判では、「払え」と判断を求めている対象そのもの、つまり訴訟物として、この裁判では自働債権として、それぞれ既判力を持つ判断の対象になってしまう。審理が重複するだけでなく、矛盾した既判力が生まれるおそれまで出てきます。これは、142条がもともと防ごうとしていた、同じ事件が2つの手続で生きてしまう事態と、実質的には同じです。だから判例は、こういう場面で142条を類推適用するかどうかを問題にします。直接適用ではありません。ここが今日の土台です。ただし、及び方は一律ではありません。場面によって、強さが変わります。ここから、その場合分けを見ていきます。

142条を類推するかどうかの判断材料

相殺の3つの特徴の板(①防御手段=相手方の提訴を契機に出される ②担保的機能=簡易迅速な決済 ③審理順序の強制=予備的抗弁なら訴求債権が認められて初めて自働債権を審理) 図:相殺の3つの特徴の板

  • ①防御手段=相手方の提訴を契機に出される
  • ②担保的機能=簡易迅速な決済
  • ③審理順序の強制=予備的抗弁なら訴求債権が認められて初めて自働債権を審理

相殺の抗弁には、142条を類推するかどうかを考えるときの材料になる、3つの特徴があります。1つ目は、防御手段であること。訴えの提起と違って、相手方から訴えられたことをきっかけに、防御として持ち出されます。Bも、自分からAを訴えたのではなく、Aに200万円を請求されて初めて、150万円をぶつけようと考えました。2つ目は、相殺の担保的機能。同じ相手との間で、簡易かつ確実に決済できるという、実務上の価値です。Bの場合で言えば、Aに200万円を払い、Aから150万円を受け取る、という2回の現金のやり取りをせずに、差額の50万円だけを払えば済みます。3つ目は、審理順序の強制です。ここで、相手方が請求している債権のことを、訴求債権とも言います。どの訴えの話かで指す債権が変わりますが、いまのAの裁判なら、さっきの受働債権と同じもの、Aの200万円です。相殺の抗弁が、訴求債権が認められなかった場合に備える予備的な抗弁として出されると、裁判所はまず訴求債権の存否を審理し、それが認められて初めて、自働債権の存否を審理します。

具体的に見てみましょう。

審理順序の具体例の板(裁判所はまず200万円の請求が認められるかを審理。認められなければ150万円の自働債権は審理されずBは支払い不要。認められれば次に150万円の自働債権の存否を審理し、存在すれば差額50万円のみ支払い、存在しなければ200万円全額を支払う) 図:審理順序の具体例の板

裁判所はまず、Aの200万円の請求が認められるかどうかを審理します。もし200万円の請求そのものが認められなければ、Bは何も払う必要が無くなり、150万円の自働債権は、審理の対象にすらなりません。逆に、200万円の請求が認められた場合に初めて、裁判所はBの150万円の自働債権が本当に存在するかを審理します。存在すれば150万円が差し引かれて、Bは差額の50万円だけを払う。存在しなければ、Bは200万円をそのまま払うことになります。この3つを、どこまで重視するかによって、類推を認めるかどうかの立場が分かれます。これを頭に入れて、具体的な場面を見ていきましょう。

別訴先行型——原則、あたる

別訴先行型の関係図(既に係属中の訴訟で訴訟物になっている債権を、別の訴訟で自働債権として相殺主張。判例=重複訴訟にあたり認められない) 図:別訴先行型の関係図

冒頭のBの場面が、まさにこれです。すでに係属している訴訟で訴訟物になっている債権を、別の訴訟で自働債権として相殺の抗弁に使おうとする形を、別訴先行型と呼びます。

判例最高裁判決(平成3年12月17日・民集45巻9号1435頁)〈百選38①〉

最高裁判決(別訴で係属中の債権を自働債権として相殺の抗弁を主張した事件) すでに係属中の別訴で訴訟物となっている債権を、自働債権として相殺の抗弁に供することは、重複訴訟の禁止にあたり認められないとした。別訴で請求されている債権と、この訴訟で自働債権として主張された債権は同一であり、相殺の自働債権は訴訟物に準じて裁判所の審判の対象になるからである。

Bの相殺の抗弁は、認められません。すでに一方の裁判で、その150万円の債権が訴訟物として審理の対象になっている以上、もう一方の裁判で、同じ債権を自働債権として審理させると、既判力抵触のおそれが、142条の心配していた事態とそのまま重なってしまうからです。たとえるなら、Bの手元にある150万円分の商品券は1枚しかないのに、東京の店と水戸の店の両方で「これは本物の150万円分だ」と使おうとしているようなものです。だから、どちらか一方の裁判にしか、その150万円の存否を確定させることはできません。ただし、反対の立場もあります。1つは、相殺の担保的機能を無視しているという批判です。例えば、同じ相手と毎月のように取引があって、そのたびに50万円ずつの貸し借りが積み重なる関係だとします。相殺のたびに、いちいち別の手続を強いられていては、簡易に決済できるという相殺の価値が失われてしまう、という指摘です。もう1つは、相殺の抗弁は審理順序が強制される、という批判です。さっき見たとおり、予備的抗弁なら、訴求債権が認められて初めて自働債権が審理されます。訴求債権が認められなければ、自働債権の存否はそもそも審理されず、既判力すら生じません。だから、既判力の抵触を心配しすぎだ、という指摘です。

判例は、既判力抵触のおそれという実質を重視して、この場面では類推を認めます。まずここを、原則の形として押さえてください。

例外① 明示の一部請求の残部を自働債権とする相殺

例外①の板(明示の一部請求の残部を自働債権として、別訴で相殺の抗弁を主張することは許される。残部は先行訴訟の訴訟物に含まれていないため、債権の重なりが生じにくい) 図:例外①の板

前に見た、一個の債権の一部だけを明示して訴える、一部請求の話を覚えていますか?一部だけを明示して訴えていれば、残りの部分は別の訴訟物として、あとから訴えられる、という結論でした。相殺の場面でも、その結論がもう一度効きます。冒頭のBの150万円で、1点だけ変えてみます。Bが別の裁判で、150万円のうち50万円だけを明示してAに請求していたとします。そして、Aから200万円を請求されている裁判では、残りの100万円で相殺したいと主張した。

判例最高裁判決(平成10年6月30日・民集52巻4号1225頁)〈百選38②〉

最高裁判決(明示の一部請求の残部を自働債権とする相殺が争われた事件) 一個の債権の一部を明示して訴えている場合に、その残部を自働債権として、別の訴訟で相殺の抗弁を主張することは許されるとした。相殺の担保的機能と、審理の重複についての実質的な判断を重視したものである。

残りの100万円は、そもそも先行訴訟の訴訟物にすら入っていない部分だからです。別の裁判で訴訟物として審理されているのは、明示した50万円だけ。冒頭の場面では、150万円まるごとが2つの裁判に出ていましたが、ここでは、2つの裁判に出ている部分が重なっていません。もっとも、残部について後から審理が必要になる以上、審理の重複が全く起きないとは言い切れません。それでも最高裁は、担保的機能を守る利益のほうを重く見て、この場面では相殺の抗弁を認めました。担保的機能を守りながら、既判力抵触の危険も小さい。この実質判断のバランスで、ここでは相殺の抗弁が認められます。

例外② 本訴反訴間の相殺

本訴反訴間の相殺の関係図(Aが本訴でBに200万円を請求し、Bが反訴で自らの別債権を請求。本訴反訴は同一手続内なので、一方を自働債権・他方を受働債権として相殺を主張しても審理の重複が生じない) 図:本訴反訴間の相殺の関係図

もう一つの例外は、本訴と反訴の間の相殺です。Aの本訴に対して、Bが同じ手続の中で、関連する請求を持ち込む制度がありました。前回、142条の下でも開かれている道として見た、反訴です。今日は要件には立ち入らず、本訴と反訴が同じ手続の中で係属している、という点だけ押さえてください。

判例最高裁判決(平成18年4月14日・民集60巻4号1497頁)〈百選A11〉/最高裁判決(令和2年9月11日・民集74巻6号1693頁)

最高裁判決(本訴反訴間の相殺主張が争われた事件、および同種の後続判決) 本訴および反訴が係属中に、一方を自働債権、他方を受働債権として、相殺の抗弁を主張することを認めた。相殺の担保的機能と、審理の重複についての実質的な判断を重視した点は、明示の一部請求の場合と同じである。

本訴と反訴は、最初から同じ手続の中で、同じ裁判所・同じ審理体が審理を進めます。別訴先行型のように、審理が2つの手続に分かれること自体が、そもそも起きていないんです。たとえるなら、商品券を出す店と、それを使用済みと認める店が、最初から同じ1つのレジです。2つの店で二重に使われる心配が、そもそも生まれません。1つの判決の中で、本訴の200万円の請求と、反訴の自働債権の存否を、まとめて判断します。矛盾した既判力が2つ生まれる心配自体が、構造として存在しません。だから、本訴反訴間の相殺は、むしろ心配のない場面なんです。

抗弁先行型——最高裁の判例はまだない

抗弁先行型の対比板(別訴先行型=既に訴訟物になっている債権を、後から別訴で自働債権として主張。抗弁先行型=既に抗弁に使われている債権を、後から別訴で訴訟物として請求。抗弁先行型には最高裁判例が無い) 図:抗弁先行型の対比板

ここで一度、確認しておきます。別訴先行型では、判例はどう判断しましたか?重複訴訟にあたるとして、相殺の抗弁を認めない、でした。では、順番が逆になったら、どうなるでしょうか。既に係属中の訴訟で、相殺の抗弁として使われている債権を、今度は別の訴訟で、その債権自体を正面から請求する形です。抗弁先行型と呼びます。ところが、この抗弁先行型には、まだ最高裁の判例がありません。具体的な場面で考えてみましょう。Aが200万円をBに請求する訴訟の中で、Bが100万円の自働債権で相殺の抗弁を出したとします。

抗弁先行型の具体例の板(Bは訴訟中で100万円の自働債権を相殺の抗弁に供した。その後、Bが別訴で同じ100万円をAに正面から請求した。既判力が生じるかどうかは訴求債権200万円の帰趨次第で、抗弁の段階ではまだ確定していない) 図:抗弁先行型の具体例の板

その後、Bが別の訴訟で、この同じ100万円の債権を、Aに正面から請求したとします。

判例東京高等裁判所判決(平成8年4月8日・判例タイムズ937号262頁)

高等裁判所判決(抗弁先行型を重複訴訟にあたるとした下級審の事件) 既に係属中の訴訟で相殺の抗弁に供されている債権を、別の訴訟で正面から請求することについて、142条の趣旨を重視し、重複訴訟にあたるとした。下級審の判断は分かれている。

別訴先行型は、すでに訴訟物になっている債権を、あとから自働債権として持ち出す形です。既判力抵触の危険が、構造としてはっきりしています。一方、抗弁先行型では、抗弁として使われている段階では、まだその債権に既判力が生じるかどうかすら確定していません。予備的抗弁なら、訴求債権が認められて初めて、自働債権が審理されるからです。だから判断が割れます。

抗弁先行型の考慮要素の板(①相殺権への期待の保護 ②債務名義を取得する利益 ③相手方との衡平。この3つを142条の趣旨と突き合わせて総合的に判断する) 図:抗弁先行型の考慮要素の板

  • ①相殺権への期待の保護
  • ②債務名義を取得する利益
  • ③相手方との衡平。この3つを142条の趣旨と突き合わせて総合的に判断する

考えるべき要素は3つあります。1つ目は、Bが100万円の相殺で決済したいと考えていた、その期待をどこまで保護するか。2つ目は、Bがこの100万円について、強制執行できる根拠、つまり債務名義を取得する利益。3つ目は、Aが2つの手続で同じ100万円について応訴させられることが、Aにとって不公平ではないか、という相手方との衡平です。Bの別訴が重複訴訟にあたると判断された場合、Bには2つの選択肢しかありません。もとの訴訟の中で相殺の抗弁だけを出しておくか、100万円の債務名義がどうしても欲しければ、相殺の抗弁を撤回して、改めて100万円そのものを本訴か反訴で正面から請求し直すか。どちらも、Bにとって使い勝手のよい選択とは言えません。だからこそ、この3つを142条の趣旨と突き合わせて、総合的に判断することになります。

【コラム】債務不存在確認訴訟と給付訴訟、消えるのはどちらか

コラムの事案板(Cが「その債務は存在しない」と確認訴訟を提起した後、債権者Dが同じ債務について給付訴訟を提起。訴訟物は同一。後行の給付訴訟が142条にあたるとも考えられるが、近時の有力説は逆) 図:コラムの事案板

最後に、少し違う角度の場面を見ます。Cが、Dに対して、「その債務は存在しない」と確認を求める訴訟を、先に起こしたとします。その後、Dのほうから、同じ債務について、「その債務を払え」という給付訴訟を起こしました。訴訟物は同じです。だから、後から来たDの給付訴訟が、142条にあたって消える、と考えたくなります。ところが、それでは、先に確認訴訟を起こして、自分に有利な裁判所を押さえたCのほうが優遇されてしまいます。しかも、Dが本来求めている、強制執行に進むための債務名義を得るのを、遅らせることにもなります。

有力説の板(近時の有力説=確認訴訟の審理が熟している場合を除き、後行の給付訴訟は142条にあたらず、逆に先行の確認訴訟が確認の利益を失って不適法になる) 図:有力説の板

有力な考え方は、ここで確認の利益、つまり確認判決をわざわざ出すだけの意味を問題にします。

判例神戸地方裁判所決定(平成26年9月30日・判例時報2248号54頁)/大阪高等裁判所決定(平成26年12月2日・判例時報2248号53頁)

地方裁判所決定(債務不存在確認訴訟に対し、後行の給付訴訟が別の裁判所に提起された事件) 先行する確認訴訟は確認の利益を失い、後行の給付訴訟は重複訴訟にあたらないとして、給付訴訟を移送する申立てを退けた。これに対し抗告審は原決定を取り消し、給付訴訟を確認訴訟が係属する裁判所へ移送した(反訴として併合されない限り、142条の重複訴訟にあたるとの考えを付言した)。

決め手は、それぞれの訴訟が生む力の違いです。

既判力と執行力の対比の板(確認訴訟が確定して生む効力=既判力のみ。給付訴訟が確定して生む効力=既判力と執行力の両方。同じ権利関係を確定させても、確認訴訟だけでは強制執行に進めない) 図:既判力と執行力の対比の板

確認訴訟が確定して生む効力は、既判力だけです。給付訴訟が確定して生む効力は、既判力に加えて、執行力、つまり現実に相手の財産へ強制執行できる力です。だから、確認訴訟だけを先に確定させる意味が薄れてしまいます。その意味、つまり確認の利益が、ここで失われるわけです。審理が熟していないなら、後から来た給付訴訟をそのまま進めさせて、先行する確認訴訟のほうを、確認の利益なしとして退ける。これが近時の有力な考え方です。ただ、いま読んだ事件でも、上の裁判所(抗告審)が決定を取り消し、後から来た給付訴訟のほうを、確認訴訟が係属する裁判所へ移送しました。別々の裁判所で争われる場面の考え方は、まだ固まっていません。なお、給付訴訟が同じ手続の中で、反訴として出された事案もあります。

判例最高裁判決(平成16年3月25日・民集58巻3号753頁)〈百選29〉

最高裁判決(債務不存在確認訴訟に対し、給付訴訟が反訴として提起された事件) 債務不存在確認訴訟が係属する中で、同じ権利関係について給付訴訟が反訴として提起された場合に、先行する確認訴訟の側を確認の利益なしとして却下し、反訴の給付訴訟を残した。

似た結論ですが、場面が違います。さっきは、確認訴訟と給付訴訟が別々の手続で進んでいました。こちらは、給付訴訟が同じ手続の中に反訴として持ち込まれた事案です。違いは、確認訴訟を退けたあとに何が残るかです。反訴なら、同じ裁判所の同じ手続に給付訴訟が残るので、確認訴訟を退けても、審理はそのまま続きます。別々の手続だと、確認訴訟を退けることは、先に始まった裁判所での審理を手放すことになります。だから、給付訴訟のほうを移してまとめるか、確認訴訟を退けるかで考え方が分かれ、この場面について最高裁の判例はまだありません。

判例大阪高等裁判所判決(昭和62年7月16日・判例時報1258号130頁)〈百選37〉

高等裁判所判決(手形訴訟について、別々の手続で確認訴訟と給付訴訟が争われた事件) 手形訴訟をめぐり、確認訴訟が係属する中でその手形訴訟が提起された事案で、手形訴訟は簡易・迅速に債務名義を得させる特別な性質の手続であることから、重複訴訟の禁止には触れないとした。

ただし、これは手形訴訟という特別な手続だからこそ許された判断で、通常の給付訴訟にそのまま広げられるわけではありません。この2つの事案は、混同しやすいので注意してください。1つは、同じ手続の中で反訴として給付訴訟が出た場面。もう1つは、別々の手続のまま2つの訴訟が進む場面です。

今日の地図(保存版)

全体地図の板(訴状の提出→審査→送達→訴訟係属→重複訴訟の禁止142条→相殺の抗弁への類推。別訴先行型=あたる。例外=一部請求の残部・本訴反訴。抗弁先行型=判例なし。確認訴訟と給付訴訟=反訴なら先行の確認訴訟が確認の利益を失う(最高裁)/別手続は有力説・最高裁判例なし) 図:全体地図の板

  • 訴状の提出→審査→送達→訴訟係属→重複訴訟の禁止142条→相殺の抗弁への類推。別訴先行型=あたる。例外=一部請求の残部・本訴反訴。抗弁先行型=判例なし。確認訴訟と給付訴訟=反訴なら先行の確認訴訟が確認の利益を失う(最高裁)
  • 別手続は有力説・最高裁判例なし

今日の話を、1本の線で振り返っておきます。相殺の抗弁は、訴えの提起ではありません。それでも142条の話が続くのは、自働債権の判断に、既判力が生まれるからでした。だから判例は、場面ごとに142条を類推するかどうかを考えます。別訴先行型は、原則あたる。明示の一部請求の残部と、本訴反訴間の相殺は、例外として認められる。抗弁先行型は、まだ最高裁の判例がなく、下級審の判断も割れている。債務不存在確認訴訟と給付訴訟が同じ権利関係を争っているとき、同じ手続の中に反訴として給付訴訟が出た場面では、最高裁は先に来た確認訴訟の側を退けました。既判力しか生まない確認訴訟より、既判力に加えて執行力まで生む給付訴訟のほうが、実質的な価値が大きいからです。別々の手続で争う場面は、近時の有力説がこの考え方を取っていますが、最高裁の判例はまだありません。こうして、訴状の提出に始まり、審査、送達を経て訴訟係属が生まれ、重複訴訟の禁止という壁が立ち、その壁が相殺の抗弁にまで及んでいく——これで、訴えの提起にまつわる一連の手続の流れが、ひとつながりになりました。

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#34単独ページ動画

訴えの利益と将来給付の訴え

第1章 訴訟の開始 ㉞/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

財布が空の相手に、判決をもらう意味はあるか

冒頭事案の板(貸主Aは、友人Bに30万円を貸した。返済期限は既に過ぎている。ところがBには、めぼしい財産が何もない。Aは、それでもBを訴えて勝訴判決をもらう意味はあるか) 図:冒頭事案の板

Aは、友人のBに、30万円を貸しました。返済の期限は、もう過ぎています。ところが、Bには、めぼしい財産が何もありません。それでも、Aがこの訴えを起こす意味はあるでしょうか。実は、意味はあります。今日は、この「判決を出す意味があるか」という関門から始めます。この関門を、訴えの利益と呼びます。まず、この言葉の正体から見ていきましょう。

訴えの利益とは何か——判決を出す意味を測るものさし

訴えの利益の定義の板(訴えの利益=訴えの内容である請求について、本案判決を受けるために備えているべき正当な利益・必要性。①訴訟制度を無意味な紛争から守る選別機能 ②被告を無用な応訴の負担から解放する機能。欠けば訴え却下=本案の中身を判断してもらえない) 図:訴えの利益の定義の板

  • 訴えの利益=訴えの内容である請求について、本案判決を受けるために備えているべき正当な利益・必要性。
  • ①訴訟制度を無意味な紛争から守る選別機能
  • ②被告を無用な応訴の負担から解放する機能。欠けば訴え却下=本案の中身を判断してもらえない

訴えの利益とは、ある請求について、裁判所に本案判決、つまり中身の判断をしてもらうだけの正当な利益や必要性のことです。訴えた側の主張が認められるか、認められないか、その中身に踏み込んで答えを出す判決のことです。逆に、訴えの利益のような入口の条件が欠けていると、中身には入らず、訴えそのものを門前払いする判決になります。だからこそ、訴えの利益は入口で必ず確認されます。この関門には、2つの役割があります。1つ目は、意味の無い紛争に、裁判所という限られた場を使わせない役割です。裁判所が扱える事件の数には限りがあります。誰の得にもならない訴えまで受け入れていると、本当に判断が必要な事件の審理が遅れます。

2つ目は、被告を、無用な応訴の負担から解放する役割です。訴えられれば、答弁書を書き、法廷に出て、争わなければなりません。意味の無い訴えにまで、この負担を強いるのは酷です。この2つの役割のために、訴えの利益は訴訟要件の1つとされています。

訴訟要件は、誰が調べ、誰が資料を集めるか

訴訟要件の2軸の板(調査の開始=職権調査事項(裁判所が自ら気づいて調べる)/抗弁事項(被告の申立てで初めて調べる=訴訟費用の担保・仲裁合意・不起訴合意)。資料の収集=職権探知主義(裁判所も自ら資料を集める)/弁論主義(当事者が出した資料で判断)。訴えの利益=職権調査事項+弁論主義) 図:訴訟要件の2軸の板

  • 調査の開始=職権調査事項(裁判所が自ら気づいて調べる)
  • 抗弁事項(被告の申立てで初めて調べる=訴訟費用の担保・仲裁合意・不起訴合意)。資料の収集=職権探知主義(裁判所も自ら資料を集める)
  • 弁論主義(当事者が出した資料で判断)。訴えの利益=職権調査事項+弁論主義

訴訟要件の全体像は、別の回でじっくり扱いますが、今日の理解に必要な範囲だけ押さえておきます。訴訟要件には、大きく2つの軸があります。1つ目は、誰が調査を始めるか、という軸です。裁判所が自分から気づいて調べる場合を、職権調査事項と呼びます。当事者が何も言わなくても、裁判所が自分から調べます。二重起訴の回で、142条に違反していないかは裁判所が自分で調べる、と見ましたね。訴えの利益も、この職権調査事項です。さきほどの1つ目の役割を思い出してください。限られた裁判所の場を、意味の無い訴えに使わせないというのは、当事者2人だけの都合ではなく、順番を待っている他の利用者みんなのための話です。だから、被告が黙っていても、裁判所の側で確かめます。

逆のパターンもあります。被告のほうから申立てがあって初めて調べる、抗弁事項です。例えば、不起訴の合意は、この件は裁判にしないと、当事者同士で約束しておくことです。仲裁合意は、裁判以外の解決方法を扱った回で見た、仲裁人の判断に任せるという取り決めでした。訴訟費用の担保は、原告が日本に住所などを持たないとき、負けた場合の費用の支払いに備えて、担保を立てさせるものです。どれも被告の利益を守るための決まりなので、被告が言い出さなければ、裁判所は調べません。2つ目の軸は、誰が資料を集めるか、です。当事者が出した資料の範囲で裁判所が判断するなら弁論主義、裁判所も自分で資料を集めにいくなら職権探知主義です。

訴えの利益は、職権調査事項でありながら、資料の収集は弁論主義です。裁判所は自分から気づいて調べますが、材料そのものは、当事者が出したものが基本になります。判決をもらう意味があるかどうかは、争いの中身と切り離せず、その事情を一番よく知っているのは当事者だからです。この位置づけだけ押さえて、本題の給付の訴えに入りましょう。

給付の訴えの利益——現在と将来の分かれ道

給付の訴えの分類板(給付の訴え=原告の被告に対する給付請求権を主張する訴え。給付判決には執行力があり、被告が任意に履行しなければ強制執行できる。現在の給付の訴え=履行期が口頭弁論終結時に既に到来。将来の給付の訴え=口頭弁論終結時にまだ期限が到来していない) 図:給付の訴えの分類板

訴えの3つの型を扱った回を、思い出してください。確認判決と給付判決は、何が違いましたか?確認判決には強制執行できる力が無くて、給付判決には、その力がある、という違いでした。Aの30万円の話も、この給付判決の力が効いてきます。Aの30万円の話は、給付の訴えという類型に入ります。原告が、被告に対して、何かを給付するよう求める訴えです。お金を払え、物を渡せ、といった請求がこれにあたります。給付判決には、大事な力があります。被告が判決に従わなくても、強制的に財産を差し押さえられる力、執行力です。そして、給付の訴えは、履行期を基準に2つに分かれます。口頭弁論が終わる時点で、もう履行期が来ているものを現在の給付の訴え、まだ来ていないものを将来の給付の訴えと呼びます。

ここから、その現在の給付に戻って、訴えの利益を確かめましょう。

財布が空でも、訴えの利益はある

実現困難でも訴えの利益ありの板(現在の給付の訴え=履行期が既に到来した請求権を主張する訴えなので、訴えの利益は通常問題にならない。訴え提起前に履行の催促をしていなくても、判決を得てもその実現が事実上不可能または著しく困難であっても、訴えの利益は認められる) 図:実現困難でも訴えの利益ありの板

現在の給付の訴えは、履行期がもう来ている請求権を主張するものです。だから、訴えの利益は通常は問題になりません。実は、驚くような場面でも、訴えの利益は認められています。判例を見てみましょう。

判例最高裁判決(昭和41年3月18日・民集20巻3号464頁)〈百選21〉

最高裁判決(現在の給付の訴えの利益が争われた事件) 不動産の抹消登記手続を求める請求は、被告が抹消登記を申請するという意思表示を求める請求であり、勝訴判決が確定すれば被告がその意思表示をしたものとみなされ、判決の執行はそれで完了する。したがって、抹消登記の実行が可能かどうかによって訴えの利益は左右されず、後順位の登記名義人への抹消請求が認められず、抹消登記の実行が事実上不可能であっても、訴えの利益を欠くことにはならないとした。

登記を実際に消せなくても、訴えの利益はあります。判決が確定すれば、被告が登記の抹消を申請する意思表示をしたとみなされて、判決の執行はそこで完了したことになります。実際に登記が抹消されるかどうかは、その先の話です。ここが、今日、最初につまづきやすいところです。「実現できるかどうか」と、「訴えの利益があるかどうか」は、別の階層の問題です。訴えの利益は、判決を出す前の段階で、その判決を出す意味があるかどうかを問います。実現できるかどうかは、判決が確定したあと、強制執行の段階で問われる話です。この考え方は、Aの場合にも当てはまります。いま財産が無くても、後で財産を手に入れるかもしれません。判決という形で、権利があることを確定させておく意味は、常にあります。

だから、現在の給付の訴えでは、訴えの利益は原則としていつでも認められます。では、逆に考えてみましょう。まだ起きていない将来の損害についても、同じように先に判決をもらえるでしょうか。多くの人が、先に判断してもらうのは無理だと感じます。ここから、話が変わります。

まだ来ていない将来の請求は、原則ダメ——135条の例外

将来給付が例外的に認められる場面の板(135条=あらかじめ請求する必要がある場合に限り可。典型的な場面は2つ:①義務者が義務の存在・履行期を争い、履行期到来時に任意履行が見込めない場合 ②義務の性質上、即時履行が無いと原告が著しい不利益を受ける場合(定期的行為・養育費等)。それとは別の理屈で、継続的・反復的給付なら、既発生分の不履行から将来分も同様の不履行が見込まれる場合も認められる(例:遅延損害金の一括請求)) 図:将来給付が例外的に認められる場面の板

条文民事訴訟法135条

民事訴訟法第135条(将来の給付の訴え) 将来の給付を求める訴えは、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り、提起することができる。

将来の給付の訴えは、135条によって、大きく制限されています。現在の給付とは、話が逆転します。現在の給付は原則いつでも訴えの利益がありましたが、将来の給付は、原則ダメで、例外的にしか認められません。将来のことは、口頭弁論が終わるまでに、事情が変わる可能性があります。義務が本当に発生するか、まだ確定していないのに、先回りして判決を出すのは、慎重にならざるを得ません。「あらかじめ」認められる典型的な場面は、大きく2つあります。1つ目は、義務者が義務の存在や履行期を争っていて、履行期が来ても、すぐには履行してもらえないと見込まれる場合です。

2つ目は、義務の性質上、その時に即座に履行がないと、原告が著しい不利益を受ける場合です。定期的に行う必要のある行為や、養育費のような継続的な支払いが、これにあたります。さらに、これとは別の理屈で認められる場面があります。継続的・反復的な給付の場合です。既に発生している分について、支払いが滞っているなら、これから先の分についても、同じように払われないだろうと見込めます。だから、まだ来ていない分も、現在の分にまとめて請求できます。例えば、金銭を貸したのに元本を返してもらえず、支払い済みまでの遅延損害金を、一括で請求する場合です。既に発生した遅延損害金が払われていない以上、これから先の分も同じように滞ると見込めるからです。

継続する不法行為なら、先取りできるか——大阪国際空港事件の3要件

継続的不法行為の事案板(Bは、Aが所有する部屋に、契約が終わっても明け渡さず住み続けている。Aは、Bに対し、部屋の明渡しと、明渡しが完了するまでの家賃相当額の損害賠償を求めたい。家賃相当額の損害は、明渡しが完了するまで日々発生し続ける、まだ起きていない損害でもある) 図:継続的不法行為の事案板

もう1つ、将来給付が問題になる場面があります。継続的な不法行為です。Bは、Aが所有する部屋に住んでいましたが、契約が終わっても明け渡さず、住み続けています。Aは、Bに対して、部屋を明け渡すことと、明け渡しが完了するまでの家賃相当額の損害賠償を求めたいと考えています。訴えを起こす時点では、まだ起きていない将来の損害も含まれます。これを、あらかじめまとめて請求できるでしょうか。この問題に答えを出したのが、大阪国際空港事件と呼ばれる判例です。もともとは空港の騒音をめぐる事件ですが、そこで示された将来給付の判断枠組みが、今も使われています。まず、その枠組みを見てみましょう。

⭐ 論文で書く規範:継続的不法行為に基づく将来給付の訴え・3つの要件 ①当該請求権の基礎となるべき事実関係および法律関係が既に存在し、その継続が予測されること、②当該請求権の成否・内容につき債務者に有利な将来の事情の変動が、債務者による占有の廃止、新たな占有権原の取得等のあらかじめ明確に予測しうる事由に限られること、③その事情の変動を、請求異議の訴えによりその発生を証明してのみ執行を阻止しうるという負担を債務者に課しても格別不当とはいえないことを要する。 (大阪国際空港事件(最高裁大法廷判決)の判断枠組み)

3つの要件があります。1つ目は、請求権のもとになる事実関係や法律関係が既に存在していて、その継続が予測できることです。2つ目は、その請求権の成否や内容について、被告に有利な将来の事情の変動が、占有の廃止や、新しい占有の権原を得ることのような、あらかじめ明確に予測できる事由に限られることです。この場合なら、Bが部屋を明け渡すことです。明け渡せば、その日から家賃相当額の損害は発生しなくなります。3つ目は、その事情の変動を、請求異議の訴えという手続によって、被告のほうで証明させて、初めて執行を止められるという負担を課しても、格別不当とは言えないことです。

請求異議の訴えとは、確定した給付判決の執行力を、後から止めるための訴えです。今日は、こういう手続がある、という名前だけ押さえてください。この3つが揃って初めて、将来の分もまとめて請求することが適法になります。居座っているという事実は継続しそうですし、明け渡せば損害が止まるという変動は明確です。明け渡したかどうかは、Bのほうで簡単に立証できます。だから、この場合は、将来分も含めて請求することが認められます。認められないケースもあります。例えば、Cの土地の斜面が崩れやすく、大雨のたびに不定期に土砂が隣地に流れ込んでいるとします。Dが、将来分も含めて土砂の撤去費用をまとめて請求したいと考えても、次にいつ、どれくらいの土砂が流れ込むかは、天候や斜面の状態次第で、あらかじめ確定できません。②の「明確に予測できる事情変動」とは言えないので、将来分は認められません。

同じ継続的な迷惑行為でも、境界線を引くのは、②の予測可能性がどれだけはっきりしているかです。この物差しを持ったまま、実際の最高裁の判断を見てみましょう。

同じ継続でも、航空機騒音はなぜダメなのか——核心は③

不法占有と航空機騒音の対比板(不法占有=Bが明け渡せば損害は止まる→①②③すべて満たす→将来分も認容。航空機騒音=飛行ルート・機体性能等の不確定要素に左右される→②予測困難、かつ③将来成立した請求権の要件具備は原告が立証すべきもの→立証負担を被告に課すのは不当→将来分は否定。決め手は③の立証負担をどちらに負わせるのが公平か) 図:不法占有と航空機騒音の対比板

判例最高裁大法廷判決(昭和56年12月16日・民集35巻10号1369頁)〈百選22〉

最高裁大法廷判決(航空機騒音をめぐる将来給付の訴えが争われた事件=大阪国際空港事件) 原審の口頭弁論終結後に生ずべき損害の賠償を求める部分について、②将来の侵害行為の違法性・損害の有無と程度は不確定要素に左右され事情変動の予測が困難であり、③将来の損害賠償請求権が具体的に成立した後にその要件具備を原告が立証すべきものであるから、この立証負担をあらかじめ被告に課すのは不当であるとして、将来の給付の訴えにおける請求権としての適格を有せず、権利保護の要件を欠くとし、その部分の訴えを却下した。

さきほどの空港の事件そのものです。周辺の住民が、口頭弁論が終わったあとに生じるはずの将来の損害の賠償を、まとめて求めました。最高裁は、認めませんでした。問題になったのは②と③です。将来、侵害行為が違法と言えるかどうか、損害がどれくらい続くかは、いろいろな不確定な要素に左右されます。飛行のルートが変わるかもしれませんし、機体の性能が変わって騒音が減るかもしれません。だから、②の事情変動が、あらかじめ明確に予測できるとは言えません。さらに、住民のほうに将来の損害賠償請求権が具体的に成立したあと、その要件を備えていることは、住民側が立証すべきだとされました。この立証負担を、あらかじめ被告に押しつけるのは不当だ、というのが③の判断です。なぜ不当なのか。本来、損害が生じたことは、賠償を求める側が立証するのが原則です。騒音では、飛行ルートや機体が変わるたびに、被害が減った、あるいは違法でなくなったことを、被告の側が一から立証し直すことになり、この原則を丸ごと逆転させてしまうからです。

だから、この訴えは、将来分について、請求権としての適格性、つまり将来の分を今のうちにまとめて請求できる資格そのものが否定されました。ただし、損害賠償のうち否定されたのは将来分だけです。口頭弁論が終結するまでに既に生じた損害の賠償は、この事件でも基本的に認められています。この判断は、その後の航空機の騒音をめぐる訴訟でも、繰り返し維持されています。もっとも、有力な批判もあります。被害が確実に続くと見込める期間を区切って将来の賠償を認めても、被告に不当な負担にはならないのではないか、不法占有への明渡し請求と、どれほど違うのか、という指摘です。

この対立の核心は、結局③に尽きます。将来の事情変動の立証負担を、どちらの当事者に負わせるのが公平か、その一点です。ここは、論文でも問われうる論点です。今日は、この物差しの中身を理解しておいてください。

今日の地図(保存版)

全体地図の板(訴えの利益=本案判決を出す意味を測る関門(①選別機能②被告保護機能)。給付の訴え=現在給付は原則あり(実現可能性とは別問題)、将来給付は135条で例外的。継続的不法行為=大阪国際空港事件3要件、核心は③の立証負担の配分) 図:全体地図の板

今日の話を、1本の線でまとめます。訴えの利益は、判決を出す意味があるかを問う関門でした。無意味な紛争から裁判所を守る役割と、被告を無用な応訴から守る役割の、2つがありました。訴訟要件の1つで、裁判所が自分から気づいて調べる、職権調査事項でしたね。給付の訴えでは、履行期が来ている現在の給付は、実現できるかどうかにかかわらず、原則として訴えの利益がありました。履行期がまだ来ていない将来の給付は、逆に、あらかじめ請求する必要がある場合に限って、例外的に認められました。継続的不法行為なら、大阪国際空港事件の3要件です。

不法占有では認められて、航空機騒音では認められなかった、あの対比でしたね。決め手は、将来の事情変動を、どちらの当事者に立証させるのが公平か、という一点でした。訴えの利益には、まだ続きがあります。

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#35単独ページ動画

確認の利益と形成の訴えの利益

第1章 訴訟の開始 ㉟/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

まだ生きている親の遺言は、無効だと今すぐ確認できるか

冒頭事案の板(Aは高齢で心神喪失の状態にあり、回復の見込みがない。Aは以前、自分の財産を知人のCに遺贈する遺言を書いていた。Aの推定相続人であるBは、この遺言の内容に不満があり、この遺言は無効だと今のうちに確認しておきたい。Aはまだ生きており、相続は開始していない) 図:冒頭事案の板

Aは高齢で、心神喪失の状態にあります。回復する見込みもありません。Aは以前に、自分の財産を知人のCに遺贈する、つまり遺言で譲るという遺言を書いていました。Aが亡くなれば相続人になるはずの立場、推定相続人であるBは、この遺言に不満を持っています。Bは、遺言が無効だと今のうちに確認しておきたいと考えました。ただし、Aはまだ生きています。相続は、まだ始まっていません。生きているうちに、遺言が無効かどうかを、裁判で確認してもらえるんでしょうか。実は、これは認められません。理由は、今日の内容を最後まで追うと分かります。今日は、確認の訴えという型を扱います。前回の給付の訴えとは、話の運び方がまるで違います。

確認の訴えには、なぜ利益による絞りが必要か

確認の訴えの定義の板(確認の訴え=請求が特定の権利・法律関係の存在または不存在の主張である訴え。確認を求める対象の種類には格別の制限が無く、理論上は無限定になりうる→権利の確認という手段が有効かつ適切かという観点から、確認の利益による絞りが特に強く必要とされる) 図:確認の訴えの定義の板

確認の訴えとは、特定の権利や法律関係が存在する、あるいは存在しないということを主張する訴えです。前回の給付の訴えが「何かをせよ」と求める訴えだったのに対して、確認の訴えは、何かの状態を確認してほしいという訴えです。では、確認してほしいことなら何でも訴えられるのか。実は、そこが問題になります。確認を求める対象の種類には、これといった制限がありません。だから、理屈のうえでは、対象は無限定になり得ます。例えば、この土地は私のものだ、という確認も、あの人は昔うそをついた、という確認も、形のうえでは求められてしまいます。だからこそ、権利や法律関係を確認するという手段が、その紛争の解決にとって本当に有効で適切かという観点から、絞りをかける必要が特に強くなります。この絞りを、確認の利益と呼びます。前回見た訴えの利益、つまり判決を出す意味があるかという関門を、確認の訴えについて具体化したものです。

確認の利益の3つの観点

確認の利益3観点の板(①方法選択の適否=確認の訴えという方法を選ぶことが有効・適切か ②対象選択の適否=選ばれた訴訟物が紛争解決にとって有効・適切か ③即時確定の利益=原告の権利・法的地位についての危険・不安を除去するため、判決で即時に確定する法律上の利益・必要性があるか) 図:確認の利益3観点の板

  • ①方法選択の適否=確認の訴えという方法を選ぶことが有効・適切か
  • ②対象選択の適否=選ばれた訴訟物が紛争解決にとって有効・適切か
  • ③即時確定の利益=原告の権利・法的地位についての危険・不安を除去するため、判決で即時に確定する法律上の利益・必要性があるか

確認の利益は、3つの観点から判断されます。1つ目は、方法選択の適否です。確認という方法を選ぶこと自体が、有効で適切かどうかです。2つ目は、対象選択の適否です。選んだ対象が、紛争の解決にとって有効で適切かどうかです。3つ目は、即時確定の利益です。原告の権利や立場についての危険や不安を除くために、今すぐ判決で確定させる利益や必要性があるかどうかです。答案では、この3つを順番に見ていきます。ただ、どこで結論が決まることが多いかは、後半で見えてきます。

方法選択の適否——確認判決では足りないことがある

補充性の板(給付請求権の存在確認を求めても、確認判決には強制執行できる力が無く、相手が任意に履行しなければ結局もう一度給付の訴えを起こす必要がある→請求権の存在確認は原則として確認の利益が否定される(補充性)) 図:補充性の板

前回、確認判決と給付判決の違いを扱いました。何が違いましたか?確認判決には強制執行する力が無くて、給付判決にはその力がある、という違いでした。ここが、方法選択の適否に直結します。例えば、売買代金を支払えという請求権について、確認判決だけをもらったとします。相手が任意に払わなければ、どうなりますか。強制執行できないから、結局もう一度、給付の訴えを起こすことになりますね。二度手間になってしまいます。だから、給付の訴えという、より有効な手段が使えるのに、あえて確認の訴えを選ぶことは、原則として確認の利益が否定されます。

これが、方法選択の適否、通称、補充性と呼ばれる考え方です。

対象選択の適否——原則は現在の権利関係

対象選択の原則の板(確認の対象は、原則として現在の権利・法律関係に限られる。単なる事実の確認は紛争解決の前提にすぎず判決で確定しても役立たない。過去や将来の権利関係は時間の経過で変動しうるため、いずれも原則として対象にならない) 図:対象選択の原則の板

2つ目の観点、対象選択の適否に入ります。確認の対象は、原則として現在の権利や法律関係に限られます。単なる事実は、原則として対象になりません。単なる事実を確認しても、それだけでは紛争の解決には役立ちません。過去や将来の権利関係は、時間が経つうちに変動する可能性があるので、これもいずれも原則として対象になりません。例えば、去年この土地の売買契約を結んだ、という事実そのものではなく、今この土地の所有権が自分にある、という形で確認を求めるのが原則です。では、遺言のように過去に作られたものはどうなるのか。この原則には、2つの例外があります。まず1つ目の例外から見ましょう。

条文民事訴訟法134条の2

民事訴訟法第134条の2(証書真否確認の訴え) 確認の訴えは、法律関係を証する書面の成立の真否を確定するためにも提起することができる。

法律関係を証する書面、例えば遺言書のような証書について、それが本当に本人の意思で作られたものかどうか、つまり成立の真否を確認する訴えです。これは、単なる事実の確認のようですが、法律が特別に認めています。なぜ、これだけ特別に認められているんですか。遺言書のような書面が本物かどうかが争われているとき、そこさえ確定すれば紛争が解決できる場面があるからです。これが、対象選択の1つ目の例外です。

もう1つの例外——過去の権利関係でも言い換えられれば可

対象選択の例外②の板(例外②=過去の権利・法律関係であっても、それを確定することが現在の紛争を直接かつ抜本的に解決するために必要・適切な場合には、確認の利益を認めるべきという考え方。判例の多くは、対象を現在の関係として構成し直す形で確認を認めてきた) 図:対象選択の例外②の板

もう1つの例外があります。過去の権利や法律関係であっても、それを確定することが、今ある紛争を直接かつ根本的に解決するために必要で適切な場合には、確認の利益を認めるべきだという考え方です。原則は現在の権利関係なのに、なぜ過去でも認めてよいのか。確認の訴えには、権利関係の存否をはっきりさせることで、そこから派生する紛争を未然に防ぐという働きがあります。この働きを重視すれば、対象が過去のものであっても、今の紛争解決に役立つなら、認めてよいはずだという発想です。例えば、すでに亡くなった親と自分との親子関係です。相手が亡くなっている以上、過去の関係ですが、それが確定すれば、相続などをめぐる今の争いがまとめて片づきます。

ただ、最高裁の判決の多くは、この考え方をそのまま掲げるのではなく、対象を現在の関係として組み立て直す形で、確認を認めてきました。次は、その組み立て直しの実例を見ましょう。

判例の言い換え——遺言と敷金

判例の言い換え板(遺言無効確認(死後)=形式上は過去の法律行為の確認だが、遺言が有効なら生じるはずの現在の特定の法律関係が存在しないことの確認と構成(原告に確認を求める法律上の利益があるとき)/敷金返還請求権確認=契約継続中でも、明渡し時に残額があることを条件とする条件付権利=現在の権利と構成) 図:判例の言い換え板

  • 遺言無効確認(死後)=形式上は過去の法律行為の確認だが、遺言が有効なら生じるはずの現在の特定の法律関係が存在しないことの確認と構成(原告に確認を求める法律上の利益があるとき)
  • 敷金返還請求権確認=契約継続中でも、明渡し時に残額があることを条件とする条件付権利=現在の権利と構成

まず、遺言が無効だという確認を、亡くなった人について求めた事件です。こちらは、遺言者がすでに亡くなっている場合です。

判例最判昭和47・2・15 民集26巻1号30頁〈百選23〉

最高裁判決(遺言無効確認の訴えの構成が争われた事件) いわゆる遺言無効確認の訴は、遺言が無効であることを確認するとの請求の趣旨のもとに提起されるから、形式上過去の法律行為の確認を求めることとなるが、請求の趣旨がかかる形式をとつていても、遺言が有効であるとすれば、それから生ずべき現在の特定の法律関係が存在しないことの確認を求めるものと解される場合で、原告がかかる確認を求めるにつき法律上の利益を有するときは、適法として許容されうるものと解するのが相当である。

遺言そのものではなく、遺言が有効だったら生じるはずの、今の権利関係が無いことを確認する、という形に組み替えています。こうすることで、対象を現在の権利関係に収めています。ただし判決は、言い換えさえすれば認める、とは言っていません。確認を求める法律上の利益があるときは、という条件が付いています。この事件では、遺言者が亡くなって相続が始まり、遺産を誰が取るのかが今まさに争いになっていました。今確定させる意味が、はっきりあったわけです。もう1つの言い換え例もあるんですか。あります。次は、敷金をめぐる事件です。

判例最判平成11・1・21 民集53巻1号1頁〈百選27〉

最高裁判決(敷金返還請求権確認の訴えの対象が争われた事件) 建物賃貸借における敷金返還請求権は、賃貸借終了後、建物明渡しがされた時において、それまでに生じた敷金の被担保債権一切を控除しなお残額があることを条件として、その残額につき発生するものであって……、賃貸借契約終了前においても、このような条件付きの権利として存在するものということができるところ、本件の確認の対象は、このような条件付きの権利であると解されるから、現在の権利又は法律関係であるということができ、確認の対象としての適格に欠けるところはないというべきである。また、本件では、上告人は、被上告人の主張する敷金交付の事実を争って、敷金の返還義務を負わないと主張しているのであるから、被上告人・上告人間で右のような条件付きの権利の存否を確定すれば、被上告人の法律上の地位に現に生じている不安ないし危険は除去されるといえるのであって、本件訴えには即時確定の利益があるということができる。

敷金を返してもらえる権利は、未払いの賃料など、敷金から差し引く債務を引いた残りについて、契約が終わっていない今の時点でも、条件つきの権利として、すでに現在のものとして存在していると構成しました。ここで、1つ考えてみてください。冒頭のAとBの話も、生きているうちの遺言を同じように「現在の権利関係」と言い換えれば、認められるでしょうか? 言い換えられそうに見えるところが、今日いちばんのつまづきどころです。答えは、次のパートで分かります。

対象を言い換えるより、大事なことがある

橋渡しの板(敷金の事案は見方によっては将来の権利関係とも言え、遺言の対象もいろいろに言い換えられる。対象を現在の権利関係に限ることにどれだけの意味があるかは疑わしい→即時確定の利益で判断すべきという見方) 図:橋渡しの板

敷金を返してもらう権利は、明渡しのときに残額があって初めて払われるので、見方によっては将来の権利とも言えます。遺言の事案も、いろいろな形に言い換えられます。そこで、対象を現在の権利関係に限ることにどれほどの意味があるのか、と疑問を向ける見方があります。この見方からは、対象をどう呼べるかではなく、即時確定の利益があるかどうかに重心を置いて判断すべきだ、ということになります。答案の骨格は、3つの観点のままです。

⭐ 論文で書く規範:確認の利益の判断枠組み 確認の利益は、①確認の訴えという方法を選択することが紛争解決にとって有効・適切か(方法選択の適否)、②選択された訴訟物が原告・被告間の紛争解決にとって有効・適切か(対象選択の適否)、③原告の権利または法的地位についての危険・不安を除去するために、判決によって権利関係を即時に確定する法律上の利益ないし必要性があるか(即時確定の利益)、という3つの観点から判断される。 (論文で確認の利益が問題になったときの判断枠組み)

この枠組みは、論文でも確認の利益が問題になったときに、そのまま使う骨格になります。

即時確定の利益——紛争がどれだけ熟しているか

即時確定の利益の板(即時確定の利益=特に将来の権利関係の確認で問題になる。発生要件が実際に具備されるか不確実で確認判決が無駄になる可能性があるから。他方、侵害発生の危険が確実視できるほど紛争が現実化していて、発生を待っていては回復困難な不利益が生じる場合には、原告の不安・危険を除去し将来の紛争を予防する意味がある) 図:即時確定の利益の板

即時確定の利益は、特に、将来の権利関係の確認で問題になります。なぜ、将来の話だと問題になるんですか。将来、権利が発生する要件が実際に備わるかどうかは、まだ不確実だからです。もし要件が備わらなければ、せっかく出した確認判決が無駄になってしまいます。例えば、まだ事故が起きていないのに、将来もし事故が起きたら保険金は出るのか、今のうちに確定してほしいと言われても困ります。事故が起きるかどうかも、どんな事故かも分からないからです。逆に、認められる場合もあるんですか。あります。侵害が起きる危険が、確実だと見られるくらいまで紛争が現実に進んでいて、実際に侵害が起きるのを待っていたら、取り返しのつかない不利益が生じるような場合です。こういう場合には、今のうちに確認しておくことが、原告の現実の不安や危険を取り除き、将来の紛争の芽を先に摘むことにつながります。これを、確認訴訟の予防的機能と呼びます。保険の例に戻ると、事故がもう起きていて、保険会社が保険の対象外だと争っているなら、紛争はすでに現実のものです。今すぐ白黒をつける意味があります。

これを、実際の場面にあてはめてみましょう。

あてはめ①——敷金の事案は、なぜ即時確定の利益があったか

敷金あてはめの板(敷金事案では、被告が敷金交付の事実自体を争っていた→対象を条件付権利=現在の権利関係と構成できるだけでなく、現に紛争が生まれている状態→即時確定の利益あり) 図:敷金あてはめの板

さきほどの敷金の事案には、即時確定の利益もありました。理由は分かりますか。たしか、被告が敷金を受け取ったこと自体を争っていたんでしたね。相手が敷金を受け取った事実そのものを否定している以上、原告の側には、現に不安や争いが生まれています。だから、今すぐ確定させる必要があると認められました。では、冒頭のAとBの話に戻りましょう。

冒頭事案の回収——なぜ生きているうちはダメなのか

死後・生存中の対比板(項目=相続開始の有無/今の権利関係/現実の争い/結論; 死後(遺言者死亡後)=相続開始・遺言が有効なら生じるはずの現在の権利関係が存在しないことを確認・現に争いが生じている・確認の利益あり; 生存中(遺言者生存中)=相続未開始・受遺者Cは将来権利を取得できる事実上の期待を有するにすぎない・現実の危険や不安なし・確認の利益なし) 図:死後・生存中の対比板

項目死後(遺言者死亡後)生存中(遺言者生存中)
相続開始の有無相続開始相続未開始
今の権利関係遺言が有効なら生じるはずの現在の権利関係が存在しないことを確認受遺者Cは将来権利を取得できる事実上の期待を有するにすぎない
現実の争い現に争いが生じている現実の危険や不安なし
結論確認の利益あり確認の利益なし

冒頭のAとBの話を、実際に扱った判例があります。判決の理由は、2段になっています。1段目は、生きているうちは遺言からまだ何の法律関係も生まれていないこと。2段目は、書き直せない状態でも、それは変わらないことです。

判例最判平成11・6・11 判時1685号36頁〈百選26〉

最高裁判決(遺言者生存中の遺言無効確認の訴えが争われた事件) 遺言は遺言者の死亡により初めてその効力が生ずるものであり(民法九八五条一項)、遺言者はいつでも既にした遺言を取り消すことができ(同法一〇二二条)、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときには遺贈の効力は生じない(同法九九四条一項)のであるから、遺言者の生存中は遺贈を定めた遺言によって何らの法律関係も発生しないのであって、受遺者とされた者は、何らかの権利を取得するものではなく、単に将来遺言が効力を生じたときは遺贈の目的物である権利を取得することができる事実上の期待を有する地位にあるにすぎない……。したがって、このような受遺者とされる者の地位は、確認の訴えの対象となる権利又は法律関係には該当しないというべきである。遺言者が心神喪失の常況にあって、回復する見込みがなく、遺言者による当該遺言の取消し又は変更の可能性が事実上ない状態にあるとしても、受遺者とされた者の地位の右のような性質が変わるものではない。

さっきの遺言無効確認の事件では、言い換えて認められていたのに、なぜここでは駄目なんですか。1段目です。遺言は、Aが亡くなって初めて効力を持ちます。だから今は、財産をもらうとされたC、つまり受遺者でさえ、いつか権利を取得できるという事実上の期待を持っているだけです。遺言から、今の権利関係はまだ何も生まれていません。Bの側から見ても、相続はまだ開始しておらず、今の時点で何の権利も取得していません。即時確定の利益から見ても、現実の危険や不安があるとは言えないのです。Aは心神喪失で、もう遺言を書き直せる状態じゃないですよね。それでも駄目なんですか。2段目です。判決は、取消しや変更の可能性が事実上無くても、受遺者の立場が期待にすぎないという性質は変わらない、としました。遺言が効力を持つのは、あくまでAが亡くなったときです。それまでに、Aの財産がどれだけ残るのか、BやCがその時点で生きているのかも、まだ決まっていません。今判決を出しても、それが役に立つか自体が見通せないのです。

だから、Aが生きているうちの遺言無効確認は、確認の利益が認められません。相続が始まってから、あらためて争うことになります。

もう1つのあてはめ——症状が固定する前の債務不存在確認

症状固定前あてはめの板(交通事故の被害者の症状が固定していない段階で、加害者が損害賠償債務の不存在確認を求めた事案=紛争の成熟性の観点から、確認の利益は厳格に判断される) 図:症状固定前あてはめの板

もう1つ、即時確定の利益が問題になる場面を紹介します。交通事故の被害者の症状が、まだ固定していない段階の話です。これ以上治療を続けても回復の見込みがない、という状態にまで至っていない、ということです。その段階で、加害者の側から、損害賠償の債務は存在しないという確認を求めた事案があります。この段階では、損害の内容がどこまで固まるか、まだ見通せません。争いの中身が固まって、今判決を出せば決着がつく状態になっていることを、紛争の成熟性と言います。症状が固定する前は、まだ熟していないので、こうした場面では、確認の利益は厳格に判断されるべきだとされています。将来の権利関係と同じ発想です。

形成の訴えの利益——発想が逆になる

形成の訴えの板(形成の訴え=判決が確定するまで権利変動を生じさせないとして、法律が特に訴えの提起を要求している場合に認められる。形成要件の存在を主張していれば、訴えの利益は原則として認められる。確認・給付とは逆に「原則あり」から出発する) 図:形成の訴えの板

ここまでは、確認の訴えの話でした。最後に、形成の訴えの利益を見ます。形成の訴えは、判決が確定するまで、権利の変動を起こさないと、法律があらかじめ決めている場合に使われる訴えです。確認の訴えとは、話の出発点が違うんですか。まったく逆です。法律が決めた、権利を変動させるための要件、つまり形成要件があることを主張していれば、訴えの利益は、原則として認められます。確認や給付の訴えのように、あれこれ絞り込む必要は、基本的にありません。例えば、裁判で離婚を求める場合、判決が確定して初めて離婚の効果が生じます。離婚の原因があると主張していれば、訴える意味は当然にあります。

法律がわざわざ、この場合は訴えを起こしてよい、と定めているので、その要件を主張している以上、訴える意味は当然にあると考えられます。

形成の訴えの利益が消える例外

形成の訴えの例外の板(原告が形成判決で実現しようとした目的が事実の推移で実現不能になった場合、または形成判決と同じ状態が事実の推移で既に実現した場合には、訴えの利益は否定される。役員選任決議取消しの訴えの係属中に、その役員が任期満了で退任した場合が典型) 図:形成の訴えの例外の板

ただし、形成の訴えにも、例外的に訴えの利益が消える場合があります。2つの場面があります。原告が実現しようとした目的が、事情の変化で実現できなくなった場合と、形成判決で実現しようとしたのと同じ状態が、判決を待たずにすでに実現してしまった場合です。

判例最判昭和45・4・2 民集24巻4号223頁〈百選30〉

最高裁判決(株主総会決議取消しの訴えの利益が争われた事件) しかして、株主総会決議取消の訴は形成の訴であるが、役員選任の総会決議取消の訴が係属中、その決議に基づいて選任された取締役ら役員がすべて任期満了により退任し、その後の株主総会の決議によつて取締役ら役員が新たに選任され、その結果、取消を求める選任決議に基づく取締役ら役員がもはや現存しなくなつたときは、右の場合に該当するものとして、特別の事情のないかぎり、決議取消の訴は実益なきに帰し、訴の利益を欠くに至るものと解するを相当とする。

会社の役員を選ぶ株主総会決議を取り消してほしいと訴えている間に、その役員が任期満了ですべて退任してしまった事案です。決議を取り消しても、もう誰の地位も変わりません。目的がすでに実現できなくなった典型例なので、特別な事情が無い限り、訴えの利益を欠くとされました。これが、形成の訴えの利益が例外的に消える場面です。

今日の地図(保存版)

総括マトリクスの板(給付の訴え=現在は原則あり、将来は135条の例外的要件/確認の訴え=方法選択の適否・対象選択の適否・即時確定の利益の3観点、即時確定の利益に重心を置く見方あり/形成の訴え=原則あり、事情変化で目的実現不能・同一状態実現なら例外的に消える) 図:総括マトリクスの板

  • 給付の訴え=現在は原則あり、将来は135条の例外的要件
  • 確認の訴え=方法選択の適否・対象選択の適否・即時確定の利益の3観点、即時確定の利益に重心を置く見方あり
  • 形成の訴え=原則あり、事情変化で目的実現不能・同一状態実現なら例外的に消える

今日の話を、1本の線でまとめます。確認の訴えは、対象に制限が無いからこそ、確認の利益で強く絞られます。その判断は、方法選択の適否、対象選択の適否、即時確定の利益という、3つの観点で行われます。方法選択の適否は、確認判決には強制執行する力が無いから、給付の訴えができるなら確認は原則不可、という話でしたね。対象選択の適否は、原則は現在の権利関係で、証書真否確認と、過去の関係でも言い換えられる場合が例外でした。そして、対象の呼び方より即時確定の利益に重心を置いて見る、という見方もありました。だから、遺言無効確認は、死後は相続が始まって今の争いがあるので認められ、生きているうちは、まだ何の法律関係も生まれておらず現実の危険も無いので、認められなかったんですね。そして、形成の訴えは、確認や給付とは発想が逆で、原則あり、事情の変化で目的が実現できなくなったときだけ、例外的に訴えの利益が消えます。

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#36単独ページ動画

当事者適格と第三者の訴訟担当

第1章 訴訟の開始 ㊱/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

遺言を実現する人は、訴訟の被告になれるか

冒頭事案の関係図(Aは亡くなった人。生前に土地をBに譲るという遺言を書いていた。Aの相続人Cはこの遺言に納得しておらず土地を渡そうとしない。Dは遺言の中でAが指定していた遺言執行者。BはDを被告として土地の引渡しを求める訴えを起こす) 図:冒頭事案の関係図

Aさんが亡くなりました。Aさんは生前に、自分の土地をBさんに譲るという遺言を書いていました。ところがAさんの相続人であるCさんは、この遺言の内容に納得していません。土地を渡そうとしないのです。そこでBさんは、土地の引渡しを求める訴えを起こすことにしました。ここでもう一人、Dという人物が登場します。Dは、Aさんが遺言のなかで指定していた遺言執行者です。遺言の内容を実現するために、必要な行為をする役目を持つ人です。Bさんが訴えを起こすとき、被告になるのは相続人のCさんでしょうか。それとも遺言執行者のDさんでしょうか。

実は、答えはDです。鍵になるのは、訴訟をする力が、本人の意思で渡されたのか、法律によって渡されたのか、という区別です。今日の内容を最後まで追うと、この理由が分かります。今日は、誰が訴訟の当事者になれば意味があるのかという当事者適格と、本人ではない第三者が代わりに訴訟をする第三者の訴訟担当を扱います。

当事者適格とは何か——訴えの利益との対比

対比板(訴えの利益=請求との関係で正当な利益・必要性を検討する客観的要件/当事者適格=ある権利関係について、誰が訴訟を追行すれば本案判決を求められるかという、当事者側から見た資格(訴訟追行権)/判断基準=誰を当事者として訴訟を追行させ、本案判決の名宛人とすることが有効・適切か) 図:対比板

  • 訴えの利益=請求との関係で正当な利益・必要性を検討する客観的要件
  • 当事者適格=ある権利関係について、誰が訴訟を追行すれば本案判決を求められるかという、当事者側から見た資格(訴訟追行権)
  • 判断基準=誰を当事者として訴訟を追行させ、本案判決の名宛人とすることが有効・適切か

前回まで扱ってきた訴えの利益を覚えていますか?請求の中身との関係で、判決を出す意味があるかを見る要件でした。訴えの利益は、請求との関係で正当な利益や必要性を検討する要件です。請求の中身という客観的な面を見るので、客観的要件と呼ばれます。今日から見る当事者適格は、同じ問いを別の方向に向けたものです。ある権利関係について、誰が訴訟を追行すれば本案判決を求められるか、という当事者側から見た資格を、訴訟追行権といいます。これを持つ人を、正当な当事者と呼びます。訴えの利益が客観的要件なのに対して、当事者適格は主観的要件と呼ばれます。判断基準は共通していて、誰を当事者として訴訟を追行させ、本案判決の名宛人とすることが、有効で適切かという物差しです。

原則——訴えの3類型ごとの当事者適格

3類型ごとの当事者適格の板(給付の訴え=自己の給付請求権を主張する者が原告、義務者と主張される者が被告/確認の訴え=確認の利益を有する者が原告、本案判決を必要ならしめている者が被告(理事者の地位確認は法人自体を被告とすべきとした判例、法律上の利害関係を要するとした判例)/形成の訴え=法律が原告・被告となるべき者を定めていればそれによる(会社828条2項等・834条等)) 図:3類型ごとの当事者適格の板

  • 給付の訴え=自己の給付請求権を主張する者が原告、義務者と主張される者が被告
  • 確認の訴え=確認の利益を有する者が原告、本案判決を必要ならしめている者が被告(理事者の地位確認は法人自体を被告とすべきとした判例、法律上の利害関係を要するとした判例)
  • 形成の訴え=法律が原告・被告となるべき者を定めていればそれによる(会社828条2項等・834条等)

原則を見ましょう。当事者適格を持つのは、訴訟物である権利関係についての判断に、法的利害関係を持つ者です。原告は、請求認容判決によって保護される権利や地位が、自分に帰属すると主張する者です。被告は、その原告の主張を争っている者です。給付の訴えでは、自己の給付請求権を主張する者が原告、義務者だと主張される者が被告です。確認の訴えでは、確認の利益と当事者適格がほぼ重なるので、確認の利益を持つ者が原告、本案判決を必要とさせている者が被告になります。ある法人の理事者としての地位を確認してほしいという訴えで、誰を被告とすべきかが争われた事件では、法人自体を被告とすべきだと判断されました。

法人を外して理事者どうしで争っても、その判決は法人を縛りません。法人との関係で地位が決まらなければ、争いは終わらないからです。もう1つ、神社の代表役員の地位をめぐって、氏子にすぎない人が確認を求めた事件では、その人の原告適格が否定されました。その地位について法律上の利害関係を持たない人に判決を出しても、争いの解決にはつながらないからです。誰でも確認を求められるわけではないということです。形成の訴えでは、法律があらかじめ原告や被告になるべき者を定めています。会社の決議を争う訴えなどが典型です。

当事者適格は本案の問題ではない

罠の板(当事者適格が認められても実体法上の権利者・義務者として認められるとは限らない=それは本案の問題/訴訟要件を欠く場合=訴え却下/本案で負ける場合=請求棄却/両者を取り違えない) 図:罠の板

  • 当事者適格が認められても実体法上の権利者・義務者として認められるとは限らない=それは本案の問題
  • 訴訟要件を欠く場合=訴え却下
  • 本案で負ける場合=請求棄却
  • 両者を取り違えない

ここで、初学者がよく取り違える点があります。当事者適格が認められたからといって、その人が実体法上の権利者や義務者として認められるとは限りません。当事者適格は、訴訟を進めるための入り口の資格です。実際に権利があるかどうかは、その先の本案で判断されます。当事者適格が無ければ、訴え自体が却下されます。当事者適格はあっても、実体上の権利が認められなければ、請求は棄却されます。この2つは、まったく別の場面です。

第三者の訴訟担当——総論

総論板(第三者の訴訟担当=権利義務の主体本人ではなく、その人の代わりに、あるいはその人とともに、第三者が当事者適格を持つ仕組み/本来の利益帰属主体は当事者にならないが、担当者が受けた判決の効力は担当者自身(115条1項1号)だけでなく利益帰属主体にも及ぶ(同項2号)/分類の基準=第三者が訴訟追行権を得た経緯が、本人の意思によるかどうか) 図:総論板

  • 第三者の訴訟担当=権利義務の主体本人ではなく、その人の代わりに、あるいはその人とともに、第三者が当事者適格を持つ仕組み
  • 本来の利益帰属主体は当事者にならないが、担当者が受けた判決の効力は担当者自身(115条1項1号)だけでなく利益帰属主体にも及ぶ(同項2号)
  • 分類の基準=第三者が訴訟追行権を得た経緯が、本人の意思によるかどうか

ここから、第三者の訴訟担当を見ていきます。本来の権利者に代わって、あるいはその人と並んで、第三者に当事者適格が認められることがあります。認められる場合があります。本来は権利を持つ本人が訴訟をするのが筋ですが、本人以外が訴訟をしたほうが、争いをうまく解決できる場面があるからです。その第三者が当事者になり、訴訟追行権を持ちます。代理人がついても、当事者は本人のままです。訴訟担当者は、自分の名前で当事者になります。他人のために、なぜ自分の名前で訴訟をするのか。その答えが、いま見た、争いをうまく解決できるから、です。本来の利益帰属主体は当事者になりませんが、担当者が受けた判決の効力は、担当者自身だけでなく、利益帰属主体にも及びます。

条文民事訴訟法115条1項

民事訴訟法第115条1項(確定判決等の効力が及ぶ者の範囲) 確定判決は、次に掲げる者に対してその効力を有する。 一 当事者 二 当事者が他人のために原告又は被告となった場合のその他人 三 前二号に掲げる者の口頭弁論終結後の承継人 四 前三号に掲げる者のために請求の目的物を所持する者

1号が担当者自身、2号が担当者に代わってもらった、その他人です。担当者が受けた判決の効力は、この2号によって、本来の権利者にも及びます。だから、本来の権利者が別に訴訟をやり直す必要は無いんです。では、どんな場合に第三者へ訴訟追行権が認められるのでしょうか。分ける基準は、明文があるかどうかではありません。条文で決まっていても、法定訴訟担当とは限りません。分類の基準は、第三者の訴訟追行権が、利益帰属主体の意思によって与えられたものかどうかです。本人の意思と無関係に法律が強制的に与える場合を法定訴訟担当、本人が自分の意思で第三者に委ねる場合を任意的訴訟担当と呼びます。

法定訴訟担当①——他人の財産の管理処分権を持つ者

法定訴訟担当①の板(本人の意思にかかわらず、法律の規定によって当然に第三者へ訴訟追行権が与えられる場合/例=破産管財人(破78条1項・80条)/差し押さえた債権を取り立てる差押債権者(民執155条1項・157条1項)/債権者代位訴訟の債権者(民423条)/責任追及訴訟の株主(会社847条)/遺言執行者(民1012条)) 図:法定訴訟担当①の板

  • 本人の意思にかかわらず、法律の規定によって当然に第三者へ訴訟追行権が与えられる場合
  • 例=破産管財人(破78条1項・80条)
  • 差し押さえた債権を取り立てる差押債権者(民執155条1項・157条1項)
  • 債権者代位訴訟の債権者(民423条)
  • 責任追及訴訟の株主(会社847条)
  • 遺言執行者(民1012条)

法定訴訟担当のうち、まず1つ目のグループです。他人の財産について、管理や処分の権限を持つ者が、その財産をめぐる訴訟を担当する場合です。典型例は、破産管財人です。

条文破産法78条1項

破産法第78条1項(破産管財人の権限) 破産手続開始の決定があった場合には、破産財団に属する財産の管理及び処分をする権利は、裁判所が選任した破産管財人に専属する。

条文破産法80条

破産法第80条(当事者適格) 破産財団に関する訴えについては、破産管財人を原告又は被告とする。

破産手続が始まると、破産者は自分の財産の管理や処分をする権利を失い、裁判所が選んだ破産管財人に専属します。だから、破産財団、つまり破産者の財産に関する訴えでは、破産管財人が原告や被告になります。似た構造の例が、ほかにも並びます。差し押さえた債権を取り立てるために訴えを起こす差押債権者、債権者代位訴訟で債務者の権利を代わりに行使する債権者、株主代表訴訟の株主です。そして、今日の冒頭で見た遺言執行者です。

条文民法1012条1項

民法第1012条1項(遺言執行者の権利義務) 遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。

遺言執行者は、遺言の内容を実現するために、相続財産の管理その他必要な一切の行為をする権利義務を持ちます。遺贈の履行を求める訴えでは、この管理処分権にもとづいて、遺言執行者が、相続人の訴訟担当者として被告になります。Cさんは相続人であって、遺贈の目的物を実際に管理する立場ではありません。管理処分権を持つDさんが、訴訟でも相続人の代わりに矢面に立ちます。ここで、DさんはAさんが遺言で指定した人だから、本人の意思で選ばれた任意的訴訟担当ではないか、という疑問が浮かぶかもしれません。しかし、この訴訟で義務を負う本人は、相続人のCさんです。Cさんは、Dさんに訴訟を任せるとは決めていません。それでもDさんが当事者になるのは、法律が遺言執行者に管理処分権を与えているからです。だから法定訴訟担当です。

債権者代位訴訟の位置づけが揺れていること

罠の板(債権者代位訴訟は従来、法定訴訟担当の典型例として一括りに語られてきたが近時は議論がある/平成29年民法改正で、債権者が代位権を行使しても債務者は被代位権利の取立て・処分等を妨げられないとされた(民423条の5)/債務者にも当事者適格が認められることから、法定訴訟担当なのか債権者固有の当事者適格に基づくのか議論が続いている) 図:罠の板

  • 債権者代位訴訟は従来、法定訴訟担当の典型例として一括りに語られてきたが近時は議論がある
  • 平成29年民法改正で、債権者が代位権を行使しても債務者は被代位権利の取立て・処分等を妨げられないとされた(民423条の5)
  • 債務者にも当事者適格が認められることから、法定訴訟担当なのか債権者固有の当事者適格に基づくのか議論が続いている

ここで、1つ注意しておきたい点があります。債権者代位訴訟は、長らく法定訴訟担当の典型例として説明されてきました。ただし、この位置づけは近時揺れています。

条文民法423条の5

民法第423条の5(債務者の取立てその他の処分の権限等) 債権者が被代位権利を行使した場合であっても、債務者は、被代位権利について、自ら取立てその他の処分をすることを妨げられない。この場合においては、相手方も、被代位権利について、債務者に対して履行をすることを妨げられない。

民法改正で、債権者が代位権を行使しても、債務者は自分の権利について取立てや処分をすることを妨げられないと定められました。債務者自身にも、権利を動かす余地が残っているわけです。だから、債権者代位訴訟を、そのまま法定訴訟担当の典型例だと言い切ってよいのか、それとも債権者自身の固有の当事者適格にもとづくと見るべきなのか、議論が続いています。この論点は、今の段階では断定せず、揺れがあると押さえておいてください。

法定訴訟担当②——職務上の当事者

法定訴訟担当②の板(ある職務についていることを理由に、法律上その地位にある者へ訴訟追行権が与えられる場合/例=婚姻の無効・取消しの訴えなどの人事訴訟で、相手方が既に死亡しているときに検察官を被告として訴える) 図:法定訴訟担当②の板

  • ある職務についていることを理由に、法律上その地位にある者へ訴訟追行権が与えられる場合
  • 例=婚姻の無効・取消しの訴えなどの人事訴訟で、相手方が既に死亡しているときに検察官を被告として訴える

法定訴訟担当には、もう1つのグループがあります。財産の管理処分権ではなく、ある職務に就いていることそのものを理由に、訴訟追行権が与えられる場合です。これを、職務上の当事者と呼びます。例えば、婚姻の無効や取消しを求める人事訴訟で、本来の相手方がすでに亡くなっているときです。

条文人事訴訟法12条3項

人事訴訟法第12条3項(被告適格) 前二項の規定により当該訴えの被告とすべき者が死亡し、被告とすべき者がないときは、検察官を被告とする。

被告とすべき人がすでに亡くなっていて、ほかに被告とすべき人もいないときは、検察官が被告になります。検察官は、事件と直接関係があるわけではありません。検察官という職務にある人が、公益の見地から訴訟を担うという構造です。財産の管理処分権とは、まったく別の理由で当事者になる例です。

任意的訴訟担当——選定当事者

選定当事者の板(任意的訴訟担当=本人である利益帰属主体が、自分の意思で第三者に訴訟追行権を授けるもの/明文で認めるのが選定当事者(30条)=共同の利益を持つ多数の者のうち1人または数人を選んで当事者とし、他の者(選定者)は訴訟追行権を委ねる/判決の効力は選定者にも及ぶ(115条1項2号)/選定当事者は、自分にその資格があることを訴訟の場で書面によって示さなければならない(規15条)) 図:選定当事者の板

  • 任意的訴訟担当=本人である利益帰属主体が、自分の意思で第三者に訴訟追行権を授けるもの
  • 明文で認めるのが選定当事者(30条)=共同の利益を持つ多数の者のうち1人または数人を選んで当事者とし、他の者(選定者)は訴訟追行権を委ねる
  • 判決の効力は選定者にも及ぶ(115条1項2号)
  • 選定当事者は、自分にその資格があることを訴訟の場で書面によって示さなければならない(規15条)

ここから、任意的訴訟担当に入ります。本来の利益帰属主体が、自分の意思で第三者に訴訟追行権を委ねる場合です。これを明文で認めているのが、選定当事者という制度です。条文があるので法定訴訟担当に入りそうに見えますが、条文があっても法定訴訟担当にはならない、そこが分かれ目です。誰に訴訟を任せるかは、選定者それぞれが自分で決めます。本人の意思で委ねているので、任意的訴訟担当です。分ける物差しは、明文の有無ではなく、本人の意思でした。

条文民事訴訟法30条1項

民事訴訟法第30条1項(選定当事者) 共同の利益を有する多数の者で前条の規定に該当しないものは、その中から、全員のために原告又は被告となるべき一人又は数人を選定することができる。

共同の利益を持つ多数の者のうち、1人または数人を選んで、全員のために原告や被告とすることができます。選ばれた人を選定当事者、選んだ人を選定者と呼びます。選定者は訴訟に顔を出さなくても構いません。選定当事者が選定者それぞれの権利について訴訟を追行し、判決を受けます。当事者になっていない選定者にも、この判決の効力が及びます。さきほどの115条1項2号にあたります。訴訟の途中から選定当事者制度に切り替えることや、途中で選定者に加わること、選定の取消しや選定当事者の変更も認められています。30条2項から4項です。

ただし、選定という行為は、選定者それぞれが自分の利益についての訴訟追行権を授ける訴訟行為なので、選定当事者は自分にその資格があることを、訴訟の場で書面によって証明しなければなりません。選定書によって、個々の授権をはっきりさせるわけです。

明文なき任意的訴訟担当は、どこまで広げられるか

問題提起の板(選定当事者以外に、任意的訴訟担当をどこまで認めてよいか/本人の授権さえあれば誰でもよいとすると、訴訟代理人を弁護士に限定した弁護士代理の原則(54条)や、訴訟信託を禁止した信託法10条の趣旨が損なわれるおそれがある) 図:問題提起の板

  • 選定当事者以外に、任意的訴訟担当をどこまで認めてよいか
  • 本人の授権さえあれば誰でもよいとすると、訴訟代理人を弁護士に限定した弁護士代理の原則(54条)や、訴訟信託を禁止した信託法10条の趣旨が損なわれるおそれがある

では、明文の規定が無い場面で、本人が訴訟をやってほしいと頼んだだけで、誰でも第三者として訴訟担当者になれるでしょうか。明文の規定が無い場面で本人の授権だけを頼りにしてよいか、そこが問題です。本人の授権さえあれば誰でもよいとすると、困ったことが起こります。

条文民事訴訟法54条1項

民事訴訟法第54条1項(訴訟代理人の資格) 法令により裁判上の行為をすることができる代理人のほか、弁護士でなければ訴訟代理人となることができない。ただし、簡易裁判所においては、その許可を得て、弁護士でない者を訴訟代理人とすることができる。

条文信託法10条

信託法第10条(訴訟信託の禁止) 信託は、訴訟行為をさせることを主たる目的としてすることができない。

法は、訴訟代理人を弁護士に限る弁護士代理の原則を定めています。民訴法54条です。また、信託法10条は、訴訟をさせることを主な目的とした信託を禁止しています。なぜ、そんな決まりがあるんですか。本来の権利義務の持ち主を保護し、訴訟を円滑に進めるためです。もし、本人の授権だけで誰でも訴訟担当者になれてしまうと、弁護士でない人に実質的な代理をさせたり、権利だけを取り出して他人に訴訟をさせたりする抜け道になりかねません。そこで、明文が無くても任意的訴訟担当を認めてよいかどうかが、判例で争われました。

判例最大判昭和45・11・11〈百選13〉

最高裁判決(訴訟信託の該当性が争われた事件) 当該訴訟信託がこのような制限を回避、潜脱するおそれがなく、かつ、これを認める合理的必要がある場合には許容するに妨げない。

弁護士代理の原則や訴訟信託の禁止の趣旨を回避したり、潜脱したりするおそれが無いこと。そして、これを認める合理的な必要があることです。この2つを満たす場合に限って、明文が無くても任意的訴訟担当が許されるというのが、判例と通説の立場です。

⭐ 論文で書く規範:明文なき任意的訴訟担当の規範 任意的訴訟担当は、本来の利益帰属主体の意思に基づいて第三者に訴訟追行権が授与されるものであり、選定当事者(30条)がこれを明文で認めている。それ以外の場面で任意的訴訟担当を無制限に認めると、法が訴訟代理人を弁護士に限定した弁護士代理の原則(54条)や訴訟信託を禁止した信託法10条の趣旨(本来の権利義務の帰属主体の保護と円滑な訴訟進行の確保)が損なわれるおそれがある。そこで、①これらの規定の趣旨を回避・潜脱するおそれがなく、かつ、②これを認める合理的必要がある場合には、明文がなくても任意的訴訟担当が許されると解する。 (判例・通説の規範(条文に無い基準=出どころは判例・通説))

この規範は、論文で明文なき任意的訴訟担当が問題になったときに、そのまま使う骨格になります。あくまで判例と通説が積み上げてきた基準です。成立要件のように条文を読めば出てくるものではないので、規範として押さえてください。

2要件のあてはめ——認められる場合と、認められない場合

あてはめ板(民法上の組合の業務執行組合員=組合規約にもとづき組合財産の管理権とともに訴訟追行権を授与されている=実体的な管理権を伴う授権なので回避・潜脱のおそれがなく合理的必要も認められ許容される/単に訴訟をやってほしいと口頭で頼まれただけの第三者=実体的な権利義務を伴わず、訴訟追行権だけを取り出した授与に見える=弁護士代理の原則を潜脱するおそれがあり原則として許容されない) 図:あてはめ板

  • 民法上の組合の業務執行組合員=組合規約にもとづき組合財産の管理権とともに訴訟追行権を授与されている=実体的な管理権を伴う授権なので回避・潜脱のおそれがなく合理的必要も認められ許容される
  • 単に訴訟をやってほしいと口頭で頼まれただけの第三者=実体的な権利義務を伴わず、訴訟追行権だけを取り出した授与に見える=弁護士代理の原則を潜脱するおそれがあり原則として許容されない

この2要件を、具体的な場面にあてはめてみましょう。民法上の組合の業務執行組合員という例があります。業務執行組合員は、組合規約にもとづいて、各組合員から組合財産の管理権とともに、訴訟追行権を与えられています。単に訴訟だけを頼まれたのではなく、実体的な管理権や、対外的な業務執行権とともに、授権されている点がポイントです。だからこそ、弁護士代理の原則を回避したり、訴訟信託の禁止を潜脱したりするものとはいえません。組合員全員がそろって訴訟をするのは大変で、財産を実際に管理している人に任せるほうが合理的なので、合理的な必要も認められます。2要件を満たすので、業務執行組合員には、任意的訴訟担当として当事者適格が認められます。逆に考えてみてください。もし、実体的な管理権など何も持たない第三者が、ただ訴訟だけをやってほしいと口頭で頼まれただけだったら、どうでしょうか。

それだと、訴訟追行権だけを取り出して渡しているみたいですね。実体を伴わない、訴訟追行権だけの授与は、弁護士でない人に実質的な代理をさせる抜け道に見えます。原則として、認められません。この境目が、2要件のあてはめの勘所です。

任意的訴訟担当が広がってきた場面

入会団体の板(固有必要的共同訴訟で全員がそろわなくても訴えられるようにする工夫として、総有権の確認については入会団体そのものに原告適格を認めた事案/同じ事案で、規約等の手続により登記名義人と定められた構成員は、代表者でなくても自己の名で登記手続請求訴訟を追行する原告適格を持つ=入会団体から訴訟追行権を授与されたとみるのが当事者の意思にそう) 図:入会団体の板

  • 固有必要的共同訴訟で全員がそろわなくても訴えられるようにする工夫として、総有権の確認については入会団体そのものに原告適格を認めた事案
  • 同じ事案で、規約等の手続により登記名義人と定められた構成員は、代表者でなくても自己の名で登記手続請求訴訟を追行する原告適格を持つ=入会団体から訴訟追行権を授与されたとみるのが当事者の意思にそう

近時は、明文なき任意的訴訟担当が認められる場面が、さらに広がっています。2つ紹介します。1つ目は、全員が揃わないと訴訟を起こせない固有必要的共同訴訟で、提訴や訴訟追行の負担を軽くする方策として、訴訟担当が活用される場面です。入会団体が、構成員全員がまとめて持つ総有権の確認を求めた事案があります。総有権の確認を求める部分について、判決が原告適格を認めたのは、第三者ではなく、入会団体そのものでした。入会権は、構成員一人ひとりが持分を持つ権利ではなく、団体としてまとまって持つ権利です。だから、団体が当事者になって一度に決着をつけるほうが、争いを長引かせずに解決できるとされました。

当事者になるのは団体自身です。ただ、全員がそろわなくても訴訟ができるようにする工夫という点では、同じ方向を向いています。同じ事件には、もう一つ場面があります。入会団体は、団体そのものの名義では登記ができません。そこで、規約の定める手続で、ある構成員個人を、入会権の対象になっている土地の登記名義人とすることにした事案です。判決は、その構成員は、団体の代表者でなくても、自分の名で登記手続を求める訴えを起こせるとしました。規約の手続で登記名義人と定められた以上、その構成員は、入会団体から、登記名義人になることを委ねられるとともに、登記手続請求訴訟を追行する権限を与えられたとみるのが、当事者の意思にかなうと判断されました。判決は、こう解しても弁護士代理の原則や訴訟信託の禁止の趣旨を潜脱するものとはいえない、としています。

総有権の確認は団体、登記手続の請求は登記名義人とされた構成員個人と、場面によって当事者が変わります。この2つの場面は、あわせて押さえておいてください。

ソブリン債の板(発行要項に、債券の管理会社となった銀行が債券の所持人のために裁判上の行為をする権限を持つ旨の条項/債券を取得した者はこの条項を受け入れて訴訟追行権を授与したと認定=明示の授権が無くても2要件を満たす/管理会社は銀行で法律の規制・監督を受け、公平誠実義務・善管注意義務を負う=弁護士代理の原則・訴訟信託の禁止を潜脱するおそれなし/債券は多数の一般投資家に販売=各自が適切に権利行使することは期待できない=合理的必要) 図:ソブリン債の板

  • 発行要項に、債券の管理会社となった銀行が債券の所持人のために裁判上の行為をする権限を持つ旨の条項
  • 債券を取得した者はこの条項を受け入れて訴訟追行権を授与したと認定=明示の授権が無くても2要件を満たす
  • 管理会社は銀行で法律の規制・監督を受け、公平誠実義務・善管注意義務を負う=弁護士代理の原則・訴訟信託の禁止を潜脱するおそれなし
  • 債券は多数の一般投資家に販売=各自が適切に権利行使することは期待できない=合理的必要

2つ目は、外国の国が発行した債券をめぐる事案です。債券の発行要項に、債券の管理会社になった銀行が、債券を持つ人のために裁判上の行為をする権限を持つ、という条項がありました。判決は、債券を買った人が、この条項を受け入れて、訴訟追行権を与えたと認めました。明示にはっきり頼んでいなくても、2要件を満たすとされました。管理会社は銀行で、法律の規制や監督を受け、債券を持つ人に対して、公平誠実義務や善管注意義務を負っています。だから、弁護士代理の原則や、訴訟信託の禁止をすり抜けるおそれはありません。また、債券は多数の一般の人に売られるので、一人ひとりが自分で適切に権利を行使することは期待できません。そこに合理的必要があります。

要件の中身は変わりませんが、合理的必要の判断の幅が、以前より広がってきているといえます。

当事者能力と当事者適格の交錯

二段階審査の板(当事者能力=事件と関係なく一般に当事者になれるかという入口の資格/当事者適格=この事件について当事者になれるかという個別の資格/当事者適格は当事者能力を前提とするが、能力があるからといって適格があるとはいえない=入口の資格を確認してから、この事件についての資格を確認するという二段階の審査/逆に有効・適切な紛争解決のためにはその者を当事者とするほかない場合には、当事者適格が認められる者に当事者能力も認めるべき) 図:二段階審査の板

  • 当事者能力=事件と関係なく一般に当事者になれるかという入口の資格
  • 当事者適格=この事件について当事者になれるかという個別の資格
  • 当事者適格は当事者能力を前提とするが、能力があるからといって適格があるとはいえない=入口の資格を確認してから、この事件についての資格を確認するという二段階の審査
  • 逆に有効・適切な紛争解決のためにはその者を当事者とするほかない場合には、当事者適格が認められる者に当事者能力も認めるべき

以前扱った当事者能力を覚えていますか。訴訟の当事者になれる一般的な資格でしたね。預託金会員制のゴルフクラブの回で扱いました。当事者能力は、事件と関係なく、一般に訴訟の当事者になれるかという入口の資格、当事者適格は、この事件について当事者になれるかという個別の資格です。だから、当事者適格は当事者能力を前提としますが、能力があるからといって、適格があるとは限りません。まず入口の資格を確認し、それから、この事件についての資格を確認する、という順番です。実は、逆の発想も出てきます。当事者能力の規定も、私人間の紛争解決をどうすれば合理的で効果的に達成できるかという、訴訟法独自の観点で定められています。だから、その者を当事者として判決しても有効で適切な紛争解決がなされないなら、訴えは却下されます。これは、当事者適格と同じ働きです。

逆にいえば、有効で適切な紛争解決のためには、その者を当事者とするほかないという場合には、当事者適格が認められる者に、当事者能力も認めるべきだということになります。預託金会員制ゴルフクラブが、計算書類などの謄本の交付を求められた事案は、まさにこの発想で扱われました。当事者能力と当事者適格は、それぞれ独立した訴訟要件ですが、互いに関連し合っています。

利益拡散訴訟と当事者適格

利益拡散訴訟の板(近時は当事者適格を実体的利益ではなく手続的利益を基準に捉え直す考え方も有力/環境紛争など保護対象の利益が不特定多数に拡散している場合、誰が利益の主体かの特定が困難で、誰にも原告になる資格が無いことになりかねない/消費者団体訴訟制度=①適格消費者団体による差止請求訴訟(消費契約12条)②特定適格消費者団体が事業者の責任をまず確定し、個々の消費者の債権をその後確定する2段階の制度) 図:利益拡散訴訟の板

  • 近時は当事者適格を実体的利益ではなく手続的利益を基準に捉え直す考え方も有力
  • 環境紛争など保護対象の利益が不特定多数に拡散している場合、誰が利益の主体かの特定が困難で、誰にも原告になる資格が無いことになりかねない
  • 消費者団体訴訟制度=①適格消費者団体による差止請求訴訟(消費契約12条)②特定適格消費者団体が事業者の責任をまず確定し、個々の消費者の債権をその後確定する2段階の制度

最後に、現代的な広がりを見ておきます。近時は、権利や損害がその人自身に帰属しているかという実体面ではなく、手続を担うのにふさわしい立場かという面から、当事者適格をとらえ直す考え方が有力になっています。実体的な利益というのは、その人自身に権利や損害が帰属しているかという話です。ところが、環境紛争のように、保護すべき利益が不特定多数の人に拡散している場合、そもそも誰が利益の主体かを特定すること自体が難しくなります。そこで、被害を受けた個人ではなく、一定の要件を満たした団体に、手続を進める利益があるとして、当事者適格を認める制度が設けられました。消費者団体訴訟制度です。1つは、法律の要件を満たした適格消費者団体による、差止請求訴訟です。もう1つは、特定適格消費者団体が、まず第一の手続で事業者の責任を確定し、次に第二の手続で個々の消費者の債権を確定する、2段階の制度です。

団体が持つのは、自分の権利ではなく、手続を担う立場です。この団体は、不特定多数の消費者の利益を守る活動を目的とし、その活動を継続して適正におこなってきたことなどを確かめたうえで、内閣総理大臣の認定を受けます。散らばった利益をまとめて訴訟に乗せる担い手としてふさわしいと確かめられているから、手続を進める利益が認められるのです。

今日の地図(保存版)

総括マトリクスの板(訴訟要件の全体地図=管轄(裁判所を選ぶ要件)・当事者能力(訴訟の当事者になれる一般的資格)・訴訟能力(自分で訴訟行為ができる能力)・訴えの利益(請求との関係で判決を出す意味があるかという客観的要件)・当事者適格(誰が当事者になれば有効・適切かという主観的要件)) 図:総括マトリクスの板

今日の内容を、1本の線でまとめます。当事者適格は、誰を当事者として訴訟を追行させ、本案判決の名宛人とすることが有効で適切かという物差しでした。原則は、権利関係に法的利害関係を持つ者です。そして、本人の意思にもとづくかどうかで、第三者の訴訟担当が法定と任意に分かれました。法定は、管理処分権者と職務上の当事者。任意は、明文の選定当事者と、2要件で絞られる明文なき任意的訴訟担当です。だから、冒頭のDさんは、遺言執行者として管理処分権を持つから、法定訴訟担当として被告になれたんですね。当事者能力との関係では、入口の資格からこの事件についての資格へという順番のほかに、有効・適切な紛争解決のために逆転する場面もありました。そして、利益が拡散する現代的な紛争では、手続的な利益を基準にした制度が生まれています。これで、訴訟の入り口を審査する訴訟要件のうち、主なものを見てきました。管轄、当事者能力、訴訟能力、訴えの利益、そして当事者適格です。

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第2章訴訟の審理

#37単独ページ動画

答弁書と第1回口頭弁論期日・申立て・主張・立証

第2章 訴訟の審理 ㊲/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

800万円は返す約束か、それとももらったものか

冒頭事案の関係図(Xは取引先の代表者Yに800万円を貸した。弁済期は半年後。期限が来てもYは返さず、Yは「あれは借りたのではなく、もらったものだ」と主張する) 図:冒頭事案の関係図

Xさんは、取引先の代表者であるYさんに800万円を貸しました。半年後に返してもらう約束でした。ところが期限が来ても、Yさんは返しません。理由を聞くと、Yさんはこう言います。あれは借りたのではなく、もらったものだ。争いになっているのは、お金を渡したという事実そのものではなく、返す約束をしたかどうかです。Xさんは訴えを起こすことにしました。訴えを起こしたその日に、法廷で言い合いが始まるわけではありません。訴状を出してから、実際に法廷で顔を合わせるまでには、いくつかの段取りがあります。そして、Yさんが最初にすることは、反論ではなく、訴状に書かれた事実を1つずつ認めるかどうかの申告です。この申告の仕方によって、この裁判で本当に争われる部分がどこなのかが、初めて絞り込まれます。今日は、訴状が届いてから第1回の口頭弁論の期日までを追いながら、民事裁判を組み立てている3階建ての構造を見ていきます。

訴状が出てから答弁書が届くまで

審理の流れの板(訴状提出→訴状審査(137条)→期日指定(139条・規60条2項)→送達→進行照会(規61条)→答弁書提出(規80条)→第1回口頭弁論期日) 図:審理の流れの板

Xさんが訴状を裁判所に出すと、まず裁判長が訴状を審査します。

条文民事訴訟法137条

民事訴訟法第137条(裁判長の訴状審査権) 訴状が第百三十四条第二項の規定に違反する場合には、裁判長は、相当の期間を定め、その期間内に不備を補正すべきことを命じなければならない。 2 前項の場合において、原告が不備を補正しないときは、裁判長は、命令で、訴状を却下しなければならない。 3 前項の命令に対しては、即時抗告をすることができる。

訴状の回で見たとおり、必要な事項が欠けていれば裁判長が補正を命じ、それでも直らなければ訴状は却下されます。逆に言えば、ここを通り抜けた訴状だけが、審理という時間軸に乗ります。審査を通ると、裁判長は口頭弁論の期日を指定します。

条文民事訴訟法139条

民事訴訟法第139条(口頭弁論期日の指定) 訴えの提起があったときは、裁判長は、口頭弁論の期日を指定し、当事者を呼び出さなければならない。

最初の期日には、目安があります。

条文民事訴訟規則60条2項

民事訴訟規則第60条2項(最初の口頭弁論期日の指定) 前項の期日は、特別の事由がある場合を除き、訴えが提起された日から三十日以内の日に指定しなければならない。

訴えを起こした日から、原則として30日以内に指定されます。訴えを起こしてから何ヶ月も放置されると、当事者は不安なままですし、記憶や証拠も薄れていきます。早く期日を決めることで、審理全体を迅速に進める姿勢を作っています。ただし、被告が答弁を準備する時間も必要なので、極端に早すぎてもいけません。30日という数字は、そのバランスの目安です。期日が決まると、訴状の副本と、この期日に来てくださいという呼出状が、被告のYさんに送られます。送達の回で見たとおり、この送達があって初めて、Yさんは自分が訴えられていることを知ります。ここで初めて知らされるからこそ、Yさんには防御の準備をする機会が保障されます。送達を抜きにして手続を進めることはできません。それから、期日を指定する前に、裁判長は当事者から進行についての意見を聞くことができます。

条文民事訴訟規則61条

民事訴訟規則第61条(最初の口頭弁論期日前における参考事項の聴取) 裁判長は、最初にすべき口頭弁論の期日前に、当事者から、訴訟の進行に関する意見その他訴訟の進行について参考とすべき事項の聴取をすることができる。 2 裁判長は、前項の聴取をする場合には、裁判所書記官に命じて行わせることができる。

裁判所書記官に行わせることもできます。この段階で、当事者の予定や、争いになりそうな点をあらかじめ把握しておくと、期日そのものが実りあるものになります。いまの一言でいうと、訴状が出てから第1回期日までは、裁判所が形式を整え、当事者に知らせ、進め方を調整する準備の期間です。まだ争いの中身には入っていません。

答弁書——被告が最初に出す準備書面

答弁書の中身の板(答弁書=被告が最初に出す準備書面(規80条)/記載事項/請求の趣旨に対する答弁/訴状記載事実への認否/抗弁事実/重要な間接事実/証拠) 図:答弁書の中身の板

  • 答弁書=被告が最初に出す準備書面(規80条)
  • 記載事項
  • 請求の趣旨に対する答弁
  • 訴状記載事実への認否
  • 抗弁事実
  • 重要な間接事実
  • 証拠

訴状の副本を受け取ったYさんは、期日までに答弁書という書面を出します。

条文民事訴訟規則80条

民事訴訟規則第80条1項・2項(答弁書) 答弁書には、請求の趣旨に対する答弁を記載するほか、訴状に記載された事実に対する認否及び抗弁事実を具体的に記載し、かつ、立証を要する事由ごとに、当該事実に関連する事実で重要なもの及び証拠を記載しなければならない。やむを得ない事由によりこれらを記載することができない場合には、答弁書の提出後速やかに、これらを記載した準備書面を提出しなければならない。 2 答弁書には、立証を要する事由につき、重要な書証の写しを添付しなければならない。やむを得ない事由により添付することができない場合には、答弁書の提出後速やかに、これを提出しなければならない。

まず、Xさんの請求そのものに対する答弁です。今回であれば、請求を棄却してほしいという申立てになります。それに加えて、訴状に書かれた事実を1つずつ認めるかどうか、そして証拠を書きます。Yさんは請求棄却を求めたうえで、Xさんが訴状に書いた事実を、1つずつ認めるか否かの答えを返します。この答え方こそが、今日の1つ目の核心です。半分正しくて、半分足りません。答弁書は2つの層でできています。1つは、Xさんの申立てそのものに対する応答、つまり請求を認めるか退けるかという層です。もう1つは、Xさんが主張した個々の事実に対する応答、つまり認否の層です。この2層構造は、このあと見る3階建ての構造と、ちょうど対応しています。もし答弁書が期日までに出ず、Yさんが期日にも来なかったらどうなるか。これは、このあと見る第1回期日の場面で扱います。

答弁書の認否——4つに分かれる

認否4類型の板(認める=裁判上の自白/否認=理由付否認(規79条3項)/不知=争ったものと推定(159条2項)/沈黙=自白したものとみなす・擬制自白(159条1項)) 図:認否4類型の板

  • 認める=裁判上の自白
  • 否認=理由付否認(規79条3項)
  • 不知=争ったものと推定(159条2項)
  • 沈黙=自白したものとみなす・擬制自白(159条1項)

訴状に書かれた1つの事実に対して、被告の答え方は4種類にしか分かれません。友人から連絡が来たときの返し方だと考えてみてください。「そうだね」と答える、「それは違う、こういうことだ」と理由を付けて答える、「そんな話は知らない」と答える、そして既読のまま何も返さない。この4つです。

不知と沈黙の対比の板(不知=159条2項/知らないと述べる=争ったものと推定/沈黙=159条1項/争うことを明らかにしない=自白したものとみなす・擬制自白/ただし書=弁論の全趣旨から争ったと認めるべきときはこの限りでない) 図:不知と沈黙の対比の板

  • 不知=159条2項
  • 知らないと述べる=争ったものと推定
  • 沈黙=159条1項
  • 争うことを明らかにしない=自白したものとみなす・擬制自白
  • ただし書=弁論の全趣旨から争ったと認めるべきときはこの限りでない

ここからは、不知と沈黙を並べて見ていきます。

条文民事訴訟法159条

民事訴訟法第159条(自白の擬制) 当事者が口頭弁論において相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合には、その事実を自白したものとみなす。ただし、弁論の全趣旨により、その事実を争ったものと認めるべきときは、この限りでない。 2 相手方の主張した事実を知らない旨の陳述をした者は、その事実を争ったものと推定する。 3 第一項の規定は、当事者が口頭弁論の期日に出頭しない場合について準用する。ただし、その当事者が公示送達による呼出しを受けたものであるときは、この限りでない。

争う姿勢をはっきり示さないと、その事実を自白したものとみなされます。これを擬制自白と呼びます。気持ちは分かります。ですが裁判所には、黙っている理由が分かりません。争っているなら争っていると言えばよいだけです。それを言わない以上、争いが無いものとして扱うほかないのです。既読のまま黙っていれば、相手はいつまでも納得したと受け取るしかないのと同じです。弁論の全趣旨から争ったと認めるべきときは、擬制しません。たとえば、期日で他の事実については激しく争っておきながら、1つの事実についてだけ言及を忘れていた、というような場合です。全体の様子から見て争う意思が明らかなら、たった1つの言い漏らしを自白の扱いにはしません。

不知は、擬制自白とは違います。知らないと述べた場合は、争ったものと推定されるにとどまります。知らないと言っただけで争ったことになるのは、少なくとも「その事実はそのとおりです」とは言っていないからです。知らないという答えは、相手の事実をそのまま受け入れる態度ではありません。だから、争う姿勢の一種として扱われます。ただ、積極的に理由を示して否定しているわけでもないので、争いの強さとしては、否認より一段弱い扱いになります。擬制と推定には強さの違いがあります。推定は、後から反証すれば覆せる仮の扱いです。擬制は、その口頭弁論の期日での態度のままなら、覆らない扱いになります。そして否認は、はっきり争う場合です。ただし、ただ否認するだけでは足りません。

理由付否認の板(否認=争う意思を正面から示す/理由付否認=規79条3項/理由を示すことで争点が具体的な事実まで絞られる/「もらった」=返還の約束を正面から否定=理由付否認/抗弁との違いは別の事実を持ち出すかどうか) 図:理由付否認の板

  • 否認=争う意思を正面から示す
  • 理由付否認=規79条3項
  • 理由を示すことで争点が具体的な事実まで絞られる
  • 「もらった」=返還の約束を正面から否定=理由付否認
  • 抗弁との違いは別の事実を持ち出すかどうか

ここで、理由付否認の条文を見てみましょう。

条文民事訴訟規則79条3項

民事訴訟規則第79条3項(準備書面) 準備書面において相手方の主張する事実を否認する場合には、その理由を記載しなければならない。

これを理由付否認と呼びます。理由まで求められるのは、ただ「違います」とだけ言われても、何が争点なのかが絞れないからです。理由を書かせることで、否認が単なる時間稼ぎではなく、具体的な言い分だと分かるようにしています。相手方も、どこを争えばよいかが分かり、審理が具体的な事実のレベルまで絞り込まれます。ここで、冒頭のYさんの答弁を思い出してください。Yさんは、お金を受け取ったこと自体は認めます。しかし、返す約束をしたことは否認し、あれはもらったものだという理由を付けます。証明不要で確定する事実と、争点として残る事実が、答弁書1通のなかで一度に決まります。

Yさんの「もらった」という言い方が、否認なのか、それとも別の主張なのかを考えてみましょう。相手の主張する事実を、正面から「そんな事実は無かった」と打ち消すのが否認です。これに対して、相手の事実はいったん置いたうえで、それとは別の新しい事実を持ち出して結論を覆そうとするものを抗弁と呼びます。Yさんの「もらった」は、返還の約束という事実を正面から否定する言い方をしているので、ここでは理由付否認として扱っています。ただ、贈与という別の事実を持ち出す形になれば抗弁に近づくこともあり、否認と抗弁の線引きは、また別の回で扱います。いまの一言でいうと、答弁書の認否は、事実1つひとつを、証明不要にするか争点にするかの仕分け作業です。仕分けの結果しだいで、この先の審理の範囲がまるごと決まります。

第1回口頭弁論期日——欠席しても手続は止まらない

陳述擬制の板(原告が欠席=訴状の記載内容を陳述したものとみなす/被告が欠席=答弁書の記載内容を陳述したものとみなす/どちらも158条・最初の口頭弁論期日限定) 図:陳述擬制の板

  • 原告が欠席=訴状の記載内容を陳述したものとみなす
  • 被告が欠席=答弁書の記載内容を陳述したものとみなす
  • どちらも158条・最初の口頭弁論期日限定

答弁書が出そろうと、第1回の口頭弁論期日を迎えます。この期日は、裁判所が主導して進行を仕切ります。

条文民事訴訟法158条

民事訴訟法第158条(訴状等の陳述の擬制) 原告又は被告が最初にすべき口頭弁論の期日に出頭せず、又は出頭したが本案の弁論をしないときは、裁判所は、その者が提出した訴状又は答弁書その他の準備書面に記載した事項を陳述したものとみなし、出頭した相手方に弁論をさせることができる。

出した書面に書いてある内容を、その場で述べたものとみなして、手続を進めることができます。訴状や答弁書という書面を先に出させているからこそ、片方が欠席しても、審理を止めずに進められます。この扱いは、どの期日でも使えるわけではありません。これが働くのは、条文が書いているとおり、最初にすべき口頭弁論の期日、つまり第1回の期日です。2回目以降の続行期日には、原則として及びません。前に陳述擬制を扱った回で見たとおり、この仕組みが置かれているのは、第1回期日はまだ当事者の予定が十分にすり合っていないことも多く、欠席のたびに手続を止めていては訴訟が進まないからでした。加えて、最初の期日だけに限られる理由も、2つあります。1つは、初めての期日にたまたま都合がつかなかっただけで、いきなり大きな不利益を受けるのは酷だからです。まだ準備の途中の段階なので、書面の内容をそのまま陳述したことにする、という穏やかな救済で足ります。もう1つは、もしこの扱いを続行期日にまで広げてしまうと、出頭しない側のほうが手続を長引かせて得をする、という逆転した動機が生まれてしまうからです。準備の場を重ねたあとの続行期日で欠席した場合の扱いは、これとは別の規律になり、別の回で扱います。いまの一言でいうと、最初の期日は、書面さえ出しておけば手続が止まらない安全網が用意されています。それだけ、訴状と答弁書という書面の中身が重く扱われている、ということです。

なぜ法廷を開かなければならないのか

口頭弁論を支える原則の板(必要的口頭弁論の原則=87条1項本文/口頭弁論の場を支える原則/公開主義/双方審尋主義/口頭主義/直接主義) 図:口頭弁論を支える原則の板

  • 必要的口頭弁論の原則=87条1項本文
  • 口頭弁論の場を支える原則
  • 公開主義
  • 双方審尋主義
  • 口頭主義
  • 直接主義

そもそも、なぜ判決の前に必ず法廷を開く必要があるのでしょうか。

条文民事訴訟法87条1項本文

民事訴訟法第87条1項本文(口頭弁論の必要性) 当事者は、訴訟について、裁判所において口頭弁論をしなければならない。

これを必要的口頭弁論の原則と呼びます。書面だけで判断を済ませず、当事者が顔を合わせる場を必ず設ける、という姿勢の表れです。中身は別の回で扱います。口頭弁論の場を支えるほかの決まりとして、4つあります。裁判を傍聴できる形で開く公開主義。一方の言い分だけで決めず、双方に言い分を述べる機会を与える双方審尋主義。書面ではなく口で述べたことを判決の資料にする口頭主義。そして、判決を書く裁判官自身がその審理に立ち会う直接主義です。どれも名前だけにとどめ、それぞれの中身はあらためて扱います。

申立て・主張・立証——民事裁判は3階建て

3階建て構造の板(【申立て】訴訟物=貸金返還請求権/【主張】主要事実=①返還の約束②金銭の交付(民587条の成立要件から逆算)/【立証】証拠=借用書の写真データ・振込明細/中段と下段をまとめて事実認定) 図:3階建て構造の板

  • 【申立て】訴訟物=貸金返還請求権
  • 【主張】主要事実=①返還の約束②金銭の交付(民587条の成立要件から逆算)
  • 【立証】証拠=借用書の写真データ・振込明細
  • 中段と下段をまとめて事実認定

ここからが、今日の背骨です。口頭弁論の中心にあるのは、当事者による3段階の行為です。申立て、事実の主張、そして立証です。たとえるなら、友人に頼まれて前に食べた料理をもう一度作ってあげる場面に近いです。まず、何を完成させるかという料理名を決めます。これが申立てです。次に、その料理のレシピを見て、必要な材料を1つずつそろえます。これが主張です。最後に、実際にその材料を使ったことを示す、買い物のレシートを用意します。これが立証です。だから、2段目の主張は必ず、1段目の申立てから逆算して決まります。今回の申立ては、貸したお金を返してほしいという貸金返還請求権です。訴訟物の回で見たとおり、この申立ての中身にあたる特定の実体法上の権利のことを、訴訟物と呼びます。この請求権のレシピにあたるのが、民法の条文です。

何を主張すべきかという中身は、訴訟法のどこを探しても出てきません。訴訟法が決めているのは、どういう手順で争うか、どう認否をするか、という進め方だけです。中身を教えてくれるのは、権利そのものを定めている実体法、つまり民法です。

条文民法587条

民法第587条(消費貸借) 消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる。

レシピを見ると、材料は2個あります。条文のなかの「返還をすることを約して」という部分が1つ目の材料、「金銭その他の物を受け取る」という部分が2つ目の材料に対応します。1つは、返す約束をしたこと。もう1つは、お金その他の物を受け取ったことです。この2つがそろって初めて、消費貸借という料理が完成します。だから、Xさんが主張しなければならない事実も、この2つに決まります。要件事実の回で見たとおり、こうして条文の要件から取り出した具体的な事実を、主要事実と呼びます。そして最後に、この2つの事実を証拠で裏付けます。返す約束をしたことを示す、借用書を撮影した写真データ。そして、お金を渡したことを示す、振込明細です。この、主張と立証の部分をあわせて、事実認定と呼びます。

2方向で見ると分かりやすいです。上から下へたどると、訴訟物を実現するには主要事実が要り、その主要事実を裁判所に認めてもらうには証拠が要る、という順番です。下から上へたどると、証拠が主要事実を裏付け、主要事実がそろって初めて訴訟物という結論を根拠づける、という順番になります。どちらから見ても、3つの階が1本の柱でつながっています。冒頭のXさんとYさんの事案にあてはめてみましょう。Yさんは、お金を受け取ったことは認めています。つまり2つ目の材料は、争いがありません。争いがあるのは、返す約束をしたかどうか、1つ目の材料だけです。

争いのない事実は、証明が要らない

自白と否認の対比の板(自白=争わない/効果=裁判上の自白が成立/証明の要否=不要(179条)/否認・不知=争う/効果=争点として残る/証明の要否=証拠調べが必要) 図:自白と否認の対比の板

  • 自白=争わない
  • 効果=裁判上の自白が成立
  • 証明の要否=不要(179条)
  • 否認・不知=争う
  • 効果=争点として残る
  • 証明の要否=証拠調べが必要

ここで、先ほどの認否4類型が効いてきます。認めるということは、裁判上の自白が成立するということでした。

条文民事訴訟法179条

民事訴訟法第179条(証明することを要しない事実) 裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない。

お金を受け取ったことについて、Xさんはこれから証明する必要があるように思えますが、実は、証明する必要はありません。裁判上の自白が成立した事実は、証明が不要になります。裁判所は、その事実をそのまま認定します。争いがないのなら、証拠を出させて争わせる意味が無いからです。争っている事実は、証明が不要になりません。証拠調べを経て、裁判所がその事実はあったと思えるかどうかを、だんだん固めていく対象として残ります。この、裁判官の頭のなかにできる確からしさの度合いを、心証と呼びます。同じ答弁書のなかでも、自白が成立した事実と、争点として残る事実とで、この先の扱いがまったく分かれるわけです。

今回の事案でいえば、残るのは、返す約束をしたかどうか、この1点だけです。ここで大事なのは、訴状を出した時点では、この争点がどこになるかは誰にも分かっていないということです。答弁書の認否を経て、初めて争点は絞り出されます。訴状に争点が書いてあるわけではありません。

裁判をするのに熟したとき——終局判決へ

終局判決までの流れの板(争いのある事実→証拠調べ→心証の形成→裁判をするのに熟した→終局判決(243条1項)) 図:終局判決までの流れの板

争いのある事実について、裁判所は証拠調べを重ね、心証を固めていきます。そして、これ以上審理を続ける必要が無いと判断したとき、判決を出します。

条文民事訴訟法243条1項

民事訴訟法第243条1項(終局判決) 裁判所は、訴訟が裁判をするのに熟したときは、終局判決をする。

争点について心証が固まり、これ以上ためらう必要が無い状態、というイメージです。ただ期日を重ねるだけでは、争点がぼやけたまま長引く審理になりかねません。だからこそ、争点を早い段階で絞り込む手続が、この先に用意されています。

今日の地図(保存版)

第2章のこの先の地図の板(口頭弁論の中身/弁論主義/主要事実の見分け方/続行期日の規律/証拠調べ) 図:第2章のこの先の地図の板

  • 口頭弁論の中身
  • 弁論主義
  • 主要事実の見分け方
  • 続行期日の規律
  • 証拠調べ

今日の内容を、1本の線でまとめます。訴状を出すと、審査を経て期日が指定され、答弁書が届きます。答弁書の認否は、認める、否認、不知、沈黙の4つに分かれ、この答え方によって争点になる部分とならない部分が仕分けられます。冒頭のYさんは、お金を受け取ったことは認めて、返す約束だけを否認したんでしたね。そして、この仕分けの土台になっているのが、申立て、主張、立証の3階建ての構造です。何を求めるかという申立てから、実体法の条文の要件を逆算して主張すべき事実が決まり、その事実を証拠で裏付けます。争いのない事実は証明が不要になり、残った争いのある事実だけが、審理の先で決着をつけられます。

訴状の時点では見えていなかった争点が、答弁書を通ることで、はっきり形になったんですね。この先は、口頭弁論の中身や、誰が何を主張し証拠を出すべきかという弁論主義、そして争点をどう整理していくかという手続に進みます。Xさんの800万円の事案も、この先の回で一緒に育っていきます。

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#38単独ページ動画

必要的口頭弁論と任意的口頭弁論・ウェブ会議

第2章 訴訟の審理 ㊳/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

争点は絞れた。では証人尋問はいつ開かれるのか

冒頭事案の関係図(Xは取引先の代表者Yに800万円を貸した。弁済期は半年後。争点は返す約束をしたかどうかの1点に絞れた。証拠=借用書の写真データ・振込明細) 図:冒頭事案の関係図

前回、Xさんの答弁書の認否をたどりました。Yさんは、お金を受け取ったこと自体は認め、返す約束をしたことだけを否認しました。この結果、争点はただ1点、返す約束をしたかどうかに絞れました。裁判上の自白が成立した事実は、証明することを要しません。前回見た179条の内容です。争いのない事実は確定し、残った争いのある事実だけが、これから先の証拠調べに進みます。ただ、争点が絞れたからといって、いきなりその日のうちに証人が呼ばれるわけではありません。尋問がいつ・どこで行われるのかを追いかけると、審理の後半の全体像と、そもそも法廷とは何なのかという2つの疑問に行き着きます。先に答えだけ言っておくと、判決の材料になるのは、法廷という場に出てきたものだけです。だから判決の前には、必ずその場を開かなければなりません。今日は、その理由を条文でたどっていきます。

審理の後半の地図——争点整理から集中証拠調べへ

審理後半のタイムライン板(第1回口頭弁論→争点整理期日(弁論準備手続)を数回→集中証拠調べのための口頭弁論→判決) 図:審理後半のタイムライン板

争点が絞れたあと、裁判所が何もせずにただ期日を重ねるだけだったらどうなるか、想像してみてください。同じ当事者が何度も法廷に呼ばれ、その都度ばらばらの話をするような審理が、かつて実際に問題になっていました。数か月おきに期日がぽつん、ぽつんと開かれるだけで、審理がなかなか進まない審理を、五月雨式審理と呼びます。さらに、主張と立証がかみ合わないまま行ったり来たりして、どこに向かっているのか誰にも分からなくなる審理を、漂流型審理と呼びます。そこで現行法は、争いのある事実と証拠をあらかじめふるい分けておく手続を用意しています。これを争点及び証拠の整理手続と呼びます。

この手続にはいくつか種類がありますが、実務で最もよく使われるのが弁論準備手続です。これは、公開の法廷ではなく、非公開の部屋で行われるインフォーマルな手続です。裁判官が法服を着ることもなく、書記官が同席しないことも珍しくありません。そこで裁判所と当事者が、この事件で本当に争うべき点はどこか、どの証拠をどう使うかを詰めていきます。この段階で、契約書のような文書の証拠調べも済ませてしまうのが通常です。契約書などの文書は、証人尋問のように時間をかけて聞き取る必要がなく、その場で示して確認すれば足ります。だから、争点整理の部屋のなかで、証拠調べの一部としてまとめて片付けてしまいます。中身はあらためて扱います。標準的な流れを1本の線にすると、こうなります。第1回口頭弁論のあと、争点整理期日が数回開かれ、争いのある事実と証拠が絞り込まれた段階で、あらためて口頭弁論の期日が指定されます。そこで、証人や当事者本人への尋問が、まとめて集中的に行われます。これを集中証拠調べと呼びます。

争点が絞られてから一気に証拠調べを行うことで、記憶が新しいうちに、争点にまっすぐ向き合った尋問ができます。証拠は大きく2つに分かれます。契約書や念書のような物証と、証言による人証です。それぞれの取調べ方の細かい規律は、別の回で扱います。いまの一言でいうと、争点整理を挟んでから集中証拠調べに向かう、という段取りが、五月雨式審理と漂流型審理への反省から生まれた、現在の審理の骨組みです。冒頭のYさんへの証人尋問も、この集中証拠調べの日に行われます。

口頭弁論とは何か——今日の本題

口頭弁論の定義板(公開の法廷において/受訴裁判所の面前で/当事者双方が対席して/口頭陳述により主張事実を提出する/構造=弁論+証拠調べ) 図:口頭弁論の定義板

  • 公開の法廷において
  • 受訴裁判所の面前で
  • 当事者双方が対席して
  • 口頭陳述により主張事実を提出する
  • 構造=弁論+証拠調べ

ここまでは、口頭弁論という言葉を、いわば当然の前提として使ってきました。ここからは、その口頭弁論そのものに向き合います。口頭弁論とは、公開の法廷という場で、受訴裁判所の面前に当事者双方が対席し、口頭陳述という形で主張事実を出していく——この形をとる審理方式のことです。公開の法廷というのは、誰でも傍聴できる形で開かれるという意味です。受訴裁判所の面前でというのは、その事件を担当する裁判所自身が、その場に立ち会っているという意味です。当事者双方が対席してというのは、原告と被告の両方が顔をそろえるという意味です。そして口頭陳述によりというのは、書面を提出して終わりではなく、口で述べる形で主張を出すという意味です。

しかも、この4つは並べただけの飾りではありません。非公開の部屋で、一方の言い分だけを書面で聞いて判決を書けるとしたら、相手は反論の機会を持てず、外からの検証も効きません。この4つがそろって初めて、判決の材料を出す場として信用できる——その理由は、このあと必要的口頭弁論の原則のところで正面から扱います。そして、その中身は大きく2つの活動から成り立っています。1つは、当事者がそれぞれの言い分を述べる弁論。もう1つは、証拠を取り調べる証拠調べです。冒頭で見た第1回口頭弁論での答弁と、この先の集中証拠調べのための口頭弁論での証人尋問は、どちらも同じ口頭弁論という枠のなかにある、弁論の部分と証拠調べの部分です。

口頭弁論の3つの意味の板(①最広義=審理手続全体を指す(例=口頭弁論を開く)/②狭義=当事者の弁論行為そのもの(例=弁論をする)/③最狭義=個々の訴訟行為(陳述)を指す) 図:口頭弁論の3つの意味の板

  • ①最広義=審理手続全体を指す(例=口頭弁論を開く)
  • ②狭義=当事者の弁論行為そのもの(例=弁論をする)
  • ③最狭義=個々の訴訟行為(陳述)を指す

ここで、1つ注意点があります。口頭弁論という言葉は、実は3つの広さで使われます。1番広い意味では、いま説明したような審理手続そのものを指します。口頭弁論を開く、と言うときのこの用法です。もう少し狭い意味では、当事者が行う弁論という行為そのものを指します。弁論をする、と言うときの用法です。そして最も狭い意味では、個々の陳述という訴訟行為そのものを指すこともあります。今日この先で使う口頭弁論は、基本的に1番広い意味、つまり審理手続そのものとしての用法です。ただ、この先ほかの条文を読むときに、口頭弁論という同じ言葉が違う広さで出てきたら、いま説明したこの3段階を思い出してください。

口頭弁論の一体性と電子調書

口頭弁論の一体性の板(数期日にわたっても1期日で行われたのと同様に扱う/口頭弁論の一体性/裁判をするのに熟したとき口頭弁論は終結する(243条1項参照)/各期日で裁判所書記官が電子調書を作成する(160条1項)) 図:口頭弁論の一体性の板

  • 数期日にわたっても1期日で行われたのと同様に扱う
  • 口頭弁論の一体性
  • 裁判をするのに熟したとき口頭弁論は終結する(243条1項参照)
  • 各期日で裁判所書記官が電子調書を作成する(160条1項)

もう1つ、口頭弁論には大事な性質があります。1回の期日で審理が終わらなければ、期日は続行され、口頭弁論は複数の期日にわたることがあります。このとき、それぞれの期日で行われた訴訟行為は、あたかも1つの期日にすべて行われたのと同じように扱われます。これを、口頭弁論の一体性と呼びます。第1回の期日で出した主張も、10回目の期日で出した証拠も、判決の基礎になる資料としては対等に扱われます。だからこそ、当事者は期日をまたいで少しずつ主張を積み重ねていくことができます。以前見たとおり、裁判所が、争いのある事実について裁判をするのに熟したと判断したとき、口頭弁論は終結します。

熟したというのは、前回見たとおり、争点について出すべき主張と証拠が出そろって、あとは裁判所が判断するだけになった状態のことです。そして、それぞれの口頭弁論の期日ごとに、裁判所書記官が経過を記録した電子調書を作成しなければなりません。電子調書は、議事録に近いものです。誰がどんな発言をしたか、どんな証拠が示されたかという経過を、公式に記録し証明する書面です。この調書の中身をめぐる細かい扱いは、また別の回で扱います。今日は、期日ごとに記録が残るということだけ押さえておいてください。

なぜ判決の前に必ず口頭弁論を開くのか——必要的口頭弁論の原則

必要的口頭弁論の2つの効き方の板(必要的口頭弁論の原則=87条1項本文/①開廷の要否=口頭弁論を開かなければ判決できない/②資料の限定=口頭弁論に顕出された事実・証拠だけが判決の基礎になる) 図:必要的口頭弁論の2つの効き方の板

  • 必要的口頭弁論の原則=87条1項本文
  • ①開廷の要否=口頭弁論を開かなければ判決できない
  • ②資料の限定=口頭弁論に顕出された事実・証拠だけが判決の基礎になる

判決の前に、なぜわざわざ法廷を開かせるのか。軸だけ先に言うと、これは判決の材料をどこまで絞るか、という問題と裏表です。法廷を必ず開かせることと、判決の材料をその場に出たものだけに限ることは、同じ1つの仕組みの表と裏なのです。Yさんの証言が判決を左右するのも、それが法廷という場に出たからにほかなりません。ここからが、今日の本題です。冒頭の問い、証人尋問はいつ開かれるのかという問いにも直結します。まず条文を見てみましょう。

条文民事訴訟法87条

民事訴訟法第87条(口頭弁論の必要性) 当事者は、訴訟について、裁判所において口頭弁論をしなければならない。ただし、決定で完結すべき事件については、裁判所が、口頭弁論をすべきか否かを定める。 2 前項ただし書の規定により口頭弁論をしない場合には、裁判所は、当事者を審尋することができる。 3 前二項の規定は、特別の定めがある場合には、適用しない。

この本文が定めているのが、必要的口頭弁論の原則です。民事訴訟では、判決をするには口頭弁論を開かなければならず、その口頭弁論に現れた事実や証拠だけが判決の基礎になる、という建前が採られています。この原則は、2つの効き方に分けて理解すると、すっきりします。1つ目は、開廷の要否です。判決をするには、必ず口頭弁論という場を開かなければなりません。書面だけで済ませることはできません。2つ目は、資料の限定です。板にある顕出という言葉は、法廷に現れる、という意味です。口頭弁論という場に現れた事実や証拠だけが、判決の材料として使えます。逆に言えば、その場に出てこなかった事情は、裁判所がどれだけ耳にしていても、判決の根拠にできません。

資料を限定する趣旨の板(趣旨=手続の公正確保と当事者の手続保障/法廷の外で伝えられた事情は判決の基礎にできない/公開の場で双方が反論できる状態を担保する/だから法廷を開かせることと材料を絞ることは表と裏) 図:資料を限定する趣旨の板

  • 趣旨=手続の公正確保と当事者の手続保障
  • 法廷の外で伝えられた事情は判決の基礎にできない
  • 公開の場で双方が反論できる状態を担保する
  • だから法廷を開かせることと材料を絞ることは表と裏

想像してみてください。もし、法廷の外でこっそり裁判官に事情を伝えた側が有利になる仕組みだったら、どうなるでしょうか。それは、公正な裁判とは言えません。相手には反論する機会すらありません。口頭弁論という場は、公開されていて、当事者双方が顔をそろえ、口頭で陳述したことが記録に残ります。だからこそ、そこに現れたものだけを材料にしてよいと言えます。この原則の趣旨は、民事訴訟制度の公正を確保することと、裁判に必要な資料の提出について当事者に手続保障を与えることにあります。開かれた場だからこそ、資料を限定してよいのです。

Yさんへの証人尋問は、集中証拠調べのために開かれる口頭弁論の期日で行われます。そこで語られた証言こそが、判決の基礎になる資料です。法廷の外で誰かがどれだけYさんの事情を聞いていたとしても、それは判決の材料にはなりません。

争点整理と口頭弁論のつながりの板(争点整理の部屋で調べた結果は口頭弁論の期日であらためて陳述される/だから部屋で調べた証拠も口頭弁論に出たものとして判決の材料になる/争点整理=口頭弁論で何を扱うかを先に絞る下ごしらえ) 図:争点整理と口頭弁論のつながりの板

  • 争点整理の部屋で調べた結果は口頭弁論の期日であらためて陳述される
  • だから部屋で調べた証拠も口頭弁論に出たものとして判決の材料になる
  • 争点整理=口頭弁論で何を扱うかを先に絞る下ごしらえ

争点整理の部屋で調べた結果は、あらためて口頭弁論の期日で述べられ、口頭弁論の中に取り込まれます。だから、部屋で調べたものも、最後は口頭弁論に出てきたものとして判決の材料になります。前半で見た争点整理は、口頭弁論の外で判決の材料を作る手続ではなく、口頭弁論で何を扱うかを先に絞っておく下ごしらえなのです。その取り込みの仕組み自体は、弁論準備手続を扱う回であらためて見ます。もう1つ、この条文には大事な仕掛けがあります。3項を見てください。前二項の規定は、特別の定めがある場合には、適用しない、とあります。

つまり、他の条文が特別の定めを置けば、この必要的口頭弁論の原則は外れます。次に見る例外は、まさにこの3項が許している特別の定めの具体例です。

開かずに判決できる場合——87条3項の特別の定め

開かずに判決できる4類型の一覧板(共通点=開いても結論が変わらない類型/①訴えまたは控訴の却下=補正不能な不適法(140条・290条)/②上告棄却=書類のみで理由なしと判断(319条)/③担保不提供による訴え却下(78条)/④判決の変更(256条2項)) 図:開かずに判決できる4類型の一覧板

  • 共通点=開いても結論が変わらない類型
  • ①訴えまたは控訴の却下=補正不能な不適法(140条・290条)
  • ②上告棄却=書類のみで理由なしと判断(319条)
  • ③担保不提供による訴え却下(78条)
  • ④判決の変更(256条2項)

じつのところ、争っても結果が変わらないとわかっている場面では、あえて法廷を開いて主張立証の機会を与えなくても、不公平な扱いにはなりません。そうした場合には、87条3項の特別の定めとして、口頭弁論を開かずに判決できます。代表例をいくつか見ていきます。1つ目は、訴えが不適法で、その不備を補正できる見込みがない場合です。

条文民事訴訟法140条

民事訴訟法第140条(口頭弁論を経ない訴えの却下) 訴えが不適法でその不備を補正することができないときは、裁判所は、口頭弁論を経ないで、判決で、訴えを却下することができる。

審理するまでもなく却下できる、という発想です。控訴が不適法で補正できない場合も、まったく同じ考え方です。

条文民事訴訟法290条

民事訴訟法第290条(口頭弁論を経ない控訴の却下) 控訴が不適法でその不備を補正することができないときは、控訴裁判所は、口頭弁論を経ないで、判決で、控訴を却下することができる。

2つ目は、上告を棄却する場合です。上告裁判所は、提出された書類だけを見て、上告に理由がないと判断できるときは、口頭弁論を開かずに棄却できます。

条文民事訴訟法319条

民事訴訟法第319条(口頭弁論を経ない上告の棄却) 上告裁判所は、上告状、上告理由書、答弁書その他の書類により、上告を理由がないと認めるときは、口頭弁論を経ないで、判決で、上告を棄却することができる。

事実関係の争いはすでに下級審で決着していて、上告審は法律の解釈だけを見ます。書類の記載だけで理由がないと分かる場合にまで法廷を開く必要はない、という判断です。3つ目は、訴訟費用の担保を供しないときです。訴訟要件のところで出てきた、原告が日本に住所などを持たないときに、負けた場合の費用に備えて立てさせる、あの担保ですね。

条文民事訴訟法78条

民事訴訟法第78条(担保不提供の効果) 原告が担保を立てるべき期間内にこれを立てないときは、裁判所は、口頭弁論を経ないで、判決で、訴えを却下することができる。ただし、判決前に担保を立てたときは、この限りでない。

担保を立てないという手続違背がある以上、内容の審理に入るまでもありません。ただし書のとおり、判決の前に担保を立てれば、この扱いにはなりません。4つ目は、判決の変更です。

条文民事訴訟法256条2項

民事訴訟法第256条(変更の判決)2項 変更の判決は、口頭弁論を経ないでする。

変更の判決は、判決の訂正に近いものです。判決に誤記や計算違いのような是正が必要なとき、口頭弁論を経ずに変更の判決をすることができます。もとの判決は、すでに口頭弁論を経たうえで出されています。その中身を正すだけなら、新たに主張や立証をさせる場を開き直す必要がないのです。法廷を開かなくても結論が変わらないという点が、4つに共通しています。不適法で直しようがない、上告に理由がないと書類上明らかである、担保を立てるという手続を怠っている、あるいはすでにある判決の誤りを直すだけである。どの場合も、あらためて口頭弁論という厳格な場を開いて当事者に主張立証をさせる必要が乏しいのです。

口頭弁論が要らない場合はこれで全部か、と言われると、そこまでは言えません。特別の定めは、これらに限られるわけではなく、法律のほかの条文にも置かれています。ここではあくまで代表例として紹介しています。

決定で裁判される事件——任意的口頭弁論

本文とただし書の対比板(【本文】判決で裁判する事件は口頭弁論が必要的/開かなければ判決できない/【ただし書】決定で完結すべき事件は口頭弁論が任意的/開くかどうかは裁判所の裁量/口頭弁論を開かない場合でも審尋はできる(87条2項)) 図:本文とただし書の対比板

  • 【本文】判決で裁判する事件は口頭弁論が必要的
  • 開かなければ判決できない
  • 【ただし書】決定で完結すべき事件は口頭弁論が任意的
  • 開くかどうかは裁判所の裁量
  • 口頭弁論を開かない場合でも審尋はできる(87条2項)

ここまでは判決の話でした。ここからは、条文のただし書、決定で完結すべき事件の話に移ります。以前、訴訟と非訟のところで出てきた決定ですね。判決より軽い、機動的な形の裁判でした。その決定という形式で裁判される事件については、口頭弁論を開くかどうかが裁判所の裁量に任されます。これを、任意的口頭弁論と呼びます。たとえば、事件を別の裁判所に移す移送についての判断は、決定で行われます。名前だけ挙げておきますが、細かい中身は別の回で扱います。決定で裁判される事件の多くは、訴訟手続に付随する派生的な事項です。本体の請求そのものではなく、その審理を進めるうえで生じる手続上の細かい判断、というイメージです。こうした事項には、簡易さと迅速さが求められます。口頭弁論という厳格で時間のかかる審理方式を、そのたびに踏むべきかどうかを、裁判所の裁量に委ねているのです。

決定なら口頭弁論は要らない、という覚え方は危ういので注意してください。決定だからといって口頭弁論を開いてはいけないわけではありません。開くかどうかを裁判所が判断できる、という意味です。本文とただし書を、対にして見てください。本文が、判決で裁判する事件は口頭弁論が必要的であると定め、ただし書が、決定で完結すべき事件は口頭弁論をすべきか否かを裁判所が定める、としています。判決は原則として口頭弁論が必要、決定は裁判所の裁量。この対応を逆にしないでください。口頭弁論を開かない場合でも、当事者の言い分が一切聞かれないわけではありません。さきほどの87条2項が、その受け皿です。裁判所は、当事者その他の利害関係人を審尋することができます。審尋とは、口頭または書面で、言い分を聴取する簡易な手続です。

なお、審尋は口頭弁論の一種ではありません。口頭弁論のように、公開の法廷で当事者双方が対席する必要はありません。非公開で行われ、当事者双方の顔をそろえることも求められない、より簡易な聴取の手続です。口頭弁論を開かない決定でも、当事者の言い分を完全に無視するわけではなく、審尋という形で耳を傾けることができる、と理解してください。

ウェブ会議による口頭弁論——出廷しなくても口頭弁論はできる

ウェブ会議の口頭弁論の板(裁判所が相当と認め当事者の意見を聴いて実施(87条の2第1項)/当事者は出廷不要/裁判官は在廷/要件=映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話できる方法) 図:ウェブ会議の口頭弁論の板

  • 裁判所が相当と認め当事者の意見を聴いて実施(87条の2第1項)
  • 当事者は出廷不要
  • 裁判官は在廷
  • 要件=映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話できる方法

ここまで、口頭弁論は公開の法廷で当事者が実際に顔をそろえる場だという前提で話してきました。ですが、いまはこの前提が少し変わっています。令和4年の改正によって、裁判所が相当と認め、当事者の意見を聴いたうえで、当事者が法廷に足を運ばずウェブ会議の画面越しに口頭弁論の期日に加わることができるようになりました。

条文民事訴訟法87条の2

民事訴訟法第87条の2(映像と音声の送受信による通話の方法による口頭弁論等) 裁判所は、相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判所及び当事者双方が映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって、口頭弁論の期日における手続を行うことができる。 2 裁判所は、相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判所及び当事者双方が音声の送受信により同時に通話をすることができる方法によって、審尋の期日における手続を行うことができる。 3 前二項の期日に出頭しないでその手続に関与した当事者は、その期日に出頭したものとみなす。

当事者はウェブ会議の画面越しに手続に参加すれば足り、実際に出廷する必要はありません。ただし、裁判官は在廷します。裁判官のいない場所から、映像だけで裁判が進むわけではありません。出廷しなくてよいという結論の根拠は、3項です。前二項の期日に出頭しないでその手続に関与した当事者は、その期日に出頭したものとみなす、とあります。ウェブ会議を通じて手続に関与した当事者は、法律上、出頭したものとみなされます。これを出頭擬制と呼びます。では、電話で参加する形でもよいのか。そこが条文のポイントです。1項の文言をもう一度見ると、裁判所及び当事者双方が、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法、とあります。

声だけを送り合う電話会議システムでは、口頭弁論の期日を開くことはできません。映像が伴わないと、相手の様子を確認しながら手続を進める要件を満たさないからです。

通信方法の対比板(口頭弁論の期日(87条の2第1項)=映像+音声が必須/審尋の期日(87条の2第2項)=音声のみで足りる/弁論準備手続の期日(170条3項)=音声のみで足りる/映像必須は口頭弁論だけ) 図:通信方法の対比板

  • 口頭弁論の期日(87条の2第1項)=映像+音声が必須
  • 審尋の期日(87条の2第2項)=音声のみで足りる
  • 弁論準備手続の期日(170条3項)=音声のみで足りる
  • 映像必須は口頭弁論だけ

審尋の期日についても、ウェブ会議で行うことができます。87条の2第2項です。ただし、文言をよく見てください。音声の送受信により同時に通話をすることができる方法、とあります。審尋については、音声のみで足ります。口頭弁論は映像と音声の両方が必須なのに対し、審尋は音声だけで構いません。口頭弁論は、公開の法廷で当事者双方が対席する、厳格な審理方式でした。相手が本当にその場に向き合って参加しているかを、できる限り確認できる状態が求められます。これに対して審尋は、非公開で行われる簡易な聴取の手続です。厳格さの度合いが下がれば、求められる通信の厳格さも下がります。

実は、争点整理の場面で見た弁論準備手続にも、同じことが言えます。弁論準備手続の期日についても、音声の送受信により同時に通話をすることができる方法で行うことができます。これは170条3項です。

条文民事訴訟法170条3項

民事訴訟法第170条3項(弁論準備手続における音声の送受信による通話の方法) 裁判所は、相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判所及び当事者双方が音声の送受信により同時に通話をすることができる方法によって、弁論準備手続の期日における手続を行うことができる。

弁論準備手続も非公開のインフォーマルな手続なので、審尋と同じく音声のみで足ります。映像が必須なのは、口頭弁論そのものだけです。この違いを、板でもう一度確認してください。口頭弁論は映像と音声の両方、審尋と弁論準備手続は音声のみ。この一点さえ押さえておけば、混同しません。弁論準備手続そのものの中身は、また別の回で扱います。

今日の地図(保存版)

今日のまとめの板(争点整理を経て集中証拠調べへ/口頭弁論=公開の法廷で対席し口頭陳述する場/必要的口頭弁論=開廷の要否+資料の限定/例外=87条3項の特別の定め/決定=任意的口頭弁論/ウェブ会議=映像必須) 図:今日のまとめの板

  • 争点整理を経て集中証拠調べへ
  • 口頭弁論=公開の法廷で対席し口頭陳述する場
  • 必要的口頭弁論=開廷の要否+資料の限定
  • 例外=87条3項の特別の定め
  • 決定=任意的口頭弁論
  • ウェブ会議=映像必須

今日の内容を、冒頭の問いに戻してまとめます。Yさんへの証人尋問は、争点整理手続を経たあと、集中証拠調べのために指定される口頭弁論の期日で行われます。争点が絞れても、すぐその日に証人尋問が行われるわけではありません。そして、そこで語られた証言こそが、判決の基礎になります。判決には、必ず口頭弁論という公開の場を開かなければならず、その場に現れた事実や証拠だけが判決の材料になる。これが必要的口頭弁論の原則でした。この原則には、87条3項が許す特別の定めという例外があり、決定で裁判される事件については、任意的口頭弁論として裁判所の裁量に委ねられています。そして、口頭弁論そのものも、いまはウェブ会議で実施できるようになりましたが、映像による相互確認だけは譲られていません。

映像による相互確認が残されていることで、公開の法廷という性質は、画面越しでも保たれています。Xさんの800万円の事案は、その法廷で決着に向かいます。

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#39単独ページ動画

口頭弁論の諸原則と住所等の秘匿制度

第2章 訴訟の審理 ㊴/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

訴えたいのに、住所が書けない

冒頭事案の関係図(Aは元交際相手Bから半年にわたり待ち伏せ・付きまといを受けた/Aは慰謝料を請求したい/Aは逃げるため転居したばかり/訴状にはAの住所と氏名を書かなければならない) 図:冒頭事案の関係図

  • Aは元交際相手Bから半年にわたり待ち伏せ・付きまといを受けた
  • Aは慰謝料を請求したい
  • Aは逃げるため転居したばかり
  • 訴状にはAの住所と氏名を書かなければならない

元交際相手のBから、半年にわたって待ち伏せと付きまといを受けてきたAさんが、慰謝料を請求したいと考えています。ところが、訴えを起こすには、訴状に自分の住所と氏名を書かなければなりません。Aさんは、Bから逃げるために、つい先日引っ越したばかりです。民事裁判は、公開が原則です。誰でも傍聴できますし、記録も後から見られる仕組みがあります。もし転居先がBに伝わってしまうなら、Aさんは、裁判を受けることそのものをあきらめるしかなくなります。被害者を守るための裁判が、被害者から住所を守る手段を奪ってしまう、まさにそこが今日の入り口です。公開が原則の法廷は、いったい何を公開しているのか。そして、公開を貫きながら、Aさんの住所をBから隠す方法はあるのか。この2つを、口頭弁論を縛る7つのルールと合わせて、順番にたどっていきます。

公開しなければならないのは対審と判決の言渡しだけで、訴訟記録はその外側です。だからこそ記録には別の道具が用意されていて、Aさんの住所は秘匿制度で守れます。

公開主義——公開されているのは何か

公開主義の定義板(公開主義=審理と判決を公開の法廷で行う原則/趣旨=裁判の公正を図り司法への信頼を得る/だから一般公開=傍聴人を選ばない) 図:公開主義の定義板

  • 公開主義=審理と判決を公開の法廷で行う原則
  • 趣旨=裁判の公正を図り司法への信頼を得る
  • だから一般公開=傍聴人を選ばない

訴訟の審理と判決は、公開の法廷で行われなければなりません。これを公開主義と呼びます。傍聴人を選びません。裁判所の玄関で身分証を確認されることもなく、席が空いていれば誰でも入れます。なぜそこまで開くのかというと、裁判が公正に行われているかを外から検証できる状態にして、司法に対する国民の信頼を得るためです。そこで、条文を確認しておきます。

条文日本国憲法82条1項

日本国憲法第82条(裁判の公開)1項 裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。

対審とは、裁判所が判断の材料にする事実を審理の場に出していく手続、つまり弁論と証拠調べのことです。冒頭でAさんが自分の言い分を述べ、Bが反論し、証拠が取り調べられる、あの一連の流れです。憲法82条1項が公開せよと言っているのは、この対審と、判決の言渡しの2つだけです。公開の対象が対審と判決の言渡しの2つに限られる、という点が今日の最初の要です。もしこれを公開しなかった場合、判決は覆ります。上告すれば、それだけで判決が取り消される絶対的上告理由という重い扱いを受けます。もっとも、憲法は例外も置いています。裁判官の全員一致で、公の秩序または善良の風俗を害するおそれがあると判断した場合には、対審を非公開にできます。ただし、政治犯罪や、憲法が保障する国民の権利が問題になっている事件は、常に公開しなければなりません。このほかにも、証人が名前を明かせない事情を抱えるときに証人など人に対する取調べだけを非公開にする制度や、営業秘密を扱う訴訟で秘密保持命令という制度が、それぞれ別の法律に置かれています。中身は、それぞれの法律を扱う回に譲ります。

訴訟記録は公開の対象ではない

公開の対象・対比板(公開の対象=対審(弁論・証拠調べ)+判決の言渡し(憲法82条1項)/公開の対象外=訴訟記録(91条で別に閲覧権)) 図:公開の対象・対比板

  • 公開の対象=対審(弁論・証拠調べ)+判決の言渡し(憲法82条1項)
  • 公開の対象外=訴訟記録(91条で別に閲覧権)

ここで、Aさんの問いの半分に答えが出ます。憲法82条1項が公開せよと定めているのは、対審と判決の言渡しだけです。訴訟記録、つまり訴状や準備書面、証拠調べの結果をまとめた書類の束は、この公開主義の対象に入っていません。といっても、訴訟記録がまったく誰にも見られないわけではありません。公開主義の趣旨、つまり裁判に対する信頼を確保するという考え方を徹底するために、民事訴訟法は別の条文で訴訟記録の閲覧権を用意しています。

条文民事訴訟法91条1項

民事訴訟法第91条(非電磁的訴訟記録の閲覧等)1項 何人も、裁判所書記官に対し、非電磁的訴訟記録(訴訟記録中次条第一項に規定する電磁的訴訟記録を除いた部分をいう。以下この条において同じ。)の閲覧を請求することができる。

何人もとは、当事者に限らず、誰でもという意味です。記録が電子データで作られている場合の閲覧については91条の2が定めていますが、こちらは複写については当事者や利害関係を疎明した第三者に限るという段差があります。中身の細部は割愛しますが、原則は同じで、記録も公開主義の趣旨に沿って開かれています。訴訟記録に書かれた住所を誰にでも見せないようにする条文も、実はすでに用意されています。

92条の板(92条=閲覧を請求できる者を当事者に限る制度/対象=私生活の重大な秘密(1号)・営業秘密(2号)/疎明があれば決定でできる/92条は記録から消す制度ではない) 図:92条の板

  • 92条=閲覧を請求できる者を当事者に限る制度
  • 対象=私生活の重大な秘密(1号)・営業秘密(2号)
  • 疎明があれば決定でできる
  • 92条は記録から消す制度ではない

記録の中に、当事者の私生活についての重大な秘密や、営業秘密が書かれていて、それを第三者が見ることで社会生活に著しい支障が出るおそれがあるときは、裁判所は決定で、閲覧を請求できる者を当事者に限ることができます。これが92条の閲覧等の制限です。ここに、見落としやすい落とし穴があります。92条が絞るのは、閲覧を請求できる者の範囲です。第三者を締め出すことはできても、当事者であるBを締め出すことはできません。92条は、記録から情報を消す制度ではないのです。92条だけでは、Aさんの新しい住所をBの目から隠すことはできません。ここで必要になるのが、次に見る秘匿制度です。

秘匿制度でAさんを守る

秘匿制度の要件板(要件=住所等・氏名等が当事者に知られることで社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれ/疎明が必要/裁判所が申立てにより決定で秘匿(133条1項)/注意=「当事者に」知られる場合であって「相手方に」ではない) 図:秘匿制度の要件板

  • 要件=住所等・氏名等が当事者に知られることで社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれ
  • 疎明が必要
  • 裁判所が申立てにより決定で秘匿(133条1項)
  • 注意=「当事者に」知られる場合であって「相手方に」ではない

Aさんのような事情に応えるために、令和4年の改正で作られたのが、当事者等の住所・氏名等の秘匿制度です。

条文民事訴訟法133条1項

民事訴訟法第133条(申立人の住所、氏名等の秘匿)1項 申立て等をする者又はその法定代理人の住所、居所その他その通常所在する場所(以下この項及び次項において「住所等」という。)の全部又は一部が当事者に知られることによって当該申立て等をする者又は当該法定代理人が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあることにつき疎明があった場合には、裁判所は、申立てにより、決定で、住所等の全部又は一部を秘匿する旨の裁判をすることができる。申立て等をする者又はその法定代理人の氏名その他当該者を特定するに足りる事項(次項において「氏名等」という。)についても、同様とする。

「当事者に知られる」と「相手方に知られる」は同じではない、そこは条文の言い回しに注意してください。条文が言っているのは、あくまで「当事者に」知られることです。Aさん自身に知られても意味がありませんから、実質的にはBのような相手方に知られることを指しますが、条文の文言そのものは「当事者に」となっている点を押さえておいてください。要件は、この支障のおそれについて疎明があることです。証明ほど強い確信までは要りませんが、一応確からしいと裁判所に思わせる資料が必要です。Aさんの場合は、その付きまといの経緯を示せば疎明ができるはずです。

疎明ができないのは、たとえば、単に引っ越したことを知られるのが気まずい、もう連絡を取りたくない、という程度の事情です。それだけでは、社会生活を営むのに著しい支障があるとまでは言えず、秘匿決定は出ません。Aさんのように、付きまといから逃げるための転居だからこそ、この要件を満たします。ただ、疎明ができて秘匿が認められても、それだけでは終わりません。裁判所には、もう1つやらなければならないことがあります。

代替事項の板(裁判所は住所・氏名に代わる事項を定めなければならない/その事項を記載すれば住所・氏名を記載したものとみなす(133条5項)/原則(伝える)を崩さず伝える相手を代替物に差し替える設計) 図:代替事項の板

  • 裁判所は住所・氏名に代わる事項を定めなければならない
  • その事項を記載すれば住所・氏名を記載したものとみなす(133条5項)
  • 原則(伝える)を崩さず伝える相手を代替物に差し替える設計

条文民事訴訟法133条5項

民事訴訟法第133条(申立人の住所、氏名等の秘匿)5項 裁判所は、秘匿対象者の住所又は氏名について第一項の決定(以下この章において「秘匿決定」という。)をする場合には、当該秘匿決定において、当該秘匿対象者の住所又は氏名に代わる事項を定めなければならない。この場合において、その事項を当該事件並びにその事件についての反訴、参加、強制執行、仮差押え及び仮処分に関する手続において記載し、又は記録したときは、この法律その他の法令の規定の適用については、当該秘匿対象者の住所又は氏名を記載し、又は記録したものとみなす。

たとえば「秘匿事項Aの1」のような記号や、事件ごとに裁判所が割り振る形式的な番号です。裁判所がその代替事項を定め、Aさんがそれを訴状に書けば、法令の適用上は、それが住所や氏名を記載したものとみなされます。ここが、この制度の設計として一番おもしろいところです。訴状に住所と氏名を書かなければならないという原則そのものは崩していません。Aさんが伝える相手を、Bではなく裁判所が定めた代替物に差し替えているだけです。原則を壊さずに、例外を作っている。だからこそ、訴状の形式は保たれたまま、実際の住所はBに伝わりません。

秘匿決定があると、届出をした本物の住所や氏名の部分については、閲覧できる人が当然に秘匿を求めた本人だけに限られます。これは133条の2第1項の効果で、92条のように申立てが要る話ではなく、決定と同時に当然に生じます。これに対して、代替事項を含む書面のほうを見せてよいかどうかは、別途申立てと決定が要る、という段差があります。中身の細部はまた別の機会に譲りますが、本物の住所は当然に守られる、と覚えておいてください。

相手方の救済の板(相手方=自己の攻撃防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあれば裁判所の許可で閲覧できる(133条の4第2項)/疎明があれば裁判所は許可しなければならない(同条3項)/双方審尋主義との調整) 図:相手方の救済の板

  • 相手方=自己の攻撃防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあれば裁判所の許可で閲覧できる(133条の4第2項)
  • 疎明があれば裁判所は許可しなければならない(同条3項)
  • 双方審尋主義との調整

秘匿決定を受けていない側の反論の機会をどう確保するかについて、条文はきちんと手当てを置いています。

条文民事訴訟法133条の4第2項・第3項

民事訴訟法第133条の4(秘匿決定の取消し等)2項・3項 秘匿決定等に係る者以外の当事者は、秘匿決定等がある場合であっても、自己の攻撃又は防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは、訴訟記録等の存する裁判所の許可を得て、第百三十三条の二第一項若しくは第二項又は前条第一項の規定により訴訟記録等の閲覧等の請求が制限される部分につきその請求をすることができる。 3 裁判所は、前項の規定による許可の申立てがあった場合において、その原因となる事実につき疎明があったときは、これを許可しなければならない。

Bのように秘匿決定を受けていない側の当事者も、黙って締め出されるわけではありません。自分の攻撃や防御に実質的な不利益が生じるおそれがあるときは、裁判所の許可を得て、制限されている部分を見ることができます。しかも、その原因となる事実について疎明があれば、裁判所は許可しなければなりません。裁判所の自由な裁量ではなく、要件を満たせば許可される仕組みです。ここでAさんの問いに戻ります。Aさんは、裁判所が定めた代替事項を訴状に書くことで、訴えを起こすことができます。実際の転居先はBには伝わりません。ただし、もしBの防御に実質的な不利益が生じる場面が出てきたら、Bは裁判所の許可を得て、限られた範囲で閲覧できる可能性が残ります。公開主義を貫きながら、Aさんの住所を守り、それでいてBの手続保障も完全には失わせない。これが、この制度の答えです。

双方審尋主義——両方の言い分を公平に聞く

双方審尋主義の板(双方審尋主義=各当事者に主張・立証の機会を公平に与える原則/根拠=憲法13条・14条・32条・82条/具体化=訴訟手続の中断・中止(124条以下)) 図:双方審尋主義の板

  • 双方審尋主義=各当事者に主張・立証の機会を公平に与える原則
  • 根拠=憲法13条・14条・32条・82条
  • 具体化=訴訟手続の中断・中止(124条以下)

今のBの話とも重なりますが、審理では各当事者に、主張と立証の機会を公平に与えなければなりません。これを双方審尋主義と呼びます。なお、前回出てきた87条2項の審尋、つまり口頭弁論を開かない決定手続での簡易な聴取とは別ものです。こちらの「審尋」は、言い分を聞くこと一般を指す原則の名前です。憲法13条や14条、それに先ほど見た32条や82条の要請に基づくとされています。とくに32条の裁判を受ける権利は、自分の言い分を述べる機会があって初めて中身を持ちます。片方の話だけで判決が出るなら、もう一方にとっては裁判を受けたとは言えないからです。この原則が具体的な形をとった制度の1つが、訴訟手続の中断・中止です。当事者が亡くなったときなど、一定の事情があれば手続を止め、新しい当事者が引き継ぐまで審理を進めません。中身は、また別の回で扱います。

双方審尋主義に反する形で判決が出ると、代理権を欠いたまま手続が進んだ場合と同じ扱いを受けます。どちらも、一方の当事者が手続に関わる機会を実質的に奪われたまま判決が出ている、という点で共通するからです。上告すれば判決は覆り、確定してしまった後でも、再審という形でやり直しを求めることができます。

上告理由・再審事由・1回目の板(絶対的上告理由312条2項4号=法定代理権・訴訟代理権等の欠缺/再審事由338条1項3号=同) 図:上告理由・再審事由・1回目の板

  • 絶対的上告理由312条2項4号=法定代理権・訴訟代理権等の欠缺
  • 再審事由338条1項3号=同

この、判決が覆る仕組みは、今日この先も何度か出てきます。まずここまでで、公開主義に反すれば絶対的上告理由の5号、双方審尋主義に反すれば同じく4号にあたる、という対応を覚えておいてください。全部そろったところで、あとで1枚の板にまとめます。

口頭主義——口で述べたものだけを判決の材料にする

口頭主義の板(口頭主義=当事者が口頭で陳述したものだけを斟酌する原則/長所=新鮮な印象・真意の把握・審理が活気を帯びる/短所=記憶し続けられない・整理されず不正確) 図:口頭主義の板

  • 口頭主義=当事者が口頭で陳述したものだけを斟酌する原則
  • 長所=新鮮な印象・真意の把握・審理が活気を帯びる
  • 短所=記憶し続けられない・整理されず不正確

双方の言い分を公平に聞くといっても、その言い分をどういう形で法廷に出すのかは、まだ決まっていません。訴訟行為は口頭で行うことが原則で、当事者が口頭で述べたことだけを裁判所は判決の材料にできます。これを口頭主義と呼びます。書面を出すだけでは足りず、原則としては口頭で述べる必要があります。口頭で聞くことには、いくつも長所があります。裁判官に、書面より新鮮な印象を与えられますし、話がよく分からないところは、その場で問いただして真意を確かめられます。当事者が実際に語ることで、審理そのものにも活気が生まれます。

話したことを完全に記憶し続けることはできない、そこが短所です。頭の中で整理されないまま、不正確な形で語られてしまうこともあります。そこで、短所を補うために、一定の場面では書面の利用が認められています。訴えを起こすときの訴状、期日ごとの経過を裁判所書記官が作る電子調書、そして口頭弁論の前に主張の内容を整理しておく準備書面です。準備書面の中身は、また別の回で見ます。書面は口頭主義を壊す例外ではなく、口頭主義の短所を補う補完物として位置づけられています。たとえば、証人が期日の当日にうまく言葉にできなかった細かい経緯を、あらかじめ準備書面に整理しておけば、当日の口頭でのやり取りがずっとかみ合いやすくなります。

直接主義——判決を書けるのは誰か

直接主義の板(直接主義=弁論に関与した裁判官だけが判決をする(249条1項)/趣旨=陳述の趣旨・真偽を正確に理解し裁判に直結させる) 図:直接主義の板

  • 直接主義=弁論に関与した裁判官だけが判決をする(249条1項)
  • 趣旨=陳述の趣旨・真偽を正確に理解し裁判に直結させる

判決の基礎となる弁論と証拠調べに、直接立ち会った裁判官だけが、その判決を書くことができます。これを直接主義と呼びます。

条文民事訴訟法249条

民事訴訟法第249条(直接主義) 判決は、その基本となる口頭弁論に関与した裁判官がする。 2 裁判官が代わった場合には、当事者は、従前の口頭弁論の結果を陳述しなければならない。 3 単独の裁判官が代わった場合又は合議体の裁判官の過半数が代わった場合において、その前に尋問をした証人について、当事者が更に尋問の申出をしたときは、裁判所は、その尋問をしなければならない。

なぜここまで裁判官を限定するのかは、口頭主義とあわせて考えると分かりやすくなります。実際にその場にいて、当事者の表情や言い方まで見ていた裁判官だからこそ、陳述の趣旨や真偽を正確につかんで、その理解を判決にそのまま直結させられます。伝聞で聞いただけの裁判官では、その精度が落ちてしまいます。裁判官が交代するたびに審理を最初からやり直すのは、あまりに不合理です。そこで2項が、弁論の更新という仕組みを用意しています。裁判官が代わったときは、当事者が、これまでの口頭弁論の結果を、新しい裁判官の面前であらためて陳述します。これによって、新しい裁判官も直接主義の形式を満たしたことになります。

実務上は、当事者が「従前のとおり陳述します」とひとこと述べるだけで済ませることがほとんどです。ここに、見落としやすい落とし穴があります。

弁論の更新と証人尋問の対比板(弁論の更新=当事者の一言の陳述で足りる(249条2項)/証人尋問のやり直しは職権で当然にはやり直さない/単独裁判官の交代または合議体の過半数の交代+当事者の申出があれば裁判所は尋問しなければならない(249条3項)) 図:弁論の更新と証人尋問の対比板

  • 弁論の更新=当事者の一言の陳述で足りる(249条2項)
  • 証人尋問のやり直しは職権で当然にはやり直さない
  • 単独裁判官の交代または合議体の過半数の交代+当事者の申出があれば裁判所は尋問しなければならない(249条3項)

弁論の更新は、当事者の一言で足りますが、すでに終わった証人尋問のやり直しは、それとは別に扱われます。単独の裁判官が代わった場合、あるいは合議体の裁判官の過半数が代わった場合に、当事者から、証人にもう一度尋問してほしいという申出があったときに限って、裁判所はその尋問をしなければなりません。職権で当然にやり直すのではなく、当事者の申出が要件になっている、という点を押さえてください。申出がなければ、新しい裁判官は、前の裁判官が聞いた証人尋問の結果を、調書を通じて理解するだけで判決を書くことになります。もし更新の手続を経ないまま判決をしてしまえば、直接主義に違反したことになり、絶対的上告理由にあたり、確定後でも再審の対象になります。

上告理由・再審事由・2回目の板(絶対的上告理由312条2項1号=判決裁判所の構成違法/再審事由338条1項1号=同) 図:上告理由・再審事由・2回目の板

  • 絶対的上告理由312条2項1号=判決裁判所の構成違法
  • 再審事由338条1項1号=同

これで、口頭弁論の公開違反、双方審尋主義の違反に続いて、3つ目の対応が出そろいました。

原則が破られたときの出口

上告理由・再審事由の束ね板(312条2項1号=判決裁判所の構成違法(直接主義)/312条2項4号=法定代理権・訴訟代理権等の欠缺(双方審尋主義)/312条2項5号=公開違反(公開主義)/338条1項1号・3号=同じ2つを再審事由としても定める) 図:上告理由・再審事由の束ね板

  • 312条2項1号=判決裁判所の構成違法(直接主義)
  • 312条2項4号=法定代理権・訴訟代理権等の欠缺(双方審尋主義)
  • 312条2項5号=公開違反(公開主義)
  • 338条1項1号・3号=同じ2つを再審事由としても定める

ここまで、公開主義、双方審尋主義、直接主義という3つの原則が、それぞれ破られたときにどうなるかを見てきました。3つとも、上告すれば判決が覆る絶対的上告理由にあたり、判決が確定した後でも再審の対象になります。公開主義、双方審尋主義、直接主義のこの3つは、判決という重い結論を出すための、いわば手続の土台にあたる原則です。土台が崩れていれば、その上に建った判決そのものが信用できません。だからこそ、通常の理由よりも重く扱われ、絶対的上告理由や再審事由という強い救済手段が用意されています。それぞれの号の全体像や、他にどんな理由が並んでいるかは、上告と再審そのものを扱う回で、あらためて見ていきます。

集中審理主義——1つの事件を集中して進める

集中審理主義の板(集中審理主義=1件を集中的に審理し判決まで終える理想/実際は複数事件を並行して進める併行審理/現行法では証人・当事者本人の尋問に限り集中証拠調べ(182条)で実現) 図:集中審理主義の板

  • 集中審理主義=1件を集中的に審理し判決まで終える理想
  • 実際は複数事件を並行して進める併行審理
  • 現行法では証人・当事者本人の尋問に限り集中証拠調べ(182条)で実現

ここからは、判決が覆るほど重い原則ではありませんが、審理の進め方そのものを形づくるルールに移ります。本来なら、1つの事件を集中的に審理して、判決まで終えてから次の事件に移るのが理想です。これを集中審理主義と呼びます。短時間で事件の全体像がつかめて、裁判官の心証形成も的確になるという利点があります。実際には、1人の裁判官が複数の事件を同時並行で担当する併行審理が実情です。担当する事件が1件だけということは、ほとんどありません。ただし、現行法は、証人や当事者本人への尋問という場面に限って、集中証拠調べという形で集中審理主義を実現しています。これは182条が定めていて、名前と段取りは前回の口頭弁論の回で見たとおりです。証拠調べとしての中身は、集中証拠調べそのものを扱う回に譲ります。

適時提出主義——出す時期にもルールがある

適時提出主義の板(適時提出主義=攻撃防御方法は訴訟の進行状況に応じ適切な時期に提出(156条)/背景=旧法の随時提出主義への反省/信義誠実義務(2条)の具体化/直接の制裁規定は無く訓示的な規定) 図:適時提出主義の板

  • 適時提出主義=攻撃防御方法は訴訟の進行状況に応じ適切な時期に提出(156条)
  • 背景=旧法の随時提出主義への反省
  • 信義誠実義務(2条)の具体化
  • 直接の制裁規定は無く訓示的な規定

ここからは、攻撃防御方法、つまり自分の主張を根拠づける事実や証拠を、いつ提出するかというルールに移ります。

条文民事訴訟法156条

民事訴訟法第156条(攻撃防御方法の提出時期) 攻撃又は防御の方法は、訴訟の進行状況に応じ適切な時期に提出しなければならない。

具体的な期限を切っているわけではなく、その事件の進み具合に応じて、後出しにならない時期に出しなさい、という考え方です。かつての旧法には、随時提出主義という考え方があり、審理が終わるまでならいつでも新しい主張を出してよいとされていました。旧法の随時提出主義のもとでは、実際に後出しと訴訟の遅延を招く原因になっていました。その反省から、進行状況に応じた適切な時期に出すべきだという156条が置かれています。これは、訴訟を進めるにあたって当事者が負う信義誠実義務、2条の具体的な現れの1つでもあります。ここに、見落としやすい落とし穴があります。156条そのものには、直接の制裁規定がありません。訓示的な規定、つまり心構えを示すだけの規定にとどまるというのが一般的な理解です。

そこで実際に効いてくるのが、次に見る157条1項です。

時機に後れた攻撃防御方法の却下——実際に効く条文

157条1項3要件の板(①時機に後れた提出であること/②故意または重大な過失/③訴訟の完結が遅延すること/申立てにより又は職権で却下できる) 図:157条1項3要件の板

  • ①時機に後れた提出であること
  • ②故意または重大な過失
  • ③訴訟の完結が遅延すること/申立てにより又は職権で却下できる

条文民事訴訟法157条1項

民事訴訟法第157条(時機に後れた攻撃防御方法の却下等)1項 当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。

156条には制裁がありませんが、この157条1項は違います。時機に後れて提出された攻撃防御方法を、裁判所が却下できると定めています。しかも、当事者からの申立てだけでなく、裁判所が自分の判断で却下することもできます。却下されると、その主張は判決の材料にできなくなります。ただし、いつでも却下できるわけではありません。3つの要件をすべて満たす必要があります。1つ目は、時機に後れた提出であることです。これは、その事件の具体的な進み具合や、その攻撃防御方法の性質に照らして、もっと早く出せたはずだという客観的な状況があったかどうかで判断されます。判断は、事件ごとに個別具体的に行われます。

2つ目の要件は、故意または重大な過失です。ここで注意してほしいのは、単なる過失では足りない、という点です。重大な過失でなければ、この要件を満たしません。判断にあたっては、当事者が弁護士に依頼しているか、それとも本人が自分で訴訟を進めているか、それに攻撃防御方法の種類も考慮されます。3つ目は、訴訟の完結が遅延することです。かつては、この遅延をどう捉えるかについて、相対的に捉える考え方と、絶対的に捉える考え方の対立がありました。現在では、絶対的に捉える考え方が一般的です。却下せずにそのまま審理を続けた場合と比べて、手続にかかる期間が長くなるかどうかで判断する、という考え方です。なぜ却下した場合と比べるのかというと、もともとの審理予定と比べる考え方では、予定に余裕のある事件ほど後出しが許されることになり、適時提出主義の実効性が事件ごとにばらついてしまうからです。

遅延の判断は、もともとの予定ではなく却下した場合と比べる、そこを取り違えないでください。

157条の具体例の板(建築請負代金600万円の請求訴訟/争点整理を終え集中証拠調べの期日直前/被告が初めて弁済の抗弁を主張/裏付けの領収書の証拠調べを求める) 図:157条の具体例の板

  • 建築請負代金600万円の請求訴訟
  • 争点整理を終え集中証拠調べの期日直前
  • 被告が初めて弁済の抗弁を主張
  • 裏付けの領収書の証拠調べを求める

具体例で確かめましょう。建築工事の代金600万円を請求する訴訟で、争点整理が終わり、集中証拠調べの期日も目前に迫った段階になって、被告が突然、代金の一部はすでに現金で支払ったという弁済の抗弁を持ち出し、裏付けとなる領収書の取調べを求めたとします。この弁済の抗弁は、それまでまったく出ていなかったとします。まず1つ目の要件です。争点整理の段階で領収書の存在に気づけたはずなのに、そこで出さず、証拠調べ直前になって出してきた。もっと早く出せた客観的な状況があるので、時機に後れた提出にあたります。2つ目、被告に弁護士がついていて、しかも領収書は自分の手元にあったはずなのに提出しなかったとすれば、単なる不注意を超えて、重大な過失と評価されやすくなります。

新しい抗弁を認めてしまうと、その裏付けを調べるための証拠調べ期日をあらためて設け直す必要が出てきます。却下してそのまま集中証拠調べに進む場合と比べて、明らかに手続が長引きます。この3つがそろえば、裁判所は、この弁済の抗弁を却下することができます。

計画審理主義——審理そのものに計画を立てる

計画審理主義の板(計画審理主義=裁判所と当事者は訴訟手続の計画的な進行を図らなければならない(147条の2)/背景=裁判の迅速化に関する法律2条(第一審は2年以内)) 図:計画審理主義の板

  • 計画審理主義=裁判所と当事者は訴訟手続の計画的な進行を図らなければならない(147条の2)
  • 背景=裁判の迅速化に関する法律2条(第一審は2年以内)

条文民事訴訟法147条の2

民事訴訟法第147条の2(訴訟手続の計画的進行) 裁判所及び当事者は、適正かつ迅速な審理の実現のため、訴訟手続の計画的な進行を図らなければならない。

ここまでの原則が、審理のやり方そのものを縛るルールだったのに対して、計画審理主義は、審理全体の進み方をあらかじめ設計しておこうという考え方です。背景には、裁判の迅速化に関する法律という別の法律があります。この法律の2条は、第一審の訴訟手続を2年以内に終局させることを目指すと定めていて、それを受けて平成15年に民事訴訟法が改正されました。

条文民事訴訟法147条の3

民事訴訟法第147条の3(審理の計画) 裁判所は、審理すべき事項が多数であり又は錯そうしているなど事件が複雑であることその他の事情によりその適正かつ迅速な審理を行うため必要があると認められるときは、当事者双方と協議をし、その結果を踏まえて審理の計画を定めなければならない。 2 前項の審理の計画においては、次に掲げる事項を定めなければならない。 一 争点及び証拠の整理を行う期間 二 証人及び当事者本人の尋問を行う期間 三 口頭弁論の終結及び判決の言渡しの予定時期 3 第一項の審理の計画においては、前項各号に掲げる事項のほか、特定の事項についての攻撃又は防御の方法を提出すべき期間その他の訴訟手続の計画的な進行上必要な事項を定めることができる。

審理すべき事項が多数だったり、事件が複雑だったりして、迅速な審理のために必要があると認められるときは、裁判所は当事者双方と協議をして、審理計画を定めなければなりません。裁判所の自由な裁量ではありません。必要があると認められるときは、定めなければならない、という義務の形になっています。2項が、必ず定めなければならない3つの事項を挙げています。争点と証拠の整理を行う期間、証人や当事者本人の尋問を行う期間、そして口頭弁論の終結と判決の言渡しの予定時期です。この3つは必ず盛り込まれます。さらに3項で、特定の事項について攻撃防御方法を出すべき期間を、追加で定めることもできます。

期間を過ぎて出したからといって、それだけで自動的に排除されるわけではありません。157条の2は、審理計画に沿った進行を著しく妨げるおそれがあると裁判所が認める場合に、その攻撃防御方法を却下できると定めています。もっとも、期間内に出せなかったことについて当事者が相当な理由を疎明できれば、却下は避けられます。この判断が実際にどう働くかは、また別の機会に扱います。

弁論能力——手続を円滑に進めるための能力

弁論能力の板(155条1項=訴訟関係を明瞭にするために必要な陳述ができない者の陳述を禁止し新たな期日を定めることができる/155条2項=必要なら弁護士の付添いを命じる/訴訟能力(本人保護)と違い看過しても判決の効力に影響しない) 図:弁論能力の板

  • 155条1項=訴訟関係を明瞭にするために必要な陳述ができない者の陳述を禁止し新たな期日を定めることができる
  • 155条2項=必要なら弁護士の付添いを命じる
  • 訴訟能力(本人保護)と違い看過しても判決の効力に影響しない

最後に、以前の回から送られてきた論点を回収します。弁論能力です。

条文民事訴訟法155条

民事訴訟法第155条(弁論能力を欠く者に対する措置) 裁判所は、訴訟関係を明瞭にするために必要な陳述をすることができない当事者、代理人又は補佐人の陳述を禁じ、口頭弁論の続行のため新たな期日を定めることができる。 2 前項の規定により陳述を禁じた場合において、必要があると認めるときは、裁判所は、弁護士の付添いを命ずることができる。

前の回で、訴訟能力を欠く行為は無効だと聞きましたが、では弁論能力を欠く行為はどうなりましたか?そうでした。訴訟関係をはっきりさせるために必要な陳述ができない当事者や代理人、補佐人がいるときは、裁判所はその人の陳述を禁じて、続きのための新しい期日を定めることができます。必要があれば、弁護士に付き添ってもらうよう命じることもできます。これが、口頭主義を支えるための裏側の制度です。口頭主義は、口頭で述べたことを判決の材料にする以上、その陳述がきちんと聞き取れて、意味が通じるものでなければ機能しません。要領を得ない陳述しかできない人がいれば、審理そのものが立ち行かなくなります。弁論能力は、この意味での手続の円滑さを支える制度です。

これは、訴訟能力を欠く場合と同じように、深刻な問題になるんですか。そこが、以前見た区別の結論部分です。訴訟能力は、判断力の乏しい本人を保護するための制度でした。これに対して弁論能力は、手続を円滑に進めるための制度にすぎません。だから、弁論能力を欠く者の陳述をそのまま聞いて手続を進めてしまっても、それだけの理由で判決の効力に影響することはありません。訴訟能力を欠く行為は無効になりますが、弁論能力を欠く陳述をうっかり聞いてしまっても、判決はそのまま有効です。この重みの違いを、ここで押さえておいてください。

今日の地図(保存版)

今日のまとめの板(①公開主義=対審と判決の言渡しだけが対象/②秘匿制度=原則を崩さず代替事項で守る/③双方審尋主義/④口頭主義=書面は補完/⑤直接主義=更新と証人再尋問の差/⑥集中審理主義/⑦適時提出主義と157条却下/⑧計画審理主義/⑨弁論能力=看過しても無効ではない) 図:今日のまとめの板

  • ①公開主義=対審と判決の言渡しだけが対象
  • ②秘匿制度=原則を崩さず代替事項で守る
  • ③双方審尋主義
  • ④口頭主義=書面は補完
  • ⑤直接主義=更新と証人再尋問の差
  • ⑥集中審理主義
  • ⑦適時提出主義と157条却下
  • ⑧計画審理主義
  • ⑨弁論能力=看過しても無効ではない

今日の内容を、冒頭のAさんの問いに戻ってまとめます。公開主義が公開せよと定めているのは、対審と判決の言渡しだけで、訴訟記録はその対象に入っていません。だからこそ、記録を守るための92条や、住所と氏名そのものを守るための秘匿制度が、別に用意されています。Aさんは、裁判所が定めた代替事項を訴状に書くことで、住所をBに知られないまま訴えを起こすことができます。公開の原則と、Aさんを守る仕組みは、矛盾していなかったんですね。そのうえで、双方審尋主義、口頭主義、直接主義、集中審理主義、適時提出主義、計画審理主義という6つの原則が、口頭弁論という場のルールを形作っています。適時提出主義そのものには制裁がなくても、157条1項の却下がその実効性を支えていること、直接主義の弁論の更新は一言で足りても、証人尋問のやり直しには当事者の申出が要ることは、特に取り違えやすいところです。そして最後に、以前から積み残していた弁論能力も、訴訟能力とは重みの違う制度として回収しました。

今日出てきたのは、全部「口頭弁論という器を、どう運用するか」という話だったんですね。この器の中に、実際にどんな事実や証拠を入れるか、それを誰が出すのかという役割分担は、また別の原則が担っています。

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#40単独ページ動画

弁論主義の3つのテーゼ

第2章 訴訟の審理 ㊵/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

誰も言っていない「免除」は使えるのか

冒頭事案の関係図(貸主・原告Xが借主・被告Yに800万円を貸した。Yはもらったものだと主張。元経理担当者の証人が裁判所に「あとで返さなくていいと言っていた」と証言した) 図:冒頭事案の関係図

Xさんが取引先の代表者Yさんに800万円を貸した事案を覚えていますか。あれは借りたのではなくもらったものだ、とYさんが言い張っていた事案ですね。裁判が進み、証人尋問の日を迎えました。Xさんの元経理担当者が、証言台に立ちます。証言台に立った元経理担当者は、こう証言しました。あの800万円は、後でXさんが返さなくていいと言っていました。Yさんの言い分は、最初からもらったというものでした。今出てきた免除は、それとは違う、まったく新しい事実です。しかも、XさんもYさんも、免除という事実を、法廷で一度も主張していません。

証人が話した以上、裁判所はもう知ってしまっていますよね。知っていることを、判決の理由にしてはいけないんですか。そこが今日の入り口です。裁判所は、この証言を判決の理由にしてよいのでしょうか。事実が分かったのだから使えばいい、というその直感が、実は落とし穴です。弁論主義という考え方が、この直感にはっきり反対の答えを出します。結論は、この先で確定させます。

器の中身は誰が用意するのか——弁論主義とは

層の違い板(前回=口頭弁論という器の運用ルール/今回=その器に入れる中身を誰が調達するか) 図:層の違い板

  • 前回=口頭弁論という器の運用ルール
  • 今回=その器に入れる中身を誰が調達するか

前の回では、口頭弁論という法廷の場を動かす7つのルールを見ました。法廷という器のルール、という感じでした。今日はその続きですが、扱う層が違います。器のルールではなく、その器に何を入れるかという話です。判決の材料になる事実と証拠を、誰が用意するのか。今日はそこを見ます。

弁論主義の定義板(定義=判断資料となる事実と証拠の収集・提出を当事者の権能・責任に委ねる建前/対概念=職権探知主義/注意=弁論主義を直接根拠づける条文は民訴法に存在しない) 図:弁論主義の定義板

  • 定義=判断資料となる事実と証拠の収集・提出を当事者の権能・責任に委ねる建前
  • 対概念=職権探知主義
  • 注意=弁論主義を直接根拠づける条文は民訴法に存在しない

判断材料となる事実と証拠を、集めて出す役目があります。この役目を、当事者の権能であり責任だとする建前を、弁論主義と呼びます。反対の建前もあります。裁判所自身に、事実を集めて出す権能と責任を認める建前です。これを職権探知主義と呼びます。人事訴訟法で採用されている考え方です。身分関係は、当事者の意思だけに任せきれません。そういう場面では、裁判所が前面に出る職権探知主義が採られます。中身は人事訴訟法を扱う回に譲ります。今日は名前だけ押さえてください。弁論主義は、民事訴訟法のどこかに、はっきり書いてあるんですか。ここが、実はおもしろいところです。弁論主義をずばり定めた条文は、民事訴訟法に存在しません。

条文に明文の規定が無いのに、弁論主義がここまで確立した考え方になっている、その理由こそ、次に見る根拠の論点です。

なぜ弁論主義が認められるのか——根拠の3つの説

根拠3説の板(本質説=私的自治/手段説=真実発見の技術的手段・難点あり/多元説=歴史的所産/立場=根拠は私的自治・機能は結果的なもの) 図:根拠3説の板

  • 本質説=私的自治
  • 手段説=真実発見の技術的手段・難点あり
  • 多元説=歴史的所産
  • 立場=根拠は私的自治・機能は結果的なもの

弁論主義の根拠については、大きく3つの説明の仕方があります。1つめは本質説です。私的自治が土台にあります。自分の権利関係は、自分の意思で決めてよいという考え方です。判決を通じて権利関係が処分される場面でも、当事者の意思を反映させたい。だから、事実と証拠の選び方にも、当事者の意向を反映させるべきだ、という説明です。2つめは手段説です。当事者に、自分に有利な資料を出す責任を負わせます。結果として十分な資料が集まり、真実の発見に役立つ、という説明です。ところが、この説には弱点があります。職権探知主義の手続でも、真実発見の要請はまったく同じはずです。それなのに、なぜ弁論主義が採られないのか、手段説はうまく説明できません。離婚訴訟では、裁判所自身が戸籍の記載や調査の結果を、自分で拾って判断します。真実を知りたいという気持ちは、弁論主義の手続とまったく同じです。それなのに、集め方は正反対です。手段説では、この差を説明できません。

3つめは多元説です。私的自治、真実発見、不意打ちの防止、裁判に対する信頼。これらが積み重なって歴史的に出来上がった制度だとする説明です。根拠は私的自治に絞ります。そして、真実発見や不意打ちの防止は、結果として付いてくる機能だと位置づけます。なぜ認められるのかという根拠と、何の役に立つのかという機能を分けて考える。この発想が、この先で一見矛盾するように見える2つの判例を両立させる鍵になります。

処分権主義との違い

処分権主義と弁論主義の板(処分権主義=申立てレベル・審判対象を定め処分する/弁論主義=主張・立証レベル・事実と証拠を収集提出する/背景の私的自治は共通) 図:処分権主義と弁論主義の板

  • 処分権主義=申立てレベル・審判対象を定め処分する
  • 弁論主義=主張・立証レベル・事実と証拠を収集提出する
  • 背景の私的自治は共通

処分権主義は、訴訟の始め方や終わらせ方を当事者に委ねる原則です。名前が似ていて、実際に背景の考え方も共通しています。どちらも、私的自治から出発しています。動く階層が違います。処分権主義は、何を求めるかという申立てのレベルを当事者に委ねます。弁論主義は、事実と証拠という、主張と立証のレベルを当事者に委ねます。民事裁判を3階建てだと教わったときの、あの階層と、まさに重なります。1階の申立てを動かすのが処分権主義です。2階の主張と3階の立証を動かすのが弁論主義です。同じ私的自治という土台の上に、2つの原則が別々の階層を受け持っています。

かりに、Xさんが800万円のうち600万円だけ請求すると決めたとします。それを決めるのが、処分権主義です。1階の申立てのレベルですね。その仮に決めた600万円を支えるために「貸した」「弁済期を半年後と合意した」という事実を、誰が法廷に出すかが弁論主義です。2階と3階のレベルです。

3つのテーゼ——主張、自白、立証という流れ

3テーゼの流れ板(①主張する=第1テーゼ/②争うか決める=第2テーゼ/③立証する=第3テーゼ) 図:3テーゼの流れ板

  • ①主張する=第1テーゼ
  • ②争うか決める=第2テーゼ
  • ③立証する=第3テーゼ

弁論主義の中身は、3つのテーゼに分けて説明されます。ただ、3つを別々の内容として暗記すると、この先で必ずつまずきます。当事者が訴訟で行う一連の行為の流れだと捉えてください。まず、事実を主張する。次に、相手の主張に対して、争うのか争わないのか態度を決める。そして、争いが残った事実だけを、証拠で決着させる。この順番そのものが、3つのテーゼです。1つめが第1テーゼの主張責任、2つめが第2テーゼの自白です。3つめが第3テーゼの職権証拠調べの禁止です。根拠は、さっき見た私的自治にあります。当事者が何も言わない事実に、裁判所は手を出せません。だから、まず①が先に来ます。当事者どうしが争わないと決めた事実にも、口出ししません。だから②が続きます。争いが残った部分だけを、証拠で決着させる。それが③です。

Xさんの事案でも、同じ順番をたどっているんですか。たどっています。Xさんは貸したという事実、Yさんはもらったという事実を主張しました。①です。お金を受け取ったこと自体には争いが無く、返す約束の有無だけが争いになりました。②です。そして、その争いだけが、この先の証拠調べで決着します。③です。この順番で、1つずつ具体例とともに見ていきます。

第1テーゼ——主張責任

第1テーゼの板(当事者が主張していない事実を、裁判所が判決の基礎にすることは許されない/理由=不意打ち防止/裏返し=主張しなければ無いものとして扱われる=主張責任) 図:第1テーゼの板

  • 当事者が主張していない事実を、裁判所が判決の基礎にすることは許されない
  • 理由=不意打ち防止
  • 裏返し=主張しなければ無いものとして扱われる=主張責任

第1テーゼは、こう言い表せます。当事者が主張していない事実を、裁判所は判決の基礎にできません。裁判所が、誰も言っていない事実を勝手に採り入れたとします。すると、その事実に反論する機会が無いまま判決が出てしまいます。これでは、当事者への不意打ちになってしまいます。この不意打ち防止も、さっき根拠のところで見た機能の1つです。この第1テーゼには、裏返しがあります。自分に有利な事実であっても、主張しなければ無いものとして扱われます。有利な認定をしてもらえないという結果を、自分で引き受けることになります。この結果責任を、主張責任、または客観的主張責任と呼びます。

具体的に考えてみましょう。実はXさんには、もう1つ言い忘れた事実がありました。契約のとき、担保として腕時計を預かっていた、という事実です。Xさんにとって有利なはずのこの事実を、しかしXさんの弁護士は書面に書きませんでした。腕時計を担保に取っていたという事実は、無いものとして扱われます。裁判所は、時計の写真を見せられても、それだけでは判決の理由にできません。これが、主張責任という結果責任の重さです。

主張共通の原則——言ったのはどちらでもいい

主張共通の原則の板(弁論主義は裁判所と当事者の役割分担/当事者間の分担ではない/どちらが主張したかにかかわらず判決の基礎にできる/罠=自分が言わないと使えないは誤り) 図:主張共通の原則の板

  • 弁論主義は裁判所と当事者の役割分担
  • 当事者間の分担ではない
  • どちらが主張したかにかかわらず判決の基礎にできる
  • 罠=自分が言わないと使えないは誤り

ここで、多くの人がつまずく罠があります。「自分に有利な事実は、自分が主張しないと使ってもらえない」という思い込みです。ここで、先ほどの軸を思い出してください。弁論主義は、裁判所と当事者の役割分担の問題です。原告と被告という、当事者どうしの役割分担ではありません。

判例最判昭和41・9・8 民集20巻7号1314頁

最高裁判決(明渡しを求めた側が自分に不利な事実を主張した事件) ところで、被控訴人の本訴請求については、被控訴人が控訴人に対し本件宅地の使用を許したとの事実は、元来、控訴人の主張立証すべき事項であるが、控訴人においてこれを主張しなかつたところ、かえつて被控訴人においてこれを主張し、原審が被控訴人のこの主張に基づいて右事実を確定した以上、控訴人において被控訴人の右主張事実を自己の利益に援用しなかつたにせよ、原審は右本訴請求の当否を判断するについては、この事実を斟酌すべきであると解するのが相当である。

被控訴人というのは、土地の明渡しを求めた側です。自分から、相手に土地の使用を許した、という自分に不利な事実を述べていました。本来は、相手方が言うべき事実です。相手方は、これを援用していませんでした。それでも判決は、裁判所はこの事実を斟酌すべきだ、としました。

訂正(2026-10-01) 動画のこの判例カードでは、自分に不利な事実を述べたのを「被告」、援用しなかったのを「原告」と書いていましたが、判決とは逆でした。判決では、不利な事実(土地の使用を許したこと)を主張したのは明渡しを求めた側で、援用しなかったのはその相手方です。また、カードは「理由は、弁論主義が裁判所と当事者との間の役割分担を定めた原則だからである」としていましたが、判決はこうした理由を述べていません。「役割分担」は、主張共通の原則を説明するための考え方として読んでください。上のカードは判決の原文に差し替えています。

ここで言う「援用」とは、相手が出した事実を、自分の主張としても持ち出すことです。裁判所から見れば、事実が場に出ているかどうかがすべてです。出したのが原告か被告かは関係ありません。これを主張共通の原則と呼びます。

独自具体例の関係図(交通事故の損害賠償請求。加害者・被告が「実は制限速度を超過していた」と自ら陳述。被害者・原告はこの速度超過を具体的には主張していない) 図:独自具体例の関係図

別の事案で考えてみます。交通事故の損害賠償を求める訴訟です。原告は、被告に不注意があったとだけ主張していました。ところが法廷で、被告自身が、あることを自分から述べてしまいました。実は事故のとき、制限速度を超過していた、という発言です。しかも、原告側の弁護士は——この速度超過という具体的な事実までは、主張していませんでした。裁判所は、この速度超過を判決の材料にできます。速度超過という事実は、被告自身の口から、法廷という場に出ています。原告が主張していなくても、被告が主張した事実として場に出ているからです。裁判所は、これを判決の基礎にすることができます。

「自分に有利な事実は自分が言わないと使えない」という直感は、はっきり誤りです。

訴訟資料と証拠資料の峻別

訴訟資料・証拠資料の2ルート板(弁論(主張)=訴訟資料=判決の基礎にできる/証拠調べ=証拠資料=主張が無ければできない/証拠調べから判決へ直結する矢印は無い) 図:訴訟資料・証拠資料の2ルート板

  • 弁論(主張)=訴訟資料=判決の基礎にできる
  • 証拠調べ=証拠資料=主張が無ければできない
  • 証拠調べから判決へ直結する矢印は無い

ここで、冒頭のXさんの事案に戻ります。主張共通の原則は、あくまで「誰が主張したか」の話でした。今度は「主張されているかどうか」自体が問題になる場面を見ます。裁判所が判決の材料にできる情報には、2つのルートがあります。1つは、当事者が口頭弁論で主張した事実です。これを訴訟資料と呼びます。もう1つは、証拠調べの過程で裁判所が知ることになった事実です。こちらは証拠資料と呼ばれます。裁判所は、証言を聞いて知ってはいます。しかし、証拠調べを通じて知った事実であっても、主張が無ければ使えません。判決の基礎にすることは、許されないのです。証拠調べのルートから、判決へ直結する矢印は無い、ということです。

判例最判昭和55・2・7 民集34巻2号123頁〈百選46〉

最高裁判決(相続財産の取得が争われた事件) 相続による財産の取得が争われた事件で、証拠調べの結果、裁判所は当事者の主張していない死因贈与の事実を知るに至った。当事者の誰もこの死因贈与を主張していなかったにもかかわらず、これを認定して判決の基礎とすることは、弁論主義に違反し許されないとされた。

死因贈与とは、贈与した人が亡くなったときに効力が生じる贈与の約束のことです。この考え方を、条文の形で確認しておきます。

⭐ 論文で書く規範:訴訟資料と証拠資料の峻別 証拠調べによって裁判所が事実を把握したとしても、当事者がその事実を弁論で主張していない限り、判決の基礎とすることはできない。 (最判昭和55・2・7 民集34巻2号123頁〈百選46〉)

この物差しを、Xさんの事案に当てはめます。元経理担当者は、確かに免除があったと証言しました。しかし、Xさんも、Yさんも、免除という事実を一度も主張していません。免除は、証拠調べを通じて出てきただけの証拠資料です。訴訟資料には、なっていません。ですから、裁判所は、この免除の証言を判決の理由にすることはできません。もし、XさんかYさんのどちらかが、免除を主張していたら違いましたか。違いました。どちらかが免除を主張していれば、それは訴訟資料になります。そうなれば、証人の証言と合わせて、判決の基礎にできます。

ただし、この峻別には、一見すると反対の結論に見える判例もあります。

判例最判昭和33・7・8 民集12巻11号1740頁〈百選47〉

最高裁判決(代理人による契約締結の認定が争われた事件) 斡旋料支払の特約が当事者本人によつてなされたか、代理人によつてなされたかは、その法律効果に変りはないのであるから、原判決が被上告人と上告人代理人Dとの間に本件契約がなされた旨判示したからといつて弁論主義に反するところはなく……

33年判決の関係板(代理人による契約締結という事実を主張なく認定しても弁論主義違反にならないとした判例/整理=不意打ちの有無という機能の面から説明できる/注意=結果的に不意打ちが無かった事案という理解は1つの見方) 図:33年判決の関係板

  • 代理人による契約締結という事実を主張なく認定しても弁論主義違反にならないとした判例
  • 整理=不意打ちの有無という機能の面から説明できる
  • 注意=結果的に不意打ちが無かった事案という理解は1つの見方

矛盾ではありません。ここで、先ほど立てた根拠と機能の整理が効いてきます。弁論主義の根拠は私的自治ですが、不意打ちの防止は結果的な機能でした。死因贈与の事件では、当事者の想定していなかった事実がいきなり出てきました。その結果、不意打ちになりました。代理人の事件で、判決が挙げた理由は1つです。約束を本人がしたか代理人がしたかで、その法律効果は変わらない、というものでした。約束があったこと自体は、請求する側が主張していました。結んだのが本人か代理人かは、その効果を左右しません。だから、主張と違う結び方を認定しても、弁論主義に反しないとされたのです。

そのうえで、機能の面から見る見方もあります。代理人の点は証人の証言に出ていて、その証言は請求する側が援用していました。結果的に不意打ちは生じなかった、という見方です。判決そのものの理由は、法律効果に変わりがない、という点です。2つの判例は矛盾ではなく、不意打ちの有無という機能の面からも整理できます。

訂正(2026-10-01) 動画では、この判例について「契約が成立したかどうかが、そもそもこの訴訟の中心の争点でした」などと説明しましたが、これは判決に書かれていない内容でした。判決自身の理由は「斡旋料支払の約束を本人がしたか代理人がしたかで、法律効果に変わりがない」という点です。板の「不意打ちの有無という機能の面から説明できる」は、判決の理由ではなく1つの見方として読んでください。上の本文とカードは判決どおりに直しています。

第2テーゼ——裁判上の自白

裁判上の自白の板(当事者双方が争っていない事実については、そのまま判決の基礎にする必要がある/効果=審判権が排除される/証拠調べも反対認定もできない) 図:裁判上の自白の板

  • 当事者双方が争っていない事実については、そのまま判決の基礎にする必要がある
  • 効果=審判権が排除される
  • 証拠調べも反対認定もできない

1つめの主張で事実が出そろい、2つめで争うか争わないかの態度が決まります。ここからは、その2つめ、裁判上の自白を見ていきます。認める・否認・不知・沈黙という4つのうち、認めるが、まさにこの自白です。Yさんがお金を受け取ったこと自体を認めた、あれが、裁判上の自白の具体例です。争ったYさんの「もらった」という主張は、自白ではないんですか。違います。あちらは否認、正確には理由付否認です。ただ否認するだけでなく、理由を示して争う否認です。答弁書の回では、別の事実を持ち出すかどうかで見分けました。あれは入口の目安で、どこからが抗弁かという線引きそのものは、また別の回で詰めます。認めた部分だけが自白になり、争った部分は自白になりません。第2テーゼは、こう言い表せます。双方の主張が一致していて争いが無い事実、つまり自白された事実は、裁判所がそのまま判決の理由に使います。

双方の主張が一致した事実については、裁判所の審判権が排除されます。証拠調べをすることもできませんし、自白と違う認定もできません。

自白の成立要件板(①口頭弁論または弁論準備手続の期日で弁論としてされた陳述であること/②相手方の主張と一致すること/③自己に不利益であること) 図:自白の成立要件板

  • ①口頭弁論または弁論準備手続の期日で弁論としてされた陳述であること
  • ②相手方の主張と一致すること
  • ③自己に不利益であること

3つの要件があります。1つめ、口頭弁論の期日、または弁論準備手続の期日での陳述であること。2つめ、相手方の主張と一致すること。3つめ、自己に不利益であることです。

不利益の意味板(判例の定式=相手方が証明責任を負う事実であること/注意=自分が負けそうになるという語感で説明しない) 図:不利益の意味板

  • 判例の定式=相手方が証明責任を負う事実であること
  • 注意=自分が負けそうになるという語感で説明しない

負けそうな気がする、というそのイメージでは足りません。判例は、この不利益を、証明責任という物差しで捉えていると理解されています。

判例大判昭和8・2・9 民集12巻397頁

大審院判決(自白の成立が争われた事件) 自白の撤回や成立が問題となった大審院の事件で、判決要旨は、被告に証明責任のある事実を原告が先に陳述し、被告がこれと一致する事実を主張したときは、原告の陳述を自白と認めるとした。ここから判例は、「自己に不利益」を相手方が証明責任を負う事実と解しているものと理解されている。

Xさんの事案で考えてみましょう。お金を受け取ったこと自体は、Yさんも認めていました。この事実は、本来Xさんが証明しなければならない事実です。Yさんがこれを認めれば、その分Xさんは証明せずに済みます。証明責任を負う相手を助けてしまう、という意味で自分に不利益な陳述です。語感で判断すると、境目を見誤ります。証明責任がどちらにあるかで判断してください。

自白の3つの効力

自白の3効力板(審判排除効=裁判所を拘束/証明不要効=179条・当事者を拘束せず/不可撤回効=当事者を拘束・禁反言) 図:自白の3効力板

  • 審判排除効=裁判所を拘束
  • 証明不要効=179条・当事者を拘束せず
  • 不可撤回効=当事者を拘束・禁反言

裁判上の自白が成立すると、3つの効力が生じます。さっき確認したYさんの自白に、ここで条文と効力がつながります。1つめは審判排除効です。裁判所を拘束し、その事実と違う認定をすることを禁じます。弁論主義の直接の帰結です。2つめは証明不要効です。当事者を拘束するものではなく、証明することを要しなくなります。

条文民事訴訟法179条

民事訴訟法第179条(証明することを要しない事実) 裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない。

ここでいう「顕著な事実」とは、誰でも知っている事実や、裁判所が職務上知っている事実のことです。3つめは不可撤回効です。今度は当事者を拘束し、原則として自白を撤回できなくなります。理由は3つあります。前言をひるがえすことを許さない禁反言。争いが無いと思って処分した証拠が失われている、散逸の防止。そして、相手方の信頼の保護です。

自白を撤回できる3つの例外

撤回3例外板(①刑事上罰すべき他人の行為=338条1項5号/②相手方の同意/③反真実かつ錯誤=両方必要) 図:撤回3例外板

  • ①刑事上罰すべき他人の行為=338条1項5号
  • ②相手方の同意
  • ③反真実かつ錯誤=両方必要

3つの例外があれば、撤回できます。1つめは、刑事上罰すべき他人の行為によって自白させられた場合です。これは、確定した判決のやり直しを求める再審事由とも、条文上重なります。

条文民事訴訟法338条1項5号

民事訴訟法第338条1項5号(再審の事由) 刑事上罰すべき他人の行為により、自白をするに至ったこと又は判決に影響を及ぼすべき攻撃若しくは防御の方法を提出することを妨げられたこと。

2つめは、撤回について相手方の同意がある場合です。相手方が構わないと言うなら、拘束する理由が無くなるからです。3つめが、実務でも一番よく出てくる例外です。自白の内容が真実に反していて、かつ、錯誤に基づいている場合です。真実と違う、というだけでは駄目なんですか。駄目です。反真実と錯誤、この2つがそろって初めて撤回できます。要件としては、両方必要だということを、まず押さえてください。

判例大判大正4・9・29 民録21輯1520頁〈百選56〉

大審院判決(自白の撤回が争われた事件) 自白をした当事者がその撤回を求めた事件で、自白の内容が真実に反し、かつ、自白をした当事者の錯誤に基づく場合には、その自白を撤回することができるとされた。

通る例から見ましょう。売買契約の代金支払期日を、答弁書で9月1日だと自白したとします。しかし、契約書を見返すと、正しくは8月1日でした。答弁を書いた担当者が、日付を見間違えていたとすれば——反真実かつ錯誤ですから、この自白は撤回できます。では、撤回できない例です。正しい日付が8月1日だと分かっていながら——あえて9月1日だと自白していた場合です。この場合は、真実に反してはいますが、錯誤ではありません。錯誤が無い以上、この自白は撤回できません。

判例最判昭和25・7・11 民集4巻7号316頁

最高裁判決(自白の撤回で錯誤の証明が争われた事件) 自白の撤回にあたり錯誤の証明の要否が争われた事件で、反真実の証明があるときは、錯誤は推定されるとされた。

反真実と錯誤の順番板(反真実を証明する→錯誤が推定される→撤回できる/反真実の証明が先) 図:反真実と錯誤の順番板

  • 反真実を証明する→錯誤が推定される→撤回できる
  • 反真実の証明が先

反真実と錯誤という2つの要件を別々に証明しなければならないと感じる、そこが、この論点のもう1つの山場です。要件としては両方必要ですが、証明の場面では順番があります。先ほどの日付の例でいえば、8月1日が正しいと証明できれば十分です。そこから、担当者が見間違えたという錯誤は、推定されます。要件が2つあるという話と、証明の順番の話は、層が違います。反真実の証明が先、錯誤はその後に推定される。この順番を、逆にしないでください。

第3テーゼ——職権証拠調べの禁止

第3テーゼの板(争いのある事実を認定するときは、当事者が申し出た証拠に基づかなければならない/例外=職権による当事者尋問・207条1項) 図:第3テーゼの板

  • 争いのある事実を認定するときは、当事者が申し出た証拠に基づかなければならない
  • 例外=職権による当事者尋問・207条1項

1つめで事実が出そろい、2つめで争いのある事実だけが絞り込まれました。最後の3つめが、その残った争いをどう決着させるか、という第3テーゼです。第3テーゼは、こう言い表せます。当事者の間で争いになっている事実を認定する場面では、当事者自身が申し出た証拠に基づかなければなりません。原則としてはできません。裁判所が自分の判断で証拠を集めてよいとすれば、当事者が選んでいない材料で勝敗が決まってしまいます。主張と自白で当事者が絞った争点の外から、結論が持ち込まれることになります。これでは、私的自治にも、不意打ち防止にも反します。

Xさんの元経理担当者以外に、裁判所が独自にYさんの銀行の取引記録を取り寄せて、争点を決めることはできますか。できない、ということです。当事者のどちらかが、その記録を証拠として申し出て初めて使えます。ただし、例外が1つあります。

条文民事訴訟法207条1項

民事訴訟法第207条1項(当事者本人の尋問) 裁判所は、申立てにより又は職権で、当事者本人を尋問することができる。この場合においては、その当事者に宣誓をさせることができる。

当事者本人については、申立てが無くても尋問できます。裁判所が自分の判断で行える、ということです。当事者本人は、訴状や答弁書を通じて、すでに手続の当事者になっている人です。裁判所にとっては、すでに手続に関与している当事者本人こそ、出頭を確保しやすい、手近な情報源です。事案の解明に役立つからこそ、職権での尋問が認められています。ですから、条文に書いてあるから許されるのではありません。いま言ったこの理由があるからこそ、例外として許されているんです。中身の手続は、証拠調べを扱う別の回に譲ります。争いのある事実は当事者の申し出た証拠で決着させるのが原則。当事者尋問だけが例外だ、という位置づけを押さえてください。

今日の地図(保存版)

3テーゼの束ね直し板(①主張する=事実の範囲が決まる/②争うか決める=争点が絞られる/③立証する=残った争いだけを決着させる) 図:3テーゼの束ね直し板

  • ①主張する=事実の範囲が決まる
  • ②争うか決める=争点が絞られる
  • ③立証する=残った争いだけを決着させる

最後に、3つのテーゼを1本の流れに戻します。1つめ、主張することで、判決の材料になりうる事実の範囲が決まります。2つめ、争うか争わないかを決めることで、争点が絞られます。3つめ、立証することで、残った争いだけが決着します。そして、この流れ全体の土台にあった軸があります。弁論主義は裁判所と当事者の役割分担であって、当事者どうしの分担ではない。この軸でした。

今日のまとめの板(①弁論主義=裁判所と当事者の役割分担/②根拠は私的自治・機能は結果的なもの/③3テーゼは主張→自白→立証の流れ/④主張共通の原則/⑤訴訟資料と証拠資料の峻別/⑥自白の不利益=相手方が証明責任を負う事実/⑦撤回③は反真実の証明が先/⑧職権証拠調べは禁止・例外は当事者尋問) 図:今日のまとめの板

  • ①弁論主義=裁判所と当事者の役割分担
  • ②根拠は私的自治・機能は結果的なもの
  • ③3テーゼは主張→自白→立証の流れ
  • ④主張共通の原則
  • ⑤訴訟資料と証拠資料の峻別
  • ⑥自白の不利益=相手方が証明責任を負う事実
  • ⑦撤回③は反真実の証明が先
  • ⑧職権証拠調べは禁止・例外は当事者尋問

この軸から、主張共通の原則が出てきました。そして、訴訟資料と証拠資料の峻別も出てきました。Xさんの事案に当てはめると、免除という事実は、証人が話しただけです。誰も主張していません。ですから——裁判所は、この免除の証言を、判決の理由にすることはできません。冒頭の問いに、はっきり答えが出ましたね。知っているかどうかではなく、主張されているかどうかがすべてなんですね。ただ、ここで新しい疑問が出てきます。今日ずっと「事実」という言葉を使ってきました。弁論主義が及ぶ「事実」とは、いったいどの事実を指すのでしょうか。証人の証言から分かった、間接的な事情まで、すべてが対象になるのでしょうか。

この問いは、次に持ち越します。

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#41単独ページ動画

主要事実・間接事実・補助事実と規範的要件

第2章 訴訟の審理 ㊶/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

主張されていない「保管の不備」は使えるのか

冒頭事案の関係図(Xは定食屋を営むYの店で食事をし食中毒で入院した。XはYの過失の中身として仕入れた鶏肉の加熱が不十分だったと主張。証拠調べで裁判所は調理場の冷蔵庫が故障したまま放置されていたという心証を得る) 図:冒頭事案の関係図

Xさんは、Yさんが営む定食屋で食事をしました。その晩、Xさんは食中毒にかかり入院します。Xさんは、Yさんに過失があったとして、損害賠償を求めて訴えを起こしました。このとき、Xさんは過失の中身として、こう主張しました。仕入れた鶏肉の加熱が不十分だった。ところが、証拠調べが進むうちに、裁判所は別の事実に気づきます。調理場の冷蔵庫が、故障したまま数日間放置されていた。しかも、この保管の不備について——Xさんも、Yさんも、法廷で一度も主張していません。さて、ここで今日の問いです。裁判所は、この保管の不備を、Yさんの過失の中身として認定してよいのでしょうか。

前回、弁論主義という考え方を見ました。裁判所と当事者のあいだで、事実と証拠を出す役目をどう分担するか、という原則でした。ただ、前回の最後に、1つ宿題が残っていました。弁論主義が及ぶ「事実」とは、いったいどの事実を指すのか。言われてみれば、事実にもいろいろありそうです。鶏肉の加熱不足も、冷蔵庫の故障も、どちらも事実です。今日は、その事実の線引きを見ていきます。先に答えを言ってしまいます。裁判所は、この保管の不備を使えません。誰も主張していないからです。今日は、なぜそう言えるのかを、事実の線引きから確かめていきます。この線引きが分かれば、冒頭のXさんの事案にも、はっきり答えが出ます。

事実の3分類

3分類の板(主要事実=その権利が発生・消滅・変更したかを決める直接の決め手になる事実/間接事実=経験則をはさんで主要事実があったかどうかを推し測る手がかりになる事実/補助事実=証拠の信頼性に関する事実) 図:3分類の板

  • 主要事実=その権利が発生・消滅・変更したかを決める直接の決め手になる事実
  • 間接事実=経験則をはさんで主要事実があったかどうかを推し測る手がかりになる事実
  • 補助事実=証拠の信頼性に関する事実

訴訟に出てくる事実は、性質によって3つに分かれます。1つめが主要事実です。その権利が発生したか、消えたか、変わったかを決める、直接の決め手になる事実です。2つめが間接事実です。経験則によって、主要事実があったかどうかを推認するのに役立つ事実です。経験則というのは、要件事実の回で見たとおり、ふつうはこうだ、という一般的な経験に基づくものさしのことです。3つめが補助事実です。証拠そのものの信頼性に関する事実です。具体的な事案で見ると、はっきり違いが分かります。以前、Xさんが取引先のYさんに800万円を貸した事案を見ました。Yさんは、もらったものだと言い張っていましたね。

あの事案で考えてみます。「Xさんが800万円をYさんに交付した」という事実は、主要事実です。民法587条が定める貸金契約の成立に、直接必要な事実だからです。あの事案では、お金を受け取ったこと自体はYさんも認めていて、争いがありませんでした。ここでは、その受領そのものが争われたとしたらどう見分けるか、という形で考えてみます。では、「Yさんが、お金を受け取った時期と同じころ、急に高額な買い物をするようになった」という事実はどうでしょうか。それ自体が、お金の貸し借りを決める話ではないです。この事実は、お金を受け取ったことを推測させる材料にすぎません。間接事実です。さらに、「借用書はY本人が自分の手で書いて署名した」という事実はどうでしょうか。

これは、借用書という証拠が本物かどうかの話に聞こえます。証拠である借用書の信頼性を裏付ける事実ですから、補助事実です。

境界の対比板(800万円を交付した=主要事実・貸金返還請求権を直接基礎づける/Yが同じ時期に高額な買い物をした=間接事実・交付があったことを推測させるにすぎない) 図:境界の対比板

  • 800万円を交付した=主要事実・貸金返還請求権を直接基礎づける
  • Yが同じ時期に高額な買い物をした=間接事実・交付があったことを推測させるにすぎない

ここで、紛らわしい一組を並べてみます。「800万円を交付した」と、「Yさんが同じ時期に高額な買い物をした」です。見分け方は1つです。その事実が、請求を認めるか棄却するかという結論を、直接動かすかどうかです。前者は、結論を直接動かします。だから主要事実です。後者は、あくまで前者を推測させる材料にとどまります。だから間接事実です。

主要事実と要件事実の違い

要件事実と主要事実の対比板(要件事実=法律要件に該当する類型的・抽象的な事実/主要事実=個別の事件で法律要件に該当する具体的な事実/実務では同義に使うこともある) 図:要件事実と主要事実の対比板

  • 要件事実=法律要件に該当する類型的・抽象的な事実
  • 主要事実=個別の事件で法律要件に該当する具体的な事実
  • 実務では同義に使うこともある

以前、法律要件から判決に至る筋道を見たとき、要件事実という道具を立てました。あのとき立てた要件事実は、法律上の要件にあたる具体的な事実、という言い方で渡しました。今日はそこを一段だけ細かくして、条文が求める型のほうを要件事実、その型に当てはまる個別の事件の中身のほうを主要事実、と呼び分けます。例えば、「金銭の返還を約束して、金銭を受け取ったこと」というような、一般化された型です。それに対して主要事実は、個別の事件で、その法律要件に該当する具体的な事実です。「Xさんが800万円をYさんに交付した」というのは、今回の事件固有の、具体的な事実です。

