民訴ゼロから民訴#70

一部請求と既判力(残部請求・明示・信義則)

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第3章 訴訟の終了 #70/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

勝てば残りが取れて、負けたら取れない

冒頭の対比事案の板(Aが総額3,000万円のうち1,000万円だけを明示して請求/①勝訴確定→残り2,000万円を請求できる/②棄却確定→残り2,000万円を請求できない/同じ「一部だと明示した」なのに結論が逆転する) 図:冒頭の対比事案の板

  • Aが総額3,000万円のうち1,000万円だけを明示して請求
  • ①勝訴確定→残り2,000万円を請求できる
  • ②棄却確定→残り2,000万円を請求できない/同じ「一部だと明示した」なのに結論が逆転する

前回、既判力は主文、つまり訴訟物についての判断にしか生じない、という原則を確認しました。今日は、この原則を、一部請求という具体的な場面に当ててみます。まず、こんな場面を考えてください。Aさんが、Bさんに対して持っている総額3,000万円の債権のうち、1,000万円だけを明示して請求しました。これが勝訴して確定した場合、Aさんは残りの2,000万円をあとから請求できます。同じように1,000万円だけを明示して請求して、今度は棄却されて確定したとします。この場合、Aさんは残りの2,000万円をもう請求できません。

しかも、この逆転の理由は、既判力ではありません。既判力の原則が崩れたわけではなく、逆転を生んでいるのが別の道具だ、というのが今日の核心です。今日は、既判力という道具そのものと、それとは別のもう一つの道具を、はっきり分けて見ていきます。

判例の到達点を、既判力の言葉で言い直す

判例の到達点を既判力の言葉で言い直す板(明示して一部を請求した場合、訴訟物は明示された一部だけ/勝訴確定なら残部はまだ何も判断されていない=既判力は残部に及ばない/棄却確定なら残部請求は許されない=根拠は既判力ではなく信義則) 図:判例の到達点を既判力の言葉で言い直す板

  • 明示して一部を請求した場合、訴訟物は明示された一部だけ
  • 勝訴確定なら残部はまだ何も判断されていない=既判力は残部に及ばない
  • 棄却確定なら残部請求は許されない=根拠は既判力ではなく信義則

一部請求そのものの入口は、以前に扱いました。今日は、その結論を、既判力の言葉でもう一度組み立て直します。具体的に、冒頭のAさんの事案に戻ります。1,000万円だけを明示して請求すると、訴訟物は1,000万円の部分に限られます。勝訴が確定した場合、既判力が生じるのは、この1,000万円についての判断だけです。残り2,000万円については、まだ何も判断されていません。だから、あらためて請求できます。ここまでは、既判力という道具だけで説明がつきます。

⭐ 論文で書く規範:明示して勝訴すれば、残部への既判力は生じない 債権の一部であることを明示して請求すれば、訴訟物は明示した一部だけに限られる。だから勝訴が確定しても、残部には既判力が及ばない。 (出どころ=判例(最判昭和37年8月10日))

ところが、棄却が確定した場合は、話が変わります。この場合、判例は残部の請求を許しません。ここで判例が根拠にしているのは、既判力ではありません。前訴で、Aさんの持っている債権そのものが3,000万円まるごと存在するかどうかを審理した結果、その存在自体が認められなかった、と評価するんです。だから、あらためて残部を持ち出すのは、Bさんが「もう決着した」と信頼していたことに反する、二重に応訴させる負担だ、という理屈です。

⭐ 論文で書く規範:明示して棄却されれば、信義則によって残部請求が遮断される 明示した一部請求が棄却されて確定すれば、前訴で債権全体を審理して残部も無いと判断されたことになる。その後の残部請求は、特段の事情がない限り、被告の合理的期待と二重の応訴負担から、既判力ではなく信義則によって許されない。 (出どころ=判例(最判平成10年6月12日))

ここで、たとえで整理しておきます。工場が、3,000個のロットのうち、代表として100個だけを抜き取って検査に出したとします。100個が合格だった場合、検査に出したのは100個だけなので、残り2,900個については何の判断も出ていません。だから、あとから追加で検査に出せます。ところが、100個が不合格だった場合はどうでしょうか。抜き取り検査は、そもそも全体の品質を推し量るために行うものです。不合格という結果が出れば、出荷先はロット全体がアウトだと受け止めて、次の対応を始めています。結果を見てから検査の範囲の狭さを持ち出すのは、出荷先の受け止め方を裏切ることになりますよね。100個だけを対象にしたという説明そのものは、合格でも不合格でも変わりません。ただ、不合格という結果が出た場面では、それとは別に、相手がどう受け止めたかという評価が働いて、追加の主張を封じるんです。

