不同意わいせつ罪と2023年改正
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第13章 個人的法益②|自由に対する罪 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
性的自由の区画へ
図:暴行も脅迫も無いのに、罪になるのか
前回で、身の代金目的略取誘拐罪を見ました。今日から、自由に対する罪の中でも、性的自由に対する罪に入ります。今日は、教育に必要な範囲で、条文と判例の中身に絞って進めます。先に、2つ問いを立てておきます。1つ目、暴行も脅迫も無く、相手が驚いて固まってしまっただけの場合、罪になるでしょうか。2つ目です。行為者が、自分には性的な目的が無かったと言い張ったら、わいせつの罪を免れるでしょうか。この2つの答えは、今日いちばん大事な1つの考え方から出てきます。罪の成否を決める中心が、「暴行・脅迫があったか」という行為そのものの物差しから、「同意しない意思を持ち、示し、貫くことが困難な状態だったか」という、被害者の状態の物差しに移った、ということです。この1点から、今日見ていく条文のほとんどが説明できます。
保護法益——性的自由
図:性的な事柄を、自分で決める自由
この罪が守っているのは、性的自由です。性的な事柄について、自分で決める自由のことです。考え方は近いです。性的な事柄について自分で決める自由は、性的自己決定権とも呼ばれます。そして、この罪の主体と客体は、どちらも性別を問いません。男性が被害者になることもありますし、女性が加害者になることもあります。
2023年改正の全体像
図:要件の中心が、行為から状態へ
性的自由に対する罪は、令和5年の法律で大きく改正されました。この改正は、令和5年のうちに成立し、その年のうちに施行されています。まず、罪名が変わりました。改正前の強制わいせつ罪は、不同意わいせつ罪という名前になっています。名前だけではありません。いちばん大きいのは、要件の中心が変わったことです。改正前は、暴行・脅迫を手段として用いたかどうかが、罪の成否を決める中心でした。改正後は、暴行・脅迫を用いたかどうかという行為の話ではなく、それによって被害者が、同意しない意思を形成し、表明し、または全うすることが困難な状態にあったかどうかという、被害者の状態が中心になっています。あわせて、改正前にあった準強制わいせつ罪という別の条文が、176条の中に統合されて、元の条文自体は削除されました。それから、年齢の基準も、改正前の13歳未満から、16歳未満に引き上げられています。法定刑の長さは、6か月以上10年以下で、改正の前後で変わっていません。名称が懲役から拘禁刑になっているのは、第11章で見た、懲役と禁錮を1つにまとめた別の改正によるもので、この罪に限った変化ではありません。
今日はこのあと、176条という1つの条文を3段の骨格で読み解いていきます。骨格さえつかめば、細部は自然についてきます。
176条1項——3段の骨格
図:原因、困難な状態、わいせつな行為
条文刑法176条1項柱書
刑法176条第1項(不同意わいせつ) 「次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、六月以上十年以下の拘禁刑に処する。」
まず、176条1項の柱書を確認します。長い条文ですが、実は3段でできています。1段目は、これから見ていく8つの類型その他これらに類する行為・事由という、いわば原因です。2段目は、その原因によって、同意しない意思を形成し、表明し、または全うすることが困難な状態にさせること、または、既にその状態にあることに乗じること。そして3段目が、わいせつな行為をしたことです。ここで1つ、たとえを挟みます。同意しない意思を持ち、それを示し、それを貫き通すというのは、いざというときに自分の意思でブレーキを踏める状態のことだと考えてください。これから見る8つの類型は、どれも、このブレーキを踏めなくする原因になります。殴られて怖くて踏めない、薬の影響で足がすくんで踏めない、寝ていて気づかず踏めない、予想外の展開に固まって踏めない。原因はいろいろでも、結果はいつも同じ、ブレーキが利かない状態です。176条が処罰しているのは、このブレーキが利かない状態につけこんで、あるいは自分でブレーキを壊してから、わいせつな行為に及ぶことです。
だからこそ、8つの類型のうち1つを思い出せなくても、原因、困難な状態、わいせつな行為という骨格から立て直すことができます。それから、条文の最後に「婚姻関係の有無にかかわらず」と明記されています。夫婦の間でも、この罪は成立するということです。
8つの類型(1号〜4号)
図:暴行・脅迫は、程度ではなく状態で見る