あのとき立てた要件事実という物差しが、今日は弁論主義の対象を決める物差しとして、そのまま生きてきます。実務では、この2つを区別せずに使うこともあります。文脈で意味を汲み取れば足りることが多いので、厳密に使い分けないまま話が進むこともあります。ただ、抽象の型と、個別事件の具体という違いだけは、押さえておいてください。

弁論主義が及ぶのは主要事実に限る

主要事実限定の板(弁論主義の対象は主要事実に限られる) 図:主要事実限定の板(弁論主義の対象は主要事実に限られる)

ここからが、今日の本体です。前回見た弁論主義、当事者が主張していない事実を裁判所は判決の基礎にできない、というあの原則です。この原則が及ぶ「事実」は、主要事実に限られます。当事者が間接事実や補助事実を主張していなくても、裁判所は証拠から自由にそれを認定してよいのです。少し考えてみてください。間接事実や補助事実まで、当事者の主張が無いと使えないとしたら、裁判所にとって何が困るでしょうか。証拠から分かったことでも、そのまま判決の基礎にできなくなる——そこが問題の核心です。理由は3つあります。

理由①の板(間接事実・補助事実は証拠と同じ機能——主張責任は及ばない) 図:理由①の板(間接事実・補助事実は証拠と同じ機能——主張責任は及ばない)

1つめ、間接事実や補助事実は、証拠と同じ機能を営みます。主要事実を推し量ったり、証拠の信用性を判断したりするための材料である、という点で、証拠そのものと役割が変わりません。証拠をどう評価するかは、当事者の主張責任の対象にはなっていません。証拠と同じ機能のものにまで、主張責任を及ぼす理由がないのです。

理由②の板(自由心証主義・247条——裁判官の判断を窮屈にしない) 図:理由②の板(自由心証主義・247条——裁判官の判断を窮屈にしない)

2つめの理由が、まさにその窮屈さに関わります。裁判所には、自由な心証で事実を認定する権限が認められています。

条文民事訴訟法247条

民事訴訟法第247条(自由心証主義) 裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する。

この条文が定めるのは、裁判所が口頭弁論の全趣旨と証拠調べの結果を、自分の自由な判断でしん酌してよい、ということです。もし間接事実にまで主張が要るとすると、当事者が主張していない間接事実は、証拠から明らかでも推認の材料に使えなくなります。これでは、裁判官に不自然で窮屈な事実認定を強いることになってしまいます。この247条が保障する自由な心証を守るためにも、間接事実・補助事実にまで主張責任を及ぼすべきではない、ということです。

理由③の板(過大な負担の回避) 図:理由③の板(過大な負担の回避)

3つめの理由は、単純です。もし全部の事実に主張責任を認めるとすると、当事者に過大な負担を強いることになります。訴訟のたびに、ありとあらゆる周辺事情まで漏らさず主張しなければならないとしたら、当事者はとても対応しきれません。いま見た3つの理由から、弁論主義が及ぶ範囲は、権利関係そのものを決める主要事実にだけ、主張がいる、という結論が導かれます。

反対説の板(民事訴訟規則53条1項を根拠に間接事実も含め全部を対象とする見解) 図:反対説の板(民事訴訟規則53条1項を根拠に間接事実も含め全部を対象とする見解)

ただし、これに反対する見解もあります。訴状には、重要な間接事実についても、任意ではありますが記載を求める規定があります。民事訴訟規則53条1項です。この規則を根拠に、間接事実も含めて全部を弁論主義の対象とすべきだ、という見解もあります。重要な間接事実まで訴状に書かせるのは、それが当事者の主張として法廷に現れていることを前提にしているからだ、という読み方です。ただ、今日はここまでの理由から、主要事実に限るという立場で進めます。

自白との関係——どこまで効くのか

自白の効力の上書き板(審判排除効・証明不要効(179条)・不可撤回効はいずれも主要事実にしか及ばない。理由は自由心証主義の制限になるから) 図:自白の効力の上書き板

審判排除効、証明不要効、不可撤回効でした。審判排除効は、裁判所を拘束して、その事実と違う認定を禁じるもの。証明不要効は、179条どおり、その事実の証明が要らなくなるもの。不可撤回効は、一度した自白を原則として撤回できなくするものでした。答えを考えながら聞いてください。自白の効力も、実は今日の同じ線で切れます。主要事実について自白が成立すれば、3つの効力すべてが働きます。しかし、間接事実や補助事実について、当事者双方の陳述が一致していても、この3つの効力は及びません。

判例最判昭和41・9・22 民集20巻7号1392頁〈百選54〉

最高裁判決(間接事実の自白の拘束力が争われた事件) しかし、被上告人らの前記抗弁における主要事実は「債権の譲渡」であつて、前記自白にかかる「本件建物の売買」は、右主要事実認定の資料となりうべき、いわゆる間接事実にすぎない。かかる間接事実についての自白は、裁判所を拘束しないのはもちろん、自白した当事者を拘束するものでもないと解するのが相当である。

この事件で、主要事実は債権を譲り渡したことでした。自白されたのは、建物の売買という、その手がかりになる間接事実です。判決は、裁判所だけでなく、自白した当事者も縛らない、とまで言っています。だから、この事件では、自白の取消しを認めなかった原審の判断が破棄されました。

同じことは、補助事実についても言えます。

判例最判昭和52・4・15 民集31巻3号371頁

最高裁判決(文書の成立の真正についての自白の拘束力が争われた事件) 論旨は、所論の各書証の成立の真正についての被上告人の自白が裁判所を拘束するとの前提に立つて、右自白の撤回を許した原審の措置を非難するが、書証の成立の真正についての自白は裁判所を拘束するものではないと解するのが相当であるから、論旨は、右前提を欠き……

この事件で問題になったのは、ある文書が本人によって作られたものかどうか、という補助事実でした。当事者双方が争わないと言っていても、裁判所は別の心証を持てば、その心証に従って判断できます。実は、2つの判決が述べているのは、拘束しない、という結論までです。なぜ拘束しないのかは、判決には書かれていません。その理由を説明するのが、通説の考え方です。ここが今日の1つ目の山です。通説の説明では、理由は1つです。「重要でないから」ではありません。間接事実にも補助事実にも、証拠と同じ機能があります。そこに拘束力を認めてしまうと、247条が保障する自由心証主義を制限することになってしまう。この1つの説明で、2つの判例の結論がどちらも説明できるのです。

理由が1本つながっていることを、ぜひ覚えておいてください。

訂正(2026-10-01) 動画では、この2つの判例について「理由は同じ」「間接事実にも補助事実にも証拠と同じ機能があり、拘束力を認めると247条の自由心証主義を制限するから」と、判決の理由として説明していました。しかし、2つの判決の全文には、こうした理由を述べた文はありません。判決が述べているのは「拘束しない」という結論までで、上の理由は通説による説明です。また、動画の最判昭和41・9・22のカードは「裁判所は拘束されない」とだけ書いていましたが、判決は「自白した当事者も拘束しない」とまで述べています。上の2枚のカードは判決の原文に差し替えています。

権利自白——事実の自白とは別物

権利自白と裁判上の自白の対比板(対象・撤回・裁判所の判断権の3点で比較。権利自白は原則いつでも撤回できる) 図:権利自白と裁判上の自白の対比板

もう1つ、この線引きが効いてくる場面があります。権利自白です。権利自白は、事実についての自白ではありません。請求の当否を左右する前提となる、権利や法律関係の存否についての陳述です。例えば、ある土地をめぐる争いで、所有権がどう移ってきたかという経緯は争わず、「その土地はXさんの所有だった」と認める場合です。これが権利自白です。

判例最判昭和30・7・5 民集9巻9号985頁〈百選55〉

最高裁判決(権利関係の承認が自白にあたるかが争われた事件) 先決的な権利関係について、相手方の陳述と一致する陳述がされても、それは法律上の意見の陳述であって、事実の自白と同じに扱うことはできない。したがって、その陳述が後に変わったとしても、自白の撤回に関する法理をそのまま適用することは許されないとされた。

権利自白が裁判上の自白と真逆に見える——ここが今日の2つ目の山です。前回、裁判上の自白には不可撤回効があると学びました。原則として、撤回できないのでしたね。ところが権利自白は、原則いつでも撤回できます。なぜ、真逆になるんですか。権利自白は、そもそも主要事実についての自白ではないからです。今日の線引きに戻ってください。弁論主義や自白の効力が及ぶのは、主要事実そのものについての陳述に限られます。権利自白は、法律関係の存否という、事実そのものとは異なる次元の陳述です。だから、不可撤回効という強い拘束力を、最初から受けません。

裁判所は、権利自白があっても、必要なら自分で事実認定をやり直せます。だからこそ、当事者もいつでも撤回できるのです。

規範的要件と評価根拠事実

規範的要件と評価根拠事実の対比板(過失そのもの=抽象的な法的評価・そのままでは主要事実にならない/評価根拠事実=それを根拠づける具体的事実・こちらが主要事実になる) 図:規範的要件と評価根拠事実の対比板

  • 過失そのもの=抽象的な法的評価・そのままでは主要事実にならない
  • 評価根拠事実=それを根拠づける具体的事実・こちらが主要事実になる

ここで、冒頭のXさんの事案に戻ります。実体法には、「過失」や「正当事由」のように、抽象的な概念をそのまま法律要件にしている条文があります。具体的な事実に、法的な評価を下して初めて内容が定まる、こうした要件を、規範的要件と呼びます。ここで、少し考えてみてください。もし「過失」という言葉そのものを主要事実として扱ってよいとしたら、何が困るでしょうか。「過失があった」とだけ言われても何に反論すればよいか分からない——そこが問題です。規範的要件を、そのまま主要事実として扱ってしまうと、内容が漠然としたままになります。相手方にとっては、具体的に何を争えばよいのか分からず、不意打ちになってしまうのです。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く規範】規範的要件における主要事実の特定 規範的要件は、それ自体が具体的事実に対する法的評価であるから、これを主要事実そのものとして扱うと、主張の内容が漠然とし、相手方にとって不意打ちとなる。そこで、規範的要件については、その評価を根拠づける具体的事実、すなわち評価根拠事実が主要事実になると解する。 (通説の定式(規範的要件論))

ここは、論文で論点になりうるところです。「過失」という評価そのものではなく、その評価を根拠づける具体的な事実、評価根拠事実のほうを、主要事実として扱います。これで、冒頭のXさんの事案に、はっきり答えが出せます。Xさんが過失の中身として主張したのは、「仕入れた鶏肉の加熱が不十分だった」という事実でした。これは評価根拠事実です。一方、裁判所が証拠調べから気づいた「冷蔵庫が故障したまま放置されていた」という保管の不備は、誰も主張していません。そして、評価根拠事実は主要事実そのものです。今日ずっと見てきたとおり、主要事実には弁論主義が及びます。主張されていない主要事実を、裁判所が判決の基礎にすることはできません。

裁判所は、この保管の不備を、過失の中身として認定することはできません。誰も主張していない主要事実だからです。

一般条項

一般条項の設例の関係図(賃借人Xが賃貸人Yに対し更新料の定めは公序良俗に反し無効だと主張する場面) 図:一般条項の設例の関係図

もう1つ、似た構造の場面があります。公序良俗や権利濫用、信義則のような一般条項です。例えば、賃貸借契約の更新料の定めが、著しく高額だったとします。借りている側のXさんが、この定めは公序良俗に反して無効だ、と主張する場面を考えてみます。ただ、規範的要件の場面と、まったく同じには扱われません。

判例最判昭和36・4・27 民集15巻4号901頁〈百選47〉

最高裁判決(公序良俗違反の主張の要否が争われた事件) 当事者が民法90条による無効の主張を特にしていなくても、同条違反にあたる具体的な事実の陳述さえあれば、裁判所はその有効無効を判断できるとされた。

一般条項の非対称板(法の適用そのものの主張=不要/それを基礎づける具体的事実=必要) 図:一般条項の非対称板

  • 法の適用そのものの主張=不要
  • それを基礎づける具体的事実=必要

一般条項には、高度の公益性が含まれています。だから、法律の適用そのものを、当事者が主張しなければならないとまでは考えられていません。公序良俗や信義則は、社会全体の秩序を守るための規定です。その規定を当てはめるかどうかまで当事者の主張に委ねてしまうと、当事者が言い出さない限り秩序違反が放置されることになるため、法の適用そのものは裁判所が主体的に判断してよいと考えられています。しかし、相手方が防御できるようにするためには、それを基礎づける具体的な事実だけは、当事者の主張に現れている必要があります。ただし、それは無条件ではありません。更新料の金額が、Xさんの年収に対してどれほどの割合になるか、といった具体的な事実は、当事者の主張の中に出ていなければなりません。

法の適用の主張は要らないが、それを支える事実の主張は要る——そこが、今日の3つ目の山です。両方要らない、でも、両方要る、でもありません。法の適用そのものの主張は不要、それを基礎づける具体的な事実は必要、という非対称な扱いです。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く規範】一般条項と主張の要否 一般条項の適用については、その法的評価そのものを当事者が主張する必要はない。もっとも、相手方の防御の機会を確保するため、評価を基礎づける具体的事実は、当事者の主張に現れていなければならない。 (最判昭和36・4・27を踏まえた通説の定式)

ここも、論文で論点になりうるところです。規範的要件の場面では、評価根拠事実そのものが主要事実になりました。一般条項の場面でも、法の適用を基礎づける具体的な事実こそが、実質的に判決を左右する事実として扱われている、という点は共通しています。この基礎づける具体的な事実も、評価根拠事実と同じく、弁論主義が及ぶ主要事実そのものです。

今日の地図(保存版)

今日のまとめの板(①事実の3分類/②弁論主義は主要事実に限る/③自白の拘束力も同じ線/④権利自白は別物/⑤評価根拠事実が主要事実/⑥一般条項は非対称/⑦3分類の線=弁論主義が及ぶ範囲の線) 図:今日のまとめの板

  • ①事実の3分類
  • ②弁論主義は主要事実に限る
  • ③自白の拘束力も同じ線
  • ④権利自白は別物
  • ⑤評価根拠事実が主要事実
  • ⑥一般条項は非対称
  • ⑦3分類の線=弁論主義が及ぶ範囲の線

最後に、今日見てきた線を1本に束ねます。事実は、主要事実、間接事実、補助事実の3つに分かれます。弁論主義が及ぶのは、このうち主要事実だけです。証拠と同じ機能、自由心証主義、過大な負担という3つの理由からでした。自白の拘束力も、同じ線で切れます。間接事実や補助事実の自白は、自由心証主義を制約してしまうから拘束力を持ちません。権利自白は、そもそもこの主要事実の自白とは別物なので、いつでも撤回できます。そして、「過失」のような規範的要件では、評価そのものではなく評価根拠事実が主要事実になる。一般条項では、法の適用は不要でも、基礎づける事実は必要になる。

裁判所は、誰も主張していない保管の不備を、過失の中身として認定できません。3分類の中でも、それが主要事実だからです。3つに分かれた事実が、そのまま「弁論主義が及ぶかどうか」の線引きになっているんですね。ただ、ここで新しい疑問が浮かびます。もしXさんの弁護士が、保管の不備という評価根拠事実に、法廷で一度も気づかないまま、審理が進んでしまったらどうなるでしょうか。弁論主義を機械的に当てはめれば、主張していない以上、その事実は使えません。しかし、それでは、本人だけで訴訟を進めている当事者が、言うべきことを言えないまま負けてしまう場面も出てきます。そのとき、裁判所は黙って判決を書くだけなのでしょうか。

この問いは、次に持ち越します。

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#42単独ページ動画

釈明権・釈明義務と法的観点指摘義務

第2章 訴訟の審理 ㊷/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

裁判長は黙って判決を書くのか

冒頭事案の関係図(Xは本人訴訟で美容室を営むYに代金の支払いを求めて訴えた。訴状には「商品を売った代金」と記載し売買契約に基づく請求として構成。証拠調べでXがYの店舗に材料を持ち込みカウンターと棚を作り付けたという事実が判明。法律構成としては請負に見える) 図:冒頭事案の関係図

前回の最後に、こういう問いを残しました。本人だけで訴訟を進めている当事者が、言うべきことを言えないまま負けてしまう場面がある。そのとき裁判所は、黙って判決を書くだけなのか。今日は、その答えから入ります。今日の事案は、前回とは別のものです。Xさんは、弁護士を立てずに、自分1人で訴訟を進めていました。相手は、美容室を営むYさんです。Xさんは訴状に、こう書きました。商品を売った代金を払ってほしい。Xさんは、売買契約のつもりでした。ところが、証拠調べが進むと、別の事実が見えてきます。Xさんが実際にしたのは、Yさんの店舗に材料を持ち込み、カウンターと棚を作り付ける仕事でした。

法律構成としては、売買より請負に近い実態です。Xさんは、その違いに気づいているんですか。気づいていません。Xさんは法律の素人で、売買と請負の区別そのものを知りません。このまま審理が進めば、売買契約の成立は認められず、請求棄却の判決になりかねません。実際には工事の代金をもらう権利がありそうなのに、負けてしまう、ということですか。そうなりかねません。さて、ここで今日の問いです。裁判長は、このまま売買として審理し、請求棄却の判決を書くべきでしょうか。それとも「これは請負ではありませんか」と指摘すべきでしょうか。

黙って判決を書くべきか、口を出すべきか、その迷いこそ、今日のテーマです。結論は、この先で2段階に分けて出します。

なぜ裁判所が問いを発してよいのか——釈明権の根拠

根拠の板(弁論主義を機械的に運用すると当事者の能力・知識の差がそのまま訴訟上の地位の不平等になる/裁判所が訴訟指揮権を行使し問いを発し立証を促すことで両当事者の実質的な平等を図る) 図:根拠の板

  • 弁論主義を機械的に運用すると当事者の能力・知識の差がそのまま訴訟上の地位の不平等になる
  • 裁判所が訴訟指揮権を行使し問いを発し立証を促すことで両当事者の実質的な平等を図る

前回と前々回で、弁論主義という役割分担を見ました。ここで、少し考えてみてください。この役割分担を、機械的にそのまま回すと、何が起きるでしょうか。うーん。法律に詳しい当事者と、Xさんのように詳しくない当事者とで、差が出てしまいそうです。法律に詳しい当事者とそうでない当事者とで差が出てしまうことが問題です。弁論主義を機械的に運用すると、当事者の能力や知識の差が、そのまま訴訟上の地位の不平等に直結してしまいます。これでは、公平な裁判や、適切な攻撃防御による適正な裁判の実現が難しくなります。そこで裁判所は、訴訟指揮権を行使します。口頭弁論の進め方そのものを仕切る権限のことです。訴訟関係を明瞭にするため、事実上・法律上の事項について問いを発し、立証を促す。これが釈明です。こうして問いを挟むことで、法律の知識に差があっても、当事者どうしが同じ土俵で争えるようになります。

ここで、この根拠を示した先例を見ておきます。

判例最判昭和45年6月11日民集24巻6号516頁〈百選52〉

最高裁判決(原告の法律構成の誤りが争われた事件) 原告が主張した事実と、証拠から認められる事実とが食い違っていた事件である。別の法律構成であれば請求が認められ紛争が抜本的に解決できるうえ、原告が食い違いに気づかなかったのが明白な誤解や不注意によるものと見えるときは、裁判所は釈明権を行使して原告の求めるところを確かめることができるとされた。

主張と証拠が食い違っていても、それが原告の明白な誤解や不注意によるものと見えるときには、裁判所が釈明で確かめてよい、という先例です。この考え方が、条文の形でどう書かれているかを、次に見ます。

149条という1つの条文に収まる3つの現れ方

期日外釈明と通知の板(裁判長が期日外に発問しても相手方に知らせなければ相手方は何を問われたか分からないまま防御することになる) 図:期日外釈明と通知の板

今見た根拠を定めているのが、149条です。まず全文を見てください。

条文民事訴訟法149条

民事訴訟法第149条(釈明権等) 1項 裁判長は、口頭弁論の期日又は期日外において、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができる。 2項 陪席裁判官は、裁判長に告げて、前項に規定する処置をすることができる。 3項 当事者は、口頭弁論の期日又は期日外において、裁判長に対して必要な発問を求めることができる。 4項 裁判長又は陪席裁判官が、口頭弁論の期日外において、攻撃又は防御の方法に重要な変更を生じ得る事項について第一項又は第二項の規定による処置をしたときは、その内容を相手方に通知しなければならない。

実は、釈明の現れ方は全部、この1つの条文の中に収まっています。1項が土台です。裁判長は、口頭弁論の期日でも、期日外でも、当事者に問いを発し、立証を促すことができます。期日での釈明と、期日外釈明、この2つがここに入っています。2項は、陪席裁判官も同じ処置ができるという規定です。3項が、求問権です。当事者は、裁判長に対して必要な発問を求めることができます。それって、当事者が自分で釈明できる、ということですか。そこが、多くの人がつまずくところです。違います。求問権は、当事者が相手方に直接問いを発する権利ではありません。当事者が、裁判所に対して「釈明権を行使してください」と求める権利です。

釈明権の主体は、あくまで裁判所です。4項が、通知です。期日外で釈明が行われ、それが攻撃防御の方法に重要な変更を生じさせうる事項だったときは——その内容を、相手方に通知しなければなりません。少し考えてみてください。期日外で、裁判長と一方の当事者だけがやり取りして、手続がそのまま進んだとします。何を問われ、どう答えたのか分からないまま防御することになれば、それこそ不意打ちです。だからこそ、重要な事項については、相手方に知る利益が認められ、通知が義務づけられています。

釈明権と釈明処分は別条文

釈明権と釈明処分の対比板(釈明権149条=当事者に問いを発し立証を促す・当事者への働きかけ/釈明処分151条=裁判所自身がする処分・当事者本人の出頭命令や文書提出命令など) 図:釈明権と釈明処分の対比板

  • 釈明権149条=当事者に問いを発し立証を促す・当事者への働きかけ
  • 釈明処分151条=裁判所自身がする処分・当事者本人の出頭命令や文書提出命令など

釈明処分という似た名前のものとの区別が、この論点でいちばん混同しやすいところです。釈明権と釈明処分は、条文番号からして別物です。釈明権は、今見た149条。裁判所が当事者に働きかけて、問いを発し、立証を促します。釈明処分は、151条です。訴訟関係を明瞭にするため、裁判所自身が処分をします。当事者本人や法定代理人に出頭を命じたり、文書などの提出を命じたり、検証や鑑定を嘱託したりします。それぞれの号の細かい中身は、また別の回で扱います。今日は、条文番号と、向かう先の違いだけ押さえてください。ついでに、もう1つだけ名前を出しておきます。当事者が、裁判長の訴訟指揮に不服があるときは、150条にもとづいて異議を述べることができます。

今日は、149条と151条が別物だということだけ、区別できれば十分です。この段階で、冒頭のXさんの事案に戻ってみます。裁判長が「これは請負ではありませんか」と問いを発するとすれば、それは149条の釈明権の話です。この区別を頭に入れたうえで、次に進みます。

権限なのになぜ義務でもあるのか——釈明義務

弁論主義の穴の板(弁論主義の第1テーゼ=主張されない事実は判決の基礎にできない/言い落とした側は黙って負ける/釈明はこの穴を補完する) 図:弁論主義の穴の板

  • 弁論主義の第1テーゼ=主張されない事実は判決の基礎にできない
  • 言い落とした側は黙って負ける
  • 釈明はこの穴を補完する

ここで、弁論主義を学んだ回のことを、もう一度思い出してほしいんです。弁論主義の回で立てた第1テーゼを、思い出せますか?当事者が主張していない事実を、裁判所は判決の基礎にできない、というものでしたね。では、当事者がそれに気づかず言い落としたとき、誰がそれに気づくべきでしょうか。弁論主義を貫いて裁判所が何も気づかなくてよいとすると、知識の乏しい当事者が、気づかず言い落としたまま、黙って負けることになります。149条1項をもう一度読んでください。問いを発し、立証を促すことができる、という書きぶりです。

条文の文言だけを見れば、権限にすぎません。ところが、通説・判例は、これを権限であると同時に義務でもあると解しています。理由は、弁論主義という制度そのものが抱える欠点にあります。何もかも当事者に委ねてしまうと、本当は言うべきだった事実や、出すべきだった証拠が、裁判所に届かないまま終わってしまうことがあります。釈明は、この弁論主義の欠点を補完する機能を営んでいます。釈明権を使わなかったことが違法とされた先例を見ておきます。

判例最判昭和39年6月26日民集18巻5号954頁〈百選53〉

最高裁判決(釈明権の不行使が争われた事件) ……従来の証拠のほかに、さらに新たな証拠を必要とする場合には、これについて全く証拠方法のないことが明らかであるときを除き、裁判所は当該当事者にこれについての証拠方法の提出を促すことを要するものと解するのが相当である。……原審がこのような措置に出ることなく、漫然証拠がないとして被控訴人の前記請求を排斥したのは、釈明権の行使を怠り、審理不尽の違法を犯したものというのほかなく、原判決中上告人の損害賠償の請求を棄却した部分は破棄を免れない。

自分の土地の木を不法に切られたとして、損害賠償を求めた事件です。原審は、問題の土地の一部だけが原告のものだと認めたうえで、その部分で切られた木の数量や価格について証拠が無い、として請求を退けました。最高裁は、こういうとき裁判所は、当事者に証拠を出すよう促さなければならない、と述べました。促さないまま、証拠が無いとして退けたのは、釈明権の行使を怠った違法だ、としたのです。判決に「義務」という言葉は出てきませんが、使わなければ違法になるのですから、義務でもある、ということです。

訂正(2026-10-11) 動画のこのカードは、判決の言葉ではなく「釈明権は…行使しなければならない義務でもあるとされた」という要約を載せていました。判決の全文に「義務」という言葉はありません。判決が述べているのは、裁判所は当事者に証拠方法の提出を促すことを要する、促さずに請求を退けたのは「釈明権の行使を怠り、審理不尽の違法を犯したもの」だ、という内容です(使わなければ違法になる、という意味で義務でもあると理解されています)。上のカードは判決の原文に差し替えています。

ここまでで、釈明が「なぜあるのか」「なぜ義務なのか」の土台ができました。

消極的釈明と積極的釈明

消極積極対比板(消極的釈明=すでに出ている申立て・主張の不明瞭・矛盾・欠缺・不用意を補う補充的な釈明/限界は無い/積極的釈明=不当・不適当な申立てや必要な主張の欠落を示唆・指摘する是正的な釈明/利益衡量が必要) 図:消極積極対比板

  • 消極的釈明=すでに出ている申立て・主張の不明瞭・矛盾・欠缺・不用意を補う補充的な釈明
  • 限界は無い
  • 積極的釈明=不当・不適当な申立てや必要な主張の欠落を示唆・指摘する是正的な釈明
  • 利益衡量が必要

ここからが、今日の本体です。釈明は、義務だとしても、際限なく行ってよいわけではありません。ここに明確な一線を引くのは難しく、ケース・バイ・ケースだとされています。それでも、一定の合理的な基準として、釈明は2つに分けられます。消極的釈明と、積極的釈明です。消極的釈明は、当事者がすでに事案に必要な申立てや主張を出してはいるものの、そこに不明瞭・矛盾・欠缺・不用意がある場合に、それを補う補充的な釈明です。積極的釈明は、申立てや主張が不当・不適当な場合、または当事者が必要な申立てや主張をしていない場合に、裁判所が積極的に示唆・指摘してさせる、是正的な釈明です。

決定的に違うのは、限界の有無です。消極的釈明は、本来当事者が行うべきことが、すでに予定されている釈明です。だから、行使の限界はありません。一方、積極的釈明は、当事者がまだ言っていない主張を、裁判所が新たに持ち出す行為です。だからこそ、当事者の公平を損なうおそれがあり、一定の利益衡量が必要になります。境界を、具体的な2つの場面で見てみましょう。

境界ペアの板(消極的=訴状の請求の趣旨の請求金額と請求原因の計算根拠が食い違っている/積極的=原告が一度も主張していない別の法律構成を裁判所が持ち出す) 図:境界ペアの板

  • 消極的=訴状の請求の趣旨の請求金額と請求原因の計算根拠が食い違っている
  • 積極的=原告が一度も主張していない別の法律構成を裁判所が持ち出す

同じ訴訟の中でも、消極と積極が分かれる2つの場面を並べてみます。具体的に、こういう場面を考えてください。原告の訴状で、請求の趣旨に書かれた請求金額と、請求原因の中の計算根拠とが、食い違っていたとします。これはどちらに当たると思いますか。原告は、金額と根拠、どちらも一応書いてはいるわけですよね。それなら、もう出ている話の不整合を正すだけ、という感じがします。すでに出ている申立てと主張の中の矛盾を正すだけですから、これは消極的釈明にあたります。では、次の場面です。原告が一度も主張していない、まったく別の法律構成を、裁判所が持ち出すとしたらどうでしょうか。

それは、Xさんの事案そのものですね。売買だと主張しているのに、請負ではないかと指摘する場面です。原告がまったく触れていなかった法律構成を、新たに持ち出すのですから、これは積極的釈明にあたります。ここで、いったん立ち止まってみます。少し考えてみてください。冒頭のXさんの事案、これは消極的釈明で足りるでしょうか、それとも積極的釈明が必要でしょうか?Xさんは、売買としか主張していなくて、請負という言葉は一度も出していません。そうなると、まだ無い話を新しく足すことになります。Xさんの事案は、積極的釈明の場面にあたります。

では、その利益衡量を、どう行うのかを、次に見ていきます。

釈明義務違反はどう争うのか

審理不尽の板(釈明すべき場面で釈明せずに判決を書くと審理を尽くしていない違法があり上告理由になる/消極的釈明の懈怠=当然に法令違反/積極的釈明の懈怠=3要素で判断) 図:審理不尽の板

  • 釈明すべき場面で釈明せずに判決を書くと審理を尽くしていない違法があり上告理由になる
  • 消極的釈明の懈怠=当然に法令違反
  • 積極的釈明の懈怠=3要素で判断

釈明権を行使すべきだったのに、裁判所がそれを怠ったとします。そのまま判決を書いてしまうと、その判決には審理を尽くしていないという違法があるとされ、上告の理由になります。ここでも、いま見た消極と積極の区別が効いてきます。消極的釈明の懈怠は、判決の土台となる事実に食い違いやはっきりしない点があるのに、それを見過ごしたまま判決を下したことをいいます。これは、法令違反として、そのまま上告理由になります。積極的釈明の懈怠については、当事者の力量や事件の複雑さといった個別の事情に左右されるため、一律の基準を引きにくいとされています。そこで、次の3つの検討要素を使って判断します。

⭐ 論文で書く規範:積極的釈明の懈怠を判断する3つの検討要素 ①その法律構成のままでは、判決の結論が覆ってしまうほどの不備があるか ②釈明をしなければ、当事者が自分の力だけで気づき、正しく主張立証できると言えるか ③釈明することで、相手方に不公平が生じたり、手続が大きく遅れたりしないか (積極的釈明の懈怠と上告理由に関する判断枠組み)

1つめが、判決における勝敗転換の蓋然性です。法的構成に不備があり、それを正せば結論が変わりうるかどうかを見ます。2つめは、当事者に独力での是正を期待できるかどうかです。放っておいても自分で気づけそうな相手なら、裁判所が手を出す必要は薄くなります。3つめは、口を出すことで相手方が割を食わないか、手続が大きく遅れないかどうかです。助けた分だけ相手が不利になるなら、釈明は慎重になります。具体的に、Xさんの事案に1つずつ当てはめてみます。

3要素をXの事案に当てはめる板(①勝敗転換の蓋然性=請負構成への組み替えで請求が認容されうる/②期待可能性=本人訴訟で法律の素人=独力での是正は期待しにくい/③不公平・遅滞=Yに格別の不利益や遅滞は生じない) 図:3要素をXの事案に当てはめる板

  • ①勝敗転換の蓋然性=請負構成への組み替えで請求が認容されうる
  • ②期待可能性=本人訴訟で法律の素人=独力での是正は期待しにくい
  • ③不公平・遅滞=Yに格別の不利益や遅滞は生じない

まず1つ目です。Xさんの主張は売買でしたが、実態は請負に見えます。法律構成としての不備は明白で、請負に組み替えれば請求が認容される可能性が十分にあります。次に2つ目です。Xさんは本人訴訟で、法律の素人です。自分の力だけで、売買から請負へ構成を切り替えることは、期待しにくい状況です。最後に3つ目です。裁判長が請負ではないかと指摘したとしても、Yさんに格別の不利益や、著しい手続の遅れが生じるわけではありません。3つの検討要素がそろって釈明をすべき方向を示していますから、Xさんの事案では、裁判長が積極的釈明を行うべきだった、という結論が出せます。

裁判長は、黙って請求棄却の判決を書くのではなく、請負ではないかと指摘すべき場面だった、ということになります。

3要素の別の使い道の板(過失相殺の主張が無い場面にも同じ3要素を当てはめられる) 図:3要素の別の使い道の板(過失相殺の主張が無い場面にも同じ3要素を当てはめられる)

この3要素は、別の場面でも同じように働きます。たとえば、次のような場面です。交通事故の損害賠償請求で、被害者側が信号無視をしていたとうかがえる証拠が出ているのに、被告側がその過失相殺の主張を一度もしていない、という場面を考えてください。過失相殺が認められれば賠償額が変わる見込みがあり、被告本人には自分で気づいて主張することが期待しにくく、釈明しても原告側に著しい不利益は生じにくい。同じ3つの物差しが、そのまま使えます。ここは深追いせず、次に進みます。

法的観点指摘義務

法的観点指摘義務の板(弁論主義の対象は事実の主張と証拠の申出/法規の適用・解釈は裁判所の責務/当事者の法律構成と異なる構成で判断すると不意打ちが生じる) 図:法的観点指摘義務の板

  • 弁論主義の対象は事実の主張と証拠の申出
  • 法規の適用・解釈は裁判所の責務
  • 当事者の法律構成と異なる構成で判断すると不意打ちが生じる

ここまでの話は、すべて「事実」をめぐる釈明でした。ここで、もう1段別の議論を見ます。弁論主義がおよぶのは、事実の主張と証拠の申出です。一方、法規をどう適用し、どう解釈するかは、裁判所の責務です。当事者が「これは売買です」と法律構成を主張しても、それは裁判所の参考にされるにすぎません。ここで、1つ問題が生じます。当事者がある法律構成を前提に事実を主張しているのに、裁判所が同じ事実関係から、まったく別の法律構成で法的な判断を下すとします。これが不意打ちです。そこで、裁判所には、異なる法的観点を指摘して、当事者の攻撃防御の機会を充実させる義務があるのではないか、という議論があります。

近時、釈明義務の一態様として論じられている議論です。ここで、手がかりになる裁判例を見ておきます。

判例最判平成22年10月14日判時2098号55頁

最高裁判決(法的構成の変更が争われた事件) ……信義則違反の点についての判断をするのであれば,原審としては,適切に釈明権を行使して,被上告人に信義則違反の点について主張するか否かを明らかにするよう促すとともに,上告人に十分な反論及び反証の機会を与えた上で判断をすべきものである。……釈明権の行使を怠った違法があるといわざるを得ず,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

これは、法的観点指摘義務を、はっきり認めた判例なんですか。そこが、いちばん注意してほしいところです。断定はできません。この事件は、当事者の誰も主張していなかった信義則違反という構成を原審が採用し、最高裁が、釈明権の行使を怠った違法があるとして破棄し、差し戻したものです。判決は、釈明義務や法的観点指摘義務という言葉は使っていません。この判断について、最高裁が法的観点指摘義務を示唆したとする評価が多くなされています。ここは、まだ議論の途上にあると理解してください。この議論を、Xさんの事案に当ててみます。1段階目では、積極的釈明の3要素をXさんの事案に当てはめました。ですが、よく考えると、この場面はそもそも「事実が足りない」という話ではありません。

訂正(2026-10-11) 動画のこのカードとセリフは、最高裁が「釈明義務違反の違法がある」としたと説明していました。判決の言葉は「釈明権の行使を怠った違法がある」で、判決の全文に「釈明義務」「法的観点指摘義務」という言葉はありません。上のカードは判決の原文に差し替えています。

足りていないのは事実ではなく、それをどう法律構成するかという部分です。売買として構成するか、請負として構成するか。これは、まさに法律構成の問題です。だからこそ、Xさんの事案は、法的観点指摘義務の議論が正面から当たる典型的な場面だといえます。裁判長が請負という法律構成を指摘するべき場面だったのは、単に釈明義務があるからというだけでなく、それが法律構成そのものをめぐる不意打ち防止の問題だったからです。ただし、この議論はまだ確立した判例法理ではありません。「指摘しなければならない」と言い切るのではなく、そうした議論が問題になる典型例だ、という水準で理解してください。

今日の地図(保存版)

今日のまとめの板(①釈明権の根拠=実質的平等/②149条1つに3つの現れ方/③釈明権と釈明処分は別条文/④釈明は権限であり義務でもある/⑤消極的釈明は限界なし積極的釈明は利益衡量/⑥懈怠は消極=当然の上告理由・積極=3要素/⑦法的観点指摘義務は示唆の水準) 図:今日のまとめの板

  • ①釈明権の根拠=実質的平等
  • ②149条1つに3つの現れ方
  • ③釈明権と釈明処分は別条文
  • ④釈明は権限であり義務でもある
  • ⑤消極的釈明は限界なし積極的釈明は利益衡量
  • ⑥懈怠は消極=当然の上告理由・積極=3要素
  • ⑦法的観点指摘義務は示唆の水準

最後に、前回・前々回と今日を、1枚に束ね直します。弁論主義は、資料を出すのは当事者だという役割分担でした。しかし、それを機械的に回すと、知識や能力の差がそのまま不平等になります。当事者が言い落としたときに、手続を動かすのが裁判所です。149条という1つの条文の中に、期日の釈明、期日外釈明、求問権、通知という4つの現れ方がありました。釈明は権限であると同時に義務でもあり、消極的釈明には限界が無く、積極的釈明には利益衡量が要りました。懈怠を争う場面でも、消極なら当然に上告理由になり、積極なら3つの検討要素で判断されました。そして、事実ではなく法律構成そのものが問題になる場面では、法的観点指摘義務という、まだ議論の途上にある考え方がありました。

Xさんの事案は、両方の意味で、裁判長が動くべき場面だったんですね。ここで、1つだけ自分に問いを出してみてください。相手の主張が不明瞭なまま放置されて判決が出た場合と、当事者が一度も触れていない主張を裁判所が示唆する場合。釈明を怠ったことが上告理由になるかどうかで、扱いが違うのはどちらでしょうか?前者は消極的釈明で、怠れば当然に法令違反。後者は積極的釈明で、3つの検討要素を当てて判断する、ですね。この2つが口をついて出てくるなら、今日の中心は入っています。釈明とは、結局のところ、裁判所が持つ訴訟指揮権の一場面でした。

訴訟指揮権というと、口頭弁論の進め方そのものを仕切る権限のことです。では、その訴訟指揮権全体は、どんな姿をしているのでしょうか。そして、当事者の側が行う訴訟行為には、どんなルールがあるのでしょうか。この問いは、次に持ち越します。

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#43単独ページ動画

当事者の訴訟行為と否認・抗弁・自白・不知・沈黙

第2章 訴訟の審理 ㊸/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

「もらったものだ」は否認か抗弁か

冒頭事案の関係図(Xが1000万円をYに貸したとして返還を求めて訴えた。Yは「あれはもらったものだ」と述べている) 図:冒頭事案の関係図

前回、裁判所が釈明で当事者の言い忘れを補う、という話をしました。そのさらに前では、事実と証拠を出すのは当事者だ、という役割分担を見ました。今日は、その「出す」という行為そのものを見ます。当事者は、条文の上でどう手を動かしているのか。今日の事案です。XさんがYさんに1000万円を貸した、期限が過ぎても返ってこない、そう言ってYさんを訴えました。ところが、Yさんはこう言います。あれは借りたお金じゃない、もらったものだ。ここで、今日いちばん最初の問いです。Yさんのこの言い分は、否認でしょうか、それとも抗弁でしょうか。

否認か抗弁か、その答えは、この先ではっきり出します。まずは、そこへたどり着くための土台から見ていきましょう。

訴訟行為とは何か・3段階の絵

3段階の板(訴訟行為=手続を先へ進める当事者・裁判所の行為/口頭弁論の中心は申立て・主張・立証の3段階/主張と立証をまとめて攻撃防御方法と呼ぶ) 図:3段階の板

  • 訴訟行為=手続を先へ進める当事者・裁判所の行為
  • 口頭弁論の中心は申立て・主張・立証の3段階
  • 主張と立証をまとめて攻撃防御方法と呼ぶ

訴訟行為とは、手続を一歩ずつ先へ進めていく、当事者と裁判所の行為のことです。もう少し絞ると、訴訟法上の効果を発生させる行為、という言い方もできます。訴訟の入り口を見た回で、口頭弁論の中心は3段階だと言いました。覚えていますか。申立て、主張、立証、という3階建ての絵でしたね。今日は、この3階建てに、条文の言葉を重ねていきます。まず、申立てが1階です。そして、主張と立証が2階と3階にあたります。主張と立証は、まとめて攻撃防御方法と呼びます。原告が攻めるための主張・立証、被告が防ぐための主張・立証、その両方をまとめた呼び名です。

ここから、この3階を1つずつ、条文で固めていきます。

①申立て——条件を付けられないのはなぜか

申立ての板(本案の申立て=訴えをもって終局判決を求める申立て・原告なら請求の趣旨・被告なら請求棄却を求める/訴訟上の申立て=期日指定・移送など手続上の付随的事項を求める申立て) 図:申立ての板

  • 本案の申立て=訴えをもって終局判決を求める申立て・原告なら請求の趣旨・被告なら請求棄却を求める
  • 訴訟上の申立て=期日指定・移送など手続上の付随的事項を求める申立て

申立てとは、裁判所に対して、裁判などの一定の行為を求める当事者の行為です。申立てには2つの種類があります。1つは、本案の申立てです。訴えそのものによって、終局判決を求める申立てのことです。原告なら、請求の趣旨がこれにあたります。被告なら、請求棄却を求める、という形で出てきます。もう1つが、訴訟上の申立てです。手続の進め方に関する、付随的で派生的な事項について求める申立てです。期日を決め直してほしい、という期日指定の申立てや、別の裁判所へ移してほしい、という移送の申立てなどです。本案の申立ては勝ち負けそのもの、訴訟上の申立ては手続の進め方、という違いです。では、この申立てを、一度出したあとに撤回できるでしょうか。

原則としてはそのとおり、自由です。ただし、相手方がすでに応訴の準備を進めている段階になると、相手方の同意なしには撤回できなくなる場面があります。なぜですか。相手方が、すでに防御のための準備をしているのに、一方的に申立てを撤回されてしまうと、その努力が無駄になってしまうからです。相手方の地位を保護するためです。ここで、もう1つ大事な原則を確認します。訴訟行為には、原則として条件や期限を付けることができません。少し考えてみてください。条件付きの申立てを許すとどうなるでしょうか。手続が進んだあとで条件が満たされていなかったとなれば、それまで積み重ねてきた審理や、相手方の対応が、すべて無駄になってしまいます。これでは、手続の安定が害されます。だからこそ、訴訟行為には条件や期限を付けられないのが原則です。

この言葉は、今日この先も、何度か形を変えて出てきます。

②主張——法律に関する主張と事実に関する主張

主張2分類の板(法律に関する主張=法規の存否・内容・解釈・適用についての主張・裁判所に一つの見方を示すだけで拘束力なし/事実に関する主張=要件事実に該当・関連する事実を裁判所に報告する行為) 図:主張2分類の板

  • 法律に関する主張=法規の存否・内容・解釈・適用についての主張・裁判所に一つの見方を示すだけで拘束力なし
  • 事実に関する主張=要件事実に該当・関連する事実を裁判所に報告する行為

主張とは、当事者が裁判所に対して行う陳述のことです。これは2つに分かれます。1つが、法律に関する主張です。法規の存否や内容、解釈や適用について、当事者が述べるものです。もう1つが、事実に関する主張です。要件事実にあたる事実、あるいはそれに関連する事実を、当事者が裁判所に報告する行為です。この2つで、扱いに違いはあるんですか。大きく違います。法規の解釈や適用は、裁判所の職責です。だから、当事者がある法律構成を主張しても、それは裁判所に一つの見方を示すだけで終わります。裁判所を拘束しません。事実については、弁論主義のもとで当事者が出さなければ裁判所は使えませんでした。ですが、法律構成については、裁判所は当事者の言い分に縛られません。

裁判所が当事者の法律構成に縛られない一方で、まったく違う構成で不意打ち的に判断すると問題になる、という話でした。今日の整理で、その理由がはっきり見えたと思います。法律構成は裁判所の職責だからこそ、拘束されない。でも、拘束されないからこそ、不意打ちへの配慮が要る。この緊張関係が、あの議論の土台にあったわけです。

相手方はどう答えるか——対応の5類型

想起の板(裁判上の自白が成立すると裁判所はその事実を認定する権限を失う・弁論主義の帰結・その事実はそのまま判決の土台になる・証明不要になる) 図:想起の板

ここからが、今日の本体です。一方の当事者が事実を主張したとき、相手方が取りうる態度は、全部で5つあります。その前に、少し思い出してほしいことがあります。以前、裁判上の自白について学びました。自白が成立すると、何が起きるか、覚えていますか?たしか、裁判所の事実認定の権限が排除されて、その事実がそのまま判決の土台になる、という話でした。証明する必要もなくなります。今日は、その自白を含めて、相手方の答え方を5つ並べて見ていきます。そして、この5つを分ける軸はただ1つです。その事実について、どちらが証明責任を負っているか、です。証明責任は入り口の回で見ました。事実が最後まで分からないとき、どちらに不利益を負わせるかを決めるルールです。

出発点は単純です。請求する側が、自分の請求を支える事実の証明責任を負います。今日の事案なら、貸したと言っているXさんが、契約が成立したという事実を負う。細かい分配の基準は、証明責任の回でまとめて扱います。分ける軸は、争い方の強弱ではなく証明責任です。そこを条文で確認します。まず、この条文を見てください。

条文民事訴訟法159条

民事訴訟法第159条(自白の擬制) 1項 当事者が口頭弁論において相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合には、その事実を自白したものとみなす。ただし、弁論の全趣旨により、その事実を争ったものと認めるべきときは、この限りでない。 2項 相手方の主張した事実を知らない旨の陳述をした者は、その事実を争ったものと推定する。 3項 第一項の規定は、当事者が口頭弁論の期日に出頭しない場合について準用する。ただし、その当事者が公示送達による呼出しを受けたものであるときは、この限りでない。

1項が、何も言わずに争わなかった場合、2項が、知らないと陳述した場合です。この2つの効果の違いが、あとで効いてきます。3項は、期日に出頭しなかった場合への準用です。今日は名前だけ触れておきます。もう1つ、こちらも見てください。

条文民事訴訟法179条

民事訴訟法第179条(証明することを要しない事実) 裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない。

自白した事実は証明不要になる、という条文です。さきほど思い出してもらった、裁判上の自白の効果は、この条文がもとになっています。159条と179条、2つとも自白という言葉が出てきますが、同じものですか。そこが、今日いちばんの注意点です。違います。あとで、はっきり区別します。まずは、5つの型を1つずつ見ていきましょう。

5類型対比板(否認=相手方が証明責任を負う事実を否定する・証拠調べが必要になる/抗弁=自らが証明責任を負う別の事実を主張して争う/裁判上の自白=自己に不利益な事実を争わないと陳述する・証明不要179条/不知=知らないと陳述する・否認と推定される159条2項/沈黙=口頭弁論終結時まで明らかに争わない・擬制自白159条1項) 図:5類型対比板

  • 否認=相手方が証明責任を負う事実を否定する・証拠調べが必要になる
  • 抗弁=自らが証明責任を負う別の事実を主張して争う
  • 裁判上の自白=自己に不利益な事実を争わないと陳述する・証明不要179条
  • 不知=知らないと陳述する・否認と推定される159条2項
  • 沈黙=口頭弁論終結時まで明らかに争わない・擬制自白159条1項

1つめ、否認です。相手方が証明責任を負う事実を、そのまま否定することです。否定された以上、その事実は証拠調べにかけられることになります。否認の仕方にも決まりがあります。相手方の主張する事実を否認するときは、理由を述べなければなりません。理由付否認と呼ばれる規律です。ただ「違う」と言うだけでは足りません。これは答弁書の認否を見た回でも触れましたね。ただ否定するだけでは、どこが食い違うのかが分からず、争点を絞れないからです。2つめ、抗弁です。相手方の主張そのものは否定せず、自分が証明責任を負う、別の新しい事実を持ち出して争うことです。

3つめが、裁判上の自白です。相手方が主張する、自分に不利益な事実を、争わないと陳述することです。4つめが、不知です。相手方の主張する事実を、知らないと陳述することです。そして5つめが、沈黙です。相手方の主張に対して、何も対応しないことです。裁判上の自白と不知と沈黙の3つは、いずれも相手方が証明責任を負う事実について、どう答えるかという場面です。認めるなら自白、知らないと言うなら不知、何も言わないなら沈黙です。

不知と沈黙・2つの自白の弁別板(不知=知らないと答えてはいる→争ったものと推定・159条2項・反証で覆せる/沈黙=何も言っていない→擬制自白・159条1項・口頭弁論終結時まで争えば不成立/擬制自白=争わなかった消極的態度に法が効果を与える・撤回の問題にならない/裁判上の自白=積極的に認めた陳述・原則撤回できない) 図:不知と沈黙・2つの自白の弁別板

  • 不知=知らないと答えてはいる→争ったものと推定・159条2項・反証で覆せる
  • 沈黙=何も言っていない→擬制自白・159条1項・口頭弁論終結時まで争えば不成立
  • 擬制自白=争わなかった消極的態度に法が効果を与える・撤回の問題にならない
  • 裁判上の自白=積極的に認めた陳述・原則撤回できない

ここで、不知と沈黙の違いを、理由からきちんと見ておきます。不知は、知らないと答えてはいます。だからこそ、159条2項は、争ったものと推定するにとどめています。推定ですから、あとから反証すれば覆せます。一方、沈黙は、何も言っていません。何も言っていない以上、争ったことにはできません。だからこそ、口頭弁論終結時までに争わなければ、擬制自白が成立してしまいます。そして、ここでもう1つ、はっきりさせておきたいことがあります。159条の擬制自白と、179条の裁判上の自白は、別物です。擬制自白は、争わなかったという消極的な態度に対して、法が事実上の自白と同じ効果を与えるものです。裁判上の自白は、当事者が積極的に「そのとおりです」と認めた陳述です。どちらも、最終的には証明不要という179条の効果にたどり着く点は共通しています。でも、成立の仕方が違います。

裁判上の自白は、原則として撤回できません。一方、擬制自白は、口頭弁論終結時までに争えば、そもそも成立しないというだけの話です。撤回、という問題にはなりません。さて、ここで一度立ち止まります。冒頭で出した問い、覚えていますか。Yさんが「あれはもらったものだ」と言った場面です。今の5つの型を頭に入れたうえで、自分で考えてみてください。Yさんは、何を争っているでしょうか。

5分岐フロー板(Xが1000万円を貸したとしてYに返還を求める/Yの言い分①あれはもらったものだ→否認/②借りたが返した→抗弁/③借りたのは間違いない→裁判上の自白/④先代のことで知らない→不知/⑤期日には出てきているが貸した点だけ何も言わない→沈黙) 図:5分岐フロー板

  • Xが1000万円を貸したとしてYに返還を求める/Yの言い分①あれはもらったものだ→否認
  • ②借りたが返した→抗弁
  • ③借りたのは間違いない→裁判上の自白
  • ④先代のことで知らない→不知
  • ⑤期日には出てきているが貸した点だけ何も言わない→沈黙

Yさんの言い分を、5通りに広げて並べてみます。まず1つめ、冒頭のとおり、あれはもらったものだ、という言い分です。Xさんが証明責任を負う「消費貸借契約が成立した」という事実そのものを、否定しています。これは、否認です。もらったものだ、は否認です。では、2つめの言い分を見てみましょう。借りたのは確かだが、もう返した、というものです。契約の成立は争わず、弁済という、Yさんが証明責任を負う別の事実を持ち出しています。これは、抗弁です。3つめです。1000万円を借りたのは間違いない、争いません、という言い分です。

自分に不利益な事実を、そのまま争わないと陳述しています。裁判上の自白です。証明不要になります。4つめです。それは先代、亡くなったお父さんの代の話で、自分は詳しい事情を知らない、という言い分です。159条2項により、争ったものと推定されます。5つめです。Yさんが期日には出てきているのに、貸したという点だけ何も言わない、という場合です。口頭弁論終結時までに争わなければ、159条1項により、自白したものとみなされます。何も言わないのに、いちばん重い効果が付くわけです。同じ1000万円の貸金請求でも、Yさんの答え方1つで、型がまったく変わります。5つの型は、暗記する一覧表ではなく、この事案のどこを争っているかを見抜くための物差しです。

主張の撤回と仮定的主張

撤回と仮定的主張の板(主張の撤回=原則自由・自白が成立した主張は原則撤回不可/撤回された主張事実も弁論の全趣旨として斟酌されうる/仮定的主張=本来の主張が認められない場合に備えて両立しない別の事実を主張すること) 図:撤回と仮定的主張の板

  • 主張の撤回=原則自由・自白が成立した主張は原則撤回不可
  • 撤回された主張事実も弁論の全趣旨として斟酌されうる
  • 仮定的主張=本来の主張が認められない場合に備えて両立しない別の事実を主張すること

ここで、主張そのものを撤回できるかを見ます。弁論主義のもとでは、主張の撤回は原則として自由です。ただし、自白が成立した主張については、原則として撤回できません。あのときの理由をもう一度確認すると、相手方の信頼を保護するためでした。相手方は、その事実を争わなくてよいと信じて、以後の主張や立証を組み立てているからです。撤回した主張が完全になかったことになるかは、注意が必要です。撤回された主張事実そのものは、訴訟資料にはなりません。ただし、いったんそう主張していたという当事者の行動自体は、裁判官の心証を形づくる材料として、考慮されることがあります。これが、さきほどの159条1項ただし書にも出てきた、弁論の全趣旨です。

ここから、今日のもう1つの見どころに入ります。仮定的主張です。ある事実を主張しつつ、それが裁判所に認められなかった場合に備えて、あらかじめ、両立しない別の事実もあわせて主張しておくことです。先ほどのYさんの例で言えば、消費貸借契約の成立自体は否認しつつ、仮に成立が認定されたとしても、実は弁済済みだ、と付け加えるような主張です。よいところに気づきましたね。条件を付けられないはずなのに条件付きに見える、この矛盾を、ここで解いていきます。条件付きの主張が問題になるのは、その条件が、訴訟の外にある不確実な事実にかかっている場合です。たとえば、相手が今後どう出るか、第三者が将来どう動くか、といった、手続の中では確定できない事象です。

これに対して、仮定的主張の「条件」は、裁判所がその事実をどう判断するか、という一点にかかっています。これは、この訴訟手続の内部で、必ずいずれ判明する事柄です。手続の外に依存していません。手続の安定を害さない限り、条件付きの主張も許される。だからこそ、仮定的主張は例外的に認められます。しかも、裁判所は、本来の主張よりも先に、仮定的主張のほうから審理して判断してもかまいません。どちらも当事者が現に主張として出している以上、どちらも審判の対象です。仮定的主張のほうで結論が出てしまえば、本来の主張を判断する必要はなくなります。だから、どちらから調べるかは裁判所に委ねられます。

③立証——撤回できる境目はどこか

立証撤回の板(立証=争いある事実について特定の証拠方法の取調べを求め提出すること/弁論主義により当事者の申出を待って行うのが原則/撤回の境目=証拠調べに着手したかどうか・着手前は自由・着手後は不可) 図:立証撤回の板

  • 立証=争いある事実について特定の証拠方法の取調べを求め提出すること
  • 弁論主義により当事者の申出を待って行うのが原則
  • 撤回の境目=証拠調べに着手したかどうか・着手前は自由・着手後は不可

最後に、③立証です。争いのある事実について、特定の証拠方法の取り調べを求め、それを提出することです。証拠調べは、当事者の申出を待って行うのが原則です。裁判所が自分から勝手に証拠を集めることはありません。以前見た弁論主義の3つめのテーゼでしたね。立証も撤回できます。ただし、境目があります。裁判所が証拠調べに着手したかどうか、です。着手する前なら、任意に撤回できます。ですが、着手した後は、自分の判断だけでは撤回できなくなります。正確には、3つの段階に分かれます。証拠調べが始まる前は、自由に撤回できます。始まってから終わるまでは、相手方が同意すれば撤回できます。終わった後は、もう撤回できません。

始まった後に相手方の同意が要るのは、取り調べた証拠は、申し出た側に有利な事実だけでなく、相手方に有利な事実の認定にも使えるからです。相手方がその証拠を当てにしているかもしれないので、一方的に引っ込めることは許されません。終わった後は、同意があっても撤回できません。証拠調べが終われば、裁判官はその証拠から、すでに心証を形成しています。ここで撤回を許すと、できあがった心証を無かったことにできてしまいます。判例も、証人尋問が終わった後は、その申出を撤回できない、としています(最判昭和32・6・25民集11巻6号1143頁)。

訂正(2026-09-25) 動画のこの章では「終わったかどうかではなく始まったかどうかで決まる」「証拠調べが終わっていなくても、始まった時点でもう撤回はできません」と説明しましたが、正確ではありませんでした。上のとおり、証拠調べが始まった後も終わるまでは相手方の同意があれば撤回でき、同意があっても撤回できなくなるのは終わった後です。板の「着手後は不可」は、自分の判断だけでは撤回できない、という意味で読んでください。

そして、立証にも、やはり条件や期限は付けられません。根っこは同じですが、ここでは少し違う言い方ができます。審理の進み方そのものが乱れ、その結果、裁判官が心証を作る作業まで狂わせてしまうからです。

撤回できるか、3段階でまとめる

撤回3段階まとめの板(申立て=原則自由・相手方の応訴後は制限261条2項参照・理由は相手方の地位保護/主張=原則自由・自白が成立した主張は撤回不可・理由は相手方の信頼保護/立証=証拠調べ着手前は自由着手後は不可・理由は裁判官の心証形成保護) 図:撤回3段階まとめの板

  • 申立て=原則自由・相手方の応訴後は制限261条2項参照・理由は相手方の地位保護
  • 主張=原則自由・自白が成立した主張は撤回不可・理由は相手方の信頼保護
  • 立証=証拠調べ着手前は自由着手後は不可・理由は裁判官の心証形成保護

最後に、今日見てきた3段階を、撤回できるかという1点で並べ直します。申立ての撤回は、原則自由。ただし、相手方がすでに応訴の準備をしたあとは制限されます。理由は、相手方の地位を守るためでした。主張の撤回も、原則自由。ただし、自白が成立した主張は撤回できません。理由は、相手方の信頼を守るためでした。立証の撤回は、証拠調べに着手する前は自由、着手した後は不可でした。理由は、裁判官の心証形成を守るためでした。3つとも「原則自由」という点は同じなのに、歯止めがかかる理由がそれぞれ違うんですね。誰の、何を守るための歯止めなのか。そこに注目すると、3段階がばらばらの知識ではなく、1つの発想でつながって見えてきます。今日は、当事者が申立て・主張・立証という3段階で、自分から手続を動かす場面を見てきました。

Yさんの「もらったものだ」も、条文の言葉に置き換えれば、否認という形の主張だったんですね。ここで、最後にもう1つ、問いを残しておきます。当事者が、自分から手続を動かす側だということは分かりました。では、当事者が、動かなかったら。期日に出てこない、主張も立証もしてこない。そうなったときに手続を動かすのは、当事者ではなく裁判所の側です。

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#44単独ページ動画

当事者の欠席と擬制自白・職権進行主義と釈明処分

第2章 訴訟の審理 ㊹/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

誰も来ない法廷で、判決は出るのか

冒頭事案の関係図(Xが被告Yに貸金返還を求めて提訴・第1回口頭弁論期日にYが欠席・答弁書も未提出) 図:冒頭事案の関係図

前回、当事者が自分から手続を動かす場面を見ました。申立て、主張、立証。この3つは、当事者が自分の意思で手を動かす行為でした。今日は、その問いから始めます。事案を1つ出します。XさんがYさんに1000万円を貸したとして、返還を求めて訴えを起こしました。場面は同じ貸金請求ですが、今日はYさんの態度が違います。第1回の口頭弁論期日に、Yさんは来ませんでした。答弁書も、何も出していません。ここで、今日いちばん最初の問いです。この日、判決が出てしまうことは、ありうるでしょうか。この日で判決まで行ってしまうのか、それとも呼び出し直しになるのか。その答えは、この先ではっきり出します。前回見たのは、当事者が動く場面でした。今日は、その裏返しです。当事者が動かなかったとき、手続を動かすのは誰か。そこを見ていきます。

一方だけが来ない——陳述擬制と擬制自白

想起の板(前回・159条1項=沈黙は口頭弁論終結時まで争わなければ擬制自白/159条2項=知らない旨の陳述は争ったものと推定) 図:想起の板

  • 前回・159条1項=沈黙は口頭弁論終結時まで争わなければ擬制自白
  • 159条2項=知らない旨の陳述は争ったものと推定

本題に入る前に、1つだけ思い出してください。前回、相手方の主張に対する答え方を5つ見ました。そのうち、沈黙した場合と、知らないと答えた場合、それぞれどう扱われるという話でしたか。ええと、知らないと答えるのが不知で、争ったものと推定される。何も言わない沈黙は、口頭弁論の終結時まで争わなければ、自白したとみなされる。そういう話でした。今日は、この「争わない」という扱いが、期日そのものに出てこない場合にも及ぶかどうかを見ます。

陳述擬制の板(158条=最初にすべき口頭弁論期日に限る・出頭せずまたは出頭しても本案の弁論をしない場合・出頭した相手方に弁論をさせることができる) 図:陳述擬制の板

まず、こちらの条文を見てください。

条文民事訴訟法158条

民事訴訟法第158条(訴状等の陳述の擬制) 原告又は被告が最初にすべき口頭弁論の期日に出頭せず、又は出頭したが本案の弁論をしないときは、裁判所は、その者が提出した訴状又は答弁書その他の準備書面に記載した事項を陳述したものとみなし、出頭した相手方に弁論をさせることができる。

この「最初にすべき」という言葉が、今日いちばん大事な限定です。この条文が働くのは、いちばん最初の口頭弁論期日、それも弁論準備手続をまだ経ていない期日に限られます。2回目以降の期日には及びません。なお、弁論準備手続というのは、争点と証拠を整理するための、口頭弁論とは別の準備の手続のことです。理由は、原告と被告で少し違います。原告が最初の期日に欠席したら、訴状すら陳述されない状態になり、審理そのものが始まりません。だから、手続を先へ進めるために、訴状の内容を陳述したものとみなす必要があります。被告が最初の期日に欠席した場合は、少し理由が違います。被告は答弁書を出したうえで、期日に来ないこともあります。せっかく答弁書を出しておいたのに、期日に来なかったというだけで、その内容がまるごと無視されるのは不公平です。

あのとき触れた「答弁書を出しておけば来なくても扱いが変わる」という話が、ここで条文としてはっきりします。続行期日には、158条は及びません。ここは、あとでもう一度、対比として扱います。まず、最初の期日の欠席について、もう一歩進めます。

擬制自白の板(159条3項=1項の規定を口頭弁論期日に出頭しない場合に準用・ただし公示送達による呼出しを受けたときはこの限りでない) 図:擬制自白の板

陳述擬制は、あくまで「その者が出した書面の内容を陳述したことにする」という話でした。では、欠席した被告が、答弁書すら出していなかったら、どうなるでしょうか。さっきの158条だと、そもそも陳述したことにできるものが、何もありません。そこで働くのが、こちらの条文です。

条文民事訴訟法159条3項

民事訴訟法第159条3項(自白の擬制) 第一項の規定は、当事者が口頭弁論の期日に出頭しない場合について準用する。ただし、その当事者が公示送達による呼出しを受けたものであるときは、この限りでない。

1項は、相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合に、自白したものとみなす、という規定でした。3項は、この1項の規定を、口頭弁論の期日に出頭しない場合に準用します。つまり、期日に出頭せず、何も争う姿勢を示していない当事者は、相手方の主張した事実を認めたものとみなされうる、ということです。ただし、ただし書に注目してください。公示送達による呼出しを受けていた場合は、この限りではありません。公示送達で呼び出された当事者は、実際には呼出しがあったことすら知りません。知りようがない人に対して、「争わなかったから認めた」という重い効果を及ぼすのは、あまりに酷です。だから、このただし書で除外されています。

冒頭事案の回収板(Y=第1回期日欠席・答弁書未提出・公示送達ではなく通常の呼出しが到達している→158条は陳述の対象なし→159条3項により争う姿勢なし→擬制自白の余地・この日結審・判決もありうる) 図:冒頭事案の回収板

ここで、冒頭の事案に戻ります。Yさんは、第1回期日に欠席し、答弁書も出していませんでした。そして、Yさんへの呼出しが、公示送達ではなく、通常どおり届いていたとします。Yさんは、争う姿勢を一切示していません。この日で審理が終わり、判決が出ることもありうる、というのが、冒頭の問いの答えです。ただし、もしYさんへの呼出しが公示送達だったなら、話は別です。擬制自白は成立しません。

続行期日で一方が欠席したら——審理の現状に基づく判決①

続行期日対比の板(最初の期日=158条陳述擬制が働く/続行期日=158条は及ばない・欠席した側を抜きに出席側の提出書面だけで審理を進めるのが原則) 図:続行期日対比の板

  • 最初の期日=158条陳述擬制が働く
  • 続行期日=158条は及ばない・欠席した側を抜きに出席側の提出書面だけで審理を進めるのが原則

では、さきほど予告した続行期日の対比です。最初の期日を過ぎたあと、2回目以降の期日で一方が欠席したら、どうなるでしょうか。158条は、最初の期日にしか使えないんでした。続行期日で一方が欠席した場合、原則として、欠席した側を抜きにして、出席している当事者がすでに提出している書面をもとに弁論を進めていくことになります。さきほどのYさんが、第2回、第3回の期日にも来なかったとします。Xさんは毎回出廷して、書面も出しています。ただ、欠席が続くようなら、いつまでも待ち続けるわけにもいきません。ここで、審理の現状に基づく判決という制度が出てきます。

244条ただし書の板(審理の現状及び当事者の訴訟追行の状況を考慮して相当と認めるとき・一方が欠席の場合は出頭した相手方の申出があるときに限り終局判決ができる) 図:244条ただし書の板

244条という条文があります。見出しはありませんが、審理の現状に基づく判決と呼ばれています。今日は、まずただし書の部分だけを見ます。一方の当事者が口頭弁論の期日に出頭せず、または弁論をしないで退廷した場合、審理の現状及び当事者の訴訟追行の状況を考慮して相当と認めるときは、終局判決をすることができます。ただし、これは、出頭した相手方の申出があるときに限られます。なぜ、申立てが要件になっているのか。出席している当事者は、現に手続に関与し、判断を待っています。その人が「もう判決してほしい」と言わない限り、裁判所が勝手に審理を打ち切るべきではないからです。

この「申立てが要る/要らない」という違いは、あとで双方欠席の場合と並べたときに、もう一度きちんと効いてきます。覚えておいてください。

双方とも来ない——訴えの取下げ擬制

双方欠席事案の板(第1回期日に原告X・被告Y双方が欠席・そのまま1か月何も申し立てない場合) 図:双方欠席事案の板

ここから、場面を変えます。一方ではなく、双方が欠席したらどうなるか、です。さきほどの貸金請求で、第1回期日に、原告のXさんも、被告のYさんも、両方とも欠席したとします。そのまま、1か月間、どちらからも何も申立てがなかったとしましょう。

条文民事訴訟法263条

民事訴訟法第263条(訴えの取下げの擬制) 当事者双方が、口頭弁論若しくは弁論準備手続の期日に出頭せず、又は弁論若しくは弁論準備手続における申述をしないで退廷若しくは退席をした場合において、一月以内に期日指定の申立てをしないときは、訴えの取下げがあったものとみなす。当事者双方が、連続して二回、口頭弁論若しくは弁論準備手続の期日に出頭せず、又は弁論若しくは弁論準備手続における申述をしないで退廷若しくは退席をしたときも、同様とする。

ここが罠になりやすいところで、263条には2つのルートがあります。前段は、双方欠席が1回でも、その後1か月以内に期日指定の申立てがなければ、訴えの取下げがあったものとみなされる、というルートです。後段は、連続して2回、双方が欠席したときも、同じ扱いになる、というルートです。1か月待たなくても、2回連続で欠席すれば、それだけで取下げ擬制が働きます。どちらか一方だけを覚えていると、試験では足をすくわれます。必ずセットで押さえてください。なぜ、双方欠席だと訴えそのものを消してしまうのか。理由は単純です。両方とも来ないのは、裁判所の人的・物的な資源を無駄にしているだけでなく、もうこの訴訟を続ける意思がない、とみなしてよい場面だからです。

一方欠席と双方欠席は、出口がまったく違います。ここは、あとの比較板でもう一度まとめます。

双方欠席のもう一つの出口——終局判決と審理の現状に基づく判決②

244条本文とただし書の弁別板(本文=当事者の双方又は一方が欠席し審理の現状及び訴訟追行の状況を考慮して相当と認めるとき終局判決ができる/ただし書=一方欠席の場合は出頭した相手方の申出があるときに限る) 図:244条本文とただし書の弁別板

  • 本文=当事者の双方又は一方が欠席し審理の現状及び訴訟追行の状況を考慮して相当と認めるとき終局判決ができる
  • ただし書=一方欠席の場合は出頭した相手方の申出があるときに限る

双方欠席には、もう1つ出口があります。ここで問いを立てます。双方欠席と一方欠席、判決を出すために「申立てが要る」のは、どちらの側だと思いますか。さっき、一方欠席のときは、出席している相手方が申し立てないといけない、という話でした。双方欠席のときは、誰も出席していないので、そもそも申し立てる人自体がいません。申立てが要るのは一方欠席の側だ、と理由から導けます。双方欠席の場合は、そもそも申し立てられる当事者がいないので、裁判所の判断だけで手続を進められます。まず、こちらの条文です。

条文民事訴訟法243条1項

民事訴訟法第243条1項(終局判決) 裁判所は、訴訟が裁判をするのに熟したときは、終局判決をする。

双方が欠席していても、それまでに証拠調べが済んでいて、裁判をするのに十分な材料が揃っているなら、通常どおり終局判決を出せます。これが243条1項です。たとえば、XさんとYさんの貸金の件で、借用書の取調べも証人尋問も済んでいて、あとは判断するだけ、という状態です。ここまで来ていれば、期日に誰も来なくても判決は出せます。材料が揃っていれば、誰が来ていなくても判決していい、ということです。では、材料が揃っていない場合はどうか。ここで、さきほどの244条の全体を見ます。今度は本文です。244条は、本文とただし書、両方を持つ1つの条文です。

当事者の双方または一方が口頭弁論の期日に出頭せず、または弁論をしないで退廷をした場合において、審理の現状及び当事者の訴訟追行の状況を考慮して相当と認めるときは、終局判決をすることができる。これが本文で、双方欠席にも一方欠席にも及ぶ、広い規定です。そして、ただし書がここに効いてきます。一方が欠席した場合には、出頭した相手方の申出があるときに限る、という限定が付きます。誰も来ていないなら、裁判所の判断だけで打ち切ってよい。一方は来ているなら、その人が望まない限り、裁判所が勝手に打ち切るべきではない。この理由づけさえ持っていれば、本文とただし書のどちらを使う場面かは、丸暗記しなくても導けます。

欠席の3つの出口

欠席の3つの出口フロー板(欠席→A一方欠席・最初の期日=158条陳述擬制+159条3項擬制自白=審理が進む/B一方欠席・続行期日=出席者の申立てで244条ただし書=判決が出る/C双方欠席=1か月不申立てまたは連続2回で263条=事件が消える/C双方欠席=熟していれば243条1項・熟していなくても244条本文=判決が出る) 図:欠席の3つの出口フロー板

  • 欠席→A一方欠席・最初の期日=158条陳述擬制+159条3項擬制自白=審理が進む
  • B一方欠席・続行期日=出席者の申立てで244条ただし書=判決が出る
  • C双方欠席=1か月不申立てまたは連続2回で263条=事件が消える
  • C双方欠席=熟していれば243条1項・熟していなくても244条本文=判決が出る

ここまでの条文を、番号ではなく、出口で束ねます。同じ「来ない」でも、出口は3つあります。1つめ、審理が進む出口です。一方が最初の期日に欠席したときの、158条の陳述擬制と、159条3項の擬制自白です。たとえば、Yさんが来ないまま、Xさんの主張が争われずに通って、結審することがあります。2つめ、事件が消える出口です。双方が欠席し、1か月不申立て、または連続2回欠席したときの、263条の訴えの取下げ擬制です。たとえば、XさんもYさんも来ないまま、1か月間そのままにしておけば、訴えそのものが取り下げられたことになります。3つめ、判決が出る出口です。一方欠席なら続行期日で出席当事者の申立てがあるとき、双方欠席なら裁判所の判断だけで、審理の現状に基づく判決、あるいは熟していれば通常の終局判決です。たとえば、続行期日にYさんが来なくても、出席しているXさんが申し立てれば、審理の現状に基づく判決が出ます。

条文の数だけ見ると多く感じますが、行き先はこの3つしかありません。誰が来なかったかを確認したら、この3つのどれに乗るかを考える。それが、この単元の使い方です。

手続を進めるのは誰か——職権進行主義

分業の板(内容=事実と証拠の収集提出は当事者主義・弁論主義に委ねる/進行と整序=手続をいつどう進めるかの主導権は裁判所に認める=職権進行主義) 図:分業の板

  • 内容=事実と証拠の収集提出は当事者主義・弁論主義に委ねる
  • 進行と整序=手続をいつどう進めるかの主導権は裁判所に認める=職権進行主義

ここまで見てきた条文は、実はすべて、1つの考え方の具体化です。手続の進行を最終的に握っているのは裁判所だ、という考え方です。当事者主義とは、手続を動かす主導権を当事者に置く考え方でした。ここで、その宿題を正面から回収します。訴訟の内容、つまりどんな事実と証拠を出すかは、当事者主義の現れである弁論主義に委ねられています。これは、以前弁論主義の回で見たとおりです。これに対して、手続をいつ、どのように進めるか、その進行と整序の主導権は、裁判所に認められています。これを、職権進行主義と呼びます。弁論主義が決めるのは、事実と証拠という、訴訟の中身です。弁論主義は、手続をいつ開くか、期日をどう変更するか、といった進行そのものには関与しません。そこを決めるのが職権進行主義です。

中身は当事者、進行は裁判所、という役割分担なんです。なぜ、進行まで当事者に委ねないのか。もし進行の主導権まで当事者に委ねてしまうと、訴訟の遅延が生じやすくなります。裁判所が進行のハンドルを握ることで、一方だけが手続を引き延ばして得をする事態を防ぎ、審理の中身が薄まらずに済みます。中身は生徒、進行は先生。しかも先生は、発表者が来なかったときでも会を止めずに次へ進める権限を持っています。それが訴訟では職権進行主義です。そして、さきほど見た欠席への対応、陳述擬制、擬制自白、取下げ擬制、審理の現状に基づく判決。これらはすべて、当事者が進行に協力しなくても、裁判所が手続を前に進められるようにするための道具です。

訴訟指揮権は誰に帰属するか

訴訟指揮権の帰属ツリー板(原則は裁判所が行使=89条・151条〜155条/合議体では裁判長が行使することもある=148条・149条/裁判長自身に帰属する場合=93条1項・137条/受命裁判官・受託裁判官にも権限の範囲内で=206条・215条の4) 図:訴訟指揮権の帰属ツリー板

  • 原則は裁判所が行使=89条・151条〜155条
  • 合議体では裁判長が行使することもある=148条・149条
  • 裁判長自身に帰属する場合=93条1項・137条
  • 受命裁判官・受託裁判官にも権限の範囲内で=206条・215条の4

職権進行主義を具体化した、裁判所が審理を主宰する権能のことを、訴訟指揮権と呼びます。誰が行使できるかを見ていきます。原則は、裁判所が行使します。89条や151条から155条にかけて、その根拠が置かれています。ただし、合議体で審理している場合は、裁判長が行使することもあります。148条、149条がこれにあたります。さらに、裁判長自身に、はじめから帰属している場合もあります。93条1項の期日の指定、137条がこれです。そして、もう1つ。受命裁判官、つまり合議体の中の1人が処理を任された裁判官。それから受託裁判官、つまり他の裁判所に嘱託して手続をしてもらう裁判官。この2人にも、権限の範囲内で訴訟指揮権が認められます。206条、215条の4です。ここは名前だけ押さえておいてください。

たとえば、Yさんの事情を知っている証人が遠方に住んでいて、この裁判所まで来てもらうのが難しいとします。そのとき、証人の住んでいる土地の裁判所に尋問を頼むことがあります。頼まれた側の裁判官が、受託裁判官です。その尋問の場では、その裁判官が手続を仕切ります。なぜ場面で分かれるのか。期日を1つ決めるのに合議体全員で評議していては、かえって手続が遅れます。迅速に決めてよいものは裁判長が単独で、審理の枠組みを動かすものは裁判所全体で。そう振り分けられている、と見てください。あのときの一般論をそのまま前提にします。今日は深入りしません。訴訟指揮権は、裁判所を頂点にしながら、場面ごとに、裁判長や受命裁判官にも分かれて帰属する、という構造だけ押さえてください。

訴訟指揮の4類型——裁量が義務に転じる場面

4類型の板(①進行に関するもの=期日の指定及び変更93条・中断した手続の続行命令129条/②整序に関するもの=弁論の制限分離併合152条・弁論の再開153条・時機に後れた攻撃防御方法の却下157条/③期日における訴訟行為の整理=口頭弁論の指揮148条/④訴訟関係を明瞭にするもの=釈明権149条・釈明処分151条) 図:4類型の板

  • ①進行に関するもの=期日の指定及び変更93条・中断した手続の続行命令129条
  • ②整序に関するもの=弁論の制限分離併合152条・弁論の再開153条・時機に後れた攻撃防御方法の却下157条
  • ③期日における訴訟行為の整理=口頭弁論の指揮148条
  • ④訴訟関係を明瞭にするもの=釈明権149条・釈明処分151条

訴訟指揮権の中身を、4つの類型に整理します。この4つが、今日の後半の背骨になります。1つめ、進行に関するものです。期日の指定及び変更、93条。中断した手続の続行命令、129条です。受継というのは、当事者が亡くなったときなどに、相続人が訴訟を引き継ぐ手続です。当事者の確定を見た回で触れました。129条は、当事者から受継の申立てがなくても、裁判所が職権で手続の続行を命じられる、という規定です。2つめ、整序に関するものです。弁論の制限、分離、併合、152条。弁論の再開、153条。時機に後れた攻撃防御方法の却下、157条です。

152条と153条は、はっきり分けてください。152条は、複数の争点や複数の事件をどうまとめる、または分けるかという話です。153条は、いったん終わった口頭弁論を、もう一度開き直すかどうかという話です。時機に後れた攻撃防御方法の却下は、以前、口頭弁論の諸原則を見た回で、157条の3つの要件まで扱いました。今日は、訴訟指揮の類型のどこに座るか、という位置づけだけです。3つめ、期日における当事者の訴訟行為を整理するものです。口頭弁論の指揮、148条。裁判長が指揮し、発言を許可したり、命令に従わない者の発言を禁止したりできます。4つめ、訴訟関係を明瞭にするものです。釈明権、149条。釈明処分、151条。この2つは、あとでまとめて対比します。

弁論の再開義務の板(いったん終結した弁論を再開するかどうかは裁判所の専権事項が原則/しかし裁量は絶対無制限ではなく手続的正義の要求する特段の事由があれば再開すべき義務に転じる) 図:弁論の再開義務の板

  • いったん終結した弁論を再開するかどうかは裁判所の専権事項が原則
  • しかし裁量は絶対無制限ではなく手続的正義の要求する特段の事由があれば再開すべき義務に転じる

ここで、153条の弁論の再開について、もう一歩深く見ます。ある判例が、この規定の見方を大きく動かしました。いったん終結した弁論を、再開するかどうかは、原則として裁判所の専権事項です。当事者は、権利として弁論の再開を請求することはできません。しかし、その裁量権も、絶対に無制限ではありません。ある事案で、口頭弁論が終結する前に当事者の一方が亡くなり、訴訟を引き継ぐ手続がとられないまま弁論が終結してしまいました。相手方が、亡くなった事実を知って弁論の再開を申し立てましたが、裁判所は再開せずに、そのまま判決を出してしまいました。

判例最判昭56・9・24 民集35巻6号1088頁〈百選39〉

最高裁判決(弁論終結前に当事者が死亡し、訴訟承継の手続がとられないまま判決が出された事件) 裁判所の裁量権も絶対無制限のものではなく、弁論を再開して当事者に更に攻撃防禦の方法を提出する機会を与えることが明らかに民事訴訟における手続的正義の要求するところであると認められるような特段の事由がある場合には、裁判所は弁論を再開すべきものであり、これをしないでそのまま判決をするのは違法であることを免れない。

この判例は、弁論を再開して、当事者にさらに攻撃防御の方法を提出する機会を与えることが、明らかに民事訴訟における手続的正義の要求するところであると認められるような、特段の事由がある場合には、裁判所は弁論を再開すべきだ、と判断しました。それをせずにそのまま判決をするのは違法だ、としています。なぜ、裁量が義務にまで転じるのか。このまま判決が確定すれば、亡くなった当事者の側は、一度も攻撃防御の機会を与えられないまま、既判力を受けます。既判力というのは、確定した判決の判断を、もう争えなくする効力のことです。裁量を絶対視すると、手続保障がゼロの当事者が生まれてしまう。そこが決め手です。

訴訟指揮は原則として裁判所の裁量ですが、その裁量には限界があり、手続的正義の要求が明らかな場面では、裁量が義務に転じます。逆に言えば、義務になるのは手続的正義が明らかに要求する場面だけです。終結後に新しい主張を思いついた、有利な証拠が見つかった、という程度では再開義務は生じません。そこは裁量のままです。釈明も、原則は裁判所の裁量に委ねられていますが、それをしないと著しく不公平な結果になる場面では、義務に転じるという考え方でした。訴訟指揮のあちこちに、この「裁量が義務に転じる」という同じ骨格が埋め込まれています。

釈明権と釈明処分——動くのはどちらか

対比の板(釈明権149条=裁判長が問いを発し立証を促す・動くのは当事者/釈明処分151条=裁判所自ら出頭命令・文書提出・検証鑑定・調査嘱託をする・動くのは裁判所) 図:対比の板

  • 釈明権149条=裁判長が問いを発し立証を促す・動くのは当事者
  • 釈明処分151条=裁判所自ら出頭命令・文書提出・検証鑑定・調査嘱託をする・動くのは裁判所

ここで一度、前回までに出てきた道具を思い出してください。裁判官が当事者に「その主張は、どういう意味ですか」と問いかける権限がありました。あれは何条でしたか?149条の、釈明権です。今日はその149条と並べて、まだ名前だけしか出していなかった151条を片づけます。その前に、149条の中身を簡単に受け直します。裁判長は、口頭弁論の期日、または期日外で、訴訟関係を明瞭にするため、事実上・法律上の事項について問いを発し、立証を促すことができます。陪席裁判官も、裁判長に告げて同じことができます。陪席裁判官というのは、合議体で裁判長以外の裁判官のことです。当事者は、裁判長に発問を求めることもできます。これを求問権と呼びます。この149条が、釈明権です。ポイントは、裁判所が当事者に問いを投げかけて、当事者に動いてもらう、というところです。

これに対して、151条は違います。こちらを見てください。

条文民事訴訟法151条

民事訴訟法第151条1項(釈明処分) 裁判所は、訴訟関係を明瞭にするため、次に掲げる処分をすることができる。一 当事者本人又はその法定代理人に対し、口頭弁論の期日に出頭することを命ずること。二 口頭弁論の期日において、当事者のため事務を処理し、又は補助する者で裁判所が相当と認めるものに陳述をさせること。三 訴訟書類若しくは訴訟において引用した文書その他の物件で当事者の所持するもの又は訴訟においてその記録された情報の内容を引用した電磁的記録で当事者が利用する権限を有するものを提出させること。四 当事者又は第三者の提出した文書その他の物件を裁判所に留め置くこと。五 検証をし、又は鑑定を命ずること。六 調査を嘱託すること。

ここが、弁別の軸です。釈明権は、問いを発して、当事者に動いてもらう。釈明処分は、訴訟関係を明瞭にするために、裁判所が自ら処分をする。誰が動くか、これ1本で分けてください。さきほどのXさんの請求で考えます。Xさんの言い分が、貸したという趣旨なのか、立て替えたという趣旨なのか曖昧だったとします。裁判長が「どちらの趣旨ですか」と尋ねるのが釈明権。動くのはXさんです。

釈明処分は証拠調べの代用ではない板(151条の処分=訴訟関係を明瞭にするためのもの/得られた資料をそれ自体証拠として事実認定に使うことは原則として予定されていない) 図:釈明処分は証拠調べの代用ではない板

  • 151条の処分=訴訟関係を明瞭にするためのもの
  • 得られた資料をそれ自体証拠として事実認定に使うことは原則として予定されていない

なお、2項から4項には、電磁的記録の提出方法や、132条の13が適用されないこと、検証・鑑定・調査の嘱託には証拠調べの規定を準用することが定められていますが、骨組みとしては、今の六類型だけ押さえれば足ります。釈明処分で集めた資料をそのまま証拠として使えるか。ここも大事な注意点です。釈明処分で得られた資料は、あくまで訴訟関係を明瞭にするためのものであって、それ自体を証拠として事実認定に使うことは、原則として予定されていません。釈明処分は、証拠調べの代用ではないのです。

訴訟指揮はどの形で出るか板(事実行為=裁判長による口頭弁論の指揮/裁判=判決は口頭弁論を経て裁判所が言い渡す終局的判断・決定は口頭弁論を経ずに裁判所が・命令は裁判官個人が/訴訟指揮の多くは決定・命令) 図:訴訟指揮はどの形で出るか板

  • 事実行為=裁判長による口頭弁論の指揮
  • 裁判=判決は口頭弁論を経て裁判所が言い渡す終局的判断・決定は口頭弁論を経ずに裁判所が・命令は裁判官個人が
  • 訴訟指揮の多くは決定・命令

そして最後に、訴訟指揮そのものの形式にも触れておきます。訴訟指揮は、裁判長による口頭弁論の指揮のような事実行為として行われることもあれば、決定や命令という裁判の形で行われることもあります。決定は、以前、訴訟と非訟のところで見た、判決より軽い機動的な裁判の形でしたね。判決は、口頭弁論を経て、裁判所が言い渡す終局的な判断です。これに対して決定と命令は、口頭弁論を経ずに出せる、もっと簡易な裁判の形で、決定は裁判所が、命令は裁判官個人が行います。訴訟指揮の多くは、この決定や命令という形で出されます。ここでは、訴訟指揮がそのどちらの形を取りうるか、という点だけ確認しておいてください。

今日の地図(保存版)

欠席の3つの出口フロー板(欠席→A一方欠席・最初の期日=審理が進む/B一方欠席・続行期日=判決が出る/C双方欠席=事件が消える/C双方欠席=判決が出る) 図:欠席の3つの出口フロー板

  • 欠席→A一方欠席・最初の期日=審理が進む
  • B一方欠席・続行期日=判決が出る
  • C双方欠席=事件が消える
  • C双方欠席=判決が出る

今日は、当事者が動かなかったときに、手続がどうなるかを見てきました。冒頭の問い、答えが出ましたね。答弁書も出さずに欠席したYさんは、159条3項で擬制自白が成立する余地があって、その日のうちに結審、判決もありうる、ということでした。そして、同じ「来ない」でも、一方が来ないのか、双方とも来ないのかで、出口はまったく違いました。審理が進む、事件が消える、判決が出る。この3つでした。その裏側で動いていたのが、職権進行主義です。内容は当事者、進行は裁判所。この役割分担があるからこそ、当事者が動かなくても、手続は裁判所の側で前に進められます。

訴訟指揮権は、その具体的な道具だったんですね。期日の指定、弁論の制限や再開、釈明権と釈明処分。当事者が、動かなければ手続は止まるのか。今日の答えは、止まらない、でした。裁判所が進行を握っているからです。では、逆に、当事者の側には、この裁判所の進行に対して何ができるのでしょうか。裁判所の指揮が間違っていたら、黙って従うしかないのか。申立てをする権利、そして、手続の違反を見逃さずに指摘する権利があります。

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#45単独ページ動画

申立権と責問権・期日の指定と変更

第2章 訴訟の審理 ㊺/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

意見を聴かれないまま決められた手続は、無効と言えるのか

冒頭事案の関係図(Xが被告Yに対して訴えを提起・裁判所が「この事件は弁論準備手続に付します」と告げる・当事者双方への意見聴取が一度も行われていない) 図:冒頭事案の関係図

前回、手続の進行を握っているのは裁判所だ、という職権進行主義を見ました。最後に、気になることを言っていました。裁判所の指揮が間違っていたら、黙って従うしかないのか、と。裁判所の指揮が間違っていたら、当事者は黙って従うしかないのか。今日は、そこから始めます。事案を1つ出します。XさんがYさんを訴えました。ある日、裁判所から、この事件は弁論準備手続に付します、と告げられます。ところが、この付託について、XさんにもYさんにも、一度も意見を聴かれていませんでした。ここで、今日いちばん最初の問いです。この手続で決まったことを、あとから「無効だ」と言えるでしょうか。

先に答えの形だけ言っておきます。この手続が無効になるかどうかは、当事者が争ったかどうかで決まります。なぜそうなるのか、そこを今日、探っていきます。前回は、当事者が動かなかったときに、裁判所が手続を前へ進める場面を見ました。今日は逆です。当事者が黙っていなかったとき、あるいは黙っていたとき、当事者の側に何ができるのか。そこを見ていきます。

当事者の武器①——申立権は「求める」武器

職権進行主義の裏返しの板(前回=手続の進行を握るのは裁判所・職権進行主義/今回=進行の仕方で当事者の受ける不利益が大きく変わる場面では当事者の意向も汲む=申立権と責問権) 図:職権進行主義の裏返しの板

  • 前回=手続の進行を握るのは裁判所・職権進行主義
  • 今回=進行の仕方で当事者の受ける不利益が大きく変わる場面では当事者の意向も汲む=申立権と責問権

少しだけ、前回を思い出してください。手続をいつ、どう進めるか。その主導権は誰にありましたか?裁判所です。それが職権進行主義でした。ただ、これは「当事者には何の関与もできない」という意味ではありません。進行の仕方ひとつで、当事者の受ける不利益が大きく変わってしまう場面があります。そういう場面では、当事者の意向も汲まなければなりません。そこで、当事者に2つの働きかけの手段が与えられています。1つ目が、申立権です。進行や訴訟指揮について、こう扱ってほしいと裁判所に求められる権能、これを申立権と呼びます。すでに見た例では、17条・18条の裁量移送がこれにあたります。裁判所の判断で事件を他の裁判所へ移すのが裁量移送で、17条は、著しい遅滞を避けるため、あるいは当事者間の衡平を図るための移送でした。18条は、簡易裁判所が相当と認めたときに、自分の事件を所在地の地方裁判所へ渡す移送です。理由は別ですが、どちらも、当事者が移送を申し立てられます。

ただ、今日いちばん押さえてほしいのは、定義ではなく効果です。申立権があるとき、何が起きるのか。

応答義務の板(法定の申立権に基づく申立てがあれば裁判所は放置することが許されない・必ず裁判によって許否を明らかにしなければならない=応答義務) 図:応答義務の板

法定の申立権に基づく申立てがされた場合、裁判所はこれを放置することが許されません。必ず、裁判によって、認めるか却下するか、その許否を明らかにしなければなりません。「申立てができる」の中身は、裁判所に応答義務が生じる、ということです。ここが答案でいちばん効く部分です。単に「申立権がある」と書くだけでは弱く、「だから裁判所は放置できず、応答義務を負う」まで書けて、はじめて使える知識になります。冒頭の事案で考えてみましょう。Xさんが、弁論準備手続に付すこと自体はもう争わないけれど、指定された次の期日はどうしても都合が悪いので日を変えてほしい、と申し立てたとします。これは93条1項の、期日の変更の申立てです。法定の申立権ですから、裁判所はこれを机の上に置いたままにはできません。認めるか、却下するか、どちらかを裁判で示さなければならない。これが、応答義務が生じる、ということの中身です。

申立権が無い事柄について「こうしてほしい」と言ったら、どうなるんですか。それは、単なる職権発動を促す申出にとどまります。裁判所に応答義務は生じません。同じXさんが、たとえば、準備書面をまとめる時間が足りないので、提出の期限をもう少し延ばしてほしい、と言ったとします。期間を伸ばしたり縮めたりするのは、96条1項で裁判所の裁量とされていて、当事者に申立権も不服申立ても認められていません。ですから、裁判所がこれに何も答えないまま手続を進めても、それ自体が違法になるわけではないのです。同じ「お願い」でも、返事が返ってくるかどうかが変わる。

この応答義務という効果は、あとで期日指定の場面でも、もう一度出てきます。

当事者の武器②——責問権は「争う」武器

2つの武器の対比板(申立権=当事者から裁判所へ処置を求める矢印・裁判所は応答義務を負い許否を返す/責問権=裁判所の手続違背または相手方の訴訟行為の違背に対して当事者が異議を述べて効力を争う・向きが逆) 図:2つの武器の対比板

  • 申立権=当事者から裁判所へ処置を求める矢印・裁判所は応答義務を負い許否を返す
  • 責問権=裁判所の手続違背または相手方の訴訟行為の違背に対して当事者が異議を述べて効力を争う・向きが逆

ここから、今日の本体に入ります。武器の2つ目、責問権です。申立権とは、向きが逆になります。申立権は、まだ起きていない処置を、前もって求める権利でした。手続を前に進めるための武器です。これに対して責問権は、すでに起きてしまった手続の違背に対して、異議を述べてその効力を争う権能です。すでに起きたことを、後から争う武器です。そして、責問権の対象は2つあります。裁判所の訴訟手続の違背と、相手方の訴訟行為の違背です。裁判所の側だけではないところに、注意してください。裁判所の側の例なら、以前、釈明権の回で名前だけ出した、150条の、訴訟指揮に対する異議がこれにあたります。裁判長が口頭弁論の進め方について出した命令に対して、当事者がその場で異議を述べると、裁判所が決定でその異議について判断する、という仕組みです。相手方の側の例なら、たとえば、Yさんが、法律の定める方式を守らないまま証拠の申出をしたのに、Xさんがその場で何も言わなかった、という場面です。裁判所に対しても、相手方に対しても、同じ責問権という枠組みで争うことになります。なぜ、こんな権利が当事者に認められているのか。当事者は訴訟の主体として、裁判所が手続を適法に進めているかを監視し、自分の手続的な利益を守る必要があるからです。

冒頭事案の板(裁判所が弁論準備手続に付することを決める際、当事者の意見を聴かなければならない規定があるが冒頭事案では一度も聴かれていない) 図:冒頭事案の板

ここで、冒頭の事案に戻ります。弁論準備手続に付するには、当事者の意見を聴かなければならない、という規定があります。冒頭の事案では、これが守られていませんでした。ただ、答えを出す前に、責問権そのものの中身を、もう一段深く見る必要があります。争えるかどうかは、いつまでも争えるわけではないからです。

喪失放棄治癒の板(強行規定違反を除く・違反を知りまたは知ることができたのに遅滞なく異議を述べないと責問権を失う=喪失・意識的に行使しないのが放棄・喪失または放棄が起きるとその手続の瑕疵は治癒される) 図:喪失放棄治癒の板

こちらが、責問権のいちばん重要な部分です。まず、強行規定、つまり当事者の意思では動かせない、訴訟制度そのものの骨組みを定めた規定、これに違反した場合は別扱いになります。それを除いて、当事者が違反を知り、または知ることができたのに、遅滞なく異議を述べなかった場合、その当事者は、もう責問権を述べられなくなります。これを喪失と呼びます。似た言葉に放棄があります。喪失は、気づいていたのに機を逃した結果として権利を失うことです。放棄は、意識的に、あえて責問権を行使しないと決めることです。どちらにしても、結果は同じです。責問権の喪失、または放棄が起きると、その訴訟手続の瑕疵は治癒されます。以後、問題にされなくなる、ということです。

90条の趣旨の板(任意規定違反を常に無効にすると手続の安定性を害し訴訟不経済をもたらす・当事者が甘受するなら無効にする必要はない・だから失権させる) 図:90条の趣旨の板

争えたはずのことが、争えなくなってしまうんですね。なぜ、そんな厳しい扱いをするんですか。ここは、趣旨から考えると腑に落ちます。今回問題になっている規定は、任意規定、とくに当事者の利益を保護するための規定です。もし、こうした規定への違反を、いつでも無効だと主張できることにしてしまうと、どうなるでしょうか。手続の安定性を害しますし、訴訟不経済ももたらします。逆に、当事者本人が違反に気づいていながら、あえてそれを争わずに手続を進めたのなら、その当事者自身が違反を甘受した、と見てよいはずです。甘受した以上、あとになって無効だと蒸し返す必要はありません。だから、失権させます。

90条全文の板(90条=当事者が訴訟手続に関する規定の違反を知り又は知ることができた場合において遅滞なく異議を述べないときはこれを述べる権利を失う・ただし放棄することができないものについてはこの限りでない) 図:90条全文の板

ここで、条文そのものを確認します。

条文民事訴訟法90条

民事訴訟法第90条(訴訟手続に関する異議権の喪失) 当事者が訴訟手続に関する規定の違反を知り、又は知ることができた場合において、遅滞なく異議を述べないときは、これを述べる権利を失う。ただし、放棄することができないものについては、この限りでない。

この「遅滞なく」という言葉は、そのまま覚えてください。「直ちに」と要約されることもありますが、条文の言葉は「遅滞なく」です。答案でも、この言葉のまま使ってください。強行規定に関する違反がこれにあたります。ここで、2つの規定を区別しておきます。任意規定は、その当事者の利益を守るために置かれた規定です。守られなかったことを、当事者本人が受け入れるなら、それでよい、という性質のものです。これに対して強行規定は、当事者が受け入れようがどうしようが動かせない、訴訟制度そのものを支えている規定です。誰の利益のために置かれた規定か、当事者が手放せる性質のものか。そこで分かれます。ここが、今日いちばんの罠です。責問権の喪失は、あくまで任意規定違反についての話であって、強行規定違反には及びません。

強行規定は治癒されないの板(強行規定違反は異議を述べなくても治癒されない・裁判所の構成の違法・専属管轄違反・公開主義違反など・絶対的上告理由312条2項や再審事由338条1項に連なる重大な瑕疵) 図:強行規定は治癒されないの板

強行規定に違反した手続は、当事者が異議を述べなかったとしても、治癒されません。いつまでも、その違法を主張できます。ここを線引きせずに90条本文だけを覚えると、危険な誤解になります。どこまでが失権し、どこからが失権しないか。この線が本体です。強行規定違反の例としては、裁判所の構成の違法、専属管轄違反、公開主義違反などがあります。これらは訴訟制度の根幹に関わる規定への違反であり、絶対的上告理由、312条2項や、再審事由、338条1項につながる、重大な瑕疵です。この2つの条文の中身は、また別の回で扱います。今日は、責問権では救えないほど重い瑕疵の受け皿として、名前だけ覚えておいてください。

では、手続に違反があったときは、こう順番に考えればいいです。まず、破られたのが強行規定か、任意規定か。強行規定ならそこで終わりで、いつまでも主張できる。任意規定なら、次に、その違反を知っていたか、知ることができたか。知り得たのなら、最後に、遅滞なく異議を述べたか。述べていれば争える、述べていなければ責問権を失って、瑕疵は治癒される。強行規定か任意規定か、知り得たか、遅滞なく異議を述べたか。この3段が、答案でそのまま使える順番です。では、この順番を持って、冒頭の事案に戻ります。

冒頭事案回収の板(弁論準備手続に付する際の意見聴取義務違反=当事者の利益保護のための任意規定違反・遅滞なく異議を述べていれば争えたが述べずに手続を進めれば責問権を失い瑕疵は治癒される) 図:冒頭事案回収の板

弁論準備手続に付するときに当事者の意見を聴かなければならない、という規定は、当事者の利益を保護するための規定です。裁判所の構成のような、訴訟制度の根幹に関わるものではありません。つまり、任意規定違反にあたります。もし、Yさんが、意見を聴かれなかったことに気づいて、遅滞なく異議を述べていれば、この違背を争うことができました。ですが、気づいていながら、あるいは気づくことができたのに、そのまま何も言わずに手続を進めてしまったなら、責問権を失い、その瑕疵は治癒されます。これが、冒頭の問いの答えです。手続の瑕疵が、それだけで自動的に無効になるわけではありません。当事者が争ったかどうかが、結論を左右します。

争点整理に当事者はどう関わるか——申立権と責問権が条文の形で現れる場所

争点整理関与の板(168条=弁論準備手続に付するには当事者の意見を聴かなければならない/172条ただし書=当事者双方から取消しの申立てがあれば裁判所は取り消さなければならない/147条の3第1項=審理計画は裁判所と両当事者の協議で策定) 図:争点整理関与の板

  • 168条=弁論準備手続に付するには当事者の意見を聴かなければならない
  • 172条ただし書=当事者双方から取消しの申立てがあれば裁判所は取り消さなければならない
  • 147条の3第1項=審理計画は裁判所と両当事者の協議で策定

今、見た168条の意見聴取義務は、実は、争点整理の手続そのものに、当事者の関与が組み込まれている一例です。ここをもう少し広げて見ます。裁判所が事件を弁論準備手続に付するには、当事者の意見を聴かなければなりません。168条です。同じように、書面による準備手続に付する場合も、当事者の意見を聴かなければなりません。175条です。そして、ここに、今日いちばん強い申立権の効果が出てきます。172条のただし書です。ここは、それよりさらに強い効果です。弁論準備手続に付する裁判は、原則として、裁判所の裁量で取り消すことができます。ここまでは裁量です。ですが、当事者双方から取消しの申立てがあったときは、裁判所は取り消さなければなりません。

応答義務どころか、裁判所に裁量そのものが残らなくなります。なぜそこまで強いのか。弁論準備手続は、当事者が手持ちの主張と証拠を出し合って、はじめて争点の整理が進む手続だからです。その両方の当事者が、この手続ではやりたくない、と言っているなら、裁判所が続けさせても整理は進みません。裁量を残しておく意味がないわけです。これが、申立権の効果として、いちばん強い形です。もう1つ、審理計画についても触れておきます。事件が複雑な場合などには、審理計画を定めますが、これは裁判所と両当事者が協議をし、その結果を踏まえて定められます。147条の3第1項です。ここでも、当事者の関与が組み込まれています。

ただ、争点整理の手続そのものの中身、3つの種類の使い分けや効果は、別の回で扱います。今日見たのは、当事者がどう関わるか、その局面だけです。

期日とは何か——誰が「いつ会うか」を決めるのか

期日の定義の板(期日=裁判所と当事者、その他の訴訟関係者が集まり、訴訟上の行為をするものとして定められた時間帯・種類=口頭弁論期日・証拠調べ期日・和解期日・弁論準備手続期日) 図:期日の定義の板

ここから後半です。申立権と責問権という、2つの武器を見てきました。ここからは、申立権が具体的に働く、いちばん身近な場面を見ます。期日です。期日を正確に言うと、裁判所と当事者、それに証人などの訴訟関係者が集まって、訴訟上の行為をするものとして定められた時間帯のことを、期日と呼びます。種類はいくつかあります。口頭弁論期日、証拠調べ期日。それに和解期日や、弁論準備手続の期日もあります。では、この「いつ会うか」は、誰が決めるのでしょうか。

期日の指定——認めるのは裁判長、却下するのは裁判所

93条1項の板(期日の指定及び変更は申立てによりまたは職権で裁判長が行う・原則として職権進行主義の現れ) 図:93条1項の板

期日の指定は、原則として、裁判長が、職権で、命令によって行います。93条1項です。なお、受命裁判官や受託裁判官が行う手続の期日は、その裁判官が指定します。これは、民事訴訟法ではなく、民事訴訟規則の35条に書かれています。ここは、職権進行主義がそのまま現れている場面です。ただし、当事者が何もできないわけではありません。当事者は、期日指定の申立てによって、裁判所を促すことができます。ここで、さきほどの申立権が、具体的な条文として出てきます。そして、ここに今日いちばんの罠があります。この申立てを、裁判所がどう扱うか。認める場合と、却下する場合とで、対応する主体が入れ替わります。

主体の入れ替え板(申立てを認めるとき=裁判長等が期日を指定する/申立てを却下するとき=裁判所が決定で行う・理由=当事者の権能を否定する判断だから合議体が担う) 図:主体の入れ替え板

  • 申立てを認めるとき=裁判長等が期日を指定する
  • 申立てを却下するとき=裁判所が決定で行う・理由=当事者の権能を否定する判断だから合議体が担う

申立てを認めるときは、裁判長等が、期日を指定するという形で応じます。これは、進行そのものの話ですから、単独で決めて構いません。形式は命令です。前回見たとおり、命令は裁判官個人が出す裁判、決定は裁判所が出す裁判でしたね。ところが、申立てを却下するときは、裁判所が、決定によって行います。認めるのと却下するのとで、主体そのものが変わるんです。裁判長個人から、裁判所全体へ。なぜでしょうか。申立てを却下するというのは、当事者に認められた申立権そのものを否定する判断です。当事者の権能を否定する重い判断だからこそ、裁判長1人の職権ではなく、合議体である裁判所が担うべきだ、という考え方です。

ここは、条文の文言そのものというより、この場面の性質から導かれる整理です。「認めるのは裁判長、却下するのは裁判所」、この対比で覚えてください。丸暗記ではなく、当事者の権能を否定する判断だから重い機関が担う、という理由から導けるようにしておくと、忘れません。

呼出しと期日の変更

呼出しの3類型の板(94条1項=①電子呼出状の送達②出頭した者への期日の告知③その他相当と認める方法=簡易な呼出し) 図:呼出しの3類型の板

期日が決まったら、当事者に知らせなければなりません。この知らせ方を、呼出しと呼びます。94条1項に、3つの類型があります。1つ目は、電子呼出状の送達です。以前、送達の回で見た、正式な知らせ方です。2つ目は、出頭した者に対する期日の告知です。今、法廷に来ている人に、次の期日をその場で告げる方法です。3つ目は、その他相当と認める方法、いわゆる簡易な呼出しです。たとえば、Xさんの代理人が今日の期日に現に出てきているなら、裁判長がその場で、次は来月の第2週です、と告げれば、それで呼出しは済みます。すでに目の前にいる人に、わざわざ正式な送達を毎回するのは、かえって手間ですから、最後に、期日が決まったあと、その期日を変更できるかどうかです。

期日変更の板(期日を変えられるのは決められた事由があるときだけ93条3項4項・理由=いったん決まった期日が理由もなく何度も動くと裁判所の事務も関係者の予定も回らなくなるから) 図:期日変更の板

期日を変えられるのは、決められた事由があるときだけです。93条3項と4項ですね。理由は単純です。いったん決まった期日が、これといった理由もなく何度も動いてしまうと、裁判所の事務も、ほかの関係者の予定も、たちまち回らなくなるからです。ここで、今日の最初に見た問いを、思い出してください。弁論準備手続への付託について、意見を聴かれなかったYさんは、その場で、遅滞なく異議を述べていたでしょうか。もし述べていれば、争う道が残ります。述べていなければ、責問権を失い、瑕疵は治癒されます。

今日の地図(保存版)

2つの武器の対比板(申立権=当事者から裁判所へ処置を求める矢印・裁判所は応答義務を負い許否を返す/責問権=裁判所の手続違背または相手方の訴訟行為の違背に対して当事者が異議を述べて効力を争う・向きが逆) 図:2つの武器の対比板

  • 申立権=当事者から裁判所へ処置を求める矢印・裁判所は応答義務を負い許否を返す
  • 責問権=裁判所の手続違背または相手方の訴訟行為の違背に対して当事者が異議を述べて効力を争う・向きが逆

今日は、当事者が裁判所の進行に対して何ができるのか、を見てきました。進行を握っているのは裁判所。でも、当事者は無力ではなかったんですね。当事者は2つの武器を持っています。求める武器、申立権。争う武器、責問権。申立権は、裁判所に応答義務を生じさせます。放置は許されません。責問権は、遅滞なく異議を述べなければ失われ、その手続の瑕疵は治癒されます。ただし、強行規定違反だけは、いつまでも治癒されません。冒頭の問い、答えが出ましたね。意見を聴かれなかっただけでは、自動的に無効になるわけではなくて、当事者が遅滞なく異議を述べたかどうかで結論が割れる、ということでした。そして、期日は、この2つの武器が具体的な条文として現れる場所でした。「いつ会うか」を決めるのは裁判所ですが、当事者は申立てでそれを促すことができました。

今日は「いつ会うか」の話でした。では、当事者は「いつまでにやらなければならないか」については、どこまで自由が利くのでしょうか。期間を守れなかったとき、手続はどうなるのか。そして、手続そのものが止まってしまう場面もあります。

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#46単独ページ動画

不変期間と訴訟行為の追完

第2章 訴訟の審理 ㊻/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

控訴期間はもう過ぎている。もう終わりなのか

冒頭事案の関係図(一審で敗訴したAが勝訴したBに対し判決から2週間以内に控訴状を出さなければならない・Aの地域で大規模な災害が発生し通信網が途絶える・気づいたときには控訴期間の2週間がとうに過ぎている) 図:冒頭事案の関係図

事案を1つ出します。Aさんが、一審でBさんに敗訴しました。判決から2週間以内に、控訴状を出さなければなりません。ところが、Aさんの住む地域で大きな災害が起きて、通信網が途絶えてしまいました。外部と連絡が取れない状態が、しばらく続きます。気づいたときには、控訴期間の2週間は、とうに過ぎていました。ここで、今日いちばん最初の問いです。Aさんは、もう控訴をあきらめるしかないのでしょうか。先に、結論だけ言っておきます。Aさんには、まだ手が残っています。なぜ残っているのか、どういう形で残っているのかは、今日の後半で出します。前回、当事者は裁判所の進行に対して、求める武器と、争う武器を持っている、という話をしました。

ただ、あの2つの武器にも、及ばない領域があります。それが、今日のテーマです。当事者は、いつまでに何かをやらなければならないか、についてはどこまで自由が利くのか。期間を守れなかったとき、手続はどうなるのか。そして、手続そのものが止まってしまう場面もある。前回の最後に、そう予告しました。今日は、「いつ会うか」の次の話、「いつまでにやるべきか」を見ていきます。

期間の2つの分類軸

期間の分類板(目的による分類=行為期間・一定の訴訟行為を求める期間対猶予期間・準備熟慮または効力発生までの据え置き期間/長さの決め方による分類=法定期間・法律があらかじめ日数を決める対裁定期間・裁判所が事案ごとに裁判で長さを決める/期間の計算は民法による95条1項) 図:期間の分類板

  • 目的による分類=行為期間・一定の訴訟行為を求める期間対猶予期間・準備熟慮または効力発生までの据え置き期間
  • 長さの決め方による分類=法定期間・法律があらかじめ日数を決める対裁定期間・裁判所が事案ごとに裁判で長さを決める
  • 期間の計算は民法による95条1項

まず「期間」という言葉を、ひとまとまりに覚えないでください。2つの軸で分けると、整理がつきます。1つ目の軸は、その期間が何のためにあるか、という目的です。一定の訴訟行為をすることを求める期間、これを行為期間と呼びます。冒頭のAさんの控訴期間は、まさにこれです。控訴状を出す、という行為を、2週間以内にすることが求められています。行為を求めない期間もあるんですか。あります。猶予期間です。準備や熟慮のため、あるいは、効力が発生するまでの据え置きのための期間です。たとえば、公示送達という知らせ方があります。相手方の所在が分からないときに使う特別な送達方法ですが、この送達は、掲示を始めてすぐには効力が生じません。一定の期間が経ってから、初めて効力が生じます。この据え置きの期間が、猶予期間の一例です。

そして、行為期間は、さらに2つに分かれます。当事者に求める固有の期間と、裁判所に求める職務期間です。控訴期間は当事者が動く固有の期間、判決の言渡しまでの期間などは裁判所が動く職務期間です。2つ目の軸は、その期間の長さを誰が決めるか、です。控訴期間の2週間のように、法律があらかじめ日数を決めているものを、法定期間と呼びます。これに対して、裁判所が事案ごとに、裁判で長さを決めるものを、裁定期間と呼びます。たとえば、訴訟費用の担保を立てなさいと命じられたときに、その担保を立てるまでの期間は、裁判所が事案ごとに決めます。これが裁定期間の例です。

なお、期間の具体的な計算のしかた、たとえば初日を算入するかどうかといった細かいルールは、民法によります。この2つの軸を頭に入れたうえで、次に進みます。法定期間の中に、とくに重要な一群があります。

不変期間——動かせない期間、動かせる期間

不変期間の位置づけの板(不変期間=条文が裁判所は伸縮してはいけないと特別に線を引いた法定期間・控訴期間上告期間などの例/不変期間以外の通常期間と裁定期間は原則として裁判所が伸縮できる=職権裁量事項・当事者に申立権も不服申立てもない) 図:不変期間の位置づけの板

  • 不変期間=条文が裁判所は伸縮してはいけないと特別に線を引いた法定期間・控訴期間上告期間などの例
  • 不変期間以外の通常期間と裁定期間は原則として裁判所が伸縮できる=職権裁量事項・当事者に申立権も不服申立てもない

法定期間のうち、条文が「これは裁判所が自由に伸縮してはいけない」と特別に定めた期間があります。これを不変期間と呼びます。控訴期間や上告期間が、その代表です。なぜ、この期間だけ裁判所が動かせないんですか。判決が確定する時期が、事件ごとにバラバラになってしまうからです。控訴期間は、その期間が経過すれば判決が確定する、という区切りの期間です。ここを裁判所が事案ごとに伸ばせるとすると、勝った側は、いつまでたっても「この判決はもう動かない」と信じることができません。だから、確定の時期に直結する期間だけは、法律が決めた数字で固定し、裁判所の裁量から外しているのです。

ここで、前回学んだことを思い出してください。裁判所には、進行を決める裁量が広く認められていましたね。では、不変期間ではない、ふつうの法定期間、つまり通常期間や、裁判所が長さを決める裁定期間は、どうでしょうか。これらは、原則として、裁判所が伸ばしたり縮めたりできます。不変期間との違いは何ですか。ここが、前回の続きになる部分です。通常期間・裁定期間の伸縮は、裁判所の職権裁量事項です。つまり、当事者には、伸ばしてほしいと求める申立権も、裁判所の判断が気に入らないときの不服申立ても、認められていません。

申立権があれば裁判所に応答義務が生じる、というのが前回の話でした。ですが、通常期間・裁定期間の伸縮は、そもそも申立権が及ばない領域です。当事者が「期間を延ばしてください」とお願いすることはできますが、それは単なる職権発動を促す申出にとどまり、裁判所に応答義務は生じません。前回の武器が届かない場所がある、ということです。ここで、条文を確認します。

条文民事訴訟法96条

民事訴訟法96条(期間の伸縮及び付加期間) 裁判所は、法定の期間又はその定めた期間を伸長し、又は短縮することができる。ただし、不変期間については、この限りでない。 2 不変期間については、裁判所は、遠隔の地に住所又は居所を有する者のために付加期間を定めることができる。

1項の本文で、裁判所は期間を伸縮できる、と定めていますが、ただし書で、不変期間はその限りでない、としています。不変期間は伸縮できない、通常期間・裁定期間は伸縮できる、この線引きが1項の中身です。不変期間についても、どうしようもないわけではありません。動かないのは「裁判所が自由に伸縮する」という手段だけです。不変期間そのものを補う、別の手段が2つ用意されています。1つ目が、今見た96条2項です。

付加期間——あらかじめ足しておく調整

付加期間の板(96条2項=不変期間について裁判所は遠隔の地に住所または居所を有する者のために付加期間を定めることができる・本来の期間に付加期間を足したものがまとめて不変期間になる・あらかじめ定めておく事前の調整) 図:付加期間の板

96条2項です。不変期間について、裁判所は、遠隔の地に住所または居所を持つ者のために、付加期間を定めることができます。たとえば、控訴状を書留や電子的な方法でやり取りするにしても、遠隔地に住む当事者は、近くに住む当事者より手続に時間がかかりがちです。そこで、あらかじめ、本来の期間に日数を足しておく。本来の期間と、この付加期間を合わせたものが、まとめて不変期間になります。事が起きる前の、あらかじめの備えです。ここが、次に見る仕組みとの、いちばん大きな違いです。付加期間は、裁判所が裁判の際にあらかじめ定めておくものであって、期間が過ぎたあとから、事後的に使えるものではありません。

付加期間は、あらかじめ定めていなければ意味がありません。では、Aさんのような、事後の事情には、本当に打つ手がないのでしょうか。

訴訟行為の追完——新しい1週間の枠

追完の位置づけの板(97条=当事者がその責めに帰することができない事由により不変期間を守れなかった場合の事後の救済・付加期間96条2項との違い=あらかじめの調整ではなく事が起きたあとの救済) 図:追完の位置づけの板

ここから、今日の本体です。打つ手は、あります。97条の、訴訟行為の追完です。文字どおり、あとから完成させる、という意味です。本来すべきだった訴訟行為を、期間が過ぎたあとで、追いかけて完成させることを認める仕組みです。条文を見てみましょう。

条文民事訴訟法97条

民事訴訟法97条(訴訟行為の追完) 当事者が裁判所の使用に係る電子計算機の故障その他その責めに帰することができない事由により不変期間を遵守することができなかった場合には、その事由が消滅した後一週間以内に限り、不変期間内にすべき訴訟行為の追完をすることができる。ただし、外国に在る当事者については、この期間は、二月とする。 2 前項の期間については、前条第一項本文の規定は、適用しない。

要件は、当事者が、裁判所の使用する電子計算機の故障、その他、自分の責めに帰することができない事由によって、不変期間を守れなかったこと。効果は、その事由が消滅した後、1週間以内に限って、本来すべきだった訴訟行為を追完できる、というものです。外国にいる当事者は、2か月です。電子計算機の故障とは、裁判所のシステムの障害のことです。今は、訴状や控訴状をオンラインで出すことが前提になってきています。そこで、出そうとしたのに裁判所側のシステムが落ちていて出せなかった、という場合を、条文が正面から例として書き込んでいます。責めに帰することができない事由の、いちばん分かりやすい一例だと思ってください。

「責めに帰することができない事由」というのは、具体的にどういうものですか。ここが、いちばん大事な規範です。

⭐ 論文で書く規範:責めに帰することができない事由(97条) その訴訟を追行する立場の人として通常求められる注意を尽くしても、なお避けようがなかったといえる事由 (通説で立てられる規範。判例集積の裏づけあり)

通常の人が、通常の注意を払っていたとしても、避けられなかったと言える事情、という意味です。自分に落ち度があれば、当然この規範には当たりません。2つ、代表的な例を見ます。1つ目は、大きな震災によって、通信手段が途絶えてしまった場合です。これは、古くから判例が認めてきた事由です。電話も郵便も使えず、外部と一切連絡が取れない状況では、通常の注意を払っていても、控訴状を出すことはできません。2つ目は、公示送達という制度が悪用され、自分が訴えられていること自体を、過失なく知らなかった場合です。公示送達は、相手の所在が分からないときに使う特別な送達方法でしたね。以前、送達の回で扱いました。もし、実際には所在が分かっているのに、わざと分からないふりをして公示送達の手続を取られてしまうと、訴えられた側は、訴訟が起きていること自体に気づけません。判例は、こうした場合も、責めに帰することができない事由に当たるとしています。

逆に、当たらない例も考えてみましょう。単に、体調が悪くて郵便局に行くのが億劫だった、というのでは、通常の注意を払えば避けられた事情ですから、この規範には当たりません。境目は、本人の意思や注意でどうにかできたかどうか、です。

具体例の境界の板(該当する例=大震災による通信の途絶・公示送達を悪用され訴訟提起を過失なく知らなかった場合/該当しない例=体調不良で郵便局に行くのが億劫だった等・本人の注意で避けられた事情) 図:具体例の境界の板

  • 該当する例=大震災による通信の途絶・公示送達を悪用され訴訟提起を過失なく知らなかった場合
  • 該当しない例=体調不良で郵便局に行くのが億劫だった等・本人の注意で避けられた事情

ここで、いちばん大事な注意点があります。追完が認められたとき、何が復活するのか、という点です。期間の続きが、また動き出すんじゃないんですか。そこが、最大の誤解ポイントです。追完は、不変期間の残り日数を復活させる制度ではありません。控訴期間が2週間のうち、たとえ残り10日を残して止まっていたとしても、事由が消滅したあとに使えるのは、常に新しい1週間です。10日ではありません。ここを取り違えると、答案でも誤った期間計算をしてしまいます。事由が消滅した日を起点に、あらためて1週間、という新しい枠だと覚えてください。

新しい1週間になるのは、97条が、残った期間を後ろにずらす規定ではなく、事由が消滅した日を起点にして、別の期間を新しく起こす規定だからです。条文も「その事由が消滅した後一週間以内に限り」と書いていて、元の期間の残りには一言も触れていません。2週間の期間を落とした人に、1週間しかないのは短くないですか。そこが、この制度の勘どころです。相手方から見れば、控訴期間が過ぎた時点で、判決はもう確定したはずでした。その相手の立場をいつまでもひっくり返せるとすると、今度は勝った側が落ち着けません。本人の落ち度でない人を救う必要と、確定を信じた相手を守る必要。この2つを釣り合わせた結果が、事由が消えてからきっかり1週間、という短い枠なのです。

控訴や上告の期間徒過が事案で問われたとき、この規範に当てはめる場面は、論文でも論点になりえます。

冒頭事案回収のフロー(Aの地域で通信途絶が発生・通信が回復する=事由の消滅・その日から1週間以内に控訴状を提出すれば97条の追完として適法) 図:冒頭事案回収のフロー

では、冒頭のAさんの事案に戻りましょう。Aさんの地域で、通信網が途絶えました。この間、Aさんは、通常の注意を払っていても控訴状を出しようがありません。責めに帰することができない事由に当たります。通信が回復した日が、事由が消滅した日です。Aさんは、その日から1週間以内に控訴状を提出すれば、97条の追完として、適法に扱われます。控訴期間はもう過ぎている、でも終わりではない。これが、冒頭の問いへの答えです。付加期間は事前の備え、追完は事後の救済。この2つが、不変期間を補う両輪です。

訴訟手続の停止——なぜ止めるのか

手続停止の定義と趣旨の板(定義=裁判所に事件が係属している間にある事由が起きて法律上手続を先に進められなくなる状態・趣旨=双方審尋主義の現れ・手続を追えない状態の当事者にも言い分を述べる機会を実質的に確保する) 図:手続停止の定義と趣旨の板

ここから、期間の外側の話に移ります。今まで見てきたのは、当事者が「いつまでにやるべきか」という期間の話でした。ここからは、手続そのものが「止まってしまう」場面です。訴訟手続の停止とは、裁判所に事件が係属している間に、ある事由が起きて、法律上、手続を先に進められなくなる状態をいいます。趣旨は、以前に詳しく見た、双方審尋主義にあります。当事者双方に、平等に主張と証拠を出す機会を保障する、という原則でしたね。訴訟を追行できない状況にある当事者を放置したまま手続を進めてしまうと、その当事者は、自分の言い分を述べる機会を実質的に奪われてしまいます。だから、そういう状況になったときは、いったん手続を止めて、関与の機会を確保するのです。

停止でないものの板(欠席で事実上進行が止まっている場合・和解のための休止・期日は追って指定という実務運用はいずれも法律上の停止ではない) 図:停止でないものの板

ここで、1つ弁別しておきます。以前、当事者が期日に出てこない、不熱心な訴訟追行の場面を扱いました。あれは、事実上、手続の進行が停滞して見えることはありますが、法律上の「停止」ではありません。当事者が任意に欠席しているだけで、手続関与の機会自体は保障されているからです。同じように、和解のために手続を一時休止する運用や、次の期日を決めずに「期日は追って指定」とする実務上の扱いも、法律上の停止とは別物です。今日見ている停止は、法律が定めた事由の発生によって、当然に、あるいは決定によって生じる、もっと厳格な仕組みです。

「進んでいないように見える」ことと、「法律上止まっている」ことは、別なんです。では、その法律上の停止には、どんな種類があるのか。ここからが、今日最後のテーマです。

中断と中止——原因の所在で見分ける

中断の板(定義=法定の中断事由の発生で当然に停止する・事由の例=当事者の死亡・法人の合併による消滅など124条1項各号・相続人や存続会社などが受継する) 図:中断の板

停止には、大きく2つの種類があります。中断と中止です。まず、中断から見ます。中断は、法律が定めた中断事由が発生すると、当然に手続が停止する場面です。代表的な事由は、当事者が死亡した場合や、当事者である法人が合併によって消滅した場合です。これらは124条1項の各号に列挙されています。なぜ、死亡すると手続が止まるんですか。手続を進めるべき当の本人がいなくなってしまうからです。訴訟の当事者としての地位を、誰かが引き継がなければ、手続を続けようがありません。この引き継ぎの手続を、受継と呼びます。相続人や、合併で存続する会社などが、受継によって、新しい当事者として手続に入ってきます。

中断は、まさにその議長交代のイメージです。誰かが倒れて、代わりの人が来るまで、議事そのものを進められない。ただし、受継の具体的な手続や、死亡による訴訟承継の詳しい中身は、別の回でじっくり扱います。今日は、中断が「人の入れ替えを要する場面」だという、一般論までにとどめます。

中止の板(定義=裁判所または当事者が訴訟行為をすることを不可能にする事由が発生した場合にその事由が止むまで停止する・事由の例=天災その他の事由で裁判所が職務を行えない場合130条・止めば当然に手続が続行される) 図:中止の板

次に、中止です。中止は、裁判所または当事者が、訴訟行為をすることを不可能にする外的な障害が発生した場合に、その障害が止むまで手続が停止する場面です。条文を見てみましょう。

条文民事訴訟法130条

民事訴訟法130条(裁判所の職務執行不能による中止) 天災その他の事由によって裁判所が職務を行うことができないときは、訴訟手続は、その事由が消滅するまで中止する。

天災その他の事由で、裁判所が職務を行えなくなったときは、その事由が消滅するまで、手続は中止します。停電で会議室の照明が落ちてしまった場面を思い浮かべてください。誰の落ち度でもなく、物理的に会議を続けられません。そして、電気が復旧すれば、誰も特別な手続をしなくても、当然に会議が再開されます。中止は、これと同じです。障害が止めば、当然に、手続が続行されます。中断のように、誰かが受継の手続を取る必要はありません。

中断と中止の対比板(事由の所在=当事者側の事情対裁判所側または不可抗力の外的障害/再開のしかた=中断は受継が要る対中止は当然に続行される) 図:中断と中止の対比板

  • 事由の所在=当事者側の事情対裁判所側または不可抗力の外的障害
  • 再開のしかた=中断は受継が要る対中止は当然に続行される

この対比が、今日いちばんの整理です。中断と中止を分けるのは、止まる原因が、誰の側にあるかです。中断は、当事者側の事情で、手続を進めるべき人が入れ替わる必要がある場面。中止は、裁判所側、あるいは天災のような不可抗力で、物理的に進められない場面。そして、原因が違えば、再開のしかたも違います。中断は、受継という人の手続を経て再開しますが、中止は、障害が消えれば、当然に再開します。名前ではなく、この2軸で覚えてください。

今日の地図(保存版)

今日の全体像の板(期間=目的による分類対長さの決め方による分類・不変期間は動かせないが付加期間96条2項と追完97条という2つの緩和策がある・追完は残り日数の復活ではなく事由消滅後の新しい1週間/手続の停止=中断は当事者側で受継が要る対中止は裁判所側不可抗力で当然に続行) 図:今日の全体像の板

  • 期間=目的による分類対長さの決め方による分類・不変期間は動かせないが付加期間96条2項と追完97条という2つの緩和策がある・追完は残り日数の復活ではなく事由消滅後の新しい1週間
  • 手続の停止=中断は当事者側で受継が要る対中止は裁判所側不可抗力で当然に続行

今日は、当事者が動かせない領域、期間と、手続そのものが止まる場面を見てきました。期間には、目的による分類と、長さの決め方による分類という、2つの軸がありましたね。そのうえで、不変期間は動かせませんが、あらかじめ足す付加期間と、事後に新しい1週間を与える追完という、2つの緩和策がありました。追完が与えるのは残り日数の復活ではなく新しい1週間の枠だ、という点が、いちばんの罠でした。そして、期間の外側では、手続そのものが止まる場面がありました。中断は当事者側の事情で人の入れ替えが要り、中止は裁判所側や不可抗力で、障害が消えれば当然に続行する。原因の所在で見分ける、という話でした。

これで、口頭弁論を軸にした一連の話は、ひとまずここで区切りになります。手続の進行、当事者の武器、期間、そして手続の停止。ここまでで、訴訟がどう動き、どう止まるかの基本が、一通りそろいました。ここまでは、手続がどう進むか、動かすための仕組みの話でした。

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#47単独ページ動画

準備書面と当事者照会

第2章 訴訟の審理 ㊼/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

傍聴席から見た10分の法廷

冒頭事案の関係図(A原告代理人とB被告代理人が法廷で短いやりとりをする・裁判官が次回までに反論を書いてくるよう指示する・期日は10分足らずで終わり次の期日は2か月先) 図:冒頭事案の関係図

準備書面や、相手に情報を求める当事者照会、そして争点を整理する手続が、なぜ必要になったのか。今日は、そこを見ていきます。まず、ある法廷の場面を、1つ見てもらいます。傍聴席に座って、裁判を見ていたとします。原告の代理人と、被告の代理人が、それぞれ立って、短いやりとりをします。それだけですか。それだけです。10分も経たずに、その期日は終わります。次の期日は、2か月先です。法廷は、もっと激しくやり合う場所だと思っていた。その期待と、目の前の10分とのずれ。そこが、今日の出発点です。法廷という見える場所では、ほとんど何も起きていないように見えます。でも、裁判は確実に進んでいます。期日と期日のあいだ、法廷の外側で、当事者と裁判所が何をしているのか。この場面には、今日の後半でそのまま戻ってきます。

準備書面——書いておくべきことを先に渡す

準備書面の定義の板(定義=口頭弁論で提出する攻撃防御方法と相手方への応答を予告的に記載して裁判所に提出する書面161条1項2項・答弁書規80条も準備書面の一種・記載事項は161条2項の2号のみ攻撃防御方法と相手方への陳述・当事者の住所氏名や裁判所の表示は規2条の話) 図:準備書面の定義の板

口頭弁論という本番のやりとりの前に、当事者は、自分がその期日で何を主張するつもりか、相手の主張にどう応じるつもりかを、あらかじめ書面にして、裁判所に提出しておきます。これが、準備書面です。本番の前に、監督どうしがミーティングをして、今日はこの作戦でいきます、と伝え合っておくイメージです。条文を見てみましょう。

条文民事訴訟法161条1項2項

民事訴訟法161条1項2項(準備書面) 口頭弁論は、書面で準備しなければならない。 2 準備書面には、次に掲げる事項を記載する。  一 攻撃又は防御の方法  二 相手方の請求及び攻撃又は防御の方法に対する陳述

1項が、口頭弁論は書面で準備しなければならない、という大原則です。2項が、準備書面に何を書くかです。攻撃防御方法というのは、以前見たとおり、当事者がする主張と立証をまとめた呼び名でした。条文が挙げているのは、2つだけです。自分が使う攻撃または防御の方法と、相手方の請求や攻撃防御方法に対する自分の陳述です。当事者の住所や氏名、裁判所の表示は、書かなくていいんですか。書きます。ただし、それは161条2項の話ではありません。訴訟に出す書類全般に共通するルールとして、規則の2条が別に定めています。161条2項が定めているのは、あくまで中身、つまり主張と相手への応答の2つだけです。

もう1つ、初学者がよく見落とす点があります。答弁書という書面を、聞いたことがありますか。訴えられたほうが、最初に出す書面です。答弁書は、規則の80条が定める書面ですが、準備書面とは別の書類ではありません。答弁書は、準備書面の一種です。被告が最初に出す準備書面に、答弁書という名前がついている、と考えてください。

準備書面の出し方の板(相手方が準備に必要な期間をおいて裁判所に提出=規79条1項・相手方当事者への直送=規83条・受領した側は受領書を直送し裁判所にも提出=規47条の2第3項) 図:準備書面の出し方の板

出し方にもルールがあります。まず、相手方が準備するのに必要な期間をおいて、裁判所に提出します。規則の79条1項です。そして、裁判所に出すだけでは終わりません。相手方当事者にも、直接送ります。これを直送といいます。規則の83条です。裁判所に出すだけでは、足りないんですか。足りません。裁判所だけが内容を知っていて、相手方が知らないままだと、準備の意味がありません。直送を受け取った側は、受け取りましたという受領書を、相手方に返送し、さらに裁判所にも提出します。規則の47条の2、第3項です。この受領書が、あとで大事な意味を持ちます。

準備書面の2つの効果——書いただけでは足りない、書いていないと言えない

準備書面の2つの効果対比の板(①記載しただけでは訴訟資料にならず口頭弁論で陳述されて初めて訴訟資料になる・例外は158条の陳述擬制/②相手方が在廷していない口頭弁論では161条3項に該当する準備書面に記載した事実でなければ主張できない=不在廷の相手への不意打ち防止) 図:準備書面の2つの効果対比の板

  • ①記載しただけでは訴訟資料にならず口頭弁論で陳述されて初めて訴訟資料になる・例外は158条の陳述擬制
  • ②相手方が在廷していない口頭弁論では161条3項に該当する準備書面に記載した事実でなければ主張できない=不在廷の相手への不意打ち防止

ここが、今日いちばん取り違えやすい場所です。準備書面には、性質の違う2つの効果があります。1つ目、準備書面に何かを書いて提出しただけでは、それはまだ、裁判所が判決の基礎にできる資料、訴訟資料にはなりません。出したのに、資料にならないんですか。なりません。訴訟資料になるのは、その記載事項が、口頭弁論の期日で実際に陳述されたときです。書面はあくまで予告で、本番の口頭弁論で実際に述べて初めて、資料として扱われます。以前見た口頭主義の原則が、ここでも生きています。ただし例外があります。当事者が期日に出頭しなかったとき、提出していた準備書面の内容を、陳述したものとみなす制度です。陳述擬制と呼びました。以前、当事者の欠席を扱った回で見た制度です。

2つ目は、逆向きの規律です。相手方が、その口頭弁論の期日に在廷していない場合、準備書面に書いて予告していなかった事実は、主張できません。1つ目は、自分が出した準備書面がいつ訴訟資料になるか、という話。2つ目は、相手方がその場にいないときに、自分が何を主張できるか、という話です。場面がまったく違います。1つ目は書面と口頭のリレーの話で、2つ目は不在の相手への不意打ち防止の話です。

条文民事訴訟法161条3項

民事訴訟法161条3項(主張の制限) 相手方が在廷していない口頭弁論においては、次の各号のいずれかに該当する準備書面に記載した事実でなければ、主張することができない。  一 相手方に送達された準備書面  二 相手方からその準備書面を受領した旨を記載した書面が提出された場合における当該準備書面  三 相手方が第九十一条の二第一項の規定により準備書面の閲覧をし、又は同条第二項の規定により準備書面の複写をした場合における当該準備書面

2つ目のルールは、条文の言葉をそのまま見ておく値打ちがあります。書いてあるというだけでは足りず、相手に届いたことまで条文が求めている。そこを、条文の文字で確かめます。

161条3項の3類型の板(在廷していない相手方への主張は①送達された準備書面②相手方が受領書を提出した準備書面③相手方が91条の2で閲覧または複写した準備書面のいずれかに記載した事実に限られる・口頭で伝えただけではどの類型にも当たらない) 図:161条3項の3類型の板

2つ目のルール、161条3項をもう少し詳しく見ます。条文は、単に書いてあれば主張できる、とは言っていません。相手方が在廷していないとき、次の3つのどれかに当たる準備書面に書いてある事実でなければ、主張できないとしています。1つ目は、相手方に送達された準備書面です。2つ目は、相手方が受領書を提出した準備書面。さっき出てきた、あの受領書です。3つ目は、相手方が91条の2の規定で閲覧、または複写をした準備書面です。ここが、今日いちばんの罠です。書面に書いて出しておけばいい、と覚えると、短答で足をすくわれます。書いてあることに加えて、相手に届いたことが、送達か、受領書か、閲覧・複写かのいずれかの形で、手続上たしかめられていること。ここまでが条文の要求です。

口頭で伝えたことは、どの類型にも当たりません。不在の相手を不意打ちから守る、という趣旨からすれば、当然の帰結です。161条3項が効くのは、あくまで相手方が在廷していない場合だけです。相手方が在廷していれば、この制限は及びません。その場で、直接聞き返すことができるからです。在廷しているかどうかで、射程が変わる、という点を覚えておいてください。

当事者照会——裁判所を介さずに直接聞く

当事者照会の定義の板(裁判所を介さず・訴訟が続いている間に当事者どうしが直接・主張や立証の準備に必要な事柄について・相当な期間を定めて照会し回答を求める制度=163条1項) 図:当事者照会の定義の板

続いて、準備のもう1つの道具、当事者照会です。裁判所は関与しません。訴訟が続いているあいだ、当事者は、これから自分が主張し、立証していくうえで必要な事柄を、期限を切って、相手方に直接たずねることができます。裁判所を通さない、当事者どうしの直接のやりとりです。試合の比喩でいうと、本番の前に、相手チームへ直接、今日はこの選手を出しますか、と聞いてしまうようなイメージです。

照会と回答の方式の板(照会も回答も原則は書面による=163条1項本文・2項=照会する側が相手方の承諾を得て電磁的方法で照会できる・3項=回答する側が当事者の承諾を得て電磁的方法で回答できる・1項には相手方の選択で書面か電磁的方法かどちらかで回答するよう求める形もある) 図:照会と回答の方式の板

条文を見てみましょう。

条文民事訴訟法163条1項

民事訴訟法163条1項(当事者照会) 当事者は、訴訟の係属中、相手方に対し、主張又は立証を準備するために必要な事項について、相当の期間を定めて、書面により、又は相手方の選択により書面若しくは電磁的方法のいずれかにより回答するよう、書面により照会をすることができる。ただし、その照会が次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。

まず1項の本文です。訴訟が続いているあいだ、相手方に対して、これから主張や立証をしていくうえで必要になる事柄を、相当の期間を定めてたずねることができる、と書いてあります。そして、ただし書が付いています。

条文民事訴訟法163条1項各号

民事訴訟法163条1項ただし書(照会を拒める事由)  一 具体的又は個別的でない照会  二 相手方を侮辱し、又は困惑させる照会  三 既にした照会と重複する照会  四 意見を求める照会  五 相手方が回答するために不相当な費用又は時間を要する照会  六 第百九十六条又は第百九十七条の規定により証言を拒絶することができる事項と同様の事項についての照会

各号に並んでいるのが、回答を拒める照会です。相手を困らせるだけの照会や、意見を求めるだけの照会、そして証人尋問なら拒めるはずの事項を照会で取ろうとするものまで、条文が線引きをしています。中身は、このあと具体例で見ます。

条文民事訴訟法163条2項3項

民事訴訟法163条2項3項(電磁的方法) 2 当事者は、前項の規定による書面による照会に代えて、相手方の承諾を得て、電磁的方法により照会をすることができる。 3 相手方(第一項の規定により書面又は電磁的方法のいずれかにより回答するよう照会を受けたものを除く。)は、同項の規定による書面による回答に代えて、当事者の承諾を得て、電磁的方法により回答をすることができる。

照会も回答も、原則は書面です。そこに、電磁的な方法、オンラインでのやりとりが、2つの経路で入ってきます。1つは2項です。照会する側が、相手方の承諾を得れば、書面の代わりに電磁的方法で照会できます。もう1つは3項です。回答する側が、当事者の承諾を得れば、書面の代わりに電磁的方法で回答できます。さらに、1項の本文をよく見ると、照会する側が、相手方の選択で、書面か電磁的方法かのどちらかで回答するよう求める、という形も用意されています。この形で照会を受けた相手方は、3項の対象から外れます。すでに選択肢が用意されているからです。

拒絶事由の具体例の板(該当する拒絶事由の例=今回の件について何か言いたいことはありますかという漠然とした照会は1号の具体的又は個別的でない照会に当たる/認められる照会の例=事故当日何時にどこで何をしていましたかという具体的な照会は認められる) 図:拒絶事由の具体例の板

  • 該当する拒絶事由の例=今回の件について何か言いたいことはありますかという漠然とした照会は1号の具体的又は個別的でない照会に当たる
  • 認められる照会の例=事故当日何時にどこで何をしていましたかという具体的な照会は認められる

ただし書に、拒める照会が6つ並んでいます。ざっくり3つのまとまりで見ると頭に入ります。1つ目のまとまりは、聞き方が雑なもの。漠然として的が絞れていない照会と、答えるのに不相応な手間や費用がかかる照会です。2つ目は、聞くこと自体が筋違いなもの。相手を辱めたり困らせたりするだけの照会、前に聞いたことの蒸し返し、そして事実ではなく意見を求める照会です。3つ目が、法廷でも答えなくてよい領域に踏み込むもの。証人として呼ばれたなら証言を拒める事項と同じ範囲の照会です。具体的な例で見ると、つかみやすくなります。事故が起きた当日、何時に、どこで、何をしていましたか、という照会は、具体的で個別的ですから、認められます。これに対して、今回の件について、何か言いたいことはありますか、という照会は、あまりに漠然としていて、1号の、具体的又は個別的でない照会に当たり、拒めます。

4号の、意見を求める照会も、同じ発想です。当事者照会は、事実を確認するための制度であって、相手の意見や評価を聞く場ではありません。法廷で証人として呼ばれれば、証言を拒める事項があります。196条や197条が定める、自分や近親者が刑事訴追を受けるおそれのある事実や、職業上の秘密などです。当事者照会でなら同じ事項を聞き出せてしまうと、法廷で証言を拒める保護が、裏口から素通りされてしまいます。だから、証言拒絶事由と同じ範囲を、6号でも拒める事由にそろえているのです。

情報収集機能への期待の板(条文上の位置づけ=口頭弁論を準備するための制度/使い方次第で期待されたもの=相手方の手元にある事実を訴訟の早い段階で引き出す情報収集機能/民事訴訟には相手の手持ち資料を広く開示させる仕組みが乏しいという背景) 図:情報収集機能への期待の板

  • 条文上の位置づけ=口頭弁論を準備するための制度
  • 使い方次第で期待されたもの=相手方の手元にある事実を訴訟の早い段階で引き出す情報収集機能
  • 民事訴訟には相手の手持ち資料を広く開示させる仕組みが乏しいという背景

ここまでは、当事者照会を、口頭弁論を準備するための制度として見てきました。条文上の位置づけも、そのとおりです。ただ、この制度には、もう1つ、別の期待がかけられていました。別の期待、ですか。情報収集機能です。争いになっている事実の多くは、相手方の手元にしか資料がありません。たとえば、いつ、誰が、どういう指示を出したのか。こちらには分からず、相手だけが知っている。訴えを起こした側は、そこを聞き出せないと、そもそも何を主張すればよいのかが決まりません。相手に直接聞ける。そこが期待されたところです。裁判所を通さない、当事者どうしのやりとりなので、使い方次第では、訴訟の早い段階で、相手方の手元にある事実を引き出す道具になるのではないか。そう考えられました。

ところが、ここに大きな落とし穴があります。

強制力不在と跳ね返りの板(答える義務を法的に強制する規定は無い・根拠になりうるのはせいぜい2条の信義則から導かれる訴訟への協力義務どまり・正当な理由なく回答しない虚偽回答をすると増加した訴訟費用の負担63条を命じられたり弁論の全趣旨247条として斟酌されうる) 図:強制力不在と跳ね返りの板

ここで、当事者照会のいちばん大事な性質に触れます。回答するよう照会を受けても、相手方に、回答を強制する手段がありません。制度としては、答えなくても、直ちに何かを命じられるわけではありません。せいぜい、訴訟上の信義則、条文でいうと2条を根拠に、訴訟に協力すべき義務がある、と言えるにとどまります。この協力義務を、強制的に実現する手段までは、条文に用意されていません。頼りない制度だと見えるのも、無理はありません。ただし、まったく効果がないわけではありません。正当な理由なく回答しなかったり、虚偽の回答をしたりすると、跳ね返りがあります。増加した訴訟費用の負担を命じられることがあります。63条です。また、その不誠実な態度そのものが、弁論の全趣旨として、裁判官の心証にしんしゃくされることがあります。247条です。

さらに、この当事者照会は、訴えを起こす前にも使える形が用意されています。提訴予告通知をすれば、訴え提起前の当事者照会ができます。132条の2という条文です。この中身は、証拠を集める道具箱をまとめて見る、別の回で扱います。

進行協議期日——裁判所と顔を合わせる場

進行協議期日と3類型の締めの板(規95条=口頭弁論そのものの準備が目的ではない・期日外で裁判所と当事者が証拠調べと争点の関わりを確かめ合いその他審理を進めるために必要な事柄を話し合う特別な期日/準備書面=書面のやりとり・当事者照会=当事者どうしの直接のやりとり・進行協議期日=裁判所と当事者が顔を合わせるやりとり) 図:進行協議期日と3類型の締めの板

  • 規95条=口頭弁論そのものの準備が目的ではない・期日外で裁判所と当事者が証拠調べと争点の関わりを確かめ合いその他審理を進めるために必要な事柄を話し合う特別な期日
  • 準備書面=書面のやりとり・当事者照会=当事者どうしの直接のやりとり・進行協議期日=裁判所と当事者が顔を合わせるやりとり

準備の道具を、もう1つだけ加えます。進行協議期日です。この期日自体は、口頭弁論そのものを準備するために開くものではありませんが、口頭弁論の期日の外で、裁判所と当事者が、証拠調べと争点の関わりを確かめ合ったり、その他審理を進めるために必要な事柄を話し合ったりするための特別な期日です。規則の95条です。ここで、3つを並べて整理します。準備書面は、書面でのやりとりです。当事者照会は、当事者どうし、裁判所を介さない直接のやりとりです。そして進行協議期日は、裁判所と当事者が、実際に顔を合わせる場です。ここまでが、期日の外でする準備の中身です。ですが、この準備の道具だけで、本当に、冒頭の10分の法廷は防げたのでしょうか。

なぜ争点整理手続が要るのか——失敗の歴史

五月雨式審理と漂流型審理の板(五月雨式審理=書面のやり取りと次の期日を決めるだけの期日が数か月おきに開かれる・漂流型審理=主張がかみ合わないまま主張と立証の段階を行きつ戻りつし期日だけが積み重なっていく) 図:五月雨式審理と漂流型審理の板

ここで、少し立ち止まります。前回まで見てきた、期日や期間の仕組みは、何のためだったでしょうか?期日を重ねること自体を規律する制度はありましたが、その中身をどう充実させるかは、また別の話でした。準備の道具、そしてこれから見る争点整理手続は、まさにその中身を充実させるための仕組みです。今見た準備の道具、準備書面と当事者照会だけでは、実は足りませんでした。旧い民事訴訟法のもとでは、実務にある病が広がっていました。五月雨式審理と呼ばれる現象です。口頭弁論の回で、名前だけは出てきましたね。書面を交換して、次の期日を決めるだけの期日が、数か月おきに開かれる。冒頭で見た、あの10分の法廷、次の期日は2か月先、という光景は、まさにこれです。

さらに、もう1つ、漂流型審理と呼ばれる現象もありました。主張をきちんとかみ合わせないまま、主張の段階と立証の段階を、いったり来たりして、漫然と期日を重ねてしまう状態です。こちらも、同じ回で名前だけ出ていました。

旧準備手続の3つの失敗理由の板(旧249条以下の準備手続は失敗した・理由①失権効が強すぎた旧255条・理由②証拠調べや中間的裁判ができない・理由③手続の二度手間) 図:旧準備手続の3つの失敗理由の板

実は、旧法にも、こうした事態に対応する制度がありました。準備手続と呼ばれる制度です。旧249条以下に定められていました。ですが、この制度は失敗しました。理由は3つあります。1つ目は、失権効が強すぎたことです。準備手続で主張しておかなかった事項は、あとから口頭弁論で主張することが、原則として許されませんでした。旧255条です。この効果が、あまりに強すぎました。当事者は、うっかり準備手続で言い忘れることを恐れて、かえって使うのをためらうようになります。2つ目は、準備手続の中では、証拠調べや、途中の判断である中間的な裁判ができなかったことです。争点を詰めたくても、その場で証拠を見て当たりをつけることができないので、結局、何が本当の争点なのかを決めきれませんでした。3つ目は、準備手続を終えたあとに、あらためて口頭弁論をやり直す必要があり、手続が二度手間になったことです。せっかく整理しても、同じことを法廷でもう一度やるだけなら、当事者にとっては手間が増えただけです。

失敗の原因が、制度が弱すぎたことではなく、強すぎて使いにくかったことにある。そこが大事な点です。強すぎたから、使われなくなった。この理由を覚えておいてください。

弁論兼和解の板(実務が編み出した運用=法廷ではない和解室や準備室に裁判官と当事者が同じ机を囲んで集まり格式ばらない場で実質的な弁論と和解の協議をまとめて行う・肯定=間接事実や背景事情の理解が容易になり見通しが立ち和解の機運も高まる・批判=直接の実定法上の根拠が無く非公開の場で心証を形成するのは公開主義に反しないか) 図:弁論兼和解の板

条文上の制度が機能しなくなると、実務は、別の道を探します。そこで編み出されたのが、弁論兼和解と呼ばれる運用です。公開の法廷ではなく、和解室や準備室に、裁判官と当事者が同じ机を囲んで集まります。格式ばらない場で、実質的な弁論と、和解の協議を、まとめて行ってしまうやり方です。この運用への評価は、真っ二つに割れました。肯定する側は、間接的な事情や背景も理解しやすくなり、裁判官も当事者も見通しが立ちやすくなる、和解の機運も高まる、実質的な意味での口頭弁論の再生だ、と評価しました。一方で、批判する側は、こう言います。弁論兼和解には、直接の実定法上の根拠がありません。しかも、非公開の場で、実質的に弁論をして、裁判官がそこで心証を形成してしまうのは、公開主義に反するのではないか、と。以前、口頭弁論の諸原則で見た、公開主義の話です。

旧法の2つの失敗を並べる板(準備手続=条文はあったが失権効が強すぎて使われない/弁論兼和解=使われたが条文の根拠が無い/現行法はこの両方を同時に解く必要があった) 図:旧法の2つの失敗を並べる板

  • 準備手続=条文はあったが失権効が強すぎて使われない
  • 弁論兼和解=使われたが条文の根拠が無い
  • 現行法はこの両方を同時に解く必要があった

ここで、旧法の下で起きた2つの失敗を、並べてみます。準備手続は、条文としては存在しましたが、失権効が強すぎて、実務で使われなくなりました。弁論兼和解は、実務で広く使われましたが、条文上の根拠がありませんでした。現行法は、この2つを、同時に解く必要がありました。

現行法の答え——争点整理手続の誕生

現行法の2本立てと争点整理の作法の板(①争点および証拠を整理する手続164条から178条②集中証拠調べ182条・争点中心の集中審理構造/争点整理は訴訟の比較的初期の段階に両当事者と裁判所3者の綿密な協働作業として行う) 図:現行法の2本立てと争点整理の作法の板

  • ①争点および証拠を整理する手続164条から178条②集中証拠調べ182条・争点中心の集中審理構造
  • 争点整理は訴訟の比較的初期の段階に両当事者と裁判所3者の綿密な協働作業として行う

現行の民事訴訟法は、2本立ての答えを用意しました。1つは、争点および証拠を整理する手続です。164条から178条にかけて定められています。もう1つは、集中証拠調べです。182条です。以前見たとおり、証人や当事者本人への尋問を、まとめて集中的に行うやり方でした。この2つを組み合わせて、争点を中心に、審理を集中させる仕組みを作りました。今日は、その手続がどんな性格を持つかだけ、押さえておきましょう。争点整理は、訴訟の比較的初期の段階で行います。そして、片方が書面を出して、もう片方が応じる、という応酬の形ではなく、当事者双方と裁判所、3者の綿密な協働作業として行われます。

ここが、当事者照会や準備書面と、いちばん違うところです。裁判所が正面から関与します。そして、争いのない事実はどうなるか。弁論主義は、以前見たとおり、当事者が争わない事実に裁判所は立ち入らず、そのまま判決に使うという役割分担の考え方でした。だから、争いのない事実は、そのまま判決の基礎になり、証拠調べも不要になります。179条です。裁判上の自白とは、近い関係にあります。裁判上の自白は、多数の事実の中から、争いのある部分とない部分をふるい分け、争点を整理する機能を持っています。争点整理の場面でも、この機能が生きてきます。

冒頭事案回収のフロー(冒頭の10分の期日は五月雨式審理そのものだった・現行法はそれを打ち破るために争点整理手続を作った・当事者は書面を準備しときに直接照会し合い裁判所は争点整理の中で事件を前に進める) 図:冒頭事案回収のフロー

では、冒頭の場面に戻りましょう。あの10分で終わる法廷、次の期日は2か月先、という光景。あれは、まさに五月雨式審理そのものでした。現行法は、この五月雨式審理を打ち破るために、争点整理手続を作ったのです。裁判は、何もしていなかったわけではありません。期日と期日のあいだで、当事者は書面を準備し、ときに直接照会し合い、そして裁判所は、争点を整理する手続の中で、事件を前に進めていたのです。

今日の地図(保存版)

今日の全体像の板(準備書面=陳述して初めて訴訟資料化・在廷していない相手には161条3項の3類型に当たる準備書面の記載事実しか主張できない/当事者照会=裁判所を介さない直接のやりとりで強制力は無いが訴訟費用63条と弁論の全趣旨247条で間接的に効く/争点整理手続=旧準備手続と弁論兼和解の2つの失敗を経て裁判所と当事者が協働する制度として誕生) 図:今日の全体像の板

  • 準備書面=陳述して初めて訴訟資料化・在廷していない相手には161条3項の3類型に当たる準備書面の記載事実しか主張できない
  • 当事者照会=裁判所を介さない直接のやりとりで強制力は無いが訴訟費用63条と弁論の全趣旨247条で間接的に効く
  • 争点整理手続=旧準備手続と弁論兼和解の2つの失敗を経て裁判所と当事者が協働する制度として誕生

今日は、期日の外側で何が起きているかを見てきました。準備書面は、書いて出しただけでは訴訟資料にならず、口頭弁論で陳述して初めて資料になります。逆に、相手方が在廷していないときは、送達や受領書などで届いたことが確認できる準備書面に書いてあることしか、主張できません。そして当事者照会は、裁判所を介さない、当事者どうしの直接のやりとりで、回答を強制する手段がない、という弱さを持ちながらも、訴訟費用や弁論の全趣旨という形で、間接的に効いてくる制度でした。準備の道具だけでは足りなくて、争点整理手続が生まれた、という歴史も、印象的でした。旧法の準備手続は、条文はあったけれど失権効が強すぎて使われず、弁論兼和解は、使われたけれど条文の根拠がありませんでした。この2つの失敗を踏まえて、現行法は、裁判所と当事者が正面から協働する、争点整理手続という答えを用意しました。では、その争点整理手続とは、具体的に何をする手続なのか。実は、そのための部屋が、3つ用意されています。

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#48単独ページ動画

争点整理の3つの手続

第2章 訴訟の審理 ㊽/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

法服を着ない裁判官

冒頭事案の関係図(A原告代理人が案内された小さな会議室・丸机の向こうに背広姿の裁判官・書記官の姿は無い・相手方代理人と3人だけ) 図:冒頭事案の関係図

前回、期日の外側で何が起きているかを見て、最後にこう言いました。争点整理手続には、実は部屋が3つある、と。今日は、その3つの部屋の中に、実際に入ってみます。弁護士になって3年目のある日、と想像してください。今日は初めての、弁論準備手続という期日です。案内された部屋は、法廷ではありませんでした。丸い机の向こうに座っていたのは、法服を着た裁判官ではなく、背広姿の裁判官です。書記官の姿もありません。相手方の代理人と、3人だけの、小さな会議室のような部屋でした。法廷じゃないんですか。それで、裁判の手続として成り立つんですか。そこが、今日の出発点です。ここは法廷ではないのに、なぜここで証拠のやり取りができるのか。答えを先に言うと、争点整理には部屋が3つあって、そのうち2つは法廷ではないからです。今日は、3つの部屋を、誰が入れるか・誰が来るか・何ができるかの3点で見分けます。

弁論準備手続——期日の指定

弁論準備手続の定義と開始の板(定義=争点と証拠を整理するため裁判所が口頭弁論とは別に開く特別な期日・利害関係人が自由かつ率直に協議し事案を解明することに適する・開始=裁判所が当事者の意見を聴いたうえで事件を付する決定168条・前回の弁論兼和解という運用を条文の制度として正式に採り入れたものともいえる) 図:弁論準備手続の定義と開始の板

弁論準備手続とは、争点と証拠を整理するために、裁判所が口頭弁論とは別に開く、特別な期日のことです。法廷という堅い場ではなく、当事者双方が自由に、率直に話し合いながら、事案を解明していくのに向いています。弁論兼和解は、条文の根拠が無いまま実務が編み出した運用でした。弁論準備手続は、あの条文に基づかなかった運用を、条文の制度として正式に採り入れたものだといえます。だからこそ、実務での利用割合が、いちばん高いのです。

条文民事訴訟法168条

民事訴訟法168条(弁論準備手続に付する決定) 裁判所は、争点及び証拠の整理を行うため必要があると認めるときは、当事者の意見を聴いて、事件を弁論準備手続に付することができる。

裁判所が、争点や証拠の整理のために必要だと認めたときに、当事者の意見を聴いたうえで、決定でこの手続に付します。当事者の意見を聴く、という一言が入っていることを、覚えておいてください。この後、他の手続と比べるときに効いてきます。

期日の指定と公開性の板(169条1項=原告と被告の双方が出席できる期日を指定・169条2項=一般には公開されないが裁判所は相当と認める者に傍聴を許すことができ当事者が申し出た者は支障を生ずるおそれがある場合を除き傍聴を許さなければならない=裁量公開・関係者公開) 図:期日の指定と公開性の板

期日の中身に入ります。まず、弁論準備手続の期日には、原告と被告の双方が出席できる日を指定しなければなりません。どちらか片方だけを呼び出して進める、ということは許されません。そして、ここが今日いちばんの注意どころです。弁論準備手続は、一般には公開されません。ですが、完全に非公開というわけではないのです。

条文民事訴訟法169条1項2項

民事訴訟法169条1項2項(弁論準備手続の期日・傍聴) 弁論準備手続は、当事者双方が立ち会うことができる期日において行う。 2 裁判所は、相当と認める者の傍聴を許すことができる。ただし、当事者が申し出た者については、手続を行うのに支障を生ずるおそれがあると認める場合を除き、その傍聴を許さなければならない。

2項を見てください。裁判所は、相当と認める者に傍聴を許すことができます。これがまず1つ目、裁判所の裁量による公開です。そのうえで、ただし書があります。当事者が申し出た者については、手続を行うのに支障を生ずるおそれがあると認める場合を除いて、傍聴を許さなければならない、とされています。169条2項本文の「許すことができる」と、ただし書の「許さなければならない」の書き分けが核心です。裁判所が自分の判断で許す場合と、当事者が申し出た者について原則として許さなければならない場合との、2段構えになっています。後者を、関係者公開と呼びます。だから、弁論準備手続を、完全非公開だと覚えると、短答で誤答します。原則は非公開でも、裁量公開と関係者公開の扉が、開いているのです。なぜ扉を残したのか。前回見た弁論兼和解には、非公開の場で実質的な弁論がされ、そこで裁判官が心証を作ってしまう、という批判がありました。その批判に応えて、当事者が申し出た者は原則として入れる、としたのです。

あの場面では、誰も傍聴を申し出ていなかっただけです。申し出れば、原則として入れます。ここを、はっきり区別してください。

弁論準備手続でできること

できることの板(準備書面の提出を求め期間を定める170条1項5項・証拠の申出に関する裁判その他期日外の裁判・文書と電磁的記録の証拠調べ・調査嘱託等の結果の提示=170条2項・訴訟指揮権釈明権弁論の制限分離併合再開通訳人弁論能力を欠く者への措置=170条5項準用・適時提出主義時機に後れた却下陳述擬制自白の擬制も準用) 図:できることの板

次に、弁論準備手続の中で、何ができるのかを見ていきます。条文を見ましょう。

条文民事訴訟法170条1項

民事訴訟法170条1項(準備書面の提出) 裁判所は、当事者に準備書面を提出させることができる。

まず1項です。裁判所は、当事者に準備書面を提出させることができます。前回見た、あの準備書面です。続いて2項です。少し長いので、2つに分けて見ます。まず前半です。

条文民事訴訟法170条2項

民事訴訟法170条2項前段(証拠の申出に関する裁判・証拠調べ) 裁判所は、弁論準備手続の期日において、証拠の申出に関する裁判その他の口頭弁論の期日外においてすることができる裁判、文書(第二百三十一条に規定する物件を含む。)の証拠調べ、第二百三十一条の二第一項に規定する電磁的記録に記録された情報の内容に係る証拠調べ

弁論準備手続の期日では、証拠の申出に関する裁判や、その他、口頭弁論の期日の外でできる裁判をすることができます。そして、文書の証拠調べ、電磁的記録に記録された情報の内容についての証拠調べも、この期日の中でできます。書証、つまり文書を証拠として取り調べることと、電磁的記録の証拠調べは、弁論準備手続の中でできます。後半も見ておきましょう。

条文民事訴訟法170条2項

民事訴訟法170条2項後段(調査嘱託等の結果の提示) 並びに第百八十六条第二項、第二百五条第三項(第二百七十八条第二項において準用する場合を含む。)、第二百十五条第四項(第二百七十八条第二項において準用する場合を含む。)及び第二百十八条第三項の提示をすることができる。

後半は、少し専門的です。調査の嘱託の結果や、尋問調書、鑑定書、送付を受けた文書などを、その場で提示することができる、という内容です。細かな条文番号までは、ここでは覚えなくて構いません。証拠の申出についての裁判と、証拠調べそのものが、この期日でできる、という骨格だけ押さえておいてください。ここは、この後見る受命裁判官の話にも、そのままつながります。

準用規定の板(170条5項が準用する規定=訴訟指揮権148条・期日内外の釈明権149条から151条・弁論の制限分離併合再開152条153条・通訳人154条・弁論能力を欠く者への措置155条・適時提出主義156条・時機に後れた却下157条・陳述擬制158条・自白の擬制159条=いずれも口頭弁論の規定を弁論準備手続に及ぼす) 図:準用規定の板

さらに、170条5項が、口頭弁論に関する多くの規定を、弁論準備手続にも準用しています。訴訟指揮権、釈明権、弁論の制限や分離、通訳人、弁論能力を欠く者への措置、そして、以前見た適時提出主義や、時機に後れた攻撃防御方法の却下、出頭しなくても書面の内容を陳述したことにする陳述擬制、争わなかった事実を自白したとみなす自白の擬制まで、幅広く準用されます。主張や証拠は出せる時に出す、遅れて出したものは却下されることがある——あの2つの規律も、この部屋に及びます。証拠調べの範囲を除けば、かなり近いです。ただし、証拠の取調べは、文書と電磁的記録に限られます。証人尋問や、当事者本人の尋問は、原則として口頭弁論に戻ってから行います。ここは、この後の比較板で、もう一度きちんと確認します。

ここで、冒頭の問いに戻れますか。戻れます。法廷ではないあの部屋で、なぜ証拠のやり取りができたのか。答えは単純です。文書や電磁的記録の証拠調べを、非公開の弁論準備手続でもできると、170条2項が明文で認めているからです。だから、法服も書記官もいない、あの小さな会議室でも、契約書のやり取りが手続として成り立っていたのです。

令和4年IT化改正とウェブ会議

ウェブ会議の板(170条3項=裁判所及び当事者双方が音声の送受信により同時に通話をすることができる方法・映像は要件でない・87条の2の口頭弁論のウェブ会議は映像と音声・改正前は遠隔地居住が例示され一方当事者の出頭要件があったが令和4年IT化改正で両方削除・改正法は2026年5月21日全面施行済み) 図:ウェブ会議の板

もう1つ、令和4年のIT化改正で変わった点があります。この改正は、すでに全面施行されていて、今の実務は、この新しい条文のもとで動いています。

条文民事訴訟法170条3項

民事訴訟法170条3項(音声の送受信による方法) 裁判所は、相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判所及び当事者双方が音声の送受信により同時に通話をすることができる方法によって、弁論準備手続の期日における手続を行うことができる。

映像が要るのかどうかは、条文の文言を確かめておく値打ちがあります。170条3項が求めているのは、音声の送受信だけです。映像は要件ではありません。裁判所と当事者双方が、電話会議のような形で、同時に通話できれば足ります。別のところにあります。以前見た、口頭弁論そのもののウェブ会議、87条の2は、映像と音声の両方を求めています。弁論準備手続の170条3項は、音声だけで足りる。同じウェブ会議でも、条文が求める中身が違うのです。口頭弁論は、公開の法廷で、裁判所が当事者の様子まで直接見て心証を作る場だから、映像が要ります。弁論準備手続は、争点と証拠を整理する場だから、意思疎通ができる音声で足ります。

カメラ越しに顔を見ながら行うことも実際には多くありますが、それは条文が求める最低限を超えた運用です。条文上の要件としては、音声で足りることを押さえておいてください。改正前は、遠隔の地に居住しているといった例示がついていましたが、この例示は削除されました。そして、改正前にあった、一方の当事者は現実に出頭していなければならないという要件も、削除されています。裁判所が相当と認め、当事者の意見を聴けば、双方とも出頭せずに、この方法で期日を行うことができます。改正前は、代理人のどちらか一方が、必ずあの会議室に座っていなければなりませんでした。今は、双方とも事務所から電話でつないだまま、期日を開けます。

受命裁判官——できることとできないこと

受命裁判官①——原則の除外の板(171条1項=裁判所は受命裁判官に弁論準備手続を行わせることができる・171条2項=170条2項の裁判を除き裁判所裁判長の職務を受命裁判官が行う・150条の異議と157条の2の却下は受訴裁判所に留保) 図:受命裁判官①——原則の除外の板

弁論準備手続は、裁判所が自分自身で行うこともできますが、実務では、その裁判所を構成する裁判官の1人に行わせることが多くなっています。この裁判官を、受命裁判官と呼びます。合議体のメンバーの1人が、一定の事項の処理を任された場合の呼び名でしたね。今日は、その受命裁判官が、弁論準備手続で何をどこまでできるかを見ていきます。

条文民事訴訟法171条1項2項

民事訴訟法171条1項2項(受命裁判官・その権限の限界) 裁判所は、受命裁判官に弁論準備手続を行わせることができる。 2 弁論準備手続を受命裁判官が行う場合には、前二条の規定による裁判所及び裁判長の職務(前条第二項に規定する裁判を除く。)は、その裁判官が行う。ただし、同条第五項において準用する第百五十条の規定による異議についての裁判及び同項において準用する第百五十七条の二の規定による却下についての裁判は、受訴裁判所がする。

受命裁判官が弁論準備手続を行う場合、条文は、もとの裁判所や裁判長がしていた職務を、その裁判官が行う、という形で定めています。ただし、そこには2つの限定がついています。2つ、ですか。まず、括弧書きです。前条、つまり170条2項に定められている裁判は、受命裁判官の職務から除かれています。証拠の申出に関する裁判、そしてそれに続く一連の裁判は、170条2項に定められた裁判所の職務です。この職務は、括弧書きによって、受命裁判官が行う職務から、最初から除外されています。だから、証拠の申出に関する裁判は、受命裁判官にはできません。

もう1つの限定は、171条2項のただし書です。150条の規定による異議についての裁判、そして157条の2の規定による却下についての裁判、この2つは、受訴裁判所——その事件を担当している裁判所そのもの——がする、と定められています。釈明に対する異議と、審理計画、つまり争点整理や尋問の期間をあらかじめ定める計画がある場合の却下です。この2つも、受命裁判官の手を離れます。

受命裁判官②——例外で戻すものの板(171条3項=調査の嘱託鑑定の嘱託書証の申出電磁的記録の証拠調べの申出送付の嘱託についての裁判は受命裁判官ができる・構造=原則は170条2項で除外し例外として3項が名指しした項目だけ受命裁判官に戻す) 図:受命裁判官②——例外で戻すものの板

条文民事訴訟法171条3項

民事訴訟法171条3項(受命裁判官ができること) 弁論準備手続を行う受命裁判官は、第百八十六条第一項の規定による調査の嘱託、鑑定の嘱託、文書(第二百三十一条に規定する物件を含む。)を提出してする書証の申出及び電磁的記録を提出してする証拠調べの申出並びに文書(第二百二十九条第二項及び第二百三十一条に規定する物件を含む。)及び電磁的記録の送付の嘱託についての裁判をすることができる。

3項は、逆に、受命裁判官が積極的にできることを並べています。調査の嘱託、鑑定の嘱託、書証の申出についての裁判、電磁的記録の証拠調べの申出についての裁判、そして文書や電磁的記録の送付の嘱託についての裁判です。さっき、証拠の申出に関する裁判はできない、と聞きました。でも今、書証の申出についての裁判はできる、と言われました。矛盾していませんか?ここが、今日いちばん混同しやすい場所です。2項が定める「証拠の申出に関する裁判」には、たとえば、相手方が出してきた契約書を証拠として採用するかどうかの裁判も、証人を尋問するかどうかの裁判も、まとめて含まれます。170条2項の裁判は、このひとまとまりとして、受命裁判官の手から離れます。3項は、その中から、書証についての申出の裁判、電磁的記録についての申出の裁判、そして調査・鑑定・送付の嘱託についての裁判という、特定の項目だけを名指しして、あらためて受命裁判官に戻しています。

原則は2項で除外、例外として3項が名指しした項目だけを積極的に戻す。この原則と例外の構造を、覚えておいてください。契約書や電磁的記録についての申出は戻ってきますが、証人尋問についての申出は、3項に名指しされていないので、もとの裁判所に残ったままです。2項の括弧書きが除いているのは、170条2項の「裁判」です。文書の証拠調べそのものは、そこから除かれていません。だから、背広の裁判官は、相手方が出した契約書をその場で取り調べることはできます。ですが、証人を呼んで尋ねましょう、という裁判はできません。そこだけは、もとの裁判所に持ち帰ります。

準備的口頭弁論——唯一の公開の部屋

準備的口頭弁論の板(定義=争点整理手続のメニューのうち口頭弁論という形式で行うもの・社会的関心の高い事件など公開の法廷での争点整理が相当な事件類型に適する・3手続のうちこれだけが公開の法廷で行われる・一般の口頭弁論の規定がすべて適用され証拠調べに制限が無い) 図:準備的口頭弁論の板

ここで、2つ目の部屋に移ります。準備的口頭弁論です。「準備」という名前から非公開だと思い込むのが、今日2つ目の大きな罠です。準備的口頭弁論は、名前に「準備」とついていますが、口頭弁論そのものです。そして、口頭弁論は、公開の法廷で行うのが原則でした。つまり、3つの部屋のうち、公開の法廷で行われるのは、この準備的口頭弁論だけです。名前の響きに引きずられないでください。準備的口頭弁論は、社会的な関心が高い事件など、公開の法廷でこそ争点整理をするのがふさわしい事件類型に向いています。傍聴席が埋まった法廷で、争点の整理そのものを、公開の場で行う、という光景をイメージしてください。

条文民事訴訟法164条

民事訴訟法164条(準備的口頭弁論) 裁判所は、争点及び証拠の整理を行うため必要があると認めるときは、この款に定めるところにより、準備的口頭弁論を行うことができる。

条文を見てください。ここには、当事者の意見を聴いて、という言葉がありません。弁論準備手続の168条には、当事者の意見を聴いて、と書いてありましたね。準備的口頭弁論を開始するときは、当事者の意見聴取が要件になっていません。裁判所が必要だと認めれば、開始できます。そのうえで、開始する決定はして、当事者にその旨を明示します。ただ、あらかじめ意見を聴く手続までは、条文上求められていないのです。そして、準備的口頭弁論は口頭弁論そのものなので、一般の口頭弁論や準備書面についての規定が、すべて適用されます。弁論準備手続では証拠調べが文書と電磁的記録に限られていましたが、準備的口頭弁論には、そうした制限がありません。証人尋問も、当事者尋問も、その場でできます。

そして、そこで顕出された資料は、当然に訴訟資料になります。口頭弁論そのものだからです。今日は、性質の違いを押さえておくだけで十分です。

書面による準備手続——出頭すらしない部屋

書面による準備手続の板(定義=当事者が裁判所に出向かず書面のやり取りだけで争点及び証拠の整理をする手続175条かっこ書・開始=裁判所が相当と認めるとき当事者の意見を聴いて決定で付す・改正前にあった遠隔地居住の例示も削除された) 図:書面による準備手続の板

3つ目の部屋です。書面による準備手続。この手続の最大の特徴は、名前のとおりです。出頭しないんですか?出頭しません。当事者は裁判所に足を運ばず、書面のやり取りだけで、争点と証拠を整理していく手続です。あの会議室には、誰も行きません。裁判所と双方の代理人が、それぞれの事務所から電話でつながって、争点を詰めていきます。この通話の根拠は、この後すぐに見る176条です。書面による準備手続では、契約書をその場で取り調べることはできません。この部屋でできるのは、準備書面のやり取りと協議までです。契約書を取り調べたいなら、弁論準備手続に切り替えることになります。

条文民事訴訟法175条

民事訴訟法175条(書面による準備手続) 裁判所は、相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、事件を書面による準備手続(当事者の出頭なしに準備書面の提出等により争点及び証拠の整理をする手続をいう。以下同じ。)に付することができる。

開始の要件は、裁判所が相当と認めるとき、当事者の意見を聴いて決定で付す、という形です。ここは、弁論準備手続の168条と同じく、意見聴取が要ります。準備的口頭弁論だけが、意見聴取が不要だったことを、思い出してください。意見聴取が要るのは弁論準備手続と書面による準備手続の2つで、準備的口頭弁論だけが不要です。もう1つ、改正で変わった点があります。改正前の175条には、遠隔の地に居住しているといった例示がありましたが、この例示も削除されました。弁論準備手続のウェブ会議のところで見たのと、同じ削除です。

176条の板(1項=準備書面の提出期間を裁判長が定める162条1項準用・2項=裁判所及び当事者双方が音声の送受信により同時に通話をすることができる方法で争点及び証拠の整理に関する事項等を協議・主語は裁判所・協議の結果を裁判所書記官に記録させることができる) 図:176条の板

続いて176条です。1項は、準備書面の提出期間を、裁判長が定めなければならない、という規定です。

条文民事訴訟法176条1項

民事訴訟法176条1項(準備書面の提出期間) 裁判長は、書面による準備手続を行う場合には、第百六十二条第一項に規定する期間を定めなければならない。

2項をよく見てください。主語が変わっています。

条文民事訴訟法176条2項

民事訴訟法176条2項(ウェブ会議による協議) 裁判所は、書面による準備手続を行う場合において、必要があると認めるときは、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判所及び当事者双方が音声の送受信により同時に通話をすることができる方法によって、争点及び証拠の整理に関する事項その他口頭弁論の準備のため必要な事項について、当事者双方と協議をすることができる。この場合においては、協議の結果を裁判所書記官に記録させることができる。

2項の主語は、裁判長ではなく、裁判所です。期間を定めるのは裁判長、ウェブ会議で協議をするのは裁判所。条文が意図して書き分けています。そして、ここで求められているのも、音声の送受信です。170条3項の弁論準備手続と、同じ型です。映像は、どちらにも要件として書かれていません。協議をしたときは、その結果を裁判所書記官に記録させることもできます。ここは、170条3項のところで見た87条の2との対比を、そのまま持ってきて構いません。口頭弁論のほうだけが、映像も求めています。

176条の2の板(受命裁判官に書面による準備手続を行わせることができる・171条2項と同じ型=前条の職務を受命裁判官が行う・150条の異議についての裁判だけは受訴裁判所) 図:176条の2の板

続いて176条の2です。今回の改正で、新しくできた条文です。

条文民事訴訟法176条の2

民事訴訟法176条の2(受命裁判官による書面による準備手続) 裁判所は、受命裁判官に書面による準備手続を行わせることができる。 2 書面による準備手続を受命裁判官が行う場合には、前条の規定による裁判所及び裁判長の職務は、その裁判官が行う。ただし、同条第三項において準用する第百五十条の規定による異議についての裁判は、受訴裁判所がする。

書面による準備手続についても、受命裁判官に行わせることができるようになりました。中身も、さきほど見た171条2項と、よく似た形をしています。書面による準備手続を受命裁判官が行うときは、もとの裁判所や裁判長がしていた職務を、その裁判官が行います。ただし、150条の異議についての裁判だけは、受訴裁判所がします。並べてみると、覚えやすくなります。受命裁判官には、原則としてもとの職務を任せるが、異議の裁判だけは、もとの裁判所に残す。この型が、弁論準備手続にも、書面による準備手続にも、共通しています。実は、便利さだけの話ではありませんでした。改正前の弁論準備手続には、一方の当事者は現実に出頭しなければならない、という要件がありました。さきほど見たとおり、これは今回の改正で削除された要件です。改正前は、双方とも出頭せずにウェブ会議で争点整理をしたいときでも、弁論準備手続ではそれができませんでした。

双方が出頭しないままウェブ会議で争点整理をする迂回路として、書面による準備手続が活用されていました。そして今回の改正で、弁論準備手続そのものが、双方不出頭のウェブ会議に対応しました。この迂回路を通る必要は、薄れたのです。とはいえ、この手続がまるごと不要になったわけではありません。最初から、当事者双方が出頭しないと決めて進めたい事案では、今でも書面による準備手続を選ぶ意味があります。誰が入れるかは問題にならず、誰も来ず、できるのは書面のやり取りと協議まで。3つの部屋のうち、いちばん軸の振れ幅が大きいのが、この手続です。

では、非公開はどちらか

一問一答の板(問い=3つの部屋のうち非公開で行われるのはどれか・公開されるのはどれか・答え合わせは次の比較板で) 図:一問一答の板

ここで、3つの部屋を紹介し終えました。1つ、確認します。非公開で行われるのは、どの手続でしたか。公開されるのは、どれでしたか。ええと、弁論準備手続は原則非公開だけど裁量公開と関係者公開がある。準備的口頭弁論は公開。書面による準備手続は、そもそも出頭しないから、公開かどうかという話自体が出てこない。今、答えたことを、1枚の表にまとめます。

3手続の比較板

3手続の比較表(縦軸=公開性・当事者の出頭・できること・意見聴取の要否/横軸=弁論準備手続・準備的口頭弁論・書面による準備手続/弁論準備手続=原則非公開で裁量公開関係者公開あり・双方立会いの期日・証拠の申出に関する裁判と書証電磁的記録の証拠調べ・意見聴取が要る/準備的口頭弁論=公開の法廷・口頭弁論そのものなので出頭が前提・証拠調べに制限なし・意見聴取は不要/書面による準備手続=出頭が無いため公開性は問題にならない・出頭なし・準備書面の提出等に限る・意見聴取が要る) 図:3手続の比較表

  • 縦軸=公開性・当事者の出頭・できること・意見聴取の要否
  • 横軸=弁論準備手続・準備的口頭弁論・書面による準備手続
  • 弁論準備手続=原則非公開で裁量公開関係者公開あり・双方立会いの期日・証拠の申出に関する裁判と書証電磁的記録の証拠調べ・意見聴取が要る
  • 準備的口頭弁論=公開の法廷・口頭弁論そのものなので出頭が前提・証拠調べに制限なし・意見聴取は不要
  • 書面による準備手続=出頭が無いため公開性は問題にならない・出頭なし・準備書面の提出等に限る・意見聴取が要る

4つの軸で並べます。1つ目、公開性。弁論準備手続は、原則非公開ですが、裁量公開と関係者公開があります。準備的口頭弁論は、公開の法廷です。書面による準備手続は、そもそも出頭がありませんから、公開性という問いそのものが立ちません。弁論準備手続は、原告と被告の双方が出席できる期日です。準備的口頭弁論は、口頭弁論そのものですから、出頭が前提になります。書面による準備手続は、出頭なし。ここが、いちばんはっきりした違いです。弁論準備手続は、証拠の申出に関する裁判や、文書と電磁的記録の証拠調べができますが、それ以上の証拠調べには制限があります。準備的口頭弁論は、口頭弁論そのものなので、証拠調べに制限がありません。書面による準備手続は、準備書面の提出などに限られます。

弁論準備手続と書面による準備手続は、開始のときに当事者の意見を聴くことが条文上の要件です。準備的口頭弁論だけ、その要件がありません。弁論準備手続は、口頭弁論ではなく、特別な期日です。法廷で開く必要が無いので、法服は要りません。書記官がいなかったのは、条文が求めているからではなく、あくまで運用の一場面です。そこまで見えていれば、今日の目的は達成です。もし、あの部屋が公開の法廷だったら、準備的口頭弁論だったはずです。もし、そもそも部屋に誰も行かず、電話越しに話していたら、書面による準備手続だったはずです。同じ争点整理でも、選ぶ手続によって、まったく違う場面になります。

今日の地図(保存版)

今日の全体像の板(弁論準備手続=原則非公開だが裁量公開関係者公開あり・証拠の申出に関する裁判は170条2項の職務として受命裁判官から除かれるが書証と電磁的記録の証拠調べの申出等は171条3項で受命裁判官に戻される/準備的口頭弁論=唯一公開の法廷・証拠調べに制限なし・意見聴取不要/書面による準備手続=出頭なし・改正で受命裁判官176条の2が新設) 図:今日の全体像の板

  • 弁論準備手続=原則非公開だが裁量公開関係者公開あり・証拠の申出に関する裁判は170条2項の職務として受命裁判官から除かれるが書証と電磁的記録の証拠調べの申出等は171条3項で受命裁判官に戻される
  • 準備的口頭弁論=唯一公開の法廷・証拠調べに制限なし・意見聴取不要
  • 書面による準備手続=出頭なし・改正で受命裁判官176条の2が新設

今日は、争点整理の3つの部屋を見てきました。弁論準備手続は、原則非公開ですが、完全非公開ではありません。証拠の申出に関する裁判は、原則として受命裁判官の職務から除かれていますが、書証や電磁的記録の証拠調べの申出についての裁判、調査や鑑定、送付の嘱託についての裁判は、171条3項によって、あらためて受命裁判官に戻されています。準備的口頭弁論は、3つの中で唯一、公開の法廷で行われる手続でした。証拠調べに制限が無く、当事者の意見聴取も不要です。書面による準備手続は、当事者が出頭しないまま、書面とウェブ会議で争点を整理する手続でした。

3つとも同じ争点整理なのに、公開性も、出頭のしかたも、できることも、それぞれ違う。今日の比較表が、いちばんの収穫でした。ですが、まだ1つ、大事な問いが残っています。この3つの部屋のどれかで争点と証拠を整理し終えたら、その整理の結果は、どうなるのでしょうか。終わりではありません。整理された争点を、あらためて確認し、その結果を、もとの手続にどう橋渡しするか。そこにも、条文が用意した仕組みがあります。

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#49単独ページ動画

争点整理後も失権しない理由

第2章 訴訟の審理 ㊾/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

終わったはずなのに

冒頭事案の関係図(弁論準備手続が終結し口頭弁論期日に戻った法廷・A原告代理人とB被告代理人が着席・B被告代理人が終結前には一度も出していなかった新しい抗弁をその場で持ち出す) 図:冒頭事案の関係図

前回、争点整理の3つの部屋を見終えたところで、こう言いました。整理が終わったら、その結果はどうなるのか。そこにも条文が用意した仕組みがある、と。まず、ある場面を見てください。弁論準備手続が終結して、事件は口頭弁論の期日に戻ってきました。ところが、被告の代理人Bは、終結前には一度も出していなかった新しい抗弁を、その口頭弁論の期日で、いきなり持ち出しました。争点整理はもう終わったはずですよね。今さら新しい主張を出して、それは通るんですか。そこが、今日の出発点です。整理が終わったはずなのに、なぜ今、新しい主張が出てくるのか。結論から言うと、今の法律には失権効がありません。かといって、出し放題でもありません。なぜそうなるのか、そのからくりは、今日の後半でじっくり見ていきます。今日はまず、整理が終わったあとに何が起きるのかを、順番に見ていきます。

証明すべき事実を確認する

争点の確認の板(準備的口頭弁論と弁論準備手続=終了終結に際してその場で証明すべき事実を確認165条1項・170条5項準用・裁判長は争点証拠整理の結果を要約した書面を提出させられる165条2項・書面による準備手続だけは終結時点ではまだ確認できず終結後の口頭弁論期日で確認177条) 図:争点の確認の板

まず、1つ目の問いからです。争点整理の手続を終えるとき、裁判所は、その後の証拠調べで何を証明すべきかを、当事者との間で確認します。条文を見てください。

条文民事訴訟法165条1項2項

民事訴訟法165条1項2項(証明すべき事実の確認・要約書面) 裁判所は、準備的口頭弁論を終了するに当たり、その後の証拠調べにより証明すべき事実を当事者との間で確認するものとする。 2 裁判長は、相当と認めるときは、準備的口頭弁論を終了するに当たり、当事者に準備的口頭弁論における争点及び証拠の整理の結果を要約した書面を提出させることができる。

1項が定めているのは、準備的口頭弁論を終了する、まさにそのときに、その後の証拠調べで証明すべき事実を確認する、という規律です。前回見た170条5項は、口頭弁論の規定を弁論準備手続に及ぼす準用規定でしたね。その170条5項によって、この規律は弁論準備手続にも準用されます。だから、準備的口頭弁論を終了するときも、弁論準備手続を終結するときも、その場で証明すべき事実を確認する、という点は共通しています。裁判長が必要だと判断したときに、争点と証拠を整理した結果をまとめた書面を、当事者に提出させることができる、という規定です。口頭で確認するだけでなく、書面でも残せるようにしてあるわけです。

書面による準備手続も、同じように、終結のその場で確認するんですか。ここが、今日いちばん最初の落とし穴です。書面による準備手続だけは、違います。

条文民事訴訟法177条

民事訴訟法177条(書面による準備手続の終結後の確認) 裁判所は、書面による準備手続の終結後の口頭弁論の期日において、その後の証拠調べによって証明すべき事実を当事者との間で確認するものとする。

書面による準備手続は、そもそも当事者が出頭しません。前回見たとおり、電話でつながって、書面でやり取りをする手続でした。終結のその場で、当事者と対面して事実を確認する、という行為自体が成り立ちません。だから、177条は、終結したあとの、次の口頭弁論の期日で確認する、という形にしています。165条1項の「終了するに当たり」という言葉と、177条の「終結後の口頭弁論の期日において」という言葉の違いに、注目してください。ここを同じ話だと思い込むと、短答で足をすくわれます。冒頭の事件も、弁論準備手続でしたから、終結するその場で、裁判所とA・B双方との間で、何を証明すべきかが確認されていたことになります。

この後の証拠調べ、集中証拠調べと呼ばれる手続では、文書の取調べは争点整理の段階でほぼ済んでいるのが通例で、証人や当事者本人への尋問が中心になります。何を聞くのかを絞り込むには、証明すべき事実、つまり立証のテーマを、先にはっきりさせておく必要があります。だからこそ、確認して、電子調書に記録させておくのです。裁判所書記官に記録させる規律は、民事訴訟規則の86条1項と90条にあります。書面による準備手続の場合は、規則93条が同じ役割を果たします。

手続の結果を陳述する

手続結果の陳述の板(弁論準備手続の終結後は当事者が口頭弁論で弁論準備手続の結果を陳述しなければならない173条・理由=非公開が原則の弁論準備手続で顕出された資料を訴訟資料にするには口頭で述べたことだけが判決の材料になるという原則と公開の法廷で行うという原則の枠内に収める必要があり受命裁判官が実施した場合は立ち会った裁判官だけが判決を書くという直接主義も満たす必要がある・準備的口頭弁論は口頭弁論そのものなので顕出資料が当然に訴訟資料になり陳述は不要) 図:手続結果の陳述の板

2つ目の問いです。弁論準備手続が終結すると、事件は口頭弁論に戻ります。そこで、もう1つ、やらなければならない作業があります。

条文民事訴訟法173条

民事訴訟法173条(手続結果の陳述) 当事者は、口頭弁論において、弁論準備手続の結果を陳述しなければならない。

当事者は、口頭弁論の期日で、弁論準備手続の結果を陳述しなければなりません。これを、手続結果の陳述と呼びます。弁論準備手続でやり取りした内容をもう一度口頭弁論で述べ直すのには、理由があります。前回見たとおり、弁論準備手続は、原則として非公開の期日でした。非公開の場で出てきた資料を、そのまま判決の基礎にできる訴訟資料として扱ってよいかというと、それは別の問題です。口頭弁論は、当事者が口頭で述べたことだけを判決の材料にできるのが原則で、しかも公開の法廷で行われなければなりません。非公開の場で出た資料を訴訟資料にするなら、この2つの原則の枠内に収める必要があります。だから、あらためて公開の口頭弁論の場で、当事者自身の口から、弁論準備手続の結果を陳述させるのです。冒頭の事件でいえば、非公開の場でAとBが詰めた争点や書証は、口頭弁論の期日で当事者が陳述して、はじめて判決の基礎になります。

さらにもう1つ、加わるものがあります。受命裁判官というのは、合議体のメンバーの1人が、一定の事件処理を任されたときの呼び名でした。弁論準備手続を受命裁判官がおこなった場合、その裁判官は、その事件を担当する裁判所そのものではありません。受命裁判官が手続をしていたなら、判決をする裁判所自身はその場にいなかったことになりますから、判決の基礎となる弁論と証拠調べに立ち会った裁判官だけが判決を書けるという直接主義の原則も、あわせて満たしていなければなりません。手続結果の陳述は、この直接主義の原則も同時に満たす役割を持っています。

準備的口頭弁論のほうは、どうですか。ここが、今日2つ目の大きな罠です。準備的口頭弁論は、名前のとおり口頭弁論そのものです。公開の法廷で、当事者本人が直接、主張し立証する場です。そこで顕出された資料は、その場ですでに口頭主義、公開主義、直接主義のすべてを満たしています。だから、あらためて陳述するという橋渡しの作業は要りません。顕出された資料は、当然に訴訟資料になります。3つの手続のうち、この陳述という橋渡しが必要なのは、弁論準備手続だけです。書面による準備手続には、手続結果の陳述にあたる規定はありません。さっき見た177条の確認か、要約書面の陳述で代わりを果たします。陳述する中身についても指針があって、証明すべき事実を明らかにしながら行うことが、民事訴訟規則89条に定められています。

終わったあとに新しい主張は出せるか——#2-9の答え合わせ

終結後の3段階フロー板(①証明すべき事実の確認165条177条②手続結果の陳述173条③終結後の新しい主張の扱いは失権効なしただし相手方の求めがあれば説明義務167条174条178条・#2-9で見た旧法の準備手続は失権効が強すぎて失敗した) 図:終結後の3段階フロー板

ここまでの2つは、手続を閉じるための後始末でした。義務として、確認し、陳述する。3つ目の問いは、性質が逆になります。手続を閉じたあとの、自由と制約の話です。整理が終わったあとに、それまで出していなかった新しい攻撃防御方法、つまり新しい主張や証拠を出したら、その主張は却下されるのか。冒頭で先に言った結論を、ここから条文で確かめていきます。特には妨げられません。準備的口頭弁論の終了後、または弁論準備手続の終結後に、新しい主張を出すこと自体は、原則として認められています。ここで、少し思い出してください。旧い民事訴訟法にあった準備手続という制度は、なぜ失敗したと学びましたか?