既判力は訴訟物の範囲で決まる道具、信義則は前訴でどこまで実質的に決着がついたかという評価の道具です。この2つを分けて持ち帰ってください。

「明示した」という事実は、理由中にしか現れない

理由中の判断との緊張関係の板(訴訟物を明示された一部に限定する根拠=「一部だと明示した」という事実/この事実は判決の主文には現れず、事実及び理由の記載にしか現れない/前回の原則=理由中の判断には既判力が生じない、とどう両立するか) 図:理由中の判断との緊張関係の板

  • 訴訟物を明示された一部に限定する根拠=「一部だと明示した」という事実
  • この事実は判決の主文には現れず、事実及び理由の記載にしか現れない
  • 前回の原則=理由中の判断には既判力が生じない、とどう両立するか

ここで、学説からの批判を見ておきます。さっきの到達点に、批判があるんですか。あります。例えば、判決の主文には、「被告は原告に金1,000万円を支払え」としか書かれません。これが「3,000万円のうちの一部だ」という前提は、主文のどこにも現れず、判決の理由の記載を読んで初めて分かることです。

条文民事訴訟法114条1項

民事訴訟法114条1項(既判力の範囲) 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。

だとすると、「明示していた」という理由中にしかない事実を根拠にして、訴訟物の範囲、ひいては既判力の及ぶ範囲を決めてしまうのは、前回否定したはずの、理由中の判断への拘束力を、こっそり持ち込んでいることにならないか。これが批判の中身です。

⭐ 論文で書く規範:明示は理由中にしか現れないという批判 「一部だと明示した」という事実は主文に現れず理由中にしか現れない。それを根拠に訴訟物の範囲を絞るのは、理由中の判断に既判力類似の拘束力を認めることになるのではないか。 (出どころ=学説(判例の立場そのものではない))

判例の側に立って考えると、こう言うことができます。理由中の判断そのものに拘束力を持たせているのではなく、そもそも訴訟物とは何かを確定する材料として、理由の記載を読んでいるだけだ、という言い方です。訴訟物を特定する作業自体が、もともと請求の趣旨と原因、つまり理由の記載を読んで行うものだったことは、前回すでに確認しています。訴訟物を確定する作業の一部として理由を読むのと、理由中の判断そのものに拘束力を持たせるのとは、違うということですか。そういう整理です。違いは、前回の所有権の例と並べると見えてきます。所有権は、裁判所が明渡しを判断する途中で、その前提として認定したものでした。当事者は、そこまで本気で争うことを強制されていませんでした。これに対して「1,000万円だけ」という明示は、裁判所の判断ではありません。何を裁判してほしいかという、原告の申立ての枠そのものです。Bさんも訴状を受け取った時点で、争いの対象が1,000万円の部分だけだと分かっていますし、残りが気になれば、反訴で受け止めることもできました。

だから、前回の3つの理由は、ここでは当てはまりにくいんです。ただ、この線引きがどこまで明快かは、学説の間でも意見が割れています。今日はこの緊張関係があることを押さえたうえで、次に進みます。

明示と黙示の境界が揺らぐ実例(1)——分割債務として勝った後に言い直す

昭和32年判決の関係図(A=原告/B・C=被告2名/Aは連帯債務であることを主張しなかったため、裁判所は分割債務の主張と解し各自の分割額で勝訴判決確定/その後Aは「前訴は連帯債務の一部請求だった」と主張して残部を請求) 図:昭和32年判決の関係図

  • A=原告
  • B・C=被告2名
  • Aは連帯債務であることを主張しなかったため、裁判所は分割債務の主張と解し各自の分割額で勝訴判決確定
  • その後Aは「前訴は連帯債務の一部請求だった」と主張して残部を請求

