上訴の仕組みと上訴の利益
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第5章 上訴・再審 #85/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
一部だけ認められた判決——控訴できるのはどちらか
図:冒頭の関係図
- 原告A=工務店・被告B=施主
- AはBに請負代金200万円を請求
- 第一審の判決=150万円を認容・50万円を棄却=一部認容
- Aは50万円が認められず不満・Bは150万円の支払を命じられて不満
- 問い=控訴できるのはどちらか
Aさんは工務店を営んでいます。施主のBさんに、請負代金200万円の支払を求めて訴えました。第一審の裁判所は、200万円のうち150万円だけを認め、残りの50万円は認めませんでした。Aさんは、50万円が認められなかったことに納得していません。一方でBさんも、150万円もの支払を命じられたことに納得していません。控訴できるのは、両方です。原告のAさんも、被告のBさんも、控訴できます。Aさんが控訴すれば、Aさんが控訴人、Bさんが被控訴人です。Bさんが控訴すれば、立場は逆になります。双方が控訴すれば、それぞれが控訴人であり、被控訴人でもあります。
では、一歩進めます。全部勝ったはずなのに、控訴できる人がいます。それは誰で、なぜ控訴できるのか。今日は、ここまで通します。
三審制と、事実審・法律審
図:三審制のピラミッド
- 第一審=事実審
- 第二審=控訴審=事実審
- 第三審=上告審=法律審
- 上へ行くほど見るものが絞られる
- 地方裁判所が第一審→高等裁判所→最高裁判所
- 簡易裁判所が第一審→地方裁判所が控訴審→高等裁判所が上告審
上訴とは、上級の裁判所に、下級の裁判所がした裁判を見直してもらう制度です。日本では、最高裁判所を頂点にして、原則として3回まで裁判を受けられます。これを三審制といいます。上訴は、判決が確定して後戻りできなくなる前の、最後の手直しの機会です。家の工事なら、引き渡しの前に、手直しを言える最後の日にあたります。大事なのは、審級ごとに、見るものが違うことです。第一審と、第二審の控訴審は、法律の当てはめの誤りだけでなく、事実の認定の誤りも見直します。こうした審級を、事実審といいます。第三審の上告審は、原判決の法律の適用の誤りだけを見直します。こうした審級を、法律審といいます。
事実を確かめ直すのは、控訴審までの2回です。何度も事実から調べ直していたら、裁判はいつまでも終わりません。だから最後の審級は、法律の当てはめが正しいかどうかに絞って見直す、という役割分担になっています。喩えるなら、家の検査です。控訴審までは、現場に入って、壁の中まで確かめ直す検査です。上告審は、図面と法律に照らして、決まりに合っているかだけを確かめる最終検査です。経路も確認します。地方裁判所が第一審なら、高等裁判所が控訴審、最高裁判所が上告審です。簡易裁判所が第一審なら、地方裁判所が控訴審、高等裁判所が上告審になります。細かい点は、控訴と上告の回で扱います。
憲法は、三審制を求めているんですか。違います。憲法32条は、裁判を受ける権利を保障していますが、何回まで裁判を受けさせるかは、法律に委ねられています。三審制は、憲法が要求している制度ではなく、法律が選んだ制度です。
上訴の3種類
図:上訴の3種類の表
- 控訴=第一審の終局判決に対する=事実審の審理・281条1項
- 上告=控訴審の終局判決などに対する=法律審・311条1項
- 抗告=決定・命令に対する不服申立て・328条
- 覚え方=判決は控訴か上告・決定と命令は抗告
上訴は、3種類あります。第一審の終局判決に対するのが控訴、控訴審の終局判決などに対するのが上告です。そして、決定や命令に対する不服申立てが、抗告です。覚え方は、判決なら控訴か上告、決定と命令なら抗告です。同じ上訴でも、対象が違います。冒頭の場面なら、Bさんは、150万円の支払を命じた第一審の判決に控訴します。控訴審の判決にも不服なら、次は上告です。判決は、訴えの結論を出すような重要な裁判で、口頭弁論を開いて、判決書を作って言い渡します。決定と命令は、もっと手続的な事柄の裁判で、口頭弁論を開くかどうかを、裁判所が決められます。決定は裁判所が、命令は裁判長などが出す点で違います。抗告が別の道になっているのは、決定や命令の多くが、手続の途中で出る付随的な判断だからだと説明されます。それへの不服を、本案の判決と一緒に最後まで持ち越すと、手続が複雑になるので、簡易な不服申立ての道を、別に用意している、という理由づけです。