たしか、失権効が強すぎたから、でしたね。準備手続で言い忘れると、あとから口頭弁論で主張できなくなる。その効果が強すぎて、かえって使われなくなった、と聞きました。現行法は、その反省をそのまま条文に持ち込みました。争点整理の手続を終えたからといって、新しい主張ができなくなる、という失権の効果は、現行法には置かれていません。旧法の準備手続とは、正反対の選択です。そこで、失権効の代わりに、法が用意したのが説明義務です。相手方から求めがあったときに、なぜ手続の終了前にその主張を出せなかったのかを、説明しなければならない、という規律です。この、相手方の求めのことを、詰問権と呼びます。

条文民事訴訟法167条

民事訴訟法167条(準備的口頭弁論終了後の説明義務) 準備的口頭弁論の終了後に攻撃又は防御の方法を提出した当事者は、相手方の求めがあるときは、相手方に対し、準備的口頭弁論の終了前にこれを提出することができなかった理由を説明しなければならない。

準備的口頭弁論の終了後に新しい主張を出した当事者は、相手方から求められたら、なぜ終了前に出せなかったのかを説明しなければなりません。この説明義務は、相手に不利益を押し付けない誠実さを求める、訴訟上の信義則——条文でいえば2条——の具体的な現れです。争点整理という共同作業に加わった以上、あとから何かを出すときは、誠実に理由を説明する、という道理です。

詰問権と説明義務の対応板(相手方の求め=詰問権があるときに手続終了前に提出できなかった理由を説明する義務・準備的口頭弁論の終了後は167条・弁論準備手続の終結後は174条が167条を準用・書面による準備手続の場合は178条・条文ごとに対応する手続が違うだけで発想は同じ) 図:詰問権と説明義務の対応板

弁論準備手続と、書面による準備手続には、それぞれ別の条文があるんですか。あります。まず、弁論準備手続の場合です。

条文民事訴訟法174条

民事訴訟法174条(弁論準備手続版の準用) 第百六十七条の規定は、弁論準備手続の終結後に攻撃又は防御の方法を提出した当事者について準用する。

174条は、167条をそのまま準用しています。弁論準備手続が終結したあとに新しい主張を出した当事者にも、同じ説明義務がかかります。

条文民事訴訟法178条

民事訴訟法178条(書面による準備手続版) 書面による準備手続を終結した事件について、口頭弁論の期日において、第百七十六条第三項において準用する第百六十五条第二項の書面に記載した事項の陳述がされ、又は前条の規定による確認がされた後に攻撃又は防御の方法を提出した当事者は、相手方の求めがあるときは、相手方に対し、その陳述又は確認前にこれを提出することができなかった理由を説明しなければならない。

書面による準備手続の場合は、少し文言が長くなります。要約書面に記載した事項の陳述がされたあと、または、さっき見た177条の確認がされたあとに、新しい主張を出した当事者に、同じ説明義務がかかります。167条、174条、178条は、それぞれ準備的口頭弁論、弁論準備手続、書面による準備手続に対応した、同じ発想の条文だと考えてください。説明義務を果たさなかったら、その新しい主張は却下されるんですか。ここが、今日いちばんの罠です。説明義務を果たさなくても、説明が著しく理屈に合わなくても、それだけで当然に却下されるわけではありません。167条、174条、178条のどれも、却下するとは書いていません。効いてくるのは、別の条文、以前見た157条1項の判断です。

157条1項には、①時機に後れた提出であること、②故意または重大な過失があったこと、③訴訟の完結が遅延することという3つの要件があります。中身そのものは、以前扱った回に譲ります。今日確認したいのは、この失権効の否定の話が、①と②にどう接続するかです。③は、今日はこれ以上立ち入りません。まず、争点整理手続を経たという事実それ自体が、①時機に後れて提出されたという要件の判断材料になります。整理の場で出す機会が十分にあったのに、そこを過ぎてから出してきた、という事情として働きます。そして、説明がされなかった、または著しく理屈に合わない、という事情は、②当事者に故意または重大な過失があったという要件の、有力な判断材料になります。

できない、でもなく、何でもできる、でもない。第三の道です。出すことはできる。ただし、なぜ今まで出さなかったのかを問われ、その答え次第で、後の却下の判断に影響が及ぶ。この間接的な効き方を、押さえておいてください。

却下ルート対比板(説明義務ルート=167条174条178条から相手方の求めがあれば説明義務それが157条1項の要件①②の判断材料になる/審理計画ルート=147条の3第3項156条の2で提出期間が定められている場合は徒過分は原則却下157条の2ただし相当の理由の疎明があれば却下されない・2つのルートは別建て) 図:却下ルート対比板

  • 説明義務ルート=167条174条178条から相手方の求めがあれば説明義務それが157条1項の要件①②の判断材料になる
  • 審理計画ルート=147条の3第3項156条の2で提出期間が定められている場合は徒過分は原則却下157条の2ただし相当の理由の疎明があれば却下されない・2つのルートは別建て

さっきから、原則却下ではない、という話をしていますが、原則却下になる場合は、無いんですか。あります。ただし、それは別建てのルートです。審理の計画をあらかじめ立てて、特定の事項について提出期間を定めている事件では、話が変わります。

条文民事訴訟法157条の2

民事訴訟法157条の2(審理計画がある場合の却下) 第百四十七条の三第三項又は第百五十六条の二(第百七十条第五項において準用する場合を含む。)の規定により特定の事項についての攻撃又は防御の方法を提出すべき期間が定められている場合において、当事者がその期間の経過後に提出した攻撃又は防御の方法については、これにより審理の計画に従った訴訟手続の進行に著しい支障を生ずるおそれがあると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。ただし、その当事者がその期間内に当該攻撃又は防御の方法を提出することができなかったことについて相当の理由があることを疎明したときは、この限りでない。

147条の3第3項、または156条の2によって、提出すべき期間があらかじめ定められている事件で、その期間を過ぎてから攻撃防御方法が出されると、審理の計画どおりの進行に著しい支障が出るおそれがあると認められれば、裁判所は却下の決定ができます。ただし書もあって、期間内に出せなかったことについて、証明ほど強い確信までは要らず一応確からしいと思わせる程度の疎明があれば、却下されません。混ぜないでください。説明義務のルートは、争点整理を経たという事実と、説明の欠如が、157条1項の判断材料に取り込まれるだけの、間接的な効き方でした。こちらは、審理計画で決められた期間を過ぎたという一点で、原則として却下される、より直接的なルートです。審理計画は、争点整理や尋問の期間をあらかじめ定める計画でしたね。審理計画そのものについては、また別の回で扱います。今日は、この2つのルートが別物だ、ということだけ押さえておいてください。

あの場面には、審理計画で期間が定められている、という事情はありませんでした。だから、157条の2の原則却下のルートには乗りません。特には妨げられない、というのが原則です。ただし、原告の代理人Aが求めれば、Bは、弁論準備手続の終結前にその抗弁を出せなかった理由を、説明しなければなりません。その説明が無い、または著しく理屈に合わないなら、そのことが、時機に後れた提出だったのか、Bに重大な過失があったのか、という157条1項の判断の材料になります。却下されるかどうかは、その判断次第です。

専門委員——鑑定人ではない脇役

専門委員の位置づけの板(平成15年改正で新設92条の2以下・医療過誤訴訟建築関係紛争など専門的知見を要する訴訟の増加が背景・専門委員は裁判所が専門的な知見を要する事実を理解するのを手助けする非常勤の裁判所職員92条の5第3項・鑑定人ではないので専門委員の説明は証拠資料にならない・事件ごとに当事者の意見を聴いて指定92条の5第2項・員数は各事件1人以上92条の5第1項) 図:専門委員の位置づけの板

最後に、もう1つだけ見ておきます。専門委員という制度です。専門的な知識を持つ人に裁判所が意見を聴く、という理解は近いですが、専門委員は単に意見を聞かれるだけの外部の人ではなく、非常勤の裁判所職員として位置づけられている点が違います。医療過誤の訴訟や、建築関係の紛争など、法律以外の専門的な知見が必要になる事件が増えたことを背景に、平成15年の改正で、専門委員の制度が設けられました。ただし、ここで、今日3つ目の罠があります。専門委員は、裁判所が専門的な知見を要する事実を理解するのを手助けする、非常勤の裁判所職員です。鑑定人ではありません。鑑定人というのは、裁判所の求めに応じて、専門的な判断そのものを述べる人です。

専門家が説明するなら、鑑定人と同じではないんですか。そこが取り違えやすいところです。専門委員の説明は、証拠資料にはなりません。鑑定人による鑑定は、証拠調べの一種で、その結果は証拠資料として、判決の基礎になります。これは別の回で扱う制度です。専門委員は、そうではありません。裁判所が専門的な事実を理解するための補助であって、専門委員が述べたことそのものを、証拠として使うことはできません。事件ごとに、当事者の意見を聴いたうえで、裁判所が指定します。員数は、各事件について1人以上です。あらかじめ全事件に共通の専門委員がいる、という制度ではありません。

専門委員の関与場面の板(あらゆる審理段階で関与できる=争点証拠整理・訴訟手続の進行に関する協議・証拠調べ・和解の勧試92条の2各項・中立性公平性確保のため裁判官の除斥忌避規定を準用92条の6・除斥忌避の申立てがあればその決定が確定するまで手続に関与できない92条の6第2項) 図:専門委員の関与場面の板

専門委員が関与できる場面は、幅広いです。争点や証拠の整理、訴訟手続の進行に関する協議、証拠調べ、そして和解の勧試まで、審理のあらゆる段階に関与できます。幅広いぶん、中立性が気になります。裁判官寄りになってしまわないか、とか。そこは、条文が手当てしています。専門委員には、裁判官の除斥・忌避の規定が準用されます。

条文民事訴訟法92条の6

民事訴訟法92条の6(除斥・忌避の準用) 第二十三条から第二十五条まで(同条第二項を除く。)の規定は、専門委員について準用する。 2 専門委員について除斥又は忌避の申立てがあったときは、その専門委員は、その申立てについての決定が確定するまでその申立てがあった事件の手続に関与することができない。

裁判官の除斥や忌避について定めた規定が、専門委員にも及びます。除斥や忌避の申立てがあれば、その決定が確定するまで、その専門委員は、その事件の手続に関与できません。裁判官の除斥・忌避そのものについては、以前扱った回に譲りますが、同じ発想がここにも生きています。

意見聴取と同意の段階板(関与の程度に応じて手続保障が重くなる=口頭弁論の準備進行協議期日証拠調べでの説明は当事者の意見聴取で足りる92条の2第1項3項前段/人証の証拠調べ期日で専門委員が証人当事者本人鑑定人に直接問いを発する場合または和解の勧試に際して説明させる場合は当事者の同意が要る92条の2第3項後段4項) 図:意見聴取と同意の段階板

  • 関与の程度に応じて手続保障が重くなる=口頭弁論の準備進行協議期日証拠調べでの説明は当事者の意見聴取で足りる92条の2第1項3項前段
  • 人証の証拠調べ期日で専門委員が証人当事者本人鑑定人に直接問いを発する場合または和解の勧試に際して説明させる場合は当事者の同意が要る92条の2第3項後段4項

そして、専門委員の関与の重さに応じて、必要な手続保障の重さも変わります。まず、軽いほうから見ます。

条文民事訴訟法92条の2第1項

民事訴訟法92条の2第1項(争点証拠整理・進行協議での関与) 裁判所は、争点若しくは証拠の整理又は訴訟手続の進行に関し必要な事項の協議をするに当たり、訴訟関係を明瞭にし、又は訴訟手続の円滑な進行を図るため必要があると認めるときは、当事者の意見を聴いて、決定で、専門的な知見に基づく説明を聴くために専門委員を手続に関与させることができる。この場合において、専門委員の説明は、裁判長が書面により又は口頭弁論若しくは弁論準備手続の期日において口頭でさせなければならない。

争点や証拠の整理、訴訟手続の進行に関する協議で専門委員を関与させるときは、当事者の意見を聴いたうえで、決定で関与させます。専門委員の説明は、裁判長が書面で、または口頭弁論や弁論準備手続の期日で口頭でさせなければなりません。

条文民事訴訟法92条の2第3項

民事訴訟法92条の2第3項(証拠調べでの関与) 裁判所は、証拠調べをするに当たり、訴訟関係又は証拠調べの結果の趣旨を明瞭にするため必要があると認めるときは、当事者の意見を聴いて、決定で、証拠調べの期日において専門的な知見に基づく説明を聴くために専門委員を手続に関与させることができる。この場合において、証人若しくは当事者本人の尋問又は鑑定人質問の期日において専門委員に説明をさせるときは、裁判長は、当事者の同意を得て、訴訟関係又は証拠調べの結果の趣旨を明瞭にするために必要な事項について専門委員が証人、当事者本人又は鑑定人に対し直接に問いを発することを許すことができる。

証拠調べに専門委員を関与させるときも、前段は同じ形です。当事者の意見を聴いて、決定で関与させます。ですが、後段を見てください。証人や当事者本人の尋問、または鑑定人質問の期日で、専門委員に説明をさせる場合に、専門委員が証人や当事者本人、鑑定人に対して、直接、問いを発することを許すときだけは、当事者の同意が要ります。専門委員は、あくまで裁判所の理解を補助する立場です。それが、証人や当事者本人に対して直接、問いを発するというのは、審理そのものに一歩踏み込む行為です。だから、意見を聴くだけでは足りず、当事者の同意という、重い手続保障が求められます。

条文民事訴訟法92条の2第4項

民事訴訟法92条の2第4項(和解の勧試での関与) 裁判所は、和解を試みるに当たり、必要があると認めるときは、当事者の同意を得て、決定で、当事者双方が立ち会うことができる和解を試みる期日において専門的な知見に基づく説明を聴くために専門委員を手続に関与させることができる。

もう1つ、和解を試みる場面でも、専門委員を関与させることができます。ここでも、意見を聴くだけでは足りず、当事者の同意が要ります。和解の話し合いに専門的な知見が持ち込まれると、心証や話し合いの流れそのものに大きく影響するからです。当事者の意向に反する形で、専門的な知見が判断に紛れ込まないようにする趣旨です。仮に、冒頭の事件に専門委員が関与していたとしましょう。専門委員が、この契約に関する業界の慣行について説明したとします。その説明を、判決の証拠として使えますか。さっき聞いたとおりなら、使えませんよね。専門委員は鑑定人ではないので。専門委員の説明は、あくまで裁判所の理解を助けるためのものであって、証拠資料にはなりません。事実を証拠として認定したいなら、鑑定という別の手続を使う必要があります。

今日の地図(保存版)

今日の全体像の板(①証明すべき事実の確認=終了終結のその場で165条1項・書面による準備手続だけは終結後の口頭弁論期日で177条②手続結果の陳述=弁論準備手続だけに要る橋渡し173条・口頭主義公開主義直接主義を満たすため③失権効は無いが説明義務がある167条174条178条・説明義務違反は157条1項の判断材料/専門委員=非常勤の裁判所職員で鑑定人ではない・意見聴取と同意の2段階) 図:今日の全体像の板

  • ①証明すべき事実の確認=終了終結のその場で165条1項・書面による準備手続だけは終結後の口頭弁論期日で177条②手続結果の陳述=弁論準備手続だけに要る橋渡し173条・口頭主義公開主義直接主義を満たすため③失権効は無いが説明義務がある167条174条178条・説明義務違反は157条1項の判断材料
  • 専門委員=非常勤の裁判所職員で鑑定人ではない・意見聴取と同意の2段階

今日は、争点整理が終わったあとに何が起きるかを、順番に見てきました。証明すべき事実の確認は、準備的口頭弁論と弁論準備手続では、終了・終結のその場で行われますが、書面による準備手続だけは、終結後の口頭弁論の期日で行われます。時点がずれる、という点が、今日の最初の罠でした。そして、今日いちばんの主役、終わったあとに新しい主張を出せるかという問いには、こう答えます。特には妨げられません。現行法の争点整理手続に、失権効はありません。旧法の準備手続とは、正反対の選択です。ただし、無条件ではありません。相手方の求めがあれば、説明義務が課され、その説明の有無や内容が、時機に後れた攻撃防御方法の却下という判断の材料になります。

ここまでで、争点整理の全体像が揃いました。証拠調べに先立って争点と証拠を整理しておく意義、争点整理には3つの手続があり、それぞれ何が異なるのかという異同、そして、手続を終えたあとにどんな規律が続くのか。これで、争点整理という1つの山を、一通り歩き終えたことになります。争点整理を経て、証明すべき事実は、もう絞られました。では、その証明に使う証拠は、どうやって手に入れるのでしょうか。訴えを起こす前から、証拠が手もとに十分あるとは限りません。相手方や、第三者の手もとにしかない証拠を、どう引き出すのか。そこに、条文が用意した道具箱があります。

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#50単独ページ動画

提訴予告通知と提訴前の証拠収集

第2章 訴訟の審理 ㊿/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

絞られた事実、足りない証拠

冒頭事案の関係図(手術を受けた患者Aに後遺症が残り、カルテと検査データはすべて病院Bの手もとにある・Aはまだ訴えるべきかどうかも判断できない) 図:冒頭事案の関係図

前回、争点整理という山を歩き終えたところで、こう言いました。証明すべき事実は絞られた。では、その証拠は、どうやって手に入れるのか、と。訴えを起こす前から、証拠が手もとに十分あるとは限らない。今日は、そこから始めます。まず、ある場面を見てください。Aさんは、手術を受けたあと、後遺症が残りました。手術のやり方に問題があったのか、それとも避けられない合併症だったのか、Aさん自身には分かりません。カルテも、検査データも、手術の記録も、すべて病院Bの手もとにあります。証拠が相手の手もとにあって、訴えるべきかどうかさえ判断できない。今日のテーマは、まさにそこです。先に答えを言っておくと、訴える前でも使える道具は、平成15年の改正で増えました。ただし、どの道具も、相手が応じなければそれまで、という限界を抱えています。今日は、その訴える前の道具と限界を見ていきます。

なぜ証拠が問題になるのか——弁論主義③と証拠の偏在

前提が崩れる場面の板(弁論主義③=証拠の収集提出は当事者の責任・職権証拠調べの禁止/対等な私人どうしの争いなら前提が成り立つ/病院と患者・メーカーと消費者・金融機関と顧客のように力関係が対等でない現代型訴訟では前提が崩れる=医療過誤・製造物事故・公害・薬害・金融商品) 図:前提が崩れる場面の板

  • 弁論主義③=証拠の収集提出は当事者の責任・職権証拠調べの禁止
  • 対等な私人どうしの争いなら前提が成り立つ
  • 病院と患者・メーカーと消費者・金融機関と顧客のように力関係が対等でない現代型訴訟では前提が崩れる=医療過誤・製造物事故・公害・薬害・金融商品

以前、弁論主義の3つのテーゼを見ました。3つ目のテーゼを覚えていますか。職権証拠調べの禁止、ですよね。裁判所は、当事者が申し出た証拠に基づかなければならない、という原則でした。つまり、証拠を集めて、法廷に出す責任は、当事者自身にあります。裁判所が代わりに探してくれることはありません。ここで考えてほしいのは、この建前がなぜ公平に見えるのか、その前提です。訴訟が、対等な私人どうしの争いである限り、自分の敗訴を招く証拠を自分から進んで出す当事者を期待できないのは、お互い様です。だから、自分の分は自分で集める、という役割分担が、当事者間の公平に合致します。

いつもお互い様とは限らない。そこが今日の出発点です。病院と患者、メーカーと消費者、金融機関と顧客のように、当事者どうしの力関係が、そもそも対等ではない場面があります。医療過誤、製造物事故、公害、薬害、金融商品の取引をめぐる紛争は、こうした現代型訴訟と呼ばれます。想像してください。双眼鏡を持たずに、遠くの山に登るかどうかを決めろと言われるようなものです。斜面が急なのか、道があるのか、天気が崩れそうなのか、双眼鏡が無ければ、登る前にそれを確かめることすらできません。冒頭のAさんも、同じ状態です。手術のやり方に問題があったのかを判断する材料そのものが、病院Bの手の中にあります。

これを証拠の偏在と呼びます。証拠収集の場面で、形式的に当事者主義を貫いた結果、こういう不都合が生じたとき、それをどこまで是正できるかというのが、証拠法における最大の課題です。これから見ていく道具は、すべて、この課題への現行法なりの答えです。

従前の状況——使えたのは証拠保全だけだった

変遷の年表板(従前=提訴前に使える民訴法上の制度は証拠保全234条のみ・本来は証拠がやがて使えなくなる事情があるときに証拠調べを前倒しして残す制度・開示目的への転用には保全の必要性という限界/平成15年改正=提訴予告通知132条の2を起点に提訴前照会と提訴前証拠収集処分132条の4を新設) 図:変遷の年表板

  • 従前=提訴前に使える民訴法上の制度は証拠保全234条のみ・本来は証拠がやがて使えなくなる事情があるときに証拠調べを前倒しして残す制度・開示目的への転用には保全の必要性という限界
  • 平成15年改正=提訴予告通知132条の2を起点に提訴前照会と提訴前証拠収集処分132条の4を新設

では、Aさんのような立場の人は、これまで何もできなかったのでしょうか。実は、まったく手が無かったわけではありません。ただし、使える制度は1つしかありませんでした。証拠保全という制度です。条文の番号だけ挙げておくと、234条です。中身は別の回でじっくり扱いますが、今日はその位置づけだけ押さえてください。証拠保全は、本来、あらかじめ証拠調べをしておかないと、その証拠がやがて使えなくなってしまう事情があるときに、証拠調べを前倒しして、結果を残しておく制度です。ところが実務では、この制度を、証拠や情報を早い段階で見るための道具として使う動きがありました。カルテを見るために、証拠保全を申し立てる、というような使い方です。

本来「残す」ための制度を「見る」ために使う、いわば転用です。この転用が認められるには、証拠がやがて使えなくなる事情、保全の必要性という要件が要ります。無制限に使えるわけではないので、おのずと限界がありました。今日押さえてほしいのは、平成15年の改正が起きるまで、訴える前に使える民訴法上の制度は、この証拠保全1つだけだった、という事実です。ここから、今日の本題に入ります。

提訴予告通知——訴える前でも道具が使えるようになる仕組み

予告通知の位置づけ板(訴えを提起しようとする者が被告となるべき者に対し請求の要旨と紛争の要点を書面で通知する=132条の2第3項・通知によって訴訟中に準じる関係が生まれる・訴状ほど具体的でなくてよいが規則52条の2第2項が具体的な記載を要求) 図:予告通知の位置づけ板

平成15年の改正で作られたのが、提訴予告通知という仕組みです。訴えを起こそうとする人が、相手になるはずの人に対して、これから訴えを起こしますよ、と書面で知らせます。この通知を、予告通知と呼びます。知らせるだけではありません。この予告通知を出したことが、これから見る2つの道具を使うための入口になります。まず、予告通知の書面に何を書くか、条文で確認しましょう。

条文民事訴訟法132条の2第3項

民事訴訟法132条の2第3項(予告通知書面の記載事項) 予告通知の書面には、提起しようとする訴えに係る請求の要旨及び紛争の要点を記載しなければならない。

予告通知の書面には、これから起こそうとする訴えの請求の要旨と、紛争の要点を書きます。訴状ほど細かく書くことまでは、求められません。予告通知は、訴えを起こす前の段階で使う制度で、これから訴状を作るための情報を集める段階だからです。訴状と同じくらい具体的に書けというのは、酷な話です。適当に書いてもいいんですか。そこが罠です。適当ではいけません。予告通知を出すと、通知を受けた相手方との間に、訴訟が始まったときに準じるような関係が生まれます。つまり、まだ訴えられていないのに、相手は訴訟の当事者と同じように、照会を受けて答えを求められたり、裁判所から証拠収集処分について意見を聴かれたりする立場に立つのです。Aさんが病院Bに予告通知を出せば、Bは、訴状が届く前から、そういう立場に置かれます。これから見る照会や証拠収集処分は、この関係があるからこそ使えるようになります。だから、相手に何の話かが分かるように、ある程度は具体的に書く必要があり、そこは条文ではなく、規則が定めています。

条文民事訴訟規則52条の2第1項・第2項

民事訴訟規則52条の2第1項・第2項(予告通知書面の記載事項・具体的記載の要求) 予告通知の書面には、法第百三十二条の二(訴えの提起前における照会)第三項に規定する請求の要旨及び紛争の要点を記載するほか、次に掲げる事項を記載し、予告通知をする者又はその代理人が記名押印するものとする。 一 予告通知をする者及び予告通知の相手方の氏名又は名称及び住所並びにそれらの代理人の氏名及び住所 二 予告通知の年月日 三 法第百三十二条の二第一項の規定による予告通知である旨 2 前項の請求の要旨及び紛争の要点は、具体的に記載しなければならない。

1項は、氏名や住所、通知の日付といった、形式的な記載事項を定めています。ポイントは2項です。請求の要旨と紛争の要点は、具体的に記載しなければならない、とあります。条文が大枠を決めて、規則が具体化の程度を担う、という役割分担だと考えてください。訴訟中に準じる関係を作る以上、あまりに抽象的な通知では、制度の濫用にもつながります。だから規則が、具体的にと念を押しているのです。冒頭のAさんで言えば、単に「手術で後遺症が残った」と書くだけでは足りません。いつ、どの手術で、どんな後遺症が残ったのか、紛争の要点が分かる程度には、具体的に書く必要があります。

提訴前照会——当事者照会の前倒し

前倒しの構図板(以前見た当事者照会163条=訴訟が続いている間に裁判所を介さず当事者どうしが直接照会する制度・提訴前照会=この当事者照会を予告通知の日から4か月以内に限り訴える前に前倒しした制度・被予告通知者からも返答をすれば同様に照会できる132条の3) 図:前倒しの構図板

ここで、少し思い出してほしい制度があります。以前、当事者照会という制度を見ました。裁判所を介さずに、何を照会する制度でしたか?ええと、訴訟が続いているあいだに、当事者どうしが直接、主張や立証の準備に必要な事柄を、期限を切って照会する制度でした。今日見る提訴前照会は、この当事者照会を、訴えを起こす前に使えるようにした制度です。つまり、前倒しです。

条文民事訴訟法132条の2第1項

民事訴訟法132条の2第1項(提訴前照会・本文とただし書) 訴えを提起しようとする者が訴えの被告となるべき者に対し訴えの提起を予告する通知(以下この章において「予告通知」という。)を書面でした場合には、その予告通知をした者(以下この章において「予告通知者」という。)は、その予告通知を受けた者(以下この章において「被予告通知者」という。)に対し、その予告通知をした日から四月以内に限り、訴えの提起前に、訴えを提起した場合の主張又は立証を準備するために必要であることが明らかな事項について、相当の期間を定めて、書面により、又は被予告通知者の選択により書面若しくは電磁的方法(電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であって最高裁判所規則で定めるものをいう。以下同じ。)のいずれかにより回答するよう、書面により照会をすることができる。ただし、その照会が次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。

予告通知をした者は、予告通知を受けた者に対して、訴えを起こした場合の主張や立証の準備に必要であることが明らかな事項について、書面で照会ができます。たとえばAさんなら、執刀した医師は誰か、どの術式を選んだのか、手術のあとにどんな検査をしたのか、といったことを、病院Bに書面で尋ねることができます。当事者照会とそっくりですが、決定的な違いが1つあります。期間です。当事者照会には、期間の制限がありませんでした。ですが、提訴前照会は、予告通知をした日から、4か月以内に限られます。訴えを起こす前の、限られた時間の中でしか使えません。

条文民事訴訟法132条の2第1項

民事訴訟法132条の2第1項(ただし書の各号=照会できない事項) 一 第百六十三条第一項各号のいずれかに該当する照会 二 相手方又は第三者の私生活についての秘密に関する事項についての照会であって、これに回答することにより、その相手方又は第三者が社会生活を営むのに支障を生ずるおそれがあるもの 三 相手方又は第三者の営業秘密に関する事項についての照会

拒める事由の枠組みは、当事者照会の163条と、基本的に同じ発想です。中身は以前扱った回に譲ります。この照会は、予告通知を出した側からしか、できないんですか。違います。そこも押さえておいてください。予告通知を受けた側、被予告通知者も、返答さえすれば、同じように照会ができます。

条文民事訴訟法132条の3第1項

民事訴訟法132条の3第1項(被予告通知者からの照会) 被予告通知者は、予告通知者に対し、当該予告通知者がした予告通知の書面に記載された前条第三項の請求の要旨及び紛争の要点に対する答弁の要旨を記載した書面でその予告通知に対する返答をしたときは、予告通知者に対し、その予告通知がされた日から四月以内に限り、訴えの提起前に、訴えを提起された場合の主張又は立証を準備するために必要であることが明らかな事項について、相当の期間を定めて、書面により、又は予告通知者の選択により書面若しくは電磁的方法のいずれかにより回答するよう、書面により照会をすることができる。

被予告通知者が、予告通知に対して返答をしたときは、予告通知者に対して、同じように照会ができます。照会は、一方通行ではありません。冒頭の事案で言えば、Aさんが病院Bに予告通知を出して照会をするだけでなく、Bが返答をすれば、Bの側からAさんに照会を返すこともできる、ということです。

提訴前証拠収集処分——裁判所が判断する道具

証拠収集処分の位置づけ板(提訴前照会との最大の違いは裁判所が判断すること・要件は2つ=①訴えの立証に欠かせないことが明らかな証拠②申立人が自ら収集することが困難・相手方の意見を聴いて処分・従来の証拠保全234条より広く前倒しできる) 図:証拠収集処分の位置づけ板

ここまでの提訴前照会は、当事者どうしのやり取りで、裁判所は関与しませんでした。もう1つの道具は、ここが違います。提訴前証拠収集処分は、裁判所が判断して行う処分です。要件は2つあります。1つ目は、これから起こす訴えの立証に欠かせないことが明らかな証拠だという点。2つ目は、申立人自身の力では、その証拠を手に入れられないと裁判所が判断することです。この2つがそろって初めて、裁判所は相手方の意見を聴いたうえで、訴えを起こす前に、決められた処分をすることができます。冒頭のAさんで言えば、カルテや検査データは病院Bの中にあり、Aさんが自分で病院に立ち入って持ち出すことはできません。このように、当事者自身の力ではどうにもならない証拠に限って、この道具が使えます。従来の証拠保全よりも広く、訴える前の証拠収集を可能にする制度だと考えてください。

4種類の一覧板(提訴前証拠収集処分は4種類のみ=一号文書または電磁的記録の送付嘱託・二号調査嘱託官庁公署学校商工会議所取引所その他の団体・三号専門的知識経験を有する者の意見陳述嘱託・四号執行官による現況調査・4種類のいずれも相手方第三者の任意の協力が前提) 図:4種類の一覧板

条文で見てみましょう。

条文民事訴訟法132条の4第1項

民事訴訟法132条の4第1項(提訴前証拠収集処分・柱書) 裁判所は、予告通知者又は前条第一項の返答をした被予告通知者の申立てにより、当該予告通知に係る訴えが提起された場合の立証に必要であることが明らかな証拠となるべきものについて、申立人がこれを自ら収集することが困難であると認められるときは、その予告通知又は返答の相手方(以下この章において単に「相手方」という。)の意見を聴いて、訴えの提起前に、その収集に係る次に掲げる処分をすることができる。ただし、その収集に要すべき時間又は嘱託を受けるべき者の負担が不相当なものとなることその他の事情により、相当でないと認めるときは、この限りでない。

まず柱書です。申立てができるのは、予告通知をした人と、予告通知に返答をした相手方です。裁判所は、相手方の意見を聴いたうえで処分をします。そして、ただし書にあるとおり、集めるのに時間がかかりすぎる場合や、嘱託を受ける側の負担が重すぎる場合など、相当でないと認めるときは、処分をしません。

条文民事訴訟法132条の4第1項

民事訴訟法132条の4第1項(提訴前証拠収集処分・各号) 一 文書(第二百三十一条に規定する物件を含む。以下この章において同じ。)の所持者にその文書の送付を嘱託し、又は電磁的記録を利用する権限を有する者にその電磁的記録の送付を嘱託すること。 二 必要な調査を官庁若しくは公署、外国の官庁若しくは公署又は学校、商工会議所、取引所その他の団体(次条第一項第二号において「官公署等」という。)に嘱託すること。 三 専門的な知識経験を有する者にその専門的な知識経験に基づく意見の陳述を嘱託すること。 四 執行官に対し、物の形状、占有関係その他の現況について調査を命ずること。

処分は、この4種類です。嘱託という言葉は、以前、裁判の登場人物の回で見たとおり、裁判所が相手に頼むことです。1号は、文書やデータを持っている人に、送ってくださいと頼む送付嘱託。2号は、官庁や学校、商工会議所などに、調べてくださいと頼む調査嘱託。3号は、専門家に意見を聞かせてくださいと頼む意見陳述の嘱託。4号は、裁判所の職員である執行官に、物の形や、誰が占有しているかを見に行かせる現況調査です。冒頭のAさんなら、病院Bにカルテの送付を嘱託してもらう、というのが1号の使い方になります。ここで、1つ質問です。この4種類の中に、相手が拒んでも強制できる、文書提出命令は入っているでしょうか。

言われてみると……入っていない気がします。全部「嘱託」や「調査」で、命令、とは書いてありませんね。入っていません。この4種類は、いずれも相手方や第三者の任意の協力を前提とする、嘱託や調査です。強制的に文書を出させる文書提出命令や、検証物の提出を命じる制度は、ここには含まれていません。なぜ、そこまで強い道具は前倒しできないんですか。強制力を持つ手続を、訴えがまだ起こされていない未成熟な段階で使わせてしまうと、相手方の手続保障とのバランスを欠くからです。文書提出命令のような、強制できる手続そのものの中身は、また別の回で扱います。今日は、証拠収集処分の4種類に、強制できるものが入っていない、という位置づけだけ押さえておいてください。

2つの道具の比較と、制度の限界

比較表(提訴前照会=当事者どうしのやり取り・裁判所の関与は無い・対象は主張立証の準備に必要であることが明らかな事項・132条の2と132条の3/提訴前証拠収集処分=裁判所が判断する・対象は立証に必要であることが明らかな証拠そのもの・132条の4/共通=どちらも強制力が無く義務違反への制裁も無い) 図:比較表

  • 提訴前照会=当事者どうしのやり取り・裁判所の関与は無い・対象は主張立証の準備に必要であることが明らかな事項・132条の2と132条の3
  • 提訴前証拠収集処分=裁判所が判断する・対象は立証に必要であることが明らかな証拠そのもの・132条の4
  • 共通=どちらも強制力が無く義務違反への制裁も無い

ここまで見た2つの道具を、並べて整理しましょう。提訴前照会は、当事者どうしのやり取りで、裁判所は関与しません。提訴前証拠収集処分は、裁判所が判断して行う処分です。対象も違います。提訴前照会は、主張や立証の準備に必要な事項という、やや広い範囲です。提訴前証拠収集処分は、立証に必要であることが明らかな証拠そのものに絞られます。裁判所が関わる分、証拠収集処分のほうが強い道具に見えるかもしれません。ですが実は、提訴前照会と証拠収集処分の両方に共通する、大きな弱点があります。どちらの制度にも、応じなかった場合の制裁が定められていません。照会に答えなくても、処分に協力しなくても、罰則や不利益な扱いは規定されていないのです。

これは、当事者どうしの自主性、自律性に期待した制度だからです。裁判所が強制するのではなく、当事者どうしが自分から情報を出し合うことで、当事者主義を強め、訴えたあとの審理を充実させ、速く進める。そういう狙いで作られた道具なので、無理に出させる仕組みは付いていないのです。制裁が無い以上、実際にはあまり利用されていないのが現状です。冒頭のAさんの場合を考えてみましょう。予告通知を出して照会をし、証拠収集処分も申し立てました。それでも、病院Bが応じなかったら、どうなるでしょうか。訴える前の道具は、そこで手詰まりになります。冒頭で見た、証拠が偏っているという問題を、訴える前の段階では、法はここまでしか正せていない、ということです。ですが、そこで終わりではありません。実際に訴えを起こしたあとには、また別の道具が用意されています。

今日の地図(保存版)

今日の全体像の板(出発点=弁論主義③と証拠の偏在という現代型訴訟の課題/従前=証拠保全234条のみ・開示目的への転用には限界/新設=提訴予告通知132条の2で訴訟中に準じる関係を作る/提訴前照会=当事者どうし・予告通知の日から4か月以内・132条の2と132条の3/提訴前証拠収集処分=裁判所が判断・4種類のみで文書提出命令は含まれない・132条の4/共通の限界=制裁が無く利用が少ない) 図:今日の全体像の板

  • 出発点=弁論主義③と証拠の偏在という現代型訴訟の課題
  • 従前=証拠保全234条のみ・開示目的への転用には限界
  • 新設=提訴予告通知132条の2で訴訟中に準じる関係を作る
  • 提訴前照会=当事者どうし・予告通知の日から4か月以内・132条の2と132条の3
  • 提訴前証拠収集処分=裁判所が判断・4種類のみで文書提出命令は含まれない・132条の4
  • 共通の限界=制裁が無く利用が少ない

今日は、訴える前に証拠を集める道具を見てきました。出発点は、弁論主義③が前提にする対等な私人という建前が、現代型訴訟では崩れ、証拠が偏在するという課題でした。そこで平成15年の改正が、提訴予告通知を起点に、新しい道具を用意しました。予告通知をすると、相手方との間に訴訟中に準じる関係ができて、そこから提訴前照会と、提訴前証拠収集処分が使えるようになります。そして、どちらの道具にも、応じなかった場合の制裁がありません。だからこそ、実際にはあまり使われていない、というのが今の姿です。Aさんのように、証拠が相手の手もとにしかない人にとって、訴える前の道具には、まだ限界があるということですね。では、訴えを起こしたあとなら、何が使えるのでしょうか。訴訟が始まれば、当事者だけでなく、第三者の協力を引き出す道具や、裁判所を通じた道具も増えてきます。

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#51単独ページ動画

弁護士会照会・調査嘱託・文書送付嘱託

第2章 訴訟の審理 #51/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

訴えた後の壁

冒頭事案の関係図(手術後に後遺症が残った患者Aがついに病院Bを提訴した・予告通知にも照会にも証拠収集処分にも病院Bは応じなかった・訴状は受理されたが手術に関わった医師や看護師の氏名すら分かっていない) 図:冒頭事案の関係図

前回、Aさんは、訴える前の道具をひととおり試しました。予告通知を出し、照会をし、証拠収集処分まで申し立てました。それでも、病院Bは応じませんでした。そしてAさんは、それでも訴えを起こしました。訴状は受理されましたが、手術に関わった医師が誰なのか、看護師が誰だったのかさえ、まだ分かっていません。訴えを起こせば情報が出てくる、とは限らない。そこに、今日の出発点があります。訴えを起こしたからといって、相手や第三者が急に協力的になるわけではありません。今日出てくる4つの道具には、相手が応じなかったときに、それを強制する手段が、実はまだ1つもありません。

訴えたのに、まだ壁があるんですか。あります。ただし、壁の高さは道具ごとに違います。今日はその違いを、順番に見ていきます。

弁護士会照会——なぜ弁護士会を通すのか

弁護士会照会の仕組みの関係図(弁護士が所属弁護士会に申出をする・弁護士会が申出の適否を審査し不適当なら拒絶できる・審査を通れば弁護士会が公務所公私の団体に照会し報告を求める・報告は弁護士会を経て弁護士に届く) 図:弁護士会照会の仕組みの関係図

まず、裁判の外の1つ目、弁護士会照会です。弁護士が、受任している事件について、必要な事項の報告を求める制度ですが、ここに1つ、初学者が引っかかりやすい点があります。照会するのは、弁護士本人ではありません。弁護士は、まず所属している弁護士会に申し出るだけです。実際に公務所や団体に照会するのは、弁護士会です。

条文弁護士法23条の2第1項・第2項

弁護士法23条の2第1項・第2項(弁護士会照会) 弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。申出があつた場合において、当該弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができる。 2 弁護士会は、前項の規定による申出に基き、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。

弁護士本人が直接聞けばよいのではないか。そこが、今日いちばん最初のポイントです。1項の後段を見てください。申出があった場合に、弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、拒絶することができる、とあります。弁護士会には、申出の適否を審査する権限があるんです。会社の総務担当者が、社員個人からの「あの取引先の情報を教えてほしい」という依頼を、そのまま外部に流したりせず、必ず上長や審査部門を通すことを想像してください。弁護士個人が直接、照会先に手紙を送っても、照会先からすれば、この弁護士に本当に照会する資格があるのか、単なる詮索ではないのか、確かめようがありません。弁護士会という組織が、いったん適否を審査したうえでの依頼だと分かって初めて、照会先は安心して協力できます。

冒頭のAさんの事件であれば、たとえば、手術のあと後遺症の診察を受けた別の病院に、そのとき診た症状の内容を照会する、という使い方が考えられます。病院Bではなく、第三者の病院に聞けるのが、この道具の持ち味です。ただし、ここまでの仕組みには、まだ何も強制力の話が出てきていません。報告を求めることが「できる」としか書かれていない点に、注目してください。

弁護士会照会の3つの判例——報告義務はある、しかし強制できない

判例1の関係図(前科報告事件・区役所が弁護士会照会に応じて前科をすべて報告・最高裁=前科や犯罪歴は名誉信用に直結しみだりに公開されない法律上の利益がある・区長が漫然と全部報告したのは違法・報告すること自体は許されうるが格別の慎重さが要る) 図:判例1の関係図

この制度をめぐって、最高裁の判断が3つ積み重なっています。この3つを、1本の線でつないで見ていきます。結論だけ覚えても、すぐ抜けます。順番で見ると、忘れにくくなります。1つ目は、ある人の前科について、区役所が弁護士会の照会に応じて、すべて報告してしまった事件です。裁判所は、前科や犯罪歴は人の名誉や信用に直接関わる事項であって、みだりに公開されない法律上の利益があるとして、区長が漫然とすべての前科を報告したことを、違法だと判断しました。ここで押さえてほしいのは、この判決が、照会に応じて報告すること自体を、一律に禁じてはいない、という点です。報告することも許されないわけではない。ただし、その扱いには格別の慎重さが要る、としたんです。

判例2の関係図(郵便事業の会社(今の日本郵便)が、ある人の転居先の住所を尋ねる照会に対して報告を拒否・弁護士会が不法行為だとして損害賠償を請求・最高裁=正当な理由がない限り報告すべきだが報告を受けることは弁護士会の法律上保護される利益ではない・不法行為は成立しない) 図:判例2の関係図

2つ目の判例は、照会を受けた側に答える義務があるのか、そしてその義務を実際にどこまで実現できるのかを問うたものです。郵便の事業をしていた会社が、ある人の転居先の住所を尋ねる照会に対して、報告を拒みました。弁護士会は、その照会先に対して、報告を拒んだことが不法行為だとして、損害賠償を求めました。裁判所は、照会を受けた側は、正当な理由がない限り、報告すべきものと解される、と義務の存在自体は認めました。ですが、弁護士会が持っているのは、制度を適正に運用するために与えられた照会の権限にとどまり、報告を受けること自体について、法律上守られるべき利益を持っているとまでは言えないとしました。だから、報告を拒んでも、弁護士会に対する不法行為にはならない、という結論です。

判例3の関係図(弁護士会が報告義務の存在自体を確認判決で確定させようとした・最高裁=弁護士法には制裁規定が無く照会先の自発的協力が期待されているだけの制度・義務の有無を判決で確認しても紛争の解決には役立たない・確認の利益を欠き却下) 図:判例3の関係図

そして3つ目の判例が、最後の穴をふさぎます。弁護士会が、今度は損害賠償ではなく、報告義務があること自体を、確認判決で確定させようとしました。賠償が無理なら、義務があることだけでも確認してもらおう。弁護士会は、まさにそういう発想で訴えました。ですが、裁判所はこれも認めませんでした。弁護士法には、報告を拒んだことへの制裁の定めがなく、照会先が自発的に協力することが期待されているだけの制度だとして、義務の有無を判決で確認しても、紛争の解決には役立たないと判断し、確認の利益を欠くとしました。

3判例の一本の線の板(判例1=報告すること自体は許されうるが前科など人の名誉信用に関わる事項は格別の慎重さが要る(漫然と全部報告は違法)/判例2=照会先は正当な理由がない限り報告すべき(報告義務はある)・それでも拒んだ相手に弁護士会は不法行為責任を追及できない/判例3=義務があることを確認判決で押さえようとしても確認の利益が無く却下される・結論=報告義務はあるが強制する手段がことごとく塞がれている・罰則も無い) 図:3判例の一本の線の板

  • 判例1=報告すること自体は許されうるが前科など人の名誉信用に関わる事項は格別の慎重さが要る(漫然と全部報告は違法)
  • 判例2=照会先は正当な理由がない限り報告すべき(報告義務はある)・それでも拒んだ相手に弁護士会は不法行為責任を追及できない
  • 判例3=義務があることを確認判決で押さえようとしても確認の利益が無く却下される・結論=報告義務はあるが強制する手段がことごとく塞がれている・罰則も無い

ここで、今日いちばん大事な一言を言います。この3つの判例が示しているのは、報告義務が無い、ということではありません。報告義務はある。しかし、その義務を強制的に実現する手段が、損害賠償でも、確認訴訟でも、ことごとく塞がれている、ということです。さらに言えば、弁護士法には、報告を拒んだこと自体への罰則もありません。ここで、少し立ち止まって考えてほしい問いがあります。弁護士会照会に、報告義務はある。では、報告を拒まれたとき、弁護士会には、何ができるでしょうか。強制する手段は、何もありません。この道具は、相手の自発的な協力に、最初から支えられている道具なんです。

当事者照会——提訴後の道具箱の中の位置づけ

当事者照会の呼び戻しの板(以前見た当事者照会163条=裁判所を介さない当事者どうしの直接のやりとり・回答を強制する手段が無い/提訴前照会132条の2は当事者照会を訴える前に前倒しした前倒し版/今日の当事者照会は前倒し版ではなく本体そのもの) 図:当事者照会の呼び戻しの板

  • 以前見た当事者照会163条=裁判所を介さない当事者どうしの直接のやりとり・回答を強制する手段が無い
  • 提訴前照会132条の2は当事者照会を訴える前に前倒しした前倒し版
  • 今日の当事者照会は前倒し版ではなく本体そのもの

裁判の外のもう1つの道具は、当事者照会です。以前、期日の前の準備を扱った回で見た制度です。思い出してみてください。裁判所を介さずに、誰と誰がやりとりする制度で、回答を強制する手段はあったでしょうか?当事者どうしの直接のやりとりで、回答を強制する手段は無かったと思います。前回見た提訴前照会は、この当事者照会を、訴える前に前倒しした制度でした。今日、訴えを起こしたあとのAさんが使えるのは、前倒し版ではなく、この本体そのものです。冒頭のAさんであれば、手術に関わった医師や看護師の氏名を、病院Bに直接照会する、という使い方になります。

回答を強制する手段が無いのは、なぜなんですか。裁判所を通さない、当事者どうしのやりとりだからです。間に裁判所がいないので、答えなさいと命じる者がいません。条文にも、回答を命じる仕組みや、答えなかったときの制裁は置かれていません。相手に答えるべき義務がある、とは考えられていますが、それを強制する手立てはありません。正当な理由なく答えなければ、増えた訴訟費用の負担を命じられたり、弁論の全趣旨として心証に響いたりする、という形で、あとから跳ね返ってくるだけです。さっきの弁護士会照会と同じで、裁判の外の道具は、相手の協力に支えられています。細かい中身は、期日の前の準備の回に譲りますが、今日の道具箱の中では、この位置づけを押さえておいてください。

調査の嘱託——なぜ宣誓も反対尋問も要らないのか

調査嘱託の位置づけの板(裁判所が官庁公署学校商工会議所取引所その他の団体に必要な調査を嘱託する・裁判所は調査結果を当事者に提示しなければならない・調査嘱託は当事者の申立てによるほか裁判所が職権でもできる・弁論主義③職権証拠調べの禁止の数少ない例外) 図:調査嘱託の位置づけの板

ここから、裁判の中の道具です。まず、調査の嘱託です。裁判所が、必要な調査を、官庁や学校、商工会議所、取引所などの団体に頼む制度です。前回の提訴前証拠収集処分の2号の調査嘱託は、この調査の嘱託を、訴える前に前倒しで使えるようにしたものです。1号の送付嘱託も同じで、このあと見る文書送付の嘱託の前倒し版にあたります。当事者照会と提訴前照会の関係と、同じ形です。今日見るのは、訴えたあとに使う本体のほうです。

条文民事訴訟法186条第1項・第2項

民事訴訟法186条第1項・第2項(調査の嘱託) 裁判所は、必要な調査を官庁若しくは公署、外国の官庁若しくは公署又は学校、商工会議所、取引所その他の団体に嘱託することができる。 2 裁判所は、当事者に対し、前項の嘱託に係る調査の結果の提示をしなければならない。

事件のあった日の天候を、気象台に尋ねる。ある時期の株価の推移を、取引所に尋ねる。伝染病の症状の経過を、研究機関に尋ねる。取引慣行や、外国の法律の内容を、その分野の団体に尋ねる。こういった使い方です。同じように誰かに聞くのに、証人尋問とどこが違うのか。そこが、この道具の核心です。証人尋問では、証人に宣誓をさせ、嘘をつけば偽証罪に問われる重みを負わせ、さらに反対尋問で記憶や言い分の食い違いを突きます。調査嘱託には、この仕組みが一切ありません。宣誓も、反対尋問もいりません。

調査嘱託と証人尋問の比較表(調査嘱託=気象記録や株価など回答者の主観や利害が入り込みにくい客観的な事項・宣誓不要・反対尋問不要/証人尋問=人の記憶や認識を尋ねる・利害や記憶違いが混ざる余地がある・宣誓と偽証罪の制裁が必要・反対尋問で吟味する) 図:調査嘱託と証人尋問の比較表

  • 調査嘱託=気象記録や株価など回答者の主観や利害が入り込みにくい客観的な事項・宣誓不要・反対尋問不要
  • 証人尋問=人の記憶や認識を尋ねる・利害や記憶違いが混ざる余地がある・宣誓と偽証罪の制裁が必要・反対尋問で吟味する

温度計に、今日の最高気温は何度でしたかと尋ねる場面を想像してください。温度計に宣誓させたり、温度計を問い詰めたりする人はいません。温度計は、自分の得にも損にもならないので、正確な数値をそのまま返すだけだからです。これに対して、事故の目撃者に、そのとき何が見えましたかと尋ねる場面は違います。目撃者は、誰かをかばいたい、責任を逃れたいという思いを持ちうる、生身の人間です。だから、宣誓させて偽証罪の重みを背負わせ、反対尋問で食い違いを突く必要があります。気象台や取引所、研究機関は、回答することで自分の利害が動くわけではありません。回答の公正さが、最初から疑われないような、客観的な事項に限られているからこそ、証人に対する担保が、そのまま要らなくなるんです。

もう1つ、押さえておきたい点があります。調査嘱託は、当事者の申立てによって動くこともありますが、裁判所が、自分の判断で調査を嘱託することもできる、と解されています。以前見た、弁論主義の3つ目のテーゼ、職権証拠調べの禁止を覚えていますか。裁判所は、当事者が申し出た証拠に基づかなければならない、という原則でしたね。調査嘱託は、その原則の数少ない例外の1つにあたります。裁判所が自分から第三者に調べを頼めるという点で、当事者尋問などと並ぶ、職権証拠調べの禁止の例外です。

文書送付の嘱託——持っている文書を送ってもらう

文書送付嘱託の位置づけの板(書証の申出は文書の所持者にその文書の送付を嘱託することを申し立ててできる・法令により正本謄本の交付を求められる場合は対象外・任意の道具であり断られたら強制の道具=文書提出命令223条検証物提出命令232条へ進むしかない) 図:文書送付嘱託の位置づけの板

裁判の中の、もう1つの道具です。文書送付の嘱託といいます。

条文民事訴訟法226条

民事訴訟法226条(文書送付の嘱託) 書証の申出は、第二百十九条の規定にかかわらず、文書の所持者にその文書の送付を嘱託することを申し立ててすることができる。ただし、当事者が法令により文書の正本又は謄本の交付を求めることができる場合は、この限りでない。

中身は単純です。誰かが持っている文書を、裁判所から送ってもらうよう頼む道具です。冒頭のAさんの事件であれば、以前検査を受けた別の医療機関に、その検査記録を送ってもらう、という使い方が考えられます。当事者が、法令の規定で、その文書の正本や謄本の交付を自分で求められる場合は、この嘱託は使えません。すでに直接請求する手段がある以上、裁判所の手を借りる必要が無いからです。調査嘱託も、文書送付の嘱託も、名前のとおり「嘱託」であって「命令」ではありません。どちらも、相手の任意の協力が前提です。断られたときに、初めて視野に入るのが、強制できる道具です。文書を強制的に出させる、文書提出命令。物を強制的に見せる、検証物提出命令。この2つの中身は、また別の回でじっくり扱います。今日は、任意の道具の先に、強制の道具が控えている、という位置づけだけ押さえてください。

今日の地図(保存版)

道具箱全体の比較表(訴える前=提訴予告通知・提訴前照会132条の2/3・提訴前証拠収集処分132条の4=予告通知と提訴前照会は当事者どうし・裁判所が関わるのは提訴前証拠収集処分のみ・強制力は無し/訴えた後の裁判の外=弁護士会照会・当事者照会=当事者や弁護士会が動く・裁判所の関与無し・強制力は無し/訴えた後の裁判の中=調査の嘱託・文書送付の嘱託=裁判所が関与・強制力は無し/強制できる道具=文書提出命令223条・検証物提出命令232条=裁判所が命令・強制力あり) 図:道具箱全体の比較表

  • 訴える前=提訴予告通知・提訴前照会132条の2/3・提訴前証拠収集処分132条の4=予告通知と提訴前照会は当事者どうし・裁判所が関わるのは提訴前証拠収集処分のみ・強制力は無し
  • 訴えた後の裁判の外=弁護士会照会・当事者照会=当事者や弁護士会が動く・裁判所の関与無し・強制力は無し
  • 訴えた後の裁判の中=調査の嘱託・文書送付の嘱託=裁判所が関与・強制力は無し
  • 強制できる道具=文書提出命令223条・検証物提出命令232条=裁判所が命令・強制力あり

今日見てきた道具を、前回の道具と合わせて、1枚の表に並べましょう。訴える前の道具は、提訴予告通知、提訴前照会、提訴前証拠収集処分の3つでした。予告通知と照会は当事者どうしのやりとりで、裁判所が関わるのは、証拠収集処分だけでした。訴えたあとの、裁判の外の道具が、弁護士会照会と当事者照会。こちらも、当事者や弁護士会だけで動いていて、裁判所は出てきませんね。裁判の中の道具が、調査の嘱託と、文書送付の嘱託。訴えたあとの道具では、ここで初めて裁判所が出てきて、第三者に頼みます。前回の提訴前証拠収集処分と、同じ形です。ですが、頼むだけで、命じるわけではありません。

つまり、ここまでの道具は、答える義務があるものも無いものも、応じてもらえなければ強制できない。全部、任意の道具なんですね。強制力を持つのは、この表の外にある、文書提出命令と検証物提出命令だけです。冒頭のAさんの場合で言えば、手術に関わった医師や看護師の氏名は当事者照会で、手術後の症状は弁護士会照会で、以前の検査記録は文書送付の嘱託で、それぞれ手に入る見込みが出てきます。ですが、病院Bがどうしても協力しないカルテの核心部分があれば、そこは今日の道具だけでは動かせません。訴える前も、訴えたあとも、任意の道具だけでは、どこかで壁にぶつかるんですね。ですが、法はそこで終わっていません。相手が応じなくても、裁判所が命じて証拠を出させる道具が、別に用意されています。

ただ、その前に、証拠調べそのものの仕組みを押さえておく必要があります。今日見た道具箱を土台に、いよいよ証拠を法廷に持ち込む場面に入っていきます。

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#52単独ページ動画

証拠保全と唯一の証拠方法の法理

第2章 訴訟の審理 #52/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

証拠調べは、まだ始まっていない

冒頭事案の関係図(患者Aがついに病院Bを提訴した・訴状は受理されたが本裁判の証拠調べはまだ始まっていない・その間にカルテが書き換えられたらAの手元には証拠が残らない) 図:冒頭事案の関係図

前回、Aさんは、弁護士会照会や当事者照会、調査の嘱託や文書送付の嘱託を使って、証拠を集めました。訴状も受理されました。始まりましたが、まだ本裁判の証拠調べは始まっていません。裁判所がカルテを実際に取り調べるのは、もう少し先の話です。証拠調べが始まる前にカルテを書き換えられてしまったら、証拠は失われてしまいます。そこに、今日の出発点があります。証拠調べという手続そのものが始まるのを待っていたら、証拠が先に消えてしまうかもしれない。今日は、その証拠調べが、どうやって始まり、裁判所がどう扱うのかを、順番に見ていきます。

証拠保全——「集める」のではなく「残す」制度

証拠保全の位置づけの板(裁判所による本来の証拠調べを待っていると相手や第三者の故意過失で証拠そのものが消えてしまう場合がある・証拠保全は新しく証拠を探し集める制度ではなく既に存在を知っている証拠が消える前に先に調べて残す制度) 図:証拠保全の位置づけの板

まず、証拠保全です。ここで、初学者がいちばん引っかかりやすい誤解を、先につぶしておきます。証拠保全という言葉を聞くと、証拠を新しく探して集める制度だと思ってしまいがちですが、違います。証拠保全は、当事者がすでに存在を知っている証拠が、裁判所による本来の証拠調べが始まるのを待っている間に、相手方や第三者の故意や過失で消えてしまい、証拠調べ自体ができなくなってしまうのを防ぐための制度です。新しく探すのではなく、今ある証拠を先に押さえておく。「集める」のではなく「残す」制度だと、まず区別してください。

条文民事訴訟法234条

民事訴訟法234条(証拠保全) 裁判所は、あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があると認めるときは、申立てにより、この章の規定に従い、証拠調べをすることができる。

消えかけている足跡に、先に石膏を流し込んで固めておく作業を思い浮かべてください。本番の証拠調べという型取りが始まるのを待っていたら、足跡は風で消えてしまう。だから本番の前に、先に型だけ取って保存しておくんです。冒頭のAさんの事件で言えば、病院Bのカルテがまさにこれにあたります。訴訟の本番が始まるのを待たずに、先にカルテの内容を裁判所に調べてもらい、記録として残しておくことができます。

証拠保全の要件——改ざんの具体的なおそれ

境界ペアの板(該当する例=診療録の改ざんについて具体的なおそれを疎明できた・保全の申立てが認められる/該当しない例=単に内容を確認したいというだけで具体的なおそれの疎明が無い・保全の申立ては認められない) 図:境界ペアの板

  • 該当する例=診療録の改ざんについて具体的なおそれを疎明できた・保全の申立てが認められる
  • 該当しない例=単に内容を確認したいというだけで具体的なおそれの疎明が無い・保全の申立ては認められない

では、どんな場合に証拠保全が認められるのか。234条の要件は「あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情」、つまり証拠保全の必要性です。そこで、実際の判断を見てみましょう。診療録、カルテの保全が問題になった事件です。

判例広島地決昭61・11・21〈百選72〉(広島地方裁判所の決定)

診療録の保全に必要な疎明の中身 診療録の改ざんについて、具体的なおそれがあることの疎明を要する

「決」は決定、しかも広島地方裁判所という下級審の決定です。最高裁判例ではありません。この点はよく取り違えられるので、名前をそのまま覚えてください。中身に戻ると、裁判所は、診療録の改ざんについて、具体的なおそれがあることの疎明を必要としました。疎明というのは、以前、訴状の回で見たとおり、一応確からしいと裁判所に思ってもらう程度の証明です。証拠が消える前に急いで押さえる手続なので、本格的な証明までは求めていません。「なんとなく心配だから見ておきたい」では足りないんですか。足りません。単に内容を確認したいというだけでは、具体的なおそれの疎明にはなりません。改ざんされる具体的な兆候や事情まで示して、初めて保全の必要性が認められます。冒頭のAさんの場合であれば、たとえば、病院側の対応に不自然な遅れがある、担当医が異動や退職を控えているといった、具体的な事情まで示して初めて、カルテの証拠保全が認められる見込みが出てきます。

証拠保全の証拠開示的運用

証拠開示的運用の板(現代型訴訟=医療過誤や公害等では証拠が病院企業側に偏在している・必要性を緩やかに解して証拠の探索発見収集を目的とする申立てを許す運用が期待された歴史/提訴予告通知と提訴前証拠収集処分の導入で役割は縮んだが各証拠調べに備わる制裁規定を利用できる点で開示的運用の余地は今も残る) 図:証拠開示的運用の板

  • 現代型訴訟=医療過誤や公害等では証拠が病院企業側に偏在している・必要性を緩やかに解して証拠の探索発見収集を目的とする申立てを許す運用が期待された歴史
  • 提訴予告通知と提訴前証拠収集処分の導入で役割は縮んだが各証拠調べに備わる制裁規定を利用できる点で開示的運用の余地は今も残る

証拠保全には、もう1つ押さえておきたい歴史があります。医療過誤や公害のような現代型訴訟では、証拠が病院や企業といった一方の当事者に偏って存在しています。この偏りを踏まえて、証拠保全の必要性を緩やかに解釈し、証拠を探し出して発見し、収集すること自体を目的とする申立てまで許す運用が、かつて期待されてきました。これを証拠保全の証拠開示的運用と呼びます。本来の趣旨は「残す」制度です。ですが、実務の運用の中で、事実上「探して集める」役割まで期待された時期があった、ということです。もっとも、前回見た提訴予告通知や提訴前証拠収集処分が導入されたことで、この開示的な運用が果たしていた役割は、かなり縮みました。

完全には無くなっていません。証拠保全を含む各証拠調べの手続には、正当な理由なく協力を拒んだ相手に不利益を課す、といった制裁規定が備わっています。たとえば、提出を命じられた文書を、正当な理由なく出さなければ、その文書についての相手の主張を真実と認めてよい、という不利益です。この制裁を使える点で、開示的な運用の余地は、今もなお残っていると考えられています。

証拠の申出——誰が、何を、裁判所に出すのか

境界ペアの板(証拠調べが実施される前=証拠の申出はその性質上撤回できる/証拠調べが実施された後=裁判所の心証がすでに形成されているため撤回できない) 図:境界ペアの板

  • 証拠調べが実施される前=証拠の申出はその性質上撤回できる
  • 証拠調べが実施された後=裁判所の心証がすでに形成されているため撤回できない

証拠が残ったら、次は、それを実際に裁判所に出す場面です。証拠の申出といいます。提出する側には選ぶ権利がある、というところが大事です。当事者は、提訴の前後を問わず自分で集めた証拠の中から、自分に有利になるものを選んで、裁判所に提出します。冒頭のAさんで言えば、別の病院の診断書を出すのか、照会で名前が分かったとして、手術に立ち会った看護師の証人尋問を申し出るのか、どれを出すかを選ぶのはAさん自身です。

条文民事訴訟法180条1項

民事訴訟法180条1項(証拠の申出) 証拠の申出は、証明すべき事実を特定してしなければならない。

弁論主義の3つ目のテーゼ、職権証拠調べの禁止です。裁判所は、当事者が申し出ていない証拠を、勝手に取り調べることはできません。証拠を出すか出さないかは、当事者の権能なんです。申出は当事者の判断でした行為なので、その性質上、撤回することができます。たとえば、看護師の証人尋問を申し出たあとで、やはり要らないと考え直したなら、尋問が実施される前であれば取り下げられます。ただし、1つだけ限界があります。

判例最判昭32・6・25〈百選A21〉

証拠の申出の撤回ができなくなる時点 証拠調べが実施された後は、証拠の申出を撤回することができない

証拠調べが実施された時点で、裁判官の心証は、もうその証拠を踏まえた形で形成されています。撤回を認めてしまうと、いったんできあがった心証を、都合よく無かったことにできてしまいます。だから、実施前は撤回自由、実施後は撤回不可、と時点で区切られているんです。

採否は裁判所の自由裁量——ただし無制約ではない

レストランの喩えの板(客=当事者がメニュー=手元の証拠から選んで注文する=申出・店=裁判所は注文が来ても全部作るとは限らない・十分な量が出ていれば断れる=181条の裁量・ただし理由なく一方的に断るのは許されない) 図:レストランの喩えの板

証拠の申出があったからといって、裁判所は、その全部を取り調べる義務があるわけではありません。

条文民事訴訟法181条1項

民事訴訟法181条1項(証拠調べを要しない場合) 裁判所は、当事者が申し出た証拠で必要でないと認めるものは、取り調べることを要しない。

レストランで言えば、客である当事者が、メニューにあたる手元の証拠から選んで注文するのが申出で、店にあたる裁判所は、注文を全部作るとは限りません。すでに他の証拠で十分に心証が形成できていれば、裁判所は「これはもう必要ありません」と、取調べを断ることができます。この採否の判断は、裁判所の自由な裁量に委ねられている、というのが判例の立場です。自由な裁量イコール何をしてもよい、ではありません。そこが、今日いちばん注意してほしい点です。裁判所が、自分の好みや思いつきだけで、証人を調べるかどうかを決めるのは許されない、とする判例もあります。証拠を出すかどうかは当事者の権能だと、さっき見ました。理由も無く断ってよいなら、その権能は名前だけのものになってしまいます。

すでに十分な証拠が出ていて、その証人を調べても心証が変わらないと合理的に判断できるなら、断ってよい。しかし、特に理由も無く、面倒だから、争点と関係が薄いように見えるからといった、ただの思いつきで一方的に断るのは、専恣・独断にあたります。「自由な裁量」の中身には、この歯止めがあることを、必ず押さえてください。さらに、181条2項には、不定期間の障害があるときに証拠調べをしないことができる、という規定もあります。たとえば、証人が長く入院していて、いつ出頭できるか見通しが立たない場合です。

唯一の証拠方法の法理——条文に無い判例法理

唯一の証拠方法の設例の関係図(貸主Aが借主Bに貸金返還を請求・Bの返済の唯一の裏付けは返済時に立ち会っていた友人Cの証言のみ・裁判所は証人が1人だけでは心証が固まらないという理由だけでこの証拠調べ自体を却下できない) 図:唯一の証拠方法の設例の関係図

採否の自由裁量には、もう1つ、判例が付け加えた特別な歯止めがあります。1つ、設例で考えてみましょう。貸主のAさんが、借主のBさんに、貸したお金を返してほしいと請求しました。Bさんは「もう返した」と主張していますが、その唯一の裏付けが、返済のときにその場に居合わせた友人Cさんの証言だけだったとします。証人が1人だけだからといって、証人尋問自体を断れるわけではありません。そこに、判例が歯止めをかけました。

⭐ 論文で書く規範:唯一の証拠方法の法理 申し出た証拠がそれ1つしか無いなら、特段の事情が無い限り、裁判所は、その証拠調べを断れない (最判昭53・3・23(条文には根拠が無い判例法理))

原則として、断れません。Bさんにとって、証拠方法、つまり証人や文書のように裁判所が取り調べる対象が、友人Cさん1人しかいない以上、裁判所は、証拠調べそのものを却下することはできません。ここで1つ、立ち止まって考えてほしい問いがあります。この法理は、民事訴訟法の何条に書いてあるでしょうか。実は、どの条文にも書かれていません。181条は「必要でないと認めるものは取り調べることを要しない」としか定めていません。唯一の証拠方法だから却下できない、という部分は、条文には一切根拠が無く、判例が独自に付け加えた歯止めなんです。取り調べる前に「どうせ信用できない」と決めてしまうのは、中身を見ずに結論を先に決めることです。しかもBさんには他に立証する手段が無いので、ここで断られれば、返済を証明する機会そのものを失い、それだけで負けてしまいます。ただし、絶対に取り調べなければならないわけではなく、さっき見た181条2項のように、証人が長期入院していて出頭の見通しが立たないなど、取り調べること自体が不可能な特段の事情があれば、話は別です。ここは論文でも問われる論点です。

もしBさんが、友人Cさんの証言に加えて、返済のときに受け取った受領書も持っていたとします。この場合、友人Cさんの証言は、受領書を補強する立場に過ぎず、唯一の証拠方法ではありません。裁判所は、受領書だけで十分に心証が形成できると判断すれば、証人尋問を断ることができます。証拠が1つしか無いか、他にも裏付けがあるかで、結論が変わる境目になっています。裁判所は却下できず、いったんは取り調べなければなりませんが、取り調べた証言をどこまで信用するかは、また別の問題です。それは自由心証主義という、別の回で扱うテーマです。今日は、却下できるかどうかという、入口の話に絞ってください。

183条——採用後は、当事者主義から職権進行主義へ

当事者主義と職権進行主義の交錯の板(証拠を出すか何を出すか=当事者主義・弁論主義③証拠の申出は当事者の権能/採用後の実施183条=職権進行主義・当事者の出欠に左右されない/採用の前後で主導権が入れ替わる) 図:当事者主義と職権進行主義の交錯の板

  • 証拠を出すか何を出すか=当事者主義・弁論主義③証拠の申出は当事者の権能
  • 採用後の実施183条=職権進行主義・当事者の出欠に左右されない
  • 採用の前後で主導権が入れ替わる

最後は、証拠が採用された後の話です。

条文民事訴訟法183条

民事訴訟法183条(当事者の不出頭の場合の取扱い) 証拠調べは、当事者が期日に出頭しない場合においても、することができる。

さっきのレストランで言えば、注文が通った後の厨房は、注文した客がその場に居合わせているかどうかに関わらず、調理を進めます。注文するかどうかは客の意思ですが、通った注文を作るかどうかは、もう客の出欠に左右されません。もし当事者が欠席しただけで取調べが止まるなら、不利な証言を聞かれたくない側は、期日を休むだけで手続を止められてしまいます。Aさんの事件でも、病院B側が欠席したからといって、採用が決まった看護師の尋問は予定どおり行われます。証拠を出すかどうかを当事者が決める場面と、採用された後は当事者の出欠に左右されず進む場面——そこに、今日の一本の軸がそのまま表れています。証拠を出すかどうか、何を出すかは、当事者の権能、当事者主義です。しかし、いったん採用された証拠の実施は、当事者の出欠に左右されません。以前見た職権進行主義、つまり手続を進める主導権は裁判所にある、という原則が働く場面です。何を証拠にするかまで裁判所が決めるわけではありません。証拠調べという1つの手続の中に、当事者主義と職権進行主義が交錯しているんです。

Aさんの事件で振り返る、証拠調べの入口

まとめの板(Aの事件に当てはめる一本の流れ・カルテが消える前に証拠保全234条で残す・集めた証拠の中から選んで申出180条1項・裁判所が採否を判断181条・唯一の証拠方法なら原則として却下できない・採用されたら183条で当事者の出欠に関わらず取り調べる) 図:まとめの板

今日見てきた流れを、冒頭のAさんの事件に当てはめて振り返りましょう。まず、カルテが書き換えられる前に、証拠保全でその内容を残します。次に、Aさんは、集めた証拠の中から、自分の主張に必要なものを選んで、裁判所に申出をします。この申出は、証拠調べが実施される前なら撤回もできます。必要でないと判断すれば、断ることができます。ただし、恣意的な却下は許されず、その証拠が唯一の証拠方法であれば、特段の事情が無い限り、そもそも断ることができません。そして、いったん採用されれば、当事者の出欠に関わらず、取調べは進みます。

証拠が消えないように残し、選んで出し、裁判所が要るかどうかを見極め、採用されたら進めていく。この一本の流れが、証拠調べの入口です。

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#53単独ページ動画

5つの証拠方法と集中証拠調べ

第2章 訴訟の審理 #53/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の続き――採用された証拠を、どう調べるのか

冒頭事案の関係図(前回Aさんの事件でカルテの証拠保全・証拠の申出・採否まで進んだ・採用された証拠をこれからどう取り調べるかが今日のテーマ) 図:冒頭事案の関係図

前回は、Aさんの事件で、証拠が消える前にカルテを残し、集めた証拠の中から選んで申し出て、裁判所がそれを取り調べるかどうかを決めるところまでを見ました。採用されたあとの調べ方が、今日のテーマです。採用された証拠を、実際にどんな作法で取り調べていくのか。カルテは早い段階で調べられるのに、証人はずっと後になってから調べられます。この違いには、理由があります。

5つの証拠方法――何を調べるかで種類が決まる

5つの証拠方法の対応板(カルテ=書証219条・看護師=証人尋問190条・Aさん本人=当事者尋問207条・専門医=鑑定212条・手術器具と病室=検証232条・証拠調べの種類と証拠方法は1対1で対応する) 図:5つの証拠方法の対応板

Aさんの事件に、5つ全部を当てはめてみましょう。まず、証拠調べの種類と、調べられる対象、つまり証拠方法は、1対1で対応しています。

条文民事訴訟法190条

民事訴訟法190条(証人義務) 裁判所は、特別の定めがある場合を除き、何人でも証人として尋問することができる。

担当していた看護師を調べるなら、証人尋問です。対象は証人。

条文民事訴訟法207条1項

民事訴訟法207条1項(当事者本人の尋問) 裁判所は、申立てにより又は職権で、当事者本人を尋問することができる。この場合においては、その当事者に宣誓をさせることができる。

Aさん自身に、手術の前後にどう感じたかを聞くなら、当事者尋問です。対象は当事者本人。証人は事件の外にいる第三者、当事者本人は事件の当事者自身、という違いです。この2つには共通する規定が多いので、あとでまとめて扱います。

条文民事訴訟法212条1項

民事訴訟法212条1項(鑑定義務) 鑑定に必要な学識経験を有する者は、鑑定をする義務を負う。

手術の適否を専門的に評価してもらうなら、鑑定です。対象は鑑定人。

条文民事訴訟法219条

民事訴訟法219条(書証の申出) 書証の申出は、文書を提出し、又は文書の所持者にその提出を命ずることを申し立ててしなければならない。

カルテそのものを調べるなら、書証です。対象は文書。

条文民事訴訟法232条1項

民事訴訟法232条1項(検証の目的の提示等) 第二百十九条、第二百二十三条、第二百二十四条、第二百二十六条及び第二百二十七条第一項の規定は、検証の目的の提示又は送付について準用する。

手術に使われた器具や、事故が起きた病室そのものを見るなら、検証です。対象は検証物。いまの条文は番号ばかりですが、検証物を出してもらう手続は、書証の規定を借りて使う、という意味です。何を調べるかが決まれば、どの証拠調べを使うかも自動的に決まります。調べる対象そのものが証拠方法、それをどう調べるかが証拠調べの種類です。別々の言葉ですが、1対1でつながっています。

準文書と電磁的記録――文書に準じるものたち

準文書と電磁的記録の設例板(手術室の監視カメラの録画=準文書231条=書証の規定を準用・電子カルテのサーバーログ=電磁的記録231条の2・231条の3=令和4年改正で新設・いずれも書証と同じ扱いを受ける) 図:準文書と電磁的記録の設例板

もう1つ、書証には仲間がいます。図面や写真、録音テープやビデオテープのような、文書ではないけれど情報を表すために作られた物件です。

条文民事訴訟法231条

民事訴訟法231条(文書に準ずる物件への準用) この節の規定は、図面、写真、録音テープ、ビデオテープその他の情報を表すために作成された物件で文書でないものについて準用する。

これを準文書と呼びます。Aさんの事件なら、手術室に設置された監視カメラの録画テープが、まさにこれにあたります。文書ではありませんが、書証と同じ規定で調べられます。紙ではなくデータで残る記録が増えたことから、比較的新しい改正で、電磁的記録に記録された情報の証拠調べの規定が新しく設けられました。

条文民事訴訟法231条の2第1項

民事訴訟法231条の2第1項(電磁的記録に記録された情報の内容に係る証拠調べの申出) 電磁的記録に記録された情報の内容に係る証拠調べの申出は、当該電磁的記録を提出し、又は当該電磁的記録を利用する権限を有する者にその提出を命ずることを申し立ててしなければならない。

Aさんの事件なら、病院の電子カルテのサーバーに残っているログデータが、これにあたります。USBメモリなどに記録できるデジタルデータ一般が対象です。準文書と同じく、書証の規定を準用するかたちで調べられます。文書そのものではなくても、書証と同じ扱いを受ける。この仲間の広さを押さえておいてください。

書証だけが特別扱いされる理由

書証の特殊性の板(裁判所が文書を閲読するだけで実施される=公開法廷になじまない・事案の解明と争点の絞り込みに役立つ客観的な記録=早く読むほど有用・だから文書と準文書と電磁的記録に限り原則非公開の弁論準備手続で調べられる170条2項) 図:書証の特殊性の板

ここからが今日の中心です。文書、それに準文書と電磁的記録も含めて、これらだけが特別扱いされます。まず、なぜ特別扱いされるのか、理由から見ていきます。2つの理由があります。1つ目は、文書から得られる情報が、事件の結論を決めるだけでなく、事案そのもの、つまりどういう経緯で何が起きたのかを解明し、争点を絞り込むことにも役立つという点です。カルテのような客観的な記録は、訴え提起よりも前から存在しているので、早く読めば早く事件の全体像がつかめます。2つ目は、書証は、裁判所が文書を閲読するだけで実施される、という点です。裁判官が黙って文書を読む作業には、傍聴人に見せて公開する必要性がありません。この2つの理由から、法律は、文書と準文書と電磁的記録に限って、弁論準備手続で調べることを認めています。争点整理の回で見たとおり、弁論準備手続は原則非公開です。裁判所が相当と認めた人や、当事者が申し出た人は傍聴できますが、法廷のように誰でも入れる場ではありません。

条文民事訴訟法170条2項

民事訴訟法170条2項(弁論準備手続における訴訟行為等) 裁判所は、弁論準備手続の期日において、証拠の申出に関する裁判その他の口頭弁論の期日外においてすることができる裁判、文書(第二百三十一条に規定する物件を含む。)の証拠調べ、第二百三十一条の二第一項に規定する電磁的記録に記録された情報の内容に係る証拠調べ並びに第百八十六条第二項、第二百五条第三項(第二百七十八条第二項において準用する場合を含む。)、第二百十五条第四項(第二百七十八条第二項において準用する場合を含む。)及び第二百十八条第三項の提示をすることができる。

病院Bのカルテは、実は訴状の段階から写しの添付が求められています。争点整理が始まってすぐ、裁判が本格化するかなり早い時期に、非公開の準備室で裁判官が読むことになります。

条文民事訴訟規則55条2項

民事訴訟規則55条2項(訴状の添付書類) 前項に規定するほか、訴状には、立証を要する事由につき、証拠となるべき文書の写し(以下「書証の写し」という。)で重要なものを添付しなければならない。

手術の器具は、ちょうど境目にあたります。監視カメラの録画は、再生して中身を読み取るので、書証の仲間でした。でも器具は、裁判官が自分の目で傷や形を確かめる検証です。読むだけでは済まないので、非公開の準備室ではなく、口頭弁論期日で調べます。証人や、Aさん本人も、同じように早く調べてもらえないんですか。それができないんです。ここが今日のもう1つの軸になります。人に話を聞くという行為は、文書を読むという行為とは、性質がまったく違います。この違いを、次に見ていきましょう。

厳格な証明と自由な証明――境目を区切る

厳格な証明と自由な証明の比較板(厳格な証明=文書以外の証拠方法は口頭弁論期日で行う87条1項・公開主義直接主義口頭主義双方審尋主義に支配される/自由な証明=法定の手続に縛られない・許されるのは職権調査事項の認定と準拠法経験則の探知の2類型に限る) 図:厳格な証明と自由な証明の比較板

  • 厳格な証明=文書以外の証拠方法は口頭弁論期日で行う87条1項・公開主義直接主義口頭主義双方審尋主義に支配される
  • 自由な証明=法定の手続に縛られない・許されるのは職権調査事項の認定と準拠法経験則の探知の2類型に限る

文書と準文書と電磁的記録を除く証拠方法、つまり証人、当事者本人、鑑定人、検証物の取調べは、口頭弁論期日で行わなければなりません。人の話は、言葉だけでなく、表情や言いよどみ、相手方からの突っ込みへの反応まで見て、初めて信用できるかが分かります。口頭弁論の諸原則の回で見た直接主義、つまり判決の基礎となる弁論と証拠調べに直接立ち会った裁判官だけが、その判決を書けるというルールは、そのためにあります。しかも密室で聞いた話で結論が決まらないよう、誰でも見られる場所で行います。

条文民事訴訟法87条1項

民事訴訟法87条1項(口頭弁論の必要性) 当事者は、訴訟について、裁判所において口頭弁論をしなければならない。ただし、決定で完結すべき事件については、裁判所が、口頭弁論をすべきか否かを定める。

口頭弁論期日は憲法82条が求める公開の法廷です。そこでは、公開主義、直接主義、口頭主義、双方審尋主義といった諸原則に支配されます。このように、法律で定められた手続に従う証明を、厳格な証明と呼びます。厳格じゃない証明もあるんですか。あります。この厳格な証明の規定に縛られない証明を、自由な証明と呼びます。ただし、自由な証明が使えるのは、どんな場面でも、というわけではありません。決定で終わる手続なら、いつでも自由な証明でいい、という理解でいいですか。そこが誤解されやすい点です。自由な証明は、主に、序章で見た、より弾力的な手続で裁判する非訟事件の決定手続で使われます。ですが、民事訴訟の中で許される場面は、2つの類型に限られます。1つは、訴訟要件や上訴の要件のように、裁判所が自分の判断で調べる職権調査事項を認定する場面。もう1つは、外国が関わる事件でどの国の法律を使うかという準拠法や、一般的な経験に基づくルールである経験則を探知する場面です。2つに共通するのは、どちらも裁判所が自分の責任で決める事柄で、原告と被告が勝ち負けをかけて争う事件そのものの事実ではない、という点です。準拠法や経験則は、裁判所の専権事項、つまり裁判所だけが決める事柄とされています。だから、公開の法廷で当事者に攻防させる手続まで踏まなくてよいのです。この2つ以外に、勝手に広げないでください。

たとえば、Aさんが同じ病院Bを相手に、別の裁判所にも同じ訴えを起こしていないか。二重起訴の回で見た、裁判所が自分で調べる事柄です。こうした点は、法定の証拠調べの手続を踏まずに確かめられます。これに対して、看護師が当日何を見たかという事件そのものの事実は、必ず厳格な証明です。

裁判所外の証拠調べ――公開主義・直接主義の緩和

裁判所外の証拠調べの板(相当と認めるとき185条1項=受命裁判官または受託裁判官が現地に出向く・比較的新しい改正で185条3項=その現地での証拠調べにウェブ会議で加わる方法も新設・204条=通常の尋問そのものを出頭困難な証人とウェブでつなぐ別の条文・いずれも公開主義直接主義の緩和) 図:裁判所外の証拠調べの板

口頭弁論期日の公開主義や直接主義にも、緩和される場面があります。

条文民事訴訟法185条1項

民事訴訟法185条1項(裁判所外における証拠調べ) 裁判所は、相当と認めるときは、裁判所外において証拠調べをすることができる。この場合においては、合議体の構成員に命じ、又は地方裁判所若しくは簡易裁判所に嘱託して証拠調べをさせることができる。

裁判所が相当と認めれば、法廷の外で証拠調べができます。合議体の一員である受命裁判官に命じたり、他の裁判所である受託裁判官に嘱託したりする方法です。看護師が、けがをして遠くの病院に入院していて、法廷まで来られない場合を考えてみましょう。この場合、受命裁判官が実際にその病院まで出向いて、話を聞くことができます。あるいは、手術室そのものを、裁判所がその場へ出向いて確かめる場合も同じです。この、裁判所が現地へ出向いて行う証拠調べに、比較的新しい改正で加わった規定があります。

条文民事訴訟法185条3項

民事訴訟法185条3項(ウェブ会議による証拠調べ) 裁判所……は、相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、最高裁判所規則で定めるところにより、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって、第一項の規定による証拠調べの手続を行うことができる。

当事者の意見を聴いたうえで、映像と音声をやり取りするウェブ会議の方法で、この裁判所外の証拠調べの手続を行うことができます。受命裁判官が病院まで出向いて話を聞くその場に、当事者や代理人が現地へ行かずにウェブ会議でつないで加わる、というかたちです。さっき出てきた、入院中の看護師のことですが、その看護師本人が、病室にいながらウェブ会議で尋問を受ける、というのは、この185条3項のことですか。そこは違います。看護師本人が出頭できないまま、尋問そのものをウェブ会議でつなぐのは、204条という別の条文です。185条3項は、受命裁判官が現地に出向く証拠調べの手続に、当事者などがウェブでつないで加わる規定。204条は、証人が出頭困難なときに、その尋問そのものをウェブ会議で行う規定です。

条文民事訴訟法204条

民事訴訟法204条(映像等の送受信による通話の方法による尋問) 裁判所は、次に掲げる場合であって、相当と認めるときは、最高裁判所規則で定めるところにより、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって、証人の尋問をすることができる。 一 証人の住所、年齢又は心身の状態その他の事情により、証人が受訴裁判所に出頭することが困難であると認める場合 二 事案の性質、証人の年齢又は心身の状態、証人と当事者本人又はその法定代理人との関係その他の事情により、証人が裁判長及び当事者が証人を尋問するために在席する場所において陳述するときは圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認める場合 三 当事者に異議がない場合

遠くの病院に入院していて出頭できない看護師を、法廷とウェブ会議でつないで尋問するのは、この204条にあたります。185条3項と204条、どちらもウェブ会議を使いますが、何をウェブでつなぐのかが違う、という点を分けて覚えてください。法廷の外での証拠調べでは、公開主義や直接主義は、完全に守られているわけではありません。裁判官が現地まで出向けば、その場を直接確かめられますが、法廷にいる当事者や傍聴人からは見えなくなります。公開の法廷でそろって直接調べられない不利益より、証拠が得られる利益が大きいと裁判所が認めた場合に限って、その2つの原則を緩めているんです。ここまでで、書証が非公開で早く調べられる理由と、それ以外は公開の法廷が原則だということを見ました。ここからは、証人や当事者本人のような、人に話を聞く証拠調べに移ります。

人証の意義――鑑定人だけ違う扱い

人証の意義の板(証人・当事者本人・鑑定人=人を対象にする証拠調べ=人証・証人と当事者本人は共通規定が多い210条・鑑定人だけ違う=裁判所が選任213条・尋問ではなく質問215条の2・専門委員は証拠資料そのものではない) 図:人証の意義の板

ここからは、書証との対照のために、書証は早く・非公開で/人証は最後に・公開で、という対照を頭に置いておいてください。まず、証人、当事者本人、鑑定人という、人を対象にする証拠調べを、まとめて人証と呼びます。

条文民事訴訟法210条

民事訴訟法210条(証人尋問の規定の準用) 第百九十五条、第二百一条第二項、第二百二条から第二百四条まで及び第二百六条の規定は、当事者本人の尋問について準用する。

証人と当事者本人は、判決で終わる訴訟ではほぼ必ず尋問が行われますし、共通する規定も多いです。ですが、鑑定人だけは違います。

条文民事訴訟法213条

民事訴訟法213条(鑑定人の指定) 鑑定人は、受訴裁判所、受命裁判官又は受託裁判官が指定する。

証人は、当事者が「この人を調べてほしい」と申し出るんですよね。鑑定人も同じですか。違います。鑑定人は、当事者ではなく裁判所が指定します。専門医を鑑定人として選ぶのは、Aさんでも病院Bでもなく、裁判所です。看護師は、その場に居合わせた本人なので、代わりはいません。でも専門的な意見なら、同じ分野の医師はほかにもいます。代わりがきく立場だからこそ、中立な人を裁判所が選ぶんです。さらに、実際の手続でも違いがあります。

条文民事訴訟法215条の2第1項・2項

民事訴訟法215条の2第1項・2項(鑑定人質問) 裁判所は、鑑定人に口頭で意見を述べさせる場合には、鑑定人が意見の陳述をした後に、鑑定人に対し質問をすることができる。 2 前項の質問は、裁判長、その鑑定の申出をした当事者、他の当事者の順序でする。

鑑定人も、証人と同じように尋問されるんですか。そこがよく誤解される点です。鑑定人は尋問されるのではなく、質問を受けます。専門医は、まず書面か口頭で意見を述べ、その後、裁判長、鑑定を申し出た当事者、他の当事者の順で質問を受けます。証人は自分が見聞きした事実を語る立場ですが、鑑定人はすでに述べた意見について、さらに掘り下げて聞かれる立場です。この違いが、質問という言葉に表れています。専門委員は、裁判所が専門的な知見を借りるための補助者にすぎず、専門委員の説明そのものは証拠資料になりません。これに対して、鑑定人は証拠方法そのものです。専門委員と鑑定人、似ているようで、証拠になるかならないかが違います。

集中証拠調べの原則――書証との対照

書証と人証の対照板(カルテ書証=訴状の段階から早く原則非公開の弁論準備手続で調べる・看護師Aさん本人人証=争点整理が終わった後にできる限り集中して公開の口頭弁論期日で調べる182条・専門医鑑定人は別扱い・弁論準備手続の期日では人証はできない) 図:書証と人証の対照板

ここで、今日いちばん大事な問いに戻ります。カルテは訴状の段階から早く、非公開の準備室で読まれます。なのに看護師の証言や、Aさん本人への尋問は、なぜ最後にまとめて、公開の法廷で行われるんでしょうか。専門医は鑑定人なので、この集中の条文には名前が挙がっていません。ただ、口頭で意見を述べる場合は、公開の口頭弁論期日で聞く点は、証人と同じです。人に話を聞くという行為には、聞くべき論点が絞られていないと、的外れな質問を重ねてしまうという弱点があります。争点が固まっていないうちに証人を呼んでも、何を聞けばいいのか分からず、手続が余計に長引きます。だから、争点と証拠の整理が終わってから、まとめて集中して聞くことにしているんです。

Aさんの事件で、争点整理の結果、争いは手術の腕前ではなく、術後の夜に容体の変化を見落としたかどうかに絞られたとします。そうなれば、看護師に聞くべきは、その夜何時に病室を回ったか、です。整理の前に呼んでいたら、手術室の様子ばかり聞いてしまい、もう一度呼び直すことになります。

条文民事訴訟法182条

民事訴訟法182条(集中証拠調べ) 証人及び当事者本人の尋問は、できる限り、争点及び証拠の整理が終了した後に集中して行わなければならない。

「集中して」が1回の期日で終えることまで意味するかは、条文の要件と、実務の運用を区別して考えてください。条文が求めているのは「できる限り、争点及び証拠の整理が終了した後に集中して行う」ことだけです。1回の期日で完了させる、というのは、条文に書かれた要件ではなく、実務上そう運用されているというだけです。混同しないでください。人証を、弁論準備手続の非公開の部屋で先に済ませることは、できません。人証は、必ず公開の法廷、つまり口頭弁論期日で実施しなければなりません。さっき見た185条のような例外を除けば、弁論準備手続の期日で人証を実施することは許されません。読むだけで済むか、話を聞くか。この違いが、書証は非公開で早く、人証は公開で最後にまとめて、という対照を生んでいます。ここが、今日いちばん覚えてほしいところです。

人証の準備――証明すべき事実の確認と対質

人証の準備手続の板(争点整理の終わりに証明すべき事実を確認165条1項・尋問の申出はできる限り一括規100条・裁判所が必要性を判断181条1項・呼び出した証人らを同席させ陳述させる対質規118条規126条・集中証拠調べは合計2から3時間通して行われる) 図:人証の準備手続の板

争点整理が終わったら、すぐに証人を呼ぶわけではありません。まず、裁判所は、その後の証拠調べで何を証明するのかを、当事者との間で確認します。

条文民事訴訟法165条1項

民事訴訟法165条1項(証明すべき事実の確認等) 裁判所は、準備的口頭弁論を終了するに当たり、その後の証拠調べにより証明すべき事実を当事者との間で確認するものとする。

この確認は、争点整理の方式が違っても行われます。ただ、確認する時点が違います。争点整理が終わったあとの回で見たとおり、弁論準備手続なら、口頭弁論の規定を準用する170条5項によって、終結するその場で確認します。書面による準備手続は、そもそも当事者が出頭しないので、177条によって、終結したあとの次の口頭弁論の期日で確認します。証人や当事者本人の尋問の申出は、できる限り一括して行うことになっています。

条文民事訴訟規則100条

民事訴訟規則100条(証人及び当事者本人の一括申出) 証人及び当事者本人の尋問の申出は、できる限り、一括してしなければならない。

そのうえで、裁判所が、それぞれの証人や当事者の供述が本当に必要かどうかを判断します。これは前回見た採否の判断、181条1項の話です。採用されたら、主尋問と反対尋問にどれだけ時間を使うか、全体で何時間かけるかまで、綿密に計画が組まれます。同じ期日に、まとめて2時間から3時間ほど通して行われることが多いです。さらに、必要があれば、対質という方法も使えます。

条文民事訴訟規則118条1項

民事訴訟規則118条1項(対質) 裁判長は、必要があると認めるときは、証人と他の証人との対質を命ずることができる。

条文民事訴訟規則126条

民事訴訟規則126条(対質) 裁判長は、必要があると認めるときは、当事者本人と、他の当事者本人又は証人との対質を命ずることができる。

証人や当事者本人を同席させて、互いの話を聞いたうえで、さらに陳述させる方法です。看護師の証言と、Aさん本人の供述が食い違うような場面で、裁判長が必要だと判断すれば、2人を同席させて、その場でつじつまを確認することができます。

Aさんの事件で振り返る

まとめの板(カルテ書証=訴状の段階から早く原則非公開の弁論準備手続で・準文書と電磁的記録も同じ扱い・看護師Aさん本人=人証=争点整理が終わった後に公開の口頭弁論期日でまとめて集中して・専門医の鑑定は質問という別の方式・軸=読むことか聞くことかで場所と時期が決まる) 図:まとめの板

今日見てきたことを、Aさんの事件で振り返りましょう。まず、カルテは書証として、訴状の段階から早く、原則非公開の弁論準備手続で調べられます。監視カメラの録画のような準文書、電子カルテのログのような電磁的記録も、同じ扱いを受けます。これに対して、看護師とAさん本人という人証は、争点整理がすべて終わった後、公開の法廷でまとめて集中して調べられます。専門医の鑑定は、質問という別の方式で扱われるのでしたね。聞くべきことが絞られていないと的外れな質問になること、そして、人の話は表情や反応まで見て初めて信用できるかが分かることが、その理由でした。

鑑定人は裁判所が選び、尋問ではなく質問を受ける。この点も押さえておいてください。専門的な知見を借りる立場だからこそ、証人とは扱いが違います。読むことか、聞くことか。この1つの違いが、証拠が調べられる場所と時期を、全部決めていました。

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#54単独ページ動画

証人義務と証言拒絶権

第2章 訴訟の審理 #54/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

記者は取材源を明かさなければならないのか

冒頭事案の関係図(食品会社Bの製品による健康被害でAがBを訴えた・Aを治療した医師D・Bの製法担当技術者E・この事件を報じた記者C・Aは当事者でC・D・Eの3人が証人になりうる) 図:冒頭事案の関係図

この事件を報じた記者Cが、法廷で「その話を誰から聞いたのか、取材源を明かしなさい」と求められたとします。Cはこれを拒めるでしょうか。この問いへの答えは、今日の後半で戻ってきます。まず押さえておきたいのは、証人として呼ばれた人には、原則として答える義務がある、という前提です。この前提がどれくらい強いものかを知らないと、記者が拒めるかどうかも判断できません。

証人とは・証人義務とは

証人の定義と証人義務の板(証人=自ら過去に経験した具体的事実を裁判所で供述する訴訟の第三者・記憶が頼りなので文書検証物より確実性で劣るが契約書のない取引や偶発的な事故では不可欠・190条=何人でも証人として尋問することができる=裏から読めば全員に証言する義務がある・例外は当事者の法定代理人211条) 図:証人の定義と証人義務の板

証人と、当事者本人、そして鑑定人の3つでした。今日はそのうちの1人目、証人に絞って見ていきます。まず証人とは何か。自分が過去に経験した具体的な事実を、裁判所で話す、訴訟の第三者のことです。契約書や写真のような客観的な証拠が最初から揃っている事件なら、証人の話は補助的なもので済みます。でも、契約書を作らずに進めた取引や、突然起きた事故のように、客観的な証拠に乏しい事件では、その場を見ていた人の記憶が、事実を知る唯一の手がかりになります。今日の事件でいえば、Bの工場で何が起きていたかを直接知っているのは、そこで働いていた人たちだけです。

条文民事訴訟法190条

民事訴訟法190条(証人義務) 裁判所は、特別の定めがある場合を除き、何人でも証人として尋問することができる。

この条文を裏から読んでください。裁判所が「何人でも」尋問できるということは、呼ばれた側からすれば、特別な理由がない限り、証人になることを拒めない、ということです。年齢の下限も上限もなく、精神状態に一定の制限もありません。Bの取引先の社長でも、Aの家族でも、誰でも証人になれます。この誰にでもかかる原則こそが、証人義務の実体です。誰でも証人になれるということは、Aさんの奥さんやお子さんも、証人として呼べるんですか。呼べます。当事者の親族であることは、証人になれない理由にはなりません。ただし1つだけ例外があります。

条文民事訴訟法211条

民事訴訟法211条(法定代理人の尋問) この法律中当事者本人の尋問に関する規定は、訴訟において当事者を代表する法定代理人について準用する。ただし、当事者本人を尋問することを妨げない。

当事者を代表して訴訟を進める法定代理人は、証人にはなれません。話を聞かれる場面はありますが、それは証人尋問ではなく、当事者本人の尋問の手続に乗ります。当事者側にすでに組み込まれている立場なので、外側から呼ばれる証人という枠には入らない、ということです。

出頭義務――呼ばれたら来なければならない

出頭義務と制裁3段の板(呼出しで出頭を確保・不出頭の制裁1=訴訟費用の負担+10万円以下の過料192条1項・制裁2=犯罪として10万円以下の罰金または拘留193条1項・制裁3=勾引194条1項=代わりがきかないから・実務でここまで使われることはほとんど無い) 図:出頭義務と制裁3段の板

  • 呼出しで出頭を確保・不出頭の制裁1=訴訟費用の負担
  • 10万円以下の過料192条1項・制裁2=犯罪として10万円以下の罰金または拘留193条1項・制裁3=勾引194条1項=代わりがきかないから・実務でここまで使われることはほとんど無い

証人になったら、まず出頭しなければなりません。裁判所が呼出しを送り、証人を申し出た当事者にも出頭させる努力が求められます。3段階の制裁が用意されています。

条文民事訴訟法192条1項・2項

民事訴訟法192条1項・2項(不出頭に対する過料等) 証人が正当な理由なく出頭しないときは、裁判所は、決定で、これによって生じた訴訟費用の負担を命じ、かつ、十万円以下の過料に処する。 2 前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。

まず、訴訟費用の負担と、さらに10万円以下の過料です。過料は、刑罰ではない金銭の制裁で、前科はつきません。

条文民事訴訟法193条1項・2項

民事訴訟法193条1項・2項(不出頭に対する罰金等) 証人が正当な理由なく出頭しないときは、十万円以下の罰金又は拘留に処する。 2 前項の罪を犯した者には、情状により、罰金及び拘留を併科することができる。

次に、これは犯罪としての制裁です。10万円以下の罰金、または拘留。拘留は、30日未満の短い期間、身柄を拘束する刑罰です。

条文民事訴訟法194条1項・2項

民事訴訟法194条1項・2項(勾引) 裁判所は、正当な理由なく出頭しない証人の勾引を命ずることができる。 2 刑事訴訟法中勾引に関する規定は、前項の勾引について準用する。

最後は、身柄を強制的に法廷まで連れてくる勾引です。勾引まで用意されているのは、証人の特殊さのためです。文書はコピーが取れますが、証人は代わりがきかない。Bの工場でその日その場に居合わせた人の記憶は、その人からしか得られません。だからこそ、他の証拠方法には無い、身柄の強制まで法律は用意しているんです。もっとも、実際の裁判で、ここまでの強制措置が取られることはほとんどありません。制裁の重さそのものが、証人義務の重さを表している、と理解してください。

証言義務と証言拒絶権――拒めるのは黙秘義務がある場合だけ

証言拒絶権の枠組みの板(証人は尋問に答える義務がある190条=証言義務・拒めるのは法が黙秘を義務づけている場合だけ=証言拒絶権・黙秘義務が免除されれば拒めない197条2項・証言拒絶権が認められる理由は文書提出義務の除外事由220条4号の母法にもなる) 図:証言拒絶権の枠組みの板

出頭したら、次は証言する義務です。証人は尋問に答えなければなりません。ただし、これにも例外があります。さっき、証人義務は誰にでもかかる原則、と言っていましたよね。証言する義務にも、例外があるんですか。あります。ただし、その例外が開くのは、法律が別の場面で「それについては黙っていなさい」と義務づけている場合に限られます。証言を拒みたいから拒める、という順序ではありません。黙秘義務が先にあって、その裏返しとして証言拒絶権が認められる、という順序です。

条文民事訴訟法197条2項

民事訴訟法197条2項(証言拒絶権の限界) 前項の規定は、証人が黙秘の義務を免除された場合には、適用しない。

この2項がその順序をよく表しています。黙秘義務が免除されれば、証言拒絶権も一緒に消えます。根拠が外れれば、例外も一緒に外れる、ということです。今日この先で見る4つの場合は、すべて「何が証人に黙秘を義務づけているか」の一覧として見てください。なお、証言拒絶権が認められる場合は、後の回で扱う文書提出義務を免れる理由としても使われます。

4つの場合①・②――義務の出どころがはっきりしている場合

4類型のうち①②の板(公務員の職務上の秘密191条197条1項1号=監督官庁の承認が無ければ拒める・自己負罪拒否特権196条=証人自身または一定の親族が刑事訴追や有罪判決を受けるおそれ・憲法38条1項の考え方・いずれも黙秘義務の出どころが法律上はっきりしている) 図:4類型のうち①②の板

4つの場合を、順番に見ていきます。まず1つ目は、公務員の職務上の秘密です。

条文民事訴訟法191条1項・2項

民事訴訟法191条1項・2項(公務員の尋問) 公務員又は公務員であった者を証人として職務上の秘密について尋問する場合には、裁判所は、当該監督官庁(衆議院若しくは参議院の議員又はその職にあった者についてはその院、内閣総理大臣その他の国務大臣又はその職にあった者については内閣)の承認を得なければならない。 2 前項の承認は、公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある場合を除き、拒むことができない。

公務員に職務上の秘密を尋問するには、まず監督官庁の承認が必要です。承認が得られなければ、その証人はその点について証言を拒めます。監督官庁は、いつでも承認を拒めるんですか。違います。拒めるのは「公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある場合」に限られます。承認するかどうかを監督官庁の好みで決めさせないための縛りです。

条文民事訴訟法197条1項1号

民事訴訟法197条1項1号(証言拒絶権) 次に掲げる場合には、証人は、証言を拒むことができる。一 第百九十一条第一項の場合

この承認が得られない場合こそが、証言拒絶権の1つ目の場合にあたります。ここでの黙秘義務の出どころは、公務員としての秘密保持の立場そのものです。もし保健所の元職員が、この会社の製品を調査した記録について尋問されるなら、この場面に当てはまる可能性があります。次は2つ目、自己負罪拒否特権です。

条文民事訴訟法196条

民事訴訟法196条(証言拒絶権) 証言が証人又は証人と次に掲げる関係を有する者が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれがある事項に関するときは、証人は、証言を拒むことができる。証言がこれらの者の名誉を害すべき事項に関するときも、同様とする。 一 配偶者、四親等内の血族若しくは三親等内の姻族の関係にあり、又はあったこと。 二 後見人と被後見人の関係にあること。

自分自身、または配偶者や一定の親族が、刑事訴追や有罪判決を受けるおそれがある事柄については、証言を拒めます。名誉を害する事柄についても同じです。Bの製法担当技術者Eを考えてみましょう。もし会社Bが違法な工程で製品を作るよう指示していて、Eがそれに従っていたとしたら、Eがその指示の内容を証言すると、Eは自分自身の刑事責任を認めることになりかねません。この場合、Eはその点について証言を拒めます。憲法38条1項は、自己に不利益な供述を強要されないという原則を定めています。この196条は、その考え方を民事訴訟の証人にも及ぼしたものだ、と理解しておいてください。

4つの場合③――専門職の守秘義務

4類型のうち③の板(専門職197条1項2号=医師弁護士等が職務上知り得た秘密・法律そのものが守秘義務を課す職業=黙秘義務の出どころが法律上はっきりしている・列挙外の専門職も類推できる・免除されれば拒めない197条2項) 図:4類型のうち③の板

3つ目は、医師や弁護士のような専門職です。

条文民事訴訟法197条1項2号

民事訴訟法197条1項2号(証言拒絶権) 二 医師、歯科医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、弁護人、公証人、宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者又はこれらの職にあった者が職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて尋問を受ける場合

医師、弁護士、公証人など、法律で列挙された職業の人が、仕事の中で知った、黙っておくべき事実について尋問される場合です。これらの職業は、法律そのものが守秘義務を課しています。列挙されていない専門職でも、法律上の守秘義務を負う職業であれば、この規定を類推できると考えられています。Dは、Aを治療する中で知った病状について、証言を拒めます。ただし、ここで思い出してほしいのが、さっき出てきた197条2項です。Dの黙秘義務は、そもそもAを守るためのものです。だから、Aが「もう話していい」と言えば、Dの黙秘義務はその範囲で消え、Dはその点について証言を拒めなくなります。黙秘義務の持ち主が免除すれば、義務も、それに乗っていた証言拒絶権も、一緒に外れるということです。

4つの場合④――技術又は職業の秘密の意義

4類型のうち④の板(技術又は職業の秘密197条1項3号=①②③と違い定型的な資格の裏付けが無い・最決平成12年の定義=公開されると社会的価値が下落し活動が困難になるもの・単に不都合というだけでは当たらない) 図:4類型のうち④の板

さて、4つ目です。技術又は職業の秘密。

条文民事訴訟法197条1項3号

民事訴訟法197条1項3号(証言拒絶権) 三 技術又は職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合

①は公務員という法律上の立場、②は自分の刑事責任というはっきりしたリスク、③は資格法が課す守秘義務でした。どれも、黙秘義務の出どころが法律上はっきりしています。ところが④には、そうした裏付けがありません。技術や職業の秘密なら何でも当てはまる、と広く読めてしまいそうですが、実際にはそう単純ではなく、何が「技術又は職業の秘密」に当たるのかを、判例が絞り込んでいます。

判例最高裁決定(平成12年3月10日・民集54巻3号1073頁)〈百選A24〉

技術又は職業の秘密の意義を示した事件 「技術又は職業の秘密」とは、その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落しこれによる活動が困難になるもの又は当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいう。

この判例が示した基準はこうです。その情報が公開されると、その技術の社会的な価値が下がって活動が難しくなる、あるいはその職業に深刻な影響が出て、以後の遂行が難しくなる。これに当たるものだけが「技術又は職業の秘密」です。単に「知られたら恥ずかしい」「不都合だ」というだけでは、当たらないんですか。当たりません。ここが境目です。たとえば、Eが持っている独自の製法が、公開されれば同業他社に模倣され、Bという会社の技術そのものの価値が下がってしまう、というなら、これは④に当たります。これに対して、単にBの社内的な体裁が悪くなる、経営陣が気まずい、という程度の不都合しか無いなら、社会的な価値の下落とは言えず、④には当たりません。会社にとって都合が悪いことと、社会的な価値が下がることは、同じではないんです。何でも秘密と言えば黙っていられるなら、誰にでもかかる証人義務という原則が骨抜きになります。だから、公開されると実害が出るものだけに絞るんです。

④の比較衡量――記者の場面で決着させる

④の比較衡量の板(1つ目から3つ目は要件を満たせばそのまま拒める・4つ目だけ比較衡量が要る・秘密の公表による不利益と証言拒絶によって犠牲になる真実発見及び裁判の公正との比較衡量・報道の内容や性質や社会的な意義や価値や取材の態様や将来の同種取材活動への支障の程度と事件の内容や性質や社会的な意義や価値や証言の必要性や代替証拠の有無とを突き合わせる・冒頭の記者の場面をここで決着させる) 図:④の比較衡量の板

では②の自己負罪拒否特権でも、同じように比較衡量するんですか。違います。②や③は、要件に当てはまれば、それだけで証言を拒めます。天秤にかける作業は挟みません。比較衡量が要るのは④だけです。1つ目から3つ目には、公務員の立場、刑事責任のおそれ、資格法の守秘義務という、条文が形で定めた根拠がありました。④の技術又は職業の秘密には、そうした条文上の根拠がありません。公開されたときにどれだけの実害が出るかという、実質的な大きさで判定するしかない。だから、当てはまるかどうかを決めるとき、④だけ比較衡量という作業が必要になるんです。この比較衡量が実際にどう働くか、冒頭の記者Cの場面で見てみましょう。

判例最高裁決定(平成18年10月3日・民集60巻8号2647頁)〈百選67〉

記者の取材源に関する事件 ……保護に値する秘密であるかどうかは、秘密の公表によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲になる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられるというべきである。……当該取材源の秘密が保護に値する秘密であるかどうかは、当該報道の内容、性質、その持つ社会的な意義・価値、当該取材の態様、将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益の内容、程度等と、当該民事事件の内容、性質、その持つ社会的な意義・価値、当該民事事件において当該証言を必要とする程度、代替証拠の有無等の諸事情を比較衡量して決すべきことになる。

Cが受けた、取材源を明かせという求めは、まさにこの比較衡量の対象です。片方には、取材源を明かすと今後同じ種類の取材に協力してくれる相手がいなくなり、報道そのものが立たなくなるという不利益があります。もう片方には、AとBの裁判で真実を明らかにし、公正な裁判をするために、その情報がどれだけ必要かという利益があります。判例は、原則としてCは拒める、という立場です。報道が公共の利益に関わり、取材の手段が違法でもなく、取材源が明かすことを承諾してもいない。そのうえで、AとBの事件が社会的に重大で、Cの証言が無ければ真相に迫れないほど必要不可欠だ、という事情までは無いなら、取材源は守られます。逆に、事件が重大で、他に代わりになる証拠が無く、Cの証言が欠かせないなら、真実発見と裁判の公正が優先され、Cは拒めないことがあります。取材源だからといって、常に守られるわけではないんです。

⭐ 論文で書く規範:証言拒絶権――②③と④の違い ②自己負罪拒否特権や③専門職の守秘義務では、要件を満たせばそのまま証言を拒める。④技術又は職業の秘密だけ、判例は比較衡量という追加の作業を挟む。②③には刑事責任のおそれや資格法の守秘義務という、条文が形で定めた根拠があるのに対し、④にはそれが無く、公開された場合の実害の大きさそのものでしか判定できないためである。 (判例の立場(論文で論点になりうる))

証言拒絶権の審理――本案とは別に決める

証言拒絶権の審理の板(本案とは別に受訴裁判所が審理・証人は理由を疎明198条・公務員1号は監督官庁の承認にかかるので疎明不要・当事者を審尋して決定199条1項・当事者と証人が即時抗告199条2項・理由なし確定後に拒むと不出頭と同じ制裁200条) 図:証言拒絶権の審理の板

証人が証言を拒んだとき、それが本当に認められるのかは、事件の本筋の審理とは別に決められます。

条文民事訴訟法198条

民事訴訟法198条(証言拒絶の理由の疎明) 証言拒絶の理由は、疎明しなければならない。

証人は、拒む理由を疎明しなければなりません。証明ほど強い程度は要りませんが、一応確からしいと思わせる材料は必要です。

条文民事訴訟法199条1項・2項

民事訴訟法199条1項・2項(証言拒絶についての裁判) 第百九十七条第一項第一号の場合を除き、証言拒絶の当否については、受訴裁判所が、当事者を審尋して、決定で、裁判をする。 2 前項の裁判に対しては、当事者及び証人は、即時抗告をすることができる。

1つ目の公務員の場合は、監督官庁の承認が得られないことが理由でしたよね。この場合も疎明が要るんですか。そこは除かれています。1号の公務員の場合は、承認の有無という、監督官庁の判断そのものにかかっているので、証人が改めて疎明する必要はありません。それ以外の場合は、受訴裁判所が当事者を審尋して、決定で裁判をします。この裁判に対しては、当事者だけでなく、証人自身も即時抗告できます。Eは、公開されればBの技術の価値が下がる事情を疎明します。Aは「ただの体裁の問題だ」と争い、裁判所はAとBの意見を聞いて決定します。不服があれば、AもEも即時抗告できます。

即時抗告というのは、控訴とは違うんですか。違います。控訴は判決に対する不服申立てですが、即時抗告は決定に対する不服申立てで、期間も控訴より短く定められています。

条文民事訴訟法200条

民事訴訟法200条(証言拒絶に対する制裁) 第百九十二条及び第百九十三条の規定は、証言拒絶を理由がないとする裁判が確定した後に証人が正当な理由なく証言を拒む場合について準用する。

証言拒絶に理由が無いという裁判が確定した後も、証人が正当な理由なく拒み続けたら、さっき見た出頭義務違反と同じ制裁、訴訟費用の負担と過料、あるいは罰金や拘留が準用されます。拒む理由が認められなかったのに黙り続けることは、正当な理由の無い不出頭と同じ扱いを受けるんです。

宣誓義務――嘘をつけば偽証になる

宣誓義務の板(原則させなければならない201条1項・例外1=16歳未満または宣誓の趣旨を理解できない者は宣誓させられない2項・例外2=196条の関係にある証人で証言拒絶権を行使しないものは宣誓させないことができる3項・例外3=自己または196条の関係者に著しい利害関係のある事項は宣誓を拒める4項・審査と制裁は証言拒絶と同じ5項) 図:宣誓義務の板

証人の3つの義務の最後、宣誓義務です。

条文民事訴訟法201条1項〜5項

民事訴訟法201条1項・2項・3項・4項・5項(宣誓) 証人には、特別の定めがある場合を除き、宣誓をさせなければならない。 2 十六歳未満の者又は宣誓の趣旨を理解することができない者を証人として尋問する場合には、宣誓をさせることができない。 3 第百九十六条の規定に該当する証人で証言拒絶の権利を行使しないものを尋問する場合には、宣誓をさせないことができる。 4 証人は、自己又は自己と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者に著しい利害関係のある事項について尋問を受けるときは、宣誓を拒むことができる。 5 第百九十八条及び第百九十九条の規定は証人が宣誓を拒む場合について、第百九十二条及び第百九十三条の規定は宣誓拒絶を理由がないとする裁判が確定した後に証人が正当な理由なく宣誓を拒む場合について準用する。

原則として、証人には宣誓をさせなければなりません。ただし、3つの例外があります。1つ目は、16歳未満の人や、宣誓の意味を理解できない人には宣誓させられません。2つ目は、さっきの196条にあたる証人が、証言拒絶権を使わずに証言する場合には、宣誓をさせないことができます。3つ目は、証人自身や196条の関係にある人に著しい利害関係のある事柄について尋問されるときは、証人のほうから宣誓を拒めます。2つ目は裁判所の判断で宣誓を省く場面、3つ目は証人自身の意思で宣誓を拒む場面という違いです。宣誓を拒んだときの審査や、正当な理由なく拒み続けたときの制裁は、さっき見た証言拒絶と同じ仕組みが準用されます。

宣誓した証人が嘘の証言をすると、偽証罪という別の犯罪になります。宣誓は、証言に重みを持たせる手続なんです。

交互尋問方式――当事者が主導権を握る

交互尋問の流れ図(主尋問=尋問を申し出た当事者・反対尋問=他の当事者・補充尋問=裁判長・順序は202条1項・裁判長は当事者の意見を聴いて順序を変更できる202条2項・変更に異議があれば裁判所が決定で裁判202条3項・当事者が手続の主導権を握る=当事者主義) 図:交互尋問の流れ図

証人を実際に尋問するときの順序です。

条文民事訴訟法202条1項〜3項

民事訴訟法202条1項・2項・3項(尋問の順序) 証人の尋問は、その尋問の申出をした当事者、他の当事者、裁判長の順序でする。 2 裁判長は、適当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、前項の順序を変更することができる。 3 当事者が前項の規定による変更について異議を述べたときは、裁判所は、決定で、その異議について裁判をする。

まず、尋問を申し出た当事者が聞く主尋問。次に、相手方の当事者が聞く反対尋問。必要なら、申し出た当事者がもう一度聞く再主尋問。最後に、裁判長が補充で聞く補充尋問。この順序が原則です。まず尋問を申し出たAさんの代理人が聞く主尋問があり、そのあと、被告Bの代理人が反対尋問をします。裁判長は、適当だと考えれば、当事者の意見を聴いて順序を変えることもできます。ただし、それに当事者が異議を出したら、裁判所が決定で判断します。ここに、当事者主義という考え方が表れています。証拠調べも、まず当事者同士が攻め合う場であって、裁判官はその後に補充で聞くだけの立場です。この交互尋問方式は、証人尋問だけでなく、当事者本人の尋問でも使われます。手続の主導権を当事者が握るという点は共通しています。

尋問を合理化する4つの工夫

尋問を合理化する4つの工夫の板(付添い203条の2=不安や緊張を緩和する者を陳述中に付き添わせる・遮へい203条の3=当事者本人や傍聴人との間で相手の状態を認識できないようにする・ウェブ会議204条=出頭困難・精神の平穏・当事者の異議なしの3つの場合・書面尋問205条=書面や電子ファイルの提出で尋問に代える・いずれも公開主義直接主義口頭主義や反対尋問の機会に抵触する危険を当事者の意見を聴くことや異議が無いことを条件に解消) 図:尋問を合理化する4つの工夫の板

証人の尋問には、当事者や証人の負担を減らすための工夫がいくつか用意されています。まず、付添いです。

条文民事訴訟法203条の2第1項〜3項

民事訴訟法203条の2第1項・2項・3項(付添い) 裁判長は、証人の年齢又は心身の状態その他の事情を考慮し、証人が尋問を受ける場合に著しく不安又は緊張を覚えるおそれがあると認めるときは、その不安又は緊張を緩和するのに適当であり、かつ、裁判長若しくは当事者の尋問若しくは証人の陳述を妨げ、又はその陳述の内容に不当な影響を与えるおそれがないと認める者を、その証人の陳述中、証人に付き添わせることができる。 2 前項の規定により証人に付き添うこととされた者は、その証人の陳述中、裁判長若しくは当事者の尋問若しくは証人の陳述を妨げ、又はその陳述の内容に不当な影響を与えるような言動をしてはならない。 3 当事者が、第一項の規定による裁判長の処置に対し、異議を述べたときは、裁判所は、決定で、その異議について裁判をする。

年齢や心身の状態から、証人が尋問中に著しい不安や緊張を覚えるおそれがあるとき、それを和らげるのにふさわしい人を、証人のそばに付き添わせられます。ただし、付添人が尋問や陳述を妨げたり、証言に不当な影響を与えるような言動をしてはいけません。たとえば、健康被害を受けたAの幼い子どもが証人になるなら、そばに祖母を付き添わせる、という使い方です。遮へいです。証人と当事者本人の間や、証人と傍聴人の間で、互いに相手の状態が見えないようにする措置を、裁判長が命じられます。付添いも遮へいも、犯罪の被害者が改めて心理的な被害を受けないよう配慮する、犯罪被害者保護という同じ流れから設けられた制度です。次に、前回すでに触れたウェブ会議です。出頭が困難な証人の尋問そのものを、ウェブ会議でつなぐ204条でした。3つの要件のうち、1号は物理的に出頭できない事情への対応、2号は証人と当事者本人等が対面すると精神の平穏を著しく害されるおそれがある場合、つまり付添いや遮へいと同じ犯罪被害者保護の流れにある要件、3号は当事者に異議が無いことでした。3号は、当事者が納得しているなら、法廷で直接顔を合わせるという原則を緩めてよい、という考え方です。もう1つ、書面尋問です。

条文民事訴訟法205条1項〜3項

民事訴訟法205条1項・2項・3項(尋問に代わる書面の提出) 裁判所は、当事者に異議がない場合であって、相当と認めるときは、証人の尋問に代え、書面の提出をさせることができる。 2 証人は、前項の規定による書面の提出に代えて、最高裁判所規則で定めるところにより、当該書面に記載すべき事項を最高裁判所規則で定める電子情報処理組織を使用してファイルに記録し、又は当該書面に記載すべき事項に係る電磁的記録を記録した記録媒体を提出することができる。この場合において、当該証人は、同項の書面を提出したものとみなす。 3 裁判所は、当事者に対し、第一項の書面に記載された事項又は前項の規定によりファイルに記録された事項若しくは同項の記録媒体に記録された事項の提示をしなければならない。

当事者に異議が無く、相当だと認められるときは、尋問そのものをせず、書面で回答させることができます。書面の代わりに、電子ファイルや記録媒体を提出することもできます。裁判所は、その内容を当事者に見せなければなりません。前回見たとおり、証人の話を聞く証拠調べは、公開主義、直接主義、口頭主義といった原則に支配されていました。誰でも見られる公開の法廷で、判決を書く裁判官自身が、証人の口から直接聞く、という原則です。そのうえ証人尋問では、相手方が反対尋問で突っ込めることも大切です。たとえば書面尋問なら、裁判官は証人の表情や言いよどみを見られず、相手方もその場で突っ込めません。この4つの工夫は、どれもそうした原則に抵触する危険をはらんでいます。だからこそ、当事者の意見を聴くこと、あるいは当事者に異議が無いことを要件にして、その危険を解消しているんです。

条文民事訴訟法210条

民事訴訟法210条(証人尋問の規定の準用) 第百九十五条、第二百一条第二項、第二百二条から第二百四条まで及び第二百六条の規定は、当事者本人の尋問について準用する。

ここで見比べてください。付添い、遮へい、ウェブ会議はいずれも準用対象に入っています。ところが、今見た205条の書面尋問だけは、この210条の準用対象に入っていません。つまり、当事者本人の尋問では、書面尋問を使えないんです。

Aさんの事件で振り返る

まとめの板(証人義務190条=誰にでもかかる原則・証言拒絶権=法が黙秘を義務づける場合だけの例外・4類型=公務員・自己負罪・専門職・技術又は職業の秘密・④だけ比較衡量・審理は本案と別に198条から200条・宣誓201条・交互尋問202条=当事者主義・尋問を合理化する工夫は直接主義等への抵触を当事者の意見を聴くことや異議が無いことを条件に解消) 図:まとめの板

今日見てきたことを、Aさんの事件で振り返りましょう。証人義務は、190条によって誰にでもかかる原則の義務でした。公務員の職務上の秘密、自己負罪拒否特権、医師や弁護士のような専門職、そして技術又は職業の秘密。この4つの場合だけ、証人は証言を拒めます。技術又は職業の秘密だけは、資格のような定型的な裏付けが無いので、比較衡量という作業で当てはまるかどうかを決める。記者Cの取材源も、この比較衡量にかかっていましたね。黙秘義務が根拠だからこそ、根拠が外れれば拒絶権も消える。この原則と例外の関係を、最後まで一貫して覚えておいてください。拒絶が認められるかどうかは、本案の審理とは別に、疎明と審尋を経て決められ、不服があれば即時抗告できます。宣誓を経た証言には、偽証罪という重みが乗ります。そして、実際に証人を尋問するときは、当事者が主導権を握る交互尋問方式で進み、証人や当事者の負担を減らすための工夫が、直接主義などの原則との緊張関係を、当事者の意見を聴くことや、当事者に異議が無いことを条件にして解消しながら用意されています。

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#55単独ページ動画

当事者尋問と鑑定

第2章 訴訟の審理 #55/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

一番の目撃者なのに、最後に聞く

冒頭事案の関係図(患者Aが病院を営む法人Bを訴えた医療過誤事件・B代表者=当事者尋問の対象・執刀医C=手術の当時に自分がした処置を話す人・裁判所が選ぶ別の専門医D=鑑定人・Aが個人的に頼んだ医師E=私鑑定) 図:冒頭事案の関係図

今日の事件はこうです。患者Aが、手術を受けた病院を経営する法人Bを訴えました。この事件には、医師も3人出てきます。手術をした執刀医C、裁判所が選ぶ専門医D、Aさんが自分で頼んだ医師Eです。手術の前にどんな説明を受け、手術の後に体がどうなったか。それを一番よく知っているのは、当のAさん自身です。ところが、裁判所がAさんの話を聞く順番は、最後に回されます。この問いへの答えは、今日の中盤で戻ってきます。まず押さえておきたいのは、当事者本人という証拠方法が、証人とはまるで違う扱いを受けているという前提です。

当事者尋問とは

当事者尋問の定義の板(当事者自身に争いになっている事実を陳述させる手続207条・信用性には当然疑問があるが事案を直接経験した重要な証拠方法・法定代理人や法人の代表者も当事者尋問の対象211条) 図:当事者尋問の定義の板

まず、当事者尋問とは何か。当事者自身に、争いになっている事実について陳述させる手続です。当事者は自分に有利なように話すはずです。それでも証拠になるんですか。なります。当事者は訴訟の勝敗に直接の利害を持つので、供述の信用性には当然疑問がつきます。ただ、事案を直接経験した人であることも確かです。手術の前に何を説明され、手術の後にどんな症状が続いたかを、患者A本人ほど直接に知っている人はいません。信用性に疑問がありながらも、重要な証拠方法として認められているんです。

条文民事訴訟法211条

民事訴訟法211条(法定代理人の尋問) この法律中当事者本人の尋問に関する規定は、訴訟において当事者を代表する法定代理人について準用する。ただし、当事者本人を尋問することを妨げない。

その受けがここです。法定代理人や法人の代表者は、証人ではなく当事者本人の尋問の手続で話を聞かれます。今日の事件でいえば、法人Bの代表者が話を聞かれるとき、これは当事者尋問として扱われます。

証人尋問との違い4つ

4つの違いの板(①職権でも尋問できる207条1項・弁論主義の例外②宣誓は裁量207条1項後段③制裁は過料209条や真実擬制208条で証人の偽証罪や勾引とは違う④原則は証人が先=補充性207条2項) 図:4つの違いの板

ここからが今日の中心です。当事者尋問は、証人尋問と4つの点で違います。

条文民事訴訟法207条1項・2項

民事訴訟法207条1項・2項(当事者本人の尋問) 裁判所は、申立てにより又は職権で、当事者本人を尋問することができる。この場合においては、その当事者に宣誓をさせることができる。 2 証人及び当事者本人の尋問を行うときは、まず証人の尋問をする。ただし、適当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、まず当事者本人の尋問をすることができる。

①職権でも尋問できるの板(証人尋問は当事者の申立てが基本・当事者尋問は裁判所が職権で命じられる207条1項・弁論主義の例外・理由は当事者は法廷に呼び出しやすい手近な情報源・実務で使われるのは本人が自分で訴訟をしているまれな場合) 図:①職権でも尋問できるの板

1つ目、職権でもできるという点です。証人尋問は当事者の申立てで始まるのが基本でしたが、当事者尋問は裁判所が自分から命じることもできます。この207条1項は、その原則の例外にあたります。理由は、当事者は法廷に呼び出しやすい手近な情報源だからです。事案の解明と真実発見のために、裁判所が自分から当事者に聞いてよいことになっています。ただし、実務でこれが使われるのは、本人が自分で訴訟をしている、まれな場合に限られます。

②宣誓は裁量の板(証人は宣誓させなければならないのが原則201条1項・当事者本人は宣誓させることができる207条1項後段=裁量・実務ではほぼ例外なく宣誓・勝ち負けがかかった本人に不利なことまで必ず誓わせるのは酷な場面がある) 図:②宣誓は裁量の板

2つ目、宣誓が裁量だという点です。207条1項の後段を見てください。証人には宣誓させなければならないのが原則でしたが、当事者本人には宣誓させることができる、という書き方です。実務では当事者にもほぼ例外なく宣誓させていますが、条文の建前としては裁量です。勝ち負けがかかった本人に、自分に不利なことまで必ず誓わせるのは酷な場面があります。だから、誓わせるかどうかを裁判所の判断に委ねているんです。

③制裁は過料と真実擬制の板(宣誓した当事者の虚偽陳述は10万円以下の過料209条=証人の偽証罪とは違う・出頭せず宣誓や陳述を拒むと相手方の主張を真実と認めることができる208条=真実擬制・証人の勾引のような身柄の強制は無い・当事者には証言拒絶権の制度自体が無い) 図:③制裁は過料と真実擬制の板

条文民事訴訟法209条1項〜3項

民事訴訟法209条1項・2項・3項(虚偽の陳述に対する過料) 宣誓した当事者が虚偽の陳述をしたときは、裁判所は、決定で、十万円以下の過料に処する。 2 前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。 3 第一項の場合において、虚偽の陳述をした当事者が訴訟の係属中その陳述が虚偽であることを認めたときは、裁判所は、事情により、同項の決定を取り消すことができる。

宣誓した当事者が嘘をつくと、10万円以下の過料です。刑罰ではありません。前回見た、証人が嘘をついた場合の偽証罪とは違うんですか。違います。証人の虚偽陳述は刑法上の偽証罪という犯罪ですが、当事者の虚偽陳述は過料という金銭の制裁にとどまります。当事者は、自分の勝ち負けがかかった立場で話します。証人と同じように刑罰で真実を迫るのは酷なので、制裁を過料という軽いものにとどめているんです。過料に加えて罰金や拘留、さらに勾引まで、証人には3段階の制裁が用意されていました。当事者にはそれと同じ制裁は用意されていません。

条文民事訴訟法208条

民事訴訟法208条(不出頭等の効果) 当事者本人を尋問する場合において、その当事者が、正当な理由なく、出頭せず、又は宣誓若しくは陳述を拒んだときは、裁判所は、尋問事項に関する相手方の主張を真実と認めることができる。

これが3つ目の違いです。出頭しない、宣誓や陳述を拒んだ場合の効果です。証人の勾引のような身柄の強制は無い代わりに、相手方の主張を真実と認めてよい、という効果が用意されています。これを真実擬制と呼びます。法人Bの代表者が、正当な理由なく出頭を拒んだり、答えるべき質問に答えなかったりすると、裁判所は患者Aの主張を真実と認めてよいことになります。身柄を拘束される勾引よりも、訴訟で負けるという結果のほうが、当事者自身のこととして重く効きます。だったら、当事者には証人のような証言拒絶権は無いんですか。ありません。証人には、自分や家族が刑事訴追を受けたり名誉を害されたりするおそれがある場合や、公務員の職務上の秘密や、医師や弁護士などが仕事で知った秘密、技術や職業の秘密に関わる場合に、証言拒絶権が認められていましたが、当事者にはこの制度自体がありません。理由は今の208条です。答えを拒めば、その分だけ相手の主張が真実と認められてしまう。この不利益そのものが、証人の証言拒絶権の代わりに機能しているからです。

④原則は証人が先の板(207条2項本文=証人と当事者本人を尋問するときはまず証人・理由は当事者は信用性に疑問がつきやすいので客観性の高い証人の話を先に聞く・ただし書=裁判所が適当と認めれば当事者の意見を聴いて当事者本人を先に尋問できる・この決まりを当事者尋問の補充性と呼ぶ) 図:④原則は証人が先の板

4つ目、そしてこれが冒頭の問いに関わります。もう一度207条2項を見てください。原則は、証人の尋問を先にする、という決まりです。当事者は勝ち負けに利害があるので、信用性に疑問がつきやすい。だから、より客観性の高い証人の話を先に聞き、その材料を持ってから、最後に当事者本人の話を聞く。これを当事者尋問の補充性と呼びます。確認の利益で出てきた補充性とは別の話で、ここでは、証人の後に回すという順番のことです。今日の事件なら、まず執刀医Cのような証人の話を聞き、Aさん本人の話はそのあと、最後に聞きます。これが原則です。

207条2項にはただし書があります。裁判所が適当だと認めれば、当事者の意見を聴いて、当事者本人を先に尋問することもできます。争点がまだ絞れておらず、当事者本人に先に大まかな経緯を話させたほうが、その後の証人尋問の的が絞りやすい、という場合です。原則は証人が先ですが、それが常に最善とは限らないので、ただし書で裁判所に選択の余地を残しているんです。

ウェブ会議は使えるが書面尋問は使えない

210条の準用リストの板(195条・201条2項・202条から204条まで・206条は準用=ウェブ会議204条も含む・202条から206条までのうち205条の書面尋問だけ準用リストから外れている) 図:210条の準用リストの板

条文民事訴訟法210条

民事訴訟法210条(証人尋問の規定の準用) 第百九十五条、第二百一条第二項、第二百二条から第二百四条まで及び第二百六条の規定は、当事者本人の尋問について準用する。

証人尋問のための規定のうち、いくつかは当事者尋問にも準用されます。204条のウェブ会議は、この準用リストに入っています。出頭が困難な当事者本人の尋問を、ウェブ会議でつなぐこともできるんです。この210条の号を見てください。195条、201条2項、202条から204条まで、206条。202条から206条までのうち、205条だけが入っていません。書面尋問は、当事者尋問には使えないんです。当事者は事案について一番の利害を持つ人です。書面での回答だけで済ませると、その場での反応を裁判官が見られず、相手方もその場で突っ込めません。証人以上に、直接顔を合わせて聞く必要が大きいから、と理解してください。

陳述書――書面だけで済ませてよいか

陳述書の問題の板(証人や当事者本人が法廷で話す内容をあらかじめ書面にまとめたもの・尋問の前に提出し内容を予測させる・疑問=書面だけで直接主義や反対尋問権や宣誓義務が満たされるか) 図:陳述書の問題の板

実務でよく使われるものに、陳述書があります。証人や当事者本人になる人が、法廷で話す内容をあらかじめ書面にまとめたものです。陳述書は、法廷での尋問に代わるものではありません。尋問の前に提出して、尋問の内容を裁判所や相手方に予測させておくためのものです。ただ、ここに疑問が出ます。陳述書という書面だけで済ませてしまうと、直接主義や反対尋問権、宣誓義務が保障されなくなるんじゃないか、という疑問です。ここで考え方が分かれます。

⭐ 論文で書く規範:陳述書――形式的直接主義と実質的直接主義 通説は形式的直接主義に立つ。実際に出頭した証人や当事者本人について直接主義や反対尋問権の保障が満たされていればよく、陳述書はそれ自体を理由に証拠能力を否定されない。有力説は、人証は法廷で直接聞くのが本来の姿だという考え方(実質的直接主義)を重く見て、陳述書だけで済ませてよい場面はごく限られると見る。 (学説の対立(論文で論点になりうる))

通説は、実際に出頭した人について直接主義や反対尋問権が満たされていればよい、という立場です。陳述書を書いた本人が法廷に出てくれば、相手方はその場で中身を反対尋問で突けるからです。たとえば法人Bの代表者が「手術の危険はきちんと説明した」と陳述書に書いていても、Aの側は法廷でその点を問いただせます。この立場なら、陳述書そのものは証拠として使ってよく、証拠能力を否定される理由にはなりません。証拠能力というのは、そもそも証拠として取り調べてよい資格のことです。有力説は、人証を調べる以上、実際にその場で直接聞くという原則そのものが原則的に働くべきだと考えます。この立場だと、陳述書だけで人証調べを済ませてしまうことには慎重になります。どちらの立場でも、資格があることと、中身をどこまで信用するかは別の話です。陳述書には、証言を予測しやすくする、尋問の時間を節約するという実際の利点がありますが、紛争が起きた後に訴訟のために作られること、嘘を書いても法的な制裁が無いことから、証拠としての評価はそれほど高くありません。

鑑定とは

鑑定の定義の板(専門家に、その分野の経験から分かる一般的な法則そのものを教えてもらうか、その法則を裁判所が示した具体的な資料にあてはめた判断を教えてもらい、裁判所を補助する手続・212条以下・行う者が鑑定人・典型例は医療過誤事件で医療行為の適否を医師が意見陳述する場合) 図:鑑定の定義の板

ここから、もう1つの証拠方法、鑑定に入ります。専門家に、その分野の経験から分かる一般的な法則そのものを教えてもらう、あるいは、その法則を裁判所が示した具体的な資料にあてはめて得た判断を教えてもらう。これによって裁判所を補助する手続です。行う人が鑑定人です。今日の事件でいえば、執刀医C以外に、裁判所が選んだ別の専門医Dが、この手術の処置が医療水準に沿っていたかどうかを意見として述べる、という場面が典型です。手術の適否のような専門的な判断は、法律家である裁判官には分かりません。だから、専門家に経験則そのものを報告してもらい、それを判断の材料にするんです。

鑑定人と専門委員の違い

鑑定人と専門委員の対照板(鑑定人=裁判所が事実を判断するための証拠方法そのもの・専門委員=争点整理や訴訟の進行や和解のための専門的知識の提供者・専門委員の説明そのものは証拠資料にならない・例外的に証拠調べの期日にも関与できる92条の2第3項) 図:鑑定人と専門委員の対照板

以前、専門委員という制度を見ました。鑑定人と専門委員は、どちらも専門知識を持つ人が裁判所に協力する点で似ていますが、役割が違います。鑑定人は、裁判所が事実を判断するための証拠方法そのものです。鑑定人の意見は、証拠として直接使われます。専門委員は違います。争点や証拠を整理する段階や、訴訟の進め方、和解のために、専門的な知識を提供するだけの人です。

条文民事訴訟法92条の2第3項

民事訴訟法92条の2第3項(専門委員の証拠調べへの関与) 裁判所は、証拠調べをするに当たり、訴訟関係又は証拠調べの結果の趣旨を明瞭にするため必要があると認めるときは、当事者の意見を聴いて、決定で、証拠調べの期日において専門的な知見に基づく説明を聴くために専門委員を手続に関与させることができる。この場合において、証人若しくは当事者本人の尋問又は鑑定人質問の期日において専門委員に説明をさせるときは、裁判長は、当事者の同意を得て、訴訟関係又は証拠調べの結果の趣旨を明瞭にするために必要な事項について専門委員が証人、当事者本人又は鑑定人に対し直接に問いを発することを許すことができる。

専門委員の説明は証拠にならないんでしたよね。それなのに、証拠調べの期日にも出てくるんですか。出てきます。ただし、あくまで専門的な知見を分かりやすくするための関与にとどまります。この3項が例外で、証人や当事者本人の尋問、鑑定人への質問の期日に専門委員を関与させ、裁判長が当事者の同意を得れば、専門委員が直接、証人や当事者、鑑定人に問いを発することまで許されます。それでも専門委員の発言そのものが証拠になるわけではありません。証拠になるのは、あくまで証人や当事者、鑑定人の答えのほうです。

鑑定人の選任・義務・欠格――代わりがきくから裁判所が選ぶ

鑑定人の選任と義務の板(申出は当事者180条1項・規129条1項・選任と鑑定事項は裁判所213条・規129条4項=代替性があるから・鑑定義務212条1項・欠格212条2項) 図:鑑定人の選任と義務の板

鑑定の手続に入ります。鑑定を求める申出は当事者がします。証明したい事実を特定して申し出て、同時に鑑定を求める事項を書いた書面を出します。

条文民事訴訟規則129条1項・4項

民事訴訟規則129条1項・4項(鑑定事項) 鑑定の申出をするときは、同時に、鑑定を求める事項を記載した書面を提出しなければならない。ただし、やむを得ない事由があるときは、裁判長の定める期間内に提出すれば足りる。 4 裁判所は、第一項の書面に基づき、前項の意見も考慮して、鑑定事項を定める。この場合においては、鑑定事項を記載した書面を鑑定人に送付しなければならない。

4項に出てくる「前項の意見」というのは、3項の話です。相手方は、申出の書面に意見があれば、それを書いた書面を裁判所に出します。裁判所はその意見も考えたうえで、最終的な鑑定事項を決めます。

条文民事訴訟法213条

民事訴訟法213条(鑑定人の指定) 鑑定人は、受訴裁判所、受命裁判官又は受託裁判官が指定する。

証人は、その場に居合わせた特定の人でなければ意味がありませんが、鑑定人は、必要な学識経験があれば誰でもよく、代わりがききます。だからこそ、鑑定人が誰かという選任は、当事者ではなく裁判所が決めます。今日の事件でいえば、Aを治療した医師Cではなく別の専門医Dが鑑定人として選ばれるのは、この代替性のためです。Cは手術に直接関わった人で、Dはそうではない第三者だからこそ、公平な判断が期待できるんです。

条文民事訴訟法212条1項・2項

民事訴訟法212条1項・2項(鑑定義務) 鑑定に必要な学識経験を有する者は、鑑定をする義務を負う。 2 第百九十六条又は第二百一条第四項の規定により証言又は宣誓を拒むことができる者と同一の地位にある者及び同条第二項に規定する者は、鑑定人となることができない。

必要な学識経験がある人には、鑑定をする義務があります。ただし、証人なら証言や宣誓を拒める立場にある人はそもそも鑑定人になれません。公平な鑑定が期待できないからです。16歳未満のように宣誓ができない人も鑑定人になれません。鑑定人には宣誓が求められますが、その宣誓自体ができないからです。

鑑定人には勾引が無い

鑑定人への準用リストの板(191条・197条から199条まで・201条1項・192条・193条は準用=公務員の秘密・鑑定拒絶・宣誓・不出頭の過料や罰金・出頭しないときの制裁192条から194条のうち194条の勾引だけが外れている216条) 図:鑑定人への準用リストの板

条文民事訴訟法216条

民事訴訟法216条(証人尋問の規定の準用) 第百九十一条の規定は公務員又は公務員であった者に鑑定人として職務上の秘密について意見を述べさせる場合について、第百九十七条から第百九十九条までの規定は鑑定人が鑑定を拒む場合について、第二百一条第一項の規定は鑑定人に宣誓をさせる場合について、第百九十二条及び第百九十三条の規定は鑑定人が正当な理由なく出頭しない場合、鑑定人が宣誓を拒む場合及び鑑定拒絶を理由がないとする裁判が確定した後に鑑定人が正当な理由なく鑑定を拒む場合について準用する。

整理すると、公務員の職務上の秘密は191条、鑑定を拒む場合は197条から199条、宣誓は201条1項、正当な理由のない不出頭や宣誓拒絶には192条と193条の過料や罰金が準用されます。ここで、大事な条文が抜けています。何が抜けているんですか。194条、勾引です。証人には、出頭しなければ身柄を強制的に連れてくる勾引まで用意されていましたが、鑑定人にはそれがありません。鑑定人には代わりがきくからです。ある専門医が出頭しなくても、別の専門医に頼めばよい。証人の記憶のような、その人にしか無い情報ではないので、身柄を拘束してまで確保する必要が無いんです。

条文民事訴訟法218条1項〜3項

民事訴訟法218条1項・2項・3項(鑑定の嘱託) 裁判所は、必要があると認めるときは、官庁若しくは公署、外国の官庁若しくは公署又は相当の設備を有する法人に鑑定を嘱託することができる。この場合においては、宣誓に関する規定を除き、この節の規定を準用する。 2 前項の場合において、裁判所は、必要があると認めるときは、官庁、公署又は法人の指定した者に鑑定の結果を記載し、又は記録した書面又は電磁的記録の説明をさせることができる。 3 第一項の場合において、裁判所は、当事者に対し、同項の嘱託に係る鑑定の結果の提示をしなければならない。

鑑定は、個人だけでなく、官庁や十分な設備を持つ法人に嘱託することもできます。以前見た鑑定嘱託の話が、ここに位置づけられます。病院の設備を鑑定するような場面で、大学病院という法人そのものに嘱託する、という使い方です。

忌避と鑑定人質問――尋問ではなく質問

忌避と質問の順序の板(忌避214条=陳述前に申し立て・理由あり決定には不服申立て不可・理由なし決定にのみ即時抗告・質問の順序215条の2=裁判長→申出当事者→他方当事者=説明会方式・ウェブ会議による鑑定215条の3) 図:忌避と質問の順序の板

条文民事訴訟法214条1項〜4項

民事訴訟法214条1項・2項・3項・4項(鑑定人の忌避) 鑑定人について誠実に鑑定をすることを妨げるべき事情があるときは、当事者は、その鑑定人が鑑定事項について陳述をする前に、これを忌避することができる。鑑定人が陳述をした場合であっても、その後に、忌避の原因が生じ、又は当事者がその原因があることを知ったときは、同様とする。 2 忌避の申立ては、受訴裁判所、受命裁判官又は受託裁判官にしなければならない。 3 忌避を理由があるとする決定に対しては、不服を申し立てることができない。 4 忌避を理由がないとする決定に対しては、即時抗告をすることができる。

誠実に鑑定することを妨げる事情がある鑑定人は、忌避できます。今日の事件で、鑑定人Dが法人Bと利害関係のある人物だと分かったら、Aは忌避を申し立てられます。鑑定人の忌避は、認められたときと却下されたときとで、不服の申立ての扱いが違います。忌避を理由ありとする決定には、不服を申し立てられません。逆に、理由なしとする決定には、即時抗告ができます。忌避が認められても、鑑定人はもともと代わりがきくので、別の専門医を選び直せば済み、当事者は困りません。逆に却下されると、公正が心配な鑑定人の意見がそのまま証拠になってしまう。だから却下された側にだけ、争う道を残しているんです。以前見た裁判官の忌避も、同じ作りでした。鑑定人は、意見を書面または口頭で述べます。口頭で述べる場合には、意見を述べた後で質問を受けます。

条文民事訴訟法215条の2第1項〜4項

民事訴訟法215条の2第1項・2項・3項・4項(鑑定人質問) 裁判所は、鑑定人に口頭で意見を述べさせる場合には、鑑定人が意見の陳述をした後に、鑑定人に対し質問をすることができる。 2 前項の質問は、裁判長、その鑑定の申出をした当事者、他の当事者の順序でする。 3 裁判長は、適当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、前項の順序を変更することができる。 4 当事者が前項の規定による変更について異議を述べたときは、裁判所は、決定で、その異議について裁判をする。

ここも鑑定人が証人と違う点です。順序も違います。証人尋問は申し出た当事者が先に聞く主尋問から始まりましたが、鑑定人質問は裁判長が先に聞き、そのあとで申出当事者、他の当事者という順序です。鑑定人は、当事者のどちらかを利するために話す人ではなく、裁判所を補助するために専門知識を報告する人です。当事者が最初から突っ込むように質問すると、鑑定人が敵対心を持たれているように感じてしまいます。まず裁判長が内容を整理するように聞き、そのあとで当事者が聞く。説明会のような形にすることで、鑑定人への非礼を避けているんです。

条文民事訴訟法215条の3

民事訴訟法215条の3(映像等の送受信による通話の方法による陳述) 裁判所は、鑑定人に口頭で意見を述べさせる場合において、相当と認めるときは、最高裁判所規則で定めるところにより、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって、意見を述べさせることができる。

鑑定人の意見陳述も、ウェブ会議でできます。遠方の専門医Dに、法廷まで来てもらわなくても、この方法で意見を聞けます。

鑑定証人と私鑑定――混同しやすい2つ

鑑定証人と私鑑定の対照板(鑑定証人=特別の学識経験により知り得た過去の具体的事実を陳述する者217条=証人尋問に関する規定による=代わりがきかない・私鑑定=当事者が個人的に依頼した意見書=書証として扱う実務=欠格や忌避や質問順序や宣誓の仕組みが効かない慎重論) 図:鑑定証人と私鑑定の対照板

条文民事訴訟法217条

民事訴訟法217条(鑑定証人) 特別の学識経験により知り得た事実に関する尋問については、証人尋問に関する規定による。

最後に、混同しやすい2つを整理します。まず鑑定証人。特別な学識や経験があるからこそ知り得た、過去の具体的な事実を話す人です。執刀医Cを例に考えましょう。Cは、手術の当時、自分がどういう処置をしたかという、過去の具体的な事実を知っています。この事実を話すCは、鑑定証人にあたります。専門知識を持っているという点は鑑定人と似ていますが、話す内容は、裁判所が示した資料にあてはめて得た専門的な判断ではなく、過去に自分が経験した事実そのものです。だから217条は、鑑定証人の尋問には証人尋問に関する規定によると定めています。扱いは、鑑定人ではなく証人と同じです。宣誓も証人と同じやり方で、嘘をつけば偽証罪です。鑑定人のように代わりがきく立場ではなく、その手術に立ち会ったCでなければ話せない事実だからです。

Dは専門知識があれば誰でも務まる立場、Cはその場に居合わせたからこそ話せる立場。これが、鑑定人と鑑定証人を分ける決め手です。もう1つ、私鑑定です。今日の事件で、患者Aが自分で頼んだ医師Eに意見書を書いてもらったとします。それも、鑑定になるんですか。なりません。私鑑定は、裁判所の手続を通さず、当事者が個人的に専門家へ依頼して作ってもらった意見書です。裁判所の手続としての鑑定ではないので、実務では書証として扱われます。慎重論があります。正式な鑑定の手続には、鑑定人になれない人を排除する欠格の規定や、忌避、裁判長がまず質問する仕組み、宣誓をした鑑定人が虚偽の鑑定をすれば処罰される規定など、適切さを確保するための仕組みが揃っています。私鑑定には、これらの仕組みが働きません。Eは、Aに頼まれて意見書を書いた人であり、Bの側から忌避することもできず、宣誓もしていません。書証として無条件に扱ってよいのか、慎重に見るべきだという指摘があるのは、このためです。

Aさんの事件で振り返る

まとめの板(当事者は勝ち負けに利害がある一番の目撃者=職権・裁量宣誓・真実擬制・補充性の4つの違い・鑑定人は専門の経験則を報告する人=代わりがきくから裁判所が選び勾引なし尋問ではなく質問・鑑定証人と私鑑定は代わりがきかないか正式な手続を通っているかで区別) 図:まとめの板

今日見てきたことを、Aさんの事件で振り返りましょう。当事者は、勝ち負けに利害がある一番の目撃者だからこそ、証人とは違う扱いを受けます。職権でも尋問できる、宣誓は裁量、不出頭や供述拒否には過料ではなく真実擬制、そして原則は証人が先という補充性。もう1つ、鑑定人は事実ではなく専門の経験則を報告する人だから、代わりがきく。裁判所が選び、勾引はなく、尋問ではなく質問を受けます。手術の当時に自分が経験した事実を話す鑑定証人や、当事者が個人的に頼んだ私鑑定とは、はっきり区別してください。今日出てきた陳述書や私鑑定が、文書としてどう扱われるのかも、そこでつながってきます。

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#56単独ページ動画

書証と二段の推定

第2章 訴訟の審理 #56/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

実印は押してある。それでも足りない

冒頭事案の関係図(貸主Xが借主Yに800万円を貸した貸金事件・借用書にYの実印の印影がある・Yは「そんな借用書は知らない」「実印は勝手に押された」と主張する) 図:冒頭事案の関係図

以前見た、Xさんが取引先の代表者であるYさんに800万円を貸した事件を覚えていますか。Yさんは、あれは借りたのではなくもらったものだと言っていました。Xさんが持っている借用書には、Yさんの実印の印影があります。ところが、Yさんは「そんな借用書は知らない」「実印は誰かに勝手に押されたものだ」と言い出しました。先に答えを言うと、実印の跡があるだけでは、まだ足りません。それが本人の意思で押されたと言えるかどうか。今日の後半で、この借用書にもう一度戻ってきます。まず押さえておきたいのは、文書は中身が正しいかを見る前に、通らなければならない関門があるという前提です。

書証とは

書証の定義の板(文字等で何らかの事実や思想を表示する物件=文書・文書の記載内容を証拠資料にする証拠調べ=書証・裁判所が文書を閲読することで行われる・準文書231条と電磁的記録231条の2も同じ方法で調べる) 図:書証の定義の板

まず定義です。文字などで、何らかの事実や思想を表示した物件を文書と呼びます。その記載内容を証拠資料にする証拠調べが、書証です。書証は、裁判所が文書を閲読することで実施されます。以前見たとおり、裁判所が読むだけで済むため、早く非公開で調べられるという特徴もありました。図面や録音テープのような準文書、電子データの電磁的記録も、同じ書証の規定で調べられることは、そこで見ました。今日は、その文書がどうすれば証拠として使えるようになるか、という中身に入ります。

処分証書と報告文書

処分証書と報告文書の対比板(処分証書=法律行為そのものを記載した文書・契約書や手形や遺言書や判決書・真正なら決定的な証拠/報告文書=それ以外の見聞や意見を記載した文書・受領書や診断書や日記や戸籍) 図:処分証書と報告文書の対比板

  • 処分証書=法律行為そのものを記載した文書・契約書や手形や遺言書や判決書・真正なら決定的な証拠
  • 報告文書=それ以外の見聞や意見を記載した文書・受領書や診断書や日記や戸籍

文書には2つの種類があります。1つは処分証書。法律行為そのものを記載した文書で、契約書、手形、遺言書、判決書がこれにあたります。Xさんが持っている借用書も、貸金契約という法律行為そのものを記載した処分証書です。もう1つは何ですか。報告文書です。それ以外の、見聞きしたことや意見を記載した文書で、受領書、診断書、日記、戸籍がこれにあたります。前回見た陳述書や、当事者が個人的に専門家へ頼んだ意見書、つまり私鑑定も、この報告文書として書証で調べられます。処分証書は、真正に成立したと認められれば、記載された法律行為がなされたと認められる、決定的な証拠になります。だからこそ、借用書が本当にYさん本人が作ったものかどうかが、今日の事件の核心になるんです。

形式的証拠力と実質的証拠力——順番がある

形式的証拠力と実質的証拠力の階段図(文書があるだけでは何の意味も持たない→成立の真正が認められて初めて取調べの資格を得る=形式的証拠力→そのうえで中身が正しいかを検討する=実質的証拠力) 図:形式的証拠力と実質的証拠力の階段図

ここが今日の1つ目の山です。その文書が、名義人とされている人の意思で、その人の考えを書き表すために作られたと確かめられること。これを成立の真正と呼びます。この成立の真正が認められて初めて、文書は取調べの資格を得ます。これを形式的証拠力と呼びます。形式的証拠力があれば、それで内容も信じてよいということですか。違います。そこからさらに1段あります。取調べの資格を得た後で、記載された中身が本当に正しいかどうかを検討します。これが実質的証拠力です。順番は必ず、成立の真正から形式的証拠力、そのうえで実質的証拠力です。逆にはなりません。

1つ例を出します。会社の新人研修で、新人が借用書の書き方を練習するために、自分の実名で、実際には誰からも借りていないお金の借用書を見本として書いたとしましょう。新人が自分の意思で書いたことに、疑いはありません。ですが、さっきの定義の後半を思い出してください。成立の真正は、その人の思想を表現するために作られたことまで求めていました。この見本は、本当にお金を借りたという新人の思想を表すために書かれたものではありません。だから、借用書としての形式的証拠力は認められません。Xさんの借用書で問題になるのは、その前半、本当にYさん本人の意思で作られたかどうかです。

成立の真正は証明が要る

成立の真正の証明と自白の板(文書はその成立が真正であることを証明しなければならない228条1項・相手方は認否を明らかにする・認めれば補助事実の自白で裁判所を拘束しない・否認するときは理由を明らかにする規145条) 図:成立の真正の証明と自白の板

条文民事訴訟法228条1項

民事訴訟法228条1項(文書の成立) 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。

文書は、その成立が真正であることを証明しなければなりません。挙証者であるXさんは、借用書がYさん本人によって作られたことを証明する必要があります。相手方が成立の真正を認めれば、裁判上の自白が成立します。ですが、以前見たことを思い出してください。間接事実や補助事実の自白には、拘束力が及びませんでしたね。理由は何でしたか?間接事実や補助事実にまで拘束力を認めると、247条が保障する自由な心証形成を制約してしまうから、でした。247条は、裁判官が証拠調べの結果や審理の様子をもとに、自由な心証で事実を認定してよい、という条文でした。成立の真正は、証拠である文書の信頼性に関する事実、つまり補助事実です。ここに自白の拘束力を認めると、裁判官は目の前の文書を怪しいと感じても、本物として扱わなければならなくなります。ですから、成立の真正について当事者間に争いがないと陳述しても、裁判所はこれに拘束されず、証拠調べの結果によって異なる心証を得ることができます。

判例最判昭和52・4・15 民集31巻3号371頁

最高裁判決(文書の成立の真正についての自白の拘束力が争われた事件) 書証の成立の真正についての自白は裁判所を拘束するものではないと解するのが相当である。

なお、成立の真正の自白にも拘束力を認めるべきだという有力な見解もあります。契約書のような処分証書では、本物と認めることが、そのまま契約があったと認めることに近く、主要事実の自白と同じくらい重い、という理由からです。Yさんが成立の真正を否認するときは、その理由を明らかにしなければなりません。

条文民事訴訟規則145条

民事訴訟規則145条(文書の成立を否認する場合における理由の明示) 文書の成立を否認するときは、その理由を明らかにしなければならない。

Yさんが「知らない」「勝手に押された」というだけでなく、なぜそう言えるのか、理由を明らかにする必要があります。理由もなく否認するだけでは、裁判所を動かせません。

証明を軽くする仕組み

証明を軽くする仕組みの板(公文書の推定228条2項=公務員が職務上作成したと認めるべきときは真正に成立した公文書と推定・私文書の推定228条4項=本人又は代理人の署名又は押印があれば真正に成立したものと推定・筆跡や印影の対照229条1項) 図:証明を軽くする仕組みの板

成立の真正をいつも正面から証明するのは大変です。そこで、法律は証明を軽くする仕組みを用意しています。

条文民事訴訟法228条2項・4項

民事訴訟法228条2項・4項(文書の成立の推定) 文書は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきときは、真正に成立した公文書と推定する。 4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。

公文書は、方式や趣旨から公務員が職務上作成したと認めるべきときに、真正な公文書と推定されます。例えば、市役所が出した印鑑登録証明書は、この推定で本物として扱われます。今日の借用書は私文書ですから、こちらが関わってきます。私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときに、真正に成立したものと推定されます。Yさんの実印の印影があるので、これで228条4項の推定が働くんじゃないですか。まだです。ここに落とし穴があります。228条4項が求めているのは「押印」、つまり本人の意思による押印です。印影があるという事実だけでは、まだそこに届きません。

条文民事訴訟法229条1項

民事訴訟法229条1項(筆跡等の対照による証明) 文書の成立の真否は、筆跡又は印影の対照によっても、証明することができる。

もう1つ、筆跡や印影を対照して証明する方法もあります。ですが、実務で決め手になるのは、これから見る二段の推定です。

印章と印影——最初に区別する

印章と印影の区別の板(印章=はんこそのもの・自分だけが持っている物/印影=紙に押された跡・すでに起きた結果/この区別を最初にしないと二段の推定のどこで何が起きているか追えなくなる) 図:印章と印影の区別の板

  • 印章=はんこそのもの・自分だけが持っている物
  • 印影=紙に押された跡・すでに起きた結果
  • この区別を最初にしないと二段の推定のどこで何が起きているか追えなくなる

ここで、2つの言葉を区別します。印章と、印影です。印章は、はんこそのもの、つまり物です。印影は、そのはんこが紙に押された跡です。自分の家の鍵で考えてみてください。鍵そのものが印章、鍵で施錠したあとにドアが閉まっているという結果が印影にあたります。ただし、鍵を盗まれていた、あるいは誰かに無断で貸していた、という事情があれば、その考えは崩れます。この感覚のまま、次の二段の推定に進んでください。

二段の推定——冒頭の借用書を動かす

二段の推定の概要板(一段目と二段目は別の場所で起きる別の推定・一段目=印影が本人の印章による事実から事実上の推定で本人の意思による押印へ・二段目=本人の意思による押印から228条4項の推定で文書全体の真正へ) 図:二段の推定の概要板

今日の主役、二段の推定です。一段目と二段目は、別の場所で起きている、別の推定です。混同しないでください。

一段目の図(印影が本人の印章による事実→事実上の推定(経験則・反証がない限り)→本人の意思による押印) 図:一段目の図

一段目は、事実上の推定です。文書上の印影が、本人の印章によって顕出された、つまりその印章で押されたという事実が確定できれば、反証がない限り、その印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと推定されます。

⭐ 論文で書く規範:一段目——印影の事実上の推定 私文書の作成名義人の印影が当該名義人の印章によつて顕出されたものであるときは、反証のないかぎり、該印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定するのを相当とする。 (規範(最判昭和39・5・12 民集18巻4号597頁〈百選70〉))

実印のような大切なはんこは、普通、本人がしまい込んで、他人にみだりに使わせません。だから、本人の実印の跡があれば、本人が自分の意思で押したのだろう、と考えるのが自然です。さっきの鍵の話と同じです。条文が決めた推定ではなく、この経験則から裁判官が推し量る推定なので、事実上の推定と呼びます。Xさんは、Yさんの印鑑登録証明書に写っている実印の印影と、借用書の印影を突き合わせます。さっきの229条の、印影の対照です。同じ実印の跡だと分かれば、一段目の出発点がそろいます。ここまでで、印影から何が推定されましたか。

Yさん本人の意思による押印、です。一段目が埋めるのは、ここまでです。ここから二段目に入ります。

二段目の図(本人の意思による押印→228条4項の推定→文書全体の真正) 図:二段目の図(本人の意思による押印→228条4項の推定→文書全体の真正)

条文民事訴訟法228条4項

民事訴訟法228条4項(私文書の成立の推定) 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。

一段目の推定によって、本人の意思による押印という事実が確定できれば、228条4項が求める「押印」の要件が満たされます。そうすると、228条4項によって、文書全体が真正に成立したと推定されます。逆に、借用書にYさんが自分の手で名前を書いていたら、筆跡を対照すれば本人が書いたと分かります。署名なら一段目は要らず、そのまま228条4項に進めます。名前がパソコンで印字されているだけの文書では、押印が決め手になるんです。一段目は判例が作った事実上の推定、二段目は228条4項という条文そのものの推定です。両方が埋まって、初めて借用書全体が真正に成立したと推定されます。この228条4項の推定は、法定証拠法則と理解されています。署名や押印があれば普通は本人が作った文書だ、という経験則を法律が書き込んで、裁判官の心証形成を導くもの、という意味です。つまり、Yさんに「自分は押していない」ことの証明責任が移るわけではありません。Yさんは、裁判官に本当に本人の意思で押したのかと疑いを抱かせる反証ができれば、推定を崩せます。

反証の図(Yが崩すのは一段目=実印を本人しか使わないという前提・盗まれた又は家族に自由に使わせていたと反証する・反証に失敗すれば一段目と二段目が全部埋まり借用書は動かぬ証拠になる・証明責任はYに移らず裁判官に疑いを抱かせれば足りる) 図:反証の図

Yさんが「そんな借用書は知らない」「実印は勝手に押された」と言うだけでは足りません。実印が盗まれた、あるいは自分の意思に反して押されたという事実を、Yさんの側で反証しなければなりません。例えば、Yさんが実印を同居の家族に預けっぱなしにしていて、家族が自由に押せる状態だったと示せれば、本人しか使えないという前提が崩れ、一段目の推定は働きにくくなります。反証に失敗すれば、印影から意思による押印、押印から文書全体の真正、という2段が全部埋まってしまい、借用書は動かぬ証拠になります。借用書は、貸すという法律行為そのものを書いた処分証書でした。本物だと推定されれば、書かれたとおりの貸付けがあったと認められ、「もらったものだ」という言い分は通りにくくなります。だからYさんは、借用書そのものを知らないと争っているんです。

書証の申出と入手3ルート

入手3ルートの比較板(①所持文書の提出219条・規137条1項=証拠説明書とともに提出・強制力なし②文書送付の嘱託226条=裁判所から所持者に頼む・強制力なし③文書提出命令219条・221条・規140条1項=書面で申し立てる・強制力あり) 図:入手3ルートの比較板

条文民事訴訟法180条1項

民事訴訟法180条1項(証拠の申出) 証拠の申出は、証明すべき事実を特定してしなければならない。

ここからは、2つ目の軸、文書を法廷に出す入口に入ります。書証の申出は、証明すべき事実を特定して行います。

条文民事訴訟法227条1項

民事訴訟法227条1項(文書等の留置き) 裁判所は、必要があると認めるときは、提出又は送付に係る文書を留め置くことができる。

提出された文書や、送られてきた文書は、必要があれば裁判所が留め置くこともできます。さて、文書を手元に置いていないと、そもそも証拠として出せません。入手ルートは3つあります。1つ目のルートは、所持文書の提出です。文書を持っている当事者が、その写しと、標目や作成者や立証趣旨、つまりその文書で何を証明したいのかを明らかにした証拠説明書を提出して、書証の申出をします。この入口の根拠が219条です。

条文民事訴訟法219条

民事訴訟法219条(書証の申出) 書証の申出は、文書を提出し、又は文書の所持者にその提出を命ずることを申し立ててしなければならない。

条文民事訴訟規則137条1項

民事訴訟規則137条1項(書証の申出等) 文書を提出して書証の申出をするときは、当該申出をする時までに、その写しを提出するとともに、文書の記載から明らかな場合を除き、文書の標目、作成者及び立証趣旨を明らかにした証拠説明書を提出しなければならない。ただし、やむを得ない事由があるときは、裁判長の定める期間内に提出すれば足りる。

2つ目のルートは、以前見た文書送付の嘱託です。挙証者が所持せず、相手方や第三者が所持している場合に使います。覚えていますか。裁判所に頼んでもらう手続でしたよね。強制力は無かったと思います。今日の事件なら、Yさんの取引銀行が持つ、800万円がYさんの口座に入った記録を取り寄せたいとき、この手続を使います。ですが、相手が応じなければ、それ以上は動けません。ただし、当事者が法令によって文書の正本や謄本の交付を求められる場合は、この申立てはできません。例えば、自分の戸籍謄本や、不動産の登記事項証明書のように、法律に基づいて自分で交付を受けられる文書がこれにあたります。その場合は自分で取り寄せて提出することになります。

そこで3つ目のルート、文書提出命令の申立てです。裁判所に命じてもらう手続で、強制力があります。今日の事件なら、Yさんが税務署に出した贈与税の申告書の控えです。Yさんは「もらったお金なので、贈与として申告した」と言いながら、控えは出してきません。本当にそう申告したのかを確かめる重要な手がかりですが、Yさんは任意には出しません。こういう場面が典型です。

条文民事訴訟規則140条1項

民事訴訟規則140条1項(文書提出命令の申立ての方式等) 文書提出命令の申立ては、書面でしなければならない。

文書提出命令の申立ては、書面でしなければなりません。所持文書の提出と文書提出命令は、どちらも219条が根拠になっています。書証の申出は、文書を提出するか、文書の所持者にその提出を命ずることを申し立ててしなければならない、という条文です。任意の道具の先に、強制の道具が控えている、という位置づけを押さえてください。

申立てに書くこと

文書提出命令の申立てに書くことの板(221条1項各号=①文書の表示②文書の趣旨③文書の所持者④証明すべき事実=主要事実または重要な間接事実⑤提出義務の原因/222条=表示・趣旨が著しく困難なら識別できる程度で足り所持者に明らかにさせるよう申し出なければならない) 図:文書提出命令の申立てに書くことの板

  • 221条1項各号=①文書の表示②文書の趣旨③文書の所持者④証明すべき事実=主要事実または重要な間接事実⑤提出義務の原因
  • 222条=表示・趣旨が著しく困難なら識別できる程度で足り所持者に明らかにさせるよう申し出なければならない

条文民事訴訟法221条1項

民事訴訟法221条1項(文書提出命令の申立て) 文書提出命令の申立ては、次に掲げる事項を明らかにしてしなければならない。 一 文書の表示 二 文書の趣旨 三 文書の所持者 四 証明すべき事実 五 文書の提出義務の原因

文書提出命令の申立てには、5つの事項を明らかにする必要があります。文書の表示、文書の趣旨、文書の所持者、証明すべき事実、そして提出義務の原因です。証明すべき事実というのは、何でもいいんですか。違います。主要事実、または重要な間接事実に限られます。ただし、相手が持っている文書の表示や趣旨まで、こちらが正確に言えるとは限りません。そのための手当てが222条です。

条文民事訴訟法222条1項・2項

民事訴訟法222条1項・2項(文書の特定のための手続) 文書提出命令の申立てをする場合において、前条第一項第一号又は第二号に掲げる事項を明らかにすることが著しく困難であるときは、その申立ての時においては、これらの事項に代えて、文書の所持者がその申立てに係る文書を識別することができる事項を明らかにすれば足りる。この場合においては、裁判所に対し、文書の所持者に当該文書についての同項第一号又は第二号に掲げる事項を明らかにすることを求めるよう申し出なければならない。 2 前項の規定による申出があったときは、裁判所は、文書提出命令の申立てに理由がないことが明らかな場合を除き、文書の所持者に対し、同項後段の事項を明らかにすることを求めることができる。

文書の表示や趣旨を明らかにすることが著しく困難なときは、所持者が識別できる程度の事項を示せば足ります。そのうえで、所持者に明らかにさせるよう、裁判所へ申し出なければなりません。Yさんの申告書の控えの正式な名称までXさんが分からなくても、識別できる程度の説明をすれば、申立ての手続に乗せられます。

なぜ提出義務は広がったのか

提出義務が広がった経緯の板(旧法=限定された3類型のみ提出義務/現行法=同じ3類型に加え除外事由が無い限り提出義務を負う規定を新設=一般義務化/真実発見の利益と秘密の利益の衝突) 図:提出義務が広がった経緯の板

  • 旧法=限定された3類型のみ提出義務
  • 現行法=同じ3類型に加え除外事由が無い限り提出義務を負う規定を新設=一般義務化
  • 真実発見の利益と秘密の利益の衝突

最後に、この提出義務が、なぜ今の形になったのか、その経緯を見ておきます。かつての法律では、文書提出義務が認められるのは、限定された3つの類型に当てはまる場合だけでした。相手が裁判で自分から引用した文書のように、文書と申立てをする側の間に特別なつながりがある場合に限られていた、ということです。平成8年に成立した現行の民事訴訟法は、同じ3つの類型に加えて、除外事由がない限り提出義務を負うという規定を新たに設けました。これによって、文書提出義務は原則として広く負うものになりました。真実発見の利益と、文書を持っている人の秘密を守りたいという利益がぶつかり合う中で、真実発見の側に重心を置いた結果です。例えば、さっきのYさんの申告書の控えは、Xさんと特別なつながりのある文書ではありません。昔の法律のもとでは、命令で出させるのが難しかったんです。ただし、除外事由の中身と、それをめぐる判例の積み重ねは、次の回で扱います。

Xさんの事件で振り返る

まとめの板(軸1=文書は成立の真正を通らないと証拠として使えない=形式的証拠力→実質的証拠力の順番/軸1の頂点=二段の推定=一段目の事実上の推定と二段目の228条4項/軸2=入手3ルート=強制力の有無で分かれる) 図:まとめの板

  • 軸1=文書は成立の真正を通らないと証拠として使えない=形式的証拠力→実質的証拠力の順番
  • 軸1の頂点=二段の推定=一段目の事実上の推定と二段目の228条4項
  • 軸2=入手3ルート=強制力の有無で分かれる

今日見てきたことを、XさんとYさんの借用書で振り返りましょう。文書は、中身が正しいかを見る前に、成立の真正という関門を通らなければなりません。この順番で、形式的証拠力から実質的証拠力に進みます。印影が本人の印章によるという事実から、一段目の事実上の推定で、本人の意思による押印が推定されます。その押印から、二段目の228条4項で、文書全体の真正が推定されます。Yさんが反証に失敗すれば、この借用書は動かぬ証拠になります。所持文書の提出と文書送付の嘱託には強制力が無く、文書提出命令にだけ強制力があります。任意の道具の先に、強制の道具が控えている、という関係でした。実印があるかどうかではなく、それが本人の意思で押されたと言えるかどうか。ここが今日の一番の急所です。

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#57単独ページ動画

文書提出義務と220条の4つの入口

第2章 訴訟の審理 #57/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

融資を断られた理由が知りたい

冒頭事案の関係図(個人事業主のXが銀行Yに融資を申し込み一度は前向きな返事をもらっていたのに審査の結果断られた・Xは説明が不十分だったのではと考えYを相手に訴訟を起こした) 図:冒頭事案の関係図

個人事業主のXさんは、銀行Yに融資を申し込みました。担当者からは「前向きに検討します」と言われていたのに、審査の結果、融資は断られてしまいます。Xさんが納得できなかったのは、断られた理由の説明があまりに簡単だったことです。Xさんは、Yの審査に何か落ち度があったのではないかと考えて、Yを相手に訴訟を起こしました。そしてXさんは、Y銀行の内部で作られた「貸出稟議書」を法廷に出させたいと考えています。結論から言うと、多くの場合は出させられません。今日の最後に、この理由をきちんと説明します。まず押さえておきたいのは、そもそも「この文書を出しなさい」と言える場面が、条文上いくつあるのか、という土台の話です。

前回の受け——提出義務の原因

前回の受けの板(文書提出命令の申立てには提出義務の原因を書く221条1項5号・旧法は限定義務のみ現行法は除外事由が無い限り提出義務を負う規定を新設し一般義務化した) 図:前回の受けの板

前回見たとおり、文書提出命令の申立てには、5つ目の事項として「文書の提出義務の原因」を書かなければなりません。この原因を定めた規定が220条です。旧法では、限定された3つの類型しかありませんでしたが、現行法はその3類型に加えて、除外事由が無い限り提出義務を負うという規定を新設しました。真実発見の利益と、秘密を守りたいという利益がぶつかり合う中で、真実発見の側に重心を置いた結果でしたね。今日はその中身、220条の各号を1つずつ見ていきます。

限定義務の3類型——1号・2号・3号

限定義務3類型の一覧板(1号引用文書=当事者が訴訟で引用した文書を自ら所持するとき/2号引渡し閲覧請求可能文書=挙証者が所持者に引渡しや閲覧を求める権利を持つとき/3号利益文書法律関係文書=挙証者のためにまたは挙証者と所持者の法律関係について作成された文書) 図:限定義務3類型の一覧板

  • 1号引用文書=当事者が訴訟で引用した文書を自ら所持するとき
  • 2号引渡し閲覧請求可能文書=挙証者が所持者に引渡しや閲覧を求める権利を持つとき
  • 3号利益文書法律関係文書=挙証者のためにまたは挙証者と所持者の法律関係について作成された文書

条文民事訴訟法220条1号〜3号

民事訴訟法220条1号〜3号(文書提出義務) 次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。 一 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。 二 挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。 三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。

まず1号です。当事者が訴訟の中で引用した文書を自分で持っているとき、その文書は出さなければなりません。Yが答弁書の中で「融資協議の際、担当者はこう説明した」と、社内の打ち合わせメモの一部を引用して自分たちの正当性を主張したとします。この場合、Xの申立てで、Yはそのメモ本体を出す義務を負います。自分から都合のいい部分だけを見せておいて、残りは隠すというのは、Xとの関係で不公平だからです。この1号にあたる場合は、後で出てくる守秘義務のような除外事由があっても、免除されません。次は2号です。条文の「挙証者」は、以前の回でも出てきたとおり、その文書で事実を証明しようとする側、この事件ならXさんのことです。挙証者が、その文書の所持者に対して、引渡しや閲覧を求める権利をもともと持っているときです。

民法487条には、弁済した人が債権者に対して持っている証書の返還請求権があります。会社法433条1項には、株主の会計帳簿閲覧請求権があります。理屈のうえでは、これらの権利を使った別の訴訟を起こすことも考えられますが、それではあまりに遠回りです。だから、いま進めている訴訟の中で、まとめて出させることを認めています。3号は、利益文書と法律関係文書です。文書が挙証者のために作成されたものが利益文書、挙証者と所持者の間の法律関係について作成されたものが法律関係文書です。誰かに財産を与えると書いた遺言書、つまりその人を受遺者と指定する遺言書や、委任状、領収書は利益文書です。契約書や、契約を解除するときの通知書は法律関係文書です。Xさんの事件で言えば、実はXさんとYの間には、以前からの融資に関する覚書があります。これはXとYの法律関係について作られた文書ですから、3号の法律関係文書にあたります。

ありましたが、当時はこれが限定義務の中で提出させられる数少ない道具だったので、裁判例の中には、利益文書や法律関係文書の範囲を広げて解釈するものもありました。今は、これから見る4号ができたことで、義務の範囲そのものが全般的に広がっています。だから、3号を無理に拡張して読む必要はもう無いんです。1号から3号は、いずれも文書とXとの間に、すでに特別なつながりがある場合でした。後で見るイからホの除外事由は、4号の中に置かれた例外です。1号から3号には、条文上この例外が付いていません。ただし、条文に例外が無いといっても、判例は、稟議書のように後で見る4号ニの自己利用文書にあたる文書は、3号の法律関係文書にもあたらない、としています。だからXさんの稟議書は、3号ではなく4号の問題になるんです。検討する順番は、いつも1号から3号が先で、4号は後です。

一般義務の入口——4号柱書

一般義務の構造フロー板(1号から3号にあたるか→はいなら提出義務あり・イからホの例外は条文上付いていない/いいえなら4号イからホのどれかにあたるか→あたれば提出義務なし・あたらなければ一般義務として提出) 図:一般義務の構造フロー板

  • 1号から3号にあたるか→はいなら提出義務あり・イからホの例外は条文上付いていない
  • いいえなら4号イからホのどれかにあたるか→あたれば提出義務なし・あたらなければ一般義務として提出

条文民事訴訟法220条4号柱書

民事訴訟法220条4号柱書(文書提出義務) 四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。

1号から3号のどれにも当たらない場合でも、話は終わりません。4号がその受け皿です。文書が、これから見るイからホのどれにも当たらないなら、なお提出義務を負います。1号から3号と4号とでは、書き方の向きが逆になっています。そこが今日のまず1つ目の軸です。1号から3号は、その文書とXとの間にすでに特別なつながりがあるので、除外事由の一覧を付けずに出させました。4号が相手にするのは、そういうつながりが無い文書、つまりYの銀行としての内部文書のような、Xとは関係の薄い文書です。関係が薄い分、原則として広く出させておいて、代わりに、出したら本当に守るべき利益が壊れてしまう場合だけを、イからホの除外事由で拾い上げる。こういう設計です。

銀行の稟議書は、まさにこの4号の場面で問題になります。イからホを、1つずつ見ていきましょう。

(イ)自己負罪拒否特権・名誉毀損文書

4号イの板(所持者本人または196条各号の親族関係にある者について196条に規定する自己負罪拒否特権や名誉毀損にあたる事項が書かれた文書は提出義務を免れる・証人なら証言拒絶できることを文書でも拒める) 図:4号イの板

イに入る前に、1つ思い出してください。証人尋問の回で、証人が証言を拒める場合を4つ見ました。そのうち、自分や親族に不利益な事柄について証言を拒める権利は、何条でしたか?

条文民事訴訟法220条4号イ

民事訴訟法220条4号イ(文書提出義務の除外事由) イ 文書の所持者又は文書の所持者と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書

196条でしたよね。自分や親族が刑事訴追や有罪判決を受けるおそれがある事柄は、証言を拒める、という規定です。今日出てくる4号のイからハは、まさにこの証言拒絶権と対応しています。イは、文書の所持者本人、またはその近親者について、196条に規定する事項が書かれた文書です。196条は、証人が刑事訴追を受けるおそれや、名誉を害する事項について、証言を拒める権利でしたね。証言拒絶権が認められる場面は、そのまま文書提出義務を免れる理由としても働きます。同じ秘密が、口で答えるなら守られるのに、紙に書いてあれば出させられる、というのでは、証言拒絶権を認めた意味がなくなってしまうからです。Yの担当者が、社内での不正な融資判断について書いた個人的なメモがあり、それを出すとその担当者自身の刑事責任を認めることになりかねない、という場合が典型です。196条の要件そのものは、証人尋問の回で見たとおりなので、今日はこの対応関係だけ押さえてください。

(ロ)公務秘密文書

4号ロの板(公務員の職務上の秘密で提出により公共の利益を害しまたは公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの・監督官庁の意見聴取223条3項だが最終判断は裁判所・国の安全等4事由は特則223条4項) 図:4号ロの板

次はロです。証人尋問の回で見た191条、思い出せますか?

条文民事訴訟法220条4号ロ

民事訴訟法220条4号ロ(文書提出義務の除外事由) ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの

ロは、公務員の職務上の秘密に関する文書です。提出することで公共の利益を害するか、公務の遂行に著しい支障が出るおそれがあるものは、免除されます。これは、役所が「秘密だ」と言えば、それで終わりですか。違います。裁判所は、監督官庁の意見を聴かなければなりませんが、最終的にどう判断するかは裁判所に残されています。役所の「秘密だ」の一言で決まるなら、国が関わる事件では、いつでも証拠を隠せてしまうからです。

条文民事訴訟法223条3項

民事訴訟法223条3項(文書提出命令) 3 裁判所は、公務員の職務上の秘密に関する文書について第二百二十条第四号に掲げる場合であることを文書の提出義務の原因とする文書提出命令の申立てがあった場合には、その申立てに理由がないことが明らかなときを除き、当該文書が同号ロに掲げる文書に該当するかどうかについて、当該監督官庁(衆議院又は参議院の議員の職務上の秘密に関する文書についてはその院、内閣総理大臣その他の国務大臣の職務上の秘密に関する文書については内閣。以下この条において同じ。)の意見を聴かなければならない。この場合において、当該監督官庁は、当該文書が同号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べるときは、その理由を示さなければならない。

3項のとおり、監督官庁は、ロに当たるという意見を述べるなら、その理由を示さなければなりません。そのうえで、次の4項が、特別な場面を定めています。

条文民事訴訟法223条4項

民事訴訟法223条4項(文書提出命令) 4 前項の場合において、当該監督官庁が当該文書の提出により次に掲げるおそれがあることを理由として当該文書が第二百二十条第四号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べたときは、裁判所は、その意見について相当の理由があると認めるに足りない場合に限り、文書の所持者に対し、その提出を命ずることができる。 一 国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ 二 犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれ

監督官庁は、意見を述べるだけです。ただし、国の安全、他国や国際機関との信頼関係、交渉上の不利益、それに犯罪の予防・捜査など公共の安全と秩序の維持、こうした事由に関わる場合は特則があって、裁判所は、監督官庁の意見に相当の理由があると認めるに足りない場合に限って、提出を命じることができます。つまり、意見にそれなりの理由が認められる限り、提出は命じられないということです。こうした分野では、監督官庁の専門的な判断を尊重する、という仕組みです。実際に、裁判所が役所の言い分を退けた例はあるんですか。あります。労働災害をめぐる裁判で、労働基準監督署が作った災害調査の記録を出させられるかが争われた事件です。裁判所はこう述べました。

判例最決平成17・10・14 民集59巻8号2265頁

公務秘密文書にあたるかが争われた事件 「公務員の職務上の秘密」には,公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって,それが本案事件において公にされることにより,私人との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれる。

この決定は2つのことを言っています。まず、公務員自身の秘密だけでなく、私人の秘密もここに含まれるということ。次に、その支障は、単に「秘密です」というだけでは足りず、本案の裁判で明らかになることで私人との信頼関係が損なわれ、公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すようなものでなければならないということです。この事件では、行政内部の意見が書かれた部分は提出を免れる一方、会社や労働者から聞き取った事実を分析した部分は、出しても公務に著しい支障が具体的に生じるとはいえないとして、その部分を提出させる方向で判断をやり直させました。

「公務員の秘密」は役所の内輪の話のように見えますが、実際に守られているのは、役所に情報を提供した私人の信頼関係でもあるんです。

(ハ)専門職秘密・技術又は職業の秘密

4号ハの板(197条1項2号の専門職が職務上知り得た黙秘すべき事実と3号の技術又は職業の秘密で黙秘の義務が免除されていないもの・技術又は職業の秘密の定義は証人尋問の回と同じ) 図:4号ハの板

条文民事訴訟法220条4号ハ

民事訴訟法220条4号ハ(文書提出義務の除外事由) ハ 第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書

ハは、197条1項2号の専門職が職務上知った黙秘すべき事実と、3号の技術又は職業の秘密です。証人尋問の回で見た2つの証言拒絶権が、そのまま文書の側に対応しています。条文の言い方は「証言を拒める」ではなく「黙秘の義務が免除されていないもの」と少し変わりますが、意味は同じです。

条文民事訴訟法197条1項2号・3号

民事訴訟法197条1項2号・3号(証言拒絶権) 二 医師、歯科医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、弁護人、公証人、宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者又はこれらの職にあった者が職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて尋問を受ける場合 三 技術又は職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合

「黙秘すべきもの」は、専門職なら何でも当てはまるわけではありません。破綻した保険会社の調査委員会が作った報告書が問題になった事件で、最高裁はこう述べています。

判例最決平成16・11・26 民集58巻8号2393頁

専門職の黙秘義務の範囲が争われた事件 民訴法197条1項2号所定の「黙秘すべきもの」とは,一般に知られていない事実のうち,弁護士等に事務を行うこと等を依頼した本人が,これを秘匿することについて,単に主観的利益だけではなく,客観的にみて保護に値するような利益を有するものをいうと解するのが相当である。

本人が「秘密にしたい」と思っているだけでは足りず、客観的に見て保護する価値がある利益でなければならない、ということです。そうでないと、専門職が関わった文書は、いつでも法廷から消えてしまいます。この事件では、依頼者本人の保護すべき利益が乏しいとして、報告書の提出義務は免除されませんでした。技術又は職業の秘密の定義は、証人尋問の回と同じです。公開されると、その技術の社会的な価値が下がって活動が難しくなる、あるいはその職業に深刻な影響が出て以後の遂行が難しくなる、というものだけがこれにあたります。銀行にも、守秘義務がありますよね。Yは、稟議書とは別の話として、取引明細書を出さなくていいと言えませんか。言えません。この点は、まさに最高裁が判断しています。

判例最決平成19・12・11 民集61巻9号3364頁

銀行の守秘義務と取引明細書の提出義務が争われた事件 金融機関が有する上記守秘義務は,上記の根拠に基づき個々の顧客との関係において認められるにすぎないものであるから,金融機関が民事訴訟において訴訟外の第三者として開示を求められた顧客情報について,当該顧客自身が当該民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には,当該顧客は上記顧客情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず,金融機関は,訴訟手続において上記顧客情報を開示しても守秘義務には違反しないというべきである。

秘密の持ち主である顧客自身が、その取引についての訴訟の当事者になっているなら、銀行が守秘義務を理由に出し渋ることはできません。取引明細書には、Yの職業の秘密ではなく、顧客本人の情報が書かれているだけだからです。そこは、職業の秘密にあたります。銀行が融資先の財務状況を自分で分析し、評価した内容が書かれた資料が問題になった事件で、最高裁も、その分析や評価は銀行の職業の秘密にあたると認めました。ただ、それで話は終わりません。出すことで失われる利益と、裁判で真実を明らかにする必要とを比べて、保護に値する秘密とまでは言えないとして、結局は提出を命じています。職業の秘密にあたるかどうかと、それでも出させるべきかどうかは、別の段階の話なんです。

(ニ)自己利用文書——冒頭の稟議書に戻る

自己利用文書3要件板(1号から3号や4号イからハと違い証人尋問に対応物が無い独自の判例準則・専ら文書の所持者の利用に供するための文書は提出義務を免れる・要件は3つ) 図:自己利用文書3要件板

ここまでのイ、ロ、ハは、どれも証言拒絶権に対応する規定でした。最後のニだけは違います。

条文民事訴訟法220条4号ニ

民事訴訟法220条4号ニ(文書提出義務の除外事由) ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)

イメージとしてはそうですが、条文のこの短い言葉だけでは、どこまでが対象か決まりません。そこで最高裁は、貸出稟議書そのものが問題になった事件で、3つの要件を示しました。冒頭のXさんの事件を、ここで思い出してください。

⭐ 論文で書く規範:自己利用文書の3要件 ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は自己利用文書にあたる。 (規範(最決平成11・11・12 民集53巻8号1787頁〈百選69〉))

1つ目は、内部文書性です。作成の目的や記載内容から見て、専ら内部の者の利用のために作られていて、外部への開示が予定されていないこと。2つ目は、開示による看過しがたい不利益です。開示されると、プライバシーが侵害されたり、自由な意思形成が阻害されたりする、それくらい重い不利益が所持者に生じること。3つ目は、特段の事情が無いことです。この判例の元になった事件では、貸出稟議書は、融資を認めるかどうかを銀行内部で審査するために作られ、担当者の忌憚のない評価や意見が書き込まれることが予定されている文書だとされました。だから、原則としてこの1つ目と2つ目を満たし、特段の事情も無いとして、自己利用文書にあたる、提出義務は無いと判断されています。

会社の人事評価会議で、部長たちが「この人はまだ荷が重い」と率直に言い合った議事メモを想像してください。あれを外に見せる前提で書く人はいません。もし裁判のたびに出させられるとなったら、誰も本音を書かなくなり、稟議という仕組み自体が機能しなくなってしまいます。だから、Xさんの事件でも、多くの場合、この稟議書は自己利用文書にあたり、提出義務を免れると考えられます。

判例の重心の移動——③から①②へ

重心移動の年表板(平成11年3要件確立→平成12年13年は特段の事情で結論が割れる→平成16年以降は内部文書性と看過しがたい不利益を規範的に見極める方向へ・貸出稟議書と社内通達文書を対比) 図:重心移動の年表板

この3要件は、最初からすんなり運用が固まったわけではありません。当初は、3つ目の特段の事情をめぐって判断が割れました。信用金庫の会員が、信用金庫に代わって訴えを起こす代表訴訟の事件では、原告は信用金庫と同じ立場で稟議書を使えるのだから、外部に出すのとは違う、という特別な事情があるかが争われました。最高裁は、この訴訟は、会員として閲覧や謄写ができない書類を、信用金庫と同じ立場で利用する地位まで与えるものではないとして、特段の事情を否定しました。逆に、破綻した信用組合の稟議書については、組合はすでに破綻して清算中であり、所持者が専ら債権回収の業務をしているだけなら、自由な意思形成が阻害されるおそれはもう無いとして、特段の事情が肯定されています。

信用金庫の事件と信用組合の事件では、同じ「特段の事情」でも結論が逆になりました。この3つ目の要件は、事情次第でどちらにも転びやすく、場当たり的な判断になりがちでした。そこでその後は、1つ目の内部文書性と、2つ目の看過しがたい不利益のほうを、丁寧に見極める方向に重心が移っていきます。1つ目の内部文書性については、外部に開示することが最初から予定されているかどうかが決め手になります。法令上の作成根拠があって、法令に基づく調査結果として作られた文書、監督官庁の事後の検査に備えて作られた文書、第三者への開示が最初から予定されている文書、こうしたものは、内部文書性が否定されやすくなります。さっきのハで見た、破綻した保険会社の調査委員会の報告書も、ここに当たります。あの報告書は、破綻した会社を管理するために置かれた保険管理人が、法令上の根拠のある命令に基づいて行わせた調査の結果でした。会社が内輪で使うために自由に書いたものではないので、内部文書性が否定されています。

重心移動後半の板(②看過しがたい不利益の見極め=貸出稟議書は融資検討そのものが書かれた文書だが社内通達文書は決まった結論を配る文書で性質が違う) 図:重心移動後半の板

判例最決平成18・2・17 民集60巻2号496頁

社内通達文書と自己利用文書が争われた事件 本件各文書は,抗告人の業務の執行に関する意思決定の内容等をその各営業店長等に周知伝達するために作成され,法人内部で組織的に用いられる社内通達文書であって,抗告人の内部の意思が形成される過程で作成される文書ではなく,その開示により直ちに抗告人の自由な意思形成が阻害される性質のものではない。

そして2つ目、看過しがたい不利益については、銀行本部から各営業店に宛てた社内通達文書が問題になった事件があります。この文書は、貸出稟議書と同じく内部でしか使わない文書ですが、性質が違います。そこで2つ目の要件を見てください。社内通達文書は、銀行内部で意思が形成される過程で作られる文書ではありません。すでに決まった業務の指針を、各営業店に伝えるために作られた文書です。稟議書は、これから融資を認めるかどうかの生々しい検討そのものが書かれていますが、通達文書は、その検討が終わった後の結論を配るためのものです。開示されても、次にまた本音で検討する場が壊れるわけではありません。

会議の生々しいメモと、会議の結果を配るお知らせの違いです。だから社内通達文書は、1つ目の内部文書性はあっても、2つ目の看過しがたい不利益を欠くとして、自己利用文書にあたらない、つまり提出義務があると判断されました。同じ銀行の内部文書でも、稟議書と通達文書とで結論が分かれる理由は、ここにあります。Xさんの事件に戻ります。Xさんが求めているのは、あくまで融資を検討する過程そのものが書かれた稟議書です。通達文書のように、決まった結論を配るだけの文書ではありません。だから、原則どおり自己利用文書にあたり、提出義務を免れる可能性が高いということになります。ただし、もしその稟議書の中に、法令上の作成根拠があるとか、監督官庁への提出が予定された部分が混じっているといった事情があれば、1つ目の内部文書性から見直しが必要になります。なお、条文には、国や地方公共団体が持つ文書で公務員が組織的に用いるものはこのニから除く、というただし書きもありますが、これは民間の銀行であるYには関係しません。

4つの入口の地図

まとめの板(1号から3号は文書と挙証者の間にすでに特別な関係があるので提出義務あり・イからホの例外は付いていない/4号は関係の無い文書を原則提出させたうえでイからホの除外事由で絞る/イロハは証言拒絶権の文書版・ニだけ独自の判例準則) 図:まとめの板

  • 1号から3号は文書と挙証者の間にすでに特別な関係があるので提出義務あり・イからホの例外は付いていない
  • 4号は関係の無い文書を原則提出させたうえでイからホの除外事由で絞る
  • イロハは証言拒絶権の文書版・ニだけ独自の判例準則

今日見てきた4つの入口を、地図としてまとめます。まず1号から3号。引用文書、引渡し・閲覧請求可能文書、利益文書・法律関係文書です。これらは、文書と挙証者の間にすでに特別なつながりがあるので、4号のイからホの例外が条文上付いていない義務でした。4号の一般義務に進みます。原則として出す代わりに、イからホの除外事由に当たれば免れます。イとロとハは、証言拒絶権の文書版でした。イが自己負罪拒否特権と名誉毀損、ロが公務秘密、ハが専門職と技術又は職業の秘密です。そしてニだけは、証人には対応物の無い、判例が独自に作った3要件でした。内部文書性、看過しがたい不利益、特段の事情の3つです。

Xさんが求めた貸出稟議書は、原則としてこのニの自己利用文書にあたり、Yは提出義務を免れます。融資を断られた理由を知りたいというXさんの気持ちはよく分かりますが、銀行が正直に検討できる場を守るという利益が、ここでは優先されるんです。

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#58単独ページ動画

文書提出命令の手続と真実擬制・検証

第2章 訴訟の審理 #58/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

刑事記録は民事の法廷に出せるか

冒頭事案の関係図(Xはある刑事事件の捜査で自宅を捜索差押えされたが結局起訴されなかった・Xはこの捜索差押えそのものが違法だったとして捜索を行った警察の属する公共団体Yを相手に国家賠償の訴訟を起こした・Yは捜索差押えの令状そのものと発付を求めるために作った請求書を当時の捜査記録として保管している・Xはこの書類を民事の法廷に出させて違法な捜索だったことを立証したい) 図:冒頭事案の関係図

Xさんは、ある刑事事件の捜査で自宅を捜索差押えされましたが、結局起訴されませんでした。Xさんは、この捜索差押えそのものが違法だったとして、捜索を行った警察の属する公共団体Yを相手に、国家賠償の訴訟を起こしました。捜索差押えを行うには、裁判官が発付する令状が必要です。Yは、その令状そのものと、発付を求めるために作った請求書を、当時の捜査記録として今も保管しています。Xさんは、この書類を民事の法廷に出させて、令状の要件を欠く違法な捜索だったことを立証したいと考えました。結論から言うと、無理ではありません。刑事事件の記録という理由だけで一律に出せなくなるわけではなく、条件を満たせば命じられる道が残っています。今日はその条件と、命令が出たあとに何が起きるかを、最後まで見ていきます。

前回の受け——4号までの入口

前回の受けの板(220条1号から3号は文書と挙証者の間にすでに特別な関係があるので提出義務あり・4号は原則提出させたうえでイからホの除外事由で絞る一般義務(前回はイからニ・今日はホ)・1号から3号にはイからホの例外が条文上付いていない) 図:前回の受けの板

前回、220条の4号まで見ました。1号から3号は、文書と挙証者、つまりその文書で事実を証明しようとする側との間に、すでに特別なつながりがある場合の限定義務で、ここにはイからホの例外が条文上付いていません。4号は、そういうつながりの無い文書について、原則として提出させたうえで、イからホの除外事由に当たれば免れる一般義務で、前回はそのうちイからニまでを見ました。イからハは、証人として呼ばれた人が、法廷で証言を拒むことが認められる秘密、つまり証言拒絶権で守られる秘密を、文書の側でも守るための除外でした。ニだけは、組織の内部で使うためだけに作った文書を守る除外で、どんな文書がそれに当たるかは、判例が3つの要件で絞り込んできました。今日は、4号の除外事由の最後、ホから始めます。

(ホ)刑事・少年事件関係文書

4号ホの板(刑事事件に係る訴訟に関する書類・少年の保護事件の記録・これらの事件で押収されている文書は4号に基づく提出義務を免れる・刑訴法47条本文=公判開廷前は非公開ただし書=公益上の必要と相当性があれば可) 図:4号ホの板

条文民事訴訟法220条4号ホ

民事訴訟法220条4号ホ(文書提出義務の除外事由) ホ 刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書

ホは、刑事事件に係る訴訟に関する書類、少年の保護事件の記録、それにこれらの事件で押収されている文書です。この3つに当たる文書は、4号に基づく提出義務を免れます。イからニが、秘密や組織の内部事情を守るための除外だったのに対して、ホは刑訴法との関係を条文が正面から取り込んだ規定です。

条文刑事訴訟法47条

刑事訴訟法47条(訴訟に関する書類の公判前の公開禁止) 訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があつて、相当と認められる場合は、この限りでない。

刑訴法47条のただし書きが、今日のポイントです。刑訴法47条は、公判が開かれる前は原則として非公開としながら、公益上の必要があって相当と認められる場合には、公開してよいというただし書きを置いています。刑事事件関係文書という理由だけで一律に非公開にする制度ではなく、もともと例外を織り込んだ規定なんです。Yが持つ令状関係書類も、まずこのホに当たるかどうかが問題になります。

(ホ)と3号の交錯——形式判断の先にある実質判断

(ホ)と3号の交錯の板(ホに当たる文書でも実質的に3号の法律関係文書に該当するなら保管者の提出拒否が裁量権の逸脱や濫用と評価される場合に限りなお提出を命じうる・形式的除外と実質判断の2段構え)

ホに当たる文書は、4号に基づく提出義務を免れます。しかし、話はそこで終わりません。思い出してください。イからホの除外事由は、4号の中に置かれた例外で、1号から3号の義務には付いていませんでした。ホで外れるのは4号の義務だけで、3号の入口は別に残っています。そこで最高裁は、刑事事件の文書でも、3号の法律関係文書、つまり挙証者と所持者の間の法律関係について作られた文書に当たるなら、なお救済の道があることを示しました。

⭐ 論文で書く規範:3号法律関係文書としての提出命令 当該文書が法律関係文書に該当する場合であって、その保管者が提出を拒否したことが、民事訴訟における当該文書を取り調べる必要性の有無、程度、当該文書が開示されることによる弊害発生のおそれの有無等の諸般の事情に照らし、その裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用するものであると認められるときは、裁判所は、当該文書の提出を命ずることができる。 (規範(最決平成16・5・25 民集58巻5号1135頁〈百選A23〉))

刑事事件に関わる文書でも、法律関係文書に当たるなら、話は3号の土俵に移ります。ただ、3号に移っても、刑訴法47条が、公にするかどうかの判断を保管者に任せていることは変わりません。だから裁判所は、保管者の判断を丸ごと置き換えるのではなく、提出を拒んだことが、証拠として取り調べる必要性や、開示による弊害のおそれなど、いろいろな事情に照らして裁量権の逸脱や濫用だと評価できるときに限って、なお提出を命じることができる。これが最高裁の定式です。この事件自体では、命じられていません。最高裁は、保管者だった検察官の提出拒否には裁量権の逸脱も濫用も無いと判断し、最初に申立てを判断した決定、つまり原々決定どおり申立ては退けられました。この定式は「一定の条件を満たせば命じうる」という物差しであって、この事件で実際に命じたわけではありません。物差しと、この事件の結論は分けて覚えてください。

命じられた例・命じられなかった例

物差しをあてはめた結果の一覧板(捜索差押許可状=法律関係文書に該当し提出命令が確定/捜索差押令状請求書=法律関係文書には該当するが弊害のおそれを理由に提出は否定/告訴状と供述調書=被疑者本人との関係で提出命令が確定・会社との関係では法律関係文書に該当せず却下/司法解剖の写真データ=法律関係文書に該当し提出命令が確定) 図:物差しをあてはめた結果の一覧板

  • 捜索差押許可状=法律関係文書に該当し提出命令が確定
  • 捜索差押令状請求書=法律関係文書には該当するが弊害のおそれを理由に提出は否定
  • 告訴状と供述調書=被疑者本人との関係で提出命令が確定・会社との関係では法律関係文書に該当せず却下
  • 司法解剖の写真データ=法律関係文書に該当し提出命令が確定

この物差しを実際に当てはめた後続の決定では、書類の種類によって結論が分かれています。まず、捜索差押許可状そのものです。これは法律関係文書に当たり、開示による捜査への具体的な弊害も認められないとして、提出が命じられました。ただ同じ決定の中で、その令状の発付を求めるために作られた請求書、つまり犯罪事実の要旨や夜間の執行が必要な理由などが書かれた書面については、法律関係文書には当たるものの、開示すると捜査に支障が生じるおそれがあるとして、裁量権の逸脱・濫用までは認められず、提出は否定されています。令状本体と、その請求書とで、同じ決定の中で結論が分かれたことがポイントです。次の例です。性犯罪の被害者が提出した告訴状と、司法警察員に対する供述調書が問題になりました。被疑者本人との関係では法律関係文書に当たり、この事件では、被疑者の勾留が準抗告で取り消されて不起訴になっていたこと、国の側がすでに、担当の検事がこれらの書類を読んで作った陳述書を証拠として出していて、被害者の話の中身がかなり詳しく書かれていたことなど、特有の事情から弊害のおそれが認められないとして、提出が命じられています。

同じ物差しでも、事案の事情次第で結論は変わります。もう1つ、司法解剖で撮影された写真データが問題になった決定があります。警察が保管する電磁的記録でしたが、遺族には、死体を不当に傷つけられないことについて法的な利益があるとして、これも法律関係文書に当たると評価され、提出が命じられました。

同じ日、逆の結論——中身が違えば窓口も違う

同日別決定の対比板(同じ日に出た別の決定・司法解剖を行った医師が作成した鑑定書等の文書は220条4号ホの刑事事件関係書類に形式的類型的に該当し4号に基づく提出義務は無い・弊害の有無を個別に検討せず類型で判断する・写真データとは別の窓口) 図:同日別決定の対比板

実は、この写真データの決定と同じ日に、まったく同じ本案事件をめぐって、もう1つ決定が出ています。今度の対象は、司法解剖を行った医師が作成した鑑定書などの文書です。

判例最決令和2・3・24 集民263号135頁

刑事事件関係書類の該当性が争われた決定 文書等が民事訴訟に提出された場合の弊害の有無や程度を個別に検討すべきではなく、被告事件若しくは被疑事件に関して作成され又はこれらの事件において押収されている文書等であれば当然に刑事事件関係書類に該当すると解するのが相当である。

この鑑定書について、最高裁は、開示しても弊害が無いかどうかを1件ずつ検討するのではなく、刑事事件のために作られた文書か、その事件で押収されている文書かという類型だけで、ホに当たるかどうかを判断すべきだとしました。この鑑定書は、まさに刑事事件のために作られた文書ですから、4号に基づく提出義務は無いという結論です。なぜ1件ずつ見ないのか。刑事記録を公にしてよいかは、刑訴法47条のただし書のとおり、刑事の側で判断する仕組みになっています。民事の裁判所が個別に弊害を量り始めると、その仕組みを横から崩してしまう。だから民事の側は類型で線を引き、救う道は3号に任せているんです。

正反対に見えますが、矛盾ではありません。写真データは3号の窓口で判断され、法律関係文書として救済されました。鑑定書は4号ホの窓口で判断され、こちらは弊害の有無を問わない形式的な判断で、そもそもホに当たると認定されています。日付が同じであることに意味は無く、争われている文書の中身が違うから、通る窓口が違うんです。中身を見ずに日付だけで覚えると、この2つを取り違えます。

申立ての審理

申立ての審理の板(本案とは別の独立の決定手続223条1項・理由があると認めるときは決定で提出を命じる・取り調べる必要のない部分は除く一部提出命令・第三者に命じようとするときは審尋が必要223条2項) 図:申立ての審理の板

条文民事訴訟法223条1項・2項

民事訴訟法223条1項・2項(文書提出命令等) 裁判所は、文書提出命令の申立てを理由があると認めるときは、決定で、文書の所持者に対し、その提出を命ずる。この場合において、文書に取り調べる必要がないと認める部分又は提出の義務があると認めることができない部分があるときは、その部分を除いて、提出を命ずることができる。 2 裁判所は、第三者に対して文書の提出を命じようとする場合には、その第三者を審尋しなければならない。

ここからは、命令が出るまでの審理の話です。提出を命じるかどうかは、本案の審理とは別の、独立した決定手続で判断されます。理由があると認めるときは、決定で提出を命じます。文書の中に、取り調べる必要が無い部分や、提出義務があるとは認められない部分があれば、その部分だけを除いて提出を命じることもできます。一部提出命令です。Yが持つ令状関係書類も、丸ごとではなく一部だけ出させることはあり得ます。もし所持者が第三者、たとえば検察官のような当事者以外の人だったら、命じる前にその第三者の言い分を聞かなければなりません。審尋です。第三者は訴訟の当事者ではないので、法廷で自分の言い分を述べる場がありません。それなのに、命令に従わなければ、あとで見る過料という制裁まで受けうる。だから、命じる前に言い分を聞く機会を、条文で保障しているんです。

イン・カメラ手続

イン・カメラ手続の板(220条4号イからニのどれかに当たるかどうかを判断するためだけに裁判所だけが文書を見る手続223条6項・対象からホは除かれる・何人にも開示を求められない・当事者権との緊張) 図:イン・カメラ手続の板

条文民事訴訟法223条6項

民事訴訟法223条6項(文書提出命令等) 裁判所は、文書提出命令の申立てに係る文書が第二百二十条第四号イからニまでに掲げる文書のいずれかに該当するかどうかの判断をするため必要があると認めるときは、文書の所持者にその提示をさせることができる。この場合においては、何人も、その提示された文書の開示を求めることができない。

イからニのどれかに当たるかどうかの判断が難しいとき、裁判所は、所持者に文書そのものを提示させることができます。これがイン・カメラ手続です。裁判所だけが中身を見て、当事者を含めて誰にも、その中身を見せません。この場で見られるのはあくまで裁判官だけで、申立てをした当事者自身にも開示されません。だからこそ、申立て当事者が反論する機会を奪われる、当事者公開主義に反するという批判があります。それでも、この手続を置かなければ、そもそも該当性を判断する材料が無く、審理が進まなくなってしまうので、認められています。

ホだけは、イン・カメラの対象から外れています。ここで、鑑定書の決定で見た理屈が効いてきます。その決定自身が、ホは、開示してよいかを民事の裁判所が中身を見て1件ずつ判断するのではなく、刑事手続の側の開示のルールに任せる趣旨で丸ごと外したものだ、と述べていて、その裏づけとして、イン・カメラの対象からホが外されていることを挙げています。刑事記録は刑事の側のルールで開示を判断する、という筋を、民事のイン・カメラで崩さない、ということですね。

不服申立て——即時抗告

即時抗告の板(認容決定にも却下決定にも即時抗告できる223条7項・原決定を取り消すなら抗告の係属を相手方に知らせる告知義務) 図:即時抗告の板

条文民事訴訟法223条7項

民事訴訟法223条7項(文書提出命令等) 文書提出命令の申立てについての決定に対しては、即時抗告をすることができる。

提出を命じる決定にも、申立てを却下する決定にも、即時抗告ができます。ただ、判例は、この即時抗告に3つの面から線を引いています。抗告審がどう審理するか、どんな理由なら争えるか、そして誰が争えるか、です。まず1つ目、抗告審が原決定を取り消して結論を覆すときの手続です。ある事件で、抗告審は、相手方が出した即時抗告の申立書を、もう一方の申立人に送らないまま、最初の決定、つまり原々決定を取り消して申立てを却下してしまいました。

判例最決平成23・4・13 民集65巻3号1290頁〈百選A40〉

抗告審の告知義務が争われた事件 「手続的正義の要求に反する」「裁量の範囲を逸脱した違法」があるとして、原決定を破棄し、原審に差し戻す。

最高裁は、これを手続的正義の要求に反する、裁量の範囲を逸脱した違法があるとして、原決定を破棄しました。原決定を取り消すなら、少なくとも抗告が申し立てられたことを相手方に知らせて、反論の機会を与えなければならない、ということです。

必要性欠如による却下と抗告の板(証拠調べの必要性を欠くことを理由とする却下には独立に不服申立てできない・必要性の有無は本案裁判所の証拠採否の判断そのもの・提出命令には証拠採用決定の性質もある) 図:必要性欠如による却下と抗告の板

判例最決平成12・3・10〈百選A24〉

必要性を理由とする不服申立ての可否 証拠調べの必要性を欠くことを理由として文書提出命令の申立てを却下する決定に対しては、右必要性があることを理由として独立に不服の申立てをすることはできない。

却下されたら必ず即時抗告できるわけではありません。証拠として取り調べる必要性が無いという理由だけで却下された場合、その必要性があるはずだと主張して、独立に不服を申し立てることはできません。取り調べる必要があるかどうかは、本案を審理している裁判所が、その証拠を採るかどうかを決める判断そのものです。提出命令には、証拠を採用する決定という性質もあるので、ふつうの証拠の採否と同じく、そこだけを切り出して上の裁判所で争うことはできない、という考え方です。

抗告適格の板(文書の提出を命じられた所持者及び申立てを却下された申立人以外の者は抗告の利益を有せず本案事件の当事者であっても即時抗告できない・必要性欠如の却下不可と抗告適格は別の理由) 図:抗告適格の板

判例最決平成12・12・14

申立人の抗告適格が争われた事件 文書の提出を命じられた所持者及び申立てを却下された申立人以外の者は抗告の利益を有せず、本案事件の当事者であっても即時抗告をすることができない。

もう1つ、別の事件です。文書の提出を命じられた所持者と、申立てを却下された申立人、この2人以外には、そもそも抗告の利益がありません。本案事件の当事者であっても、自分が所持者でも申立人でもなければ、即時抗告はできないということです。提出命令が義務を負わせるのは所持者だけですから、所持者でも申立人でもない人は、その決定で直接の不利益を受けません。争う利益が無い、ということです。「必要性が足りない」という却下にも抗告できない、「自分は所持者でも申立人でもない」という人も抗告できない。似ているようで、理由は別ですか。別です。前者は、却下の理由が必要性の問題だから独立の不服申立てになじまないという話。後者は、そもそも誰に抗告する資格があるかという話です。混同しやすいので、分けて覚えてください。

命令に従わないとどうなるか

命令に従わないとどうなるか板——当事者への効果(224条1項2項で文書の記載に関する主張を真実と認めることができる・224条3項は二重の困難があるとき要証事実まで真実と認めることができる) 図:命令に従わないとどうなるか板——当事者への効果

条文民事訴訟法224条1項・2項・3項

民事訴訟法224条1項・2項・3項(当事者が文書提出命令に従わない場合等の効果) 当事者が文書提出命令に従わないときは、裁判所は、当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができる。 2 当事者が相手方の使用を妨げる目的で提出の義務がある文書を滅失させ、その他これを使用することができないようにしたときも、前項と同様とする。 3 前二項に規定する場合において、相手方が、当該文書の記載に関して具体的な主張をすること及び当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるときは、裁判所は、その事実に関する相手方の主張を真実と認めることができる。

ここからは、命令が出たのに従わなかった場合です。当事者が命令に従わないとき、裁判所は、その文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができます。相手方が使用を妨げる目的で文書を滅失させた場合も同じです。ここで注意してください。1項と2項で真実と認められるのは、あくまでその文書の記載に関する主張、つまり文書の中身についての相手方の言い分までです。要証事実そのものが、自動的に真実になるわけではありません。要証事実は、その文書を使って証明しようとしている事実そのものです。Xさんが「令状請求書には、捜索の理由になる具体的な資料が何も書かれていない」と主張したとします。1項で真実と認められうるのは、請求書にそう書かれている、というところまでです。実際に令状発付の要件を欠く違法な捜索だったかどうかは、そこから先、裁判所がほかの証拠と合わせて判断します。

そこで3項です。相手方が、文書の記載について具体的な主張をすることと、その文書で証明すべき事実を他の証拠で証明すること、この両方が著しく困難なとき、裁判所は、その事実そのものに関する相手方の主張を真実と認めることができます。文書の中身の主張までではなく、要証事実そのものまで踏み込む、1項2項より強い効果です。二重の困難と呼ばれる要件です。Xさんは、令状は見せられていても、請求書は一度も見たことがありません。だから、請求書に何が書かれているかを具体的に言えない。そのうえ、令状を出す根拠になった資料を知る手がかりが、Yの持つ請求書のほかに何も無い。この2つがそろうときが3項です。逆に、たとえば捜査に関わった警察官の証言で、令状を求めた時点で根拠が乏しかったことを証明できるなら、他の証拠で証明することの困難が欠けます。3項は使えず、1項の、記載に関する主張までにとどまります。

当事者本人が協力を拒んだときに、証拠を強制的に確保する代わりに、相手方の主張を真実と認めるという枠組みは、208条とも共通しています。

第三者への制裁の板(第三者が文書提出命令に従わないとき裁判所は決定で20万円以下の過料に処する225条1項・過料の決定にも即時抗告ができる225条2項・当事者には心理的圧力の真実擬制第三者には金銭的制裁の過料) 図:第三者への制裁の板

条文民事訴訟法225条1項・2項

民事訴訟法225条1項・2項(過料等) 第三者が文書提出命令に従わないときは、裁判所は、決定で、二十万円以下の過料に処する。 2 前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。

だから第三者には別の制裁が用意されています。所持者が第三者で、提出命令に従わないときは、決定で20万円以下の過料に処せられます。この過料の決定にも、即時抗告ができます。当事者には心理的な圧力としての真実擬制、第三者には金銭的な制裁としての過料。相手が誰かで、効き方の違う制裁を使い分けているんです。

検証

検証の定義の板(事実に関する判断の基礎を作るため係争事実に関係のある物体を裁判所が自ら体験する証拠調べ・目的物は五感で感知できる物すべて・物なら挙証者が裁判所に提示・場所なら裁判所外の証拠調べとして裁判官が現地に赴く185条1項・その手続は当事者の意見を聴いてウェブ会議でも185条3項) 図:検証の定義の板

ここからは、書証の兄弟にあたる検証です。以前、5つの証拠方法を見た回で、手術器具のように、裁判官が自分の目で確かめる証拠調べとして出てきました。実は目に限りません。目的物は、耳や鼻も含めて、五感で感知できるものすべてです。事故現場の状況や、壊れた設備、騒音や臭気の状況など、幅広く含まれます。

条文民事訴訟法185条1項・3項

民事訴訟法185条1項・3項(裁判所外における証拠調べ) 裁判所は、相当と認めるときは、裁判所外において証拠調べをすることができる。この場合においては、合議体の構成員に命じ、又は地方裁判所若しくは簡易裁判所に嘱託して証拠調べをさせることができる。 3 裁判所(第一項の規定により職務を行う受命裁判官及び前二項に規定する嘱託により職務を行う受託裁判官を含む。)は、相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、最高裁判所規則で定めるところにより、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって、第一項の規定による証拠調べの手続を行うことができる。

目的物が持ち運べる物なら、挙証者が裁判所にそれを提示します。目的物が場所そのものなら、裁判所の外での証拠調べとして、裁判官のほうが現地に出向きます。この裁判所の外での証拠調べの手続は、相当と認めるときは、当事者の意見を聴いたうえで、映像と音声を送受信する方法、つまりウェブ会議の方法で行うこともできます。

検証の手続と対比

検証の手続の板(目的物の所持者は提示義務と受忍義務を負う・書証の手続を広く準用232条1項=219条223条224条226条227条1項・第三者が正当な理由なく提示命令に従わないと20万円以下の過料232条2項・即時抗告232条3項) 図:検証の手続の板

条文民事訴訟法232条1項

民事訴訟法232条1項(検証の目的の提示等) 第二百十九条、第二百二十三条、第二百二十四条、第二百二十六条及び第二百二十七条第一項の規定は、検証の目的の提示又は送付について準用する。

検証物の所持者は、提示する義務と、検証を受け入れる義務を負います。以前見たとおり、この提示の手続は書証の手続を広く借りていて、申立てに関する219条、提出命令に関する223条、従わないときの真実擬制に関する224条、それに文書送付の嘱託の226条と、出された文書を裁判所が預かっておく227条1項が準用されます。荷物を運ぶための台車を、書証の手続からそのまま借りて使っている、というイメージです。

条文民事訴訟法232条2項・3項

民事訴訟法232条2項・3項(検証の目的の提示等) 2 第三者が正当な理由なく前項において準用する第二百二十三条第一項の規定による提示の命令に従わないときは、裁判所は、決定で、二十万円以下の過料に処する。 3 前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。

第三者が検証物を提示しないときも、20万円以下の過料なんですね。文書提出命令のときと同じ扱いですか。同じです。第三者が正当な理由なく提示命令に従わないときは、20万円以下の過料に処せられ、その決定にも即時抗告ができます。文書提出命令の225条と、そろいの制度になっています。

web会議による検証と職権鑑定の板(検証そのものをウェブ会議で行うには相当性に加え当事者に異議が無いことが必要232条の2・185条3項の意見聴取より重い条件・検証の際の鑑定は裁判所が職権でも命じられる233条) 図:web会議による検証と職権鑑定の板

条文民事訴訟法232条の2

民事訴訟法232条の2(映像等の送受信による方法による検証) 裁判所は、当事者に異議がない場合であって、相当と認めるときは、最高裁判所規則で定めるところにより、映像と音声の送受信により検証の目的の状態を認識することができる方法によって、検証をすることができる。

検証そのものをウェブ会議の方法で行う規定もあります。ここは要件を丁寧に見てください。相当と認められることに加えて、当事者に異議が無い場合に限る、という条件が付いています。当事者のどちらかが反対すれば、この方法は使えません。185条3項は、裁判所の外での証拠調べの手続を、映像と音声でつないで進める規定です。232条の2は、検証の目的そのものを、画面越しに見て検証してしまう規定です。検証は、裁判官が自分の五感で確かめる証拠調べですから、画面越しでは伝わらないものが出るおそれがあります。だから、当事者のどちらかが反対すれば使えない、という重い条件になっているんです。

条文民事訴訟法233条

民事訴訟法233条(検証の際の鑑定) 裁判所又は受命裁判官若しくは受託裁判官は、検証をするに当たり、必要があると認めるときは、鑑定を命ずることができる。

鑑定は原則として当事者の申出によりますが、検証の際の鑑定は違います。検証の際の鑑定は、裁判所が必要と認めれば、当事者の申出を待たずに、職権で命じることができます。原則として当事者の申出を前提とする212条以下の鑑定とは、この点が異なります。事故現場を検証している途中で、専門家の分析がその場で必要になった、という場面を思い浮かべてください。

出させる手続から検証まで、一枚の地図

まとめの板(義務があるだけでは出てこない・審理独立決定手続イン・カメラ第三者審尋一部提出→決定→即時抗告→従わない場合の制裁は当事者と第三者で種類が違う→検証は書証の手続を借りて動く) 図:まとめの板

今日見てきた流れを、地図としてまとめます。義務があるかどうかは前回まで、義務があってからここまでが今日の話でした。申立てがあると、独立の決定手続で審理が進みます。イからニに当たるかの判断が難しければイン・カメラ、所持者が第三者なら審尋、一部にしか義務が無ければ一部提出命令。決定が出たら、認容にも却下にも即時抗告ができますが、必要性を理由とする却下への独立の不服申立てはできず、所持者でも申立人でもない人には抗告の利益もありません。当事者なら真実擬制、1項2項は文書の記載に関する主張まで、3項は二重の困難があるときに限って要証事実そのものまで。第三者なら20万円以下の過料です。そして検証は、この書証の手続をそのまま借りて動く、書証の兄弟でした。

Yが持つ令状関係書類は、刑事事件に係る訴訟に関する書類として、まずホに当たります。ですが、XさんとYの間には、その捜索差押えをめぐる法律関係がありますから、この書類は同時に3号の法律関係文書にも当たります。あとは、Yの拒否が裁量権の逸脱や濫用と評価されるかどうかです。さっきの決定に当てはめると、令状そのものは、捜査への具体的な支障が無ければ出させられる見込みがあります。一方、請求書は、捜査の手の内が書かれているので、拒否が認められることもありえます。逆にYがそれでも従わなければ、Yは当事者ですから、224条の真実擬制で対応することになります。中身がどんな性質の文書かによって、通る窓口が変わることを忘れないでください。

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#59単独ページ動画

自由心証主義と証明度

第2章 訴訟の審理 #59/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

証人は「見た」と言い、カメラには何も映っていない

冒頭事案の関係図(Xがある夜Yに殴られてけがをしたと主張して損害賠償を請求した・Xの側の証人Wは殴られる瞬間を見たと証言する・現場付近の防犯カメラの映像には争いになっている時刻に何も映っていない・裁判官はWの証言と映像の不在のどちらを重く見てもよいのか) 図:冒頭事案の関係図

Xさんは、ある夜、Yに殴られてけがをしたと主張して、損害賠償を求める訴えを起こしました。Xさんの側の証人Wさんは、法廷で「殴られる瞬間を見た」とはっきり証言します。Yさんは殴っていないと否認していて、現場付近の防犯カメラの映像を証拠に出します。その映像には、争いになっている時刻、何も映っていません。映像に映っていなければ証言が自動的に負ける、という決まりはありません。民事訴訟には、証拠の間に優劣の順位をあらかじめ付けておく規定が、原則として無いんです。今日はその理由と、それでも裁判官が好き勝手に決めていいわけではない理由を、最後まで見ていきます。

証明とは何か

証明の構造の板(争いのある事実に決着をつける手続=証明・原告の権利を基礎づける請求原因のすべてを確信できれば認容・ひとつでも欠ければ棄却・被告は権利を消す抗弁の存在を確信させれば請求を斥けられる) 図:証明の構造の板

証明とは、争いのある事実の存否に決着をつけるために、裁判所が向き合う手続です。Xさんの請求が認められるには、権利を基礎づける事実、つまり請求原因のすべてを、裁判官が確信できなければなりません。Xさんの事件なら、Yが殴ったこと、そのせいでけがをしたこと、損害が出たこと、といった事実です。このうち1つでも確信できなければ、請求は棄却されます。Yさんが、権利を消す事情、つまり抗弁の存在を裁判官に確信させることができれば、それだけで請求は斥けられます。今日の主役は、この「確信できる」かどうかを、裁判官がどうやって決めるかという話です。

証明の対象

証明の対象の板(裁判官が自分の知識をそのまま使えない事項=裁判所の外の事実が原則対象・法規は原則対象外=裁判官は法を知っている・例外=特殊な法令外国法慣習法・経験則も専門的なものは対象) 図:証明の対象の板

まず、そもそも何が証明の対象になるかです。原則は、裁判官が自分の知識をそのまま使えない事項、つまり裁判所の外にある事実です。法律そのものは、原則として証明しなくていいんです。法規の中身を調べて当てはめるのは、裁判官固有の仕事だからです。裁判官は法を知っている、という前提に立つので、法規は原則として証明の対象になりません。ただ、日常的とは言えない特殊な法令、外国法、慣習法は例外で、これらは証明の対象になります。一般的な経験則は裁判官も心得ている前提です。しかし、専門的な経験則、たとえば特殊な医学的知見のように裁判官になじみのないものは、証明の対象になります。

不要証事実(179条)

不要証事実の板(179条=当事者が自白した事実及び顕著な事実は証明することを要しない・自白された事実=主要事実のみ・審判排除効で証拠調べ禁止証明不要効で証明不要・顕著な事実=公知の事実と職務上顕著な事実=裁判官の私的知識は含まない) 図:不要証事実の板