ここまでは、原告が最初から「一部です」とはっきり明示していた場合でした。ここからは、その区別自体が揺らぐ実例を2つ見ます。1つめです。Aさんが、Bさん・Cさんの2人を相手に、45万円の金銭債務の履行を求める訴えを起こしました。ところが、この訴えの中でAさんは、Bさん・Cさんの債務が連帯債務だとは主張していませんでした。裁判所は、分割債務の主張だと解しました。分割債務なら、Bさん・Cさんはそれぞれ、人数で割った金額だけを負担すれば足ります。だから、それぞれ22万5千円を支払え、という勝訴判決が確定しました。その後、Aさんは、こう主張して別の訴えを起こしました。「前訴は、本当は連帯債務の一部請求だったんです」と。連帯債務なら、Bさん・Cさんはそれぞれ45万円全額について責任を負いますから、勝訴額を超える残りの22万5千円ずつを、あらためて請求しようとしたんです。

判例最判昭和32年6月7日 民集11巻6号948頁〈百選81〉

分割債務として勝訴確定後に一部請求だったと主張し直した事件 前訴請求をもつて本訴の訴訟物たる四五万円の連帯債務の一部請求と解することはできない。……請求の全部につき勝訴の確定判決をえた後において、今さら右請求が訴訟物の一部の請求にすぎなかつた旨を主張することは、とうてい許されない。

最高裁は、これを認めませんでした。前訴で全部について勝訴した以上、あとから「実は一部だった」と言い直すことは、とうてい許されない、という判断です。前訴の段階では、Aさん自身、一部請求のつもりだという発想を、そもそも示していませんでした。裁判所も、分割債務の全額について判断したという前提で、判決を書いています。そこに、後から「実は一部だった」という主張を差し込むと、確定した判決の内容を、勝った側の都合で書き換えることになってしまいます。事後的な言い分で決着をつけられるものではない、というのが、この判決から見えてくることです。ただ、この判決が封じたのは、前訴で全部について勝ったあとの言い直しです。前訴の時点で誰にも分かりようがなかった損害まで封じたわけではありません。それが、次の実例です。

明示と黙示の境界が揺らぐ実例(2)——予測できなかった後遺症

昭和42年判決の関係図(A=原告・被害者/B=被告・加害者/前訴=口頭弁論終結時までの治療費請求で勝訴確定/その後、予測できなかった後遺症により再手術が必要になり、追加の治療費を後訴として請求) 図:昭和42年判決の関係図

  • A=原告・被害者
  • B=被告・加害者
  • 前訴=口頭弁論終結時までの治療費請求で勝訴確定
  • その後、予測できなかった後遺症により再手術が必要になり、追加の治療費を後訴として請求

2つめの実例です。Aさんが、Bさんの起こした事故による怪我の治療費を求める訴えを起こしました。前訴の口頭弁論が終わる時点までにかかった治療費を請求して、勝訴が確定しました。ところがその後、前訴の時点では誰にも予測できなかった後遺症が現れて、再手術が必要になりました。Aさんは、その追加の治療費を求めて、あらためて訴えを起こしました。最高裁は、前訴と後訴とでは訴訟物が異なるとして、後訴を認めました。

判例最判昭和42年7月18日 民集21巻6号1559頁〈百選82〉

予測できなかった後遺症による追加の治療費請求が認められた事件 前訴と本件訴訟とはそれぞれ訴訟物を異にするから、前訴の確定判決の既判力は本件訴訟に及ばない。

明示が無いのに残りの請求が通った、という点が、この判決のややこしいところです。判決は、まず、最初に見た、一部だと明示した請求の既判力は残りに及ばない、という判例の考え方を掲げます。そのうえで、再手術の費用は前訴の請求から外れていたことが明らかだから、前訴とは訴訟物が別だ、としています。明示しようにもできなかった場面に、判例自身が一部請求の理屈を当てはめたわけです。明示しようにもできなかったのに、結果としては、一部請求と同じ扱いになる、ということですか。そういう位置づけです。この後遺症の場面は、既判力の基準時を扱った回にも出てきました。あのときは、判断が固定される時点、つまり事実審の口頭弁論終結時には、とても主張を期待できなかったから遮断しない、という学説の説明でした。判例のほうは、時点の話ではなく、そもそも訴訟物が別だ、という形で同じ結論を出しています。入り口は違っても、前訴で主張する機会が無かった損害までは封じない、という向きは同じです。ここで、黙示の一部請求と、この後遺症の場面を並べてみましょう。

2つの実例の対比の板(黙示の一部請求=前訴で一部請求という発想自体が無かった事後の言い直しは許されない/後遺症の実例=前訴の時点で全体像を把握しようがなかった事後の請求が認められる/どちらも当事者の主観的な意識や事後の言い分だけでは決まらない=前訴でどこまで審理を尽くしたかという実質判断が背後にある) 図:2つの実例の対比の板