上訴制度の目的——救済と統一
図:上訴の目的の対比
- 目的は2つ=1誤判からの当事者の救済・2法令解釈と法適用の統一
- 控訴と抗告=救済が主で争いはほぼない
- 上告=主目的の見解が3つ=法統一説・当事者救済説・併存説
上訴の目的は、大きく2つあります。1つめは、誤った裁判からの、当事者の救済です。裁判官も人間ですから、誤りはありえます。確定する前に直す機会がなければ、裁判は本当の救済にならず、国民の信頼も揺らぎます。2つめは、法令の解釈と適用の統一です。同じ法律なのに、裁判所ごとに答えが違っては困るからです。事実審である控訴は、1つめの救済が主な目的です。この点は、ほとんど争いがありません。争いがあるのは、法律審である上告の、主な目的です。
図:上告の目的をめぐる3つの見解
- 法統一説=法の統一が主・根拠=判例変更は大法廷で裁判する=裁判所法10条3号
- 当事者救済説=当事者の救済が主・敗訴当事者の上告がなければ法の統一も実現しない
- 併存説=どちらが主かを論じる実益は乏しい
見解は3つあります。1つめは、法の統一が主だとする見解です。上告審は法律審で、判例を変えるときは、最高裁の裁判官全員がそろう大法廷で裁判する、という決まりが根拠として挙げられます。2つめは、当事者の救済が主だとする見解です。敗訴した当事者が上告しなければ、法の統一も実現しないからです。3つめは、どちらが主かを論じる実益は乏しいとする見解です。3つを並べて、押さえてください。1つめの根拠になる条文を見ます。
条文裁判所法10条3号
裁判所法10条(大法廷及び小法廷の審判) 第十条 事件を大法廷又は小法廷のいずれで取り扱うかについては、最高裁判所の定めるところによる。但し、左の場合においては、小法廷では裁判をすることができない。 (一号及び二号 略) 三 憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき。
3号です。憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するときは、小法廷では裁判ができません。法統一説の側は、この規定を次のように受け止めます。最高裁には、ふだん事件を分担する小法廷が、3つあります。それぞれが自由に先例と違う判断をしたら、同じ法律の答えが、どの小法廷に当たったかで割れてしまう。だから先例を変えるときは、全員がそろう大法廷でしか変えられない。上告審の仕組みそのものが、法律の答えを1つにそろえる方向に作られている。だから上告の主な目的は法の統一だ、という理屈です。
控訴は、当事者の救済に軸足があります。上告は、救済と統一のどちらに重心があるか、見解が分かれる、という整理になります。
上訴の一般的要件——入口の関門4つ
図:上訴の一般的要件の表
- 1不服申立てのできる裁判=281条1項・283条ただし書
- 2方式と期間=控訴状を第一審裁判所へ・送達から2週間の不変期間=285条
- 3放棄や不上訴の合意がない=284条・281条1項ただし書
- 4上訴の利益がある
- 適法でなければ却下=裁判所が職権で調べる
上訴が出されたら、裁判所は、いきなり不服の中身を審理するわけではありません。まず、適法な上訴かどうかを確認します。適法でなければ、中身に入らずに却下します。要件があるかどうかは、裁判所が職権で調べます。訴訟要件のときと同じ発想です。一般的な要件は、4つあります。順に見ます。1つめは、不服申立てのできる裁判であること。2つめは、方式と期間を守ること。3つめは、上訴の権利を放棄していないことと、上訴をしない合意が、ないこと。4つめは、上訴の利益があることです。
条文民事訴訟法281条1項
民事訴訟法281条1項(控訴をすることができる判決等) 第二百八十一条 控訴は、地方裁判所が第一審としてした終局判決又は簡易裁判所の終局判決に対してすることができる。ただし、終局判決後、当事者双方が共に上告をする権利を留保して控訴をしない旨の合意をしたときは、この限りでない。
本文が、1つめの要件です。控訴は、第一審の終局判決に対してできます。ただし書は、3つめの要件に関わります。終局判決のあとで、双方が、控訴はしないで、上告の権利は残しておく、と合意したときは、控訴できません。第一審から、控訴審を飛び越えて上告する合意なので、飛越上告の合意ともいいます。