条文民事訴訟法179条

民事訴訟法179条(証明することを要しない事実) 裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない。

証明の対象になる事実の中にも、証明そのものが要らないものがあります。179条が挙げる2つです。1つ目は、当事者が自白した事実。以前見たとおり、自白には審判排除効、つまり証拠調べ自体が禁じられる効力と、証明不要効があります。たとえばYさんが「殴ったこと自体は認める、ただし正当防衛だ」と言えば、殴ったという主要事実はもう証明しなくてよく、争いは正当防衛という抗弁に移ります。ここで自白の対象になるのは主要事実だけで、間接事実の自白は裁判所を縛りません。間接事実は証拠と同じ機能を営むので、その自白まで裁判所を拘束すると、247条の自由心証主義、つまり証拠から事実を認めるかどうかを裁判官の自由な判断に委ねる原則を、制限してしまうからでしたね。247条そのものは、このあと正面から扱います。

顕著な事実には2種類あります。公知の事実、つまり歴史上の出来事や有名な人物のように、一般に広く知れ渡っている事実。それに、職務上顕著な事実、裁判官が自分の職務を行う中で知った事実、たとえば自分が下した別の裁判の内容などです。ここで注意してほしいのは、裁判官が私生活で個人的に知っていることは含まれないという点です。裁判官がたまたま事件の夜に現場の近くを通りかかって見ていたとしても、それを判決に使うことはできません。公知の事実も職務上顕著な事実も、誰から見ても客観的に確かめられるからこそ、証明が要らないんです。

自由心証主義(247条)

247条の板(裁判所は口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して自由な心証により事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する・証拠資料=証拠方法を取り調べた結果として得られる中身) 図:247条の板

条文民事訴訟法247条

民事訴訟法247条(自由心証主義) 裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する。

ここからが今日の主役、自由心証主義です。裁判所は、判決をするにあたって、口頭弁論の全趣旨、それに証拠調べの結果を総合して、自由な心証、つまり裁判官の頭の中にできあがる「この事実はあったらしい」という確信の度合いによって、事実の主張を真実と認めるかどうかを判断します。以前見た証拠方法、つまり証人や文書のように裁判所が取り調べる対象を、実際に取り調べた結果として得られる中身が証拠資料です。247条は、この証拠資料と、口頭弁論の全趣旨、つまり証拠には表れないけれど当事者の主張や態度から読み取れる事情の両方を、裁判官がしん酌して、自由な心証で判断すると定めています。以前見たとおり、いったん主張して撤回したことや、当事者照会に正当な理由なく答えなかった態度も、この弁論の全趣旨として考慮されることがあります。

証拠の値打ちを法律で先に決めておいたほうが、裁判官ごとのばらつきが出なくて公平なんじゃないですか。そう考えたくなりますよね。たとえば「契約があったことは、契約書が無ければ認めない」「証人が2人そろって同じことを言えば、証明されたことにする」と、法律が先に決めておくやり方です。でもそれだと、口約束で結んだ本当の契約は認められませんし、口裏を合わせた証人が2人いるだけで「証明された」ことになってしまいます。だから247条は、証拠の値打ちを法律が先に決めることをせず、目の前の証拠を見た裁判官の判断に委ねました。ここでの「自由」は、何でもありという意味ではありません。法律が証拠の値打ちをあらかじめ決めていない、という意味の自由なんです。

3つの自由

3つの自由の板(①証拠力の評価が裁判官の自由な判断=証人の信用性など②法定証拠法則が原則無い=例外228条4項の二段の推定③証拠能力も原則無制限=違法収集証拠や反対尋問を経ない供述も証拠になりうる) 図:3つの自由の板

この「自由」の中身を3つに分けます。1つ目、証拠力、つまり証拠にどれだけの価値を認めるかの評価が、裁判官の自由な判断に委ねられます。冒頭のXさんの事件で言えば、証人Wさんの証言をどこまで信用するかは、裁判官が自分で決めていいということです。映像に何も映っていないことは、考慮しなくていいんですか。考慮していいんです。ただ、映像に映っていないことを、証人の証言よりも自動的に重く扱わなければならない、という決まりはありません。裁判官は、証人の話しぶりや一貫性、映像の撮影範囲や精度など、いろいろな事情を総合して、どちらをどれだけ信用するかを、自分の判断で決めます。

2つ目、法定証拠法則、つまり「この証拠が出たら必ずこう認定しなさい」という法律上のルールが、民事訴訟には原則としてありません。以前見た228条4項の二段の推定のような例外はありますが、それはあくまで例外です。前回見た224条の真実擬制、つまり当事者が提出命令に従わないとき、文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができるという規定も、自由心証主義に手を加える例外の1つです。3つ目、証拠能力、つまりそもそも証拠として使えるかどうかも、原則として制限がありません。盗み取られた文書や、相手に無断で録音した音声でも、証拠方法になりえます。

判例最判昭32・2・8〈百選65〉

反対尋問の機会がなかった当事者尋問の証拠力 やむを得ない事由によって反対訊問ができなかった場合には、単に反対訊問の機会がなかったというだけの理由で当該本人訊問の結果を事実認定の資料とすることができないと解すべきではなく、結局、合理的な自由心証によりその証拠力を決し得ると解するのが相当である。

ある判例で、当事者本人の尋問が、病状の悪化でやむを得ず途中で打ち切られ、相手方に反対尋問の機会が与えられなかった事案が問題になりました。最高裁は、やむを得ない事由で反対尋問ができなかったというだけで、その尋問の結果を証拠から排除すべきではなく、裁判官の合理的な自由心証で証拠力を決めればよいとしました。反対尋問で確かめられなかった分は、裁判官が信用できるかどうかを割り引いて評価すれば足りる、という考え方です。この判断は、当事者本人の尋問で、しかも病状というやむを得ない事情があった事案に限られます。実はこの判決には反対意見もあって、反対尋問の機会がない供述は証拠として未完成だという立場もありました。反対尋問なしなら常に証拠になる、という一般化はしないでください。刑事訴訟の伝聞法則や違法収集証拠排除法則とは違って、民事訴訟には証拠能力を原則として制限するルールがありません。使える材料はひとまず受け入れたうえで、どこまで信用するかを証拠力の評価で調整する、という仕組みだからです。

自由心証主義の限界

限界の板(無制限の自由ではない・論理則経験則自然法則に反する認定はできない・恣意的判断を防ぐため電子判決書に事実と理由の記録を要求252条・上級審が認定の過程を再審査できる) 図:限界の板

条文民事訴訟法252条

民事訴訟法252条(電子判決書) 裁判所は、判決の言渡しをするときは、最高裁判所規則で定めるところにより、次に掲げる事項を記録した電磁的記録(以下「電子判決書」という。)を作成しなければならない。  一 主文  二 事実  三 理由  四 口頭弁論の終結の日  五 当事者及び法定代理人  六 裁判所 2 前項の規定による事実の記録においては、請求を明らかにし、かつ、主文が正当であることを示すのに必要な主張を摘示しなければならない。

この自由は、無制限の自由ではありません。裁判官は、論理則、つまり筋道の通った推論のルールや、経験則、自然法則に反する事実認定をしてはいけません。証人が一貫して「見た」と言っていても、その日その場所にいたこと自体が物理的にありえないなら、経験則に反する認定として許されません。そこで252条です。裁判所は、電子判決書に、認定した事実とその理由を記録しなければなりません。理由を書かせることで、裁判官がどんな道筋で事実を認定したのかが外から見えるようになり、上級審がその過程を後から再審査できるようになります。つまり、証拠の値打ちを法律が先に決めることはしない。けれど、裁判官が好き勝手に決めてよいわけでもない。論理則・経験則という枠と、理由を書かせる仕組みが、その歯止めです。

証明度——高度の蓋然性

証明度の板(どの程度確からしければ証明されたと言えるか・一点の疑義も許されない自然科学的証明ではない・経験則に照らして全証拠を総合検討し高度の蓋然性を証明する・通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうること) 図:証明度の板

さっきから「確信できれば」という言い方をしていますけど、100パーセント確実じゃなくてもいいんですか。そこが今日のもう1つの山場です。証明とは、どの程度の確からしさに達したときに言えるのか。ある最高裁判例が、その基準を示しました。

判例最判昭50・10・24〈百選57〉

証明度の定式 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。

訴訟の中での証明は、一点の疑いも許されない自然科学的な証明ではありません。経験則に照らして全証拠を総合的に検討し、高度の蓋然性、つまり高い確からしさを証明すれば足りる。その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実だと確信できることが必要で、それで十分だとしています。この定式が示されたのは、3歳の子どもが髄膜炎で入院し、症状が落ち着いてきたところでルンバール、つまり腰に針を刺して髄液を取り薬を入れる処置を受けたら、15分から20分後にけいれんの発作を起こし、重い後遺症が残った事件です。処置と発作の因果関係が争われ、原審は因果関係を認めませんでした。

最高裁はこの定式を示して、原審を破棄しました。もし自然科学的な証明まで求めたら、医学でも原因を突き止めきれない事件では、被害を受けた側はほとんど勝てなくなってしまいます。経験則に照らして全部の証拠を見れば、通常人なら疑いを差し挟まない、という高さで足りるとした定式には、そういう意味があります。ちなみに、英米法の民事裁判では、証拠の優越、つまり50パーセントを少しでも超えれば足りるという、もっと緩い基準が使われることがあります。日本の民事訴訟は、高度の蓋然性を要求していて、そこまでは下げていません。

248条——額だけ下げる証明度

248条の板(損害が生じたことが認められる場合において額の立証が極めて困難なとき裁判所は口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき相当な損害額を認定できる・損害の発生自体は認定済みが前提・適用は裁判所の義務) 図:248条の板

条文民事訴訟法248条

民事訴訟法248条(損害額の認定) 損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。

倒れたときに壊れたカバンの中の私物のように、壊れたことは確かでも一つひとつの今の値打ちを証明しようがない、というときに使うのが248条です。損害が生じたこと自体は証明されている前提で、その額の証明が性質上極めて困難なときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨と証拠調べの結果から、相当な額を自分で認定してよいとされています。損害があったことは確かなのに、額が分からないというだけで何も認められないのでは、被害を受けた人の救済が閉ざされてしまうからです。損害が発生したことまでこの条文が推定してくれる、と読むのは誤解です。この条文が下げているのは、あくまで額の証明度だけです。損害が発生したこと自体は、通常どおり、高度の蓋然性まで証明しなければなりません。

判例最判平20・6・10

248条の適用は裁判所の義務 民訴法248条により、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づいて、相当な損害額が認定されなければならない。

ある採石権侵害の事件で、違法な採石と適法な採石が混ざり合っていて、損害額を明確に区別できませんでした。最高裁は、それでも算定不能を理由に請求を棄却することは許されず、248条によって相当な損害額を認定しなければならないとしました。248条を使うかどうかは、裁判所の裁量ではなく、義務だということです。損害があったと認められている以上、額が出せないことを理由に棄却するのは、この条文を置いた意味を失わせるからです。入札談合による損害を争った事件で、248条を積極的に使って損害額を算定した例があります。それに、特許権侵害の訴訟には、これと同じ発想の規定として特許法105条の3が別に置かれています。額の証明だけは、性質上ぴったり出せないことがある、という発想は、民事訴訟のいろいろな場面に共通しています。

対象から証明度まで、一枚の地図

まとめの板(証明の対象→不要証事実179条→自由心証主義247条3つの自由→限界論理則経験則252条→証明度高度の蓋然性→248条額だけ下げる) 図:まとめの板

今日見てきた流れをまとめます。証明の対象は裁判所の外の事実が原則で、法規は原則として対象外でした。その中でも、自白された事実と顕著な事実は、179条で証明が要らない。残った事実は、247条の自由心証主義のもとで、証拠力・法定証拠法則の不存在・証拠能力という3つの自由によって裁判官が評価します。ただしその自由は、論理則や経験則に縛られ、252条で理由を書かせることによって、上級審の目に見える形にされています。そして、どこまで確からしければ証明されたと言えるかという証明度は、高度の蓋然性、通常人が疑いを差し挟まない程度という高さに固定されている。損害の額だけは、248条で例外的にその高さを下げられます。

証人Wさんの証言と、防犯カメラに何も映っていないこと、そのどちらを重く見るかは、裁判官の自由な心証に委ねられています。ただし、その判断は論理則や経験則から外れてはいけませんし、判決には理由が書かれるので、なぜそう判断したのかは後から検証できます。そして、最終的に「殴られた」という事実が、通常人なら疑いを差し挟まない程度に確信できる高さまで届いていれば、証明されたことになります。

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#60単独ページ動画

証明責任と法律要件分類説

第2章 訴訟の審理 #60/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

証拠を全部調べても、決められなかったら

冒頭事案の関係図(Xは取引先の代表者Yに800万円を貸した。弁済期は半年後。期限が来てもYは返さず、Yは「あれは借りたのではなく、もらったものだ」と主張する。証拠を全部調べても裁判官は返す約束があったのか無かったのか決められない=真偽不明) 図:冒頭事案の関係図

この章の最初から何度か出てきた、Xさんが取引先の代表者Yさんに800万円を貸した、あの事件です。争点は、返す約束をしたかどうかです。証人の話や、当時のやり取りの記録など、出せる証拠を裁判所が全部調べたとします。それでも裁判官には、返す約束があったのか無かったのか、どうしても決められなかったとしたら、この訴訟はどうなると思いますか。いったん判断を保留する、という決着のつけ方はできません。先に答えを言っておくと、決められなかった事実は無かったものとして扱われ、その事実を主張していた側が負けます。今日は、なぜそうなるのか、そして誰がその負けを引き受けるのかをどう決めるのかを見ていきます。

真偽不明は避けられない

法規不適用の原則の板(実体法規の要件にあたる事実=主要事実があると裁判所が判断すれば法規を適用する・無いと判断すれば適用しない・あるかないか決められないとき=真偽不明ノン・リケット) 図:法規不適用の原則の板

前回見た証明度、つまり高度の蓋然性に、心証がどうしても届かないことがあります。証拠を尽くしても、その事実があったともなかったとも、裁判官には決められない。この状態を真偽不明と呼びます。その部分だけ判決を先送りにすることはできません。法律の要件にあたる事実があると裁判所が判断すれば、その法規は適用されます。無いと判断すれば、適用されません。これが法規不適用の原則です。適用されるかされないかのどちらかしかなく、真偽不明という第3の箱は、この原則の中には用意されていません。

客観的証明責任——無かったものとして扱う

客観的証明責任の定義板(裁判所は真偽不明を理由に判決を拒めない=裁判制度の自己否定になる・そこで真偽不明の事実は無かったものとして扱う・その事実を要件とする法律効果は発生しない・この不発生によって不利益を受けることが客観的証明責任) 図:客観的証明責任の定義板

裁判所は、真偽不明を理由に判決そのものを拒むことはできません。わからないから判決を出さない、というのを認めてしまうと、紛争を解決するという裁判制度そのものが成り立たなくなるからです。そこで民事訴訟は、真偽不明になった事実を、無かったものとして扱うという態度を、あらかじめ選んでいます。無かったものとして扱われれば、その事実を要件とする法律効果は発生しません。この不発生によって不利益を受けることを、客観的証明責任と呼びます。真偽不明の事実は、あったと決めてしまうのではなく、無かったと決めます。そこが向きを間違えやすいところです。真偽不明はどちらの側にもプラスには働かず、その事実を主張していた側の不利益に、いつも一方向に落ちます。冒頭のXさんとYさんの事件に戻ります。返す約束をしたという事実が真偽不明だったとします。この事実は、無かったものとして扱われます。返す約束が無かった以上、貸金返還請求権は発生しません。だから、返す約束をしたと主張していたXさんが負けます。法規は、要件にあたる事実があると判断できたときにだけ適用されるものでした。あると言えない以上、適用しない側、つまり無かったのと同じ扱いに倒すしかないんです。

主観的証明責任——証拠を出す側の負担

主観的証明責任の板(客観的証明責任=判決という最終局面で一度だけ確定する結果責任・主観的証明責任=審理の途中で実際に証拠を出さなければ不利益を受けるという当事者の負担・裁判所にとっては釈明権149条で立証を促す矛先の基準になる) 図:主観的証明責任の板

今見た客観的証明責任は、判決という最終局面で一度だけ確定する、結果としての不利益でした。これとは別に、審理の途中で働く証明責任があります。審理の途中で、実際に証拠を出せなければ、まだ証明が足りていないものとして不利に扱われてしまう、そういう当事者側の負担です。これを主観的証明責任、または証拠提出責任と呼びます。客観的証明責任は動きません。審理の最初から最後まで、Xさんが返す約束の証明責任を負う、という位置づけは変わりません。これに対して主観的証明責任は、審理の進み方によって、実際に誰が証拠を出すべき局面かが移り変わります。Xさんが返す約束を裏づける証拠を出せば、次はYさんが反証を出さないと不利になる、というようにです。

以前見た釈明権、つまり裁判所が当事者に問いを発し、立証を促す権限を使うとき、どちらの当事者に矛先を向けるかの基準になります。証明責任を負っている側が十分な証拠を出せていなければ、裁判所はその当事者に向けて、立証を促すことになります。

2つの証明責任の対比

2つの証明責任の対比板(客観的証明責任=働く局面は判決という終局面・結果は固定して動かない/主観的証明責任=働く局面は審理の過程・結果は相手の出方次第で移り変わる/原則一致=主観的証明責任を負う当事者は原則として客観的証明責任を負う者と一致/例外=証拠の偏在や社会的地位の格差を理由に一致させない議論があり理論構成は諸説) 図:2つの証明責任の対比板

  • 客観的証明責任=働く局面は判決という終局面・結果は固定して動かない
  • 主観的証明責任=働く局面は審理の過程・結果は相手の出方次第で移り変わる
  • 原則一致=主観的証明責任を負う当事者は原則として客観的証明責任を負う者と一致
  • 例外=証拠の偏在や社会的地位の格差を理由に一致させない議論があり理論構成は諸説

この2つを並べておきます。働く局面は、客観的証明責任が判決という終局面、主観的証明責任が審理の過程です。結果は、客観的証明責任が動かない固定的なもの、主観的証明責任が相手の出方次第で移り変わるものです。原則は一致します。主観的証明責任を負う当事者は、原則として客観的証明責任を負う者と同じです。ただし、証拠が一方に偏っている場合や、当事者間の社会的な立場に大きな差がある場合に、客観的証明責任を負わない側にも証拠を出させるべきだという議論があります。

分配は民事訴訟のバックボーン

分配の重みの板(証明責任の分配は真偽不明という終局面だけの問題ではない・証明責任を負う者は原則として主張責任も証拠提出責任も負う・審理全体で当事者が何を主張しどんな証拠を出すべきかどこまで訴訟指揮をするか裁判所の判断を左右する) 図:分配の重みの板

どちらが証明責任を負うかは、判決の場面だけの話ですか。違います。証明責任を負う者は、原則として以前見た主張責任も、そして今日見た証拠提出責任も、あわせて負います。以前見た主張責任は、事実を主張しなかったために無かったものとされる不利益でした。証明責任は、主張はしたのに真偽不明に終わったときの不利益です。だから、証明責任の所在が決まっていないと、当事者は審理のどの段階で何を主張し、どんな証拠を出すべきかが分からず、裁判所も訴訟指揮のしようがありません。証明責任の分配は、判決の瞬間だけでなく、審理全体を通して当事者の活動と裁判所の判断を左右する、民事訴訟のバックボーンです。

分配のルール①——明文がある場合

明文がある場合の板(民法117条1項=無権代理人の責任を追及する訴訟では代理権を証明したことの証明責任は無権代理人側/民法453条=検索の抗弁権は保証人が資力と執行の容易さを証明する責任を負う/製造物責任法4条=免責事由は製造業者等が証明する責任を負う) 図:明文がある場合の板

  • 民法117条1項=無権代理人の責任を追及する訴訟では代理権を証明したことの証明責任は無権代理人側
  • 民法453条=検索の抗弁権は保証人が資力と執行の容易さを証明する責任を負う
  • 製造物責任法4条=免責事由は製造業者等が証明する責任を負う

条文民法117条1項

民法117条1項(無権代理人の責任) 他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。

誰が証明責任を負うかは、実体法が明文で決めている場合があります。民法117条1項を見てください。他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、または本人の追認を得たときを除き、履行または損害賠償の責任を負います。例えば、Aさんの代理人だと名乗るBさんと契約したCさんが、実は代理権が無かったとして、Bさんに責任を追及するとします。このとき、代理権があったことを証明する責任は、責任を追及するCさんではなく、代理人と名乗ったBさんの側に置かれています。条文の書き方そのものが、証明責任の所在を決めているんです。

条文民法453条

民法453条(検索の抗弁) 債権者が前条の規定に従い主たる債務者に催告をした後であっても、保証人が主たる債務者に弁済をする資力があり、かつ、執行が容易であることを証明したときは、債権者は、まず主たる債務者の財産について執行をしなければならない。

もう1つ、民法453条の検索の抗弁権です。保証人が、主たる債務者に弁済をする資力があり、かつ執行が容易であることを証明したときは、債権者はまず主たる債務者の財産について執行をしなければなりません。ここでも、資力と、執行が容易であることを証明する責任は、保証人側に置かれています。

条文製造物責任法4条1号

製造物責任法4条1号(免責事由) 前条の場合において、製造業者等は、次の各号に掲げる事項を証明したときは、同条に規定する賠償の責めに任じない。 一 当該製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかったこと。

製造物責任法4条も同じ型です。製品の欠陥を、引き渡した時点の科学や技術の知見では認識できなかったこと、こうした免責事由は、製造業者等の側が証明する責任を負います。

分配のルール②——法律要件分類説

法律要件分類説の定義板(実体法規の大多数は証明責任の所在を明示していない・そこで通説=法律要件分類説・自分に有利な法律効果を生む要件に当たる事実はその効果を求める当事者が証明責任を負う) 図:法律要件分類説の定義板

ここからが今日の主役です。実体法の大多数の条文は、117条や453条のように、証明責任の所在を明示していません。この場合にどう分配を決めるかが問題になります。そこで通説は、法律要件分類説という考え方で分配を決めます。これは、自分に有利な法律効果を発生させる法律要件に当たる事実について、それぞれの当事者が証明責任を負う、という原則です。自分に有利になりたい効果を主張するなら、その効果を基礎づける事実は自分で証明しなさい、という考え方です。

4類型の一覧板(①権利根拠事実=権利発生を根拠づける事実・例は契約の締結・証明責任は権利を主張する原告/②権利消滅事実=いったん発生した効果を消滅させる事実・例は弁済相殺消滅時効解除・証明責任は相手方の被告/③権利障害事実=法律効果を発生させないようにする事実・例は虚偽表示や錯誤による取消し・証明責任は被告/④権利阻止事実=発生した権利の行使を阻止する権利抗弁・例は同時履行の抗弁権・証明責任は被告) 図:4類型の一覧板

  • ①権利根拠事実=権利発生を根拠づける事実・例は契約の締結・証明責任は権利を主張する原告
  • ②権利消滅事実=いったん発生した効果を消滅させる事実・例は弁済相殺消滅時効解除・証明責任は相手方の被告
  • ③権利障害事実=法律効果を発生させないようにする事実・例は虚偽表示や錯誤による取消し・証明責任は被告
  • ④権利阻止事実=発生した権利の行使を阻止する権利抗弁・例は同時履行の抗弁権・証明責任は被告

この原則を、条文に書かれた事実の役割によって4つの型に整理します。1つ目、権利根拠事実。権利の発生を根拠づける事実で、例えば契約の締結です。これは、権利を主張する側、通常は原告が証明責任を負います。2つ目、権利消滅事実。いったん発生した法律効果を消滅させる事実で、弁済、相殺、消滅時効、契約の解除などです。これは相手方、通常は被告が証明責任を負います。3つ目、権利障害事実。法律効果をそもそも発生させないようにする事実で、意思表示が虚偽表示だった場合や、錯誤による取消しなどです。これも被告が証明責任を負います。4つ目、権利阻止事実。いったん発生した権利の行使を、一時的に止める権利抗弁、つまり相手がその権利を使うと言って初めて効く抗弁で、代表例は、以前の回で見た同時履行の抗弁権、つまり相手が自分の分を履行するまでは、こちらも履行しないと言える権利です。これも被告が証明責任を負います。

通し事案への当てはめ図(Xの貸金返還請求権を根拠づける要件事実=返す約束をしたこと・金銭を受け取ったこと=権利根拠事実として請求原因・Xが証明責任/Yが弁済したと言えば権利消滅事実として抗弁・Yが証明責任/Yが時効で消えたと言っても同じく権利消滅事実として抗弁・Yが証明責任) 図:通し事案への当てはめ図

  • Xの貸金返還請求権を根拠づける要件事実=返す約束をしたこと・金銭を受け取ったこと=権利根拠事実として請求原因・Xが証明責任
  • Yが弁済したと言えば権利消滅事実として抗弁・Yが証明責任
  • Yが時効で消えたと言っても同じく権利消滅事実として抗弁・Yが証明責任

冒頭のXさんとYさんの事件に当てはめます。Xさんの貸金返還請求権を根拠づける要件事実、返す約束をしたことと、金銭を受け取ったことは、権利根拠事実です。これは請求原因、つまり原告が自分の請求を根拠づけるために主張する事実として、Xさんが証明責任を負います。弁済は、いったん発生した権利を消滅させる事実、権利消滅事実です。これは抗弁として、Yさんが証明責任を負います。もう消滅時効で消えた、と言う場合も同じ型で、Yさんが証明責任を負う抗弁になります。逆に言えば、Xさんが、まだ返してもらっていないことまで証明する必要はありません。弁済があったかどうかが真偽不明なら、今度は弁済が無かったものとして扱われ、負けるのはYさんの側です。

誰が何を証明する責任を負うかは、条文の中でその事実がどの役割を果たしているかによって、ここまで整理して考えることができます。

条文の書き分けだけでは決まらない場合

批判と補充の板(法律要件分類説は条文の書き分けだけで機械的に決まるわけではない・錯誤民95条による取消しは取り消す側が証明する・しかし権利障害事実か権利根拠事実の裏返しかは条文の位置づけだけからは判然としないという批判・そこで正義公平の観念で補われる柔軟な考え方として理解する) 図:批判と補充の板

4つの型に振り分ければいつも証明責任の所在がすっきり決まるかというと、そうとも言い切れません。例えば、民法95条の錯誤です。意思表示に錯誤があったと言って取消しを主張する側が、その錯誤の存在を証明します。効力があると主張する側が、錯誤が無かったことを証明するのではありません。例えば、買うつもりだった時計を別の型番と取り違えて注文した人が取り消すと言うなら、取り違えがあったことは、その人が証明します。しかし、これが権利の発生を妨げる権利障害事実なのか、それとも権利根拠事実の一部が欠けているという裏返しなのか、条文の位置づけだけからは判然としない、という批判があります。だから法律要件分類説は、条文の書き分けだけで機械的に振り分けが決まる理論ではなく、条文の外側にある、正義や公平の観念で補われる、柔軟な考え方だと理解しておく必要があります。それを示す判例を2つ見ます。

判例2件の対比板(無断転貸=賃借人が承諾を得ずに賃借地を転貸しても背信行為と認めるに足りない特段の事情があれば解除できない・その特段の事情の存在は賃借人側が主張立証する/準消費貸借=目的とされた旧債務が存在しなければ効力を持たないが旧債務の不存在は準消費貸借の効力を争う債務者側が立証する) 図:判例2件の対比板

  • 無断転貸=賃借人が承諾を得ずに賃借地を転貸しても背信行為と認めるに足りない特段の事情があれば解除できない・その特段の事情の存在は賃借人側が主張立証する
  • 準消費貸借=目的とされた旧債務が存在しなければ効力を持たないが旧債務の不存在は準消費貸借の効力を争う債務者側が立証する

条文民法612条

民法612条(賃借権の譲渡及び転貸の制限) 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。 2 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる。

まず、民法612条2項です。賃借人が賃貸人の承諾を得ずに、第三者に賃借物を使わせたときは、賃貸人は契約を解除できるとされています。

判例最判昭41・1・27

無断転貸と特段の事情の証明責任 土地の賃借人が賃貸人の承諾を得ることなくその賃借地を他に転貸した場合においても、賃借人の右行為を賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるときは、賃貸人は民法六一二条二項による解除権を行使し得ないのであつて、そのことは、所論のとおりである。しかしながら、かかる特段の事情の存在は土地の賃借人において主張、立証すべきものと解するを相当とする

ある判例です。土地の賃借人が承諾を得ずに賃借地を転貸した場合でも、それが賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるときは、賃貸人は612条2項による解除権を行使できません。そして、この特段の事情の存在は、賃借人の側が主張・立証すべきものとされました。解除する側の賃貸人が「特段の事情が無い」ことまで証明するようにも思えますが、判例はそうしませんでした。無断で転貸したという解除の要件事実は賃貸人が証明しますが、そこからさらに「特段の事情」という、いわば言い訳にあたる事実の証明は、賃借人の側に割り振っています。無断転貸という原則を崩す例外を主張したい者が、その例外を根拠づける事実を証明する、という向きです。

条文民法588条

民法588条(準消費貸借) 金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合において、当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したときは、消費貸借は、これによって成立したものとみなす。

もう1つ、民法588条の準消費貸借です。金銭を給付する義務を負う者がいる場合に、当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約すれば、消費貸借が成立したものとみなされます。もとになる債務、旧債務があることが成立の前提です。条文の書き方どおりなら、旧債務があることは権利を根拠づける事実で、効力を主張する債権者が証明するはずです。

判例最判昭43・2・16

準消費貸借と旧債務不存在の証明責任 準消費貸借契約は目的とされた旧債務が存在しない以上その効力を有しないものではあるが、右旧債務の存否については、準消費貸借契約の効力を主張する者が旧債務の存在について立証責任を負うものではなく、旧債務の不存在を事由に準消費貸借契約の効力を争う者においてその事実の立証責任を負うものと解するを相当とする

この判例では、準消費貸借は、もとになる旧債務が存在しない以上効力を持たないとしながらも、旧債務があったことを、契約の効力を主張する側、つまり債権者が証明する責任は負わないとしました。旧債務が無かったことを理由に契約の効力を争う側、つまり債務者のほうが、その不存在を証明する責任を負うとされたんです。準消費貸借は、当事者どうしが旧債務があるという前提で、わざわざ新しい約束にまとめ直したものです。そういう合意がある以上、旧債務はあったと見るのが自然です。しかも、まとめ直したときに、古い借用証書は債務者に返されたり捨てられたりしがちで、債権者があとから旧債務を証明するのは難しくなります。だから、旧債務は無かったと争う側に証明させるのが公平だ、という考え方です。どちらの判例も、条文の書き方だけなら逆に見える場面で、公平の観点から証明責任が振り直されている例です。

平成29年民法改正との関係

改正との関係の板(平成29年民法改正の議論では誰が証明するかを条文の書きぶりで示す意識があったが条文に反映されたのはごくわずか・成果例は民415条1項ただし書=帰責事由の不存在を債務者が証明する責任を負うことが明瞭になった) 図:改正との関係の板

条文民法415条1項

民法415条1項(債務不履行による損害賠償) 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

実際、平成29年の民法改正を議論する過程では、誰が証明責任を負うのかを条文の書きぶりで示そうという意識はありました。ただ、実際に条文へ反映されたのは、ごくわずかにとどまっています。成果の1つが、民法415条1項です。帰責事由が無いことを本文ではなく、ただし書に置きました。ただし書に書かれた事実は、本文の効果を妨げたい側が証明する、というのが法律要件分類説の読み方です。だから、帰責事由が無いことは債務者の側が証明する、と明瞭になりました。例えば、売った家具を引き渡す前に倉庫が落雷で焼けた売主なら、自分の責めに帰することができない事情だったことを、売主が証明します。

整理されたのは、ごく一部です。証明責任の分配の大半は、今日見た法律要件分類説と、それを補う公平の観念に、今も委ねられています。

真偽不明から分配まで、一枚の地図

まとめの板(真偽不明は避けられない→裁判は拒めない→無かったものとして扱う=客観的証明責任→主観的証明責任との対比→分配は民事訴訟のバックボーン→明文がある場合→無い場合は法律要件分類説の4類型→公平の観念で補充) 図:まとめの板

今日見てきた流れをまとめます。真偽不明は避けられません。それでも裁判所は判決を拒めないので、真偽不明の事実は無かったものとして扱われ、その不発生によって不利益を受けることが客観的証明責任でした。審理の過程で実際に証拠を出す負担である主観的証明責任と、原則は一致しますが、例外の議論もありました。誰が証明責任を負うかは、実体法に明文があればそれに従い、無ければ法律要件分類説の4類型で分配を決めます。ただし、この分配は条文の書き分けだけで機械的に決まるものではなく、正義や公平の観念で補われる場面があることも見ました。

返す約束をしたという事実が真偽不明のままなら、その事実は無かったものとして扱われます。貸金返還請求権は発生せず、Xさんが負けます。

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#61単独ページ動画

証明責任を軽くする5つの道

第2章 訴訟の審理 #61/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

証拠を持っていない側が、それでも証明しなければならない

冒頭事案の関係図(A=近隣に住む原告、工場の排水で健康被害を受けた。B=工場を営む被告、排水の処理設備の記録も水質のデータもすべてBの内部にある。原則どおりならAが過失も因果関係も自分で証明しなければ勝てない) 図:冒頭事案の関係図

前回、証明責任は法律要件分類説にしたがって原則どおり配分される、というところまで見ました。今日は、その重い不利益を、負っている側のまま軽くできる道があるかを見ていきます。冒頭で、こんな事件を考えます。工場の排水が原因で、近くに住む人たちに健康被害が出ました。原因を作ったとされる工場の内部の処理データや、これまでの運転記録は、すべて工場の中にあります。住民は工場の中身を見られません。それでも民事訴訟の原則どおりなら、過失があったことも、排水と健康被害の間に因果関係があったことも、証明する責任は住民、つまり原告の側にあります。

酷に見えます。実際、この不公平をやわらげようとする道具が、今日見る5つです。証明責任を負う側の不利益を、いろいろな角度から軽くしていきます。

①証明責任の転換

証明責任の転換の対比図(A=被害者・原告が過失を証明する一般原則の矢印/自賠法3条ただし書ではB=運行供用者・被告が過失の不存在等を証明する矢印に向きが反転する) 図:証明責任の転換の対比図

  • A=被害者・原告が過失を証明する一般原則の矢印
  • 自賠法3条ただし書ではB=運行供用者・被告が過失の不存在等を証明する矢印に向きが反転する

証明責任を負う者が背負う不利益は、もともとは実体法がどう要件を立てているかに由来します。だから、その配分が不合理だと感じるなら、一番素直な解決は、実体法そのものを書き換えることです。一般の不法行為を定める民法709条では、被害者、つまり原告が加害者の過失を証明しなければなりません。ところが自動車事故については、特別法である自動車損害賠償保障法ができて、この配分を逆転させました。

条文自動車損害賠償保障法3条

自動車損害賠償保障法3条(自動車損害賠償責任) 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。

本文は過失責任の原則を維持していますが、ただし書を見てください。注意を怠らなかったこと、第三者に故意過失があったこと、車に構造上の欠陥が無かったこと、これらを証明する責任は、被害者ではなく運行供用者、つまり加害者の側に置かれています。証明責任がまるごと逆転しているんです。場面で確かめます。歩道を歩いていた人が、車を運転していた相手にはねられて、けがをしました。709条だけなら、けがをした人が「相手は前をよく見ていなかった」と証明しなければなりません。自賠法3条のもとでは逆で、運転していた者が、注意を怠らなかったことや車に欠陥が無かったことなどを全部証明できない限り、責任を免れません。

3条は、他人の生命又は身体を害したときに限っています。塀や車が壊れただけなら3条は使えず、709条に戻って、被害者の側が過失を証明します。証明責任を動かせるのは、立法が書き換えた範囲だけなんです。これで全部解決するわけではありません。実体法の構造を書き換えるのは時間がかかりますし、特別立法が要ります。冒頭の工場排水の事件のように、公害や医療過誤といった現代型と呼ばれる訴訟類型では、特別立法を待っている余裕がありません。工場内部の処理データや専門知識を持たない原告に、一般原則どおり過失の証明責任をそのまま負わせるのは、当事者どうしの武器がそもそも対等でないという指摘もあります。ここから先は、立法を待たずに、個別の事件の中でこの不公平を埋められないかを見ていきます。

②法律上の推定

法律上の推定の定義板(実体法が立証困難をあらかじめ想定して明文で推定を定める場合=法律上の推定・前提事実を証明すれば足り相手方は反対事実の本証が必要=実質的な転換) 図:法律上の推定の定義板

新しい立法を待たずに、すでにある条文の中で負担を軽くする、2つ目の道です。実体法の中には、社会生活でよくある事情をあらかじめ織り込んで、「〜と推定する」と定めている条文があります。これを法律上の推定と呼びます。証明したことにしてしまうのではありません。取得時効を例にします。取得時効を主張する人は、10年か20年、占有を続けたことを証明しなければなりません。でも、その期間、1秒も途切れずに占有していたことまで証明しろというのは、無理を強いています。

条文民法186条

民法186条(占有の態様等に関する推定) 占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。 2 前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する。

そこで186条2項です。占有していた最初の時点と、最後の時点、この2つの証拠があれば、その間もずっと占有が続いていたと推定されます。全期間を1つずつ証明する代わりに、両端の2点さえ証明すればよくなるんです。たとえば、隣との境にある細長い土地を、20年間畑として使ってきた人がいるとします。20年前に耕している写真と、今年耕している写真があれば、間の20年分の証拠が無くても、占有は続いていたと推定されます。相手方は、その間に占有が途切れた、という反対の事実を、自分で証明しなければなりません。反対事実の証明が本証、つまり十分な確からしさまで証明する責任として、相手方に回っています。前提事実を証明した側の負担が、実質的に軽くなっているのが分かると思います。隣の人が争うなら、「10年前の数年間は荒れ地で、誰も使っていなかった」ことを、争う側が自分で本証しなければなりません。裁判官に「途切れていたかもしれない」と思わせる程度では足りません。1つ目の転換のように条文の要件そのものを書き換えるわけではありません。前提の事実を示しさえすれば、反対の事実を本証する重さが相手に回る。この重さが、次の一応の推定との分かれ目になります。

2種類の推定一覧板(法律上の事実推定=占有継続民186条2項・賃貸借と雇用の更新民619条629条・嫡出の推定民772条/法律上の権利推定=占有者の権利民188条・境界標の共有民229条・共有持分民250条762条) 図:2種類の推定一覧板

  • 法律上の事実推定=占有継続民186条2項・賃貸借と雇用の更新民619条629条・嫡出の推定民772条
  • 法律上の権利推定=占有者の権利民188条・境界標の共有民229条・共有持分民250条762条

推定の型はもう1つあります。今見た占有の継続や、賃貸借と雇用の更新のように、事実そのものを推定するタイプが法律上の事実推定です。もう1つ、占有者が持っている権利や、境界線上の設置物の共有のように、権利があることを直接推定するタイプが法律上の権利推定です。たとえば188条で、自転車に乗って使っている人は、その自転車を使う権利を適法に持っていると推定されます。妻が婚姻中に妊娠した子は、その婚姻における夫の子と推定される、という民法772条の規定です。この場合も、母親は婚姻中に妊娠したという事実だけ証明すれば足り、父親であることを証明する必要はありません。争いたい側が、父子関係が無いことを証明しなければなりません。細かい要件は民法のシリーズで扱います。もう1つだけ、区別しておきたい仕組みがあります。さっきの186条1項、占有の態様、つまり所有の意思や善意、平穏、公然という部分は、前提事実の証明すら要らず、条文の本文でいきなり推定すると定めています。こういう、前提事実の証明を求めずに条文の本文でそのまま定めておくタイプは、暫定真実と呼ばれることがあります。名前だけ触れておきます。

③一応の推定と間接反証

一応の推定の板(2つの判例=他人の山林を無断伐採した事案・麻酔注射の概括的認定=明文が無くても高度の蓋然性のある経験則を使えば法律上の推定と同じ効果を得られる) 図:一応の推定の板

3つ目の道です。今見た法律上の推定を定める条文は、247条の自由心証主義のもとで裁判所が使う経験則のうち、特に確からしさの高いものを、あらかじめ法律の文章にしたものだと言えます。ここで気づくのは、明文が無くても、高度の蓋然性を持つ経験則が確かに存在するなら、それを使って事実を認定すれば、法律上の推定と同じように証明責任を負う当事者の負担を軽くできる、ということです。これを一応の推定と呼びます。ここでの高度の蓋然性は、前回までの証明度の話ではありません。経験則そのものが、ほとんど例外なく当てはまる、という意味です。

ある判例では、他人の山林の木を無断で伐採したときは、故意か過失があったと一応推定してよいとされました。別の判例では、麻酔の注射を受けた部位が膿んで後遺症が残った事件で、注射器具、施術者の手指、患者の注射部位、このどこの消毒が不完全だったかまで特定できなくても、そのどれかの消毒が不完全だったという形で過失を認定してよいとされました。1つに絞り込まなくても、そのどれかであるという形で丸ごと認定する、概括的な認定です。

一応の推定の位置づけの板(条文が決めた推定ではなく経験則から裁判官が推し量る推定=事実上の推定の一種・二段の推定の一段目=印影から本人の意思による押印を推し量る推定と同じ形・手術後に体調が悪くなっただけでは経験則が無いので一応の推定は働かない) 図:一応の推定の位置づけの板

どちらも、条文に推定規定があるわけではありません。それでも、木を切ったら過失があるのが通常だ、注射のあとに感染症が起きたなら手技のどこかに不備があったのが通常だという、高度の蓋然性を持つ経験則を使って、証明責任を負う側の負担を軽くしています。ここで、書証の回を思い出してください。二段の推定の一段目は、何から何を推し量る推定だったでしょうか?答えは、印影から、本人の意思による押印を推し量る推定でした。一応の推定は、その一段目と同じ形です。条文が決めた推定ではなく、経験則から裁判官が推し量る推定、つまり事実上の推定の一種です。逆に、手術のあと体調が悪くなった、というだけでは一応の推定は働きません。持病や体質など、手術以外の原因も普通にありうるので、「こうなら過失があるのが通常だ」と言えるほどの経験則が無いからです。

一応の推定の効果図(A=証明責任を負う当事者が高度の蓋然性のある経験則を使って証明負担を軽くする→B=相手方が間接事実で推定を揺るがすよう追い込まれる=間接反証はBの反撃行動であり独立の矢印ではない) 図:一応の推定の効果図

移るわけではありません。客観的証明責任、つまり真偽不明のとき誰が負けるかは、原告のまま動きません。動くのは主観的証明責任、つまり今どちらが証拠を出さないと不利になるか、です。一応の推定が働くと、相手方は推定を揺るがすような別の事実、つまり間接事実を、自分から主張し立証するよう追い込まれます。これを間接反証と呼びます。独立した手続きがあるわけではありません。間接反証という名前がついていますが、実際には、相手方が間接事実について主張・立証することを強いられる、という仕組みを説明するための言葉です。証明責任という重さそのものを動かす制度ではなく、それが働く様子を指す呼び方だと考えてください。

相手に求められる重さが違います。法律上の推定では、相手は反対の事実そのものを本証しなければなりませんでした。一応の推定では、たとえば伐採の事件なら、被告が「境界の杭が動かされていて、自分の土地だと信じるのが当然だった」といった別の事実を示します。ただし、この別の事実そのものは、裁判官に確信を抱かせるところまで証明しなければなりません。これも本証です。その代わり、過失があったという主要な事実については、裁判官が決めきれない状態に戻せば足ります。このように、確信を揺るがして真偽不明に戻す立証を反証と呼びます。真偽不明に戻れば、客観的証明責任を負う原告が負けます。条文という支えが無いぶん、崩れやすい。だから、一応の推定は、法律上の推定の下に並びます。

証拠を持っている側と持たない側のずれ

証拠偏在の関係図(A=被害者・原告=証拠が無い/B=加害者・被告=証拠を独占・②法律上の推定と③一応の推定でもまだ埋まらないずれが残ることがある) 図:証拠偏在の関係図

  • A=被害者・原告=証拠が無い
  • B=加害者・被告=証拠を独占・②法律上の推定と③一応の推定でもまだ埋まらないずれが残ることがある

埋まらないことがあります。工場の排水と健康被害の間の科学的な因果関係は、確立した経験則と言えるほど一般化されていない場合も多いからです。それでも埋まらないとき、どうするか。残る2つの道を見ます。

④証明妨害

証明妨害の一覧表(208条=当事者尋問の不出頭・宣誓陳述拒絶で相手方の主張を真実と認める/224条1項2項=文書提出命令違反・滅失で文書の記載に関する主張を真実と認める/224条3項=証拠偏在型・要証事実そのものについて真実と認める1項2項より強い効果) 図:証明妨害の一覧表

  • 208条=当事者尋問の不出頭・宣誓陳述拒絶で相手方の主張を真実と認める
  • 224条1項2項=文書提出命令違反・滅失で文書の記載に関する主張を真実と認める
  • 224条3項=証拠偏在型・要証事実そのものについて真実と認める1項2項より強い効果

4つ目です。証明責任を負う当事者が、相手方のせいで証拠を出せなくされる場合があります。遺言書や診療録が捨てられたり、事故車や壊れた機械が処分されたりして、証明そのものが挫折させられるケースです。これを証明妨害と呼びます。すでに見た明文が、この場面のために用意されています。当事者尋問の回で見た208条と、文書提出命令の回で見た224条です。この2つの明文があるのに、一応の推定より下に置くのは、これらが効くのが、当事者尋問と文書提出命令という場面に限られるからです。一応の推定は、確かな経験則さえあれば、訴訟の種類を問わず使えます。証明妨害の明文は、その2つの場面の外では働きません。場面の外まで広げた一般的な法理になっているかは、この後見るとおり、まだ議論の途中です。確実に使える範囲が狭いぶん、証明妨害は、一応の推定の下に並びます。

条文民事訴訟法208条

民事訴訟法208条(不出頭等の効果) 当事者本人を尋問する場合において、その当事者が、正当な理由なく、出頭せず、又は宣誓若しくは陳述を拒んだときは、裁判所は、尋問事項に関する相手方の主張を真実と認めることができる。

正当な理由なく出頭しない、あるいは宣誓や陳述を拒んだとき、裁判所は相手方の主張を真実と認めることができる、というものでした。

条文民事訴訟法224条1項・2項・3項

民事訴訟法224条1項・2項・3項(当事者が文書提出命令に従わない場合等の効果) 当事者が文書提出命令に従わないときは、裁判所は、当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができる。 2 当事者が相手方の使用を妨げる目的で提出の義務がある文書を滅失させ、その他これを使用することができないようにしたときも、前項と同様とする。 3 前二項に規定する場合において、相手方が、当該文書の記載に関して具体的な主張をすること及び当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるときは、裁判所は、その事実に関する相手方の主張を真実と認めることができる。

文書提出命令に従わない、あるいは相手の使用を妨げる目的で文書を捨てたときも同じで、その文書の記載に関する主張が真実と認められます。そして3項です。文書の記載についての具体的な主張と、他の証拠による証明の両方が著しく困難なとき、裁判所は文書の記載どころか、証明すべき事実そのものについて、相手方の主張を真実と認めることができます。1項2項より強い効果です。冒頭の工場で考えます。住民が運転記録の提出命令を申し立て、裁判所が命じたのに、工場が出さなかったとします。1項で、記録の中身についての住民の主張が真実と認められえます。でも住民は記録を見たことが無く、中身を具体的に言えません。ほかの証拠で過失を証明するのも難しい。この二重の困難があれば、3項で、過失があったという主張そのものまで真実と認められえます。

明文の外の証明妨害の板(208条・224条は当事者尋問・文書提出命令という場面に限られる・場面の外まで広げた一般的な法理はまだ議論の途中・訴え前の記録処分では224条2項の提出義務・使用妨害目的がはっきりしない) 図:明文の外の証明妨害の板

208条と224条は、どちらも一定の場合に相手方の主張を真実と認める、という同じ形の効果を持っています。文書提出命令の回で見た、真実擬制です。証拠を出さない、または壊した側に、証拠を出さなかった以上の不利益、つまり証明責任を負う当事者の主張がそのまま真実として通ってしまうという不利益を負わせています。逆に、記録が台風の浸水でだめになったのなら、工場が使用を妨げたわけではないので、224条2項には当たりません。これらはすでにある明文ですが、証明妨害という現象自体は、もっと広い場面で起きえます。文書や検証物の毀滅一般について、証明責任の転換や証明度を下げるといった効果を、より一般的な法理として認められないかが議論されています。ある高等裁判所の判決が、その可能性を示したとされていますが、確立した判例法理としてまとまっているわけではありません。たとえば、訴えが起こされる前に、工場が運転記録を処分してしまっていたらどうか。訴えが起こされる前の処分なので、その時点でこの記録を提出する義務があったと言えるか、相手の使用を妨げる目的だったと言えるかがはっきりしません。ですから、224条2項がそのまま当てはまるとは言い切れません。こうした明文の外側の妨害にも不利益を負わせられるか、が議論の中身です。

⑤事案解明義務の理論

事案解明義務の関係図(A=被害者・原告=証拠が無い/B=加害者・被告=証拠を独占・Bに協力義務を課す矢印は点線=学説段階でまだ確立していないことを線種で示す) 図:事案解明義務の関係図

  • A=被害者・原告=証拠が無い
  • B=加害者・被告=証拠を独占・Bに協力義務を課す矢印は点線=学説段階でまだ確立していないことを線種で示す

損害賠償請求や差止請求では、被害者、つまり原告に、過失や因果関係の証明責任が配分されています。その一方で、証拠や情報は、被告の側に偏っていることがあります。以前見た証拠の偏在と同じ問題です。そこで学説の一部が唱えているのが、事案解明義務の理論です。証拠や情報の偏りが極端なとき、証明責任も主張責任も負っていない相手方の当事者にも、事実の解明に協力する義務を課せないか、という考え方です。この義務を怠ったときは、立証が難しい事実について、原告の主張を真実とみなして、被告に不利益を負わせられるという構成です。訴訟上の信義則がその根拠とされますが、具体的な要件や効果は、論者によって一致していません。4つ目の証明妨害との違いは、相手が何も悪いことをしていなくてもよい点です。工場が記録を捨ても隠しもしていなくても、情報を独り占めしているというだけで、運転記録や水質データを出して排水処理の中身を具体的に説明する義務を負わせる。説明しなければ、住民の主張どおり過失があったと扱う。これがこの理論の描く姿です。

これに近い考え方を示したとされる判決があります。原子炉の設置許可の取消しが争われた事件です。判断は3段です。本来は誰が負担するか、それでも誰が先に動くべきか、動かなければどうなるか。

判例最判平成4年10月29日

事案解明義務の理論に近い考え方を示した判決 原子炉設置許可処分についての右取消訴訟においては、右処分が前記のような性質を有することにかんがみると、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものと解されるが、当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである。

安全審査の資料を全部持っているのは被告行政庁の側だから、まず被告行政庁の側が、自分の判断に不合理な点が無いことを、相当な根拠と資料に基づいて主張・立証する必要がある。それを尽くさなければ、判断に不合理な点があると事実上推認される、という判断です。証拠を持っている側に、先に動く負担を負わせている構成です。この判決だけで、事案解明義務の理論が判例上採用されたと即断するのは慎重であるべきです。理由は2つあります。1つは、国の処分の取消しを争う行政事件で、私人どうしの損害賠償とは場面が違うこと。もう1つは、判決が言うのは「事実上推認される」までで、協力の義務に違反した制裁として主張を真実とみなす構成はとっていないことです。確立した判例法理になっているわけでもありません。それでも、証拠を持たない原告の立証負担を、何らかの形で軽くしようとする試みが、実務の中に現れていることは注目に値します。

5つの道の一本線と、第2章全体の地図

まとめの板(①証明責任の転換=立法で実体法を書き換える→②法律上の推定=実体法の明文→③一応の推定と間接反証=明文が無くても経験則で→④証明妨害=相手の妨害への制裁→⑤事案解明義務の理論=協力を義務づける学説・確立度が下がる一本の線/第2章の地図=審理の流れ→口頭弁論の原則→弁論主義と釈明→争点整理→証拠の収集と証拠調べ→事実認定と証明責任) 図:まとめの板

  • ①証明責任の転換=立法で実体法を書き換える→②法律上の推定=実体法の明文→③一応の推定と間接反証=明文が無くても経験則で→④証明妨害=相手の妨害への制裁→⑤事案解明義務の理論=協力を義務づける学説・確立度が下がる一本の線
  • 第2章の地図=審理の流れ→口頭弁論の原則→弁論主義と釈明→争点整理→証拠の収集と証拠調べ→事実認定と証明責任

まとめる前に、冒頭の工場排水の事件に、5つの道を上から順に当ててみます。1つ目、証明責任の転換。特別法が過失を問わない形で手当てしていれば、そこで決着です。ただ、そうした手当てがあっても、排水と病気の因果関係の証明は、住民に残ることが多いんです。2つ目、法律上の推定。排水と健康被害の因果関係を推定する条文は、民法にも民事訴訟法にもありません。この事件では使えません。3つ目、一応の推定。この物質をこの量浴びればこの病気になる、という経験則が確立していれば、住民の負担は軽くなります。確立していなければ働きません。4つ目、証明妨害。工場が提出命令に従わなかったり、記録を捨てたりしたなら、真実擬制が使えます。5つ目、事案解明義務。それでも埋まらなければ、工場に説明を求める議論が残ります。ただ、判例で確立した道具ではありません。

上の道ほど確実で、下の道ほど裁判所に認めてもらえるかが不確かになります。だから、確実な道から当てていきます。5つの道を、もう一度一本の線としてまとめます。①証明責任の転換は、立法によって実体法そのものを書き換える道でした。②法律上の推定は、実体法が明文で推定を定めている場合。③一応の推定と間接反証は、明文が無くても経験則で同じ効果を得る道。④証明妨害は、相手の妨害に対する制裁。⑤事案解明義務の理論は、証拠を持つ側に協力を義務づけようという学説です。この順に、手段としての確立度が下がっていきます。ここで、第2章「訴訟の審理」全体を、1枚の地図にたたんでおきます。審理は口頭弁論の原則から始まり、弁論主義と釈明でどこまで裁判所と当事者の役割を分けるかを決め、争点整理で本当に争うべき点を絞り込み、証拠の収集と証拠調べで材料をそろえ、最後に事実認定と証明責任で、真偽不明のときにどちらが負けるかを決めます。今日見た5つの道は、この最後の場面の重さを、和らげようとする試みでした。

次は、この審理を経て出た判決に、どんな効力があるのかを見ていきます。

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第3章訴訟の終了

#62単独ページ動画

訴えの取下げ・放棄・認諾

第3章 訴訟の終了 #62/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

話し合いがついたら訴訟はどうなるか

冒頭事案の関係図(A=訴えを起こした原告、Bを訴えて審理が始まっていた/B=被告、審理の途中でAと裁判外で話がついた/Aが「もうやめます」と言い出したら訴訟はどうなるか、という問い) 図:冒頭事案の関係図

  • A=訴えを起こした原告、Bを訴えて審理が始まっていた
  • B=被告、審理の途中でAと裁判外で話がついた
  • Aが「もうやめます」と言い出したら訴訟はどうなるか、という問い

前回は、証明責任を負う側の不利益を軽くする道具を見ました。今日からは章が変わります。前回の最後に、判決にどんな効力があるかを見ると言いましたが、その前に、判決まで行かずに当事者自身が訴訟を終わらせる道を先に見ておきます。今日は、そのうちの3つを見ます。具体的にこんな場面を考えます。Aさんが、Bさんを訴えて、審理が始まっていました。ところが途中で、AさんとBさんの間で裁判の外で話がついてしまいました。Aさんが「もうやめます」と言ったら、この訴訟はどうなるでしょうか。終わるのは間違いありません。ただし「終わり方」には種類があります。同じ「もうやめます」でも、Aさんがどの道を選ぶかによって、後に何が残るかがまったく違うんです。

第一審の終わり方一覧板(判決45.8%・和解32.8%・取下げ18.1%・放棄と認諾は合わせて1%未満・出典=裁判所公表資料) 図:第一審の終わり方一覧板

実際の第一審の通常訴訟では、判決まで行くのは全体のおよそ半分以下です。判決で終わるのが45.8%程度、和解で終わるのが32.8%程度、そして訴えの取下げで終わるのが18.1%程度という調査があります。放棄や認諾で終わるものは合わせても1%に届きません。以前見た処分権主義を思い出してください。訴訟を起こすかどうか、何を求めるか、そして判決以外の方法で終わらせるかを、当事者が決められる、という原則でした。今日扱うのは、その3つ目、終わらせ方の場面です。先に答えを言うと、取下げは訴訟を無かったことにして何も残さず、放棄と認諾は判決が出たのと同じ効力を残します。この違いを、3つを順に見ながら確かめていきます。

訴えの取下げ

取下げの要件フロー板(Aが取下げを申し出る→Bが本案について準備書面を出したか弁論準備で述べたか口頭弁論をしたか→まだなら一方的に取下げ可→していたらBの同意が必要) 図:取下げの要件フロー板

訴えの取下げは、原告が自分から、審理と判決を求める申立てそのものを撤回することです。核心は、訴訟を「なかったことにする」ことにあります。

条文民事訴訟法261条1項・2項

民事訴訟法261条(訴えの取下げ)1項・2項 訴えは、判決が確定するまで、その全部又は一部を取り下げることができる。 2 訴えの取下げは、相手方が本案について準備書面を提出し、弁論準備手続において申述をし、又は口頭弁論をした後にあっては、相手方の同意を得なければ、その効力を生じない。ただし、本訴の取下げがあった場合における反訴の取下げについては、この限りでない。

1項です。訴えは、判決が確定するまで取り下げられます。例えば、第一審でAさんが敗訴して、Aさんが控訴したとします。控訴審の途中でも、Aさんは訴えを取り下げられます。判決が確定するまでという枠だけがかかっています。いつでも一存でやめられるわけではありません。2項を見てください。相手方が本案について準備書面を出したり、弁論準備手続で意見を述べたり、口頭弁論をしたりした後は、相手方の同意が要ります。例えば、Bさんがまだ何も反論していない段階なら、Aさんは自由に取り下げられます。ところが、Bさんがすでに実体についての反論を書いた準備書面を出していたら、話は別です。Bさんはもう「白黒つけたい」と動き出しています。そこでAさんが一方的に「なかったことにする」と言い出すと、審理に付き合ってきたBさんが損をします。だから、その段階からはBさんの同意が条件になるんです。ただし書は、反訴を取り下げる場合の例外なので、ここでは深掘りしません。手続の形は、書面が原則です。口頭弁論などの期日であれば口頭でもでき、その場合は裁判所書記官が電子調書に記録します。相手が期日に出ていなければ、その調書を送達したうえで、送達から2週間以内に異議が無ければ同意したものとみなされます。放っておくと同意が確定してしまう理由は、いつまでも取下げの効力が宙に浮いた状態を防ぐためです。

条文民事訴訟法263条

民事訴訟法263条(訴えの取下げの擬制) 当事者双方が、口頭弁論若しくは弁論準備手続の期日に出頭せず、又は弁論若しくは弁論準備手続における申述をしないで退廷若しくは退席をした場合において、一月以内に期日指定の申立てをしないときは、訴えの取下げがあったものとみなす。当事者双方が、連続して二回、口頭弁論若しくは弁論準備手続の期日に出頭せず、又は弁論若しくは弁論準備手続における申述をしないで退廷若しくは退席をしたときも、同様とする。

もう1つ、当事者自身が「もうやめます」と口に出さなくても、取下げがあったとみなされる場面があります。以前、当事者が期日に不熱心な態度をとり続けたときの扱いを見ました。263条には、2つの型があります。例えば、AさんもBさんも期日に出頭しなかったのに、その後1か月の間、どちらも期日指定の申立てをしなかったとします。この場合、取下げがあったものとみなされます。もう1つの型は、AさんとBさんが、連続して2回、そろって期日を欠席した場合です。この場合は1か月を待たず、その時点で取下げがあったものとみなされます。

当事者が訴訟に関わる気を無くしているなら、無理に審理を続けさせず、取下げと同じ扱いで終わらせる、という仕組みです。

取下げの効果

取下げの効果の対比図(判決確定前の取下げ=262条1項・訴訟係属が遡及的に消滅する矢印がゼロに戻る/本案の終局判決後の取下げ=262条2項・再訴禁止の行き止まりの矢印) 図:取下げの効果の対比図

  • 判決確定前の取下げ=262条1項・訴訟係属が遡及的に消滅する矢印がゼロに戻る
  • 本案の終局判決後の取下げ=262条2項・再訴禁止の行き止まりの矢印

少し前の内容を思い出してください。訴えを取り下げると、訴訟はどうなるでしょうか?判決が確定する前に取り下げるのと、本案について終局判決が出た後、それが確定する前に取り下げるのとで、違いはあると思いますか?

条文民事訴訟法262条1項・2項

民事訴訟法262条(訴えの取下げの効果)1項・2項 訴訟は、訴えの取下げがあった部分については、初めから係属していなかったものとみなす。 2 本案について終局判決があった後に訴えを取り下げた者は、同一の訴えを提起することができない。

1項です。取下げがあった部分は、初めから訴訟が係属していなかったものとみなされます。例えば、判決が出る前にAさんが取り下げれば、それだけで終わりです。訴訟が無かったことになるだけなので、Aさんは後日、同じ請求でBさんをもう一度訴えることもできます。取下げ後にいつでも自由に訴え直せるわけではありません。2項を見てください。本案について終局判決があった後に取り下げた者は、同一の訴えを提起できません。再訴の禁止です。例えば、第一審でAさんが敗訴する判決を受けたとします。この判決を無かったことにしようとして、Aさんが訴えを取り下げても、Aさんは同じ請求でBさんを再び訴えることはできません。せっかく出た判決を、取下げによって無いことにして、また同じ訴えをやり直す、ということを許さない仕組みです。ここで「本案について」という言葉に注意してください。中身の判断に至らなかった判決、つまり訴え自体を却下する訴訟判決の後に取り下げても、この再訴禁止は働きません。例えば、訴訟要件を欠くとして訴えが却下された場合には、中身についての判断がまだ何も出ていないので、再訴禁止の対象にはならないんです。一方、本案判決の後に取り下げて禁止がかかっているのに、同じ訴えを起こせば、その訴えは中身を審理されないまま却下されます。

時効の板(取下げで時効の中断効が消えるは誤り/民147条1項=裁判上の請求は確定判決に至らず終了した場合その終了の時から6か月を経過するまで時効は完成しない) 図:時効の板

  • 取下げで時効の中断効が消えるは誤り
  • 民147条1項=裁判上の請求は確定判決に至らず終了した場合その終了の時から6か月を経過するまで時効は完成しない

条文民法147条1項

民法147条1項(柱書・1号) 次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。 一 裁判上の請求

もう1つ、よくある誤解を潰しておきます。「訴えを取り下げると、それまでの時効の中断効が消えてしまう」という理解です。これは誤りです。訴訟係属は無かったことになりますが、時効との関係は民法147条1項が別に手当てしています。裁判上の請求は時効の完成を止める事由になりますが、確定判決に至らずその事由が終了した場合には、終了の時から6か月を経過するまでの間、時効は完成しません。取下げも、確定判決に至らずに終了した場合にあたります。例えば、Aさんの権利の時効の完成が近づいていたとしても、取り下げてから6か月の間は時効が完成しません。この間にAさんが改めて訴えを起こせば、時効の心配はありません。取下げた瞬間に振り出しに戻るのではなく、6か月という猶予が働くんです。

再訴禁止の趣旨と、その限定

趣旨の対立2枚板(制裁説=裁判所から旧訴の取下者へ「判決を無駄にした者に二度と請求させない」という矢印/被告の利益尊重説=被告から「判決を放棄し訴訟外の解決を信じた自分を守ってほしい」という矢印) 図:趣旨の対立2枚板

  • 制裁説=裁判所から旧訴の取下者へ「判決を無駄にした者に二度と請求させない」という矢印
  • 被告の利益尊重説=被告から「判決を放棄し訴訟外の解決を信じた自分を守ってほしい」という矢印

262条2項の再訴禁止は、なぜ設けられているのでしょうか。考え方には対立があります。1つは、いったん判決を得ておきながら、それを無駄にする者に、二度と同じ請求をさせない、という制裁的な考え方です。もう1つは、判決を放棄して訴訟の外での解決を信じた被告の利益を守る、という考え方です。どちらの立場を採るかで、結論は変わるんですか。変わりえます。制裁を徹底すれば、取下げの後にどんな事情が生じても、一律に再訴を塞ぐ方向に傾きます。ただ、実際の判例は、この2つの立場のどちらかを選ぶ、という形では議論を進めていません。判例自身は、はっきりと「制裁的趣旨の規定」だという言葉を使います。その上で、判例はそこで思考を止めませんでした。

判例最判昭和52年7月19日(民集31巻4号693頁)

訴え取下げ後の再訴禁止が及ばない場合を示した判決 所論にかんがみ考えるのに、民訴法二三七条二項は、終局判決を得た後に訴を取下げることにより裁判を徒労に帰せしめたことに対する制裁的趣旨の規定であり、同一紛争をむし返して訴訟制度をもてあそぶような不当な事態の生起を防止する目的に出たものにほかならず、旧訴の取下者に対し、取下後に新たな訴の利益又は必要性が生じているにもかかわらず、一律絶対的に司法的救済の道を閉ざすことをまで意図しているものではないと解すべきである。したがつて、同条項にいう「同一ノ訴」とは、単に当事者及び訴訟物を同じくするだけではなく、訴の利益又は必要性の点についても事情を一にする訴を意味し、たとえ新訴が旧訴とその訴訟物を同じくする場合であつても、再訴の提起を正当ならしめる新たな利益又は必要性が存するときは、同条項の規定はその適用がないものと解するのが、相当である。

現行の262条2項にあたる規定は制裁的趣旨だと述べつつ、判例はこう続けます。取下げの後に新しい利益や必要性が生まれているのに、一律に司法的救済の道を閉ざすことまで意図してはいない。だから「同一ノ訴」とは、当事者と訴訟物が同じというだけでなく、訴えの利益や必要性の点でも事情が同じ訴えを意味する、と限定しました。なぜ絞れるのか。この規定の目的は、同じ紛争を蒸し返して訴訟制度をもてあそぶことを防ぐ点にあります。取下げの後に新しい事情が生まれて訴え直すのは、蒸し返しではありません。目的が届かない場面にまで禁止を広げる理由は無い、というのが決め手です。具体的にいうと、この事件では、先に起こされていた別件の訴訟の控訴審で、相手方が、元の建物は借りていた人たちの増改築で大きく姿を変え、もう実在しない、と主張しました。これを受けて原告は、その建物の収去を求め続けることはできないと誤認して、訴えを交換的に変更しました。交換的変更とは、元の請求を引っ込めて別の請求に差し替えることです。これが実質的に旧請求の取下げと同じ扱いになったのが発端です。しかも、相手方が別件の確定後に主張を翻したという新しい事情が生じていました。この新たな利益・必要性が認められたので、再訴禁止の規定は適用されない、とされたんです。

逆に、さっきの例のように、Aさんが第一審で負けて取り下げ、何の新しい事情も無いまま同じ請求で訴え直すなら、それは蒸し返しそのものです。この場合は、禁止がそのまま及びます。制裁的だという言葉を使いながら、その射程を「利益・必要性が同じかどうか」で絞り込んでいる、という判例の立場です。制裁説か被告の利益尊重説かという対立とは別に、この限定解釈そのものを押さえておいてください。

取下げの争い直し

取下げの争い直しの板(強迫による取下げ=338条1項5号の再審事由を類推適用/わざわざ再審の訴えを起こさなくても期日指定の申立てで従前の訴訟に戻れる) 図:取下げの争い直しの板

  • 強迫による取下げ=338条1項5号の再審事由を類推適用
  • わざわざ再審の訴えを起こさなくても期日指定の申立てで従前の訴訟に戻れる

取下げは、当事者の意思にもとづく訴訟行為です。ここでもう1つ問題になります。その意思が、強迫や錯誤によって歪められていたときはどうなるでしょうか。かつては、訴訟行為である取下げに、意思表示の瑕疵を理由とする無効主張は認められない、と考えられていました。訴訟行為の上には、次々と手続が積み重なっていきます。後から簡単にひっくり返せると、手続全体が不安定になるからです。しかし、それでは強迫されて取り下げさせられた人まで救われず、硬直しすぎています。例えば、相手方が刑事罰に値するような脅しをかけて、無理やり訴えを取り下げさせたとしても、それがそのまま有効に扱われてしまうのは不当です。

条文民事訴訟法338条1項5号

民事訴訟法338条1項5号(再審の事由) 刑事上罰すべき他人の行為により、自白をするに至ったこと又は判決に影響を及ぼすべき攻撃若しくは防御の方法を提出することを妨げられたこと。

ある判例は、刑事上罰すべき他人の行為、つまり強迫によって訴えを取り下げさせられた場合について、確定判決に対する再審事由を定めるこの338条1項5号を類推適用しました。取下げにはそもそも確定判決がありません。ですから本来の再審の訴えはそのままでは使えないはずです。それでも判例は、確定判決を経た後の救済手段である再審事由の考え方だけを取り出して、確定判決に至っていない取下げの場面にも当てはめました。その結果、取り下げた側は、わざわざ再審の訴えを起こさなくても、期日指定の申立てをするだけで、従前の訴訟に戻って審理を続けられる、としたんです。民法の瑕疵を丸ごと持ち込むのではなく、再審事由という狭い枠を借りたのは、この手続の安定との釣り合いを取るためです。

期日指定の申立ては、もともと263条の取下げの擬制を争うために使われる手続でした。それを、取下げの効力を争う手続としても広く使わせることで、重い再審の訴えを起こさずに済むようにしたわけです。錯誤など他の瑕疵についても、民法の規定を準用する余地を認める見方が有力です。

請求の放棄・請求の認諾

放棄・認諾の対比図(A=原告が請求を放棄する→A敗訴の効力が残る/B=被告が請求を認諾する→B敗訴の効力が残る、左右対称の図) 図:放棄・認諾の対比図

  • A=原告が請求を放棄する→A敗訴の効力が残る
  • B=被告が請求を認諾する→B敗訴の効力が残る、左右対称の図

少し前の内容を思い出してください。取下げは訴訟をなかったことにする、と見ましたね?放棄や認諾も、同じようになかったことになるのでしょうか?どちらも、当事者の一方が自分の敗けを認める形で訴訟が終わります。そこが取下げとの決定的な違いで、放棄も認諾も、なかったことにはなりません。例えば、Aさんが証拠を検討した結果、自分の主張には理由が無かったと気づいたなら、請求の放棄を選べます。逆に、Bさんが争う理由が無いと悟ったなら、請求の認諾を選べます。どちらも「話し合いで訴訟外の決着がついた」という今日の冒頭の事案とは別に、当事者の一方が単独で選べる道です。

条文民事訴訟法266条1項・2項

民事訴訟法266条(請求の放棄又は認諾)1項・2項 請求の放棄又は認諾は、口頭弁論等の期日においてする。 2 請求の放棄又は認諾をする旨の書面を提出した当事者が口頭弁論等の期日に出頭しないときは、裁判所又は受命裁判官若しくは受託裁判官は、その旨の陳述をしたものとみなすことができる。

手続はこのとおりです。口頭弁論などの期日で口頭でするのが原則ですが、あらかじめ書面を出しておけば、期日に欠席してもその旨を陳述したものとみなしてもらえます。

条文民事訴訟法267条1項

民事訴訟法267条(和解等に係る電子調書の効力)1項 裁判所書記官が、和解又は請求の放棄若しくは認諾について電子調書を作成し、これをファイルに記録したときは、その記録は、確定判決と同一の効力を有する。

効力です。裁判所書記官が電子調書を作成してファイルに記録すると、その記録は確定判決と同一の効力を持ちます。放棄の調書は、「請求を棄却する」という判決が確定したのと同じ効力を持ちます。原告の敗訴という記録が残ります。認諾の調書は、「請求を認容する」という判決が確定したのと同じ効力を持ちます。被告の敗訴という記録が残ります。例えば、金銭の支払いを求める請求をBさんが認諾すれば、その調書にもとづいてそのまま強制執行ができる、執行力を持ちます。取下げには相手の同意が要る場面があったのに、放棄や認諾は一方だけで決められるんですか。決められます。取下げは、相手が勝つ見込みまで一緒に消してしまうから同意が要りました。放棄や認諾は逆に、相手の言い分を丸ごと通して終わるので、相手が損をしません。そして、争いの対象である権利を当事者自身が処分した以上、裁判所が改めて中身を審理する必要もありません。だから判決を経なくても、判決と同じ効力を与えてよいんです。

原則としてできません。放棄の調書には、たった今見たとおり確定判決と同じ効力があって、そこにはAさんの敗訴という記録が残っています。同じ請求を蒸し返そうとしても、この記録が壁になる方向に働きます。ただ、その壁がどこまで固いか、つまり放棄や認諾に、判決と同じ既判力まで認めてよいかどうかは争いがあります。これは、この後に見る和解と共通する論点なので、そちらでまとめて扱います。

残るものが違う一本の対比

締めの対比板(取下げ=なかったことにする・訴訟係属が遡及的に消滅・何も残らない/放棄=負けを認めて終わる・棄却判決と同じ効力が残る/認諾=負けを認めて終わる・認容判決と同じ効力が残る) 図:締めの対比板

  • 取下げ=なかったことにする・訴訟係属が遡及的に消滅・何も残らない
  • 放棄=負けを認めて終わる・棄却判決と同じ効力が残る
  • 認諾=負けを認めて終わる・認容判決と同じ効力が残る

3つをまとめます。取下げは、訴訟を「なかったことにする」道でした。訴訟係属が遡及的に消滅し、何も記録が残りません。ただし、本案について終局判決があった後の取下げには、再訴禁止という限定がかかります。放棄は、原告が自分の負けを認めて終わる道でした。棄却判決と同じ効力が残ります。認諾は、被告が自分の負けを認めて終わる道でした。認容判決と同じ効力が残ります。当事者の意思だけで終わらせられる点は共通していても、残るものがこれだけ違う、というのが今日の軸でした。冒頭の事件に戻ります。具体的に言えば、AさんとBさんが裁判外で話をつけたとき、Aさんが取下げを選べば、争った記録は何も残りません。もしAさんが「自分の請求には理由が無かった」と認める形にすれば、それは放棄になり、Aさんの敗訴という記録が残ります。同じ「もうやめます」でも、選ぶ道によって、この先何が残るかがまったく違うんです。取下げ・放棄・認諾は、どれも当事者の一方的な意思だけで完結する終わらせ方でした。次は、双方が譲り合って終わる、もう1つのやめ方を見ていきます。

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#63単独ページ動画

訴訟上の和解

第3章 訴訟の終了 #63/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

和解調書があるのに、相手が守らない

冒頭事案の関係図(A=原告、Bを訴えて審理中/B=被告、途中でAとBが話し合い、Bが期限までに一定額を支払う内容で和解が成立/期限が来てもBが支払わない、という問い) 図:冒頭事案の関係図

  • A=原告、Bを訴えて審理中
  • B=被告、途中でAとBが話し合い、Bが期限までに一定額を支払う内容で和解が成立
  • 期限が来てもBが支払わない、という問い

前回は、当事者が自分の意思だけで訴訟を終わらせる3つの道、取下げと放棄と認諾を見ました。取下げは訴訟をなかったことにする道、放棄と認諾は自分の負けを認めて判決と同じ効力を残す道でしたね。今日はもう1つ、当事者の意思で訴訟を終わらせる道を見ます。ただし今日のものは、一方が折れるのではなく、双方が譲り合って作る道です。こんな場面を考えます。原告Aさんが被告Bさんを訴えて、審理が始まっていました。途中でAさんとBさんが話し合い、Bさんが期限までに一定額を支払うという内容で和解が成立したとします。ところが期限が来ても、Bさんが支払いません。Aさんは、判決文ではなく和解の記録を手にしています。Aさんは次に何ができるでしょうか。

支払いを求める内容なら、それはできます。ただし、今日はもう1つ別の展開も考えます。もしAさんが「あの和解は、実は脅されて仕方なく応じただけだ」と言い出したらどうなるか、という展開です。これは終わりに戻ってきます。先に答えの形だけ言っておきます。既判力とは、確定した判断の中身を、後の裁判で当事者も裁判所も争い直せなくする拘束力のことです。和解には確定判決と同一の効力が生じますが、この既判力まで認めるかには争いがあります。だからこそ、和解を争い直す道が、争う理由に応じて2つ用意されています。

前回の一覧板を参照する橋渡し(判決・和解・取下げの内訳/和解の3割強が今日の主役) 図:前回の一覧板を参照する橋渡し

  • 判決・和解・取下げの内訳
  • 和解の3割強が今日の主役

前回、第一審の終わり方の内訳を見ました。判決で終わるのがおよそ半分以下で、和解で終わるものが3割強ありましたね。今日はその3割強の中身を見ていきます。

和解の位置づけと、判決より優れる点

3層の包含図(民法上の和解=民695条696条・裁判外の和解契約/訴え提起前の和解=即決和解・275条・簡裁/訴訟上の和解=訴訟係属中・本回の主役) 図:3層の包含図

  • 民法上の和解=民695条696条・裁判外の和解契約
  • 訴え提起前の和解=即決和解・275条・簡裁
  • 訴訟上の和解=訴訟係属中・本回の主役

まず「和解」という言葉には3つの層があります。一番広いのは、裁判とは関係なく当事者どうしで示談する民法上の和解です。次に、そもそも訴訟を起こす前に、簡易裁判所に和解を申し立てる即決和解というものもあります。これは275条に定めがあります。今日の主役は、訴訟が始まった後、審理の途中で成立する訴訟上の和解です。

条文民事訴訟法89条1項

民事訴訟法89条(裁判所等が和解を試みること等)1項 裁判所は、訴訟がいかなる程度にあるかを問わず、和解を試み、又は受命裁判官若しくは受託裁判官に和解を試みさせることができる。

89条1項です。裁判所は、訴訟がどの段階にあっても和解を試みることができます。審理の最初でも、証拠調べの後でも構いません。

判決より優れる点の一覧板(①柔軟な解決②当事者の自治③早期終結④任意の履行が期待できる) 図:判決より優れる点の一覧板

和解には、判決には無い優れた点が4つあります。1つめは、柔軟な解決ができることです。判決は原告が求めた請求について白黒つけるだけですが、和解なら請求以外の関係も一緒に取り込んだり、第三者を交えたりできます。2つめは、当事者の自治が働くことです。中身を自分たちで作るので、当事者の関係を必要以上に傷つけずに済みます。3つめは、早期に紛争を終わらせられることです。控訴のような不服申立てをされる余地がありません。4つめは、任意の履行が期待できることです。自分で合意した内容だからこそ、進んで守ろうという気になります。

当事者同士の話し合いで中身を決めた分だけ話が早いし、自分で決めたことだから守る気にもなります。これが4つの優れた点の正体です。もう1つ大事な視点があります。和解は、成立した内容そのものだけでなく、そこに至るまでの話し合いや交渉の過程そのものが重要だと言われます。譲り合いのプロセスの中で、当事者が自分の主張の弱さに気づいたり、相手の事情を知ったりすることに意味があるんです。

要件3つ

要件3つの一覧板(①対象につき処分権があること②内容が公序良俗に反しないこと③訴訟能力があること) 図:要件3つの一覧板

ただし、この手打ちは何でも認められるわけではありません。要件が3つあります。①対象につき当事者が処分権を持つこと、②内容が公序良俗に反しないこと、③訴訟能力があることです。この3つは、前回見た請求の放棄・認諾にもそのまま共通する要件です。

要件①の全体像(原則=当事者が処分できる対象でなければ和解不可/この後、人事訴訟と会社訴訟という2つの例外類型を順に見る) 図:要件①の全体像

  • 原則=当事者が処分できる対象でなければ和解不可
  • この後、人事訴訟と会社訴訟という2つの例外類型を順に見る

要件①、処分権から見ます。以前見た処分権主義を思い出してください。訴訟を起こすかどうか、何を求めるか、判決以外の方法で終わらせるかを当事者が決められる、という原則です。和解も、当事者が処分できる対象でなければ成り立ちません。

人事訴訟の原則と例外(原則=人事訴訟は不可・19条2項/例外=離婚離縁は和解・放棄・認諾いずれも可・書面による認諾のみ除く・37条1項) 図:人事訴訟の原則と例外

  • 原則=人事訴訟は不可・19条2項
  • 例外=離婚離縁は和解・放棄・認諾いずれも可・書面による認諾のみ除く・37条1項

条文人事訴訟法19条2項

人事訴訟法19条2項 人事訴訟における訴訟の目的については、民事訴訟法第二百六十六条から第二百六十七条の二までの規定は、適用しない。

離婚や親子関係のような身分関係を扱う人事訴訟では、原則としてこの規定により和解も放棄も認諾もできません。身分関係は当事者だけの問題ではなく、それ以外の多くの人にも影響する公益性があるからです。兄弟げんかの例で言えば、「お前んちの土地を俺にくれ」というような、そもそも当事者の一存で決めていい話ではない要求だと考えてください。

条文人事訴訟法37条1項

人事訴訟法37条1項 離婚の訴えに係る訴訟における和解(これにより離婚がされるものに限る。以下この条において同じ。)並びに請求の放棄及び認諾については、第十九条第二項の規定にかかわらず、民事訴訟法第二百六十六条(第二項中請求の認諾に関する部分を除く。)、第二百六十七条第一項及び第二百六十七条の二の規定を適用する。ただし、請求の認諾については、第三十二条第一項の附帯処分についての裁判又は同条第三項の親権者の指定についての裁判をすることを要しない場合に限る。

ただし例外があります。離婚訴訟と、準用される離縁訴訟です。離婚も離縁も、裁判外の協議だけで成立させられる関係なので、訴訟の中で和解して終わらせても不都合が無いんです。ここで注意が必要です。条文の括弧をよく見てください。「第二百六十六条(第二項中請求の認諾に関する部分を除く)」とあります。除かれているのは、266条の2項のうち、書面を出した当事者が期日に出頭しなくても認諾したものとみなす、という書面による認諾の仕組みだけです。離婚訴訟でも、和解・放棄・認諾はいずれもできますが、認諾は期日に出頭して口頭でする必要があります。

離婚という身分関係を、本人が期日に出て確かめることなく、書面の提出だけで成立させるべきではない、と考えられます。ただし37条1項にはただし書があって、認諾にはさらに制限がかかります。財産分与などの附帯処分についての裁判や、子の親権者の指定についての裁判をする必要がある場合は、認諾だけではその部分まで決着できないので、これらの裁判が不要な場合に限って認諾ができるとされています。子や財産の定めは当事者どうしの言い分だけで済ませず、裁判所の判断を要するからです。

会社訴訟の2つの例外((a)会社の組織に関する訴え=会社法838条・認容判決の効力が第三者に及ぶ対世効/認諾しても対世効は生じない・請求棄却の効力は当事者間限りだから放棄は許される・(b)株主代表訴訟=会社850条1項・会社が和解の当事者でないときは会社の承認がなければ267条の効力が会社の権利について生じない) 図:会社訴訟の2つの例外

  • (a)会社の組織に関する訴え=会社法838条・認容判決の効力が第三者に及ぶ対世効
  • 認諾しても対世効は生じない・請求棄却の効力は当事者間限りだから放棄は許される・(b)株主代表訴訟=会社850条1項・会社が和解の当事者でないときは会社の承認がなければ267条の効力が会社の権利について生じない

もう1つ別の場面です。まず、会社の組織に関する訴えを考えます。例えば会社の設立や決議の効力を争う訴えでは、認容判決の効力が当事者以外の第三者にも及びます。これを対世効と呼びます。この類型では、当事者が第三者にまで及ぶはずの効力を勝手に作り出すことはできません。ですから、請求を認諾しても、その調書に第三者にまで及ぶ効力、つまり対世効は生じません。これに対して、棄却判決の効力は当事者どうしの間だけで完結します。だから、放棄という形で訴訟を終わらせても支障はありません。認容側の効力は第三者に及ぶから慎重に、棄却側の効力は当事者間で完結するから自由に、という非対称な結論です。

条文会社法850条1項

会社法850条1項 民事訴訟法第二百六十七条の規定は、株式会社等が責任追及等の訴えに係る訴訟における和解の当事者でない場合には、当該訴訟における訴訟の目的については、適用しない。ただし、当該株式会社等の承認がある場合は、この限りでない。

もう1つが、株主代表訴訟、条文でいう責任追及等の訴えです。こちらは対世効の話ではありません。株主が会社に代わって、取締役などの責任を追及する訴訟です。会社がこの和解の当事者になっていないときは、会社が承認しない限り、267条の確定判決と同一の効力は会社の権利については生じません。850条には、いま見た1項に続けて、裁判所が和解の内容を会社に通知し、2週間以内に書面で異議が無ければ会社が承認したものとみなす、という定めが別の項に置かれています。要件②、内容が公序良俗に反しないことです。和解や認諾には強制執行を許すなどの強い効力が生じますから、法令や公序良俗に反する内容は認められません。なお、請求の放棄は、原告の請求が無いことが定まるだけなので、この要件そのものが問題になりません。さきほど、この要件は放棄・認諾にも共通すると言いましたが、この点だけは放棄側では働かない、ということも押さえておいてください。要件③、訴訟能力があることです。被保佐人や被補助人、後見人など法定代理人によるときは本人や後見監督人等の特別授権が、訴訟代理人によるときは本人の特別委任が必要でした。これは以前、訴訟能力の回で見た内容と同じです。兄弟げんかで言えば、片方がまだ約束の意味も分からない年齢なら、その手打ちは成り立たない、という要件です。なお、和解が成り立つには、判決をもらうときに求められる訴訟要件が全部そろっている必要まではありません。

手続(IT化を含めて)

手続一覧板(89条=裁判所がいつでも試みる/264条=書面和解/265条=裁定和解/275条の2=和解に代わる決定) 図:手続一覧板

  • 89条=裁判所がいつでも試みる
  • 264条=書面和解
  • 265条=裁定和解
  • 275条の2=和解に代わる決定

手続の方を見ていきます。原則は、当事者が期日に出頭して、裁判所の面前で合意します。ただし、出頭が難しい当事者のための特則があります。

条文民事訴訟法264条1項・2項

民事訴訟法264条(裁判所等が提示した和解条項案の受諾)1項・2項 当事者の一方が出頭することが困難であると認められる場合において、その当事者があらかじめ裁判所又は受命裁判官若しくは受託裁判官から提示された和解条項案を受諾する旨の書面を提出し、他の当事者が口頭弁論等の期日に出頭してその和解条項案を受諾したときは、当事者間に和解が調ったものとみなす。 2 当事者双方が出頭することが困難であると認められる場合において、当事者双方があらかじめ裁判所又は受命裁判官若しくは受託裁判官から和解が成立すべき日時を定めて提示された和解条項案を受諾する旨の書面を提出し、その日時が経過したときは、その日時に、当事者間に和解が調ったものとみなす。

これが書面和解です。1項は、一方だけが出頭困難な場合です。その当事者があらかじめ、裁判所が示した和解条項案を受諾する書面を出しておき、もう一方が期日に出頭して受諾すれば、その時点で和解が調ったとみなされます。2項は、双方とも出頭困難な場合です。双方が書面を出し、和解が成立すべき日時として定められた日が来れば、その日に和解が調ったとみなされます。

条文民事訴訟法265条1項・2項・3項・5項

民事訴訟法265条(裁定和解)1項・2項・3項・5項 裁判所又は受命裁判官若しくは受託裁判官は、当事者の共同の申立てがあるときは、事件の解決のために適当な和解条項を定めることができる。 2 前項の申立ては、書面でしなければならない。この場合においては、その書面に同項の和解条項に服する旨を記載しなければならない。 3 第一項の規定による和解条項の定めは、口頭弁論等の期日における告知その他相当と認める方法による告知によってする。 5 第三項の告知が当事者双方にされたときは、当事者間に和解が調ったものとみなす。

もう1つが裁定和解です。当事者双方が共同で申し立てて、裁判所に和解条項を決めてもらう仕組みです。1項のとおり、事件の解決に適当な和解条項を裁判所が定められます。2項で、この申立ては書面でし、あらかじめその和解条項に服すると記載しておく必要があります。3項で、その中身は期日での告知などで示され、5項で、その告知が当事者双方にされた時点で和解が調ったとみなされます。書面和解が当事者どうしの受諾で決まるのに対し、裁定和解は中身の決定そのものを裁判所に委ねる点が違います。なお、265条4項により、告知の前であれば、この申立ては相手方の同意なしに取り下げられます。

内容を自分たちで決めていないように見えても、当事者双方が「裁判所の決める条項に服する」と自分の意思で選んだ結果ですから、やはり当事者の意思にもとづく和解の一種です。

和解に代わる決定の分岐図(A=原告が金銭請求/B=被告が事実を争わず防御方法も出さない/裁判所がBの資力等を考慮し分割払等を決定/Bが異議なし=裁判上の和解と同一の効力/Bが異議あり=決定失効) 図:和解に代わる決定の分岐図

  • A=原告が金銭請求
  • B=被告が事実を争わず防御方法も出さない
  • 裁判所がBの資力等を考慮し分割払等を決定
  • Bが異議なし=裁判上の和解と同一の効力
  • Bが異議あり=決定失効

もう1つ、和解に代わる決定という仕組みもあります。これは簡易裁判所の特則として詳しくは別の回で扱いますが、骨子だけ見ておきます。

条文民事訴訟法275条の2第1項・第3項・第5項

民事訴訟法275条の2(和解に代わる決定)1項・3項・5項 金銭の支払の請求を目的とする訴えについては、裁判所は、被告が口頭弁論において原告の主張した事実を争わず、その他何らの防御の方法をも提出しない場合において、被告の資力その他の事情を考慮して相当であると認めるときは、原告の意見を聴いて、第三項の期間の経過時から五年を超えない範囲内において、当該請求に係る金銭の支払について、その時期の定め若しくは分割払の定めをし、又はこれと併せて、その時期の定めに従い支払をしたとき、若しくはその分割払の定めによる期限の利益を次項の規定による定めにより失うことなく支払をしたときは訴え提起後の遅延損害金の支払義務を免除する旨の定めをして、当該請求に係る金銭の支払を命ずる決定をすることができる。 3 第一項の決定に対しては、当事者は、その決定の告知を受けた日から二週間の不変期間内に、その決定をした裁判所に異議を申し立てることができる。 5 第三項の期間内に異議の申立てがないときは、第一項の決定は、裁判上の和解と同一の効力を有する。

金銭の支払いを求める訴えで、被告が事実を争わず、何の防御もしてこない場合、裁判所は被告の資力などを考慮して、支払時期や分割払いの定めをした決定ができます。分割払いを定めるときは、支払いを怠った場合の期限の利益喪失についても定めておく必要があります。この決定に対しては、告知から2週間以内なら異議を申し立てられます。異議が無ければ、この決定は裁判上の和解と同一の効力を持ちます。異議が出れば、決定はその効力を失います。

ウェブ会議の板(89条2項=音声の送受信により同時に通話をすることができる方法/映像は要件ではない/89条3項=出頭しないで関与した当事者は出頭したものとみなす) 図:ウェブ会議の板

  • 89条2項=音声の送受信により同時に通話をすることができる方法
  • 映像は要件ではない
  • 89条3項=出頭しないで関与した当事者は出頭したものとみなす

条文民事訴訟法89条2項・3項

民事訴訟法89条2項・3項 裁判所は、相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判所及び当事者双方が音声の送受信により同時に通話をすることができる方法によって、和解の期日における手続を行うことができる。 3 前項の期日に出頭しないで同項の手続に関与した当事者は、その期日に出頭したものとみなす。

令和4年改正で加わった2項も見ておきます。裁判所は相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、音声の送受信により同時に通話をすることができる方法で和解の期日を行えます。映像も映さないといけないんですか。そこが引っかけになりやすい所です。条文が求めているのは「音声の送受信により同時に通話をすることができる方法」であって、映像は要件ではありません。電話会議のような方法でも足ります。そして3項のとおり、その期日に出頭しないでこの方法に関与した当事者は、出頭したものとみなされます。以前、口頭弁論とウェブ会議の回で見た対比を思い出してください。口頭弁論の期日だけは映像と音声の両方が必要で、審尋や弁論準備手続の期日は音声だけで足りる、という区別でしたね。和解の期日も、音声だけで参加できる側に入ります。ここで離婚訴訟に話を戻します。人事訴訟法37条3項により、離婚の訴えに係る訴訟では、いま見た書面和解・裁定和解の規定は使えません。さらに37条4項により、音声だけの期日、つまりいまの89条2項の方法で関与した当事者は、その期日の中で離婚の和解や認諾をすることができません。ただし映像も送受信するウェブ会議の方法で行われた場合は別です。いずれも、身分関係にかかわる重い決断を、本人の姿が見えない形で済ませるべきではない、という同じ考え方にもとづきます。実務では、期日に一方の当事者だけを退席させて、裁判所がもう一方から個別に話を聴くという方式がよく使われます。これを交互面接方式と呼びます。リラックスした雰囲気で本音を引き出しやすいという利点がある一方、退席させられた側は、その場で何を話されているか分からず、反論もできません。裁判所が両者に異なる心証を示して和解に誘導しているのではないか、という不信感につながる危うさもあります。

両方を同席させて話を聴くべきだという批判は、学説にも実際にあります。当事者双方が同席する対席方式を採るべきだという指摘です。交互面接方式は実務で多用されていますが、この批判があることも押さえておいてください。

効力と、既判力の争い

効力の板(267条1項=確定判決と同一の効力/給付条項なら執行力・民執22条7号/形成条項なら形成力) 図:効力の板

  • 267条1項=確定判決と同一の効力
  • 給付条項なら執行力・民執22条7号
  • 形成条項なら形成力

和解が成立すると、どんな効力が生まれるでしょうか。前回見た267条1項がここでも効いてきます。裁判所書記官が電子調書を作成しファイルに記録すると、和解にも確定判決と同一の効力が生じるのでしたね。この効力から、訴訟を終わらせる効果に加えて、内容に応じた効力が枝分かれします。金銭の支払いのような給付を内容とする条項には執行力が生じ、そのまま強制執行ができます。権利関係を変動させる形成条項には形成力が生じます。そこで、今日の一番の争点にたどり着きます。判決と同じ効力と言うとき、既判力、つまりあとの裁判で争い直せなくする拘束力まで含めてよいかどうかは、争いがあるんです。前回、放棄や認諾に既判力まで認めてよいかは、和解とまとめて扱うと言いました。ここでその宿題を回収します。

⭐ 論文で書く規範:訴訟上の和解に既判力を認めるか 訴訟上の和解の効力について、既判力を認めるかどうかは考え方が分かれる。無制限に認める説、場合により制限する説、既判力そのものを否定する説が対立しており、否定的な立場の理由づけは、和解は当事者の意思にもとづく行為であって瑕疵があれば効力を欠くはずであり、放棄・認諾と同様に裁判所による内容審査を経ていないから、というものである。 (規範(通説で立てる))

既判力をめぐる3つの説の対比板(無制限に認める説=267条の文言どおり・蒸し返しを防ぐ/場合により制限する説=錯誤や強迫などで無効・取消しなら既判力は生じない/否定する説=合意にすぎず裁判所が中身を審査していない・既判力なし) 図:既判力をめぐる3つの説の対比板

  • 無制限に認める説=267条の文言どおり・蒸し返しを防ぐ
  • 場合により制限する説=錯誤や強迫などで無効・取消しなら既判力は生じない
  • 否定する説=合意にすぎず裁判所が中身を審査していない・既判力なし

もし既判力を全面的に認めてしまうと、当事者はもう「あの和解は錯誤だった」というような主張ができなくなり、再審事由が認められる場合にしか争えなくなります。以前見た338条1項の再審事由を思い出してください。詐欺や強迫が絡む極端な場合しか救済されない、かなり狭い入口です。条文だけを読めば、確定判決と同一の効力なのだから既判力も含む、と考えるのが素直です。同じ争いを蒸し返させずに済むという利点もあります。ただ、それでは合意に傷があっても判決並みに縛られてしまう。そこが硬直しすぎている、というのが多くの学説の出発点です。兄弟げんかの例に戻ります。親が最初、「お前たちで決めたなら、それでいい」と受け入れたとします。ところがあとから「実はお兄ちゃんに脅されて、もう泣かないと言わされただけだった」と分かったとき、親が「もう決まったことだから」と押し通していいはずがありません。和解に既判力を全面的に認めるかどうかの議論は、この直感を条文の言葉でどう説明するか、という話なんです。3つの説は、条文の文言を貫くか、和解が当事者の合意だという性質を貫くか、その間で線を引くか、の違いです。冒頭の、Aさんが「脅されて応じた」と言い出す場面で、3つの説を比べます。無制限に認める説では、再審事由に当たらない限り、Aさんはもう争えません。場合により制限する説では、強迫を理由に和解が取り消されれば既判力は生じず、Aさんは争えます。否定する説では、そもそも既判力が無いので、Aさんは取消しを主張して争えます。

後の2つは、裁判所が中身を審査していない和解に、判決と同じ重さを与えるのは行き過ぎだ、と考える点で共通しています。例えば、実際にあった判決を見てみます。ある和解は、代物弁済、つまり本来の給付に代えて別の物を渡して弁済したとする合意でしたが、その受け取った品物が粗悪品だったことから、契約の重要な部分についての勘違い、つまり要素の錯誤があったとして無効と判断されました。

判例最判昭和33年6月14日(民集12巻9号1492頁)

和解が要素の錯誤で無効なら実質的確定力を持たないとした判決 しかし、原判決は、本件和解は要素の錯誤により無効である旨判示しているから、所論のごとき実質的確定力を有しないこと論をまたない。

この判決は、和解が錯誤で無効なら、その和解には確定判決と同じような実質的確定力、つまり既判力にあたるものは無い、と述べています。もし既判力を全面的に認める立場を採るなら、こうした結論は出てきません。この判決は、既判力を制限的に考える立場と親和的だと言えます。ただし、なぜ既判力を否定してよいのかという理由づけは、そもそも既判力とは何かという考え方そのものに左右されます。この既判力の意義そのものは、この後の回で扱いますので、今日は「争いがある」ということと、多数の立場が争い直しの必要性を認めている、という結論だけ押さえてください。

和解の争い直し

争い直し2つの道の分岐図(A=原告が和解内容に不服/無効・取消しの主張=①期日指定の申立てで訴訟復活/契約の解除の主張=②新訴の提起) 図:争い直し2つの道の分岐図

  • A=原告が和解内容に不服
  • 無効・取消しの主張=①期日指定の申立てで訴訟復活
  • 契約の解除の主張=②新訴の提起

少し前の内容を思い出してください。取下げは訴訟をなかったことにする、と見ましたね。和解も同じように、後から簡単になかったことにできるのでしょうか?さっきの既判力の話からすると、簡単には無理そうですね。ただ、争い直す道自体は用意されています。当事者は、代理権が無かったことや、錯誤、詐欺による取消し、成立後の事情の変更などを理由に、和解を争い直そうとすることがあります。その方法には2つの道があります。1つは、期日指定の申立てをして、和解の前の訴訟手続を復活させる道です。前回、取下げを争い直す場面で見た、あの期日指定の申立てと同じ道具です。もう1つは、新しく訴えを起こす道です。和解が無効だという確認を求める訴え、原告がもう一度給付を求める訴え、被告からは、強制執行を止めるための請求異議の訴えなどがこれにあたります。

判例の整理板(無効・取消しの主張=期日指定の申立てで訴訟を続ける道として整理されてきた/契約の債務不履行による解除の主張=新訴の提起・最判昭和43年2月15日) 図:判例の整理板

  • 無効・取消しの主張=期日指定の申立てで訴訟を続ける道として整理されてきた
  • 契約の債務不履行による解除の主張=新訴の提起・最判昭和43年2月15日

そこを整理する視点の1つが、無効・取消しと、解除とで理由を分けて考えることです。無効・取消しを主張する場合は、和解がそもそも無かったことになるわけですから、期日指定の申立てをして、和解より前の訴訟手続を続行し、その中で和解の効力を争う、という道が考えられてきました。さきほど見た昭和33年の判決も、この考え方と親和的です。品物が粗悪品だったことから代物弁済の意思表示に要素の錯誤があり、和解が無効だと判断された事件でしたね。あの事件では実際、和解の後も元の訴訟の審理がそのまま続けられ、最終的に請求が認容されています。苺ジャム事件と呼ばれる有名な事件です。もう1つは、和解が成立した後になって、和解の内容である私法上の契約が守られなかったことを理由に、その契約を解除できるかが争われた事案です。

判例最判昭和43年2月15日(民集22巻2号184頁)

和解成立後の契約解除では訴訟は復活しないとした判決 訴訟が訴訟上の和解によつて終了した場合においては、その後その和解の内容たる私法上の契約が債務不履行のため解除されるに至つたとしても、そのことによつては、単にその契約に基づく私法上の権利関係が消滅するのみであつて、和解によつて一旦終了した訴訟が復活するものではないと解するのが相当である。

なぜそう言えるのでしょうか。和解によって訴訟が終わるという効果は、和解が成立した時点でもう発生しています。後になってその中身である契約が債務不履行を理由に解除されても、消えるのは私法上の権利関係だけです。一度終わった訴訟そのものが、それで生き返るわけではありません。だから、この場合は新しく訴えを起こして、権利関係をあらためて確定させるべきだ、という考え方になります。

⭐ 論文で書く規範:和解の争い直しの手続選択 和解の無効・取消しを主張する場合は、期日指定の申立てにより従前の訴訟手続を続行して和解の効力を争う道が考えられてきた。和解の内容である契約を債務不履行により解除する場合は、訴訟は当然には復活せず、別訴を提起して権利関係を確定すべきである。 (規範(判例・通説))

整理すると、無効・取消しなら期日指定の申立て、契約の債務不履行による解除なら新訴、という使い分けです。それぞれに利点があります。期日指定の申立てなら、これまでの訴訟状態をそのまま使えて申立ても簡便ですし、和解に関与した裁判官のもとで条項の解釈をしてもらえます。新訴を起こす道なら、三審級の審理を受けられるという保障があります。そこで、無効・取消しを主張する場面では、当事者がこの利点を踏まえて、期日指定の申立てと、和解が無効だという確認を求める訴えのような新訴のどちらでも選べる、という立場が有力です。解除の場面は、昭和43年の判決のとおり新訴の道になります。具体的に言うと、冒頭の事案そのものが、この解除の場面に近い例です。Bさんは期限までに支払うと約束していたのに、それを守りませんでした。この場合、Aさんは和解の内容である支払いの合意を、Bさんの債務不履行を理由に解除することができます。もちろん、そのまま強制執行で取り立てることもできます。それでも和解そのものをやめにしたい、というときの話です。ただし、それで訴訟が生き返るわけではなく、Aさんは新しく訴えを起こして、あらためて権利を確定させる必要があります。もし逆に、Aさんが「あの和解は、実は脅されて仕方なく応じただけだ」と無効を主張するなら、期日指定の申立てで、和解より前の訴訟手続に戻って争うことができます。同じ「和解を蒸し返す」場面でも、理由によって使う道具が違うんです。

4つの問いを1周する

締めの4問対比板(①優れる点=柔軟・自治・早期終結・任意履行②要件=処分権・公序良俗・訴訟能力③手続=書面和解・裁定和解・IT化④効力=既判力を認めるかの争い・争い直しの2つの道) 図:締めの4問対比板

今日の4つの問いを1周します。まず、和解には判決より優れた点がありました。柔軟な解決、当事者の自治、早期終結、そして任意の履行という4つです。次に、誰でも自由に和解できるわけではありませんでした。処分権、公序良俗、訴訟能力という3つの要件が歯止めになっていました。手続では、書面和解、裁定和解、そして令和4年改正のウェブ会議まで見ました。そして、和解にも判決と同じ既判力を認めてよいかという問いでは、多くの学説がそのまま認めることに慎重で、争い直しには期日指定の申立てと新訴という2つの道が用意されていました。

冒頭の事案で言えば、Aさんは和解調書を持っている以上、まずはそれにもとづいて強制執行を求められます。ただ、もしその和解自体に問題があったのなら、Aさんにも争い直す道が残されている。今日はそのことを一本の線で見てきました。取下げ・放棄・認諾・和解、これで当事者の意思による訴訟の終わらせ方を一通り見ました。次は、当事者ではなく、裁判所が判断を下して終わらせる、判決による終了に移ります。

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#64単独ページ動画

判決の種類と訴訟要件

第3章 訴訟の終了 #64/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

訴えたのに、中身を判断してもらえなかった

冒頭事案の関係図(A=原告、Bを被告として訴えを起こした/B=名前だけの将棋同好会、法人格を持たない、代表者の定めも無い/裁判所は中身を判断せず訴えを却下した、という問い) 図:冒頭事案の関係図

  • A=原告、Bを被告として訴えを起こした
  • B=名前だけの将棋同好会、法人格を持たない、代表者の定めも無い
  • 裁判所は中身を判断せず訴えを却下した、という問い

前回は、和解、双方が譲り合って訴訟を終わらせる道を見ました。取下げ・放棄・認諾・和解、これで当事者自身の意思で終わらせる道を一通り見たことになります。今日からは、当事者ではなく裁判所が判決で終わらせる場面に入ります。こんな場面を考えます。Aさんが、代表者も会の決まりも無い、名前だけの将棋同好会を被告として訴えを起こしました。ところが裁判所は、審理の中身にはまったく入らず、「訴えを却下する」という結論を出しました。却下ということは、Aさんが負けたんですか。そこが今日の一番の入口です。先に答えの形だけ言っておきます。却下は、負け勝ちの判断そのものをしていません。今日の同好会の例で言えば、この同好会には、そもそも被告になる資格がありませんでした。訴えの中身、つまりAさんの言い分に理由があるかどうかは、まだ一度も見られていないんです。

今日は、裁判所が下す判断が形式でどう分かれるか、そして判決の中でも「中身に入ったかどうか」でどう分かれるかを、順番に見ていきます。

裁判=判決・決定・命令

裁判の3形式の対比板(判決=裁判所・原則口頭弁論必須・不服は控訴上告/決定=裁判所・口頭弁論は裁量・不服は抗告/命令=裁判官・不服は抗告/罠=文書提出命令は名前に命令とあるが裁判形式は決定・223条1項) 図:裁判の3形式の対比板

  • 判決=裁判所・原則口頭弁論必須・不服は控訴上告
  • 決定=裁判所・口頭弁論は裁量・不服は抗告
  • 命令=裁判官・不服は抗告
  • 罠=文書提出命令は名前に命令とあるが裁判形式は決定・223条1項

民事訴訟で裁判所や裁判官が下す判断のことを、まとめて「裁判」と呼びます。この裁判には3つの形式があります。判決・決定・命令です。まず判決から見ます。

条文民事訴訟法87条1項・2項

民事訴訟法87条(口頭弁論の必要性)1項・2項 当事者は、訴訟について、裁判所において口頭弁論をしなければならない。ただし、決定で完結すべき事件については、裁判所が、口頭弁論をすべきか否かを定める。 2 前項ただし書の規定により口頭弁論をしない場合には、裁判所は、当事者を審尋することができる。

判決を出すには、原則として、まず口頭弁論を開かなければなりません。当事者双方の言い分を、法廷という同じ場で聞いたうえで判断する、という建前です。これを必要的口頭弁論の原則と呼びます。例外はないんですか。あります。例えば、担保を立てるよう命じられた原告がそれを立てなかった場合、裁判所は口頭弁論を経ないで訴えを却下できます。もう1つ、こちらが今日により関わる例外です。

条文民事訴訟法140条

民事訴訟法140条(口頭弁論を経ない訴えの却下) 訴えが不適法でその不備を補正することができないときは、裁判所は、口頭弁論を経ないで、判決で、訴えを却下することができる。

訴えが不適法で、しかもその不備を直しようがないときは、裁判所は口頭弁論すら開かずに、判決で訴えを却下できます。「不適法」で「補正のしようがない」という言葉、今日の後半でもう一度出てきますので覚えておいてください。

条文民事訴訟法249条1項

民事訴訟法249条1項(直接主義) 判決は、その基本となる口頭弁論に関与した裁判官がする。

判決の中身を確定させるのは、その口頭弁論に関与した裁判官自身でなければなりません。これを直接主義と呼びます。当事者の言い分を実際に聞いた裁判官が判断するからこそ、判決には重みがあるんです。判決に不服があれば、控訴、そして上告という形で争います。次に、決定と命令です。訴訟には、本案そのものではない手続上の細かい判断がたくさん必要になります。移送するかどうか、証拠調べをどう進めるか、といったことです。こうした判断を機動的に下すための形式が、決定と命令です。決定は裁判所がする裁判、命令は裁判官が裁判長や受命裁判官といった資格でする裁判です。口頭弁論を開くかどうかは裁判所の裁量で、多くは審尋、つまり当事者の言い分を書面や簡単な聴取で確認する程度で済みます。不服申立ての方法も、控訴・上告ではなく、抗告という別の道になります。例えば、将棋同好会の事件をどこか別の裁判所に移すかどうかという判断も、この決定という形式で行われます。

ただし、ここに引っかけがあります。次の条文を見てください。

条文民事訴訟法223条1項

民事訴訟法223条1項(文書提出命令等) 裁判所は、文書提出命令の申立てを理由があると認めるときは、決定で、文書の所持者に対し、その提出を命ずる。この場合において、文書に取り調べる必要がないと認める部分又は提出の義務があると認めることができない部分があるときは、その部分を除いて、提出を命ずることができる。

「文書提出命令」という名前です。でも、条文をよく読んでください。「決定で…提出を命ずる」とあります。この裁判の形式は、命令ではなく決定です。名前と裁判形式は必ずしも一致しません。裁判所がする裁判か、裁判官個人がする裁判かという実質で見分ける必要があります。

判決を分ける2つの軸

判決を分ける2つの区分板(軸1=いつ終わらせるか=終局判決/中間判決・243条1項・245条・283条本文/軸2=どこまで完結させるか=全部判決/一部判決・243条2項3項) 図:判決を分ける2つの区分板

  • 軸1=いつ終わらせるか=終局判決
  • 中間判決・243条1項・245条・283条本文
  • 軸2=どこまで完結させるか=全部判決
  • 一部判決・243条2項3項

ここからは、判決の中身をさらに見ていきます。判決には、独立した2つの軸があります。まず「いつ終わらせるか」、そして「どこまで完結させるか」です。

条文民事訴訟法243条1項

民事訴訟法243条(終局判決)1項 裁判所は、訴訟が裁判をするのに熟したときは、終局判決をする。

まず軸の1つめです。訴訟が裁判をするのに熟した、つまり判断を出せる状態になったとき、裁判所はその審級での訴訟を終了させる終局判決をします。これが判決の基本形です。なお、当事者の一方または双方が期日に出てこず、弁論もしないまま退廷したときに、審理の現状をもとに判決してしまう仕組みもあります。こちらは不熱心な訴訟追行への対応として、別の回で詳しく扱います。

条文民事訴訟法245条

民事訴訟法245条(中間判決) 裁判所は、独立した攻撃又は防御の方法その他中間の争いについて、裁判をするのに熟したときは、中間判決をすることができる。請求の原因及び数額について争いがある場合におけるその原因についても、同様とする。

終局判決に対して、中間判決というものもあります。訴訟の途中で生じた、独立した攻撃防御方法や中間の争いについて、終局判決に先立って判断を示しておく裁判です。例えば、損害賠償を求める訴訟で、まず「賠償する義務があるかどうか」だけを先に判断しておく、という使い方があります。ただし、中間判決には気をつけてほしい点があります。中間判決を出した裁判所とその当事者は、以後その判断に拘束されます。しかも、中間判決だけを取り出して、単独で控訴したり上告したりすることはできません。

条文民事訴訟法283条本文

民事訴訟法283条本文(控訴裁判所の判断を受ける裁判) 終局判決前の裁判は、控訴裁判所の判断を受ける。ただし、不服を申し立てることができない裁判及び抗告により不服を申し立てることができる裁判は、この限りでない。

終局判決より前に出された裁判、つまり中間判決も含めて、その当否は終局判決に対する控訴の中でまとめて争われます。中間判決だけを切り離して先に不服を申し立てる、ということはできないんです。訴訟の途中で出る判断のたびに控訴を許してしまうと、審理がそのつど止まってしまいます。中間判決は、あくまでその審級の中で先に整理をつけておくための判断であって、最終的な決着は終局判決とセットで上級審に委ねる、という仕組みです。もう1つの軸に移ります。

条文民事訴訟法243条2項・3項

民事訴訟法243条(終局判決)2項・3項 2 裁判所は、訴訟の一部が裁判をするのに熟したときは、その一部について終局判決をすることができる。 3 前項の規定は、口頭弁論の併合を命じた数個の訴訟中その一が裁判をするのに熟した場合及び本訴又は反訴が裁判をするのに熟した場合について準用する。

終局判決は、事件をどこまで完結させるかでも区別できます。事件全体が熟したときにするのが全部判決、事件の一部だけが先に熟したときにできるのが一部判決です。一部判決をした残りの部分は、後で残部判決として判断されます。一部判決は、いつでもできるわけではありません。一部と残部に密接な関係があるときは、一部判決はできません。別々に判決して別々に上訴されると、主位の請求と予備の請求で矛盾した結論が出かねないからです。例えば、主位的な請求が認められないときに備えて予備的な請求も一緒に立てているような場合です。

却下か、棄却か——訴訟要件という門番

却下・認容・棄却のフロー板(訴え提起→訴訟要件という門番→【欠く】訴訟判決=訴え却下・中身を判断していない/【備わる】本案審理→理由なし=請求棄却・理由あり=請求認容) 図:却下・認容・棄却のフロー板

  • 訴え提起→訴訟要件という門番→【欠く】訴訟判決=訴え却下・中身を判断していない
  • 【備わる】本案審理→理由なし=請求棄却・理由あり=請求認容

ここからが、今日の一番の山場です。終局判決は、さらにもう1つの物差しで分けられます。中身、つまり請求そのものの当否まで判断したかどうかです。こんな場面で考えてみます。就職活動で、まずエントリーシートと必要書類を出しますね。応募資格そのものを満たしていなければ、そこで「書類選考落ち」になります。この段階では、面接官はその人の実力を一度も見ていません。一方、書類選考を通って面接まで進み、そのうえで「今回は見送ります」となったら、これは実力を見たうえでの不合格です。民事訴訟でも同じことが起きます。本案、つまり請求の中身に入る前提となる条件を、訴訟要件と呼びます。訴訟要件を欠いていれば、裁判所は本案の当否を判断せずに訴えを終わらせます。これが訴訟判決、実際には訴え却下という形を取ります。冒頭の将棋同好会の例に戻ります。あの同好会は法人格が無いうえに、代表者も決まっていない名前だけの集まりでした。被告として訴えられる資格、つまり当事者能力を欠いていたんです。だから裁判所は、Aさんの言い分の中身にはまったく入らず、訴えを却下したんです。

訴訟要件を欠いた訴えは、直しようのない不適法な訴えとして、口頭弁論すら開かずに却下されることもあります。もう1つ、別の設例を考えます。Aさんが、Bさんに対する請求について、すでに勝訴判決を得ていたとします。ところがAさんは、念のためにと、まったく同じ請求でもう一度Bさんを訴えました。一度勝っているのに、もう一度訴える意味はあるんですか。ありません。もう合格通知を受け取っている会社に、もう一度同じ職種でエントリーシートを出すようなものです。審査する意味自体がありません。この場合、Aさんには訴えの利益が無く、この訴えもやはり却下されます。では、同じ同好会に、代表者と会の決まりがきちんと定められていたらどうでしょう。当事者能力の回で見た29条により、法人格が無くても会の名前で訴えられます。今度は訴訟要件が備わり、裁判所は中身に入ります。そこでAさんの言い分を裏づける証拠が無ければ、今度こそ請求棄却です。

このように、訴訟要件がすべて備わっていれば、裁判所は初めて本案、つまり請求に理由があるかどうかを審理します。その結果、理由があれば請求認容判決、理由がなければ請求棄却判決です。この場合、裁判所は請求の中身まで判断したと言えるでしょうか?言えると思います。認容でも棄却でも、中身を見たうえでの結論だから。却下は中身を見ていない、棄却は中身を見たうえでの敗訴。同じ「負け」に見えても、判断した中身がまったく違うんです。

訴訟要件の3つの引き出し

訴訟要件3分類の一覧板(①裁判所に関するもの=裁判権・管轄権/事物土地管轄を欠くだけなら却下でなく移送・16条1項②当事者に関するもの=実在・当事者能力・当事者適格=訴訟追行権③請求に関するもの=請求の特定・訴えの利益・重複訴訟禁止142条・再訴禁止262条2項) 図:訴訟要件3分類の一覧板

  • ①裁判所に関するもの=裁判権・管轄権
  • 事物土地管轄を欠くだけなら却下でなく移送・16条1項②当事者に関するもの=実在・当事者能力・当事者適格=訴訟追行権③請求に関するもの=請求の特定・訴えの利益・重複訴訟禁止142条・再訴禁止262条2項

訴訟要件は、大きく3つの引き出しに分けられます。①裁判所に関するもの、②当事者に関するもの、③請求に関するものです。1つめ、裁判所に関するものです。その事件が日本の裁判権に服していること、そして訴えを起こされた裁判所がその事件について管轄権を持っていることです。

条文民事訴訟法16条1項

民事訴訟法16条1項(管轄違いの場合の取扱い) 裁判所は、訴訟の全部又は一部がその管轄に属しないと認めるときは、申立てにより又は職権で、これを管轄裁判所に移送する。

ここで注意してください。管轄権を欠くとき、常に訴えが却下されるわけではありません。事物管轄や土地管轄を欠くだけなら、裁判所は正しい管轄裁判所へ移送するだけで済みます。却下になるのではなく、移送で済む、という点が短答で狙われやすい所です。逆に、日本の裁判権そのものが及ばない事件なら、回す先の裁判所がありませんから、訴えは却下です。移送の回で見たとおり、移送は裁判所を替えるだけで訴えは続きます。管轄違いなら、正しい裁判所に回せば訴えを生かせるんです。2つめ、当事者に関するものです。当事者が実際に存在すること、そして当事者能力と当事者適格を備えていることです。当事者適格、つまり訴訟追行権については、以前の回で詳しく見ましたね。

今日は名前の確認だけに留めます。深掘りはそちらの回に譲ります。3つめ、請求に関するものです。請求が特定されていること、そして訴えの利益があることです。訴えの利益についても、以前の回で「本案判決を受けるために備えているべき正当な利益・必要性」として詳しく見ましたね。

条文民事訴訟法142条

民事訴訟法142条(重複する訴えの提起の禁止) 裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することができない。

請求に関するものには、もう2つあります。1つは、いま見た重複訴訟禁止です。すでに裁判所に係属している事件について、当事者はさらに訴えを起こせません。同じ紛争が2つの裁判所で並行して審理されるのを防ぐためです。例えば、Aさんが同好会を訴えている間に、同じ請求でもう一度別の裁判所に訴えを起こしても、142条に引っかかって認められません。もう1つ、思い出してほしいことがあります。訴えを取り下げたあと、同じ訴えをもう一度起こすと、どうなりましたか?本案について終局判決があった後の取下げなら、同じ訴えは提起できない、という話でした。

条文民事訴訟法262条2項

民事訴訟法262条(訴えの取下げの効果)2項 本案について終局判決があった後に訴えを取り下げた者は、同一の訴えを提起することができない。

再訴禁止です。この262条2項も、訴訟要件のうち請求に関するものの1つとして位置づけられます。せっかく出た本案判決を、取下げによって無いことにして、また同じ訴えをやり直す、ということを許さない仕組みでしたね。なお、訴訟要件には、存在することが要件になる積極的訴訟要件と、不存在であることが要件になる消極的訴訟要件があります。重複訴訟禁止や再訴禁止は、「係属していないこと」「取下げ後の再訴でないこと」を求める消極的訴訟要件にあたります。

誰が調べ、誰が資料を集めるか

職権調査事項/抗弁事項と職権探知主義/弁論主義の板(調査の開始=職権調査事項・裁判所が自ら気づいて調べる/抗弁事項・被告の指摘で初めて問題になる=訴訟費用の担保不提供75条4項・仲裁合意仲裁法14条1項/資料の収集=職権探知主義・弁論主義、公益性が弱い要件は当事者に委ねる方向) 図:職権調査事項/抗弁事項と職権探知主義/弁論主義の板

  • 調査の開始=職権調査事項・裁判所が自ら気づいて調べる
  • 抗弁事項・被告の指摘で初めて問題になる=訴訟費用の担保不提供75条4項・仲裁合意仲裁法14条1項
  • 資料の収集=職権探知主義・弁論主義、公益性が弱い要件は当事者に委ねる方向

訴訟要件は、公益の要請から、当事者が何も言わなくても裁判所が自分から調べるべき事項とされてきました。これを職権調査事項と呼びます。以前、訴えの利益の回で見た区別と同じものです。ただ、実際には、訴えを却下してほしい被告の側から指摘されることが多いのも事実です。中には、被告が指摘しなければ問題にならない事項もあります。これを抗弁事項と呼びます。例えば、訴訟費用の担保が立てられていないこと、あるいは仲裁合意があることです。仲裁合意は、裁判以外の解決方法の回で見た、紛争を仲裁人の判断に任せるという取り決めでした。その合意を理由に被告が訴えの却下を求める仲裁の抗弁が、まさに抗弁事項です。どちらも被告の利益を守るための決まりなので、被告が言い出して初めて、裁判所は訴えを却下します。Aさんと同好会の間の契約書に仲裁の条項があったとしても、同好会がそれを指摘しない限り、裁判所は訴えを却下しません。もう1つの軸、資料を誰が集めるかです。裁判所も自分で資料を集めに行くのが職権探知主義、当事者が出した資料の範囲で裁判所が判断するのが弁論主義でしたね。

訴訟要件は全体として、公益性の強いものほど裁判所が主導し、公益性の強くないものほど当事者に資料収集の責任を持たせる弁論主義によるべきだ、という考え方が強くなっています。ここで、2つの軸を混ぜないでください。抗弁事項かどうかは、裁判所がその点を調べ始めるきっかけを、被告の申立てに委ねるかどうかの話です。弁論主義かどうかは、調べることになったあと、判断の材料を誰が出すかの話です。仲裁合意は、被告が言い出さない限り、裁判所はそもそも調べ始めません。訴えの利益は逆に、被告が何も言わなくても裁判所は調べ始めますが、材料は当事者が出したものが基本です。問いが違うので、同じ物差しではないわけです。

いつまでに備わっていればよいか

訴訟要件充足の基準時の板(原則=事実審の口頭弁論終結時までに備わればよい・訴え提起時でなくてよい/例外=管轄・15条は訴え提起の時が基準/抗弁事項もこの基準時の対象外/この基準時は後で見る既判力の基準時と同じ時点) 図:訴訟要件充足の基準時の板

  • 原則=事実審の口頭弁論終結時までに備わればよい・訴え提起時でなくてよい
  • 例外=管轄・15条は訴え提起の時が基準
  • 抗弁事項もこの基準時の対象外
  • この基準時は後で見る既判力の基準時と同じ時点

最後に、訴訟要件はいつまでに備わっていればよいか、という問題です。

条文民事訴訟法15条

民事訴訟法15条(管轄の標準時) 裁判所の管轄は、訴えの提起の時を標準として定める。

管轄については、この15条のとおり、訴えを提起した時点が基準になります。事情が変わるたびに管轄が動くと、審理する裁判所そのものが変わってしまうからです。しかし、それ以外の訴訟要件は違います。原則として事実審の口頭弁論終結時までに備わっていればよいとされています。事実審とは、序章で見た、新しい主張や証拠を出して事実を争える第一審と控訴審のことです。訴えを起こした時点で完璧に備わっている必要はなく、審理の途中で満たされれば足ります。例えば、訴えた時点では代表者がいなかった同好会も、審理の途中で代表者と会の決まりを整えれば、その時点で当事者能力が備わったことになります。抗弁事項も、この基準時とは別の扱いです。被告が本案について弁論したあとでは、もう却下を求められません。先ほどの仲裁の抗弁が、その典型です。

訴訟要件は、本案判決を出してよいかどうかの前提です。判決を出す直前の時点で満たされていれば、本案の審理を続けてきた意味は保たれます。むしろ、訴え提起の一瞬だけを基準にしてしまうと、審理の途中で事情が変わって要件を満たした場合まで却下しなければならなくなり、不合理です。この「事実審の口頭弁論終結時」という時点、実はもう1つ大事な役割を持っています。判決が確定した後、その判断に後の裁判で当事者も裁判所も従わなければならなくなる、既判力という効力があります。この既判力がどの時点の判断に生じるかという基準時も、実はこの事実審の口頭弁論終結時と同じ時点なんです。中身はまた別の回で扱いますが、今日は同じ時点だということだけ覚えておいてください。

⭐ 論文で書く規範:訴訟要件の判断前に本案を棄却してよいか 訴訟要件を満たすかどうかを確認する前に、裁判所が本案について請求棄却の判決をすることは、原則としてできない。もっとも、被告を保護する目的で設けられた訴訟要件(訴えの利益・当事者適格など)については、本案に理由がないことが明らかであれば、訴訟要件の存否を判断せずに棄却してよいとする有力な反対説がある。既判力の抵触のおそれがある訴訟要件(重複訴訟禁止など)は、この反対説の対象から外れる。 (規範(通説で立てる))

訴訟要件より先に棄却してよいかの板(原則=訴訟要件を確認する前に本案の請求棄却はできない(訴訟要件は本案判決の前提)/有力な反対説=被告を守る目的の要件(訴えの利益・当事者適格など)は、本案に理由がないことが明らかなら先に棄却してよい・棄却なら既判力が生じ蒸し返しを封じられるため/対象外=重複訴訟禁止など、既判力の抵触のおそれがある要件はこの反対説の対象外) 図:訴訟要件より先に棄却してよいかの板

  • 原則=訴訟要件を確認する前に本案の請求棄却はできない(訴訟要件は本案判決の前提)
  • 有力な反対説=被告を守る目的の要件(訴えの利益・当事者適格など)は、本案に理由がないことが明らかなら先に棄却してよい・棄却なら既判力が生じ蒸し返しを封じられるため
  • 対象外=重複訴訟禁止など、既判力の抵触のおそれがある要件はこの反対説の対象外

もう1つ、訴訟要件をめぐる論点があります。訴訟要件が備わっているかどうかを確認する前に、本案について棄却してしまってよいかという問題です。原則はできません。訴訟要件は本案判決を出すための前提だからです。ただ、被告を保護するための要件、例えば訴えの利益や当事者適格のような要件については、本案に理由がないことが明らかなら、わざわざ訴訟要件から詰めなくても、先に棄却してよいという有力な反対説があります。被告を守るための要件なのに、却下で終わると原告は何度でも訴え直せます。棄却なら既判力で蒸し返しを封じられるので、被告にはむしろそのほうが有利だ、というのが理由です。

見込みのない申立てには先に結論を伝える、という発想としては近いです。ただし、これは要件ごとに検討が必要です。例えば重複訴訟禁止です。同じ事件が別の裁判所にも係属しているのに、こちらで先に棄却判決を出してしまうと、2つの訴訟を1つにまとめる調整をしないまま、それぞれの判決に既判力が生じて、結論が食い違うおそれがあります。だから、重複訴訟禁止のような要件は、この反対説の対象になりません。訴訟要件はひとまとめの物差しではなく、それぞれの趣旨に応じて扱いが変わる、ということです。ここは論文で問われうる論点なので、原則と、反対説がどの要件を外すのかまで押さえておいてください。

今日の全体を1枚に重ねる

締めの一覧板(①裁判の3形式=判決・決定・命令②判決の2軸=終局中間・全部一部③却下か棄却か=訴訟要件という門番④訴訟要件=3つの引き出し・誰が調べるか・いつまでに備わればよいか) 図:締めの一覧板

今日見た内容を、1枚に重ねます。まず、裁判には判決・決定・命令という3つの形式がありました。次に、判決の中には、いつ終わらせるかという終局・中間の軸と、どこまで完結させるかという全部・一部の軸がありました。そして、終局判決の中には、中身に入ったかどうかという、もう1つの軸がありました。これを分けるのが訴訟要件です。冒頭の将棋同好会の例に戻ります。Aさんが受け取ったのは、負けでも勝ちでもなく、そもそも審査の土俵に乗れなかった、という結果でした。もし当事者能力の問題が無かったら、Aさんの言い分は初めて中身を判断され、認容か棄却かという結論を受け取っていたはずです。

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#65単独ページ動画

申立事項と判決事項(246条)

第3章 訴訟の終了 #65/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

立退料が増えたのに、なぜ許されるのか

冒頭事案の関係図(A=貸主・原告、B=賃借人・被告/Aは事務所の明渡しを求め、立退料400万円の支払いと引換えに明け渡すよう求めた/裁判所が審理の結果600万円が相当と認めた場合、600万円と引換えの明渡判決を出せるか、という問い) 図:冒頭事案の関係図

  • A=貸主・原告、B=賃借人・被告
  • Aは事務所の明渡しを求め、立退料400万円の支払いと引換えに明け渡すよう求めた
  • 裁判所が審理の結果600万円が相当と認めた場合、600万円と引換えの明渡判決を出せるか、という問い

前回は、判決の種類、そして訴訟要件という門番の話をしました。今日は、その判決の中身を、裁判所がどこまで自由に決められるか、という話に入ります。こんな場面を考えます。貸主Aさんが、賃借人Bさんに事務所の明渡しを求めて訴えを起こしました。Aさんは「立退料400万円を支払うので、明け渡してほしい」と申し立てています。ところが審理を進めた裁判所は、400万円では足りず、600万円が相当だと判断しました。それなら、Aさんの申立てどおりにはいかない、ということです。ここで裁判所は、「600万円の支払いと引換えに明け渡せ」という判決を出すことができるでしょうか。

直感には反しますが、結論を先に言うと、これは許されます。今日はその理由を、条文から順に見ていきます。その前に、1つ確認させてください。前回見た一部判決は、訴訟のどこまでを先に終わらせるか、つまり事件を「どこまで完結させるか」の話でした。今日はどんな話だと思いますか?今日は、判決の中身そのものを裁判所がどこまで自由に決められるか、という出口側のルールを見ていきます。

246条——申し立てていないことは判決できない

処分権主義の入口と出口の板(入口=訴えの開始・請求の特定=以前見た回/出口=判決の中身・申立事項=246条=今日) 図:処分権主義の入口と出口の板

  • 入口=訴えの開始・請求の特定=以前見た回
  • 出口=判決の中身・申立事項=246条=今日

以前、処分権主義の回で、この原則には訴訟を始める場面と、終わらせる場面の両方で当事者の意思が働く、という話をしました。その中で、訴訟の対象や範囲を決める場面には、入口と出口の2つがある、と予告していました。入口は請求の特定、そして出口が今日のテーマです。

条文民事訴訟法246条

民事訴訟法246条(判決事項) 裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない。

条文はとてもシンプルです。「申し立てていない事項について、判決をすることができない」。これだけです。理由は2つあります。1つは、当事者自治の尊重です。訴訟の対象を決めるのは当事者自身であって、裁判所が勝手にそこへ踏み込むのは、私的自治への不当な干渉になります。もう1つは、不意打ちの防止です。この不意打ち防止という機能は、原告と被告で少し違う顔を見せます。原告にとっては、棄却されたときにどこまでの不利益を負うか、その上限を自分で決められるという意味です。被告にとっては、認容されたときにどこまでの不利益を負わされるか、あらかじめ知ることができるという意味です。冒頭の例で言えば、Bさんは、Aさんの申立てを見るだけで、「負けても、400万円を受け取って出ていく判決より悪くはならない」と分かります。だから、どこに力を入れて争うかを決められるんです。

この両方が満たされて初めて、判決という強い効力を持つ結論を、いきなり突きつけられずに済むんです。

例外——境界を割り切る訴訟

246条の例外の板(境界確定訴訟=形式的形成訴訟/原告が特定の境界線を掲げる必要がなく、当事者が示した境界線に裁判所は拘束されない/反対説=私人間の所有権争いなので処分権主義を適用すべき/留保=争っている範囲の外に境界線を引くのは不意打ち) 図:246条の例外の板

  • 境界確定訴訟=形式的形成訴訟
  • 原告が特定の境界線を掲げる必要がなく、当事者が示した境界線に裁判所は拘束されない
  • 反対説=私人間の所有権争いなので処分権主義を適用すべき
  • 留保=争っている範囲の外に境界線を引くのは不意打ち

ただし、246条には例外があります。以前、境界確定の訴えの回で見た、形式的形成訴訟です。どう決めるかの基準、つまり形成要件が法律に無い訴え、でしたね。境界確定の訴えがその代表です。この訴訟では、原告が「境界線はここだ」と特定の線を掲げる必要がありません。そして、当事者が示した線に裁判所が拘束されることもありません。裁判所が自分の判断で、妥当だと思う境界線を引くことができます。理由は、境界確定の訴えの回で見たとおり、どこに線を引くかの基準が法律に無いことです。基準が無ければ、原告が申立てで線を特定する土台もありません。しかも境界は、当事者の意思で自由に処分できるものではなく、客観的に1つに定まっているはずのものです。もっとも、私人間の所有権争いである以上、処分権主義をもっと及ぼすべきだという反対説もあります。どちらの立場でも共通して言われるのは、当事者が争ってすらいない範囲の外にまで境界線を引くのは、それこそ不意打ちであって不当だ、という留保です。

申立ての範囲を測る3つの物差し

3つの物差しの一覧板(①訴訟物=申し立てた法律構成と異なる構成での判決は不可/②判決の仕方=給付の訴えに確認判決は不可/③量的範囲=申し立てた金額を超える判決は不可) 図:3つの物差しの一覧板

  • ①訴訟物=申し立てた法律構成と異なる構成での判決は不可
  • ②判決の仕方=給付の訴えに確認判決は不可
  • ③量的範囲=申し立てた金額を超える判決は不可

ここからは、「申立ての範囲内」かどうかを、実際にどう測るかを見ていきます。物差しは3つあります。訴訟物、判決の仕方、そして量的範囲です。まず1つめは、訴訟物という物差しです。以前、訴訟物の回で見たとおり、原告が申し立てた法律構成と異なる権利関係について判決するのは許されません。相手に主張や立証の機会を与えていないからです。申し立てられていない別口の債権を持ち出すのは、246条違反になります。ここで、以前見た旧訴訟物理論と新訴訟物理論の違いが効いてきます。原告が不法行為として申し立てたのに、裁判所が債務不履行の構成で認容する場合、旧説に立てば、申立てを改める手続、つまり訴えの変更をしない限り、246条違反です。構成ごとに訴訟物が別だからです。新説なら、社会通念上の紛争は1つなので、構成を入れ替えても申立ての範囲内、ということになります。

以前見た交通事故の判例が示していたのは、まさにここです。損害賠償の訴訟物は総額で1個なので、費目の内訳を入れ替えたり、総額の枠内で慰謝料を増やしたりしても、246条には触れません。訴訟物という物差しで見て、範囲内に収まっているからです。

申立ての範囲を測る3つの物差し②判決の仕方の板(給付の訴えに確認判決を出すのは不可=求めた種類と違う判決/確認判決には強制執行の後ろ盾が無い/給付判決を求めたのに確認判決では取り立てにもう一度訴え直すことになる) 図:申立ての範囲を測る3つの物差し②判決の仕方の板

  • 給付の訴えに確認判決を出すのは不可=求めた種類と違う判決
  • 確認判決には強制執行の後ろ盾が無い
  • 給付判決を求めたのに確認判決では取り立てにもう一度訴え直すことになる

2つめ、判決の仕方です。原告が給付を求めているのに、裁判所が確認判決を出す、というように、判決の型そのものを取り違えるのも許されません。給付判決には強制執行という後ろ盾がありますが、確認判決にはそれがありません。求めていない種類の判決を出すのは、申立ての範囲外です。例えば、100万円を払えと求めたのに、「100万円の債権がある」と確認するだけの判決が出たら、原告は困るんですか。困ります。相手が払わなくても、その判決では強制執行ができません。取り立てるには、もう一度訴え直すことになります。求めた種類の判決とは、中身がまるで違うんです。

申立ての範囲を測る3つの物差し③量的範囲の板(1000万円請求に1500万円の認定でも1500万円の判決は出せない=申立てが上限/800万円しか認められない場合は問題なし=量的一部認容/範囲の外に出るのがだめで内側で動くのは246条に触れない) 図:申立ての範囲を測る3つの物差し③量的範囲の板

  • 1000万円請求に1500万円の認定でも1500万円の判決は出せない=申立てが上限
  • 800万円しか認められない場合は問題なし=量的一部認容
  • 範囲の外に出るのがだめで内側で動くのは246条に触れない

3つめ、量的範囲です。ここが今日のタイトルにも掲げた話です。1000万円を請求している訴訟で、裁判所が1500万円が相当だと認定しても、1500万円の判決は出せません。1000万円という上限を、原告自身が申立てで決めているからです。逆に800万円しか認められない、という場合はどうですか。それは問題ありません。申し立てた1000万円の枠の内側で減らす分には、量的一部認容として認められます。範囲の外に出るのがダメなのであって、範囲の内側で動く分には246条には触れないんです。

一部認容判決とは何か

一部認容判決の趣旨の板(裁判所が申立ての範囲内でその一部を認容できる理由=①全部はだめでも一部なら勝ちたい、というのが原告の通常の意思②被告にも不意打ちにならない/混同注意=一部判決・一部請求・一部認容判決は別物) 図:一部認容判決の趣旨の板

  • 裁判所が申立ての範囲内でその一部を認容できる理由=①全部はだめでも一部なら勝ちたい、というのが原告の通常の意思②被告にも不意打ちにならない
  • 混同注意=一部判決・一部請求・一部認容判決は別物

今、量的範囲の話で「800万円なら認められる」と言いました。これが一部認容判決です。裁判所が、申立ての範囲内でその一部だけを認めることができるのは、理由が2つあります。1つは、全部はだめでも一部なら勝ちたい、というのが原告の通常の意思だから、ということ。もう1つは、申し立てられた範囲の内側である以上、被告にとっても不意打ちにならないことです。ここで一度、整理しておきましょう。今から3つの似た言葉が出てきます。一部判決、一部請求、一部認容判決です。一部判決は、前回見たとおり、訴訟のどこまでを先に終わらせるかという「終わらせ方」の話でした。一部請求は、処分権主義の回で入口の話として見た、原告が最初から債権の一部だけを訴訟物として立てる「請求の立て方」の話です。そして一部認容判決は、今日見ている、申立ての範囲内で判決の中身を絞る、という話です。例えば、処分権主義の回の町工場のように、3億円の損害のうち3000万円だけを訴えるのが一部請求。1000万円を請求して800万円だけ認められるのが一部認容判決。貸金と明渡しの2つの請求をまとめて訴えて、貸金のほうだけ先に判決するのが一部判決です。3つとも「一部」と付きますが、指しているものはまったく違います。詳しい区別は、最後にもう一度まとめます。前回、主位と予備の請求、つまり第1の請求が認められないときに備えて第2の請求を控えに立てる組み合わせでは、一部判決ができない、と触れましたが、その組み合わせ方そのものは、請求をまとめて訴える場面で改めて扱います。

一部認容判決の4類型①——引換給付は増額なら可

引換給付の増額は可の板(300万円の提示→裁判所が500万円に増額して引換給付=可・申し出た額と格段の相違のない範囲/減額・無条件は次の板/A=原告・B=被告・C=裁判所) 図:引換給付の増額は可の板

  • 300万円の提示→裁判所が500万円に増額して引換給付=可・申し出た額と格段の相違のない範囲
  • 減額・無条件は次の板
  • A=原告・B=被告・C=裁判所

ここで、冒頭の事務所の例に戻ります。Aさんは立退料400万円の支払いと引換えに明渡しを求めていました。しかし裁判所は600万円が相当だと判断しました。この場合、裁判所は、600万円と引換えの明渡判決を出せるでしょうか。予想してみてください。実は、結論はさきほど言ったとおり、出せます。理由を、実際の判例で確認しましょう。似た事案で、店舗の明渡しが争われたものがあります。

判例最判昭和46年11月25日 民集25巻8号1343頁

最高裁判所判決(立退料と引換えの明渡判決の増額が争われた事件) 被上告人が上告人に対して立退料として三〇〇万円もしくはこれと格段の相違のない一定の範囲内で裁判所の決定する金員を支払う旨の意思を表明し、かつその支払と引き換えに本件係争店舗の明渡を求めていることをもつて、被上告人の右解約申入につき正当事由を具備したとする原審の判断は相当である。……右の趣旨において五〇〇万円と引き換えに本件店舗の明渡請求を認容していることは……相当であつて、原判決に所論の違法は存しない。

判決文に出てくる正当事由とは、貸主が建物の賃貸借を終わらせて明渡しを求めるのに必要な理由のことです。立退料は、その理由の足りない分を補うために支払われます。ポイントは、原告が「300万円、もしくはこれと格段の相違のない範囲で、裁判所が決める金額を支払う」という意思を、申立ての中にあらかじめ織り込んでいたことです。つまり、金額が動くことは、原告の申立ての範囲内に最初から含まれていた、と評価できます。だから、増額されても246条には触れません。ここで、さきほどのAさんの例に戻ります。Aさんも同じように、「立退料400万円、もしくはこれと格段の相違のない範囲で」という趣旨で申し立てていたと考えられますから、600万円と引換えの明渡判決は、申立ての範囲内として許されます。ここで向きにも注目してください。Aさんの側から見ると、「400万円払えば明け渡してもらえる」判決より、「600万円払えば明け渡してもらえる」判決のほうが、得るものの少ない、控えめな勝ち方です。1000万円の請求に800万円を認めるのと同じ向きで、申立ての内側に収まっています。

引換給付は減額・無条件なら不可の板(向きが逆=原告が求めた以上のものを与える判決になる/立退料100万円に減額=Aさんは自ら申し出た400万円より安く済む/無条件の明渡し=Aさんは1円も払わずに済む/1000万円請求に1500万円認容と同じ向き=申立ての外/増額にも限りがある=申し出た額と格段に違う増額までは織り込まれていない) 図:引換給付は減額・無条件なら不可の板

  • 向きが逆=原告が求めた以上のものを与える判決になる
  • 立退料100万円に減額=Aさんは自ら申し出た400万円より安く済む
  • 無条件の明渡し=Aさんは1円も払わずに済む
  • 1000万円請求に1500万円認容と同じ向き=申立ての外
  • 増額にも限りがある=申し出た額と格段に違う増額までは織り込まれていない

Aさんに不利な方向だからこそ、一部「認容」なんですね。冒頭で「Aさんに不利だからまずい」と思ったのは、向きを逆に見ていたんですね。では、逆に立退料を100万円に減らしたり、お金なしの無条件で明け渡せ、という判決はどうなりますか。それは許されません。今度は向きが逆だからです。立退料を100万円に下げれば、Aさんは自分で申し出た400万円より安く明渡しを受けられます。無条件の明渡しなら、1円も払わずに済みます。どちらも原告が求めた以上のものを与える判決で、1000万円の請求に1500万円を認めるのと同じく、申立ての外に出てしまいます。増やす方向にも限りがあります。申し出た額と格段に違うほどの増額までは、原告の意思に織り込まれていたとは言えません。決め手は金額の増減ではなく、原告の申立ての範囲に収まっているかどうかです。

一部認容判決の4類型②——債務不存在確認は残額を明示する

債務不存在確認の限度明示の板(貸主の主張=500万円/原告=120万円を超えては存在しないと確認を求める/審理の結果、残債務は280万円と判明/単純棄却では足りず「残債務は280万円まで」と残額を明示する一部認容判決をすべき) 図:債務不存在確認の限度明示の板

  • 貸主の主張=500万円
  • 原告=120万円を超えては存在しないと確認を求める
  • 審理の結果、残債務は280万円と判明
  • 単純棄却では足りず「残債務は280万円まで」と残額を明示する一部認容判決をすべき

2つめの類型です。今度は債務不存在確認の訴えを考えます。貸主は500万円残っていると言っています。これに対して借主である原告が、「借金は120万円を超えては存在しない」という確認を求めたとします。ところが審理の結果、実際の残債務は280万円だったと判明しました。実は、単純な棄却では足りません。ここでの申立ての範囲、つまり訴訟物は「借金の総額から、原告が自ら認める120万円を差し引いた、残りの部分が存在しないこと」です。単純に棄却してしまうと、借金がいくらまで存在するのかが、判決文からはわからなくなってしまいます。

判例最判昭和40年9月17日 民集19巻6号1533頁

最高裁判所判決(債務不存在確認の申立ての範囲が争われた事件) 本件請求の趣旨および請求の原因ならびに本件一件記録によると、上告人らが本件訴訟において本件貸金債務について不存在の確認を求めている申立の範囲……は……残額……の債務額の不存在の確認であり……前記(ロ)および(ハ)の弁済の主張事実について判断を加えることなく、残存額の不存在の限度を明確にしなかつたことは、上告人らの本件訴訟の申立の範囲(訴訟物)についての解釈をあやまり……

この判例が示すとおり、裁判所は「残債務は280万円までしかない」というように、その上限を明示した一部認容判決をすべきです。単純な棄却では、申立ての範囲そのものを見誤ったことになります。原告が求めたのは、120万円から500万円までの部分が無いことの確認でした。判決が確認するのは、280万円から500万円までの部分が無いこと。求めた範囲の内側の一部だけを認めているので、一部認容なんです。

一部認容判決の4類型③——限定承認は責任財産を絞る

限定承認の一部認容の板(被告が限定承認の抗弁を主張・立証/裁判所は「相続財産の限度で支払え」と一部認容判決を出す=責任財産の範囲を限定する意味での一部認容) 図:限定承認の一部認容の板

  • 被告が限定承認の抗弁を主張・立証
  • 裁判所は「相続財産の限度で支払え」と一部認容判決を出す=責任財産の範囲を限定する意味での一部認容

3つめの類型です。相続債務の支払いを求める訴えで、被告が限定承認の抗弁を主張したとします。限定承認とは、相続人が、相続で得た財産の限度でだけ債務を負担する、という民法上の仕組みです。例えば、亡くなった父の借金が、1000万円、残した遺産が300万円だったとします。子が限定承認していれば、子が責任を負うのは、この300万円の遺産の範囲までです。裁判所がこの抗弁を認めた場合、「相続財産の限度で支払え」という判決を出すことになります。

判例最判昭和49年4月26日 民集28巻3号503頁

最高裁判所判決(限定承認の抗弁と判決主文が争われた事件) 被相続人の債務につき債権者より相続人に対し給付の訴が提起され、右訴訟において該債務の存在とともに相続人の限定承認の事実も認められたときは、裁判所は、債務名義上相続人の限定責任を明らかにするため、判決主文において、相続人に対し相続財産の限度で右債務の支払を命ずべきである。

判決文の債務名義とは、強制執行のもとになる判決などのことです。もし主文に限度を書かず、ただ「1000万円を支払え」と命じたら、債権者はその判決で、子自身の預金や家まで差し押さえにいけるおそれがあります。だから、限度は主文にはっきり書かなければならないんです。これは、支払えという義務そのものを減らしているわけではなく、その義務をどの財産から履行させるか、つまり責任を負う財産の範囲を絞っているという意味で、一部認容判決の1つに位置づけられます。この判決に、後の訴訟でどこまで拘束力が及ぶかという中身は、また別の回で扱います。

一部認容判決の4類型④——将来給付と定期金賠償

現在給付と将来給付の板(原告=現在の給付を求める/裁判所が支払期限未到来と認定/期限未到来を理由に棄却するより、訴えの利益がある限り将来給付判決を一部認容とするのが多数説) 図:現在給付と将来給付の板

  • 原告=現在の給付を求める
  • 裁判所が支払期限未到来と認定
  • 期限未到来を理由に棄却するより、訴えの利益がある限り将来給付判決を一部認容とするのが多数説

最後、4つめの類型です。原告が金銭の支払いを求めていて、裁判所が「まだ支払期限が来ていない」と認定した場合を考えます。例えば、来年3月末が返済期限の貸金100万円を、貸主が今すぐ返せと訴えた場合です。期限が来ていない以上は請求棄却にすべきだという考え方もありますが、多数説はもう一歩踏み込みます。将来の給付を求める訴えという枠組みが別にあります。あらかじめ請求しておく必要性が認められる場合に限って、まだ来ていない支払いも先に求めておける、という仕組みです。この、今のうちに判決をもらっておく必要があることを、訴えの利益がある、と言います。この枠組みを使って、現在の給付を求める申立ての中に、将来給付を求める趣旨も含まれていると見て、期限が来ていないなら将来給付判決を一部認容として出す、というのが多数説の立場です。棄却するより、訴えの利益がある限りはこちらのほうが、原告にとっても手続の手間が省けます。借主が「そもそも借りていない」と争っているなら、期限が来ても素直に払うとは思えません。ここで棄却すれば、貸主は期限が来てから一から訴え直しです。だから「期限が来たら払え」と、今のうちに判決しておくんです。

関連して、一時金でまとめて賠償を求めたのに、裁判所が定期的に分割して支払わせる、という組み合わせができるかどうかも議論されています。これを認めた裁判例もありますが、学説も裁判例も見解が分かれていて、まだ決着していない論点です。この中身は、また別の回で扱います。

審理過程への配慮——弁論主義ともつながる

処分権主義と弁論主義の両面板(申立ての範囲=処分権主義の側面=246条/主張・立証の機会=弁論主義の側面/両方が揃って初めて不意打ちのない判決になる) 図:処分権主義と弁論主義の両面板

  • 申立ての範囲=処分権主義の側面=246条
  • 主張・立証の機会=弁論主義の側面
  • 両方が揃って初めて不意打ちのない判決になる

ここまでは、原告が申し立てた範囲だけを見てきました。ですが246条違反になるかどうかを最終的に判断するには、もう1つ見るべき視点があります。被告がその点をきちんと主張していたか、当事者双方が十分に主張や立証をする機会を持っていたか、という審理の過程そのものです。246条は処分権主義から来るルールですが、不意打ちを防ぐという目的そのものは、判決の基礎になる事実や証拠を当事者に委ねる弁論主義とも重なっています。申立ての範囲という入れ物の話と、その中身をどう埋めるかという話、両方が揃って初めて、不意打ちのない判決になるんです。

3つの「一部」を区別する

3つの一部の対比図(一部判決=訴訟の終わらせ方・243条2項/一部請求=請求の立て方/一部認容判決=判決の中身の絞り方・246条) 図:3つの一部の対比図

  • 一部判決=訴訟の終わらせ方・243条2項
  • 一部請求=請求の立て方
  • 一部認容判決=判決の中身の絞り方・246条

最後に、もう一度3つの「一部」を並べておきます。一部判決は、審理をどこまで先に終わらせるかという、終わらせ方の話でした。一部請求は、原告が最初からどこまでを訴訟物として立てるかという、請求の立て方の話でした。そして一部認容判決は、申立ての範囲の中で、判決の中身をどこまで絞れるかという話です。同じ「一部」でも、指しているものはまったく別です。訴訟物も、判決の仕方も、量的範囲も、そして4つの類型も、全部、この1本の物差しで測れます。246条は、処分権主義の側からは申立事項という縛りをかけ、弁論主義の側からは審理の機会という縛りをかけて、両面から不意打ちを防いでいるんです。冒頭の事務所の例に戻りましょう。Aさんは400万円を提示し、裁判所は600万円が相当だと判断しました。Aさんの申立ては、格段に違わない範囲なら裁判所の決める額を払ってでも明け渡してほしい、という趣旨と読めます。そして600万円は、Aさんにとって求めたより控えめな勝ち方です。だから、600万円と引換えの明渡判決は、申立ての範囲内として許されます。

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#66単独ページ動画

判決の言渡しと電子判決書(250条〜257条)

第3章 訴訟の終了 #66/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

効力が生まれるのは、言い渡した日か、届いた日か

冒頭事案の関係図(A=貸主・原告、B=借主・被告/貸金300万円の返還請求訴訟/判決の効力が生まれるのは、法廷で言い渡された日か、判決書が届いた日か) 図:冒頭事案の関係図

  • A=貸主・原告、B=借主・被告
  • 貸金300万円の返還請求訴訟
  • 判決の効力が生まれるのは、法廷で言い渡された日か、判決書が届いた日か

結論から言うと、効力が生まれるのは言い渡された日です。届いた日ではありません。ここに今日のテーマがあります。判決の効力が生まれる瞬間と、不服を言える期間が始まる瞬間は、実は別の日なんです。今日は、なぜそうなるのかを条文の順に見ていきます。前回は、判決の中身を裁判所がどこまで自由に決められるかという、判決の中身の上限を見ました。今日はその判決が、どんな形になって、いつ効力を持って、言い渡した裁判所自身がそれをどう扱えなくなるか、という判決の「その後」を見ていきます。今日は、貸主Aさんが借主Bさんに貸金300万円の返還を求めた事案で、最後まで考えていきます。

電子判決書の必要的記載事項——252条

電子判決書252条・前半3事項と機能の対比板(主文=結論そのもの・強制執行と既判力の対象/事実=何を争ったかの記録/理由=敗訴者が控訴するかを決める材料) 図:電子判決書252条・前半3事項と機能の対比板

  • 主文=結論そのもの・強制執行と既判力の対象
  • 事実=何を争ったかの記録
  • 理由=敗訴者が控訴するかを決める材料

まず、判決がどんな形になるかです。判決は、電子判決書という電磁的な記録として作られます。

条文民事訴訟法252条1項

民事訴訟法252条1項(電子判決書) 裁判所は、判決の言渡しをするときは、最高裁判所規則で定めるところにより、次に掲げる事項を記録した電磁的記録(以下「電子判決書」という。)を作成しなければならない。 一 主文 二 事実 三 理由 四 口頭弁論の終結の日 五 当事者及び法定代理人 六 裁判所

条文民事訴訟法252条2項

民事訴訟法252条2項(電子判決書・事実の記載の程度) 2 前項の規定による事実の記録においては、請求を明らかにし、かつ、主文が正当であることを示すのに必要な主張を摘示しなければならない。

6つの記載事項は、丸暗記するものではありません。ここが今日の最初のポイントです。6つはバラバラの決まりではなく、それぞれ判決がこの先どう使われるかに対応しています。Aさんの事案で見てみましょう。主文は、「被告Bは原告Aに対し金300万円を支払え」という、判決そのものの結論です。これは、この先強制執行の対象になったり、既判力の対象になったりする部分なので、絶対に外せません。事実は、AさんとBさんの間で消費貸借があったという請求の中身の要約です。理由は、例えばBさんが「もう返した」と主張した弁済の抗弁を、裁判所がなぜ認めなかったのかという判断の過程です。

理由は、敗訴した当事者が控訴するかどうかを決める材料になります。理由を読んで、判断の筋道に納得できなければ控訴しますし、筋道が通っていれば控訴を諦めることもあります。

電子判決書252条・後半3事項と機能の対比板(口頭弁論の終結の日=既判力の基準時の目印/当事者及び法定代理人=誰と誰の間の判断かの記録/裁判所=どの裁判所の判断かの記録) 図:電子判決書252条・後半3事項と機能の対比板

  • 口頭弁論の終結の日=既判力の基準時の目印
  • 当事者及び法定代理人=誰と誰の間の判断かの記録
  • 裁判所=どの裁判所の判断かの記録

口頭弁論の終結の日は、審理を締めくくった日のことです。これは、後の回で扱う既判力の基準時の目印になります。今日は、あとで効いてくる大事な日付だ、ということだけ覚えておいてください。最後に、当事者及び法定代理人と裁判所は、誰と誰の間の、どの裁判所の判断かという同一性を記録する事項です。これが無いと、同じ内容の判決が別の事件のものと区別できなくなってしまいます。

主文の一覧——訴訟費用と仮執行宣言

主文の一覧板・前半(全部認容=300万円全部/一部認容=200万円のみ、その余を棄却/全部棄却=原告の請求を棄却する) 図:主文の一覧板・前半

  • 全部認容=300万円全部/一部認容=200万円のみ
  • その余を棄却/全部棄却=原告の請求を棄却する

Aさんの事案で、主文がどう変わりうるかを一度並べておきます。全部Aさんの言い分が通れば、「Bは300万円を支払え」という全部認容。一部だけ認められれば、「Bは200万円を支払え、その余の請求を棄却する」という一部認容です。前回の物差しをそのまま使っています。そもそも主文は、Aさんの請求の趣旨、つまり「300万円を支払え」という求めに対する、裁判所の返事です。だから返事の形は大きく3つに分かれます。認めるなら認容。中身を審理して、例えばBさんの「もう返した」が認められれば「原告の請求を棄却する」。訴訟要件を欠いていて中身の判断に入らなければ「訴えを却下する」という訴訟判決です。

主文の一覧板・後半(訴え却下=訴訟要件を欠く/訴訟費用の負担=原則敗訴者(61条)・判決で職権で必ず決める(67条1項)/仮執行宣言=財産権上の請求に関する判決に執行力を与える・259条) 図:主文の一覧板・後半

  • 訴え却下=訴訟要件を欠く
  • 訴訟費用の負担=原則敗訴者(61条)・判決で職権で必ず決める(67条1項)
  • 仮執行宣言=財産権上の請求に関する判決に執行力を与える・259条

この終局判決には、付随する裁判が2つ付きます。1つは訴訟費用の負担です。誰が負担するかの原則は、以前見た民事訴訟法61条、敗訴した当事者の負担でした。その負担を判決の中でいつ誰が決めるかを定めるのが67条1項で、裁判所は申立てを待たず、職権で、その審級、つまり第一審なら第一審の手続でかかった訴訟費用の全部について、負担を決めなければなりません。全部認容ならBの全部負担です。一部認容のときは、民事訴訟法64条により、それぞれがどれだけ負担するかを裁判所が裁量で決めます。例えば勝ち負けの割合に合わせるなら、Aさんが300万円のうち200万円だけ認められた場合、300のうち200はBの負担、300のうち100はAさんの負担、という具合です。ただし、負担の割合を実際の金額に直す作業は、判決そのものではしません。民事訴訟法71条1項により、負担の裁判が確定するなどして、強制執行できる状態になったあとに、当事者の申立てを受けて第一審裁判所の裁判所書記官が額を定めます。訴訟費用の負担者は判決で決め、負担額は書記官が別途計算する、という役割分担です。もう1つは仮執行宣言です。財産権上の請求に関する判決について、まだ判決が確定していない段階でも、申立てまたは職権によって、強制執行できる力を判決に持たせることができます。

趣旨は、Bさんが控訴して時間を稼ぎながら、その間に財産を隠したり使い切ったりするのを防ぐことにあります。控訴があると、判決は確定しません。そして、確定していない判決では、原則として強制執行ができません。仮執行宣言が無ければ、Bさんは控訴中ずっと支払いを免れてしまいます。だから、確定を待たずに執行できる力を、判決の主文に書き込んでおくんです。民事訴訟法259条4項により、仮執行の宣言は判決の主文に掲げなければならない、と定められています。この執行力が実際にどう働くかという中身は、また別の回で扱います。

言渡し・送達・控訴期間——起点は2つある

言渡し・送達・控訴期間の3段階の板(言渡し=法廷で言い渡した日・ここで効力が生まれる・250条/送達=電子判決書を当事者に届ける・255条/控訴期間=送達を受けた日から2週間・285条) 図:言渡し・送達・控訴期間の3段階の板

  • 言渡し=法廷で言い渡した日・ここで効力が生まれる・250条
  • 送達=電子判決書を当事者に届ける・255条
  • 控訴期間=送達を受けた日から2週間・285条

ここからが、今日の2つめの軸です。判決は、いつ、どうやって効力を持つのでしょうか。

条文民事訴訟法250条

民事訴訟法250条(判決の発効) 判決は、言渡しによってその効力を生ずる。

条文はこれだけです。言渡しによって、判決の効力は生まれます。届け出も、送達も要りません。控訴できる期間は、言渡しの日から数えるんでしょうか。それとも判決書が届いた日から数えるんでしょうか。ここが今日いちばんのポイントです。答えは、届いた日、つまり送達を受けた日から数えます。効力が生まれる起点と、不服を言える期間が始まる起点は、別の日なんです。なぜズレるかというと、言渡しと送達は、そもそも役割が違う行為だからです。言渡しは、判決という結論をこの世に生み出す行為です。当事者がその場にいてもいなくても、効力自体は生まれます。一方、送達は、生まれた判決の中身を、当事者に確実に届ける行為です。控訴するかどうかを判断するには、まず判決の理由をきちんと読めなければなりません。だから、判断の機会を保障する期間は、当事者が実際に中身を読める状態になってから数え始めるんです。

もう少し条文を見ていきます。言渡しの時期にはルールがあります。

条文民事訴訟法251条

民事訴訟法251条(言渡期日) 判決の言渡しは、口頭弁論の終結の日から二月以内にしなければならない。ただし、事件が複雑であるときその他特別の事情があるときは、この限りでない。 2 判決の言渡しは、当事者が在廷しない場合においても、することができる。

原則は2か月以内です。複雑な事件などは例外がありますが、原則として審理を締めくくってから長く待たせない、という建前になっています。2か月を過ぎてしまったら、判決は無効になるんですか。違います。この2か月は、いわば裁判所への「なるべく早く」という訓示的な期限にすぎません。過ぎても判決自体が無効になったり、当事者側で何か主張できるようになったりはしません。あとで見る控訴期間のような、守らなければ権利を失う不変期間とは性質が違います。そして2項が示すとおり、当事者が法廷にいなくても言い渡すことができます。

言渡しの方式そのものも見ておきましょう。

条文民事訴訟法253条

民事訴訟法253条(言渡しの方式) 判決の言渡しは、前条第一項の規定により作成された電子判決書に基づいてする。 2 裁判所は、前項の規定により判決の言渡しをした場合には、最高裁判所規則で定めるところにより、言渡しに係る電子判決書をファイルに記録しなければならない。

言渡しは、さきほど見た電子判決書に基づいて行い、言い渡した後に、その電子判決書をファイルへ記録します。最後に、Aさんの事案に日付を入れて、2つの起点を並べます。まず、10月1日に口頭弁論が終結し、11月15日に判決が言い渡されました。終結から2か月以内なので、251条の原則どおりです。その日、Bさんは法廷に来ていませんでした。それでも、判決の効力は11月15日に生まれています。ところが、Bさんに電子判決書が送達されたのは11月22日だったとします。控訴できる期間は、言い渡された15日からではなく、送達を受けた22日から数えて、2週間です。

効力が生まれるのは言い渡した日、不服を言える期間が始まるのは届いた日。この2つが別の日になりうる、というのが今日の答えです。

例外——調書判決は認容のときだけ

254条・調書判決の2要件の板(使える場面=①被告が争わず何ら防御もしない場合②公示送達で呼び出されたのに出頭しない場合/使えない場面=原告の請求を棄却するときは使えない・認容のときだけの方式) 図:254条・調書判決の2要件の板

  • 使える場面=①被告が争わず何ら防御もしない場合②公示送達で呼び出されたのに出頭しない場合
  • 使えない場面=原告の請求を棄却するときは使えない・認容のときだけの方式

ただし、被告が争っていないなど、裁判所の判断が実質的に分かれない事件では、電子判決書を作らずに済ませられる特則があります。

条文民事訴訟法254条

民事訴訟法254条(言渡しの方式の特則) 次に掲げる場合において、原告の請求を認容するときは、判決の言渡しは、前条の規定にかかわらず、電子判決書に基づかないですることができる。 一 被告が口頭弁論において原告の主張した事実を争わず、その他何らの防御の方法をも提出しない場合 二 被告が公示送達による呼出しを受けたにもかかわらず口頭弁論の期日に出頭しない場合(被告の提出した準備書面が口頭弁論において陳述されたものとみなされた場合を除く。) 2 裁判所は、前項の規定により判決の言渡しをしたときは、電子判決書の作成に代えて、裁判所書記官に、当事者及び法定代理人、主文、請求並びに理由の要旨を、判決の言渡しをした口頭弁論期日の電子調書に記録させなければならない。

被告が何も反論しないこの場面が、1号の典型です。この場合、電子判決書をわざわざ作らず、書記官が電子調書に、当事者、主文、請求、理由の要旨を記録すれば足ります。争いが実質的に無いのに、通常の記載事項を全部揃えさせるのは手間だけがかかるからです。ただし、ここには境界があります。この方式が使えるのは、原告の請求を認容するときだけです。もしBさんの言い分を一部でも認めて請求を棄却するなら、この簡略な方式は使えません。棄却するということは、原告の主張どおりではない何らかの判断が働いたということです。その判断の筋道を、通常どおり事実と理由に記載して残しておく必要があるからです。争いが無いから簡略にできるのであって、判断が分かれるところでは簡略にはできません。この電子判決書、または今の調書判決でできた電子調書は、当事者に届けられます。

条文民事訴訟法255条

民事訴訟法255条(電子判決書等の送達) 電子判決書(第二百五十三条第二項の規定によりファイルに記録されたものに限る。次項、第二百八十五条、第三百五十五条第二項、第三百五十七条、第三百七十八条第一項及び第三百八十一条の七第一項において同じ。)又は前条第二項の規定により当事者及び法定代理人、主文、請求並びに理由の要旨が記録された電子調書(第百六十条第二項の規定によりファイルに記録されたものに限る。次項、第二百六十一条第五項、第二百八十五条、第三百五十七条及び第三百七十八条第一項において同じ。)は、当事者に送達しなければならない。

これが、さきほどの送達です。中身を確実に知らせて、控訴するかどうかを判断する機会を保障する、という趣旨です。そして、控訴や上告の期間は、この送達を受けた日から数えます。中身は別の回で扱いますが、起算点だけ今日のうちに押さえておいてください。

自己拘束力とその例外2つ

自己拘束力の原則板(言渡しで判決は独立に動き出す/言い渡した裁判所自身もその判決に縛られる=自己拘束力/原則=自分の判断で取り消したり書き換えたりできない/例外は2つだけ=更正決定・257条と変更の判決・256条) 図:自己拘束力の原則板

  • 言渡しで判決は独立に動き出す
  • 言い渡した裁判所自身もその判決に縛られる=自己拘束力
  • 原則=自分の判断で取り消したり書き換えたりできない
  • 例外は2つだけ=更正決定・257条と変更の判決・256条

この先、言い渡した判決の書き間違いを裁判所自身が直す「更正決定」という仕組みが出てきます。前々回、判決の種類を見た回で、「判決・決定・命令」という3つの裁判の形式を扱いました。更正決定は、このうちどの形式で行うと思いますか?ここが今日いちばん間違えやすいところなので、その理由から見ていきましょう。判決が言渡しによって生まれると、言い渡した裁判所自身も、その判決に縛られます。自分で言い渡した判決を、自分の気分で自由に取り消したり書き換えたりすることはできません。これを自己拘束力と呼びます。直せてしまったら、判決という重い結論がいつまでも揺らぐことになり、当事者は安心して控訴の準備もできません。だから、原則として裁判所自身の手からも離れる必要があるんです。ただし、例外が2つだけあります。1つは、更正決定です。

更正決定257条の板(対象=計算違い・誤記その他明白な誤り/期間=いつでも/形式=決定・申立てまたは職権/不服申立て=即時抗告・適法な控訴があるときを除く) 図:更正決定257条の板

  • 対象=計算違い・誤記その他明白な誤り
  • 期間=いつでも
  • 形式=決定・申立てまたは職権
  • 不服申立て=即時抗告・適法な控訴があるときを除く

条文民事訴訟法257条

民事訴訟法257条(更正決定) 判決に計算違い、誤記その他これらに類する明白な誤りがあるときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、いつでも更正決定をすることができる。 2 前項の更正決定に対しては、即時抗告をすることができる。ただし、判決に対し適法な控訴があったときは、この限りでない。

Aさんの事案で言えば、主文には「300万円」と書くべきだったのに、誤って「330万円」と記録されていた、というような場合です。これは誰が見てもわかる誤りなので、いつでも、決定という軽い形式で直せます。以前見たとおり、決定は判決よりも簡易な手続でよい裁判形式です。判決の判断の中身そのものを変えるわけではなく、表現の誤りを正すだけだからです。だから、判決を直すのに判決を使う必要がなく、決定で足りるんです。この更正決定に不服があれば、即時抗告という形で争えます。ただし、その判決自体にすでに適法な控訴がされているときは、控訴の中でまとめて争えばよいので、即時抗告はできません。もう1つの例外は、変更の判決です。

変更の判決256条の板(対象=判決の法令違反・判断内容そのもの/期間=言渡し後1週間以内・確定後や更に弁論が要る場合は不可/形式=判決・口頭弁論を経ないでする/不服申立て=控訴で争う) 図:変更の判決256条の板

  • 対象=判決の法令違反・判断内容そのもの
  • 期間=言渡し後1週間以内・確定後や更に弁論が要る場合は不可
  • 形式=判決・口頭弁論を経ないでする
  • 不服申立て=控訴で争う

条文民事訴訟法256条

民事訴訟法256条(変更の判決) 裁判所は、判決に法令の違反があることを発見したときは、その言渡し後一週間以内に限り、変更の判決をすることができる。ただし、判決が確定したとき、又は判決を変更するため事件につき更に弁論をする必要があるときは、この限りでない。 2 変更の判決は、口頭弁論を経ないでする。

更正決定と変更の判決の対比板(対象=更正決定は明白な誤り・変更の判決は判断内容の法令違反/期間=更正決定はいつでも・変更の判決は言渡し後1週間以内/形式=更正決定は決定・変更の判決は判決/不服申立て=更正決定は即時抗告・変更の判決は控訴) 図:更正決定と変更の判決の対比板

  • 対象=更正決定は明白な誤り・変更の判決は判断内容の法令違反
  • 期間=更正決定はいつでも・変更の判決は言渡し後1週間以内
  • 形式=更正決定は決定・変更の判決は判決
  • 不服申立て=更正決定は即時抗告・変更の判決は控訴

更正決定が直すのは、誰が見てもわかる誤記です。変更の判決が直すのは、判断の中身そのものにある法令違反です。例えば、裁判所が消滅時効の判断そのものを誤っていた、というような場合です。そもそも、なぜこんな例外があるのか。裁判所自身が誤りに気づいているのに、それを直すためだけに当事者に控訴させ、上の裁判所まで動かすのは、当事者にも上級審にも無駄な負担だからです。だから、すでにある記録を見直せば直せる範囲に限って、口頭弁論を開かずに、判決の形で直せるようにしています。判断の中身を書き換えるわけですから、更正決定より重い場面です。だから、形式も判決のままで、期間も言渡し後1週間以内という短い期間に限られます。しかも、判決がすでに確定していたり、直すために改めて弁論をする必要があるほど大きな誤りだったりすれば、この方法では直せません。

誰にでもわかる間違いは、いつでも軽い形式で直せる。判断そのものの誤りは、短い期間に限って、判決という重い形式のまま直す。この差の理由が分かれば、更正決定と変更の判決を逆に覚えることは無くなります。

今日の地図(保存版)

今日の地図の板(判決は言渡しによって独立に動き出す/①中身が固定される=電子判決書の必要的記載事項・252条/②関係者に知らせる=言渡し・250条と送達・255条は別の行為/③言い渡した裁判所自身も縛られる=自己拘束力・例外は更正決定・257条と変更の判決・256条だけ) 図:今日の地図の板

  • 判決は言渡しによって独立に動き出す
  • ①中身が固定される=電子判決書の必要的記載事項・252条
  • ②関係者に知らせる=言渡し・250条と送達・255条は別の行為
  • ③言い渡した裁判所自身も縛られる=自己拘束力・例外は更正決定・257条と変更の判決・256条だけ

今日の3つの軸を、もう一度つなげておきます。判決は、言い渡された瞬間に、独立に動き出す存在になります。だから、中身を電子判決書として固定する必要があり、その中身を送達によって関係者に確実に知らせる必要があり、言い渡した裁判所自身も、更正決定と変更の判決という2つの例外を除いて、勝手にそれを扱えなくなります。冒頭の問いに戻りましょう。貸金300万円の判決の効力が生まれるのは、法廷で言い渡された日です。控訴できる期間は、判決書が届いた日、つまり送達を受けた日から数えます。同じ判決の中に、起点が2つあるように見えて、実は言渡しと送達という別々の行為に、それぞれ別の役割が割り当てられているだけなんです。

言渡しによって効力が生まれ、上訴できなくなって判決が確定したとき、初めて既判力や執行力といった、判決の本番の効力が問題になります。その確定と3つの効力の中身は、次のテーマになります。

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#67単独ページ動画

既判力とは何か(判決の確定・3つの作用場面)

第3章 訴訟の終了 #67/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

もう一度、同じ訴えを起こせるか

冒頭事案の関係図(A=土地の賃借権を主張して敗訴した原告、B=土地の所有者/Aが同じ賃借権確認訴訟をもう一度起こそうとしている) 図:冒頭事案の関係図

  • A=土地の賃借権を主張して敗訴した原告、B=土地の所有者
  • Aが同じ賃借権確認訴訟をもう一度起こそうとしている

結論から言うと、その裁判は起こせても、Aさんはまた負けます。前の裁判で決着した中身は、もう争い直せなくなっているからです。訴えを起こすこと自体は誰でもできます。裁判所が門前払いするわけではありません。ただ、いったん決着した中身については、後の裁判所がもう一度審理し直すことを禁じる力が働きます。前回、判決は言い渡しによって効力を持ち、上訴できなくなって確定したとき、既判力や執行力という判決の本番の効力が問題になる、というところまで来ました。今日は、その確定と、既判力そのものを見ていきます。なぜ同じ争いを二度とやり直せないのか、その理由まで含めて確かめましょう。

判決はいつ確定するのか——116条

判決の確定の板(自己拘束力=言い渡した裁判所自身は撤回できない/それでも当事者には上訴という手段が残る/上訴できなくなったとき=確定) 図:判決の確定の板

  • 自己拘束力=言い渡した裁判所自身は撤回できない
  • それでも当事者には上訴という手段が残る
  • 上訴できなくなったとき=確定

前回見た自己拘束力は、言い渡した裁判所自身が、その判決を勝手に書き換えられなくなる、という話でした。ただし、当事者の側にはまだ手段が残っています。上訴です。控訴や上告によって、上の裁判所に判断をやり直させることができます。確定というのは、その上訴という手段が使えなくなったとき、ということですか。ここが自己拘束力との違いです。自己拘束力は裁判所自身が縛られる話、確定は当事者が争う手段を失う話。この2つは別の出来事です。

条文民事訴訟法116条1項

民事訴訟法116条1項(判決の確定時期) 判決は、控訴若しくは上告(第三百二十七条第一項(第三百八十条第二項において準用する場合を含む。)の上告を除く。)の提起、第三百十八条第一項の申立て又は第三百五十七条(第三百六十七条第二項において準用する場合を含む。)、第三百七十八条第一項若しくは第三百八十一条の七第一項の規定による異議の申立てについて定めた期間の満了前には、確定しないものとする。

条文民事訴訟法116条2項

民事訴訟法116条2項(判決の確定の遮断) 2 判決の確定は、前項の期間内にした控訴の提起、同項の上告の提起又は同項の申立てにより、遮断される。

116条タイムラインの板(起算点=電子判決書の送達を受けた日/期間=そこから2週間は控訴できる/期間満了時に確定/期間内に控訴・上告があれば確定は遮断される・116条2項/上告審の判決は言渡しと同時に確定) 図:116条タイムラインの板

  • 起算点=電子判決書の送達を受けた日
  • 期間=そこから2週間は控訴できる
  • 期間満了時に確定
  • 期間内に控訴・上告があれば確定は遮断される・116条2項
  • 上告審の判決は言渡しと同時に確定

条文は長く見えますが、骨組みは単純です。控訴や上告ができる期間のあいだは、判決はまだ確定しません。その期間内に実際に控訴や上告がされれば、確定はそこでいったん止まります。具体的に、時間の流れで追ってみましょう。前回、上訴の期間は電子判決書の送達を受けた日から数えると確認しました。Aさんの事案なら、第一審の電子判決書がAさんに送達された日が起算点です。そこから2週間、控訴できる状態が続きます。期間が満了した、まさにその瞬間に、判決は確定します。逆に、その期間内にAさんが実際に控訴を提起すれば、確定はそこで止まります。これが116条2項の確定遮断です。もし上告審まで争って、上告審が判決を言い渡したとすれば、話が変わります。上告審の判決には、それ以上争う上訴の手段がありません。だから、期間の経過を待つまでもなく、言渡しと同時に確定します。

確定判決に生まれる3つの効力

確定判決の3つの効力の比較表(訴えの種類×効力/給付の訴え・認容確定→執行力=強制執行できる資格/形成の訴え・認容確定→形成力=新しい法律関係を作る/確認・給付・形成いずれも・認容棄却却下いずれも確定すれば→既判力/給付判決でも棄却なら執行力は生まれない) 図:確定判決の3つの効力の比較表

  • 訴えの種類×効力
  • 給付の訴え・認容確定→執行力=強制執行できる資格
  • 形成の訴え・認容確定→形成力=新しい法律関係を作る
  • 確認・給付・形成いずれも・認容棄却却下いずれも確定すれば→既判力
  • 給付判決でも棄却なら執行力は生まれない

判決が確定すると力を持ちますが、その力の種類は、訴えの内容と結果によって変わります。ここは表で整理すると見分けやすくなります。勝てば全部そろって手に入る、というものではないんですか。違います。給付の訴え、つまりお金を払えとか物を渡せという訴えで、認容されて確定すると、強制執行できる資格である執行力が生まれます。形成の訴え、離婚や株主総会決議の取消しのような訴えで、認容されて確定すると、新しい法律関係を作り出す形成力が生まれます。結果が棄却なら、生まれません。例えば、貸したお金を返せという給付の訴えを起こしても、証拠不十分で棄却され確定してしまえば、そこから強制執行できる資格は一切生まれません。執行力は、給付の訴えという入れ物と、認容という結果、この両方がそろって初めて出てくるものです。ところが既判力だけは違います。認容でも棄却でも、訴えそのものが却下された場合でも、判決が確定しさえすれば、必ず生まれます。どの判決も、裁判所が何かについて最終的な判断を示したものだからです。ただし、却下の判決で動かせなくなるのは、訴訟要件が欠けていたという判断だけです。請求の中身は見ていないので、欠けていた要件を整えれば、訴え直すことはできます。

Aさんの訴えは、賃借権があることの確認を求める確認の訴えで、結果は敗訴でした。だから執行力も形成力も生まれません。それでも、判決が確定した以上、既判力だけは生まれています。Aさんの再訴が問題になるのは、まさにこの既判力のせいです。執行力や形成力の中身は、また別の回で扱います。

既判力とは何か

既判力の意義の板(定義=確定した判断の中身を、後の裁判で当事者も裁判所も争い直せなくする拘束力/前訴=既判力が生じた訴訟/後訴=それと関係する後の訴訟/既判力は後訴が起こされて初めて働く) 図:既判力の意義の板

  • 定義=確定した判断の中身を、後の裁判で当事者も裁判所も争い直せなくする拘束力
  • 前訴=既判力が生じた訴訟
  • 後訴=それと関係する後の訴訟
  • 既判力は後訴が起こされて初めて働く

既判力とは、確定した判断の中身について、当事者も裁判所も、もう争い直せなくする拘束力のことです。これは、判断の中身が客観的に正しいと確定する力ではありません。正しいかどうかを、もう争えなくする力です。例えば、後訴の裁判官が、心の中では前訴の判断はおかしかったのではないかと思ったとします。それでも、その裁判官は前訴の判断に従わなければなりません。既判力は、中身の正しさを保証する力ではなく、中身の当否を蒸し返させない力だからです。ここで2つの言葉を導入します。既判力が生まれた最初の訴訟を、前訴と呼びます。それと関係する、あとの訴訟は、後訴と呼びます。Aさんの最初の敗訴訴訟が前訴で、もう一度起こそうとしている訴えが後訴です。

前訴だけでも、既判力は意味を持つんですか。持ちません。既判力は、後訴が起こされて初めて働きます。前訴だけで終わっていれば、既判力が問題になる場面自体がありません。Aさんが再訴を思い立ったからこそ、既判力が表に出てきたんです。

なぜ既判力に拘束されるのか——2つの理由

正当化根拠2本立ての板(制度的効力=既判力が無ければ同じ争いが際限なく蒸し返され紛争解決という制度目的が果たせない/手続保障・自己責任=対等に争う機会を保障された以上不利な結果も自分で引き受ける/現在は二本立てで説明する立場が多数) 図:正当化根拠2本立ての板

  • 制度的効力=既判力が無ければ同じ争いが際限なく蒸し返され紛争解決という制度目的が果たせない
  • 手続保障・自己責任=対等に争う機会を保障された以上不利な結果も自分で引き受ける
  • 現在は二本立てで説明する立場が多数

ここまでは、既判力が何かという話でした。ここからは、なぜそれほど強く拘束するのか、という理由です。理由を「そういう決まりだから」で片づけないのが、今日いちばんの軸です。理由は大きく2つあります。1つは、裁判制度そのものに重点を置く理由です。既判力が無ければ、同じ当事者間で同じ争いが何度でも蒸し返され、紛争を解決するという訴訟制度の役割そのものが果たせなくなります。Aさんの事案で言えば、負けるたびに同じ訴えを起こし直せるなら、Bさんは何度勝っても土地を安心して使えません。しかも、どこかの裁判所が前と逆の判断をすれば、同じ賃借権について正反対の判決が2つ並んでしまいます。もしこの理由だけで説明したら、何が足りないでしょうか。

制度の都合ばかりで、負けた本人がどう感じるかが、置き去りになっている気がします。具体的に考えてみましょう。前訴で、主張の機会をまったく与えられなかった当事者が、それでも同じように既判力で縛られるとしたら、どうなるでしょうか。そこで、もう1つの理由が重視されるようになりました。当事者側に重点を置く理由です。前訴で、対等に主張し立証する機会をきちんと保障された以上、結果が自分に不利でも、それは自分で引き受けるべきだ、という考え方です。裏を返せば、主張の機会が保障されていたからこそ、結果を引き受けさせても正当化できる、という理屈です。会議に置き換えると分かりやすくなります。双方が意見を述べ尽くす機会を保障されたうえで結論が出た会議で、あとになって「あのとき言いそびれた反論がある」と言い出しても、その場に立ち返って会議をやり直すことは認められません。対等に主張する機会があった以上、出た結論は引き受けるしかない、という発想です。

Aさんにも、その機会はあったんでしょうか。ありました。Aさんは前訴で、賃借権があると主張し、証拠を出すことができました。だから、負けた結果も、Aさんが自分の責任として引き受けるべきものになります。かつては制度の理由だけで説明されていましたが、今はこの2つを組み合わせて説明する立場が多数です。この組み合わせは、この先の細かい線引きすべての答えの出どころになります。例えば、なぜ最後に主張できた時点が基準になるのか、なぜある事項には既判力が及ばないのか。こうした問いの答えは、すべてこの2つの理由から出てきます。

職権調査事項の板(既判力の有無は当事者が主張しなくても裁判所が自ら調べる/理由=紛争を一回で終わらせるという制度目的にかかわる事柄だから/関連=訴えの利益の回で見た「誰が調査を始めるか」という軸) 図:職権調査事項の板

  • 既判力の有無は当事者が主張しなくても裁判所が自ら調べる
  • 理由=紛争を一回で終わらせるという制度目的にかかわる事柄だから
  • 関連=訴えの利益の回で見た「誰が調査を始めるか」という軸

もう一点、既判力があるかどうかは、当事者が言い出さなくても、裁判所が自分から気づいて調べます。これを職権調査事項と呼びます。訴えの利益の回で見た、誰が調査を始めるか、という軸の話です。例えば、Bさんが前訴の確定判決の存在をうっかり主張し忘れたとします。それでも、既判力は当事者の主張の巧拙で結論が左右されてよいものではありません。紛争を一回で終わらせるという制度目的にかかわる事柄だからこそ、裁判所が自分から前訴の存在に気づいて、取り上げるようになっています。

既判力はどう働くのか——消極的作用・積極的作用・遮断効

作用の仕方の板(消極的作用=前訴の判断と矛盾する主張は後訴で排斥される/積極的作用=後訴裁判所は前訴の判断を前提に審理する/遮断効=当事者の側から見た同じ現象の呼び方) 図:作用の仕方の板

  • 消極的作用=前訴の判断と矛盾する主張は後訴で排斥される
  • 積極的作用=後訴裁判所は前訴の判断を前提に審理する
  • 遮断効=当事者の側から見た同じ現象の呼び方

既判力が実際にどう働くかを見ていきます。まず、消極的作用です。前訴の判断と矛盾・抵触する主張は、後訴で排斥されます。この消極的作用からは、もう1つ、積極的作用が導かれます。後訴の裁判所は、前訴の判断を前提として審理・判決しなければなりません。Aさんの再訴なら、裁判所は「賃借権は無い」という前訴の判断を前提に、また同じ請求棄却の判決を出すことになります。この現象を当事者の側から見た呼び方が遮断効です。ポイントは、前訴で実際に出した主張だけでなく、前訴の中で出しておくべきだった主張まで封じられることです。例えば、Aさんが前訴で出し忘れていた賃貸借の契約書を持ち出して、今度こそ賃借権があると言おうとしても、それは許されません。前訴で出す機会が保障されていた以上、出さなかった結果も自分の責任になる。さっきの2つめの理由が、ここで効いてきます。

条文民事訴訟法114条1項

民事訴訟法114条1項(既判力の範囲) 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。

既判力の範囲の板(114条1項=確定判決は主文に包含するものに限り既判力を有する/既判力は原則として訴訟物についての判断に生じる/どこまで細かく及ぶかの線引きは時的・客観的・主観的の3つの軸で決まる=次回以降) 図:既判力の範囲の板

  • 114条1項=確定判決は主文に包含するものに限り既判力を有する
  • 既判力は原則として訴訟物についての判断に生じる
  • どこまで細かく及ぶかの線引きは時的・客観的・主観的の3つの軸で決まる=次回以降

既判力は、原則として判決の主文、つまり訴訟物についての判断に生じます。どこまで細かく及ぶかという線引きは、また別の回で扱います。前回の内容を思い出してください。判決が確定する前に、既判力は生じるでしょうか?生じません。前回見たとおり、言い渡しただけの段階ではまだ確定していないので、既判力もまだ問題になりません。判決が確定して、初めて既判力が生まれるんでしたね。

同一関係・先決関係・矛盾関係——3つのパターンで見分ける

同一関係の関係図(A=賃借権確認訴訟で敗訴・確定/Aが同じ土地の賃借権確認をもう一度求める/後訴の訴訟物が前訴の訴訟物と同じ) 図:同一関係の関係図

  • A=賃借権確認訴訟で敗訴・確定
  • Aが同じ土地の賃借権確認をもう一度求める
  • 後訴の訴訟物が前訴の訴訟物と同じ

既判力が働く場面は、3つのパターンに整理できます。1つめは同一関係です。後訴の訴訟物が、前訴の訴訟物とまったく同じ場合です。前訴と後訴、どちらも「賃借権があるかどうか」が訴訟物で、同じ訴訟物を争っています。前訴で実際に主張したことも、主張しておくべきだったのに出さなかったことも、まとめて封じられます。後訴の裁判所は前訴の判断をそのまま前提にするので、結論はまた棄却になります。

先決関係の関係図(A=所有権確認訴訟で勝訴・確定/Aがその所有権を根拠にBへ土地の明渡しを求める/前訴の訴訟物が後訴の訴訟物の前提になる) 図:先決関係の関係図

  • A=所有権確認訴訟で勝訴・確定
  • Aがその所有権を根拠にBへ土地の明渡しを求める
  • 前訴の訴訟物が後訴の訴訟物の前提になる

2つめは先決関係です。前訴の訴訟物が、後訴の訴訟物の前提になっている場合です。今度は別の場面を考えます。Aさんが同じ土地について、Bさんを相手に所有権の確認を求める訴えを起こし、勝訴して確定したとします。そのうえで、Aさんがその所有権を根拠に、Bさんへ土地の明渡しを求めたとします。この明渡請求の訴訟物は「明渡請求権があるか」で、所有権確認訴訟の訴訟物とは違います。ただ、明渡しが認められるかどうかは、Aさんに所有権があるかどうかにかかっています。だから、Bさんは明渡請求の裁判で「実は自分が所有者だ」と蒸し返すことはできません。所有権確認訴訟の既判力によって、その主張は遮断されます。Bさんは前訴で、所有者は自分だと主張し、証拠を出す機会を与えられていました。それに、明渡しの裁判で所有権を争い直せるなら、所有権確認の判決は何の決着にもならず、紛争は一回で終わりません。さっきの2つの理由が、ここでもそのまま働いています。裁判所は、Aさんに所有権があることを前提に、明渡しに固有の争点だけを審理します。

例えば、Bさんが実際にその土地を占有しているかどうか、あるいは所有権とは別に、占有を正当化できる権原がBさんに新たにあるかどうか、といった点です。所有権の有無そのものはもう争えませんが、明渡請求を認めるかどうかを決める、それ以外の争点は残っていて、そこはあらためて審理されます。

矛盾関係の関係図(同じA=所有権確認訴訟で勝訴・確定/敗訴したBが今度は自分こそ所有者だと確認を求めて訴え返す/訴訟物は違うが確定した判断と両立しない主張) 図:矛盾関係の関係図

  • 同じA=所有権確認訴訟で勝訴・確定
  • 敗訴したBが今度は自分こそ所有者だと確認を求めて訴え返す
  • 訴訟物は違うが確定した判断と両立しない主張

3つめは矛盾関係です。同じ所有権確認訴訟で考えます。Aさんが勝訴して確定した後、今度は敗訴したBさんが、同じ土地について、自分こそが所有者だと確認を求めて訴えてきたとします。訴訟物は同一でも先決問題でもありません。それでも、1つの土地を、AさんとBさんがそれぞれ単独で丸ごと所有している、ということはありえません。つまり、「Bさんが所有者だ」という主張は、確定した「Aさんが所有者だ」という判断と正面からぶつかります。訴訟物の形を変えれば同じ争いを持ち込める、というのでは、紛争を一回で終わらせることができません。だから、Bさんの所有権の主張は、前訴で実際にしたものも、しないままにしたものも、既判力によって遮断されます。

見た目の場面は違っても、根っこは全部同じです。ここで一度、3つの型を表にして並べておきましょう。

3類型の見分け方の比較表(同一関係=訴訟物が前訴と同じ/遮断される主張=前訴で出した・出すべきだった主張全部/後訴で審理される中身=前訴の後に生じた新しい事実だけ・無ければ前訴の結論を繰り返す/先決関係=前訴の訴訟物が後訴の訴訟物の前提/遮断される主張=前訴の訴訟物についての蒸し返し/後訴で審理される中身=前提を除いた明渡し等に固有の争点だけ/矛盾関係=前訴の訴訟物と両立しない別の訴訟物/遮断される主張=前訴の判断とぶつかる主張(出したか出さなかったかを問わない)/後訴で審理される中身=前訴の判断とぶつからない主張だけ・実際にはほとんど残らない) 図:3類型の見分け方の比較表

  • 同一関係=訴訟物が前訴と同じ
  • 遮断される主張=前訴で出した・出すべきだった主張全部
  • 後訴で審理される中身=前訴の後に生じた新しい事実だけ・無ければ前訴の結論を繰り返す
  • 先決関係=前訴の訴訟物が後訴の訴訟物の前提
  • 遮断される主張=前訴の訴訟物についての蒸し返し
  • 後訴で審理される中身=前提を除いた明渡し等に固有の争点だけ
  • 矛盾関係=前訴の訴訟物と両立しない別の訴訟物
  • 遮断される主張=前訴の判断とぶつかる主張(出したか出さなかったかを問わない)
  • 後訴で審理される中身=前訴の判断とぶつからない主張だけ・実際にはほとんど残らない

こう並べると、違いがはっきりします。同一関係は、訴訟物そのものが同じなので、後訴で審理されるのは、前訴の後に起きた新しい事実、例えば改めて借りる契約を結んだ、といったものだけです。それが無ければ、前訴の結論をそのまま繰り返すことになります。先決関係は、訴訟物こそ違いますが、前訴の判断を前提にしたうえで、それ以外の固有の争点だけが審理されます。矛盾関係は、訴訟物も別、前提でもないけれど、前訴の判断とぶつかる主張は封じられます。後訴で主張できるのは、前訴の判断とぶつからないものだけです。そのため、同一関係と同じく、後訴で新しく審理される中身はほとんど残りません。

ただし、共通しているのは、どの型でも、前訴で確定した判断そのものを蒸し返す主張だけは、必ず封じられるという点です。

今日の地図(保存版)

今日の地図の板(判決は上訴が尽きたとき確定する=116条/確定判決の3つの効力=執行力・形成力・既判力/既判力は2つの理由に支えられる=制度目的・自己責任/既判力は同一・先決・矛盾の3類型で働く) 図:今日の地図の板

  • 判決は上訴が尽きたとき確定する=116条
  • 確定判決の3つの効力=執行力・形成力・既判力
  • 既判力は2つの理由に支えられる=制度目的・自己責任
  • 既判力は同一・先決・矛盾の3類型で働く

今日の4つの軸を、もう一度つなげておきます。判決は、上訴という取り消し手段が尽きたときに確定します。確定した判決には、訴えの種類に応じて執行力や形成力が生まれますが、既判力だけはすべての確定判決に共通して生まれます。既判力は、紛争を一回で終わらせるという制度目的と、対等に争う機会を保障された以上結果を引き受けるという自己責任、この2つの理由に支えられていて、同一関係・先決関係・矛盾関係という3つの場面で働きます。冒頭のAさんの再訴も、これで説明がつきました。前の裁判で決着した賃借権の判断は、もう動かせないんですね。Aさんの再訴は同一関係にあたり、既判力によって蒸し返しが封じられます。ただし、既判力にも限界があります。いつの時点の判断が動かせなくなるのか、どんな事項に既判力が生じるのか、誰にその効力が及ぶのか。この3つの軸で、既判力の範囲は区切られています。

今日の根拠論が、その3つの軸を読み解くときの土台になる、ということですね。

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#68単独ページ動画

既判力の時的範囲(基準時・基準時後の形成権行使)

第3章 訴訟の終了 #68/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

弁済のタイミングで結論が変わる

冒頭事案の関係図(A=貸主・原告/B=借主・被告/300万円を支払えとの判決が確定/①基準時後にBが弁済→請求異議で争える/②基準時前にBが弁済していたが主張し忘れ→既判力で遮断) 図:冒頭事案の関係図

  • A=貸主・原告/B=借主・被告/300万円を支払えとの判決が確定
  • ①基準時後にBが弁済→請求異議で争える
  • ②基準時前にBが弁済していたが主張し忘れ→既判力で遮断

場合によります。Bさんが判決の確定より後に300万円を返したのなら、それを理由に強制執行を止められます。ところが、判決が確定するより前に、実はもう返していたのに、そのことを裁判で言い忘れていたのなら、話は変わります。この場合は、後からそれを持ち出しても、もう認められません。同じことをしていても、それが起きた時点によって、既判力に引っかかるかどうかが変わります。前回、既判力とは、確定した判断の中身について、当事者も裁判所も、もう争い直せなくする拘束力だと確認しました。ただ、これは無限の過去から無限の未来まで、あらゆる時点の権利関係を固定するものではありません。既判力が固定するのは、ある1つの時点における権利関係の判断です。今日は、その「いつの時点」を確定させます。

既判力の基準時——事実審の口頭弁論終結時

基準時のタイムライン板(訴え提起→事実審の口頭弁論終結=基準時→判決言渡し→確定/主張できた期間=手続保障が及ぶ期間/控訴審まで争えば基準時は控訴審の弁論終結時にずれる/上告審は事実審理をしない法律審=基準時を作らない) 図:基準時のタイムライン板

  • 訴え提起→事実審の口頭弁論終結=基準時→判決言渡し→確定
  • 主張できた期間=手続保障が及ぶ期間
  • 控訴審まで争えば基準時は控訴審の弁論終結時にずれる
  • 上告審は事実審理をしない法律審=基準時を作らない

前回、既判力が及ぶ理由を2つ確認しました。紛争を一回で終わらせるという制度目的と、対等に主張する機会を保障された以上、結果は自分で引き受けるという自己責任です。この2つ目の理由、覚えていますか?対等に主張できる機会があったから、負けても文句は言えない、という話でした。今日は、この2つ目の理由の直接の帰結を見ていきます。当事者が主張や証拠を出せる期間には、終わりがあります。訴えを起こしてから、新しい事実を争える最後の期日まで、当事者には手続保障が及んでいます。この最後の期日を、既判力の基準時と呼びます。具体的には、事実審の口頭弁論終結時です。

控訴審・上告審と基準時のずれの板(事実審=新しい事実を争える審級・控訴審まで争えば基準時は控訴審の弁論終結時にずれ込む/上告審=法律審で新事実を争わない=基準時を作らない・控訴審の弁論終結時が最後の基準時) 図:控訴審・上告審と基準時のずれの板

  • 事実審=新しい事実を争える審級・控訴審まで争えば基準時は控訴審の弁論終結時にずれ込む
  • 上告審=法律審で新事実を争わない=基準時を作らない・控訴審の弁論終結時が最後の基準時

訴訟要件の回で見た、第一審と控訴審のことです。控訴審まで争えば、基準時はその控訴審の弁論が終結した時点までずれ込みます。基準時は、ずれません。上告審は法律の解釈だけを審理する法律審で、新しい事実を争う場ではありません。事実を主張する機会自体がそこには無いので、上告審は基準時を作りません。控訴審の弁論終結時が、最後の基準時になります。

基準時の2つの役割の板(#3-5=口頭弁論の終結の日=252条1項4号・電子判決書の記載事項/#3-3=訴訟要件も原則として事実審の口頭弁論終結時までに備わればよい/この2つの「終結時」は既判力の基準時と同じ時点) 図:基準時の2つの役割の板

  • #3-5=口頭弁論の終結の日=252条1項4号・電子判決書の記載事項
  • #3-3=訴訟要件も原則として事実審の口頭弁論終結時までに備わればよい
  • この2つの「終結時」は既判力の基準時と同じ時点

この基準時、実は今日が初登場ではありません。電子判決書の必要的記載事項の回で、口頭弁論の終結の日という項目が出てきました。

条文民事訴訟法252条1項4号

民事訴訟法252条1項4号(電子判決書の記載事項) 四 口頭弁論の終結の日

あのとき、この日付は既判力の基準時の目印になる、とだけ触れて先送りにしていました。この日付こそが、今日の基準時です。判決書に必ずこの日付が記録されているのは、後の紛争で、この判決の判断がいつの時点のものなのかを確認できるようにするためです。訴訟要件は原則として、事実審の口頭弁論終結時までに備わっていればよい、という話でした。実はあれと今日の基準時は、同じ時点です。訴訟要件が最後まで備わっているかを見る時点と、既判力がどの時点の判断を固定するかを見る時点は、どちらも当事者が最後まで主張・立証できる期日、事実審の口頭弁論終結時で一致しています。1つの時点が、2つの役割を兼ねているわけです。

手続保障の限界としての基準時の板(基準時前の事由=主張できた期間の中にある=主張したか否か・過失の有無を問わず遮断/基準時後の事由=そもそも主張する機会が無かった=既判力の対象外) 図:手続保障の限界としての基準時の板

  • 基準時前の事由=主張できた期間の中にある=主張したか否か・過失の有無を問わず遮断
  • 基準時後の事由=そもそも主張する機会が無かった=既判力の対象外

基準時より後に生じた事情は、その時点ではまだ手続保障が及んでいる期間の外なので、そもそも前訴で主張しようがありません。だから既判力の対象になりません。逆に、基準時より前に生じていた事情は、主張しようと思えばできた期間の中にあります。ですから、実際に主張したかどうか、主張しなかったことに落ち度があったかどうかを問わず、丸ごと遮断されます。過失があったかどうかは関係なく、遮断されます。ここは模試の答案回収に近い感覚です。試験時間中に書けたことは、書いても書かなくても、その時間内の内容として評価が確定します。あとから「本当は時間内に思いついていたのに書き忘れた」と言っても、追加の採点はしてもらえません。基準時も同じで、主張できた期間の中にあった事情は、機会があった以上、使わなかった結果も自分で引き受けるしかありません。逆に、試験が終わったあとに新しく起きたことは、そもそもその試験の評価対象にすらなっていません。

民執35条・請求異議の訴えの板(基準時後の事由なら争える=請求異議の訴え/民執35条2項=確定判決についての異議の事由は口頭弁論の終結後に生じたものに限る) 図:民執35条・請求異議の訴えの板

  • 基準時後の事由なら争える=請求異議の訴え
  • 民執35条2項=確定判決についての異議の事由は口頭弁論の終結後に生じたものに限る

基準時より後に生じた事情を実際にどう争うかも、条文に手がかりがあります。

条文民事執行法35条1項

民事執行法35条1項(請求異議の訴え) 債務名義(第二十二条第二号又は第三号の二から第四号までに掲げる債務名義で確定前のものを除く。以下この項において同じ。)に係る請求権の存在又は内容について異議のある債務者は、その債務名義による強制執行の不許を求めるために、請求異議の訴えを提起することができる。裁判以外の債務名義の成立について異議のある債務者も、同様とする。

条文民事執行法35条2項

民事執行法35条2項(異議事由の制限) 確定判決についての異議の事由は、口頭弁論の終結後に生じたものに限る。

確定した判決に基づく強制執行を止めたいとき、債務者はこの請求異議の訴えを使います。2項がまさに、今日の基準時の話を裏付けている条文です。異議の事由は「口頭弁論の終結後に生じたものに限る」とされています。裏を返せば、口頭弁論の終結、つまり基準時より前の事由は、この訴えでは主張できないということです。基準時後に生じた新しい事実だからです。ところが、判決が確定する前、つまり基準時より前にもう返していたのに、それを前訴で言い忘れていた場合は、この2項に当てはまりません。基準時前の事由なので、既判力によって、もう蒸し返せません。

基準時は絶対か——基準時の相対化

基準時の相対化の関係図(第三者の弁済=A貸主・B借主・C=Bとつながりのある第三者/CがBに黙ってAに弁済/BはCの弁済を基準時前には知りようが無かった) 図:基準時の相対化の関係図

  • 第三者の弁済=A貸主・B借主・C=Bとつながりのある第三者
  • CがBに黙ってAに弁済
  • BはCの弁済を基準時前には知りようが無かった

ここまでは、基準時より前の事情は問答無用で遮断される、という話でした。ただし、この線引きには例外を認めるべきだという有力な立場があります。学説は、代表的な例外として2つの場面を挙げます。1つめは、第三者の弁済です。Bさんとつながりのある第三者Cさんが、Bさんに黙って、300万円をAさんに弁済していたとします。Bさんは基準時の時点では、Cさんが弁済していたことをまったく知りようがありませんでした。基準時前に生じた事情ではあるものの、Bさんにその事情を前訴で主張しろというのは無理があります。主張することが現実に期待できなかった、という理由で、既判力による遮断を及ぼさない、とする立場が有力です。

基準時の相対化の板(予測できない後遺症=基準時にはおよそ予測できなかった損害の拡大/共通の理由=前訴での主張が現実に期待できなかった=既判力で遮断しないとする学説) 図:基準時の相対化の板

  • 予測できない後遺症=基準時にはおよそ予測できなかった損害の拡大
  • 共通の理由=前訴での主張が現実に期待できなかった=既判力で遮断しないとする学説

2つめは、予測できなかった後遺症です。交通事故の損害賠償で、基準時の時点ではまったく予測できなかったほど、後になって症状が悪化した場合です。この場合も、基準時の時点で主張することは期待できなかった、という同じ理由で、後訴で追加の損害賠償を求めても既判力には反しない、とする学説があります。基準時という線引きの根っこにあるのは、手続保障が及んでいたかどうかです。だから、時点の前後という形式だけでなく、その時点で現実に主張が期待できたかどうかまで踏み込んで考える立場が出てくるわけです。

基準時後の形成権行使——なぜ結論が分かれるのか

形成権行使の問題設定の板(基準時より前から存在していた形成権=取消権・解除権・相殺権など/行使=意思表示自体は基準時より後にされた/問い=既判力によって遮断されるか) 図:形成権行使の問題設定の板

  • 基準時より前から存在していた形成権=取消権・解除権・相殺権など
  • 行使=意思表示自体は基準時より後にされた
  • 問い=既判力によって遮断されるか

ここからが今日いちばんの中心です。取消権や解除権、相殺権は、基準時より前から発生していたとします。ただし、実際に行使する意思表示そのものは、基準時より後になってからされたとします。この場合、既判力によって遮断されるでしょうか。形成権とは、訴えの3つの型の回で見た、意思表示ひとつでその場で効果が生じる権利でした。つまり、契約が消えるといった効果が生じるのは、行使した基準時後です。それなら民執35条2項の「口頭弁論の終結後に生じた」事由に当たりそうに見えます。ところが、権利そのものは基準時前からありました。どちらを重く見るかが、ここでの問題です。

基準時後の形成権行使・一覧表(取消権=遮断される/解除権=遮断される/建物買取請求権=遮断されない/相殺権=遮断されない) 図:基準時後の形成権行使・一覧表

  • 取消権=遮断される
  • 解除権=遮断される
  • 建物買取請求権=遮断されない
  • 相殺権=遮断されない

通説の結論を先に一覧にします。取消権と解除権は遮断されます。基準時後に行使しても、もう認められません。ところが、建物買取請求権と相殺権は遮断されません。基準時後に行使しても、争えます。

実体法上の性質による説明の板(取消権解除権=前訴の請求権を生んだ契約に最初から付いていた瑕疵を主張するもの/建物買取請求権相殺権=前訴の請求権とは独立した別の権利・建物買取請求権には借地人保護の固有の政策目的) 図:実体法上の性質による説明の板

  • 取消権解除権=前訴の請求権を生んだ契約に最初から付いていた瑕疵を主張するもの
  • 建物買取請求権相殺権=前訴の請求権とは独立した別の権利・建物買取請求権には借地人保護の固有の政策目的

説明は2つ重ねられます。1つは、実体法上の性質による説明です。取消権や解除権は、前訴の請求権を生んだ契約に最初から付いていた傷、つまり瑕疵を主張するものです。契約がそもそも無効だったという、もっと重い主張ですら、契約のときからある基準時前の事情なので、さっきの弁済の言い忘れと同じく遮断されます。そうである以上、瑕疵の程度が軽い取消し・解除だけを別扱いにする理由がありません。これに対して、建物買取請求権や相殺権は、前訴の請求権そのものとは独立した、別の権利です。しかも建物買取請求権には、借地人を保護するという固有の政策目的まであります。

もう1つ、学説からは、より実質的な説明が重ねられます。建物買取請求権も相殺権も、行使すること自体が、前訴での自分の防御方針とぶつかってしまう、自分も損をする防御方法だという説明です。

ポーカーの板(前訴での防御との関係=取消権解除権はいつ切っても矛盾しない・建物買取請求権相殺権は切った瞬間に自分の場が崩れる/行使を控えていた理由=手続保障違反は無い) 図:ポーカーの板

  • 前訴での防御との関係=取消権解除権はいつ切っても矛盾しない・建物買取請求権相殺権は切った瞬間に自分の場が崩れる
  • 行使を控えていた理由=手続保障違反は無い

ポーカーを思い浮かべてください。前訴という1回の勝負に、実は最初から4枚のカードが配られていたとします。取消権と解除権のカードは、いつ切っても自分の他の手札と矛盾しません。契約を取り消せる、解除できる、と言い切るだけで、防御としてまっすぐ筋が通ります。ところが建物買取請求権と相殺権のカードは、切った瞬間に自分の場が崩れます。建物収去土地明渡しの訴えで、被告が「建物を買い取ってほしい」と言えば、それは「明け渡してもよい」と認めたに等しくなります。あくまで明け渡さないと徹底抗戦していた被告にとって、この主張は自分の防御方針を自ら壊してしまいます。相殺も同じです。相殺を主張するには、まず相手の債権があることを認めなければなりません。原告に借りは無いと争っていた被告にとって、相殺の主張は自分の言い分と矛盾します。