  • 黙示の一部請求=前訴で一部請求という発想自体が無かった事後の言い直しは許されない
  • 後遺症の実例=前訴の時点で全体像を把握しようがなかった事後の請求が認められる
  • どちらも当事者の主観的な意識や事後の言い分だけでは決まらない=前訴でどこまで審理を尽くしたかという実質判断が背後にある

あとから一部のつもりだったと示すだけでは、残りは請求できません。黙示の一部請求の判決を思い出してください。前訴では一部請求という発想自体が無かったのに、あとから「実は一部だった」と言い直すことは、とうてい許されませんでした。これに対して2つめの実例は、事後的な事情の変化——後遺症の発生——を理由に、後訴を認めました。一見、逆の結論に見えますが、共通する物差しがあります。前訴の時点で、当事者と裁判所が、どこまでを対象として真剣に審理していたか、です。黙示の一部請求の事案では、前訴で全部について審理し、全部について勝訴していました。そこに、あとから「実は一部だった」を差し込む余地はありません。後遺症の事案では、前訴の時点で存在すら分からなかった損害について、審理のしようがありませんでした。だから、それは前訴の対象に含まれておらず、後訴で初めて審理してよいことになります。

これは、次の論点にもそのままつながります。

棄却後の遮断と、外側説との関係

棄却後の遮断の根拠の板(平成10年最判=前訴で債権全体について審理し尽くしたという評価が遮断の根拠/この評価を補強する材料として相殺の抗弁が絡む場面の判例の考え方=外側説が引用されている) 図:棄却後の遮断の根拠の板

  • 平成10年最判=前訴で債権全体について審理し尽くしたという評価が遮断の根拠
  • この評価を補強する材料として相殺の抗弁が絡む場面の判例の考え方=外側説が引用されている

先ほど見た、棄却されたあとの遮断です。根拠は、前訴で債権全体について審理を尽くした、という評価でした。この評価を補強する材料として、相殺の抗弁が絡む場面での判例の考え方が引用されています。外側説と呼ばれる考え方です。過失相殺の場面の外側説と名前は同じですが、場面がまったく違います。混同しないように、先に区別しておきます。過失相殺の外側説は、損害の全額から過失割合による減額をする、という話でした。今日出てくる外側説は、被告が相殺の抗弁を出した場面で、一部請求額からではなく、債権の総額から、被告が原告に持っている別の債権、つまり自働債権の額を控除する、という話です。控除する対象がまったく違います。Aさんが、Bさんに対して、ある債権のうち一部を明示して請求したとします。これに対してBさんが、自分の持っている別の債権を持ち出して、相殺の抗弁を出したとします。裁判所がこの抗弁を認める場合、判例はどこから控除するでしょうか。

判例最判平成6年11月22日 民集48巻7号1355頁〈百選113〉

一部請求に対する相殺の抗弁で控除の起点が争われた事件 一部請求は、特定の金銭債権について、その数量的な一部を少なくともその範囲においては請求権が現存するとして請求するものであるので……一部請求の額から減少額の全額……を控除して認容額を決することは、一部請求を認める趣旨に反する。

判例は、一部請求の額からではなく、債権の総額から自働債権の額を控除すべきだとしています。

外側説の計算の板(債権総額2,000万円のうち800万円を明示して請求/被告の自働債権600万円で相殺/請求額から控除すると800万円−600万円=200万円/総額から控除すると2,000万円−600万円=1,400万円/1,400万円は請求額800万円を上回る=請求どおり800万円を認容) 図:外側説の計算の板

  • 債権総額2,000万円のうち800万円を明示して請求
  • 被告の自働債権600万円で相殺
  • 請求額から控除すると800万円−600万円=200万円
  • 総額から控除すると2,000万円−600万円=1,400万円
  • 1,400万円は請求額800万円を上回る=請求どおり800万円を認容

計算してみましょう。Aさんの債権の総額が2,000万円あって、そのうち800万円だけを明示して請求したとします。Bさんが600万円の自働債権で相殺を主張して、これが認められたとします。請求額の800万円から600万円を引けば、残りは200万円です。これに対して、総額2,000万円から600万円を引くと、1,400万円が残ります。この残額は、明示した請求額を上回ります。だから、この場合は請求どおり800万円が認容されます。控除する場所が違うだけで、認められる額がまるで変わるんです。なぜ総額から控除するのか。一部請求をする原告は、少なくともその金額分の債権は確実に残っている、という前提で請求しています。だとすれば、相殺によって消えるのは、まず請求していない残りの部分からだ、と考えるのが、一部請求という制度を認める趣旨に沿う、というのが判例の理屈です。