条文民事訴訟法283条
民事訴訟法283条(控訴裁判所の判断を受ける裁判) 第二百八十三条 終局判決前の裁判は、控訴裁判所の判断を受ける。ただし、不服を申し立てることができない裁判及び抗告により不服を申し立てることができる裁判は、この限りでない。
283条です。終局判決とは、その審級の審理を締めくくる判決です。それより前の途中の裁判、たとえば、判決の種類の回で見た、争点の一部を先に片づける中間判決は、それだけを取り出して争うのではなく、終局判決に対する控訴と一緒に、控訴審の判断を受けます。ただし書のとおり、不服を申し立てられない裁判や、抗告で争える裁判は除かれます。
図:放棄と期間の板
- 控訴権の放棄=284条=放棄すれば控訴は不適法
- 控訴の期間=285条=電子判決書等の送達を受けた日から2週間の不変期間
- 上告も2週間・即時抗告は1週間
- 期間内に何もしなければ期間満了で確定=116条1項
条文民事訴訟法284条
民事訴訟法284条(控訴権の放棄) 第二百八十四条 控訴をする権利は、放棄することができる。
284条です。控訴する権利は、あらかじめ捨てることもできます。放棄をしたら、控訴は不適法になります。これも、3つめの要件です。
条文民事訴訟法285条
民事訴訟法285条(控訴期間) 第二百八十五条 控訴は、電子判決書又は第二百五十四条第二項の規定により当事者及び法定代理人、主文、請求並びに理由の要旨が記録された電子調書の送達を受けた日から二週間の不変期間内に提起しなければならない。ただし、その期間前に提起した控訴の効力を妨げない。
285条は、2つめの要件の期間です。電子判決書などの送達を受けた日から、2週間です。不変期間なので、裁判所が勝手に伸ばしたり縮めたりできません。控訴状は、第一審の裁判所に出します。上告の期間も、同じく2週間です。即時抗告は、1週間になります。期間が満了して、判決は確定します。確定すると、もう上訴では争えなくなります。116条の1項が、確定の時期を、期間の満了と結びつけています。既判力の回の入口で見たとおりです。冒頭のBさんでいえば、判決の送達を受けてから2週間、何もしなければ、150万円の支払を命じた判決は確定します。あとから不服を言っても、もう上訴では争えません。補足です。少額訴訟の終局判決には、控訴ができません。代わりに、同じ裁判所への異議で争います。法定審理期間訴訟という手続の終局判決にも、訴えを却下した判決を除いて、控訴ができません。こちらも異議です。中身は、それぞれの手続の回で扱います。1つめから3つめは、条文を読めば出てくる入口の条件です。4つめの、上訴の利益は、条文に書かれていません。ここからが、今日の山場です。
上訴の利益——この回の山
図:上訴の利益の定義と判断基準
- 上訴の利益=上訴人が原裁判に対する不服の当否について上級審の審判を求めることができる訴訟法上の地位
- 訴えの利益の上訴版
- 判断基準=原審での申立てと原裁判の主文を比べる
- 主文が申立てに届かないときだけ利益がある
上訴の利益を確認する前に、第1章の訴えの利益の回を、思い出してください。訴えの利益は、何のために入口で確認されるのでしたか?その訴えについて、判決を出す意味があるかどうかを測る、訴訟要件でした。判決を出す意味があるかを、入口で測るのが、訴えの利益でした。上訴の利益は、その上訴版です。上訴人が、原裁判について、上級審に判断してもらう意味があるか。これがなければ、その上訴は不適法です。判断の基準は、明快です。原審で当事者がした申立てと、原裁判の主文を比べます。主文が、申立てに届いていないときにだけ、上訴の利益を認めます。求めたものより少ししかもらえなかった人は、確定すると、取りこぼしが確定します。だから、確定を止めて、見直しを求める資格がある、という考え方です。この基準を、形式的不服説といいます。判例も、申立てと主文の比較という枠で考えています。ここは、論文でも論点になりうるところです。
⭐ 論文で書く規範:【上訴の利益の判断基準】原審での申立てと原裁判の主文を比べ、主文が申立てに届かないときにだけ、上訴の利益が認められる。ただし、確定により既判力その他の拘束力で後訴では救済されない不利益があるときは、例外的に認められる。 (解釈で立てる基準(条文に明文なし)・重要度A)