前訴でそのカードを切れというのは、酷な要求です。行使を我慢していたことに手続保障違反は無い、だから基準時後に行使しても遮断されない、という結論になります。

取消権の関係図(A=買主・原告/売買で土地を取得したとして所有権確認の訴えで勝訴・確定/B=売主・被告/確定後に詐欺による取消しを主張) 図:取消権の関係図

  • A=買主・原告
  • 売買で土地を取得したとして所有権確認の訴えで勝訴・確定
  • B=売主・被告
  • 確定後に詐欺による取消しを主張

まず取消権の判例です。Aさんが、Bさんから土地を買ったと主張して、自分が所有者であることの確認を求める訴えを起こし、勝訴して判決が確定したとします。その後、売主のBさんが「実はあの売買契約は、Aさんにだまされて結んだものだった」と主張し、詐欺を理由に取消しを持ち出したとします。

判例最判昭和55・10・23 民集34巻5号747頁〈百選77〉

確定後に詐欺取消しを持ち出した売主の事件(取消権と既判力) 売買契約による所有権の移転を請求原因とする所有権確認訴訟が係属した場合に、当事者が右売買契約の詐欺による取消権を行使することができたのにこれを行使しないで事実審の口頭弁論が終結され、右売買契約による所有権の移転を認める請求認容の判決があり同判決が確定したときは、もはやその後の訴訟において右取消権を行使して右売買契約により移転した所有権の存否を争うことは許されなくなるものと解するのが相当である。

前訴の事実審の口頭弁論終結までに取消権を行使できたのに、それをしないまま判決が確定した以上、後になって取消しを主張することはもう許されない、という判断です。解除権も、同じ理屈で、通説は遮断されると考えています。だからこそ、前訴で出しておくべきだった主張として扱われます。

建物買取請求権の関係図(A=賃貸人・原告/建物収去土地明渡しを求める訴えで勝訴・確定/B=賃借人・被告/確定後に建物買取請求権を行使し請求異議の訴えを提起) 図:建物買取請求権の関係図

  • A=賃貸人・原告
  • 建物収去土地明渡しを求める訴えで勝訴・確定
  • B=賃借人・被告
  • 確定後に建物買取請求権を行使し請求異議の訴えを提起

次は建物買取請求権です。借地上に建物を持つ賃借人Bさんに対し、賃貸人Aさんが建物収去土地明渡しを求める訴えを起こし、勝訴が確定したとします。Bさんは、前訴の中でこの建物買取請求権を行使していませんでした。

条文借地借家法13条1項

借地借家法13条1項(建物買取請求権) 借地権の存続期間が満了した場合において、契約の更新がないときは、借地権者は、借地権設定者に対し、建物その他借地権者が権原により土地に附属させた物を時価で買い取るべきことを請求することができる。

借地権が終了しても、借地上の建物は借地権者が権原によって設置したものなので、時価での買い取りを請求できます。

判例最判平成7・12・15 民集49巻10号3051頁〈百選78〉

明渡判決の確定後に買取請求をした賃借人の事件(建物買取請求権と既判力) 借地上に建物を所有する土地の賃借人が、賃貸人から提起された建物収去土地明渡請求訴訟の事実審口頭弁論終結時までに借地法四条二項所定の建物買取請求権を行使しないまま、賃貸人の右請求を認容する判決がされ、同判決が確定した場合であっても、賃借人は、その後に建物買取請求権を行使した上、賃貸人に対して右確定判決による強制執行の不許を求める請求異議の訴えを提起し、建物買取請求権行使の効果を異議の事由として主張することができるものと解するのが相当である。

この判決が適用したのは、当時の借地法4条2項です。今の借地借家法13条にあたる権利だと考えてください。Bさんは、前訴の口頭弁論終結までに建物買取請求権を行使していなかったのに、確定後にこれを行使したうえで、請求異議の訴えを起こせる、という判断です。

なぜ建物買取請求権は逆の結論かの板(独立の権利=明渡請求権に付着した瑕疵ではなく別個の目的で発生する独立の権利/行使しなかったことは実体法上の消滅事由にならない/行使の効果は民執35条2項の異議の事由にあたる) 図:なぜ建物買取請求権は逆の結論かの板

  • 独立の権利=明渡請求権に付着した瑕疵ではなく別個の目的で発生する独立の権利
  • 行使しなかったことは実体法上の消滅事由にならない
  • 行使の効果は民執35条2項の異議の事由にあたる

建物買取請求権が取消権と逆の結論になる理由は、この権利が明渡請求権に付着した瑕疵を主張するものではなく、別個の目的で発生する独立の権利だからです。それに加えて、行使しなかったことが実体法上の消滅事由になるわけでもありません。そして、この行使の効果は、さっき見た民執35条2項の「口頭弁論の終結後に生じた異議の事由」に当たるとされました。だから、前訴の段階でこのカードを切れというのは酷だ、という実質も、この結論を支えています。

相殺権も遮断されない板(相殺の意思表示=行使した時点で初めて効力を持つ/基準時前には相殺できる状態にあっただけで意思表示は基準時後/結論=相殺による債務消滅を理由に請求異議を主張できる) 図:相殺権も遮断されない板

  • 相殺の意思表示=行使した時点で初めて効力を持つ
  • 基準時前には相殺できる状態にあっただけで意思表示は基準時後
  • 結論=相殺による債務消滅を理由に請求異議を主張できる

相殺の意思表示も、行使した時点で初めて効力を持ちます。基準時前には相殺できる状態にあっただけで、実際の意思表示は基準時後にされた、という場合、相殺による債務消滅を理由に請求異議を主張することは認められる、とした判例があります。例えば冒頭と同じ300万円の判決で、Bさんが前からAさんに200万円を貸していたのに、前訴では300万円など借りていないと争っていたとします。確定後に、その200万円の貸金で相殺すると言えば、その分は請求異議で争えます。学説は、これも、さっきのポーカーで見た、自分も損をする防御方法だからだ、と説明します。

遮断されない2つの理由の板(実体法的性質論=前訴の請求権に付着した瑕疵か・独立の別個の権利か/自分も損をする防御方法論=行使すれば前訴の防御方針と矛盾するか・前訴で行使を期待できたか) 図:遮断されない2つの理由の板

  • 実体法的性質論=前訴の請求権に付着した瑕疵か・独立の別個の権利か
  • 自分も損をする防御方法論=行使すれば前訴の防御方針と矛盾するか・前訴で行使を期待できたか

⭐ 論文で書く規範:基準時後に行使された形成権が既判力によって遮断されるか 前訴の請求権に付着した瑕疵を主張するにとどまる取消権・解除権は、基準時後に行使しても既判力によって遮断される。これに対し、前訴の請求権とは独立の別個の権利である建物買取請求権・相殺権は、基準時後に行使しても遮断されない。 (規範(判例・通説))

ここまでの2つの説明を重ねると、取消権や解除権は遮断され、建物買取請求権や相殺権は遮断されない、という結論になります。ただ、注意してほしいのは、この振り分けは形成権の種類だけで機械的に決まるものではない、ということです。

種類だけで機械的に決まらない板(個別の検討が必要=前訴での争い方・後訴で争わせることが公平か/混同注意=相殺権が時的範囲で遮断されないことと相殺の抗弁の既判力(客観的範囲)は別問題) 図:種類だけで機械的に決まらない板

  • 個別の検討が必要=前訴での争い方・後訴で争わせることが公平か
  • 混同注意=相殺権が時的範囲で遮断されないことと相殺の抗弁の既判力(客観的範囲)は別問題

前訴でその当事者がどういう争い方をしていたか、その形成権を前訴で出しておくべきだったと言えるか、後訴で争わせることが公平かどうかを、個別の事件ごとに検討すべきだ、という指摘があります。種類さえ覚えれば済む、という単純な話ではありません。例えば、さっきの建物の事件で、Bさんが前訴で明渡しそのものは認め、建物をどうするかだけを争っていたとします。この場合、建物を買い取ってほしいと言っても、自分の言い分とは矛盾しません。この指摘に立てば、前訴で出しておけた主張だとして、遮断される余地が出てきます。もう1点、混同しやすい注意点があります。相殺権が基準時の問題として遮断されないこと、これは今日の話です。これとは別に、相殺の抗弁を出して裁判所がそれを判断すると、その判断自体に既判力が生じるという条文があります。この2つは別の場面の別の問題です。今日は前者だけを扱いました。

定期金賠償判決の変更を求める訴え——117条

117条の流れ図(交通事故→定期金賠償を命じる判決確定→基準時後に後遺障害の程度が著しく変化→117条の訴えで将来分の給付額の変更を求める) 図:117条の流れ図

最後は117条です。損害賠償の判決は、一時金でまとめて支払えと命じるのが通常ですが、毎月いくら支払え、という定期金による賠償を命じる判決もあります。

条文民事訴訟法117条1項

民事訴訟法117条1項(定期金賠償を命じた確定判決の変更を求める訴え) 口頭弁論終結前に生じた損害につき定期金による賠償を命じた確定判決について、口頭弁論終結後に、後遺障害の程度、賃金水準その他の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合には、その判決の変更を求める訴えを提起することができる。ただし、その訴えの提起の日以後に支払期限が到来する定期金に係る部分に限る。

条文民事訴訟法117条2項

民事訴訟法117条2項(専属管轄) 前項の訴えは、第一審裁判所の管轄に専属する。

交通事故で後遺障害が残り、将来の逸失利益や介護費用を定期金で支払え、という判決が確定したとします。この判決は、基準時までに分かっていた後遺障害の程度をもとに、将来分の金額まで算定して固定してしまいます。そこで117条です。口頭弁論終結後に、後遺障害の程度など、算定の基礎になった事情に著しい変更が生じた場合、判決の変更を求める訴えを起こせます。ただし、対象になるのは、訴えを起こした日より後に支払期限が来る部分だけです。過去にさかのぼって変えられるわけではありません。管轄も第一審裁判所に専属します。

なぜこの制度があるのかの板(予測できなかった事情の変化=基準時に誰にも予測できなかった以上そもそも前訴で主張する機会が無かった/手続保障が及んでいない以上既判力で縛る根拠が無い/基準時の相対化との関係=予測できない後遺症の相対化と根っこは同じ発想) 図:なぜこの制度があるのかの板

  • 予測できなかった事情の変化=基準時に誰にも予測できなかった以上そもそも前訴で主張する機会が無かった
  • 手続保障が及んでいない以上既判力で縛る根拠が無い
  • 基準時の相対化との関係=予測できない後遺症の相対化と根っこは同じ発想

基準時という考え方に戻ってみてください。基準時の時点で誰にも予測できなかった事情の変化は、そもそも前訴で主張する機会がありませんでした。手続保障が及んでいなかった以上、既判力で縛る根拠がありません。117条は、この考え方を定期金賠償という場面で条文にしたものです。さっき見た、予測できない後遺症についての基準時の相対化と、根っこは同じ発想です。

117条の対象の限界の板(117条の対象=口頭弁論終結前に生じた損害についての定期金賠償判決/対象外=将来の継続的不法行為・不法占拠等の損害金を命じた判決は文言上その外/有力説=対象外の場合にも類推適用を認める) 図:117条の対象の限界の板

  • 117条の対象=口頭弁論終結前に生じた損害についての定期金賠償判決
  • 対象外=将来の継続的不法行為・不法占拠等の損害金を命じた判決は文言上その外
  • 有力説=対象外の場合にも類推適用を認める

ただし、117条には対象の限界があります。条文が対象とするのは、口頭弁論終結前にもう生じている損害についての定期金賠償です。ところが、不法占拠のような将来にわたって続く不法行為について、将来分の損害金を定期金で命じた判決は、この文言に当てはまりません。まだ生じていない将来の損害についての判決だからです。117条ができる前の判例で、将来の賃料相当損害金を命じた判決の額が、その後の地価の高騰などで不相当になった場合に、差額を新たな訴えで請求できる、という判断を示したものがあります。理由づけとしては、その差額分は前訴の請求からもともと除かれていたものだと見て、既判力が及ばないとするものです。117条の対象からは外れる場合でも、有力説はこの種の判決に117条を類推して同じように変更を認めようとしています。

今日の地図(保存版)

今日の地図の板(基準時=事実審の口頭弁論終結時・手続保障が及ぶ限界/基準時後の事由=請求異議で争える・基準時前の事由は遮断/基準時後の形成権行使=取消権解除権は遮断・建物買取請求権相殺権は不遮断/117条=定期金賠償判決の変更を求める訴え) 図:今日の地図の板

  • 基準時=事実審の口頭弁論終結時・手続保障が及ぶ限界
  • 基準時後の事由=請求異議で争える・基準時前の事由は遮断
  • 基準時後の形成権行使=取消権解除権は遮断・建物買取請求権相殺権は不遮断
  • 117条=定期金賠償判決の変更を求める訴え

今日の4つの軸をつなげておきます。既判力は、事実審の口頭弁論終結時という基準時における権利関係の判断を固定します。この時点は、当事者に手続保障が及んでいた期間の終わりです。基準時後の事情は既判力の外にあり、請求異議の訴えで争えます。基準時前の事情は、主張したかどうかを問わず遮断されます。ただし、主張が現実に期待できなかった事情については、遮断しない有力説もあります。基準時後に行使された形成権は、前訴でその行使を期待できたかどうかで結論が分かれます。取消権と解除権は遮断され、建物買取請求権と相殺権は遮断されません。そして117条は、定期金賠償判決について、基準時後の著しい事情の変更を理由に、将来分の金額を変更できる制度です。

冒頭のBさんの弁済も、これで説明がつきました。基準時の、前と後、それだけで結論が変わるんですね。基準時という物差しを当てれば、今日見た論点はすべて説明できます。

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#69単独ページ動画

既判力の客観的範囲(114条・相殺の抗弁・争点効)

第3章 訴訟の終了 #69/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

明渡しに勝ったのに、また所有権を争われる

冒頭事案の関係図(A=原告・土地の明渡請求で勝訴・確定/B=被告・敗訴した相手/後訴でBが「あの土地は自分のものだ」と所有権を争い直そうとしている) 図:冒頭事案の関係図

  • A=原告・土地の明渡請求で勝訴・確定
  • B=被告・敗訴した相手
  • 後訴でBが「あの土地は自分のものだ」と所有権を争い直そうとしている

既判力では止められません。前の裁判であれだけ所有権を争って、裁判所も所有権があるという前提で判決を書いたのに、Bさんはもう一度、所有権そのものを争うことができます。不自然に感じるのは当然です。ただ、これは既判力の欠陥ではなく、既判力がどこまで生じるかという設計の問題です。前回までに、既判力とは何か、いつの時点の判断を固定するかを見てきました。今日は、既判力が「何について」生じるのかを確定させます。この線引きが分かれば、今の不自然さの正体も見えてきます。

114条1項——既判力は主文に包含するものに限る

訴訟物の読み取り方の板(判決主文は簡潔=例「被告は原告に金○円を支払え」/主文だけでは何についての判断か分からない/請求の趣旨と請求原因から訴訟物を特定し、その訴訟物についての判断が主文の中身になる) 図:訴訟物の読み取り方の板

  • 判決主文は簡潔=例「被告は原告に金○円を支払え」
  • 主文だけでは何についての判断か分からない
  • 請求の趣旨と請求原因から訴訟物を特定し、その訴訟物についての判断が主文の中身になる

条文に入る前に、物差しを1つ置きます。前回までに見たとおり、既判力が当事者を縛ってよいのは、対等に主張する機会を保障されていたからでした。裏を返せば、縛ってよいのは、その機会が正面から保障されていた範囲だけです。この物差しを持って、条文を確認します。

条文民事訴訟法114条1項

民事訴訟法114条1項(既判力の範囲) 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。

既判力が生じるのは、原則として判決の主文に包含されるものだけです。ただ、主文はとても簡潔です。「被告は原告に金百万円を支払え」というように、それだけを見ても、何についての判断なのかは分かりません。そこで、請求の趣旨と請求原因、つまり原告が何を求め、どういう理由でそれを求めたかから、訴訟物を特定します。主文に包含されるものというのは、実質的には、その訴訟物についての判断のことです。Aさんの請求は、所有権に基づく土地の明渡請求権です。訴訟物はこの明渡請求権であって、その前提として裁判所が判断した「Aに所有権があるかどうか」は、訴訟物そのものではありません。ここが今日の核心につながります。

訴え却下判決の既判力の板(訴え却下判決=訴訟要件の判断のみ/既判力が生じるのは却下理由とされた訴訟要件についてだけ/請求の中身は審理されていない=要件を整えれば訴え直せる) 図:訴え却下判決の既判力の板

  • 訴え却下判決=訴訟要件の判断のみ
  • 既判力が生じるのは却下理由とされた訴訟要件についてだけ
  • 請求の中身は審理されていない=要件を整えれば訴え直せる

もう一点、訴え却下判決についても確認しておきます。以前見たとおり、訴え却下判決に既判力が生じるのは、却下理由とされた訴訟要件についてだけです。請求の中身までは審理されていないので、欠けていた要件を整えれば、また訴えを起こせます。114条1項の「主文に包含するもの」を、訴訟物ではなく訴訟要件で読み替えているだけで、考え方は同じです。訴訟物をどう画するかによって、既判力がどこまで及ぶかの範囲が変わってくる事案があります。ただ、その対立自体は今日の本筋ではありません。今日は、訴訟物についての判断にしか既判力が生じない、という枠組みの方を掘り下げます。

判決理由中の判断には既判力が生じない——なぜそう決めたか

冒頭事案の理由中の判断の板(Aの請求=土地の明渡請求権/訴訟物=明渡請求権/理由中の判断=Aに所有権があるかどうか/既判力が生じるのは訴訟物である明渡請求権の有無だけ・所有権の帰属には生じない) 図:冒頭事案の理由中の判断の板

  • Aの請求=土地の明渡請求権
  • 訴訟物=明渡請求権
  • 理由中の判断=Aに所有権があるかどうか
  • 既判力が生じるのは訴訟物である明渡請求権の有無だけ・所有権の帰属には生じない

冒頭のAさんの事案に戻ります。Aさんの訴訟物は、明渡請求権の有無です。裁判所は、その判断の前提として、Aに所有権があると認定しました。しかし、既判力が生じるのは訴訟物である明渡請求権の有無についてだけで、前提とされた所有権の帰属、つまり判決理由中の判断には既判力が生じません。

理由中の判断に既判力を認めない3つの理由の板(理由1=攻撃防御をどこに集中させるか自由に選べる/理由2=裁判所がどの順序で審理するか自由に選べる/理由3=拘束力が手続保障の程度に見合わない) 図:理由中の判断に既判力を認めない3つの理由の板

  • 理由1=攻撃防御をどこに集中させるか自由に選べる
  • 理由2=裁判所がどの順序で審理するか自由に選べる
  • 理由3=拘束力が手続保障の程度に見合わない

ここで、なぜそう決めているのかを確認しておきます。理由は大きく3つ重ねられます。1つめは、当事者が攻撃防御をどこに集中させるか自由に選べるようにするためです。理由になりそうな点をすべて、隅々まで争っておかなければならないとしたら、当事者の負担は際限なく膨らみます。2つめは、裁判所がどの順序で審理するかを自由に選べるようにするためです。3つめは、たまたま先に取り上げられた攻撃防御方法の判断にまで拘束力が生じてしまうのは、そこに注がれた手続保障の程度に見合わない、ということです。主張する機会が保障されていた範囲でだけ、当事者を縛ってよい。理由中の判断は、訴訟物ほど本気で争うことを当事者に強制されていない部分だからこそ、既判力の対象から外れます。

もう一つの具体例の板(A=原告・売買代金請求で勝訴/B=被告/契約の有効性が理由中の判断/勝訴確定後もBは契約無効を別訴で主張できる) 図:もう一つの具体例の板

  • A=原告・売買代金請求で勝訴
  • B=被告
  • 契約の有効性が理由中の判断
  • 勝訴確定後もBは契約無効を別訴で主張できる

もう一つ例を見ます。Aさんが、Bさんに売買代金の支払いを求める訴えを起こし、契約が有効であることを前提に勝訴が確定したとします。この場合も、訴訟物は代金支払請求権であって、契約が有効かどうかは理由中の判断にすぎません。ですから、Bさんは判決確定後に、別の訴えで契約の無効を主張することができてしまいます。理由中の判断にとどまる核心部分にこそ既判力が欲しいと考える当事者のために、自衛策が用意されています。所有権についても既判力が欲しければ、最初から所有権確認の訴えを明渡請求と一緒に起こしておくことができます。これを訴えの併合と呼びます。訴えの途中で気づいた場合は、中間確認の訴えという制度で、途中から確認の請求を追加することもできます。どちらも、訴訟物を増やして、理由中の判断だった部分を主文の判断に格上げする、という発想です。制度の細かい要件は、また別の回で扱います。

唯一の明文の例外——相殺の抗弁(114条2項)

前回の予告の回収の板(前回=相殺権が基準時後に行使されても遮断されないという話・時的範囲の問題/今日=相殺の抗弁を出して裁判所が判断すると、その判断自体に既判力が生じるという話・客観的範囲の問題/この2つは別の場面の別の問題) 図:前回の予告の回収の板

  • 前回=相殺権が基準時後に行使されても遮断されないという話・時的範囲の問題
  • 今日=相殺の抗弁を出して裁判所が判断すると、その判断自体に既判力が生じるという話・客観的範囲の問題
  • この2つは別の場面の別の問題

ここで、前回の終わりに触れた話を回収します。相殺権が基準時後に行使されても遮断されない、という話をしましたが、覚えていますか?あれは、いつ行使したかという時的範囲の問題でした。今日の話は違います。相殺の抗弁を裁判所に出して、裁判所がその中身を実際に判断すると、その判断自体に既判力が生じるかどうかという、客観的範囲の問題です。同じ相殺という言葉が出てきますが、場面がまったく別だ、ということをまず押さえてください。

条文民事訴訟法114条2項

民事訴訟法第114条第2項(既判力の範囲) 相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。

判決理由中の判断には既判力が生じない、という114条1項の原則には、明文でただ一つの例外が置かれています。相殺の抗弁です。相殺の抗弁を出して、以前見た自働債権、つまり被告が原告に持っている別の債権の存否について裁判所が判断すると、対抗した額の限度で既判力が生じます。自働債権が仮に全額もっと大きくても、既判力が生じるのは、相殺に使った限度、つまり原告の請求と打ち消し合った額の範囲だけです。それを超える部分については、既判力は生じません。

具体例の板(A=原告・代金債権者・80万円請求/B=被告・相殺を主張する側/Bが50万円の貸金債権で相殺を主張/認められれば80万円のうち50万円が消滅し30万円の限度で認容/認められなくても50万円の限度で既判力) 図:具体例の板

  • A=原告・代金債権者・80万円請求
  • B=被告・相殺を主張する側
  • Bが50万円の貸金債権で相殺を主張
  • 認められれば80万円のうち50万円が消滅し30万円の限度で認容
  • 認められなくても50万円の限度で既判力

数字で確かめます。Aさんが、Bさんに商品代金として80万円を請求したとします。Bさんが、Aさんに以前貸していた50万円の貸金債権を持ち出し、相殺を主張したとします。裁判所がこの50万円の存在を認めて相殺を認めると、80万円のうち50万円が消え、30万円の限度でAさんの請求が認容されます。この場合、50万円の自働債権が存在した、という判断に既判力が生じます。その場合も、50万円の限度で既判力が生じます。自働債権が無かった、という判断そのものが動かせなくなるからです。認められた場合も、認められなかった場合も、対抗した額の限度で既判力が生じる、という点は同じです。

なぜ例外を認めてよいかの板(理由1=二重取り防止・既判力が無ければ相殺に使った自働債権を後訴で再び請求できてしまう/理由2=手続保障・相殺の抗弁は自分の債権を失う不利益な防御方法なので予備的に主張され最後に審理される・審理順序が保障されている) 図:なぜ例外を認めてよいかの板

  • 理由1=二重取り防止・既判力が無ければ相殺に使った自働債権を後訴で再び請求できてしまう
  • 理由2=手続保障・相殺の抗弁は自分の債権を失う不利益な防御方法なので予備的に主張され最後に審理される・審理順序が保障されている

理由は2つ重ねられます。1つめは、二重取りの防止です。もし既判力が無ければ、Bさんは相殺に使った50万円の債権を、後になってもう一度Aさんに請求できてしまいます。1回の裁判で使った自働債権が、また別の裁判で生き返るとしたら、紛争は一回で終わりません。あのときの発想がそのまま生きています。2つめの理由は、手続保障です。相殺の抗弁は、認めればその分だけ自分の債権を失う、被告にとって不利益な防御方法です。だからこそ、他の防御方法が通らなかった場合に備えて、予備的に主張されるのが通常で、裁判所も、まず原告の債権の存否を審理し、それが認められ、かつ弁済などの他の防御方法が認められなかったときに初めて、相殺の審理に入ります。

この審理順序が保障されているからこそ、判決理由中の判断であっても、既判力を認めてよい、と考えられています。理由中の判断だから既判力を認めない、という114条1項の原則に対して、二重取りの実害と、手厚い手続保障という2つの要素がそろって初めて、例外が正当化されるわけです。

争点効(学説)と信義則による遮断(判例)

争点効の定義の板(争点効=学説の提唱/要件1=前訴の主要な争点として当事者が真剣に争った/要件2=裁判所がその点を実質的に審理して判断した/要件3=後訴で争われる利益が前訴と同程度/効果=後訴でその判断と矛盾する主張・判断を許さない/位置づけ=信義則を判決の効力にまで高めたもの) 図:争点効の定義の板

  • 争点効=学説の提唱
  • 要件1=前訴の主要な争点として当事者が真剣に争った
  • 要件2=裁判所がその点を実質的に審理して判断した
  • 要件3=後訴で争われる利益が前訴と同程度
  • 効果=後訴でその判断と矛盾する主張・判断を許さない
  • 位置づけ=信義則を判決の効力にまで高めたもの

ここまで、判決理由中の判断には既判力が生じない、という原則と、相殺という唯一の明文の例外を見てきました。ここからは、この原則を解釈で広げようとした議論です。まず学説から確認します。争点効という考え方です。学説が唱えた考え方です。ひとことで言えば、前の裁判で本気で争われて決着がついた争点については、次の裁判でその決着と食い違う主張や判断を許さない、という効力です。要件は3つに分けて押さえます。1つめ、その点が前訴の主要な争点で、当事者が真剣に争ったこと。2つめ、裁判所がその点を実質的に審理して判断したこと。3つめ、後訴で争われている利益が、前訴と同じ程度のものであること。

訴訟物ではない理由中の判断でも、そこまで争ったのなら縛ってよい、という発想ですか。そういう発想です。信義則の考え方を、判決の効力にまで高めたもの、と位置づけられています。

争点効と冒頭事案の板(冒頭のAB事案に当てはめると=Aの明渡請求訴訟で真剣に争われた所有権の帰属という争点/争点効を認めれば後訴でBは所有権を争えなくなる/しかし判例はこの発想を認めていない) 図:争点効と冒頭事案の板

  • 冒頭のAB事案に当てはめると=Aの明渡請求訴訟で真剣に争われた所有権の帰属という争点
  • 争点効を認めれば後訴でBは所有権を争えなくなる
  • しかし判例はこの発想を認めていない

冒頭の事案では、所有権の帰属こそ、前訴で真剣に争われた主要な争点でした。争点効を認めれば、その判断に拘束力を持たせて、Bさんの後訴を封じることができます。ただし、これから見るとおり、判例はこの発想を認めていません。

昭和44年判決の事案の板(2つの訴訟が並行して係属していた事案/別件=Aが買主として売買契約の履行を理由に建物の明渡し等を求めた訴訟・先に確定/本件=Bが売主として詐欺による取消しを理由に所有権に基づく移転登記の抹消を求めた訴訟・上告審係属中に別件が確定/前訴確定後に後訴を起こした事案ではないという留保) 図:昭和44年判決の事案の板

  • 2つの訴訟が並行して係属していた事案
  • 別件=Aが買主として売買契約の履行を理由に建物の明渡し等を求めた訴訟・先に確定
  • 本件=Bが売主として詐欺による取消しを理由に所有権に基づく移転登記の抹消を求めた訴訟・上告審係属中に別件が確定
  • 前訴確定後に後訴を起こした事案ではないという留保

判例を見ます。この事件は、注意が必要な事案です。前の裁判が確定してから、後で別の裁判が起こされた、という単純な形ではありません。2つの訴訟が同時に進んでいました。1つは、買主のAさんが、売買契約の履行として建物の明渡しなどを求めた別件の訴訟です。もう1つは、売主のBさんが、だまされて契約したとして、詐欺による取消しを理由に、所有権に基づく登記の抹消をAさんに求めた本件の訴訟です。本件が上告審まで争われている途中で、別件の判決が先に確定しました。別件の確定判決は、その理由の中で、売買契約が有効だという判断を示していました。別件で勝ったAさんは、その確定判決があるのだから、Bさんは本件でもう契約の有効性や所有権の帰属を争えないはずだ、と主張しました。

判例最判昭和44・6・24 判時569号48頁〈百選84〉

別件の確定判決の理由中の判断が本件に及ぶかが争われた事件(争点効) 右確定判決は、その理由において…右売買契約が有効であること…を確認していても、訴訟物である…請求権の有無について既判力を有するにすぎず、本件建物の所有権の存否について、既判力およびこれに類似する効力(いわゆる争点効…)を有するものではない。

最高裁は、争点効という考え方をはっきり認めませんでした。確定判決の理由の中でどれだけ実質的な判断が示されていても、それは訴訟物についての既判力を生むだけで、訴訟物以外の事項について、既判力に類似する効力まで持つものではない、と述べています。なぜ認めないのか。114条1項は、既判力を主文に限ると、条文で線を引いています。どの争点を真剣に争ったかは、後から振り返らないと測れません。その曖昧な基準で線を広げてしまうと、当事者は前訴の時点で、どこまで争えば縛られるのかを予測できなくなります。この判決は続けて、所有権について既判力が欲しければ、所有権確認の訴えを起こして、そこで既判力を持つ確定判決を得ることができる、とも述べています。理由中の判断に既判力が欲しいなら、争点効という解釈に頼るのではなく、訴訟物そのものを増やして正面から審理してもらうべきだ、という考え方が一貫しています。

信義則遮断の位置づけの板(争点効=前訴で争った争点に拘束力を及ぼす学説・判例は否定/信義則遮断=訴訟物の違う後訴でも前訴の蒸し返しなら封じた判例の実例/両方とも訴訟物=既判力という原則の外側にある例外的な処理) 図:信義則遮断の位置づけの板

  • 争点効=前訴で争った争点に拘束力を及ぼす学説・判例は否定
  • 信義則遮断=訴訟物の違う後訴でも前訴の蒸し返しなら封じた判例の実例
  • 両方とも訴訟物=既判力という原則の外側にある例外的な処理

ここでもう一つ、別の道具を見ます。争点効は、前訴で実際に争った争点に拘束力を及ぼそうとする発想でした。これとは別に、訴訟物が違うので既判力の及ばない後訴を、前訴の蒸し返しだとして封じた判例があります。信義則による遮断です。

昭和51年判決の事案の板(前訴=売買契約(実質は土地返還の和解)に基づく移転登記請求で棄却確定/本訴=同じ買収処分の無効を理由とする抹消に代わる移転登記請求・訴訟物は異なる/A=原告側(前訴はAだけ・本訴はAを含む相続人ら)/B=登記名義人・被告) 図:昭和51年判決の事案の板

  • 前訴=売買契約(実質は土地返還の和解)に基づく移転登記請求で棄却確定
  • 本訴=同じ買収処分の無効を理由とする抹消に代わる移転登記請求・訴訟物は異なる
  • A=原告側(前訴はAだけ・本訴はAを含む相続人ら)
  • B=登記名義人・被告

Aさんが、Bさんを相手に、売買契約に基づく移転登記を求める訴えを起こし、棄却されて確定していました。その後、Aさんは、同じ土地について、戦後の農地改革で国が農地を強制的に買い上げた処分、つまり買収処分が無効だったことを理由に、登記の抹消に代わる移転登記を求める訴えを起こしました。訴訟物は前訴と本訴とで違います。前訴は売買契約に基づく請求権、本訴は買収処分の無効に基づく請求権です。ただ、Aさんは前訴の中でも、買収処分は無効だと一貫して主張していました。前訴の売買契約も、無効な買収で失った土地を取り戻すために結んだものだ、という主張です。

判例最判昭和51・9・30 民集30巻8号799頁〈百選79〉

買収処分の無効を理由とする後訴が信義則で退けられた事件(信義則による遮断) 本訴は、実質的には、前訴のむし返しというべきものであり、前訴において本訴の請求をすることに支障もなかつたのにかかわらず、さらに上告人らが本訴を提起することは、本訴提起時にすでに右買収処分後約二〇年も経過しており…地位を不当に長く不安定な状態におくことになることを考慮するときは、信義則に照らして許されないものと解するのが相当である。

訴訟物が違うので、既判力そのものは及びません。それでも最高裁は、3つの事情を挙げて、Aさんの本訴を退けました。1つめは、本訴が実質的に前訴の蒸し返しだということ。どちらの訴えも、買収処分が無効だという前提で、土地を取り戻そうとするものでした。2つめは、Aさんが前訴の段階で本訴の請求もできたのに、それをしなかったこと。3つめは、買収処分から約20年も経ち、Bさんの地位をこれ以上不安定な状態に置くべきではないこと。この3つを重ねて、信義則に照らして許されない、と結論づけました。原審は訴えを却下していて、最高裁もその結論を是認しました。既判力という正面の道具ではなく、訴訟上の信義則という一般条項を使って、後訴そのものを封じた、という点が、争点効とはっきり違います。

争点効と信義則遮断の違いの板(争点効=前訴で争った争点に既判力に類する効力を及ぼす学説・判例は否定/信義則遮断=訴訟物は違っても前訴の蒸し返しと評価される後訴を信義則で封じる判例の実例(前訴でも買収処分の無効を主張していた)/共通点=どちらも114条1項の原則の外側で拘束力を広げようとする試み) 図:争点効と信義則遮断の違いの板

  • 争点効=前訴で争った争点に既判力に類する効力を及ぼす学説・判例は否定
  • 信義則遮断=訴訟物は違っても前訴の蒸し返しと評価される後訴を信義則で封じる判例の実例(前訴でも買収処分の無効を主張していた)
  • 共通点=どちらも114条1項の原則の外側で拘束力を広げようとする試み

争点効は、前訴で実際に争った争点に、既判力に似た拘束力を及ぼそうとする学説でした。判例はこれを認めていません。信義則による遮断は、訴訟物が違うので既判力の及ばない後訴について、前訴でも主張していた事柄の蒸し返しだと評価して、訴えそのものを封じた判例の実例です。あの事案では、後訴の理由にした買収処分の無効を、Aさんは前訴でも主張していました。拘束力を向ける先も、封じ方の理屈も違います。共通しているのは、どちらも114条1項が定めた「訴訟物にしか既判力は生じない」という原則の外側で、何とか拘束力を広げようとしている、という点です。既判力という正規の道具を使わずに、信義則という一般条項で個別に処理してしまってよいのか、という批判が根強くあります。信義則は要件が抽象的なので、どんな場合に後訴が封じられるのか、事前に予測しにくくなるという懸念です。

訂正(2026-10-02) 動画では、この判例による信義則の遮断を「前訴で争っていない部分にまで」「前訴で争ってすらいない請求について」後訴を封じたものと説明し、2枚の板(上の2つの図)にも「前訴で争っていない部分も」「前訴で争ってすらいない請求」と書いていました。しかし判決の事実関係では、原告側は前訴でも買収処分が無効であることを一貫して主張しており、判決は本訴を、訴訟物は違うものの「実質的には、前訴のむし返し」としています。「争点効=前訴で争った争点/信義則=前訴で争っていない部分」という対比は判決からは出てきません。上の本文と板の説明は判決どおりに直しています。

限定承認と既判力に準ずる効力

限定承認の一部認容判決の受けの板(以前見た限定承認の一部認容判決=被告が限定承認の抗弁を認められ「相続財産の限度で支払え」との判決が確定/今日の論点=その後、原告が基準時前の法定単純承認事由を主張して無限定の給付を求める後訴を起こせるか) 図:限定承認の一部認容判決の受けの板

  • 以前見た限定承認の一部認容判決=被告が限定承認の抗弁を認められ「相続財産の限度で支払え」との判決が確定
  • 今日の論点=その後、原告が基準時前の法定単純承認事由を主張して無限定の給付を求める後訴を起こせるか

最後に、限定承認をめぐる応用を見ます。以前、被告が限定承認の抗弁を認められ、「相続財産の限度で支払え」という一部認容判決が確定する場面を扱いました。今日はその続きです。判決確定後、原告が、実は被告に相続財産を隠した事実があった、つまり法定単純承認にあたる事由があったと主張して、限度を付けない無限定の給付を求める後訴を起こせるでしょうか。前訴で訴訟物になっていたのは、相続債務の支払いを求める請求権のほうですか。だとすると、限定承認があったこと自体は、理由中の判断に見えます。原則どおりなら、理由中の判断には既判力が生じないので、後訴で法定単純承認の事実を持ち出して争えそうに見えます。ここで判例がどう判断したかを見ます。

判例最判昭和49・4・26 民集28巻3号503頁〈百選85〉

限定承認の存在・効力についての前訴の判断に既判力に準ずる効力を認めた事件 限定承認の存在及び効力についての前訴の判断に関しては、既判力に準ずる効力があると考えるべきである。

最高裁は、前訴の訴訟物は給付請求権の存在とその範囲だとしながらも、限定承認の存在と効力についての前訴の判断には、既判力に準ずる効力がある、として、後訴での法定単純承認の主張を認めませんでした。

既判力に準ずる効力を認めた2つの理由の板(理由1=限定承認の結論が主文に現れる/理由2=基準時前の事情は後から持ち出せない=当時の民訴法の請求異議の規定〈今の民執法35条2項〉の趣旨) 図:既判力に準ずる効力を認めた2つの理由の板

  • 理由1=限定承認の結論が主文に現れる
  • 理由2=基準時前の事情は後から持ち出せない=当時の民訴法の請求異議の規定〈今の民執法35条2項〉の趣旨

決め手は主文です。明渡しの判決の主文には、所有権はどこにも出てきません。ところが限定承認が認められると、主文そのものに「相続財産の限度で」と書き込まれます。限定承認の存否は訴訟物に準ずるものとして審理され、その結論が主文に姿を現している。だから既判力に準ずる効力を認めてよい、というのが判決の理由です。判決はさらに、確定判決に対する異議の事由は、口頭弁論の終結後に生じたものに限る、という当時の民事訴訟法の規定の趣旨も重ねています。今でいえば、前回見た請求異議の訴えの条文、民事執行法35条2項にあたる規定です。相続財産を隠したという事実は、前訴の口頭弁論が終わるより前の事情です。判決前に返していたのに言い忘れた弁済が蒸し返せないのと同じで、後から持ち出すことはできない、という筋です。

以前見た限定承認のカードとは矛盾していません。以前見たのは、同じ判決のうち、一部認容判決の主文をどう書くか、という部分でした。今日引いたのは、同じ判決の別の判示部分、既判力に準ずる効力という部分です。同じ判決が、2つの異なる場面でそれぞれ参照される、というだけのことです。

学説の批判の板(批判=法定単純承認にあたる事由は相続人=被告側の事情/基準時前の事由だとしても前訴で原告に主張・立証を期待するのは酷という批判) 図:学説の批判の板

  • 批判=法定単純承認にあたる事由は相続人=被告側の事情
  • 基準時前の事由だとしても前訴で原告に主張・立証を期待するのは酷という批判

この判例にも、学説からの批判があります。法定単純承認にあたる事由、たとえば相続財産の隠匿は、被告である相続人の側の事情です。基準時より前に起きていた事由だとしても、それを前訴で原告に主張し立証しろというのは酷ではないか、という批判です。そうした批判があることも押さえたうえで、判例の立場としては、既判力に準ずる効力を認めて、後訴で蒸し返すことを封じている、という結論を覚えておいてください。

今日の地図(保存版)

今日の地図の板(①114条1項=既判力は主文=訴訟物にしか生じない/②判決理由中の判断には既判力が生じない・自衛策は訴えの併合・中間確認の訴え/③唯一の明文例外=相殺の抗弁・対抗した額の限度で既判力/④争点効は学説が提唱・判例は否定/信義則による遮断は判例の実例/⑤限定承認の存在・効力には既判力に準ずる効力) 図:今日の地図の板

  • ①114条1項=既判力は主文=訴訟物にしか生じない
  • ②判決理由中の判断には既判力が生じない・自衛策は訴えの併合・中間確認の訴え
  • ③唯一の明文例外=相殺の抗弁・対抗した額の限度で既判力
  • ④争点効は学説が提唱・判例は否定/信義則による遮断は判例の実例
  • ⑤限定承認の存在・効力には既判力に準ずる効力

今日の5つの軸をつなげます。既判力は、原則として判決の主文、つまり訴訟物についての判断にしか生じません。判決理由中の判断には既判力が生じませんが、これは当事者が攻撃防御をどこに集中させるかの自由と、裁判所が審理順序を選ぶ自由を守るための立法政策です。この原則には、相殺の抗弁というただ一つの明文の例外があり、対抗した額の限度で既判力が生じます。この原則を解釈で広げようとしたのが争点効という学説ですが、判例はこれを認めていません。ただし、信義則という別の道具で、蒸し返しにあたる後訴を封じた実例はあります。そして限定承認の場面では、既判力に準ずる効力という形で、理由中の判断にも似た拘束力が認められています。

冒頭事案の解決の板(所有権の帰属=理由中の判断だからBは後訴で争い直せる/Aがそれを避けたければ所有権確認の訴えを併合しておくべきだった) 図:冒頭事案の解決の板

  • 所有権の帰属=理由中の判断だからBは後訴で争い直せる
  • Aがそれを避けたければ所有権確認の訴えを併合しておくべきだった

冒頭のAさんとBさんの事案も、これで説明がつきました。所有権の帰属は理由中の判断だから、Bさんは後訴で争い直せる。もしAさんがそれを避けたければ、所有権確認の訴えを併合しておくべきだった、ということですね。既判力がどこに生じるかを知っていれば、事前にどう手を打てばよかったかまで見えてきます。

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#70単独ページ動画

一部請求と既判力(残部請求・明示・信義則)

第3章 訴訟の終了 #70/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

勝てば残りが取れて、負けたら取れない

冒頭の対比事案の板(Aが総額3,000万円のうち1,000万円だけを明示して請求/①勝訴確定→残り2,000万円を請求できる/②棄却確定→残り2,000万円を請求できない/同じ「一部だと明示した」なのに結論が逆転する) 図:冒頭の対比事案の板

  • Aが総額3,000万円のうち1,000万円だけを明示して請求
  • ①勝訴確定→残り2,000万円を請求できる
  • ②棄却確定→残り2,000万円を請求できない/同じ「一部だと明示した」なのに結論が逆転する

前回、既判力は主文、つまり訴訟物についての判断にしか生じない、という原則を確認しました。今日は、この原則を、一部請求という具体的な場面に当ててみます。まず、こんな場面を考えてください。Aさんが、Bさんに対して持っている総額3,000万円の債権のうち、1,000万円だけを明示して請求しました。これが勝訴して確定した場合、Aさんは残りの2,000万円をあとから請求できます。同じように1,000万円だけを明示して請求して、今度は棄却されて確定したとします。この場合、Aさんは残りの2,000万円をもう請求できません。

しかも、この逆転の理由は、既判力ではありません。既判力の原則が崩れたわけではなく、逆転を生んでいるのが別の道具だ、というのが今日の核心です。今日は、既判力という道具そのものと、それとは別のもう一つの道具を、はっきり分けて見ていきます。

判例の到達点を、既判力の言葉で言い直す

判例の到達点を既判力の言葉で言い直す板(明示して一部を請求した場合、訴訟物は明示された一部だけ/勝訴確定なら残部はまだ何も判断されていない=既判力は残部に及ばない/棄却確定なら残部請求は許されない=根拠は既判力ではなく信義則) 図:判例の到達点を既判力の言葉で言い直す板

  • 明示して一部を請求した場合、訴訟物は明示された一部だけ
  • 勝訴確定なら残部はまだ何も判断されていない=既判力は残部に及ばない
  • 棄却確定なら残部請求は許されない=根拠は既判力ではなく信義則

一部請求そのものの入口は、以前に扱いました。今日は、その結論を、既判力の言葉でもう一度組み立て直します。具体的に、冒頭のAさんの事案に戻ります。1,000万円だけを明示して請求すると、訴訟物は1,000万円の部分に限られます。勝訴が確定した場合、既判力が生じるのは、この1,000万円についての判断だけです。残り2,000万円については、まだ何も判断されていません。だから、あらためて請求できます。ここまでは、既判力という道具だけで説明がつきます。

⭐ 論文で書く規範:明示して勝訴すれば、残部への既判力は生じない 債権の一部であることを明示して請求すれば、訴訟物は明示した一部だけに限られる。だから勝訴が確定しても、残部には既判力が及ばない。 (出どころ=判例(最判昭和37年8月10日))

ところが、棄却が確定した場合は、話が変わります。この場合、判例は残部の請求を許しません。ここで判例が根拠にしているのは、既判力ではありません。前訴で、Aさんの持っている債権そのものが3,000万円まるごと存在するかどうかを審理した結果、その存在自体が認められなかった、と評価するんです。だから、あらためて残部を持ち出すのは、Bさんが「もう決着した」と信頼していたことに反する、二重に応訴させる負担だ、という理屈です。

⭐ 論文で書く規範:明示して棄却されれば、信義則によって残部請求が遮断される 明示した一部請求が棄却されて確定すれば、前訴で債権全体を審理して残部も無いと判断されたことになる。その後の残部請求は、特段の事情がない限り、被告の合理的期待と二重の応訴負担から、既判力ではなく信義則によって許されない。 (出どころ=判例(最判平成10年6月12日))

ここで、たとえで整理しておきます。工場が、3,000個のロットのうち、代表として100個だけを抜き取って検査に出したとします。100個が合格だった場合、検査に出したのは100個だけなので、残り2,900個については何の判断も出ていません。だから、あとから追加で検査に出せます。ところが、100個が不合格だった場合はどうでしょうか。抜き取り検査は、そもそも全体の品質を推し量るために行うものです。不合格という結果が出れば、出荷先はロット全体がアウトだと受け止めて、次の対応を始めています。結果を見てから検査の範囲の狭さを持ち出すのは、出荷先の受け止め方を裏切ることになりますよね。100個だけを対象にしたという説明そのものは、合格でも不合格でも変わりません。ただ、不合格という結果が出た場面では、それとは別に、相手がどう受け止めたかという評価が働いて、追加の主張を封じるんです。

既判力は訴訟物の範囲で決まる道具、信義則は前訴でどこまで実質的に決着がついたかという評価の道具です。この2つを分けて持ち帰ってください。

「明示した」という事実は、理由中にしか現れない

理由中の判断との緊張関係の板(訴訟物を明示された一部に限定する根拠=「一部だと明示した」という事実/この事実は判決の主文には現れず、事実及び理由の記載にしか現れない/前回の原則=理由中の判断には既判力が生じない、とどう両立するか) 図:理由中の判断との緊張関係の板

  • 訴訟物を明示された一部に限定する根拠=「一部だと明示した」という事実
  • この事実は判決の主文には現れず、事実及び理由の記載にしか現れない
  • 前回の原則=理由中の判断には既判力が生じない、とどう両立するか

ここで、学説からの批判を見ておきます。さっきの到達点に、批判があるんですか。あります。例えば、判決の主文には、「被告は原告に金1,000万円を支払え」としか書かれません。これが「3,000万円のうちの一部だ」という前提は、主文のどこにも現れず、判決の理由の記載を読んで初めて分かることです。

条文民事訴訟法114条1項

民事訴訟法114条1項(既判力の範囲) 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。

だとすると、「明示していた」という理由中にしかない事実を根拠にして、訴訟物の範囲、ひいては既判力の及ぶ範囲を決めてしまうのは、前回否定したはずの、理由中の判断への拘束力を、こっそり持ち込んでいることにならないか。これが批判の中身です。

⭐ 論文で書く規範:明示は理由中にしか現れないという批判 「一部だと明示した」という事実は主文に現れず理由中にしか現れない。それを根拠に訴訟物の範囲を絞るのは、理由中の判断に既判力類似の拘束力を認めることになるのではないか。 (出どころ=学説(判例の立場そのものではない))

判例の側に立って考えると、こう言うことができます。理由中の判断そのものに拘束力を持たせているのではなく、そもそも訴訟物とは何かを確定する材料として、理由の記載を読んでいるだけだ、という言い方です。訴訟物を特定する作業自体が、もともと請求の趣旨と原因、つまり理由の記載を読んで行うものだったことは、前回すでに確認しています。訴訟物を確定する作業の一部として理由を読むのと、理由中の判断そのものに拘束力を持たせるのとは、違うということですか。そういう整理です。違いは、前回の所有権の例と並べると見えてきます。所有権は、裁判所が明渡しを判断する途中で、その前提として認定したものでした。当事者は、そこまで本気で争うことを強制されていませんでした。これに対して「1,000万円だけ」という明示は、裁判所の判断ではありません。何を裁判してほしいかという、原告の申立ての枠そのものです。Bさんも訴状を受け取った時点で、争いの対象が1,000万円の部分だけだと分かっていますし、残りが気になれば、反訴で受け止めることもできました。

だから、前回の3つの理由は、ここでは当てはまりにくいんです。ただ、この線引きがどこまで明快かは、学説の間でも意見が割れています。今日はこの緊張関係があることを押さえたうえで、次に進みます。

明示と黙示の境界が揺らぐ実例(1)——分割債務として勝った後に言い直す

昭和32年判決の関係図(A=原告/B・C=被告2名/Aは連帯債務であることを主張しなかったため、裁判所は分割債務の主張と解し各自の分割額で勝訴判決確定/その後Aは「前訴は連帯債務の一部請求だった」と主張して残部を請求) 図:昭和32年判決の関係図

  • A=原告
  • B・C=被告2名
  • Aは連帯債務であることを主張しなかったため、裁判所は分割債務の主張と解し各自の分割額で勝訴判決確定
  • その後Aは「前訴は連帯債務の一部請求だった」と主張して残部を請求

ここまでは、原告が最初から「一部です」とはっきり明示していた場合でした。ここからは、その区別自体が揺らぐ実例を2つ見ます。1つめです。Aさんが、Bさん・Cさんの2人を相手に、45万円の金銭債務の履行を求める訴えを起こしました。ところが、この訴えの中でAさんは、Bさん・Cさんの債務が連帯債務だとは主張していませんでした。裁判所は、分割債務の主張だと解しました。分割債務なら、Bさん・Cさんはそれぞれ、人数で割った金額だけを負担すれば足ります。だから、それぞれ22万5千円を支払え、という勝訴判決が確定しました。その後、Aさんは、こう主張して別の訴えを起こしました。「前訴は、本当は連帯債務の一部請求だったんです」と。連帯債務なら、Bさん・Cさんはそれぞれ45万円全額について責任を負いますから、勝訴額を超える残りの22万5千円ずつを、あらためて請求しようとしたんです。

判例最判昭和32年6月7日 民集11巻6号948頁〈百選81〉

分割債務として勝訴確定後に一部請求だったと主張し直した事件 前訴請求をもつて本訴の訴訟物たる四五万円の連帯債務の一部請求と解することはできない。……請求の全部につき勝訴の確定判決をえた後において、今さら右請求が訴訟物の一部の請求にすぎなかつた旨を主張することは、とうてい許されない。

最高裁は、これを認めませんでした。前訴で全部について勝訴した以上、あとから「実は一部だった」と言い直すことは、とうてい許されない、という判断です。前訴の段階では、Aさん自身、一部請求のつもりだという発想を、そもそも示していませんでした。裁判所も、分割債務の全額について判断したという前提で、判決を書いています。そこに、後から「実は一部だった」という主張を差し込むと、確定した判決の内容を、勝った側の都合で書き換えることになってしまいます。事後的な言い分で決着をつけられるものではない、というのが、この判決から見えてくることです。ただ、この判決が封じたのは、前訴で全部について勝ったあとの言い直しです。前訴の時点で誰にも分かりようがなかった損害まで封じたわけではありません。それが、次の実例です。

明示と黙示の境界が揺らぐ実例(2)——予測できなかった後遺症

昭和42年判決の関係図(A=原告・被害者/B=被告・加害者/前訴=口頭弁論終結時までの治療費請求で勝訴確定/その後、予測できなかった後遺症により再手術が必要になり、追加の治療費を後訴として請求) 図:昭和42年判決の関係図

  • A=原告・被害者
  • B=被告・加害者
  • 前訴=口頭弁論終結時までの治療費請求で勝訴確定
  • その後、予測できなかった後遺症により再手術が必要になり、追加の治療費を後訴として請求

2つめの実例です。Aさんが、Bさんの起こした事故による怪我の治療費を求める訴えを起こしました。前訴の口頭弁論が終わる時点までにかかった治療費を請求して、勝訴が確定しました。ところがその後、前訴の時点では誰にも予測できなかった後遺症が現れて、再手術が必要になりました。Aさんは、その追加の治療費を求めて、あらためて訴えを起こしました。最高裁は、前訴と後訴とでは訴訟物が異なるとして、後訴を認めました。

判例最判昭和42年7月18日 民集21巻6号1559頁〈百選82〉

予測できなかった後遺症による追加の治療費請求が認められた事件 前訴と本件訴訟とはそれぞれ訴訟物を異にするから、前訴の確定判決の既判力は本件訴訟に及ばない。

明示が無いのに残りの請求が通った、という点が、この判決のややこしいところです。判決は、まず、最初に見た、一部だと明示した請求の既判力は残りに及ばない、という判例の考え方を掲げます。そのうえで、再手術の費用は前訴の請求から外れていたことが明らかだから、前訴とは訴訟物が別だ、としています。明示しようにもできなかった場面に、判例自身が一部請求の理屈を当てはめたわけです。明示しようにもできなかったのに、結果としては、一部請求と同じ扱いになる、ということですか。そういう位置づけです。この後遺症の場面は、既判力の基準時を扱った回にも出てきました。あのときは、判断が固定される時点、つまり事実審の口頭弁論終結時には、とても主張を期待できなかったから遮断しない、という学説の説明でした。判例のほうは、時点の話ではなく、そもそも訴訟物が別だ、という形で同じ結論を出しています。入り口は違っても、前訴で主張する機会が無かった損害までは封じない、という向きは同じです。ここで、黙示の一部請求と、この後遺症の場面を並べてみましょう。

2つの実例の対比の板(黙示の一部請求=前訴で一部請求という発想自体が無かった事後の言い直しは許されない/後遺症の実例=前訴の時点で全体像を把握しようがなかった事後の請求が認められる/どちらも当事者の主観的な意識や事後の言い分だけでは決まらない=前訴でどこまで審理を尽くしたかという実質判断が背後にある) 図:2つの実例の対比の板

  • 黙示の一部請求=前訴で一部請求という発想自体が無かった事後の言い直しは許されない
  • 後遺症の実例=前訴の時点で全体像を把握しようがなかった事後の請求が認められる
  • どちらも当事者の主観的な意識や事後の言い分だけでは決まらない=前訴でどこまで審理を尽くしたかという実質判断が背後にある

あとから一部のつもりだったと示すだけでは、残りは請求できません。黙示の一部請求の判決を思い出してください。前訴では一部請求という発想自体が無かったのに、あとから「実は一部だった」と言い直すことは、とうてい許されませんでした。これに対して2つめの実例は、事後的な事情の変化——後遺症の発生——を理由に、後訴を認めました。一見、逆の結論に見えますが、共通する物差しがあります。前訴の時点で、当事者と裁判所が、どこまでを対象として真剣に審理していたか、です。黙示の一部請求の事案では、前訴で全部について審理し、全部について勝訴していました。そこに、あとから「実は一部だった」を差し込む余地はありません。後遺症の事案では、前訴の時点で存在すら分からなかった損害について、審理のしようがありませんでした。だから、それは前訴の対象に含まれておらず、後訴で初めて審理してよいことになります。

これは、次の論点にもそのままつながります。

棄却後の遮断と、外側説との関係

棄却後の遮断の根拠の板(平成10年最判=前訴で債権全体について審理し尽くしたという評価が遮断の根拠/この評価を補強する材料として相殺の抗弁が絡む場面の判例の考え方=外側説が引用されている) 図:棄却後の遮断の根拠の板

  • 平成10年最判=前訴で債権全体について審理し尽くしたという評価が遮断の根拠
  • この評価を補強する材料として相殺の抗弁が絡む場面の判例の考え方=外側説が引用されている

先ほど見た、棄却されたあとの遮断です。根拠は、前訴で債権全体について審理を尽くした、という評価でした。この評価を補強する材料として、相殺の抗弁が絡む場面での判例の考え方が引用されています。外側説と呼ばれる考え方です。過失相殺の場面の外側説と名前は同じですが、場面がまったく違います。混同しないように、先に区別しておきます。過失相殺の外側説は、損害の全額から過失割合による減額をする、という話でした。今日出てくる外側説は、被告が相殺の抗弁を出した場面で、一部請求額からではなく、債権の総額から、被告が原告に持っている別の債権、つまり自働債権の額を控除する、という話です。控除する対象がまったく違います。Aさんが、Bさんに対して、ある債権のうち一部を明示して請求したとします。これに対してBさんが、自分の持っている別の債権を持ち出して、相殺の抗弁を出したとします。裁判所がこの抗弁を認める場合、判例はどこから控除するでしょうか。

判例最判平成6年11月22日 民集48巻7号1355頁〈百選113〉

一部請求に対する相殺の抗弁で控除の起点が争われた事件 一部請求は、特定の金銭債権について、その数量的な一部を少なくともその範囲においては請求権が現存するとして請求するものであるので……一部請求の額から減少額の全額……を控除して認容額を決することは、一部請求を認める趣旨に反する。

判例は、一部請求の額からではなく、債権の総額から自働債権の額を控除すべきだとしています。

外側説の計算の板(債権総額2,000万円のうち800万円を明示して請求/被告の自働債権600万円で相殺/請求額から控除すると800万円−600万円=200万円/総額から控除すると2,000万円−600万円=1,400万円/1,400万円は請求額800万円を上回る=請求どおり800万円を認容) 図:外側説の計算の板

  • 債権総額2,000万円のうち800万円を明示して請求
  • 被告の自働債権600万円で相殺
  • 請求額から控除すると800万円−600万円=200万円
  • 総額から控除すると2,000万円−600万円=1,400万円
  • 1,400万円は請求額800万円を上回る=請求どおり800万円を認容

計算してみましょう。Aさんの債権の総額が2,000万円あって、そのうち800万円だけを明示して請求したとします。Bさんが600万円の自働債権で相殺を主張して、これが認められたとします。請求額の800万円から600万円を引けば、残りは200万円です。これに対して、総額2,000万円から600万円を引くと、1,400万円が残ります。この残額は、明示した請求額を上回ります。だから、この場合は請求どおり800万円が認容されます。控除する場所が違うだけで、認められる額がまるで変わるんです。なぜ総額から控除するのか。一部請求をする原告は、少なくともその金額分の債権は確実に残っている、という前提で請求しています。だとすれば、相殺によって消えるのは、まず請求していない残りの部分からだ、と考えるのが、一部請求という制度を認める趣旨に沿う、というのが判例の理屈です。

過失相殺と相殺とで場面は違っても、一部請求をする原告の意思を尊重する、という軸は同じです。名前が同じ「外側説」なのは、この発想の共通性によるものです。

外側説が遮断の根拠を補強する板(外側説=認容額を出すには債権総額の確定が要る/一部請求でも審理は債権全体の発生・消滅に及ぶ=相殺の場面に限らない/棄却=全体を見たうえで請求額すら残っていない/あとから残部を持ち出すのは審理済みの蒸し返し) 図:外側説が遮断の根拠を補強する板

  • 外側説=認容額を出すには債権総額の確定が要る
  • 一部請求でも審理は債権全体の発生・消滅に及ぶ=相殺の場面に限らない
  • 棄却=全体を見たうえで請求額すら残っていない
  • あとから残部を持ち出すのは審理済みの蒸し返し

では、平成10年の判決に戻ります。外側説をとると、裁判所は一部請求であっても、まず債権の総額がいくらあるかを確かめなければ、認められる額を計算できません。これは相殺の場面に限った話ではありません。平成10年の判決は、一部請求の当否を決めるには、債権の全部について、発生や消滅の原因になる事実を審理して、いま残っている額を確かめる必要がある、と一般的に述べていて、その裏付けとして平成6年の判決を引いています。被告が弁済を主張した場合も、そもそも債権が成立したかが争われた場合も、同じです。つまり審理は、明示した一部だけでなく、債権全体に及んでいるんです。

だから、あとから残部を持ち出すのは、全体を見終えた審理の蒸し返しだ、という評価につながります。これが、外側説が遮断の根拠を補強している、という意味です。

遮断の根拠への批判の板(平成10年最判は前訴で債権全体を審理し尽くしたという結果から遮断を導く/単に棄却判決が確定したという結果だけで全体決着済みとするなら残部の請求をいっさい認めない全面否定説と実質的な違いがなくなる/遮断してよいかは結果ではなく前訴の審理過程で両当事者が実際に債権全体を争ったという具体的な手続保障の有無で決めるべき) 図:遮断の根拠への批判の板

  • 平成10年最判は前訴で債権全体を審理し尽くしたという結果から遮断を導く
  • 単に棄却判決が確定したという結果だけで全体決着済みとするなら残部の請求をいっさい認めない全面否定説と実質的な違いがなくなる
  • 遮断してよいかは結果ではなく前訴の審理過程で両当事者が実際に債権全体を争ったという具体的な手続保障の有無で決めるべき

平成10年の判決に、もう一つ批判を重ねておきます。単に棄却判決が確定したという結果だけから、「債権全体について決着がついた」と評価するなら、以前見た、残部の請求をいっさい認めない全面否定説と、ほとんど変わらなくなってしまうという批判です。原告は、あくまで訴訟物を、明示した1,000万円に限定していました。被告のほうも、残る2,000万円について債務が無いことの確認を求める反訴を、起こそうと思えば起こせたはずです。それをしなかった以上、一部だと明示すれば残部を残せるという明示説の建前からすれば、残部請求を許すほうが筋が通る、という反論も成り立ちます。だから、遮断してよいかどうかは、棄却判決が確定したという結果だけで決めるのではなく、前訴の審理過程で、両当事者が実際に債権全体を争って、裁判所がそれを審理したという、具体的な手続保障の有無で決めるべきだ、という考え方が成り立ちます。

棄却のあとに残部を封じているのは、既判力ではなく、前訴でどこまで審理を尽くしたかを見る信義則です。冒頭の、勝ち負けで結論が逆転する理由は、ここにあります。

係属中の残部を、どう扱うか

係属中の残部のまとめ地図の板(一部請求の訴訟が係属中に残部を別訴にする=142条〈重複訴訟の禁止〉に触れるとする説が多い/判例の理屈〈訴訟物が別〉を貫くなら本来あたらないはず=理論的な緊張関係/残部を相殺の抗弁として使うのは重複訴訟にあたらない〈受け〉/訴えの変更〈143条〉で全部に拡張できる) 図:係属中の残部のまとめ地図の板

  • 一部請求の訴訟が係属中に残部を別訴にする=142条〈重複訴訟の禁止〉に触れるとする説が多い
  • 判例の理屈〈訴訟物が別〉を貫くなら本来あたらないはず=理論的な緊張関係
  • 残部を相殺の抗弁として使うのは重複訴訟にあたらない〈受け〉
  • 訴えの変更〈143条〉で全部に拡張できる

最後に、一部請求の訴訟がまだ終わっていないうちに、原告が残部をどう扱えるかを見ておきます。以前、重複訴訟の禁止を扱いました。

条文民事訴訟法142条

民事訴訟法第142条(重複する訴えの提起の禁止) 裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することができない。

例えば、一部請求の訴訟が係属している間に、原告が残部について別の訴えを起こすと、この142条に触れるとする説が多くあります。

⭐ 論文で書く規範:係属中の残部の別訴は142条に触れるとする説が多い 一部請求の訴訟が係属している間に残部を別訴とすることは、審理の重複や被告の応訴負担、矛盾した判決の防止という142条の趣旨に照らして、これに触れるとする見解が有力である。 (出どころ=学説の状況(多数の見解))

判例の理屈を貫くなら、訴訟物が異なる以上、142条には、本来当たらないはずです。ここにも、理論的な緊張関係が残っています。もう一つ、以前見た実例があります。一部請求の残部を、自働債権として、別の訴訟で相殺の抗弁に使う場合です。同じ相手との間で簡易かつ確実に決済できるという、相殺の担保的機能を守る利益のほうを重く見て、残部を相殺の抗弁として使うことは認められる、という結論でした。一部請求の残部を扱う一つの例外として、そのまま生きています。もう一つ、原告の側に残された選択肢があります。訴えの変更です。

原告は、別訴を起こすかどうかで悩まずとも、もとの訴訟の中で、訴えの変更によって請求を全部に広げることができます。この手続の細かい要件は、別の回で扱います。こうして整理すると、原告から見た残部の扱いは、3つの道に分かれます。別訴にすれば142条との緊張関係を抱えたまま争うことになり、相殺の抗弁として使えば重複訴訟にはあたらず、訴えの変更を選べばもとの手続の中で全部に広げられます。そして別訴が許されるかどうかは、最後は、別訴にすることが被告にとって不公平といえるかどうかという、実質的な判断に戻ってきます。

今日の地図(保存版)

今日の5つの道のまとめ板(①明示なら残部に既判力は及ばない、棄却なら信義則で遮断/②明示は理由中にしか現れないという緊張関係/③黙示の一部請求・後遺症=前訴でどこまで審理を尽くしたかが本体/④外側説=総額から控除、過失相殺の外側説とは別物/⑤係属中の残部=142条との緊張関係・相殺の抗弁は例外・訴えの変更という道) 図:今日の5つの道のまとめ板

  • ①明示なら残部に既判力は及ばない、棄却なら信義則で遮断
  • ②明示は理由中にしか現れないという緊張関係
  • ③黙示の一部請求・後遺症=前訴でどこまで審理を尽くしたかが本体
  • ④外側説=総額から控除、過失相殺の外側説とは別物
  • ⑤係属中の残部=142条との緊張関係・相殺の抗弁は例外・訴えの変更という道

今日の5つの道を、1本につなぎます。明示して請求すれば、訴訟物はその一部だけに限られ、勝訴すれば残部にまだ既判力は及びません。ところが棄却されると、既判力ではなく信義則によって、残部請求が遮断されます。この到達点には、「明示は理由中にしか現れない」という緊張関係が指摘されています。黙示の一部請求と後遺症の実例を並べると、明示か黙示かという言葉そのものより、前訴でどこまで審理を尽くしたか、という物差しが背後にあることが見えてきました。相殺の抗弁が絡む場面の外側説は、一部請求額からではなく債権の総額から控除するという考え方でした。係属中の残部は、別訴なら142条との緊張関係を抱え、相殺の抗弁として使うのは例外的に認められ、訴えの変更という道も残されています。

冒頭のAさんの事案も、これで説明がつきました。1,000万円だけを明示して勝訴すれば残り2,000万円を請求できて、棄却されれば請求できない。理由は既判力ではなく、前訴でどこまで審理を尽くしたかという評価だったんですね。

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#71単独ページ動画

既判力の主観的範囲(115条・口頭弁論終結後の承継人)

第3章 訴訟の終了 #71/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

判決の翌日、建物を売られたら

冒頭事案の関係図(A=土地所有者・原告/B=無権原で建物を建てて占有・被告/建物収去土地明渡し請求でAが勝訴し確定/確定した翌日、Bが建物をCに売却/Cに既判力は及ぶか) 図:冒頭事案の関係図

  • A=土地所有者・原告
  • B=無権原で建物を建てて占有・被告
  • 建物収去土地明渡し請求でAが勝訴し確定
  • 確定した翌日、Bが建物をCに売却
  • Cに既判力は及ぶか

ところがここで一つ事件が起きます。判決が確定した翌日、Bさんはその建物をCさんに売ってしまいました。それはずるくないですか。Aさんはせっかく勝ったのに、また一からCさんを訴え直さないといけないんですか。そこが今日の主題です。前回まで、既判力とは何か、いつの時点の判断が固定されるか、判決のどの部分に生じるかを見てきました。今日は、その既判力が「誰に」及ぶのかを確定させます。答えを先に言うと、Cさんは、Bさんが負けたその判断を、もう争えません。なぜそう言えるのかを、条文に沿って見ていきます。

相対効の原則(115条1項1号)

相対効の原則の板(115条1項1号=既判力は原則として当事者だけに及ぶ/なぜ=主張し立証する機会を保障されたのは当事者だけ・だから勝敗の結果を引き受けるのも当事者/隣人が「その土地は自分のものだ」と別に訴えることは妨げられない/2号〜4号=本人と同じだけの手続保障を受けたとみなしてよい理由がある場合の拡張) 図:相対効の原則の板

  • 115条1項1号=既判力は原則として当事者だけに及ぶ
  • なぜ=主張し立証する機会を保障されたのは当事者だけ・だから勝敗の結果を引き受けるのも当事者
  • 隣人が「その土地は自分のものだ」と別に訴えることは妨げられない
  • 2号〜4号=本人と同じだけの手続保障を受けたとみなしてよい理由がある場合の拡張

条文民事訴訟法115条

民事訴訟法第115条(確定判決等の効力が及ぶ者の範囲) 確定判決は、次に掲げる者に対してその効力を有する。 一 当事者 二 当事者が他人のために原告又は被告となった場合のその他人 三 前二号に掲げる者の口頭弁論終結後の承継人 四 前三号に掲げる者のために請求の目的物を所持する者 2 前項の規定は、仮執行の宣言について準用する。

1項1号がまず原則です。既判力が及ぶのは、当事者だけです。なお2項は、確定前の判決でも執行できるようにする仮執行の宣言について、効力が及ぶ人の範囲を1項と同じにする規定です。原則として、前の訴訟の外にいた人には及びません。既判力は、対等に主張し立証する機会を保障された者だけを縛ります。手続を保障されていたからこそ、勝っても負けてもその結果を引き受けろと言えるわけです。Aさんの土地の事案でも、Aさんの隣に住む人が、実はあの土地は自分のものだと思っていたとします。この隣人は前の訴訟にまったく関与していないので、AさんとBさんの間の確定判決に縛られず、自分で別に所有権を争う訴えを起こすことができます。

ここから見ていく2号・3号・4号は、いずれも「本人と同じだけの手続保障を受けたとみなしてよい理由があるか」を確認する作業になります。

訴訟担当の被担当者(115条1項2号)

訴訟担当の構図の板(被担当者=本人・訴訟には出てこない/訴訟担当者=自分の名前で当事者になる/判決効は担当者(1号)だけでなく被担当者(2号)にも及ぶ/法定=破産管財人・遺言執行者/任意=選定当事者) 図:訴訟担当の構図の板

  • 被担当者=本人・訴訟には出てこない
  • 訴訟担当者=自分の名前で当事者になる
  • 判決効は担当者(1号)だけでなく被担当者(2号)にも及ぶ
  • 法定=破産管財人・遺言執行者
  • 任意=選定当事者

判決の当事者になるのは、たしかに訴訟担当者自身です。ただ、それだけでは終わらないのです。115条1項2号が答えを補います。他人のために当事者となった者、つまり訴訟担当者が受けた判決の効力は、その他人、つまり本来の権利者にも及びます。法定訴訟担当の例で確認します。破産管財人は、破産法78条・80条により破産財団、つまり破産者の財産の管理処分権を持って訴訟を追行するので、その結果は破産者本人にも及びます。遺言執行者も、以前見たとおり、相続財産の管理処分権を持ち、判例・多数説によれば法定訴訟担当です。遺言執行者が受けた訴訟の結果は、相続人本人にも及びます。任意的訴訟担当の選定当事者も同様で、選定当事者が受けた判決の効力は、選んだ本人である選定者に及びます。

難問の構図の板(債権者代位訴訟=債権者が原告・第三債務者が被告/債務者本人は訴訟に出てこないのに判決効を受けてよいか/学説の多数=債権者が債務者に訴訟告知(53条)をして参加の機会を与えたことを要件とする) 図:難問の構図の板

  • 債権者代位訴訟=債権者が原告・第三債務者が被告
  • 債務者本人は訴訟に出てこないのに判決効を受けてよいか
  • 学説の多数=債権者が債務者に訴訟告知(53条)をして参加の機会を与えたことを要件とする

ここで一つ、難しい場面を確認します。債権者代位訴訟です。以前、これを法定訴訟担当と言い切ってよいか議論が続いている、と触れました。既判力の場面でも同じ緊張関係が表れます。法定訴訟担当なら法律上の権限付与、任意的訴訟担当なら本人の授権があるからこそ、判決効を本人に広げてよいと説明できます。ところが債権者代位訴訟では、債権者と債務者の利害はむしろ対立していて、債務者本人のために訴訟をしているという実質が薄くなります。たとえば、お金を貸した債権者が、返してもらえないので、債務者が別の人に持っている売掛金を代わりに取り立てようと訴えたとします。債権者の関心は自分の貸金の回収だけです。その訴訟で主張や証拠を十分に出さずに負けたとき、判決の効力がそのまま債務者に及ぶとすると、債務者は一度も自分で争わないまま、自分の売掛金を失うことになります。

⭐ 論文で書く規範:学説の多数:債権者代位訴訟の既判力拡張の要件 債権者が提起した代位訴訟の判決の既判力を債務者に及ぼすためには、債権者が債務者に訴訟告知(53条)をして、参加の機会を与えていたことを要する。 (学説の多数)

そこで学説の多数は、訴訟告知によって参加の機会を与えていたことを、既判力拡張の要件とします。参加しようと思えばできた、という手続保障があって初めて、判決効を本人に及ぼしてよいという理屈です。

条文民法423条の6

民法第423条の6(被代位権利の行使に係る訴えを提起した場合の訴訟告知) 債権者は、被代位権利の行使に係る訴えを提起したときは、遅滞なく、債務者に対し、訴訟告知をしなければならない。

平成29年の民法改正で、この訴訟告知が債権者の義務として明文化されました。学説が既判力拡張の要件として求めていた手続保障を、条文の側があとから追いかけて手当てした形です。

口頭弁論終結後の承継人(115条1項3号)

承継人の構図の板(冒頭事案=Aの勝訴確定/基準時後にBが建物をCに譲渡/Cは口頭弁論終結後の承継人として既判力を受ける/境目は判決の確定日ではなく事実審の口頭弁論終結時) 図:承継人の構図の板

  • 冒頭事案=Aの勝訴確定
  • 基準時後にBが建物をCに譲渡
  • Cは口頭弁論終結後の承継人として既判力を受ける
  • 境目は判決の確定日ではなく事実審の口頭弁論終結時

ここで一つ思い出してください。既判力の基準時は、いつの時点でしたか?事実審の口頭弁論終結時です。基準時より前に主張できた事情は、実際に主張したかどうかを問わず、後から持ち出せなくなります。この基準時が、今日の3号でもそのまま起点になります。冒頭の事案に戻ります。Bさんが建物をCさんに売ったのは、判決が確定した翌日でした。ここで注意してほしいのは、境目は確定日ではないということです。3号が言う「口頭弁論終結後」とは、事実審の口頭弁論終結時、つまり基準時よりあと、という意味です。確定はその後にやってくる出来事なので、確定の前でも後でも、基準時さえ過ぎていれば3号の対象になります。今回のCさんは、基準時より後に建物を譲り受けているので、口頭弁論終結後の承継人にあたります。

Bさんが基準時より前に建物を売っていたら、既判力はCさんに及ぶんですか。及びません。基準時より前の承継は3号の話ではなく、訴訟承継という別の制度で処理されます。基準時前ならBさんからCさんへ当事者の地位そのものが引き継がれる手続があり、Cさんは自分で手続保障を受けたうえで判決を受けます。3号が問題にするのは、あくまで基準時より後の承継です。

一般承継と特定承継の比較板(一般承継=相続・合併など前主の地位を包括的に承継/例=基準時後にBが死亡し相続人が承継/特定承継=訴訟物やそこから派生する権利義務を個別に承継/例=基準時後にBが建物をCに譲渡/どちらも既判力の扱いは同じ) 図:一般承継と特定承継の比較板

  • 一般承継=相続・合併など前主の地位を包括的に承継
  • 例=基準時後にBが死亡し相続人が承継
  • 特定承継=訴訟物やそこから派生する権利義務を個別に承継
  • 例=基準時後にBが建物をCに譲渡
  • どちらも既判力の扱いは同じ

承継には2種類あります。一般承継は、相続や会社合併のように、前の人の地位をまとめて引き継ぐ場合です。基準時後にBさんが亡くなって相続人が地位を引き継いだ場合がこれにあたります。特定承継は、今回のBさんからCさんへの建物の譲渡のように、訴訟物やそこから派生する権利義務を個別に引き継ぐ場合です。どちらも、既判力の扱いは同じです。

⭐ 論文で書く規範:訴訟承継の判例に倣う定式:承継人の意味 115条1項3号の承継人とは、前主から紛争の主体たる地位を基準時後に承継した者をいう。 (訴訟承継の判例に倣う定式)

そこで手がかりになるのが、承継人とは何を承継した者かという定義です。訴訟物である権利関係そのものに関わる地位、いわば紛争の主体たる地位を、基準時後に承継した者を承継人と呼びます。前訴で最も強く争う利害を持っていたのは前主です。承継人は、その前主から紛争の主体たる地位をそのまま引き継いでいるので、前主が受けた手続保障の効果も、地位ごと引き継ぐと考えるわけです。Cさんは、Bさんが土地を占有する権原を持たないという前提のもとで建物を手に入れているので、Bさんと同じ立場で明渡しの判断に従うことになります。

固有の防御方法と実質説・形式説

94条2項設例の関係図(A=土地所有者/B=Aと通謀して虚偽の売買契約を結び移転登記を得た者/Aが虚偽表示による登記抹消を求めて勝訴確定/基準時後にBが土地をDに売却し移転登記/Dは承継人として既判力を受けるが、民94条2項の善意の第三者だという固有の言い分を別に持つ) 図:94条2項設例の関係図

  • A=土地所有者
  • B=Aと通謀して虚偽の売買契約を結び移転登記を得た者
  • Aが虚偽表示による登記抹消を求めて勝訴確定
  • 基準時後にBが土地をDに売却し移転登記
  • Dは承継人として既判力を受けるが、民94条2項の善意の第三者だという固有の言い分を別に持つ

承継人には、もう一段深い論点があります。別の設例で考えます。土地の所有者Aさんが、Bさんと通じて虚偽の売買契約を結び、Bさんに移転登記をしてしまったとします。Aさんが、この虚偽表示は無効だとして登記の抹消を求め、勝訴が確定したとします。ところがAさんが登記を抹消しないでいるうちに、基準時の後、Bさんが土地をDさんに売って移転登記をしてしまいました。Dさんは、基準時の後にBさんから土地を譲り受けているので、承継人にあたります。ですから、BさんのAさんに対する登記抹消義務そのものを、Dさんが正面から否定することはできません。ただし、Dさんには、それとは別に、自分はAさんとBさんの売買が見せかけだったことを知らずに譲り受けたのだから、民法94条2項で守られるはずだ、という言い分があります。

条文民法94条

民法第94条(虚偽表示) 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。 2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

その言い分は、既判力によって封じられてしまうんですか。そこが今日の山場です。この善意の第三者だという言い分は、Dさんが承継人として引き継いだBさんの立場とは別の、Dさん固有の実体法上の言い分です。これを固有の防御方法と呼びます。答えは、封じられません。前の判決には、この固有の言い分まで締め出す力はないのです。

なぜDさんの言い分は封じられないかの板(既判力が及ぶ範囲=前訴で手続保障を受けた範囲・紛争の主体たる地位についての判断だけ/Dさんの善意性=Bさんが前訴で争っていた事柄ではない・Dさん固有の実体関係/この部分についてDさんはまだ手続保障を受けていない/結論=既判力では遮断されない・固有の防御方法は封じられない) 図:なぜDさんの言い分は封じられないかの板

  • 既判力が及ぶ範囲=前訴で手続保障を受けた範囲・紛争の主体たる地位についての判断だけ
  • Dさんの善意性=Bさんが前訴で争っていた事柄ではない・Dさん固有の実体関係
  • この部分についてDさんはまだ手続保障を受けていない
  • 結論=既判力では遮断されない・固有の防御方法は封じられない

なぜ封じられないのか。既判力が及ぶのは、前訴で手続保障を受けた範囲、つまり紛争の主体たる地位についての判断だけです。Dさんが善意だったかどうかは、Bさんが前訴で争っていた事柄ではなく、Dさん自身に固有の実体関係です。この部分について、Dさんはまだ一度も手続保障を受けていません。だから既判力で遮断されないのです。

実質説と形式説の対比板(学説=実質説=固有の防御方法を持つ者はそもそも承継人にあたらないとする/通説=形式説=承継人には入れたうえで固有の防御方法は別に出せるとする/結論は同じでも実質説では後訴で何が遮断されるか不明確になる) 図:実質説と形式説の対比板

  • 学説=実質説=固有の防御方法を持つ者はそもそも承継人にあたらないとする
  • 通説=形式説=承継人には入れたうえで固有の防御方法は別に出せるとする
  • 結論は同じでも実質説では後訴で何が遮断されるか不明確になる

善意の第三者だという言い分を出せる点では、どの立場も一致しています。ただ、その理由づけには2つの立場があります。学説は、固有の防御方法を持つ者は、そもそも承継人にあたらないと説明します。これを実質説と呼びます。これに対して通説は、Dさんは形式的には承継人にあたるとしたうえで、固有の防御方法の提出だけは別に認める、と説明します。これを形式説と呼びます。この違いは、ただの言い方の差ではありません。実質説では、固有の言い分を持つDさんは、そもそも承継人ではない、つまり既判力を受けない人になります。そうすると、BさんがAさんに登記を抹消する義務を負うという、前訴で既判力が生じた判断そのものまで、Dさんとの関係では自由に争えることになりかねません。後訴で何が遮断されて何が争えるのか、輪郭がぼやけます。形式説なら、Dさんはいったん承継人として既判力に服するので、抹消義務の判断はもう争えず、争えるのは自分が善意だったかという固有の防御方法の部分だけです。既判力がどこまで作用しているかがはっきりする、この差が理由で、形式説が通説とされています。

⭐ 論文で書く規範:通説(形式説):固有の防御方法と承継人の関係 口頭弁論終結後の承継人(115条1項3号)は、前主から紛争の主体たる地位を承継した者をいい、固有の防御方法を有する者もここにいう承継人にあたる。もっとも、既判力の作用として、承継人は前訴で確定した権利関係そのものを争うことはできないが、承継人が相手方との間で有する固有の防御方法の提出は、既判力によって妨げられない。 (通説(形式説))

この規範は、そのまま論文の答案でも使う型なので、言い回しごと押さえておいてください。

執行力の判例の位置づけの板(ある判例=口頭弁論終結後に善意で不動産を取得した第三者に承継執行文を付けて執行することは許されないと述べた事件/最判昭和48年6月21日民集27巻6号712頁・百選87/実質説の根拠のように引かれることがあるが、答えたのは執行力の問題/既判力の場面とは別) 図:執行力の判例の位置づけの板

  • ある判例=口頭弁論終結後に善意で不動産を取得した第三者に承継執行文を付けて執行することは許されないと述べた事件
  • 最判昭和48年6月21日民集27巻6号712頁・百選87
  • 実質説の根拠のように引かれることがあるが、答えたのは執行力の問題
  • 既判力の場面とは別

一つだけ、注意しておきたい判例があります。口頭弁論終結後に善意で不動産を取得した第三者に対して、そのまま強制執行をすることは許されない、と述べた判例があり、実質説の根拠として引かれることがあります。ですが、この判例が答えているのは、既判力の範囲ではなく、承継執行文をもとに強制執行できるかという執行力の問題です。既判力の場面とは別の話として区別しておいてください。

請求の目的物の所持者(115条1項4号)

所持者の対比板(4号=当事者・被担当者・承継人のために請求の目的物を所持する者/管理人・同居人=固有の利益なくもっぱらBのために所持=所持者にあたる/賃借人・質権者=自己の利益のために占有=所持者にあたらない) 図:所持者の対比板

  • 4号=当事者・被担当者・承継人のために請求の目的物を所持する者
  • 管理人・同居人=固有の利益なくもっぱらBのために所持=所持者にあたる
  • 賃借人・質権者=自己の利益のために占有=所持者にあたらない

最後にもう一号あります。4号は、当事者・被担当者・承継人のために、請求の目的物を所持している者にも既判力を及ぼします。請求の目的物とは、特定の物を引き渡せ、明け渡せという請求で、その対象になっている物のことです。今回の建物の事案で言うと、Bさんの家族や管理人がこの建物に住んでいる場合です。家族や管理人も、Aさんの判決に縛られてしまうんですか。縛られます。この人たちは、自分の利益のために建物を持っているわけではなく、もっぱらBさんのために所持しているだけだからです。物差しは、固有の利益を持たず、もっぱら当事者のために所持しているかどうかです。これに対して、Bさんから建物を借りている賃借人はどうでしょうか。

賃借人は、家族や管理人とは扱いが違います。賃料を払って自分自身のために使用する利益を持って占有しています。質権者も同じで、自分の担保権のために占有しています。どちらも固有の利益のために占有しているので、4号の所持者にはあたりません。ここは試験でよく狙われる対比なので、固有の利益の有無という物差しで判断してください。なお、所持者には既判力だけでなく執行力も及びます。民事執行法23条3項にその根拠があります。

対世効(人事訴訟・会社訴訟)

対世効の一覧板(通常訴訟=相対的解決で足りる/人事訴訟・会社訴訟=身分関係や会社の組織関係は第三者との関係でも統一される必要がある/そこで判決効を広く第三者に及ぼす対世効(人訴24条1項・会社838条)/代償=職権探知主義・当事者適格の限定・参加の機会・詐害的な判決への再審) 図:対世効の一覧板

  • 通常訴訟=相対的解決で足りる
  • 人事訴訟・会社訴訟=身分関係や会社の組織関係は第三者との関係でも統一される必要がある
  • そこで判決効を広く第三者に及ぼす対世効(人訴24条1項・会社838条)
  • 代償=職権探知主義・当事者適格の限定・参加の機会・詐害的な判決への再審

ここまでの4つの号は、いずれも当事者かそれに準じる立場の人だけを縛る仕組みでした。しかし、これだけでは足りない場面があります。たとえば離婚を認める判決が、その夫婦の間だけで効力を持ち、ほかの人との関係では離婚していないことになる、というのでは、身分関係が人によって食い違ってしまいます。取締役の地位を争う訴えでも同じで、ある人との関係では取締役、別の人との関係では取締役でない、というのでは会社の組織関係が成り立ちません。そこで人事訴訟や会社訴訟では、判決の効力を広く第三者にまで及ぼします。これを対世効と呼びます。根拠条文は人事訴訟法24条1項、会社法838条です。

そこで、対世効を認める代わりに、手続保障を別のやり方で厚くしています。裁判所が当事者の主張に縛られず自ら証拠を調べる職権探知主義、その関係に最も密接な利害を持つ者だけに当事者適格を限定すること、訴訟が始まったことを知らせて参加できる機会を与えること、そして詐害的な判決には第三者から再審を申し立てる道を用意すること。この4つが、対世効の代償として組み込まれています。

会社訴訟の片面的対世効の板(人事訴訟=認容判決も棄却判決も対世効/会社訴訟=対世効が認められるのは請求認容判決だけ・会社838条/棄却判決は対世効を否定=第三者に不利な既判力拡張を認めない趣旨) 図:会社訴訟の片面的対世効の板

  • 人事訴訟=認容判決も棄却判決も対世効
  • 会社訴訟=対世効が認められるのは請求認容判決だけ・会社838条
  • 棄却判決は対世効を否定=第三者に不利な既判力拡張を認めない趣旨

一つだけ、罠として押さえておきたい違いがあります。人事訴訟は、認容判決でも棄却判決でも対世効が生じます。ところが会社の訴訟では、原告が勝ったときにしか対世効は生じません。会社法の838条がそう定めています。負けた判決には対世効が生じない、この一方通行の仕組みを片面的対世効と呼びます。第三者にとって不利な方向へ既判力を広げることは認めない、という趣旨です。たとえば、ある株主が株主総会の決議の取消しを求めて負けたとします。この敗訴判決が他の株主まで縛るとすると、自分では一度も争っていない株主が、他人の訴訟の出来しだいで、自分の言い分を出す機会を奪われます。だから負けた判決は当事者の間にとどめ、勝った判決だけを全員に及ぼすのです。人事訴訟とは扱いが違うので、この片面的な扱いは取り違えないようにしてください。

今日の地図(保存版)

今日の地図の板(①115条1項1号=相対効の原則/②2号=訴訟担当の被担当者・債権者代位訴訟は学説の多数が訴訟告知を要件とする/③3号=口頭弁論終結後の承継人=紛争の主体たる地位の承継/④固有の防御方法=通説は形式説/⑤4号=所持者は固有の利益の有無で判定/⑥対世効=人事訴訟・会社訴訟、会社訴訟は片面的) 図:今日の地図の板

  • ①115条1項1号=相対効の原則
  • ②2号=訴訟担当の被担当者・債権者代位訴訟は学説の多数が訴訟告知を要件とする
  • ③3号=口頭弁論終結後の承継人=紛争の主体たる地位の承継
  • ④固有の防御方法=通説は形式説
  • ⑤4号=所持者は固有の利益の有無で判定
  • ⑥対世効=人事訴訟・会社訴訟、会社訴訟は片面的

今日の6つの軸をつなげます。既判力は、原則として当事者にしか及びません。訴訟担当者が受けた判決の効力は、本人にも及びます。口頭弁論終結後に紛争の主体たる地位を承継した人にも既判力は及びますが、その人が固有に持っている実体法上の言い分までは奪われません。目的物を専ら当事者のために所持しているだけの人にも既判力は及びますが、自己の利益で占有している賃借人は、4号の所持者にはあたりません。そして人事訴訟・会社訴訟では、手続保障を別の形で厚くした上で、判決の効力が第三者にまで広がります。冒頭のAさんとBさんとCさんの話も、これで説明がつきました。Cさんは口頭弁論終結後にBさんから建物を承継しているから、既判力はCさんにも及ぶ。Cさんは、Bさんが負けた判断を、もう争えないんですね。ただ、争えないことと、そのまま強制執行できることは、別の問題です。

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#72単独ページ動画

執行力・形成力・反射効(承継執行文・外国判決の承認)

第3章 訴訟の終了 #72/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

争えないことと執行できることは別の話

前回の事案の続きの関係図(A=土地所有者・原告/B=無権原で建物を建てて占有・被告/建物収去土地明渡し請求でAが勝訴し確定/確定後にBが建物をCに売却/Cには既判力が及ぶ=前回の結論/今日の問い=Cにそのまま強制執行できるか) 図:前回の事案の続きの関係図

  • A=土地所有者・原告
  • B=無権原で建物を建てて占有・被告
  • 建物収去土地明渡し請求でAが勝訴し確定
  • 確定後にBが建物をCに売却
  • Cには既判力が及ぶ=前回の結論
  • 今日の問い=Cにそのまま強制執行できるか

前回の結論どおり、Cさんはもう争えません。ただ、そこで一つ、大きな見落としがあります。Cさんが争えないことと、Aさんがそのまま国の力を借りてCさんから建物を取り上げられることは、まったく別の問題です。争えないのだから、そのまま執行してよいはずだ。これが、今日いちばん潰したい誤解です。既判力は、Cさんが後から蒸し返して争おうとしたとき、初めて働く盾のような効力です。これに対して、判決を実際に実現する力、つまり執行力は、争いが起きるのを待たず、いきなり国の実力行使に直結します。盾と、実際に物を動かす力とでは、誰にまで及んでよいかの慎重さが違って当然なんです。今日は、この執行力と、判決が生むほかの2つの効力、形成力と反射効を確定させます。

執行力と債務名義

執行力と債務名義の板(執行力=給付義務を国の実力行使=強制執行で実現できる資格/これを公証する書類=債務名義/確定判決だけでなく仮執行宣言付き判決・和解調書・認諾調書も債務名義になる) 図:執行力と債務名義の板

  • 執行力=給付義務を国の実力行使=強制執行で実現できる資格
  • これを公証する書類=債務名義
  • 確定判決だけでなく仮執行宣言付き判決・和解調書・認諾調書も債務名義になる

執行力とは、判決や和解調書に書かれた給付義務を、強制執行という国の実力行使によって実現できる資格のことです。ただ、裁判所の外にいる執行官や書記官は、判決の中身を一から読み直すわけにはいきません。そこで、この給付義務が確かに存在すると公に証明してくれる書類が必要になります。これが債務名義です。債務名義は確定判決だけ、というのは誤解しやすいところです。確定判決だけではありません。

条文民事執行法22条(抜粋)

民事執行法第22条(債務名義) 強制執行は、次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。 一 確定判決 二 仮執行の宣言を付した判決 六 確定した執行判決のある外国裁判所の判決(家事事件における裁判を含む。第二十四条において同じ。) 七 確定判決と同一の効力を有するもの

確定判決のほかに、確定する前でも執行できるようにする仮執行の宣言を付した判決も、債務名義になります。これは以前、判決の主文に書き込む仮執行宣言として扱いました。7号の「確定判決と同一の効力を有するもの」には、和解調書や認諾調書が入ります。裁判上の和解や請求の認諾が成立すると、判決を経なくても、その調書に確定判決と同じ効力が生まれるという話を、以前に見たとおりです。6号は外国の裁判所の判決についてで、これは今日の後半で扱います。和解や認諾が成立した段階で、もう強制執行までできます。だからこそ、和解や認諾には、公序良俗に反する内容は認められないという歯止めがかかっていたわけです。

執行力の範囲は既判力に準ずる、ただし主観的範囲は別

準じるが違ってよい理由の板(執行力の範囲=原則として既判力の範囲に準ずる/ただし主観的範囲=誰に及ぶかだけは違ってよい/理由=既判力は後訴が起きて初めて働く盾/執行力は確定した瞬間から実力行使に直結する) 図:準じるが違ってよい理由の板

  • 執行力の範囲=原則として既判力の範囲に準ずる
  • ただし主観的範囲=誰に及ぶかだけは違ってよい
  • 理由=既判力は後訴が起きて初めて働く盾
  • 執行力は確定した瞬間から実力行使に直結する

前回、承継人には既判力が及ぶ理由は何でしたか?前主から、紛争の主体たる地位を基準時後に引き継いだから、でした。確定判決の執行力が及ぶ範囲も、原則としてこの既判力が及ぶ範囲に準じます。ですが、誰に及ぶか、つまり主観的範囲だけは違いが出てよいと考えられています。理由は、さきほどの盾と実力行使の違いです。既判力は、後訴が起きて実際に争いが蒸し返されたとき、初めて働きます。だから範囲を広げすぎても、実害はその人が争おうとした場面でしか出ません。ところが執行力は、判決が確定した瞬間から、いきなり財産を取り上げる実力行使に直結します。範囲を広げすぎると、争う機会がないまま財産を奪われる人が出てしまいます。だから執行力の主観的範囲は、既判力よりも慎重に、条文で個別に確認する必要があるのです。

条文民事執行法23条1項・3項(抜粋)

民事執行法第23条(強制執行をすることができる者の範囲) 執行証書以外の債務名義による強制執行は、次に掲げる者に対し、又はその者のためにすることができる。 一 債務名義に表示された当事者 二 債務名義に表示された当事者が他人のために当事者となつた場合のその他人 三 前二号に掲げる者の債務名義成立後の承継人(前条第一号、第二号又は第六号に掲げる債務名義にあつては口頭弁論終結後の承継人、同条第三号の二に掲げる債務名義又は同条第七号に掲げる債務名義のうち損害賠償命令に係るものにあつては審理終結後の承継人) 3 第一項に規定する債務名義による強制執行は、同項各号に掲げる者のために請求の目的物を所持する者に対しても、することができる。

1号が当事者、2号が訴訟担当の場面、3号が承継人、3項が所持者という並びは、既判力の115条とほとんど対応しています。ただ3号にはかっこ書きがあることに注意してください。確定判決や仮執行宣言付き判決、それに外国判決の執行判決については、承継人は「口頭弁論終結後の承継人」に限られます。これは、既判力の基準時とぴったり揃えるための限定です。かっこ書きの後半にある審理終結後の承継人は、刑事裁判に付随して犯罪の被害者が損害賠償を求める、損害賠償命令という別の手続についての言い方で、今日の話には出てきません。

そして3項によって、目的物を所持しているだけの人にも、既判力のときと同じように執行力が及びます。範囲の作りは、既判力とほぼ同じ形をしているわけです。

承継執行文

承継執行文の仕組みの流れ図(X=債権者/Yに対する土地明渡し請求認容判決が確定/基準時後にYから建物または土地をZが承継/Xが承継を証する文書を裁判所書記官に提出/Yに対する判決に承継執行文が付く/Zに対して執行できる) 図:承継執行文の仕組みの流れ図

  • X=債権者
  • Yに対する土地明渡し請求認容判決が確定
  • 基準時後にYから建物または土地をZが承継
  • Xが承継を証する文書を裁判所書記官に提出
  • Yに対する判決に承継執行文が付く
  • Zに対して執行できる

では、実際にどうやって承継人に執行するのか、その手続を見ます。債権者Xさんが、Yさんに対する土地明渡し請求で勝訴して、判決が確定したとします。基準時のあと、Yさんから土地や建物をZさんが引き継いだとします。このとき、Xさんは、ZさんがYさんの地位を引き継いだことを示す文書、たとえば戸籍謄本のような書類を裁判所書記官に提出します。それだけで、Yさんに対する判決に承継執行文という文言が付け加えられ、Zさんに対して執行できるようになります。

条文民事執行法27条2項

民事執行法第27条(執行文付与の要件) 2 債務名義に表示された当事者以外の者を債権者又は債務者とする執行文は、その者に対し、又はその者のために強制執行をすることができることが裁判所書記官若しくは公証人に明白であるとき、又は債権者がそのことを証する文書若しくは電磁的記録を提出したときに限り、付与することができる。

Zさんを相手に、あらためて訴訟を起こす必要はありません。ここが承継執行文の便利なところです。Zさんが本当に地位を引き継いだことさえ書記官に明白であるか、Xさんがそれを証明する文書を出せば、あらためて訴訟をしなくても、書記官への申立てだけで執行文がもらえます。冒頭のCさんも、Aさんがこの手続を踏めば、そのまま執行される立場にあるように見えます。

固有の防御方法を持つ承継人への執行

94条2項設例の再登場の関係図(A=土地所有者/B=Aと通謀して虚偽の売買契約を結び移転登記を得た者/Aが虚偽表示による登記抹消を求めて勝訴確定/基準時後にBが土地をDに売却し移転登記/Dは承継人として既判力を受けるが、自分は善意の第三者だという固有の言い分を持つ) 図:94条2項設例の再登場の関係図

  • A=土地所有者
  • B=Aと通謀して虚偽の売買契約を結び移転登記を得た者
  • Aが虚偽表示による登記抹消を求めて勝訴確定
  • 基準時後にBが土地をDに売却し移転登記
  • Dは承継人として既判力を受けるが、自分は善意の第三者だという固有の言い分を持つ

ただ、話はこれで終わりません。前回の終わりに扱った設例を思い出してください。Aさんが、Bさんと通謀した虚偽表示の登記の抹消を求めて勝訴し、確定しました。基準時の後、Bさんが土地をDさんに売って移転登記をしました。Dさんは承継人にあたるので、Bさんの登記抹消義務そのものは争えません。ですが、Dさんには、自分は虚偽表示だと知らずに買った善意の第三者だという固有の防御方法がありました。ここで問題になるのが、Dさんに固有の言い分があるとき、承継執行文でそのままDさんに執行してよいのか、ということです。もしそのまま執行を許すと、Dさんは財産を取り上げられたあとで、ようやく自分の言い分を持ち出すことになってしまいます。

2説対立の板(固有の防御方法を持つ承継人への執行可否/権利確認説=承継人にあたらない・債権者の側が承継執行文付与の訴え(33条)を起こすべき/起訴責任転換説=承継人として扱い・承継人の側が執行文付与に対する異議の訴え(34条)や請求異議の訴え(35条)を起こすべき/判断軸=主張機会の負担をどちらに負わせるのが公平か) 図:2説対立の板

  • 固有の防御方法を持つ承継人への執行可否
  • 権利確認説=承継人にあたらない・債権者の側が承継執行文付与の訴え(33条)を起こすべき
  • 起訴責任転換説=承継人として扱い・承継人の側が執行文付与に対する異議の訴え(34条)や請求異議の訴え(35条)を起こすべき
  • 判断軸=主張機会の負担をどちらに負わせるのが公平か

ここで考え方が2つに割れます。1つ目は権利確認説です。固有の防御方法を持つ人は、そもそも執行力の及ぶ承継人にはあたらないと考えます。だから、Aさんの側が、あらためてDさんに対して権利を確認する訴えを起こすべきだ、という立場です。

⭐ 論文で書く規範:権利確認説(判例が採る立場) 承継人が固有の防御方法を有するときは、その者は承継執行文による強制執行を受ける承継人にあたらない。債権者は、承継執行文付与の訴え(民事執行法33条1項)によって、あらためて承継人に対する権利を確認しなければ執行することができない。 (判例の立場)

条文民事執行法33条1項

民事執行法第33条(執行文付与の訴え) 第二十七条第一項又は第二項に規定する文書又は電磁的記録の提出をすることができないときは、債権者は、執行文(同条第三項の規定により付与されるものを除く。)の付与を求めるために、執行文付与の訴えを提起することができる。

もう1つは、起訴責任転換説です。Dさんをいったん承継人として扱ったうえで、固有の言い分を持ち出したいなら、Dさんの側から訴えを起こすべきだ、という立場です。

⭐ 論文で書く規範:起訴責任転換説(学説) 承継人を執行力の及ぶ承継人として扱ったうえで、固有の防御方法を有する承継人の側が、執行文付与に対する異議の訴え(民事執行法34条1項)又は請求異議の訴え(民事執行法35条1項)を提起して、その言い分を主張すべきである。 (学説)

条文民事執行法34条1項

民事執行法第34条(執行文付与に対する異議の訴え) 第二十七条の規定により執行文が付与された場合において、債権者の証明すべき事実の到来したこと又は債務名義に表示された当事者以外の者に対し、若しくはその者のために強制執行をすることができることについて異議のある債務者は、その執行文の付された債務名義の正本に基づく強制執行の不許を求めるために、執行文付与に対する異議の訴えを提起することができる。

条文民事執行法35条1項・2項

民事執行法第35条(請求異議の訴え) 債務名義(第二十二条第二号又は第三号の二から第四号までに掲げる債務名義で確定前のものを除く。以下この項において同じ。)に係る請求権の存在又は内容について異議のある債務者は、その債務名義による強制執行の不許を求めるために、請求異議の訴えを提起することができる。裁判以外の債務名義の成立について異議のある債務者も、同様とする。 2 確定判決についての異議の事由は、口頭弁論の終結後に生じたものに限る。

請求異議の訴えは、以前、基準時後の事由を主張する手段として扱いました。ここでもう一度出てくるのは、起訴責任転換説をとると、Dさんはこの訴えで自分の善意を主張することになるからです。

どちらが訴えを起こすべきかの板(判断軸=主張する機会の負担をAとDのどちらに負わせるのが公平か/起訴責任転換説の理由=勝訴したAに訴え直しを重ねさせると承継執行文を用意した意味が薄れる/権利確認説の理由=執行力は確定と同時に実力行使に直結する・誰も争っていない言い分を持つDから先に土地を取り上げない/判例=権利確認説/事情を知って買ったD=自分だけの言い分なし→承継執行文でそのまま執行) 図:どちらが訴えを起こすべきかの板

  • 判断軸=主張する機会の負担をAとDのどちらに負わせるのが公平か
  • 起訴責任転換説の理由=勝訴したAに訴え直しを重ねさせると承継執行文を用意した意味が薄れる
  • 権利確認説の理由=執行力は確定と同時に実力行使に直結する・誰も争っていない言い分を持つDから先に土地を取り上げない
  • 判例=権利確認説
  • 事情を知って買ったD=自分だけの言い分なし→承継執行文でそのまま執行

判断の軸は、主張する機会の負担をAさんとDさんのどちらに負わせるのが公平か、です。Dさんに固有の言い分があるとき、もう一度訴えを起こすべきなのは、Aさんと、Dさんのどちらだと思いますか。うーん、Dさんはまだ一度も自分の言い分を聞いてもらっていないので、Dさんに先に訴えさせるのは酷な気もします。起訴責任転換説にも理由はあります。Aさんはすでに一度勝って判決を取っているのに、土地が人手に渡るたびに訴え直させられては、承継執行文という簡単な仕組みを用意した意味が薄れます。それでも、執行力は、判決が確定した瞬間から実力行使に直結する力でした。前の裁判で誰も争っていない言い分を持つDさんから、先に土地を取り上げてしまうのは、慎重さが足りません。これが決め手で、判例も、Aさんの側にもう一度確認を求める権利確認説を採っています。

事情を知って買ったDさんには、自分だけの言い分がありません。Bさんの登記抹消義務をそのまま引き継いだ承継人として、承継執行文でそのまま執行を受けます。冒頭のCさんも、建物を買っただけで自分だけの言い分が無ければ、同じ扱いです。分かれ目は、前の裁判で誰も争っていない、自分だけの言い分があるかどうかです。

最判昭48の構図の板(A=土地の元所有者/Bと通謀虚偽表示・Bが移転登記を得ていた/AがBに対し真正な登記名義を回復するための所有権移転登記を求めて勝訴確定/基準時後にBの土地が強制競売にかけられ、事情を知らない第三者(D)が競落して所有権移転登記/AはBの承継人としてDに対する承継執行文の付与を受け、自分への移転登記をした/その登記は無効とされた) 図:最判昭48の構図の板

  • A=土地の元所有者
  • Bと通謀虚偽表示・Bが移転登記を得ていた
  • AがBに対し真正な登記名義を回復するための所有権移転登記を求めて勝訴確定
  • 基準時後にBの土地が強制競売にかけられ、事情を知らない第三者(D)が競落して所有権移転登記
  • AはBの承継人としてDに対する承継執行文の付与を受け、自分への移転登記をした
  • その登記は無効とされた

実際の事件も、ほぼ同じ構図です。Aさんが、通謀して虚偽表示の登記を得ていたBさんに対し、名義を自分に戻すよう求めて勝訴し、確定していました。求めたのは抹消ではなく、Aさんへの所有権の移転登記でしたが、名義を取り戻すという点は同じです。ところが基準時の後、Bさんの土地が強制競売にかけられ、事情を知らない第三者が競り落として、所有権の移転登記を受けました。Aさんは、この第三者をBさんの承継人だとして、承継執行文の付与を受け、自分への移転登記まで済ませました。その登記が有効かどうかが争われたのです。

判例最高裁判所判決(民集27巻6号712頁・百選87)

承継執行文が及ぶ範囲を示した判例 被上告人は同訴外人の上告人Aに対する本件土地所有権移転登記義務を承継するものではないから、同上告人が、右確定判決につき、同訴外人の承継人として被上告人に対する承継執行文の付与を受けて執行することは許されないといわなければならない。

事情を知らずに買った第三者は、BさんがAさんに負っていた所有権移転登記の義務を引き継ぐわけではないから、Bさんの承継人として、この第三者に承継執行文を付けて執行することは許されない、という判断です。Aさんが済ませた登記も、無効とされました。ただし一つだけ注意が要ります。この判例が答えているのは、あくまで承継執行文で執行してよいかという、執行力の問題です。前回扱った、既判力がこの第三者に及ぶかどうかという場面の理屈、つまり実質説や形式説の根拠として、この判例を引くのは筋が違います。既判力の場面と執行力の場面は、別の問題として区別してください。区別すると、今日の話がよく見えてきます。前回の通説では、Dさんは既判力の上では承継人として、Bさんの抹消義務をもう争えません。それでも執行力の上では、承継執行文で執行される承継人にはあたらない。争えないことと、そのまま執行されることが、ここで実際に分かれるわけです。

外国判決の承認と執行

承認と執行の2段階フローの板(外国裁判所の確定判決/118条の4要件を満たせば承認は自動的=特別な手続不要/強制執行するにはさらに執行判決が必要=民執22条6号・24条) 図:承認と執行の2段階フローの板

  • 外国裁判所の確定判決
  • 118条の4要件を満たせば承認は自動的=特別な手続不要
  • 強制執行するにはさらに執行判決が必要=民執22条6号・24条

ここからは少し話題を変えます。判決の効力は、日本の中だけの話ではありません。外国の裁判所が下した確定判決も、一定の条件を満たせば日本で効力を持ちます。

条文民事訴訟法118条

民事訴訟法第118条(外国裁判所の確定判決の効力) 外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。 一 法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること。 二 敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。 三 判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。 四 相互の保証があること。

1号は裁判権があったこと、2号は負けた被告がきちんと呼び出しを受けたか応訴していたこと、3号が内容や手続が日本の公序良俗に反しないこと、4号が相互の保証、つまり日本の判決も相手国で同じように扱われる関係にあることです。この4つをすべて満たせば、承認は自動的に行われます。あらためて裁判所に承認を求める特別な手続は要りません。外国判決でも、争えないことと執行できることは別、という今日の話がもう一段効いてきます。承認されただけでは、強制執行まではできません。強制執行までするには、もう一段、執行判決という手続が必要です。

条文民事執行法24条4項・5項・6項

民事執行法第24条(外国裁判所の判決の執行判決) 4 執行判決は、裁判の当否を調査しないでしなければならない。 5 第一項の訴えは、外国裁判所の判決が、確定したことが証明されないとき、又は民事訴訟法第百十八条各号(家事事件手続法(平成二十三年法律第五十二号)第七十九条の二において準用する場合を含む。)に掲げる要件を具備しないときは、却下しなければならない。 6 執行判決においては、外国裁判所の判決による強制執行を許す旨を宣言しなければならない。

執行判決を求める訴えでは、裁判所は、外国判決の中身が正しかったかどうかを審査しません。118条の要件を満たしているかどうかだけを確認して、満たしていれば、この判決で強制執行をしてよいと宣言します。これで初めて、外国判決も債務名義の一つになります。

懲罰的損害賠償と公序の関係図(J=外国の裁判で勝訴した原告/K=敗訴した日本法人/外国判決=補償的損害賠償+懲罰的損害賠償の支払を命令/Kが日本で執行判決を拒む理由=懲罰的損害賠償は公序に反する) 図:懲罰的損害賠償と公序の関係図

  • J=外国の裁判で勝訴した原告
  • K=敗訴した日本法人
  • 外国判決=補償的損害賠償+懲罰的損害賠償の支払を命令
  • Kが日本で執行判決を拒む理由=懲罰的損害賠償は公序に反する

3号の公序が実際に問題になった事件があります。外国の裁判で勝訴したJさんが、敗訴した日本法人Kさんに対して、日本での執行判決を求めました。その外国判決は、実際の損害を埋め合わせる補償的損害賠償に加えて、懲罰的損害賠償という、加害者への制裁を目的とした賠償の支払も命じていました。懲罰的損害賠償は、日本には無い制度です。ただ、日本に無い制度だというだけでは公序違反にはなりません。ですが、この事件で最高裁は、もう一歩踏み込みました。

判例最高裁判所判決(民集51巻6号2573頁)

懲罰的損害賠償と公序に関する判例 被害者が加害者から、実際に生じた損害の賠償に加えて、制裁及び一般予防を目的とする賠償金の支払を受け得るとすることは、…我が国における不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものであると認められる。…本件外国判決のうち、補償的損害賠償及び訴訟費用に加えて、見せしめと制裁のために被上告会社に対し懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分は、我が国の公の秩序に反するから、その効力を有しないものとしなければならない。

日本の損害賠償制度は、被害者に生じた実際の損害を埋め合わせることを目的としています。ところが懲罰的損害賠償は、加害者を罰し、同じことを繰り返させないようにすることが目的です。この目的そのものが、日本の制度の基本的な考え方と相いれない、というのが決め手です。だから懲罰的損害賠償を命じた部分だけは、日本では効力を持ちません。

一部弁済の充当ルールの板(外国判決=補償的損害賠償+懲罰的損害賠償の合算債権/外国で強制執行を受け一部弁済/日本では懲罰的部分は効力なし=懲罰的部分に係る債権は存在しないと扱う/一部弁済は懲罰的部分にはあてられず、それ以外の部分=補償的損害賠償などにあてられたと扱う) 図:一部弁済の充当ルールの板

  • 外国判決=補償的損害賠償+懲罰的損害賠償の合算債権
  • 外国で強制執行を受け一部弁済
  • 日本では懲罰的部分は効力なし=懲罰的部分に係る債権は存在しないと扱う
  • 一部弁済は懲罰的部分にはあてられず、それ以外の部分=補償的損害賠償などにあてられたと扱う

この考え方は、その後の事件でさらに発展しました。Jさんが外国ですでに一部の弁済を受けたうえで、残りの金額について日本で執行判決を求めた事件です。

判例最高裁判所判決(民集75巻6号2935頁)

懲罰的損害賠償の一部弁済と充当ルールに関する判例 民訴法118条3号の要件を具備しない懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分…が含まれる外国裁判所の判決に係る債権について弁済がされた場合…これが懲罰的損害賠償部分に係る債権に充当されたものとして上記判決についての執行判決をすることはできないというべきである。

懲罰的損害賠償の部分は、そもそも日本では効力が無いのだから、その部分に対応する債権も存在しないと扱われます。だから、外国で受け取った一部の弁済は、懲罰的損害賠償の部分にはあてられず、それ以外の部分、つまり補償的損害賠償などにあてられたものとして扱われます。日本で執行判決を求められるのは、懲罰的損害賠償を除いた部分のうち、まだ弁済されていない残りだけです。

形成力

形成力の板(形成訴訟の認容判決確定で権利関係が発生・変更・消滅する効力/例=離婚判決確定でその瞬間に離婚成立/株主総会決議取消判決も同様/原則として第三者にも及ぶ) 図:形成力の板

  • 形成訴訟の認容判決確定で権利関係が発生・変更・消滅する効力
  • 例=離婚判決確定でその瞬間に離婚成立
  • 株主総会決議取消判決も同様
  • 原則として第三者にも及ぶ

ここからは、既判力・執行力とは別の2つの効力を見ます。まず形成力です。離婚を求める訴えのように、判決によって権利や法律関係そのものを発生させたり、変えたり、消したりする訴えを、形成訴訟と呼びます。原告の請求を認める判決が確定すると、判決に書かれたとおりの権利関係が、その瞬間に生まれます。判決の確定によって、離婚という効果そのものが生まれます。株主総会の決議取消しを求める判決も同じで、確定すればその瞬間に決議が取り消されたことになります。この効力は、原則として第三者にも及びます。形成力が第三者に及ぶことと、前回見た対世効とが同じものなのかは、実ははっきり答えが決まっていません。認容判決の効力が第三者にまで及ぶ理由を、形成力そのものの性質だと見るか、既判力の主観的範囲を広げる対世効だと見るか、学説の間で争いがあります。ここは断定せずに、争いがあるとだけ押さえておいてください。

反射効

反射効の設例の関係図(F=債権者/G=主債務者/H=保証人/前訴=Fが主債務者Gに対する訴訟で敗訴し主債務不存在の判決確定/FがHに保証債務の履行を求めて別訴/Hは主債務不存在の前訴判決を援用できるか) 図:反射効の設例の関係図

  • F=債権者
  • G=主債務者
  • H=保証人
  • 前訴=Fが主債務者Gに対する訴訟で敗訴し主債務不存在の判決確定
  • FがHに保証債務の履行を求めて別訴
  • Hは主債務不存在の前訴判決を援用できるか

最後は反射効です。まず設例で考えます。債権者Fさんが、主債務者Gさんに対して貸金の返還を求めた訴訟で、Fさんが敗訴し、主債務は存在しないという判決が確定したとします。その後、Fさんが、Gさんの保証人であるHさんに対して、別の訴訟で保証債務の履行を求めたとします。そこで出てくるのが反射効という考え方です。保証債務には附従性という性質があって、主債務が存在しなければ保証債務も存在しません。この附従性を根拠に、当事者ではないHさんにも、前訴の判決の効力が反射的に及ぶとする学説があります。

反射効を認めるかどうかの分かれ道の板(認める=Hは前の判決を持ち出すだけで足りる・Fは主債務があるとの主張を蒸し返せない/認めない=Hは前の訴訟の当事者でないので既判力は及ばない・Fは主債務があると一から主張し直せる/認めない場合の食い違い=主債務者Gは払わなくてよいのに保証人Hだけが払わされうる/学説が認めようとする理由=保証債務の附従性・Fは前の訴訟で主債務を十分に争った) 図:反射効を認めるかどうかの分かれ道の板

  • 認める=Hは前の判決を持ち出すだけで足りる・Fは主債務があるとの主張を蒸し返せない
  • 認めない=Hは前の訴訟の当事者でないので既判力は及ばない・Fは主債務があると一から主張し直せる
  • 認めない場合の食い違い=主債務者Gは払わなくてよいのに保証人Hだけが払わされうる
  • 学説が認めようとする理由=保証債務の附従性・Fは前の訴訟で主債務を十分に争った

認められれば、Hさんは前の判決を持ち出すだけで足ります。Fさんは、主債務はあるという主張をもう蒸し返せず、保証債務の請求はそれだけで退けられます。認められなければ、Hさんは前の訴訟の当事者ではないので、既判力は及びません。Fさんは、主債務はあると一から主張し直せて、裁判所もあらためて判断します。その結果、主債務者のGさんは払わなくてよいのに、保証人のHさんだけが払わされる、という食い違いが起こりえます。附従性からすればこの食い違いはおかしいし、Fさんは前の訴訟で主債務について十分に争ったはずだ。学説はそう考えて、反射効を認めようとするわけです。

反射効の位置づけの板(反射効=判決の効力を当事者と実体法上つながる第三者にまで及ぼそうとする学説上の考え方/根拠=保証債務の附従性(民448条)/既判力の主観的範囲(115条)を条文の文言を超えて広げる説明にはなる/判例はこれを正面から採用していない) 図:反射効の位置づけの板

  • 反射効=判決の効力を当事者と実体法上つながる第三者にまで及ぼそうとする学説上の考え方
  • 根拠=保証債務の附従性(民448条)
  • 既判力の主観的範囲(115条)を条文の文言を超えて広げる説明にはなる
  • 判例はこれを正面から採用していない

反射効は、既判力が及ぶはずのない第三者にまで、実体法上の依存関係を理由に、判決の効力を及ぼそうとする学説上の考え方です。ただ、これは115条が定める主観的範囲を、条文に無い理由で広げることでもあります。判例は、この構成を正面からは採用していません。反射効を使わない限り、さきほどのHさんは、主債務が無いことを自分の裁判であらためて主張し、裁判所に判断してもらうことになります。

昭51判例の事案の留保の板(実際の事件=保証人が先に自分自身の敗訴判決を確定させていた/その後、主債務者側の判決が主債務者勝訴で確定/保証人はこの主債務者勝訴判決を援用して請求異議の訴えを提起/判例=保証人はもはや援用できない、ただし理由は反射効ではなく保証人自身の敗訴判決の基準時ルール) 図:昭51判例の事案の留保の板

  • 実際の事件=保証人が先に自分自身の敗訴判決を確定させていた
  • その後、主債務者側の判決が主債務者勝訴で確定
  • 保証人はこの主債務者勝訴判決を援用して請求異議の訴えを提起
  • 判例=保証人はもはや援用できない、ただし理由は反射効ではなく保証人自身の敗訴判決の基準時ルール

ここでも、実際の事件を見ておきます。保証人が、主債務者よりも先に、自分自身の敗訴判決を確定させてしまっていた事件です。その後になって、主債務者側の訴訟で、主債務は存在しないという勝訴判決が確定しました。保証人は、この主債務者勝訴の判決を持ち出して、自分への強制執行を止めようとしました。

判例最高裁判所判決(民集30巻9号903頁・百選90)

保証人による援用の可否に関する判例 保証人がすでに保証人敗訴の確定判決を受けているときは、保証人敗訴の判決確定後に主債務者勝訴の判決が確定しても、同判決が保証人敗訴の確定判決の基礎となつた事実審口頭弁論終結の時までに生じた事実を理由としてされている以上、保証人は右主債務者勝訴の確定判決を保証人敗訴の確定判決に対する請求異議の事由にする余地はないものと解すべきである。

この判例を、反射効を否定した判例と単純化すると、少し誤解を招きます。この判例が使っているのは、反射効という理屈ではなく、保証人自身の敗訴判決の基準時というルールです。保証人は、自分の敗訴判決の基準時よりも前に生じた事実を理由にしては、もう争えません。主債務者勝訴の判決も、保証人の基準時より前の事実にもとづくものだったので、持ち出せなかった、というだけです。保証人の基準時より後の事実にもとづく場合については、この判例は答えていません。この判例は、保証人が絶対に前訴を援用できないと言い切ったわけではなく、援用の可否を、反射効ではなく保証人自身の基準時のルールで処理した、という判断です。反射効そのものを認めるかどうかは、なお学説上の議論として残っています。

今日の地図(保存版)

第3章の全体地図の板(縦軸=終わり方(当事者の意思=取下げ・放棄・認諾・和解/判決=訴訟判決・本案判決)/横軸=確定後に生まれるもの(既判力・執行力・形成力)/既判力の3つの物差し=いつ(基準時)・何に(114条)・誰に(115条)) 図:第3章の全体地図の板

  • 縦軸=終わり方(当事者の意思=取下げ・放棄・認諾・和解/判決=訴訟判決・本案判決)
  • 横軸=確定後に生まれるもの(既判力・執行力・形成力)
  • 既判力の3つの物差し=いつ(基準時)・何に(114条)・誰に(115条)

最後に、第3章、訴訟の終了で見てきたことを、1枚の地図にまとめます。訴訟の終わり方には、当事者の意思による終わり方、つまり取下げや放棄、認諾や和解と、裁判所の判決による終わり方、つまり訴訟判決や本案判決があります。本案判決が確定すると、そこから既判力、執行力、そして形成訴訟であれば形成力が生まれます。既判力については、3つの物差しを見てきました。いつの判断が固定されるかは基準時、何について生じるかは114条、誰に及ぶかは115条が決めます。争えないことと、実際に執行されることは、別の物差しで測る必要がある。今日はその物差しを、執行力、形成力、反射効という形で確定させました。第4章では、当事者が複数いたり、請求が複数絡んだりする、複雑な訴訟の形を見ていきます。

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第4章複雑訴訟

#73単独ページ動画

訴えの客観的併合(単純・予備的・選択的併合)

第4章 複雑訴訟 #73/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

貸した30万円と、遅延損害金

冒頭事案の関係図(A=貸主・原告、B=借主・被告/AはBに30万円を貸したが返済期日を過ぎても元本を返してもらえず、期日を過ぎた分の遅延損害金も発生している/元本の返還請求と遅延損害金の請求を1つの訴えでまとめて求められるか、という問い) 図:冒頭事案の関係図

  • A=貸主・原告、B=借主・被告
  • AはBに30万円を貸したが返済期日を過ぎても元本を返してもらえず、期日を過ぎた分の遅延損害金も発生している
  • 元本の返還請求と遅延損害金の請求を1つの訴えでまとめて求められるか、という問い

ここまでは、原告1人・被告1人・請求1個の訴訟だけを見てきました。今日からは、請求の側を複数にした場合を見ていきます。こんな場面を考えます。Aさんが、Bさんに30万円を貸しました。返済期日を過ぎても、Bさんは元本を返してくれません。しかも、期日を過ぎた分の遅延損害金も発生しています。元本と遅延損害金は、1つの訴えでまとめて請求できます。今日はその根拠と、こういう「請求を複数まとめる」やり方にどんな種類があるか、そしてそれが判決や上訴でどう扱われるかを見ていきます。先に骨組みを言うと、種類は「両立するか・順位があるか・分けてよいか」の3つの物差しで見分けられます。そして上訴では、「上に運ばれる範囲」と「判断してよい範囲」は別。この2点です。

136条——請求は訴訟物で数える

訴えの客観的併合の入口板(136条=請求の併合/条文見出しは「請求の併合」だが「訴えの客観的併合」と呼ぶ/貸金返還請求権と遅延損害金請求権は法律構成が別=訴訟物2個/併合は強制されない=できるだけの話) 図:訴えの客観的併合の入口板

  • 136条=請求の併合
  • 条文見出しは「請求の併合」だが「訴えの客観的併合」と呼ぶ
  • 貸金返還請求権と遅延損害金請求権は法律構成が別=訴訟物2個
  • 併合は強制されない=できるだけの話

条文民事訴訟法136条

民事訴訟法136条(請求の併合) 数個の請求は、同種の訴訟手続による場合に限り、一の訴えですることができる。

根拠になる条文がこれです。「数個の請求は、同種の訴訟手続による場合に限り、一の訴えですることができる」。条文の見出しは「請求の併合」ですが、一般に「訴えの客観的併合」と呼びます。貸金返還請求権と遅延損害金請求権は、法律構成が別なので、訴訟物は、2つです。この2つを、1つの訴えにまとめられます。なぜまとめてよいのか。どちらも同じ貸し借りから出た請求なので、契約書も、返したかどうかの証拠も重なります。別々の裁判にすると、同じ証拠調べを2回することになり、AさんもBさんも裁判所も、手間が2倍になります。まとめれば、1回の審理で済むんです。

以前、訴訟物の回で見た、旧訴訟物理論と新訴訟物理論の対立を覚えていますか。あの理論対立が、ここでも効いてきます。どちらの立場を採るかで、そもそも請求が何個あるのか、つまり併合になるのかならないのか自体が変わってくるんです。もう1つ大事なのは、まとめて訴えることは強制されない、ということです。Aさんは、元本だけを先に訴えて、遅延損害金は後回しにしてもかまいません。136条は、あくまで「まとめてもいい」というルールです。

併合の要件——3つ

併合の要件3つの板(①同種の訴訟手続=手形・小切手訴訟や少額訴訟は異種・人事訴訟も職権探知主義で異種だが人訴17条が一定範囲で併合を許す/②各請求について管轄がある=併合請求の裁判籍7条・訴額の合算9条1項/③訴訟要件・職権調査事項=欠けても却下でなく分離+移送16条1項) 図:併合の要件3つの板

  • ①同種の訴訟手続=手形・小切手訴訟や少額訴訟は異種・人事訴訟も職権探知主義で異種だが人訴17条が一定範囲で併合を許す
  • ②各請求について管轄がある=併合請求の裁判籍7条・訴額の合算9条1項
  • ③訴訟要件・職権調査事項=欠けても却下でなく分離+移送16条1項

まとめられるといっても、何でも一緒にできるわけではありません。要件が3つあります。1つめは、同種の訴訟手続であることです。通常の民事訴訟に対して、手形・小切手訴訟や少額訴訟は、審理の仕組みが違う異種の手続なので、一緒にはできません。人事訴訟も、裁判所が自分で証拠を集める職権探知主義を採っていて異種ですが、人事訴訟法17条が、一定の範囲で通常の民事訴訟との併合を認めています。2つめの要件は、各請求について、受訴裁判所が管轄を持っていることです。以前、土地管轄の回で見た7条は、まさにこの併合請求の裁判籍を定めた条文でした。

条文民事訴訟法7条

民事訴訟法7条(併合請求における管轄) 一の訴えで数個の請求をする場合には、第四条から前条まで(第六条第三項を除く。)の規定により一の請求について管轄権を有する裁判所にその訴えを提起することができる。ただし、数人からの又は数人に対する訴えについては、第三十八条前段に定める場合に限る。

数個の請求のうち、1個についてだけ管轄があれば、その裁判所に全部まとめて訴えを起こせる、というのがこの条文の中身です。事物管轄、つまり訴額については、以前の回で見た9条1項が効いてきます。

条文民事訴訟法9条1項

民事訴訟法9条1項(併合請求の場合の価額の算定) 一の訴えで数個の請求をする場合には、その価額を合算したものを訴訟の目的の価額とする。ただし、その訴えで主張する利益が各請求について共通である場合におけるその各請求については、この限りでない。

Aさんの例なら、元本30万円と遅延損害金を合算した額が、訴訟の目的の価額になります。これらの要件は訴訟要件であり、裁判所が自分から調べる職権調査事項です。ただ、欠けていても、訴え自体が却下されるわけではありません。それぞれの請求ごとに個別の訴訟があると考えて、弁論を分離し、必要があれば移送します。以前、移送の回で見た16条1項のとおりです。

条文民事訴訟法16条1項

民事訴訟法16条1項(管轄違いの場合の取扱い) 裁判所は、訴訟の全部又は一部がその管轄に属しないと認めるときは、申立てにより又は職権で、これを管轄裁判所に移送する。

3類型を見分ける3つの軸

3類型比較板(軸=①両立するか②順位があるか③分離・一部判決できるか/単純併合=両立・順位なし・分離可/予備的併合=両立しない・原告が順位・分離不可/選択的併合=両立するが一方で足りる・順位なし裁判所が自由・分離不可) 図:3類型比較板

  • 軸=①両立するか②順位があるか③分離・一部判決できるか
  • 単純併合=両立・順位なし・分離可
  • 予備的併合=両立しない・原告が順位・分離不可
  • 選択的併合=両立するが一方で足りる・順位なし裁判所が自由・分離不可

ここからが今日の中心です。1つの訴えにまとめられた複数の請求には、3つの類型があります。単純併合、予備的併合、選択的併合です。覚え方は1つの物差しで足ります。3つの軸で見分けるんです。①各請求は両立するか。②原告が順位をつけているか。③裁判所は弁論を分離したり一部だけ先に判決したりできるか。この3軸に、それぞれ答えを当てはめれば、3類型は自動的に見分けられます。

単純併合——貸金と遅延損害金

単純併合の板(冒頭のAB事案に戻る/元本返還請求と遅延損害金請求は両立する/順位はない/弁論の分離152条1項や一部判決243条2項で併合状態を崩せる=職権進行主義) 図:単純併合の板

  • 冒頭のAB事案に戻る
  • 元本返還請求と遅延損害金請求は両立する
  • 順位はない
  • 弁論の分離152条1項や一部判決243条2項で併合状態を崩せる=職権進行主義

冒頭のAさんとBさんの例に戻ります。元本の返還請求と、遅延損害金の請求は、実体法上両立します。両方とも認められてかまいません。順位もありません。これが単純併合です。それぞれ別々に判断を示します。訴訟の進め方も、裁判所の裁量に委ねられています。以前見た弁論の分離の条文を使って、2つの請求を別々の手続に分けることもできますし、一部判決で片方だけ先に判決を出すこともできます。

条文民事訴訟法152条1項

民事訴訟法152条1項(口頭弁論の制限、分離又は併合) 裁判所は、口頭弁論の制限、分離若しくは併合を命じ、又はその命令を取り消すことができる。

単純併合は、あくまで1つの訴えの中に2つの請求を乗せているだけなので、後から分けたり、片方だけ先に終わらせたりすることに支障がないんです。

予備的併合——契約は有効か、無効か

予備的併合の関係図(A=売主・原告、B=買主・被告/骨董品の売買契約をめぐり、Aの主位的請求=契約は有効だから代金を払え/予備的請求=契約が無効だと判断されるなら引き渡した物を返せ/主位的請求が認容されれば予備的請求への審判要求は消える=解除条件) 図:予備的併合の関係図

  • A=売主・原告、B=買主・被告
  • 骨董品の売買契約をめぐり、Aの主位的請求=契約は有効だから代金を払え
  • 予備的請求=契約が無効だと判断されるなら引き渡した物を返せ
  • 主位的請求が認容されれば予備的請求への審判要求は消える=解除条件

次は、まったく別の場面です。Aさんが売主、Bさんが買主で、骨董品の売買契約をめぐって争っています。Aさんの主位的請求は、契約は有効だから代金を払え、というものです。そのうえでAさんは、もし契約が無効だと判断されるなら、代わりに引き渡した骨董品を返してほしい、という請求も一緒に立てています。これが予備的請求です。契約が有効か無効かは、どちらか一方にしかなりません。両立しないんです。しかもAさんは、主位的請求を先に審理してほしい、という順位をつけています。主位的請求が認められれば、予備的請求への審判要求は、その時点で自動的に消えます。ある条件がそろったら申立てが消える、という付け方なので、これを「主位的請求の認容を解除条件にしている」と言います。裁判所は、この原告が決めた順序に拘束されます。判決の種類の回で見た、一部判決ができないという話、思い出せますか?

主位的な請求が認められないときに備えて予備的な請求も一緒に立てているような場合、というやつです。あの回では理由も見ました。別々に判決して別々に上訴されると、矛盾した結論が出かねないからです。骨董品の例なら、代金の裁判では「契約は無効だから払わなくてよい」、返還の裁判では「契約は有効だから返さなくてよい」と判断されて、Aさんが両方とも負けるおそれがあります。だから、弁論を分離することも、片方だけ先に一部判決を出すこともできません。単純併合とは、そこが決定的に違います。

選択的併合——請求権競合

選択的併合の関係図(ジムの事故の受け=A利用者・Bトレーナー兼経営者/同じ被害について債務不履行構成415条と不法行為構成709条のどちらでも請求できる=請求権競合/どちらか一方の認容を解除条件に他方の審判を求める/順位なし・どちらを認めるかは裁判所の自由/新訴訟物理論なら訴訟物は1個で選択的併合を観念する必要がない) 図:選択的併合の関係図

  • ジムの事故の受け=A利用者・Bトレーナー兼経営者
  • 同じ被害について債務不履行構成415条と不法行為構成709条のどちらでも請求できる=請求権競合
  • どちらか一方の認容を解除条件に他方の審判を求める
  • 順位なし・どちらを認めるかは裁判所の自由
  • 新訴訟物理論なら訴訟物は1個で選択的併合を観念する必要がない

もう1つ、選択的併合です。以前、訴訟物の回で見た、ジムの事故の例を思い出してください。利用者のAさんが、トレーナー兼経営者のBさんに対して、ケガの賠償を求めた場面です。同じ1つの被害について、法律構成が2つある。これを請求権競合と言います。Aさんが、どちらか一方の認容を解除条件として、他方も一緒に審判してほしいと申し立てるのが、選択的併合です。

選択的併合の3軸の板(①両立するか=415条構成と709条構成は同時に成り立つ/②順位はあるか=順位なし・どちらを認めるかは裁判所の自由/③分離できるか=一方認容で他方消滅・分離や一部判決は不可/新訴訟物理論なら訴訟物1個で選択的併合を観念する必要がない) 図:選択的併合の3軸の板

  • ①両立するか=415条構成と709条構成は同時に成り立つ
  • ②順位はあるか=順位なし・どちらを認めるかは裁判所の自由
  • ③分離できるか=一方認容で他方消滅・分離や一部判決は不可/新訴訟物理論なら訴訟物1個で選択的併合を観念する必要がない

3つの軸で見てみましょう。まず、415条の構成と709条の構成は、同時に成り立ちえます。その意味で両立します。ただ、Aさんが求めているのは、ケガの賠償という1つのお金です。両方を認めても、2回払ってもらえるわけではありません。だから「どちらか1つで足りる」という申立てになります。次に順位です。予備的併合には原告がつけた順位がありますが、選択的併合には順位がありません。どちらを認めるかは、裁判所の自由な判断に委ねられています。最後に分離です。一方を認容すれば、もう一方への審判要求は、解除条件どおり消えます。別々の手続に分けてしまうと、両方で認容されて、同じ賠償を二重に命じるおそれが出ます。だから選択的併合も、分離や一部判決はできません。もう1つ触れておくと、新訴訟物理論を採る場合、こうした請求権競合の場面では訴訟物がそもそも1個になります。そうなると、選択的併合という形自体を観念する必要がなくなります。

学説の疑問と実務で使われる理由の板(学説の疑問=AでもBでもいいという申立ては審判対象を特定しておらず処分権主義の建前にそぐわないのでは/実務の理由=原告が求めているのは賠償金を1回払ってもらうことでどちらの構成で勝つかは重要でない・2つの請求はどちらも訴状にはっきり書かれている/選択的併合は請求権競合の場面に限らない=遺産確認請求と共有持分権確認請求の例) 図:学説の疑問と実務で使われる理由の板

  • 学説の疑問=AでもBでもいいという申立ては審判対象を特定しておらず処分権主義の建前にそぐわないのでは
  • 実務の理由=原告が求めているのは賠償金を1回払ってもらうことでどちらの構成で勝つかは重要でない・2つの請求はどちらも訴状にはっきり書かれている
  • 選択的併合は請求権競合の場面に限らない=遺産確認請求と共有持分権確認請求の例

実際、学説からは疑問も出ています。「Aで勝ってもBで勝ってもいい」という頼み方では、原告自身が、どちらの請求で判決をもらいたいのかを決めていません。何について裁判してもらうかは当事者が決める、という処分権主義の建前にそぐわないのではないか、という批判です。それでも実務でこの形が使われているのは、Aさんが本当に求めているのが、賠償金を1回払ってもらうことだからです。どちらの法律構成で勝つかはAさんにとって重要ではなく、どちらで認めても、Bさんが払うのは1回分です。2つの請求は訴状にどちらもはっきり書かれているので、Bさんが何に備えればよいかも分かります。選択的併合は、請求権競合の場面に限りません。例えば、遺産の帰属をめぐって、遺産確認請求と、共有持分権を確認してほしいという請求とが、選択的併合の関係にあるものとして扱われた例があります。

判例最判平成元年9月19日 判時1328号38頁

最高裁判所判決(遺産確認請求と共有持分権確認請求の関係が争われた事件) 右各土地が亡Dの遺産に属することの確認を求める遺産確認の訴えは、共同相続人全員が当事者として関与し、その間で合一にのみ確定することを要するいわゆる固有必要的共同訴訟と解すべきところ……亡Dの相続人の一人であるGを当事者としないで提起されたものであるから、右訴えは不適法というべきであるが、これと選択的併合の関係にある右共有持分確認請求が認容されることによって、原判決及び第一審判決中右各土地につき被上告人らの遺産確認請求を認容した部分は、当然に失効する。

遺産確認の判例のほどきの板(遺産確認の訴え=固有必要的共同訴訟・相続人の1人を欠き不適法/選択的併合の関係にある共有持分権確認請求は認容/結論=共有持分確認の認容により遺産確認を認容していた部分は当然に失効/2つの請求がなぜ選択的併合の関係になるかを理由づけたものではなく実質的な利益が重なる2つの請求を選択的併合の関係にあるものとして扱った例) 図:遺産確認の判例のほどきの板

  • 遺産確認の訴え=固有必要的共同訴訟・相続人の1人を欠き不適法
  • 選択的併合の関係にある共有持分権確認請求は認容
  • 結論=共有持分確認の認容により遺産確認を認容していた部分は当然に失効
  • 2つの請求がなぜ選択的併合の関係になるかを理由づけたものではなく実質的な利益が重なる2つの請求を選択的併合の関係にあるものとして扱った例

難しい言葉が並ぶので、ほどきます。遺産確認の訴えは、相続人全員がそろわないと起こせない種類の訴えで、これを固有必要的共同訴訟と言います。この事件では相続人の1人が抜けていたので、遺産確認のほうは本来、不適法でした。それでも、選択的併合の関係にあるもう一方、共有持分権の確認は認められました。最高裁は、そのことによって、遺産確認を認めていた部分は当然に効力を失う、と判断しました。ただ、この判例は、2つの請求がなぜ選択的併合の関係になるのかを理由づけたものではありません。実質的な利益が重なる2つの請求を選択的併合の関係にあるものとして扱い、そのうえで、一方を認めれば、もう一方を認めていた判決は当然に効力を失う、と判断した例です。

代償請求の罠——単純併合

代償請求の板(A=貸主・原告、B=借主・被告/Aは貸していた楽器の返還を求めると同時に、返還の強制執行が不能になったときに備えて代わりの金銭賠償も求める/「返せ、ダメなら金を払え」は予備的併合に似て聞こえるが判決の時点でどちらも命じられる=両立する=単純併合) 図:代償請求の板

  • A=貸主・原告、B=借主・被告
  • Aは貸していた楽器の返還を求めると同時に、返還の強制執行が不能になったときに備えて代わりの金銭賠償も求める
  • 「返せ、ダメなら金を払え」は予備的併合に似て聞こえるが判決の時点でどちらも命じられる=両立する=単純併合

ここで、間違えやすい罠を1つ見ておきます。Aさんが、Bさんに貸していた楽器の返還を求めると同時に、もしその返還の強制執行が不能になったときに備えて、代わりの金銭賠償も求めたとします。形だけなら、予備的併合と区別がつきにくいところです。でも、さきほどの3つの軸に当てはめてみてください。判決の時点で、裁判所は「楽器を返せ」という判決と、「返還が執行不能になったときは金銭を払え」という判決を、両方とも出すことができます。この2つは両立するんです。違いは、「ダメなら」の「ダメ」がいつ決まるかです。骨董品の予備的併合では、契約が有効か無効かは、判決の中で裁判所が決めます。だから判決の中では、どちらか一方しか選べません。楽器の代償請求では、返せないかどうかは、判決の後、強制執行をしてみて初めて分かります。だから判決の時点では、両方を命じておけるんです。両立する以上、これは単純併合です。「ダメなら」という日本語の言い回しに引きずられず、判決の中身で両立するかどうかを見る、というのが今日の1つめの軸でした。

併合請求の判決と上訴——事件の移審と審判対象は別物

上訴不可分と審判対象の板(単純併合で一部の請求のみに控訴があっても、控訴提起の効果=確定遮断116条2項・移審は併合された全請求に及ぶ=上訴不可分の原則/しかし控訴審が実際に判断してよい範囲は不服を申し立てられた請求に限られる=296条1項・304条/この2つは別物) 図:上訴不可分と審判対象の板

  • 単純併合で一部の請求のみに控訴があっても、控訴提起の効果=確定遮断116条2項・移審は併合された全請求に及ぶ=上訴不可分の原則
  • しかし控訴審が実際に判断してよい範囲は不服を申し立てられた請求に限られる=296条1項・304条
  • この2つは別物

最後に、こうして併合された請求が、判決と上訴の場面でどう扱われるかを見ていきます。単純併合では、各請求にそれぞれ判断が出ます。冒頭のAさんの例で、一審が元本30万円は認め、遅延損害金は認めなかったとします。Aさんが遅延損害金の部分だけに不服を申し立てて控訴したら、どうなるでしょうか。控訴していない請求は、そのまま確定するんじゃないですか。実は違います。控訴提起の効果、つまり判決の確定を遮断する効果と、事件が上級審に移る効果は、併合されて審判を受けたすべての請求に及びます。これを上訴不可分の原則と言います。なぜ全部なのか。2つの請求の判断は、1通の判決にまとまっています。しかも控訴した人は、控訴審の口頭弁論が終わるまで、不服の範囲を後から広げられますし、控訴された相手も、この後見る附帯控訴で、自分の不服を持ち込めます。範囲が途中で動きうるので、判決の全体を確定させずに、まるごと上に運んでおくんです。元本30万円の部分も、まだ確定しません。

条文民事訴訟法116条2項

民事訴訟法116条2項(判決の確定時期) 判決の確定は、前項の期間内にした控訴の提起、同項の上告の提起又は同項の申立てにより、遮断される。

控訴していない請求まで、控訴審で審理し直されるんですか。そこが今日の2つめの罠です。控訴提起の効果が全請求に及ぶことと、控訴審が実際に判断してよい範囲は、別の話です。控訴審が審判できるのは、不服を申し立てられた請求の限度だけです。

条文民事訴訟法296条1項

民事訴訟法296条1項(口頭弁論の範囲等) 口頭弁論は、当事者が第一審判決の変更を求める限度においてのみ、これをする。

条文民事訴訟法304条

民事訴訟法304条(第一審判決の取消し及び変更の範囲) 第一審判決の取消し及び変更は、不服申立ての限度においてのみ、これをすることができる。

手続としては全部が上に運ばれるけれど、実際に開けて中身を判断してよいのは、争われている部分だけ。Aさんの例なら、元本30万円の部分も箱ごと、上に運ばれますが、控訴審が開けて判断するのは遅延損害金の部分だけです。事件の移審の範囲と、審判対象の範囲は、分けて考える必要があります。

予備的併合の上訴——被告だけ控訴したら

予備的併合の上訴パターン板(骨董品の事案に戻る/一審=主位的請求(代金支払)棄却・予備的請求(返還)認容/原告Aと被告B双方に控訴の利益/双方控訴=控訴審が両方審判/原告のみ控訴=主位的請求に理由ありと考えれば取り消して認容/被告のみ控訴=主位的請求も移審するが審判対象は予備的請求のみ) 図:予備的併合の上訴パターン板

  • 骨董品の事案に戻る
  • 一審=主位的請求(代金支払)棄却・予備的請求(返還)認容
  • 原告Aと被告B双方に控訴の利益
  • 双方控訴=控訴審が両方審判
  • 原告のみ控訴=主位的請求に理由ありと考えれば取り消して認容
  • 被告のみ控訴=主位的請求も移審するが審判対象は予備的請求のみ

さきほどの骨董品の事案に戻ります。一審は、主位的請求である代金支払は棄却し、予備的請求である返還だけを認容しました。この結果には、原告のAさんにも、被告のBさんにも、それぞれ控訴の利益があります。Aさんは、本命だった代金支払が認められなかったことに不服があります。Bさんは、返還を命じられたことに不服があります。双方が控訴すれば、控訴審は両方の請求を審理します。Aさんだけが控訴すれば、控訴審が主位的請求に理由ありと考える場合、原判決を取り消して主位的請求を認容できます。Bさんだけが控訴した場合はどうなりますか。ここが今日いちばんの罠です。予想してみてください。

判例最判昭和58年3月22日 判時1074号55頁

最高裁判所判決(主位的請求棄却・予備的請求認容判決に一方のみ控訴した事件) 主位的請求を棄却し予備的請求を認容した第一審判決に対し、第一審被告のみが控訴し、第一審原告が控訴も附帯控訴もしない場合には、主位的請求に対する第一審の判断の当否は控訴審の審判の対象となるものではないと解するのが相当である。

主位的請求も移審します。でも、この判例が示すとおり、控訴審が実際に審判できるのは、予備的請求だけです。Aさんが控訴していない以上、控訴審は主位的請求に立ち入れません。たとえ控訴審の考えが、一審とは逆に、代金の請求のほうが正しいというものでも、原判決を取り消してAさんの主位的請求を認容することは許されません。それをすれば、控訴したBさんが、控訴しなかったときより不利な判決を受けることになります。控訴した側を、控訴しなかった場合より悪くしない。これを不利益変更禁止と言い、さきほど見た304条の「不服申立ての限度」から出てくるルールです。控訴したら逆に損をするかもしれないのでは、誰も安心して控訴できないからです。そのうえで、控訴審は契約が有効だと見ています。契約が無効であることを前提にした返還の請求は、認められません。だから控訴審は、予備的請求を棄却するほかなくなります。

Bさんしか控訴していないのに、Aさんは全面敗訴という結果になります。これを避ける手段があります。

条文民事訴訟法293条1項

民事訴訟法293条1項(附帯控訴) 被控訴人は、控訴権が消滅した後であっても、口頭弁論の終結に至るまで、附帯控訴をすることができる。

附帯控訴というのは、相手が起こした控訴の手続に乗って、控訴された側も、原判決を自分に有利に変えてほしいと求めることです。Aさんは、自分の控訴期間が過ぎていても、被控訴人として、口頭弁論が終わるまで附帯控訴ができます。これができるのは、上訴不可分の原則で、主位的請求の部分もまだ確定せずに上に運ばれているからです。附帯控訴をしておけば、Aさんの主位的請求も、控訴審の審判対象に入ります。上に運ばれることと、開けて判断してもらえることは別。開けてもらうには、自分で不服を申し立てる必要があるんです。

選択的併合の上訴

選択的併合の上訴パターン板(一方の請求を認容した一審判決に控訴/控訴審がその請求に理由なしと考えれば直ちに他方を審理/両方棄却の一審判決に原告が控訴した場合もいずれかに理由があれば認容) 図:選択的併合の上訴パターン板

  • 一方の請求を認容した一審判決に控訴
  • 控訴審がその請求に理由なしと考えれば直ちに他方を審理
  • 両方棄却の一審判決に原告が控訴した場合もいずれかに理由があれば認容

選択的併合でも、事件の移審と審判対象の考え方が生きます。ジムの事故で、一審が415条の構成で賠償を認め、709条のほうは判断しなかったとします。Bさんが控訴しました。それでも、上訴不可分の原則で一緒に上に運ばれています。そして、控訴審が415条には理由がないと考えれば、415条の認容でいったん消えていた709条への審判要求が生き返ります。だから控訴審は、直ちに709条の構成を審理できます。一審が両方とも棄却して原告が控訴した場合も同じで、いずれかに理由があれば、その請求を認容できます。

今日の地図(保存版)

全体まとめ板(3類型=両立するか・順位があるか・分離できるかの3軸/単純併合=両立・順位なし・分離可/予備的併合=両立しない・順位あり・分離不可/選択的併合=両立するが一方で足りる・順位なし・分離不可/上訴不可分=移審は全請求/審判対象=不服の限度) 図:全体まとめ板

  • 3類型=両立するか・順位があるか・分離できるかの3軸
  • 単純併合=両立・順位なし・分離可
  • 予備的併合=両立しない・順位あり・分離不可
  • 選択的併合=両立するが一方で足りる・順位なし・分離不可
  • 上訴不可分=移審は全請求
  • 審判対象=不服の限度

今日見た3類型は、両立するか、順位があるか、分離や一部判決ができるか、この3つの軸で見分けられます。単純併合は両立して順位がなく分離もできる。予備的併合は両立せず原告が順位をつけていて分離もできない。選択的併合は両立するけれど一方で足り、順位はなく、やはり分離できません。そして判決と上訴の場面では、事件の移審の範囲と審判対象の範囲を分けて考えることが決め手でした。控訴提起の効果は併合された全請求に及びますが、控訴審が判断できるのは不服の限度だけです。冒頭のAさんとBさんに戻れば、貸金と遅延損害金は両立するので単純併合、まとめて1つの訴えで請求できます。今日の3つの型を押さえておけば、複数の請求が絡む場面でも、迷わず整理できるはずです。

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#74単独ページ動画

訴えの変更(追加的変更・交換的変更と請求の基礎)

第4章 複雑訴訟 #74/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

半年争ったバイクが、盗まれていた

冒頭事案の関係図(A=買主・原告、B=売主・被告/AはBに中古バイクの引渡しを求めて半年争ってきた/ところがそのバイクは盗難で失われていたと分かる/引渡請求のままでは棄却が見えている=ここまでの主張・立証を捨てて訴え直すのか、という問い) 図:冒頭事案の関係図

  • A=買主・原告、B=売主・被告
  • AはBに中古バイクの引渡しを求めて半年争ってきた
  • ところがそのバイクは盗難で失われていたと分かる
  • 引渡請求のままでは棄却が見えている=ここまでの主張・立証を捨てて訴え直すのか、という問い

こんな場面を考えます。Aさんは、Bさんから中古バイクを買いました。ところがBさんが引き渡してくれないので、引渡しを求めて訴えを起こし、もう半年争っています。そんなとき、あるところで分かります。そのバイクは、すでに盗難で失われていたのです。引渡請求のままでは、棄却が見えています。では、Aさんはここまで半年かけた主張や証拠を全部捨てて、損害賠償を求める訴えを新しく起こし直すしかないのでしょうか。実は、同じ手続の中で、請求を差し替える道があります。これが訴えの変更です。前に二重起訴の回で、先に起こした訴訟の原告のほうから、請求を書き加えたり、書き換えたりできる制度があると触れました。今日はその中身です。持ち帰ってほしいことは4つです。1つめ、訴えの変更とは何を変えることなのか。2つめ、書き加える場合と書き換える場合の違い。3つめ、要件は誰の利益を守るものかで仕分けられること。4つめ、手続と、裁判所が認めないときの扱いです。

訴えの変更とは何を変えることか

143条の条文板(条文全文/変わるのは請求=訴訟物/当事者は同じ・手続も同じ・係属は1つのまま/趣旨=主張立証の継続利用・訴え直しの手間の回避) 図:143条の条文板

  • 条文全文
  • 変わるのは請求=訴訟物
  • 当事者は同じ・手続も同じ・係属は1つのまま
  • 趣旨=主張立証の継続利用・訴え直しの手間の回避

条文民事訴訟法143条

民事訴訟法143条(訴えの変更) 1 原告は、請求の基礎に変更がない限り、口頭弁論の終結に至るまで、請求又は請求の原因を変更することができる。ただし、これにより著しく訴訟手続を遅滞させることとなるときは、この限りでない。 2 請求の変更は、書面でしなければならない。 3 前項の書面は、相手方に送達しなければならない。 4 裁判所は、請求又は請求の原因の変更を不当であると認めるときは、申立てにより又は職権で、その変更を許さない旨の決定をしなければならない。

根拠はこの143条です。1項の頭に「請求又は請求の原因を変更することができる」とあります。変えられるのは、訴訟物、つまり何を求めているのかという中身です。当事者は同じ、手続も同じで、係属している訴訟も1つのままです。二重起訴の回で、同じ手続の中にとどまるから142条に反しない、と確認したのは、この点でした。ここで1つ区別しておきます。たとえば、売主は実はBさんではなくCさんだったと分かって、訴える相手をCさんに替えたい、という場面です。これは請求ではなく、当事者そのものを取り換える話なので、この143条の仕組みではありません。任意的当事者変更という、別の仕組みです。当事者の確定の回で、この仕組みの中身は訴えの変更を扱う回で、と言いましたが、ここで見たとおり訴えの変更とは別物なので、中身は訴訟承継と並べて後の回で扱います。今日は、あくまで当事者はそのままで、請求だけを動かす話です。

理由は2つあります。1つめは、それまでに出た主張や証拠を、変更後の請求でもそのまま使えること。半年分の審理が無駄になりません。2つめは、原告が新しい訴えを起こし直す手間を避けられることです。訴訟物の回で見たとおり、旧訴訟物理論では、法律構成を変えると訴訟物が変わり、訴えの変更になります。新訴訟物理論では、構成を変えただけなら攻撃防御方法の変更にとどまります。どちらの立場でも、請求そのものを動かすなら、ここからの話が当てはまります。

追加的変更——旧請求を残して書き足す

追加的変更の板(旧請求を残して新請求を足す→結果は併合の状態/両立する請求を足す=単純併合の状態(引渡請求に、遅れた間の損害賠償を足す)/両立せず順位をつけて足す=予備的併合の状態(引渡しが可能か不能かを判決自身が決める関係で、履行不能による損害賠償を予備的に足す)/代償請求(執行不能に備える)は単純併合) 図:追加的変更の板

  • 旧請求を残して新請求を足す→結果は併合の状態
  • 両立する請求を足す=単純併合の状態(引渡請求に、遅れた間の損害賠償を足す)
  • 両立せず順位をつけて足す=予備的併合の状態(引渡しが可能か不能かを判決自身が決める関係で、履行不能による損害賠償を予備的に足す)
  • 代償請求(執行不能に備える)は単純併合

訴えの変更には、2種類あります。まず、追加的変更です。従来の請求は残したまま、新しい請求を書き足します。ここで、前回の併合を思い出してください。前回、両立しない請求に、原告が順位をつけて並べる併合を、何と呼んだか覚えていますか?予備的併合です。追加的変更をすると、その結果、訴訟は前回見た併合の状態になります。着地先は、前回の3類型です。バイクの例で見ましょう。引渡請求に加えて、引き渡しが遅れた間の損害賠償を足す。これは引渡請求と両立するので、単純併合の状態になります。もう1つ。バイクが本当に失われたのかがまだ争いになっている段階で、Aさんが、もし引渡しが認められないなら履行不能による損害賠償を認めてほしい、と順位をつけて足す。引渡しが可能か不能かは、判決の中で裁判所が決めますから、両立しません。だから予備的併合の状態になります。

代償請求と同じ扱いにはなりません。代償請求は、返還の強制執行が不能になったときに備えるもので、不能かどうかは判決の後に分かります。判決の時点では両方命じられるので、単純併合でした。今回作る予備的併合は、引渡しが可能か不能かを、判決自身が決める場面です。ここを混ぜないようにしてください。

交換的変更——旧請求を取り換える

交換的変更の比較板(縦=追加的/交換的、横=旧請求はどうなる/結果の状態/被告の同意/追加的=旧請求は残る・併合の状態・不要/交換的=旧請求はもう審理を求めない=取下げと同じ構造・新請求のみ・本案について弁論した後は必要(261条2項)/同意が無ければ追加的変更として併合のまま) 図:交換的変更の比較板

  • 縦=追加的
  • 交換的、横=旧請求はどうなる
  • 結果の状態
  • 被告の同意
  • 追加的=旧請求は残る・併合の状態・不要
  • 交換的=旧請求はもう審理を求めない=取下げと同じ構造・新請求のみ・本案について弁論した後は必要(261条2項)
  • 同意が無ければ追加的変更として併合のまま

もう1つが、交換的変更です。新しい請求を足すのではなく、旧請求を取り換えます。もう旧請求は審理も裁判もしてもらわなくていい、新請求だけを判断してほしい、という申立てです。冒頭のバイクなら、引渡請求はやめて、損害賠償だけを求める。これが交換的変更です。原告の一存では消せません。旧請求をもう審理してほしくない、というのは、旧請求について訴えの取下げを申し立てているのと同じ構造です。取下げには、この条文の規律が及びます。

条文民事訴訟法261条2項

民事訴訟法261条2項(訴えの取下げ) 訴えの取下げは、相手方が本案について準備書面を提出し、弁論準備手続において申述をし、又は口頭弁論をした後にあっては、相手方の同意を得なければ、その効力を生じない。ただし、本訴の取下げがあった場合における反訴の取下げについては、この限りでない。

相手方が本案について弁論をした後は、取下げに相手方の同意が要ります。被告は、勝ち負けの判断を受ける立場で防御を尽くしてきたので、原告の一存で、判断が出ないまま終わらせることは許されないからです。訴えの取下げの回で見た理屈が、そのまま交換的変更にも当てはまります。バイクの例では、Bさんは半年争って、すでに本案で弁論しています。だから、引渡しから損害賠償への取り換えには、Bさんの同意が要ります。旧請求は消えません。旧請求と新請求が、併合されたまま審理されます。追加的変更として扱われる、ということです。この場合、引渡請求は、棄却が見込まれるまま、損害賠償請求と並んで進みます。これを示した判例があります。

判例最判昭和32年2月28日 民集11巻2号374頁

最高裁判所判決(控訴審で請求を交替的に変更した事件) 訴の変更の許否ということは旧訴の繋属中新訴を追加的に提起することが許されるか否かの問題であり、一旦繋属した旧訴の訴訟繋属が消滅するか否かの問題とは係りないところだからである。もし原告がその一方的意思に基づいて旧訴の訴訟繋属を消滅せしめんとするならば、法律の定めるところに従いその取下をなすか、或はその請求の拠棄をしなければならない。 ……果して然りとすれば原告が交替的に訴の変更をなし、旧訴に替え新訴のみの審理を求めんとする場合においてもその理を一にするものといわなければならない。

昭32判例のほどきの板(新請求を出せるか=訴えの変更の許否の問題/旧請求の係属が消えるか=別の問題/消すには取下げ(相手方の同意)か請求の放棄が必要/交換的でも同じ/控訴審で変更すれば新請求は控訴裁判所が事実上第一審として判断) 図:昭32判例のほどきの板

  • 新請求を出せるか=訴えの変更の許否の問題
  • 旧請求の係属が消えるか=別の問題
  • 消すには取下げ(相手方の同意)か請求の放棄が必要
  • 交換的でも同じ
  • 控訴審で変更すれば新請求は控訴裁判所が事実上第一審として判断

難しい言い回しなので、ほどきます。新しい請求を出してよいか、という問題と、古い請求の係属が消えるか、という問題は別だ、と言っています。原告が自分の意思で旧請求を消したいなら、取下げをするか、請求の放棄をするかしかない。交換的変更でも同じだ、というのです。原告が請求の放棄をする道があります。ただ、放棄は旧請求が理由のないことを認める意味ですから、原告にとっては負けを認めることです。バイクの例なら、盗難で失われて引渡しが不能なのは事実ですから、放棄で片づけるのも選択肢になります。同意は、口に出して「同意します」と言わなくても認められます。交換的変更でされた新請求に、被告が異議を述べずに応訴した場合について、最高裁の判例があります。

判例最判昭和41年1月21日 民集20巻1号94頁

最高裁判所判決(交換的変更に異議なく応訴した事件) いわゆる訴の交換的変更とは、新訴の提起と旧訴の取下であるところ、上告人は、所有権確認を求める新訴の追加については異議を述べたが、所論訴の交換的変更には異議なく応訴しており、かかる場合においては、旧訴の取下について暗黙の同意をしたものと解するのを相当とする……から、旧訴について判断しなかつた原判決は正当である。

新請求に異議なく応訴した被告は、旧請求の取下げについて、暗黙の同意をしたものと扱われます。同意の有無は、行動から認定されうる、という点も押さえてください。

金額の増額と減額

増額・減額の対比板(増額=訴えの変更(書面・送達の手続を踏む)/減額=訴えの一部取下げ(261条1項の「一部」)/明示の一部請求の残部を取り込む道=増額=訴えの変更に着地) 図:増額・減額の対比板

  • 増額=訴えの変更(書面・送達の手続を踏む)
  • 減額=訴えの一部取下げ(261条1項の「一部」)
  • 明示の一部請求の残部を取り込む道=増額=訴えの変更に着地

請求する金額を動かす場合を見ておきます。損害賠償の額に、修理費を上乗せして広げる。これは訴えの変更です。書面を出して、相手に送達する手続を踏みます。逆に、金額を減らす場合は、訴えの一部取下げです。261条1項に、訴えは、判決が確定するまで、その全部又は一部を取り下げることができる、とあります。その「一部」に当たります。増やす分は、まだ裁判所に判断を頼んでいなかった部分を、この手続に新しく持ち込むことです。新しい請求を書き足す追加的変更と同じ形なので、訴えの変更の手続を踏みます。減らす分は、いったん判断を頼んだ部分について、もう審理しなくていい、と申し出ることです。交換的変更で見たとおり、それは取下げと同じ構造です。だから、広げる側が変更、引っ込める側が取下げ、と分かれます。一部請求の回で、明示の一部請求の残りを取り込む道がある、と予告しました。その道は、ここで増額という形の訴えの変更に着地します。

要件1——請求の基礎の同一性

請求の基礎の板(意味=新旧請求の主要事実が根幹で共通し旧請求の裁判資料を新請求で継続利用できること/守るのは主として被告の防御の機会/同じ売買契約に基づく引渡し→履行不能の損害賠償=基礎は同じ、引渡請求に無関係な貸金返還請求を足す=基礎が変わる/被告が同意すれば不要) 図:請求の基礎の板

  • 意味=新旧請求の主要事実が根幹で共通し旧請求の裁判資料を新請求で継続利用できること
  • 守るのは主として被告の防御の機会
  • 同じ売買契約に基づく引渡し→履行不能の損害賠償=基礎は同じ、引渡請求に無関係な貸金返還請求を足す=基礎が変わる
  • 被告が同意すれば不要

143条1項の要件を、順に見ます。1つめは、請求の基礎に変更がないことです。通説の理解では、新旧の請求の事実関係の根っこが共通していて、旧請求のために出された主張や証拠を、新請求でも使い続けられることです。二重起訴の回で、訴訟物が違っても請求の基礎が共通なら、二重起訴の禁止を広げていく傾向がある、と出てきた語です。あのとき事実関係のまとまり、と言ったものを、ここでは訴えの変更の要件として使います。境界のペアで見ましょう。同じ売買契約に基づく、引渡請求から履行不能の損害賠償への変更は、基礎が同じです。同じ契約、同じ代金、同じ引渡しの約束をめぐる話だからです。ところが、バイクの引渡請求に、AさんがBさんに貸していた別件の貸金の返還請求を足すと、基礎が変わります。半年分の審理は、貸金の判断には使えません。

請求の基礎の同一性は、主として被告のための要件です。訴訟が始まったときに被告が備えた防御の範囲を、原告が勝手に別の話にすり替えて広げると、被告は不意打ちを受けます。訴訟物の回で、訴えの変更が守っているのは被告の防御の機会だと確認しました。それがこの要件です。被告のための要件なら、被告が自分の防御の機会を放棄することも許されるはずです。だから、被告が同意すれば、この要件は不要になります。同意は明示でも黙示でもかまいません。

要件1の例外——被告が自分で述べた事実に乗る変更

昭39の考え方を置き換えた設例の関係図(判例の事案は建物・ここは冒頭とは別のバイク/A=原告(元の持ち主)、B=被告/Aは所有権に基づいてバイクの引渡しを請求/Bは「Aから買い受けた」と自分の側の事実を述べて争う(抗弁)/AはBの述べた売買に乗って「その売買を前提に代金を払え」と予備的に追加/請求の基礎が同じか争いうる変更でも被告は異議を述べられない) 図:昭39の考え方を置き換えた設例の関係図

  • 判例の事案は建物・ここは冒頭とは別のバイク
  • A=原告(元の持ち主)、B=被告
  • Aは所有権に基づいてバイクの引渡しを請求
  • Bは「Aから買い受けた」と自分の側の事実を述べて争う(抗弁)
  • AはBの述べた売買に乗って「その売買を前提に代金を払え」と予備的に追加
  • 請求の基礎が同じか争いうる変更でも被告は異議を述べられない

請求の基礎が同じかどうか争いになりうる場面でも、被告が自分で述べた事実に乗る変更なら、その点を論じるまでもなく、被告が現実に同意していなくても許されます。判例です。判例の事案は建物の話でしたが、冒頭とは別の、もう1台のバイクの場面に置き換えます。今度はAさんのほうが元の持ち主です。Aさんが、自分に所有権があるとして、バイクの引渡しを請求しました。Bさんは、これに対して「そのバイクは、Aさんから買ったものだ」と、自分の側の事実を持ち出して争いました。そこでAさんは、Bさんが言うとおり売買があったのなら、その売買を前提に代金を払ってほしい、と請求を予備的に足しました。

判例最判昭和39年7月10日 民集18巻6号1093頁

最高裁判所判決(被告の陳述した事実に立脚した請求の追加が争われた事件) 相手方の提出した防禦方法を是認したうえその相手方の主張事実に立脚して新たに請求をする場合、すなわち相手方の陳述した事実をとってもって新請求の原因とする場合においては、かりにその新請求が請求の基礎を変更する訴の変更であっても、相手方はこれに対し異議をとなえその訴の変更の許されないことを主張することはできず、相手方が右の訴の変更に対し現実に同意したかどうかにかかわらず、右の訴の変更は許されると解するのが相当である ……相手方の陳述した事実は、かならずしも、狭義の抗弁、再々抗弁などの防禦方法にかぎられず、相手方において請求の原因を否認して附加陳述するところのいわゆる積極否認の内容となる重要なる間接事実も含まれると解すべきである。

決め手は、新請求の土台が、被告自身の述べた事実だという点です。被告は、その事実への備えをすでにしていますし、そもそも自分で言った話に乗られて、変更を許さないと主張するのは筋が通りません。判例だから許されるのではなく、被告の防御の機会を守るという趣旨に照らして、守る必要がない場面だから許されるのです。対象も広く、狭い意味の抗弁だけでなく、否認するときに別の事実を述べる、いわゆる積極否認の内容になる重要な間接事実も含まれます。逆に、Bさんが単に「知らない」と否認しただけなら、Aさんが乗れる被告の事実はありません。Aさんが自分で別の話を持ち出して請求を足すなら原則に戻り、請求の基礎の同一性か、被告の同意が要ります。整理します。請求の基礎の同一性を外す道は2つです。1つは被告の同意。明示でも黙示でも構いません。もう1つは、被告自身が陳述した事実に乗る変更で、こちらは被告の同意の有無すら問いません。

要件2〜4——著しい遅滞・終結の時期・併合の一般要件

残る要件の板(著しい遅滞の禁止=143条1項ただし書・手続全体の要件・被告が同意しても消えない/事実審の口頭弁論終結まで=控訴審でも可・上告審は原則不可/併合の一般要件=前回の併合の要件がそのままかかる・136条の同種の手続・管轄は7条が働かない専属管轄に属さないこと) 図:残る要件の板

  • 著しい遅滞の禁止=143条1項ただし書・手続全体の要件・被告が同意しても消えない
  • 事実審の口頭弁論終結まで=控訴審でも可・上告審は原則不可
  • 併合の一般要件=前回の併合の要件がそのままかかる・136条の同種の手続・管轄は7条が働かない専属管轄に属さないこと

2つめは、著しく訴訟手続を遅滞させないことです。143条1項のただし書に書かれています。結審の直前に、まったく別の争点を抱える請求を持ち込むと、新しい主張や立証のやり直しで審理が大きく延びます。そういう変更は認められません。著しい遅滞の禁止は、被告が同意しても消えません。この要件は、被告個人の利益ではなく、裁判所の手続全体、ほかの事件を待つ人まで含めた公益を守るものだからです。当事者が処分できる要件ではないんです。3つめは、時期です。1項の本文は「口頭弁論の終結に至るまで」としています。この口頭弁論は、証拠を調べて事実を認定する審級、つまり事実審の口頭弁論です。控訴審も、事実を調べ直せる事実審なので、第一審だけでなく控訴審でも変更できます。条文の上でも、控訴審には第一審の規定が準用されます。控訴審で変えられた新請求は、事実上、第一審として裁判されます。上告審は、法律の当てはめに誤りがないかを審査するだけで事実を調べ直さないので、新しい請求を審理する場がなく、変更は原則としてできません。4つめは、併合の一般要件です。追加的変更は請求の併合を生みます。

条文民事訴訟法136条

民事訴訟法136条(請求の併合) 数個の請求は、同種の訴訟手続による場合に限り、一の訴えですることができる。

だから、前回見た併合の要件が、そのままかかります。1つめは、136条のとおり、同種の訴訟手続によること。2つめの、各請求に管轄があること、には1点注意があります。前回、7条で、1つの請求に管轄があれば、ほかの請求もまとめて同じ裁判所に起こせる、と見ました。ただ、法律が特定の裁判所だけに扱わせると決めた専属管轄の請求には、この7条が働きません。だから、追加する請求が、他の裁判所の専属管轄に属さないことが要ります。この点は136条には書かれていません。専属管轄の請求には7条が働かないと13条1項が定めていて、それを受けて、追加する請求が他の裁判所の専属管轄に属さないことを要件とするのが通説の整理です。なお、控訴審で被告のほうが反訴を出すには、原告の同意が要ります。訴えの変更のほうは、同意が要りません。この違いは、反訴の回でもう一度見ます。

仕分け表——同意で消える要件、消えない要件

要件の仕分け表(要件/誰の利益か/被告の同意で消えるか/請求の基礎の同一性=被告の利益=消える(被告の陳述事実に乗る変更では同意すら不要)/著しい遅滞の禁止=手続全体=消えない/口頭弁論終結まで=時的な限界(控訴審まで)=—/136条の一般要件=併合の要件=—) 図:要件の仕分け表

  • 要件
  • 誰の利益か
  • 被告の同意で消えるか
  • 請求の基礎の同一性=被告の利益=消える(被告の陳述事実に乗る変更では同意すら不要)
  • 著しい遅滞の禁止=手続全体=消えない
  • 口頭弁論終結まで=時的な限界(控訴審まで)=—
  • 136条の一般要件=併合の要件=—

ここまでの要件を1枚に並べます。請求の基礎の同一性は被告の利益を守るもので、同意で消えます。著しい遅滞の禁止は手続全体を守るもので、同意でも消えません。時期は控訴審までで、併合の一般要件は追加的変更が併合を生むから要るものです。ここで1問です。請求の基礎の同一性は、被告が同意すれば不要になりました。では、著しい遅滞の禁止は、被告が同意すれば不要になるでしょうか?不要にならない、ですよね。手続全体の利益を守る要件で、被告が処分できるものではないから。軸は、その要件が誰の利益を守っているかです。被告個人の利益なら被告が放棄でき、手続全体の利益なら誰にも放棄できません。要件を暗記するのではなく、この軸で毎回考えてください。

手続と、許さない決定の扱い

手続フロー板(請求の変更の書面を裁判所に提出=147条の時点/被告に送達(143条3項)/裁判所が要件を審査(申立てまたは職権)/不当と認めるときは許さない旨の決定(143条4項)/その決定に独立の不服申立てはできない/終局判決後に控訴で争う) 図:手続フロー板

  • 請求の変更の書面を裁判所に提出=147条の時点
  • 被告に送達(143条3項)
  • 裁判所が要件を審査(申立てまたは職権)
  • 不当と認めるときは許さない旨の決定(143条4項)
  • その決定に独立の不服申立てはできない
  • 終局判決後に控訴で争う

最後に手続です。もう一度143条を見てください。2項で、請求の変更は書面でしなければならず、3項で、その書面は相手方に送達しなければなりません。バイクの例なら、Aさんが損害賠償への変更を書面で裁判所に出し、それがBさんに送達されます。裁判所は、その変更が要件を満たすかどうかを、申立てがなくても職権で調べます。不当だと認めるときは、4項によって、変更を許さない旨の決定をしなければなりません。許さない決定に対して、すぐに抗告することはできません。独立の不服申立ては認められません。この決定は、審理をどう進めるかを裁判所が仕切る判断、訴訟指揮の裁判だからです。弁論をいったん特定の争点に絞る、弁論の制限とよく似た、審理の進め方を仕切る判断です。こうした進め方の判断のたびに上の裁判所へ不服を持ち込めるとすると、そのつど審理が止まってしまいます。だから、決定や命令に対する不服申立てである抗告も、ここでは使えません。

不満は、終局判決が出るのを待って争います。終局判決というのは、その審級の訴訟を終わらせる判決です。実務では、不許可の判断を終局判決の中で示すことも多いです。原告は、その終局判決に対する控訴で、変更を許さなかったことの当否を控訴審に判断してもらいます。判決の種類の回で、中間判決について見たのと同じ仕組みです。終局判決より前に出た裁判は、控訴の中でまとめて控訴裁判所の判断を受ける、と283条が定めています。途中の判断は最後にまとめて争う、という考え方です。

条文民事訴訟法283条

民事訴訟法283条(控訴裁判所の判断を受ける裁判) 終局判決前の裁判は、控訴裁判所の判断を受ける。ただし、不服を申し立てることができない裁判及び抗告により不服を申し立てることができる裁判は、この限りでない。

ただし書のとおり、抗告で争える裁判などは別扱いです。変更を許さない決定は本文の側で、控訴の中でまとめて控訴裁判所の判断を受けます。もう1点、時間の話です。訴えの変更で出した新請求について、時効の完成猶予や期間遵守の効力が生じるのは、いつでしょうか。

条文民事訴訟法147条

民事訴訟法147条(時効の完成猶予等の効力発生時期) 訴えが提起されたとき、又は第百四十三条第二項(第百四十四条第三項及び第百四十五条第四項において準用する場合を含む。)の書面が裁判所に提出されたときは、その時に時効の完成猶予又は法律上の期間の遵守のために必要な裁判上の請求があったものとする。

請求の変更の書面が裁判所に提出された時です。被告に届いた時や、裁判所が認めた時ではありません。書面を出した時点で、新請求について完成猶予の効力が生じます。期間遵守というのは、訴えを起こせる期間が法律で区切られている場合に、その期間内に請求したと扱われることです。

今日の地図(保存版)

全体まとめ板(訴えの変更=同じ手続・同じ当事者のまま訴訟物を動かす/追加的=旧請求が残り併合状態/交換的=取下げと同じ構造・被告の同意・無ければ併合のまま/増額=変更・減額=一部取下げ/要件=誰の利益か(基礎=同意で消える・著しい遅滞=消えない・控訴審まで)/許さない決定に独立の不服なし) 図:全体まとめ板

  • 訴えの変更=同じ手続・同じ当事者のまま訴訟物を動かす
  • 追加的=旧請求が残り併合状態
  • 交換的=取下げと同じ構造・被告の同意・無ければ併合のまま
  • 増額=変更・減額=一部取下げ
  • 要件=誰の利益か(基礎=同意で消える・著しい遅滞=消えない・控訴審まで)
  • 許さない決定に独立の不服なし

今日の話をまとめます。訴えの変更は、同じ手続、同じ当事者のまま、訴訟物だけを動かす制度です。旧請求を残して書き足すのが追加的変更で、結果は併合の状態になります。旧請求を取り換えるのが交換的変更で、取下げと同じ構造なので、本案で弁論した後は被告の同意が要ります。同意がなければ、旧請求は消えず、併合のまま進みます。金額は、増額が訴えの変更、減額が一部取下げです。要件は、誰の利益を守るかで仕分けました。請求の基礎の同一性は被告の利益なので、被告の同意で消えます。被告自身が述べた事実に乗る変更なら、同意すら要りません。著しい遅滞の禁止は手続全体の利益なので、同意でも消えません。時期は事実審の口頭弁論の終結までで、控訴審でもできます。冒頭のAさんに戻れば、半年分の審理は無駄にならず、同じ契約をめぐる損害賠償に、同じ手続の中で変えられます。Bさんが同意すれば引渡請求は取下げと同じ形で消え、同意しなければ併合のまま進みます。

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#75単独ページ動画

反訴と中間確認の訴え(146条・145条)

第4章 複雑訴訟 #75/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

50万円の請求に、こちらは80万円の貸金がある

冒頭事案の関係図(A=仕入先・原告、B=取引先・被告/AはBに売掛金50万円の支払を求めて訴えた/ところがBもAに貸金80万円を持っている/相殺で50万円は消える=残る30万円はこの訴訟で取れないのか、という問い) 図:冒頭事案の関係図

  • A=仕入先・原告、B=取引先・被告
  • AはBに売掛金50万円の支払を求めて訴えた
  • ところがBもAに貸金80万円を持っている
  • 相殺で50万円は消える=残る30万円はこの訴訟で取れないのか、という問い

こんな場面を考えます。Aさんは、取引先のBさんに対して、売掛金50万円の支払を求めて訴えを起こしました。ところがBさんのほうも、Aさんにお金を貸しています。貸金は80万円です。相殺の抗弁を出せば、50万円は消えます。では、Bさんの貸金のうち、消えずに残る30万円はどうなるでしょうか。実は、同じ手続の中で、Bさんのほうから逆に請求を持ち込む道があります。これが反訴です。前に二重起訴の回で、先に起こされた訴訟の被告のほうから、関連する請求を持ち込む制度があると触れました。今日はその中身です。前回は、原告が途中で請求を動かす道具として、訴えの変更を見ました。今日は、その被告の側の道具です。持ち帰ってほしいことは4つです。1つめ、反訴とは何で、なぜ被告に認めるのか。2つめ、反訴を出せる関連性には2通りあること。3つめ、前回と同じ、その要件が誰の利益を守るかという軸、つまり原告が同意すれば外せる要件かどうかで要件を仕分けることと、控訴審での扱い。4つめ、中間確認の訴え、つまり判決の理由の中で判断されることにも既判力を及ぼしたいときの道具です。最後に、一部請求の残りを誰がどう取り込むかを、1枚の板で畳みます。

反訴とは何か——被告からの訴え返し

反訴の全体図(Aの本訴=売掛金50万円/Bの反訴=貸金の残り30万円/2つが1つの手続に入り併合して審理・判決される/立場が入れ替わる=本訴原告A=反訴被告、本訴被告B=反訴原告/趣旨=当事者の対等+訴訟経済と裁判の統一) 図:反訴の全体図

  • Aの本訴=売掛金50万円
  • Bの反訴=貸金の残り30万円
  • 2つが1つの手続に入り併合して審理・判決される
  • 立場が入れ替わる=本訴原告A=反訴被告、本訴被告B=反訴原告
  • 趣旨=当事者の対等+訴訟経済と裁判の統一

反訴とは、訴訟が続いている間に、被告が原告に対して、同じ手続の中で訴えを起こし、原告の訴えと一緒に審理と判決をしてもらうことです。用語を整理します。もとの原告の訴えを本訴と呼びます。反訴を出した被告は反訴原告、その相手方になった、もとの原告は反訴被告です。冒頭の例なら、Aさんが本訴原告で反訴被告、Bさんが本訴被告で反訴原告です。併合審判とは、同じ手続の中で、まとめて審理してまとめて判決を出すことです。被告が別に訴えを起こすこと自体はできます。ただ、別訴を認めるだけでは足りない理由が2つあります。1つめは、当事者の対等です。原告は、複数の請求をまとめて訴える併合や、前回見た訴えの変更で、審理の対象を自分から広げられます。それなら、被告にも、審理の対象を広げる手段が用意されていないとバランスを欠きます。2つめは、訴訟経済と裁判の統一です。Bさんが別に訴えを起こすと、同じ取引をめぐる争いを2つの訴訟で審理することになります。証拠調べが重複しますし、2つの判決が矛盾するおそれもあります。1つの手続に入れれば、これを避けられます。二重起訴の回では、反訴は同じ手続にとどまるので142条に反しない、と確認しました。ただ、何でも持ち込めるわけではありません。要件があります。ここからがその中身です。

反訴の要件1——本訴請求または防御方法との関連

146条の要件の板(反訴が出せる場合=本訴の目的である請求または防御の方法と関連する請求/ただし書=専属管轄に属しない・著しい遅滞を生じさせない/時期=口頭弁論の終結に至るまで) 図:146条の要件の板

  • 反訴が出せる場合=本訴の目的である請求または防御の方法と関連する請求
  • ただし書=専属管轄に属しない・著しい遅滞を生じさせない
  • 時期=口頭弁論の終結に至るまで

反訴の要件は、146条の1項と2項に書かれています。

条文民事訴訟法146条1項・2項

民事訴訟法146条(反訴)第1項・第2項 1 被告は、本訴の目的である請求又は防御の方法と関連する請求を目的とする場合に限り、口頭弁論の終結に至るまで、本訴の係属する裁判所に反訴を提起することができる。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。  一 反訴の目的である請求が他の裁判所の専属管轄(当事者が第十一条の規定により合意で定めたものを除く。)に属するとき。  二 反訴の提起により著しく訴訟手続を遅滞させることとなるとき。 2 本訴の係属する裁判所が第六条第一項各号に定める裁判所である場合において、反訴の目的である請求が同項の規定により他の裁判所の専属管轄に属するときは、前項第一号の規定は、適用しない。

1項の頭に、関連性の要件があります。反訴の請求は、本訴の目的である請求、または防御の方法と関連していなければなりません。本訴の請求と関連していなくても、防御の方法と関連していれば足りる。ここが試験で狙われるところです。関連性には2通りあります。

関連性2通りの比較板(本訴請求関連=同じ取引・同じ事故から生じた請求同士/例=代金請求の本訴に対し、同じ売買の部品の欠陥による損害賠償を反訴/防御方法関連=被告が本訴で出した抗弁と関連する請求/例=相殺の抗弁を出した上で超過部分の支払を求める反訴、留置権の抗弁を出した上で被担保債権の弁済を求める反訴/非該当例=本訴ともその防御とも関係のない別件の請求) 図:関連性2通りの比較板

  • 本訴請求関連=同じ取引・同じ事故から生じた請求同士
  • 例=代金請求の本訴に対し、同じ売買の部品の欠陥による損害賠償を反訴
  • 防御方法関連=被告が本訴で出した抗弁と関連する請求
  • 例=相殺の抗弁を出した上で超過部分の支払を求める反訴、留置権の抗弁を出した上で被担保債権の弁済を求める反訴
  • 非該当例=本訴ともその防御とも関係のない別件の請求

1つめは、本訴請求との関連です。同じ取引や同じ事故から生じた請求同士は、これに当たります。冒頭とは別の場面で見ましょう。Aさんが部品を売って、代金50万円を請求しました。Bさんは、その部品に欠陥があって自分の機械が壊れたと考えています。そこで、同じ売買から生じた損害賠償を反訴で求める。同じ取引を土台にした請求同士なので、本訴請求と関連します。2つめが、防御方法との関連です。防御方法というのは、被告が本訴に対して出す抗弁などです。冒頭の例に戻ります。Bさんは、80万円の貸金のうち、50万円を相殺の抗弁に使います。相殺で消えなかった30万円は、この相殺の抗弁と関連する請求として、反訴で取れます。抗弁に使った50万円と、反訴で求める30万円は別の部分なので、同じお金を二重に持ち出すことにはなりません。これが、冒頭の問いの答えです。

ほかにも、建物の明渡しを求められた被告が、修理代を理由に留置権を主張しつつ、その修理代の支払を求める反訴を立てる形があります。留置権というのは、修理代の支払を受けるまで、その建物を渡さずに留めておける権利です。その修理代のような債権を、被担保債権といいます。逆の例も見ておきます。AさんがBさんに売掛金50万円を請求したところ、BさんがたまたまAさんと去年旅行に行っていて、その旅行中の事故の賠償を、ついでに反訴で持ち込もうとしたとします。売掛金の請求とも、それに対するBさんの防御とも関係がありません。関連性の要件を満たさず、反訴としては出せません。その事故の賠償は、別に訴えることになります。

理由は2つあります。1つは、併合して審理する意味があるからです。関係のない請求を1つの手続に入れても、訴訟経済にも裁判の統一にもなりません。もう1つは、反訴を受ける原告の利益です。全く別の話を持ち込まれると、原告は、備えていない争いに応じなければならなくなります。原告の利益を守るための要件だと考えると、前回の訴えの変更の、請求の基礎の同一性、つまり新しい請求が、もとの請求と同じ事実関係と資料の上に立っていること、と同じ構造です。あの要件は、被告が同意すれば不要になりました。同じように、反訴でも、原告の同意や、異議なく応訴した事実があれば、関連性の要件の意義は小さくなる、または不要になる、と学説では整理されます。これは条文や判例に書いてある結論ではなく、学説の整理です。後で、前回と並べた表にまとめます。

占有の訴えに対して、本権に基づく反訴はできるか

占有の訴えと本権の対比板(A=占有者、B=土地の所有者/Aが占有の妨害をやめるよう請求=占有の訴え/Bが防御として「土地は私のもの」と本権を主張=禁じられる/Bが所有権に基づく反訴を提起=許される/民法202条2項が禁じるのは占有の訴えの中で本権に関する理由で裁判すること) 図:占有の訴えと本権の対比板

  • A=占有者、B=土地の所有者
  • Aが占有の妨害をやめるよう請求=占有の訴え
  • Bが防御として「土地は私のもの」と本権を主張=禁じられる
  • Bが所有権に基づく反訴を提起=許される
  • 民法202条2項が禁じるのは占有の訴えの中で本権に関する理由で裁判すること

関連性の具体例をもう1つ、判例のある場面で見ます。占有の訴えと、本権の訴えです。場面を作ります。Aさんが土地を使っていて、Bさんがそれを妨げているとして、Aさんが、妨害をやめるよう求めて訴えました。占有を守る訴え、占有の訴えです。ところがその土地は、実はBさんの所有です。Bさんは、防御として、この土地は自分のものだと言いたい。言えるでしょうか。言えません。民法202条2項です。

条文民法202条

民法202条(占有の訴えと本権の訴えとの関係) 1 占有の訴えは本権の訴えを妨げず、また、本権の訴えは占有の訴えを妨げない。 2 占有の訴えについては、本権に関する理由に基づいて裁判をすることができない。

占有の訴えでは、本権、つまり所有権のような、占有の裏にある権利の理由で裁判をすることができません。だから、占有の訴えに対する防御として、本権を主張することは許されません。そこで、反訴です。Bさんが、所有権に基づいて、Aさんに土地の明渡しを求める反訴を出す。これは許されるのか。判例があります。

判例最判昭和40年3月4日 民集19巻2号197頁

最高裁判所判決(占有の訴えに対する本権に基づく反訴が争われた事件) 民法二〇二条二項は、占有の訴において本権に関する理由に基づいて裁判することを禁ずるものであり、従つて、占有の訴に対し防禦方法として本権の主張をなすことは許されないけれども、これに対し本権に基づく反訴を提起することは、右法条の禁ずるところではない。そして、本件反訴請求を本訴たる占有の訴における請求と対比すれば、牽連性がないとはいえない。

判例の事案も、占有保持を求める本訴に対して、所有権に基づいて建物の収去と土地の明渡しを求める反訴が出されたものです。最高裁は、その反訴を適法とした原審の判断を是認しました。読み解きます。前半は、区別の話です。202条2項が禁じているのは、占有の訴えの中で、本権の理由で裁判することです。防御として本権を主張すれば、占有の訴えの判断に本権が入り込みます。一方、本権に基づく反訴は、それ自体が別の請求で、占有の訴えとは別に判断されます。だから、禁じられるのは防御で、反訴は禁じられていません。後半が関連性の話です。占有の訴えと本権の反訴を並べると、牽連性がないとはいえない、つまり関連がある。判旨は理由まで述べていませんが、どちらも同じ土地を誰が使えるかをめぐる請求で、審理する事実も重なる、と理解できます。そのうえで、146条の関連性を満たすと認めたわけです。

なお、この判例が述べているのは、ここまでです。次に見る同意や分離の話は、判例の話ではありません。

反訴の要件2——専属管轄・著しい遅滞・時期・併合の一般要件

残りの要件の板(専属管轄でないこと=146条1項1号・当事者が11条で合意した専属管轄は除く・2項=6条1項各号の裁判所が本訴を審理するときの例外/著しい遅滞を生じさせないこと=同項2号/時期=本訴の口頭弁論の終結に至るまで=事実審のあいだ/併合の一般要件=136条の同種の訴訟手続) 図:残りの要件の板

  • 専属管轄でないこと=146条1項1号・当事者が11条で合意した専属管轄は除く・2項=6条1項各号の裁判所が本訴を審理するときの例外
  • 著しい遅滞を生じさせないこと=同項2号
  • 時期=本訴の口頭弁論の終結に至るまで=事実審のあいだ
  • 併合の一般要件=136条の同種の訴訟手続

関連性のほかにも、要件があります。146条を見返してください。まず、1項1号です。反訴の請求が、他の裁判所の専属管轄に属しないこと。専属管轄というのは、法律が、特定の裁判所だけに扱わせると決めた事件のことです。反訴は本訴の係属する裁判所に出しますから、その事件が別の裁判所の専属になっていると、そこに持ち込めません。専属管轄は、その事件をその裁判所で扱うのが適切だという、公の理由で法律が決めたものです。反訴という形で、その決まりを崩すわけにはいきません。括弧書きのとおり、11条で当事者が合意で定めた専属管轄は除かれます。合意で決めた専属は、反訴を妨げません。2項は、本訴が6条1項各号の裁判所、つまり特許権などに関する訴えを扱う裁判所で起こされているときの、例外の例外です。深入りせず、1号に例外があるという位置づけだけ押さえてください。次に、1項2号です。反訴によって、著しく訴訟手続を遅滞させることにならないこと。結審の直前に、まったく別の争点を抱える請求を持ち込んで審理が大きく延びる、そういう反訴は認められません。前回の訴えの変更の、著しい遅滞と同じ位置づけです。時期は、口頭弁論の終結に至るまでです。この口頭弁論は、事実を調べる審級、事実審のものです。ただ、控訴審では扱いが変わります。これは後で見ます。最後は、併合の一般要件です。反訴は請求の併合の一形態でもあるので、同種の訴訟手続によることが要ります。審理のルールが違う手続どうしでは、1つにまとめて審理しようがないからです。136条のとおりで、前々回の併合で見た要件が、そのままかかります。

仕分け表——前回と同じ軸で反訴の要件を並べる

反訴の要件の仕分け表(要件/誰の利益か/原告(反訴被告)の同意・異議なき応訴でどうなるか/関連性=原告の利益(+公益)=意義が小さくなる方向(学説の整理)/専属管轄でない=公益=同意では外れない/著しい遅滞の禁止=手続全体=同意だけでは処分できない方向(前回と同じ位置づけ)/時期=時的な限界/併合の一般要件=併合の要件) 図:反訴の要件の仕分け表

  • 要件
  • 誰の利益か
  • 原告(反訴被告)の同意・異議なき応訴でどうなるか
  • 関連性=原告の利益(+公益)=意義が小さくなる方向(学説の整理)
  • 専属管轄でない=公益=同意では外れない
  • 著しい遅滞の禁止=手続全体=同意だけでは処分できない方向(前回と同じ位置づけ)
  • 時期=時的な限界
  • 併合の一般要件=併合の要件

前回は、訴えの変更の要件を、同意で消えるか、消えないかで仕分けました。反訴も、同じ軸で並べます。関連性は、主に原告の利益を守る要件です。原告が同意したり、異議なく応訴したりすれば、意義は小さくなる、または不要になる、と考えられます。前回の請求の基礎の同一性と同じ位置にあります。たとえば、さっきの旅行中の事故の反訴でも、Aさんが異議を述べずにそのまま応じて争えば、関連性がないことを理由に反訴を退ける必要は薄れる、という整理です。専属管轄でないことは、公益を守る要件です。さっき見たとおり、法律が公の理由で決めた管轄なので、当事者の同意で外せるものではありません。著しい遅滞の禁止は、原告個人の利益ではなく、審理全体を守る要件です。審理が大きく延びると、その負担は原告だけでなく、裁判所や、順番を待つほかの事件にもかかるからです。前回の訴えの変更と同じ位置づけで、同意があるからといって当然に無視できる要件ではないと考えられます。

軸はやはり、その要件が誰の利益を守っているかです。原告個人の利益なら原告が手放せる方向、公益や審理全体の利益なら、原告だけでは手放せない方向です。

反訴の取扱い——書面・独立の訴え・分離

反訴の取扱いの板(書面=反訴は訴えに関する規定による/独立の訴え=本訴が取り下げられても反訴は残る/本訴の取下げ後の反訴の取下げ=相手方の同意は不要(261条2項ただし書)/分離=通説は裁判所の裁量で可、有力説は主要な争点が共通なら分離も一部判決も不可) 図:反訴の取扱いの板

  • 書面=反訴は訴えに関する規定による
  • 独立の訴え=本訴が取り下げられても反訴は残る
  • 本訴の取下げ後の反訴の取下げ=相手方の同意は不要(261条2項ただし書)
  • 分離=通説は裁判所の裁量で可、有力説は主要な争点が共通なら分離も一部判決も不可

反訴が要件を満たしたとして、訴訟の中でどう扱われるかを見ます。まず書面です。

条文民事訴訟法146条4項

民事訴訟法146条(反訴)第4項 反訴については、訴えに関する規定による。

反訴は、訴えに関する規定によります。だから、訴えの提起に準じて、書面で出します。審理の対象を増やす行為なので、口頭で済ませるわけにはいきません。次に、独立の訴えとして存立する点です。適法な反訴は、それ自体が独立した、固有の訴えです。だから、本訴が取り下げられたり却下されたりしても、反訴の存続は影響を受けません。冒頭の例で、Aさんが、50万円の売掛金の本訴を取り下げたとします。それでも、Bさんの30万円の反訴は残ります。Bさんの30万円は、Aさんの請求があってもなくても存在する権利だからです。前回、261条2項で見ました。この条文にただし書があります。

条文民事訴訟法261条2項

民事訴訟法261条2項(訴えの取下げ) 訴えの取下げは、相手方が本案について準備書面を提出し、弁論準備手続において申述をし、又は口頭弁論をした後にあっては、相手方の同意を得なければ、その効力を生じない。ただし、本訴の取下げがあった場合における反訴の取下げについては、この限りでない。

本文の原則は、相手方が本案で弁論した後の取下げには、相手方の同意が要る、というものでした。ただし書は、本訴が取り下げられた場合の反訴の取下げを、この原則の例外にしています。同意が要りません。最後に、弁論の分離です。反訴が入っても、裁判所は本訴と反訴の弁論を分離できるのか。弁論の分離とは、1つにまとめた請求を、別々の手続に分けて審理することです。二重起訴の回では、分離は禁じられていない、と触れました。学説は分かれます。通説は、裁判所の裁量で分離できる、と考えます。これに対して有力説は、争点の中心が本訴と重なる反訴を分けてしまうと、同じ争点を2度審理し、判断が食い違うおそれがあるとして、分離も一部判決もできないと考えます。

分離を許さないという結論は、判例でも通説でもなく、有力説です。通説と有力説の対立として整理してください。分離の手続そのものは、別の回で扱います。

控訴審の反訴は、原則として相手方の同意が要る

控訴審での扱いの対比板(訴えの変更=原告=事実審の口頭弁論終結までできる=控訴審でも同意は不要/反訴=被告=控訴審では原則として相手方(本訴原告)の同意が必要(300条1項)/異議を述べずに反訴の本案について弁論=同意したものとみなす(同条2項)/例外=本訴の抗弁として第一審で判断された権利関係の確認の反訴は同意不要(判例)/理由=審級の利益) 図:控訴審での扱いの対比板

  • 訴えの変更=原告=事実審の口頭弁論終結までできる=控訴審でも同意は不要
  • 反訴=被告=控訴審では原則として相手方(本訴原告)の同意が必要(300条1項)
  • 異議を述べずに反訴の本案について弁論=同意したものとみなす(同条2項)
  • 例外=本訴の抗弁として第一審で判断された権利関係の確認の反訴は同意不要(判例)
  • 理由=審級の利益

前回、控訴審で被告が反訴を出すには原告の同意が要る、訴えの変更は要らない、この違いは反訴の回でもう一度見る、と言いました。ここで回収します。

条文民事訴訟法300条1項・2項

民事訴訟法300条(反訴の提起等)第1項・第2項 1 控訴審においては、反訴の提起は、相手方の同意がある場合に限り、することができる。 2 相手方が異議を述べないで反訴の本案について弁論をしたときは、反訴の提起に同意したものとみなす。

控訴審では、反訴を出すには、相手方の同意がある場合に限られます。相手方が、異議を述べずに反訴の本案について弁論をしたときは、同意したものとみなされます。冒頭の例で考えます。第一審でBさんは、相殺の抗弁だけを出していました。控訴審になって、初めて30万円の反訴を出したいと考えた。これにはAさんの同意が要ります。Aさんが異議を述べず、その反訴の本案について弁論すれば、同意したものとみなされます。どうして同意が要るんですか。審級の利益のためです。審級の利益というのは、第一審から順に、裁判所の判断を受けられる利益のことです。反訴は新しい請求です。控訴審で初めて出されると、その請求は、第一審で審理も判断もされないまま、いきなり控訴審で扱われます。Aさんは第一審の判断を受ける機会を失うので、その代わりに同意を求める、という構造です。

控訴審では、訴えの変更と反訴で扱いが分かれます。原告が控訴審で訴えを変更するのは、同意が要りません。被告が控訴審で反訴を出すのは、原則として、相手方の同意が要ります。なぜ反訴だけなのか。違いは次のように整理できます。訴えの変更には、請求の基礎の同一性という枠がありました。新しい請求は、第一審で集めた資料をそのまま使える範囲にとどまるので、第一審の審理が実質的に及んでいる、と見られます。反訴の関連性はそこまで狭くないので、第一審で調べていない事実を持ち込むことがありえます。だから、反訴には審級の利益を守る同意が要る、と整理されます。試験では理由づけより先に、どちらに同意が要るかを逆に書かないことが大事です。控訴審の仕組みそのものは、別の回で扱います。ここで1問です。控訴審で、原告が請求を変える訴えの変更と、被告が反訴を出す場合。相手方の同意が要るのは、どちらでしょうか?