過失相殺と相殺とで場面は違っても、一部請求をする原告の意思を尊重する、という軸は同じです。名前が同じ「外側説」なのは、この発想の共通性によるものです。

外側説が遮断の根拠を補強する板(外側説=認容額を出すには債権総額の確定が要る/一部請求でも審理は債権全体の発生・消滅に及ぶ=相殺の場面に限らない/棄却=全体を見たうえで請求額すら残っていない/あとから残部を持ち出すのは審理済みの蒸し返し) 図:外側説が遮断の根拠を補強する板

  • 外側説=認容額を出すには債権総額の確定が要る
  • 一部請求でも審理は債権全体の発生・消滅に及ぶ=相殺の場面に限らない
  • 棄却=全体を見たうえで請求額すら残っていない
  • あとから残部を持ち出すのは審理済みの蒸し返し

では、平成10年の判決に戻ります。外側説をとると、裁判所は一部請求であっても、まず債権の総額がいくらあるかを確かめなければ、認められる額を計算できません。これは相殺の場面に限った話ではありません。平成10年の判決は、一部請求の当否を決めるには、債権の全部について、発生や消滅の原因になる事実を審理して、いま残っている額を確かめる必要がある、と一般的に述べていて、その裏付けとして平成6年の判決を引いています。被告が弁済を主張した場合も、そもそも債権が成立したかが争われた場合も、同じです。つまり審理は、明示した一部だけでなく、債権全体に及んでいるんです。

だから、あとから残部を持ち出すのは、全体を見終えた審理の蒸し返しだ、という評価につながります。これが、外側説が遮断の根拠を補強している、という意味です。

遮断の根拠への批判の板(平成10年最判は前訴で債権全体を審理し尽くしたという結果から遮断を導く/単に棄却判決が確定したという結果だけで全体決着済みとするなら残部の請求をいっさい認めない全面否定説と実質的な違いがなくなる/遮断してよいかは結果ではなく前訴の審理過程で両当事者が実際に債権全体を争ったという具体的な手続保障の有無で決めるべき) 図:遮断の根拠への批判の板

  • 平成10年最判は前訴で債権全体を審理し尽くしたという結果から遮断を導く
  • 単に棄却判決が確定したという結果だけで全体決着済みとするなら残部の請求をいっさい認めない全面否定説と実質的な違いがなくなる
  • 遮断してよいかは結果ではなく前訴の審理過程で両当事者が実際に債権全体を争ったという具体的な手続保障の有無で決めるべき

平成10年の判決に、もう一つ批判を重ねておきます。単に棄却判決が確定したという結果だけから、「債権全体について決着がついた」と評価するなら、以前見た、残部の請求をいっさい認めない全面否定説と、ほとんど変わらなくなってしまうという批判です。原告は、あくまで訴訟物を、明示した1,000万円に限定していました。被告のほうも、残る2,000万円について債務が無いことの確認を求める反訴を、起こそうと思えば起こせたはずです。それをしなかった以上、一部だと明示すれば残部を残せるという明示説の建前からすれば、残部請求を許すほうが筋が通る、という反論も成り立ちます。だから、遮断してよいかどうかは、棄却判決が確定したという結果だけで決めるのではなく、前訴の審理過程で、両当事者が実際に債権全体を争って、裁判所がそれを審理したという、具体的な手続保障の有無で決めるべきだ、という考え方が成り立ちます。

棄却のあとに残部を封じているのは、既判力ではなく、前訴でどこまで審理を尽くしたかを見る信義則です。冒頭の、勝ち負けで結論が逆転する理由は、ここにあります。

係属中の残部を、どう扱うか

係属中の残部のまとめ地図の板(一部請求の訴訟が係属中に残部を別訴にする=142条〈重複訴訟の禁止〉に触れるとする説が多い/判例の理屈〈訴訟物が別〉を貫くなら本来あたらないはず=理論的な緊張関係/残部を相殺の抗弁として使うのは重複訴訟にあたらない〈受け〉/訴えの変更〈143条〉で全部に拡張できる) 図:係属中の残部のまとめ地図の板