この基準を、冒頭の場面に当てはめます。
図:上訴の利益の一覧・その1
- 冒頭のAとBに当てはめ
- Aの申立て=200万円の支払・主文=150万円のみ認容→利益あり
- Bの申立て=請求棄却・主文=150万円の支払を命じる→利益あり
- 全部勝訴した当事者=求めたとおりの主文なので原則利益なし
- 請求棄却判決を受けた原告=求めた額に届かず利益あり
Aさんは、200万円を求めて、150万円しか認められていません。主文が申立てに届いていないので、利益があります。Bさんは、請求棄却を求めたのに、逆に150万円の支払いを、命じられました。棄却を求めたのに認容されたのですから、これも届いていません。だから、Bさんにも利益があります。一部認容なら、原告にも被告にも、控訴の利益があるのです。反対に、求めたとおりの主文を得た当事者、つまり全部勝訴した当事者には、原則として利益がありません。たとえば冒頭のAさんが、請求した200万円の全部を認められていたら、Aさんに控訴の利益はありません。請求が全部棄却された原告には、利益があります。求めた額に届いていないからです。
予備的併合で、主位請求が棄却されて予備的請求が認容されると、原告は主位請求に届かず、被告は棄却を求めたのに認容されています。どちらも主文が申立てに届いていないので、双方に利益があります。
図:上訴の利益の一覧・その2
- 被告が請求棄却を求めたが第一審は訴えの利益なしとして請求を排斥
- 被告は形式的には全部勝訴に見える
- 控訴審は勝訴しているから利益なしとして控訴を却下
- 最高裁は破棄=控訴の利益あり
- 逆の場面=訴え却下を求めた被告に請求棄却判決=本案の勝訴は却下より被告に有利=原則利益なし
ここから、形式的には勝っているように見える、微妙な場面を、3つ見ます。まず、1つめ。被告が、請求棄却を求めていたのに、第一審が、訴えの利益がないとして原告の請求を退けた場合です。見た目は、被告の勝訴です。この被告は、控訴できるでしょうか。事案を確認します。不動産の登記の抹消を求める訴えで、第一審は、原告らの請求を棄却しました。ただ、その理由は、訴えの利益がない、というものでした。請求棄却を求めていた被告は、これを不服として控訴しました。ところが控訴審は、被告は第一審で勝訴しているから、控訴の利益がない、として、控訴を却下しました。最高裁は、この控訴審の判断を、違法だとして破棄しました。判決文では、被告を上告人、原告らを被上告人らと呼んでいます。聞いてください。
判例最判昭40・3・19 民集19巻2号484頁
最高裁判決(登記抹消登記請求権の存在しないことの確定を求める被告の控訴の利益) 右第一審判決は、結局訴の利益がないとして被上告人らの請求を棄却したものであるから、形式的には上告人が全部勝訴の判決を得たかの如き観を呈するが、上告人は更に被上告人ら主張の前記登記抹消登記請求権の存在しないことの確定を求めるため、第一審判決に対し控訴の利益を有するものと解するのを相当とする。しかるに、上告人は第一審判決において勝訴しているから控訴の利益がないという理由で上告人の本件控訴を却下した原判決は、違法であつて、破棄を免れない。
主文は請求棄却でも、理由は、訴えの利益がない、という入口の判断だけです。登記を抹消する請求権があるかないか、という中身には、踏み込んでいません。だから、この判決が確定しても、請求権が存在しないことまでは確定しません。ところが被告が求めていたのは、まさにその、請求権がない、という中身の判断でした。それが得られていない以上、形式的には全部勝訴に見えても、控訴の利益がある、と判決は言っています。決め手は、被告が求めた実体の判断が、得られていないことです。2つめは、その逆の場面です。被告が、訴えを却下せよ、と求めたのに、裁判所が、請求権はないと中身まで判断して、請求を棄却した場合です。却下は、中身に入らずに入口で退けること。棄却は、中身を判断したうえで退けることです。1つめの事案は、主文こそ棄却でしたが、中身は判断していませんでした。こちらは、中身まで判断した本案の勝訴ですから、却下よりも被告に有利です。だから、この被告には、原則として利益がありません。同じ、被告が形式的に勝った場面でも、向きが逆になります。
見分け方は、被告が求めたものより、判決が少ないかどうかです。請求棄却を求めたのに、実体の判断が得られなかったなら、届いていません。訴えの却下を求めたのに、それより有利な請求棄却が出たなら、届いています。