反訴です。訴えの変更は、同意は要りません。反訴は、原則として、相手方が第一審の判断を受ける機会を守るために、同意が要ります。

控訴審の反訴で同意が要らない場面の板(第一審=Aが土地の明渡しを請求/Bは賃借権があると抗弁/第一審は賃借権を認めAの請求を棄却 → 控訴審=Aが控訴/Bが賃借権の存在確認の反訴/Aは同意しない → 結論=同意は不要/理由=賃借権は第一審で既に争われ判断済み=Aは第一審を失わない) 図:控訴審の反訴で同意が要らない場面の板

  • 第一審=Aが土地の明渡しを請求
  • Bは賃借権があると抗弁
  • 第一審は賃借権を認めAの請求を棄却 → 控訴審=Aが控訴
  • Bが賃借権の存在確認の反訴
  • Aは同意しない → 結論=同意は不要
  • 理由=賃借権は第一審で既に争われ判断済み=Aは第一審を失わない

原則、ということは、控訴審の反訴でも、同意が要らない場面があるんですか。あります。場面を作ります。Aさんが、Bさんに土地の明渡しを求めて訴えました。Bさんは、自分には賃借権があると主張して争い、第一審は賃借権を認めて、Aさんの請求を棄却しました。Aさんが控訴すると、Bさんは控訴審で、賃借権が存在することの確認を求める反訴を出しました。Aさんは、この反訴に同意しませんでした。判例があります。

判例最判昭38・2・21 民集17巻1号198頁

最高裁判所判決(控訴審での賃借権確認の反訴が争われた事件) このような本件における反訴提起については、控訴人(上告人)をして一審を失う不利益を与えるものとは解されず、従つて、右反訴提起については同人の同意を要しないものと解するのが相当である。

読み解きます。判旨の言う「一審を失う不利益」を、ここまでの言葉でいえば、第一審の判断を受ける機会、つまり審級の利益を失うことです。この事案で、Bさんに賃借権があるかどうかは、第一審で既に争われて、判断されています。だから、控訴審でBさんの反訴を認めても、Aさんは、第一審で審理されていない権利関係を、いきなり控訴審で争わされるわけではありません。第一審を失わないので、同意は要らない、という結論です。原則は、300条のとおり、相手方の同意が要る。例外として、本訴の抗弁として第一審で判断された権利関係の確認を求める反訴は、同意が要らない。この2段で押さえてください。

中間確認の訴え——理由中の判断に既判力を及ぼす道

中間確認の訴えの導入板(本訴=Aが賃貸借に基づき事務所の今月分賃料50万円を請求/Bは「賃貸借契約は成立していない」と争う/本訴の判決は賃貸借の成否を理由の中で判断するだけ=既判力なし/来月分で蒸し返せる/中間確認の訴えで賃貸借の存在確認を足せば主文に載り既判力が及ぶ) 図:中間確認の訴えの導入板

  • 本訴=Aが賃貸借に基づき事務所の今月分賃料50万円を請求
  • Bは「賃貸借契約は成立していない」と争う
  • 本訴の判決は賃貸借の成否を理由の中で判断するだけ=既判力なし
  • 来月分で蒸し返せる
  • 中間確認の訴えで賃貸借の存在確認を足せば主文に載り既判力が及ぶ

もう1つの道具に移ります。ここで1問です。既判力の範囲の回を思い出してください。判決の理由の中で判断されたことに、既判力は生じるでしょうか?生じない、でしたよね。114条1項で、主文に包含するものに限るから。

条文民事訴訟法114条1項

民事訴訟法114条(既判力の範囲)第1項 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。

判決の理由の中で判断されたことには、既判力がありません。ただ、理由の中でこそ既判力が欲しい場面があります。既判力の範囲の回では、最初から確認の請求を併せて訴えておく自衛策を見ました。訴訟の途中で気づいたときに足せるのが、中間確認の訴えです。場面を作ります。Aさんは、Bさんに事務所を貸しています。今月分の賃料50万円を請求する訴えを起こしました。Bさんは、そもそも賃貸借契約は成立していない、と争います。裁判所は、契約の成否も判断します。ただそれは、判決の理由の中での判断です。主文は、賃料を払え、または、請求を棄却する、という形にしかなりません。理由中の判断には既判力がないので、Aさんが勝っても、来月分の賃料で、Bさんは、また契約は成立していないと蒸し返せます。そこでAさんが、賃貸借契約が存在することの確認を、この訴訟の中で求めます。これが中間確認の訴えです。契約の存否は主文に載ります。だから既判力が及び、同じ争いを繰り返されずに済みます。

条文民事訴訟法145条1項・2項

民事訴訟法145条(中間確認の訴え)第1項・第2項 1 裁判が訴訟の進行中に争いとなっている法律関係の成立又は不成立に係るときは、当事者は、請求を拡張して、その法律関係の確認の判決を求めることができる。ただし、その確認の請求が他の裁判所の専属管轄(当事者が第十一条の規定により合意で定めたものを除く。)に属するときは、この限りでない。 2 前項の訴訟が係属する裁判所が第六条第一項各号に定める裁判所である場合において、前項の確認の請求が同条第一項の規定により他の裁判所の専属管轄に属するときは、前項ただし書の規定は、適用しない。

1項のとおり、訴訟の進行中に争いになっている法律関係の成立や不成立が、裁判に係るときは、当事者は、請求を拡張して、その法律関係の確認を求めることができます。これも、訴訟の途中で審理の対象を増やす制度のひとつです。存在理由を一言でいえば、114条1項の裏返しです。理由中の判断には既判力がない。だから、前提問題にも既判力を及ぼしたいなら、この訴えを立てる、という実定法上の道具が用意されているのです。

中間確認の要件の板(1=本訴の事実審の係属中/2=本訴請求の当否について先決関係にある法律関係の存否(その法律関係が決まらないと本訴の結論が決まらない関係)/3=他の裁判所の専属管轄に属しないこと(145条1項ただし書・11条の合意は除く)/6条1項各号の裁判所が本訴を審理するときの例外は2項/確認の利益の個別審査は不要) 図:中間確認の要件の板

  • 1=本訴の事実審の係属中
  • 2=本訴請求の当否について先決関係にある法律関係の存否(その法律関係が決まらないと本訴の結論が決まらない関係)
  • 3=他の裁判所の専属管轄に属しないこと(145条1項ただし書・11条の合意は除く)
  • 6条1項各号の裁判所が本訴を審理するときの例外は2項
  • 確認の利益の個別審査は不要

要件を見ます。1つめは、本訴が事実審に係属している間であること。2つめは、本訴請求の当否について、先決関係にある法律関係の存否であることです。3つめは、ただし書のとおり、他の裁判所の専属管轄に属さないこと。合意で定めた専属は除かれます。6条1項各号の裁判所が本訴を審理するときの例外は、1項のただし書ではなく、2項に書かれています。先決関係とは、その法律関係が決まらないと、本訴の結論が決まらない関係です。賃料の請求なら、賃貸借契約があるかどうかが決まらないと、賃料の当否は決まりません。契約の存在確認は、先決関係にあります。境界の逆側も見ます。同じ賃料請求の本訴に、同じ事務所の賃貸借契約とは関係のない、隣の駐車場の賃貸借の存在確認を足そうとしても、それは本訴の結論と関係がありません。先決関係にないので、中間確認の訴えとしては出せません。

中間確認の訴えでは、ここが特徴です。先決関係があって、それが争いになっていること自体で足り、確認の利益の個別の審査は要らない、と解されています。確認の利益の中身そのものは、別の回で扱います。最後に、取扱いです。誰が立てるかで、性質が変わります。原告が立てる場合は、条文の「請求を拡張して」のとおり、訴えの追加的変更です。賃貸借契約の存在確認を足す、冒頭の例がこれです。被告が立てる場合は、被告には訴えの変更という道が無いので、反訴の特別類型になります。たとえば、Aさんが所有権に基づいて機械の引渡しを求めたのに対して、Bさんが、その機械は自分の所有だ、と所有権の確認を求める。この場合は、追加的変更とは呼ばず、中間確認の反訴です。

条文民事訴訟法145条4項

民事訴訟法145条(中間確認の訴え)第4項 第百四十三条第二項及び第三項の規定は、第一項の規定による請求の拡張について準用する。

手続は、この4項のとおりです。143条の2項と3項、つまり、請求の変更は書面でして、その書面を相手方に送達する規律が準用されます。被告が反訴として出すときは、反訴の書面の規律に従います。本訴請求と、中間確認の請求は、併合されて審理されるんですよね。どんな併合ですか。単純併合です。前々回の3類型のうち、両方に判決を求める形です。ただ、両方の裁判が矛盾しないよう、弁論の分離も一部判決も許されない、とする見解が有力です。前々回の表では、単純併合は分離できる形でした。中間確認では、確認する法律関係が本訴の結論の前提になっているので、分けると矛盾した判断が出うる。だから例外を認める、という考え方です。これも判例や通説の結論ではなく、有力説です。同時に審理すること自体は、前提問題ですから当然です。

今日の地図(保存版)

道具の一覧板(訴えの変更(143条)=原告/請求の基礎の同一性・著しい遅滞・事実審の口頭弁論終結まで/控訴審でも同意不要 || 反訴(146条)=被告/本訴請求または防御方法との関連・専属管轄でない・著しい遅滞なし・口頭弁論終結前・136条/控訴審では原則として相手方の同意(異議なき本案弁論で擬制)・例外=本訴の抗弁として第一審で判断された権利関係の確認の反訴は同意不要(判例) || 中間確認の訴え(145条)=原告(追加的変更)・被告(反訴の特別類型)/先決関係・専属管轄でない/確認の利益の個別審査は不要/単純併合) 図:道具の一覧板

  • 訴えの変更(143条)=原告
  • 請求の基礎の同一性・著しい遅滞・事実審の口頭弁論終結まで
  • 控訴審でも同意不要 || 反訴(146条)=被告
  • 本訴請求または防御方法との関連・専属管轄でない・著しい遅滞なし・口頭弁論終結前・136条
  • 控訴審では原則として相手方の同意(異議なき本案弁論で擬制)・例外=本訴の抗弁として第一審で判断された権利関係の確認の反訴は同意不要(判例) || 中間確認の訴え(145条)=原告(追加的変更)・被告(反訴の特別類型)
  • 先決関係・専属管轄でない
  • 確認の利益の個別審査は不要
  • 単純併合

今日の話をまとめます。反訴は、被告の側から、同じ手続の中で請求を持ち込む道具です。趣旨は、原告との対等と、訴訟経済、裁判の統一でした。関連性は2通りです。本訴請求との関連と、防御方法との関連。冒頭の30万円、つまり相殺で消えなかった分は、防御方法との関連で反訴になります。占有の訴えに対しては、防御として本権を主張するのは禁じられますが、本権に基づく反訴は許されます。前回と同じ、誰の利益を守る要件かという軸で仕分けると、関連性は原告の利益で、同意で意義が小さくなる方向。専属管轄は公益。著しい遅滞は審理全体の要件です。取扱いは、書面で出し、独立の訴えなので、本訴が取り下げられても残ります。分離は、通説と有力説を混ぜないこと。控訴審の反訴は、原則として相手方の同意が要りますが、本訴の抗弁として第一審で判断された権利関係の確認の反訴は、例外として同意が要りません。訴えの変更は同意が要りません。中間確認の訴えは、114条1項の裏返しで、理由の中の判断に既判力を及ぼす道具です。要件は先決関係で、確認の利益の個別審査は要らないと解されています。原告が立てれば追加的変更、被告が立てれば反訴の特別類型です。

明示の一部請求の残部の一覧板(例=総額1,000万円の貸金のうち300万円だけを明示して請求した本訴/原告Aが残りも審判してほしい=訴えの変更(請求の拡張・増額)/被告Bが残り700万円について債務がないことを確定したい=反訴(残部の債務不存在確認)/先決関係があれば中間確認の反訴の形にもなりうる/位置づけ=反訴・中間確認の追加は客観的併合の一種・中間確認は単純併合) 図:明示の一部請求の残部の一覧板

  • 例=総額1,000万円の貸金のうち300万円だけを明示して請求した本訴
  • 原告Aが残りも審判してほしい=訴えの変更(請求の拡張・増額)
  • 被告Bが残り700万円について債務がないことを確定したい=反訴(残部の債務不存在確認)
  • 先決関係があれば中間確認の反訴の形にもなりうる
  • 位置づけ=反訴・中間確認の追加は客観的併合の一種・中間確認は単純併合

最後に、一部請求の残りを、誰がどう取り込むかを1枚にします。総額1,000万円の貸金のうち、300万円だけを明示して請求した訴訟を考えます。原告のAさんが、途中で、残りも審判してほしいと思ったら、訴えの変更です。請求を拡張する、増額の形です。前回見た、増額は訴えの変更、という整理そのものです。被告のBさんが、残りの700万円について債務がないことを、この訴訟で確定したいなら、反訴です。残部の債務不存在確認を求める反訴を出します。先決関係があるときは、中間確認の反訴の形にもなりえます。一部請求の回で出てきた理由が、この一覧で完結します。反訴も中間確認も、請求を足す点では客観的併合の一種で、中間確認は単純併合です。原告には訴えの変更、被告には反訴、と対で押さえてください。

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#76単独ページ動画

共同訴訟の意義と要件(38条)

第4章 複雑訴訟 #76/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

交差点の事故で、3人がけがをした

冒頭事案の関係図(被害者A・B・Cの3人が加害者Dに損害賠償を請求/同じ交差点の同じ事故/3人まとめて1つの訴訟にできるか、3つに分けるしかないのか、という問い) 図:冒頭事案の関係図

  • 被害者A・B・Cの3人が加害者Dに損害賠償を請求
  • 同じ交差点の同じ事故
  • 3人まとめて1つの訴訟にできるか、3つに分けるしかないのか、という問い

こんな場面を考えます。ある交差点で事故が起きて、AさんとBさんとCさんの3人がけがをしました。加害者はDさん1人です。3人とも、Dさんに損害賠償を求めたい。ここで問題です。3人まとめて、1つの訴訟でDさんを訴えることはできるでしょうか。できます。ただし、できるというだけで、強制ではありません。3人が別々に訴えても構いません。そして、どんな組み合わせでもまとめられるわけではありません。その線引きが今日の話です。ここまでの第4章は、請求が増える場面でした。原告が請求を足す併合、訴えの変更、そして被告の反訴です。今日からは、人が増える場面に入ります。訴えを起こす時点から当事者が複数いる形、共同訴訟が、その最初の入口です。持ち帰ってほしいことは4つです。1つめ、共同訴訟とは何で、なぜ認めるのか。2つめ、通常の共同訴訟と必要的共同訴訟の分かれ目は、全員に同じ結論を出さなければならないかどうかだということ。3つめ、38条が認める3つの入口を、具体例で仕分けること。4つめ、その入口の濃さが、管轄の扱いの差になって返ってくることです。

共同訴訟とは何か——人を併合する

共同訴訟の定義板(1つの訴訟手続の中に数人の原告または数人の被告/同じ側に立つ複数の当事者=共同訴訟人/請求を併合=客観的併合=訴えの客観的併合/当事者を併合=主観的併合=訴えの主観的併合/利点=審理の重複を避ける・判断の矛盾を防ぐ) 図:共同訴訟の定義板

  • 1つの訴訟手続の中に数人の原告または数人の被告
  • 同じ側に立つ複数の当事者=共同訴訟人
  • 請求を併合=客観的併合=訴えの客観的併合
  • 当事者を併合=主観的併合=訴えの主観的併合
  • 利点=審理の重複を避ける・判断の矛盾を防ぐ

共同訴訟とは、1つの訴訟手続の中に、数人の原告、または数人の被告が関わる訴訟の形です。同じ側に立つ複数の当事者を、共同訴訟人といいます。冒頭の例なら、A・B・Cの3人が共同原告で、この3人がそれぞれ共同訴訟人です。何を束ねるかが違います。同じ当事者どうしで複数の請求を束ねるのが、訴えの客観的併合でした。共同訴訟は、当事者そのものを束ねます。だから、訴えの主観的併合とも呼びます。土地管轄の回で、7条のただし書の説明に、この主観的併合という言葉が出てきました。共同訴訟を認めるのは、利点がふたつあるからです。1つは、共通の争点の審理を重複させずに済むことです。冒頭の例なら、信号がどうだったか、Dさんに過失があったか、という審理が1回で済みます。もう1つは、判断が食い違うのを防げることです。3つの訴訟に分けると、同じ事故なのに、Aさんの訴訟ではDさんの過失が認められ、Bさんの訴訟では認められない、ということが起こりえます。この利点があるので、現行法は共同訴訟をかなり緩やかに認めています。ただ、どこまで束ねられるかという条件に入る前に、共同訴訟の型の分かれ目を見ておきます。

通常か必要的か——分かれ目は合一確定の要請

共同訴訟の類型の分岐板(合一確定の要請 なし=通常共同訴訟=審理は併合・同一期日/各共同訴訟人は独立で自由に訴訟追行/あり=必要的共同訴訟=訴訟資料も手続の進行も統一/当事者の自由はかなり制約/必要的の下位=固有必要的・類似必要的) 図:共同訴訟の類型の分岐板

  • 合一確定の要請 なし=通常共同訴訟=審理は併合・同一期日
  • 各共同訴訟人は独立で自由に訴訟追行
  • あり=必要的共同訴訟=訴訟資料も手続の進行も統一
  • 当事者の自由はかなり制約
  • 必要的の下位=固有必要的・類似必要的

共同訴訟は、大きく2つに分かれます。分かれ目は、合一確定が要請されているかどうかです。共同訴訟人の全員に対して、同じ内容の結論しか出せない、ということです。バラバラの判断が許されないという意味です。合一確定の要請がないのが、通常共同訴訟です。審理は併合されて、同じ期日が指定されるなど、足並みは揃います。でも各共同訴訟人は独立で、他の人に制約されず、それぞれ自由に訴訟を進められます。合一確定の要請があるのが、必要的共同訴訟です。こちらは、審理を併合するだけでは足りません。訴訟の資料も統一され、手続の進行も統一されます。だから、当事者が自由に訴訟を進める余地は、かなり制約されます。

当事者適格の回で、全員が揃わないと訴訟を起こせない形に、名前だけ触れました。それが固有必要的共同訴訟です。必要的共同訴訟の一種で、全員が共同して訴え、または訴えられなければ、当事者適格を欠く形です。例は、客観的併合の回で見た遺産確認の訴えです。ある土地が遺産かどうかは、相続人ごとに違う答えになっては困ります。だから相続人全員が当事者になる必要があり、1人が抜けていたので不適法とされました。もう1種類が、類似必要的共同訴訟です。各自が単独でも訴えられる立場にあるのですが、いったん共同訴訟になったら、合一に確定しなければならない形です。例は、株主総会の決議の取消しの訴えです。株主は1人でも起こせます。でも、決議を取り消す判決の効力は、訴えなかった株主も含めて全員に及びます。だから、2人の株主が一緒に訴えたのに、1人との関係では取り消し、もう1人との関係では取り消さない、という判断は出せません。この2つの判断基準は、別の回でじっくり扱います。今日は、名前と、通常か必要的かの分かれ目が合一確定の要請だという一点だけを持ち帰ってください。冒頭の交差点の3人は、必要的ではありません。3人とも単独で訴えられる点は、株主の例と同じです。違うのは、3人の損害賠償請求権が別々の権利で、1人の判決の効力が他の人には及ばず、1人の結論が他の人の結論を法的に縛る関係にないことです。合一確定の要請がないので、通常共同訴訟です。

通常共同訴訟とは——たまたま1つの手続に束ねられた請求

通常共同訴訟の意義板(それぞれ別々に訴えられる請求がたまたま1つの手続に併合/同一期日→同一の事実・原因についての判断の統一が事実上期待される/しかし併合を維持する必要はない→弁論の分離(152条1項)で切り離せる/=制度として保証された統一ではない) 図:通常共同訴訟の意義板

  • それぞれ別々に訴えられる請求がたまたま1つの手続に併合
  • 同一期日→同一の事実・原因についての判断の統一が事実上期待される
  • しかし併合を維持する必要はない→弁論の分離(152条1項)で切り離せる
  • =制度として保証された統一ではない

通常共同訴訟を、もう少し正確に言います。本来は個別に訴えを起こせるはずの複数人の請求を、たまたま同じ手続に載せて一緒に審理するのが、通常共同訴訟です。冒頭の3人は、各自が別々にDさんを訴えることもできました。それがたまたま、1つの手続に束ねられているだけです。判断が揃うことは、事実上期待されます。同じ裁判官が、同じ日に、同じ事故の話を聞くからです。ただ、それは事実上の期待にとどまります。判断が揃うのが事実上の期待にとどまるのは、通常共同訴訟が、もともと別々に訴えられる請求を束ねただけで、併合の形を最後まで保つ必要がないからです。裁判所は、必要があれば、途中で3人分を切り離せます。これが弁論の分離です。併合して進めていた審理を、別々の手続に分けることです。訴訟指揮権の回で見た152条1項が根拠です。

条文民事訴訟法152条1項

民事訴訟法152条(口頭弁論の併合等)第1項 裁判所は、口頭弁論の制限、分離若しくは併合を命じ、又はその命令を取り消すことができる。

分離できるということは、判断が制度として必ず揃うわけではない、ということです。Aさんの証拠は十分でもBさんの証拠が乏しければ、AさんはDさんの過失が認められ、Bさんは認められないという結果もありえます。ここが、合一確定の要請がある必要的共同訴訟との違いです。必要的なら、切り離してバラバラに判断することは許されません。

併合の要件——136条と38条の3つの入口

併合の二重要件の板(通常共同訴訟=原告複数×被告複数でも請求の束を1つの手続で判断=客観的併合も同時に起きる/要件1=136条 同種の訴訟手続/要件2=38条 請求の間に一定の共通性・関連性/趣旨=関係の薄い他人どうしの争いに付き合わされる被告側の負担を防ぐ) 図:併合の二重要件の板

  • 通常共同訴訟=原告複数×被告複数でも請求の束を1つの手続で判断=客観的併合も同時に起きる
  • 要件1=136条 同種の訴訟手続
  • 要件2=38条 請求の間に一定の共通性・関連性
  • 趣旨=関係の薄い他人どうしの争いに付き合わされる被告側の負担を防ぐ

では、どんな組み合わせなら、ひとつの手続に束ねられるのか。要件を見ます。通常共同訴訟は、原告が複数、被告が複数という組み合わせでも、請求ごとの束を1つの手続で判断してもらう仕組みです。つまり、請求の併合、客観的併合も同時に起きています。だから、まず136条の要件が要ります。

条文民事訴訟法136条

民事訴訟法136条(請求の併合) 数個の請求は、同種の訴訟手続による場合に限り、一の訴えですることができる。

審理のルールが違う手続どうしは、1つにまとめて審理しようがありません。たとえば手形訴訟や少額訴訟は、普通の訴訟と審理の仕組みが違うので、一緒にはできません。客観的併合の回で見た併合の要件のうち、同種の訴訟手続の要件です。もう1つの管轄の要件は、人が増えると形が変わるので、最後に7条で見ます。そのうえで、もう1つの要件があります。複数の当事者の請求を、1つの手続に束ねてよい、という合理性です。何でも束ねられるわけではありません。束ねられると、相手方は、自分と無関係な他人どうしの訴訟に巻き込まれます。たとえばAさんとBさんが、それぞれ別々の話で、Cさんを訴えるとします。Cさんは、Aさんの話にもBさんの話にも付き合うことになります。それを防ぐために、請求どうしに一定の共通性、関連性が要ります。それを定めたのが38条です。

条文民事訴訟法38条

民事訴訟法38条(共同訴訟の要件) 訴訟の目的である権利又は義務が数人について共通であるとき、又は同一の事実上及び法律上の原因に基づくときは、その数人は、共同訴訟人として訴え、又は訴えられることができる。訴訟の目的である権利又は義務が同種であって事実上及び法律上同種の原因に基づくときも、同様とする。

38条の3つの入口の板(濃い順に3行/(a)前段=訴訟物が共通=例:隣地の所有権確認 A→B・C/(b)前段=事実上及び法律上の原因が同一=例:交差点事故 A・B・C→D、主債務者Bと保証人C/(c)後段=同種の原因=例:別々の賃貸借契約の賃料 A→B・C/関連の濃さ 濃→薄) 図:38条の3つの入口の板

  • 濃い順に3行/(a)前段=訴訟物が共通=例:隣地の所有権確認 A→B・C/(b)前段=事実上及び法律上の原因が同一=例:交差点事故 A・B・C→D
  • 主債務者Bと保証人C/(c)後段=同種の原因=例:別々の賃貸借契約の賃料 A→B・C/関連の濃さ 濃→薄

入口は3つです。前段に2つ、後段に1つ。濃い順に見ます。1つめ。前段の、権利又は義務が数人について共通であるとき。訴訟物、つまり審判の対象の権利関係が、内容として同じ場合です。例を作ります。Aさんが、隣の土地との境をめぐって、この土地は自分のものだと主張します。同じ土地を自分のものだと主張するBさんとCさんを共同被告にして、所有権の確認を求める。審判の対象は、同じ土地の所有権です。これが訴訟物の共通です。2つめ。同じく前段の、同一の事実上及び法律上の原因に基づくとき。審判の対象の権利関係は別々でも、それを基礎づける要件事実の重要な部分が共通している場合です。冒頭の交差点事故がこれです。被害者3人の損害賠償請求権は、別々の権利です。でも、Dさんの運転の過失という、請求の原因の中心が同じです。もう1つの例です。債権者のAさんが、主債務者のBさんと、保証人のCさんを、共同被告にして訴える。保証債務は、主債務があることを前提にします。だから、主債務の成立という要件事実の重要な部分が、両方の請求に共通しています。保証や連帯債務の中身は、民法で扱います。3つめが、後段です。権利又は義務が同種であって、事実上及び法律上同種の原因に基づくとき。上の2つより、関連性はかなり薄くなります。例を作ります。大家のAさんが、別々の賃貸借契約を結んだ借主のBさんとCさんに、同時に賃料を請求する。契約は別々ですが、賃料の請求という同じ種類の権利が、同じ種類の原因、賃貸借契約に基づいています。これが同種です。

限界があります。発生原因が、事実上も法律上も同種でなければなりません。たとえば、Aさんが、Bさんによる名誉毀損と、Cさんによる交通事故を、1つの訴えでまとめて請求したとします。どちらも不法行為の損害賠償ですが、原因になった不法行為の類型が違います。これは同種になりません。共同訴訟は成立しません。整理します。前段は、共通と同一の2つの入口。後段は、同種の1つの入口。この3つのどれかに当たり、かつ136条を満たすことが、通常共同訴訟の併合の要件です。38条だけ見て終わらないでください。ここで1問です。大家のAさんが、別々の契約を結んだ借主のBさんとCさんに、賃料を請求します。これは、38条の前段と後段のどちらの入口でしょうか?

後段です。契約は別々で、同種の原因だから。

入口の濃さは管轄に返ってくる——7条ただし書

7条の受けの板(本文=1つの請求に管轄があれば他の請求もまとめて提起できる/理由=被告は1つの請求にはどのみち応じる→一か所で片づく便利さを優先/ただし書=数人からの又は数人に対する訴えは38条前段に定める場合に限る) 図:7条の受けの板

  • 本文=1つの請求に管轄があれば他の請求もまとめて提起できる
  • 理由=被告は1つの請求にはどのみち応じる→一か所で片づく便利さを優先
  • ただし書=数人からの又は数人に対する訴えは38条前段に定める場合に限る

最後に、この3つの入口の差が、管轄でどう効いてくるかを見ます。その前に、以前の土地管轄の回の確認です。7条の本文は、複数の請求のうち1つの請求に管轄があるとき、何を認める規定だったでしょうか? また、数人が絡む訴えでは、ただし書がどこまでに限ると言っていたでしょうか?本文は、他の請求もまとめて、その裁判所に訴えを起こせる、でした。ただし書は、38条前段に定める場合に限る、だったと思います。本文は、1つの請求に管轄があれば、他の請求に管轄がなくても、まとめてその裁判所に訴えられる、という規定でした。被告は、1つの請求についてはどのみち応訴します。だから、一か所で片づく便利さのほうを優先したわけです。今日の主役は、ただし書です。

条文民事訴訟法7条ただし書

民事訴訟法7条(併合請求における管轄)ただし書 ただし、数人からの又は数人に対する訴えについては、第三十八条前段に定める場合に限る。

数人が絡む訴え、つまり主観的併合では、1つの請求の管轄を借りて、管轄のない他の請求までその裁判所でまとめて扱えるのは、38条前段の場合だけです。後段の、同種の原因の共同訴訟では、借りられません。前段と後段では、請求どうしの関連の濃さが違います。前段は、訴訟物が共通だったり、原因が同一だったりします。同じ事実を争うので、被告が巻き込まれる不利益は小さい。後段は、契約が別々で、請求どうしに具体的なつながりがありません。それなのに管轄のない遠方の裁判所で受けて立たせると、被告の負担が重すぎます。まとめて片づく便利さと比べても、そこまでは認められない、という判断です。

管轄の流れ図(AがBの住所地の裁判所にB・C分をまとめて提訴/38条は前段か後段か/前段=7条ただし書を満たす→まとめて審理できる/後段=C分はこの裁判所に管轄なし→弁論の分離(152条1項)→管轄裁判所へ移送(16条1項)→Cの管轄裁判所で審理) 図:管轄の流れ図

  • AがBの住所地の裁判所にB・C分をまとめて提訴
  • 38条は前段か後段か
  • 前段=7条ただし書を満たす→まとめて審理できる
  • 後段=C分はこの裁判所に管轄なし→弁論の分離(152条1項)→管轄裁判所へ移送(16条1項)→Cの管轄裁判所で審理

具体例で流れを見ます。他に管轄の原因がない場面で考えてください。大家のAさんが、離れた地域に住む借主のBさんとCさんに、賃料を請求します。AさんはBさんの住所地の裁判所に、Cさんの分もまとめて訴えました。賃料の請求は、別々の契約どうしの同種、つまり後段です。この裁判所には、Cさんに対する請求の管轄がありません。7条ただし書のせいで、Bさんの請求の管轄を借りることもできません。訴えが却下されるわけではありません。裁判所は、Cさんの分の弁論を分離して、Cさんの管轄裁判所へ移送します。根拠は16条1項です。

条文民事訴訟法16条1項

民事訴訟法16条(管轄違いの場合の取扱い)第1項 裁判所は、訴訟の全部又は一部がその管轄に属しないと認めるときは、申立てにより又は職権で、これを管轄裁判所に移送する。

訴訟の一部が管轄に属しないときも、移送されます。分離という手段で、Cさんの分だけを切り出して送るのです。分離して移送するこの組み合わせは、客観的併合の回で、併合の要件が欠けたときの扱いとして見たものと同じです。同じ設例で、BさんとCさんが、主債務者と保証人だったらどうでしょう。これは前段、原因の同一です。7条ただし書を満たすので、Bさんの請求の管轄を借りて、Cさんの分もBさんの住所地の裁判所に訴えられます。まとめて審理できます。交差点の3人の請求も、原因の同一で、前段です。管轄も借りられます。入口が濃いほど、管轄までまとめて1つの裁判所に集められる。これが、入口の濃さが管轄に返ってくる、ということです。

今日の地図(保存版)

総括の板((1)共同訴訟=当事者の併合=訴えの主観的併合/(2)通常か必要的か=合一確定の要請/(3)通常共同訴訟の併合要件=136条+38条(前段2つ・後段1つ)/(4)後段だけは7条ただし書で管轄を借りられない→弁論の分離→移送(16条1項)) 図:総括の板

  • (1)共同訴訟=当事者の併合=訴えの主観的併合
  • (2)通常か必要的か=合一確定の要請
  • (3)通常共同訴訟の併合要件=136条+38条(前段2つ・後段1つ)
  • (4)後段だけは7条ただし書で管轄を借りられない→弁論の分離→移送(16条1項)

今日の話をまとめます。共同訴訟は、当事者を束ねる形で、訴えの主観的併合です。利点は、審理の重複を避けることと、判断の矛盾を防ぐことでした。通常か必要的かの分かれ目は、合一確定の要請があるかどうかです。通常共同訴訟は、たまたま束ねられた請求で、各自が独立です。判断の統一は事実上の期待にとどまります。弁論の分離で切り離せるからです。通常共同訴訟の併合には、136条と38条の両方が要ります。38条の入口は、前段の訴訟物の共通と原因の同一、後段の同種の原因の3つです。後段の同種には限界があります。原因の類型が違えば同種になりません。そして、通常共同訴訟は、できるというだけで、強制ではありません。入口の濃さは、管轄に返ってきます。前段なら7条で管轄を借りられますが、後段は借りられません。借りられないときは、弁論を分離して、管轄のある裁判所に移送します。この管轄の使い方は、論文でも問題設定に使う知識です。今日は、束ねることができるかを見ました。次は、束ねられた3人のうち、1人だけが不利な事実を認めたら、残る2人はどうなるのか、という審理の中身に入ります。

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#77単独ページ動画

共同訴訟人独立の原則と合一確定(39条・40条)

第4章 複雑訴訟 #77/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

1人だけ認めてしまった——残る2人はどうなる

冒頭事案の関係図(原告A・B・Cの3人が被告Dに損害賠償を請求/Dは「Aさんの側の信号は赤だった」と反論/Aだけが「赤だった」と認めた/Aの自白はAの請求にだけ効き、BとCは縛られない) 図:冒頭事案の関係図

  • 原告A・B・Cの3人が被告Dに損害賠償を請求
  • Dは「Aさんの側の信号は赤だった」と反論
  • Aだけが「赤だった」と認めた
  • Aの自白はAの請求にだけ効き、BとCは縛られない

前回と同じ交差点の事故を思い出してください。AさんとBさんとCさんの3人が、共同原告として、加害者のDさんに損害賠償を求めています。Dさんは「Aさんの側の信号は赤だった」と反論しました。ここで、Aさんだけが「確かに赤でした」と認めてしまったとします。Bさんと、Cさんはどうなるでしょうか。1人の自白が全員に効くかどうかは、束ね方の強さで決まります。今日の軸は、バラバラか、そろえるか、です。前回は、通常か必要的かの分かれ目が、合一確定の要請、つまり全員に同じ結論を出さなければならないかどうかだと見ました。今日はその中身、つまり審理の規律がどう違うかを見ます。持ち帰ってほしいことは4つです。1つめ、39条。1人の行為は、他の共同訴訟人に影響しないこと。2つめ、証拠共通は認められ、主張共通は認められないこと。それを理由つきで言えるようにします。3つめ、必要的共同訴訟の定義と、固有と類似の2つの型。4つめ、40条の3つの規律を、39条と対にして言えることです。進め方は、同じ3つの問いを2回解きます。1人が認めたら。相手方が1人にだけ何かしたら。1人が死亡したら。1回目は39条、2回目は40条で解きます。

共同訴訟人独立の原則——39条

39条の板(共同訴訟人独立の原則/読み方=(1)1人の訴訟行為 (2)1人に対する相手方の訴訟行為 (3)1人について生じた事項/どれも他の共同訴訟人に影響しない/趣旨=別々に解決できる請求を便宜上1つの手続に束ねただけ) 図:39条の板

  • 共同訴訟人独立の原則
  • 読み方=(1)1人の訴訟行為 (2)1人に対する相手方の訴訟行為 (3)1人について生じた事項
  • どれも他の共同訴訟人に影響しない
  • 趣旨=別々に解決できる請求を便宜上1つの手続に束ねただけ

まず条文です。

条文民事訴訟法39条

民事訴訟法39条(共同訴訟人の地位) 共同訴訟人の一人の訴訟行為、共同訴訟人の一人に対する相手方の訴訟行為及び共同訴訟人の一人について生じた事項は、他の共同訴訟人に影響を及ぼさない。

3つに分けて読みます。1つめは、共同訴訟人の1人がする訴訟行為。自白や、主張や、上訴です。2つめは、共同訴訟人の1人に対して、相手方がする訴訟行為。3つめは、共同訴訟人の1人について生じた事項。たとえば中断の原因です。この3つは、どれも他の共同訴訟人に影響しません。各自を独立させるのは、通常共同訴訟が、本来なら別々に解決できる請求を、便宜上、ひとつの手続に束ねたものだからです。同じバスに乗り合わせた別々の乗客を想像してください。運転手は同じですが、どこで降りるかは各自が決めます。冒頭の問いに戻ります。Aさんが「赤だった」と認めた。この自白は、Aさんの請求にだけ効きます。Aさん自身は、この自白に拘束されます。でもBさんとCさんは、この自白に縛られません。Dさんの「赤だった」という主張を、そのまま争えます。

39条の帰結——上訴まで及ばない

39条の帰結一覧板(左=場面/右=他の共同訴訟人には及ばない/自白・請求の放棄認諾和解・訴えの取下げ・中断中止・弁論の分離と一部判決・上訴/上訴の行に赤枠=1人が控訴しても他の請求は確定する) 図:39条の帰結一覧板

  • 左=場面
  • 右=他の共同訴訟人には及ばない
  • 自白・請求の放棄認諾和解・訴えの取下げ・中断中止・弁論の分離と一部判決・上訴
  • 上訴の行に赤枠=1人が控訴しても他の請求は確定する

39条の帰結を並べます。各自が独立して自白できます。請求の放棄、認諾、和解、そして訴えの取下げも、自分の訴訟だけを終わらせられます。1人に中断や中止の原因が生じても、他の人の手続は止まりません。裁判所も、弁論を分離して、一部の共同訴訟人だけに一部判決を出せます。前回見た152条1項です。

条文民事訴訟法152条1項

民事訴訟法152条(口頭弁論の併合等)第1項 裁判所は、口頭弁論の制限、分離若しくは併合を命じ、又はその命令を取り消すことができる。

上訴は、間違えやすいところです。控訴も、共同訴訟人の1人がする訴訟行為の1つです。だから、39条の「影響を及ぼさない」は、上訴の効果にも及びます。Aさんだけが控訴したとします。判決が確定しなくなる確定遮断の効果と、事件が控訴審に移る移審の効果は、Aさんの請求にだけ生じます。BさんとCさんの請求は、控訴されないまま控訴期間が経過すれば確定します。客観的併合の回では、1人の原告が束ねた請求の1つにだけ控訴しても、全部の請求が控訴審に運ばれる、と見ました。上訴不可分の原則です。あれは、1つの訴訟の中に請求が並んでいる場合の話でした。共同訴訟は、訴訟そのものが人ごとに別々です。だから、Aさんの控訴は、Aさんの訴訟だけを運びます。「1人が控訴したから、全員の事件が控訴審に行く」とは書かないでください。

ただ、独立しているからこそ困る場面もあります。バラバラに判断されて、Bさんは勝ち、Cさんは負けるということが起こりえます。その手当ては、別の回で扱います。

原則の穴を埋める①——証拠共通は認める

証拠共通の板(Bが呼んだ目撃者の証言/証拠調べの結果→裁判所の心証は1つ/A・Cの請求の認定資料にもできる/根拠=自由心証主義(247条)/40条とは無関係) 図:証拠共通の板

  • Bが呼んだ目撃者の証言
  • 証拠調べの結果→裁判所の心証は1つ
  • A・Cの請求の認定資料にもできる
  • 根拠=自由心証主義(247条)
  • 40条とは無関係

独立の原則には、穴があります。共同訴訟である以上、審理は併合され、期日も同じです。弁論も証拠調べも、全員に向けて行われます。具体的に考えます。Bさんが、事故を見ていた目撃者を証人として申し出ました。目撃者は「Dさんが信号を無視した」と証言しました。この証言を、AさんとCさんの請求の事実認定に使えるでしょうか。使えます。AさんとCさんが、この証言を使いますと言っていなくても構いません。1人が申し出た証拠の取調べの結果は、他の共同訴訟人の請求の認定にも使えます。これを、共同訴訟人間の証拠共通と呼びます。最高裁もこれを認めています。

判例最判昭和45・1・23 集民98号43頁

共同訴訟人の一人が提出した証拠を他の共同訴訟人の請求の認定に使えるか争われた事件 共同訴訟人の一人が提出した証拠は、その相手方に対するばかりでなく、他の共同訴訟人とその相手方に対する関係においても証拠として認定資料に供することができる。

この事件では、2つの事件が第一審から弁論を併合して審理されていました。一方の当事者が出した証拠を、他方の事件の認定に使ったことが、証拠の使い方として許されないと争われました。最高裁は、使えるとしました。根拠は、自由心証主義の回で見た247条です。

条文民事訴訟法247条

民事訴訟法247条(自由心証主義) 裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する。

裁判官の心証は、頭の中に1つしかありません。目撃者の話を聞いて「Dさんは信号無視をした」と思った裁判官が、Aさんの請求のときだけそれを忘れる、ということはできません。証拠を「誰の請求のために」と切り分けることは、自由心証と合いません。だから証拠共通は、40条とは関係がありません。通常共同訴訟の話です。結果として判断のくいちがいも事実上は避けられます。ただ、前回見たとおり、これは制度として保証された統一ではなく、事実上の期待にとどまります。

原則の穴を埋める②——主張共通は認めない

主張共通の板(Bだけが「Dが信号無視をした」と主張/A・Cは何も言わない/A・Cの請求では使えない/援用があれば別/根拠=独立の原則は行使しない自由も含む自己責任+弁論主義/注意=当事者間の主張共通の原則とは別の話) 図:主張共通の板

  • Bだけが「Dが信号無視をした」と主張
  • A・Cは何も言わない
  • A・Cの請求では使えない
  • 援用があれば別
  • 根拠=独立の原則は行使しない自由も含む自己責任+弁論主義
  • 注意=当事者間の主張共通の原則とは別の話

ここで1問です。前回見た分かれ目の確認です。通常共同訴訟と必要的共同訴訟を分けたのは、何の要請があるかどうかでしたか?合一確定の要請です。あれば必要的、なければ通常でした。では続けます。今度は主張です。Bさんだけが、法廷で「Dさんが信号無視をした」と主張しました。AさんとCさんは、何も言いません。この主張は、AさんとCさんの請求で使えるでしょうか。証拠は使えました。主張はどうでしょうか。主張は、使えません。ここが証拠との分かれ目です。先に区別をしておきます。弁論主義の回で、主張共通の原則を学びました。あれは、原告と被告という当事者の間の話でした。どちらが言ったかにかかわらず、法廷に出た事実を判決の基礎にできる、という原則です。今日の話は、別の問題です。同じ側に並んだ共同訴訟人の間で、ある1人の主張が、他の1人にも効くか、という問題です。結論は、認めない、です。AさんとCさんが、Bさんの主張を自分のものとして使うには、援用という積極的な訴訟活動が要ります。

理由は2つです。1つめ。独立の原則は、訴訟を追行する権利を行使する自由だけでなく、行使しない自由も含めた、自己責任の原則の現れです。黙っているAさんとCさんは、Bさんの主張を自分のものにしていません。2つめ。弁論主義です。判決の基礎にできる事実は、その訴訟の当事者が主張したものに限られます。Aさんの請求は、AさんとDさんの間の訴訟です。Bさんは、同じ法廷にいても、この訴訟の当事者ではありません。だから、Bさんの主張は、Aさんの請求の基礎になりません。証拠の提出にも、弁論主義ははたらきます。ただ、弁論主義が当事者に委ねるのは、どんな事実を主張するかと、どんな証拠を出すかまでです。出された証拠を取り調べて、その結果をどう評価するかは、裁判官の自由心証に任されています。証拠共通は、この評価の段階の話です。主張は違います。どの事実を判決の基礎に置くかそのものなので、弁論主義が正面からはたらきます。さっき区別した主張共通の原則とは、ここで答えが逆になります。訴訟そのものが、人ごとに別々だからです。

主張共通の反対説と判例の板(反対説=他の共同訴訟人に利益で・抵触する行為を積極的にしていなければ効力を生じる/判例=通常共同訴訟では1人の訴訟行為は他に効力を生じない・共通の利害関係があっても同じ/当然の補助参加関係は生じない→助け合うなら補助参加の申出/証拠は評価の段階=自由心証・主張は判決の基礎そのもの=弁論主義) 図:主張共通の反対説と判例の板

  • 反対説=他の共同訴訟人に利益で・抵触する行為を積極的にしていなければ効力を生じる
  • 判例=通常共同訴訟では1人の訴訟行為は他に効力を生じない・共通の利害関係があっても同じ
  • 当然の補助参加関係は生じない→助け合うなら補助参加の申出
  • 証拠は評価の段階=自由心証・主張は判決の基礎そのもの=弁論主義

反対の説もあります。1人の主張は、他の共同訴訟人に利益であって、その人が抵触する行為を積極的にしていないなら、効力を生じるとします。たとえば、AさんとCさんが黙っているだけなら、Bさんの主張は2人にも効く。Aさんが「信号無視はなかった」と逆のことを言っていれば、Aさんには効かない、という考え方です。争いがあることは覚えておいてください。

判例最判昭和43・9・12 民集22巻9号1896頁〈百選95〉

共同被告の一方の主張を他の共同被告のために認めた原審が破棄された事件 通常の共同訴訟においては、共同訴訟人の一人のする訴訟行為は他の共同訴訟人のため効力を生じないのであつて、たとえ共同訴訟人間に共通の利害関係が存するときでも同様である。 したがつて、共同訴訟人が相互に補助しようとするときは、補助参加の申出をすることを要するのである。

事案は、土地の所有者が、建物を占有している人たちに、建物の収去と土地の明渡しを求めたものです。それとは別に、以前その建物を持っていた人には、不法占有の損害賠償を求めました。共同被告のうち2人が「賃料を弁済した」と主張しました。原審は、その主張を、損害賠償を求められた別の共同被告のためにも効力を及ぼしました。最高裁は、これを違法として破棄しました。この判決は、主張共通という語では書かれていません。共同訴訟人の間に、当然の補助参加の関係は生じない、という形で否定しています。補助参加とは、他人の訴訟に、その人を勝たせるために加わる手続です。互いに助け合いたいなら、この補助参加の申出をしなさい、ということです。冒頭の問いと合わせて整理します。証拠は、裁判所の心証が1つだから共通します。主張は、誰のものかが自己責任で決まるから共通しません。ここは論文で、理由つきで書けるようにしておいてください。

必要的共同訴訟とは——合一確定の要請

必要的共同訴訟の定義板(40条1項前半=訴訟の目的が全員について合一にのみ確定すべき場合/統一的な紛争処理が法律上要請される/固有=訴訟共同の強制:全員がそろわないと当事者適格を欠く/類似=各自単独で適格あり:共同訴訟になれば合一確定) 図:必要的共同訴訟の定義板

  • 40条1項前半=訴訟の目的が全員について合一にのみ確定すべき場合
  • 統一的な紛争処理が法律上要請される
  • 固有=訴訟共同の強制:全員がそろわないと当事者適格を欠く
  • 類似=各自単独で適格あり:共同訴訟になれば合一確定

後半に入ります。必要的共同訴訟です。条文を読みます。

条文民事訴訟法40条1項

民事訴訟法40条(必要的共同訴訟)第1項 訴訟の目的が共同訴訟人の全員について合一にのみ確定すべき場合には、その一人の訴訟行為は、全員の利益においてのみその効力を生ずる。

1項を2つに割って読みます。前半が定義です。訴訟の目的が、全員について合一にのみ確定すべき場合。後半が、この場合の効果です。今は前半を見ます。全員に同じ結論しか出せない。全員について統一的に紛争を処理することが、法律上要請される。この訴訟の形が、必要的共同訴訟です。だから、全員が足並みをそろえて訴訟を進めることが求められます。これが「必要的」の意味です。2つの型は、前回名前を見ました。ここでは定義を確認します。固有必要的共同訴訟は、訴訟共同の強制がはたらく型です。全員がそろって原告または被告にならないと、当事者適格が認められず、訴えは不適法になります。前回の遺産確認の訴えが、この型でした。相続人が1人でも欠けると、不適法になります。類似必要的共同訴訟は、各自が単独で当事者適格を持つ型です。単独でも訴えられますが、数人が共同して訴えた場合には、合一確定が要請されます。後半の設例は、類似の型で作ります。A・B・Cは、同じ会社の株主です。会社に代わって、取締役のDさんに、任務を怠ったことによる責任を追及します。株主代表訴訟です。株主は、会社の権利を代わりに行使する立場なので、3人は、それぞれ単独でも提訴できます。でもいったん3人で共同して訴えたら、結論が1人ごとに違っては困ります。判決の効力が、訴えた株主だけでなく、権利の持ち主である会社に及ぶからです。Aさんとの関係では「Dさんに責任あり」、Bさんとの関係では「責任なし」と割れたとします。どちらの判決も、同じ会社の同じ権利について、会社に及びます。会社は、責任を追及できるのか、できないのか、決まりません。前回の株主総会の決議の取消しも、判決の効力が、訴えなかった株主全員に及ぶ例でした。判決の効力が、訴えた本人の外へ広がる。それが、類似の型で結論をそろえなければならない理由です。その中身は別の回で扱います。

どの紛争がどちらに当たるのか、その判断基準も、別の回で扱います。今日は、審理の規律を見ます。

40条の3つの規律——同じ問いを解き直す

後半事案の関係図(株主A・B・Cが取締役Dを共同で訴える/1人が認める→全員に効かず本人にも効かない/1人が争う→全員が争ったことになる/Dが1人にだけ主張→全員に効く/1人が死亡→3人の手続が止まる) 図:後半事案の関係図

  • 株主A・B・Cが取締役Dを共同で訴える
  • 1人が認める→全員に効かず本人にも効かない
  • 1人が争う→全員が争ったことになる
  • Dが1人にだけ主張→全員に効く
  • 1人が死亡→3人の手続が止まる

最初の問いから解き直します。Dさんは、責任を否定する主張をしています。ここで、Aさんだけが、Dさんの言い分を認めてしまいました。39条なら、Aさんの自白はAさんにだけ効きました。40条なら、どうなるでしょうか。40条では、自白した本人にさえ効きません。ここが落とし穴です。40条1項は、1人の行為が、全員の利益においてのみ効力を生じるとしています。自白のように不利な行為は、他の共同訴訟人に効かないのはもちろん、行為をしたAさん本人についても効力を生じません。なぜ本人にも効かないのか。Aさんにだけ自白が効くと、Aさんとの関係では「Dさんに責任はない」、BさんとCさんとの関係では「責任がある」と、結論が割れてしまいます。全員に同じ結論しか出せない訴訟では、それは許されません。反対に、有利な行為は効きます。Bさんが、Dさんの言い分を争ったら、全員が争ったことになります。有利な行為は全員に効き、不利な行為は誰にも効かないのです。ロープでつながった登山者を想像してください。1人の動きは全員に響きます。だから、全員に得になる動きだけが許されるのです。上訴も同じです。上訴は有利な行為ですから、確定遮断の効果も、事件が控訴審に移る移審の効果も、全員に及びます。39条では、上訴の効果は他に及びませんでした。ここが対照的です。

ある期日に、Aさんしか出てこなかったとします。その場で、Dさんが、Aさんに向けて、準備書面で予告しておいた反論を陳述しました。

条文民事訴訟法40条2項

民事訴訟法40条(必要的共同訴訟)第2項 前項に規定する場合には、共同訴訟人の一人に対する相手方の訴訟行為は、全員に対してその効力を生ずる。

2項は、相手方の行為が、全員に対して効力を生じるとしています。ここは1項と対称ではありません。有利か不利かを問わないのです。不利な行為でも全員に効かせるのは、相手方が、全員に向けて訴訟行為をする手間を省くためです。期日に全員が顔をそろえていなくても、相手方は、出てきた1人に向けて行為をすれば足りる。そうしないと、相手方は、全員を相手に行為を繰り返さなければなりません。39条なら、この行為はAさんにだけ効きました。1項が不利な行為を止めたのは、仲間の1人のせいで、他の人が縛られるのを防ぐためでした。Dさんの主張は、仲間の行為ではありません。BさんもCさんも、次の期日で反論できます。それに、Aさんにだけ効くとすると、結論がそろわなくなります。3つめの問いです。Aさんが死亡しました。Aさんには、訴訟代理人がついていなかったとします。

条文民事訴訟法40条3項

民事訴訟法40条(必要的共同訴訟)第3項 第一項に規定する場合において、共同訴訟人の一人について訴訟手続の中断又は中止の原因があるときは、その中断又は中止は、全員についてその効力を生ずる。

中断の原因が1人に生じても、中断は全員に及びます。Aさんの手続だけでなく、BさんとCさんの手続も止まります。訴訟の進行を、そろえるためです。39条なら、Aさんの中断は、BさんとCさんに及びませんでした。なお、訴訟代理人がついているあいだは、そもそも中断は生じません。124条2項です。3つの問いとも、答えが39条と変わりました。束ね方が弱ければバラバラ。結論をそろえなければならないなら、行為も進行もそろえる。束ね方の強さが、行為の効き方を決めていたのです。

今日の地図(保存版)

総括の対比板(同じ3つの問い/自白:39条=本人だけに効く・40条=不利は誰にも効かない、有利は全員に効く/相手方の行為:39条=その1人だけ・40条2項=全員に効く/中断:39条=その1人だけ・40条3項=全員/上訴:39条=他に及ばない・40条=有利な行為として全員に及ぶ/証拠共通は認める(自由心証主義)・主張共通は認めない(不行使も自己責任)) 図:総括の対比板

  • 同じ3つの問い
  • 自白:39条=本人だけに効く・40条=不利は誰にも効かない、有利は全員に効く
  • 相手方の行為:39条=その1人だけ・40条2項=全員に効く
  • 中断:39条=その1人だけ・40条3項=全員
  • 上訴:39条=他に及ばない・40条=有利な行為として全員に及ぶ
  • 証拠共通は認める(自由心証主義)・主張共通は認めない(不行使も自己責任)

まとめます。通常共同訴訟は、束ねただけなので、各自が独立です。39条により、1人の行為も、1人に対する相手方の行為も、その1人に生じた事項も、他に及びません。上訴の効果も及びません。ただ、証拠共通は認められます。根拠は自由心証主義です。主張共通は認められません。独立の原則は、行使しない自由も含む自己責任だからです。当事者間の主張共通の原則とは、別の問題でした。必要的共同訴訟は、合一確定の要請がある形です。全員がそろわないと訴えられないのが固有、単独でも訴えられるが共同になれば合一確定なのが類似です。40条は3つです。1項は、有利な行為だけが全員に効き、不利な行為は本人にも効きません。2項は、相手方の行為は、有利不利を問わず全員に効きます。3項は、中断と中止が全員に効きます。同じ問いでも、答えが逆になる場面があります。試験でこの分野が問われたら、まず、通常か必要的かを見分けてから、規律を当てはめてください。この見分け方の基準は、別の回でじっくり扱います。

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#78単独ページ動画

固有必要的共同訴訟と類似必要的共同訴訟

第4章 複雑訴訟 #78/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

1人が乗らない——残る4人は訴えられないのか

冒頭事案の関係図(相続人A・B・C・DはEを含む全員の共有であることを裁判で確かめたい/Eだけが「裁判なんてやりたくない」と乗らない/第三者は図に出さない) 図:冒頭事案の関係図

  • 相続人A・B・C・DはEを含む全員の共有であることを裁判で確かめたい
  • Eだけが「裁判なんてやりたくない」と乗らない
  • 第三者は図に出さない

亡くなった親の土地を、第三者が「あれは自分のものだ」と言い張っています。相続人は、Aさん、Bさん、Cさん、Dさん、Eさんの5人です。4人は「あの土地は、相続人全員の共有だ」と裁判ではっきりさせたい。ところがEさんだけが「裁判なんてやりたくない」と言って、動きません。全員がそろわないと訴えられない決まりだとしたら、Eさんが黙っている限り、AさんからDさんまでは何もできないことになります。その不安に、今日は2段で答えます。1段目は、何の確認を求めるかによっては、Eさんを待たずに訴えられること。2段目は、全員が必要な場合にも、Eさんを被告の側に回す道が考えられることです。前回は、必要的共同訴訟に乗ったとき、40条が1人の行為をどう扱うかを見ました。固有必要的共同訴訟は全員がそろわないと当事者適格を欠く型。類似必要的共同訴訟は単独でも訴えられるけれど、共同なら合一確定が要請される型でした。今日はその規律に乗る紛争を、どう見分けるかです。持ち帰ってほしいことは5つです。1つめ、固有必要的共同訴訟の意味と、欠けても終わりではないこと。2つめ、判断基準の3つの層と、共有だからといって固有とは限らないこと。3つめ、境界確定の訴えにおける当事者適格。4つめ、類似必要的共同訴訟の成り立ち。5つめ、40条の適用は固有も類似も同じで、違いは取下げと上訴に出ることです。

固有必要的共同訴訟——欠けたら終わりではない

固有必要的共同訴訟の板(定義=全員が共同して訴え訴えられなければ当事者適格を欠き訴えは不適法=訴訟共同の強制/基準時=口頭弁論終結時/そろえる道=(1)共同訴訟参加52条 (2)別訴を起こして弁論の併合を申し立てる/追加的併合=明文なし・争いあり) 図:固有必要的共同訴訟の板

  • 定義=全員が共同して訴え訴えられなければ当事者適格を欠き訴えは不適法=訴訟共同の強制
  • 基準時=口頭弁論終結時
  • そろえる道=(1)共同訴訟参加52条 (2)別訴を起こして弁論の併合を申し立てる
  • 追加的併合=明文なし・争いあり

固有必要的共同訴訟は、関係する人の全員が、そろって訴える側、またはそろって訴えられる側に立たなければ、当事者適格が認められず、訴えは不適法になる型です。訴訟共同の強制がはたらきます。1人が欠けても、それだけで却下が決まるわけではありません。当事者適格は訴訟要件で、あるかないかを見る基準時は、口頭弁論の終結時です。訴えを起こしたときに欠けていても、終結までに当事者をそろえれば、却下を免れます。そろえる道は、主に2つあります。1つは共同訴訟参加。もう1つは、欠けている人を相手に別の訴えを起こして、2つの訴訟を1つの手続にまとめる、弁論の併合を申し立てる方法です。

条文民事訴訟法52条

民事訴訟法52条(共同訴訟参加) 訴訟の目的が当事者の一方及び第三者について合一にのみ確定すべき場合には、その第三者は、共同訴訟人としてその訴訟に参加することができる。 2 第四十三条並びに第四十七条第二項及び第三項の規定は、前項の規定による参加の申出について準用する。

参加の中身は別の回で扱います。今は、そろえる道に条文がある、と押さえてください。訴えの主観的追加的併合、つまり後から当事者を足す方法も候補ですが、明文がなく、認められるかは争いがあります。欠けた人が最後まで協力しない場面をどうするかは、規律の弾力化の話です。後で扱います。先に、そもそもどの紛争が固有必要的なのか、見分け方を見ます。

判断基準の見取り図——3つの層

判断基準3層板(出発点=40条1項「合一にのみ確定すべき場合」だけでは決まらない/(a)実体法的観点=訴訟物たる権利関係の実体法上の性質が出発点/(b)訴訟法的観点=紛争解決の実効性・矛盾回避・提訴の難易・個別訴訟の不都合も加味/(c)弾力化=提訴に同調しない者を被告に加えて提訴上の困難を緩和) 図:判断基準3層板

  • 出発点=40条1項「合一にのみ確定すべき場合」だけでは決まらない
  • (a)実体法的観点=訴訟物たる権利関係の実体法上の性質が出発点
  • (b)訴訟法的観点=紛争解決の実効性・矛盾回避・提訴の難易・個別訴訟の不都合も加味
  • (c)弾力化=提訴に同調しない者を被告に加えて提訴上の困難を緩和

前回の条文を、もう一度出します。

条文民事訴訟法40条1項

民事訴訟法40条(必要的共同訴訟)第1項 訴訟の目的が共同訴訟人の全員について合一にのみ確定すべき場合には、その一人の訴訟行為は、全員の利益においてのみその効力を生ずる。

40条1項は、「合一にのみ確定すべき場合」としか書いていません。これだけでは、どの紛争が当てはまるのか分かりません。そこで、判断基準を3つの層で見ます。3つの層を通して問うのは、1つのことです。その紛争は、誰かが欠けたら、判決が意味を持たなくなるか、です。1つめは、実体法的な観点。訴訟物になっている権利関係が、実体法の上でどういう性質を持つのかを、出発点にします。2つめは、訴訟法的な観点。出発点は同じですが、紛争解決の実効性、判決の矛盾を避けること、提訴のしやすさ、個別に訴えたときの不都合も加えて考えます。3つめが、規律の弾力化です。全員必要とすると、提訴に乗らない人が1人いるだけで、他の人が裁判を受けられなくなります。この提訴上の困難をやわらげる動きです。まず1つめの層から見ます。

実体法的観点——固有必要的とされる型

実体法的観点の型の一覧板(型1=他人間の法律関係の形成・変動をもたらす訴訟:人訴12条2項/会社855条/型2=数人による共同の職務執行:破76条1項/型3=管理処分権が数人に合有・総有的に帰属:入会権など/型4=共有は訴訟物で分かれる→次の板) 図:実体法的観点の型の一覧板

  • 型1=他人間の法律関係の形成・変動をもたらす訴訟:人訴12条2項
  • 会社855条
  • 型2=数人による共同の職務執行:破76条1項
  • 型3=管理処分権が数人に合有・総有的に帰属:入会権など
  • 型4=共有は訴訟物で分かれる→次の板

固有必要的とされる型を、4つに分けて見ます。1つめは、他人どうしの法律関係を、裁判で作ったり変えたりする訴訟です。

条文人事訴訟法12条2項

人事訴訟法12条(被告適格)第2項 人事に関する訴えであって当該訴えに係る身分関係の当事者以外の者が提起するものにおいては、特別の定めがある場合を除き、当該身分関係の当事者の双方を被告とし、その一方が死亡した後は、他の一方を被告とする。

たとえば、第三者が他人の婚姻の無効を主張して訴えるとします。婚姻の当事者である夫婦の、どちらか一方だけを相手にして判決を出しても、婚姻という1つの関係の存否は決まりません。だから、夫婦の双方が被告になります。会社法にも同じ形があります。

条文会社法855条

会社法855条(被告) 前条第一項の訴え(次条及び第九百三十七条第一項第一号ヌにおいて「株式会社の役員の解任の訴え」という。)については、当該株式会社及び前条第一項の役員を被告とする。

株主が役員の解任を求める訴えは、会社と、その役員の双方が被告です。前条というのは854条で、解任の訴えを認める条文です。会社と役員の間の関係を変える判決ですから、どちらが欠けても意味が定まらないからです。2つめは、数人が共同して職務を行うことが必要な場合です。

条文破産法76条1項

破産法76条(数人の破産管財人の職務執行)第1項 破産管財人が数人あるときは、共同してその職務を行う。ただし、裁判所の許可を得て、それぞれ単独にその職務を行い、又は職務を分掌することができる。

管財人が数人いれば、その職務は共同で行うのが原則です。訴訟を追行する権限も、その職務の一つとして全員に共同で帰属します。ですから、1人だけでは当事者適格が足りず、訴えを起こすのも受けるのも共同です。3つめは、権利の管理処分権が、数人に合有的、総有的に帰属している場合です。合有や総有は、共有と違って、各自が自分の分を自由に処分したり、分けるよう求めたりできない持ち方です。入会権が代表例です。地域の集団が共同で山林を使ってきたときの、集団としての権利です。4つめは共有です。ここで、今日の山場に入ります。

「共有だから固有必要的」とは限らない——共有権と持分権

仕分け表の板(訴訟物/形態/判例/共有権・共有関係の確認と共有権に基づく移転登記=固有必要的/遺産確認=固有必要的/持分権の確認・持分に基づく妨害排除=通常共同訴訟で各自単独可/入会権そのものの確認=固有必要的/入会権の内容である使用収益権の確認・妨害排除=各自単独可/共同相続した建物の収去土地明渡し=通常共同訴訟) 図:仕分け表の板

  • 訴訟物
  • 形態
  • 判例
  • 共有権・共有関係の確認と共有権に基づく移転登記=固有必要的
  • 遺産確認=固有必要的
  • 持分権の確認・持分に基づく妨害排除=通常共同訴訟で各自単独可
  • 入会権そのものの確認=固有必要的
  • 入会権の内容である使用収益権の確認・妨害排除=各自単独可
  • 共同相続した建物の収去土地明渡し=通常共同訴訟

1問です。共有の土地だから、共有者全員がそろわないと訴えられない。この理解は正しいでしょうか。共有権の確認を求めるのと、各自の持分権の確認を求めるので、答えは同じでしょうか。分かれ目は、共有かどうかではなく、訴訟物が何か、です。連名の通帳と、各自の口座で考えてください。連名の通帳が全員の共有権です。ここを動かすには、名義人が全員そろう必要があります。一方、自分の口座の残高は、自分だけで請求できます。これが持分権です。まず、共有権そのものを確認する訴えです。

判例最判昭和46・10・7 民集25巻7号885頁

共有者が共同原告になり共有権の確認と移転登記を求めた事件 一個の物を共有する数名の者全員が、共同原告となり、いわゆる共有権(数人が共同して有する一個の所有権)に基づき、その共有権を争う第三者を相手方として、共有権の確認を求めているときは、その訴訟の形態はいわゆる固有必要的共同訴訟と解するのが相当である。

土地の共有を主張する2人が、共同で原告になり、名義人に共有権の確認と移転登記を求めた事件です。共有権は、全員に1つの所有権が共同でありますから、確認の結論も全員について1つでなければなりません。だから固有必要的共同訴訟です。遺産確認の訴えも、同じ型です。

判例最判平成元・3・28 民集43巻3号167頁

財産が遺産に属することの確認を求める訴え 右訴えは、共同相続人全員が当事者として関与し、その間で合一にのみ確定することを要するいわゆる固有必要的共同訴訟と解するのが相当である。

相続人の間で、この財産は遺産分割前の共有関係にある、と確認する訴えです。共同相続人の全員が関わって、その間で1つに決める訴えだということです。相続した土地に、相続人の1人が、自分の持分を第三者へ移した登記が入ったとします。別の相続人が、その移転は無効だとして、抹消を求めました。

判例最判平成15・7・11 民集57巻7号787頁

不実の持分移転登記の抹消登記手続を、共有者の一人が単独で請求できるかが争われた事件 不動産の共有者の1人は、その持分権に基づき、共有不動産に対して加えられた妨害を排除することができるところ、不実の持分移転登記がされている場合には、その登記によって共有不動産に対する妨害状態が生じているということができるから、共有不動産について全く実体上の権利を有しないのに持分移転登記を経由している者に対し、単独でその持分移転登記の抹消登記手続を請求することができる。

判旨は、単独で請求できる、と言っています。持分権に基づく妨害排除だからです。各自が自分の権利を守る訴えなので、全員をそろえる必要がありません。共同で訴えても、それは通常共同訴訟です。判旨が言うのは「単独で請求できる」までで、「通常共同訴訟」という呼び名は、学説の整理です。入会権も、一律ではありません。入会権そのものの確認は固有必要的ですが、構成員各自の使用収益権は、別に見ます。

判例最判昭和57・7・1 民集36巻6号891頁

入会権者が自己の使用収益権に基づき妨害排除を求めた事件 各自が単独で、その者を相手方として自己の使用収益権の確認又は妨害の排除を請求することができる

入会権そのものは集団の管理処分に属します。ですから、入会権自体に基づく妨害排除は、構成員の1人ではできません。他方、各自の使用収益権は、各自が単独で守れます。冒頭の1段目の答えが出ます。Aさんたちが求めるのが、各自の持分権の確認なら、Eさんを待たずに、各自が単独で訴えられます。永久に何もできない、は言いすぎでした。共有権そのものの確認が必要になる場合は、固有必要的です。その場合の突破口は、弾力化のところで見ます。

訴訟法的観点——実体法の性質だけでは決めない

訴訟法的観点の板(建物収去土地明渡請求は固有必要的ではない/理由(1)不可分債務で順次履行を求められる(2)固有必要的とすると争わない者まで被告にして無用の手続(3)所有者が不明でも一部を落とすと手続が無効になるおそれ(4)通常共同でも被告の権利保護に欠けない/遺産確認=既判力による確定の実効性) 図:訴訟法的観点の板

  • 建物収去土地明渡請求は固有必要的ではない
  • 理由(1)不可分債務で順次履行を求められる(2)固有必要的とすると争わない者まで被告にして無用の手続(3)所有者が不明でも一部を落とすと手続が無効になるおそれ(4)通常共同でも被告の権利保護に欠けない
  • 遺産確認=既判力による確定の実効性

出発点は、実体法上の管理処分権の性質です。ただ、それだけで決めているわけではありません。土地の所有者が、建物を共同相続した人たちを相手に、建物の収去と土地の明渡しを求める事件があります。

判例最判昭和43・3・15 民集22巻3号607頁

建物を共同相続した者らへの建物収去土地明渡請求が固有必要的共同訴訟かが争われた事件 土地の所有者がその所有権に基づいて地上の建物の所有者である共同相続人を相手方とし、建物収去土地明渡を請求する訴訟は、いわゆる固有必要的共同訴訟ではないと解すべきである。

建物は、相続人の共有です。それでも固有必要的にしませんでした。理由は4つです。1つめ。建物を取り壊して土地を返す義務は、不可分債務です。分けられない1つの義務を、相続人の各自が全部負う形です。土地の所有者は、各自に順番に履行を求められるので、全員を同時に被告にする必要がありません。2つめ。固有必要的にすると、争う気のない相続人まで被告にしなければならず、その一部が請求を認めても、1人だけの認諾や取下げは効きません。全員でしなければ効かないからです。無用の手続が増えます。3つめ。相続登記のない建物では、所有者が誰か分からないことがあり、1人を落とすと手続が無効になるおそれがあります。4つめ。通常共同訴訟でも、建物を取り壊す強制執行には、共有者の各自に対する判決などの債務名義か、その人の同意が要ります。判決を受けていない共有者の建物が、知らないうちに壊されることはないので、被告の権利保護には欠けません。

実体法の性質を出発点にして、訴訟法の考慮を重ねる、というのが3層の中身です。遺産確認の訴えが固有必要的とされる実質的な根拠も、訴訟法の側にあります。原告が勝つと、その財産が遺産分割の対象であることが、既判力をもって確定します。以後の分割の審判で争えなくなるので、相続人の全員を巻き込んで確定する意味が生まれます。今日は、固有必要的とされる根拠だけを押さえてください。

規律の弾力化——同調しない者を被告に加える

弾力化の図(固有必要的だと乗らない者がいれば提訴できず裁判を受ける権利が奪われる→A〜Dが原告になりEを被告側に加える/全員が当事者として関与するので判決の効力を全員に及ぼしても利益は害されない/残された問題=少数派でも原告になれるか・給付の訴えに及ぶか・共同被告間には既判力が及ばない) 図:弾力化の図

  • 固有必要的だと乗らない者がいれば提訴できず裁判を受ける権利が奪われる→A〜Dが原告になりEを被告側に加える
  • 全員が当事者として関与するので判決の効力を全員に及ぼしても利益は害されない
  • 残された問題=少数派でも原告になれるか・給付の訴えに及ぶか・共同被告間には既判力が及ばない

固有必要的の弱点を、もう一度確認します。全員が必要だと、提訴に乗らない人が1人いるだけで、他の人は裁判を受けられなくなります。憲法32条の問題です。

条文日本国憲法32条

日本国憲法32条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

最高裁は、入会権の確認で、この困難に対する道を示しました。入会集団の一部の構成員が、土地は入会地だと確認したい。ところが、提訴に同調しない構成員がいる。

判例最判平成20・7・17 民集62巻7号1994頁

入会集団の一部の構成員が、同調しない構成員を被告に加えて入会権確認の訴えを提起した事件 入会集団の構成員のうちに入会権確認の訴えを提起することに同調しない者がいる場合には、入会権の存在を主張する構成員が原告となり、同訴えを提起することに同調しない者を被告に加えて、同訴えを提起することも許されるものと解するのが相当である。 …… このような訴えの提起を認めて、判決の効力を入会集団の構成員全員に及ぼしても、構成員全員が訴訟の当事者として関与するのであるから、構成員の利益が害されることはないというべきである。

原審は、当事者適格を欠くとして訴えを却下しましたが、最高裁は破棄して、第一審に差し戻しました。同調しない人を被告に加えれば、全員が当事者として関わります。判決の効力を全員に及ぼしても、その人の利益は害されない、という理由です。相続の共有でも同調しない人を被告にすれば足りるか、までは断定できません。この考え方は、入会権の確認について示されたものです。相続による共有の確認にそのまま及ぶかは、判例が明示していません。ですから、冒頭の2段目の答えは、共有権そのものの確認が必要なら固有必要的で、突破口として、同調しないEさんを被告に加える道が考えられる、です。なお、この道にも残された問題があります。少数派の構成員でも原告になれるのか。確認の訴えだけでなく、給付の訴えにも及ぶのか。そして、既判力は原告と被告の間にだけ生じるので、共同被告の間には拘束力がなく、後で、被告にされた原告適格者と他の被告の間で争いが生じうる、という点です。

境界確定の訴えの当事者適格

境界確定の当事者適格の板(境界確定の訴え=筆界を裁判所が定める形式的形成訴訟/当事者適格=相隣接する土地の各所有者/隣地の一方または双方が共有なら共有者全員が共同してのみ訴え訴えられる=固有必要的/同調しない共有者は被告に回せる=その余の共有者が原告、隣地所有者と同調しない共有者が被告/補足意見=境界確定の特殊性・他の必要的共同訴訟に直ちに類推できない) 図:境界確定の当事者適格の板

  • 境界確定の訴え=筆界を裁判所が定める形式的形成訴訟
  • 当事者適格=相隣接する土地の各所有者
  • 隣地の一方または双方が共有なら共有者全員が共同してのみ訴え訴えられる=固有必要的
  • 同調しない共有者は被告に回せる=その余の共有者が原告、隣地所有者と同調しない共有者が被告
  • 補足意見=境界確定の特殊性・他の必要的共同訴訟に直ちに類推できない

境界確定の訴えは、筆界、つまり登記された土地と隣の土地との境目を、裁判所が定める訴えでした。所有権の範囲を争うものではないので、当事者の主張に縛られない、と前に見ました。その訴えの当事者適格を、ここで確かめます。当事者になれるのは、相隣接する土地の各所有者です。隣地の所有者が、境界に接する部分を時効取得したと主張していても、この適格は失われません。隣接する土地の一方または双方が共有のときは、共有者全員が共同してのみ、訴え、または訴えられます。

判例最判昭和46・12・9 民集25巻9号1457頁

隣接する土地の一方または双方が共有の場合の境界確定の訴え 土地の境界は、土地の所有権と密接な関係を有するものであり、かつ、隣接する土地の所有者全員について合一に確定すべきものであるから、境界の確定を求める訴は、隣接する土地の一方または双方が数名の共有に属する場合には、共有者全員が共同してのみ訴えまたは訴えられることを要する固有必要的共同訴訟と解するのが相当である。

共有者の一部だけが原告になり、他の共有者が当事者になっていなかったため、訴えは却下されました。境界は、隣接する土地の所有者全員について1つに決まるもの、というのが理由です。隣地の共有者の1人が同調しない場合にも、境界確定の訴えを起こす道が開かれました。

判例最判平成11・11・9 民集53巻8号1421頁

提訴に同調しない共有者がいるときの境界確定の訴え 共有者のうちに右の訴えを提起することに同調しない者がいるときには、その余の共有者は、隣接する土地の所有者と共に右の訴えを提起することに同調しない者を被告にして訴えを提起することができるものと解するのが相当である。

読み方に注意してください。「隣接する土地の所有者と共に」は、被告の側にかかります。原告は残りの共有者で、被告は、隣の土地の所有者と、同調しない共有者です。理由は、境界確定の訴えでは、裁判所が当事者の主張に拘束されないことです。共有者の全員が、原告か被告のどちらかとして関わっていれば、手続に支障がありません。原告と被告に分かれても、境界は関わった全員の間で、合一に確定されます。ただし、この判決の補足意見は、これを境界確定の訴えの特殊性に由来する便法として、他の必要的共同訴訟に直ちに当てはめることはできない、と述べています。同じ発想は、入会権の確認では、先に見た判例で認められました。射程は慎重に押さえてください。これで、境界確定の訴えの当事者適格は、共有の場合まで含めて説明できました。

類似必要的共同訴訟——単独でも訴えられるが、共同なら合一

類似必要的の成立基準の板(各自が単独で当事者適格を持つ/成立基準=ある共同訴訟人への判決の効力がほかの共同訴訟人にも及ぶ場合/既判力は本来相対効/条文で対世効がある場合は別々の判決だと直接の既判力と拡張される既判力が衝突→合一確定が必要/例=会社の組織に関する訴え・株主代表訴訟・住民訴訟・数人の人事訴訟) 図:類似必要的の成立基準の板

  • 各自が単独で当事者適格を持つ
  • 成立基準=ある共同訴訟人への判決の効力がほかの共同訴訟人にも及ぶ場合
  • 既判力は本来相対効
  • 条文で対世効がある場合は別々の判決だと直接の既判力と拡張される既判力が衝突→合一確定が必要
  • 例=会社の組織に関する訴え・株主代表訴訟・住民訴訟・数人の人事訴訟

後半に入ります。ここまでは、誰かが欠けたら判決が意味を持たなくなる型でした。類似必要的共同訴訟は、向きが逆です。1人だけでも判決は意味を持ちます。その成立基準を見ます。各自が単独で当事者適格を持っている。それなのに、なぜ共同で訴えると合一確定が要請されるのか。答えは、ある共同訴訟人が受けた判決の効力が、ほかの共同訴訟人にも及ぶ場合だ、というものです。既判力の主観的範囲の回で見たとおり、既判力は、本来相対効です。別々の訴訟で矛盾する判決が出ても、問題はありません。しかし、条文で判決の効力が第三者にも広がると決められている場合は、例外です。勝ち負けが人ごとにばらばらになると、ある人には、自分が受けた判決の既判力と、ほかの人の判決から及んでくる既判力の両方がかかり、食い違ってしまいます。

条文会社法838条1項

会社法838条(認容判決の効力が及ぶ者の範囲)第1項 会社の組織に関する訴えに係る請求を認容する確定判決は、第三者に対してもその効力を有する。

条文人事訴訟法24条1項

人事訴訟法24条(確定判決の効力が及ぶ者の範囲)第1項 人事訴訟の確定判決は、民事訴訟法第百十五条第一項の規定にかかわらず、第三者に対してもその効力を有する。

例を並べます。株主総会の決議の取消しや無効の訴え、会社の設立の無効の訴えといった会社の組織に関する訴えは、会社法838条で、認容判決が第三者にも及びます。数人の株主による責任追及の訴えは、判決の効力が会社に及びます。数人が提起する人事訴訟は、人事訴訟法24条で、確定判決が第三者にも及びます。複数の住民が提起する住民訴訟も、判決の効力が全住民に及びます。その仕組みは、既判力の主観的範囲の回で見たものと同じです。今日は、条文で拡張されている場合、と押さえてください。補足です。既判力が全面的に拡張される場合だけでなく、勝訴判決だけが片面的に拡張される場合も含める見解があります。会社法838条は、請求を認容する判決の効力を広げる条文ですから、片面的な例です。ただ、この見解には批判もあります。

固有と類似で分かれる場面①——取下げ

固有・類似の比較板(共通=40条の適用は固有・類似で同じ/違いが出るのは取下げと上訴だけ/取下げ:固有=全員でなければ効力を生じない・類似=各自自由/上訴:固有=1人の上訴で全員が上訴人・類似=事件類型で割れる) 図:固有・類似の比較板

  • 共通=40条の適用は固有・類似で同じ
  • 違いが出るのは取下げと上訴だけ
  • 取下げ:固有=全員でなければ効力を生じない・類似=各自自由
  • 上訴:固有=1人の上訴で全員が上訴人・類似=事件類型で割れる

前回の復習です。必要的共同訴訟で1人が自白したら、誰に、どう効くのでしたか?自白のような不利な行為は、他の人にも、本人にも効きません。ここで押さえておくのは、その40条の適用そのものは、固有も類似も同じ、という点です。1人の有利な行為だけが全員に効くことも、相手方の行為が全員に効くことも、中断や中止が全員に効くことも同じです。違いが出るのは、取下げと上訴だけです。後半の設例は、前回の株主に戻します。A・B・Cは同じ会社の株主で、取締役のDさんの責任を追及しています。

後半事案の関係図(株主A・B・Cが取締役Dの責任を共同で追及/Aだけが訴えを取り下げたい/Aだけが控訴した) 図:後半事案の関係図

  • 株主A・B・Cが取締役Dの責任を共同で追及
  • Aだけが訴えを取り下げたい
  • Aだけが控訴した

3人のうちAさんだけが、訴えを取り下げたいと言い出しました。BさんとCさんはどうなるでしょうか。固有ならどうでしょうか。先に条文です。

条文民事訴訟法261条1項

民事訴訟法261条(訴えの取下げ)第1項 訴えは、判決が確定するまで、その全部又は一部を取り下げることができる。

類似必要的なら、各自が自由に取り下げられます。訴訟共同の強制がないので、Aさんが抜けても、BさんとCさんは、単独の適格で訴訟を続けられます。抜けたAさんについては判決が出ないので、矛盾する判決も生まれません。ここで、前回の40条とつなげます。40条1項が止めるのは、訴訟の中で結論をそろえるべき人たちの、不利な行為でした。類似の取下げは、自分がその訴訟から抜ける行為です。抜けた人には判決が出ないので、そろえるべき結論がそもそも残りません。だから、40条1項で止める必要がなく、各自が自由にできるのです。固有必要的は違います。1人が取り下げると、残る人だけでは当事者適格が欠けて、訴えが不適法になってしまいます。取下げは、全員にとって不利な行為ですから、全員でしなければ効力を生じません。

判例最判昭和46・10・7 民集25巻7号885頁

共同原告の一人が第一審の係属中に訴えの取下げをした事件 このような訴訟の係属中に共同原告の一人が訴の取下げをしても、その取下げは効力を生じないものというべきである。

先ほどの、共有権の確認と移転登記を求めた事件です。共同原告の1人が、第一審の係属中に取下げの書面を出し、被告も同意しました。原審は取下げを無効としました。最高裁も、その取下げは効力を生じない、と判断しました。

固有と類似で分かれる場面②——上訴

上訴の対比板(固有=1人の上訴で全員が上訴人・上訴審は全員を名宛人として審判/類似=確定遮断と移審は全員に及ぶが上訴しなかった者は上訴人にならない(住民訴訟・株主代表訴訟)/事件類型で割れる=養子縁組無効は共同訴訟人の一人が上告した後の他の共同訴訟人の上告は二重上告として不適法) 図:上訴の対比板

  • 固有=1人の上訴で全員が上訴人・上訴審は全員を名宛人として審判
  • 類似=確定遮断と移審は全員に及ぶが上訴しなかった者は上訴人にならない(住民訴訟・株主代表訴訟)
  • 事件類型で割れる=養子縁組無効は共同訴訟人の一人が上告した後の他の共同訴訟人の上告は二重上告として不適法

次は上訴です。Aさんだけが控訴しました。固有必要的なら、1人の上訴で全員が上訴人になり、上訴審は共同訴訟人の全員を名宛人として審判します。類似必要的では、判例の言い方が事件の種類で分かれます。まず、株主代表訴訟です。

判例最判平成12・7・7 民集54巻6号1767頁

株主代表訴訟で、自ら上訴をしなかった共同訴訟人の地位が問題になった事件 株主代表訴訟については、自ら上訴をしなかった共同訴訟人を上訴人の地位に就かせる効力までが民訴法四〇条一項によって生ずると解するのは相当でなく、自ら上訴をしなかった共同訴訟人たる株主は、上訴人にはならないものと解すべきである

証券会社の株主が、取締役の責任を追及した事件です。上告審で、自ら上告しなかった株主の地位が問題になりました。住民訴訟も同じ結論です。

判例最大判平成9・4・2 民集51巻4号1673頁(判決当時の民訴62条=現40条)

住民訴訟で、自ら上訴をしなかった共同訴訟人の地位が問題になった事件 住民訴訟については、自ら上訴をしなかった共同訴訟人をその意に反して上訴人の地位に就かせる効力までが行政事件訴訟法七条、民訴法六二条一項によって生ずると解するのは相当でなく、自ら上訴をしなかった共同訴訟人は、上訴人にはならないものと解すべきである。

判決の中の民訴62条は、当時の条文で、今の40条にあたります。上訴人にならないことと、確定遮断も移審も全員に及ぶことは、矛盾しません。判旨も、1人が上訴すれば、原判決の確定は妨げられ、事件は全体として上訴審に移り、上訴審の判決の効力は、上訴しなかった人にも及ぶ、としています。そのうえで、自ら上訴しなかった人を、上訴人の地位に就かせる効力までは、40条1項から生じない、とします。判決の確定が止まる確定遮断と、事件が上に移る移審は全員に及ぶけれど、上訴人の地位は与えない。前回見た、上訴は全員に効くという話の続きです。理由は3つです。合一確定のためには、確定遮断と移審の範囲で足りること。訴訟を追行する意思を失った人に、上訴人の地位を強いるのは相当でないこと。そして株主や住民の個別の利益が問題なのではなく、人数が減っても、審判の範囲や判決の効力に影響しないことです。ただし、ここは一本化して言い切れません。

判例最決平成23・2・17 集民236号67頁

養子縁組無効の訴えの共同訴訟人の一人が上告した後に、他の共同訴訟人が上告した事件 数人の提起する養子縁組無効の訴えは、いわゆる類似必要的共同訴訟と解すべきであるところ……上告人兼申立人が本件上告を提起するとともに、本件上告受理の申立てをした時には、既に共同訴訟人であるX2が本件養子縁組無効の訴えにつき上告を提起し、上告受理の申立てをしていたことが明らかであるから、上告人の本件上告は、二重上告であり……不適法である。

養子縁組無効の訴えを、数人が共同で起こした事件です。共同訴訟人の1人が上告した後に、別の共同訴訟人が上告したところ、二重上告、つまり、すでに上告した人が重ねて上告したものとして、不適法とされました。重ねて、と言えるのは、この人がすでに上告人になっていたからです。先に上告した1人の行為で、ほかの共同訴訟人も上告人として扱われていた、と読めます。つまり、類似必要的でも、上訴した人以外が上訴人になるかは、事件の類型で判例が割れています。住民訴訟と株主代表訴訟では上訴人にならない。養子縁組無効では、上訴人になる、と読める決定があります。どれか1つの結論に一本化して覚えないでください。割れる手がかりは、判旨の書き出しにあります。どちらも「株主代表訴訟については」「住民訴訟については」と、事件の種類を限って述べています。3つめの理由、個人の利益が問題ではないという点も、その種類の訴えについて言われたものです。養子縁組無効の決定は、この点の理由を述べていません。ですから、3つめの理由がそのまま当てはまるかは、決定からは分かりません。

今日の地図(保存版)

総括の板(冒頭:持分権の確認=各自単独/共有権の確認=固有必要的→同調しない者を被告に加える道(相続の共有に及ぶかは判例未明示)/判断基準=実体法→訴訟法→弾力化/共有だから固有ではない/境界確定=共有なら全員・同調しない者は被告に/類似必要的=判決効が拡張される場合/40条は共通・違いは取下げと上訴) 図:総括の板

  • 冒頭:持分権の確認=各自単独
  • 共有権の確認=固有必要的→同調しない者を被告に加える道(相続の共有に及ぶかは判例未明示)
  • 判断基準=実体法→訴訟法→弾力化
  • 共有だから固有ではない
  • 境界確定=共有なら全員・同調しない者は被告に
  • 類似必要的=判決効が拡張される場合
  • 40条は共通・違いは取下げと上訴

まとめます。冒頭のAさんからEさんに戻ります。求めるのが各自の持分権の確認なら、Eさんを待たずに、各自が単独で訴えられます。共有権そのものの確認が必要なら、固有必要的です。その場合の突破口として、同調しないEさんを被告に加える道が考えられます。ただ、相続の共有へそのまま及ぶかは、判例が明示していません。固有必要的共同訴訟は、全員が当事者にならなければ当事者適格を欠き、訴えが不適法になる型です。ただし基準時は口頭弁論の終結時ですから、それまでにそろえれば却下を免れます。判断基準は3層です。実体法的観点が出発点で、訴訟法的観点で実効性や矛盾回避、提訴の難しさを加え、弾力化で、同調しない人を被告に加える道を用意する。共有だからといって固有とは限らず、共有権や遺産の確認は固有、持分権や、建物収去土地明渡しは通常共同です。境界確定の訴えは、隣地が共有なら共有者全員が当事者で、固有必要的です。同調しない共有者は、被告に回せます。類似必要的は、各自が単独で適格を持ち、判決の効力が他の人に拡張される場合に成り立ちます。最後に、40条の適用は固有も類似も同じです。違いは取下げと上訴。固有は取下げが全員でなければ効かず、1人の上訴で全員が上訴人になります。類似は取下げが各自自由で、上訴は事件の類型で割れます。試験では、まず訴訟物を見て、固有か通常か類似かを見分けてから、規律を当ててください。

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#79単独ページ動画

同時審判申出共同訴訟と主観的予備的併合

第4章 複雑訴訟 #79/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

どちらかには勝てるはずなのに——両方に負けた

冒頭事案の関係図(原告A/本人B/Bの代理人と名乗ったC/AはCと契約した/AはBに履行を求め敗訴=代理権は与えていない/AはCに責任を求め敗訴=代理権はあった/争点はどちらも代理権の有無) 図:冒頭事案の関係図

  • 原告A
  • 本人B/Bの代理人と名乗ったC/AはCと契約した
  • AはBに履行を求め敗訴=代理権は与えていない
  • AはCに責任を求め敗訴=代理権はあった
  • 争点はどちらも代理権の有無

Aさんは、Bさんの代理人だと名乗るCさんと契約しました。ところが、契約は履行されません。そこでAさんは、まずBさんを訴えました。すると裁判所は、「BさんはCさんに代理権を与えていない」と認定して、請求を棄却しました。次に、代理人を名乗ったCさんを訴えました。今度は別の裁判所が、「Cさんには代理権があった」と認定して、また棄却しました。2つの裁判は、争点が同じ「代理権の有無」です。それなのに結論が逆向きで、Aさんは両方に負けました。今日は、この「両負け」をどう防ぐかを見ます。前に見た通常共同訴訟の弱点が、土台になっています。共同訴訟人の1人に生じた事項は他に影響しない、という39条と、裁判所は弁論を分離できる、という152条1項です。この2つの条文が、両負けの原因になります。持ち帰ってほしいことは5つです。1つめ、別々に訴えても、共同被告にしても、両負けはありうること。2つめ、同時審判の申出ができる要件は3つで、とくに「法律上」併存しえない、という言葉が肝心なこと。3つめ、申出の効果は弁論と裁判の分離禁止と、控訴審での併合強制で、それ以外は通常共同訴訟のままであること。4つめ、被告に順位をつける主観的予備的併合は、判例が不適法としたこと。5つめ、訴え提起後に被告を足す主観的追加的併合のうち、明文のない形を判例が否定したことです。

両負けは、なぜ起きるのか

両負けの仕組みの板(実体法=Bへの請求は代理権あり・Cへの請求は代理権なしが前提で両立しない/別訴=各裁判所が別々に認定/既判力は当事者間だけ/共同被告でも通常共同訴訟=39条で資料は統一されず152条1項で分離されうる) 図:両負けの仕組みの板

  • 実体法=Bへの請求は代理権あり・Cへの請求は代理権なしが前提で両立しない
  • 別訴=各裁判所が別々に認定
  • 既判力は当事者間だけ
  • 共同被告でも通常共同訴訟=39条で資料は統一されず152条1項で分離されうる

先に1問です。共同訴訟人の1人が、相手方の主張を認める自白をしたとします。通常共同訴訟なら、他の共同訴訟人には、どう効きますか?他の人には影響しません。39条で、それぞれ独立しているからです。その独立が、今日の問題の出発点になります。まず、AさんがBさんとCさんに求めている中身を、実体法で確かめます。

条文民法117条1項

民法117条1項(無権代理人の責任) 他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。

無権代理人の責任を定める条文です。詳しい中身は民法で扱いますので、今は、本人の追認などの事情は脇に置いて、訴訟の目でこの構造だけ見てください。代理権があったのなら、契約の効果は本人のBさんに及びます。なかったのなら、代理人を名乗ったCさんが、この条文で責任を負います。つまり、Bさんへの請求が成り立つのは代理権があるとき、Cさんへの請求が成り立つのは代理権がないとき、です。同時には成り立ちません。だからAさんは、どちらかには勝てるはずです。なのに、負けるのはどうしてですか。別々に訴えると、各裁判所が同じ争点を、別々に判断できるからです。既判力は、原則として当事者の間にしか及びません。Bさんとの裁判の結論は、Cさんとの裁判を縛りません。矛盾する判断が出ても、止める仕組みがないのです。

共同被告にする道にも、落とし穴があります。1つの訴えでBさんとCさんを同時に訴えても、この2つの請求は、通常共同訴訟にすぎません。前に見た2つの条文を出します。

条文民事訴訟法39条

民事訴訟法39条(共同訴訟人の地位) 共同訴訟人の一人の訴訟行為、共同訴訟人の一人に対する相手方の訴訟行為及び共同訴訟人の一人について生じた事項は、他の共同訴訟人に影響を及ぼさない。

条文民事訴訟法152条1項

民事訴訟法152条(口頭弁論の併合等)第1項 裁判所は、口頭弁論の制限、分離若しくは併合を命じ、又はその命令を取り消すことができる。

39条があるので、Bさんが認めたことがCさんに及ぶわけではなく、裁判の資料は人ごとにばらばらです。152条1項があるので、裁判所が途中で弁論を分離して、別々に審理する可能性も残ります。しかも、同じ手続の中で、Bさんへの請求は「代理権があった」ことを前提にし、Cさんへの請求は「代理権はなかった」ことを前提にします。原告は、両立しない前提の請求を並べることになり、審理が混乱します。まとめると、共同被告にしても、それだけでは、両負けの危険は消えません。この危険を塞ぐために作られた道具が、41条です。

同時審判申出共同訴訟——41条が禁じるのは「分離」

41条の意義の板(41条1項=実体法上両立しない二つの権利+原告の申出→弁論及び裁判は分離しないでしなければならない/平成8年改正で導入/通常共同訴訟に「分離禁止」を上乗せする形) 図:41条の意義の板

  • 41条1項=実体法上両立しない二つの権利+原告の申出→弁論及び裁判は分離しないでしなければならない
  • 平成8年改正で導入
  • 通常共同訴訟に「分離禁止」を上乗せする形

条文を、3項まで全部出します。

条文民事訴訟法41条

民事訴訟法41条(同時審判の申出がある共同訴訟) 共同被告の一方に対する訴訟の目的である権利と共同被告の他方に対する訴訟の目的である権利とが法律上併存し得ない関係にある場合において、原告の申出があったときは、弁論及び裁判は、分離しないでしなければならない。 2 前項の申出は、控訴審の口頭弁論の終結の時までにしなければならない。 3 第一項の場合において、各共同被告に係る控訴事件が同一の控訴裁判所に各別に係属するときは、弁論及び裁判は、併合してしなければならない。

1項の骨組みは、こうです。実体法の上で、両立しない2つの権利がある。その両方を、原告が共同被告に対して主張している。原告が申し出れば、裁判所は、弁論も裁判も、分離してはいけません。この形を、同時審判申出共同訴訟と呼びます。平成8年の改正で入った制度です。41条が約束するのは、同じ裁判官が、同じ期日に、同じ証拠を見て、同じ日に判決を出す、という形だけです。同じ結論にしなさい、とまでは書いていません。この限界は、あとで大事になります。通し事案で言えば、Aさんは、BさんとCさんを最初から共同被告にして、「同時に審判してください」と申し出ます。すると、同じ証拠を見た同じ裁判所が、代理権の有無を判断します。別々の裁判所が、逆向きに認定するリスクは、大きく減ります。

要件その1・その3——共同被告であること、控訴審終結まで

要件3つの一覧板(要件1=すでに共同被告として成立している/要件2=一方への権利と他方への権利が法律上併存しえない/要件3=控訴審の口頭弁論の終結の時までに原告が申出/別訴の併合を強制する制度ではない) 図:要件3つの一覧板

  • 要件1=すでに共同被告として成立している
  • 要件2=一方への権利と他方への権利が法律上併存しえない
  • 要件3=控訴審の口頭弁論の終結の時までに原告が申出
  • 別訴の併合を強制する制度ではない

要件は3つです。1つめは、すでに共同訴訟として成り立っていること。条文の言葉では、「共同被告」です。別々の訴訟のまま、41条の申出をすることは、できません。41条は、別々に係属している事件を、無理やり1つにまとめる制度ではないからです。禁じられるのは、束ねた後の「分離」です。束が先になければ、禁じる相手がいません。ですから、41条の申出をするには、すでにBさんとCさんが共同被告として成立している必要があります。別々の訴訟になってしまった後は、裁判所に弁論の併合を促すことになりますが、併合するかどうかは、裁判所の判断です。併合は、原告の申出で強制できるものではありません。2つめは今日の山場なので、あとに回します。3つめは、時期です。条文は、2項で、「控訴審の口頭弁論の終結の時まで」と書いています。第一審のうちに限らず、控訴審が終わる直前までに、原告が申し出ればよいのです。控訴審でも事実を審理しますから、そこで分離されれば、同じ争点が別々に判断されるおそれは残ります。だから、控訴審の途中でも申し出る意味があるのです。申出は、原告がします。裁判所が職権ですることはできません。

要件その2——「法律上」併存しえない

法律上と事実上の対比板(通し事案=Bへの請求の請求原因は代理権を与えた・Cへの請求の抗弁は代理権があった=表裏で法律上併存しえない/対比設例=契約の相手がEさんかFさんのどちらか分からない=事実上の択一で要件を満たさない) 図:法律上と事実上の対比板

  • 通し事案=Bへの請求の請求原因は代理権を与えた・Cへの請求の抗弁は代理権があった=表裏で法律上併存しえない
  • 対比設例=契約の相手がEさんかFさんのどちらか分からない=事実上の択一で要件を満たさない

ここが今日の山場です。先に1問。Aさんは、契約の相手がEさんかFさんのどちらかだ、ということまでは分かっています。でも、どちらかは分かりません。EさんとFさんを共同被告にして、41条の申出はできるでしょうか?EさんとFさんを共同被告にして41条の申出をすることは、できません。理由を通し事案と比べて見ます。通し事案では、Bさんに対する請求は、「Cさんに代理権を与えた」ことが、権利を基礎づける事実、つまり請求原因です。一方、Cさんに対する請求では、「Cさんに代理権があった」ことは、Cさんが責任を免れるために自分から主張する事実、つまり抗弁になります。民法117条1項の「自己の代理権を証明したとき」を除く、という部分です。つまり、一方の請求の請求原因が、他方の請求の抗弁になっています。同じ「代理権があった」という事実が、Bさんへの請求では原告を勝たせ、Cさんへの請求では原告を負かします。主張の水準で、実体法の上から、両方は成り立ちえない表裏の関係です。これが「法律上併存しえない」です。EさんかFさんかの場合は違います。相手がどちらかは分からない、というのは、事実として分からないだけです。実体法は、EさんとFさんの両方に責任があるという主張を、排除していません。両方に勝つ可能性が、法律の上では残っています。どちらが相手かは、証拠で決まる事実の問題にとどまります。

負ける見通しと法律上の関係を取り違えないでください。「どちらか一方が負ける」という見通しでは足りません。実体法の上で、一方の請求が成り立つことが、他方の請求が成り立たないことを意味する関係が必要です。事実上の択一では、41条の申出はできません。41条が当てはまる範囲を、はっきりさせるためにも、この線引きが必要です。ここは論文で論点になりうる、と押さえておきます。

申出の効果——分離禁止、併合強制、そして独立の原則は生きている

審判手続の流れ図(第一審=申出があれば弁論・裁判を分離しない/同じ証拠・同じ期日・同じ日に判決/控訴審=各控訴事件が同一控訴裁判所に別々に係属→併合強制(3項)/それ以外=39条の共同訴訟人独立の原則が適用) 図:審判手続の流れ図

  • 第一審=申出があれば弁論・裁判を分離しない
  • 同じ証拠・同じ期日・同じ日に判決
  • 控訴審=各控訴事件が同一控訴裁判所に別々に係属→併合強制(3項)
  • それ以外=39条の共同訴訟人独立の原則が適用

もう1問です。41条の申出があったとします。それなら、第一審の判決も、控訴審の判決も、BさんとCさんで必ず同じ結論になるでしょうか?分離できないんだから、同じになるんじゃないですか。なりません。効果を分けて確認します。第一審では、申出があれば、裁判所は弁論も裁判も分離できません。分離されないので、前に見た証拠共通が最後まで働き、判決も同時に出ます。証拠共通そのものは通常共同訴訟でも認められていて、41条が上乗せするのは、分離させないという点です。ただし、それ以外の点は、通常共同訴訟のままです。39条の共同訴訟人独立の原則が、そのまま適用されます。前に見た40条の必要的共同訴訟では、全員の結論を1つにそろえることが、法律で強制されていました。41条には、その強制はありません。同じ裁判所が同じ証拠を見るので、統一されることは事実上期待できます。しかし、BさんとCさんで違う判断が出る可能性は、法律の上では残っています。控訴審では、3項が働きます。第一審で申出があり、敗訴した被告が別々に控訴して、控訴事件が、同一の控訴裁判所に別の事件として並んで係属したとします。そのとき、控訴裁判所は、弁論も裁判も、併合してしなければなりません。併合が、法律で強制されます。

まだ穴があります。第一審で、AさんがBさんには勝ち、Cさんには負けたとします。裁判所は、Cさんに代理権があったと認めて、Cさんへの請求を棄却したのです。ここでBさんだけが控訴したらどうなるでしょうか。前に見たとおり、控訴は共同訴訟人の1人がする訴訟行為で、39条により、控訴審に移るのは控訴された請求だけです。1つの訴訟に請求を束ねた客観的併合なら、全部が上に運ばれました。しかし共同訴訟では、39条によって、人ごとの請求が独立して扱われます。Aさんの、Cさんに対する請求の棄却は、控訴されないまま確定します。控訴審は、Bさんへの請求だけを審理します。そして控訴審が、「Cさんには代理権がなかった」と認定して、Bさんへの請求を棄却したとします。Cさんへの請求はもう確定していますから、Aさんの両負けが、ここで再び浮かび上がります。

ひどい。防ぐ方法はないんですか。あります。Aさん自身が、負けたCさんへの請求についても、念のため控訴するのです。すると、2つの控訴事件が同一の控訴裁判所に係属して、3項により併合されます。同じ控訴裁判所が、同じ証拠で、代理権の有無を判断します。3項が働くのは、両方の控訴事件が、同じ控訴裁判所に係属している場合だけです。このため、Aさんは、負けた側にも控訴しておく必要があります。整理します。41条の効果は、第一審の分離禁止と、控訴審の併合強制です。それでも、独立の原則は消えていません。だから、1人だけの控訴を許すと、両負けが戻ってきます。

順位をつけたい——主観的予備的併合と判例

主観的予備的併合の板(客観的予備的併合=請求に順位=主位的請求の認容を解除条件に予備的請求を審判/主観的予備的併合=被告に順位=主位的被告への請求の認容を解除条件に予備的被告への請求を併合/通し事案=第一次的にBへ・Cに代理権がなければ第二次的にCへ) 図:主観的予備的併合の板

  • 客観的予備的併合=請求に順位=主位的請求の認容を解除条件に予備的請求を審判
  • 主観的予備的併合=被告に順位=主位的被告への請求の認容を解除条件に予備的被告への請求を併合
  • 通し事案=第一次的にBへ・Cに代理権がなければ第二次的にCへ

41条は分離を禁じるだけで、順位はつけられません。原告として、「まずBさんに請求したい。Cさんに代理権がなかったなら、次にCさんの責任を求めたい」と考えるかもしれません。これが、主観的予備的併合です。客観的併合の回で、予備的併合を見ました。請求に順位をつけて、主位的請求が認容されることを解除条件に、予備的請求を審判してもらうものでした。主位的請求が認められれば、予備的請求への審判の求めは、その時点で自動的に消える、という条件の付け方です。主観的予備的併合は、それを被告に置きかえたものです。主位的被告に対する請求が認容されることを解除条件に、予備的被告に対する請求を併合して申し立てます。通し事案でいえば、Aさんが、第一次的にBさんへの履行を求め、Bさんへの請求が認められなかったときに備えて、第二次的にCさんの責任を求める、という形です。

請求に順位をつけるのと、被告に順位をつけるのは、そんなに違うんでしょうか。違います。客観的予備的併合は、相手が1人で、原告が請求に順位をつけます。主観的予備的併合は、相手が2人です。予備的被告のCさんは、Bさんの結論が出るまで、自分に対する請求が生きているのかどうかが分からない立場に置かれます。Bさんへの請求が認められれば、Cさんへの請求は消えます。認められなければ、Cさんへの請求が審理されます。防御の目標が定まらず、地位が不安定です。判例は、この形を認めませんでした。

判例最判昭和43・3・8 民集22巻3号551頁

訴えの主観的予備的併合の適否が争われた事件 訴の主観的予備的併合は不適法であつて許されないとする原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法は存しない。

判旨は、結論を短く述べる形です。主観的予備的併合は不適法で、許されない、というものです。判旨は理由を述べていません。この結論は、予備的被告の応訴上の不安定と不利益が大きいこと、原告の便宜に偏っていることなどから説明されます。学説では、紛争の統一的解決に役立つとして、認める見解が有力でした。判例の結論は、それを認めない立場です。原告がこの形で望んでいたのは、BさんかCさんか、どちらかには必ず勝つことでした。41条は、この利益を、順位をつけずに、分離を禁じることで実現するために作られた面があります。同じところは、まず、分離禁止によって併合審判が維持されることです。分離されないので、証拠共通も最後まで働きます。予備的被告の応訴上の不安定も、なくなります。BさんもCさんも、同時に審判される立場で、順位の結論を待たされません。違う点は2つです。1つめ、41条では、請求にも被告にも、順位をつけられません。両方とも、通常の請求です。2つめ、上訴の段階で、統一が不十分です。先に見た、3項の限定と、1人だけの控訴で両負けが戻る問題が、そのまま残ります。

41条があれば、主観的予備的併合は要らないんですか。言い切れません。41条があっても、順位はつけられず、上訴の段階の統一も不十分です。そのため、主観的予備的併合を、なお必要とする見解があります。ここは、どちらかに決めつけず、判例は不適法、41条は代わりを務める面はあるが完全には一致しない、と押さえてください。

訴え提起後に被告を足す——主観的追加的併合

主観的追加的併合の分類板(共同訴訟が訴え提起後に生じる=(1)裁判所による弁論の併合152条1項(2)当事者の訴訟行為=主観的追加的併合/明文あり=参加型(追加的選定・参加承継・共同訴訟参加)と引込み型(訴訟引受)/明文なし=原告による被告の追加=判例否定) 図:主観的追加的併合の分類板

  • 共同訴訟が訴え提起後に生じる=(1)裁判所による弁論の併合152条1項(2)当事者の訴訟行為=主観的追加的併合
  • 明文あり=参加型(追加的選定・参加承継・共同訴訟参加)と引込み型(訴訟引受)
  • 明文なし=原告による被告の追加=判例否定

最後の論点です。共同訴訟は、訴えを起こしたときから存在するとは限りません。訴えを起こした後に、共同訴訟が生じる場合もあります。生じ方は2通りです。1つは、裁判所が、別々の訴訟の弁論を併合する場合。もう1つは、当事者の訴訟行為によって、後から当事者が加わる場合です。この後者を、訴えの主観的追加的併合と呼びます。通し事案から派生させます。Aさんが、Bさんを訴えた後で、Cさんを雇っていて、Cさんの行為について責任を負うかもしれない使用者のDさんの存在に気づいたとします。Aさんは、このDさんを、今の訴訟に被告として足したくなりました。

まず、明文のある形を分けます。参加型は、第三者が自分の意思で入る形です。訴訟の外にいる人が、今の当事者を自分の代表に選び、自分の分もその訴訟で扱ってもらう追加的選定。訴訟の途中で、争いになっている権利や義務を引き継いだ人が、自分から入る参加承継。結論を全員でそろえなければならない関係にある第三者が、共同訴訟人として加わる共同訴訟参加。これらが参加型です。引込み型は、当事者が第三者を今の訴訟に引き込む形です。そのうち明文があるのは、途中で権利や義務を引き継いだ人を、当事者の申立てで引き込む訴訟引受です。原告が被告を足す形には、明文がありません。参加型と訴訟引受の中身は、それぞれ別の回で扱います。今は、一言の説明と分類までで足ります。問題は、明文がない場合です。固有必要的共同訴訟の回で、後から当事者を足す方法は明文がなく争いがある、と一言だけ触れました。争いがあるのは、この明文のない形のほうです。あの回で別の道として挙げた共同訴訟参加は、明文のある参加型に入ります。原告が、係属中の訴訟に、あとから被告を足したい。これが認められるでしょうか。認める利点は、はっきりしています。係属中の訴訟の成果を使えて、審判の重複を避けられ、統一的に解決できることです。学説では、この基本形を認める見解が、一般的でした。しかし、判例は、この基本形すら、認めませんでした。

判例最判昭和62・7・17 民集41巻5号1402頁(判決当時の民訴132条=現152条、59条=現38条)

訴訟の係属後に被告を追加する請求を、既存の訴訟に当然に併合できるかが争われた事件 甲が、乙を被告として提起した訴訟(以下「旧訴訟」という。)の係属後に丙を被告とする請求を旧訴訟に追加して一個の判決を得ようとする場合は、甲は、丙に対する別訴(以下「新訴」という。)を提起したうえで、法一三二条の規定による口頭弁論の併合を裁判所に促し、併合につき裁判所の判断を受けるべきであり、仮に新旧両訴訟の目的たる権利又は義務につき法五九条所定の共同訴訟の要件が具備する場合であっても、新訴が法一三二条の適用をまたずに当然に旧訴訟に併合されるとの効果を認めることはできないというべきである。

事件では、原告が、追加した被告への請求は既存の訴訟に併合されたのだから、新しい訴えの手数料は要らない、として納めませんでした。納付を命じられても納めなかったので、訴えは却下されました。当然に併合されるかどうかが、手数料が要るかどうかを決めたのです。最高裁は、当然の併合を認めず、却下を支持しました。判旨の中の132条は今の152条、59条は今の38条です。判旨の読み方です。原告は、追加したい被告に対する別の訴えを、新しく起こします。そのうえで、裁判所に、弁論の併合を促します。併合するかどうかは、裁判所が判断します。共同訴訟の要件が整っていても、新しい訴えが当然に、古い訴訟に合流するわけではありません。

判決が挙げる理由は、4点です。1つめ、そうした追加を認める明文の規定がないこと。2つめ、旧訴訟の訴訟状態を当然に利用できるかが問題で、訴訟経済に必ずしも適わず、かえって訴訟が複雑になること。3つめ、軽率な提訴や濫訴のおそれがあること。4つめ、訴訟の遅延を招くことです。学説には、一定の要件のもとで許すべきだという有力な見解があります。弊害が出れば、弁論を分離すればよい、という考えです。ただ、判例の結論は否定です。混ぜないでください。参加承継、訴訟引受、共同訴訟参加、追加的選定は、明文があります。ここで否定されたのは、明文のない、原告による被告の追加です。通し事案に戻ります。DさんをAさんの訴訟に足したいなら、Aさんは、Dさんに対する別訴を提起して、併合を促すしかありません。併合を強制することはできません。だから、併合を促した後は、裁判所の判断を待つことになります。

今日の地図(保存版)

総括の板(別訴も共同被告も両負けはありうる/41条=共同被告として成立・法律上併存しえない・控訴審終結まで原告の申出→分離禁止+控訴審の併合強制/独立の原則は生きている・1人だけ控訴で両負け再浮上→負けた側も控訴/主観的予備的併合=判例不適法・41条だけでは足りないとする見解/主観的追加的併合=明文なしは判例否定=別訴+併合を促す) 図:総括の板

  • 別訴も共同被告も両負けはありうる
  • 41条=共同被告として成立・法律上併存しえない・控訴審終結まで原告の申出→分離禁止+控訴審の併合強制
  • 独立の原則は生きている・1人だけ控訴で両負け再浮上→負けた側も控訴
  • 主観的予備的併合=判例不適法・41条だけでは足りないとする見解
  • 主観的追加的併合=明文なしは判例否定=別訴+併合を促す

まとめます。冒頭の、AさんとBさんとCさんに戻ります。別々に訴えても、共同被告にしても、通常共同訴訟である限り、両負けはありえます。41条の申出には、3つの要件があります。すでに共同被告として成立していること。一方への権利と他方への権利が、法律上、併存しえないこと。控訴審の口頭弁論の終結の時までに、原告が申し出ること。事実上の択一では、法律上併存しえないとは言えません。効果は、弁論と裁判の分離禁止と、同じ控訴裁判所に別々に控訴事件が係属したときの併合強制です。それ以外は、通常共同訴訟で、独立の原則が生きています。だから、1人だけが控訴すると、両負けが戻ってきます。負けた側にも控訴しておく必要があります。主観的予備的併合は、被告に順位をつける形で、判例は不適法としました。41条は、その原告の利益を実現する面がありますが、順位はつけられず、上訴の段階の統一も弱いので、なお必要とする見解があります。主観的追加的併合のうち、明文のあるものは、一言の説明と分類で押さえます。明文のない、原告による被告の追加は、判例が否定しています。別訴を提起して、併合を促すことになります。試験では、まず実体法で請求が両立しないかを見て、法律上併存しえないなら41条、事実上の択一なら通常共同訴訟のまま、と分けてください。

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#80単独ページ動画

補助参加と参加的効力・訴訟告知

第4章 複雑訴訟 #80/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

保証人が訴えられた——主債務者は他人事でいられるか

冒頭事案の関係図(債権者A/保証人B/主債務者C/CはAから借金/BはCに頼まれて保証人/AはBだけを訴え保証債務の履行を求める/Bが負けて払えばBはCに求償) 図:冒頭事案の関係図

  • 債権者A
  • 保証人B
  • 主債務者C/CはAから借金
  • BはCに頼まれて保証人
  • AはBだけを訴え保証債務の履行を求める
  • Bが負けて払えばBはCに求償

Cさんは、Aさんからお金を借りました。友人のBさんが、Cさんに頼まれて保証人になっています。やがて返済が滞り、AさんはCさんではなく、Bさんだけを訴えて、保証債務の履行を求めました。さて、この裁判は、AさんとBさんの間の話です。Cさんは、当事者ではありません。Cさんは、この裁判を他人事として見ていられるでしょうか。当事者でなくても、無関係とは限りません。Bさんが負けて、Aさんに払ったとします。すると、Bさんは、立て替えた分をCさんに返してくれと求めることができます。これが求償で、民法459条が定めています。つまり、AさんとBさんの裁判の結果は、後でCさんの懐に直結します。他人事どころか、Cさんにとっては、自分のお金の話です。

Cさんのような立場の人が、他人の裁判に加わる仕組みがあります。補助参加です。前に、共同訴訟人の間には当然の補助参加の関係は生じない、助け合うなら補助参加の申出を、と言いました。補助参加は、他人の訴訟に、その人を勝たせるために加わる手続です。今日は、この補助参加を本格的に見ます。持ち帰ってほしいことは5つです。1つめ、補助参加は、自分の請求は掲げず、当事者の一方を勝たせることで自分の利益を守る参加で、参加人は当事者にも判決の名宛人にもならないこと。2つめ、補助参加の利益は、判決が参加人の法的な地位に影響するおそれのことで、友情や経済的な利害では足りないこと。3つめ、参加人の地位には、独立性と従属性の二面があること。4つめ、助けてもらう側の当事者、つまり被参加人が負けたとき、参加人と被参加人の間で、参加的効力が生じること。これは既判力とは3点で違うこと。5つめ、訴訟告知を使えば、参加しなかった人にも、この効力を及ぼせること。ただし、告知すれば当然に及ぶわけではないことです。

補助参加とは何か——42条と43条

補助参加の意義の板(42条=訴訟の結果について利害関係を有する第三者が当事者の一方を補助するため参加/自らの請求は掲げない/当事者でも判決の名宛人でもない/機能=将来の紛争を防ぐ・一挙に処理・手続保障/デメリット=複雑化) 図:補助参加の意義の板

  • 42条=訴訟の結果について利害関係を有する第三者が当事者の一方を補助するため参加
  • 自らの請求は掲げない
  • 当事者でも判決の名宛人でもない
  • 機能=将来の紛争を防ぐ・一挙に処理・手続保障
  • デメリット=複雑化

まず、条文です。

条文民事訴訟法42条

民事訴訟法42条(補助参加) 訴訟の結果について利害関係を有する第三者は、当事者の一方を補助するため、その訴訟に参加することができる。

鍵になる言葉は3つあります。「利害関係」を持つ「第三者」が、「当事者の一方を補助するため」に参加する、という点です。通し事案でいえば、Cさんは、Aさんに対して何も請求しません。Bさんに対して何かを求めるわけでもありません。ただBさんを勝たせるために、Bさんの側に加わります。このとき、Bさんを被参加人、Cさんを補助参加人と呼びます。Aさんは、相手方です。当事者ではないなら、判決の名宛人にもならないんですか。なりません。Cさんに対して、「払え」とも「払わなくてよい」とも、判決は言いません。だから、Cさんが途中で亡くなったとしても、手続は中断しません。当事者ではないからです。この制度の狙いは3つあります。1つめ、当事者になれない第三者を訴訟に登場させて、将来の紛争、ここでは求償の争いを、未然に防げること。2つめ、Aさんの請求も、Bさんの求償も、多くの人が絡む紛争を、一つの裁判の流れで一挙に処理しやすくなること。3つめ、参加する人に、手続に関わる機会、つまり手続保障を与えられることです。

反面もあります。参加人が増えると、訴訟が複雑になり、進みも遅くなります。既存の当事者にとっては、望まない人に入り込まれることにもなります。だから、誰でも入れるのではなく、参加できる人を絞る条件が要ります。それが、あとで見る補助参加の利益です。補助参加は、当事者にならない参加です。当事者になって加わる参加は別にありますが、そちらは別の回で扱います。次に、申出の方式です。

条文民事訴訟法43条

民事訴訟法43条(補助参加の申出) 補助参加の申出は、参加の趣旨及び理由を明らかにして、補助参加により訴訟行為をすべき裁判所にしなければならない。 2 補助参加の申出は、補助参加人としてすることができる訴訟行為とともにすることができる。

1項は、参加の趣旨と理由を明らかにして、申し出ることを求めています。申出先は、「補助参加により訴訟行為をすべき裁判所」です。第一審の裁判所だけとは書いていません。控訴審でも上告審でも、その時点で訴訟が係属している裁判所に申し出ます。2項は、申出と同時に訴訟行為をしてよい、という規定です。たとえば、申出と同時に、攻撃や防御の方法を出す、上訴を提起する、といったことです。参加した後で改めて、ではなく、申出と同時にできます。

補助参加の利益——法律上の利害関係とは

補助参加の利益の判断軸の板(判例の基準=法律上の利害関係=判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれ/判例の場面=株主代表訴訟で会社が取締役側に参加) 図:補助参加の利益の判断軸の板

  • 判例の基準=法律上の利害関係=判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれ
  • 判例の場面=株主代表訴訟で会社が取締役側に参加

ここが今日の山場の1つです。先に1問です。Bさんの古い友人のDさんが、「Bさんを助けたい」と、補助参加を申し出ました。Dさんに、補助参加の利益はあるでしょうか。認められません。理由を、条文と判例の順に見ます。42条は、「訴訟の結果について利害関係を有する」と書いています。ところが、判例は、この利害関係に、大事な絞りをかけました。

判例最決平成13・1・30 民集55巻1号30頁

補助参加の利益が争われた事件 民訴法42条所定の補助参加が認められるのは,専ら訴訟の結果につき法律上の利害関係を有する場合に限られ,単に事実上の利害関係を有するにとどまる場合は補助参加は許されない ……そして,法律上の利害関係を有する場合とは,当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合をいうものと解される。 ……取締役会の意思決定が違法であるとして取締役に対し提起された株主代表訴訟において,株式会社は,特段の事情がない限り,取締役を補助するため訴訟に参加することが許されると解するのが相当である。

条文にない「法律上の」という絞りは、以前からの最高裁の立場です。この決定は、それを受けて、法律上の利害関係とは何かを言い切りました。事実上の利害関係にとどまれば、補助参加は許されない。法律上の利害関係とは、判決が参加人の法的な地位や法的な利益に影響するおそれがある場合のことです。ただし、この事案は、Bさんたちの図とは別の場面です。株主が、会社の取締役たちに損害賠償を求めた株主代表訴訟で、会社が、被告になった取締役側に補助参加を申し出ました。株主が異議を述べ、原審は補助参加を認めませんでしたが、最高裁は、これを破棄して、許しました。反対意見もあった判断です。最高裁が挙げた許す理由のうち、訴訟運営に関するものは、こうです。補助参加を認めても、株主の利益を害する補助参加がされて公正で妥当な訴訟運営が損なわれるとまではいえない。著しい訴訟の遅延や複雑化を招くおそれはない。会社側から訴訟資料や証拠資料が出されて、審理が充実する利点もある。

決定が言っているのは、取締役会の意思決定が違法だとして取締役に対する請求が認められれば、その意思決定を前提に形づくられた会社の法的な地位や法的な利益に、影響するおそれがある、というところまでです。線は消えていません。会社の法的地位に響くという点が、許す理由の中心です。

補助参加の利益の判断軸の板(Cさん=保証債務の存否が求償権の論理的前提=利益あり/Dさん=友情=事実上・感情/Eさん=別の債権者の経済的利害=事実上/軸=訴訟物の判断が参加人と一方当事者の権利関係の論理的前提か) 図:補助参加の利益の判断軸の板

  • Cさん=保証債務の存否が求償権の論理的前提=利益あり
  • Dさん=友情=事実上・感情
  • Eさん=別の債権者の経済的利害=事実上
  • 軸=訴訟物の判断が参加人と一方当事者の権利関係の論理的前提か

では、通し事案に戻ります。Dさんは、Bさんを助けたいという感情があるだけです。AさんとBさんの裁判の判決は、Dさんの権利や義務を、何も変えません。だから、補助参加の利益はありません。もう1人、出します。Bさんの別の債権者のEさんが、「Bさんが負けて払うと、Bさんの財産が減って、私の回収が危うくなる」と申し出ました。これはどうでしょう。Bさんが払えば、Bさんの財産が減るのは事実です。しかし、Eさんが持つBさんへの債権は、判決で増えも減りもしません。経済的な利害は、事実上の利害にとどまります。対してCさんはどうでしょう。AさんとBさんの裁判で、保証債務があるかどうかの判断が示されます。その判断が、BさんのCさんに対する求償権の存否の、論理的な前提になっています。保証債務がなければ、求償するものがないからです。判決が、Cさんの法的な地位に直結します。だからCさんには、補助参加の利益があります。境界線をまとめます。基本となる軸は、この裁判の訴訟物についての判断が、実体法の上で、参加を申し出る人と一方の当事者の間の権利関係の、論理的な前提になっているか、です。前提になっているCさんは認められ、前提にならないDさんとEさんは認められません。

訴訟の結果とは何かの板(主文の判断に限るか/主文を導くのに欠かせない理由中の判断も含むか=近時の有力説/裁判例は分かれる/Cさんはどちらでも利益あり) 図:訴訟の結果とは何かの板

  • 主文の判断に限るか
  • 主文を導くのに欠かせない理由中の判断も含むか=近時の有力説
  • 裁判例は分かれる
  • Cさんはどちらでも利益あり

論点は、もう1つあります。条文の「訴訟の結果」とは何か、です。主文で示される判断、つまり訴訟物である権利関係の存否に限るのか。それとも、主文を導くのに欠かせない理由の中の判断、たとえば事実や法律関係の存否も含むのか。最近は、後者を含めるという有力な考え方があります。裁判例は分かれています。通し事案のCさんは、主文の保証債務の存否そのものが前提ですから、どちらの見方でも認められます。試験では、この線引きを、当てはめの中で示すことになります。ここは論文で論点になりうる、と押さえておきます。もう1つ気になります。裁判所は、補助参加の利益があるかを、毎回調べるんですか。調べません。ここは間違えやすいところです。

条文民事訴訟法44条

民事訴訟法44条(補助参加についての異議等) 当事者が補助参加について異議を述べたときは、裁判所は、補助参加の許否について、決定で、裁判をする。この場合においては、補助参加人は、参加の理由を疎明しなければならない。 2 前項の異議は、当事者がこれを述べないで弁論をし、又は弁論準備手続において申述をした後は、述べることができない。 3 第一項の裁判に対しては、即時抗告をすることができる。

異議と補助参加の利益の板(職権調査事項ではない/当事者の異議→決定で裁判・参加人は理由を疎明/異議の時期の限界/即時抗告) 図:異議と補助参加の利益の板

  • 職権調査事項ではない
  • 当事者の異議→決定で裁判・参加人は理由を疎明
  • 異議の時期の限界
  • 即時抗告

補助参加の利益は、職権調査事項ではありません。当事者が異議を述べたときに限って、裁判所が決定で、参加を許すかどうかを裁判します。この場合、参加人は、理由を疎明します。疎明は、確からしいと思わせる程度の立証です。異議は、異議を述べないまま弁論をしたり、弁論準備手続で申述をした後は、もう述べられません。許否の裁判に対しては、即時抗告ができます。つまり、Aさんが黙っている限り、Dさんが入ってきても、裁判所は補助参加の利益を問題にしません。補助参加の申出の場面では、利益があるかが実際に争われるのは、当事者が異議を述べたときに限られます。補助参加の利益は、望まない人に入り込まれないという、当事者の利益を守るための絞りでした。だから、当事者が異議を述べない限り、裁判所が先回りして調べることはしないのです。整理します。1つ、補助参加の利益は、判決が参加人の法的地位に影響するおそれのこと。2つ、感情や経済的な利害は、事実上の利害にとどまり、足りない。3つ、審査されるのは、当事者が異議を述べたときだけ。この3つです。

補助参加人の地位——独立性と従属性

二面性の板(独立性=45条1項本文=一切の訴訟行為ができる・期日の呼出しや送達は別個に行う/従属性=(1)参加時の訴訟の程度に従う(2)訴訟自体を処分する行為はできない(3)被参加人の訴訟行為と抵触すれば効力なし45条2項/欄外=45条3項は異議があっても不許の裁判の確定までは訴訟行為ができる/4項は不許が確定してもそれまでの行為は当事者の援用で効力を持つ) 図:二面性の板

  • 独立性=45条1項本文=一切の訴訟行為ができる・期日の呼出しや送達は別個に行う
  • 従属性=(1)参加時の訴訟の程度に従う(2)訴訟自体を処分する行為はできない(3)被参加人の訴訟行為と抵触すれば効力なし45条2項
  • 欄外=45条3項は異議があっても不許の裁判の確定までは訴訟行為ができる
  • 4項は不許が確定してもそれまでの行為は当事者の援用で効力を持つ

参加できたとして、次は、Cさんが参加した後で、何ができるかです。その前に1問です。裁判上の自白が成立すると、自白した当事者は、その事実についてどうなりますか?自白した事実は、証明が要らなくなって、後から撤回して争うことも、原則としてできなくなります。この自白が、Cさんの地位を考えるときに出てきます。まず、条文です。

条文民事訴訟法45条1項・2項

民事訴訟法45条(補助参加人の訴訟行為)第1項・第2項 補助参加人は、訴訟について、攻撃又は防御の方法の提出、異議の申立て、上訴の提起、再審の訴えの提起その他一切の訴訟行為をすることができる。ただし、補助参加の時における訴訟の程度に従いすることができないものは、この限りでない。 2 補助参加人の訴訟行為は、被参加人の訴訟行為と抵触するときは、その効力を有しない。

補助参加人の地位には、2つの顔があります。まず独立性です。1項本文のとおり、補助参加人は、攻撃防御の方法の提出も、異議の申立ても、上訴も、再審の訴えも、一切の訴訟行為ができます。期日の呼出しや書類の送達も、被参加人とは別に、補助参加人に対して行われます。Cさんは、Bさんの言いなりではありません。次に、従属性です。Cさんは、自分の請求を掲げない、あくまで被参加人を勝たせるための参加人です。そのため、次の3つの限界があります。1つめ、参加した時点の訴訟の程度に従います。1項ただし書です。たとえば、Cさんが控訴審になってから参加したとします。Cさんは、第一審からやり直してもらうことはできず、今の段階から加わるしかありません。Bさんがもう出せなくなった主張は、Cさんも出せません。2つめ、訴訟自体を処分する行為はできません。訴えの取下げ、請求の放棄や認諾、訴訟上の和解です。これは、条文の言葉ではなく、補助参加人が被参加人を勝たせる立場にあるという趣旨からの結論です。裁判の主人はBさんで、Cさんが勝手に幕引きをすることはできません。3つめ、被参加人の訴訟行為と抵触する行為は、効力を有しません。2項です。Bさんが「CさんがAさんからお金を借りた事実はある」と認めたとします。Bさんの自白が成立すれば、Cさんは、「自分は借りていない」と主張できません。Cさんが出した証拠の申出を、Bさんが取り消すこともできます。二人の行為が食い違えば、裁判の主人であるBさんの行為が優先するからです。

Bさんが弱気になって、和解しようとしたら、Cさんは止められないんですか。止められません。和解するかどうかは、被参加人が決めることです。Cさんは、Bさんの意思に反する和解を、自分でしたり、止めたりはできないのです。補助参加人は、被参加人と食い違う訴訟行為はできない立場にあります。補足です。45条3項は、異議が出ても、参加を許さない裁判が確定するまでは、補助参加人は訴訟行為ができる、という規定です。4項は、参加を許さない裁判が確定しても、それまでの補助参加人の訴訟行為は、当事者が援用すれば効力を持つ、という規定です。この従属性は、次の参加的効力の例外を理解する鍵になります。頭の片隅に置いておいてください。

参加的効力——負けたとき、責任を分け合う

参加的効力の板(通し事案=Bが負けて確定→BのCへの求償訴訟でCは主債務は無かったと争えない/効く相手=BとCの間だけ・AとCの間には生じない/根拠=敗訴の責任を参加人にも分担させるのが衡平) 図:参加的効力の板

  • 通し事案=Bが負けて確定→BのCへの求償訴訟でCは主債務は無かったと争えない
  • 効く相手=BとCの間だけ・AとCの間には生じない
  • 根拠=敗訴の責任を参加人にも分担させるのが衡平

先に1問です。AさんとBさんの裁判で、Bさんが勝ちました。このとき、BさんとCさんの間で、参加的効力は問題になるでしょうか。Bさんが勝ったなら、求償の話も起きないので、問題にならないと思います。参加的効力は、被参加人が敗訴したときにだけ問題になります。もう1問、既判力の回を思い出す確認です。既判力は、判決のどの部分に、誰と誰の間で生じますか?主文の判断に、当事者の間で生じます。この既判力との違いを、あとで対比表で確認します。まず条文です。

条文民事訴訟法46条

民事訴訟法46条(補助参加人に対する裁判の効力) 補助参加に係る訴訟の裁判は、次に掲げる場合を除き、補助参加人に対してもその効力を有する。 一 前条第一項ただし書の規定により補助参加人が訴訟行為をすることができなかったとき。 二 前条第二項の規定により補助参加人の訴訟行為が効力を有しなかったとき。 三 被参加人が補助参加人の訴訟行為を妨げたとき。 四 被参加人が補助参加人のすることができない訴訟行為を故意又は過失によってしなかったとき。

通し事案で言います。Bさんが負けて確定しました。BさんがCさんに求償の訴えを起こしたとき、Cさんは、「そもそも主債務は無かった」とは争えません。前の裁判の判断に、逆らえないのです。既判力のような気がしますが、違うんですか。違います。判例は、この効力を、既判力ではなく、それとは異なる特殊な効力だとしました。参加的効力と呼ばれます。

判例最判昭和45・10・22 民集24巻11号1583頁

補助参加人に対する判決の効力が争われた事件 この効力は、いわゆる既判力ではなく、それとは異なる特殊な効力、すなわち、判決の確定後補助参加人が被参加人に対してその判決が不当であると主張することを禁ずる効力であつて、判決の主文に包含された訴訟物たる権利関係の存否についての判断だけではなく、その前提として判決の理由中でなされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断などにも及ぶものと解するのが相当である。 ……補助参加人が被参加人の訴訟の追行に現実に協力し、または、これに協力しえたにもかかわらず、被参加人が敗訴の確定判決を受けるに至つたときには、その敗訴の責任はあらゆる点で補助参加人にも分担させるのが衡平にかなうというべきである

判旨の中の、この効力とは、当時の民訴70条、今の46条の効力のことです。判旨の先決的権利関係とは、結論を出す前提として、先に判断しておく必要がある権利関係のことです。

判例の事案の関係図(判例の場面=通し事案とは別/貸主=賃貸人/借り主=賃借人/建物の所有者を名乗る会社/会社が借り主に貸室の明渡しを請求した前訴で貸主は借り主側に補助参加/借り主が敗訴確定/後訴=貸主は貸した当時の所有権が自分にあったと主張できない) 図:判例の事案の関係図

  • 判例の場面=通し事案とは別
  • 貸主=賃貸人
  • 借り主=賃借人
  • 建物の所有者を名乗る会社
  • 会社が借り主に貸室の明渡しを請求した前訴で貸主は借り主側に補助参加
  • 借り主が敗訴確定
  • 後訴=貸主は貸した当時の所有権が自分にあったと主張できない

判例の事案は、Bさんたちとは別の場面です。建物の所有者を名乗る会社が、借り主に、貸室の明渡しなどを求める裁判を起こしました。建物を貸していた貸主は、借り主の側に補助参加して、「貸した当時、所有権は自分にあった」と主張して争いました。ところが借り主は、全部負けて確定しました。理由は、所有権は会社にあって、貸主にはなかったから、というものでした。その後の裁判で、貸主は、「貸した当時、所有権は自分にあった」と主張することを許されない、とされました。前の裁判で負けた側に付いて争った以上、その判断を蒸し返せない、ということです。判例が挙げた根拠は、こうです。参加人が、被参加人の訴訟追行に協力したか、協力できたのに、被参加人が負けたときは、敗訴の責任を参加人にも分担させるのが衡平だ、というものです。一緒に戦ったのなら、負けた責任も一緒に分ける。これが参加的効力の考え方です。既判力との違いを、3点で整理します。

既判力と参加的効力の対比表(いつ=既判力は判決確定で勝敗を問わない/参加的効力は被参加人が敗訴したときに限る/誰と誰=既判力は当事者間115条/参加的効力は参加人と被参加人の間だけ/どの部分=既判力は主文の判断114条1項/参加的効力は主文を導く理由中の判断にも及ぶ/加えて46条各号の場合は生じない) 図:既判力と参加的効力の対比表

  • いつ=既判力は判決確定で勝敗を問わない
  • 参加的効力は被参加人が敗訴したときに限る
  • 誰と誰=既判力は当事者間115条
  • 参加的効力は参加人と被参加人の間だけ
  • どの部分=既判力は主文の判断114条1項
  • 参加的効力は主文を導く理由中の判断にも及ぶ
  • 加えて46条各号の場合は生じない

1点め、いつ生じるか。既判力は、判決が確定すれば、勝ち負けを問わず生じます。参加的効力は、被参加人が負けたときに限ります。2点め、誰と誰の間か。既判力は、当事者の間です。参加的効力は、参加人と被参加人の間だけです。3点め、どの部分か。既判力は、主文の判断に生じます。参加的効力は、主文を導く理由中の判断にも及びます。事実の認定や、先に決まる権利関係の判断も、含まれます。負けた原因が理由の中の判断にあるなら、その判断を蒸し返せるのでは、責任を分け合ったことになりません。ただし、理由中の判断といっても、主文を導くために必要な主要事実の認定や法律判断などをいい、結論に影響しない傍論には及びません。この点は、あとで判例を見ます。既判力の客観的範囲の回で、理由中の判断に既判力が生じないのは、そこが訴訟物ほど本気で争うことを強制されていない部分だから、と見ました。参加的効力は、根拠が敗訴の責任の分け合いなので、負けた原因である理由中の判断にも及ぶのです。「誰と誰の間か」は、間違えやすいので、繰り返します。効くのは、参加人のCさんと被参加人のBさんの間だけです。相手方のAさんとCさんの間には、生じないと理解されています。なぜ、BさんとCさんの間だけなのか。根拠が、敗訴の責任を分け合うことだからです。責任を分け合うのは、一緒に戦ったBさんとCさんの間で、戦った相手のAさんとの間の話ではありません。判旨も、参加人が被参加人に対して判決が不当だと主張することを禁ずる効力、と述べています。

ただし、学説には、別の見方もあります。46条の効力の根拠を、既判力と同様に、手続に加わる機会が保障されたことに求めます。その上で、参加人が被参加人と並んで相手方と実際に争ったのなら、公平の観点から、相手方との間にも効力が及ぶとします。一般的な理解は、被参加人との間だけです。この見方は、学説として知っておく程度で足ります。丸覚えは要りません。46条各号の除外は、従属性の裏返しとして読めます。1号は、参加の時点の訴訟の程度に従うので、できなかった行為があった場合です。2号は、被参加人の行為と抵触して、効力が生じなかった場合です。3号は、被参加人が参加人の訴訟行為を妨げた場合です。4号は、被参加人が、参加人ができない行為を、うっかり、または故意でしなかった場合です。どれも、参加人が思うように戦えなかった事情です。思うように戦えなかったなら、負けの責任は分けられません。まとめます。参加的効力は、既判力ではありません。被参加人が負けたときに、参加人と被参加人の間で、理由中の判断にも生じ、思うように戦えなかった事情があれば生じません。ここは論文で論点になりうる、と押さえておきます。

訴訟告知——参加しない人にも効力を及ぼす

訴訟告知の流れ図(Bが告知者=訴訟の係属を知らせる/被告知者C=参加した場合46条の効力/参加しなかった場合もBが敗訴すれば参加できた時に参加したものとみなす53条4項/告知の向き=B→C) 図:訴訟告知の流れ図

  • Bが告知者=訴訟の係属を知らせる
  • 被告知者C=参加した場合46条の効力
  • 参加しなかった場合もBが敗訴すれば参加できた時に参加したものとみなす53条4項
  • 告知の向き=B→C

最後に、訴訟告知です。通し事案に戻ります。Cさんが、AさんとBさんの裁判に参加しなかったとします。Bさんが負けて、Cさんに求償しても、参加していないのだから、Cさんは前の裁判の判断に縛られません。Cさんは、「主債務は無かった」と、最初から争い直せます。そこで使えるのが、訴訟告知です。訴訟告知は前に、債権者が債務者に代わって訴える債権者代位訴訟で出てきました。訴訟に出てこない債務者にも既判力を及ぼすには告知が要る、というのが学説の多数でした。今日見るのは、告知そのものが生む効果で、それは既判力ではなく、参加的効力です。条文を見ます。

条文民事訴訟法53条

民事訴訟法53条(訴訟告知) 当事者は、訴訟の係属中、参加することができる第三者にその訴訟の告知をすることができる。 2 訴訟告知を受けた者は、更に訴訟告知をすることができる。 3 訴訟告知は、その理由及び訴訟の程度を記載した書面を裁判所に提出してしなければならない。 4 訴訟告知を受けた者が参加しなかった場合においても、第四十六条の規定の適用については、参加することができた時に参加したものとみなす。

告知をするのは、当事者です。告知者と呼びます。通し事案では、Bさんです。告知を受ける人を被告知者と呼び、Cさんです。向きを取り違えないでください。告知は、当事者のBさんから、Cさんへ、です。2項は、告知を受けたCさんが、さらに別の人へ告知できる、という規定です。手続は、3項のとおり、理由と訴訟の程度を書いた書面を、裁判所に提出します。実務では、裁判所は、要件を事前に審査せず、送達します。訴訟告知には、2つの機能があります。1つめは、被告知者に、参加の機会を与えることです。自分の利益を守る機会になります。2つめは、告知者を守る機能です。被告知者が参加すれば、告知者は援助を得られます。参加しなくても、告知者が敗訴すれば、被告知者との間に参加的効力を生じさせられます。被告知者に参加する義務はありませんから、実際に働くのはこの2つめが中心です。訴訟告知は、告知者のための制度だといえます。効果は、4項です。被告知者は、告知で当然に参加したことにはなりません。参加するかしないか、どちらの側に参加するかは、被告知者が自分で決めます。しかし、補助参加の利益がある被告知者には、参加しなくても、告知者が負ければ、「参加することができた時に参加したもの」とみなされ、46条の効力が及びます。通し事案でいえば、Bさんは、Cさんに訴訟告知をしておきます。Cさんが参加しなくても、Bさんが負けたら、BさんとCさんの間で、参加的効力が生じます。BさんがCさんに求償したとき、Cさんは、「主債務は無かった」とは争えません。

告知しておけば、必ず効力が及ぶんですか。及びません。ここが訴訟告知の大事なところです。「参加することができる第三者」に当たるのか、補助参加の利益があるのかは、告知をした時ではなく、後の裁判、つまり参加的効力が問題になる場面で審査されます。判例も、補助参加の利益があることを前提にしています。

平14の事案の関係図(通し事案とは別の場面/売主・業者・施主/前訴=売主→業者の代金請求・売主が施主に告知・施主は参加せず・請求棄却確定・理由中に施主が買い受けた/後訴=売主→施主の代金請求) 図:平14の事案の関係図

  • 通し事案とは別の場面
  • 売主・業者・施主
  • 前訴=売主→業者の代金請求・売主が施主に告知・施主は参加せず・請求棄却確定・理由中に施主が買い受けた
  • 後訴=売主→施主の代金請求

判例の事案は、また別の場面です。告知者は、前の裁判の原告の売主です。登場するのは3人です。家具などを売った売主、店舗の新築工事を請け負った業者、そして工事を頼んだ店の持ち主、つまり施主です。売主は、家具の買主は業者だとして、業者に残代金を求める裁判を起こしました。業者は、「買ったのは自分ではなく、施主だ」と主張しました。前の裁判の争いは、業者が買主かどうか、です。そこで売主は、その施主に訴訟告知をしましたが、施主は参加しませんでした。前の裁判は、売主の請求を棄却して確定し、理由の中に、「施主が買い受けたことが認められる」という記載がありました。売主は、その施主に、代金を請求しました。原審は、告知の効力を認めましたが、最高裁は、これを破棄して差し戻しました。

判例最判平成14・1・22 集民205号93頁

訴訟告知を受けた者に判決の効力が及ぶかが争われた事件 旧民訴法78条,70条の規定により裁判が訴訟告知を受けたが参加しなかった者に対しても効力を有するのは,訴訟告知を受けた者が同法64条にいう訴訟の結果につき法律上の利害関係を有する場合に限られる ……この判決の理由中でされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断とは,判決の主文を導き出すために必要な主要事実に係る認定及び法律判断などをいうものであって,これに当たらない事実又は論点について示された認定や法律判断を含むものではないと解される。 ……その他,旧民訴法70条所定の効力が,判決の結論に影響のない傍論において示された事実の認定や法律判断に及ぶものと解すべき理由はない。

判旨の中の旧78条と旧70条は、今の53条4項と46条です。旧64条は、今の42条にあたります。最高裁の判断は、2つです。1つめ、告知の効力が及ぶのは、被告知者に、訴訟の結果につき法律上の利害関係がある場合だけです。前の裁判の結果で、施主の支払義務の有無が決まる関係にはないので、利害関係はなく、告知を受けても効力は及ばない。2つめ、施主が買い受けたという記載は、主文を導くために必要な判断ではない、傍論での認定にすぎず、その点でも効力が及んだとはいえない。なぜ、法律上の利害関係が要るのでしょう。4項は、参加することができた時に参加したものとみなす、という規定です。もともと参加できない人、つまり補助参加の利益がない人には、みなす土台がありません。条文の組み立てから、こう読めます。この事案に当てはめます。前の裁判で決まるのは、業者が買主かどうか、までです。業者が買主でないと決まっても、それで施主が買主だと決まるわけではありません。だから、前の裁判の結果は、施主の支払義務を左右しません。施主は、告知を受けても、自分の法的な地位がかかった立場ではなかったのです。

告知の効力が及ぶ範囲の板(判例=補助参加の利益(法律上の利害関係)が前提・傍論には及ばない/学説の一部=さらに告知者の敗訴を直接の原因とする求償・賠償の実体関係/相手方側に参加=生じないと考えられている・直接の判例なし/判断の順序1〜4) 図:告知の効力が及ぶ範囲の板

  • 判例=補助参加の利益(法律上の利害関係)が前提・傍論には及ばない
  • 学説の一部=さらに告知者の敗訴を直接の原因とする求償・賠償の実体関係
  • 相手方側に参加=生じないと考えられている・直接の判例なし
  • 判断の順序1〜4

告知の効力が及ぶ条件について、判例は、補助参加の利益があることまでを求めています。学説には、さらに一歩進めて、告知者が負けたことを直接の原因として、求償や賠償を求められる関係まで要る、とする考え方もあります。補助参加の利益より、範囲を狭く絞る見方です。そうした関係にある被告知者なら、告知者に協力するのが当然だ、と言えるからだと考えられています。通し事案のCさんは、BさんからCさんへの求償という関係もあるので、どちらの立場でも当てはまります。最後に、相手方の側に参加した場合です。通し事案のCさんには考えにくい動きですが、仮に、告知を受けたCさんが、Bさんではなく、Aさんの側に参加したとします。そうすると、BさんとCさんの間には利害の対立があります。Cさんは、Bさんの訴訟追行に協力することを期待できません。だから、参加的効力を及ぼす正当化の根拠がなく、効力は生じないと考えられています。この点を直接判断した判例は、ありません。整理します。効力を及ぼしたいのは、負ける側の告知者です。判例の線での判断の順序は、1つ、補助参加の利益があるか。2つ、告知者が負けたか。3つ、被告知者が告知者の側に加わる立場か。4つ、傍論ではなく、主文を導く判断か、です。実体関係まで要るという考え方に立つなら、1つめの段階で、求償や賠償の関係があるかを追加で見ます。

今日の地図(保存版)

総括の板(補助参加=自分の請求は掲げずBを勝たせて自分の利益を守る・当事者でも名宛人でもない/利益=判決が法的地位に影響するおそれ・友情や経済的利害は不可・異議があったときだけ審査/地位=独立性と従属性/参加的効力=Bが負けたとき・BとCの間だけ・理由中の判断にも・思うように戦えなかったら生じない=既判力と3点違う/訴訟告知=Bが告知すればCが参加しなくても及ぶ・補助参加の利益が前提) 図:総括の板

  • 補助参加=自分の請求は掲げずBを勝たせて自分の利益を守る・当事者でも名宛人でもない
  • 利益=判決が法的地位に影響するおそれ・友情や経済的利害は不可・異議があったときだけ審査
  • 地位=独立性と従属性
  • 参加的効力=Bが負けたとき・BとCの間だけ・理由中の判断にも・思うように戦えなかったら生じない=既判力と3点違う
  • 訴訟告知=Bが告知すればCが参加しなくても及ぶ・補助参加の利益が前提

まとめます。冒頭の、AさんとBさんとCさんに戻ります。Cさんは、他人事ではいられません。Bさんが負ければ、Cさんに求償が来るからです。1つめ、補助参加は、自分の請求は掲げず、当事者の一方を勝たせることで自分の利益を守る参加です。参加人は、当事者でも判決の名宛人でもありません。2つめ、補助参加の利益は、判決が参加人の法的な地位に影響するおそれです。友情や経済的な利害は、事実上の利害で、足りません。審査されるのは、当事者が異議を述べたときだけです。3つめ、参加人には、独立性と従属性があります。一切の訴訟行為ができますが、訴訟自体は処分できず、被参加人の行為と食い違う行為は効力がありません。4つめ、被参加人が負けたとき、参加人と被参加人の間で、理由中の判断にも参加的効力が生じます。これは、既判力ではありません。いつ、誰と誰の間か、どの部分か、の3点で違います。思うように戦えなかった事情があれば、生じません。5つめ、参加しない人にも、Bさんが訴訟告知をすれば、参加的効力を及ぼせます。ただし、補助参加の利益がなければ及びません。相手方の側に参加した場合は、生じないと考えられています。試験では、まず、参加の申出の場面か、告知の場面かを分けてください。そのうえで、誰が誰の側に、誰が誰に告知するのかを固定して、効力が誰と誰の間で生じるかを言い切ってください。

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#81単独ページ動画

独立当事者参加(詐害防止参加・権利主張参加)

第4章 複雑訴訟 #81/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

建物は自分のものだ——傍観するしかないのか

冒頭事案の関係図(原告A/被告B/参加人C/AはBに所有権に基づいて建物の明渡しを請求/Cは「その建物は自分が買った物だ」と考えている) 図:冒頭事案の関係図

  • 原告A
  • 被告B
  • 参加人C/AはBに所有権に基づいて建物の明渡しを請求
  • Cは「その建物は自分が買った物だ」と考えている

Aさんが、Bさんを訴えました。「Bさんが使っている建物は私の物だ。明け渡してください」という、所有権に基づく明渡しの請求です。ところが、その建物を買ったのは、Cさんでした。Cさんは、Aさんの物だとも、Bさんの物だとも思っていません。自分が所有者だと考えています。判決が出たあとで、別の裁判を起こす道は残ります。それで間に合うでしょうか。Aさんが勝ち、Bさんが建物を出て、建物がAさんの手に渡ったあとで、CさんがAさんを訴えたとします。建物はもう動いています。しかも、同じ建物について、Aさんが所有者だという裁判と、Cさんが所有者だという裁判が、別々に並ぶおそれがあります。

前回の補助参加は使えるでしょうか。補助参加は、自分の請求は掲げず、当事者の一方を勝たせることで自分の利益を守る参加でした。参加人は、当事者でも判決の名宛人でもありませんでした。けれども、Cさんが欲しいのは、Bさんの勝利ではありません。自分が所有者だと認めてもらうことです。そこで今日は、自分の請求を掲げて、当事者になる参加を見ます。独立当事者参加です。持ち帰ってほしいことは5つです。1つめ、当事者になる参加には2種類あり、独立当事者参加は、3人が互いに向き合う三面の訴訟になること。2つめ、判例はこの制度を合一確定のためと説明するが、元の判決の効力が参加人に及ぶという意味ではないこと。3つめ、47条1項の前段は詐害防止参加、後段は権利主張参加で、見分け方があること。4つめ、権利主張参加では、参加人の請求と原告の請求が両立しないことが必要で、二重譲渡と債権者代位の場面でそれが問題になること。5つめ、申出の手続と片面的参加、そして要件を欠いたときの扱いです。

当事者になる参加の2つの形——三面訴訟とは

当事者参加の2形態の板(当事者参加=第三者が係属中の他人間の訴訟に当事者として加わる/47条=独立の当事者として参加/52条=原告又は被告と並んで共同訴訟人として参加/補助参加との対比=補助参加は請求を掲げない・当事者でない/独立当事者参加は請求を掲げる・当事者/三面=AとB・CとA・CとBの3本の線) 図:当事者参加の2形態の板

  • 当事者参加=第三者が係属中の他人間の訴訟に当事者として加わる
  • 47条=独立の当事者として参加
  • 52条=原告又は被告と並んで共同訴訟人として参加
  • 補助参加との対比=補助参加は請求を掲げない・当事者でない
  • 独立当事者参加は請求を掲げる・当事者
  • 三面=AとB・CとA・CとBの3本の線

先に確認です。前回の補助参加人は、当事者でしょうか。判決の名宛人でしょうか?どちらでもありません。自分の請求は掲げず、当事者の一方を勝たせるために加わる立場でした。今日の参加人は、その反対です。第三者が、係属中の他人同士の訴訟に、当事者として加わる。これを当事者参加と呼びます。当事者参加には2つの形があります。1つは、独立の当事者として加わる形で、47条が定めます。これが今日の主役です。もう1つは、原告や被告と並んで、共同訴訟人として加わる形で、52条が定めます。こちらは、別の回で扱います。独立当事者参加では、通し事案のAさん、Bさん、Cさんが、互いに向き合います。AさんとBさんの間の請求があり、CさんはAさんに請求を立て、Bさんにも請求を立てます。線が3本になるので、三面訴訟と呼ばれます。

二当事者対立構造が基本です。独立当事者参加は、その例外です。3人が互いに牽制し合いながら、1つの手続で紛争を調整します。ここで、判例の説明を見ておきます。判例は、この制度を、三者が互いに争う紛争を一挙に矛盾なく解決し、権利関係を全員につき合一に確定することを目的とする、と説明します。合一に確定するとは、必要的共同訴訟の回でも出てきた言葉で、全員について同じ結論を出す、ということです。合一に確定するなら、AさんとBさんの判決が、Cさんにも効くということですか。そこが大事な区別です。合一確定を目的とする、という説明と、元の判決の効力が参加人に及ぶ、という話は、別のことです。確定判決の効力は、原則として当事者の間にだけ生じます。115条1項1号です。AさんとBさんの判決は、Cさんには及びません。Cさんが別の裁判でAさんと争うこと自体も、禁じられてはいません。

なぜわざわざ参加を認めるんですか。3人を1つの手続に乗せれば、矛盾した判断が出るのを防げますし、3人が調整する機会も得られるからです。学説には、この制度は合一確定という本質的な要請に根ざしたものではなく、統一的な解決が要るかどうかは、紛争の性質に応じて決めれば足りる、とみる見方があります。ここから、今日の全体の筋が見えてきます。別の裁判でも争えるのなら、三面訴訟に入れる必要があるのは、どんな第三者なのか。入口の要件で、誰を入れるかを絞っているのです。参加人が増えると訴訟が複雑になり、進みも遅くなるのは、前回の補助参加で見たとおりです。

47条1項の2つの入口——前段と後段

47条1項の見分けの板(前段=訴訟の結果によって権利が害されることを主張する第三者=詐害防止参加/後段=訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する第三者=権利主張参加/見分け方=害されるのを防ぐか・自分のものだと主張するか/当事者の双方又は一方を相手方として) 図:47条1項の見分けの板

  • 前段=訴訟の結果によって権利が害されることを主張する第三者=詐害防止参加
  • 後段=訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する第三者=権利主張参加
  • 見分け方=害されるのを防ぐか・自分のものだと主張するか
  • 当事者の双方又は一方を相手方として

条文を見ます。

条文民事訴訟法47条

民事訴訟法47条(独立当事者参加) 訴訟の結果によって権利が害されることを主張する第三者又は訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する第三者は、その訴訟の当事者の双方又は一方を相手方として、当事者としてその訴訟に参加することができる。 2 前項の規定による参加の申出は、書面でしなければならない。 3 前項の書面は、当事者双方に送達しなければならない。 4 第四十条第一項から第三項までの規定は第一項の訴訟の当事者及び同項の規定によりその訴訟に参加した者について、第四十三条の規定は同項の規定による参加の申出について準用する。

1項には、入口が2つあります。前半の「訴訟の結果によって権利が害されることを主張する第三者」が、前段です。詐害防止参加と呼びます。後半の「訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する第三者」が、後段です。権利主張参加と呼びます。見分け方は簡単です。他人の裁判で自分が害されるのを防ぎたいなら、前段の詐害防止参加。訴訟の目的そのものが自分の権利だと言いたいなら、後段の権利主張参加です。前段は詐害防止、後段は権利主張、と取り違えないでください。条文には、あと2つ拾っておきたい言葉があります。1つは、「当事者の双方又は一方を相手方として」です。双方に請求を立てなくてもよい、という意味で、あとで片面的参加として戻ってきます。もう1つは、4項です。40条1項から3項を準用していますが、その中身は、参加したあと3人をどう裁くかの話なので、次の回で扱います。今日は、入口だけです。

詐害防止参加——馴れ合いを防ぐ

詐害防止参加の設例と2つの問いの板(設例=原告A(土地の所有者)・被告B(土地上の建物の所有者)・参加人C(Bから建物を借りて住む借主)/AはBに建物を取り壊して土地を明け渡すよう請求・Bはほとんど争わない/CはAを相手方にAの請求を認めない判決を求める/問い1=害されると主張する者の地位・利益(実体面)/問い2=当事者の詐害的な訴訟追行(手続面)) 図:詐害防止参加の設例と2つの問いの板

  • 設例=原告A(土地の所有者)・被告B(土地上の建物の所有者)・参加人C(Bから建物を借りて住む借主)
  • AはBに建物を取り壊して土地を明け渡すよう請求・Bはほとんど争わない
  • CはAを相手方にAの請求を認めない判決を求める
  • 問い1=害されると主張する者の地位・利益(実体面)
  • 問い2=当事者の詐害的な訴訟追行(手続面)

設例を変えます。役割を言い直します。Aさんは原告、Bさんは被告、Cさんは参加人で、並びは同じですが、中身が違います。Aさんは、自分の土地の上にBさんが建物を建てて使っているとして、Bさんに、建物を取り壊して土地を明け渡すよう求めています。ところが、Bさんはほとんど争わず、期日にも出てきません。Cさんは、その建物をBさんから借りて住んでいる借主です。Aさんの請求が通ると、建物は取り壊され、Cさんは住まいを失います。Cさんは、Aさんを相手方にして、Aさんの請求を認めない判決を求めて参加します。Bさんとは争っていないので、相手方はAさんだけです。これが、前段の詐害防止参加です。

趣旨は、当事者同士の馴れ合い訴訟の防止です。AさんとBさんの判決の効力は、Cさんには及びませんが、それでもCさんは事実上、不利益を受けます。判決が確定してからでは遅いので、確定の前に、自分で手続に入れるようにしたのです。「馴れ合いだ」と言えば、誰でも入れるんですか。入れません。問われるのは、2つです。1つめは、害されると主張する第三者の側の、地位や利益です。実体面です。2つめは、当事者の側の、詐害的な訴訟追行です。Bさんが争わない、期日に出ない、といった手続面です。詐害防止参加の判断基準は、詐害の意思を重く見るか、権利侵害の事実を重く見るかなど、学説が分かれています。試験の重心は、次の権利主張参加にあります。ここでは、実体面と手続面の2つの問いがある、と押さえておいてください。

権利主張参加の規範——請求が両立しないこと

権利主張参加の規範の板(通し事案=原告A・被告B・参加人C/Aの請求=所有権に基づく建物明渡し/Cが立てる請求=Aに所有権確認・Bに所有権に基づく明渡し/規範=本訴の請求と論理的に両立しえない請求を参加人が立てていること/両立しえない=どちらか一方が認められれば他方は認められない) 図:権利主張参加の規範の板

  • 通し事案=原告A・被告B・参加人C/Aの請求=所有権に基づく建物明渡し
  • Cが立てる請求=Aに所有権確認・Bに所有権に基づく明渡し
  • 規範=本訴の請求と論理的に両立しえない請求を参加人が立てていること
  • 両立しえない=どちらか一方が認められれば他方は認められない

ここから、今日の山場です。冒頭の通し事案に戻ります。Aさんは原告、Bさんは被告、Cさんは参加人です。Aさんは、「建物は私の物だ」として、Bさんに明渡しを求めています。先に1問です。Cさんが「建物は自分の物だ」と言って参加するとき、Aさんに対しては、どんな請求を立てるでしょうか。Bさんに対しては、どんな請求を立てるでしょうか?Aさんには、建物は自分の物だと確認してもらう、所有権確認ですね。Bさんには、所有者として、建物を明け渡してもらう請求だと思います。Aさんに所有権確認、Bさんに明渡しを、それぞれ請求します。相手方がAさんとBさんの両方なので、線が3本の三面になります。では、Cさんが入れる理由は何でしょうか。Aさんは、「建物は私の物」と言います。Cさんは、「建物は私の物」と言います。この2つは、同時に成り立ちません。Aさんの請求が認められるなら、Cさんの請求は認められず、Cさんが認められるなら、Aさんは負けます。ここが権利主張参加の核心です。

⭐ 論文で書く規範:権利主張参加が認められる条件 権利主張参加が認められるには、本訴の請求と論理的に両立しえない請求を、参加人が立てていることが必要である。 (規範(47条1項後段の文言の解釈で立てる))

この条件は、条文には書いてありません。「訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する」という文言を解釈して立てたものです。だから、言葉のとおりに覚えるべき規範です。理由は、この参加が、訴訟の目的についての権利に関する3人の法律関係を、矛盾なく解決するための制度だからです。請求が両立するなら、別々の裁判で両方が認められても、判断はぶつかりません。ぶつかるおそれがあるのは、一方が認められれば他方が認められない、両立しない請求のときだけです。だから、そういう第三者に限って、三面訴訟に入れるのです。

反対の例を出します。たとえば、Cさんが、Bさんに貸したお金を返せ、という別の請求を持って入ろうとしたとします。この請求は、Aさんの明渡請求が認められても認められなくても、並んで成り立ちます。同時に認められうる関係、つまり両立します。これでは、建物の所有を巡る3人の争いにはなりません。請求が両立するかどうかの境目が本当に問題になるのは、次の2つの場面です。不動産の二重譲渡と、債権者代位訴訟です。

両立性その1——不動産の二重譲渡

二重譲渡の関係図(原告A=売主から買った買主/被告B=売主/参加人C=同じ土地を売主から買った(買う予約をした)買主/AはBに売買による所有権移転登記手続を請求/CはBに本登記手続・Aに本登記の承諾を請求(所有権確認は求めていない)/Aに所有権確認も求める形は判決が直接判断していない) 図:二重譲渡の関係図

  • 原告A=売主から買った買主
  • 被告B=売主
  • 参加人C=同じ土地を売主から買った(買う予約をした)買主
  • AはBに売買による所有権移転登記手続を請求
  • CはBに本登記手続・Aに本登記の承諾を請求(所有権確認は求めていない)
  • Aに所有権確認も求める形は判決が直接判断していない

役割を言い直します。Aさんは、Bさんから土地を買った買主で、原告です。Bさんは、売主で、被告です。Cさんは、同じ土地をBさんから買った、あるいは、買う予約をした買主で、参加人です。Aさんは、Bさんに、売買による所有権移転登記を求めて訴えました。そこにCさんが、「自分もBさんから買った」と参加できるか。これが問われました。判例の事案です。Aさんの訴えは、第一審で認められ、Bさんが控訴しました。控訴審の途中で、Cさんが参加を申し出ました。Cさんは、Bさんに対して、仮登記に基づく本登記の手続を求め、Aさんに対して、その本登記についての承諾を求めました。仮登記とは、将来の本登記に備えて、順位を確保しておく登記です。Aさんは、Cさんの仮登記のあとに、この土地の処分を禁じる仮処分の登記をしていたので、本登記にはAさんの承諾が要るのです。原審は、この参加を適法と認め、Aさんの請求を棄却しました。最高裁は、これを破棄しました。

判例最判平成6・9・27 判時1513号111頁

二重譲渡で権利主張参加の申出の要件が争われた事件 しかしながら、上告人の被上告人B2に対する売買契約に基づく所有権移転登記手続を求める本訴につき、被上告人B1が、被上告人B2に対し代物弁済の予約又は売買の一方の予約による各予約完結の意思表示をしたことを理由とする所有権移転請求権保全の仮登記に基づく本登記手続を求め、かつ、右仮登記後にされた処分禁止の仮処分登記の名義人である上告人に対し右本登記手続の承諾を求めてした本件参加の申出は、民訴法七一条の要件を満たすものと解することはできない。

判旨の読み替えです。民訴法71条は、旧法の条文で、今の47条1項です。上告人は、Aさんのことです。被上告人のB2はBさん、B1はCさんです。次は、理由の部分です。

判例最判平成6・9・27 判時1513号111頁

二重譲渡で権利主張参加の申出の要件が争われた事件 けだし、同条の参加の制度は、同一の権利関係について、原告、被告及び参加人の三者が互いに相争う紛争を一の訴訟手続によって、一挙に矛盾なく解決しようとする訴訟形態であって、一の判決により訴訟の目的となった権利関係を全員につき合一に確定することを目的とするものであるところ(最高裁昭和三九年(オ)第七九七号同四二年九月二七日大法廷判決・民集二一巻七号一九二五頁)、被上告人B1の本件参加の申出は、本件土地(一)、(二)の所有権の所在の確定を求める申立てを含むものではないので、上告人、被上告人B2及び被上告人B1の間において右各所有権の帰属が一の判決によって合一に確定されることはなく、また、他に合一に確定されるべき権利関係が訴訟の目的とはなっていないからである。

判決が挙げた理由は、はっきりしています。Cさんの参加の申出は、土地の所有権の所在の確定を求める申立てを含んでいない。だから、3人の間で所有権の帰属が1つの判決で合一に確定されることはなく、ほかに合一に確定されるべき権利関係も、訴訟の目的になっていない。だから、要件を満たさない、ということです。判決が要件を満たさないとした理由の中心は、所有権の所在の確定を求める申立てを含んでいないので、合一に確定されない、という点です。ここを言い切れれば、この判決は使えます。最高裁は、この参加を、実質は新しい訴えの提起だと見ました。参加の請求は管轄のある裁判所に移送すべきで、原審はAさんとBさんの間の控訴審の審理をするべきだった、としています。要件を欠く参加は、却下ではなく、新しい訴えとして扱われたのです。

判決が言ったことと学説の説明の区別の板(判決=Cの申出は所有権の所在の確定を求める申立てを含まない→所有権の帰属が合一に確定されない/他に合一に確定されるべき権利関係もない/判決は書いていない=「実体法上両立する」「登記の自由競争」/学説=移転登記請求権が並び立つ・登記の自由競争・社会的には一つの紛争/所有権確認を含む参加=判決の射程の問題で見解が分かれる) 図:判決が言ったことと学説の説明の区別の板

  • 判決=Cの申出は所有権の所在の確定を求める申立てを含まない→所有権の帰属が合一に確定されない
  • 他に合一に確定されるべき権利関係もない
  • 判決は書いていない=「実体法上両立する」「登記の自由競争」
  • 学説=移転登記請求権が並び立つ・登記の自由競争・社会的には一つの紛争
  • 所有権確認を含む参加=判決の射程の問題で見解が分かれる

ここで、判決が言っていないことを分けておきます。判決は、「二重譲渡だから、請求は両立する」とは書いていません。「実体法上、どちらの請求も成り立つ」とも書いていません。判決が言ったのは、所有権の所在の確定を求める申立てを含まないので合一に確定されない、というところまでです。学説には、次のような説明があります。物差しは、冒頭の建物の事案と同じで、一方の請求が認められたら、他方は認められなくなるか、です。建物の事案では、所有者は1人なので、Aさんが勝てばCさんは負けました。二重譲渡では、Bさんは、AさんにもCさんにも売っています。どちらの売買も有効なので、AさんもCさんも、Bさんに対する移転登記の請求権を、実体法上、持っています。両方の請求を認めても、ぶつかりません。だから、AさんとCさんの請求は両立し、権利主張参加の要件を満たさない、という説明です。また、先に登記を得た者が勝つのは、いわば登記の自由競争にすぎない、という見方もあります。逆に、社会的には1つの紛争なのだから、3人に調整の機会を与えるために認めるべきだ、という見方もあります。

Aさんへの所有権確認も含めて参加する形は、判決が直接判断していない形です。判決の事案で、Cさんが求めたのは、Bさんへの本登記と、Aさんの承諾だけでした。所有権の確認は求めていません。判決が判断したのは、この形です。Aさんに所有権確認も求める形が認められるかは、判例の射程の問題で、見解が分かれます。冒頭の合一確定の話とつなげます。判例のいう合一確定は、所有権の帰属が、3人の間で、1つの判決によって決まることでした。Cさんの請求は、Bさんに本登記を求めるものです。所有権の所在を決めてほしい、という申立てを含んでいなければ、3人の間で、1つの判決によって決まるものがありません。判決の理由は、この点を挙げていました。入口の要件で絞るとは、こういうことです。答案での使い方です。要件は、規範カードの「両立しえない」で立てます。そのうえで、二重譲渡の当てはめは、判例の言葉で書きます。所有権の所在の確定を求めない参加では、3人の間で合一に確定されるものがないので、要件を満たさない。両立するから、という理由を書くなら、学説の説明として分けて書きます。

両立性その2——債権者代位訴訟と民法423条の5

債権者代位の役割表と判決の前提の板(役割=Aさん債権者(原告)・Bさん第三債務者(被告)・Cさん債務者(参加人)/設例=AはCへの貸金債権を保全するためCがBに持つ売掛代金債権を代位行使しBに支払を請求/Cは「Aに借りた覚えはない」/Cが立てる請求=Aに被保全債権の不存在確認・Bに売掛代金の支払) 図:債権者代位の役割表と判決の前提の板

  • 役割=Aさん債権者(原告)・Bさん第三債務者(被告)・Cさん債務者(参加人)
  • 設例=AはCへの貸金債権を保全するためCがBに持つ売掛代金債権を代位行使しBに支払を請求
  • Cは「Aに借りた覚えはない」
  • Cが立てる請求=Aに被保全債権の不存在確認・Bに売掛代金の支払

役割が変わるので、先に固定します。ここだけ、通し事案と並びが違います。Aさんは債権者で、原告です。Bさんは第三債務者で、被告です。Cさんは債務者で、参加人です。以後、この呼び方は変えません。設例です。AさんはCさんにお金を貸しています。Cさんは、Bさんに売掛代金の債権を持っています。Aさんは、貸金債権を守るために、Cさんに代わって、Bさんに売掛代金の支払を求めました。債権者代位です。金銭の債権なので、Aさんは自分への支払を求められます。民法423条の3です。ところが、Cさんは、「Aさんに借りた覚えはない」と言います。弁済済みだ、という主張です。Cさんは、Aさんに対して、貸金債権が存在しないことの確認を求め、Bさんに対して、売掛代金の支払を求めて、参加します。先に確認です。代位訴訟で債権者が受けた判決の効力は、債務者に及ぶのでしょうか?

前に見た、115条1項2号ですよね。訴訟担当者が受けた判決の効力は、本来の権利者にも及びます。債権者代位では、訴訟告知が要ると考える学説が多かったです。だから、この型では、冒頭の建物の事案で見たこと、つまり元の判決の効力は参加人に及ばず、別の裁判で争うことも禁じられない、という説明を、そのまま当てはめません。当事者適格の回で見たように、債権者代位訴訟は、本人の意思と関係なく法律が第三者に訴える資格を与える、法定訴訟担当の典型とされてきましたが、その位置づけは揺れています。法定訴訟担当と見る立場に立てば、Aさんが受けた判決の効力は、Cさんにも及びます。Cさんが同じ請求を別の裁判で立てられるのかは、判例は判断していません。判例が述べたのは、参加という形なら、二重起訴にならない、というところまでです。

債権者代位の判例の事案の関係図(Aさん=土地の賃借人=債権者(原告)/Cさん=賃貸人・土地の所有者=債務者(参加人)/Bさん=土地の上に建物を持つ人=第三債務者(被告)/AはCの所有権に基づく妨害排除請求権を代位行使しBに建物収去土地明渡しを請求/Cは無断転貸で解除したと主張しAに賃借権不存在確認・Bに建物収去土地明渡しを請求) 図:債権者代位の判例の事案の関係図

  • Aさん=土地の賃借人=債権者(原告)
  • Cさん=賃貸人・土地の所有者=債務者(参加人)
  • Bさん=土地の上に建物を持つ人=第三債務者(被告)
  • AはCの所有権に基づく妨害排除請求権を代位行使しBに建物収去土地明渡しを請求
  • Cは無断転貸で解除したと主張しAに賃借権不存在確認・Bに建物収去土地明渡しを請求

判例の事案です。ここでも並びだけ合わせます。Aさんは土地の賃借人で、Cさんは賃貸人、土地の所有者です。Aさんは、Cさんの所有権に基づく妨害排除の請求権を代位行使して、土地の上に建物を持つBさんに、建物を取り壊して土地を明け渡すよう求めました。Cさんは、「Aさんが無断で転貸したので、賃貸借は解除した」と主張しました。そして、Aさんに対して賃借権が存在しないことの確認を、Bさんに対して所有権に基づく建物収去と土地明渡しを求めて、参加しました。債権者の被保全債権、つまり賃借権を、債務者が争った型です。判決が答えた点は、2つです。まず1つめは、債務者の参加は、二重起訴の禁止にふれるか。2つめは、債権者に代位の原因がなかったとき、債務者の訴えは適法か、です。

判例最判昭和48・4・24 民集27巻3号596頁

債権者代位訴訟への債務者の参加が争われた事件 思うに、債権者が民法四二三条一項の規定により代位権を行使して第三債務者に対し訴を提起した場合であつても、債務者が民訴法七一条により右代位訴訟に参加し第三債務者に対し右代位訴訟と訴訟物を同じくする訴を提起することは、民訴法二三一条の重複起訴禁止にふれるものではないと解するのが相当である。けだし、この場合は、同一訴訟物を目的とする訴訟の係属にかかわらず債務者の利益擁護のため訴を提起する特別の必要を認めることができるのであり、また、債務者の提起した訴と右代位訴訟とは併合審理が強制され、訴訟の目的は合一に確定されるのであるから、重複起訴禁止の理由である審判の重複による不経済、既判力抵触の可能性および被告の応訴の煩という弊害がないからである。

民訴法231条は、今の142条です。判決のいう重複起訴の禁止は、二重起訴の回で見た、二重起訴の禁止のことです。同じ事件について、すでに裁判所に係属している間は、別に訴えを起こせません。Cさんの第三債務者への請求は、代位訴訟と訴訟物が同じです。それでも参加なら許されるのは、併合審理が強制され、審理の重複や判断の食い違いという弊害がないからです。2つめの判断です。

判例最判昭和48・4・24 民集27巻3号596頁

債権者代位訴訟への債務者の参加が争われた事件 …したがつて、審理の結果債権者の代位権行使が適法であること、すなわち、債権者が代位の目的となつた権利につき訴訟追行権を有していることが判明したときは、債務者は右権利につき訴訟追行権を有せず、当事者適格を欠くものとして、その訴は不適法といわざるをえない反面、債権者が右訴訟追行権を有しないことが判明したときは、債務者はその訴訟追行権を失つていないものとして、その訴は適法ということができる。

この判決の事案では、賃借権が解除で消えているので、代位の原因がありません。だから、Cさんの訴えは適法とされました。この判決は、「請求が両立しないから権利主張参加だ」と言っているんですか。言っていません。「請求が両立しない」「当事者適格が両立しない」という整理は、判決文にはありません。学説側の説明です。判決が前提にしていたのは、債権者の代位が適法なら、債務者は自分では当事者適格を欠く、という考え方でした。当時は、債権者が代位権の行使に取りかかり、そのことを債務者に知らせるか、債務者が知ったあとは、債務者はその権利を自分では処分できなくなる、と考えられていました。自分で処分できない権利なので、自分で訴える資格もない、という筋です。

民法423条の5の前後比較の板(判決の前提=債権者の代位が適法なら債務者は当事者適格を欠く/民423条の5=債務者は被代位権利について自ら取立てその他の処分をすることを妨げられない・相手方も債務者に履行できる/結果=債権者と債務者の当事者適格は両立する/現在=債務者が被保全債権を争う→独立当事者参加・争わない→共同訴訟参加) 図:民法423条の5の前後比較の板

  • 判決の前提=債権者の代位が適法なら債務者は当事者適格を欠く
  • 民423条の5=債務者は被代位権利について自ら取立てその他の処分をすることを妨げられない・相手方も債務者に履行できる
  • 結果=債権者と債務者の当事者適格は両立する
  • 現在=債務者が被保全債権を争う→独立当事者参加・争わない→共同訴訟参加

その前提は、平成29年の民法改正で失われました。当事者適格の回でも出てきた条文です。

条文民法423条の5

民法423条の5(債権者代位権の行使に係る債務者の処分権限) 債権者が被代位権利を行使した場合であっても、債務者は、被代位権利について、自ら取立てその他の処分をすることを妨げられない。この場合においては、相手方も、被代位権利について、債務者に対して履行をすることを妨げられない。

債権者が代位権を行使しても、債務者は、自分で取立てなどをしてよい、という規定です。昔の説明は、こうでした。Aさんの代位が適法なら、Cさんには訴える資格がない。適法でなければ、Cさんにある。資格はどちらか一方にしかないので、2人の請求は両立しない。だから権利主張参加だ、という筋です。けれども、今は、Aさんが代位していても、Cさんは自分で取り立てられます。債権者と債務者の当事者適格は、もう両立します。だから、この昔の説明は使えません。今は、債務者が債権者の被保全債権を争う場合は、独立当事者参加、争わない場合は、共同訴訟参加、つまり52条によると考えられています。争う場合を、両立性で説明する学説があります。債務者が被保全債権は存在しないと主張するなら、債権者の請求、つまり代位権がある、という前提と、債務者の主張は、論理的に両立しません。争わない場合は、別の話です。たとえば、Cさんが「Aさんから借りたのは確かだ。でも、Bさんへの代金は自分でも取り立てたい」と言う場合です。AさんとCさんは、Bさんに払わせるという同じ方向を向いています。債権者代位訴訟を法定訴訟担当と見る立場に立てば、Aさんが受ける判決の効力はCさんにも及ぶので、Cさんは、Aさんと並んで加わる形を使います。その中身は、次の回で見ます。補足です。既判力の主観的範囲の回で見たとおり、債権者は、代位訴訟を起こしたら、遅滞なく債務者に訴訟告知をしなければなりません。民法423条の6です。債務者は、この告知で、参加の機会を知ることになります。

⭐ 論文で書く規範:債権者代位訴訟に債務者が参加するとき 債務者が被保全債権の不存在を主張して参加する場合は、独立当事者参加(権利主張参加)。債務者が被保全債権を争わない場合は、共同訴訟参加(52条)による。 (規範(民423条の5後の学説の整理で立てる))

ここは論文で論点になりうる、と押さえておきます。試験では、まず、債権者、第三債務者、債務者のどれがどの当事者かを固定してください。次に、債務者が被保全債権を争っているかを見てください。

参加の手続・片面的参加・要件を欠くとき

参加手続の流れの図(申出=書面(47条2項)/当事者双方に送達(3項)/実質は訴えの提起→参加人の請求について訴訟係属/申出の方式は43条を準用(4項)/要件の調査=口頭弁論に基づいて調べる/満たさない場合=併合要件を満たせば主観的追加的併合・満たさなければ別訴) 図:参加手続の流れの図

  • 申出=書面(47条2項)
  • 当事者双方に送達(3項)
  • 実質は訴えの提起→参加人の請求について訴訟係属
  • 申出の方式は43条を準用(4項)
  • 要件の調査=口頭弁論に基づいて調べる
  • 満たさない場合=併合要件を満たせば主観的追加的併合・満たさなければ別訴

最後は、手続です。通し事案の、Aさん原告、Bさん被告、Cさん参加人に戻ります。47条2項は、参加の申出を書面でしなければならない、と定めます。3項は、その書面を、当事者双方に送達しなければならない、と定めます。なぜ、書面なんですか。独立当事者参加の申出は、実質的には、参加人の請求についての訴えの提起だからです。書面が当事者双方に送達されると、参加人の請求について、訴訟係属が生じます。申出の方式そのものは、4項で43条を準用しています。前回見た条文です。次に、片面的参加です。参加人は、当事者の双方に請求を立てるのが原則です。けれども、一方とは争いがないこともあります。その場合は、争いのない一方には請求を立てず、もう一方だけを相手方にして参加できます。1項の「双方又は一方を相手方として」は、これを明文で認めたものです。通し事案を変えます。Aさんは原告で、Cさんは参加人です。Bさんは、Cさんから建物を借りている借主です。詐害防止の設例とは、貸し借りの向きが逆です。Bさんは、Cさんの所有を争いません。この場合、CさんはBさんには請求を立てず、Aさんだけを相手方にして、建物の所有権確認を求めて参加します。最後に、要件を欠く参加の扱いです。参加の要件は、訴訟要件と同じように、口頭弁論に基づいて調べられます。要件を欠く参加は、一律に却下されるわけではありません。先に確認です。前に見た、原告が訴えを起こしたあとに被告を追加する主観的追加的併合は、判例では、どう扱われましたか?

明文がなくて、判例は否定的でした。別に訴えを起こして、併合を促す、という扱いでした。ただ、今回は、原告が被告を引き込む場面ではなく、第三者が自分から加わろうとした場面です。しかも、参加の申出は、実質は訴えの提起でした。参加としては入れなくても、Cさんの訴えそのものは残ります。だから、要件を欠いた参加も、一般の併合の要件を満たすなら、主観的追加的併合として、併合して審理されます。それも満たさなければ、別の訴えとして扱われます。二重譲渡の判決も、新しい訴えとして、移送しました。

今日の地図(保存版)

総括の板(当事者参加=独立(47条)と並んで(52条)/三面訴訟=二当事者対立構造の例外/合一確定の目的≠元の判決の効力が及ぶ/前段=詐害防止(実体面+手続面)・後段=権利主張(請求が両立しえない)/二重譲渡=所有権の所在の確定を求めない参加は要件を満たさない/債権者代位=423条の5で昔の説明が使えない/手続=書面・双方に送達・片面的参加は明文・要件を欠けば併合か別訴) 図:総括の板

  • 当事者参加=独立(47条)と並んで(52条)
  • 三面訴訟=二当事者対立構造の例外
  • 合一確定の目的≠元の判決の効力が及ぶ
  • 前段=詐害防止(実体面+手続面)・後段=権利主張(請求が両立しえない)
  • 二重譲渡=所有権の所在の確定を求めない参加は要件を満たさない
  • 債権者代位=423条の5で昔の説明が使えない
  • 手続=書面・双方に送達・片面的参加は明文・要件を欠けば併合か別訴

まとめます。冒頭のAさん、Bさん、Cさんに戻ります。Cさんは、建物は自分の物だと考えていました。判決が出るのを、傍で見ているしかない立場ではありません。1つめ、当事者になる参加には、独立(47条)と、並んで加わる(52条)の2種類があります。独立当事者参加は、3人が互いに向き合う三面訴訟で、二当事者対立構造の例外です。2つめ、判例は、この制度を合一確定のためと説明しますが、元の判決の効力が参加人に及ぶという意味ではありません。別の裁判で争うこと自体も、禁じられていません。だから、入口の要件で、誰を入れるかを絞ります。3つめ、47条1項の前段は詐害防止参加、後段は権利主張参加です。詐害防止参加では、実体面と手続面の2つを問います。4つめ、権利主張参加では、参加人の請求が、本訴の請求と論理的に両立しえないことが必要です。二重譲渡では、判例は、所有権の所在の確定を求めない参加は、要件を満たさないとしました。債権者代位では、民法423条の5で、昔の説明が使えなくなりました。5つめ、申出は書面で、当事者双方に送達します。片面的参加は明文で認められ、要件を欠けば、併合か別訴として扱われます。試験では、まず、原告、被告、参加人が誰かを固定してください。次に、前段か後段かを分けて、後段なら、参加人の請求と本訴の請求が両立しないかを、当てはめてください。参加したあと、3人がどう裁かれるかは、次の回で扱います。

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#82単独ページ動画

独立当事者参加の審判・訴訟脱退と共同訴訟参加

第4章 複雑訴訟 #82/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

控訴したのはAさんだけ——Bさんの部分は動くのか

冒頭の関係図(原告A・被告B・参加人C/AはBに請求(本訴)・CはBに請求・CはAにも請求/一審=CのBに対する請求を認容・Aは敗訴/控訴したのはAだけ・Bは控訴も附帯控訴もしていない/問い=Bが控訴していないのに控訴審はCに不利に変えられるか) 図:冒頭の関係図

  • 原告A・被告B・参加人C/AはBに請求(本訴)・CはBに請求・CはAにも請求
  • 一審=CのBに対する請求を認容・Aは敗訴
  • 控訴したのはAだけ・Bは控訴も附帯控訴もしていない
  • 問い=Bが控訴していないのに控訴審はCに不利に変えられるか

前回は、Cさんがどうやって三面訴訟に入るか、入口を見ました。今日は、入ったあとです。3人をどう裁くのか、そして途中で抜けることはできるのか、を見ます。場面を1つ用意します。Aさんが原告、Bさんが被告、Cさんが参加人です。建物をめぐって3人が争い、一審の判決が出ました。結論は、CさんのBさんに対する請求を認める、というものでした。勝ったのは、Cさんです。そして、Aさんは、Bさんに勝てませんでした。負けたAさんは、控訴しました。控訴したのは、Aさんだけです。Bさんも、Cさんの請求を認められて負けた側ですが、控訴していません。

Bさんが控訴していないなら、CさんとBさんの部分は、一審のままで決まりじゃないんですか。そこが、今日の最初の問いです。控訴審は、Bさんが控訴していないのに、勝ったCさんに不利な形へ、判決を変えられるのでしょうか。回の最後で答えます。持ち帰ってほしいことは5つです。1つめ、独立当事者参加は40条を借りるが、その意味は共同ではなく、お互いを牽制する規律であること。2つめ、その結果、認諾や自白や和解が効くかどうかは、他の1人に不利益が及ぶかで決まること。3つめ、1人だけが上訴した場合に、判例が何に答えたか。4つめ、訴訟脱退は取下げではなく、脱退した人にも判決の効力が及ぶこと。5つめ、共同訴訟参加と共同訴訟的補助参加は、まったく別のものであることです。

47条4項——40条を借りる理由は「牽制」

47条4項と40条の準用の板(47条4項=40条1項から3項までを当事者及び参加した者について準用/40条本来の意味=共同訴訟人は同じ側で協力する(共同)/独立当事者参加=3人は互いに争う(対立)/借りる理由=1人を除け者にして他の2人だけで訴訟を動かさせない=対立牽制) 図:47条4項と40条の準用の板

  • 47条4項=40条1項から3項までを当事者及び参加した者について準用
  • 40条本来の意味=共同訴訟人は同じ側で協力する(共同)
  • 独立当事者参加=3人は互いに争う(対立)
  • 借りる理由=1人を除け者にして他の2人だけで訴訟を動かさせない=対立牽制

先に、共同訴訟の回を思い出してください。40条1項は、1人の訴訟行為を、どんな場合に全員へ効かせるのでしたか?全員の利益になる行為だけです。不利になる行為は、した本人にも効力が生じない、という規律でした。では、条文を見ます。前回は、47条の4項のうち、43条の準用だけを拾いました。今日は、もう半分です。

条文民事訴訟法47条4項

民事訴訟法47条(独立当事者参加) 4 第四十条第一項から第三項までの規定は第一項の訴訟の当事者及び同項の規定によりその訴訟に参加した者について、第四十三条の規定は同項の規定による参加の申出について準用する。

準用される40条は、こうです。

条文民事訴訟法40条

民事訴訟法40条(必要的共同訴訟) 訴訟の目的が共同訴訟人の全員について合一にのみ確定すべき場合には、その一人の訴訟行為は、全員の利益においてのみその効力を生ずる。 2 前項に規定する場合には、共同訴訟人の一人に対する相手方の訴訟行為は、全員に対してその効力を生ずる。 3 第一項に規定する場合において、共同訴訟人の一人について訴訟手続の中断又は中止の原因があるときは、その中断又は中止は、全員についてその効力を生ずる。

対象は、当事者と、参加した者、つまりAさん、Bさん、Cさんの3人全員です。必要的共同訴訟のときの40条は、文字どおり「共同」の規律でした。同じ側の人たちが、全員で1つの結論を受けるので、1人の不利な行為で全員が巻き込まれないようにする、という意味です。独立当事者参加は、3人が共同していません。互いに争っています。それでも借りているのは、意味が違うからです。ここでの狙いは、1人を除け者にして、残る2人だけで訴訟を勝手に動かさせないこと。牽制です。たとえば、こんな話です。3人が、1つのケーキを取り合っているとします。そのとき、2人が「じゃあ、半分ずつにしよう」と決めて、3人目の取り分をなかったことにしてしまったら、3人目は困ります。それを止めるルールが、ここでの40条の準用です。争う姿勢を見せている人がいる限り、その人を置き去りにした結論は出させない。この見方で、次の認諾や自白を考えると、すっきりします。

⭐ 論文で書く規範:独立当事者参加で40条を準用する意味 共同ではなく、対立牽制。3人のうち1人を除外して、他の2人だけで訴訟を追行させないための規律である。 (趣旨(47条4項の準用の意味づけ))

認諾・自白・和解——どこまで止まるのか

認諾の場面の関係図と表(BがAの請求を認諾/Cは争っている/40条1項の準用=全員の利益になる行為だけ有効/Cが争う限り効力を生じない/不利益を受けるのはC=AとBの2人だけで結論を決められてしまう/自白も同じ・Bさん本人にも効かない) 図:認諾の場面の関係図と表

  • BがAの請求を認諾
  • Cは争っている
  • 40条1項の準用=全員の利益になる行為だけ有効
  • Cが争う限り効力を生じない
  • 不利益を受けるのはC=AとBの2人だけで結論を決められてしまう
  • 自白も同じ・Bさん本人にも効かない

役割は変わりません。Aさんは原告、Bさんは被告、Cさんは参加人です。BさんがAさんに対して、「請求どおりです」と認諾したとします。Cさんは、「その建物は私の物だ」と争い続けています。先に確認です。BさんがAさんの請求を認諾したとき、Cさんが争っているなら、その認諾の効力はどうなるでしょうか?40条1項が準用されるので、Cさんの利益にならない行為は、効力を生じない、です。認諾は、Cさんにとっては不利な行為です。AさんとBさんだけで結論が決まってしまうと、Cさんの請求が置き去りになるからです。だから、Cさんが争う限り、効力を生じません。

効力がないのは、Cさんに対してだけですか。認諾したBさん本人には、有効なんですか。違います。Bさん本人にも効きません。Bさん本人にだけ効くとすると、AさんとBさんの間では「Aさんの物」で決まったのに、CさんとBさんの間では「Cさんの物」となることがありえます。結論が割れてしまいます。3人で1つの結論にする手続では、それは許されません。だから、不利な行為は、本人にも、まるごと効力がありません。共同訴訟の回と同じ理屈です。自白も同じです。たとえば、Aさんが「あの建物はもともと私が建てた」と主張し、Bさんが「そのとおりです」と認めても、Cさんが争っている限り、Bさんの自白は効力を生じません。

独立当事者参加では、認諾も和解も、いつもできないんですか。そこは、一律には言えません。判断の軸は、他の1人に不利益が及ぶかどうかです。たとえば、金銭の支払いだけが問題になっている場面で、Bさんが、AさんにもCさんにも、請求どおり払います、と条件なしで認めたとします。この場合、誰も不利益を受けません。だから、認めてよいと考えられています。和解も同じ軸です。AさんとBさんだけで和解をしても、Cさんに不利益が及ばないなら、2者間でできると考えてよいでしょう。ただし、公表された下級審の裁判例には、これに反対するものもあります。ここは、断定しすぎない方がよい論点です。答案では、認諾や和解の可否を聞かれたら、40条の準用は対立牽制のため、と趣旨を書いて、そのあとに、残る1人に不利益が及ぶかを当てはめます。

2項と3項——一方への行為は他方にも

40条2項・3項の準用の表(2項=1人に対する相手方の訴訟行為は全員に対して効力を生ずる/3項=1人に中断・中止の原因があれば全員について中断・中止/例=Bさんが死亡し訴訟代理人がいない→AさんとBさんの手続だけでなくCさんとの手続も止まる) 図:40条2項・3項の準用の表

  • 2項=1人に対する相手方の訴訟行為は全員に対して効力を生ずる
  • 3項=1人に中断・中止の原因があれば全員について中断・中止
  • 例=Bさんが死亡し訴訟代理人がいない→AさんとBさんの手続だけでなくCさんとの手続も止まる

1項は、行為が全員に及ぶのは有利なときだけ、という規律でした。2項と3項は、方向が違います。2項は、相手方の訴訟行為です。1人に対して相手が訴訟行為をしたら、原則として、他の1人に対してもしたことになります。有利か不利かは問いません。3人のうち誰かに向けた行為が、手続の外にいる誰かに届かない、という状態を作らないための規律です。3項は、中断と中止です。3人のうち誰か1人に、中断や中止の原因が生じたら、その中断や中止は、全員について効力を生じます。例です。Bさんが亡くなり、訴訟代理人もいなかったとします。すると、AさんとBさんの間の手続だけでなく、CさんとBさんの間、そしてCさんとAさんの間の手続も、止まります。3人で1つの手続だからです。訴訟代理人がいれば、中断は生じません。代理人が、そのまま手続を続けられるからです。124条2項でした。40条には4項もありますが、47条4項が準用するのは、1項から3項までです。被保佐人などの上訴の特則である4項は、含まれません。

敗訴者の1人だけが控訴したら——判例が答えたこと

一部上訴の場面の表(一審=CのBに対する請求を認容・Aは敗訴/敗訴者=A(Bに勝てなかった)とB(Cの請求を認容された)/控訴したのはAだけ/Bは控訴も附帯控訴もしていない/Cは勝訴部分について控訴の必要がなかった/問い=CとBの部分は動くか・Bの控訴なしにCに不利に変えられるか) 図:一部上訴の場面の表

  • 一審=CのBに対する請求を認容・Aは敗訴
  • 敗訴者=A(Bに勝てなかった)とB(Cの請求を認容された)
  • 控訴したのはAだけ
  • Bは控訴も附帯控訴もしていない
  • Cは勝訴部分について控訴の必要がなかった
  • 問い=CとBの部分は動くか・Bの控訴なしにCに不利に変えられるか

冒頭の場面に戻ります。役割を言い直します。Aさんは原告、Bさんは被告、Cさんは参加人です。一審は、CさんのBさんに対する請求を認め、Aさんを敗訴させました。控訴したのは、Aさんだけです。Bさんは、控訴も附帯控訴もしていません。附帯控訴は、相手の控訴に乗って、自分の不服も持ち込む手続でした。客観的併合の回で見ました。Cさんは、勝ったので、控訴する必要がありませんでした。問いは2つに分けられます。1つめ、誰も不服を言っていない、CさんとBさんの部分は、Aさんの控訴で動くのか。2つめ、動くとして、控訴審は、Bさんの控訴がないままで、その部分をCさんに不利に変えられるのか。

二当事者の訴訟なら、不服を申し立てなかった部分は、そこで決まるのが原則です。けれども、三面訴訟には、3本の線が1つの結論で結ばれているという特徴がありました。そこで、判例の判旨を見ます。

判例最判昭和48・7・20 民集27巻7号863頁

三者間で合一にのみ確定すべき場合に、原告のみが控訴した事件 しかし、本件は、訴訟の目的が原告、被告および参加人の三者間において合一にのみ確定すべき場合(民訴法七一条、六二条)に当たることが明らかであるから、一審判決中参加人の被告に対する請求を認容した部分は、原告のみの控訴によつても確定を遮断され、かつ、控訴審においては、被告の控訴または附帯控訴の有無にかかわらず、合一確定のため必要な限度で一審判決中前記部分を参加人に不利に変更することができると解するのが相当である

判決は旧法の条文を挙げています。71条は今の47条1項、62条は今の40条です。原告はAさん、被告はBさん、参加人はCさんです。判決は、三者間で合一にのみ確定すべき場合に当たることを、「明らか」とだけ述べています。冒頭の場面で言えば、AさんもCさんも、同じ建物を自分の物だと言って争っています。Aさんの物という結論と、Cさんの物という結論は、両方は立ちません。3人の間で、矛盾しない1つの結論しか出せない。これが、合一にのみ確定すべき場合の意味です。判決が答えたのは、2点です。1点め、Aさんだけが控訴しても、CさんとBさんの部分の確定は遮断される。2点め、控訴審は、Bさんの控訴や附帯控訴があってもなくても、合一確定のために必要な限度で、その部分をCさんに不利に変更できる。

判決は、上訴の期間が過ぎれば確定します。Aさんの控訴で、三面の全体が、確定しないまま上の審級に移る、ということです。判決は理由を長く書いていませんが、40条の準用から、こう説明できます。共同訴訟の回では、上訴は有利な行為なので、確定遮断も移審も全員に及ぶ、と見ました。ここでも、控訴は、一審で負けたAさんとBさんにとって有利な行為です。勝ったCさんには有利ではありませんが、Cさんを置き去りにして、2人だけで結論を決める行為でもありません。3人の結論を、まとめて上に運ぶだけです。だから、40条1項の準用で、Aさんの控訴の効果は、Bさんの部分にも及ぶ、と説明できます。

「必要な限度」の設例板(控訴審で所有者はAと判明→一審のままだと「Cの物・Bは明け渡せ」が残りAの物という結論と衝突→Bの控訴がなくてもC対Bの部分をCに不利に直す/逆に所有者はCと確かめられた→衝突なし→C対Bの部分は一審のまま動かさない/動かすのは矛盾を解消するのに必要な分だけ) 図:「必要な限度」の設例板

  • 控訴審で所有者はAと判明→一審のままだと「Cの物・Bは明け渡せ」が残りAの物という結論と衝突→Bの控訴がなくてもC対Bの部分をCに不利に直す
  • 逆に所有者はCと確かめられた→衝突なし→C対Bの部分は一審のまま動かさない
  • 動かすのは矛盾を解消するのに必要な分だけ

「必要な限度」の意味は、設例で確かめます。ここは、判決の言葉の意味を確かめる例で、判決が書いた理由ではありません。控訴審で審理すると、建物の所有者は、Cさんではなく、Aさんだと分かったとします。一審のままだと、「所有者はCさんで、Bさんは明け渡せ」という部分が残り、Aさんが所有者だという結論と衝突します。3人の間で矛盾のない結論にするために、CさんとBさんの部分を、Cさんに不利に直す。Bさんが控訴していなくても、です。そして、矛盾を解消するのに必要な分だけ動かす、というのが「必要な限度」です。逆に、たとえば、控訴審でも所有者はCさんだと確かめられたなら、Aさんの結論とぶつかるものはありません。そのときは、CさんとBさんの部分は、一審のまま動かしません。

⭐ 論文で書く規範:1人だけが上訴したときの判例 参加人の被告に対する請求を認容した部分は、原告のみの控訴によっても確定を遮断され、控訴審は、被告の控訴又は附帯控訴の有無にかかわらず、合一確定のため必要な限度で、その部分を参加人に不利に変更することができる。 (規範(判例の判示。出どころ=判例))

上訴しなかった者の地位と304条

上訴審での地位の対比板(問い=控訴していないBは控訴審でどんな地位か/上訴人説=40条1項の準用でBも上訴人とみる/被上訴人説=40条2項の準用でBを被上訴人とみる/判決は名前を付けていない/その後の判例=自ら上訴しない者は被上訴人/課題=304条=控訴審の審判は不服申立ての範囲) 図:上訴審での地位の対比板

  • 問い=控訴していないBは控訴審でどんな地位か
  • 上訴人説=40条1項の準用でBも上訴人とみる
  • 被上訴人説=40条2項の準用でBを被上訴人とみる
  • 判決は名前を付けていない
  • その後の判例=自ら上訴しない者は被上訴人
  • 課題=304条=控訴審の審判は不服申立ての範囲

もう1つ、大事な問いがあります。控訴していないBさんは、控訴審では、どんな立場なのでしょうか。控訴した側の控訴人か、控訴された側の被控訴人か。上訴一般の言葉では、上訴人か、被上訴人か、です。判決は、Bさんの地位に名前を付けていません。答えたのは、先ほどの2点だけです。名前の付け方は、学説では分かれます。学説には、40条1項を準用して、Bさんも上訴人とみる立場があります。Aさんの控訴は、全員の利益になる行為として、Bさんにも及ぶからです。これに対して、40条2項を準用して、Bさんを被上訴人とみる立場もあります。Aさんの控訴を、相手方の訴訟行為として、Bさんに対しても行われたものとみるからです。そして、その後の判例は、自ら上訴をしない者を被上訴人として扱う、と整理されています。ただ、これは先ほどの判決が言ったことではありません。判決の言葉と、その後の判例の言葉を、混ぜないでください。ここで、必要的共同訴訟の回を思い出してください。株主代表訴訟や住民訴訟では、自ら上訴しなかった共同訴訟人は上訴人にならない、と判例が述べていました。確定遮断と移審は全員に及ぶけれど、上訴人の地位までは与えない、という切り分けでした。ただ、あの判例は、事件の種類を限って述べたもので、しかも同じ側に並ぶ共同訴訟人の話です。今日のBさんは、AさんともCさんとも争う立場なので、そのまま当てはめず、別の問いとして考えます。

大きいのは、控訴審で、Bさんの部分を動かせるかどうかです。これまでの考え方を大づかみに言うと、Bさんを上訴人とみる立場なら、Bさんの部分も審判の対象になるので、Cさんに不利に変えられます。被上訴人とみる立場なら、Bさんは不服を申し立てていないので、変えられない、という方向でした。控訴審が一審判決を変えられるのは、不服申立ての限度だけだからです。客観的併合の回で見た、304条です。ところが、判例は、Bさんが控訴していなくても、合一確定のために必要なら、Bさんの関わる部分を変更できるとしました。先ほどの、その後の判例の整理と合わせると、名前は被上訴人の側、結論は変えられる側です。判例は、控訴審での当事者の地位と、審判の対象を、直結させていません。けれども、304条との関係をどう説明するかは、課題として残ります。実質、控訴しなかった人の判決を変更する必要のない場合まで、被上訴人扱いしなければならないのか、という疑問もあります。詳しくは上訴の回で扱います。ここは、論文で論点になりうる、と押さえておいてください。答案では、まず、誰が上訴して誰がしていないかを固定します。次に、確定の遮断、変更できる限度の順で書きます。

二当事者訴訟への還元——取下げ

還元の場面の表(訴えの取下げ=動く人A・Bの同意(261条2項の場面)に加えCの同意も要るとされる・もっとも疑問もある/取下げ後=CがAとBの両方に請求する共同訴訟に還元/参加申出の取下げ=動く人C・訴えの取下げに準じる・取下げ後=AとBの当初の訴えが残る) 図:還元の場面の表

  • 訴えの取下げ=動く人A・Bの同意(261条2項の場面)に加えCの同意も要るとされる・もっとも疑問もある
  • 取下げ後=CがAとBの両方に請求する共同訴訟に還元
  • 参加申出の取下げ=動く人C・訴えの取下げに準じる・取下げ後=AとBの当初の訴えが残る

三面訴訟は、途中で二当事者の訴訟に戻ることもあります。これを、還元と呼びます。方法は3つです。訴えの取下げ、参加申出の取下げ、そして訴訟脱退です。まず、取下げの2つを見ます。役割は変わりません。Aさんが訴えを取り下げるとき、Bさんが本案について書面を出したあとなら、Bさんの同意が要ります。訴えの取下げの回で見た、261条2項の場面です。加えて、Cさんの同意も要るとされています。Cさんの同意まで要るのかには、疑問も出されています。Bさんの同意が要るのは、白黒つけたいと動き出したBさんが、損をしないためでした。Cさんについては、その理由がそのまま当てはまるかが、はっきりしません。たとえば、建物の事件でAさんが取り下げても、Cさんは、Aさんには「建物は私の物だ」と、Bさんには「明け渡せ」と、求め続けられます。つまり、CさんがAさんとBさんの両方に請求する共同訴訟に、形が変わるだけです。それでも、Cさんの同意も要るとされています。要るのかどうかには疑問がある、と押さえてください。次に、参加申出の取下げです。Cさんは、参加をやめて、申出を取り下げられます。前回見たとおり、参加の申出は、実質はCさんの訴えの提起でした。だから、訴えの取下げに準じて考えます。取下げのあとは、AさんとBさんの、当初の訴えが残ります。どちらの取下げも、訴訟がなかったことになる、という点が同じです。261条の取下げは、訴訟をなかったことにする行為でした。この性質が、次の脱退との決定的な違いになります。

訴訟脱退(48条)——抜けても判決は及ぶ

訴訟脱退の板(48条=参加前の原告又は被告が相手方の承諾を得て訴訟から脱退できる/Cは脱退できない/判決は脱退した当事者に対してもその効力を有する/設例=Bは二重に払いたくないだけ→BがAとCの争いから抜ける/取下げとの違い=取下げは係属が消える・脱退は判決の効力が及ぶ) 図:訴訟脱退の板

  • 48条=参加前の原告又は被告が相手方の承諾を得て訴訟から脱退できる
  • Cは脱退できない
  • 判決は脱退した当事者に対してもその効力を有する
  • 設例=Bは二重に払いたくないだけ→BがAとCの争いから抜ける
  • 取下げとの違い=取下げは係属が消える・脱退は判決の効力が及ぶ

条文を見ます。

条文民事訴訟法48条

民事訴訟法48条(訴訟脱退) 前条第一項の規定により自己の権利を主張するため訴訟に参加した者がある場合には、参加前の原告又は被告は、相手方の承諾を得て訴訟から脱退することができる。この場合において、判決は、脱退した当事者に対してもその効力を有する。

脱退できるのは、参加前の原告か被告です。Aさんか、Bさんです。参加人のCさんは、脱退できません。承諾は、条文では「相手方の承諾」です。参加人の承諾が要るかどうかは、条文には書かれていません。ここは、条文の言葉のまま覚えてください。使う場面を1つ挙げます。金銭の請求で、AさんとCさんが、それぞれ「Bさんに貸したお金を返せ」と言っています。ただし、債権者はどちらか1人のはずです。Bさんは、どちらが本当の債権者でもかまいません。二重に払うのだけは避けたい。こういうとき、Bさんは、AさんとCさんの争いから抜けて、2人に決着をつけてもらえます。先に確認です。脱退したBさんに、判決の効力は及ぶでしょうか? 取下げとは、どこが違うでしょうか?