  • 一部請求の訴訟が係属中に残部を別訴にする=142条〈重複訴訟の禁止〉に触れるとする説が多い
  • 判例の理屈〈訴訟物が別〉を貫くなら本来あたらないはず=理論的な緊張関係
  • 残部を相殺の抗弁として使うのは重複訴訟にあたらない〈受け〉
  • 訴えの変更〈143条〉で全部に拡張できる

最後に、一部請求の訴訟がまだ終わっていないうちに、原告が残部をどう扱えるかを見ておきます。以前、重複訴訟の禁止を扱いました。

条文民事訴訟法142条

民事訴訟法第142条(重複する訴えの提起の禁止) 裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することができない。

例えば、一部請求の訴訟が係属している間に、原告が残部について別の訴えを起こすと、この142条に触れるとする説が多くあります。

⭐ 論文で書く規範:係属中の残部の別訴は142条に触れるとする説が多い 一部請求の訴訟が係属している間に残部を別訴とすることは、審理の重複や被告の応訴負担、矛盾した判決の防止という142条の趣旨に照らして、これに触れるとする見解が有力である。 (出どころ=学説の状況(多数の見解))

判例の理屈を貫くなら、訴訟物が異なる以上、142条には、本来当たらないはずです。ここにも、理論的な緊張関係が残っています。もう一つ、以前見た実例があります。一部請求の残部を、自働債権として、別の訴訟で相殺の抗弁に使う場合です。同じ相手との間で簡易かつ確実に決済できるという、相殺の担保的機能を守る利益のほうを重く見て、残部を相殺の抗弁として使うことは認められる、という結論でした。一部請求の残部を扱う一つの例外として、そのまま生きています。もう一つ、原告の側に残された選択肢があります。訴えの変更です。

原告は、別訴を起こすかどうかで悩まずとも、もとの訴訟の中で、訴えの変更によって請求を全部に広げることができます。この手続の細かい要件は、別の回で扱います。こうして整理すると、原告から見た残部の扱いは、3つの道に分かれます。別訴にすれば142条との緊張関係を抱えたまま争うことになり、相殺の抗弁として使えば重複訴訟にはあたらず、訴えの変更を選べばもとの手続の中で全部に広げられます。そして別訴が許されるかどうかは、最後は、別訴にすることが被告にとって不公平といえるかどうかという、実質的な判断に戻ってきます。

今日の地図(保存版)

今日の5つの道のまとめ板(①明示なら残部に既判力は及ばない、棄却なら信義則で遮断/②明示は理由中にしか現れないという緊張関係/③黙示の一部請求・後遺症=前訴でどこまで審理を尽くしたかが本体/④外側説=総額から控除、過失相殺の外側説とは別物/⑤係属中の残部=142条との緊張関係・相殺の抗弁は例外・訴えの変更という道) 図:今日の5つの道のまとめ板

  • ①明示なら残部に既判力は及ばない、棄却なら信義則で遮断
  • ②明示は理由中にしか現れないという緊張関係
  • ③黙示の一部請求・後遺症=前訴でどこまで審理を尽くしたかが本体
  • ④外側説=総額から控除、過失相殺の外側説とは別物
  • ⑤係属中の残部=142条との緊張関係・相殺の抗弁は例外・訴えの変更という道

今日の5つの道を、1本につなぎます。明示して請求すれば、訴訟物はその一部だけに限られ、勝訴すれば残部にまだ既判力は及びません。ところが棄却されると、既判力ではなく信義則によって、残部請求が遮断されます。この到達点には、「明示は理由中にしか現れない」という緊張関係が指摘されています。黙示の一部請求と後遺症の実例を並べると、明示か黙示かという言葉そのものより、前訴でどこまで審理を尽くしたか、という物差しが背後にあることが見えてきました。相殺の抗弁が絡む場面の外側説は、一部請求額からではなく債権の総額から控除するという考え方でした。係属中の残部は、別訴なら142条との緊張関係を抱え、相殺の抗弁として使うのは例外的に認められ、訴えの変更という道も残されています。

冒頭のAさんの事案も、これで説明がつきました。1,000万円だけを明示して勝訴すれば残り2,000万円を請求できて、棄却されれば請求できない。理由は既判力ではなく、前訴でどこまで審理を尽くしたかという評価だったんですね。

参照条文

  • 民事訴訟法114条1項
  • 民事訴訟法142条

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