図:理由中の判断だけを争う上告の板
- 原審で勝った請求について判決理由中の判断だけを攻撃する上告
- 既判力は訴訟物の判断にとどまり理由中の判断には及ばない
- 別の訴えや応訴で争える
- 上告の前提たる利益を欠く
- 上訴の利益は控訴でも上告でも同じ枠
3つめの場面です。勝ちはしたが、判決の理由の中の判断が、自分の主張と違う場合です。
判例最判昭31・4・3 民集10巻4号297頁
最高裁判決(勝訴した請求について判決理由中の判断だけを攻撃する上告) すべて上告人が勝訴した被上告人の(イ)の請求につき、原審がなした判決理由中の判断を攻撃するにとゞまり、上告人が敗訴した(ロ)及び(ハ)の請求に対する不服でないことが明らかである。そして所有権に基く登記請求の訴についてなされた判決の既判力は、その事件で訴訟物とされた登記請求権の有無を確定するにとゞまり、判決の理由となつた所有権の帰属についての判断をも確定するものではないから……、上告人は本件において(イ)の請求につき敗訴しても、なお、自ら訴を提起し又は相手方の請求に応訴することによつて、(一)の不動産の所有権が自己に存することを主張して争うことができるのであるから、所論は結局上告の前提たる利益を欠くものと云わなければならない。
この事案は、上告です。上訴の利益は、控訴でも上告でも、同じ枠で考えます。原審で勝った請求について、理由の中の判断だけを攻撃した上告は、上告の前提となる利益を欠く、と判決は言っています。判決が挙げている理由は、既判力が訴訟物の判断にとどまり、判決の理由になった所有権の判断には及ばない、という点です。だから、理由の中の判断が気に入らなくても、あとで自分で訴えを起こしたり、相手の請求に応訴したりして、争える。争える以上、いま上告する利益はない、という筋です。整理します。求めたものに主文が届いていれば、原則として利益はありません。理由の中の判断が違うだけでは、原則として利益になりません。ただし、この原則には例外があります。次に見ます。
例外——主文は勝ちでも控訴できる3場面
図:例外3つの板
- 共通点=確定により既判力その他の拘束力で後訴では救済されない不利益があるか
- 1相殺の抗弁で棄却判決を得た被告
- 2人事訴訟法25条の別訴禁止
- 3一部請求で全部勝訴した原告の残部請求
形式的不服説をそのまま当てはめると、足りなくなる場面が3つあります。共通点は、主文は勝ちでも、確定すると、既判力などの拘束力で、あとから取り返せない不利益がある、ということです。1つめは、相殺の抗弁です。既判力の客観的範囲の回で見た、判決の理由の中の判断に既判力が生じるかどうかを、思い出してください。原則は、生じるでしょうか?原則は、生じません。114条1項で、既判力は、主文に包含するものに限られます。例外として、相殺の抗弁だけは、明文で認められていました。その明文の例外が、114条2項です。
条文民事訴訟法114条2項
民事訴訟法114条2項(既判力の範囲) 2 相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。
図:相殺の抗弁と控訴の利益の板
- AがBに代金200万円を請求
- Bは払う義務がないと争い予備的に損害賠償債権200万円で相殺を主張
- 裁判所は代金債権の成立を認め反対債権も認めて相殺し請求棄却
- 主文は棄却でBは形式的に全部勝訴
- 確定すると反対債権200万円が既判力で失われる=114条2項
- Bは代金債権はそもそも不存在との理由で控訴の利益あり
具体例で見ます。Aさんが、Bさんに代金200万円を請求しました。Bさんは、そもそも払う義務がない、と争い、予備的に、工事の不具合による損害賠償の債権200万円で相殺する、と主張しました。裁判所は、代金債権が成立していることを認めたうえで、Bさんの損害賠償債権も認めて、相殺により、請求を棄却しました。主文は、請求棄却です。Bさんは、形式的には全部勝訴です。しかし、この判決が確定すると、相殺に使った、Bさんの損害賠償債権200万円が、相殺をもって対抗した額について、なかったことになります。114条2項の既判力が生じるからです。Bさんは、200万円の債権を失ったことが確定してしまいます。だからBさんには、控訴の利益があります。控訴審で、代金債権はそもそも存在しない、という理由で棄却を勝ち取れば、損害賠償債権は使われずに残ります。理由の中の判断ですが、既判力が生じるので、例外的に認められるのです。控訴審で、Bさんが控訴した結果、かえって不利になることはないか、という問題は、控訴の回で扱います。