48条の後段で、判決は、脱退した当事者に対してもその効力を有する、とあります。取下げは、訴訟がなかったことになるので、判決は出ません。脱退は取下げではありません。抜けたBさんにも、AさんとCさんの勝負の結果は及びます。たとえば、Aさんが勝つなら、Bさんは、Aさんに払わなければなりません。席を立っても、勝負の結果からは逃げられない、という構造です。

⭐ 論文で書く規範:訴訟脱退と訴えの取下げの違い 訴訟脱退は取下げではない。脱退しても、判決は脱退した当事者に対してもその効力を有する。 (条文どおり(民事訴訟法48条後段))

脱退の性質論——空白をどう埋めるか

脱退の性質論の対比板(1 予告的放棄・認諾説=脱退者は自己の立場をAとCの勝敗に任せ判決を条件に予告的に請求の放棄・認諾をする(266条・267条)/長所=効力を処分的性質から導ける・執行力も導きやすい/批判=Aの請求を認める判決なら・CのBに対する請求に棄却という決着が付かない=空白/2 防御権放棄説=当事者としての防御権を放棄するにすぎず・脱退者に対する請求は審判対象として残る=空白なし/両者を合わせる整理もある) 図:脱退の性質論の対比板

  • 1 予告的放棄・認諾説=脱退者は自己の立場をAとCの勝敗に任せ判決を条件に予告的に請求の放棄・認諾をする(266条・267条)
  • 長所=効力を処分的性質から導ける・執行力も導きやすい
  • 批判=Aの請求を認める判決なら・CのBに対する請求に棄却という決着が付かない=空白
  • 2 防御権放棄説=当事者としての防御権を放棄するにすぎず・脱退者に対する請求は審判対象として残る=空白なし
  • 両者を合わせる整理もある

では、脱退とは何をする行為なのか。ここは学説が分かれます。答案では、複数あることを押さえて、自分の立場を1つ立てて、理由を書く論点です。学説には、脱退を、自分の立場を、AさんとCさんの勝ち負けに任せ、判決を条件として、あらかじめ請求の放棄や認諾をする行為とみる立場があります。放棄と認諾は、266条と267条、つまり、敗けを認めて終わる形でした。これなら、脱退者にも判決の効力が及ぶ理由を、処分の性質から説明できますし、執行力も導きやすいと言われます。欠点はないんですか。あります。空白が生じる、という批判です。Aさんの請求が認められる場合を考えてください。BさんはAさんの請求を認諾したことになります。では、CさんのBさんに対する請求はどうなるか。放棄や認諾で説明すると、この部分に棄却の効果が生じません。さきほどの、貸したお金を返せ、という例で言えば、Aさんが勝てば、BさんはAさんに払います。ところが、CさんのBさんに対する「返せ」という請求には、棄却という決着が付きません。Cさんが債権者ではないと分かったのに、その請求には、何の効力も及ばない。これが空白です。これに対して、脱退を、当事者として防御する権利を放棄するにすぎない、とみる立場があります。この立場では、脱退したBさんに対する請求は、審判の対象として残ります。空白は生じません。両方を合わせる整理もあります。条件付きの放棄や認諾の効果と、制度として合理的な効果の、二面から説明する、というものです。

答案では、脱退は取下げではない、判決の効力が及ぶ、というところは動かさずに、性質については、自分で1つ選び、なぜそれを選んだかを書いてください。

共同訴訟参加(52条)——当事者として並ぶ

共同訴訟参加の関係図(役割の言い直し=Aさん=訴えを起こした株主(原告)・Bさん=責任を追及される取締役(被告)・Cさん=他の株主でAさんの側に共同訴訟人として参加/Cは当事者・当事者適格が要る/参加後は合一確定を要する共同訴訟(40条)/株主代表訴訟(会社849条1項)) 図:共同訴訟参加の関係図

  • 役割の言い直し=Aさん=訴えを起こした株主(原告)・Bさん=責任を追及される取締役(被告)・Cさん=他の株主でAさんの側に共同訴訟人として参加
  • Cは当事者・当事者適格が要る
  • 参加後は合一確定を要する共同訴訟(40条)
  • 株主代表訴訟(会社849条1項)

最後に、5つめです。共同訴訟参加と、共同訴訟的補助参加を、並べて見ます。まず、共同訴訟参加です。役割が変わります。ここだけ、Aさん、Bさん、Cさんの並びが、今までと違います。Aさんは、会社のために訴えを起こした株主で、原告です。Bさんは、責任を追及される取締役で、被告です。Cさんは、別の株主です。条文です。

条文民事訴訟法52条

民事訴訟法52条(共同訴訟参加) 訴訟の目的が当事者の一方及び第三者について合一にのみ確定すべき場合には、その第三者は、共同訴訟人としてその訴訟に参加することができる。 2 第四十三条並びに第四十七条第二項及び第三項の規定は、前項の規定による参加の申出について準用する。

Cさんは、Aさんと並んで、共同訴訟人として入ります。CさんはBさんに請求を立て、Aさんとは争いません。同じ側で戦います。独立当事者参加との違いは、そこです。だから、Cさんには当事者適格が要ります。Cさんが株主として責任を追及する適格を持っているから、入れるのです。参加のあとは、AさんとCさんが、合一確定を要する共同訴訟、40条の共同訴訟になります。株主代表訴訟は、株主が、会社のために、取締役の責任を追及する訴えです。各株主が単独で訴えられますが、1人への判決の効力がほかの株主にも及ぶので、一緒に訴えれば合一確定が必要になります。共同訴訟の回で見た、類似必要的共同訴訟の形です。52条の参加は、この形を、あとから作ります。会社法849条1項も、株主が、共同訴訟人としてこの訴訟に参加できると定めています。主観的追加的併合を覚えていますか。判例が、明文がない、として否定的だった、あとから当事者を増やす形です。52条は、その反対で、あとから加わる形を、明文で認めた例のひとつです。前回の債権者代位訴訟も、ここに戻ってきます。債務者が、債権者の被保全債権を争わないなら、共同訴訟参加が使えました。争うなら、独立当事者参加でした。

共同訴訟的補助参加——参加人のまま強くなる

3つの参加の対比板(通常の補助参加=当事者でない・被参加人の訴訟行為と抵触する行為は効力を有しない(45条2項)/共同訴訟的補助参加=当事者でない・当事者適格は要らない・45条2項の制約に縛られず40条を借りる(行訴22条・人訴15条)/共同訴訟参加(52条)=当事者・当事者適格が要る・40条の共同訴訟) 図:3つの参加の対比板

  • 通常の補助参加=当事者でない・被参加人の訴訟行為と抵触する行為は効力を有しない(45条2項)
  • 共同訴訟的補助参加=当事者でない・当事者適格は要らない・45条2項の制約に縛られず40条を借りる(行訴22条・人訴15条)
  • 共同訴訟参加(52条)=当事者・当事者適格が要る・40条の共同訴訟

先に確認です。補助参加人の行為が、被参加人の行為と食い違ったら、どうなりますか?補助参加人の行為は、効力を有しません。45条2項でした。補助参加人は、当事者ではなく、被参加人の邪魔になる行為はできません。これが、通常の補助参加の限界です。役割を、もう一度言い直します。Aさんは原告、Bさんは被告です。Cさんは、判決の結果によって権利を害されるおそれのある第三者です。このCさんに、通常の補助参加人よりも強い地位を与えたい、という場面があります。これが、共同訴訟的補助参加です。共同訴訟参加との違いは、Cさんが当事者にならないところです。参加人のまま、当事者ではありません。だから、当事者適格も要りません。その代わり、通常の補助参加のように、被参加人の行為と食い違ったら効力なし、という縛りを外して、40条の規律を借りる形になります。解釈上、行政事件訴訟法22条の参加が、これにあたるとされてきました。たとえば、近所の人が建築確認の取消しを求める訴訟に、その建物を建てる人が加わる場面です。条文の上では、22条4項が、40条1項から3項を準用しています。人事訴訟法15条は、検察官が被告になる人事訴訟で、相続権を害されるおそれのある利害関係人が加わる場合について、45条2項を適用しない、40条1項から3項を準用する、ただし3項は中止の部分だけ、と定めています。共同訴訟参加ができる場合でも、補助参加を申し立てることはできます。

整理すると、共同訴訟参加は当事者、共同訴訟的補助参加は参加人のままで、通常の補助参加より強い、です。当事者になるかどうか、当事者適格が要るかどうか、この2点で分けてください。

今日の地図(保存版)

総括の板(冒頭の答え=控訴審はBの控訴がなくても合一確定に必要な限度でCに不利に変更できる/40条準用=対立牽制・認諾自白は残る1人が争う限り無効・和解は不利益が及ぶか/2項3項/一部上訴=確定遮断+必要な限度の変更+304条との緊張/取下げと脱退の違い/52条=当事者・共同訴訟的補助参加=参加人のまま) 図:総括の板

  • 冒頭の答え=控訴審はBの控訴がなくても合一確定に必要な限度でCに不利に変更できる
  • 40条準用=対立牽制・認諾自白は残る1人が争う限り無効・和解は不利益が及ぶか
  • 2項3項
  • 一部上訴=確定遮断+必要な限度の変更+304条との緊張
  • 取下げと脱退の違い
  • 52条=当事者・共同訴訟的補助参加=参加人のまま

まとめます。冒頭のAさん、Bさん、Cさんに戻ります。控訴したのは、Aさんだけ。Bさんは控訴していません。答えです。控訴審は、Bさんが控訴していなくても、合一確定のために必要な限度で、勝ったCさんに不利な形へ判決を変えられます。ただし、動かせるのは、必要な限度までです。1つめ、47条4項は、40条1項から3項を準用します。その意味は、共同ではなく、対立牽制です。つまり、3人のうち1人を除け者にして、他の2人だけで訴訟を動かさせない、という規律です。2つめ、認諾や自白は、残る1人が争う限り、効力を生じません。金銭の無条件の認諾や、和解は、他の1人に不利益が及ぶかで考えます。2項と3項は、一方への行為は他方へも、中断や中止は全員へ、です。3つめ、1人だけが上訴した場合、判例は、確定の遮断と、合一確定に必要な限度での変更に答えました。上訴しなかった者の地位の名づけは、先ほどの判決の言葉ではありません。304条との緊張が課題として残ります。4つめ、脱退は取下げではありません。脱退した当事者にも、判決の効力が及びます。性質については、学説が分かれます。5つめ、共同訴訟参加は、当事者として並ぶ形で、当事者適格が要ります。共同訴訟的補助参加は、参加人のままで、通常の補助参加より強い地位です。試験では、まず、原告、被告、参加人が誰かを固定してください。次に、誰が上訴して誰がしていないか、誰が抜けようとしているかを確かめます。次の回は、訴訟の途中で、当事者の立場が入れ替わる場面です。

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#83単独ページ動画

訴訟承継の基本と当然承継・中断と受継

第4章 複雑訴訟 #83/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

被告が途中で亡くなった——終わるのか、止まるのか、続くのか

冒頭の関係図(原告A=土地の貸主・被告B=借地人で建物の所有者/AはBに建物を取り壊して土地を明け渡せと請求している/訴訟の途中でBが死亡/Bの相続人=D/問い=訴えは終わるのか・止まるのか・続くのか・Bに訴訟代理人がいたらどうか) 図:冒頭の関係図

  • 原告A=土地の貸主・被告B=借地人で建物の所有者
  • AはBに建物を取り壊して土地を明け渡せと請求している
  • 訴訟の途中でBが死亡
  • Bの相続人=D
  • 問い=訴えは終わるのか・止まるのか・続くのか・Bに訴訟代理人がいたらどうか

前回までは、はじめから当事者が複数いる訴訟と、途中から第三者が入ってくる参加を見ました。今日は、別の入り方です。途中で、当事者そのものが入れ替わる場面を扱います。場面を用意します。Aさんは、土地の貸主です。Bさんは、その土地を借りて、建物を建てて住んでいる人です。AさんはBさんに、建物を取り壊して土地を明け渡してください、と訴えました。ところが、訴訟の途中で、被告のBさんが亡くなりました。Bさんには、相続人のDさんがいます。終わるのか。それとも、いったん止まるのか。あるいは、何事もなかったように続くのか。しかも、Bさんに訴訟代理人がついていたら、答えは変わるのか。今日は、この問いに答えます。持ち帰ってほしいことは4つです。1つめ、訴訟承継は、判決が出る前に地位が移ったとき、手続そのものを新しい人に引き継がせる制度であること。2つめ、当事者が亡くなっても訴えは却下されず、相続人が当然に新しい当事者になること。3つめ、中断と承継は別の話で、中断しても承継しない場合と、承継しても中断しない場合があること。4つめ、亡くなったことを誰も届け出ないと、誰も承継に気づけないという難所があることです。

訴訟承継とは——判決の前と後で仕組みが違う

基準時の前後の対比板(基準時=事実審の口頭弁論終結時/基準時より後に地位が移った=115条1項3号の承継人・判決の効力を及ぼす/基準時より前に地位が移った=訴訟承継・係属中の訴訟手続そのものを新しい人に引き継がせる/どちらも「紛争の主体たる地位」の移転が出発点) 図:基準時の前後の対比板

  • 基準時=事実審の口頭弁論終結時
  • 基準時より後に地位が移った=115条1項3号の承継人・判決の効力を及ぼす
  • 基準時より前に地位が移った=訴訟承継・係属中の訴訟手続そのものを新しい人に引き継がせる
  • どちらも「紛争の主体たる地位」の移転が出発点

まず、言葉の確認です。口頭弁論終結後の承継人という言葉を、既判力の回で見ました。覚えていますか。判決の基準時、つまり事実審の口頭弁論が終わった時点より後に、前の当事者から紛争の主体たる地位を受け継いだ人のことでした。その人にも、判決の効力が及ぶんです。では、今日の話は、その基準時よりも前に、地位が移った場合です。ここが、今日の出発点です。訴訟承継とは、訴訟が続いている間に、争いの中心にいる当事者の一方の立場、つまり紛争の主体たる地位が第三者に移り、その第三者が新しい当事者として、いまの訴訟手続をそのまま引き継いで進めることをいいます。

口頭弁論終結後の承継人のところで使った言葉を、ここでも使います。使う場面が違うだけです。基準時のあとなら、その地位を受け継いだ人に、判決の効力を及ぼします。基準時の前なら、判決の効力を及ぼすのではなく、いま動いている手続そのものを、その人に引き継がせます。例えば、冒頭の場面で言うと、Bさんが亡くなったのが、口頭弁論が終わる前なら、Dさんが被告として訴訟に入り、続きを争います。終わったあとなら、Dさんは、口頭弁論終結後の承継人として、判決の効力を受けます。リレーで考えてみてください。走っている途中で、走者が交代する場面が、訴訟承継です。バトンを渡して、次の走者は、それまでに走った分も含めて、レースを続けます。一方、ゴールしたあとに、記録だけが後から来た人にも及ぶ、というのが、基準時のあとの話です。

新しい当事者は、それまでに行われた弁論や証拠調べの結果を受け継いで、その続きから手続に加わります。ただし、どこまで引き継がれるのか、その限界は、次の回で扱います。今日は、引き継ぐ、というところまでです。入れ替わり方は、大きく2種類あります。相続や合併のように、法律の規定によって当然に入れ替わる場合。これが当然承継です。もう1つは、売買や賃貸のように、当事者の行為で入れ替わる場合で、参加承継や引受承継と呼ばれます。前者が今日、後者は次の回です。

⭐ 論文で書く規範:訴訟承継の骨格 訴訟の係属中に紛争の主体たる地位が第三者に移ったとき、第三者を新しい当事者として、従来の訴訟手続を引き継がせる。基準時より後の移転は、判決の効力を及ぼす別の話(115条1項3号)。 (定義(基準時前の移転))

立法主義の対比——日本は訴訟承継主義、見張れない分は仮処分で

立法主義の対比板(当事者恒定主義=当事者適格に影響を与えず・当事者が受けた判決を承継人に及ぼす/訴訟承継主義=新しい当事者に訴訟状態を引き継がせる=日本/日本の長所=承継人自身が手続に加わり手続保障を受ける/弱み=相手方は譲渡を常に見張れない) 図:立法主義の対比板

  • 当事者恒定主義=当事者適格に影響を与えず・当事者が受けた判決を承継人に及ぼす
  • 訴訟承継主義=新しい当事者に訴訟状態を引き継がせる=日本
  • 日本の長所=承継人自身が手続に加わり手続保障を受ける
  • 弱み=相手方は譲渡を常に見張れない

地位が移ったときの処理は、国によって考え方が分かれます。1つは、当事者恒定主義です。当事者適格は動かさず、元の当事者が最後まで訴訟を続けて、その判決を、後から来た人に及ぼす、という考え方です。ドイツの仕組みが、その代表とされます。冒頭の場面でいえば、訴訟の途中でBさんが建物を誰かに売っても、被告はBさんのまま最後まで続き、その判決が、買った人にも及ぶ、という仕組みです。もう1つが、訴訟承継主義です。地位を受け継いだ人が、新しい当事者として訴訟に入り、それまでの訴訟状態を引き継ぎます。さっきの例なら、建物を買った人が、Bさんに代わって被告の席に入ります。日本は、こちらです。

混ぜないでください。日本の訴訟法の基本は、訴訟承継主義です。この主義の良いところは、新しく入る人が、自分で手続に加わって、手続保障を受けたうえで判決を受けられる点です。知らないうちに、他人が受けた判決に縛られる、ということがありません。ただし、この仕組みにも弱いところがあります。相手方であるAさんが、Bさんの動きを、常に見張っているわけにはいきません。訴訟の途中で建物の持ち主が変わっていて、勝っても、そのままでは使えない、ということが起こりえます。

仮処分2種の対比板(処分禁止の仮処分=民事保全法55条・登記で公示・登記後に建物を譲り受けた人にも本案の判決で取壊し・明渡しの強制執行ができる=64条/占有移転禁止の仮処分=執行官が公示・執行を知って占有した人と知らずに債務者Bの占有を承継した人に明渡しの強制執行ができる=62条1項・執行後の占有者は知って占有したと推定=62条2項/先に札を立てる=この場面だけ当事者恒定主義の良さを取り込む) 図:仮処分2種の対比板

  • 処分禁止の仮処分=民事保全法55条・登記で公示・登記後に建物を譲り受けた人にも本案の判決で取壊し・明渡しの強制執行ができる=64条
  • 占有移転禁止の仮処分=執行官が公示・執行を知って占有した人と知らずに債務者Bの占有を承継した人に明渡しの強制執行ができる=62条1項・執行後の占有者は知って占有したと推定=62条2項
  • 先に札を立てる=この場面だけ当事者恒定主義の良さを取り込む

そこで用意されているのが、仮処分です。仮処分というのは、判決が出るまでの間に、権利を実現できなくなってしまわないよう、裁判所が先に暫定の命令を出しておく手続です。たとえば、建物を取り壊して土地を明け渡してもらう権利を守るために、建物の処分を禁止する仮処分があります。民事保全法の55条です。その登記がされたあとに建物を譲り受けた人に対しても、本案の判決を使って、建物の取壊しと明渡しの強制執行ができます。64条です。これとは別に、建物の占有をほかの人に移すことを禁止する、占有移転禁止の仮処分があります。この仮処分の執行がされたことを知って占有した人や、知らずに債務者、つまりBさんの占有を受け継いだ人に対しても、本案の判決を使って、明渡しの強制執行ができます。62条です。

後から来た人は、訴訟の当事者ではないですよね。どうして、その人にまで判決が使えるんですか。仮処分は、外から見える形で、先に印を付けておくからです。処分禁止なら登記に載りますし、占有移転禁止なら、執行官が、占有を移すことが禁止されている旨を公示します。後から入った人は、その印を見て入ったか、見ることができた人です。62条2項は、執行のあとに占有した人は、知って占有したものと推定する、とまで定めています。立入禁止の札を、先に立てておく、と考えてください。札を立てたあとに入ってきた人には、被告がBさんのままだったのと同じように、Aさんは、判決の力を及ぼせます。さっきの当事者恒定主義の良さを、この場面だけ、仮処分で取り込むわけです。基準時のあとの承継人に対しては、執行力の回で、承継執行文を見ました。承継を示す書類を出せば、判決をそのまま承継人に使える仕組みです。今日は、その前の段階、訴訟の途中の話として、仮処分の仕組みの入口までにします。

当然承継——盤面ごと相続人が引き継ぐ

当然承継の関係図(Bが死亡・Bの相続人=D/Aの請求は変わらない/Dが新しい当事者としてBの訴訟を引き継ぐ/訴えは却下されない=Aの相手方が消えて二当事者対立構造が崩れるわけではない) 図:当然承継の関係図

  • Bが死亡・Bの相続人=D/Aの請求は変わらない
  • Dが新しい当事者としてBの訴訟を引き継ぐ
  • 訴えは却下されない=Aの相手方が消えて二当事者対立構造が崩れるわけではない

冒頭の場面に戻ります。役割を言い直します。Aさんは原告、Bさんは被告で、亡くなったのはBさんです。Bさんの相続人が、Dさんです。先に確認です。訴訟には、対立する2人の当事者が必要でした。当事者の確定の回で見た、二当事者対立構造です。被告が亡くなって、対立の相手が消えたとき、訴えは却下されるでしょうか?違います。却下されません。訴えた時点で、はじめから相手がいないなら、却下です。けれども、訴訟の途中で亡くなった場合は、受け継ぐ人がいれば、その人が新しい当事者になって、対立は続きます。今回なら、相続人のDさんが、新しい当事者としてBさんの地位を受け継ぎます。Bさんの側の席に、Dさんが座る、ということです。受け継ぐ者がいないときの話は、このあとで見ます。将棋にたとえます。対局の途中で、指していた人が亡くなったとします。盤面を片づけて、初めから並べ直すことはしません。相続人が、その盤面のまま、指し継ぎます。財産がそのまま相続されるのと、同じ考え方です。土地も借金も、そして、いま進んでいる裁判も、相続人に移ります。初めからやり直すと、Aさんは、ここまで積み上げた主張や証拠を、もう一度出し直すことになります。Dさんの側も、Bさんが持っていた以上の立場をもらう理由はありません。だから、盤面ごと引き継がせるのです。

Dさんには、相続放棄をする余地があります。その扱いは、あとで条文に出てきます。相続や、会社の合併のように、ひとまとめに権利義務を受け継ぐことを、包括承継、または一般承継といいます。既判力の回で、建物の譲渡のような特定承継と対にして見た、あの一般承継です。そのうち、法律の規定で当然に新しい主体が当事者になるのが、当然承継です。実は、当然承継に当たる場合をまとめて定めた規定はありません。手がかりになるのが、訴訟手続の中断と受継を定めた、124条以下です。当事者の死亡や、法人の合併による消滅が、その代表例です。破産手続開始も、中断の原因になりますが、破産管財人が承継人かどうかは別の論点なので、今日は名前を挙げるだけにします。例外もあります。一身専属権、つまりその人だけのものとされる権利です。離婚の訴えを起こしている最中に、一方が亡くなった場合や、扶養を求める権利のように、相続の対象にならない権利は、受け継ぐ人がいません。この場合は、訴訟が意味を失うので、当然に終了します。当事者の確定の回で見た、原告と被告の地位が、相続や合併で一人にまとまった場合も、対立する相手が消えるので、同じく終了します。どちらも、却下ではなく、終了です。

相続される権利と相続されない権利の対比板(相続される=土地の明渡し・貸金の返還などの財産上の権利→相続人が新しい当事者・訴訟は続く/相続されない=離婚訴訟中の一方の死亡・扶養請求権などの一身専属権→受け継ぐ人がいない・訴訟は当然に終了) 図:相続される権利と相続されない権利の対比板

  • 相続される=土地の明渡し・貸金の返還などの財産上の権利→相続人が新しい当事者・訴訟は続く
  • 相続されない=離婚訴訟中の一方の死亡・扶養請求権などの一身専属権→受け継ぐ人がいない・訴訟は当然に終了

相続されるかどうかで分かれます。もう1つ、訴訟の前の話と区別しておきます。当事者の確定の回で見たとおり、訴えを起こす時点で、すでに被告が亡くなっていたなら、それは当事者の確定の問題で、任意的当事者変更、つまり訴える相手そのものを別の人に取り換える手続などで扱う話でした。今日のように、訴訟が始まったあとに亡くなったなら、当然承継です。境目は、亡くなった時期です。

中断・受継と承継は別の話

中断と中止の復習板(中断=当事者側の事情・人の入れ替えが要る・受継を経て再開/中止=裁判所側や不可抗力・障害が消えれば当然に続行) 図:中断と中止の復習板

  • 中断=当事者側の事情・人の入れ替えが要る・受継を経て再開
  • 中止=裁判所側や不可抗力・障害が消えれば当然に続行

ここから、今日のいちばん大事なところです。その前に、確認です。中断と中止の違いは、何でしたか?中断は、当事者側の事情で、受継という手続が要ります。中止は、裁判所側や天災のような不可抗力で、障害がなくなれば、当然に続行されます。期間の回で見たとおり、中断は、議長交代のイメージでした。あの回で、死亡による承継の詳しい中身は別の回で、と言っていました。それが今日です。まず、条文です。

条文民事訴訟法124条1項1号から3号

民事訴訟法124条1項(訴訟手続の中断及び受継) 第百二十四条 次の各号に掲げる事由があるときは、訴訟手続は、中断する。この場合においては、それぞれ当該各号に定める者は、訴訟手続を受け継がなければならない。 一 当事者の死亡 相続人、相続財産の管理人、相続財産の清算人その他法令により訴訟を続行すべき者 二 当事者である法人の合併による消滅 合併によって設立された法人又は合併後存続する法人 三 当事者の訴訟能力の喪失又は法定代理人の死亡若しくは代理権の消滅 法定代理人又は訴訟能力を有するに至った当事者

1項には、号が6つあります。信託の受託者や、一定の資格を持つ人、選定当事者に関する号も並びますが、今日の話には要らないので、1号から3号を見ます。1号が、当事者の死亡です。冒頭のBさんの場合が、これです。手続を受け継ぐのは、相続人などです。Dさんです。2号は、当事者の法人が合併で消滅した場合で、受け継ぐのは、新しく設立された法人か、合併後に残る法人です。問題は、3号です。当事者が訴訟能力を失った場合や、法定代理人が亡くなったり代理権がなくなったりした場合です。未成年者の親権者が亡くなった場面などが、これです。

3号で大事なのは、当事者が入れ替わらないことです。同じ未成年者が、当事者のままです。それでも訴訟手続は中断します。その未成年者のために手続を進める新しい人が現れるまで、待つ必要があるからです。当事者が入れ替わっていないのに、手続は止まる。訴訟能力の回で、見た場面の続きです。

中断と承継の4象限の表(中断あり・承継あり=当事者の死亡・法人の合併による消滅124条1項1号2号・相続人や存続会社が受継/中断あり・承継なし=訴訟能力の喪失・法定代理人の死亡や代理権の消滅124条1項3号・当事者は変わらない/中断なし・承継あり=当事者が死亡したが訴訟代理人がいる124条2項・代理人が続行/中断なし・承継なし=通常の進行) 図:中断と承継の4象限の表

  • 中断あり・承継あり=当事者の死亡・法人の合併による消滅124条1項1号2号・相続人や存続会社が受継
  • 中断あり・承継なし=訴訟能力の喪失・法定代理人の死亡や代理権の消滅124条1項3号・当事者は変わらない
  • 中断なし・承継あり=当事者が死亡したが訴訟代理人がいる124条2項・代理人が続行
  • 中断なし・承継なし=通常の進行

ここで、表を作ります。縦に、中断があるか、ないか。横に、承継があるか、ないか。4つの場面ができます。中断あり、承継あり。これが、当事者の死亡や、法人の合併による消滅です。人が入れ替わり、手続も止まります。Dさんは、まだ訴訟の中身を知らないかもしれませんし、代わりに動ける人もいません。だから、Dさんが手続に入るまで待つのです。中断あり、承継なし。今見た3号です。当事者は入れ替わらないのに、止まります。期間の回で、中断は、手続を進めるべき人が入れ替わる場面だ、と言いました。3号で入れ替わるのは、当事者ではなく、手続を実際に進める人、たとえば親権者のような法定代理人の側です。議長が替わるだけで、会議の当事者は替わらない、というわけです。そして、もう1つの組み合わせが、中断なし、承継あり、です。これが、2項です。条文を見ます。

条文民事訴訟法124条2項・3項

民事訴訟法124条2項・3項(訴訟手続の中断及び受継) 2 前項の規定は、訴訟代理人がある間は、適用しない。 3 第一項第一号に掲げる事由がある場合においても、相続人は、相続の放棄をすることができる間は、訴訟手続を受け継ぐことができない。

2項です。訴訟代理人がついている間は、1項は適用されません。つまり、手続は中断しません。ここで、誰の訴訟代理人かを、はっきりさせます。亡くなったBさんが、生前に、弁護士を訴訟代理人にお願いしていたとします。その代理人です。民法の代理なら、本人が亡くなると、代理権は消えるのが原則です。ところが、訴訟代理権は違います。

条文民事訴訟法58条1項柱書・1号、2項

民事訴訟法58条1項・2項(訴訟代理権の不消滅) 第五十八条 訴訟代理権は、次に掲げる事由によっては、消滅しない。 一 当事者の死亡又は訴訟能力の喪失 2 一定の資格を有する者で自己の名で他人のために訴訟の当事者となるものの訴訟代理人の代理権は、当事者の死亡その他の事由による資格の喪失によっては、消滅しない。

訴訟代理人の回で見た条文、58条1項1号です。当事者が亡くなっても、訴訟代理権は消滅しない、と定めています。弁護士がついている以上、本人の側の手続保障は、現に確保されているからでした。だから、代理人が、そのまま手続を進められます。あの回で、58条とこの2項は表と裏だ、と言ったのは、このことです。Bさんが亡くなった時点で、地位はDさんに移っています。承継は、起きているのです。けれども、手続を実際に進める代理人は、替わっていません。だから、待つ理由がありません。3号の裏返しです。表の、3つめの場面です。3項も見ておきます。相続人は、相続の放棄ができる間は、訴訟手続を受け継げません。放棄するかもしれない人に、先に手続を任せてしまうのは、危ないからです。当然承継のところで、Dさんは嫌がって拒めないのか、という疑問がありました。その答えが、これです。Dさんが相続を放棄すれば、はじめから相続人でなかったことになり、訴訟を受け継ぐこともありません。これで、中断と承継が、別の問いに答えていることが分かります。承継は、誰が当事者になるか、という問いです。中断は、手続を今動かしてよいか、という問いです。だから、片方だけが起きる場合も、両方が起きる場合もあります。確認です。訴訟代理人のいる被告が亡くなりました。訴訟手続は止まるでしょうか。当事者は誰になるでしょうか?

止まりません。2項で、訴訟代理人がいる間は中断しないからです。当事者は、相続人になっています。

受継の手続の板(相手方も受継の申立てができる126条/申立てがあれば相手方に通知127条/裁判所は職権で調べ理由がなければ決定で却下128条1項/当事者が申立てをしなくても裁判所は職権で続行を命じられる129条) 図:受継の手続の板

  • 相手方も受継の申立てができる126条
  • 申立てがあれば相手方に通知127条
  • 裁判所は職権で調べ理由がなければ決定で却下128条1項
  • 当事者が申立てをしなくても裁判所は職権で続行を命じられる129条

最後に、受継の手続を、大づかみに見ます。受継を申し立てるのは、受け継ぐ側だけではありません。相手方も、できます。126条です。Bさんが亡くなって、手続が止まっているとき、Aさんは、早く続けたいはずです。Dさんが動かなくても、Aさんの側から、受継を申し立てられます。申立てがあれば、相手方に知らされます。127条です。裁判所は、申立てに理由があるかを、職権で調べます。理由がなければ、決定で却下します。128条1項です。さらに、誰も申立てをしなくても、裁判所は、職権で続行を命じることができます。129条です。

受継は、止まった手続を動かし直すための手続で、誰が当事者かを決める承継とは、ここでも別の話です。中断しても承継しないことも、承継しても中断しないこともある。ここが、今日のいちばん大事なところでした。

コラム——亡くなったことを、誰が伝えるのか

死亡と訴訟代理権の流れ図(役割の言い直し=このコラムだけ亡くなったのはAの側・Aに訴訟代理人がいる/Aが死亡→承継人Dが当然に新しい当事者→代理人は誰のために追行するか→Dのために/しかし死亡も承継人であることも届け出がなければ相手方Bも裁判所も分からない→そのまま当事者が替わったことにして手続を進めてよいのか) 図:死亡と訴訟代理権の流れ図

  • 役割の言い直し=このコラムだけ亡くなったのはAの側・Aに訴訟代理人がいる
  • Aが死亡→承継人Dが当然に新しい当事者→代理人は誰のために追行するか→Dのために
  • しかし死亡も承継人であることも届け出がなければ相手方Bも裁判所も分からない→そのまま当事者が替わったことにして手続を進めてよいのか

最後に、この2項の場面の、難しいところを見ます。ここだけ、役割を変えます。亡くなったのは、Aさんの側です。Aさんには、訴訟代理人がついています。Aさんの相続人がDさんで、相手方はBさんです。一般的な見方は、こうです。Aさんが亡くなった時点で、Dさんは、当然に新しい当事者になっています。Aさんの訴訟代理人の代理権は、さっきの58条で、消えずに残ります。そして、当事者はもうDさんですから、代理人は、今度は、Dさんのために、訴訟を続けます。代理人ができることの範囲は、55条で法律に決まっているので、本人がAさんからDさんに代わっても、その中身は変わりません。受継の手続をとる必要も、ありません。受継は、止まった手続を動かし直すための手続でした。代理人がいて、手続が止まっていない以上、受継の出番がないのです。Dさんは、その弁護士を解任して、別の弁護士を立てることもできます。

ただ、疑問も残ります。代理人か新しい当事者が届け出ない限り、相手方のBさんも裁判所も、相続が起きたことを知る手がかりがありません。そのまま当事者が替わったことにして手続を進めてよいのか、という疑問が出てきます。

弁論の再開の事件の板(役割はコラムのまま=亡くなったのはAの側・Aに訴訟代理人/中断せず承継の手続もとられないまま亡くなった人の名前で弁論が進み終結/相手方Bは終結後に死亡を知り弁論の再開を申し立てた/判旨=再開するかは原則として裁判所の裁量・明らかに手続的正義の要求するところと認められる特段の事由があれば再開しなければならない・原審の判断を違法とした/この判決が答えたのは再開すべきかどうか・代理権の理論は決めていない/最判昭56・9・24) 図:弁論の再開の事件の板

  • 役割はコラムのまま=亡くなったのはAの側・Aに訴訟代理人
  • 中断せず承継の手続もとられないまま亡くなった人の名前で弁論が進み終結
  • 相手方Bは終結後に死亡を知り弁論の再開を申し立てた
  • 判旨=再開するかは原則として裁判所の裁量・明らかに手続的正義の要求するところと認められる特段の事由があれば再開しなければならない・原審の判断を違法とした
  • この判決が答えたのは再開すべきかどうか・代理権の理論は決めていない
  • 最判昭56・9・24

実際に、こういう事件がありました。訴訟指揮の回で、弁論の再開の話として見た、あの最高裁の事件です。役割は、このコラムのままで言います。訴訟代理人がいて、手続は中断せず、承継の手続もとられないまま、亡くなった人の名前で弁論が進み、終結しました。相手方は、終結したあとで、死亡を知りました。そこで、いったん終わった口頭弁論をもう一度開いてほしいと、弁論の再開を申し立てたのです。

判例最判昭56・9・24 民集35巻6号1088頁〈百選39〉

最高裁判決(弁論終結前に当事者が死亡し、訴訟承継の手続がとられないまま判決が出された事件) しかしながら、裁判所の右裁量権も絶対無制限のものではなく、弁論を再開して当事者に更に攻撃防禦の方法を提出する機会を与えることが明らかに民事訴訟における手続的正義の要求するところであると認められるような特段の事由がある場合には、裁判所は弁論を再開すべきものであり、これをしないでそのまま判決をするのは違法であることを免れないというべきである。

最高裁は、弁論を再開するかどうかは、原則として、裁判所の裁量だとしました。ただ、再開して、さらに攻撃や防御を尽くさせることが、明らかに手続的正義の要求するところといえる特段の事由があるときは、再開しなければならないとして、原審の判断を違法としました。なぜかというと、終結するまで死亡を知らず、しかも知らなかったことに落ち度のなかった相手方は、相続を前提にした、判決の結果に影響しうる重要な主張を出す機会がありませんでした。その機会を与えないまま敗訴判決が確定すると、既判力、つまり確定した判断を後で争えなくする効力のせいで、後の訴訟でも争えなくなります。だから、手続的正義に反するとされたのです。注意してほしいのは、この判決が答えたのは、再開すべきかどうか、という点です。死亡のあと、訴訟代理権がどうなるか、という理論そのものを、この判決が新しく決めたわけではありません。

一つの整理として、裁判所に承継が届け出られて、それが確認されたときに、手続上は当事者が入れ替わったと見る考え方が提案されています。その場合、それまでの代理人は、新しい当事者から改めて委任を受けるまでは、事務管理、つまり頼まれていないのに他人のために事務を処理すること、として動いている、と整理します。ただ、これは、考え方の1つです。試験では、ここを深く書く場面は多くありません。押さえるのは、代理人がいれば中断しないこと、そして、届出がなければ、誰も承継に気づけないという難所があること、この2点です。論文で論点になりうる場面ですが、型として覚える規範があるわけではありません。

今日の地図(保存版)

総括の板(冒頭の答え=被告Bが死亡しても訴えは却下されず相続人Dが当然に新しい当事者・訴訟代理人がいなければ手続は中断しDが受継・訴訟代理人がいれば中断しない/基準時前の地位の移転=手続を引き継ぐ・基準時後=115条1項3号/中断と承継の4象限/一身専属権は訴訟が当然に終了/死亡の届出がなければ誰も承継を知りえない) 図:総括の板

  • 冒頭の答え=被告Bが死亡しても訴えは却下されず相続人Dが当然に新しい当事者・訴訟代理人がいなければ手続は中断しDが受継・訴訟代理人がいれば中断しない
  • 基準時前の地位の移転=手続を引き継ぐ・基準時後=115条1項3号
  • 中断と承継の4象限
  • 一身専属権は訴訟が当然に終了
  • 死亡の届出がなければ誰も承継を知りえない

まとめます。冒頭のBさんに戻ります。被告のBさんが、訴訟の途中で亡くなりました。答えです。訴えは、却下されません。Bさんの相続人のDさんが、当然に新しい当事者になります。訴訟代理人がいなければ、手続はいったん中断して、Dさんが受継します。訴訟代理人がいれば、中断せず、そのまま続きます。4つ、振り返ります。1つめ、訴訟承継は、判決の前に地位が移ったとき、手続そのものを引き継がせる制度です。判決のあとなら、判決の効力を及ぼす別の話でした。日本は訴訟承継主義で、見張れない相手方の分は、仮処分で補います。2つめ、当事者が亡くなっても、二当事者対立構造の喪失として却下はされません。相続や合併では、当然に新しい当事者が入ります。受け継ぐ者がいない一身専属権の場合と、原告と被告の地位が一人にまとまった場合は、却下ではなく、訴訟が当然に終了します。3つめ、中断と承継は別の話です。承継は、誰が当事者かの問い、中断は、手続を今動かしてよいかの問いでした。3号は、中断するのに承継しない場合、2項は、承継しているのに中断しない場合です。4つめ、代理人がいれば、代理人は新しい当事者のために続けます。ただし、死亡や承継を届け出なければ、誰も気づけません。今日は、相続や合併のように、当然に入れ替わる場合までです。売買や賃貸のように、当事者の行為で入れ替わる場合は、次の回に扱います。

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#84単独ページ動画

参加承継・引受承継と任意的当事者変更、第4章の全体地図

第4章 複雑訴訟 #84/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

建物の一部を貸されたら——判決を取っても追い出せないのか

冒頭の関係図(原告A=土地の貸主・被告B=借地人で建物の所有者=前主/AはBに建物を取り壊して土地を明け渡せと請求/訴訟の途中でBが建物の一部を第三者Cに賃貸しCが住み始める/問い=判決を取ってもCを退去させられないのか) 図:冒頭の関係図

  • 原告A=土地の貸主・被告B=借地人で建物の所有者=前主
  • AはBに建物を取り壊して土地を明け渡せと請求
  • 訴訟の途中でBが建物の一部を第三者Cに賃貸しCが住み始める
  • 問い=判決を取ってもCを退去させられないのか

前回は、訴訟の途中で被告が亡くなる場面を見ました。判決が出る前に、紛争の主体たる地位が第三者に移ったなら、判決の効力を及ぼすのではなく、動いている手続そのものを引き継がせる。これが訴訟承継です。相続や合併なら、法律上当然に相続人や存続会社が当事者になります。今日は、その続きです。賃貸や売買のように、当事者の行為で地位が移った場合を扱います。場面を用意します。Aさんは土地の貸主で、Bさんは、その土地を借りて建物を建てている人です。AさんはBさんに、賃貸借は終わったので、建物を取り壊して土地を明け渡してください、と訴えました。ところが、訴訟の途中で、Bさんが建物の一部をCさんに貸してしまいました。Cさんは、その部分に住み始めています。

Bさんは被告のままなんですよね。Bさんに勝つ判決を取っても、Cさんは、自分は関係ないと言って居座れませんか。そこが問題です。建物を取り壊すには、中に人がいてはできません。Bさんに対する判決だけでは、Cさんを退去させられないおそれがあります。かといって、Aさんが、Cさんを相手に、最初から訴え直すのも大変です。今日は、この問いに答えます。先に答えを言うと、Cさんを、この訴訟に入れる道があります。入れれば、Cさんも判決の対象になります。持ち帰ってほしいことは5つです。1つめ、当事者の行為で地位が移ったとき、承継人が自分から入る参加承継と、当事者が引き込む引受承継があり、その向きは、権利か義務かで固定されないこと。2つめ、参加承継と引受承継では、審理の原則が食い違うこと。3つめ、承継人は前の当事者の訴訟状態を原則として引き継ぐが、その限界があること。4つめ、法律に基づかない当事者の取換えである、任意的当事者変更。5つめ、第4章全体の地図です。

参加承継と引受承継——向きは固定しない

参加承継と引受承継の向きの表(Aさん=原告・Bさん=被告=前主・Cさん=承継人/義務が移った場合=義務承継人C:Cが自分から入る=参加承継=51条前段(47条から49条を準用)/Aが申し立てて引き込む=引受承継=50条1項/権利が移った場合=権利承継人C(AからCへ権利譲渡):Cが自分から入る=参加承継=49条1項/相手方Bが申し立てて引き込む=引受承継=51条後段(50条を準用)) 図:参加承継と引受承継の向きの表

  • Aさん=原告・Bさん=被告=前主・Cさん=承継人
  • 義務が移った場合=義務承継人C:Cが自分から入る=参加承継=51条前段(47条から49条を準用)
  • Aが申し立てて引き込む=引受承継=50条1項
  • 権利が移った場合=権利承継人C(AからCへ権利譲渡):Cが自分から入る=参加承継=49条1項
  • 相手方Bが申し立てて引き込む=引受承継=51条後段(50条を準用)

相続や合併のような、ひとまとめの承継ではなく、建物の賃貸や売買、債務引受けのように、個別のものが移る場合を特定承継といいます。特定承継では、法律が当然に当事者を入れ替えてくれません。当事者の行為で承継が生じたあと、承継人を訴訟に入れる道が、2つ用意されています。1つは、承継人が自分から訴訟に入る道です。これを参加承継といいます。もう1つは、当事者が裁判所に申し立て、裁判所の決定で、承継人を訴訟に引き込む道です。こちらは引受承継です。条文の見出しの言葉で、訴訟引受ともいいます。冒頭の場面で見ます。Cさんが受け継いだのは、建物から退去する義務です。Cさんが自分から入るなら参加承継で、51条の前段です。Aさんが、Cさんを引き込むなら引受承継で、50条です。申立てをするのは、当事者のAさんです。

義務を引き受けたら引受承継、権利を譲り受けたら参加承継、と覚えればいいですか。違います。そこが、いちばんの落とし穴です。権利か義務かで、参加か引受けかが決まるのではありません。どちらが移った場合にも、承継人が自分から入る道と、当事者が引き込む道の、両方があります。権利が移った場面で確かめます。役割を少し変えて、AさんがBさんに対して持っていた権利を、訴訟の途中でCさんに譲ったとします。Cさんが自分から入るなら、参加承継で、49条です。相手方のBさんが、Cさんを引き込むなら、引受承継で、51条の後段です。覚え方は、これだけです。参加承継は、承継人の意思で入る。引受承継は、当事者の申立てで、裁判所が決定で入れる。移ったものが権利か義務かは、別の軸です。

49条から51条の条文板(条文の順序=49条=権利承継人の参加/50条=義務承継人への引受け/51条=それぞれの逆向きを準用) 図:49条から51条の条文板

  • 条文の順序=49条=権利承継人の参加
  • 50条=義務承継人への引受け
  • 51条=それぞれの逆向きを準用

条文を、順に見ます。

条文民事訴訟法49条

民事訴訟法49条(権利承継人の訴訟参加) 第四十九条 訴訟の係属中その訴訟の目的である権利の全部又は一部を譲り受けたことを主張する者が第四十七条第一項の規定により訴訟参加をしたときは、時効の完成猶予に関しては、当該訴訟の係属の初めに、裁判上の請求があったものとみなす。 2 前項に規定する場合には、その参加は、訴訟の係属の初めに遡って法律上の期間の遵守の効力を生ずる。

49条です。権利を譲り受けた人は、独立当事者参加、つまり、自分の請求を掲げて当事者になる、47条1項の形で入ります。ここで大事なのは、譲り受けた、ではなく、譲り受けたと主張する、と書かれていることです。参加の時点で、本当に譲り受けたかどうかが確定している必要はありません。主張すれば入れて、本当に承継したかどうかは、審理で決まります。

49条の効果の板(例=Aが時効の近い権利を訴え中に権利をCへ譲渡しCが後から参加/参加した日から数えると間に合わないおそれ/1項=時効の完成猶予は訴訟係属の初めに裁判上の請求があったものとみなす/2項=法律上の期間の遵守も初めに遡る/51条前段で義務承継人の参加にも準用) 図:49条の効果の板

  • 例=Aが時効の近い権利を訴え中に権利をCへ譲渡しCが後から参加
  • 参加した日から数えると間に合わないおそれ
  • 1項=時効の完成猶予は訴訟係属の初めに裁判上の請求があったものとみなす
  • 2項=法律上の期間の遵守も初めに遡る
  • 51条前段で義務承継人の参加にも準用

効果も大事です。Aさんが、時効が近づいた権利を訴えていたとします。その権利をCさんが譲り受けて、あとから参加したとき、参加した日から数えたのでは、間に合わないことがあります。そこで、時効の完成猶予については、訴訟が始まった初めに、裁判上の請求があったものとみなされます。1項です。期間を守ったかどうかも、初めに遡ります。2項です。この効果は、義務承継人が51条の前段で参加する場合にも準用されます。

条文民事訴訟法50条

民事訴訟法50条(義務承継人の訴訟引受け) 第五十条 訴訟の係属中第三者がその訴訟の目的である義務の全部又は一部を承継したときは、裁判所は、当事者の申立てにより、決定で、その第三者に訴訟を引き受けさせることができる。 2 裁判所は、前項の決定をする場合には、当事者及び第三者を審尋しなければならない。 3 第四十一条第一項及び第三項並びに前二条の規定は、第一項の規定により訴訟を引き受けさせる決定があった場合について準用する。

50条です。1項で、当事者の申立てによって、決定で、第三者に訴訟を引き受けさせます。申立人は、当事者です。冒頭なら、典型はAさんです。2項で、決定の前に、当事者と第三者の両方から言い分を聞きます。審尋です。3項は、あとで見ます。

条文民事訴訟法51条

民事訴訟法51条(義務承継人の訴訟参加及び権利承継人の訴訟引受け) 第五十一条 第四十七条から第四十九条までの規定は訴訟の係属中その訴訟の目的である義務の全部又は一部を承継したことを主張する第三者の訴訟参加について、前条の規定は訴訟の係属中第三者がその訴訟の目的である権利の全部又は一部を譲り受けた場合について準用する。

51条が、逆向きを引き受けています。前半で、義務承継人の参加に、47条から49条を準用します。後半で、権利承継人の引受けに、50条を準用します。だから、表の4つのマスが、すべて埋まるのです。文言の違いだけ、1つ押さえておきます。参加のほうは、承継したことを主張する、で足ります。引受けのほうは、50条1項が、承継したとき、と書いています。参加は、本人が入りたいと言うのですから、主張で足ります。引受けは、嫌がるかもしれない第三者を引き込むので、裁判所が、当事者と第三者を審尋したうえで、決定で判断するのです。

冒頭事案への当てはめ板(AのBへの請求=建物収去土地明渡し/建物の一部にCがいる/Cへの判決がないと強制執行でCを退去させられない/Cの側も占有が問題なのに訴訟の外/道1=Cが51条前段で参加/道2=Aが50条で引受けを申立て) 図:冒頭事案への当てはめ板

  • AのBへの請求=建物収去土地明渡し
  • 建物の一部にCがいる
  • Cへの判決がないと強制執行でCを退去させられない
  • Cの側も占有が問題なのに訴訟の外
  • 道1=Cが51条前段で参加
  • 道2=Aが50条で引受けを申立て

冒頭の場面に戻ります。AさんがBさんに対して、建物を壊して土地を明け渡せ、と求めています。ところが、建物の一部にはCさんがいます。Aさんは、Cさんに対しても明渡しの判決を得ておかないと、建物の収去と土地明渡しの強制執行、つまり民事執行の段階で、Cさんを退去させられません。一方で、Cさんの側も、自分の占有が問題にされているのに、訴訟の外にいるのは落ち着きません。だから、Cさんが自分から参加する道も、Aさんが引き込む道も、どちらも意味を持ちます。

最高裁の判断——建物の一部を借りた人は承継人か

事案の板(Aさん=土地の貸主・Bさん=借地人で建物所有者/AはBに対し賃貸借終了を理由に建物収去と土地明渡しを請求/係属中にCがBから建物の一部を賃借し建物部分と敷地の占有を承継/AがCへの訴訟引受けを申し立て原審が許した/最高裁は上告を棄却=引受承継の事案) 図:事案の板

  • Aさん=土地の貸主・Bさん=借地人で建物所有者
  • AはBに対し賃貸借終了を理由に建物収去と土地明渡しを請求
  • 係属中にCがBから建物の一部を賃借し建物部分と敷地の占有を承継
  • AがCへの訴訟引受けを申し立て原審が許した
  • 最高裁は上告を棄却=引受承継の事案

では、Cさんのような人は、本当に承継人といえるのでしょうか。建物の一部を借りただけです。この点を判断した、最高裁の事件があります。冒頭の場面は、この事件と同じ骨格です。事案を確認します。土地の貸主が、賃貸借の終了を理由に、借地人に、地上建物の収去と土地の明渡しを求めていました。その訴訟の途中で、借地人から、建物の一部を借りて、その部分と敷地の占有を受け継いだ人が出てきました。貸主は、その人に訴訟を引き受けさせるよう申し立て、原審は、これを許しました。最高裁は、上告を棄却しました。判決文に出てくるのは、旧民訴の74条です。今の50条にあたります。読み替えて、聞いてください。判決が言っていることは、3つに分かれます。1つめ、Cさんのような人は承継人にあたるか。2つめ、貸主が既存の訴訟を使おうとすることは正当か。3つめ、貸主の請求の根拠が違っても同じか、です。

判例最判昭41・3・22 民集20巻3号484頁

最高裁判決(土地賃貸借の終了を理由とする建物収去土地明渡訴訟の係属中に、建物の一部の賃借人が占有を承継した事件・その1) 賃貸人が、土地賃貸借契約の終了を理由に、賃借人に対して地上建物の収去、土地の明渡を求める訴訟が係属中に、土地賃借人からその所有の前記建物の一部を賃借し、これに基づき、当該建物部分および建物敷地の占有を承継した者は、民訴法七四条にいう「其ノ訴訟ノ目的タル債務ヲ承継シタル」者に該当すると解するのが相当である。けだし、土地賃借人が契約の終了に基づいて土地賃貸人に対して負担する地上建物の収去義務は、右建物から立ち退く義務を包含するものであり、当該建物収去義務の存否に関する紛争のうち建物からの退去にかかる部分は、第三者が土地賃借人から係争建物の一部および建物敷地の占有を承継することによつて、第三者の土地賃貸人に対する退去義務の存否に関する紛争という型態をとつて、右両者間に移行し、第三者は当該紛争の主体たる地位を土地賃借人から承継したものと解されるからである。

前半は、結論と理由です。建物の一部を借りて占有を受け継いだ人は、50条の、訴訟の目的である義務を承継した者にあたる。理由は、こうです。建物を収去する義務は、建物から立ち退く義務を含んでいる。その存否をめぐる争いのうち、退去の部分は、第三者が占有を受け継ぐことで、第三者と貸主の間の争いの形になって、移っていく。だから、第三者は、その争いの主体たる地位を、借地人から承継したのだ、という筋です。建物を壊すには、中の人が出ていなければなりません。だから、収去の義務の中に、退去の義務が含まれます。その部分の争いが、Cさんに移った、と見ているわけです。同じ判決の、離れた箇所も聞いてください。

判例最判昭41・3・22 民集20巻3号484頁

最高裁判決(同上・その2 貸主の側の要請について) 土地賃貸人が、第三者を相手どつて新たに訴訟を提起する代わりに、土地賃借人との間の既存の訴訟を第三者に承継させて、従前の訴訟資料を利用し、争いの実効的な解決を計ろうとする要請は、民訴法七四条の法意に鑑み、正当なものとしてこれを是認すべきである

こちらは、貸主の側の事情です。貸主が、第三者を相手に新しく訴えを起こすかわりに、既存の訴訟を第三者に引き継がせて、従前の訴訟資料を使い、争いの実効的な解決を図ろうとする。この要請は、正当だと言っています。

承継人の範囲の板(判例の言い方=紛争の主体たる地位の承継/該当の例=Bから建物の一部を借りて占有を承継したC/境界の外の例=Bから何も受け取らず自分の事情で同じ建物に入った者/決め手=退去の争いがBとAの間からCとAの間へ移ったか) 図:承継人の範囲の板

  • 判例の言い方=紛争の主体たる地位の承継
  • 該当の例=Bから建物の一部を借りて占有を承継したC
  • 境界の外の例=Bから何も受け取らず自分の事情で同じ建物に入った者
  • 決め手=退去の争いがBとAの間からCとAの間へ移ったか

ここから、承継人の範囲を考えます。判例の物差しは、紛争の主体たる地位を承継したか、です。既判力の回で出てきた、口頭弁論終結後の承継人の定義と、同じ言葉です。あちらは基準時のあと、今日は基準時の前、という違いだけです。輪郭を、2つの例で確かめます。Bさんから建物の一部を借りて、占有を受け継いだCさんは、承継人にあたります。では、Bさんから何も受け取らず、自分の事情で、同じ建物に入り込んだ人はどうでしょう。この物差しで考えると、Bさんの退去義務をめぐる争いが、その人に移ったとはいえません。決め手は、Aさんとの間の退去の争いが、Bさんから移ってきたといえるかどうか、です。3つめです。貸主のAさんがBさんに向けた請求は、契約が終わったから返せ、という債権的な請求です。Cさんとの間には契約がないので、Cさんに向けた請求は、所有者として出て行け、という物上の請求です。権利の性質が違っても、この理は左右されない、と判決は言っています。

学説には、従前の紛争から派生した紛争といえるか、そして従前の訴訟資料を使わせることが、当事者間の公平にかなうか、という観点で判断する考え方があります。判決の、従前の訴訟資料を利用する、という言葉と重なります。なお、判決は、引受けの事案についての判断です。参加承継の場合の審理の原則や、訴訟状態の承継の限界には、触れていません。それは、このあと別に整理します。

固有の防御方法の板(承継人が自分固有の防御方法を持つ例=CはBとは別にAから直接使用の許しをもらっている/固有の防御方法を持っていても承継人にはあたる/承継後に固有の防御方法を別に出せる=手続保障を害さない/既判力の回の整理と同じ) 図:固有の防御方法の板

  • 承継人が自分固有の防御方法を持つ例=CはBとは別にAから直接使用の許しをもらっている
  • 固有の防御方法を持っていても承継人にはあたる
  • 承継後に固有の防御方法を別に出せる=手続保障を害さない
  • 既判力の回の整理と同じ

もう1つ、論文で狙われる点があります。承継人が、自分固有の防御方法を持っているとき、たとえば、自分はBさんとは別に、Aさんから直接、使用の許しをもらっている、という言い分があるとき、承継人にあたらなくなるのでしょうか。あたらなくなるなら、言い分がある人ほど引き込まれない、ということになります。そこなのです。既判力の回で見たのと同じ整理で、固有の防御方法を持っていても、承継人にはあたります。そのうえで、承継したあとに、その固有の防御方法を、別に出せるのです。だから、承継人の手続保障を害することにもなりません。

参加承継と引受承継の手続

参加承継と引受承継の比較表(誰が動く=参加は承継人C・引受けは当事者(典型はA)/形式=参加は独立当事者参加の形式(51条前段・49条は47条1項参加)・引受けは申立てと決定/裁判の形=参加は判決で審理・引受けは当事者と第三者を審尋して決定(50条2項)/前主の脱退=どちらも48条で可能(50条3項)) 図:参加承継と引受承継の比較表

  • 誰が動く=参加は承継人C・引受けは当事者(典型はA)
  • 形式=参加は独立当事者参加の形式(51条前段・49条は47条1項参加)・引受けは申立てと決定
  • 裁判の形=参加は判決で審理・引受けは当事者と第三者を審尋して決定(50条2項)
  • 前主の脱退=どちらも48条で可能(50条3項)

手続の違いを見る前に、確認です。独立当事者参加の回を、思い出してください。その申出は、どの方式でするのでしたか?書面でして、その書面は当事者の双方に送達されます。参加承継は、その形を借ります。参加承継から見ます。承継人は、独立当事者参加の形式で、当事者になります。旧当事者のBさんと争いがなければ、片面的参加、つまりAさんだけを相手にする参加でも構いません。独立当事者参加の回で見た形です。参加があれば、Bさんは、脱退できます。48条です。訴訟から抜けるのですが、取下げとは違い、判決の効力は、脱退したBさんにも及びます。及ばないとすると、Aさんが勝っても、Bさんとの間では決着がつかないまま残ってしまうからです。脱退には、相手方の承諾が要りました。引受承継は、Aさんが申し立てます。裁判所は、承継人のCさんと当事者を審尋して、決定で、引受けを許すかどうかを裁判します。50条の1項と2項です。

請求を立てる必要があるかどうかは、考え方が分かれます。ただ、Bさんに向けていた請求と同じ内容なら、引受けの際に、改めて請求を立てなくてよいと考えられています。50条3項に戻ります。引受けの決定があった場合、48条と49条、それから41条の第1項と第3項が準用されます。だから、引受けでも、Bさんは脱退できます。時効の完成猶予や期間の遵守も、参加承継と同じように、初めに遡ります。脱退も時効の扱いも、参加承継とそろえてあるわけです。41条のほうは、次で見ます。

審理原則の食い違い——40条か、39条と41条か

参加承継の図(参加承継=三面訴訟=A・B・Cが互いに向き合う/47条4項で40条1項から3項を準用=必要的共同訴訟の規律/40条=有利な行為だけ全員に(不利な行為は本人にも効かない)・相手方の行為は全員に・中断中止は全員に) 図:参加承継の図

  • 参加承継=三面訴訟=A・B・Cが互いに向き合う
  • 47条4項で40条1項から3項を準用=必要的共同訴訟の規律
  • 40条=有利な行為だけ全員に(不利な行為は本人にも効かない)・相手方の行為は全員に・中断中止は全員に

手続の形が違えば、審理の原則も違います。ここが、論文でも短答でも問われるところです。参加承継は、独立当事者参加の形式をとります。だから、47条の4項によって、40条の1項から3項が準用されます。必要的共同訴訟の原理が働くのです。独立当事者参加の回で見たとおり、意味づけは、共同ではなく、対立しあう者を牽制する、という働きでした。40条の3つの規律は、有利な行為だけが全員に及び、不利な行為は本人にも効かない、相手方の行為は全員に及ぶ、中断や中止は全員に及ぶ、というものでした。

引受承継の図(引受承継=AからBとAからCの二本の請求=39条の通常共同訴訟にとどまる/50条3項で41条1項3項を準用=弁論の分離と一部判決の禁止・控訴審の併合/結論の統一までは強制しない) 図:引受承継の図

  • 引受承継=AからBとAからCの二本の請求=39条の通常共同訴訟にとどまる
  • 50条3項で41条1項3項を準用=弁論の分離と一部判決の禁止・控訴審の併合
  • 結論の統一までは強制しない

引受承継は、違います。参加承継では、Cさんが、自分の請求を掲げて入ってきます。だから、3人が向き合う形になります。引受承継では、Aさんが、Bさんへの請求の横に、Cさんへの請求を足すだけです。原告1人が、被告2人を別々に訴えているのと同じ形です。だから、構造も審理の原則も、通常共同訴訟の39条、つまり、それぞれ独立して進む、にとどまります。そこで、50条3項です。同時審判申出共同訴訟の41条から、第1項と第3項が準用されます。弁論の分離と一部判決が禁止されて、控訴審では併合して審理されます。準用なので、引受けの決定があれば、41条1項と3項の効果が及びます。その限りで、審理の統一が図られます。ただし、結論の統一までは、強制されません。同時審判の回で見たとおりです。整理します。参加承継は40条の規律、引受承継は39条で、50条3項により41条が準用される。この食い違いを、押さえてください。評価も1つ。参加の形が違うだけで、一方には強い合一確定が働き、他方には働かない。これは不自然だ、解釈や運用で両者を近づける必要がある、という指摘があります。確認です。参加承継と引受承継で、審理原則はどう違うでしょうか?

参加承継は、40条の規律が働きます。引受承継は、39条にとどまって、50条3項で41条が準用されます。

訴訟状態の承継はどこまで及ぶか

訴訟状態の承継の板(原則=承継人は前主の訴訟追行で形成された訴訟状態を引き継ぐ=弁論・証拠調べの結果・自白・時機に後れた攻撃防御方法の制限/理由=承継人の利益が前主の追行で代わりに守られている=手続保障の代替/限界=承継人固有の攻撃防御方法は出せる・代替されていない場合は限定) 図:訴訟状態の承継の板

  • 原則=承継人は前主の訴訟追行で形成された訴訟状態を引き継ぐ=弁論・証拠調べの結果・自白・時機に後れた攻撃防御方法の制限
  • 理由=承継人の利益が前主の追行で代わりに守られている=手続保障の代替
  • 限界=承継人固有の攻撃防御方法は出せる・代替されていない場合は限定

本編の最後に、承継人が入ったあと、それまでの訴訟の成果をどこまで引き継ぐのか、を見ます。論文で問われる、骨格の部分です。原則から言います。承継人は、前の当事者の訴訟追行で作られた、訴訟状態を、全面的に引き継ぎます。それまでの弁論や証拠調べの結果を含みます。前の当事者の自白に反する主張や、時機に後れた攻撃防御方法は、原則としてできません。自白の撤回は、自白の回で、時機に後れた攻撃防御方法は、157条の回で、見たものです。例で見ます。Bさんが、Aさんが土地の所有者であることを、自白していたとします。あとからCさんが承継人になった場合、原則として、Cさんは、その自白に拘束されます。争い直せません。

だから、この原則には理由が要ります。学説には、訴訟状態を引き継がせてよい実質的な根拠は、承継人の利益が、前の当事者によって代表されていた、つまり、前の当事者の訴訟追行によって、承継人の手続保障が代わりに満たされていたことにある、と説明するものがあります。そうだとすれば、答えは決まります。代わりに満たされていない部分まで、引き継がせる理由はありません。

限界の板(限界1=承継人固有の攻撃防御方法=制約されず当然に出せる/限界2=前主の訴訟追行が承継人の利益を十分に反映していない場合=馴れ合い・詐害的な処分的訴訟行為が信義則(2条)に反するような場合=前主の追行が承継人の利益を映していないなら承継人自身の立場で主張・立証させる余地/答案の三段=原則は拘束・理由は手続保障の代替・例外は代替されていない場合に帰属効を否定) 図:限界の板

  • 限界1=承継人固有の攻撃防御方法=制約されず当然に出せる
  • 限界2=前主の訴訟追行が承継人の利益を十分に反映していない場合=馴れ合い・詐害的な処分的訴訟行為が信義則(2条)に反するような場合=前主の追行が承継人の利益を映していないなら承継人自身の立場で主張・立証させる余地
  • 答案の三段=原則は拘束・理由は手続保障の代替・例外は代替されていない場合に帰属効を否定

限界は、2つあります。1つめは、承継人固有の攻撃防御方法です。さきほどの、自分はAさんから直接、使用の許しをもらっている、という言い分は、Bさんの追行とは関係がありません。制約されず、当然に出せます。2つめは、前の当事者の追行が、承継人の利益を十分に反映していない場合です。たとえば、BさんとAさんが示し合わせて、承継人のCさんを不利にするために、自白をした。そういう、馴れ合い的、あるいは詐害的な処分的訴訟行為、つまり自白のように訴訟の結果を左右する行為が、信義則、2条に反するような場合です。このときは、Cさんに、自分の立場から、主張や立証をする機会を与えるべきで、さっきの自白を争うことも認める余地がある、と考えられています。答案の型は、3段です。1つめ、原則として、訴訟状態に拘束される。2つめ、理由は、前の当事者の追行で、手続保障が代わりに満たされているから。3つめ、代わりに満たされていない場合には、拘束を否定する。この3段を、事案に当てはめます。ここは、学説の整理です。最高裁の判断としてまとまっているわけではありません。

コラム——任意的当事者変更

任意的当事者変更の板(役割の言い直し=このコラムだけ別設例=Aは売買代金をB個人に請求して提訴したが実際の買主はBが代表を務める会社C/当事者の変更=法定=当然承継・参加承継・引受承継/法律に基づかない=任意的当事者変更/性質=新訴の提起と旧訴の取下げの複合行為/旧訴状の補正利用・印紙の流用) 図:任意的当事者変更の板

  • 役割の言い直し=このコラムだけ別設例=Aは売買代金をB個人に請求して提訴したが実際の買主はBが代表を務める会社C
  • 当事者の変更=法定=当然承継・参加承継・引受承継
  • 法律に基づかない=任意的当事者変更
  • 性質=新訴の提起と旧訴の取下げの複合行為
  • 旧訴状の補正利用・印紙の流用

ここから、コラムです。この節だけ、別の小さな場面で、役割を言い直します。Aさんは、品物を売ったのに代金を払ってもらえないので、買主はBさん個人だと思って、Bさんを訴えました。ところが、実際に買ったのは、Bさんが代表者を務める会社の、Cさんでした。当事者が入れ替わる方法には、法律に定めがあるものがあります。当然承継、参加承継、引受承継です。これに対して、法律に基づかずに、当事者を取り換えるものがあります。これが、任意的当事者変更です。訴えの変更の回で、請求ではなく当事者そのものを取り換える話だ、と言ったものの、中身です。

確定した当事者と、現に訴訟に出ている人が別人の場合の、処理です。名前の書き間違いなど、表示の訂正で足りる場合とは別です。性質は、表示の訂正で足りないとき、新訴の提起と旧訴の取下げの、複合行為と理解されます。Cさんに対する新しい訴えを起こして、Bさんに対する古い訴えを取り下げる、ということです。法律に専用の手続がないので、すでにある2つの行為を組み合わせて説明するわけです。ただ、これでは、Aさんは、また最初からやり直しです。そこで、旧訴訟の成果を使う工夫があります。旧い訴状を補正して、Cさんとの訴訟に使う。すでに納めた印紙を、流用する。こうして、取換えの手間を減らします。

主観的追加的併合の整理板(明文がある形=追加的選定・参加承継・共同訴訟参加(参加型)/訴訟引受(引込み型)/明文がない形=原告による被告の追加=判例は認めない=別訴を提起して弁論の併合を促せば足り、新訴は当然には旧訴訟に併合されない=併合は裁判所の判断) 図:主観的追加的併合の整理板

  • 明文がある形=追加的選定・参加承継・共同訴訟参加(参加型)
  • 訴訟引受(引込み型)
  • 明文がない形=原告による被告の追加=判例は認めない=別訴を提起して弁論の併合を促せば足り、新訴は当然には旧訴訟に併合されない=併合は裁判所の判断

広い意味では、もう1つ、この仲間に入れられるものがあります。当事者を取り換えるのではなく、足すほうです。すでに当事者になっている人が、第三者を訴訟に引き込んで、その第三者への関連請求を併合して審理してもらう。これを主観的追加的併合といいます。参加承継や引受承継も、実はこの形の一種で、法律に定めがあります。問題は、定めのない形です。ここで、最高裁の判断を、思い出してください。同時審判の回で見た、あの事件です。明文のない、原告による被告の追加は、認められない。別に訴えを起こし、併合するかどうかは裁判所の判断に任せる、という結論でした。学説には、批判が強くあります。誤解しないでください。明文のある参加承継、引受承継、共同訴訟参加、追加的選定は、許される形です。否定されたのは、明文のない、原告による被告の追加のほうです。

第4章の全体地図

第4章の全体地図(4つの道:1請求を増やす=客観的併合136条・訴えの変更143条・中間確認の訴え145条・反訴146条/2当事者が複数=共同訴訟38条から・39条独立の原則・40条必要的共同訴訟・41条同時審判申出/3後から入る=補助参加42条・訴訟告知53条(当事者にならない)・独立当事者参加47条・共同訴訟参加52条(当事者になる)/4途中で入れ替わる=当然承継(124条以下が手がかり)・参加承継49条51条前段・引受承継50条51条後段・任意的当事者変更) 図:第4章の全体地図

  • 4つの道:1請求を増やす=客観的併合136条・訴えの変更143条・中間確認の訴え145条・反訴146条
  • 2当事者が複数=共同訴訟38条から・39条独立の原則・40条必要的共同訴訟・41条同時審判申出
  • 3後から入る=補助参加42条・訴訟告知53条(当事者にならない)・独立当事者参加47条・共同訴訟参加52条(当事者になる)
  • 4途中で入れ替わる=当然承継(124条以下が手がかり)・参加承継49条51条前段・引受承継50条51条後段・任意的当事者変更

最後に、第4章の全体を、1枚の地図にします。複雑訴訟、つまり1人対1人ではない訴訟と、1つの請求ではない訴訟の、道は4つです。1つめは、請求を増やす道具です。当事者は1人対1人のままで、請求が複数になります。はじめから複数の請求をまとめて立てる、訴えの客観的併合の136条。途中で請求を変える、訴えの変更の143条。理由の中の判断にも既判力を及ぼすための、中間確認の訴えの145条。被告の側から原告に請求を向ける、反訴の146条です。2つめは、はじめから当事者が複数いる訴訟です。共同訴訟で、38条から始まります。審理の規律は、それぞれが別々に訴訟を進める、39条の独立の原則。全員の結論を1つにそろえる、40条の必要的共同訴訟。原告の申出で、弁論と裁判を分けずに進めさせる、41条の同時審判申出共同訴訟でした。3つめは、後から入ってくる道です。当事者にならない参加と、なる参加に分かれます。自分の請求は掲げず、当事者の一方を勝たせるために加わる、補助参加の42条。参加しなかった人にも、その効力を及ぼす道になる、訴訟告知の53条。この2つは、当事者になりません。3人が互いに向き合う三面の訴訟になる、独立当事者参加の47条。当事者として並ぶ形で加わる、共同訴訟参加の52条。この2つは、当事者になります。

途中で入れ替わる道の板(法律上当然に入れ替わる=当然承継(124条以下が手がかり)/承継人が入る=参加承継49条・51条前段/当事者が引き込む=引受承継50条・51条後段/法律に基づかない=任意的当事者変更) 図:途中で入れ替わる道の板

  • 法律上当然に入れ替わる=当然承継(124条以下が手がかり)
  • 承継人が入る=参加承継49条・51条前段
  • 当事者が引き込む=引受承継50条・51条後段
  • 法律に基づかない=任意的当事者変更

4つめが、今日と前回の、途中で入れ替わる道です。法律上当然に入れ替わる当然承継。まとめた規定はなく、124条以下の中断と受継が手がかりでした。承継人が入る参加承継、49条と51条の前段。当事者が引き込む引受承継、50条と51条の後段。そして、法律に基づかない任意的当事者変更です。

補助線の板(当事者に加わる/代わるの軸×本人の意思/当事者の申立て/法律上当然の軸=加わる:本人の意思=独立当事者参加・共同訴訟参加/代わる:本人の意思=参加承継・当事者の申立て=引受承継・法律上当然=当然承継) 図:補助線の板

  • 当事者に加わる
  • 代わるの軸×本人の意思
  • 当事者の申立て
  • 法律上当然の軸=加わる:本人の意思=独立当事者参加・共同訴訟参加
  • 代わる:本人の意思=参加承継・当事者の申立て=引受承継・法律上当然=当然承継

もう1本、補助線を引きます。当事者に加わるのか、代わるのか。そして、本人の意思か、当事者の申立てか、法律上当然か。この2つの軸で並べると、参加承継は、代わる、かつ本人の意思。引受承継は、代わる、かつ当事者の申立て。当然承継は、代わる、かつ法律上当然、と位置が決まります。加わっても、もとの当事者は残ります。代わるなら、もとの当事者は抜けていく側です。参加承継や引受承継では、48条の脱退という形で、抜けることができます。ここで区別できていれば、4つの道は混ざりません。ここまでで、第一審の中で、誰がどのように当事者になるのかが、出そろいました。次の章では、判決が出たあとの争い方、上訴と再審に進みます。

今日の地図(保存版)

総括の板(冒頭の答え=CはBから受け継いだ退去義務の承継人=Cが51条前段で自分から参加するかAが50条で引受けを申し立てて引き込みどちらでも判決の対象になる/参加承継=40条の規律・引受承継=39条+50条3項で41条準用/訴訟状態は原則拘束・手続保障が代替されていない場合は限定・固有の防御方法は出せる/任意的当事者変更=新訴提起と旧訴取下げの複合行為/第4章の4つの道) 図:総括の板

  • 冒頭の答え=CはBから受け継いだ退去義務の承継人=Cが51条前段で自分から参加するかAが50条で引受けを申し立てて引き込みどちらでも判決の対象になる
  • 参加承継=40条の規律・引受承継=39条+50条3項で41条準用
  • 訴訟状態は原則拘束・手続保障が代替されていない場合は限定・固有の防御方法は出せる
  • 任意的当事者変更=新訴提起と旧訴取下げの複合行為
  • 第4章の4つの道

まとめます。冒頭のCさんに戻ります。Bさんから建物の一部を借りて、占有を受け継いだCさんは、最高裁の判断によれば、紛争の主体たる地位を承継した人です。Cさんが51条の前段で自分から参加しても、Aさんが50条で引受けを申し立てて引き込んでも、Cさんは訴訟に入り、判決の対象になります。5つ、振り返ります。1つめ、参加承継は承継人の意思で入る、引受承継は当事者の申立てで決定により入れる。権利承継にも義務承継にも、両方の道があります。49条は、時効の完成猶予と期間の遵守を、初めに遡らせます。2つめ、審理の原則は、参加承継が40条の規律、引受承継は39条で、50条3項により41条が準用されます。3つめ、承継人は、訴訟状態を原則として引き継ぎます。ただし、手続保障が代わりに満たされていない場合には、限りがあります。固有の防御方法は、承継人にあたる人でも別に出せます。4つめ、任意的当事者変更は、法律に基づかない当事者の取換えで、新訴の提起と旧訴の取下げの複合行為です。明文のない、原告による被告の追加を、最高裁は認めていません。5つめ、第4章は、請求を増やす、当事者が複数、後から入る、途中で入れ替わる、の4つの道で整理できます。

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第5章上訴・再審

#85単独ページ動画

上訴の仕組みと上訴の利益

第5章 上訴・再審 #85/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

一部だけ認められた判決——控訴できるのはどちらか

冒頭の関係図(原告A=工務店・被告B=施主/AはBに請負代金200万円を請求/第一審の判決=150万円を認容・50万円を棄却=一部認容/Aは50万円が認められず不満・Bは150万円の支払を命じられて不満/問い=控訴できるのはどちらか) 図:冒頭の関係図

  • 原告A=工務店・被告B=施主
  • AはBに請負代金200万円を請求
  • 第一審の判決=150万円を認容・50万円を棄却=一部認容
  • Aは50万円が認められず不満・Bは150万円の支払を命じられて不満
  • 問い=控訴できるのはどちらか

Aさんは工務店を営んでいます。施主のBさんに、請負代金200万円の支払を求めて訴えました。第一審の裁判所は、200万円のうち150万円だけを認め、残りの50万円は認めませんでした。Aさんは、50万円が認められなかったことに納得していません。一方でBさんも、150万円もの支払を命じられたことに納得していません。控訴できるのは、両方です。原告のAさんも、被告のBさんも、控訴できます。Aさんが控訴すれば、Aさんが控訴人、Bさんが被控訴人です。Bさんが控訴すれば、立場は逆になります。双方が控訴すれば、それぞれが控訴人であり、被控訴人でもあります。

では、一歩進めます。全部勝ったはずなのに、控訴できる人がいます。それは誰で、なぜ控訴できるのか。今日は、ここまで通します。

三審制と、事実審・法律審

三審制のピラミッド(第一審=事実審/第二審=控訴審=事実審/第三審=上告審=法律審/上へ行くほど見るものが絞られる/地方裁判所が第一審→高等裁判所→最高裁判所/簡易裁判所が第一審→地方裁判所が控訴審→高等裁判所が上告審) 図:三審制のピラミッド

  • 第一審=事実審
  • 第二審=控訴審=事実審
  • 第三審=上告審=法律審
  • 上へ行くほど見るものが絞られる
  • 地方裁判所が第一審→高等裁判所→最高裁判所
  • 簡易裁判所が第一審→地方裁判所が控訴審→高等裁判所が上告審

上訴とは、上級の裁判所に、下級の裁判所がした裁判を見直してもらう制度です。日本では、最高裁判所を頂点にして、原則として3回まで裁判を受けられます。これを三審制といいます。上訴は、判決が確定して後戻りできなくなる前の、最後の手直しの機会です。家の工事なら、引き渡しの前に、手直しを言える最後の日にあたります。大事なのは、審級ごとに、見るものが違うことです。第一審と、第二審の控訴審は、法律の当てはめの誤りだけでなく、事実の認定の誤りも見直します。こうした審級を、事実審といいます。第三審の上告審は、原判決の法律の適用の誤りだけを見直します。こうした審級を、法律審といいます。

事実を確かめ直すのは、控訴審までの2回です。何度も事実から調べ直していたら、裁判はいつまでも終わりません。だから最後の審級は、法律の当てはめが正しいかどうかに絞って見直す、という役割分担になっています。喩えるなら、家の検査です。控訴審までは、現場に入って、壁の中まで確かめ直す検査です。上告審は、図面と法律に照らして、決まりに合っているかだけを確かめる最終検査です。経路も確認します。地方裁判所が第一審なら、高等裁判所が控訴審、最高裁判所が上告審です。簡易裁判所が第一審なら、地方裁判所が控訴審、高等裁判所が上告審になります。細かい点は、控訴と上告の回で扱います。

憲法は、三審制を求めているんですか。違います。憲法32条は、裁判を受ける権利を保障していますが、何回まで裁判を受けさせるかは、法律に委ねられています。三審制は、憲法が要求している制度ではなく、法律が選んだ制度です。

上訴の3種類

上訴の3種類の表(控訴=第一審の終局判決に対する=事実審の審理・281条1項/上告=控訴審の終局判決などに対する=法律審・311条1項/抗告=決定・命令に対する不服申立て・328条/覚え方=判決は控訴か上告・決定と命令は抗告) 図:上訴の3種類の表

  • 控訴=第一審の終局判決に対する=事実審の審理・281条1項
  • 上告=控訴審の終局判決などに対する=法律審・311条1項
  • 抗告=決定・命令に対する不服申立て・328条
  • 覚え方=判決は控訴か上告・決定と命令は抗告

上訴は、3種類あります。第一審の終局判決に対するのが控訴、控訴審の終局判決などに対するのが上告です。そして、決定や命令に対する不服申立てが、抗告です。覚え方は、判決なら控訴か上告、決定と命令なら抗告です。同じ上訴でも、対象が違います。冒頭の場面なら、Bさんは、150万円の支払を命じた第一審の判決に控訴します。控訴審の判決にも不服なら、次は上告です。判決は、訴えの結論を出すような重要な裁判で、口頭弁論を開いて、判決書を作って言い渡します。決定と命令は、もっと手続的な事柄の裁判で、口頭弁論を開くかどうかを、裁判所が決められます。決定は裁判所が、命令は裁判長などが出す点で違います。抗告が別の道になっているのは、決定や命令の多くが、手続の途中で出る付随的な判断だからだと説明されます。それへの不服を、本案の判決と一緒に最後まで持ち越すと、手続が複雑になるので、簡易な不服申立ての道を、別に用意している、という理由づけです。

上訴制度の目的——救済と統一

上訴の目的の対比(目的は2つ=1誤判からの当事者の救済・2法令解釈と法適用の統一/控訴と抗告=救済が主で争いはほぼない/上告=主目的の見解が3つ=法統一説・当事者救済説・併存説) 図:上訴の目的の対比

  • 目的は2つ=1誤判からの当事者の救済・2法令解釈と法適用の統一
  • 控訴と抗告=救済が主で争いはほぼない
  • 上告=主目的の見解が3つ=法統一説・当事者救済説・併存説

上訴の目的は、大きく2つあります。1つめは、誤った裁判からの、当事者の救済です。裁判官も人間ですから、誤りはありえます。確定する前に直す機会がなければ、裁判は本当の救済にならず、国民の信頼も揺らぎます。2つめは、法令の解釈と適用の統一です。同じ法律なのに、裁判所ごとに答えが違っては困るからです。事実審である控訴は、1つめの救済が主な目的です。この点は、ほとんど争いがありません。争いがあるのは、法律審である上告の、主な目的です。

上告の目的をめぐる3つの見解(法統一説=法の統一が主・根拠=判例変更は大法廷で裁判する=裁判所法10条3号/当事者救済説=当事者の救済が主・敗訴当事者の上告がなければ法の統一も実現しない/併存説=どちらが主かを論じる実益は乏しい) 図:上告の目的をめぐる3つの見解

  • 法統一説=法の統一が主・根拠=判例変更は大法廷で裁判する=裁判所法10条3号
  • 当事者救済説=当事者の救済が主・敗訴当事者の上告がなければ法の統一も実現しない
  • 併存説=どちらが主かを論じる実益は乏しい

見解は3つあります。1つめは、法の統一が主だとする見解です。上告審は法律審で、判例を変えるときは、最高裁の裁判官全員がそろう大法廷で裁判する、という決まりが根拠として挙げられます。2つめは、当事者の救済が主だとする見解です。敗訴した当事者が上告しなければ、法の統一も実現しないからです。3つめは、どちらが主かを論じる実益は乏しいとする見解です。3つを並べて、押さえてください。1つめの根拠になる条文を見ます。

条文裁判所法10条3号

裁判所法10条(大法廷及び小法廷の審判) 第十条 事件を大法廷又は小法廷のいずれで取り扱うかについては、最高裁判所の定めるところによる。但し、左の場合においては、小法廷では裁判をすることができない。 (一号及び二号 略) 三 憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき。

3号です。憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するときは、小法廷では裁判ができません。法統一説の側は、この規定を次のように受け止めます。最高裁には、ふだん事件を分担する小法廷が、3つあります。それぞれが自由に先例と違う判断をしたら、同じ法律の答えが、どの小法廷に当たったかで割れてしまう。だから先例を変えるときは、全員がそろう大法廷でしか変えられない。上告審の仕組みそのものが、法律の答えを1つにそろえる方向に作られている。だから上告の主な目的は法の統一だ、という理屈です。

控訴は、当事者の救済に軸足があります。上告は、救済と統一のどちらに重心があるか、見解が分かれる、という整理になります。

上訴の一般的要件——入口の関門4つ

上訴の一般的要件の表(1不服申立てのできる裁判=281条1項・283条ただし書/2方式と期間=控訴状を第一審裁判所へ・送達から2週間の不変期間=285条/3放棄や不上訴の合意がない=284条・281条1項ただし書/4上訴の利益がある/適法でなければ却下=裁判所が職権で調べる) 図:上訴の一般的要件の表

  • 1不服申立てのできる裁判=281条1項・283条ただし書
  • 2方式と期間=控訴状を第一審裁判所へ・送達から2週間の不変期間=285条
  • 3放棄や不上訴の合意がない=284条・281条1項ただし書
  • 4上訴の利益がある
  • 適法でなければ却下=裁判所が職権で調べる

上訴が出されたら、裁判所は、いきなり不服の中身を審理するわけではありません。まず、適法な上訴かどうかを確認します。適法でなければ、中身に入らずに却下します。要件があるかどうかは、裁判所が職権で調べます。訴訟要件のときと同じ発想です。一般的な要件は、4つあります。順に見ます。1つめは、不服申立てのできる裁判であること。2つめは、方式と期間を守ること。3つめは、上訴の権利を放棄していないことと、上訴をしない合意が、ないこと。4つめは、上訴の利益があることです。

条文民事訴訟法281条1項

民事訴訟法281条1項(控訴をすることができる判決等) 第二百八十一条 控訴は、地方裁判所が第一審としてした終局判決又は簡易裁判所の終局判決に対してすることができる。ただし、終局判決後、当事者双方が共に上告をする権利を留保して控訴をしない旨の合意をしたときは、この限りでない。

本文が、1つめの要件です。控訴は、第一審の終局判決に対してできます。ただし書は、3つめの要件に関わります。終局判決のあとで、双方が、控訴はしないで、上告の権利は残しておく、と合意したときは、控訴できません。第一審から、控訴審を飛び越えて上告する合意なので、飛越上告の合意ともいいます。

条文民事訴訟法283条

民事訴訟法283条(控訴裁判所の判断を受ける裁判) 第二百八十三条 終局判決前の裁判は、控訴裁判所の判断を受ける。ただし、不服を申し立てることができない裁判及び抗告により不服を申し立てることができる裁判は、この限りでない。

283条です。終局判決とは、その審級の審理を締めくくる判決です。それより前の途中の裁判、たとえば、判決の種類の回で見た、争点の一部を先に片づける中間判決は、それだけを取り出して争うのではなく、終局判決に対する控訴と一緒に、控訴審の判断を受けます。ただし書のとおり、不服を申し立てられない裁判や、抗告で争える裁判は除かれます。

放棄と期間の板(控訴権の放棄=284条=放棄すれば控訴は不適法/控訴の期間=285条=電子判決書等の送達を受けた日から2週間の不変期間/上告も2週間・即時抗告は1週間/期間内に何もしなければ期間満了で確定=116条1項) 図:放棄と期間の板

  • 控訴権の放棄=284条=放棄すれば控訴は不適法
  • 控訴の期間=285条=電子判決書等の送達を受けた日から2週間の不変期間
  • 上告も2週間・即時抗告は1週間
  • 期間内に何もしなければ期間満了で確定=116条1項

条文民事訴訟法284条

民事訴訟法284条(控訴権の放棄) 第二百八十四条 控訴をする権利は、放棄することができる。

284条です。控訴する権利は、あらかじめ捨てることもできます。放棄をしたら、控訴は不適法になります。これも、3つめの要件です。

条文民事訴訟法285条

民事訴訟法285条(控訴期間) 第二百八十五条 控訴は、電子判決書又は第二百五十四条第二項の規定により当事者及び法定代理人、主文、請求並びに理由の要旨が記録された電子調書の送達を受けた日から二週間の不変期間内に提起しなければならない。ただし、その期間前に提起した控訴の効力を妨げない。

285条は、2つめの要件の期間です。電子判決書などの送達を受けた日から、2週間です。不変期間なので、裁判所が勝手に伸ばしたり縮めたりできません。控訴状は、第一審の裁判所に出します。上告の期間も、同じく2週間です。即時抗告は、1週間になります。期間が満了して、判決は確定します。確定すると、もう上訴では争えなくなります。116条の1項が、確定の時期を、期間の満了と結びつけています。既判力の回の入口で見たとおりです。冒頭のBさんでいえば、判決の送達を受けてから2週間、何もしなければ、150万円の支払を命じた判決は確定します。あとから不服を言っても、もう上訴では争えません。補足です。少額訴訟の終局判決には、控訴ができません。代わりに、同じ裁判所への異議で争います。法定審理期間訴訟という手続の終局判決にも、訴えを却下した判決を除いて、控訴ができません。こちらも異議です。中身は、それぞれの手続の回で扱います。1つめから3つめは、条文を読めば出てくる入口の条件です。4つめの、上訴の利益は、条文に書かれていません。ここからが、今日の山場です。

上訴の利益——この回の山

上訴の利益の定義と判断基準(上訴の利益=上訴人が原裁判に対する不服の当否について上級審の審判を求めることができる訴訟法上の地位/訴えの利益の上訴版/判断基準=原審での申立てと原裁判の主文を比べる/主文が申立てに届かないときだけ利益がある) 図:上訴の利益の定義と判断基準

  • 上訴の利益=上訴人が原裁判に対する不服の当否について上級審の審判を求めることができる訴訟法上の地位
  • 訴えの利益の上訴版
  • 判断基準=原審での申立てと原裁判の主文を比べる
  • 主文が申立てに届かないときだけ利益がある

上訴の利益を確認する前に、第1章の訴えの利益の回を、思い出してください。訴えの利益は、何のために入口で確認されるのでしたか?その訴えについて、判決を出す意味があるかどうかを測る、訴訟要件でした。判決を出す意味があるかを、入口で測るのが、訴えの利益でした。上訴の利益は、その上訴版です。上訴人が、原裁判について、上級審に判断してもらう意味があるか。これがなければ、その上訴は不適法です。判断の基準は、明快です。原審で当事者がした申立てと、原裁判の主文を比べます。主文が、申立てに届いていないときにだけ、上訴の利益を認めます。求めたものより少ししかもらえなかった人は、確定すると、取りこぼしが確定します。だから、確定を止めて、見直しを求める資格がある、という考え方です。この基準を、形式的不服説といいます。判例の結論も、この枠と合っています。ここは、論文でも論点になりうるところです。

訂正(2026-10-11) 動画では2か所で「判例も、申立てと主文の比較という枠で考えています」と説明していました。しかし、最判昭和31・4・3 の全文に、申立てと主文を比べるという定式は出てきません。判決が述べているのは、勝訴した請求について判決の理由の中の判断だけを攻撃する上告は、上告の前提となる利益を欠く、という結論までです。申立てと主文を比べる定式(形式的不服説)は学説による整理で、判例の結論がこの枠と合う、というのが正確です。本文は訂正済みです。

⭐ 論文で書く規範:【上訴の利益の判断基準】原審での申立てと原裁判の主文を比べ、主文が申立てに届かないときにだけ、上訴の利益が認められる。ただし、確定により既判力その他の拘束力で後訴では救済されない不利益があるときは、例外的に認められる。 (解釈で立てる基準(条文に明文なし)・重要度A)

この基準を、冒頭の場面に当てはめます。

上訴の利益の一覧・その1(冒頭のAとBに当てはめ/Aの申立て=200万円の支払・主文=150万円のみ認容→利益あり/Bの申立て=請求棄却・主文=150万円の支払を命じる→利益あり/全部勝訴した当事者=求めたとおりの主文なので原則利益なし/請求棄却判決を受けた原告=求めた額に届かず利益あり) 図:上訴の利益の一覧・その1

  • 冒頭のAとBに当てはめ
  • Aの申立て=200万円の支払・主文=150万円のみ認容→利益あり
  • Bの申立て=請求棄却・主文=150万円の支払を命じる→利益あり
  • 全部勝訴した当事者=求めたとおりの主文なので原則利益なし
  • 請求棄却判決を受けた原告=求めた額に届かず利益あり

Aさんは、200万円を求めて、150万円しか認められていません。主文が申立てに届いていないので、利益があります。Bさんは、請求棄却を求めたのに、逆に150万円の支払いを、命じられました。棄却を求めたのに認容されたのですから、これも届いていません。だから、Bさんにも利益があります。一部認容なら、原告にも被告にも、控訴の利益があるのです。反対に、求めたとおりの主文を得た当事者、つまり全部勝訴した当事者には、原則として利益がありません。たとえば冒頭のAさんが、請求した200万円の全部を認められていたら、Aさんに控訴の利益はありません。請求が全部棄却された原告には、利益があります。求めた額に届いていないからです。

予備的併合で、主位請求が棄却されて予備的請求が認容されると、原告は主位請求に届かず、被告は棄却を求めたのに認容されています。どちらも主文が申立てに届いていないので、双方に利益があります。

上訴の利益の一覧・その2(被告が請求棄却を求めたが第一審は訴えの利益なしとして請求を排斥/被告は形式的には全部勝訴に見える/控訴審は勝訴しているから利益なしとして控訴を却下/最高裁は破棄=控訴の利益あり/逆の場面=訴え却下を求めた被告に請求棄却判決=本案の勝訴は却下より被告に有利=原則利益なし) 図:上訴の利益の一覧・その2

  • 被告が請求棄却を求めたが第一審は訴えの利益なしとして請求を排斥
  • 被告は形式的には全部勝訴に見える
  • 控訴審は勝訴しているから利益なしとして控訴を却下
  • 最高裁は破棄=控訴の利益あり
  • 逆の場面=訴え却下を求めた被告に請求棄却判決=本案の勝訴は却下より被告に有利=原則利益なし

ここから、形式的には勝っているように見える、微妙な場面を、3つ見ます。まず、1つめ。被告が、請求棄却を求めていたのに、第一審が、訴えの利益がないとして原告の請求を退けた場合です。見た目は、被告の勝訴です。この被告は、控訴できるでしょうか。事案を確認します。不動産の登記の抹消を求める訴えで、第一審は、原告らの請求を棄却しました。ただ、その理由は、訴えの利益がない、というものでした。請求棄却を求めていた被告は、これを不服として控訴しました。ところが控訴審は、被告は第一審で勝訴しているから、控訴の利益がない、として、控訴を却下しました。最高裁は、この控訴審の判断を、違法だとして破棄しました。判決文では、被告を上告人、原告らを被上告人らと呼んでいます。聞いてください。

判例最判昭40・3・19 民集19巻2号484頁

最高裁判決(登記抹消登記請求権の存在しないことの確定を求める被告の控訴の利益) 右第一審判決は、結局訴の利益がないとして被上告人らの請求を棄却したものであるから、形式的には上告人が全部勝訴の判決を得たかの如き観を呈するが、上告人は更に被上告人ら主張の前記登記抹消登記請求権の存在しないことの確定を求めるため、第一審判決に対し控訴の利益を有するものと解するのを相当とする。しかるに、上告人は第一審判決において勝訴しているから控訴の利益がないという理由で上告人の本件控訴を却下した原判決は、違法であつて、破棄を免れない。

主文は請求棄却でも、理由は、訴えの利益がない、という入口の判断だけです。登記を抹消する請求権があるかないか、という中身には、踏み込んでいません。だから、この判決が確定しても、請求権が存在しないことまでは確定しません。ところが被告が求めていたのは、まさにその、請求権がない、という中身の判断でした。それが得られていない以上、形式的には全部勝訴に見えても、控訴の利益がある、と判決は言っています。決め手は、被告が求めた実体の判断が、得られていないことです。2つめは、その逆の場面です。被告が、訴えを却下せよ、と求めたのに、裁判所が、請求権はないと中身まで判断して、請求を棄却した場合です。却下は、中身に入らずに入口で退けること。棄却は、中身を判断したうえで退けることです。1つめの事案は、主文こそ棄却でしたが、中身は判断していませんでした。こちらは、中身まで判断した本案の勝訴ですから、却下よりも被告に有利です。だから、この被告には、原則として利益がありません。同じ、被告が形式的に勝った場面でも、向きが逆になります。

見分け方は、被告が求めたものより、判決が少ないかどうかです。請求棄却を求めたのに、実体の判断が得られなかったなら、届いていません。訴えの却下を求めたのに、それより有利な請求棄却が出たなら、届いています。

理由中の判断だけを争う上告の板(原審で勝った請求について判決理由中の判断だけを攻撃する上告/既判力は訴訟物の判断にとどまり理由中の判断には及ばない/別の訴えや応訴で争える/上告の前提たる利益を欠く/上訴の利益は控訴でも上告でも同じ枠) 図:理由中の判断だけを争う上告の板

  • 原審で勝った請求について判決理由中の判断だけを攻撃する上告
  • 既判力は訴訟物の判断にとどまり理由中の判断には及ばない
  • 別の訴えや応訴で争える
  • 上告の前提たる利益を欠く
  • 上訴の利益は控訴でも上告でも同じ枠

3つめの場面です。勝ちはしたが、判決の理由の中の判断が、自分の主張と違う場合です。

判例最判昭31・4・3 民集10巻4号297頁

最高裁判決(勝訴した請求について判決理由中の判断だけを攻撃する上告) すべて上告人が勝訴した被上告人の(イ)の請求につき、原審がなした判決理由中の判断を攻撃するにとゞまり、上告人が敗訴した(ロ)及び(ハ)の請求に対する不服でないことが明らかである。そして所有権に基く登記請求の訴についてなされた判決の既判力は、その事件で訴訟物とされた登記請求権の有無を確定するにとゞまり、判決の理由となつた所有権の帰属についての判断をも確定するものではないから……、上告人は本件において(イ)の請求につき敗訴しても、なお、自ら訴を提起し又は相手方の請求に応訴することによつて、(一)の不動産の所有権が自己に存することを主張して争うことができるのであるから、所論は結局上告の前提たる利益を欠くものと云わなければならない。

この事案は、上告です。上訴の利益は、控訴でも上告でも、同じ枠で考えます。原審で勝った請求について、理由の中の判断だけを攻撃した上告は、上告の前提となる利益を欠く、と判決は言っています。判決が挙げている理由は、既判力が訴訟物の判断にとどまり、判決の理由になった所有権の判断には及ばない、という点です。だから、理由の中の判断が気に入らなくても、あとで自分で訴えを起こしたり、相手の請求に応訴したりして、争える。争える以上、いま上告する利益はない、という筋です。整理します。求めたものに主文が届いていれば、原則として利益はありません。理由の中の判断が違うだけでは、原則として利益になりません。ただし、この原則には例外があります。次に見ます。

例外——主文は勝ちでも控訴できる3場面

例外3つの板(共通点=確定により既判力その他の拘束力で後訴では救済されない不利益があるか/1相殺の抗弁で棄却判決を得た被告/2人事訴訟法25条の別訴禁止/3一部請求で全部勝訴した原告の残部請求) 図:例外3つの板

  • 共通点=確定により既判力その他の拘束力で後訴では救済されない不利益があるか
  • 1相殺の抗弁で棄却判決を得た被告
  • 2人事訴訟法25条の別訴禁止
  • 3一部請求で全部勝訴した原告の残部請求

形式的不服説をそのまま当てはめると、足りなくなる場面が3つあります。共通点は、主文は勝ちでも、確定すると、既判力などの拘束力で、あとから取り返せない不利益がある、ということです。1つめは、相殺の抗弁です。既判力の客観的範囲の回で見た、判決の理由の中の判断に既判力が生じるかどうかを、思い出してください。原則は、生じるでしょうか?原則は、生じません。114条1項で、既判力は、主文に包含するものに限られます。例外として、相殺の抗弁だけは、明文で認められていました。その明文の例外が、114条2項です。

条文民事訴訟法114条2項

民事訴訟法114条2項(既判力の範囲) 2 相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。

相殺の抗弁と控訴の利益の板(AがBに代金200万円を請求/Bは払う義務がないと争い予備的に損害賠償債権200万円で相殺を主張/裁判所は代金債権の成立を認め反対債権も認めて相殺し請求棄却/主文は棄却でBは形式的に全部勝訴/確定すると反対債権200万円が既判力で失われる=114条2項/Bは代金債権はそもそも不存在との理由で控訴の利益あり) 図:相殺の抗弁と控訴の利益の板

  • AがBに代金200万円を請求
  • Bは払う義務がないと争い予備的に損害賠償債権200万円で相殺を主張
  • 裁判所は代金債権の成立を認め反対債権も認めて相殺し請求棄却
  • 主文は棄却でBは形式的に全部勝訴
  • 確定すると反対債権200万円が既判力で失われる=114条2項
  • Bは代金債権はそもそも不存在との理由で控訴の利益あり

具体例で見ます。Aさんが、Bさんに代金200万円を請求しました。Bさんは、そもそも払う義務がない、と争い、予備的に、工事の不具合による損害賠償の債権200万円で相殺する、と主張しました。裁判所は、代金債権が成立していることを認めたうえで、Bさんの損害賠償債権も認めて、相殺により、請求を棄却しました。主文は、請求棄却です。Bさんは、形式的には全部勝訴です。しかし、この判決が確定すると、相殺に使った、Bさんの損害賠償債権200万円が、相殺をもって対抗した額について、なかったことになります。114条2項の既判力が生じるからです。Bさんは、200万円の債権を失ったことが確定してしまいます。だからBさんには、控訴の利益があります。控訴審で、代金債権はそもそも存在しない、という理由で棄却を勝ち取れば、損害賠償債権は使われずに残ります。理由の中の判断ですが、既判力が生じるので、例外的に認められるのです。控訴審で、Bさんが控訴した結果、かえって不利になることはないか、という問題は、控訴の回で扱います。

答案では、まず申立てと主文を比べて、形式的には届いていると述べます。そのうえで、相殺の抗弁に基づく判断は、114条2項で既判力を持ち、確定すると反対債権を失う不利益があるから、利益を認めるべきだ、と続けます。

人事訴訟法25条と別訴禁止の板(離婚を求める本訴で被告が請求棄却を得て勝訴/被告にも離婚を求めるべき事情があった/確定後は被告は反訴で主張できた事実に基づく別訴を提起できない=人訴25条2項/確定前に控訴して控訴審で反訴を提起する道=人訴18条1項/後訴が許されない場合は全部勝訴でも利益を認める) 図:人事訴訟法25条と別訴禁止の板

  • 離婚を求める本訴で被告が請求棄却を得て勝訴
  • 被告にも離婚を求めるべき事情があった
  • 確定後は被告は反訴で主張できた事実に基づく別訴を提起できない=人訴25条2項
  • 確定前に控訴して控訴審で反訴を提起する道=人訴18条1項
  • 後訴が許されない場合は全部勝訴でも利益を認める

2つめは、人事訴訟法25条の、別訴の禁止です。

条文人事訴訟法25条

人事訴訟法25条(判決確定後の人事に関する訴えの提起の禁止) 第二十五条 人事訴訟の判決(訴えを不適法として却下した判決を除く。次項において同じ。)が確定した後は、原告は、当該人事訴訟において請求又は請求の原因を変更することにより主張することができた事実に基づいて同一の身分関係についての人事に関する訴えを提起することができない。 2 人事訴訟の判決が確定した後は、被告は、当該人事訴訟において反訴を提起することにより主張することができた事実に基づいて同一の身分関係についての人事に関する訴えを提起することができない。

条文人事訴訟法18条1項

人事訴訟法18条1項(訴えの変更及び反訴) 第十八条 人事訴訟に関する手続においては、民事訴訟法第百四十三条第一項及び第四項、第百四十六条第一項並びに第三百条の規定にかかわらず、第一審又は控訴審の口頭弁論の終結に至るまで、原告は、請求又は請求の原因を変更することができ、被告は、反訴を提起することができる。

ここは工事代金の話を離れて、離婚を求める訴えを例にします。原告が離婚を求めて訴え、被告は、離婚に応じない立場で、請求棄却を求めて、勝ちました。ところが、被告の側にも、離婚を求めたい事情がありました。この判決が確定すると、2項によって、被告は、反訴で主張できた事実に基づく離婚の訴えを、別に起こせなくなります。それを避ける道として、たとえば、勝訴した被告が確定前に控訴して、控訴審で自分の側から原告に離婚を求める反訴を出す、という道が考えられます。反訴の回で見た、被告から原告への訴え返しです。控訴審の口頭弁論が終わるまでは、被告は反訴を起こせます。人事訴訟法18条1項です。勝ったまま確定すれば、その道が消えます。あとの訴えが許されない場合には、全部勝訴でも上訴の利益を認めざるをえない、と説明されます。

一部請求と控訴の利益の板(Aが貸金の総額のうち一部だけを請求して全部認容/主文は申立てに届いている=形式的不服説では利益なし/残部まで請求を拡張したくて控訴したい/残部の後訴が許されないなら控訴で取り込む必要が出る/明示の一部請求なら残部の後訴が許される=黙示のまま全部勝訴した場合が問題) 図:一部請求と控訴の利益の板

  • Aが貸金の総額のうち一部だけを請求して全部認容
  • 主文は申立てに届いている=形式的不服説では利益なし
  • 残部まで請求を拡張したくて控訴したい
  • 残部の後訴が許されないなら控訴で取り込む必要が出る
  • 明示の一部請求なら残部の後訴が許される=黙示のまま全部勝訴した場合が問題

3つめは、一部請求です。Aさんが、貸金の総額のうち、一部だけを請求して、全部認めてもらったとします。残りの分まで請求したくなって、控訴して請求を広げたい。主文は申立てに届いているので、形式的不服説では、利益は認められません。ここで、一部請求の回を思い出してください。一部であることをはっきり示さないまま全部勝つと、その判決が確定したあとで、残りを請求することは許されませんでした。そうだとすると、残りを取り込む道は、確定前に控訴して、請求を広げることしかありません。だから、この場面も例外として、控訴の利益を認めるべきだ、という考え方があります。

一部だとはっきり示していたら、話は変わるんですか。変わります。はっきり示した請求なら、残りの後訴は許されるので、そもそも不利益が生じません。例外が問題になるのは、示さないまま全部勝訴した場合だけです。

新実体的不服説——例外を1本の物差しで

新実体的不服説の板(基準=確定した結果既判力などの拘束を受けてあとの訴訟でも取り戻せない重大な不利益を負うか/相殺=反対債権が既判力で失われる/人訴25条=後訴を封じられる/一部請求=残部請求を否定する立場なら不利益/理由中の判断だけを争う上告が退けられたのも別の訴えや応訴で争えるから/形式的不服説=明確だが例外が多い・新実体的不服説=例外を統一的に説明できるが致命的な不利益の判定が要る) 図:新実体的不服説の板

  • 基準=確定した結果既判力などの拘束を受けてあとの訴訟でも取り戻せない重大な不利益を負うか
  • 相殺=反対債権が既判力で失われる
  • 人訴25条=後訴を封じられる
  • 一部請求=残部請求を否定する立場なら不利益
  • 理由中の判断だけを争う上告が退けられたのも別の訴えや応訴で争えるから
  • 形式的不服説=明確だが例外が多い・新実体的不服説=例外を統一的に説明できるが致命的な不利益の判定が要る

例外が3つも出てくると、基準そのものを取り替えたくなります。学説には、基準を、主文の大小から、次のように置き換える見解があります。確定した結果、既判力などの拘束を受けて、あとの訴訟でも取り戻せない重大な不利益を負うか。これを、新実体的不服説といいます。この物差しなら、3つの例外を、同じ言葉で説明できます。相殺の抗弁は、反対債権が既判力で失われる不利益です。人事訴訟法25条は、後訴が封じられる不利益です。一部請求は、一部だと示さずに全部勝つと、残りを後訴で請求できなくなる不利益です。先ほどの、理由中の判断だけを争う上告が退けられたのも、別の訴えや応訴で争える、つまり後訴で救済される、という同じ軸で読めます。

二つの説は、結局どちらが良いんですか。分かれ目だけ整理します。形式的不服説は、基準が明確で、簡単に当てはめられますが、例外が多く出ます。新実体的不服説は、例外を統一的に説明できますが、致命的な不利益かどうかの判定が必要です。たとえば、一部請求の後に、残りの請求を認めるかどうかで、結論が変わります。判例の結論も、申立てと主文の比較という枠と合っています。ただし、この定式を、判決がそのまま述べているわけではありません。答案では、原則を形式的な基準で示して、例外を、確定により後訴で救済されない不利益という軸で述べると、筋が通ります。

上訴をすると何が起きるか——確定遮断と移審

上訴提起の効果2つ(確定遮断効=116条2項=上訴で判決の確定が止まる=既判力・形成力・執行力がまだ生じない/移審効=控訴の場合の根拠は規則174条=事件全体の係属が訴訟記録とともに原審から上級審へ移る/2つはセットで生じる/確定遮断は判決の確定の条文・移審は規則の事件送付の規定) 図:上訴提起の効果2つ

  • 確定遮断効=116条2項=上訴で判決の確定が止まる=既判力・形成力・執行力がまだ生じない
  • 移審効=控訴の場合の根拠は規則174条=事件全体の係属が訴訟記録とともに原審から上級審へ移る
  • 2つはセットで生じる
  • 確定遮断は判決の確定の条文・移審は規則の事件送付の規定

最後に、上訴をすると何が起きるかを見ます。効果は2つです。

条文民事訴訟法116条2項

民事訴訟法116条2項(判決の確定時期) 2 判決の確定は、前項の期間内にした控訴の提起、同項の上告の提起又は同項の申立てにより、遮断される。

1つめは、確定遮断効です。既判力の回で、判決が確定するタイミングとあわせて見た条文です。期間内に、控訴や上告を提起すると、判決の確定が止まります。2項の、同項の申立てというのは、上告受理の申立てのほか、手形小切手訴訟、少額訴訟、法定審理期間訴訟の異議の申立ても含みます。確定が止まるので、既判力や形成力は、まだ生じません。仮執行宣言が付いていなければ、執行力も生じません。

条文民事訴訟規則174条1項

民事訴訟規則174条1項(控訴提起による事件送付) 第百七十四条 控訴の提起があった場合には、第一審裁判所は、控訴却下の決定をしたときを除き、遅滞なく、事件を控訴裁判所に送付しなければならない。

2つめは、移審効です。事件全体の係属が、訴訟記録とともに、原審から上級審に移ります。根拠として挙げられるのが、規則174条1項です。控訴の提起があれば、第一審裁判所は、事件を控訴裁判所に送付します。冒頭のBさんが、期間内に控訴したとします。150万円の支払を命じた判決は、確定しません。これが確定遮断です。そして事件は、記録とともに、控訴審に移ります。これが移審です。確定遮断と移審は、別々に起こるんですか。違います。この2つは、セットで生じます。確定が止まるだけ、あるいは事件が移るだけ、とは考えません。ただし、条文の場所は違います。確定遮断は、上訴の章ではなく、判決の確定を定めた116条2項です。控訴の場合の移審の根拠は、法律ではなく、民事訴訟規則の174条です。ここは取り違えやすいところです。

上訴不可分の原則と、その例外

上訴不可分の原則の板(この節だけ別設例=AがBに請負代金150万円と別の貸金50万円を併合して請求・第一審はどちらも棄却/Aが請負代金についてだけ控訴/貸金請求も確定せず控訴審に移る=箱ごと運ぶ/移審の範囲=全部・審判の範囲=不服の限度=304条) 図:上訴不可分の原則の板

  • この節だけ別設例=AがBに請負代金150万円と別の貸金50万円を併合して請求・第一審はどちらも棄却
  • Aが請負代金についてだけ控訴
  • 貸金請求も確定せず控訴審に移る=箱ごと運ぶ
  • 移審の範囲=全部・審判の範囲=不服の限度=304条

この節だけ、別の小さな設例を使います。Aさんが、Bさんに、請負代金150万円と、別の貸金50万円を、1つの訴えにまとめて請求しました。第一審は、どちらの請求も棄却しました。Aさんは、請負代金についてだけ、控訴しました。このとき、貸金の請求は、どうなるでしょう。控訴されていないので、確定するように思えます。しかし、確定しません。確定遮断と移審は、上訴人が不服を言った部分を超えて、原裁判が扱った事項のすべてに及びます。これを、上訴不可分の原則といいます。客観的併合の回で、箱ごと上に運ばれる、と見た原則です。貸金の請求も、箱ごと控訴審に移ります。なぜ全部を運ぶのか。控訴したAさんは、控訴審の途中で、争う範囲を広げて、貸金の請求まで争うことができるからだと説明されます。先に確定させてしまうと、その道がふさがります。

貸金は不服を言っていないのに、控訴審は貸金まで判断できるんですか。そこが、混ぜてはいけない点です。移る範囲と、控訴審が実際に判断できる範囲は、別です。事件は全部移りますが、控訴審が原判決を変更できるのは、不服の申立ての限度だけです。

条文民事訴訟法304条

民事訴訟法304条(第一審判決の取消し及び変更の範囲) 第三百四条 第一審判決の取消し及び変更は、不服申立ての限度においてのみ、これをすることができる。

304条です。箱ごと運ばれても、箱の中で、変えてよいのは、不服を言った部分だけです。移審の範囲は全部、審判の範囲は不服の限度、と分けて考えます。この条文の中身は、控訴の回で、詳しく扱います。次に、この原則の例外です。ここも別の設例です。Aさんは工務店で、同じマンションの別々の部屋の施主である、BさんとCさんに、それぞれ別の契約に基づく工事代金を請求しました。共同訴訟です。第一審は、二人とも敗訴でした。

通常共同訴訟の例外の関係図(原告A=工務店・被告B・被告C=別の部屋の施主/AはBとCにそれぞれ別の契約の工事代金を請求する通常共同訴訟/第一審は二人とも敗訴/Bだけが控訴/Bへの請求だけ確定遮断と移審・Cへの請求は控訴期間の経過で確定/根拠=共同訴訟人独立の原則39条) 図:通常共同訴訟の例外の関係図

  • 原告A=工務店・被告B・被告C=別の部屋の施主
  • AはBとCにそれぞれ別の契約の工事代金を請求する通常共同訴訟
  • 第一審は二人とも敗訴
  • Bだけが控訴
  • Bへの請求だけ確定遮断と移審・Cへの請求は控訴期間の経過で確定
  • 根拠=共同訴訟人独立の原則39条

ここで、Bさんだけが控訴しました。するとどうなるでしょう。

条文民事訴訟法39条

民事訴訟法39条(共同訴訟人の地位) 第三十九条 共同訴訟人の一人の訴訟行為、共同訴訟人の一人に対する相手方の訴訟行為及び共同訴訟人の一人について生じた事項は、他の共同訴訟人に影響を及ぼさない。

39条の、共同訴訟人独立の原則が働きます。Bさんの控訴の効果は、Cさんには及びません。だから、確定遮断と移審が生じるのは、Bさんに対する請求だけです。Cさんに対する請求は、控訴期間が終われば確定します。ただし、この例外は、通常共同訴訟の話です。必要的共同訴訟では、1人が上訴すれば、確定が止まり事件が上に移る効果は、全員に及びます。前の章で見たとおりです。

今日の地図(保存版)

総括の板(冒頭の答え=一部認容ならAもBも申立てと主文を比べて届かないので控訴できる・全部勝ったのに控訴できる例=相殺の抗弁で勝った被告/5つ=1三審制と3種類2目的は救済と統一3要件4つ4上訴の利益は形式的不服説→例外3つ→新実体的不服説5確定遮断116条2項・移審規則174条・上訴不可分と39条の例外) 図:総括の板

  • 冒頭の答え=一部認容ならAもBも申立てと主文を比べて届かないので控訴できる・全部勝ったのに控訴できる例=相殺の抗弁で勝った被告
  • 5つ=1三審制と3種類2目的は救済と統一3要件4つ4上訴の利益は形式的不服説→例外3つ→新実体的不服説5確定遮断116条2項・移審規則174条・上訴不可分と39条の例外

まとめます。冒頭の問いに戻ります。一部認容の判決なら、AさんもBさんも控訴できます。申立てと主文を比べると、どちらも主文が届いていないからです。全部勝ったのに控訴できる人の代表は、相殺の抗弁で請求棄却を勝ち取った被告です。確定すると、反対債権が既判力で失われるからです。5つ、振り返ります。1つめ、三審制では、第一審と控訴審が事実審、上告審が法律審です。上訴は、判決に対する控訴と上告、決定と命令に対する抗告の3種類です。2つめ、上訴の目的は、誤判からの当事者の救済と、法令解釈の統一です。上告の主な目的は、見解が分かれます。3つめ、一般的な要件は4つです。不服申立てのできる裁判であること、方式と期間を守ること、放棄や上訴をしない合意がないこと、そして上訴の利益があることです。4つめ、上訴の利益は、申立てと主文を比べて判断します。例外が、相殺の抗弁、人事訴訟法25条、一部請求の3つあり、確定により後訴で救済されない不利益という軸で説明できます。5つめ、上訴をすると、確定が止まり、事件が上に移ります。根拠は、116条2項と、控訴の場合の規則174条です。移るのは全部でも、判断してよいのは不服の限度で、通常共同訴訟では、上訴の効果は他の共同訴訟人に及びません。次は、上訴のうち、控訴の中身に入ります。

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#86単独ページ動画

控訴と続審制

第5章 上訴・再審 #86/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

理由を書かない控訴状は門前払いか

冒頭の関係図(原告A=工務店・被告B=施主/AはBに請負代金200万円を請求/第一審の判決=150万円を認容・50万円を棄却/Aは棄却された50万円が不満で控訴状を提出/控訴状には判決のどこが間違いかを一行も書いていない/問い=この控訴は門前払いか) 図:冒頭の関係図

  • 原告A=工務店・被告B=施主
  • AはBに請負代金200万円を請求
  • 第一審の判決=150万円を認容・50万円を棄却
  • Aは棄却された50万円が不満で控訴状を提出
  • 控訴状には判決のどこが間違いかを一行も書いていない
  • 問い=この控訴は門前払いか

Aさんは工務店を営んでいます。施主のBさんに、請負代金200万円の支払を求めて訴えました。第一審の裁判所は、200万円のうち150万円だけを認め、残りの50万円は認めませんでした。Aさんは、棄却された50万円に納得できません。そこで控訴することにしました。ところが、控訴期間の最終日になって、控訴状に「この判決に不服なので控訴する」とだけ書いて出しました。判決のどこが間違っているのか、その理由は、一行も書いていません。門前払いにはなりません。控訴の理由は、控訴状に書かなくても、控訴はできます。では、いつまでに何を出せばよいのか。そして、控訴を受けた裁判所は、第一審の何を、どこまで調べ直すのか。今日は、控訴の起こし方から終わり方までを、一本の線で通します。

控訴の提起——どこへ、いつまで

控訴の提起の板(提出先=控訴状は第一審裁判所へ・286条1項/提出を受けた第一審裁判所が事件を控訴裁判所へ送付=規則174条/期間=判決書等の送達から2週間の不変期間・285条/言渡し後なら送達前の控訴も有効) 図:控訴の提起の板

  • 提出先=控訴状は第一審裁判所へ・286条1項
  • 提出を受けた第一審裁判所が事件を控訴裁判所へ送付=規則174条
  • 期間=判決書等の送達から2週間の不変期間・285条
  • 言渡し後なら送達前の控訴も有効

控訴の提起を見る前に、前回の内容を思い出してください。上訴を出すと起きる効果は、2つありました。何と何でしたか?確定遮断効と、移審効でした。確定が止まることと、事件が上に移ることです。移審とは、審理の場が下の裁判所から上の裁判所へ移ることでした。では、控訴のやり方を見ていきます。

条文民事訴訟法286条

民事訴訟法286条(控訴提起の方式) 第二百八十六条 控訴の提起は、控訴状を第一審裁判所に提出してしなければならない。 2 控訴状には、次に掲げる事項を記載しなければならない。 一 当事者及び法定代理人 二 第一審判決の表示及びその判決に対して控訴をする旨

1項です。控訴状は、これから審理をしてもらう控訴裁判所ではなく、判決をした第一審の裁判所に出します。間違えやすい点です。出された控訴状を受け取った第一審の裁判所は、控訴を却下する場合を除いて、遅滞なく事件を控訴裁判所に送ります。前回見た、規則174条です。上級の裁判所に判断してほしいのに、なぜ下の裁判所に出すんですか。条文がそう定めているからです。控訴状を受け取るのは第一審の裁判所で、そこから事件が控訴裁判所へ送られます。提出先を間違えないことが大切です。

条文民事訴訟法285条

民事訴訟法285条(控訴期間) 第二百八十五条 控訴は、電子判決書又は第二百五十四条第二項の規定により当事者及び法定代理人、主文、請求並びに理由の要旨が記録された電子調書の送達を受けた日から二週間の不変期間内に提起しなければならない。ただし、その期間前に提起した控訴の効力を妨げない。

期間を定めているのは、285条です。電子判決書などの送達を受けた日から2週間で、不変期間です。裁判所が伸ばしたり縮めたりできない期間で、自分の責任ではない事情で過ぎてしまったときは、期間の回で見た、追完という別の救済がありました。ただし書にも注意してください。その期間前に提起した控訴も有効です。判決の言渡しの回で見たとおり、判決の効力は、言い渡した日に生まれます。だから、言い渡されたあとなら、送達を待たずに控訴しても構いません。期間の始まりより早い控訴は、無効にはならないということです。期間が満了して、判決は確定します。Aさんでいえば、AさんもBさんも、送達から2週間のうちに控訴しなければ、棄却された50万円の部分も含めて、判決はそのまま確定します。補足です。控訴の対象は、原則として終局判決です。争点の一部を先に片づける中間判決などの途中の裁判は、それだけを取り出して控訴することはできず、終局判決への控訴と一緒に控訴審の判断を受けます。また、少額訴訟の終局判決と、法定審理期間訴訟の終局判決には控訴ができず、同じ裁判所への異議で争います。前者は377条と378条、後者は381条の6と381条の7です。ただし、法定審理期間訴訟でも、訴えを却下した判決に対しては、控訴ができます。

控訴理由は書かなくてもよい

控訴状に書くこと(必要的記載事項=1当事者と法定代理人・2第一審判決の表示と控訴する旨/控訴理由=判決の取消し変更を求める事由は必要的記載事項ではない/書いていなければ提起後50日以内に書面=規則182条/攻撃防御方法を書いた控訴状は準備書面を兼ねる) 図:控訴状に書くこと

  • 必要的記載事項=1当事者と法定代理人・2第一審判決の表示と控訴する旨
  • 控訴理由=判決の取消し変更を求める事由は必要的記載事項ではない
  • 書いていなければ提起後50日以内に書面=規則182条
  • 攻撃防御方法を書いた控訴状は準備書面を兼ねる

286条2項をもう一度見てください。控訴状に必ず書かなければならないのは、2つだけです。1つめは、当事者と法定代理人。2つめは、第一審判決の表示と、その判決に対して控訴をする旨です。条文のどこにも、判決のどこが間違いなのかという、控訴の理由は出てきません。つまり控訴の理由は、控訴状の必要的記載事項ではありません。冒頭のAさんの控訴状は、これら2つを満たしていれば、理由が一行もなくても、控訴として成立します。

条文民事訴訟規則182条

民事訴訟規則182条(控訴理由書) 第百八十二条 控訴状に第一審判決の取消し又は変更を求める事由の具体的な記載がないときは、控訴人は、控訴の提起後五十日以内に、これらを記載した書面を控訴裁判所に提出しなければならない。

理由を書いていなければ、その分は後から書面で出します。控訴の提起後50日以内に、取消しや変更を求める事由を書いた書面を、控訴裁判所に出すのです。控訴状の段階で理由を書くことも、もちろんできます。調べてもらえないわけではありません。理由書の出し方と、控訴審が実際に調べる範囲は、別の話です。控訴審が何を調べるかは、このあと続審制のところで見ます。控訴状に、相手の主張への反論や証拠の申出まで書いた場合は、その控訴状が準備書面を兼ねます。理由を書かない控訴状も、控訴として適法です。286条2項に、理由は入っていないからです。50日以内に、理由書を出せばよいのです。

控訴状の審査の板(必要的記載事項の不備=控訴審の裁判長が補正を命じる・補正しなければ命令で控訴状を却下=288条が準用する137条/手数料の不納付=裁判所書記官が納付を命ずる処分・納付しなければ裁判長が命令で控訴状を却下=288条が準用する137条の2/控訴状は被控訴人に送達=289条1項) 図:控訴状の審査の板

  • 必要的記載事項の不備=控訴審の裁判長が補正を命じる・補正しなければ命令で控訴状を却下=288条が準用する137条
  • 手数料の不納付=裁判所書記官が納付を命ずる処分・納付しなければ裁判長が命令で控訴状を却下=288条が準用する137条の2
  • 控訴状は被控訴人に送達=289条1項

控訴状が届いたあとの審査も確認します。必要的記載事項が欠けていると、控訴審の裁判長が、補正を命じます。288条が準用する137条の仕組みです。補正に応じなければ、裁判長が命令で控訴状を却下します。手数料が納められていない場合は、288条が準用する137条の2により、まず裁判所書記官が、納付を命ずる処分をします。それでも納付しなければ、裁判長が命令で控訴状を却下します。審査を通った控訴状は、被控訴人に送達されます。ここまでが、控訴の入口です。

附帯控訴——控訴された側の道具

事案βの板(AとBの関係/第一審=150万円認容・50万円棄却/Aは棄却された50万円について控訴=控訴人A/Bは認容された150万円が不満だが控訴期間内に控訴していない=被控訴人B/問い=BはAの控訴に乗って150万円の部分を争えるか) 図:事案βの板

  • AとBの関係
  • 第一審=150万円認容・50万円棄却
  • Aは棄却された50万円について控訴=控訴人A/Bは認容された150万円が不満だが控訴期間内に控訴していない=被控訴人B
  • 問い=BはAの控訴に乗って150万円の部分を争えるか

ここで、Bさんの側を見ます。Aさんが、棄却された50万円を不服として控訴しました。Bさんは、認容された150万円の支払にも不満がありますが、自分では控訴期間内に控訴していませんでした。この場合、Bさんはそのままでしょうか。争えます。それが附帯控訴です。

条文民事訴訟法293条

民事訴訟法293条(附帯控訴) 第二百九十三条 被控訴人は、控訴権が消滅した後であっても、口頭弁論の終結に至るまで、附帯控訴をすることができる。 2 附帯控訴は、控訴の取下げがあったとき、又は不適法として控訴の却下があったときは、その効力を失う。ただし、控訴の要件を備えるものは、独立した控訴とみなす。 3 附帯控訴については、控訴に関する規定による。ただし、附帯控訴の提起は、附帯控訴状を控訴裁判所に提出してすることができる。

1項です。被控訴人は、自分の控訴権が消えたあとでも、控訴審の口頭弁論が終わるまで、附帯控訴ができます。Bさんは、控訴期間を過ぎていても、Aさんの控訴に乗って、150万円の認容も変更してほしい、と求められます。なぜ、これが必要なのか。控訴審が判決を変えられるのは、控訴した人が不服を言った範囲に限られるからです。Aさんだけが控訴した事案では、Bさんに有利な方向に、たとえば150万円を100万円に減らす変更は、Bさんが附帯控訴をして初めてできます。なぜ範囲に限られるのか。何について、どこまで裁判を求めるかを決めるのは、当事者です。第一審で、原告が求めた以上の判決ができなかったのと同じ、処分権主義の考え方が、控訴審にも及んでいるのです。つまり附帯控訴は、被控訴人が、控訴審の審判の範囲を、自分のほうにも広げるための道具です。3項は、方式です。基本は控訴の規定によりますが、附帯控訴状は控訴裁判所に直接出してもよい、とされています。控訴状は第一審の裁判所に出しましたが、附帯控訴は、事件がすでに控訴裁判所にあるので、そちらに出せるのです。

附帯控訴の付従性と独立附帯控訴(附帯控訴=控訴に付き従う/Aが控訴を取り下げる→Bの附帯控訴も効力を失う/Aの控訴が不適法で却下→Bの附帯控訴も効力を失う/例外=Bの附帯控訴が控訴期間内にされ控訴の利益もある→独立した控訴とみなす=293条2項ただし書) 図:附帯控訴の付従性と独立附帯控訴

  • 附帯控訴=控訴に付き従う
  • Aが控訴を取り下げる→Bの附帯控訴も効力を失う
  • Aの控訴が不適法で却下→Bの附帯控訴も効力を失う
  • 例外=Bの附帯控訴が控訴期間内にされ控訴の利益もある→独立した控訴とみなす=293条2項ただし書

2項本文が、付従性です。附帯控訴は、控訴に便乗し、控訴に対抗して出すものです。だから、Aさんが控訴を取り下げたり、Aさんの控訴が不適法だとして却下されたりすると、Bさんの附帯控訴も一緒に効力を失います。Aさんが控訴を取り下げれば、Bさんの附帯控訴も効力を失うのが原則です。ただし書が例外です。Bさんの附帯控訴が、控訴の要件をそなえていれば、独立した控訴とみなされます。つまり、控訴期間内に出されていて、前回見た、控訴の利益もあるなら、Aさんの控訴が取り下げられても、Bさんの控訴として残ります。これを独立附帯控訴と呼びます。具体的には、Aさんの控訴を知ったBさんが、自分の控訴期間がまだ残っているうちに、附帯控訴として出したとします。Bさんは、そのとき自分で控訴することもできました。だから、形は附帯控訴でも、実質は自分の控訴として扱われます。あとから期間を過ぎて出した附帯控訴は、Aさんの控訴に付き従うだけで、Aさんが取り下げれば消えます。境目は、期間内に出したかどうかです。試験では、付従性と独立附帯控訴という効果を、しっかり押さえてください。

続審制——第一審に積み上げる

続審制の導入(第一審の資料はどうなるか=引き継がれる/新しい主張と証拠は出せるか=出せる/やり直しでも点検だけでもない/喩え=家の増築) 図:続審制の導入

  • 第一審の資料はどうなるか=引き継がれる
  • 新しい主張と証拠は出せるか=出せる
  • やり直しでも点検だけでもない
  • 喩え=家の増築

次は、控訴審での審理の進め方です。まず質問です。既判力の時的範囲の回で見た、基準時は、事実審のどの時点でしたか?事実審の口頭弁論終結時です。控訴審まで争えば、控訴審の口頭弁論終結時になったと思います。控訴審の弁論が終わる時点が基準になるのは、控訴審が、第一審とは別に、新しい事実まで取り込んで判断するからです。ここでは、その審理の型を見ます。喩えるなら、家の増築です。既存の壁はそのまま使い、足りない部屋だけを足します。

条文民事訴訟法296条

民事訴訟法296条(口頭弁論の範囲等) 第二百九十六条 口頭弁論は、当事者が第一審判決の変更を求める限度においてのみ、これをする。 2 当事者は、第一審における口頭弁論の結果を陳述しなければならない。

まず1項です。控訴審で口頭弁論をするのは、当事者が第一審判決の変更を求める限度でだけです。何を調べるかを決めるのは、控訴理由書に何を書いたかではなく、どこまでの変更を求めたかです。冒頭のAさんなら、棄却された50万円の部分です。続いて2項です。当事者は、第一審の口頭弁論の結果を陳述します。これを、弁論の更新といいます。第一審でどんな主張や証拠が出たかを、控訴審の口頭弁論に取り込む手続です。既存の壁を、そのまま使う作業にあたります。

条文民事訴訟法298条1項

民事訴訟法298条(第一審の訴訟行為の効力等) 第二百九十八条 第一審においてした訴訟行為は、控訴審においてもその効力を有する。

298条1項です。第一審でした訴訟行為は、控訴審でも効力を持ちます。第一審で自白したことや、提出した証拠は、控訴審でも生きています。そのうえで、控訴審でも新しい主張や証拠を出せます。これを更新権と呼びます。控訴審の審理は、第一審の手続の規定に準じて行われるので、攻撃防御方法は、訴訟の進行状況に応じた適切な時期に、控訴審でも出せます。増築で足す部屋にあたります。たとえばAさんが、第一審では出していなかった、残りの50万円分の工事をしたことを示す写真を、控訴審で初めて出す。これも、控訴審の判断材料になります。

続審・覆審・事後審の比較板(覆審=第一審の資料を使わず新しい資料を出す=ゼロからやり直し/続審=第一審の資料を使う(弁論の更新)・新しい資料も出せる(更新権)=積み上げる・控訴審の口頭弁論終結時の資料で判断/事後審=第一審の資料を使い新しい資料は原則出せない=第一審の資料だけで原判決の当否を点検/日本の民事の控訴審=続審) 図:続審・覆審・事後審の比較板

  • 覆審=第一審の資料を使わず新しい資料を出す=ゼロからやり直し
  • 続審=第一審の資料を使う(弁論の更新)・新しい資料も出せる(更新権)=積み上げる・控訴審の口頭弁論終結時の資料で判断
  • 事後審=第一審の資料を使い新しい資料は原則出せない=第一審の資料だけで原判決の当否を点検
  • 日本の民事の控訴審=続審

3つの型を並べます。覆審は、第一審の資料を使わず、控訴審でゼロからやり直す型です。家でいえば、更地にして建て直します。事後審は、第一審の資料だけで、原判決が正しかったかを点検する型で、新しい資料は原則出せません。建った家を、図面と見比べて検査するだけです。そして続審は、第一審の資料を引き継ぎ、新しい資料も足せる型です。これが増築です。わが国の民事の控訴審は、この続審です。控訴審の口頭弁論が終わった時点の資料で判断します。第一審のあとに起きた事情や、第一審で出さなかった主張も、控訴審の判断材料になります。先ほど確認した、既判力の基準時が控訴審の弁論終結時にずれるのは、そのためです。控訴審で、原告が訴えを変更するのに同意は要らず、被告が反訴を出すには、原則として相手方の同意が要る、というのも、前に見たとおりです。同時審判の申出も、控訴審の口頭弁論が終わるまでできます。これらは、第一審の手続が控訴審に延びる場面の例です。

更新権の歯止めの板(放っておくと第一審が軽視される・控訴審が遅れる/1裁判長が当事者の意見を聴いて提出すべき期間を定められる=301条1項/2期間経過後は期間内にできなかった理由を説明=301条2項/3時機に後れた攻撃防御方法の却下=157条も使える/4第一審で準備的口頭弁論・弁論準備手続を終えた事件では相手方の求めで理由を説明=298条2項) 図:更新権の歯止めの板

  • 放っておくと第一審が軽視される・控訴審が遅れる
  • 1裁判長が当事者の意見を聴いて提出すべき期間を定められる=301条1項
  • 2期間経過後は期間内にできなかった理由を説明=301条2項
  • 3時機に後れた攻撃防御方法の却下=157条も使える
  • 4第一審で準備的口頭弁論・弁論準備手続を終えた事件では相手方の求めで理由を説明=298条2項

ただし、何でも際限なく出せるとすると、第一審が軽んじられ、控訴審の審理も遅れます。そこで歯止めがあります。

条文民事訴訟法301条

民事訴訟法301条(攻撃防御方法の提出等の期間) 第三百一条 裁判長は、当事者の意見を聴いて、攻撃若しくは防御の方法の提出、請求若しくは請求の原因の変更、反訴の提起又は選定者に係る請求の追加をすべき期間を定めることができる。 2 前項の規定により定められた期間の経過後に同項に規定する訴訟行為をする当事者は、裁判所に対し、その期間内にこれをすることができなかった理由を説明しなければならない。

裁判長は、当事者の意見を聴いて、攻撃防御方法などを出す期間を定められます。その期間を過ぎてから出す当事者は、なぜ期間内にできなかったのか、理由を説明しなければなりません。このほか、時機に後れた攻撃防御方法を却下する仕組みも、控訴審で使えます。たとえばAさんが、さっきの写真を第一審のうちに出せたのに、わざと出さずにおき、控訴審の審理が終わりかけたころに出して、判決を遅らせるなら、却下されることがあります。第一審で準備的口頭弁論や弁論準備手続を終えた事件では、控訴審で新しい主張を出す当事者は、相手方の求めがあれば、理由を説明します。積み上げることはできても、無制限ではない、と押さえてください。

控訴審の終わり方(1)——取下げと和解

控訴審の終わり方の全体図(取下げ・和解=当事者が終わらせる/却下=形式の門前払い/棄却=第一審判決を正当とする/認容=第一審判決を取り消す→自判・差戻し・移送) 図:控訴審の終わり方の全体図

  • 取下げ・和解=当事者が終わらせる
  • 却下=形式の門前払い
  • 棄却=第一審判決を正当とする
  • 認容=第一審判決を取り消す→自判・差戻し・移送

ここから、控訴審がどう終わるかを見ます。終わり方は、大きく4つに分かれます。当事者が自分で終わらせる取下げと和解。形式が整っていないとして退ける却下。第一審判決を正当とする棄却。そして、第一審判決を取り消す認容です。まず、当事者が終わらせる場合です。控訴は、控訴審の終局判決があるまで、取り下げられます。取り下げると、控訴がなかったことになり、第一審判決がそのまま確定します。訴えを取り下げたことにはなりません。訴え全体を消したいなら、別に訴えの取下げをします。控訴の取下げは、訴えの取下げと扱いが違います。控訴の取下げには、被控訴人の同意は要りません。訴えの取下げで同意が要ったのは、相手が勝つ見込みまで一緒に消してしまうからでした。控訴の取下げは、向きが逆です。Aさんが控訴を取り下げれば、Bさんは、150万円の支払を命じた第一審の結論のまま終わります。Bさんから見れば、控訴審で負けが広がるおそれが消えるだけです。だから、訴えの取下げで必要だった相手方の同意の規定は、控訴の取下げには準用されていません。準用されているのは、取下げの書面や擬制などの規定です。取下げ擬制もあります。口頭弁論期日に双方が出頭せず、1か月以内に期日指定の申立てがなければ、控訴の取下げがあったものとみなされます。控訴審でも、和解はできます。裁判所は、訴訟がどの段階にあっても、和解を勧められます。

控訴審の終わり方(2)——却下

控訴却下の4つの形式(287条=控訴が不適法で補正できないことが明らか→第一審裁判所が決定/288条が準用する137条=必要的記載事項の不備で補正しない→控訴審の裁判長が命令/288条が準用する137条の2=手数料不納付で書記官の納付命令の処分にも応じない→控訴審の裁判長が命令/290条=控訴が不適法で補正できない→控訴裁判所が判決・口頭弁論を経ないでできる/291条=期日の呼出費用を予納しない→控訴裁判所が決定/決定は即時抗告可) 図:控訴却下の4つの形式

  • 287条=控訴が不適法で補正できないことが明らか→第一審裁判所が決定
  • 288条が準用する137条=必要的記載事項の不備で補正しない→控訴審の裁判長が命令
  • 288条が準用する137条の2=手数料不納付で書記官の納付命令の処分にも応じない→控訴審の裁判長が命令
  • 290条=控訴が不適法で補正できない→控訴裁判所が判決・口頭弁論を経ないでできる
  • 291条=期日の呼出費用を予納しない→控訴裁判所が決定
  • 決定は即時抗告可

却下は、形式が整っていないとして、中身に入らず退ける終わり方です。ここは、誰が、どの形式でするかで、分けて覚えます。

条文民事訴訟法287条

民事訴訟法287条(第一審裁判所による控訴の却下) 第二百八十七条 控訴が不適法でその不備を補正することができないことが明らかであるときは、第一審裁判所は、決定で、控訴を却下しなければならない。 2 前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。

1つめ。控訴が不適法で、補正できないことが明らかなときは、第一審の裁判所が、決定で却下します。287条です。たとえば、Aさんが、控訴期間の2週間を過ぎてから控訴状を出した場合です。期間の遅れは、書き足せば直る不備ではありません。控訴状を受け取るのは第一審の裁判所なので、不適法で補正できないことが明らかなら、その段階で決定で却下するのです。この決定には、即時抗告ができます。2つめ。控訴状の必要的記載事項が欠けていて、補正に応じないときは、控訴審の裁判長が、命令で控訴状を却下します。先ほど見た、288条が準用する137条の場面です。手数料が納められず、書記官の納付命令の処分にも応じないときも、同じく裁判長が命令で却下します。こちらは、137条の2の場面です。

条文民事訴訟法290条

民事訴訟法290条(口頭弁論を経ない控訴の却下) 第二百九十条 控訴が不適法でその不備を補正することができないときは、控訴裁判所は、口頭弁論を経ないで、判決で、控訴を却下することができる。

3つめ。控訴が不適法で、補正できないときは、控訴裁判所が、判決で却下します。290条です。口頭弁論を開かずに判決できる点が特徴です。4つめ。期日の呼出しに必要な費用を予納しないときは、控訴裁判所が、決定で却下します。291条で、これも即時抗告ができます。第一審裁判所が決定、裁判長が命令、控訴裁判所が判決と決定。これら4つを、誰がするかとセットで押さえてください。290条の不適法は、前回見た、上訴の一般的な要件を満たしていない場合のことです。

控訴審の終わり方(3)——棄却

事案δの板(Aの請求を第一審が弁済で消滅したとして棄却/Aが控訴/控訴審の判断=弁済はなかったが時効で消滅している/理由は違うが請求棄却という結論は同じ=控訴棄却/302条1項=判決を相当とするとき棄却・302条2項=理由が不当でも他の理由で正当なら棄却) 図:事案δの板

  • Aの請求を第一審が弁済で消滅したとして棄却
  • Aが控訴
  • 控訴審の判断=弁済はなかったが時効で消滅している
  • 理由は違うが請求棄却という結論は同じ=控訴棄却
  • 302条1項=判決を相当とするとき棄却・302条2項=理由が不当でも他の理由で正当なら棄却

次は、控訴が形式は整っているとして、中身を判断したうえで退ける、棄却です。

条文民事訴訟法302条

民事訴訟法302条(控訴棄却) 第三百二条 控訴裁判所は、第一審判決を相当とするときは、控訴を棄却しなければならない。 2 第一審判決がその理由によれば不当である場合においても、他の理由により正当であるときは、控訴を棄却しなければならない。

1項は、第一審判決が相当なら、控訴を棄却するという、当たり前の内容です。大事なのは、2項です。別の設例で見ます。Aさんが、Bさんに、ある債権の支払を求めました。第一審は、その債権は弁済で消滅したとして、請求を棄却しました。Aさんは控訴しました。控訴審が調べると、弁済はされていませんでした。ただし、その債権は時効で消滅していました。第一審判決は取り消されず、維持されます。理由は弁済から時効に変わりましたが、請求棄却という結論は、変わりません。302条2項により、この場合は、第一審判決を取り消さずに、控訴を棄却します。結論が維持できるなら、理由が違っても棄却する。理由が不当であることと、主文が不当であることは別だ、と覚えてください。なぜ取り消さないのか。既判力の客観的範囲の回で見たとおり、判決が確定して既判力が生じるのは、原則として、主文の判断だけです。理由を弁済から時効に差し替えても、Aさんの請求は認められない、という確定する中身は変わりません。取り消して、同じ主文を言い直す意味がないのです。実は、この「理由が違っても主文が同じなら棄却」には、一つだけ引っかかる場面があります。相殺の抗弁で請求が棄却された事案です。主文がどちらも請求棄却でも、控訴した側の得失が変わることがあります。これは、次の回で扱います。なお、引き延ばしだけを目的にした控訴は、棄却するときに、手数料の10倍以下の金銭の納付を命じられることがあります。303条です。

控訴審の終わり方(4)——認容と自判・差戻し

認容と3つの出口(第一審判決を不当とするとき=305条・第一審の判決の手続が法律に違反したとき=306条→控訴裁判所は第一審判決を取り消さなければならない/取り消したあとの出口=自判(原則)・差戻し(必要的・任意的)・移送) 図:認容と3つの出口

  • 第一審判決を不当とするとき=305条・第一審の判決の手続が法律に違反したとき=306条→控訴裁判所は第一審判決を取り消さなければならない
  • 取り消したあとの出口=自判(原則)・差戻し(必要的・任意的)・移送

最後に、認容です。第一審判決を不当とするときは、305条により、控訴裁判所は、第一審判決を取り消さなければなりません。第一審の判決の手続が法律に違反していたときも、306条により、同じく取り消します。取り消したあとの出口は、3つあります。自判、差戻し、移送です。原則は、自判です。控訴審が、第一審に代わって、自分で判決を出します。控訴審は事実審で、続審の型で審理しているので、そのまま結論まで出せるからです。たとえばAさんの50万円が認められるべきだと判断したなら、控訴審が、150万円の認容を200万円に改める判決を、自分で言い渡します。例外が、差戻しです。第一審に審理をやり直させる出口で、必要的な場合と任意的な場合があります。

事案γの板(Aが預かり物の返還をBに請求/第一審は訴えを不適法として却下=本案に入っていない/Aが控訴/控訴審は訴えは適法と判断/本案は第一審で一度も審理されていない→差戻し/自判すると事実審が1回減る=審級の利益) 図:事案γの板

  • Aが預かり物の返還をBに請求
  • 第一審は訴えを不適法として却下=本案に入っていない
  • Aが控訴
  • 控訴審は訴えは適法と判断
  • 本案は第一審で一度も審理されていない→差戻し
  • 自判すると事実審が1回減る=審級の利益

別の設例です。Aさんが、Bさんに預けた物の返還を求めて訴えました。第一審は、訴えが不適法だとして、却下しました。本案、つまり預かり物が本当に返還されるべきかどうかには、入っていません。Aさんが控訴し、控訴審は、訴えは適法だと考えました。

条文民事訴訟法307条

民事訴訟法307条(事件の差戻し) 第三百七条 控訴裁判所は、訴えを不適法として却下した第一審判決を取り消す場合には、事件を第一審裁判所に差し戻さなければならない。ただし、事件につき更に弁論をする必要がないときは、この限りでない。

307条です。訴えを不適法として却下した第一審判決を取り消す場合は、本文により、事件を第一審に差し戻さなければなりません。事案では、預かり物の中身は、第一審で、一度も審理されていません。ここで控訴審が自判して、本案まで一気に判決すると、当事者は、本案について事実審を1回しか受けられなかったことになります。これが、審級の利益です。本案について第一審の審理を受けていない当事者を守るのが、この規定の趣旨です。ただし、ただし書があります。事件につき更に弁論をする必要がないときは、差し戻さなくてかまいません。必ず差し戻す、と言い切らないでください。本案について審理する必要がもうないなら、自判できます。

第一審が本案判決をしていた場合、控訴審がそれを取り消しても、差戻しは必須ではありません。必要的差戻しは、訴えを却下した判決を取り消すときだけの規定です。本案判決を取り消す場合は、自判が原則で、差戻しは任意です。

条文民事訴訟法308条

民事訴訟法308条 第三百八条 前条本文に規定する場合のほか、控訴裁判所が第一審判決を取り消す場合において、事件につき更に弁論をする必要があるときは、これを第一審裁判所に差し戻すことができる。 2 第一審裁判所における訴訟手続が法律に違反したことを理由として事件を差し戻したときは、その訴訟手続は、これによって取り消されたものとみなす。

308条1項は、任意的差戻しです。必要的差戻し以外の場合で、第一審判決を取り消し、さらに弁論をする必要があるときは、差し戻すことができます。「できる」と書いてあるので、裁量です。2項は、第一審の訴訟手続の法律違反を理由に差し戻したときは、その訴訟手続は取り消されたものとみなす、という規定です。

条文民事訴訟法309条

民事訴訟法309条(第一審の管轄違いを理由とする移送) 第三百九条 控訴裁判所は、事件が管轄違いであることを理由として第一審判決を取り消すときは、判決で、事件を管轄裁判所に移送しなければならない。

最後の出口が、移送です。管轄違いを理由に第一審判決を取り消すときは、判決で、事件を管轄裁判所に移送しなければなりません。ただし、管轄の回で見たとおり、任意管轄は、当事者の便宜のための定めにすぎません。だから控訴審では、その違反を主張できません。299条1項本文です。実際に出番があるのは、専属管轄に違反した場合です。専属管轄に違反した第一審判決は、この規定で取り消されて、移送されます。

取り消したあとの出口の表(自判=原則/必要的差戻し=訴えを不適法として却下した判決を取り消す・ただし更に弁論の必要がなければ例外=307条/任意的差戻し=それ以外で更に弁論をする必要がある=308条1項/移送=管轄違いを理由に取り消す=309条) 図:取り消したあとの出口の表

  • 自判=原則
  • 必要的差戻し=訴えを不適法として却下した判決を取り消す・ただし更に弁論の必要がなければ例外=307条
  • 任意的差戻し=それ以外で更に弁論をする必要がある=308条1項
  • 移送=管轄違いを理由に取り消す=309条

3つの出口を、表で整理します。自判は原則。必要的差戻しは、訴え却下の判決を取り消すとき、ただし更に弁論の必要がなければ例外。任意的差戻しは、それ以外で更に弁論をする必要があるとき。移送は、管轄違いを理由に取り消すときです。

今日の地図(保存版)

総括の板(冒頭の答え=理由を書かない控訴状でも控訴になる・50日以内に理由書/4つ=①控訴状は第一審裁判所へ・2週間・理由は任意的記載事項/②附帯控訴=付従性と独立附帯控訴/③続審制=弁論の更新・更新権・歯止め/④終わり方=取下げ・却下の4形式・棄却(302条)・認容の3つの出口) 図:総括の板

  • 冒頭の答え=理由を書かない控訴状でも控訴になる・50日以内に理由書/4つ=①控訴状は第一審裁判所へ・2週間・理由は任意的記載事項
  • ②附帯控訴=付従性と独立附帯控訴
  • ③続審制=弁論の更新・更新権・歯止め
  • ④終わり方=取下げ・却下の4形式・棄却(302条)・認容の3つの出口

まとめます。冒頭の問いに戻ります。理由を書いていない控訴状は、門前払いになりません。控訴理由は必要的記載事項ではなく、控訴の提起後50日以内に、書面で出せばよいからです。4つ、振り返ります。1つめ、控訴状は第一審の裁判所に出します。期間は、判決書などの送達から2週間の不変期間で、言渡し後なら送達前でも控訴できます。2つめ、附帯控訴は、被控訴人が、審判の範囲を広げる道具です。控訴の取下げや却下で消えますが、控訴の要件を備えていれば、独立した控訴になります。3つめ、続審制です。控訴審は、弁論の更新で第一審の資料を引き継ぎ、更新権で新しい資料も足せます。歯止めとして、期間の定めと理由の説明があります。4つめ、終わり方です。控訴の取下げは終局判決まででき、被控訴人の同意は要りません。却下は、誰がどの形式でするかで4つに分かれます。棄却は、理由が違っても主文が正当なら302条2項で棄却です。認容は、取り消したあと自判が原則で、訴えを却下した判決を取り消すときは、ただし書の場合を除いて差し戻します。控訴審は、移った事件のすべてを、自由に判断できるわけではありません。

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#87単独ページ動画

不利益変更禁止と相殺の抗弁

第5章 上訴・再審 #87/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

控訴したのに損をするか

冒頭の関係図(原告A=貸主・被告B=借主/AはBに貸金300万円の返還を請求/Bは「貸借は無効」と争い予備的にBの反対債権300万円で相殺を主張/第一審=貸金は有効・相殺で請求棄却/Aだけが控訴・Bは控訴も附帯控訴もしない/問い=控訴審が調べ直して貸金が無効だったらどうするか) 図:冒頭の関係図

  • 原告A=貸主・被告B=借主
  • AはBに貸金300万円の返還を請求
  • Bは「貸借は無効」と争い予備的にBの反対債権300万円で相殺を主張
  • 第一審=貸金は有効・相殺で請求棄却
  • Aだけが控訴・Bは控訴も附帯控訴もしない
  • 問い=控訴審が調べ直して貸金が無効だったらどうするか

AさんはBさんに貸した300万円の返還を求めて訴えました。Bさんは二段構えで反論します。1つめは、「そもそも、その貸し借りは無効だ」という主張です。2つめは予備的な主張で、「万一、貸し借りが有効だとしても、私にはAさんに対して、売買代金の返還を求める債権が300万円ある。それで相殺する」というものです。第一審の裁判所は、貸し借りは有効に成立していたと認めました。そのうえで、Bさんの相殺の主張を採用して、Aさんの請求を棄却しました。貸金300万円と、Bさんの反対債権300万円が、打ち消し合ったのです。負けたAさんだけが控訴しました。Bさんは、控訴も附帯控訴もしていません。ここで仮定の設問です。控訴審が調べ直したところ、貸し借りそのものが、そもそも無効だったとします。控訴審は、Aさんの請求をどう扱えばよいでしょうか。

取り消して請求棄却にする処理は、理屈に合っているように見えます。ところが、その処理をすると、Aさんは、控訴しなかったときよりも損をします。自分から控訴したのに、です。請求棄却のままなのに、どこが損なんですか。そこが今日の中心です。答えは、回の最後に回収します。なお、この設問は、実際にあった最高裁の事件を下敷きにしていますが、その事件の経過は少し違います。判例を見る場面で、事実を正確に確認します。

304条——移審は全部、変えてよいのは不服の範囲だけ

移審の範囲と変更の範囲の板(移審=第一審の全請求が控訴審に移る・上訴不可分/取消し・変更できる範囲=不服申立てがされた部分だけ・304条/口頭弁論も第一審判決の変更を求める限度で・296条1項) 図:移審の範囲と変更の範囲の板

  • 移審=第一審の全請求が控訴審に移る・上訴不可分
  • 取消し・変更できる範囲=不服申立てがされた部分だけ・304条
  • 口頭弁論も第一審判決の変更を求める限度で・296条1項

本論の前に、前回の復習です。前回見た附帯控訴は、被控訴人のどんな道具でしたか?審判の範囲を、誰が決めるのか。これが今日の出発点になります。範囲を決めるのは、当事者の不服申立てだ、という点です。上訴が出されると、事件は全部上に移ります。移審です。ただ、移ってきたものを、控訴審が何でも自由に変えてよいわけではありません。

条文民事訴訟法304条

民事訴訟法304条(第一審判決の取消し及び変更の範囲) 第三百四条 第一審判決の取消し及び変更は、不服申立ての限度においてのみ、これをすることができる。

取り消したり変更したりできるのは、不服申立ての限度だけです。喩えるなら、家の改修工事です。建物は丸ごと控訴審に運び込まれますが、工事の許可が出ているのは、依頼書に書かれた部屋だけです。依頼書にない部屋には、手を入れられません。控訴審の口頭弁論も同じ範囲で行います。296条1項が、当事者が第一審判決の変更を求める限度でだけ口頭弁論をする、と定めていました。請求の併合の回で見た例があります。原告が主位的請求と予備的請求を併合した事件で、被告だけが控訴した場合です。上訴不可分なので、主位的請求も控訴審に移りますが、控訴審が判断してよいのは、被告が不服を言った予備的請求だけでした。移ってくる範囲と、判断してよい範囲は、別のものなのです。

事案βの数直線(請負代金200万円を請求・第一審は150万円を認容し50万円を棄却/0-50-100-150-170-200万円の数直線/不利益変更禁止=Aだけ控訴でBが附帯控訴しなければ150万円を100万円に減らせない・控訴棄却にとどまる/利益変更禁止=Aが「あと20万円」だけ求めて控訴すれば170万円まで) 図:事案βの数直線

  • 請負代金200万円を請求・第一審は150万円を認容し50万円を棄却
  • 0-50-100-150-170-200万円の数直線
  • 不利益変更禁止=Aだけ控訴でBが附帯控訴しなければ150万円を100万円に減らせない・控訴棄却にとどまる
  • 利益変更禁止=Aが「あと20万円」だけ求めて控訴すれば170万円まで

数直線で見ます。前回の続きで、Aさんが、請負代金200万円をBさんに請求したとします。第一審は、そのうち150万円を認めて、残る50万円を棄却しました。Bさんは請求棄却を求めていました。Aさんだけが、棄却された50万円について控訴しました。控訴審が調べたところ、こう考えたとします。「この工事の代金は、本当は100万円しか認められない」。第一審の150万円は、多すぎたという判断です。控訴審は、150万円の認容を100万円に減らせるでしょうか。減らせません。Bさんは、控訴も附帯控訴もしていないので、150万円の認容に対する不服申立てが、どこにも出ていないからです。控訴審にできるのは、Aさんの控訴を棄却して、150万円のままにしておくところまでです。これを、不利益変更禁止の原則といいます。控訴した側は、控訴しなかったときより悪くはならない、という原則です。逆向きの原則もあります。Aさんが、「あと20万円だけ増やしてほしい」と限って控訴したとします。控訴審は、調べて「200万円がすべて認められる」と考えました。それでも、認められるのは、150万円に20万円を足して、170万円までです。Aさんが求めた範囲を超えて、有利にはできません。これが、利益変更禁止の原則です。境目も確認します。Aさんが「あと20万円」に限って控訴したのに、控訴審が、Bさんに対する150万円の認容を100万円に減らしたら、どうでしょうか。Aさんが求めた範囲の外へ出ていますし、Aさんを悪くする方向でもあります。Bさんの附帯控訴がなければ、許されません。控訴審が動かせるのは、あくまで、誰かが不服を言った部分だけです。

整理します。不利益変更禁止は、控訴した側が悪くならないこと。利益変更禁止は、控訴した側が求めた以上に良くならないこと。どちらも、不服申立ての範囲の内側で判決を動かす、というひとつの線から出てきます。附帯控訴があれば、150万円の認容に対するBさんの不服も、審判の範囲に入ります。減額して100万円にすることも可能になります。附帯控訴には、不利益変更禁止を外す働きもあるわけです。ここでは、その一点だけ押さえてください。ここで一問です。Aさんだけが控訴した請負代金の事案で、Bさんが附帯控訴していないとき、控訴審は150万円を100万円に減らせますか?

減らせません。Bさんから不服が出ていないので、不利益変更禁止で、150万円のまま控訴棄却になります。Bさんが附帯控訴をしていれば別、というところまで含めて覚えてください。

根拠は処分権主義——境界確定訴訟には及ばない

不利益変更禁止が及ぶ場面と及ばない場面(根拠=控訴審における処分権主義・246条/及ぶ=通常の請求の第一審判決/及ばない=処分権主義が働かない境界確定訴訟・職権でできる訴訟費用の裁判67条・仮執行宣言259条) 図:不利益変更禁止が及ぶ場面と及ばない場面

  • 根拠=控訴審における処分権主義・246条
  • 及ぶ=通常の請求の第一審判決
  • 及ばない=処分権主義が働かない境界確定訴訟・職権でできる訴訟費用の裁判67条・仮執行宣言259条

なぜ、控訴審は不服申立ての範囲でしか動けないのか。根拠は、処分権主義です。

条文民事訴訟法246条

民事訴訟法246条(判決事項) 第二百四十六条 裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない。

第一審では、原告が求めた以上の判決は出せませんでした。何について、どこまで裁判を求めるかを決めるのは当事者だからです。この考え方が、控訴審にも続いています。控訴審でも、審判の範囲を決めるのは、当事者の不服申立てです。不利益変更禁止と利益変更禁止は、控訴審における処分権主義の現れだと理解されています。改修工事の依頼書の喩えでいえば、依頼した人が範囲を決める、という原則です。そうだとすると、処分権主義が働かない場面では、この原則は及ばないはずです。代表が、境界確定訴訟です。隣り合う土地の境界線がはっきりしないとき、その線を裁判所に定めてもらう訴えです。この訴えでは、裁判所は当事者の主張に縛られず、自分が正当と認める線を定めます。原告と被告のどちらの言い分とも違う線を引いてもよいのです。境界線は、当事者2人だけのものではありません。登記所に備える地図にも関わる、公法上の線です。当事者が処分できる問題ではないので、処分権主義が働きません。判例を見ます。事案は、土地の境界の確認を求めるものです。控訴審は、第一審と違う境界線が正しいと自分で認定しながら、被控訴人が不服を申し立てていないとして、第一審判決を変更せず、控訴を棄却しました。最高裁は、これを違法として、破棄して差し戻しました。

境界確定訴訟の判例の事実欄(土地の境界の確認を求める訴え/控訴審は第一審と異なる境界線を正当と認定/被控訴人が不服を申し立てていないとして第一審判決を変更せず控訴棄却/最高裁は職権で違法とし破棄差戻し) 図:境界確定訴訟の判例の事実欄

  • 土地の境界の確認を求める訴え
  • 控訴審は第一審と異なる境界線を正当と認定
  • 被控訴人が不服を申し立てていないとして第一審判決を変更せず控訴棄却
  • 最高裁は職権で違法とし破棄差戻し

判例最判昭38・10・15 民集17巻9号1220頁

境界確定訴訟と不利益変更禁止 されば、第一審判決が一定の線を境界と定めたのに対し、これに不服のある当事者が控訴の申立をした場合においても、控訴裁判所が第一審判決の定めた境界線を正当でないと認めたときは、第一審判決を変更して、自己の正当とする線を境界と定むべきものであり、その結果が控訴人にとり実際上不利であり、附帯控訴をしない被控訴人に有利であつても……この場合には、いわゆる不利益変更禁止の原則の適用はないものと解するのが相当である。

判決の言葉は、こうです。控訴裁判所が第一審の境界線を正当でないと認めたときは、自己の正当とする線を境界と定めるべきで、その結果が控訴人にとって実際上不利であり、附帯控訴をしない被控訴人に有利であっても、不利益変更禁止の原則の適用はない。ここで押さえるのは、結論です。控訴した側に不利な線になってもよい、ということです。処分権主義が働かない訴えだから、不利益変更禁止という制限も、かからないのです。及ばない場面は、あと2つあります。どちらも、裁判所が職権でできる事項です。1つは、訴訟費用の裁判です。裁判所は、当事者の申立てがなくても、職権で費用の負担を定めます。もう1つは、仮執行宣言です。259条により、申立てによって、または職権でつけられます。当事者の申立てに縛られないことがらなので、控訴した側が不利になっても、不利益変更禁止には当たりません。問いです。境界確定訴訟で、控訴人に不利になる境界線を、控訴審は定めてよいでしょうか?

処分権主義が働かない訴えなので、不利益変更禁止が及ばず、定めてよいです。原則の根拠が処分権主義だと分かっていれば、及ばない場面も、根拠から導けます。

有利か不利かは判決効で測る

物差しの板(有利・不利は判決効=既判力で測る・114条1項/対象=主文に包含されるもの=訴訟物についての判断/対象外=判決理由中の判断/例=成立したが弁済で消滅→そもそも成立せず・どちらも請求棄却で既判力の中身は同じ) 図:物差しの板

  • 有利・不利は判決効=既判力で測る・114条1項
  • 対象=主文に包含されるもの=訴訟物についての判断
  • 対象外=判決理由中の判断
  • 例=成立したが弁済で消滅→そもそも成立せず・どちらも請求棄却で既判力の中身は同じ

次は、有利か不利かを、何を物差しにして測るのか、です。答えは、判決効です。ここでいう判決効は、既判力のことです。既判力とは何かの回で見たとおり、確定した判断の中身を、当事者も裁判所も、もう争い直せなくする拘束力です。なぜ判決効で測るのか。判決が確定したあと、当事者をあとあとまで縛るのは、既判力だからです。控訴して損をしたかどうかは、確定したら何に縛られるかで比べる、というわけです。

条文民事訴訟法114条1項

民事訴訟法114条1項(既判力の範囲) 第百十四条 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。

既判力は、原則として、主文に包含されるものにしか生じません。つまり、訴訟物についての判断です。だから、不利益になるかどうかを判断する対象も、訴訟物についての判断で、判決理由中の判断は、原則として対象外です。例を挙げます。Aさんが貸金を請求して、第一審は、「貸金は成立したが、弁済で消滅した」として、請求を棄却しました。Aさんだけが控訴しました。控訴審が調べると、「そもそも貸金が成立していなかった」と分かりました。理由の見た目は変わりますが、不利益変更にはなりません。主文は請求棄却のままです。確定する中身は、Aさんの貸金請求は認められない、ということです。理由が変わっても、これは動きません。前回見た302条2項で、理由が不当でも主文が正当なら、控訴を棄却するのと、同じ考え方です。確定したあと、Aさんが同じ貸金をもう一度訴えても、あとの裁判所は「この貸金請求は認められない」という判断に縛られます。理由が弁済でも不成立でも、Aさんが縛られる中身は同じです。だから損はしていないのです。ここまでの整理です。既判力の中身が、控訴した側にとって悪くなるなら、不利益変更です。既判力の中身が同じなら、理由がどう変わろうと、不利益変更ではありません。この物差しに、ひとつだけ例外があります。

唯一の例外——相殺の抗弁

事案αの再掲(第一審判決がAに与えたもの・奪ったもの/奪ったもの=貸金300万円の回収/与えたもの=Bの反対債権300万円が相殺で消滅したという判断・Bは反対債権を再びAに請求できない) 図:事案αの再掲

  • 第一審判決がAに与えたもの・奪ったもの
  • 奪ったもの=貸金300万円の回収
  • 与えたもの=Bの反対債権300万円が相殺で消滅したという判断・Bは反対債権を再びAに請求できない

冒頭の事案に戻ります。その前に、既判力の客観的範囲の回で見たことの確認です。判決の理由中の判断に、既判力は原則として生じるでしょうか?原則として生じません。既判力は主文に包含するものだけで、114条1項の話でした。ただ、明文の例外が一つあります。

条文民事訴訟法114条2項

民事訴訟法114条2項(既判力の範囲) 第百十四条 2 相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。

相殺の抗弁は、被告が、自分の債権を持ち出して、原告の請求を打ち消す防御です。この判断は、判決の理由中のものですが、例外的に既判力が生じます。反対債権があったかどうかが、蒸し返せなくなるのです。相殺だけが例外とされる決め手は、既判力の客観的範囲の回で見たとおり、二重取りの防止です。既判力がなければ、被告は、相殺に使った債権を、あとで別の訴えでもう一度請求できてしまいます。冒頭の貸金の事案を、第一審判決が誰に何を与え、何を奪ったかで整理します。Aさんは貸金300万円を請求して、棄却されました。貸金を回収できなかった、というのが奪われたものです。ただ、この判決は、もうひとつのことを判断しています。Bさんの反対債権300万円が存在して、相殺で消滅した、ということです。この判断には、114条2項によって、既判力が生じます。

その既判力があると、Aさんには何かいいことがあるんですか。あります。Bさんは、消滅したと判断された反対債権を、あとから、もう一度Aさんに請求することはできません。Aさんは、貸金は取り戻せませんでしたが、反対債権を請求される心配は、なくなったのです。これが、第一審判決が、Aさんに与えていたものです。

2つの結末の対比(第一審判決を維持=貸金は取り戻せないが反対債権300万円は相殺で消滅と確定・BはAに再請求できない/第一審判決を取り消して請求棄却=相殺の判断が消え反対債権の既判力も失われる・Bは反対債権300万円をAに請求できる) 図:2つの結末の対比

  • 第一審判決を維持=貸金は取り戻せないが反対債権300万円は相殺で消滅と確定・BはAに再請求できない
  • 第一審判決を取り消して請求棄却=相殺の判断が消え反対債権の既判力も失われる・Bは反対債権300万円をAに請求できる

控訴審が、「貸金はそもそも無効だった」として、第一審判決を取り消し、改めて請求棄却にしたとします。すると、第一審判決は、相殺の判断ごと消えます。しかも、貸金がそもそも無いなら、打ち消す相手が無いので、控訴審は相殺について判断しません。反対債権が消滅したという既判力も、失われます。Bさんは、生き返った反対債権300万円を、Aさんに請求できます。これが、冒頭の損です。請求棄却という主文は同じでも、既判力の中身が違います。Aさんは、控訴しなかったときには持っていた、反対債権を請求されない地位を、自分の控訴で失うのです。不利益変更禁止に反します。さきほどの、弁済で棄却された例と比べてください。あちらは、理由を「そもそも成立していない」に変えても、Aさんが失うものはありませんでした。理由中の判断に既判力がないからです。相殺で棄却された判決だけは、理由の中に、Aさんを守る既判力が入っているのです。だから控訴審は、第一審判決を維持して、控訴棄却にとどめます。貸金が無効だと思っても、そこまでです。

附帯控訴があれば、Bさんの側からも不服が出ているので、不利益変更禁止が外れます。控訴審は、第一審判決を取り消して、請求棄却にできます。

判例の事実欄(貸主=原告が借主ら=被告らに貸金を請求・被告らは賭場開張の資金と知って貸されたので公序良俗違反で無効と争い反対債権による相殺も主張/第一審=貸金は有効・相殺で全額消滅として請求棄却/原告のみ控訴・被告らは控訴も附帯控訴もせず/控訴審=貸金は有効・相殺は反対債権が認められないと排斥して請求認容/被告らが上告/最高裁=賭博に供されると知ってする金銭消費貸借は公序良俗違反で無効・原判決を破棄し原告の控訴を棄却) 図:判例の事実欄

  • 貸主=原告が借主ら=被告らに貸金を請求・被告らは賭場開張の資金と知って貸されたので公序良俗違反で無効と争い反対債権による相殺も主張
  • 第一審=貸金は有効・相殺で全額消滅として請求棄却
  • 原告のみ控訴・被告らは控訴も附帯控訴もせず
  • 控訴審=貸金は有効・相殺は反対債権が認められないと排斥して請求認容
  • 被告らが上告
  • 最高裁=賭博に供されると知ってする金銭消費貸借は公序良俗違反で無効・原判決を破棄し原告の控訴を棄却

判例に移ります。先ほど、冒頭の設問は、実際の事件と経過が違うと言いました。実際の事件を、原告と被告の言葉で確認します。貸主の原告が、借主ら、つまり被告らに、貸金を請求しました。被告らは、賭場を開くための資金だと知って貸されたお金だから、貸し借りは公序良俗に違反して無効だと争いました。あわせて、反対債権による相殺の抗弁も出しました。第一審は、貸金は有効に成立したと認めたうえで、反対債権と重なる額の相殺で全額が消滅したとして、原告の請求を棄却しました。原告だけが控訴しました。被告らは、控訴も附帯控訴もしていません。控訴審は、第一審と同じく、公序良俗違反の主張を退けて、貸金の有効な成立を認めました。さらに、相殺の抗弁は、反対債権が認められないとして退け、原告の請求を認容しました。そこで、負けた被告らが上告しました。最高裁は、賭博に使われると知って貸す金銭消費貸借は、公序良俗に違反して無効だと判断しました。そして、原判決を破棄して、原告の控訴を棄却しました。つまり、第一審判決を維持したのです。

実際に控訴審が貸金の成立を否定したわけではありません。最高裁は、「控訴審が貸金の有効な成立を否定したときは、どうすべきか」を、一般論として述べたのです。その一般論が、次のカードです。カードの民訴法199条2項は当時の条文の番号で、今の114条2項にあたります。

判例最判昭61・9・4 判時1215号47頁

相殺の抗弁で棄却された原告のみが控訴した場合の不利益変更禁止 本件のように、訴求債権が有効に成立したことを認めながら、被告の主張する相殺の抗弁を採用して原告の請求を棄却した第一審判決に対し、原告のみが控訴し被告が控訴も附帯控訴もしなかつた場合において、控訴審が訴求債権の有効な成立を否定したときに、第一審判決を取り消して改めて請求棄却の判決をすることは、民訴法一九九条二項に徴すると、控訴した原告に不利益であることが明らかであるから、不利益変更禁止の原則に違反して許されないものというべきであり、控訴審としては被告の主張した相殺の抗弁を採用した第一審判決を維持し、原告の控訴を棄却するにとどめなければならないものと解するのが相当である。

判旨の読み方の板(判旨=控訴審が訴求債権の成立を否定しても第一審判決を取り消して請求棄却にするのは原告に不利益で許されない・控訴棄却にとどめる/根拠に挙げた条文=当時の民訴法199条2項=現114条2項/最高裁自身は貸金を無効と判断したうえで原告の控訴を棄却/不利益の中身=反対債権の消滅の既判力が失われ被告が再び請求できる=判旨の言葉ではなく114条2項からの説明) 図:判旨の読み方の板

  • 判旨=控訴審が訴求債権の成立を否定しても第一審判決を取り消して請求棄却にするのは原告に不利益で許されない・控訴棄却にとどめる
  • 根拠に挙げた条文=当時の民訴法199条2項=現114条2項
  • 最高裁自身は貸金を無効と判断したうえで原告の控訴を棄却
  • 不利益の中身=反対債権の消滅の既判力が失われ被告が再び請求できる=判旨の言葉ではなく114条2項からの説明

判決は、こう言っています。控訴審が訴求債権、つまり原告が訴えで求めている貸金債権の有効な成立を否定したときでも、第一審判決を取り消して改めて請求棄却の判決をすることは、民訴法199条2項に照らすと、控訴した原告に不利益であることが明らかで、不利益変更禁止の原則に違反して許されない。控訴審としては、相殺の抗弁を採用した第一審判決を維持して、原告の控訴を棄却するにとどめなければならない。判決が言っているのは、ここまでです。なぜ不利益なのかという中身の説明、つまり反対債権の既判力が失われて、被告が反対債権を改めて請求できるようになる、という点は、私たちが先ほど組み立てた説明です。判決の言葉ではありません。ただ、その説明が、114条2項を持ち出した判決の筋道と合っていることは、確認できます。この事件では、最高裁自身が貸金を無効と判断しました。それでも、請求を棄却する判決に改めるのではなく、第一審判決を維持するために、原告の控訴を棄却したのです。

⭐ 論文で書く規範:不利益変更禁止と相殺の抗弁(論証の型) 不利益変更禁止に反するかは、判決効(既判力)を基準に、控訴人が第一審判決より不利益になるかで判断する、と説明される。判決理由中の判断は原則として対象外。ただし相殺の抗弁は、114条2項で既判力が生じるので対象になる。 判例も、相殺の抗弁で棄却された原告のみが控訴し、控訴審が訴求債権の不存在を認めた場面で、第一審判決を取り消さず、控訴棄却にとどめるとする。

規範としてまとめます。有利か不利かは、既判力を基準に判断する、と説明されます。理由中の判断は原則として対象外ですが、相殺の抗弁は、114条2項があるので対象になります。判例も、相殺で棄却された原告だけが控訴し、被告が附帯控訴していないなら、控訴審が貸金の不存在を認めても、控訴棄却にとどめる、としています。論文では、ここが論点になりえます。書くときは、処分権主義の現れであること、既判力で測ること、相殺だけが例外であること、を順に押さえてください。

今日の地図(保存版)

総括の板(冒頭の答え=控訴審は取り消して請求棄却にはできず控訴棄却にとどめる/損=第一審の相殺判断が守っていた反対債権の消滅という既判力が消える/3つ=①304条・移審は全部・変更は不服の限度・不利益変更禁止と利益変更禁止・根拠は処分権主義・境界確定訴訟や訴訟費用や仮執行宣言には及ばない/②判決効で測る・理由中の判断は対象外/③唯一の例外=相殺の抗弁・附帯控訴があれば別) 図:総括の板

  • 冒頭の答え=控訴審は取り消して請求棄却にはできず控訴棄却にとどめる/損=第一審の相殺判断が守っていた反対債権の消滅という既判力が消える/3つ=①304条・移審は全部・変更は不服の限度・不利益変更禁止と利益変更禁止・根拠は処分権主義・境界確定訴訟や訴訟費用や仮執行宣言には及ばない
  • ②判決効で測る・理由中の判断は対象外
  • ③唯一の例外=相殺の抗弁・附帯控訴があれば別

冒頭の問いに答えます。相殺で棄却された原告のAさんだけが控訴して、控訴審が貸金は無効だと考えても、第一審判決を取り消して請求棄却にはできません。控訴棄却にとどめます。取り消してしまうと、第一審の判決が守っていた、反対債権が消滅したという既判力が失われ、Bさんに再び請求されるおそれが生まれて、Aさんが損をするからです。Bさんが附帯控訴をしていたなら別です。3つ、振り返ります。1つめ、304条です。移審は全部ですが、取消し・変更は不服申立ての限度だけです。悪くしない不利益変更禁止と、求めた以上に良くしない利益変更禁止があり、根拠は控訴審における処分権主義です。だから、処分権主義が働かない境界確定訴訟や、職権でできる訴訟費用の裁判、仮執行宣言には及びません。2つめ、有利か不利かは、判決効、つまり既判力で測ります。判決理由中の判断は、原則として対象外です。3つめ、唯一の例外が相殺の抗弁です。114条2項で既判力が生じるので、対象になります。控訴審の判断にもなお不服があるときは、最高裁へ進む道があります。

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#88単独ページ動画

上告と上告受理の申立て

第5章 上訴・再審 #88/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

証人を信じた控訴審に最高裁で文句を言えるか

冒頭の関係図(売主A=Aさん・買主B=Bさん・証人C=Cさん/AはBに中古ピアノの代金250万円を請求/第一審の地方裁判所=売買成立を認めAの勝訴/Bが控訴/控訴審の高等裁判所=売買の場にいたCの証言を信用して売買の合意は成立していなかったと認定しAの請求を棄却/Aは最高裁に訴えたい/問い=Cの証言を信じた認定がおかしいと最高裁で言えるか) 図:冒頭の関係図

  • 売主A=Aさん・買主B=Bさん・証人C=Cさん
  • AはBに中古ピアノの代金250万円を請求
  • 第一審の地方裁判所=売買成立を認めAの勝訴
  • Bが控訴
  • 控訴審の高等裁判所=売買の場にいたCの証言を信用して売買の合意は成立していなかったと認定しAの請求を棄却
  • Aは最高裁に訴えたい
  • 問い=Cの証言を信じた認定がおかしいと最高裁で言えるか

Aさんは、中古のピアノをBさんに売りました。代金は250万円です。ところが、Bさんが払わないので、AさんはBさんを相手に、代金の支払を求めて地方裁判所に訴えました。第一審は、売買が成立したと認めて、Aさんを勝たせました。Bさんが控訴します。控訴審は高等裁判所です。売買の場にいたCさんが証人に呼ばれ、「あの場では、買うとも買わないとも、はっきり決まっていませんでした」と証言しました。高等裁判所は、このCさんの証言を信用して、「売買の合意はなかった」と認定し、第一審判決を取り消して、Aさんの請求を棄却しました。逆転敗訴です。Aさんは納得できません。「Cさんは、Bさんの親戚です。そんな人の証言を信じるのはおかしい。最高裁に訴えたい」と考えています。

最高裁は、証言の信用性を見比べ直して、判断をやり直す場所ではありません。原則として、Aさんのこの不満は、最高裁への上告の理由になりません。ただし、不満の言い方によっては、道が残ります。今日は、その線を引きます。

上告先と上告の理由——法律審とは

上告先の板(第一審が地方裁判所=控訴審は高等裁判所=その終局判決への上告は最高裁判所/第一審が簡易裁判所=控訴審は地方裁判所=その終局判決への上告は高等裁判所/高等裁判所が第一審としてした終局判決への上告も最高裁判所/311条1項/控訴をしない合意で直ちに上告=飛越上告=311条2項) 図:上告先の板

  • 第一審が地方裁判所=控訴審は高等裁判所=その終局判決への上告は最高裁判所
  • 第一審が簡易裁判所=控訴審は地方裁判所=その終局判決への上告は高等裁判所
  • 高等裁判所が第一審としてした終局判決への上告も最高裁判所
  • 311条1項
  • 控訴をしない合意で直ちに上告=飛越上告=311条2項

まず、どの裁判所へ上告するかです。

条文民事訴訟法311条1項・2項

民事訴訟法311条(上告裁判所) 第三百十一条 上告は、高等裁判所が第二審又は第一審としてした終局判決に対しては最高裁判所に、地方裁判所が第二審としてした終局判決に対しては高等裁判所にすることができる。 2 第二百八十一条第一項ただし書の場合には、地方裁判所の判決に対しては最高裁判所に、簡易裁判所の判決に対しては高等裁判所に、直ちに上告をすることができる。

1項です。上告は、控訴審などの終局判決に対してします。Aさんの事案は、地方裁判所が第一審、高等裁判所が控訴審でした。その判決への上告先は、最高裁です。第一審が簡易裁判所なら、控訴審が地方裁判所になり、その判決への上告先は、高等裁判所になります。2項は、判決が出たあとで、当事者双方が、上告する権利は残したまま、控訴はしないと合意した場合です。281条1項ただし書が、この合意を認めています。控訴審を飛び越えて、地方裁判所の判決なら最高裁へ、簡易裁判所の判決なら高等裁判所へ、直ちに上告します。飛越上告といいます。ここでは名前だけ押さえます。上告できるかどうかは、上訴の利益があることに加えて、上告の理由を主張できるかで決まります。理由を示さない上告は、不適法として却下されます。では、上告の理由になるのは何か。上告審が法律審だからこそ、法令違反に限られます。

法令違反というと、たとえば、どんなものですか。2種類あります。法令の解釈の誤りと、適用の誤りです。Aさんの事案を少し変えて考えます。控訴審が「売買は契約書がなければ成立しない」と考えて、請求を棄却したとします。売買は、合意だけで成立するのに、です。これは法の見方そのものが違っているので、解釈の誤りです。では、売買は合意だけで成立すると正しく考えたうえで、「Bさんが買うと言った場面が確定した事実にあるのに、合意なしと結論した」場合はどうでしょう。ものさしは合っているのに、当てはめを誤っています。これが適用の誤りです。どちらも法令違反ですが、上告審が見るのは、この法の側だけです。

法律審——事実の認定には手を出さない

法律審の板(上告審=法律審/原判決で適法に確定した事実は上告裁判所を拘束・321条1項/事実審の仕事=証人の信用性の判断/上告理由にならない例=Cは被上告人の親戚なのに証言を信用したのはおかしい/法令違反の問題になりうる例=証言が領収書と明らかに食い違うのに触れず信用=認定の過程の法令違反の主張) 図:法律審の板

  • 上告審=法律審
  • 原判決で適法に確定した事実は上告裁判所を拘束・321条1項
  • 事実審の仕事=証人の信用性の判断
  • 上告理由にならない例=Cは被上告人の親戚なのに証言を信用したのはおかしい
  • 法令違反の問題になりうる例=証言が領収書と明らかに食い違うのに触れず信用=認定の過程の法令違反の主張

さきほどの、Aさんの不満に戻ります。Cさんの証言を信じたのは、おかしい。この不満を最高裁に持ち込めるかは、次の条文で決まります。

条文民事訴訟法321条1項

民事訴訟法321条(原判決の確定した事実の拘束) 第三百二十一条 原判決において適法に確定した事実は、上告裁判所を拘束する。

原判決で適法に確定された事実は、上告裁判所を拘束します。控訴審は、Cさんの証言などから、売買の合意はなかった、と確定しました。最高裁は、この認定を受け取るしかありません。どの証言がもっともらしいかは、証人を目の前で見た事実審が決めることで、記録だけを見る最高裁が決め直すことではないからです。上訴の利益の回で見たとおり、事実の認定まで見直すのは、第一審と控訴審の事実審でした。事実認定への不満が上告の理由になるかどうかは、言い方ではなく、主張の中身で決まります。境目を並べます。「Cさんは、Bさんの親戚なのに、その証言を信用したのはおかしい」。これは、どちらの証言が本当かという、信用性の争いです。上告の理由になりません。では、「Cさんの証言は、Aさんが出した領収書と明らかに食い違っている。その食い違いに一言も触れずに信用したのは、経験則に反し、審理を尽くしていない」と書いたらどうでしょう。調べるべきことを調べないまま結論を出したことを、審理不尽といいます。こちらは、認定の結果ではなく、認定の過程が法令に違反している、という主張です。法令に違反した認定は、適法に確定した事実とは言えません。だから、法令違反の主張として出せる余地があります。自由心証主義の回で見た、経験則に反する事実認定はできない、という歯止めを、ここで使っているわけです。「理由の不備」という名前をつければ通る、ということもありません。判例を見ます。

判例最判平14・12・17 集民208号581頁

「理由の不備」をいう上告理由の線引き 民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは、民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ、本件上告理由は、理由の不備をいうが、その実質は事実誤認又は単なる法令違反の主張であって、上記各項に規定する事由に該当しない。

判決は、上告の理由が理由の不備をいっていても、その実質が事実誤認や単なる法令違反の主張なら、312条1項と2項の事由に当たらない、と言っています。名前ではなく実質で見る、ということです。冒頭の一文も確認してください。最高裁への上告が許されるのは、312条1項か2項の場合に限られる、とあります。この点は、次の節で中身を見ます。条文の言葉にも触れておきます。312条2項6号の理由不備は、判決に理由を付けていない、または理由に食違いがある、という形式の欠陥です。認定が不十分だ、不当だ、という不満一般は入りません。ここで一問です。Aさんの上告理由書は、理由の不備(312条2項6号)をいっていますが、中身は、Cさんの証言を信用したのはおかしい、という不満でした。最高裁への上告は、どう扱われるでしょうか?

事実認定への不満だけなので、上告の理由に当たらなくて、退けられると思います。どんな形で退けられるのかは、あとで条文を見ます。

高等裁判所への上告と最高裁への上告——入口が分かれる

振り分け板(行=憲法違反312条1項/絶対的上告理由312条2項/判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反312条3項/列=高等裁判所への上告・最高裁への上告/憲法違反=どちらも上告の理由/絶対的上告理由=どちらも上告の理由/法令違反=高等裁判所への上告は理由になる・最高裁への上告は理由にならず上告受理の申立てへ・318条/高等裁判所への上告=権利上告・最高裁への法令違反=裁量上告) 図:振り分け板

  • 行=憲法違反312条1項
  • 絶対的上告理由312条2項
  • 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反312条3項
  • 列=高等裁判所への上告・最高裁への上告
  • 憲法違反=どちらも上告の理由
  • 絶対的上告理由=どちらも上告の理由
  • 法令違反=高等裁判所への上告は理由になる・最高裁への上告は理由にならず上告受理の申立てへ・318条
  • 高等裁判所への上告=権利上告・最高裁への法令違反=裁量上告

上告の理由の本題です。上告の理由は、どんな法令違反でもよい、というわけではありません。しかも、上告先が高等裁判所か最高裁かで、範囲が違います。条文を見ます。

条文民事訴訟法312条1項・3項

民事訴訟法312条1項・3項(上告の理由) 第三百十二条 上告は、判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、することができる。 3 高等裁判所にする上告は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があることを理由とするときも、することができる。

1項は、憲法違反です。2項は、手続の根本的な欠陥を並べた、絶対的上告理由です。中身は、次の節で見ます。そして3項は、高等裁判所にする上告に限って、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反も理由にできる、という定めです。表にします。高等裁判所への上告は、1項・2項・3項の3つが理由になります。権利としてできるので、権利上告といいます。最高裁への上告は、1項と2項だけです。3項は、高等裁判所にする上告に限られているので、最高裁への上告の理由には入りません。上告としては持ち込めません。ただし、それを言うための別の入口があります。上告受理の申立てです。最高裁への上告で、3項に当たるような法令違反を言いたいときは、上告ではなく、上告受理の申立てを使います。受理するかどうかは最高裁が決めるので、裁量上告ともいいます。条文は、あとの節で見ます。ここで一問です。Aさんの主張が、「領収書を無視した審理不尽は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反だ」というものだったとします。最高裁に向けて、これは上告の理由になるでしょうか?

3項は高等裁判所にする上告だけなので、最高裁への上告の理由にはなりません。上告受理の申立てに回ります。では、同じ主張で、上告先だけ変えます。代金が100万円で、第一審が簡易裁判所、控訴審が地方裁判所だった事案なら、上告先は高等裁判所です。同じ主張が、今度は3項の上告の理由になります。違いを生むのは、主張の中身ではなく、上告先です。一方、憲法違反や絶対的上告理由なら、上告先がどちらでも、上告の理由になります。

なぜ最高裁だけ絞るのか(理由1=負担・あらゆる法令違反を受けると事件があふれる/理由2=役目・法令の解釈の統一/旧法=判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反も最高裁への上告の理由/現行法=法令違反の大半を上告受理の申立てへ・裁量上告/高等裁判所が上告審としてした終局判決→最高裁へは憲法違反を理由とする特別上告だけ・327条1項) 図:なぜ最高裁だけ絞るのか

  • 理由1=負担・あらゆる法令違反を受けると事件があふれる
  • 理由2=役目・法令の解釈の統一
  • 旧法=判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反も最高裁への上告の理由
  • 現行法=法令違反の大半を上告受理の申立てへ・裁量上告
  • 高等裁判所が上告審としてした終局判決→最高裁へは憲法違反を理由とする特別上告だけ・327条1項

理由は2つです。1つめは、負担です。最高裁が、あらゆる法令違反を上告として受けると、事件があふれます。2つめは、役目です。上訴の利益の回で見たとおり、上告の主な目的が、法の統一か、当事者の救済かは、見解が分かれていました。ただ、どの見解に立っても、全国で法令の解釈をそろえることができるのは、最高裁だけです。だから最高裁には、個別の事件の不当をすべて正すことより、解釈の統一に力を注ぐことが期待されています。そこで現行法は、最高裁に限って、法令違反の大半を上告受理の申立てに回し、受ける事件を最高裁自身が選べるようにしました。古い法律では、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反も、最高裁への上告の理由でした。現行法で導入されたのが、裁量上告です。地図を閉じます。高等裁判所が上告審としてした終局判決に対して、さらに最高裁へ行けるのは、憲法違反を理由とする特別上告だけです。327条1項です。

絶対的上告理由——手続の根本的な欠陥

絶対的上告理由の板(312条2項の6つ=構成・関与・管轄・代理・公開・理由/判決に影響したかを問わずそれだけで上告の理由/4号の代理権欠缺は追認があれば除く/6号=理由を付けない・理由に食違い/実例=判決の基本となる口頭弁論に関与していない裁判官が判決をした裁判官として署名押印=1号の事由) 図:絶対的上告理由の板

  • 312条2項の6つ=構成・関与・管轄・代理・公開・理由
  • 判決に影響したかを問わずそれだけで上告の理由
  • 4号の代理権欠缺は追認があれば除く
  • 6号=理由を付けない・理由に食違い
  • 実例=判決の基本となる口頭弁論に関与していない裁判官が判決をした裁判官として署名押印=1号の事由

2項の各号は、判決の結果が正しいかどうかを、問いません。手続そのものが壊れている場合に、それだけで上告の理由になります。覚え方は、構成、関与、管轄、代理、公開、理由です。

条文民事訴訟法312条2項

民事訴訟法312条2項(上告の理由・絶対的上告理由) 2 上告は、次に掲げる事由があることを理由とするときも、することができる。ただし、第四号に掲げる事由については、第三十四条第二項(第五十九条において準用する場合を含む。)の規定による追認があったときは、この限りでない。 一 法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。 二 法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。 二の二 日本の裁判所の管轄権の専属に関する規定に違反したこと。 三 専属管轄に関する規定に違反したこと(第六条第一項各号に定める裁判所が第一審の終局判決をした場合において当該訴訟が同項の規定により他の裁判所の専属管轄に属するときを除く。)。 四 法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。 五 口頭弁論の公開の規定に違反したこと。 六 判決に理由を付せず、又は理由に食違いがあること。

具体例を挙げます。1号は、判決をした裁判所の構成が、法律どおりでない場合です。2号は、当事者の配偶者のように、法律上、その事件に関われない裁判官が、判決に関わった場合です。2号の2と3号は、管轄の専属に関する規定の違反です。4号は、代理権や、代理人が訴訟行為をするのに必要な授権がなかった場合で、追認があれば別です。5号は、口頭弁論を公開しなかった場合。6号は、判決に理由を付けていない、または、主文は請求棄却なのに、理由の中身は請求を認める内容になっている、といった食違いがある場合です。結果が正しくても、上告の理由になるんですか。なります。審理の枠組み自体が壊れていれば、結果が正しくても、その判決を維持できないからです。たとえば、裁判が非公開で行われていたなら、結果が正しくても、手続への信頼が保てません。判例の実例です。判決書に、その基本となる口頭弁論に関与していない裁判官が、判決をした裁判官として署名押印していた事件です。

判例最判平19・1・16 集民223号1頁

口頭弁論に関与していない裁判官の署名押印 職権をもって調査すると、記録によれば、原判決には、その基本となる口頭弁論に関与していない裁判官が判決をした裁判官として署名押印していることが明らかである。そうすると、原判決は、民訴法249条1項に違反し、判決の基本となる口頭弁論に関与していない裁判官によってされたものであり、同法312条2項1号に規定する事由が存在する。したがって、上告理由について判断をするまでもなく、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻すのが相当である。なお、民訴法319条及び140条(同法313条及び297条により上告審に準用)の規定の趣旨に照らせば、上告裁判所は、判決の基本となる口頭弁論に関与していない裁判官が判決をした裁判官として署名押印していることを理由として原判決を破棄し、事件を原審に差し戻す旨の判決をする場合には、必ずしも口頭弁論を経ることを要しないと解するのが相当である。

249条1項は、判決は、その基本となる口頭弁論に関与した裁判官がする、という定めです。口頭弁論の諸原則の回で見た、直接主義です。判決は、審理に関わっていない裁判官が判決をした形になっているので、312条2項1号の事由がある、としました。そして、上告理由について判断するまでもなく、原判決を破棄して、差し戻しました。結果の当否を見るまでもなく、手続の欠陥だけで破棄になる、という絶対的上告理由の働きが、よく出ています。後半の、口頭弁論を経なくてよい、という部分は、あとで使います。

上告受理の申立て——最高裁が選ぶ

上告受理の申立ての流れ(原判決の送達→2週間以内に原裁判所へ上告受理申立書を提出→原裁判所は形式面だけ審査→最高裁へ送付→最高裁が受理する事件かを決定/受理決定=上告があったものとみなす・318条4項/不受理決定=終了/Aの事案=理由は認定の過程の審理不尽・経験則違反の法令違反/受理しても上告審は法律審) 図:上告受理の申立ての流れ

  • 原判決の送達→2週間以内に原裁判所へ上告受理申立書を提出→原裁判所は形式面だけ審査→最高裁へ送付→最高裁が受理する事件かを決定
  • 受理決定=上告があったものとみなす・318条4項
  • 不受理決定=終了
  • Aの事案=理由は認定の過程の審理不尽・経験則違反の法令違反
  • 受理しても上告審は法律審

最高裁への入口のもう一つ、上告受理の申立てです。

条文民事訴訟法318条1項・2項

民事訴訟法318条1項・2項(上告受理の申立て) 第三百十八条 上告をすべき裁判所が最高裁判所である場合には、最高裁判所は、原判決に最高裁判所の判例(これがない場合にあっては、大審院又は上告裁判所若しくは控訴裁判所である高等裁判所の判例)と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件について、申立てにより、決定で、上告審として事件を受理することができる。 2 前項の申立て(以下「上告受理の申立て」という。)においては、第三百十二条第一項及び第二項に規定する事由を理由とすることができない。

1項です。受理の対象は、判例と相反する判断がある事件や、法令の解釈に関する重要な事項を含む事件です。たとえば、最高裁の判例が示した基準と違う基準で、控訴審が判断したような場合です。最高裁は、申立てを受けて、決定で、上告審として事件を受理できます。「できる」ですから、受理するかどうかは、最高裁の判断です。2項が、さきほどの振り分けの、逆向きの制限です。受理の申立てでは、312条の1項と2項の事由を、理由にできません。つまり、憲法違反と絶対的上告理由は、上告で言うもの。法令の解釈に関する重要な事項は、受理の申立てで言うもの。入口が分かれています。

条文民事訴訟法318条3項〜5項

民事訴訟法318条3項〜5項(上告受理の申立て) 3 第一項の場合において、最高裁判所は、上告受理の申立ての理由中に重要でないと認めるものがあるときは、これを排除することができる。 4 第一項の決定があった場合には、上告があったものとみなす。この場合においては、第三百二十条の規定の適用については、上告受理の申立ての理由中前項の規定により排除されたもの以外のものを上告の理由とみなす。 5 第三百十三条から第三百十五条まで及び第三百十六条第一項の規定は、上告受理の申立てについて準用する。

4項の「みなす」は、こう働きます。受理の決定があった瞬間から、上告があったものとして扱われ、あとは通常の上告手続で進みます。3項は、受理のときに、重要でない理由を排除できる、という定めです。排除されなかった理由だけが、上告の理由とみなされます。Aさんの事案では、「領収書を無視した審理不尽」を理由に、上告受理の申立てをします。受理されても、上告審は法律審です。最高裁が見るのは、認定の過程の法令違反の有無で、証言の信用性を見直してくれるわけではありません。受理するかどうかは最高裁だけが決める、という点について、判例があります。上告受理の申立てに対し、原裁判所が、この事件は318条1項の事件に当たらない、として申立てを却下した事件です。申立人がその却下の決定を抗告で争ったので、最高裁の決定には、「原決定」「抗告理由」という言葉が出てきます。

判例最決平11・3・9 集民192号109頁

原裁判所は受理事件に当たらないことを理由に却下できるか 職権で検討すると、上告受理の申立てに係る事件が同項の事件に当たるか否かは、上告裁判所である最高裁判所のみが判断し得る事項であり、原裁判所は、当該事件が同項の事件に当たらないことを理由として、同条五項、同法三一六条一項により、決定で当該上告受理の申立てを却下することはできないと解すべきであるから、右と異なる原審の前記判断には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、本件については、抗告理由について判断するまでもなく、原決定を破棄するのが相当である。

最高裁の決定は、事件が318条1項の事件に当たるかどうかは、最高裁のみが判断し得る事項だ、と言っています。原裁判所は、それを理由に却下できません。原裁判所にできるのは、形式面の審査だけです。申立てが不適法で、補正もできないことが明らかな場合や、理由書を出さない場合などです。318条5項が、316条1項を準用しているからです。受理後の破棄の根拠も、先取りしておきます。受理された事件で、原判決を破棄するときは、通常、325条2項が根拠になります。312条の1項・2項の事由がなくても、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があれば、最高裁は破棄できます。受理されたことと、破棄されることは、別です。

上告と上告受理の申立ての手続

手続の時間軸(判決書の送達→2週間の不変期間内に上告状または上告受理申立書を原裁判所へ・313条が準用する285条・314条1項・318条5項/この提起と同時に確定が遮断される・116条/上告理由書は電子上告提起通知書の送達を受けた日から50日以内に原裁判所へ・315条1項・規則194条/原裁判所は明らかな形式の不備を決定で却下・316条1項/却下しなければ相手方へ送達し最高裁へ送付) 図:手続の時間軸

  • 判決書の送達→2週間の不変期間内に上告状または上告受理申立書を原裁判所へ・313条が準用する285条・314条1項・318条5項
  • この提起と同時に確定が遮断される・116条
  • 上告理由書は電子上告提起通知書の送達を受けた日から50日以内に原裁判所へ・315条1項・規則194条
  • 原裁判所は明らかな形式の不備を決定で却下・316条1項
  • 却下しなければ相手方へ送達し最高裁へ送付

手続を見る前に、前に見た内容の確認です。控訴や上告を出すと、判決の確定に、どう働くのでしたか?確定遮断効でした。上訴が出されている間は、判決が確定しません。上訴の利益の回で見た、116条2項です。判決が確定してしまえば、もう上訴で取り消すことはできません。上級の裁判所が見直している途中で確定したら、上訴した意味がなくなります。だから、上訴が出ている間は、確定を止めておくのです。そしてあの回で、2項の「申立て」には、上告受理の申立ても入る、と見ました。この働きが、今日の手続で効いてきます。期間と提出先は、控訴と同じです。上告状も、上告受理の申立書も、電子判決書などの送達を受けた日から2週間の不変期間内に、判決をした原裁判所へ出します。控訴の規定が準用されているからです。ですから、上告の提起だけでなく、上告受理の申立てにも確定遮断効があります。「受理されるまで確定する」ではありません。申立てをした時点で、確定は止まります。受理されるかどうかは分からなくても、最高裁が見直す可能性が残っている以上、その間に確定させるわけにはいかないからです。Aさんで考えます。高等裁判所の判決がAさんに届いたのが10月1日なら、上告受理の申立ては10月15日までです。申立てさえ出しておけば、最高裁が受理するかどうかを決めるまで何か月かかっても、その間に、Aさんの代金の請求を退けた判決は確定しません。違いが出るのは、理由の書き方です。控訴は、理由を書かなくても成立しました。上告は、上告状に理由がなければ、上告理由書を、原裁判所に出さなければなりません。期間は、電子上告提起通知書の送達を受けた日から50日です。上告状を却下する命令などがあった場合を除いて、上告があったことを当事者に知らせる書面です。上告審が法律審なので、どの法令に、どう違反しているかを、書面で特定する必要があるのです。上告受理の申立てにも、同じように理由書(上告受理申立理由書)の提出期間50日が及びます。民事訴訟規則199条2項が、194条を準用しているからです。

書き方にも決まりがあります。憲法違反なら、憲法の条項を書いて、どう違反するかを示します。312条2項の事由なら、その条項と、該当する事実を示します。3項の法令違反なら、違反した法令と違反の事由を示し、訴訟手続の法令なら、違反の事実も書きます。いずれも民事訴訟規則の定めで、具体的に書くことが求められます。

原裁判所のふるいと附帯上告受理の申立て(原裁判所が決定で上告を却下できる場合=1上告が不適法で補正できないことが明らか2上告理由書を出さない・理由の記載が方式に違反することが明らか・316条1項/この決定には即時抗告ができる/却下しなければ事件は最高裁へ/被上告人は附帯上告・附帯上告受理の申立てができる・293条の準用/上告受理の申立てに不受理決定→附帯上告受理の申立ては申立ての要件を備えない限り効力を失う) 図:原裁判所のふるいと附帯上告受理の申立て

  • 原裁判所が決定で上告を却下できる場合=1上告が不適法で補正できないことが明らか2上告理由書を出さない・理由の記載が方式に違反することが明らか・316条1項
  • この決定には即時抗告ができる
  • 却下しなければ事件は最高裁へ
  • 被上告人は附帯上告・附帯上告受理の申立てができる・293条の準用
  • 上告受理の申立てに不受理決定→附帯上告受理の申立ては申立ての要件を備えない限り効力を失う

原裁判所は、ふるいにもかけます。上告が不適法でその不備を補正できないことが明らかな場合。上告理由書を出さない、あるいは記載が方式に違反していることが明らかな場合。この二つは、原裁判所が決定で上告を却下します。この決定には、即時抗告ができます。方式違反の場合は、先に補正を命じます。なお、上告状そのものに不備があるときは、原裁判所の裁判長が上告状を審査し、不備が補正されなければ、命令で上告状を却下します。313条が準用する288条と137条で、その審査は、314条2項により原裁判所の裁判長が行います。却下されなければ、被上告人に書面が送られ、事件は最高裁に送られます。被上告人の側にも道具があります。控訴のときに見た、附帯控訴と同じ仕組みで、附帯上告と、附帯上告受理の申立てができます。ここで判例です。

判例最決平11・4・8 集民193号1頁

不受理決定と附帯上告受理の申立て 上告受理の申立てに対して附帯上告受理の申立てがされた場合において、上告受理の申立てにつき事件を上告審として受理しない旨の決定がされたときは、同法三一八条五項、三一三条、二九三条二項により、附帯上告受理の申立ては、それが上告受理の申立ての要件を備えるものでない限り、その効力を失うものと解するのが相当である。記録に照らすと、本件附帯上告受理の申立ては、上告受理の申立期間経過後にされたものであって、上告受理の申立ての要件を備えるものでないことが明らかであるから、本決定により、本件附帯上告受理の申立ては、その効力を失うものというべきである。

附帯控訴の付従性と、同じ理屈です。最初の申立てに付き従う附帯の申立ては、本体が不受理で終われば、一緒に効力を失います。例外は、附帯の側が、上告受理の申立てとして独立に必要な要件を備えている場合です。この事件の附帯の申立ては、申立期間を過ぎてされていたので、独立した申立てとも言えず、効力を失いました。実務の一言です。上告と上告受理の申立てを一通の書面でする場合は、両方を兼ねることを明らかにして、理由を区別して書きます。入口が別だからです。

却下と棄却——形式の門前払いと最高裁の決定棄却

却下と棄却の区別(却下=方式の不備・上告として成り立たない・原裁判所も上告裁判所もできる・316条1項・317条1項/決定による棄却=上告の理由が明らかに312条1項2項の事由に該当しない・最高裁だけ・口頭弁論なし・317条2項/判決による棄却=書類で理由がないと認める・口頭弁論なし・319条/Aの事案=理由の不備(312条2項6号)を掲げるが中身はCの証言の信用性への不満なので最高裁が決定で棄却・憲法の条項も2項の各号も掲げない書面は方式の面から補正を求められ却下の場合もある) 図:却下と棄却の区別

  • 却下=方式の不備・上告として成り立たない・原裁判所も上告裁判所もできる・316条1項・317条1項
  • 決定による棄却=上告の理由が明らかに312条1項2項の事由に該当しない・最高裁だけ・口頭弁論なし・317条2項
  • 判決による棄却=書類で理由がないと認める・口頭弁論なし・319条
  • Aの事案=理由の不備(312条2項6号)を掲げるが中身はCの証言の信用性への不満なので最高裁が決定で棄却・憲法の条項も2項の各号も掲げない書面は方式の面から補正を求められ却下の場合もある

先ほどの問いの続きです。Aさんの上告理由書が、中身は事実認定への不満だけのとき、上告は退けられます。その形は、却下と棄却のどちらでしょうか。混ぜやすいので、条文で分けます。

条文民事訴訟法316条

民事訴訟法316条(原裁判所による上告の却下) 第三百十六条 次の各号に該当することが明らかであるときは、原裁判所は、決定で、上告を却下しなければならない。 一 上告が不適法でその不備を補正することができないとき。 二 前条第一項の規定に違反して上告理由書を提出せず、又は上告の理由の記載が同条第二項の規定に違反しているとき。 2 前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。

1項の1号は、上告が不適法で補正もできない場合。2号は、上告理由書を出さない場合や、理由の記載が方式に違反している場合です。原裁判所は、これらが明らかなときに、決定で上告を却下します。次の317条が「前条第一項各号」というのは、この1号と2号を指します。

条文民事訴訟法317条

民事訴訟法317条(上告裁判所による上告の却下等) 第三百十七条 前条第一項各号に掲げる場合には、上告裁判所は、決定で、上告を却下することができる。 2 上告裁判所である最高裁判所は、上告の理由が明らかに第三百十二条第一項及び第二項に規定する事由に該当しない場合には、決定で、上告を棄却することができる。

1項が却下です。前の条文の場合、つまり、上告が不適法で補正できない場合や、理由書を出さない場合などに、上告裁判所も、決定で却下できます。上告として成り立っていない、という門前払いです。2項が決定による棄却です。最高裁だけが、上告の理由が、明らかに312条の1項・2項の事由に当たらないとき、口頭弁論なしに、決定で棄却できます。上告として成り立ってはいるけれど、中身が届かない、という場面です。最高裁の負担を軽くする仕組みです。判例が、この区別を示しています。上告の理由が、理由の不備をいうが、実質は事実誤認を主張するものだった事件です。

判例最決平11・3・9 集民192号99頁

実質が事実誤認の上告は却下できるか なお、本件本案事件についての上告の理由は、理由の不備をいうが、その実質は事実誤認を主張するものであって、明らかに民訴法三一二条一項及び二項に規定する事由に該当しない。しかし、このような上告も、上告裁判所である最高裁判所が決定で棄却することができるにとどまり(民訴法三一七条二項)、原裁判所又は上告裁判所が民訴三一六条一項又は三一七条一項によって却下することはできないと解するのが相当である。本件上告を却下した原決定は、法令の解釈を誤ったものというべきであるが、原決定に憲法の違反があるとはいえない。

最高裁の決定の中で、「なお」として述べられている部分です。実質が事実誤認の上告は、最高裁が決定で棄却できるにとどまり、原裁判所や上告裁判所は、却下できない、としています。最後の一文は、この事件が、原裁判所の却下の決定を、憲法違反だけを理由にできる抗告で争ったものだったからです。最高裁は、却下は誤りだと述べたうえで、憲法違反ではないとして、抗告そのものは退けました。決定が述べているのは、ここまでです。なぜ却下ではなく棄却なのかは、条文の組み立てから考えます。決め手は、方式が整っているかどうかです。Aさんの理由書が理由の不備を掲げていても、中身が証言の信用性への不満なら、この判例と同じ形で、最高裁が決定で棄却します。憲法の条項も2項の各号も掲げない書面は、方式の面から補正を求められ、却下される場合もあります。方式が整わない不備は却下、中身に理由がないのは棄却、と覚えてください。

上告審の審理——書面が中心、破棄には口頭弁論

上告審の審理の流れ(上告または受理された事件→方式審査=却下→最高裁の決定棄却317条2項→書類による審理=判決で棄却319条→口頭弁論を開く→棄却か破棄/調査の範囲=上告の理由に基づき不服の申立てがあった限度・320条/ただし職権調査事項には適用しない・322条/破棄で口頭弁論を経なかった例=不適法で補正できない訴えを却下する前提として破棄・訴訟の終了を宣言する前提として破棄・口頭弁論に関与していない裁判官の署名押印を理由とする破棄差戻し) 図:上告審の審理の流れ

  • 上告または受理された事件→方式審査=却下→最高裁の決定棄却317条2項→書類による審理=判決で棄却319条→口頭弁論を開く→棄却か破棄
  • 調査の範囲=上告の理由に基づき不服の申立てがあった限度・320条
  • ただし職権調査事項には適用しない・322条
  • 破棄で口頭弁論を経なかった例=不適法で補正できない訴えを却下する前提として破棄・訴訟の終了を宣言する前提として破棄・口頭弁論に関与していない裁判官の署名押印を理由とする破棄差戻し

上告審の審理です。

条文民事訴訟法319条

民事訴訟法319条(口頭弁論を経ない上告の棄却) 第三百十九条 上告裁判所は、上告状、上告理由書、答弁書その他の書類により、上告を理由がないと認めるときは、口頭弁論を経ないで、判決で、上告を棄却することができる。

上告審は、書面審理が中心です。書類を読んで、理由がないと分かれば、口頭弁論を開かずに、判決で棄却できます。これが判決による棄却で、さきほどの決定による棄却とは別です。

条文民事訴訟法320条・322条

民事訴訟法320条・322条(調査の範囲・職権調査事項) 第三百二十条 上告裁判所は、上告の理由に基づき、不服の申立てがあった限度においてのみ調査をする。 第三百二十二条 前二条の規定は、裁判所が職権で調査すべき事項には、適用しない。

322条の「前二条」は、320条と321条のことです。調べる範囲は、320条で、上告の理由に基づいて、不服の申立てがあった限度に限られます。上告人が不服を言った範囲だけを調べる、ということです。ただし、322条により、320条と321条は、職権調査事項には適用されません。当事者が言い出さなくても、裁判所が自分から調べなければならない事項です。たとえば、訴訟要件が欠けていないかは、判決の土台なので、上告理由に書かれていなくても、最高裁が調べます。その点については、原審の確定した事実にも縛られません。

原則として、破棄には口頭弁論が要ります。条文の組み立てから確かめます。判決で終わる事件は、口頭弁論を開いて審理するのが原則でした。87条1項の、必要的口頭弁論の原則です。87条は総則の規定なので、上告審にもそのまま及びます。319条は、その例外として、上告を理由がないと認めて棄却するときに限って、口頭弁論を省いてよい、と定めています。例外が棄却に限られている以上、破棄するときは、原則に戻って、口頭弁論を開くことになります。棄却なら、原判決で勝っている被上告人は困りません。破棄は、その勝ちを覆すので、被上告人の言い分を聴く場を省けないからだと考えられます。ただし、破棄でも口頭弁論を経ないでできた例を、判例が認めています。さきほどの署名押印の判決が、その一つです。もう一つは、Aさんとは別の事件です。その事件の上告人が予備的に出していた請求の訴えが、不適法で補正できないものだったので、その訴えを却下する前提として、原判決を破棄しました。

判例最判平14・12・17 集民208号581頁

訴えを却下する前提として原判決を破棄する場合と口頭弁論 なお、上告人の予備的請求に係る訴えは、上記のとおり不適法でその不備を補正することができないものである。このような訴えについては、民訴法140条が第1審において口頭弁論を経ないで判決で訴えを却下することができるものと規定しており、この規定は上告審にも準用されている(民訴法313条、297条)。したがって、当裁判所は、口頭弁論を経ないで上告人の予備的請求に係る訴えを却下する判決をすることができる。そして、これらの規定の趣旨に照らせば、このような場合には、訴えを却下する前提として原判決を破棄する判決も、口頭弁論を経ないですることができると解するのが相当である。

140条は、訴えが不適法で補正できないときは、口頭弁論を経ずに、判決で却下できる、という定めです。上告審でも、その訴えを口頭弁論なしで却下できるなら、その前提として原判決を破棄するのも、口頭弁論なしでよい、という筋道です。別の判例も、訴訟が、すでに終了していたことを宣言する前提として破棄する場合に、同じ趣旨で口頭弁論を不要としました。注意点です。判例が認めたのは、不適法な訴えの却下や訴訟の終了の宣言の前提、そして署名押印の欠陥のような場合です。破棄は常に口頭弁論が要らない、と言っているのではありません。原則は、破棄には口頭弁論です。

上告審の終わり方——差戻しが原則

上告審の終わり方の表(取下げ=終局判決まで・313条が準用する292条/却下=方式の不備/棄却=上告理由が認められても結論が正当なら棄却・313条が準用する302条2項/破棄=312条1項2項の事由があれば破棄して差戻しまたは移送が原則・325条1項/最高裁は事由がなくても判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があれば破棄できる・325条2項/例外=自判・326条) 図:上告審の終わり方の表

  • 取下げ=終局判決まで・313条が準用する292条
  • 却下=方式の不備
  • 棄却=上告理由が認められても結論が正当なら棄却・313条が準用する302条2項
  • 破棄=312条1項2項の事由があれば破棄して差戻しまたは移送が原則・325条1項
  • 最高裁は事由がなくても判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があれば破棄できる・325条2項
  • 例外=自判・326条

終わり方を見ます。その前に、控訴の回の復習です。控訴審が第一審判決を取り消すときの出口は、自判と差戻しのどちらが原則でしたか?上告審は、これが逆になります。まず一覧です。上告は、終局判決があるまで取り下げられます。却下は、方式の不備があるときでした。棄却は、上告の理由が認められても、原判決の結論が正当なら、棄却します。控訴のときに見た302条2項が準用されています。そして、上告に理由があるとき、破棄です。

条文民事訴訟法325条1項・2項

民事訴訟法325条(破棄差戻し等) 第三百二十五条 第三百十二条第一項又は第二項に規定する事由があるときは、上告裁判所は、原判決を破棄し、次条の場合を除き、事件を原裁判所に差し戻し、又はこれと同等の他の裁判所に移送しなければならない。高等裁判所が上告裁判所である場合において、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるときも、同様とする。 2 上告裁判所である最高裁判所は、第三百十二条第一項又は第二項に規定する事由がない場合であっても、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるときは、原判決を破棄し、次条の場合を除き、事件を原裁判所に差し戻し、又はこれと同等の他の裁判所に移送することができる。

1項です。312条の1項か2項の事由があれば、上告裁判所は原判決を破棄して、差し戻すか、同等の他の裁判所に移送します。「しなければならない」です。高等裁判所が上告裁判所のときは、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があっても同じです。2項は、最高裁の職権破棄です。1項・2項の事由がなくても、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があれば、破棄「できる」。受理された事件は、この条文で破棄されます。ここは、「できる」という裁量です。なぜ、自判ではなくて、差戻しが原則なんですか。上告審は法律審で、事実を確かめ直せないからです。破棄したあとに、事実の審理が必要なら、それができるのは事実審です。だから差戻しです。自判できるのは、原判決が確定した事実だけで、結論が出せるときに限られます。

条文民事訴訟法326条

民事訴訟法326条(破棄自判) 第三百二十六条 次に掲げる場合には、上告裁判所は、事件について裁判をしなければならない。 一 確定した事実について憲法その他の法令の適用を誤ったことを理由として判決を破棄する場合において、事件がその事実に基づき裁判をするのに熟するとき。 二 事件が裁判所の権限に属しないことを理由として判決を破棄するとき。

326条の場合は、自判が義務です。1号は、確定した事実に法令の適用を誤っていて、その事実だけで裁判ができるとき。2号は、事件が裁判所の権限に属しないことを理由に破棄するときです。

自判と差戻しの分かれ目(Aの事案の2つの場面/法の見方を誤った場合=控訴審が売買は契約書がなければ成立しないと誤って考えて請求棄却・確定した事実にはBが買うと言った場面がある・事実の審理は不要・326条1号で最高裁が自判して原判決を破棄しBの控訴を棄却(第一審のA勝訴が確定する形)/証拠を見落とした場合=控訴審が領収書を検討しないまま合意なしと認定・事実の審理が必要・差戻し・控訴審が新たな口頭弁論で審理をやり直す/対比=控訴審は自判が原則・上告審は差戻しが原則) 図:自判と差戻しの分かれ目

  • Aの事案の2つの場面
  • 法の見方を誤った場合=控訴審が売買は契約書がなければ成立しないと誤って考えて請求棄却・確定した事実にはBが買うと言った場面がある・事実の審理は不要・326条1号で最高裁が自判して原判決を破棄しBの控訴を棄却(第一審のA勝訴が確定する形)
  • 証拠を見落とした場合=控訴審が領収書を検討しないまま合意なしと認定・事実の審理が必要・差戻し・控訴審が新たな口頭弁論で審理をやり直す
  • 対比=控訴審は自判が原則・上告審は差戻しが原則

Aさんの事案で、二つの場面に分けます。1つめは、控訴審が、「売買は契約書がなければ成立しない」という誤った法の見方で、請求を棄却した場合です。確定した事実には、Bさんが買うと言った場面があるとします。事実の審理はもう要りません。法の見方を直せば結論が出るので、326条1号で、最高裁が自分で、原判決を破棄して、Bさんの控訴を棄却します。第一審のAさん勝訴が確定する形です。2つめは、控訴審が、Aさんの出した領収書を調べないまま、合意なしと認定した場合です。領収書の意味は、誰かが事実として確かめなければ分かりません。事実の審理が必要なので、自判はできず、差戻しです。対比しておきます。控訴審は続審なので、自分で事実も見られます。だから自判が原則でした。上告審は法律審で、事実を見られません。だから差戻しが原則で、自判は、確定事実だけで足りる例外です。

差戻審を縛る——破棄判決の拘束力

破棄判決の拘束力の板(325条3項=差戻し・移送を受けた裁判所は新たな口頭弁論に基づき裁判・上告裁判所が破棄の理由とした事実上および法律上の判断は拘束する/325条4項=原判決に関与した裁判官は関与できない/趣旨=差戻審が同じ結論を再び出すのを防ぐ/裁判所法4条=上級審の判断はその事件について下級審を拘束する/例=領収書を検討せず合意なしと認定した点が破棄の理由→差戻審は領収書の検討を求めるその判断に従う) 図:破棄判決の拘束力の板

  • 325条3項=差戻し・移送を受けた裁判所は新たな口頭弁論に基づき裁判・上告裁判所が破棄の理由とした事実上および法律上の判断は拘束する
  • 325条4項=原判決に関与した裁判官は関与できない
  • 趣旨=差戻審が同じ結論を再び出すのを防ぐ
  • 裁判所法4条=上級審の判断はその事件について下級審を拘束する
  • 例=領収書を検討せず合意なしと認定した点が破棄の理由→差戻審は領収書の検討を求めるその判断に従う

最後の山場です。差戻しを受けた控訴審は、何を見て、どう判断するのでしょうか。

条文民事訴訟法325条3項・4項

民事訴訟法325条(破棄差戻し等) 3 前二項の規定により差戻し又は移送を受けた裁判所は、新たな口頭弁論に基づき裁判をしなければならない。この場合において、上告裁判所が破棄の理由とした事実上及び法律上の判断は、差戻し又は移送を受けた裁判所を拘束する。 4 原判決に関与した裁判官は、前項の裁判に関与することができない。

条文裁判所法4条

裁判所法4条(裁判の拘束力) 第四条 上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する。

3項の前半です。差戻しを受けた裁判所は、新たな口頭弁論に基づいて裁判します。従前の訴訟手続は、破棄の理由とされた違法な部分を除いて、効力が維持されます。4項は、原判決に関与した裁判官は、差戻し後の裁判に関与できない、という定めです。同じ裁判官が、もう一度同じ判断をするのを避けるためです。3項の後半が、拘束力です。上告裁判所が破棄の理由とした事実上と法律上の判断は、差戻しを受けた裁判所を拘束します。上級審の判断が下級審を拘束する、という裁判所法4条の一般原則を、この場面で具体化したものです。趣旨は、同じ判決の繰り返しを防ぐことです。もし差戻審が、最高裁の判断に従わなくてよいなら、同じ理由で同じ判決をして、また上告、という往復が、いつまでも続きかねません。証拠を見落とした場合で考えます。最高裁が、「領収書を調べないまま、売買の合意なしと認定したのは、審理を尽くしていない」として破棄し、差し戻したとします。差戻審は、この判断に従わなければなりません。領収書を検討せずに、もう一度、前と同じ認定をすることは、許されません。

条文の文言は、破棄の理由とした判断です。理由とされていない部分は、この条文では縛られません。

今日の地図(保存版)

総括の板(冒頭の答え=Cの証言の信用性への不満だけでは上告の理由にならない・321条1項/最高裁へは憲法違反と絶対的上告理由だけ・認定の過程の法令違反は上告受理の申立て・受理するかは最高裁が決める/4つの持ち帰り=1法律審・2振り分け・3上告受理の申立てにも確定遮断効・受理で上告とみなす・4破棄は差戻しが原則・破棄の理由は差戻審を拘束) 図:総括の板

  • 冒頭の答え=Cの証言の信用性への不満だけでは上告の理由にならない・321条1項
  • 最高裁へは憲法違反と絶対的上告理由だけ・認定の過程の法令違反は上告受理の申立て・受理するかは最高裁が決める
  • 4つの持ち帰り=1法律審・2振り分け・3上告受理の申立てにも確定遮断効・受理で上告とみなす・4破棄は差戻しが原則・破棄の理由は差戻審を拘束

冒頭の問いに答えます。Aさんが、「Cさんの証言を信じた認定がおかしい」と、最高裁に言えるか。信用性への不満だけでは、上告の理由になりません。原判決で適法に確定した事実に、上告審は拘束されるからです。最高裁への上告は、憲法違反と絶対的上告理由でしかできません。「領収書と食い違うのに触れなかった」という、認定の過程の法令違反は、上告受理の申立てで言います。受理するかどうかは、最高裁が決めます。受理されても、上告審は法律審で、事実を見直しません。4つ、振り返ります。1つめ、上告審は法律審で、見るのは法の側です。2つめ、高等裁判所への上告は、1項・2項・3項が理由になり、最高裁への上告は、1項・2項だけです。3項に当たる法令違反は、上告受理の申立てに回ります。なぜ絞るか。負担を減らして、法令の解釈を統一するためです。3つめ、上告受理の申立てにも、確定を止める効果があり、受理されると、上告があったものとみなされます。4つめ、破棄は差戻しが原則で、自判は、確定事実だけで足りる例外です。差戻審は、破棄の理由とされた判断に、従わなければなりません。上告の理由の振り分けと、破棄判決の拘束力は、論文で論点になりうるところです。

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#89単独ページ動画

抗告と許可抗告

第5章 上訴・再審 #89/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

判決ではない命令を受けた第三者は、どう争うか

冒頭の関係図(A=Aさん・注文者で原告/B=Bさん・施工会社で被告/C=C社・設計事務所で本案の当事者ではない第三者/AはBにマンション改修工事の欠陥による損害賠償を請求・地方裁判所/AはC社が持つ設計段階の打合せ議事録の提出を求めて文書提出命令を申し立てる/地方裁判所はC社の言い分を聞いたうえで決定で議事録の提出を命じる/問い=判決ではないこの命令をC社はどう争うか) 図:冒頭の関係図

  • A=Aさん・注文者で原告
  • B=Bさん・施工会社で被告
  • C=C社・設計事務所で本案の当事者ではない第三者
  • AはBにマンション改修工事の欠陥による損害賠償を請求・地方裁判所
  • AはC社が持つ設計段階の打合せ議事録の提出を求めて文書提出命令を申し立てる
  • 地方裁判所はC社の言い分を聞いたうえで決定で議事録の提出を命じる
  • 問い=判決ではないこの命令をC社はどう争うか

Aさんは、マンションの改修工事をBさんの会社に頼みました。ところが、仕上がりに欠陥があったので、AさんはBさんを相手に、損害賠償を求めて地方裁判所に訴えました。Aさんは、欠陥の原因を示す証拠として、工事の設計段階の打合せ議事録がほしい。その議事録を持っているのは、設計を担当したC社です。C社は、この裁判の当事者ではありません。そこでAさんは、C社に議事録を出させるよう、裁判所に申し立てました。文書提出命令の申立てです。地方裁判所は、C社の言い分を聞いたうえで、「議事録を提出しなさい」と、決定で命じました。

控訴は、第一審の判決に対する不服申立てです。この命令は判決ではなく決定ですから、控訴の対象になりません。最高裁への上告も同じで、判決に対するものです。決定や命令への不服は、別の道を通ります。それが抗告です。抗告して高等裁判所が認めなかったら、そこで終わりですか?そこが今日のもう一つの山です。高等裁判所の判断に、さらに不服があっても、最高裁への道は細いんです。何本あって、どんな条件なのか。今日はそこまで線を引きます。

抗告とは何か——本案から切り離す理由

抗告の板(抗告=判決以外の裁判である決定・命令に対する独立の簡易な上訴/判決→控訴・上告/決定・命令→抗告/趣旨=本案の勝ち負けとは別立てで片づけられ・早く決まれば手続の進行に役立つ事項には独立の上訴の道を用意した/喩え=引っ越し作業中の駐車場所の揉め事を引渡し検査まで持ち越さず管理人に裁いてもらう/C社の提出命令=本案の勝ち負けとは別に決着させたい・当事者ではないので控訴は使えない) 図:抗告の板

  • 抗告=判決以外の裁判である決定・命令に対する独立の簡易な上訴
  • 判決→控訴・上告
  • 決定・命令→抗告
  • 趣旨=本案の勝ち負けとは別立てで片づけられ・早く決まれば手続の進行に役立つ事項には独立の上訴の道を用意した
  • 喩え=引っ越し作業中の駐車場所の揉め事を引渡し検査まで持ち越さず管理人に裁いてもらう
  • C社の提出命令=本案の勝ち負けとは別に決着させたい・当事者ではないので控訴は使えない

まず、抗告とは何か。判決以外の裁判、つまり決定と命令に対して認められる、独立の簡易な上訴です。上訴の総論の回で見たとおり、判決には控訴と上告、決定と命令には抗告です。喩えます。引っ越し作業の最中に、トラックをどこに停めるかで、隣の人と揉めたとします。この揉め事を、引っ越しがすべて終わって、引渡しの検査をするときまで持ち越したら、作業はずっと止まったままです。その場で管理人に裁いてもらって、すぐ決着させたほうがいいですよね。抗告は、この管理人にあたる道です。訴訟の途中では、手続を進めるための判断や、審理から派生して出てくる判断が、いくつも必要になります。これを全部、最後の判決への控訴にまとめて上級審へ持ち越すと、手続が複雑になり、時間も労力もかかります。そこで法は、本案の勝ち負けとは別立てで片づけられて、早く決まれば手続の進行に役立つ事項について、抗告という独立の手段を認めました。C社の場合が、まさにそうです。議事録を出すかどうかは、Bさんの工事に欠陥があったかという、本体の勝ち負けとは別に、早く決着させたい。しかもC社は当事者ではないので、判決への控訴は、そもそも使えません。だから抗告です。

決定や命令なら、何でも抗告できるんですか?違います。できる裁判は限られています。原則の条文です。

条文民事訴訟法328条

民事訴訟法328条(抗告をすることができる裁判) 第三百二十八条 口頭弁論を経ないで訴訟手続に関する申立てを却下した決定又は命令に対しては、抗告をすることができる。 2 決定又は命令により裁判をすることができない事項について決定又は命令がされたときは、これに対して抗告をすることができる。

1項は、口頭弁論を経ないで、訴訟手続に関する申立てを却下した決定や命令です。申立てを退けられた当事者が、抗告できます。2項は、決定や命令ではできないはずの事項を、決定や命令でしてしまった場合です。たとえば、請求に理由がないという、本来は判決で判断すべきことを、決定で済ませてしまったときです。手続の形そのものが間違っているので、抗告で争えます。この二つ以外は、法律が個別に「この裁判には抗告ができる」と書いている場合だけです。その一覧は、次の節で見ます。

抗告できない途中の裁判の行き先(283条=終局判決前の裁判は控訴裁判所の判断を受ける・ただし不服を申し立てることができない裁判と抗告で不服を申し立てられる裁判を除く/抗告できない裁判=証拠決定など→終局判決への控訴の中で争う/抗告できる裁判=C社への提出命令は223条7項→判決を待たずに抗告/329条=受命裁判官・受託裁判官の裁判→まず受訴裁判所へ異議・その異議についての裁判に抗告) 図:抗告できない途中の裁判の行き先

  • 283条=終局判決前の裁判は控訴裁判所の判断を受ける・ただし不服を申し立てることができない裁判と抗告で不服を申し立てられる裁判を除く
  • 抗告できない裁判=証拠決定など→終局判決への控訴の中で争う
  • 抗告できる裁判=C社への提出命令は223条7項→判決を待たずに抗告
  • 329条=受命裁判官・受託裁判官の裁判→まず受訴裁判所へ異議・その異議についての裁判に抗告

抗告できない決定や命令は、もう争えないんですか。争えます。終局判決と一緒に、控訴審で争います。上訴の総論の回で見た、283条です。終局判決の前にされた裁判は、原則として、控訴裁判所の判断を受けます。ただし、不服を申し立てることができない裁判、たとえば、このあと見る、忌避を理由があると認めた決定と、抗告で不服を申し立てられる裁判は、この扱いから外れます。境目を並べます。たとえば、どの証拠を調べるかを決める証拠決定は、それだけでは抗告できません。本案の判決に不満なら、控訴して、その中で「あの証拠決定は誤りだった」と主張します。一方、C社への提出命令は、223条7項が抗告を認めているので、判決を待たずに、すぐ抗告で争えます。抗告で争える裁判は抗告で、そうでない途中の裁判は判決と一緒に。これが境目です。223条7項の条文です。

条文民事訴訟法223条7項

民事訴訟法223条7項(文書提出命令等) 7 文書提出命令の申立てについての決定に対しては、即時抗告をすることができる。

もう一点。合議体の裁判官のうち、手続の一部を任された受命裁判官や、他の裁判所に頼まれて手続をする受託裁判官がした裁判には、いきなり抗告ではなく、まず受訴裁判所に異議を申し立てます。329条1項です。その異議についての裁判には、抗告ができます。同条2項です。ここは、入口の順序だけ押さえておけば十分です。

通常抗告と即時抗告——期間と執行停止

通常抗告と即時抗告の対比板(行=抗告期間/執行停止の効力/できる場合/通常抗告=期間の定めなし・抗告の利益がある限りいつでも/執行停止の効力なし/328条の場合など/即時抗告=告知から1週間の不変期間内・332条/執行停止の効力あり・334条1項/法が個別に規定を置いた場合だけ/334条2項=抗告について決定があるまで執行の停止その他必要な処分を命じられる) 図:通常抗告と即時抗告の対比板

  • 行=抗告期間
  • 執行停止の効力
  • できる場合
  • 通常抗告=期間の定めなし・抗告の利益がある限りいつでも
  • 執行停止の効力なし
  • 328条の場合など
  • 即時抗告=告知から1週間の不変期間内・332条
  • 執行停止の効力あり・334条1項
  • 法が個別に規定を置いた場合だけ
  • 334条2項=抗告について決定があるまで執行の停止その他必要な処分を命じられる

手続を見る前に、前に見た内容の確認です。控訴と上告の期間は、それぞれ何週間でしたか?どちらも2週間でした。抗告には、それより短い1週間の期間がつくものがあります。抗告は二種類に分かれます。通常抗告と、即時抗告です。違いは三つあります。抗告の期間、抗告中に執行が止まるか、そして、どんな場合にできるか、です。通常抗告には、期間の定めがありません。抗告の利益、つまり、その裁判を争う利益がある限り、いつでも出せます。一方、即時抗告には期間があります。条文です。

条文民事訴訟法332条

民事訴訟法332条(即時抗告期間) 第三百三十二条 即時抗告は、裁判の告知を受けた日から一週間の不変期間内にしなければならない。

裁判の告知を受けた日から1週間です。不変期間とは、裁判所が伸ばしたり縮めたりできない期間のことです。C社が提出命令を受け取ってから、1週間が過ぎて初めて気づいたとします。もう即時抗告は出せません。即時抗告と定められた裁判を、期間の定めのない通常抗告に切り替えて争うこともできません。この差が、二つの抗告の一番わかりやすい違いです。整理します。控訴と上告は2週間。即時抗告は1週間。このあと出てくる、最高裁への特別抗告と許可抗告の申立ては、5日です。1週間は即時抗告だけで、通常抗告に期間はありません。次に、抗告中に執行が止まるかどうかです。

条文民事訴訟法334条

民事訴訟法334条(原裁判の執行停止) 第三百三十四条 抗告は、即時抗告に限り、執行停止の効力を有する。 2 抗告裁判所又は原裁判をした裁判所若しくは裁判官は、抗告について決定があるまで、原裁判の執行の停止その他必要な処分を命ずることができる。

1項です。即時抗告に限り、執行停止の効力があります。C社が即時抗告をすると、議事録を出せという命令の執行は止まります。いったん出してしまったら、取り返しがつかない文書もあります。抗告について決定が出るまでは、この命令の執行は進められません。1週間という短い期間の代わりに、抗告中は止まる、という組み合わせになっています。通常抗告そのものには、この効力がありません。では、止めたいときはどうするか。2項です。抗告裁判所や原裁判をした裁判所は、抗告について決定があるまで、執行の停止などの処分を命じることができます。止めたいなら、この処分を求めます。

即時抗告を個別に定めた条文の一覧(21条=移送の決定・移送申立て却下の決定/25条5項=除斥・忌避を理由がないとする決定・理由があるとする決定には不服申立て不可・25条4項/69条3項=法定代理人・訴訟代理人等に無益な訴訟費用の償還を命ずる決定/71条8項=訴訟費用額の確定処分に対する異議についての決定/86条=訴訟上の救助の節に規定する決定/137条3項=訴状却下命令/199条2項=証言拒絶の当否の裁判・当事者及び証人が抗告できる/214条4項=鑑定人忌避を理由がないとする決定・理由があるとする決定には不服申立て不可・214条3項/223条7項=文書提出命令の申立てについての決定・認容にも却下にも) 図:即時抗告を個別に定めた条文の一覧

  • 21条=移送の決定・移送申立て却下の決定
  • 25条5項=除斥・忌避を理由がないとする決定・理由があるとする決定には不服申立て不可・25条4項
  • 69条3項=法定代理人・訴訟代理人等に無益な訴訟費用の償還を命ずる決定
  • 71条8項=訴訟費用額の確定処分に対する異議についての決定
  • 86条=訴訟上の救助の節に規定する決定
  • 137条3項=訴状却下命令
  • 199条2項=証言拒絶の当否の裁判・当事者及び証人が抗告できる
  • 214条4項=鑑定人忌避を理由がないとする決定・理由があるとする決定には不服申立て不可・214条3項
  • 223条7項=文書提出命令の申立てについての決定・認容にも却下にも

法が個別に、この裁判には即時抗告ができる、と書いた場合だけです。どれも、その場面を扱ったときに出てきた条文です。板に並べました。移送の決定。除斥や忌避を理由がないとする決定。無益な訴訟費用の償還を命じる決定。訴訟費用額の確定処分への異議についての決定。第1章の訴状の回で見た、裁判所が費用の支払を猶予する、訴訟上の救助の決定。訴状を却下する命令。証言拒絶の当否の裁判。鑑定人の忌避を理由がないとする決定。そして、文書提出命令の申立てについての決定です。二つだけ、境目に気をつけてください。忌避は、理由があると認めた決定には、不服を申し立てられません。抗告できるのは、理由がないとした決定です。鑑定人の忌避も同じ型です。忌避が認められた場合、その裁判官や鑑定人が外れるだけで、手続が先に進みます。忌避を申し立てた側の相手方にまで争わせると、手続が進まなくなる。そう考えると筋が通ります。証言拒絶の当否の裁判は、当事者だけでなく、証人も抗告できます。証言を拒んだ証人は、自分の拒絶が認められるかどうかに利害があるからです。文書提出命令は、認容にも却下にも、即時抗告が認められています。ただし、提出命令の手続を扱った回で見たとおり、取り調べる必要が無いという理由だけの却下には、独立に抗告できません。C社への提出命令は、この223条7項で、即時抗告できます。C社は告知から1週間以内に、抗告をします。

最初の抗告と再抗告——最高裁には再抗告できない

最初の抗告と再抗告の板(最初の抗告=決定・命令に対して初めてされる抗告・控訴の規定を準用/再抗告=抗告裁判所の決定に対して憲法違反または決定に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反を理由とするさらなる抗告・法律審・上告の規定を準用・331条/高等裁判所は地方裁判所の決定への抗告を受ける・地方裁判所は簡易裁判所の決定への抗告を受ける/最高裁が裁判権を持つ抗告=訴訟法において特に定める抗告だけ・裁判所法7条2号) 図:最初の抗告と再抗告の板

  • 最初の抗告=決定・命令に対して初めてされる抗告・控訴の規定を準用
  • 再抗告=抗告裁判所の決定に対して憲法違反または決定に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反を理由とするさらなる抗告・法律審・上告の規定を準用・331条
  • 高等裁判所は地方裁判所の決定への抗告を受ける・地方裁判所は簡易裁判所の決定への抗告を受ける
  • 最高裁が裁判権を持つ抗告=訴訟法において特に定める抗告だけ・裁判所法7条2号

高等裁判所が抗告を受けたあとの話に入ります。最初にされる抗告を、最初の抗告といいます。その抗告裁判所の決定に対して、さらにする抗告が、再抗告です。条文です。

条文民事訴訟法330条

民事訴訟法330条(再抗告) 第三百三十条 抗告裁判所の決定に対しては、その決定に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があること、又は決定に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があることを理由とするときに限り、更に抗告をすることができる。

再抗告ができる理由は、憲法違反と、決定に影響を及ぼすことが明らかな法令違反に限られます。上告が法律審であるのと同じで、再抗告も、事実の認定ではなく、法の側だけを見る抗告です。手続は、最初の抗告が控訴の規定を、再抗告が上告の規定を、性質に反しない限り準用します。331条の本文とただし書です。条文を見ます。

条文民事訴訟法331条

民事訴訟法331条(控訴又は上告の規定の準用) 第三百三十一条 抗告及び抗告裁判所の訴訟手続には、その性質に反しない限り、第一章の規定を準用する。ただし、前条の抗告及びこれに関する訴訟手続には、前章の規定中第二審又は第一審の終局判決に対する上告及びその上告審の訴訟手続に関する規定を準用する。

本文の「第一章」は、控訴の章です。最初の抗告は、控訴の規定を準用します。ただし書の「前条の抗告」は、さきほどの330条の抗告、つまり再抗告です。こちらは、上告の章の規定を準用します。ここで大事なのは、再抗告の行き先です。条文の330条は、「更に抗告をすることができる」としか書いていません。最高裁への再抗告が認められるかは、裁判所法で決まります。

条文裁判所法7条

裁判所法7条(最高裁判所の裁判権) 第七条 最高裁判所は、左の事項について裁判権を有する。 一 上告 二 訴訟法において特に定める抗告

最高裁が裁判権を持つ抗告は、訴訟法が特に定めたものだけです。再抗告は、最高裁が扱う抗告として定められていません。ですから、最高裁への再抗告はできません。最高裁に届く抗告は、あとで見る特別抗告と許可抗告、この二つだけです。なぜ、ここまで絞るのか。上告の回で見た、最高裁の負担と、法令の解釈をそろえる役目です。決定や命令の不服まで、すべて最高裁が受けると、その役目に力を注げなくなります。だから、最高裁への抗告は、理由を絞った細い道だけにしてある、と考えると筋が通ります。

抗告の経路図(地方裁判所が第一審の決定=抗告→高等裁判所(最初の抗告)→ここで終わり・再抗告の段は無い→最高裁へは特別抗告・許可抗告/簡易裁判所が第一審の決定=抗告→地方裁判所(最初の抗告)→再抗告→高等裁判所→最高裁へは特別抗告だけ・337条1項が330条の抗告についての決定を許可抗告の対象から外している/最高裁の手前の関所=裁判所法7条2号・再抗告は最高裁にできない/通し事案=C社の本案は地方裁判所→抗告は高等裁判所まで) 図:抗告の経路図

  • 地方裁判所が第一審の決定=抗告→高等裁判所(最初の抗告)→ここで終わり・再抗告の段は無い→最高裁へは特別抗告・許可抗告
  • 簡易裁判所が第一審の決定=抗告→地方裁判所(最初の抗告)→再抗告→高等裁判所→最高裁へは特別抗告だけ・337条1項が330条の抗告についての決定を許可抗告の対象から外している
  • 最高裁の手前の関所=裁判所法7条2号・再抗告は最高裁にできない
  • 通し事案=C社の本案は地方裁判所→抗告は高等裁判所まで

経路で見ます。C社の本案は地方裁判所でした。地方裁判所の提出命令に対する最初の抗告は、高等裁判所が受けます。ここで終わりです。再抗告の段は、そもそもありません。この先は、特別抗告か許可抗告です。再抗告が現れる形に、事案を変えます。損害がごく小さくて、Aさんが簡易裁判所に訴えていたとします。同じ提出命令が簡易裁判所から出ると、最初の抗告は地方裁判所が受けます。その決定にさらに不服なら、再抗告で高等裁判所へ。ここが終点で、そこから最高裁へは、特別抗告しか使えません。許可抗告は、330条の抗告についての決定を対象から外しているからです。再抗告で、高等裁判所による法律審の判断を、すでに一度受けているので、許可抗告は要らない。許可抗告が、再抗告を最高裁にできないことの代わりの道だと考えると、筋が通ります。ここで一問です。C社の本案は地方裁判所でした。高等裁判所が抗告を棄却したとします。C社は、再抗告で最高裁へ行けるでしょうか?