答案では、まず申立てと主文を比べて、形式的には届いていると述べます。そのうえで、相殺の抗弁に基づく判断は、114条2項で既判力を持ち、確定すると反対債権を失う不利益があるから、利益を認めるべきだ、と続けます。
図:人事訴訟法25条と別訴禁止の板
- 離婚を求める本訴で被告が請求棄却を得て勝訴
- 被告にも離婚を求めるべき事情があった
- 確定後は被告は反訴で主張できた事実に基づく別訴を提起できない=人訴25条2項
- 確定前に控訴して控訴審で反訴を提起する道=人訴18条1項
- 後訴が許されない場合は全部勝訴でも利益を認める
2つめは、人事訴訟法25条の、別訴の禁止です。
条文人事訴訟法25条
人事訴訟法25条(判決確定後の人事に関する訴えの提起の禁止) 第二十五条 人事訴訟の判決(訴えを不適法として却下した判決を除く。次項において同じ。)が確定した後は、原告は、当該人事訴訟において請求又は請求の原因を変更することにより主張することができた事実に基づいて同一の身分関係についての人事に関する訴えを提起することができない。 2 人事訴訟の判決が確定した後は、被告は、当該人事訴訟において反訴を提起することにより主張することができた事実に基づいて同一の身分関係についての人事に関する訴えを提起することができない。
条文人事訴訟法18条1項
人事訴訟法18条1項(訴えの変更及び反訴) 第十八条 人事訴訟に関する手続においては、民事訴訟法第百四十三条第一項及び第四項、第百四十六条第一項並びに第三百条の規定にかかわらず、第一審又は控訴審の口頭弁論の終結に至るまで、原告は、請求又は請求の原因を変更することができ、被告は、反訴を提起することができる。
ここは工事代金の話を離れて、離婚を求める訴えを例にします。原告が離婚を求めて訴え、被告は、離婚に応じない立場で、請求棄却を求めて、勝ちました。ところが、被告の側にも、離婚を求めたい事情がありました。この判決が確定すると、2項によって、被告は、反訴で主張できた事実に基づく離婚の訴えを、別に起こせなくなります。それを避ける道として、たとえば、勝訴した被告が確定前に控訴して、控訴審で自分の側から原告に離婚を求める反訴を出す、という道が考えられます。反訴の回で見た、被告から原告への訴え返しです。控訴審の口頭弁論が終わるまでは、被告は反訴を起こせます。人事訴訟法18条1項です。勝ったまま確定すれば、その道が消えます。あとの訴えが許されない場合には、全部勝訴でも上訴の利益を認めざるをえない、と説明されます。
図:一部請求と控訴の利益の板
- Aが貸金の総額のうち一部だけを請求して全部認容
- 主文は申立てに届いている=形式的不服説では利益なし
- 残部まで請求を拡張したくて控訴したい
- 残部の後訴が許されないなら控訴で取り込む必要が出る
- 明示の一部請求なら残部の後訴が許される=黙示のまま全部勝訴した場合が問題
3つめは、一部請求です。Aさんが、貸金の総額のうち、一部だけを請求して、全部認めてもらったとします。残りの分まで請求したくなって、控訴して請求を広げたい。主文は申立てに届いているので、形式的不服説では、利益は認められません。ここで、一部請求の回を思い出してください。一部であることをはっきり示さないまま全部勝つと、その判決が確定したあとで、残りを請求することは許されませんでした。そうだとすると、残りを取り込む道は、確定前に控訴して、請求を広げることしかありません。だから、この場面も例外として、控訴の利益を認めるべきだ、という考え方があります。
一部だとはっきり示していたら、話は変わるんですか。変わります。はっきり示した請求なら、残りの後訴は許されるので、そもそも不利益が生じません。例外が問題になるのは、示さないまま全部勝訴した場合だけです。
新実体的不服説——例外を1本の物差しで
図:新実体的不服説の板
- 基準=確定した結果既判力などの拘束を受けてあとの訴訟でも取り戻せない重大な不利益を負うか
- 相殺=反対債権が既判力で失われる
- 人訴25条=後訴を封じられる
- 一部請求=残部請求を否定する立場なら不利益
- 理由中の判断だけを争う上告が退けられたのも別の訴えや応訴で争えるから
- 形式的不服説=明確だが例外が多い・新実体的不服説=例外を統一的に説明できるが致命的な不利益の判定が要る
例外が3つも出てくると、基準そのものを取り替えたくなります。学説には、基準を、主文の大小から、次のように置き換える見解があります。確定した結果、既判力などの拘束を受けて、あとの訴訟でも取り戻せない重大な不利益を負うか。これを、新実体的不服説といいます。この物差しなら、3つの例外を、同じ言葉で説明できます。相殺の抗弁は、反対債権が既判力で失われる不利益です。人事訴訟法25条は、後訴が封じられる不利益です。一部請求は、一部だと示さずに全部勝つと、残りを後訴で請求できなくなる不利益です。先ほどの、理由中の判断だけを争う上告が退けられたのも、別の訴えや応訴で争える、つまり後訴で救済される、という同じ軸で読めます。
二つの説は、結局どちらが良いんですか。分かれ目だけ整理します。形式的不服説は、基準が明確で、簡単に当てはめられますが、例外が多く出ます。新実体的不服説は、例外を統一的に説明できますが、致命的な不利益かどうかの判定が必要です。たとえば、一部請求の後に、残りの請求を認めるかどうかで、結論が変わります。判例は、基準として申立てと主文の比較という枠で考えています。答案では、原則を形式的な基準で示して、例外を、確定により後訴で救済されない不利益という軸で述べると、筋が通ります。
上訴をすると何が起きるか——確定遮断と移審
図:上訴提起の効果2つ
- 確定遮断効=116条2項=上訴で判決の確定が止まる=既判力・形成力・執行力がまだ生じない
- 移審効=控訴の場合の根拠は規則174条=事件全体の係属が訴訟記録とともに原審から上級審へ移る
- 2つはセットで生じる
- 確定遮断は判決の確定の条文・移審は規則の事件送付の規定
最後に、上訴をすると何が起きるかを見ます。効果は2つです。
条文民事訴訟法116条2項
民事訴訟法116条2項(判決の確定時期) 2 判決の確定は、前項の期間内にした控訴の提起、同項の上告の提起又は同項の申立てにより、遮断される。
1つめは、確定遮断効です。既判力の回で、判決が確定するタイミングとあわせて見た条文です。期間内に、控訴や上告を提起すると、判決の確定が止まります。2項の、同項の申立てというのは、上告受理の申立てのほか、手形小切手訴訟、少額訴訟、法定審理期間訴訟の異議の申立ても含みます。確定が止まるので、既判力や形成力は、まだ生じません。仮執行宣言が付いていなければ、執行力も生じません。
条文民事訴訟規則174条1項
民事訴訟規則174条1項(控訴提起による事件送付) 第百七十四条 控訴の提起があった場合には、第一審裁判所は、控訴却下の決定をしたときを除き、遅滞なく、事件を控訴裁判所に送付しなければならない。
2つめは、移審効です。事件全体の係属が、訴訟記録とともに、原審から上級審に移ります。根拠として挙げられるのが、規則174条1項です。控訴の提起があれば、第一審裁判所は、事件を控訴裁判所に送付します。冒頭のBさんが、期間内に控訴したとします。150万円の支払を命じた判決は、確定しません。これが確定遮断です。そして事件は、記録とともに、控訴審に移ります。これが移審です。確定遮断と移審は、別々に起こるんですか。違います。この2つは、セットで生じます。確定が止まるだけ、あるいは事件が移るだけ、とは考えません。ただし、条文の場所は違います。確定遮断は、上訴の章ではなく、判決の確定を定めた116条2項です。控訴の場合の移審の根拠は、法律ではなく、民事訴訟規則の174条です。ここは取り違えやすいところです。
上訴不可分の原則と、その例外
図:上訴不可分の原則の板
- この節だけ別設例=AがBに請負代金150万円と別の貸金50万円を併合して請求・第一審はどちらも棄却
- Aが請負代金についてだけ控訴
- 貸金請求も確定せず控訴審に移る=箱ごと運ぶ
- 移審の範囲=全部・審判の範囲=不服の限度=304条
この節だけ、別の小さな設例を使います。Aさんが、Bさんに、請負代金150万円と、別の貸金50万円を、1つの訴えにまとめて請求しました。第一審は、どちらの請求も棄却しました。Aさんは、請負代金についてだけ、控訴しました。このとき、貸金の請求は、どうなるでしょう。控訴されていないので、確定するように思えます。しかし、確定しません。確定遮断と移審は、上訴人が不服を言った部分を超えて、原裁判が扱った事項のすべてに及びます。これを、上訴不可分の原則といいます。客観的併合の回で、箱ごと上に運ばれる、と見た原則です。貸金の請求も、箱ごと控訴審に移ります。なぜ全部を運ぶのか。控訴したAさんは、控訴審の途中で、争う範囲を広げて、貸金の請求まで争うことができるからだと説明されます。先に確定させてしまうと、その道がふさがります。