裁判所法7条2号で、最高裁に再抗告はできないので、行けません。最高裁へは、特別抗告か許可抗告になります。では、最高裁への道を順に見ます。その前に、抗告の出し方と、抗告を受けた原裁判所の動きを先に押さえます。

抗告の出し方——原裁判所へ、第三者も抗告できる

抗告の提起の時間軸(命令の告知→1週間以内に抗告状を原裁判所の地方裁判所へ・331条が準用する286条/抗告状に取消し変更を求める事由の具体的記載がなければ提起後14日以内に抗告理由書を原裁判所へ・規207条・再抗告は除く/不適法で補正できないことが明らかなら原裁判所は決定で抗告を却下・331条が準用する287条1項・この却下決定に即時抗告・287条2項/抗告裁判所は原則として相手方に抗告状の写しを送付(不適法・理由がないと認めるときなどは除く)・規207条の2/抗告人=C社・相手方=Aさん) 図:抗告の提起の時間軸

  • 命令の告知→1週間以内に抗告状を原裁判所の地方裁判所へ・331条が準用する286条
  • 抗告状に取消し変更を求める事由の具体的記載がなければ提起後14日以内に抗告理由書を原裁判所へ・規207条・再抗告は除く
  • 不適法で補正できないことが明らかなら原裁判所は決定で抗告を却下・331条が準用する287条1項・この却下決定に即時抗告・287条2項
  • 抗告裁判所は原則として相手方に抗告状の写しを送付(不適法・理由がないと認めるときなどは除く)・規207条の2
  • 抗告人=C社・相手方=Aさん

抗告の出し方です。抗告状は、原裁判をした裁判所に出します。C社なら、高等裁判所ではなく、提出命令を出した地方裁判所です。331条が控訴の規定を準用していて、控訴状を原裁判所に出す286条1項と、同じ形になります。どうして、直接、上の高等裁判所に出さないんですか。抗告を受けた原裁判所が、理由があると思えば、上に送る前に自分で裁判を改められるからです。次の節で見る、再度の考案という仕組みです。原裁判所が抗告をまず受け取り、自分で直すべきかを考える。その入口が、原裁判所への提出だと考えると筋が通ります。抗告できる人は、原裁判で不利益を受ける当事者と、第三者です。C社は第三者ですが、抗告できます。ただし、誰でもというわけではありません。文書提出命令の申立てについての決定に対しては、提出命令の手続を扱った回で見たとおり、判例が、文書の提出を命じられた所持者と、申立てを却下された申立人だけに、抗告の利益を認めています。判例は、この抗告を、申立人と所持者のあいだで、提出義務があるかどうかを争う機会を与えたものと見ています。本案の当事者でも、ほかの人は即時抗告できません。Bさんが、まさにそうです。Bさんは本案の当事者ですが、この命令でC社に文書の提出義務が生じるのであって、Bさんが義務を負うわけではありません。だから、Bさんは抗告できず、抗告の舞台に立つのは、C社とAさんだけです。抗告状に、原裁判の取消しや変更を求める理由の具体的な記載がないときは、抗告人は、抗告の提起から14日以内に、その理由を書いた書面を原裁判所に出します。民事訴訟規則の207条です。再抗告は、この扱いから除かれます。再抗告、特別抗告、許可抗告の申立ては、理由書を出す期間の起算点が違います。抗告があったことを知らせる、電子抗告提起通知書などの送達を受けた日から14日です。ここは、起算点が違うことだけ覚えておけば足ります。

不適法で、補正もできないことが明らかな抗告は、原裁判所が、決定で却下しなければなりません。331条が準用する287条1項です。条文は、控訴について書かれています。

条文民事訴訟法287条

民事訴訟法287条(第一審裁判所による控訴の却下) 第二百八十七条 控訴が不適法でその不備を補正することができないことが明らかであるときは、第一審裁判所は、決定で、控訴を却下しなければならない。 2 前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。

条文の言葉は「控訴」と「第一審裁判所」ですが、抗告では、抗告と原裁判所に読み替えます。1項は「却下しなければならない」という義務です。この却下の決定に対しても、即時抗告ができます。287条2項です。却下されなければ、原則として、抗告裁判所が相手方に抗告状の写しを送ります。民事訴訟規則207条の2です。ただし、抗告が不適法なとき、抗告に理由がないと認めるとき、写しを送ることが相当でないときは、送られません。C社の抗告が通常の形で進むなら、Aさんに写しが届きます。相手方が、何を争われているか知る機会を持つためです。

再度の考案——原裁判所が自分で直せる

再度の考案の板(333条=原裁判をした裁判所または裁判長は抗告を理由があると認めるときはその裁判を更正しなければならない/理由がないと認めるときは意見を付して事件を抗告裁判所に送付・規206条/上訴なのに上級審へ行く前に原審が自分で直せる=控訴・上告には無い抗告だけの仕組み/通し事案=地方裁判所がC社の抗告を受けて議事録の性質を考え直す→維持なら意見を付けて高等裁判所へ・改めるなら提出命令を取り消す) 図:再度の考案の板

  • 333条=原裁判をした裁判所または裁判長は抗告を理由があると認めるときはその裁判を更正しなければならない
  • 理由がないと認めるときは意見を付して事件を抗告裁判所に送付・規206条
  • 上訴なのに上級審へ行く前に原審が自分で直せる=控訴・上告には無い抗告だけの仕組み
  • 通し事案=地方裁判所がC社の抗告を受けて議事録の性質を考え直す→維持なら意見を付けて高等裁判所へ・改めるなら提出命令を取り消す

抗告を受け取った原裁判所は、何をするのでしょうか。条文です。

条文民事訴訟法333条

民事訴訟法333条(原裁判所等による更正) 第三百三十三条 原裁判をした裁判所又は裁判長は、抗告を理由があると認めるときは、その裁判を更正しなければならない。

原裁判をした裁判所、または裁判長は、抗告に理由があると認めるときは、自分の裁判を更正しなければなりません。ここでの更正は、誤記を直す更正決定とは別で、裁判の中身を改めるという意味です。これを、再度の考案といいます。逆に、理由がないと認めるときは、意見を付けて、事件を抗告裁判所に送ります。民事訴訟規則の206条です。C社の抗告を受けた地方裁判所は、議事録がC社にとって出さなくてよい文書にあたらないか、もう一度考えます。それでも命令は維持すべきだと判断すれば、その意見を付けて高等裁判所に送ります。逆に、改めるべきだと気づいたなら、自分で提出命令を取り消します。

控訴や上告には、こういう仕組みはないんですか。ありません。判決への控訴は、控訴状を原裁判所に出しても、原裁判所が判決を自分で直すことはありません。抗告だけの仕組みです。上に送る前に、原審が自分で直せるなら、それが一番早く終わります。抗告の対象は、本案の本体ではなく、派生的な事項です。迅速に直せるなら、わざわざ上級審に持ち上げなくてよい。最初の節の、早く決着させたいという軸が、ここにも通っています。注意点です。再度の考案は、原裁判所が自分で更正できる制度です。上級審が原審に差し戻すこととは、別の話です。条文の言葉も、「更正しなければならない」と義務になっています。

抗告審の審理と裁判

抗告審の板(決定で完結すべき事件=口頭弁論をするか否かは裁判所が定める・87条1項ただし書/口頭弁論をしない場合=当事者を審尋できる・87条2項/抗告裁判所は抗告人その他の利害関係人を審尋できる・335条/性質に反しない限り控訴審の規定を準用・331条/抗告審の裁判は常に決定/理由があれば原裁判を取り消す・理由がなければ棄却/通し事案=高等裁判所は口頭弁論を開かずC社とAさんを審尋して抗告棄却の決定) 図:抗告審の板

  • 決定で完結すべき事件=口頭弁論をするか否かは裁判所が定める・87条1項ただし書
  • 口頭弁論をしない場合=当事者を審尋できる・87条2項
  • 抗告裁判所は抗告人その他の利害関係人を審尋できる・335条
  • 性質に反しない限り控訴審の規定を準用・331条
  • 抗告審の裁判は常に決定
  • 理由があれば原裁判を取り消す・理由がなければ棄却
  • 通し事案=高等裁判所は口頭弁論を開かずC社とAさんを審尋して抗告棄却の決定

高等裁判所に事件が送られたあとの審理です。まず、口頭弁論を開くかどうかです。

条文民事訴訟法87条1項・2項

民事訴訟法87条1項・2項(口頭弁論の必要性) 第八十七条 当事者は、訴訟について、裁判所において口頭弁論をしなければならない。ただし、決定で完結すべき事件については、裁判所が、口頭弁論をすべきか否かを定める。 2 前項ただし書の規定により口頭弁論をしない場合には、裁判所は、当事者を審尋することができる。

判決で終わる事件は、口頭弁論が原則でした。でも、決定で完結する事件は、口頭弁論を開くかどうかを、裁判所が決めます。抗告審は決定で終わるので、ここに入ります。口頭弁論を開かない場合は、当事者を審尋できます。審尋とは、書面や面談の形で、言い分を聞くことです。

条文民事訴訟法335条

民事訴訟法335条(口頭弁論に代わる審尋) 第三百三十五条 抗告裁判所は、抗告について口頭弁論をしない場合には、抗告人その他の利害関係人を審尋することができる。

抗告審の審尋は、335条が定めています。抗告人だけでなく、ほかの利害関係人も対象です。抗告審の手続は、性質に反しない限り、控訴審の規定を準用します。331条です。抗告審の裁判は、常に決定です。C社の事案です。高等裁判所は、口頭弁論を開かずに、C社とAさんから言い分を聞きました。そのうえで、「抗告を棄却する」という決定をしたとします。抗告に理由があれば、原裁判を取り消す。理由がなければ、棄却する。控訴審の規定の準用として、それが基本の形です。最高裁へ届く道は、特別抗告と許可抗告の二つです。次の節から、順に見ます。

最高裁への道その1——特別抗告

特別抗告の板(336条=憲法違反を理由とするときだけ最高裁に特に抗告できる/対象=地方裁判所・簡易裁判所の決定命令で不服を申し立てることができないもの並びに高等裁判所の決定命令/告知から5日の不変期間内/手続は特別上告の規定327条1項と334条2項を準用/334条1項の執行停止効は無い/前回の上告の回で出た憲法違反だけを理由にできる抗告=特別抗告/通し事案=C社が命令は憲法違反だと言いたくても実質が法令解釈の当否にとどまる主張では道は開かない) 図:特別抗告の板

  • 336条=憲法違反を理由とするときだけ最高裁に特に抗告できる
  • 対象=地方裁判所・簡易裁判所の決定命令で不服を申し立てることができないもの並びに高等裁判所の決定命令
  • 告知から5日の不変期間内
  • 手続は特別上告の規定327条1項と334条2項を準用
  • 334条1項の執行停止効は無い
  • 前回の上告の回で出た憲法違反だけを理由にできる抗告=特別抗告
  • 通し事案=C社が命令は憲法違反だと言いたくても実質が法令解釈の当否にとどまる主張では道は開かない

最高裁への道の一つめ、特別抗告です。

条文民事訴訟法336条

民事訴訟法336条(特別抗告) 第三百三十六条 地方裁判所及び簡易裁判所の決定及び命令で不服を申し立てることができないもの並びに高等裁判所の決定及び命令に対しては、その裁判に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、最高裁判所に特に抗告をすることができる。 2 前項の抗告は、裁判の告知を受けた日から五日の不変期間内にしなければならない。 3 第一項の抗告及びこれに関する訴訟手続には、その性質に反しない限り、第三百二十七条第一項の上告及びその上告審の訴訟手続に関する規定並びに第三百三十四条第二項の規定を準用する。

1項です。理由は、憲法違反だけです。対象は、地方裁判所と簡易裁判所の決定や命令のうち、ほかに不服を申し立てる方法がないもの、そして高等裁判所の決定や命令です。C社のように、高等裁判所が抗告審として出した決定は、ここに入ります。2項は、期間です。告知から5日の不変期間。即時抗告の1週間より、さらに短い期間です。3項が、今日の山場の一つです。準用されるのは、前回見た、高等裁判所の上告審の判決から憲法違反だけを理由に最高裁へ行く、特別上告の規定と、334条の2項だけです。判決なら特別上告、決定や命令なら特別抗告という対です。334条1項は準用されません。つまり、特別抗告には、即時抗告のような執行停止の効力がありません。止めたいなら、334条2項の処分を求めます。即時抗告の停止効と、混ぜないでください。

境目を並べます。「この命令は、裁判を受ける権利を侵害していて憲法違反だ」と書けば、特別抗告になる、というわけではありません。C社の主張が、議事録が文書提出義務の除外事由にあたるかどうかという、法令の解釈や当てはめの当否にとどまるなら、憲法違反という名前をつけても、この道は開きません。実質が法令違反の主張なら、特別抗告の理由にならない。これは、前回の上告で見た、実質で見る考え方と同じです。前回の上告の回で、「憲法違反だけを理由にできる抗告」という言い方で出てきた抗告があったのを、覚えていますか。上告を却下した原裁判所の決定を、申立人が抗告で争った事件です。最高裁は、却下は誤りだと言ったうえで、憲法違反はないとして、抗告そのものは退けていました。あの抗告が、今日の特別抗告でした。もう一つ、大事な区別があります。特別抗告と許可抗告は、入口の理由が違います。特別抗告は憲法違反。許可抗告は、法令の解釈に関する重要な事項です。許可抗告の申立てでは、憲法違反を理由にできません。この点は、許可抗告の節で条文を確認します。

最高裁への道その2——許可抗告の沿革と趣旨

許可抗告の沿革と趣旨の板(現行法ができる前の古い法律=最高裁への抗告は憲法違反の特別抗告だけ→高等裁判所の決定命令について法令の解釈を統一する再抗告ができなかった/決定命令事件にも重要な法律問題を含むものは多い→現行法が許可抗告・337条を設けた/趣旨=高等裁判所が最高裁判例と相反する判断がある・その他法令の解釈に関する重要な事項を含むと認めるとき、その高等裁判所が最高裁への抗告を許可する/再抗告が最高裁にできないことの代わりの道/許可するかを判断するのは原裁判をした高等裁判所) 図:許可抗告の沿革と趣旨の板

  • 現行法ができる前の古い法律=最高裁への抗告は憲法違反の特別抗告だけ→高等裁判所の決定命令について法令の解釈を統一する再抗告ができなかった
  • 決定命令事件にも重要な法律問題を含むものは多い→現行法が許可抗告・337条を設けた
  • 趣旨=高等裁判所が最高裁判例と相反する判断がある・その他法令の解釈に関する重要な事項を含むと認めるとき、その高等裁判所が最高裁への抗告を許可する
  • 再抗告が最高裁にできないことの代わりの道
  • 許可するかを判断するのは原裁判をした高等裁判所

二つめの道は、許可抗告です。まず、なぜこの制度があるのかを見ます。現行法ができる前の古い法律では、最高裁に抗告できるのは、憲法違反の場合の特別抗告だけでした。すると、高等裁判所の決定や命令について、法令の解釈が割れていても、最高裁がそれをそろえる手段がありません。再抗告は最高裁にできませんから、そろえる場がなかったのです。たとえば、同じ種類の文書について、ある高等裁判所は「出さなければならない」と命じ、別の高等裁判所は「出さなくてよい」と命じたとします。どちらに従えばよいのか、決められるのは最高裁しかありません。ところが、憲法違反でない限り、最高裁に持ち込む道がない。決定や命令の事件にも、重要な法律問題を含むものは多いので、現行法が、許可抗告を設けました。趣旨は、法令解釈の統一です。高等裁判所が、最高裁の判例と相反する判断がある、あるいは、そのほか法令の解釈に関する重要な事項を含む、と認めるとき、その高等裁判所が、最高裁への抗告を許可します。再抗告を最高裁に認めないことの、代わりの道です。

許可抗告は、前回の上告受理の申立てと近い制度です。前回見たとおり、上告受理の申立ては、最高裁に法令違反を言いたいときの入口で、受理するかどうかを最高裁自身が選びました。物差しは、許可抗告も同じです。ただ、大きく違う点があります。許可抗告は、許可するかどうかを判断するのが、最高裁ではなく、原裁判をした高等裁判所自身です。では、条文を見ます。

許可抗告の対象・基準・手続——上告受理と同じ物差し

許可抗告の流れ(高等裁判所の決定命令→告知から5日以内に高等裁判所へ許可抗告の申立書・337条6項が準用する313条286条336条2項/理由の記載は強制・315条・規209条/高等裁判所が337条2項の事由を認めれば許可しなければならない/許可があれば最高裁への抗告があったものとみなす・337条4項/最高裁は原則書面審理・裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があれば原裁判を破棄できる・337条5項/通し事案=C社は抗告棄却の決定から5日以内に高等裁判所へ申立て) 図:許可抗告の流れ

  • 高等裁判所の決定命令→告知から5日以内に高等裁判所へ許可抗告の申立書・337条6項が準用する313条286条336条2項
  • 理由の記載は強制・315条・規209条
  • 高等裁判所が337条2項の事由を認めれば許可しなければならない
  • 許可があれば最高裁への抗告があったものとみなす・337条4項
  • 最高裁は原則書面審理・裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があれば原裁判を破棄できる・337条5項
  • 通し事案=C社は抗告棄却の決定から5日以内に高等裁判所へ申立て

許可抗告を見る前に、前の回の確認です。上告受理の申立てに対して、最高裁が受理する決定をしたら、事件はどう扱われましたか?上告があったものとみなされて、通常の上告手続で進みました。318条4項でした。許可抗告にも、同じ型のみなし規定があります。条文を順に見ます。まず1項と2項です。

条文民事訴訟法337条1項・2項

民事訴訟法337条1項・2項(許可抗告) 第三百三十七条 高等裁判所の決定及び命令(第三百三十条の抗告及び次項の申立てについての決定及び命令を除く。)に対しては、前条第一項の規定による場合のほか、その高等裁判所が次項の規定により許可したときに限り、最高裁判所に特に抗告をすることができる。ただし、その裁判が地方裁判所の裁判であるとした場合に抗告をすることができるものであるときに限る。 2 前項の高等裁判所は、同項の裁判について、最高裁判所の判例(これがない場合にあっては、大審院又は上告裁判所若しくは抗告裁判所である高等裁判所の判例)と相反する判断がある場合その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むと認められる場合には、申立てにより、決定で、抗告を許可しなければならない。

1項は、対象です。高等裁判所の決定や命令のうち、再抗告についての決定と、許可の申立てについての決定は除かれます。さらに、その裁判が地方裁判所の裁判だったとしたら、抗告ができるものに限られます。この仮定を当てはめるのは、高等裁判所がした決定そのものです。C社の場合は、高等裁判所が抗告審としてした、抗告棄却の決定です。これを、かりに地方裁判所がしたものとしても、330条で、さらに抗告ができます。だから、許可抗告の対象になります。なお、高等裁判所が第一審として提出命令を出した場合は、かりに地方裁判所が出したとすれば、223条7項で即時抗告ができるので、やはり対象です。あとで見る実例が、この形です。2項が、許可の基準です。最高裁の判例と相反する判断がある場合や、法令の解釈に関する重要な事項を含むと認められる場合です。物差しは、上告受理の申立ての318条1項と同じです。どちらも、最高裁が法令の解釈をそろえるための入口なので、物差しがそろっています。違いは語尾に出ます。上告受理は、最高裁が「受理することができる」。許可抗告は、高等裁判所が、「許可しなければならない」です。基準に当たれば、高等裁判所には許可する義務があります。

上告受理の申立てと許可抗告の対比板(判断する者=最高裁が選ぶ(上告受理)・原裁判をした高等裁判所が許可する(許可抗告)/基準=同じ物差し/語尾=受理することができる(上告受理)・許可しなければならない(許可抗告)/憲法違反の扱い=312条1項2項の事由は理由にできない318条2項(上告受理)・336条1項の事由は理由にできない337条3項(許可抗告)/みなし=上告があったものとみなす318条4項(上告受理)・最高裁への抗告があったものとみなす337条4項(許可抗告)/排除=318条3項(上告受理)・337条6項(許可抗告)/破棄=325条2項(上告受理)・337条5項(許可抗告)/期間=2週間(上告受理)・5日(許可抗告)) 図:上告受理の申立てと許可抗告の対比板

  • 判断する者=最高裁が選ぶ(上告受理)・原裁判をした高等裁判所が許可する(許可抗告)
  • 基準=同じ物差し
  • 語尾=受理することができる(上告受理)・許可しなければならない(許可抗告)
  • 憲法違反の扱い=312条1項2項の事由は理由にできない318条2項(上告受理)・336条1項の事由は理由にできない337条3項(許可抗告)
  • みなし=上告があったものとみなす318条4項(上告受理)・最高裁への抗告があったものとみなす337条4項(許可抗告)
  • 排除=318条3項(上告受理)・337条6項(許可抗告)
  • 破棄=325条2項(上告受理)・337条5項(許可抗告)
  • 期間=2週間(上告受理)・5日(許可抗告)

対比を1枚にまとめます。判断する者は、上告受理が最高裁、許可抗告が原裁判をした高等裁判所。基準は、同じです。語尾は、受理することができる、と、許可しなければならない。憲法違反を理由にできないのも同じ型で、上告受理の318条2項に対して、許可抗告は337条3項です。みなす規定は、318条4項と337条4項。前回見た、重要でない理由を外して、残りだけを理由として扱う定めは、318条3項と337条6項。破棄の根拠は、325条2項と337条5項。期間は、2週間と5日です。ここで一問です。許可抗告の基準は、上告受理と同じ物差しでした。では、許可するかどうかを判断するのは、どちらが違いますか?

上告受理は最高裁で、許可抗告は原裁判をした高等裁判所です。

条文民事訴訟法337条3項〜5項

民事訴訟法337条3項〜5項(許可抗告) 3 前項の申立てにおいては、前条第一項に規定する事由を理由とすることはできない。 4 第二項の規定による許可があった場合には、第一項の抗告があったものとみなす。 5 最高裁判所は、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるときは、原裁判を破棄することができる。

3項です。許可の申立てでは、前条1項に規定する事由、つまり憲法違反を、理由にできません。憲法違反は特別抗告で言うもの。法令の解釈に関する重要な事項は、許可抗告で言うもの。入口が分かれていて、上告と上告受理の関係と同じです。4項の「みなす」は、こう働きます。許可があった瞬間から、最高裁への抗告があったものとして扱われます。5項は、最高裁の破棄の根拠です。裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるときは、原裁判を破棄できます。上告受理で受理された事件を、325条2項で破棄するのと、同じ型です。

条文民事訴訟法337条6項

民事訴訟法337条6項(許可抗告) 6 第三百十三条、第三百十五条及び前条第二項の規定は第二項の申立てについて、第三百十八条第三項の規定は第二項の規定による許可をする場合について、同条第四項後段及び前条第三項の規定は第二項の規定による許可があった場合について準用する。

6項は、準用の一覧です。手続に直すと、こうなります。申立ては、告知から5日の不変期間内に、申立書を高等裁判所に出します。上告受理と同じで、313条が準用する286条の形です。理由の記載は、315条で強制されます。民事訴訟規則の209条は、判例と相反すると言うなら、その判例を具体的に示せと求めます。高等裁判所は、許可するとき、重要でない理由を排除できます。C社が理由を二つ挙げ、一つだけが重要なら、その一つだけで許可する、という形です。318条3項の準用です。理由書の期間は、通知書の送達から14日です。ここは上告受理と同じではなく、上告受理の50日より、ずっと短い期間です。許可があると、最高裁の審理は、特別抗告に準じて進みます。336条3項の準用ですから、ここでも、334条1項の執行停止効はありません。原則は書面審理で、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があれば、5項で破棄します。C社で考えます。高等裁判所が抗告を棄却した決定から5日以内に、C社は、高等裁判所に許可抗告の申立書を出します。理由は、たとえば、「この種の文書が、220条4号の除外事由にあたるかについて、高等裁判所が、最高裁の判例と相反する判断をした」。憲法違反を理由に書くことは、できません。高等裁判所が許可すれば、C社の最高裁への抗告があったものとみなされます。許可されなければ、許可抗告の道は、ここで終わりです。憲法違反があるなら、特別抗告は別に残ります。

これで、C社の最高裁への道が出そろいました。再抗告は最高裁にできないので、入口は2本だけ。憲法違反なら特別抗告、法令の解釈に関する重要な事項なら許可抗告で、許可抗告の物差しは、上告受理と同じです。

許可抗告の光と影

許可抗告の評価の板(光=原裁判をした高等裁判所自身が許可を判断することへの懸念は当初あったが今日では最高裁への抗告が許可される事件も多数ある・現行法の施行後に文書提出命令に関する最高裁の決定が積み上がった/影=許可の基準が先例との整合なので・一度最高裁が解釈を固めると・後から先例を見直す機会が減るとの見方がある) 図:許可抗告の評価の板

  • 光=原裁判をした高等裁判所自身が許可を判断することへの懸念は当初あったが今日では最高裁への抗告が許可される事件も多数ある・現行法の施行後に文書提出命令に関する最高裁の決定が積み上がった
  • 影=許可の基準が先例との整合なので・一度最高裁が解釈を固めると・後から先例を見直す機会が減るとの見方がある

この制度の評価にも触れます。許可するかどうかを、原裁判をした高等裁判所自身が判断するのは、自分の判断を自分で振り返ることになります。裁判の公正さの面から、懸念がありました。ただ、今日では、最高裁への抗告が許可される事件は、多数あります。成果の一つが、文書提出命令です。文書提出命令に関する最高裁の決定は、現行法の施行後、一気に積み上がりました。文書提出命令の回で見た、最高裁の一連の決定は、許可抗告を通って、最高裁に届いたものです。指摘されている影もあります。許可の基準は、最高裁の判例と相反するか、法令の解釈に関する重要な事項か、です。先例との整合性が基準になります。すると、ひとたび最高裁が法令の解釈を統一すると、それと違う判断を求める事件は、許可されにくくなります。その後に判例が変わる機会が、閉ざされかねない、という指摘があります。統一するための制度が、解釈を固めてしまう面もある、ということです。

実例——許可抗告で最高裁まで来た高等裁判所の決定

実例の経路(本案は高等裁判所の控訴審に係属中→高等裁判所が決定で文書の所持者に文書の提出を命じる→所持者が最高裁に抗告→最高裁は原決定を破棄し申立てを却下/判例集の事件名=文書提出命令に対する許可抗告事件/決定の抗告人=文書の所持者の側・相手方=文書の提出を求めた側/通し事案のC社・Aさんとは別の事件) 図:実例の経路

  • 本案は高等裁判所の控訴審に係属中→高等裁判所が決定で文書の所持者に文書の提出を命じる→所持者が最高裁に抗告→最高裁は原決定を破棄し申立てを却下
  • 判例集の事件名=文書提出命令に対する許可抗告事件
  • 決定の抗告人=文書の所持者の側・相手方=文書の提出を求めた側
  • 通し事案のC社・Aさんとは別の事件

許可抗告で最高裁まで来た事件を、一つ見ます。本案が高等裁判所の控訴審に係属中に、高等裁判所が、決定で、文書の所持者に提出を命じました。所持者は、それを不服として、最高裁に抗告しました。先に断っておきます。この決定に出てくる抗告人は、文書を持っている側。相手方は、文書の提出を求めた側です。C社やAさんとは別の事件です。取り違えないでください。この決定は、文書提出義務の回で見た、銀行の貸出稟議書は、特段の事情がない限り、内部だけで使う自己利用文書にあたる、と示した決定です。文書が何にあたるかという実体はその回で扱い済みなので、今日は経路だけを見ます。

判例最決平11・11・12 民集53巻8号1787頁

高等裁判所が命じた文書提出を最高裁が破棄した決定 本件申立てにつき、原審は、銀行の貸出業務に関して作成される稟議書や認可書は、民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらず、その他、同号に基づく文書提出義務を否定すべき事由は認められないから、その余の点について判断するまでもなく、本件申立てには理由があるとして、抗告人に対し、本件文書の提出を命じた。 …… 以上によれば、原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が裁判の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原決定は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、相手方の本件申立ては理由がないので、これを却下することとする。 …… 主文 原決定を破棄する。相手方の本件申立てを却下する。

上の段落が、高等裁判所の判断です。下の段落が、最高裁の結論です。間の、文書が何にあたるかを述べた部分は省いています。決定の中の4号のハは、当時の号の振り方です。今の条文では、自己利用文書は220条4号のニなので、答案ではニと書きます。最高裁は、高等裁判所の判断に、法令の解釈適用を誤った違法があり、それが裁判の結論に影響を及ぼすことは明らかだとして、原決定を破棄し、提出の申立てを却下しました。

判旨と337条5項の対照板(決定の判旨=法令の解釈適用を誤った違法があり右違法が裁判の結論に影響を及ぼすことは明らかである・原決定は破棄を免れない/337条5項=最高裁判所は裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるときは原裁判を破棄することができる/決定文は許可抗告の語にも337条5項にも触れていない・判例集の事件名で許可抗告と分かる) 図:判旨と337条5項の対照板

  • 決定の判旨=法令の解釈適用を誤った違法があり右違法が裁判の結論に影響を及ぼすことは明らかである・原決定は破棄を免れない
  • 337条5項=最高裁判所は裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるときは原裁判を破棄することができる
  • 決定文は許可抗告の語にも337条5項にも触れていない・判例集の事件名で許可抗告と分かる

決定文は、許可抗告という言葉にも、337条にも触れていません。判例集の事件名が、文書提出命令に対する許可抗告事件となっています。337条5項の、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるときは原裁判を破棄できる、という型と、判旨の組み立てが重なります。高等裁判所は稟議書を出さなければならないと解釈し、最高裁は、その法令の解釈が誤りだと正しました。許可抗告の道があったから、この解釈の問題を最高裁が決着させられた。沿革の節で見た、許可抗告の役目が働いた実例です。ここで、上告の回で出てきた決定の、種明かしをします。あの回で出てきた最高裁の決定が二つありました。上告を却下した決定を、憲法違反だけを理由にできる抗告で争った事件は、特別抗告でした。上告受理の申立てを却下した高等裁判所の決定を争って、原決定が破棄された事件は、許可抗告でした。あの二つは、今日の二つの道の実例だったわけです。

今日の地図(保存版)

上訴制度の全体地図(行=判決の第一審が簡易裁判所/判決の第一審が地方裁判所/決定・命令の第一審が簡易裁判所/決定・命令の第一審が地方裁判所・列=第一段・第二段・最高裁への入口・権利か許可か受理か/判決・簡裁=控訴→地方裁判所→上告→高等裁判所・権利上告312条1項〜3項・最高裁へは特別上告だけ327条/判決・地裁=控訴→高等裁判所→上告→最高裁・312条1項2項/上告受理の申立て318条・最高裁が受理を選ぶ/決定命令・簡裁=抗告→地方裁判所→再抗告→高等裁判所→最高裁へは特別抗告だけ/決定命令・地裁=抗告→高等裁判所→特別抗告336条・憲法違反/許可抗告337条・高等裁判所が許可) 図:上訴制度の全体地図

  • 行=判決の第一審が簡易裁判所
  • 判決の第一審が地方裁判所
  • 決定・命令の第一審が簡易裁判所
  • 決定・命令の第一審が地方裁判所・列=第一段・第二段・最高裁への入口・権利か許可か受理か
  • 判決・簡裁=控訴→地方裁判所→上告→高等裁判所・権利上告312条1項〜3項・最高裁へは特別上告だけ327条
  • 判決・地裁=控訴→高等裁判所→上告→最高裁・312条1項2項
  • 上告受理の申立て318条・最高裁が受理を選ぶ
  • 決定命令・簡裁=抗告→地方裁判所→再抗告→高等裁判所→最高裁へは特別抗告だけ
  • 決定命令・地裁=抗告→高等裁判所→特別抗告336条・憲法違反
  • 許可抗告337条・高等裁判所が許可

最後に、第5章の上訴を1枚の地図にします。判決か、決定・命令か。第一審が簡易裁判所か、地方裁判所か。この二つの軸で、道が決まります。判決で、第一審が簡易裁判所の事件です。控訴は地方裁判所、上告は高等裁判所へ。その先の最高裁へは、憲法違反を理由とする特別上告だけです。判決で、第一審が地方裁判所の事件です。控訴は高等裁判所、上告は最高裁。加えて、法令の解釈に関する重要な事項は、上告受理の申立てで言います。決定・命令です。第一審が簡易裁判所なら、抗告は地方裁判所、再抗告は高等裁判所。最高裁へは、特別抗告だけです。第一審が地方裁判所なら、抗告は高等裁判所で終わり。最高裁へは、憲法違反なら特別抗告、法令の解釈に関する重要な事項なら許可抗告です。権利かどうかの軸もあります。上告、抗告、再抗告、特別抗告は、理由があれば権利としてできます。上告受理の申立ては最高裁が受理を選び、許可抗告は高等裁判所が許可を選びます。どちらも、物差しは、法令の解釈に関する重要な事項です。

C社の線の総括(命令の告知→1週間以内に地方裁判所へ抗告状=即時抗告・抗告中は執行停止→再度の考案=地方裁判所は維持して意見を付け高等裁判所へ→高等裁判所は審尋のうえ抗告を棄却→再抗告は最高裁にできない・裁判所法7条2号→5日以内に憲法違反なら特別抗告・法令解釈の重要事項なら高等裁判所に許可抗告の申立て/4つの持ち帰り=1抗告は本案から切り離した簡易な上訴・2再抗告は高等裁判所まで・最高裁への入口は2本・3再度の考案・4全体地図) 図:C社の線の総括

  • 命令の告知→1週間以内に地方裁判所へ抗告状=即時抗告・抗告中は執行停止→再度の考案=地方裁判所は維持して意見を付け高等裁判所へ→高等裁判所は審尋のうえ抗告を棄却→再抗告は最高裁にできない・裁判所法7条2号→5日以内に憲法違反なら特別抗告・法令解釈の重要事項なら高等裁判所に許可抗告の申立て
  • 4つの持ち帰り=1抗告は本案から切り離した簡易な上訴・2再抗告は高等裁判所まで・最高裁への入口は2本・3再度の考案・4全体地図

冒頭の問いに答えます。判決ではない命令を受けたC社は、どう争うか。告知から1週間以内に、原裁判所の地方裁判所へ、即時抗告をします。抗告中は、執行が止まります。地方裁判所は、再度の考案で自分で直せるかを考え、直さなければ意見を付けて高等裁判所へ送ります。高等裁判所が抗告を棄却しても、最高裁への再抗告はできません。残るのは、5日以内にする、特別抗告か許可抗告です。憲法違反なら特別抗告、法令の解釈に関する重要な事項なら、高等裁判所に許可抗告を申し立てます。4つ、振り返ります。1つめ、抗告は、決定と命令に対する、本案から切り離した簡易な上訴で、即時抗告は、法が個別に定めた場合だけ、1週間で、抗告中は執行が止まります。2つめ、再抗告は高等裁判所まで。最高裁への入口は、特別抗告と許可抗告の2本だけです。3つめ、再度の考案は、原裁判所が自分で直せる、抗告だけの仕組みです。4つめ、許可抗告の物差しは上告受理と同じで、許可するのは高等裁判所です。抗告と許可抗告の使い分けは、論文で論点になりうるところです。ここまでは、判決や決定が確定する前の争いでした。確定したあとにも、例外的な救済があります。それが再審です。

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#90単独ページ動画

再審

第5章 上訴・再審 #90/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

知らないうちに確定した判決は、もう覆せないのか

冒頭の関係図(A=A社・貸金業者で前訴の原告・のちの再審被告/B=Bさん・借主で前訴の被告・のちの再審原告/C=Bさんと同居する兄・Bさんの名前で借り入れをした/A社がBさんに貸金返還を請求・Cが訴状と判決書を受け取りBさんに渡さない/Bさんは欠席・A社が勝訴・控訴の期間が過ぎて確定/数年後に給料の差押えの通知で初めて知る/問い=上訴の道が閉じたあとに打つ手はあるか) 図:冒頭の関係図

  • A=A社・貸金業者で前訴の原告・のちの再審被告
  • B=Bさん・借主で前訴の被告・のちの再審原告
  • C=Bさんと同居する兄・Bさんの名前で借り入れをした
  • A社がBさんに貸金返還を請求・Cが訴状と判決書を受け取りBさんに渡さない
  • Bさんは欠席・A社が勝訴・控訴の期間が過ぎて確定
  • 数年後に給料の差押えの通知で初めて知る
  • 問い=上訴の道が閉じたあとに打つ手はあるか

Bさんは、ある日、勤め先から連絡を受けました。「給料の差押えの通知が、裁判所から届いています」。Bさんには、何のことか分かりません。調べてみると、貸金業者のA社が、数年前に、Bさんを被告にして、貸したお金の返還を求める訴えを起こしていました。判決はA社の勝ち。Bさんは、その裁判のことを、まったく知りませんでした。届いてはいました。Bさんと同居している、兄のCさんが受け取っていたんです。実は、Bさんの名前で借り入れをしたのは、Cさんでした。Cさんは、それを知られたくなくて、訴状をBさんに渡しませんでした。訴状は、同居の家族に渡せば送達の効力が生じる、補充送達という方法で届けられています。Bさんは欠席のまま、A社が勝ちました。判決書も、同じようにCさんが受け取り、Bさんには渡りません。控訴できる期間はそのまま過ぎて、判決は確定しました。

ここまで第5章で見てきた上訴は、どれも、判決が確定する前の道でした。確定してしまった判決には、使えません。そこで出てくるのが、今日の再審です。確定した判決を取り消して、もう一度、審理をやり直す。確定したあとに残された、非常の救済です。ただし、誰でも、いつでも使える道ではありません。今日の問いは3つです。どんな事由があれば使えるのか。いつまでに起こさなければならないのか。起こしたあと、どんな手続で進むのか。Bさんの事案に通して、順に答えます。

再審とは何か——既判力を破る非常手段

再審の板(再審=確定した判決をなかったことにしてもう一度裁判し直す例外の不服申立て・即時抗告で争える決定命令で確定したものには準再審349条/上訴=期間内にすれば確定を遮る・116条2項/再審=すでに確定した判決を壊す/対立軸=既判力による法的安定と正義/絞りは3つ=事由は限定列挙(338条1項)・期間は短く(342条)・上訴で言えたことは言わせない(338条1項ただし書)/喩え=確定判決は引渡し済みで住人がいる建物・上訴は引渡し前の検査・再審は住人がいる建物の壁をはがす工事) 図:再審の板

  • 再審=確定した判決をなかったことにしてもう一度裁判し直す例外の不服申立て・即時抗告で争える決定命令で確定したものには準再審349条
  • 上訴=期間内にすれば確定を遮る・116条2項
  • 再審=すでに確定した判決を壊す
  • 対立軸=既判力による法的安定と正義
  • 絞りは3つ=事由は限定列挙(338条1項)・期間は短く(342条)・上訴で言えたことは言わせない(338条1項ただし書)
  • 喩え=確定判決は引渡し済みで住人がいる建物・上訴は引渡し前の検査・再審は住人がいる建物の壁をはがす工事

まず、再審とは何か。確定した判決をなかったことにして、もう一度裁判し直す、例外的な不服申立てです。上訴と再審を分けるのは、確定の前か後かです。上訴は、期間内にすれば、判決の確定を遮ります。第5章の最初に見た、確定遮断効です。116条2項でした。上訴は確定を止める手続で、再審は、すでに確定したものを壊す手続です。喩えます。確定した判決は、引渡しが済んで、住人が暮らしている建物です。上訴は、引渡し前の検査で、直してもらうこと。再審は、住人がいる建物の壁を、あとからはがす工事です。壁をはがせば、住んでいる人の生活が揺らぎます。だから、はがしてよいのは、建物の構造に関わる欠陥だけ。申込みは早くしなければならず、検査のときに気づけた欠陥は、あとで言わせない。この三つの制限が、これから見る、事由と、期間と、補充性にあたります。

確定判決の既判力は、同じ紛争を蒸し返させない、一番強い効力です。既判力の回で見たとおり、既判力が正当化されるのは、当事者に、主張して立証する手続の機会が保障されていたからでした。争う機会があったのだから、結果に拘束されてもよい、という理屈です。その既判力を破るのが再審です。破りすぎれば法的安定が崩れ、破らなさすぎれば、正義に反する判決が残る。この、法的安定と正義の対立が、再審の全体を貫く軸です。条文です。再審の事由を定めた338条の1項で、まず柱書とただし書を読みます。

条文民事訴訟法338条1項

民事訴訟法338条1項(再審の事由・柱書) 第三百三十八条 次に掲げる事由がある場合には、確定した終局判決に対し、再審の訴えをもって、不服を申し立てることができる。ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。

注目する言葉は三つです。「次に掲げる事由がある場合には」。事由は、この列挙に限られます。これが限定列挙です。次に、「確定した終局判決に対し」。再審の対象は、確定した終局判決です。決定や命令のうち、即時抗告で不服を申し立てられるもので確定したものに対しては、準再審という申立てが認められていて、349条が定めています。三つめがただし書です。控訴や上告で主張した場合と、知りながら主張しなかった場合は、再審ができません。補充性の話で、あとで見ます。

再審の事由——2つの束

再審事由の2分類板(整理の仕方=束A手続の土台が崩れた=1号裁判所の構成が法律に従っていない・2号関与できない裁判官の関与・3号代理権等を欠いた/束B判決の基礎が崩れた=4号裁判官の職務に関する罪・5号他人の犯罪行為による自白や攻撃防御の妨害・6号文書等の偽造変造や電磁的記録の不正作出・7号証人等の虚偽陳述・8号基礎の裁判や行政処分の変更・9号重要事項の判断の遺脱・10号前に確定した判決と抵触/束Aは判決の中身を問う前に手続が成り立っていない・束Bは判決の材料や前提がゆがんでいた) 図:再審事由の2分類板

  • 整理の仕方=束A手続の土台が崩れた=1号裁判所の構成が法律に従っていない・2号関与できない裁判官の関与・3号代理権等を欠いた
  • 束B判決の基礎が崩れた=4号裁判官の職務に関する罪・5号他人の犯罪行為による自白や攻撃防御の妨害・6号文書等の偽造変造や電磁的記録の不正作出・7号証人等の虚偽陳述・8号基礎の裁判や行政処分の変更・9号重要事項の判断の遺脱・10号前に確定した判決と抵触
  • 束Aは判決の中身を問う前に手続が成り立っていない・束Bは判決の材料や前提がゆがんでいた

338条1項には、1号から10号まで、10個の事由が並んでいます。順に暗記するのではなく、2つの束に分けます。これは条文の見出しではなく、整理の仕方です。1つめの束は、1号から3号。手続の土台が崩れた場合です。裁判所の構成が法律どおりでなかった。関与できない裁判官が関与した。代理権を欠いたまま訴訟が進んだ。どれも、判決の中身が正しいかを問う前に、手続そのものが成り立っていなかった場合です。2つめの束は、4号から10号。判決の基礎が崩れた場合です。判決に使われた材料や、判決の前提が、犯罪によって、あるいはあとの事情の変化によって、ゆがんでいた。あるいは、判断すべきことが落ちていた、前の確定判決と食い違っていた、という場合です。なぜ、この2つの束なら、既判力を破ってよいのか。既判力は、争う機会が保障されていたから、結果に拘束されてよい、という理屈でした。1つめの束は、その機会を与える手続そのものが、成り立っていなかった。2つめの束は、手続はあっても、判断の材料や前提が崩れていた。どちらも、結果に拘束してよい前提が、崩れています。まず、1つめの束の条文を読みます。

条文民事訴訟法338条1項

民事訴訟法338条1項1号〜3号(再審の事由) 一 法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。 二 法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。 三 法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。

1号です。合議体の裁判官の数が足りないなど、裁判所の構成が法律に従っていない場合です。口頭弁論を聞いていない裁判官が判決に加わった場合、つまり直接主義に違反した場合も、判決をする裁判所の構成が法律に従っていなかったことになり、この1号の問題です。2号は、法律により判決に関与できない裁判官が、関与した場合です。除斥事由、つまり当事者の親族であるなど、法律上当然に事件から外れる事情のある裁判官が加わった場合が、まさにこれにあたります。3号は、代理権を欠いたまま訴訟が進んだ場合です。代理権のない者が代理人として訴訟をした場合が、典型です。他人の名前を勝手に使った氏名冒用の訴訟も、この3号を類推して扱う、と考えられています。3号は、あとで大きく広がる話があるので、少し待ってください。

上告理由と再審事由の対応板(上告理由312条2項→再審事由338条1項/1号裁判所の構成が違法→1号に対応/2号関与できない裁判官→2号に対応/4号代理権等を欠いた→3号に対応/上告理由にだけある=二の二日本の裁判所の管轄権の専属違反・3号専属管轄違反・5号口頭弁論の公開違反・6号判決に理由がない又は理由に食違い/再審事由にだけある=4号〜10号/注意=上告の4号が再審の3号・番号がずれる) 図:上告理由と再審事由の対応板

  • 上告理由312条2項→再審事由338条1項
  • 1号裁判所の構成が違法→1号に対応
  • 2号関与できない裁判官→2号に対応
  • 4号代理権等を欠いた→3号に対応
  • 上告理由にだけある=二の二日本の裁判所の管轄権の専属違反・3号専属管轄違反・5号口頭弁論の公開違反・6号判決に理由がない又は理由に食違い
  • 再審事由にだけある=4号〜10号
  • 注意=上告の4号が再審の3号・番号がずれる

重なっているものと、重なっていないものがあります。板で並べます。上告理由の1号が、再審の1号。上告理由の2号が、再審の2号。そして、上告理由の4号、代理権を欠いたことが、再審の3号です。番号がずれるので、気をつけてください。逆に、上告理由にはあっても、再審の事由にはないものがあります。管轄権の専属に関する規定の違反。専属管轄の違反。口頭弁論の公開の規定の違反。判決に理由が付いていない、あるいは理由に食違いがある場合。この4つです。公開主義の違反は、上告理由にはなりますが、再審の事由ではありません。公開、双方審尋、直接の3つの原則のうち、再審で争えるのは、直接主義違反と、言い分を述べる機会を奪う双方審尋主義違反の2つだけです。前者は1号、後者は3号の系統で扱います。原則を並べた回では、3つまとめて再審の対象と言いましたが、正確には、公開主義の違反は入りません。なぜ外れるのか。さっきの2つの束で測ると、こう説明できます。公開されずに審理された場合も、専属管轄に違反した場合も、当事者が主張し立証する機会は、奪われていません。判断の材料が、犯罪などでゆがんだわけでもありません。だから、上告で言える間は言えても、確定したあとまで既判力を破る理由にはならない。上告理由の方が広いのは、そのためです。

4号〜8号の板(4号判決に関与した裁判官が事件について職務に関する罪を犯した=収賄など/5号刑事上罰すべき他人の行為により自白をするに至った又は判決に影響を及ぼすべき攻撃防御の方法の提出を妨げられた/6号判決の証拠となった文書その他の物件が偽造又は変造されたものだった・証拠となった電磁的記録が不正に作られたものだった/7号証人・鑑定人・通訳人・宣誓した当事者等の虚偽の陳述が判決の証拠となった/8号判決の基礎となった裁判や行政処分が後の裁判や行政処分で変更された/いずれも4号〜7号は有罪判決等の確定が要る・338条2項) 図:4号〜8号の板

  • 4号判決に関与した裁判官が事件について職務に関する罪を犯した=収賄など
  • 5号刑事上罰すべき他人の行為により自白をするに至った又は判決に影響を及ぼすべき攻撃防御の方法の提出を妨げられた
  • 6号判決の証拠となった文書その他の物件が偽造又は変造されたものだった・証拠となった電磁的記録が不正に作られたものだった
  • 7号証人・鑑定人・通訳人・宣誓した当事者等の虚偽の陳述が判決の証拠となった
  • 8号判決の基礎となった裁判や行政処分が後の裁判や行政処分で変更された
  • いずれも4号〜7号は有罪判決等の確定が要る・338条2項

2つめの束の前半、4号から8号です。条文を読みます。

条文民事訴訟法338条1項

民事訴訟法338条1項4号〜8号(再審の事由) 四 判決に関与した裁判官が事件について職務に関する罪を犯したこと。 五 刑事上罰すべき他人の行為により、自白をするに至ったこと又は判決に影響を及ぼすべき攻撃若しくは防御の方法を提出することを妨げられたこと。 六 判決の証拠となった文書その他の物件が偽造され若しくは変造されたものであったこと又は判決の証拠となった電磁的記録が不正に作られたものであったこと。 七 証人、鑑定人、通訳人又は宣誓した当事者若しくは法定代理人の虚偽の陳述が判決の証拠となったこと。 八 判決の基礎となった民事若しくは刑事の判決その他の裁判又は行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたこと。

4号は、判決に関与した裁判官が、その事件について職務に関する罪を犯したこと。たとえば、当事者から賄賂を受け取った場合です。5号は、刑事上罰すべき他人の行為によって、自白をするに至ったこと、または、判決に影響を及ぼすはずの攻撃防御の方法を出すのを妨げられたことです。5号は、前に見た、自白の撤回が許される例外とつながっています。他人に脅されて自白させられたような場合は、撤回が許される例外でした。確定したあとでも、同じ発想で救済する、という位置づけです。6号は、判決の証拠になった文書などが、偽造や変造されたものだった場合です。判決の証拠になった電磁的記録、つまりデータが、不正に作られたものだった場合も、6号に入ります。7号は、証人や鑑定人、通訳人、宣誓した当事者などが、うその陳述をして、それが判決の証拠になった場合です。8号は、判決の基礎になった裁判や行政処分が、あとの裁判や行政処分で変更された場合です。4号から7号には、共通の条件があります。次の2項です。

4号〜7号と有罪判決の要求の板(338条2項=4号から7号の事由は罰すべき行為について有罪の判決若しくは過料の裁判が確定したとき又は証拠がないという理由以外の理由により有罪の確定判決若しくは過料の確定裁判を得ることができないときに限る/例=偽証をした証人に偽証罪の有罪判決が確定→入口を通れる/犯人が死亡して起訴できない・公訴時効が完成した→証拠がないという理由以外の理由→入口を通れる/証拠不十分で不起訴・無罪→入口を通れない) 図:4号〜7号と有罪判決の要求の板

  • 338条2項=4号から7号の事由は罰すべき行為について有罪の判決若しくは過料の裁判が確定したとき又は証拠がないという理由以外の理由により有罪の確定判決若しくは過料の確定裁判を得ることができないときに限る
  • 例=偽証をした証人に偽証罪の有罪判決が確定→入口を通れる
  • 犯人が死亡して起訴できない・公訴時効が完成した→証拠がないという理由以外の理由→入口を通れる
  • 証拠不十分で不起訴・無罪→入口を通れない

条文です。

条文民事訴訟法338条2項

民事訴訟法338条2項(有罪の判決等の要求) 2 前項第四号から第七号までに掲げる事由がある場合においては、罰すべき行為について、有罪の判決若しくは過料の裁判が確定したとき、又は証拠がないという理由以外の理由により有罪の確定判決若しくは過料の確定裁判を得ることができないときに限り、再審の訴えを提起することができる。

4号から7号は、いずれも犯罪行為が絡む事由です。その場合は、その罰すべき行為について、有罪の判決か、過料の裁判が確定していることが要ります。ここで一問です。なぜ、有罪の確定判決まで求めるのでしょうか。民事の裁判所が犯罪の有無をゼロから調べ直さずに済むように、という説明が、趣旨として挙げられます。再審の入口の段階で、犯罪があったかどうかの審理まで始めると、重くなり、判断も不安定になります。そこで、刑事の確定した判決などを入口に置いて、事由の存在を確かなものにしています。もう一つ、後半の「又は」以下です。有罪の判決を得られない場合でも、証拠がないという理由以外の理由なら、入口を通れます。たとえば、犯人が亡くなって起訴できなかった場合や、公訴時効が完成した場合です。一方、証拠が足りなくて不起訴や無罪になった場合は、通れません。犯罪の証拠が足りないのなら、再審の事由としても、立証できていないからです。

9号・10号と3項・339条の板(9号判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があった=主張された重要な事項への判断が落ちていた/10号不服の申立てに係る判決が前に確定した判決と抵触する=同じ事件に矛盾する2つの確定判決/重複起訴を看過して確定してもそれだけでは再審事由にならない/矛盾する確定判決がそろった場合は後の判決に10号/338条3項=控訴審で本案判決をしたときは第一審の判決に再審の訴えを提起できない/339条=判決の基本となる裁判に独立の不服申立ての方法があっても再審の事由にできる) 図:9号・10号と3項・339条の板

  • 9号判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があった=主張された重要な事項への判断が落ちていた
  • 10号不服の申立てに係る判決が前に確定した判決と抵触する=同じ事件に矛盾する2つの確定判決
  • 重複起訴を看過して確定してもそれだけでは再審事由にならない
  • 矛盾する確定判決がそろった場合は後の判決に10号
  • 338条3項=控訴審で本案判決をしたときは第一審の判決に再審の訴えを提起できない
  • 339条=判決の基本となる裁判に独立の不服申立ての方法があっても再審の事由にできる

残りは、9号と10号です。

条文民事訴訟法338条1項

民事訴訟法338条1項9号・10号(再審の事由) 九 判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったこと。 十 不服の申立てに係る判決が前に確定した判決と抵触すること。

9号は、判決に影響を及ぼすはずの重要な事項について、判断が落ちていた場合です。当事者が主張した重要な事項が、判決の理由で取り上げられないまま、見過ごされていたようなときです。10号は、同じ事件について、矛盾する確定判決が存在する場合です。ここで、重複起訴の話を思い出してください。同じ事件を二重に起こすことは禁じられていますが、裁判所がそれを見過ごして、判決が確定してしまったとします。それだけでは、再審の事由になりません。ところが、矛盾する2つの確定判決がそろってしまったときは、後の判決が、この10号で再審の対象になります。最後に、細かい2つです。338条3項。控訴審で本案の判決をしたときは、第一審の判決に対して、再審の訴えを提起できません。争うなら、控訴審の判決に対してです。339条は、判決の基本となった裁判について、独立の不服申立ての方法があっても、再審の事由にできる、という定めです。この2つは、条文で確認する程度で足ります。

3号の広がり——手続関与の機会を奪われたとき

Bさんの事案と3号の板(前訴=A社が原告・Bさんが被告/Cが訴状を受け取り隠した→補充送達は有効/実際には本人に交付されず・本人は訴訟を知らないまま判決/問い=補充送達が有効でも338条1項3号の再審事由はあるか/3号の本来の形=代理権を欠いたまま訴訟が進んだ場合・当事者本人が手続に関わる機会を奪われた点が核心) 図:Bさんの事案と3号の板

  • 前訴=A社が原告・Bさんが被告
  • Cが訴状を受け取り隠した→補充送達は有効
  • 実際には本人に交付されず・本人は訴訟を知らないまま判決
  • 問い=補充送達が有効でも338条1項3号の再審事由はあるか
  • 3号の本来の形=代理権を欠いたまま訴訟が進んだ場合・当事者本人が手続に関わる機会を奪われた点が核心

Bさんの事案に戻ります。その前に、送達のところで見たことを思い出してください。補充送達は、受け取った同居者と本人の間に、事実上の利害の対立があるにすぎない場合に、有効でしたか、無効でしたか?有効でした。ただ、実際に書類が渡らず、本人が知らないまま判決がされたときは、再審事由があるかどうかを、別に判断するんでした。Bさんの事案が、まさにそれです。Cさんが受け取った訴状の送達は、補充送達として有効でした。Cさんは、Bさんの名前で借り入れをした張本人で、Bさんとの間に、利害の対立があります。実際に、訴状も判決書も、Bさんに渡りませんでした。そこで、再審の事由はあるのか、が問題になります。3号の条文は、代理権を欠いた場合です。Cさんは、Bさんの代理人として訴訟をしたわけではありません。そのままでは、3号に当たらないようにも見えます。最高裁の決定は、こう述べました。

判例最決平19・3・20 民集61巻2号586頁

補充送達は有効でも、再審事由の存否は別に判断する 本件訴状等の送達が補充送達として有効であるからといって、直ちに民訴法338条1項3号の再審事由の存在が否定されることにはならない。同事由の存否は、当事者に保障されるべき手続関与の機会が与えられていたか否かの観点から改めて判断されなければならない。……当事者の代理人として訴訟行為をした者が代理権を欠いた場合と別異に扱う理由はないから、民訴法338条1項3号の再審事由があると解するのが相当である。

判旨の細かい読み方は、送達の回で見ました。今日は、確定したあとの側から、この決定を受けます。決定の言葉は、「適用する」でも「類推適用する」でもありません。「代理権を欠いた場合と別異に扱う理由はない」。この言い方のまま、覚えてください。既判力の根拠に戻って考えます。既判力は、当事者に手続に関わる機会が保障されていたから、結果に拘束されてよい、という理屈で正当化されるのでした。代理権を欠いたまま進んだ訴訟で、本人が拘束されないのは、本人が手続に関わる機会を、実質的に奪われたからです。ところが、Bさんは、訴状も判決書も見ていない。訴訟があること自体を知らない。手続に関わる機会を奪われたことは、代理権を欠いた場合と変わりません。機会を与えられなかった人に既判力を維持する根拠は、弱いのです。これは、決定がそう書いているわけではなく、既判力の根拠から考えた説明です。決定が述べている決め手は、手続関与の機会が与えられていたか否か、の一点です。境目を並べます。Bさんと同じように、Cさんと利害が対立していても、訴状がBさんに実際に渡って、Bさんが裁判を知っていたのに、放っておいたとします。この場合は、手続関与の機会は与えられていました。3号の再審事由にはなりません。同居者との利害の対立、書類が実際に渡らなかったこと、本人が知らないまま判決がされたこと。この3つがそろえば、機会を奪われたといえます。

3号の広がりの板(代理権を欠いた=本来の形・本人が手続に関わる機会を奪われた/補充送達が有効でも同居者と本人に事実上の利害対立・書類は実際に交付されず・本人は知らないまま判決=別異に扱う理由はない→3号の再審事由/理由づけ=既判力の根拠は手続保障・機会を与えられなかった者に既判力を維持する根拠は弱い/境目=書類が実際に渡り本人が裁判を知っていた場合は機会が与えられていた/上訴との分担=追完で上訴を取り戻せるうちは上訴・確定して追完も間に合わないなら再審) 図:3号の広がりの板

  • 代理権を欠いた=本来の形・本人が手続に関わる機会を奪われた
  • 補充送達が有効でも同居者と本人に事実上の利害対立・書類は実際に交付されず・本人は知らないまま判決=別異に扱う理由はない→3号の再審事由
  • 理由づけ=既判力の根拠は手続保障・機会を与えられなかった者に既判力を維持する根拠は弱い
  • 境目=書類が実際に渡り本人が裁判を知っていた場合は機会が与えられていた
  • 上訴との分担=追完で上訴を取り戻せるうちは上訴・確定して追完も間に合わないなら再審

同じ「知らないまま判決を受けた人」でも、上訴との分担があります。付郵便送達、つまり書留郵便で発送した時点で届いたことにする送達や、公示送達で、知らないまま判決を受けた人は、97条の追完で、控訴の期間を取り戻せる場合がありました。追完で上訴を取り戻せるうちは、上訴。確定してしまい、追完も間に合わないなら、再審です。確定前の追完と、確定後の再審という分担です。もう一つ。当事者の一方に、言い分を述べる機会がまったく与えられなかったような場合、つまり双方審尋主義に反する場合も、手続関与の機会を奪われたという点で、3号の系統で扱います。1つめの束、つまり手続に関わる機会そのものが崩れた場合は、結果に拘束してよい前提が、根元から崩れています。3号の広がりは、その一番はっきりした形で、短答でも論文でも問われます。次は、いつまでに起こさなければならないか。期間です。

再審の期間——30日・5年・制限のない場合

再審期間の比較板(30日=判決の確定後に再審の事由を知った日から・不変期間・裁判所は伸縮できない96条1項ただし書・責めに帰することができない事由なら追完できる97条/5年=判決が確定した日(事由が確定後に生じたときはその発生日)から・不変期間ではない除斥期間・追完の対象にならない/制限なし=338条1項3号の事由のうち代理権を欠いたこと・10号/342条) 図:再審期間の比較板

  • 30日=判決の確定後に再審の事由を知った日から・不変期間・裁判所は伸縮できない96条1項ただし書・責めに帰することができない事由なら追完できる97条
  • 5年=判決が確定した日(事由が確定後に生じたときはその発生日)から・不変期間ではない除斥期間・追完の対象にならない
  • 制限なし=338条1項3号の事由のうち代理権を欠いたこと・10号
  • 342条

期間の前に、前に見た内容の確認です。不変期間は、裁判所が伸ばしたり縮めたりできない期間でした。では、当事者の責めに帰することができない事由で、その期間を守れなかったとき、どうなりますか。追完ができました。事由がなくなってから1週間以内に、本来の訴訟行為をすれば間に合う、という扱いでした。97条でした。それを頭に置いて、342条を読みます。

条文民事訴訟法342条

民事訴訟法342条(再審の期間) 第三百四十二条 再審の訴えは、当事者が判決の確定した後再審の事由を知った日から三十日の不変期間内に提起しなければならない。 2 判決が確定した日(再審の事由が判決の確定した後に生じた場合にあっては、その事由が発生した日)から五年を経過したときは、再審の訴えを提起することができない。 3 前二項の規定は、第三百三十八条第一項第三号に掲げる事由のうち代理権を欠いたこと及び同項第十号に掲げる事由を理由とする再審の訴えには、適用しない。

1項です。判決の確定後に、再審の事由を知った日から30日。しかも不変期間です。裁判所は伸縮できず、責めに帰することができない事由があれば、追完ができます。2項は、5年です。判決が確定した日から、5年を経過したら、再審の訴えは出せません。確定後に生じた事由なら、その事由が発生した日からです。ここが大事で、5年は、不変期間ではありません。追完の対象にならない、除斥期間です。たとえば、病気で動けなかったという、責めに帰することができない事情があっても、5年が過ぎると、もう出せません。30日は追完の余地があり、5年は動かない。この差を、短答では問われます。3項が、例外です。338条1項3号の事由のうち、代理権を欠いたことと、10号の事由を理由とする再審の訴えには、1項も2項も適用されません。期間の制限がないのです。

趣旨として、こう説明されます。代理権を欠いたまま進んだ訴訟は、本人が、自分の知らない間に確定していることがあります。本人が知る機会がなかったのに、期間で切ってしまうのは酷です。10号は、矛盾する2つの確定判決が並び立った場合です。期間の制限は、法的安定のためにありました。ところが、矛盾する確定判決が2つあると、どちらに従えばよいかが決まらず、何年たっても安定は戻りません。期間で切れば、その不安定な状態が、かえって固定されてしまいます。だから、いつでも解消できるようにしてあります。

Bさんの時間軸(前訴の判決が確定→3年後に差押えの通知でBさんが知る→知った日から30日以内に再審の訴えを提起すれば1項を満たす・確定から5年以内なので2項も満たす/もし確定から8年後に知った場合=2項の5年が経過・3項が除くのは文言上は代理権を欠いたこと・Bさんの型(同居者から本人に書類が渡らなかった)に3項が及ぶかは決定は述べていない) 図:Bさんの時間軸

  • 前訴の判決が確定→3年後に差押えの通知でBさんが知る→知った日から30日以内に再審の訴えを提起すれば1項を満たす・確定から5年以内なので2項も満たす
  • もし確定から8年後に知った場合=2項の5年が経過・3項が除くのは文言上は代理権を欠いたこと・Bさんの型(同居者から本人に書類が渡らなかった)に3項が及ぶかは決定は述べていない

Bさんの事案で考えます。判決の確定から3年後に、差押えの通知で知ったとします。Bさんは、知った日から30日以内に、再審の訴えを起こせば、1項を満たします。確定から5年以内ですから、2項も満たします。もし、確定から8年たってから知ったら、どうなるんですか。そこは、慎重に分けて考えます。条文の3項が期間の制限を外すのは、字面のうえでは、代理権を欠いたことです。Bさんの型、つまり、同居者に渡って本人に届かなかった型は、代理権を欠いたことそのものではありません。3項がこの型にも及ぶかどうかは、条文の字面からは、断定できません。先ほどの決定も、期間については何も述べていません。代理人と称する者が権限なく訴訟をした場合のような、代理権を欠いたことそのものなら制限なし。同居者型は、決定が答えていない。この2つを、分けて持っておいてください。もう一つ、30日と5年の両方が掛かる例を見ます。前の貸金請求で、証人がうそをつき、それが判決の証拠になって負けたとします。7号の事由です。この場合は、事由を知った日から30日と、確定から5年の、両方の関門を通らなければなりません。どちらか一方が過ぎると、再審の訴えは出せません。ここで立ち止まって、1つ問いです。Bさんの事案で、30日と5年の期間は、効いてくるでしょうか。

3年後に知ったのなら、知った日から30日以内に出せば足ります。5年は、まだ経っていないので問題になりません。

再審の補充性——上訴で言えたことは言わせない

補充性の板(338条1項ただし書=当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき・又はこれを知りながら主張しなかったときは再審できない/趣旨=濫訴の防止・勝訴した当事者の地位の安定/Bさんの事案=訴訟を知らなかった→知りながらではない・訴状も判決書も同居の兄止まりで上訴で主張する機会がなかった/変形=判決書を自分で受け取り事由を知りながら控訴しなかったBさん→再審できない側/再審は最後の手段・他の道で足りるものは再審にしない=強迫による取下げ・和解) 図:補充性の板

  • 338条1項ただし書=当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき・又はこれを知りながら主張しなかったときは再審できない
  • 趣旨=濫訴の防止・勝訴した当事者の地位の安定
  • Bさんの事案=訴訟を知らなかった→知りながらではない・訴状も判決書も同居の兄止まりで上訴で主張する機会がなかった
  • 変形=判決書を自分で受け取り事由を知りながら控訴しなかったBさん→再審できない側
  • 再審は最後の手段・他の道で足りるものは再審にしない=強迫による取下げ・和解

338条1項のただし書に戻ります。当事者が控訴か上告でその事由を主張したとき、または、その事由を知りながら主張しなかったときは、再審ができません。再審の補充性といいます。理由は二つ挙げられます。一つは、濫訴の防止です。上訴で言えたことを、あとから何度でも持ち出せるなら、確定の意味がなくなります。もう一つは、勝訴した当事者の地位の安定です。勝った側は、確定を信じて暮らしています。その信頼を、相手が言えるのに黙っていたことで崩してはいけない。喩えの建物でいえば、検査のときに気づけた欠陥は、引渡しのあとで言わせない、ということです。Bさんの事案に当てはめます。Bさんは、訴訟があることさえ知りませんでした。訴状も判決書も、同居の兄のところで止まっていて、Bさんには届いていません。上訴で、3号の事由を主張する機会がそもそもなかった。だから、「知りながら主張しなかった」には当たりません。補充性の壁は、越えられます。境目になる変形を置きます。もし、Bさんが判決書を自分で受け取って、自分の知らない借金の裁判で欠席扱いになったことを知りながら、控訴をしなかったとします。この場合は、事由を知りながら主張しなかった側に入ります。同じ事由でも、知っていたか、知る機会があったかで、結論が分かれます。再審は最後の手段、という性格は、ほかの場面にも出てきます。強迫によって訴えを取り下げさせられた場合、5号を類推して救済できますが、判決ではないので、再審の訴えではなく、期日指定の申立てで足りる、と前に見ました。他の道で足りるなら、そちらを使います。また、和解に既判力を全面的に認めると、再審事由がなければ争えなくなってしまいます。再審の入口が狭いことが、和解の効力の議論の背景にありました。

再審の手続——2段階の構造

再審の手続フロー(管轄=不服の申立てに係る判決をした裁判所の専属・340条1項/審級を異にする裁判所が同一事件についてした判決は上級の裁判所が併せて管轄・340条2項/訴状に当事者と法定代理人・不服の対象の判決・再審を求める旨・不服の理由を記載・343条/第1段階=再審開始の可否・決定手続で口頭弁論は前提としない=不適法なら却下決定345条1項・事由がなければ棄却決定345条2項(確定すれば同一事由で再度の再審の訴えは不可345条3項)・事由があれば相手方を審尋して再審開始決定346条/これらの決定に即時抗告347条/第2段階=本案の審理=再審開始決定が確定したら不服申立ての限度で審理裁判348条1項・判決が正当なら請求棄却348条2項・不当なら取り消してさらに裁判348条3項) 図:再審の手続フロー

  • 管轄=不服の申立てに係る判決をした裁判所の専属・340条1項
  • 審級を異にする裁判所が同一事件についてした判決は上級の裁判所が併せて管轄・340条2項
  • 訴状に当事者と法定代理人・不服の対象の判決・再審を求める旨・不服の理由を記載・343条
  • 第1段階=再審開始の可否・決定手続で口頭弁論は前提としない=不適法なら却下決定345条1項・事由がなければ棄却決定345条2項(確定すれば同一事由で再度の再審の訴えは不可345条3項)・事由があれば相手方を審尋して再審開始決定346条
  • これらの決定に即時抗告347条
  • 第2段階=本案の審理=再審開始決定が確定したら不服申立ての限度で審理裁判348条1項・判決が正当なら請求棄却348条2項・不当なら取り消してさらに裁判348条3項

最後の問い、手続です。再審の訴えは、どの裁判所に起こすのか。不服の申立てに係る判決をした裁判所の、専属管轄です。340条1項です。Bさんの事案なら、前の訴訟でA社の勝訴判決をした裁判所です。審級を異にする裁判所が、同一の事件についてした判決に対しては、上級の裁判所が、併せて管轄します。2項です。再審の訴訟手続には、その性質に反しない限り、各審級の訴訟手続に関する規定が準用されます。341条です。再審の訴えは、訴状を出して起こします。訴状には、当事者と法定代理人のほか、不服を申し立てる判決と、その判決に対して再審を求める旨と、不服の理由を書きます。343条です。本題は、ここからの2段階です。名前は「再審の訴え」ですが、いきなり前の訴訟の続きをするわけではありません。第1段階の条文です。

条文民事訴訟法345条・346条

民事訴訟法345条・346条(再審の訴えの却下等・再審開始の決定) 第三百四十五条 裁判所は、再審の訴えが不適法である場合には、決定で、これを却下しなければならない。 2 裁判所は、再審の事由がない場合には、決定で、再審の請求を棄却しなければならない。 3 前項の決定が確定したときは、同一の事由を不服の理由として、更に再審の訴えを提起することができない。 第三百四十六条 裁判所は、再審の事由がある場合には、再審開始の決定をしなければならない。 2 裁判所は、前項の決定をする場合には、相手方を審尋しなければならない。

第1段階は、再審を開始するかどうかの判断です。ここは決定手続で、口頭弁論は前提としていません。再審の訴えが不適法なら、決定で却下します。345条1項です。再審の事由がなければ、決定で再審の請求を棄却します。2項です。この棄却の決定が確定したら、同じ事由を理由にして、もう一度、再審の訴えを起こすことはできません。3項です。事由があるなら、相手方を審尋したうえで、再審開始の決定をします。346条です。これらの決定には、即時抗告ができます。347条です。訴えなのに口頭弁論をしない、というのが落とし穴です。名前は訴えですが、第1段階は決定で終わります。口頭弁論を想像しないでください。なぜ、わざわざ2段に分けるのか。趣旨として、こう説明されます。事由があるかどうかを、先に決定で確かめておけば、事由のない訴えのために、確定した判決の中身を蒸し返す審理に入らずに済みます。勝った側の、確定判決への信頼を守るための関門です。本案の審理に進む条文です。

条文民事訴訟法348条

民事訴訟法348条(本案の審理及び裁判) 第三百四十八条 裁判所は、再審開始の決定が確定した場合には、不服申立ての限度で、本案の審理及び裁判をする。 2 裁判所は、前項の場合において、判決を正当とするときは、再審の請求を棄却しなければならない。 3 裁判所は、前項の場合を除き、判決を取り消した上、更に裁判をしなければならない。

第2段階が、本案の審理です。再審開始の決定が確定したら、不服の申立ての限度で、本案の審理と裁判をします。348条1項です。ここでようやく、前の訴訟の口頭弁論が、再開されて続きます。審理の結果、前の判決が正当なら、再審の請求を棄却します。2項です。正当でなければ、判決を取り消して、さらに裁判をします。3項です。再審事由があっても、前の判決が結論として正当なら、判決は維持される。再審事由があることと、請求が認められることは別です。

Bさんの事案で2段階を通す板(第1段階=Bさん(再審原告)が前の訴訟をした裁判所に再審の訴え→3号の事由ありと判断→A社(再審被告)を審尋→再審開始決定/第2段階=開始決定が確定→前の訴訟の口頭弁論が再開→Bさんが借りていないと争う→A社が立証できなければ前の判決を取り消して請求棄却/注意=再審の訴えだけでは強制執行は止まらない・執行停止の裁判を別に求める403条1項1号/刑事の再審は刑事訴訟法の別の制度) 図:Bさんの事案で2段階を通す板

  • 第1段階=Bさん(再審原告)が前の訴訟をした裁判所に再審の訴え→3号の事由ありと判断→A社(再審被告)を審尋→再審開始決定
  • 第2段階=開始決定が確定→前の訴訟の口頭弁論が再開→Bさんが借りていないと争う→A社が立証できなければ前の判決を取り消して請求棄却
  • 注意=再審の訴えだけでは強制執行は止まらない・執行停止の裁判を別に求める403条1項1号
  • 刑事の再審は刑事訴訟法の別の制度

Bさんの事案に通します。Bさんが、前の訴訟をした裁判所に、再審の訴えを起こす。裁判所は、3号の事由があると判断して、A社を審尋したうえで、再審開始の決定をする。決定が確定したら、前の訴訟の口頭弁論が再開される。Bさんが、自分はお金を借りていないと争う。A社が借りたことを立証できなければ、前の判決を取り消して、Bさんの勝ちの判決をする。こう進みます。一点、注意があります。再審の訴えを起こしただけでは、強制執行は止まりません。止めたいなら、執行停止の裁判を、別に求めます。403条1項1号です。執行の手続は、民事執行法の領域です。刑事の再審は、刑事訴訟法に定められた、別の制度です。名前が同じだけで、混ぜないでください。

第三者の救済——詐害再審

事案②の関係図(X=Xさん・株主で前訴の原告/D=D社・前訴の被告/F=Fさん・D社の新株を引き受けた第三者/XがD社を被告に新株発行の無効を求める訴え・D社は争わず請求を認めて敗訴・確定/Fさんは前訴の存在を知らされない/会社法838条=確定判決の効力は第三者にも及ぶ/Fさんは前訴の当事者ではない/問い=当事者でない第三者のFさんはどう救済されるか) 図:事案②の関係図

  • X=Xさん・株主で前訴の原告
  • D=D社・前訴の被告
  • F=Fさん・D社の新株を引き受けた第三者
  • XがD社を被告に新株発行の無効を求める訴え・D社は争わず請求を認めて敗訴・確定
  • Fさんは前訴の存在を知らされない
  • 会社法838条=確定判決の効力は第三者にも及ぶ
  • Fさんは前訴の当事者ではない
  • 問い=当事者でない第三者のFさんはどう救済されるか

もう一つ、第三者の救済です。別の事案を使います。株主のXさんが、D社を被告にして、D社が発行した新株の発行の無効を求めて、訴えを起こしました。新株発行無効の訴えは、被告になれるのは会社だけです。ところが、D社は、まったく争わず、Xさんの請求を認めて、敗訴し、判決が確定しました。実はXさんとD社は、馴れ合っていたとします。新株を引き受けていたのは、Fさんです。Fさんは、前の訴訟の存在を知らされていません。ところが、会社の組織に関する訴えで請求を認める確定判決は、会社法838条により、第三者にも効力が及びます。Fさんの新株は、Fさんの知らないところで、無効にされてしまいました。

Fさんは、前の訴訟の当事者ではないですよね。再審の訴えを起こせるんですか。そこが問題です。実は、馴れ合いの訴訟で第三者が害される場合の救済を、一般的に定めた条文は、現行法にありません。かつての法律にはありましたが、削除され、現行法も引き継いでいません。この穴に、最高裁の決定が一つの答えを出しました。決定は2段で考えています。1段目は、再審の訴えを起こす資格、原告適格の問題です。再審の訴えを起こしただけでは、当事者ではない第三者は、確定した判決の判断を左右できません。しかし、独立当事者参加の申出をすれば、再審開始の決定が確定したあと、参加人として訴訟行為をして、合一確定の要請を通じて、確定判決の判断を左右できます。合一確定とは、矛盾なく一つの判断に定めるべきだ、という要請です。しかも、再審開始の決定がされれば、訴訟の審理がされることになるので、参加の申出に必要な訴訟係属もあるといえます。なぜ、参加すると判断を左右できるのか。独立当事者参加は、第三者が自分の請求を掲げて、3人目の当事者として入る手続でした。入ったあとは40条が準用されて、3人のうち1人を除け者にして、他の2人だけで訴訟を動かすことはできません。前に見た、牽制の規律です。Fさんが参加人として入れば、XさんとD社が馴れ合って争わなくても、それだけでFさんに不利な結論を固めることはできなくなります。整理します。Fさんは、再審の訴えを起こすだけでなく、独立当事者参加の申出を、あわせてすることで、確定判決の判断に手を届かせることができる、という道筋です。

判例最決平25・11・21 民集67巻8号1686頁

第三者は独立当事者参加の申出をして再審の訴えを起こせる 新株発行の無効の訴えに係る請求を認容する確定判決の効力を受ける第三者は、上記確定判決に係る訴訟について独立当事者参加の申出をすることによって、上記確定判決に対する再審の訴えの原告適格を有することになるというべきである。……上記株式会社による訴訟活動がおよそいかなるものであったとしても、上記第三者が後に上記確定判決の効力を一切争うことができないと解することは、手続保障の観点から是認することはできないのであって、上記株式会社の訴訟活動が著しく信義に反しており、上記第三者に上記確定判決の効力を及ぼすことが手続保障の観点から看過することができない場合には、上記確定判決には、民訴法338条1項3号の再審事由があるというべきである。

決定の言葉で確かめます。「上記株式会社」はD社のような被告の会社、「上記第三者」はFさんのような立場の人です。1段目が原告適格、2段目が3号です。

第三者再審の決定の板(1段目=原告適格=再審の訴えを提起するだけでは当事者でない第三者は確定判決の判断を左右できない・独立当事者参加の申出をすれば再審開始決定の確定後に参加人として訴訟行為をして合一確定の要請を介し確定判決の判断を左右できる・再審開始決定がされれば訴訟の審理がされるので参加申出に必要な訴訟係属もある/2段目=3号の再審事由=会社が訴訟を追行している以上第三者が訴訟係属を知らず関与の機会を与えられなくても直ちには3号の再審事由があるとはいえない・信義則2条・被告適格を与えられた会社は事実上第三者に代わって手続に関与する立場・会社の訴訟活動が著しく信義に反しており第三者に効力を及ぼすことが手続保障の観点から看過できない場合は3号の再審事由がある・本件はそうみる余地があるとして原決定を破棄し差し戻した) 図:第三者再審の決定の板

  • 1段目=原告適格=再審の訴えを提起するだけでは当事者でない第三者は確定判決の判断を左右できない・独立当事者参加の申出をすれば再審開始決定の確定後に参加人として訴訟行為をして合一確定の要請を介し確定判決の判断を左右できる・再審開始決定がされれば訴訟の審理がされるので参加申出に必要な訴訟係属もある
  • 2段目=3号の再審事由=会社が訴訟を追行している以上第三者が訴訟係属を知らず関与の機会を与えられなくても直ちには3号の再審事由があるとはいえない・信義則2条・被告適格を与えられた会社は事実上第三者に代わって手続に関与する立場・会社の訴訟活動が著しく信義に反しており第三者に効力を及ぼすことが手続保障の観点から看過できない場合は3号の再審事由がある・本件はそうみる余地があるとして原決定を破棄し差し戻した

2段目は、3号の再審事由です。Fさんは、前の訴訟に出る機会を与えられていません。それなら3号の事由がある、とすぐに言えるでしょうか。決定は、そうは言いませんでした。会社が訴訟を追行している以上、第三者が訴訟があることを知らず、関与の機会を与えられなくても、直ちには3号の再審事由があるとはいえない、という立場です。ただし、そこで終わりません。信義則です。2条です。新株発行無効の訴えで被告になる資格を与えられた会社は、事実上、第三者に代わって手続に関与する立場にあります。その会社の訴訟活動が、著しく信義に反していて、判決の効力を第三者に及ぼすことが、手続保障の観点から看過できない場合には、3号の再審事由があるといえる、としました。そのうえで、この事案は、そう見る余地があるとして、原決定を破棄し、審理を差し戻しています。

決定は、再審事由があると確定したのではなく、存在するとみる余地がある、と述べて、差し戻しました。結論を、言い過ぎないことが大事です。決定が、そう見る余地があるとした事情は、こうです。第三者は、訴訟が起きる前から、会社に対して新株発行が有効だと主張していて、訴訟を知れば参加してくることが明らかでした。会社もそれを分かっていました。それなのに、会社は請求をまったく争わず、訴訟があることを知らせるのも簡単だったのに、知らせませんでした。Fさんの事案に当てはめます。D社は、Xさんと馴れ合って、まったく争わず、Fさんにも知らせませんでした。これが、著しく信義に反する訴訟活動だといえれば、Fさんには3号の再審事由があります。逆に、決定は、会社が訴訟を追行している以上、第三者が訴訟を知らなかったというだけでは、直ちに3号の事由があるとはいえない、としていました。決め手は、会社の訴訟活動の中身です。Fさんがする独立当事者参加は、前に見た整理でいえば、訴訟の結果で権利を害される第三者が、馴れ合いを止めるために加わる、詐害防止参加の型に近い場面です。ただし、違いがあります。独立当事者参加の回で見た第三者は、判決の効力が及ばない人で、事実上の不利益を防ぐために、確定の前に入りました。Fさんは、838条で、確定した判決の効力そのものが及ぶ人です。しかも判決は確定済みなので、参加の申出だけでなく、再審の訴えとあわせて入ります。なお、3号を広げたこの判断は、新株発行無効の訴えを前提にした事案の判断で、第三者再審の一般的な要件を述べたものではありません。

ここまでをつなげます。判決の効力が、手続に出ていない人にまで及ぶ。その構造は、判決の効力が及ぶ人の範囲を見た回や、訴訟担当で見た場面と同じです。また、補助参加人なら、参加している訴訟の中で、再審の訴えを提起できます。45条1項です。Fさんは、前の訴訟に参加していません。そのFさんについて、決定は、独立当事者参加の申出をすることで、再審の訴えの原告適格を持つ、と述べました。第三者再審は、論文で論点になりうるところです。

今日の地図(保存版)

Bさんの線の総括(確定後に差押えの通知で知る→前訴の裁判所に再審の訴え=訴状/事由=3号(同居者との利害対立・書類が渡らず知らないまま判決・手続関与の機会が与えられていなかった)/期間=知った日から30日の不変期間・確定から5年(確定から3年)/補充性=知らなかったので知りながら主張しなかったに当たらない/手続=第1段階の決定手続で相手方を審尋して再審開始決定→第2段階で前訴の口頭弁論を再開し本案をやり直す→判決を取り消してBさんが勝訴/4つの持ち帰り=1限定列挙・期間・補充性・2事由は2つの束・3期間30日と5年と例外・4手続は2段階と詐害再審) 図:Bさんの線の総括

  • 確定後に差押えの通知で知る→前訴の裁判所に再審の訴え=訴状
  • 事由=3号(同居者との利害対立・書類が渡らず知らないまま判決・手続関与の機会が与えられていなかった)
  • 期間=知った日から30日の不変期間・確定から5年(確定から3年)
  • 補充性=知らなかったので知りながら主張しなかったに当たらない
  • 手続=第1段階の決定手続で相手方を審尋して再審開始決定→第2段階で前訴の口頭弁論を再開し本案をやり直す→判決を取り消してBさんが勝訴
  • 4つの持ち帰り=1限定列挙・期間・補充性・2事由は2つの束・3期間30日と5年と例外・4手続は2段階と詐害再審

冒頭の問いに答えます。判決が確定したあとで、訴訟を知ったBさんは、どうするか。前の訴訟の判決をした裁判所に、再審の訴えを起こします。事由は3号です。同居の兄と利害が対立していて、書類が渡らず、知らないまま判決がされた。手続に関わる機会が与えられていませんでした。期間は、知った日から30日の不変期間と、確定から5年。確定から3年なので、5年は満たします。上訴で主張する機会もなかったので、補充性の壁も越えます。手続は、まず決定手続で、A社を審尋して再審開始決定。確定したら、前の訴訟の口頭弁論が再開されて、Bさんが借りていないことを争う。こう進みます。4つ、振り返ります。1つめ、再審は、確定した判決の既判力を破る非常手段で、だから、事由は限定列挙、期間は短く、上訴で言えたことは言わせません。2つめ、事由は、手続の土台が崩れた1号から3号と、判決の基礎が崩れた4号から10号の、2つの束です。4号から7号は有罪の判決などの確定が要ります。3つめ、期間は、知った日から30日と、確定から5年。代理権を欠いたことと10号には、制限がありません。4つめ、手続は2段階で、第1段階は決定手続、第2段階で本案をやり直します。第三者の救済は、独立当事者参加の申出と、3号です。

第5章の全体地図(確定前の救済=上訴=控訴・上告・抗告・期間内にすれば確定を遮る116条2項・限定された上告理由や抗告の道/確定後の救済=再審=確定した終局判決を取り消す・準再審は即時抗告で争える決定命令/事由は限定列挙338条/期間は30日と5年・3号の代理権を欠いたことと10号は制限なし342条/補充性338条1項ただし書/2段階の手続は決定手続→本案/上訴で言えたことは再審では言わせない=2つの救済のつなぎ目) 図:第5章の全体地図

  • 確定前の救済=上訴=控訴・上告・抗告・期間内にすれば確定を遮る116条2項・限定された上告理由や抗告の道
  • 確定後の救済=再審=確定した終局判決を取り消す・準再審は即時抗告で争える決定命令
  • 事由は限定列挙338条
  • 期間は30日と5年・3号の代理権を欠いたことと10号は制限なし342条
  • 補充性338条1項ただし書
  • 2段階の手続は決定手続→本案
  • 上訴で言えたことは再審では言わせない=2つの救済のつなぎ目

最後に、第5章を1枚の地図に畳みます。判決が確定する前の救済が、上訴です。控訴、上告、判決でない裁判に対する抗告。期間内にすれば、判決の確定を遮ります。確定した後の救済が、再審です。確定した判決を壊す手続ですから、事由は限定列挙、期間は30日と5年、上訴で言えたことは言わせない。そして、手続は、開始の可否を決める決定手続と、本案をやり直す審理の、2段階です。確定の前と後で、同じ「判決を直す」ことが、まったく違う厳しさで扱われる。その差の正体は、既判力でした。上訴は既判力が生まれる前に直す手続。再審は、一番強い効力を例外的に破る手続です。

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第6章簡易裁判所の手続

#91単独ページ動画

簡易裁判所と少額訴訟

第6章 簡易裁判所の手続 #91/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

敷金8万円のために、弁護士を雇うべきか

冒頭の関係図(A=Aさん・アパートを退去した借主/B=Bさん・個人の大家/Aさんが敷金8万円の返還をBさんに求める・Bさんは壁紙の張替え費用を引いて返さない/吹き出し=弁護士に頼むと費用が請求額を超えかねない/もう一つの例=バイト代7万円が退職後も振り込まれない/問い=泣き寝入りしかないのか) 図:冒頭の関係図

  • A=Aさん・アパートを退去した借主
  • B=Bさん・個人の大家
  • Aさんが敷金8万円の返還をBさんに求める・Bさんは壁紙の張替え費用を引いて返さない
  • もう一つの例=バイト代7万円が退職後も振り込まれない
  • 問い=泣き寝入りしかないのか

Aさんは、アパートを退去しました。預けていた敷金は8万円。ところが、大家のBさんは、壁紙の張替え費用を差し引くと言って、1円も返してくれません。Aさんの考えでは、通常の使い方で傷んだ分まで引かれていて、納得がいきません。もう一つ、別の人の話を並べます。アルバイトを辞めたのに、最後の月のバイト代7万円が、振り込まれない人です。弁護士に依頼すると、着手金や報酬がかかります。請求する額が8万円や7万円だと、費用のほうが、取り戻せる額を上回りかねません。勝っても赤字です。そこで用意されているのが、簡易裁判所です。市民が、弁護士なしで、自分で進められるように作られた入口です。今日は、Aさんと大家のBさんの敷金8万円の事案で、最後まで通します。バイト代の例は、ここまでです。Aさんが原告、Bさんが被告。途中で入れ替えません。簡易裁判所は、よく簡裁と略されます。今日の問いは3つです。簡裁の手続は、地裁の手続のどこが軽いのか。数字がいくつも出てきますが、どう仕分けるのか。そして、Aさんが1回で決着をつけられる少額訴訟とは、どんな手続で、不満があるときはどうなるのか。

簡裁という入口と、3つの数字

簡裁の入口の板(270条=簡易な手続により迅速に紛争を解決する/簡裁の事物管轄=訴訟の目的の価額が140万円を超えない請求・裁判所法33条1項1号/数字の仕分け=140万円は簡裁に訴えられる上限・60万円以下の金銭の支払請求なら少額訴訟を選べる・年10回は同一の簡裁で同一の年に少額訴訟を求められる回数/混ぜない=140万円と60万円は別の数字) 図:簡裁の入口の板

  • 270条=簡易な手続により迅速に紛争を解決する
  • 簡裁の事物管轄=訴訟の目的の価額が140万円を超えない請求・裁判所法33条1項1号
  • 数字の仕分け=140万円は簡裁に訴えられる上限・60万円以下の金銭の支払請求なら少額訴訟を選べる・年10回は同一の簡裁で同一の年に少額訴訟を求められる回数
  • 混ぜない=140万円と60万円は別の数字

最初の条文は、簡裁の手続全体の方針を書いた270条です。

条文民事訴訟法270条

民事訴訟法270条(手続の特色) 第二百七十条 簡易裁判所においては、簡易な手続により迅速に紛争を解決するものとする。

簡易な手続で、迅速に。この一文が、今日の特則すべての出発点です。簡裁に訴えを起こせる範囲は、事物管轄の話でした。訴訟の目的の価額が140万円を超えない請求は、簡裁の担当です。裁判所法の33条1項1号です。Aさんの請求は8万円ですから、簡裁に訴えを起こせます。先に仕分けます。140万円は、簡裁に訴えを起こせる上限です。通常の簡裁の手続を使える金額の線です。60万円は、その簡裁の中で、さらに少額訴訟という特別な手続を選べる線です。しかも、お金の支払を求める請求に限られます。そして、年10回は、同じ簡裁で、同じ年に少額訴訟を使える回数の上限です。たとえば、請求額が100万円のとき、少額訴訟は使えるでしょうか。

60万円を超えているので、使えません。でも140万円以下ですから、簡裁には、通常の手続で訴えを起こせます。簡裁に訴えを起こせることと、少額訴訟を使えることは、別の話です。数字の表は、少額訴訟の入口を見るときに、もう一度完成させます。

特則その1 訴えの提起と口頭弁論の軽さ

簡裁の特則一覧板(地裁の通常手続に対して簡裁の特則を2列で対応/訴状に請求の原因を書く対して271条口頭で訴えを提起できる・272条請求の原因に代えて紛争の要点を明らかにすれば足りる/準備書面で準備して臨むのが通常に対して276条口頭弁論は書面で準備することを要しない/陳述擬制158条最初の期日だけに対して277条続行の期日でも/尋問204条ウェブ会議の要件と205条書面尋問に対して277条の2と278条/和解の勧めに対して275条の2和解に代わる決定と279条司法委員) 図:簡裁の特則一覧板

  • 地裁の通常手続に対して簡裁の特則を2列で対応
  • 訴状に請求の原因を書く対して271条口頭で訴えを提起できる・272条請求の原因に代えて紛争の要点を明らかにすれば足りる
  • 準備書面で準備して臨むのが通常に対して276条口頭弁論は書面で準備することを要しない
  • 陳述擬制158条最初の期日だけに対して277条続行の期日でも
  • 尋問204条ウェブ会議の要件と205条書面尋問に対して277条の2と278条
  • 和解の勧めに対して275条の2和解に代わる決定と279条司法委員

ここから、簡裁の特則を、地裁と対で見ていきます。1つめは、訴えを起こす段階と、口頭弁論の準備です。地裁では、訴えは訴状という書面で起こします。簡裁では、口頭でも起こせます。271条です。続けて、起こすときに何を明らかにすればよいかを定めた272条も、並べます。

条文民事訴訟法271条・272条

民事訴訟法271条・272条(口頭による訴えの提起・訴えの提起において明らかにすべき事項) 第二百七十一条 訴えは、口頭で提起することができる。 第二百七十二条 訴えの提起においては、請求の原因に代えて、紛争の要点を明らかにすれば足りる。

口頭で、というのは、裁判所の書記官の面前で陳述して、それを調書に記録してもらう、という形です。実際には、簡裁には、定型の訴状の用紙が用意されていて、空欄を埋めて出すことが多いです。272条は、地裁の訴状に求められる請求の原因を、紛争の要点で足りる、と軽くしています。Aさんの事案なら、「敷金8万円を預けた。退去した。Bさんが返さない」と書けば足りる、という程度です。法律の専門用語で整えた請求の原因を、書かなくていい。これが軽くした点です。次に、口頭弁論です。

条文民事訴訟法276条

民事訴訟法276条(準備書面の省略等) 第二百七十六条 口頭弁論は、書面で準備することを要しない。 2 相手方が準備をしなければ陳述をすることができないと認めるべき事項は、前項の規定にかかわらず、書面で準備し、又は口頭弁論前直接に相手方に通知しなければならない。 3 前項に規定する事項は、相手方が在廷していない口頭弁論においては、次の各号のいずれかに該当する準備書面に記載し、又は同項の規定による通知をしたものでなければ、主張することができない。 一 相手方に送達された準備書面 二 相手方からその準備書面を受領した旨を記載した書面が提出された場合における当該準備書面 三 相手方が第九十一条の二第一項の規定により準備書面の閲覧をし、又は同条第二項の規定により準備書面の複写をした場合における当該準備書面

1項が、軽くした点です。口頭弁論は、書面で準備しなくてよい。地裁では、準備書面を出しておかないと、相手方が言い分の内容を事前に知らされず、困りました。簡裁では、その準備を求めません。ただし、手すりがあります。2項と3項です。相手方が、準備をしなければ答えられない事項は、書面で準備するか、期日の前に、直接、相手方に通知しなければなりません。さらに、相手方が出席していない期日では、送達された準備書面などに書いてあった事項でなければ、主張できません。準備書面が要らないなら、突然新しい主張を出して、相手を驚かせることもできてしまいませんか。そこを防ぐのが、この手すりです。軽くしたのは、書面の準備を求めないことで、相手に不意打ちをしてよいことではありません。軽くした点は、口頭で起こせることと、書面の準備が要らないこと。手すりは、相手が答えられない事項は事前に知らせる、というルールです。

特則その2 続行期日の陳述擬制

陳述擬制の対比板(158条=原告又は被告が最初にすべき口頭弁論の期日に出頭せず又は出頭したが本案の弁論をしないとき・提出した訴状又は答弁書その他の準備書面に記載した事項を陳述したものとみなす/277条=158条を口頭弁論の続行の期日にも準用/前提=提出した書面に記載した事項・書面を出していないなら陳述したものとみなす材料がない/趣旨=本人が仕事などで全部の期日に出られない負担を軽くする) 図:陳述擬制の対比板

  • 158条=原告又は被告が最初にすべき口頭弁論の期日に出頭せず又は出頭したが本案の弁論をしないとき・提出した訴状又は答弁書その他の準備書面に記載した事項を陳述したものとみなす
  • 277条=158条を口頭弁論の続行の期日にも準用
  • 前提=提出した書面に記載した事項・書面を出していないなら陳述したものとみなす材料がない
  • 趣旨=本人が仕事などで全部の期日に出られない負担を軽くする

2つめは、欠席した人の扱いです。地裁の158条は、最初にすべき口頭弁論の期日に欠席した当事者について、出していた訴状や答弁書の内容を、陳述したものとみなす、というものでした。

条文民事訴訟法277条

民事訴訟法277条(続行期日における陳述の擬制) 第二百七十七条 第百五十八条の規定は、原告又は被告が口頭弁論の続行の期日に出頭せず、又は出頭したが本案の弁論をしない場合について準用する。

158条は、最初の期日だけ。簡裁では、続行の期日でも、同じ扱いができます。「続行の期日」とは、最初の期日で終わらず、次回に続いた期日のことです。条文に趣旨は書かれていませんが、こう考えられています。簡裁の当事者は、本人が多く、仕事や家事の都合で、毎回出られるとは限りません。出席できない回の負担を、軽くする。そのための特則だと考えられます。ただし、条文は、158条を準用しています。158条は「その者が提出した訴状又は答弁書その他の準備書面に記載した事項」を陳述したものとみなす、という仕組みでした。つまり、書面を何も出さずに欠席したのなら、陳述したものとみなす材料が、そもそもありません。続行期日でも使えるのは、あくまで、すでに出している書面の記載事項です。ここは、短答で細かく問われます。たとえば、Aさんが訴状を出したあと、2回目の期日に仕事で出られなかったとします。その場合でも、訴状に書いてあった事項は、陳述したものとみなされます。一方、Bさんが答弁書も出さずに続行期日を欠席したなら、Bさんの側に、陳述したとみなされる言い分はありません。軽くした点は、続行期日でも陳述したものとみなされること。手すりは、みなされるのは提出した書面に記載した事項に限られる、ということです。

特則その3 証拠調べの軽さ

証拠調べの対比板(ウェブ会議尋問=地裁204条は証人のみ・3要件のどれか=出頭が困難・圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれ・当事者に異議がない/当事者本人は210条の準用/簡裁277条の2は相当と認めるときだけ・対象は証人と当事者本人/書面尋問=地裁205条は証人のみ・当事者に異議がないとき・当事者本人には使えない/簡裁278条1項は証人若しくは当事者本人の尋問又は鑑定人の意見の陳述に代え書面の提出・相当と認めるとき/対象ではなく要件の差が本体) 図:証拠調べの対比板

  • ウェブ会議尋問=地裁204条は証人のみ・3要件のどれか=出頭が困難・圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれ・当事者に異議がない
  • 当事者本人は210条の準用
  • 簡裁277条の2は相当と認めるときだけ・対象は証人と当事者本人
  • 書面尋問=地裁205条は証人のみ・当事者に異議がないとき・当事者本人には使えない
  • 簡裁278条1項は証人若しくは当事者本人の尋問又は鑑定人の意見の陳述に代え書面の提出・相当と認めるとき
  • 対象ではなく要件の差が本体

3つめは、証拠調べです。地裁の尋問の特則を、2つ並べます。ひとつは、ウェブ会議を使った尋問。もうひとつは、尋問の代わりに書面を出させることです。簡裁では、どちらも、要件が軽くなっています。まず、ウェブ会議です。

条文民事訴訟法277条の2

民事訴訟法277条の2(映像等の送受信による通話の方法による尋問) 第二百七十七条の二 裁判所は、相当と認めるときは、最高裁判所規則で定めるところにより、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって、証人又は当事者本人の尋問をすることができる。

条件は、相当と認めるとき。それだけです。尋問できる相手は、証人と当事者本人です。地裁の204条を思い出してください。証人の尋問をウェブ会議でするには、証人が裁判所に出頭するのが困難な場合、証人が裁判長や当事者のいる場所で陳述すると、圧迫を受けて精神の平穏を著しく害されるおそれがある場合、当事者に異議がない場合の、3つのうちのどれかが必要でした。当事者本人については、210条がこの204条を準用しています。対象の違いではなく、要件の違いです。地裁は、3つの要件のどれかが必要。簡裁は、相当と認めれば足りる。ここが、軽くした点です。尋問を受ける人は、裁判所が相当と認める場所に出頭します。陳述に不当な影響を与える人がいる場所は認められません。民事訴訟規則の170条の2です。これが手すりです。地裁が要件を絞るのは、証人尋問の回で見たとおり、判決を書く裁判官が、法廷で直接、話を聞くのが原則だからです。簡裁の小さな事件では、その原則よりも、出頭の負担のほうが重くなりやすい。だから、相当と認めれば足りる、としています。たとえば、Aさんの退去に立ち会った友人が、遠方に越していたとします。簡裁なら、相当と認めれば、ウェブ会議でその友人を尋問できます。地裁なら、遠くて出頭が困難、という1つめの要件に当たるかを、まず確かめることになります。もうひとつ、書面を出させる特則です。

条文民事訴訟法278条1項

民事訴訟法278条1項(尋問等に代わる書面の提出) 第二百七十八条 裁判所は、相当と認めるときは、証人若しくは当事者本人の尋問又は鑑定人の意見の陳述に代え、書面の提出をさせることができる。

簡裁では、証人や当事者本人の尋問、または鑑定人の意見陳述に代えて、書面を出させることができます。これも、相当と認めるとき、が要件です。地裁の205条は、証人の尋問に代える書面で、当事者に異議がないときに限られていました。しかも、210条は、205条を準用していません。つまり、地裁では、当事者本人の尋問を、書面で済ませることはできません。簡裁だけの特則です。当事者の主張を、書面でも十分に確かめられる事件が、簡裁には多いと考えられます。軽くした点は、ウェブ会議も書面尋問も、相当と認めればできること。手すりは、尋問を受ける場所の規律など、規則が定める条件です。

特則その4・5 和解に代わる決定と司法委員

簡裁の和解の道具の板(275条の2=金銭の支払の請求を目的とする訴えで被告が口頭弁論で原告の主張した事実を争わず何らの防御の方法も提出しない場合・被告の資力その他の事情を考慮して相当と認めるとき・原告の意見を聴いて・5年を超えない範囲で支払時期の定め又は分割払の定めをして金銭の支払を命ずる決定・決定の告知から2週間の不変期間内に異議で失効・異議がなければ裁判上の和解と同一の効力/279条=和解を試みるについて司法委員に補助をさせる又は審理に立ち会わせて意見を聴く・毎年あらかじめ地方裁判所が選任した者の中から事件ごとに裁判所が指定/民事訴訟規則172条=裁判官は司法委員が証人等に直接問いを発することを許すことができる/判断するのは裁判官) 図:簡裁の和解の道具の板

  • 275条の2=金銭の支払の請求を目的とする訴えで被告が口頭弁論で原告の主張した事実を争わず何らの防御の方法も提出しない場合・被告の資力その他の事情を考慮して相当と認めるとき・原告の意見を聴いて・5年を超えない範囲で支払時期の定め又は分割払の定めをして金銭の支払を命ずる決定・決定の告知から2週間の不変期間内に異議で失効・異議がなければ裁判上の和解と同一の効力
  • 279条=和解を試みるについて司法委員に補助をさせる又は審理に立ち会わせて意見を聴く・毎年あらかじめ地方裁判所が選任した者の中から事件ごとに裁判所が指定
  • 民事訴訟規則172条=裁判官は司法委員が証人等に直接問いを発することを許すことができる
  • 判断するのは裁判官

4つめは、和解に代わる決定、275条の2です。和解の回で、骨子を見た制度でした。思い出してください。金銭の支払を求める訴えで、被告が事実を争わず、何の防御もしないとき、裁判所は、和解が成立していなくても、どんな決定ができたでしょうか?被告の資力などを考えて、支払の時期や分割払を定めて、支払を命じる決定でした。条文の残りも、もう一度確かめておきます。原告の意見を聴いたうえで、5年を超えない範囲で定めます。決定の告知から2週間の不変期間内に異議があれば失効し、異議がなければ、裁判上の和解と同じ効力を持ちます。この決定は、あとで少額訴訟の支払猶予と、見比べます。今は、簡裁の特則のひとつ、とだけ覚えてください。5つめは、司法委員です。279条1項は、裁判所が必要と認めるときは、和解を試みるのを司法委員に補助させ、または審理に立ち会わせて、事件について意見を聴くことができる、と定めています。3項で、司法委員は、毎年あらかじめ地方裁判所が選任した人の中から、事件ごとに裁判所が指定します。

司法委員って、裁判官の代わりに決める人なんですか。違います。意見を聴くのが条文の定めで、決めるのは裁判官です。民事訴訟規則の172条は、裁判官が許せば、司法委員が証人などに直接質問できる、としています。民間から選ばれた人が、常識的な視点を持ち込み、和解を手伝う。市民の裁判に、市民の感覚を入れる仕組みです。軽くした点は、和解の補助や意見聴取に民間の人を使えること。手すりは、判断するのは裁判官だ、ということです。

簡裁の代理人——許可代理と司法書士

簡裁の代理人の板(54条1項本文=法令により裁判上の行為をすることができる代理人のほか弁護士でなければ訴訟代理人となることができない/ただし書=簡易裁判所においてはその許可を得て弁護士でない者を訴訟代理人とすることができる・2項=許可はいつでも取り消すことができる/認定司法書士=簡裁での手続の代理が可能・条件は研修の修了と法務大臣の認定と司法書士会の会員・範囲は訴訟の目的の価額が140万円を超えないもの/代理できない=上訴の提起(自ら代理人として関与した事件の判決等に係るものを除く)・再審・強制執行/少額訴訟債権執行は代理できる/許可代理と司法書士代理は別の制度) 図:簡裁の代理人の板

  • 54条1項本文=法令により裁判上の行為をすることができる代理人のほか弁護士でなければ訴訟代理人となることができない
  • ただし書=簡易裁判所においてはその許可を得て弁護士でない者を訴訟代理人とすることができる・2項=許可はいつでも取り消すことができる
  • 認定司法書士=簡裁での手続の代理が可能・条件は研修の修了と法務大臣の認定と司法書士会の会員・範囲は訴訟の目的の価額が140万円を超えないもの
  • 代理できない=上訴の提起(自ら代理人として関与した事件の判決等に係るものを除く)・再審・強制執行
  • 少額訴訟債権執行は代理できる
  • 許可代理と司法書士代理は別の制度

簡裁の代理人です。Aさんは、弁護士は雇いたくありません。でも、できれば手伝ってほしい。そんなときの選択肢を見ます。まず、根拠になる54条です。

条文民事訴訟法54条

民事訴訟法54条(訴訟代理人の資格) 第五十四条 法令により裁判上の行為をすることができる代理人のほか、弁護士でなければ訴訟代理人となることができない。ただし、簡易裁判所においては、その許可を得て、弁護士でない者を訴訟代理人とすることができる。 2 前項の許可は、いつでも取り消すことができる。

地裁では、法令で認められた代理人のほかは、弁護士でなければ、訴訟代理人になれません。54条1項の本文です。簡裁だけは、ただし書で、その許可を得て、弁護士でない人を訴訟代理人にできます。許可は、2項で、いつでも取り消せます。訴訟上の代理の回で見たとおり、代理を頼むなら資格のある専門家に限る、が原則でした。素人では権利を守れないからです。ただ、8万円の事件で弁護士を探して頼むのは、割に合いません。そこで簡裁では、裁判官がその人を見て、事件ごとに許可する形で、弁護士でない人にも道を開いています。たとえば、Aさんが平日の期日に仕事で出られず、同居の兄に代わりに出てもらいたいとします。簡裁で許可を得れば、兄が訴訟代理人になれます。同じ兄でも、請求が200万円で地裁の事件なら、代理人にはなれません。もうひとつ、別の制度があります。研修を修了し、法務大臣の認定を受け、司法書士会の会員である司法書士は、簡裁で、手続の代理ができます。許可を得て代理人になる制度とは、別です。

範囲があります。訴訟の目的の価額が、140万円を超えない事件です。簡裁の事物管轄と同じ線です。上訴の提起は、自分が代理した事件の判決に対するものに限られます。再審と強制執行は、代理できません。ただし、少額訴訟で判決を取ったあとの、少額訴訟債権執行は、代理できます。あとで見ます。司法書士の代理は、平成14年の改正で認められ、施行は平成15年からです。それまでは、書類を作るところまででした。簡裁で本人を手伝える専門家を増やすための制度なので、範囲も、簡裁の線にそろえてあります。軽くした点は、弁護士でなくても、代理人を立てられること。手すりは、許可は取り消せること、司法書士には、研修と認定と、価額と手続の範囲の枠があることです。

少額訴訟の入口——60万円・金銭支払・年10回

少額訴訟の入口の板(368条1項=簡易裁判所で訴訟の目的の価額が60万円以下の金銭の支払の請求を目的とする訴えについて少額訴訟による審理及び裁判を求めることができる・ただし書=同一の簡易裁判所において同一の年に最高裁判所規則で定める回数(規則223条=10回)を超えて求めることができない/2項=申述は訴えの提起の際に/3項=その年の利用回数を届け出る/使えない請求=物の引渡し・確認など金銭の支払でないもの/業者の繰り返し利用を抑える趣旨) 図:少額訴訟の入口の板

  • 368条1項=簡易裁判所で訴訟の目的の価額が60万円以下の金銭の支払の請求を目的とする訴えについて少額訴訟による審理及び裁判を求めることができる・ただし書=同一の簡易裁判所において同一の年に最高裁判所規則で定める回数(規則223条=10回)を超えて求めることができない
  • 2項=申述は訴えの提起の際に
  • 3項=その年の利用回数を届け出る
  • 使えない請求=物の引渡し・確認など金銭の支払でないもの
  • 業者の繰り返し利用を抑える趣旨

ここから、後半、少額訴訟です。まず、入口の条文です。

条文民事訴訟法368条

民事訴訟法368条1項〜3項(少額訴訟の要件等) 第三百六十八条 簡易裁判所においては、訴訟の目的の価額が六十万円以下の金銭の支払の請求を目的とする訴えについて、少額訴訟による審理及び裁判を求めることができる。ただし、同一の簡易裁判所において同一の年に最高裁判所規則で定める回数を超えてこれを求めることができない。 2 少額訴訟による審理及び裁判を求める旨の申述は、訴えの提起の際にしなければならない。 3 前項の申述をするには、当該訴えを提起する簡易裁判所においてその年に少額訴訟による審理及び裁判を求めた回数を届け出なければならない。

3つの絞りがあります。1つめ、請求額が60万円以下。2つめ、金銭の支払を求める請求であること。3つめ、同じ簡裁で同じ年に、規則で定める回数まで。その回数は、民事訴訟規則の223条で、10回です。たとえば、貸した物を返せ、という引渡しの請求や、ここが自分の土地だと確かめてほしい、という確認の請求です。金額が小さくても、少額訴訟は使えません。その場合でも、140万円以下なら、簡裁の通常の手続で訴えられます。Aさんの敷金返還は、お金の支払の請求で8万円ですから、使えます。1回で終わる手続を、本来使ってほしいのは、市民です。貸金業者のような人が、同じ簡裁に何件も持ち込めば、市民のための手続が、混み合ってしまいます。そこで、同じ簡裁で同じ年の回数に、上限を置きました。使うときは、3項で、その年の利用回数を届け出ます。申述の時期は、2項。訴えの提起の際です。あとから少額訴訟に変えたい、とは言えません。ここで、数字の板を完成させます。

数字の整理板(140万円=簡裁の事物管轄・認定司法書士の代理範囲・通常の簡裁の手続/60万円以下=少額訴訟・金銭の支払の請求に限る/年10回=同一の簡裁で同一の年に少額訴訟を求められる回数・規則223条/2週間=少額訴訟の判決に対する異議の期間・送達を受けた日から・不変期間/混ぜない=140万円は入口・60万円は少額訴訟・10回は利用制限・2週間は異議) 図:数字の整理板

  • 140万円=簡裁の事物管轄・認定司法書士の代理範囲・通常の簡裁の手続
  • 60万円以下=少額訴訟・金銭の支払の請求に限る
  • 年10回=同一の簡裁で同一の年に少額訴訟を求められる回数・規則223条
  • 2週間=少額訴訟の判決に対する異議の期間・送達を受けた日から・不変期間
  • 混ぜない=140万円は入口・60万円は少額訴訟・10回は利用制限・2週間は異議

140万円は、簡裁の入口と、司法書士の代理の範囲。60万円は、少額訴訟。年10回は、同じ簡裁での利用の上限。そして、2週間は、少額訴訟の判決に対する異議の期間です。この4つを、場面ごとに、分けて持っていてください。

手続の選択——原告の入口と2つの出口

手続選択の板(原告=訴え提起の際に少額訴訟を求める旨の申述368条2項/被告=通常の手続に移行させる旨の申述373条1項・最初にすべき口頭弁論の期日において弁論をし又はその期日が終了した後はできない=期日前の申述はできる・申述があった時に通常の手続へ移行373条2項/裁判所=職権で通常の手続の決定373条3項4類型=1号368条1項違反・2号届出を命じたのに届出がない・3号公示送達でなければ呼出しできない・4号少額訴訟で審理裁判するのを相当でないと認めるとき/決定に不服申立て不可373条4項・指定した期日は通常の手続のものとみなす373条5項/安全弁=民事訴訟規則222条) 図:手続選択の板

  • 原告=訴え提起の際に少額訴訟を求める旨の申述368条2項
  • 被告=通常の手続に移行させる旨の申述373条1項・最初にすべき口頭弁論の期日において弁論をし又はその期日が終了した後はできない=期日前の申述はできる・申述があった時に通常の手続へ移行373条2項
  • 裁判所=職権で通常の手続の決定373条3項4類型=1号368条1項違反・2号届出を命じたのに届出がない・3号公示送達でなければ呼出しできない・4号少額訴訟で審理裁判するのを相当でないと認めるとき
  • 決定に不服申立て不可373条4項・指定した期日は通常の手続のものとみなす373条5項
  • 安全弁=民事訴訟規則222条

少額訴訟は、原告が求めたら、そのまま進むのでしょうか。入口で選ぶのは、原告です。そのあと、途中で通常の手続に切り替える出口が、被告と裁判所に、1つずつあります。条文です。

条文民事訴訟法373条

民事訴訟法373条1項〜3項(通常の手続への移行) 第三百七十三条 被告は、訴訟を通常の手続に移行させる旨の申述をすることができる。ただし、被告が最初にすべき口頭弁論の期日において弁論をし、又はその期日が終了した後は、この限りでない。 2 訴訟は、前項の申述があった時に、通常の手続に移行する。 3 次に掲げる場合には、裁判所は、訴訟を通常の手続により審理及び裁判をする旨の決定をしなければならない。 一 第三百六十八条第一項の規定に違反して少額訴訟による審理及び裁判を求めたとき。 二 第三百六十八条第三項の規定によってすべき届出を相当の期間を定めて命じた場合において、その届出がないとき。 三 公示送達によらなければ被告に対する最初にすべき口頭弁論の期日の呼出しをすることができないとき。 四 少額訴訟により審理及び裁判をするのを相当でないと認めるとき。

1つめの出口は、被告の申述です。Bさんは、少額訴訟ではなく、通常の手続で争いたい、と言えば、通常の手続に移ります。申述があった時に、移行します。2項です。なぜ、被告にこの申述を認めるのか。少額訴訟を選ぶのは、原告です。被告は、自分で選んでいないのに、1回で終わる軽い手続に乗せられます。だから、被告にも、通常の手続でじっくり争う道を残しています。問題は、いつまでに言えるか、です。1項のただし書です。「被告が最初にすべき口頭弁論の期日において弁論をし、又はその期日が終了した後は」できない。具体例で確かめます。Bさんが、期日の前に、裁判所に書面で「通常の手続でやりたい」と申述した。これは、できます。期日が始まって、Bさんが壁紙の費用の話など、実質的な弁論に入ってしまった。そのあとは、もうできません。期日が終わったあとも同じです。ただし書は、弁論をしたあとと、期日が終わったあとを、閉じている。期日の前は、閉じていません。2つめの出口は、裁判所が職権でする決定です。3項の4つの場合です。1号は、60万円を超えるなど、368条1項に違反して少額訴訟を求めたとき。2号は、利用回数の届出を命じたのに、届出がないとき。3号は、公示送達でなければ、被告を呼び出せないとき。そして4号は、少額訴訟で審理や裁判をするのを、相当でないと認めるときです。事件が複雑で、1回では済まない、というようなときです。この決定には、4項で、不服を申し立てられません。移行すると、すでに指定した期日は、通常の手続のものとみなされます。5項です。

原告が入口で選び、被告と裁判所が出口を持つ。軽くした分の手すりが、民事訴訟規則222条です。

条文民事訴訟規則222条

民事訴訟規則222条 第二百二十二条 裁判所書記官は、当事者に対し、少額訴訟における最初にすべき口頭弁論の期日の呼出しの際に、少額訴訟による審理及び裁判の手続の内容を説明した書面又は電磁的記録を送付しなければならない。 2 裁判官は、前項の期日の冒頭において、当事者に対し、次に掲げる事項を説明しなければならない。 一 証拠調べは、即時に取り調べることができる証拠に限りすることができること。 二 被告は、訴訟を通常の手続に移行させる旨の申述をすることができるが、被告が最初にすべき口頭弁論の期日において弁論をし、又はその期日が終了した後は、この限りでないこと。 三 少額訴訟の終局判決に対しては、電子判決書又は電子判決書に代わる電子調書の送達を受けた日から二週間の不変期間内に、その判決をした裁判所に異議を申し立てることができること。

書記官は、呼出しのときに、手続を説明する書面か電磁的記録を、送ります。裁判官は、期日の冒頭に、証拠は即時に調べられるものに限ること、通常の手続への移行を求められること、判決に異議を出せること、この3点を説明します。素人が、知らないまま手続に乗ってしまわないための、手すりです。

1回の期日で終わらせる——逆算でわかる特則群

一期日審理の逆算図(370条=最初にすべき口頭弁論の期日において審理を完了する・攻撃又は防御の方法は期日前又は期日ですべて提出/逆算=369条反訴禁止・371条即時に取り調べることができる証拠に限る・372条証人の尋問は宣誓なしでよく尋問順序は裁判官が相当と認める順序・374条口頭弁論の終結後直ちに判決言渡し・376条請求認容は職権で仮執行宣言/Aさんの証拠=契約書・退去時の写真・見積書をその場に持参・証人は同行) 図:一期日審理の逆算図

  • 370条=最初にすべき口頭弁論の期日において審理を完了する・攻撃又は防御の方法は期日前又は期日ですべて提出
  • 逆算=369条反訴禁止・371条即時に取り調べることができる証拠に限る・372条証人の尋問は宣誓なしでよく尋問順序は裁判官が相当と認める順序・374条口頭弁論の終結後直ちに判決言渡し・376条請求認容は職権で仮執行宣言
  • Aさんの証拠=契約書・退去時の写真・見積書をその場に持参・証人は同行

少額訴訟の中心にある条文は、370条です。

条文民事訴訟法370条

民事訴訟法370条(一期日審理の原則) 第三百七十条 少額訴訟においては、特別の事情がある場合を除き、最初にすべき口頭弁論の期日において、審理を完了しなければならない。 2 当事者は、前項の期日前又はその期日において、すべての攻撃又は防御の方法を提出しなければならない。ただし、口頭弁論が続行されたときは、この限りでない。

最初の期日で、審理を完了する。そのために、攻撃防御の方法は、期日の前か、その期日で、すべて出します。ここから、残りの特則が逆算されます。Aさんなら、壁紙の傷みは通常の使い方によるものだ、という主張と、退去時の写真。Bさんなら、張替えが要るほど傷んでいた、という反論と、その裏付け。勝つための言い分と証拠を、その日までに全部出し切る、ということです。まず、反訴の禁止と、証拠の制限です。

条文民事訴訟法369条・371条

民事訴訟法369条・371条(反訴の禁止・証拠調べの制限) 第三百六十九条 少額訴訟においては、反訴を提起することができない。 第三百七十一条 証拠調べは、即時に取り調べることができる証拠に限りすることができる。

1回で終わらせるなら、反訴で話を広げられては困ります。たとえば、BさんがAさんに、別の貸し借りの請求を、反訴で起こしたとします。そうなれば、別の争点が増え、1回では終わりません。反訴は、別の訴えとして起こします。これは、異種の訴訟手続は併合できない、という、訴えの客観的併合の回で見た考え方と、同じ根っこです。証拠調べは、即時に、その場で調べられる証拠に限られます。Aさんなら、持参した契約書、退去時の写真、見積書。同行した証人。Aさん自身への尋問。逆に、鑑定や、調査嘱託、文書提出命令のように、時間がかかる証拠は、実務上は難しい、と理解されます。条文は、「即時に」とだけ書いています。証人尋問も、軽くなっています。372条です。

条文民事訴訟法372条

民事訴訟法372条(証人等の尋問) 第三百七十二条 証人の尋問は、宣誓をさせないですることができる。 2 証人又は当事者本人の尋問は、裁判官が相当と認める順序でする。 3 裁判所は、相当と認めるときは、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判所及び当事者双方と証人とが音声の送受信により同時に通話をすることができる方法によって、証人を尋問することができる。

証人に宣誓をさせなくてよい。尋問の順序は、裁判官が相当と認める順序でよい。3項は、電話会議のように、音声だけで証人を尋問できる、という定めです。さっきの277条の2のウェブ会議は、映像と音声。3項は、音声だけです。別の仕組みです。軽くした点は、反訴禁止、証拠の制限、宣誓の省略。素人が、1日で自分の言い分を出し切れるように、整えています。手すりは、前の節の、期日の冒頭の説明と、どうしても1回で終わらないとき、特別の事情があれば続けられる、370条1項の例外です。

判決——直ちに言渡し・調書判決・職権仮執行

少額訴訟の判決の板(374条1項=口頭弁論の終結後直ちに言渡し・相当でないと認める場合を除く/2項=電子判決書に基づかない言渡しができる・254条2項と255条を準用=調書判決/254条1項は一定の要件が必要だが少額訴訟には要件の付加がない/376条1項=請求を認容する判決は職権で仮執行の宣言をしなければならない/259条1項=申立てか職権でできる→少額訴訟は必ず) 図:少額訴訟の判決の板

  • 374条1項=口頭弁論の終結後直ちに言渡し・相当でないと認める場合を除く
  • 2項=電子判決書に基づかない言渡しができる・254条2項と255条を準用=調書判決
  • 254条1項は一定の要件が必要だが少額訴訟には要件の付加がない
  • 376条1項=請求を認容する判決は職権で仮執行の宣言をしなければならない
  • 259条1項=申立てか職権でできる→少額訴訟は必ず

判決です。

条文民事訴訟法374条

民事訴訟法374条(判決の言渡し) 第三百七十四条 判決の言渡しは、相当でないと認める場合を除き、口頭弁論の終結後直ちにする。 2 前項の場合には、判決の言渡しは、電子判決書に基づかないですることができる。この場合においては、第二百五十四条第二項及び第二百五十五条の規定を準用する。

1項は、口頭弁論が終わったら、直ちに言い渡す。Aさんは、その日のうちに結論を聞けます。2項は、電子判決書を作らずに言い渡せる、という定めです。254条2項と255条を準用していますから、言渡しの内容を、書記官が電子調書に記録する、調書判決の形です。判決の言渡しの回で見た、254条1項の調書判決は、被告が争わず何の防御もしない場合や、公示送達で呼び出した被告が出てこない場合で、しかも原告の請求を認めるときに限る、という扱いでした。少額訴訟では、374条2項で、そうした要件を付けずに使えます。なぜか。判決書を書くには、時間がかかります。1回の期日で審理を終えて、その日のうちに結論を伝えるには、判決書ができるのを待てないからです。これが、軽くした点です。もうひとつ、376条です。

条文民事訴訟法376条

民事訴訟法376条1項(仮執行の宣言) 第三百七十六条 請求を認容する判決については、裁判所は、職権で、担保を立てて、又は立てないで仮執行をすることができることを宣言しなければならない。

請求を認容する判決には、裁判所が職権で仮執行の宣言をしなければなりません。地裁の259条1項は、申立てか職権で「できる」という定めでした。少額訴訟では、「しなければならない」です。勝ったAさんは、確定を待たずに、すぐに執行に進めます。軽くした点は、直ちに言渡し、調書判決、職権の仮執行宣言。手すりは、この次の、支払猶予と、そのあとの異議です。

支払猶予・分割払の判決——なぜ判決で期限を変えられるのか

375条の板(請求を認容する判決をする場合・被告の資力その他の事情を考慮して特に必要があると認めるとき・判決の言渡しの日から3年を超えない範囲で認容する請求に係る金銭の支払について支払時期の定め又は分割払の定め・併せて遅延損害金の支払義務を免除する旨の定め/分割払の定めをするときは期限の利益の喪失の定めが必須2項/この定めに関する裁判に不服申立て不可3項/例=Aさんが勝訴・Bさんは年金暮らしで一括は難しい→分割払の定め/正当化の考え方3つ=1少額訴訟を選んだ原告は裁判所の合理的判断に委ねたという黙示の同意・2被告が事実上倒産に近い状態なら実体権の変更もありうる・3審理で発生の経緯その後の返済被告の現状と将来の見通しまで話し合われその弁論の過程を反映した結論を出すのは当然/少額だから例外にしてよいわけではなく審理の過程で事情が明らかになることが支え) 図:375条の板

  • 請求を認容する判決をする場合・被告の資力その他の事情を考慮して特に必要があると認めるとき・判決の言渡しの日から3年を超えない範囲で認容する請求に係る金銭の支払について支払時期の定め又は分割払の定め・併せて遅延損害金の支払義務を免除する旨の定め
  • 分割払の定めをするときは期限の利益の喪失の定めが必須2項
  • この定めに関する裁判に不服申立て不可3項
  • 例=Aさんが勝訴・Bさんは年金暮らしで一括は難しい→分割払の定め
  • 正当化の考え方3つ=1少額訴訟を選んだ原告は裁判所の合理的判断に委ねたという黙示の同意・2被告が事実上倒産に近い状態なら実体権の変更もありうる・3審理で発生の経緯その後の返済被告の現状と将来の見通しまで話し合われその弁論の過程を反映した結論を出すのは当然
  • 少額だから例外にしてよいわけではなく審理の過程で事情が明らかになることが支え

Aさんが勝ったとします。ところが、Bさんは年金暮らしで、8万円を一括で払うのは難しい、と法廷で話しました。375条です。

条文民事訴訟法375条

民事訴訟法375条(判決による支払の猶予) 第三百七十五条 裁判所は、請求を認容する判決をする場合において、被告の資力その他の事情を考慮して特に必要があると認めるときは、判決の言渡しの日から三年を超えない範囲内において、認容する請求に係る金銭の支払について、その時期の定め若しくは分割払の定めをし、又はこれと併せて、その時期の定めに従い支払をしたとき、若しくはその分割払の定めによる期限の利益を次項の規定による定めにより失うことなく支払をしたときは訴え提起後の遅延損害金の支払義務を免除する旨の定めをすることができる。 2 前項の分割払の定めをするときは、被告が支払を怠った場合における期限の利益の喪失についての定めをしなければならない。 3 前二項の規定による定めに関する裁判に対しては、不服を申し立てることができない。

請求を認容する判決をするときに、被告の資力などを考えて特に必要があると認めれば、判決の言渡しの日から3年を超えない範囲で、支払の時期を定めたり、分割払にしたりできます。さらに、その定めどおり払えば、訴え提起後の遅延損害金を免除する、と定めることもできます。2項で、分割払にするなら、払わなかったときに残りを一括で払う、という期限の利益の喪失の定めが必須です。3項で、この定めに関する裁判には、不服を申し立てられません。支払の期限は、権利の内容そのものです。従来は、和解で当事者が合意するなら変えられても、判決で一方的に変えるのは難しい、と考えられてきました。なぜ、判決で変えられるのか。説明の仕方として、考え方が、3つ挙げられます。1つめは、黙示の同意です。少額訴訟を選んだ原告は、裁判所が合理的に決める結論に、委ねたのだ、という考え方です。2つめは、被告が事実上倒産に近い状態のとき、実体の権利の変更も、あり得るという考え方です。3つめは、審理で、お金が生じた経緯、その後の返済、被告の現状と将来の返済の見通しまで話し合われる。その弁論の過程を反映して結論を出すのは、むしろ当然だ、という考え方です。この3つは、どれが通説、と決まった形で整理されているわけではありません。ここでは、3つめの見方で、375条を読んでいきます。少額だから例外にしてよい、という話ではありません。あくまで、審理の過程で、事情が明らかになったから、判決でも猶予を決められる。そう考えると、375条が「特に必要があると認めるとき」と絞っていることとも、つながります。

ここで、決定との違いを確かめます。さっきの275条の2と、混ぜないでください。

275条の2と375条の対比板(275条の2=決定・5年を超えない範囲(異議期間の経過時から数える)・決定の告知から2週間の不変期間内に異議があれば失効・異議がなければ裁判上の和解と同一の効力・簡裁の通常の手続でも使える・被告が事実を争わず防御方法も出さない場合/375条=判決・3年を超えない範囲・判決の言渡しの日から数える・この定めに関する裁判だけは不服申立て不可(判決そのものには異議が出せる)・少額訴訟のみ・請求認容判決をする場合/混ぜない=決定は異議で消える・判決の猶予の定めはそれだけを不服として申し立てられない) 図:275条の2と375条の対比板

  • 275条の2=決定・5年を超えない範囲(異議期間の経過時から数える)・決定の告知から2週間の不変期間内に異議があれば失効・異議がなければ裁判上の和解と同一の効力・簡裁の通常の手続でも使える・被告が事実を争わず防御方法も出さない場合
  • 375条=判決・3年を超えない範囲・判決の言渡しの日から数える・この定めに関する裁判だけは不服申立て不可(判決そのものには異議が出せる)・少額訴訟のみ・請求認容判決をする場合
  • 混ぜない=決定は異議で消える・判決の猶予の定めはそれだけを不服として申し立てられない

275条の2は、決定です。5年を超えない範囲で、数え始めは、異議の期間が過ぎた時からです。異議があれば、失効します。簡裁の通常の手続でも使えます。375条は、判決です。3年を超えない範囲で、数え始めは、判決の言渡しの日からです。猶予や分割の定めに関する裁判には、不服を申し立てられません。判決そのものには、次の節で見るとおり異議を出せますが、猶予の定めだけを取り出して、不服として申し立てることはできない、ということです。使えるのは、少額訴訟だけです。決定の5年、判決の3年。決定は異議で消える。判決の猶予の定めは、それだけを不服として申し立てられない。この対で、覚えてください。軽くした点は、判決で支払の時期や分割を決められること。手すりは、特に必要がある場合に限ること、期限の利益の喪失の定めが必須であること、3年を超えられないことです。

不服申立て——控訴ではなく異議

不服申立てのフロー(地裁の判決=控訴できる/少額訴訟の終局判決=377条控訴できない→378条1項=電子判決書又は電子調書の送達を受けた日から2週間の不変期間内にその判決をした裁判所に異議・その期間前の異議も有効→379条1項=適法な異議で口頭弁論の終結前の程度に復し通常の手続で審理及び裁判→379条2項=369条反訴禁止・372条2項・375条支払猶予を準用→380条1項=異議後の判決に控訴できない・2項=327条特別上告は可能/異議は上訴ではない=同じ裁判所への不服・抗告でもない/注意=異議の申立てだけでは強制執行は止まらない) 図:不服申立てのフロー

  • 地裁の判決=控訴できる
  • 少額訴訟の終局判決=377条控訴できない→378条1項=電子判決書又は電子調書の送達を受けた日から2週間の不変期間内にその判決をした裁判所に異議・その期間前の異議も有効→379条1項=適法な異議で口頭弁論の終結前の程度に復し通常の手続で審理及び裁判→379条2項=369条反訴禁止・372条2項・375条支払猶予を準用→380条1項=異議後の判決に控訴できない・2項=327条特別上告は可能
  • 異議は上訴ではない=同じ裁判所への不服・抗告でもない
  • 注意=異議の申立てだけでは強制執行は止まらない

Aさんが勝訴し、Bさんが、判決に不満だとします。少額訴訟には、控訴ができません。377条です。

条文民事訴訟法377条・378条1項

民事訴訟法377条・378条1項(控訴の禁止・異議) 第三百七十七条 少額訴訟の終局判決に対しては、控訴をすることができない。 第三百七十八条 少額訴訟の終局判決に対しては、電子判決書又は第二百五十四条第二項(第三百七十四条第二項において準用する場合を含む。)の規定により当事者及び法定代理人、主文、請求並びに理由の要旨が記録された電子調書の送達を受けた日から二週間の不変期間内に、その判決をした裁判所に異議を申し立てることができる。ただし、その期間前に申し立てた異議の効力を妨げない。

控訴はできません。そのかわり、送達を受けた日から2週間の不変期間内に、その判決をした裁判所に、異議を申し立てられます。期間の前に出した異議も、有効です。不変期間は、裁判所が伸縮できない期間でした。2週間という数字は、和解に代わる決定への異議にも、控訴の期間にも出てきました。ただ、決定への異議は、決定を失効させます。判決への異議は、通常の手続に戻して、審理をやり直させます。同じ異議でも、効き方が違います。異議って、上訴の一種ですか。違います。上訴は、上級の裁判所に不服を持ち込む手続でした。異議は、同じ簡裁に出します。抗告でもありません。異議の手続の中身には、358条から360条が準用されます。異議権の放棄、不適法な異議の却下、異議の取下げです。異議が適法なら、どうなるか。

条文民事訴訟法379条1項・380条1項

民事訴訟法379条1項・380条1項(異議後の審理及び裁判・異議後の判決に対する不服申立て) 第三百七十九条 適法な異議があったときは、訴訟は、口頭弁論の終結前の程度に復する。この場合においては、通常の手続によりその審理及び裁判をする。 第三百八十条 第三百七十八条第二項において準用する第三百五十九条又は前条第一項の規定によってした終局判決に対しては、控訴をすることができない。

適法な異議があると、訴訟は、口頭弁論の終結前の程度に戻ります。通常の手続で、もう一度、審理と裁判をします。AさんとBさんの言い分は、通常の手続で、やり直されます。ただし、379条2項で、反訴の禁止や、支払猶予の375条は、準用されます。そして、異議のあとの判決にも、控訴はできません。380条1項です。異議を却下した判決も、含みます。2項で、特別上告の道は残ります。憲法違反を理由にする場合に限って、最高裁判所に持ち込めます。上訴の回で見た、原則3回まで、という三審制の例外です。三審制は、憲法が求めるものではなく、法律の設計でしたから、こうした例外も置けます。

縮めた分を、補っているのが、異議です。1回で終わらせた判決に不満があれば、同じ簡裁で、通常の手続にもう一度戻れる。実質審理を縮める代わりに、通常の訴訟に戻る道を、必ず残す。通常訴訟と特別訴訟の地図を見た回で、少額訴訟、手形・小切手訴訟、支払督促、この3つには、通常訴訟に戻る道が必ず残されている、と見ました。その、少額訴訟版です。異議後は、通常の手続で、じっくり審理を受けたのだから、そこで一審は完結、と整理されます。一点、注意があります。異議を出しただけでは、強制執行は止まりません。仮執行宣言が付いているからです。執行を止めたいなら、執行停止の裁判を、別に求める必要があります。403条です。

判決のあと——強制執行と少額訴訟債権執行

判決のあとの板(債務名義=強制執行の根拠になる公の文書・民事執行法22条=確定判決1号・仮執行の宣言を付した判決2号・和解調書等7号/職権の仮執行宣言付きなので確定前でも執行できる/執行文=債務名義に執行力があることを証明する付記・単純執行文が不要=民事執行法25条ただし書は少額訴訟における確定判決・仮執行の宣言を付した少額訴訟の判決・仮執行の宣言を付した支払督促(和解調書は含まない)/少額訴訟債権執行=民事執行法167条の2以下・金銭債権(預貯金・給料など)への強制執行を簡裁の書記官が差押処分で行う・債務名義を作成した簡裁に申立て・書記官の処分への不服は執行異議・司法書士も代理可/不動産・動産の執行は地裁・執行官) 図:判決のあとの板

  • 債務名義=強制執行の根拠になる公の文書・民事執行法22条=確定判決1号・仮執行の宣言を付した判決2号・和解調書等7号
  • 職権の仮執行宣言付きなので確定前でも執行できる
  • 執行文=債務名義に執行力があることを証明する付記・単純執行文が不要=民事執行法25条ただし書は少額訴訟における確定判決・仮執行の宣言を付した少額訴訟の判決・仮執行の宣言を付した支払督促(和解調書は含まない)
  • 少額訴訟債権執行=民事執行法167条の2以下・金銭債権(預貯金・給料など)への強制執行を簡裁の書記官が差押処分で行う・債務名義を作成した簡裁に申立て・書記官の処分への不服は執行異議・司法書士も代理可
  • 不動産・動産の執行は地裁・執行官

勝訴したAさんは、Bさんが払わないとき、どうするか。強制執行です。強制執行の詳しい仕組みは、民事執行法という、別の法律の領域です。ここでは、少額訴訟に関わる所だけ、確認します。強制執行は、債務名義という、執行の根拠になる文書に基づいて行います。民事執行法の22条が、債務名義を列挙しています。確定した判決、仮執行の宣言を付した判決、裁判上の和解の調書などです。少額訴訟の判決は、職権で仮執行宣言が付きますから、確定する前でも、執行ができます。もうひとつ、軽くした点です。通常、強制執行には、執行文という、債務名義に執行力があることを示す付記が要ります。少額訴訟の判決では、それが要りません。根拠は、民事執行法25条のただし書です。

条文民事執行法25条

民事執行法25条(強制執行の実施) 第二十五条 強制執行は、執行文の付された債務名義の正本(債務名義に係る電磁的記録がファイルに記録されたものである場合にあつては記録事項証明書、債務名義が電磁的記録をもつて作成された執行証書である場合にあつては公証人法(明治四十一年法律第五十三号)第四十四条第一項第二号の書面又は同項第三号の電磁的記録。以下同じ。)に基づいて実施する。ただし、少額訴訟における確定判決又は仮執行の宣言を付した少額訴訟の判決若しくは支払督促により、これに表示された当事者に対し、又はその者のためにする強制執行は、その債務名義の正本に基づいて実施する。

ただし書は、少額訴訟における確定判決、仮執行の宣言を付した少額訴訟の判決、仮執行の宣言を付した支払督促について、表示された当事者どうしなら、その債務名義の正本で、執行できる、としています。なぜ要らないのか。執行文は、この債務名義で、いま執行してよいかを、書記官が確かめて付けるものでした。少額訴訟は、少ない額を早く回収させるための手続です。判決に書かれた当事者どうしなら、その確認の手間を省いて、正本だけで執行に進めます。当事者が亡くなって相続人が引き継いだときなどは、通常どおり執行文が要ります。和解調書は、この中に入っていないんですか。入っていません。少額訴訟の中で和解が成立しても、その和解調書で執行するには、通常どおり執行文が要ります。もうひとつ、少額訴訟債権執行です。民事執行法167条の2以下が定めています。預貯金や給料のような金銭債権への強制執行を、簡裁の書記官が、差押処分という形で行う手続です。申立ては、債務名義を作った簡裁にします。書記官の処分に不服があるときは、執行異議です。司法書士も、この手続は代理できます。不動産や動産への執行は、地方裁判所や執行官が行います。軽くした点は、執行文が要らないこと、書記官の差押処分で債権執行ができること。判決のあとの負担も、軽くなっています。

今日の地図(保存版)

軽くした点と手すりの一覧(訴え提起=口頭・紛争の要点/手すり=定型の用紙・276条2項3項/続行期日の陳述擬制/手すり=提出した書面に記載した事項だけ/証拠調べ=ウェブ会議・書面尋問/手すり=相当と認めるとき・規則170条の2/和解・司法委員/手すり=判断は裁判官/代理人=許可代理・司法書士/手すり=許可の取消し・価額と手続の範囲/少額訴訟=一期日審理・反訴禁止・即時の証拠・直ちに判決・調書判決・職権仮執行/手すり=規則222条の説明・移行申述・職権移行/支払猶予=3年・期限の利益喪失の定め・不服申立て不可/不服=控訴の禁止/手すり=同じ簡裁へ2週間以内に異議で通常の手続へ・異議後は控訴不可・特別上告のみ) 図:軽くした点と手すりの一覧

  • 訴え提起=口頭・紛争の要点
  • 手すり=定型の用紙・276条2項3項
  • 続行期日の陳述擬制
  • 手すり=提出した書面に記載した事項だけ
  • 証拠調べ=ウェブ会議・書面尋問
  • 手すり=相当と認めるとき・規則170条の2
  • 和解・司法委員
  • 手すり=判断は裁判官
  • 代理人=許可代理・司法書士
  • 手すり=許可の取消し・価額と手続の範囲
  • 少額訴訟=一期日審理・反訴禁止・即時の証拠・直ちに判決・調書判決・職権仮執行
  • 手すり=規則222条の説明・移行申述・職権移行
  • 支払猶予=3年・期限の利益喪失の定め・不服申立て不可
  • 不服=控訴の禁止
  • 手すり=同じ簡裁へ2週間以内に異議で通常の手続へ・異議後は控訴不可・特別上告のみ

冒頭の問いに答えましょう。敷金8万円の返還を求めるAさんは、弁護士を雇わなくても、簡裁に訴えを起こせます。請求額は140万円以下ですから、簡裁。60万円以下の金銭の支払の請求ですから、少額訴訟を求められます。口頭で、あるいは定型の用紙で、紛争の要点を述べて、訴えを起こす。書面の準備は要らない。期日に、契約書や写真や見積書を持参して、1回で審理を終える。直ちに判決で、勝てば職権で仮執行宣言が付く。Bさんの事情によっては、判決で、分割払が定められます。4つ、振り返ります。1つめ、簡裁の特則は、地裁なら何条か、という対で覚える。口頭の訴え、準備書面の省略、続行期日の陳述擬制、ウェブ会議や書面による尋問、和解に代わる決定と司法委員です。2つめ、数字は混ぜない。140万円は簡裁の入口と司法書士の代理範囲。60万円は少額訴訟。年10回は、同じ簡裁での利用の上限。2週間は異議の期間です。3つめ、少額訴訟は、1回の期日で終わらせるという目標から、逆算してできた手続です。反訴禁止、即時の証拠、直ちに判決、調書判決、職権の仮執行宣言。そして4つめ、控訴はできず、同じ簡裁へ異議。通常の手続に戻り、その判決にも控訴はできません。最後に、通しの軸を、1枚に畳みます。軽くした点には、それぞれ手すりがありました。そして、一番大きな手すりが、異議です。実質審理を縮めた代わりに、通常の訴訟へ戻る道を残す。この型は、手形・小切手訴訟や支払督促でも、同じ形で出てきます。

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#92単独ページ動画

支払督促・即決和解と法定審理期間訴訟手続

第6章 簡易裁判所の手続 #92/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

借りたことは認めているのに、払わない

冒頭の関係図(A=Aさん・食器を卸した業者/B=Bさん・飲食店の経営者/Aさんが売掛金180万円をBさんに請求する・納品書も請求書もある・Bさんは納品を受けたこと自体は認めるが資金繰りが苦しいと言って払わない/問い=争いがないのに1年かけて訴訟をするしかないのか) 図:冒頭の関係図

  • A=Aさん・食器を卸した業者
  • B=Bさん・飲食店の経営者
  • Aさんが売掛金180万円をBさんに請求する・納品書も請求書もある・Bさんは納品を受けたこと自体は認めるが資金繰りが苦しいと言って払わない
  • 問い=争いがないのに1年かけて訴訟をするしかないのか

Aさんは、食器を卸す業者です。飲食店を経営するBさんに、食器を納めました。代金の総額は、180万円。納品書も請求書も、手元にあります。ところが、Bさんは払いません。「納品を受けたのは確かです。でも、資金繰りが苦しくて」と言うばかりです。争いは、ないのです。お金の話だけが残っている。それでも、訴訟を起こして、何度も期日を重ねて、判決をもらって、ようやく差押え、という道しかないのでしょうか。民事訴訟法には、その無駄を省く道が、いくつか用意されています。今日は、民事訴訟法の本編の最後の回です。通常の訴訟を、フルで通らない手続を3つ見ます。Aさんは債権者、Bさんは債務者として、最後まで通します。

支払督促とは——書面だけで債務名義を取る

支払督促の板(支払督促=債権者の申立てにより簡易裁判所の裁判所書記官が債務者に支払えと命じる手続・裁判官ではなく書記官・債務者を審尋しない/債務名義=強制執行の根拠になる公の文書・民事執行法22条4号仮執行の宣言を付した支払督促・7号確定判決と同一の効力を有するもの/2つの限定=対象は金銭その他の代替物又は有価証券の一定の数量の給付・日本において公示送達によらないで送達できる場合に限る/価額を問わない=60万円や140万円とは別) 図:支払督促の板

  • 支払督促=債権者の申立てにより簡易裁判所の裁判所書記官が債務者に支払えと命じる手続・裁判官ではなく書記官・債務者を審尋しない
  • 債務名義=強制執行の根拠になる公の文書・民事執行法22条4号仮執行の宣言を付した支払督促・7号確定判決と同一の効力を有するもの
  • 2つの限定=対象は金銭その他の代替物又は有価証券の一定の数量の給付・日本において公示送達によらないで送達できる場合に限る
  • 価額を問わない=60万円や140万円とは別

1つめの道、支払督促です。まず、中身を整理します。債権者の申立てを受けて、簡易裁判所の裁判所書記官が、債務者に、「支払いなさい」と命じる手続です。裁判官ではなく、書記官です。そして、債務者の言い分は、聞きません。条文は、あとで見ます。言い分を聞かずに、命じていいんですか。そこが、この手続の発想です。争いがない事件なら、審理は空回りします。だから、債権者の言い分と書面だけを見て、書記官が督促を出す。そして、債務者が黙っていれば、そのまま強制執行の根拠が手に入ります。強制執行の根拠になる公の文書を、債務名義と呼ぶのでした。民事執行法の22条が列挙していて、仮執行の宣言を付した支払督促は4号、確定判決と同一の効力を有するものは7号です。宅配便の受け取り印に似ています。荷物が届いて、受け取る人が何も言わなければ、そのまま話が進む。ただし、受け取る人には、「これは違います」と言う道が残っています。それが、あとで見る督促異議です。聞かない手続だからこそ、条文は、2つの限定をかけています。

条文民事訴訟法382条

民事訴訟法382条(支払督促の要件) 第三百八十二条 金銭その他の代替物又は有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求については、裁判所書記官は、債権者の申立てにより、支払督促を発することができる。ただし、日本において公示送達によらないでこれを送達することができる場合に限る。

1つめの限定は、対象です。金銭その他の代替物、または有価証券の、一定の数量の給付を目的とする請求に限られます。代替物とは、同じ種類の物なら、どれでも同じ価値のものです。たとえば、小麦粉や、規格の決まった部品です。Aさんの180万円の代金は、金銭ですから、対象です。逆に、このマンションの部屋を明け渡せ、という請求や、この土地は自分のものだと確かめてほしい、という請求は、対象外です。公示送達は、送達する書類を裁判所に掲示して、送達したことにする制度でした。相手の居場所が分からないときの、最後の手段です。ところで、督促は、債務者の言い分を聞かずに出します。債務者が、督促が出たことを実際に知って、異議を出す機会が、現実に保障されていることが前提です。掲示しただけで送達したことになる公示送達では、債務者は、督促が出たことすら知らないまま、債務名義を取られかねません。だから、公示送達は、この手続では使えません。言い分を聞かない代わりに、異議の機会を実際に与える。省いた点と、安全弁が、ここに出ています。もうひとつ、数字です。支払督促は、請求の価額を問いません。簡裁の事物管轄は140万円、少額訴訟は60万円でした。しかし、督促には、金額の上限がありません。Aさんの180万円は、簡裁の140万円を超えていますが、支払督促は申し立てられます。140万円と60万円は、督促には関係ない数字として、切り離してください。

申立てから送達まで——却下・発付・電子支払督促

手続の流れ(申立て=債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する簡易裁判所の書記官へ383条1項/却下=要件違反や請求に理由がないことが明らか385条1項・却下処分に1週間の不変期間内に異議385条3項/発付=債務者を審尋しない386条1項・電子支払督促を作成して記録387条/送達=債務者に送達388条1項・効力は送達の時388条2項/送達できないとき=債権者に通知・2か月以内に送達場所を申し出ないと取下げ擬制388条3項/オンライン申立て=もとは督促手続のための仕組み397条) 図:手続の流れ

  • 申立て=債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する簡易裁判所の書記官へ383条1項
  • 却下=要件違反や請求に理由がないことが明らか385条1項・却下処分に1週間の不変期間内に異議385条3項
  • 発付=債務者を審尋しない386条1項・電子支払督促を作成して記録387条
  • 送達=債務者に送達388条1項・効力は送達の時388条2項
  • 送達できないとき=債権者に通知・2か月以内に送達場所を申し出ないと取下げ擬制388条3項
  • オンライン申立て=もとは督促手続のための仕組み397条

流れを順に追います。Aさんは、Bさんの普通裁判籍の所在地を管轄する簡裁の書記官に、申し立てます。383条1項です。債務者の住所地、法人なら主たる事務所の所在地、という普通裁判籍は、管轄の回で見ました。債権者の都合ではなく、債務者の近くです。書記官は、申立てを見て、要件が満たされていない場合や、請求に理由がないことが明らかな場合は、申立てを却下します。385条1項です。この却下の処分には、告知から1週間の不変期間内に、異議を申し立てられます。385条3項です。これは、書記官の却下の処分に対する異議で、あとで見る督促異議とは、別物です。却下されなければ、書記官は、債務者を審尋せずに、支払督促を発します。そして、令和4年の改正で、書記官は、支払督促を、電子支払督促として、電子データで作成して、記録します。387条です。紙で申し立てた場合でも、この扱いです。実際に債務者へ届けるときの送達の方法は、債務者の状況で変わります。まず、その条文です。

条文民事訴訟法387条

民事訴訟法387条(電子支払督促の記録事項) 第三百八十七条 裁判所書記官は、支払督促を発するときは、最高裁判所規則で定めるところにより、電子支払督促(次に掲げる事項を記録し、かつ、債務者がその送達を受けた日から二週間以内に督促異議の申立てをしないときは債権者の申立てにより仮執行の宣言をする旨を併せて記録した電磁的記録をいう。以下この章において同じ。)を作成しなければならない。 一 第三百八十二条の給付を命ずる旨 二 請求の趣旨及び原因 三 当事者及び法定代理人 2 裁判所書記官は、前項の規定により電子支払督促を作成したときは、最高裁判所規則で定めるところにより、これをファイルに記録しなければならない。

その、送達の条文です。

条文民事訴訟法388条1項・2項

民事訴訟法388条1項・2項(支払督促の送達及び効力発生) 第三百八十八条 電子支払督促(前条第二項の規定によりファイルに記録されたものに限る。以下この章において同じ。)は、債務者に送達しなければならない。 2 支払督促の効力は、債務者に送達された時に生ずる。

督促の効力は、債務者に送達された時に生じます。2項です。送達されなければ、督促は、効力を生じません。公示送達が使えないので、督促は止まります。書記官が債権者に通知します。債権者が、その通知を受けた日から2か月の不変期間内に、送達できる場所を申し出ないと、申立ては取り下げたものとみなされます。388条3項です。公示送達を使えない手続の、当然の帰結です。少しだけ、沿革です。これまで、オンラインでの申立てを手続の最初から最後まで定めていたのは、督促手続だけで、397条にその定めがあります。令和4年の改正で、132条の10が、民事訴訟の手続全体に、それを広げました。

仮執行宣言——債務名義が手に入る時点

仮執行宣言の板(送達を受けた日から2週間以内に督促異議がない→債権者の申立てで書記官が仮執行の宣言を付す391条1項・しなければならない/仮執行宣言を付した電子支払督促を当事者に送達391条2項/債務名義=民事執行法22条4号/債権者が仮執行の宣言の申立てをすることができる時から30日以内に申立てをしないと支払督促は失効392条/仮執行宣言後も異議がなければ確定判決と同一の効力396条・民事執行法22条7号/民事執行法25条ただし書=仮執行の宣言を付した支払督促は単純執行文が不要・和解調書は執行文が必要) 図:仮執行宣言の板

  • 送達を受けた日から2週間以内に督促異議がない→債権者の申立てで書記官が仮執行の宣言を付す391条1項・しなければならない
  • 仮執行宣言を付した電子支払督促を当事者に送達391条2項
  • 債務名義=民事執行法22条4号
  • 債権者が仮執行の宣言の申立てをすることができる時から30日以内に申立てをしないと支払督促は失効392条
  • 仮執行宣言後も異議がなければ確定判決と同一の効力396条・民事執行法22条7号
  • 民事執行法25条ただし書=仮執行の宣言を付した支払督促は単純執行文が不要・和解調書は執行文が必要

督促が送達されて、債務者のBさんが、何も言わなかったとします。次の条文です。

条文民事訴訟法391条1項

民事訴訟法391条1項(仮執行の宣言) 第三百九十一条 債務者が電子支払督促の送達を受けた日から二週間以内に督促異議の申立てをしないときは、裁判所書記官は、債権者の申立てにより、電子支払督促に手続の費用額を併せて記録して仮執行の宣言をしなければならない。ただし、その宣言前に督促異議の申立てがあったときは、この限りでない。

送達から2週間以内に、Bさんが異議を出さなければ、Aさんの申立てにより、書記官は、仮執行の宣言を付します。しなければならない、という書き方で、書記官に裁量はありません。仮執行の宣言は、電子支払督促に記録されて、当事者に送達されます。2項です。仮執行の宣言を付した支払督促は、債務名義、民事執行法22条4号です。確定を待たず、Bさんの預金などを差し押さえられます。通常の訴訟では、判決に仮執行宣言が付くと、確定を待たずに、執行できました。259条です。督促では、判決なしで、書記官が、この宣言を付します。

債権者が申立てを放置した場合の条文です。

条文民事訴訟法392条

民事訴訟法392条(期間の徒過による支払督促の失効) 第三百九十二条 債権者が仮執行の宣言の申立てをすることができる時から三十日以内にその申立てをしないときは、支払督促は、その効力を失う。

申立てをできる時から30日以内に、Aさんが仮執行宣言を申し立てなければ、督促そのものが失効します。債権者が、放置できないようにしている安全弁です。2週間と30日は、混ぜないでください。2週間は、仮執行宣言を申し立てられるようになるまでの待ち時間。30日は、債権者が、その申立てをするための期間です。さらに、仮執行宣言のあとの2週間にも異議がなければ、どうなるか。

条文民事訴訟法396条

民事訴訟法396条(支払督促の効力) 第三百九十六条 仮執行の宣言を付した支払督促に対し督促異議の申立てがないとき、又は督促異議の申立てを却下する決定が確定したときは、支払督促は、確定判決と同一の効力を有する。

異議がなければ、支払督促は、確定判決と同一の効力を持ちます。債務名義としては、民事執行法22条7号です。前回、少額訴訟の判決で見た、執行文の話です。民事執行法25条のただし書で、仮執行の宣言を付した支払督促も、執行文が要りません。後で見る即決和解の和解調書は、執行文が要ります。省いた点は、審尋と、判決の手間。債務名義が、書記官の書面審査だけで手に入ります。安全弁は、送達から2週間の異議です。

督促異議は2回——効果が逆になる

対比板=督促異議は2回(行=仮執行宣言前386条2項・390条/仮執行宣言後393条・403条1項3号・列=いつまで/効果/執行/共通/宣言前=異議の期限は決まっていない・宣言前に出せば宣言は付かない391条1項ただし書・支払督促はその督促異議の限度で効力を失う・強制執行の根拠がそもそもない/宣言後=送達を受けた日から2週間の不変期間・異議すれば訴訟に移る・執行は当然には止まらない・停止するには執行停止の裁判を別に求める/共通=適法な督促異議で申立ての時に訴えの提起があったものとみなす395条)

ここが、今日の核です。督促異議は、2回あります。仮執行の宣言の前と、後です。まず、異議そのものの条文です。

条文民事訴訟法386条

民事訴訟法386条(支払督促の発付等) 第三百八十六条 支払督促は、債務者を審尋しないで発する。 2 債務者は、支払督促に対し、これを発した裁判所書記官の所属する簡易裁判所に督促異議の申立てをすることができる。

2項です。異議は、督促を発した書記官の所属する、同じ簡裁に出します。控訴でも抗告でもありません。上級の裁判所に持ち込むのではなく、同じ裁判所に出す、少額訴訟の異議と同じ形です。異議の期限は、さっきの2週間ですか。そこが、一番引っかかるところです。仮執行の宣言の前については、異議に、期限はありません。さっきの2週間は、異議の期限ではなく、仮執行の宣言を申し立てられるまでの待ち時間です。391条1項のただし書を見てください。その宣言前に、督促異議の申立てがあったときは、宣言を付さない。つまり、2週間を過ぎても、宣言が付く前なら、異議を出せます。宣言前に異議が出たら、どうなるでしょうか?

条文民事訴訟法390条

民事訴訟法390条(仮執行の宣言前の督促異議) 第三百九十条 仮執行の宣言前に適法な督促異議の申立てがあったときは、支払督促は、その督促異議の限度で効力を失う。

支払督促が、効力を失います。その督促異議の限度で、ですから、180万円のうち、一部だけに異議を出せば、その部分だけです。次に、仮執行の宣言のあとです。

条文民事訴訟法393条

民事訴訟法393条(仮執行の宣言後の督促異議) 第三百九十三条 仮執行の宣言を付した電子支払督促の送達を受けた日から二週間の不変期間を経過したときは、債務者は、その支払督促に対し、督促異議の申立てをすることができない。

こちらが、本当の意味での、異議の期限です。宣言を付した督促の送達を受けた日から、2週間の不変期間。不変期間は、裁判所が伸縮できない期間です。この期間を過ぎたら、もう異議は出せません。そして、期間内に異議を出せば、訴訟に移ります。ただし、執行は、止まりません。宣言の前には、まだ債務名義がありません。止めるべき執行が、そもそも無いのです。だから、異議が出れば、督促を消して、訴訟で決着をつければ足ります。宣言の後は、Bさんが異議を出さないまま宣言が付いたので、Aさんは、もう債務名義を持っています。判決に仮執行宣言が付いていれば、控訴しても執行が止まらないのと、同じ発想です。異議を出すだけで止まるなら、時間稼ぎの異議で、差押えを逃れられてしまいます。執行を止めるには、別の手続が要ります。403条です。

条文民事訴訟法403条1項柱書・ただし書・3号(一号・二号・四号から六号は省略)

民事訴訟法403条1項(強制執行の停止) 第四百三条 次に掲げる場合には、裁判所は、申立てにより、決定で、担保を立てさせて、若しくは立てさせないで強制執行の一時の停止を命じ、又はこれとともに、担保を立てて強制執行の開始若しくは続行をすべき旨を命じ、若しくは担保を立てさせて既にした執行処分の取消しを命ずることができる。ただし、強制執行の開始又は続行をすべき旨の命令は、第三号から第六号までに掲げる場合に限り、することができる。 三 仮執行の宣言を付した判決に対する控訴の提起又は仮執行の宣言を付した支払督促に対する督促異議の申立て(次号の控訴の提起及び督促異議の申立てを除く。)があった場合において、原判決若しくは支払督促の取消し若しくは変更の原因となるべき事情がないとはいえないこと又は執行により著しい損害を生ずるおそれがあることにつき疎明があったとき。

仮執行の宣言を付した督促に異議を出しても、それだけでは強制執行は止まりません。止めたいなら、裁判所に、強制執行の停止を求める申立てをして、決定をもらいます。3号が、その督促異議の場合です。支払督促の取消しや変更の原因となるべき事情がないとはいえないことなどを、疎明する必要があります。具体例です。Aさんは、180万円の督促に仮執行の宣言を付して、Bさんに送達されました。Bさんは、数日後に、実は納品された食器の一部を返品していたことを思い出します。Bさんが、2週間以内に異議を出せば、訴訟には移ります。ただし、Aさんが差押えを申し立てれば、Bさんの預金は、止まりません。Bさんが、預金を守りたいなら、403条の、執行停止の申立てを、別にしなければなりません。対比を、1つにまとめます。宣言前の異議は、督促が消える。宣言後の異議は、訴訟には移るが、執行は止まらない。この2つを、逆にしないでください。省いた点は、債務者の言い分を聞くこと。安全弁は、この2回の異議です。

異議のあと——訴え提起の擬制・不適法な異議

督促から訴訟へ(適法な督促異議→申立ての時に訴えの提起があったものとみなす395条/行き先=訴額に従い支払督促を発した書記官の所属する簡易裁判所又はその所在地を管轄する地方裁判所/Aさんの180万円は140万円超なので地方裁判所/督促手続の費用は訴訟費用の一部/呼び名=債権者Aさんが原告・債務者Bさんが被告/不適法な異議=簡裁が決定で却下394条1項・即時抗告394条2項・異議なし又は却下確定は確定判決と同一の効力396条) 図:督促から訴訟へ

  • 適法な督促異議→申立ての時に訴えの提起があったものとみなす395条
  • 行き先=訴額に従い支払督促を発した書記官の所属する簡易裁判所又はその所在地を管轄する地方裁判所
  • Aさんの180万円は140万円超なので地方裁判所
  • 督促手続の費用は訴訟費用の一部
  • 呼び名=債権者Aさんが原告・債務者Bさんが被告
  • 不適法な異議=簡裁が決定で却下394条1項・即時抗告394条2項・異議なし又は却下確定は確定判決と同一の効力396条

適法な異議があると、どうなるか。395条です。

条文民事訴訟法395条

民事訴訟法395条(督促異議の申立てによる訴訟への移行) 第三百九十五条 適法な督促異議の申立てがあったときは、督促異議に係る請求については、その目的の価額に従い、支払督促の申立ての時に、支払督促を発した裁判所書記官の所属する簡易裁判所又はその所在地を管轄する地方裁判所に訴えの提起があったものとみなす。この場合においては、督促手続の費用は、訴訟費用の一部とする。

督促の申立ての時に、訴えが提起されたものとみなされます。みなす、というのは、実際には起こしていなくても、起こしたことにする、という意味です。行き先は、請求額に応じて決まります。Aさんの180万円は、簡裁の140万円を超えますから、地方裁判所です。ここで初めて、Aさんは原告、Bさんは被告になります。訴えを起こした時には、時効の完成を防ぐ効果などが、生じます。督促の申立ての時にさかのぼれば、その分、債権者が有利です。訴えを起こしたのと同じ扱いにする、という発想です。もうひとつ、異議が不適法な場合です。条文です。

条文民事訴訟法394条

民事訴訟法394条(督促異議の却下) 第三百九十四条 簡易裁判所は、督促異議を不適法であると認めるときは、督促異議に係る請求が地方裁判所の管轄に属する場合においても、決定で、その督促異議を却下しなければならない。 2 前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。

簡裁は、決定で、その異議を却下します。1項です。請求が地裁の管轄に当たる額でも、却下するのは簡裁です。この却下の決定に対しては、2項で、即時抗告ができます。即時抗告は、抗告の回で見た、決定に対する上訴で、告知から1週間の不変期間内に出します。異議は上訴ではありませんが、異議を却下する決定への不服は、抗告です。異議と抗告は、別の段階です。そして、却下が確定すれば、396条のとおり、支払督促は確定判決と同一の効力を持ちます。省いた点は、審理。安全弁は、異議で通常の訴訟に戻る道、そのとき督促の申立ての時にさかのぼること、そして不適法な異議の却下には抗告がある、ということです。

訴え提起前の和解——合意に歯をつける

即決和解の流れ(CさんがDさんに100万円を貸す・Dさんが毎月5万円ずつ払うと私的な合意書で約束・申し立てる側=Cさん/CさんがDさんの普通裁判籍の所在地を管轄する簡易裁判所に和解の申立て275条1項・訴額を問わない/和解成立=和解調書は確定判決と同一の効力267条・債務名義/不調=期日に出頭した当事者双方の申立てで直ちに訴訟の弁論・申立ての時に訴えの提起があったものとみなす275条2項・不出頭なら調わないものとみなせる275条3項/和解調書は執行文が必要) 図:即決和解の流れ

  • CさんがDさんに100万円を貸す・Dさんが毎月5万円ずつ払うと私的な合意書で約束・申し立てる側=Cさん
  • CさんがDさんの普通裁判籍の所在地を管轄する簡易裁判所に和解の申立て275条1項・訴額を問わない
  • 和解成立=和解調書は確定判決と同一の効力267条・債務名義
  • 不調=期日に出頭した当事者双方の申立てで直ちに訴訟の弁論・申立ての時に訴えの提起があったものとみなす275条2項・不出頭なら調わないものとみなせる275条3項
  • 和解調書は執行文が必要

2つめの道です。例を変えます。CさんがDさんに、現金で100万円を貸しました。Dさんは、毎月5万円ずつ払うと約束して、合意書も作りました。ただし、その合意書は、私的な文書です。払わなくなったときに、そのまま差し押さえることは、できません。Cさんが申し立てる側です。そこで、使うのが、訴え提起前の和解、即決和解です。条文です。

条文民事訴訟法275条1項〜3項

民事訴訟法275条(訴え提起前の和解) 第二百七十五条 民事上の争いについては、当事者は、請求の趣旨及び原因並びに争いの実情を表示して、相手方の普通裁判籍の所在地を管轄する簡易裁判所に和解の申立てをすることができる。 2 前項の和解が調わない場合において、和解の期日に出頭した当事者双方の申立てがあるときは、裁判所は、直ちに訴訟の弁論を命ずる。この場合においては、和解の申立てをした者は、その申立てをした時に、訴えを提起したものとみなし、和解の費用は、訴訟費用の一部とする。 3 申立人又は相手方が第一項の和解の期日に出頭しないときは、裁判所は、和解が調わないものとみなすことができる。

民事上の争いなら、訴えを提起する前に、相手方の普通裁判籍の所在地を管轄する簡裁に、和解を申し立てられます。訴額の制限は、ありません。Dさんの住所地の簡裁へ、請求が100万円でも1億円でも、申し立てられます。争いがあるから申し立てるんじゃないんですか。もう話がついているのに、どうして裁判所に行くんですか。そこが、実際の使い方です。民事上の争いには、これから争うかもしれない、という段階も含みます。多くの場合、すでに裁判外で、合意はできている。それを、裁判所の和解調書にしてもらうのです。裁判所書記官が作る電子調書に記録された和解には、確定判決と同一の効力があります。条文です。

条文民事訴訟法267条

民事訴訟法267条(和解等に係る電子調書の効力) 第二百六十七条 裁判所書記官が、和解又は請求の放棄若しくは認諾について電子調書を作成し、これをファイルに記録したときは、その記録は、確定判決と同一の効力を有する。 2 前項の規定によりファイルに記録された電子調書は、当事者に送達しなければならない。この場合においては、第二百五十五条第二項の規定を準用する。

267条1項です。最初の回で、紙に書いただけの合意と、裁判所を通した合意は、効き目が違う、と見ました。和解の期日には、裁判官が期日を開いて、合意の中身を確かめ、それを書記官が調書に記録します。裁判所が確かめた合意だから、判決と同じ力が認められるのです。これで、調書は債務名義になります。払わなくなったら、そのまま強制執行に進めます。合意はできている。足りないのは、強制執行できる力、つまり歯です。その歯を、訴訟をせずに付ける手続です。ただし、調書は、執行文が要ります。仮執行宣言付の支払督促とは、そこが違います。安全弁は、2項です。和解が調わないとき、期日に出頭した当事者の双方が申し立てれば、裁判所は、直ちに訴訟の弁論を命じ、和解の申立てをした時に、訴えが提起されたものとみなします。督促異議と同じ型の、擬制です。3項は、一方が出頭しないときは、調わないものとみなせる、という規定です。省いた点は、訴訟そのもの。安全弁は、不調なら、そのまま訴訟へ進める、ということです。

法定審理期間訴訟手続① 何を選ぶ手続か

法定審理期間訴訟手続の入口の板(令和4年改正で新設・民事訴訟法第七編の特則・簡易裁判所専用ではない地方裁判所でも使える/申出381条の2第1項・当事者が裁判所に求める/除外=消費者契約に関する訴え・個別労働関係民事紛争に関する訴え/決定=双方が申出又は一方が申出し相手方が同意・当事者間の衡平を害し又は適正な審理の実現を妨げると認めるときを除き決定をしなければならない同2項/申出と同意は書面・期日では口頭可同3項/審理計画147条の3との違い=審理計画は裁判所が必要と認めて当事者双方と協議して定める・法定審理期間は当事者が選ぶ) 図:法定審理期間訴訟手続の入口の板

  • 令和4年改正で新設・民事訴訟法第七編の特則・簡易裁判所専用ではない地方裁判所でも使える
  • 申出381条の2第1項・当事者が裁判所に求める
  • 除外=消費者契約に関する訴え・個別労働関係民事紛争に関する訴え
  • 決定=双方が申出又は一方が申出し相手方が同意・当事者間の衡平を害し又は適正な審理の実現を妨げると認めるときを除き決定をしなければならない同2項
  • 申出と同意は書面・期日では口頭可同3項
  • 審理計画147条の3との違い=審理計画は裁判所が必要と認めて当事者双方と協議して定める・法定審理期間は当事者が選ぶ

3つめの道です。令和4年の民事訴訟法の改正で新設された、法定審理期間訴訟手続です。登場人物を変えます。内装工事業のE社が原告、施主のF社が被告です。争点は、請負代金の残額と、追加工事があったかどうか、の2つだけです。E社が申し出る側、F社が同意する側です。まず、誤解をひとつ除きます。この手続は、簡裁専用ではありません。民事訴訟法の第七編の特則ですが、地方裁判所でも使えます。前に確かめたとおりです。通常の訴訟は、いつ判決が出るのか、見通しが立ちにくいのです。E社にとっては、代金がいつ入るかで、資金繰りが変わります。争点が2つに絞れているなら、判決まで何か月、と先に決めてしまったほうが、計画が立てられます。条文です。

条文民事訴訟法381条の2第1項

民事訴訟法381条の2第1項(法定審理期間訴訟手続の申出と除外) 第三百八十一条の二 当事者は、裁判所に対し、法定審理期間訴訟手続による審理及び裁判を求める旨の申出をすることができる。ただし、次に掲げる訴えに関しては、この限りでない。 一 消費者契約に関する訴え 二 個別労働関係民事紛争に関する訴え

1項のただし書が、除外です。消費者契約に関する訴えと、個別労働関係民事紛争に関する訴えは、選べません。管轄の回で見た、同じ区切りです。力の差がある関係を、保護する発想でした。たとえば、個人が消費者として結んだ契約や、従業員との、個別の労使紛争は、この手続を選べません。労働事件、と大雑把に言うのではなく、個別労働関係民事紛争に関する訴え、と正確に言ってください。

条文民事訴訟法381条の2第2項・3項

民事訴訟法381条の2第2項・3項(法定審理期間訴訟手続の決定) 2 当事者の双方が前項の申出をした場合には、裁判所は、事案の性質、訴訟追行による当事者の負担の程度その他の事情に鑑み、法定審理期間訴訟手続により審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正な審理の実現を妨げると認めるときを除き、訴訟を法定審理期間訴訟手続により審理及び裁判をする旨の決定をしなければならない。当事者の一方が同項の申出をした場合において、相手方がその法定審理期間訴訟手続による審理及び裁判をすることに同意したときも、同様とする。 3 第一項の申出及び前項後段の同意は、書面でしなければならない。ただし、口頭弁論又は弁論準備手続の期日においては、口頭ですることを妨げない。

申し出られるのは、当事者です。E社が申し出て、F社が同意する。あるいは、双方が申し出る。すると、裁判所は、衡平を害するなどの例外に当たらない限り、決定をしなければなりません。原則は決定、例外が却下です。審理計画は、147条の3で、裁判所が、事件が複雑で必要と認めるとき、当事者双方と協議して定める、裁判所主導の計画でした。法定審理期間訴訟手続は、当事者が申し出て、選びます。しかも、期間が法定で、あとで見るとおり控訴もできません。裁判所が主導する目安か、当事者が選ぶ法定の枠か、という違いです。省いた点は、期間に縛りのない審理。選ぶのは当事者で、その代わり除外があります。

法定審理期間訴訟手続② 期間の設計

期間の設計板(時間軸=決定→2週間以内に第1回期日381条の3第1項→その期日で当該期日から6か月以内に口頭弁論終結の日と終結から1か月以内に判決言渡し期日を指定同2項→攻撃防御方法は第1回期日から5か月以内に提出・裁判所は当事者双方の意見を聴いて短縮できる同3項→争点証拠整理の結果に基づき判決で判断すべき事項を当事者双方と確認同4項→証拠調べも第1回期日から6か月以内同5項→期日変更はやむを得ない事由がある場合に限る同6項/判決=確認した事項に係る判断の内容だけを理由に記録381条の5) 図:期間の設計板

  • 時間軸=決定→2週間以内に第1回期日381条の3第1項→その期日で当該期日から6か月以内に口頭弁論終結の日と終結から1か月以内に判決言渡し期日を指定同2項→攻撃防御方法は第1回期日から5か月以内に提出・裁判所は当事者双方の意見を聴いて短縮できる同3項→争点証拠整理の結果に基づき判決で判断すべき事項を当事者双方と確認同4項→証拠調べも第1回期日から6か月以内同5項→期日変更はやむを得ない事由がある場合に限る同6項
  • 判決=確認した事項に係る判断の内容だけを理由に記録381条の5

決定が出たら、期間が走ります。条文です。

条文民事訴訟法381条の3第1項〜3項

民事訴訟法381条の3第1項〜3項(法定審理期間訴訟手続の審理) 第三百八十一条の三 前条第二項の決定があったときは、裁判長は、当該決定の日から二週間以内の間において口頭弁論又は弁論準備手続の期日を指定しなければならない。 2 裁判長は、前項の期日において、当該期日から六月以内の間において当該事件に係る口頭弁論を終結する期日を指定するとともに、口頭弁論を終結する日から一月以内の間において判決言渡しをする期日を指定しなければならない。 3 前条第二項の決定があったときは、当事者は、第一項の期日から五月(裁判所が当事者双方の意見を聴いて、これより短い期間を定めた場合には、その期間)以内に、攻撃又は防御の方法を提出しなければならない。

数字を、時間軸に並べます。決定の日から2週間以内の間に、第1回期日を開きます。その期日で、そこから6か月以内の間に口頭弁論を終結する期日を、さらに、終結する日から1か月以内の間に、判決言渡しの期日を指定します。攻撃防御の方法は、第1回期日から5か月以内に出します。裁判所は、双方の意見を聴いて、これより短くできます。起点で、仕分けます。2週間は、決定から第1回期日まで。ここだけ、起点が決定の日です。6か月と5か月は、第1回期日から数えます。6か月は口頭弁論の終結と証拠調べ、5か月は、攻撃防御の方法の提出です。1か月は、口頭弁論の終結から、判決の言渡しまで。第1回期日から5か月で、主張と証拠を出し終える。6か月までに、証拠調べを済ませて、口頭弁論を終結する。終結から1か月以内に、判決。つまり、第1回期日から数えて、判決まで、長くても7か月です。さらに、4項から6項です。3項で見た期限が満たされるまでに、争点と証拠の整理の結果に基づいて、判決で判断すべき事項を、当事者双方と確認します。証拠調べも、第1回期日から6か月以内に済ませます。そして、期日の変更は、やむを得ない事由がある場合に限られます。通常の訴訟でも、口頭弁論と弁論準備手続の期日の変更は、顕著な事由がある場合に限られます。93条3項です。合意で変えられるのは、最初の期日だけです。この手続では、さらに絞られて、やむを得ない事由がある場合でなければ、期日は変えられません。

判決の理由も、軽くなります。条文は、381条の5です。

条文民事訴訟法381条の5

民事訴訟法381条の5(法定審理期間訴訟手続の電子判決書) 第三百八十一条の五 法定審理期間訴訟手続の電子判決書には、事実として、請求の趣旨及び原因並びにその他の攻撃又は防御の方法の要旨を記録するものとし、理由として、第三百八十一条の三第四項の規定により当事者双方との間で確認した事項に係る判断の内容を記録するものとする。

電子判決書の理由には、確認した事項に係る判断の内容だけを記録します。E社とF社の場合なら、請負代金の残額と、追加工事の有無、という確認した2つの事項について、裁判所がどう判断したかだけです。省いた点は、審理の長さと、判決の理由の範囲。期間を、あらかじめ、縛るのです。

法定審理期間訴訟手続③ 通常の手続への移行

移行の板(381条の4=裁判所は当事者の双方又は一方が通常の手続に移行する旨の申出をしたとき・提出された攻撃又は防御の方法及び審理の現状に照らして法定審理期間訴訟手続により審理及び裁判をするのが困難と認めるときは通常の手続による旨の決定をしなければならない・決定に不服申立てできない・既に指定した期日は通常の手続のために指定したものとみなす/開始=双方の申出又は申出と同意・戻る=一方の申出だけで足りる/例=E社が申出F社が同意して開始後にF社が証拠調べが多いと考え一方で移行を申し出る→通常の手続) 図:移行の板

  • 381条の4=裁判所は当事者の双方又は一方が通常の手続に移行する旨の申出をしたとき・提出された攻撃又は防御の方法及び審理の現状に照らして法定審理期間訴訟手続により審理及び裁判をするのが困難と認めるときは通常の手続による旨の決定をしなければならない・決定に不服申立てできない・既に指定した期日は通常の手続のために指定したものとみなす
  • 開始=双方の申出又は申出と同意・戻る=一方の申出だけで足りる
  • 例=E社が申出F社が同意して開始後にF社が証拠調べが多いと考え一方で移行を申し出る→通常の手続

期間で縛った手続でも、無理だと分かることがあります。その出口が、381条の4です。

条文民事訴訟法381条の4

民事訴訟法381条の4(通常の手続への移行) 第三百八十一条の四 次に掲げる場合には、裁判所は、訴訟を通常の手続により審理及び裁判をする旨の決定をしなければならない。 一 当事者の双方又は一方が訴訟を通常の手続に移行させる旨の申出をしたとき。 二 提出された攻撃又は防御の方法及び審理の現状に照らして法定審理期間訴訟手続により審理及び裁判をするのが困難であると認めるとき。 2 前項の決定に対しては、不服を申し立てることができない。 3 訴訟が通常の手続に移行したときは、法定審理期間訴訟手続のため既に指定した期日は、通常の手続のために指定したものとみなす。

1号は、当事者の双方または一方が、通常の手続への移行を申し出たとき。2号は、攻撃防御の方法の出し方など、現状に照らして、この手続で審理を続けるのが困難なときです。どちらでも、裁判所は、通常の手続による旨の決定を、しなければなりません。2項で、この決定に不服は申し立てられません。注目してほしいのは、非対称です。始めるときは、双方の申出、または申出と同意が要る。ところが、戻るときは、一方だけの申出で足ります。E社とF社が、この手続を選んだあとで、F社が、証拠調べが思ったより多い、と考えて、移行を申し出る。すると、裁判所は、通常の手続に移さなければなりません。

薄くなる面は、あります。ただ、期間に縛られて十分な主張立証ができないまま、判決を受けるおそれを、一方的な申出で外せるようにしておく。縛る手続に乗るのを、安心して選べるようにするための、安全弁です。省いた点は、通常の手続の自由さ。安全弁は、一方の申出で戻れる、移行の道です。

法定審理期間訴訟手続④ 控訴の禁止と異議

対比板=少額訴訟と法定審理期間訴訟の対応表(左=少額訴訟377条から379条・右=法定審理期間訴訟手続381条の6から8・行=控訴/異議の先と期間/準用/異議後/執行停止/控訴=377条は例外なく控訴できない・381条の6は訴えを却下した判決には控訴できる/異議=378条も381条の7も送達を受けた日から2週間の不変期間内に判決をした裁判所へ/準用=358条から360条・381条の7は364条も/異議後=379条も381条の8も口頭弁論の終結前の程度に復し通常の手続で審理及び裁判/執行停止=少額訴訟の異議は執行を止めない・403条1項5号の執行停止の裁判が別に必要・381条の8第2項は異議の申立てが執行停止の効力を有する)

前回の少額訴訟を思い出してください。判決に不満があるとき、控訴はできましたか?では、期間で縛って判決を出したあと、不満があるときは、どうか。条文は、2つです。

条文民事訴訟法381条の6・381条の7

民事訴訟法381条の6と381条の7(控訴の禁止・異議) 第三百八十一条の六 法定審理期間訴訟手続の終局判決に対しては、控訴をすることができない。ただし、訴えを却下した判決に対しては、この限りでない。 第三百八十一条の七 法定審理期間訴訟手続の終局判決に対しては、訴えを却下した判決を除き、電子判決書の送達を受けた日から二週間の不変期間内に、その判決をした裁判所に異議を申し立てることができる。ただし、その期間前に申し立てた異議の効力を妨げない。 2 第三百五十八条から第三百六十条まで及び第三百六十四条の規定は、前項の異議について準用する。

控訴は、できません。ただし、訴えを却下した判決は、別です。訴えが不適法だという判断は、実質審理を縮めた結果ではありません。だから、通常どおり、控訴できます。それ以外の終局判決には、送達を受けた日から2週間の不変期間内に、その判決をした裁判所に、異議を出します。少額訴訟の377条、378条と、同じ型です。期間の前に出した異議も有効で、準用する条文も、358条から360条までそろっています。違いは、少額訴訟は例外なしで控訴できないのに対して、法定審理期間訴訟手続は、訴えを却下した判決だけ控訴できる、という点です。異議のあとです。

条文民事訴訟法381条の8第1項・2項

民事訴訟法381条の8第1項・2項(異議後の審理及び裁判) 第三百八十一条の八 適法な異議があったときは、訴訟は、口頭弁論の終結前の程度に復する。この場合においては、通常の手続によりその審理及び裁判をする。 2 前項の異議の申立ては、執行停止の効力を有する。

訴訟は、口頭弁論の終結前の程度に戻り、通常の手続で、審理をやり直します。これも、少額訴訟の379条と同じです。2項で、止まります。異議の申立ては、執行停止の効力を持つのです。ここが、大事な違いです。少額訴訟の異議は、前回見たとおり、執行を止めません。止めたければ、別に、執行停止の裁判を求めます。督促異議も、仮執行宣言のあとは、止まりません。法定審理期間訴訟手続の異議だけは、異議自体に、止める効力があります。少額訴訟は、勝った判決に必ず仮執行宣言が付く手続でした。法定審理期間訴訟手続には、そうした必置の決まりはなく、異議そのものに、執行を止める効力が条文で与えられています。E社とF社でいえば、E社が勝った判決に、F社が2週間以内に異議を出せば、E社は、その判決で差押えに進むことはできません。通常の手続で、もう一度決着をつけることになります。省いた点は、控訴という第二の審理。安全弁は、同じ裁判所への異議で、通常の手続に戻れること。しかも、執行も止められます。

今日の地図(保存版)

地図板(6手続の一覧=手続・省くもの・通常訴訟へ戻る道/手形・小切手訴訟=手形による請求だけの略式訴訟・省くもの=審理を縮める・戻る道=控訴の代わりに同じ裁判所への異議/少額訴訟=1回の期日で終わらせる・戻る道=同じ簡裁への異議・通常の手続への移行/法定審理期間訴訟手続=期間を縛る・戻る道=一方の申出での移行・控訴の代わりの異議/支払督促=書面審査だけで債務名義・戻る道=督促異議で訴え提起擬制/訴え提起前の和解=訴訟をしない・戻る道=不調なら訴え提起擬制/保全命令手続=仮の救済で通常訴訟の前段・民事保全法) 図:地図板

  • 6手続の一覧=手続・省くもの・通常訴訟へ戻る道
  • 手形・小切手訴訟=手形による請求だけの略式訴訟・省くもの=審理を縮める・戻る道=控訴の代わりに同じ裁判所への異議
  • 少額訴訟=1回の期日で終わらせる・戻る道=同じ簡裁への異議・通常の手続への移行
  • 法定審理期間訴訟手続=期間を縛る・戻る道=一方の申出での移行・控訴の代わりの異議
  • 支払督促=書面審査だけで債務名義・戻る道=督促異議で訴え提起擬制
  • 訴え提起前の和解=訴訟をしない・戻る道=不調なら訴え提起擬制
  • 保全命令手続=仮の救済で通常訴訟の前段・民事保全法

冒頭の問いに答えましょう。Aさんは、Bさんが納品を認めている売掛金、180万円を、訴訟をフルで通さずに、回収できます。簡裁の書記官に、支払督促を申し立てる。送達から2週間、Bさんが異議を出さなければ、Aさんの申立てで、仮執行の宣言が付く。債務名義が手に入り、そのまま預金の差押えへ進めます。4つ、振り返ります。1つめ、支払督促は、書面審査だけで債務名義を取る手続です。対象は金銭などの一定の数量の給付、公示送達によれず、価額を問いません。2つめ、督促異議は2回あります。宣言前は督促が失効し、宣言後は訴訟に移っても執行は止まらない。3つめ、即決和解は、できあがった合意に、強制執行できる力を付ける手続で、訴額を問わず、不調なら訴えの提起が擬制されます。4つめ、法定審理期間訴訟手続は、当事者が選び、2週間、5か月、6か月、1か月という期間で縛る代わりに、控訴ができず、異議で通常の手続に戻れます。最後に、通しの軸を、1枚に畳みます。手形・小切手訴訟は、人事訴訟の回の地図で名前を出した、略式の訴訟です。たとえば、受け取った手形が不渡りになったとき、その金額を請求する。証拠を、書証などに絞って、早く判決を出します。保全命令の手続は、民事保全法の領域で、通常の訴訟の前段にある、仮の救済です。どの手続も、実質審理を省く、あるいは縮める代わりに、通常の訴訟へ戻る道を、必ず残しています。督促異議、不調のときの擬制、控訴の代わりの異議、通常の手続への移行。道の名前は違っても、型は、同じです。

民事訴訟法の本編は、ここまでで通しました。

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旧シリーズv1(作り直し中)

作り直し前のシリーズです。話の割り方が今の解説順と違うため、本文はこのページに載せず 単独ページへのリンクだけ置いています。