貸金は不服を言っていないのに、控訴審は貸金まで判断できるんですか。そこが、混ぜてはいけない点です。移る範囲と、控訴審が実際に判断できる範囲は、別です。事件は全部移りますが、控訴審が原判決を変更できるのは、不服の申立ての限度だけです。
条文民事訴訟法304条
民事訴訟法304条(第一審判決の取消し及び変更の範囲) 第三百四条 第一審判決の取消し及び変更は、不服申立ての限度においてのみ、これをすることができる。
304条です。箱ごと運ばれても、箱の中で、変えてよいのは、不服を言った部分だけです。移審の範囲は全部、審判の範囲は不服の限度、と分けて考えます。この条文の中身は、控訴の回で、詳しく扱います。次に、この原則の例外です。ここも別の設例です。Aさんは工務店で、同じマンションの別々の部屋の施主である、BさんとCさんに、それぞれ別の契約に基づく工事代金を請求しました。共同訴訟です。第一審は、二人とも敗訴でした。
図:通常共同訴訟の例外の関係図
- 原告A=工務店・被告B・被告C=別の部屋の施主
- AはBとCにそれぞれ別の契約の工事代金を請求する通常共同訴訟
- 第一審は二人とも敗訴
- Bだけが控訴
- Bへの請求だけ確定遮断と移審・Cへの請求は控訴期間の経過で確定
- 根拠=共同訴訟人独立の原則39条
ここで、Bさんだけが控訴しました。するとどうなるでしょう。
条文民事訴訟法39条
民事訴訟法39条(共同訴訟人の地位) 第三十九条 共同訴訟人の一人の訴訟行為、共同訴訟人の一人に対する相手方の訴訟行為及び共同訴訟人の一人について生じた事項は、他の共同訴訟人に影響を及ぼさない。
39条の、共同訴訟人独立の原則が働きます。Bさんの控訴の効果は、Cさんには及びません。だから、確定遮断と移審が生じるのは、Bさんに対する請求だけです。Cさんに対する請求は、控訴期間が終われば確定します。ただし、この例外は、通常共同訴訟の話です。必要的共同訴訟では、1人が上訴すれば、確定が止まり事件が上に移る効果は、全員に及びます。前の章で見たとおりです。
今日の地図(保存版)
図:総括の板
- 冒頭の答え=一部認容ならAもBも申立てと主文を比べて届かないので控訴できる・全部勝ったのに控訴できる例=相殺の抗弁で勝った被告
- 5つ=1三審制と3種類2目的は救済と統一3要件4つ4上訴の利益は形式的不服説→例外3つ→新実体的不服説5確定遮断116条2項・移審規則174条・上訴不可分と39条の例外
まとめます。冒頭の問いに戻ります。一部認容の判決なら、AさんもBさんも控訴できます。申立てと主文を比べると、どちらも主文が届いていないからです。全部勝ったのに控訴できる人の代表は、相殺の抗弁で請求棄却を勝ち取った被告です。確定すると、反対債権が既判力で失われるからです。5つ、振り返ります。1つめ、三審制では、第一審と控訴審が事実審、上告審が法律審です。上訴は、判決に対する控訴と上告、決定と命令に対する抗告の3種類です。2つめ、上訴の目的は、誤判からの当事者の救済と、法令解釈の統一です。上告の主な目的は、見解が分かれます。3つめ、一般的な要件は4つです。不服申立てのできる裁判であること、方式と期間を守ること、放棄や上訴をしない合意がないこと、そして上訴の利益があることです。4つめ、上訴の利益は、申立てと主文を比べて判断します。例外が、相殺の抗弁、人事訴訟法25条、一部請求の3つあり、確定により後訴で救済されない不利益という軸で説明できます。5つめ、上訴をすると、確定が止まり、事件が上に移ります。根拠は、116条2項と、控訴の場合の規則174条です。移るのは全部でも、判断してよいのは不服の限度で、通常共同訴訟では、上訴の効果は他の共同訴訟人に及びません。次は、上訴のうち、控訴の中身に入ります。
参照条文
- 裁判所法10条3号
- 民事訴訟法281条1項
- 民事訴訟法283条
- 民事訴訟法284条
- 民事訴訟法285条
- 民事訴訟法114条2項
- 人事訴訟法25条
- 人事訴訟法18条1項
- 民事訴訟法116条2項
- 民事訴訟規則174条1項
- 民事訴訟法304条
- 民事訴訟法39条