ここから、1号〜8号を見ていきます。1号は、暴行若しくは脅迫を用いること、またはそれらを受けたこと、です。改正前の強制わいせつ罪も、暴行・脅迫が要件でしたよね。何が違うんですか。そこが、今日いちばん注意してほしい点です。改正前は、暴行・脅迫がどの程度のものか、ということ自体が、罪の成否を決める中心でした。ところが現行法の1号は、暴行・脅迫を用いたこと、または受けたこと、としか書いていません。程度の強い弱いを、条文は要求していないんです。柱書に戻ります。その暴行・脅迫によって、同意しない意思を形成し、表明し、または全うすることが困難な状態になったかどうかです。暴行・脅迫という原因があって、それがブレーキを踏めない状態を生んだかどうかを見る。程度そのものを測るのではなく、状態を見るという発想の転換です。例えば、AがBを大声で怒鳴りつけて脅したものの、手は出していない場合。改正前なら、その脅しがどの程度強かったかが争いの中心になりえました。今は、Bがその脅しで身がすくみ、拒む言葉が出なくなったか、つまりブレーキが利かない状態になったかを見ます。この改正は、処罰される範囲を新たに広げるものではなく、これまでも処罰されるべきだった行為を、より的確に処罰できるように、要件を明確にしたものだと説明されています。続けて、2号から4号です。2号は、心身の障害を生じさせること、またはそれがあること。3号は、アルコールもしくは薬物を摂取させること、またはそれらの影響があること。4号は、睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること、またはその状態にあること。この3つは、改正前にあった準強制わいせつ罪、つまり、心神喪失や抗拒不能、つまり、正常な判断ができない状態や、抵抗することが著しく難しい状態につけこむ類型に、ほぼ対応するものです。
図:削除された条文が、176条の中に生きている
条文刑法178条
刑法178条 「削除」
178条は、条文の中身が「削除」の一文だけになっています。改正前にここにあった準強制わいせつ罪は、なくなったわけではなく、176条1項の中の類型として、姿を変えて引き継がれています。
8つの類型(5号〜8号)
図:不意打ち、恐怖、立場の弱さも原因になる
5号は、同意しない意思を形成し、表明し、または全うするいとまがないこと。考える間も無く行為に及ばれてしまう、不意打ちの場合です。6号は、予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、もしくは驚愕させること、またはその事態に直面して恐怖し、もしくは驚愕していること。これが、冒頭の1つ目の問いの答えです。暴行も脅迫も無くても、予想と異なる事態に直面して恐怖し、または驚愕して、ブレーキを踏めない状態になっていれば、6号にあたります。暴行・脅迫という原因が無くても、困難な状態という結果に至る道は、他にもあるということです。続けて、7号は、虐待に起因する心理的反応を生じさせること、またはそれがあること。継続的な虐待の影響で、逆らえない心理状態になっている場合です。8号は、経済的または社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること、またはそれを憂慮していること。職場や生活上の立場の弱さにつけこまれて、拒めば不利益を受けると考えてしまう場合です。例えば、職場の上司Aが、部下のBに、断れば評価を下げると匂わせていて、Bが不利益を恐れて、口では「はい」と答えた場合。外から見れば同意に見えても、ブレーキは利いていません。8号にあたります。
その場合は、ブレーキが利いています。困難な状態が無いので、1項にはあたりません。分かれ目は、口で何と答えたかではなく、被害者のブレーキが利いていたかどうかです。柱書にある「その他これらに類する行為又は事由」という言葉も重要です。1号から8号は、あくまで例として挙げられているだけで、この8つに文字どおり一致しなくても、同じ性質を持つ原因であれば、同じように処罰の対象になります。つまり、見るべきなのは行為の強さではなく、被害者のブレーキが利いていたかという状態です。
2項——誤信・人違い
図:別のものだと、思い込まされている
条文刑法176条2項
刑法176条第2項(不同意わいせつ) 「行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、わいせつな行為をした者も、前項と同様とする。」
2項は、少し違うタイプの原因です。行為がわいせつなものではないという誤信をさせること、または、行為をする者について人違いをさせること、あるいは、その誤信や人違いをしていることに、既に乗じることです。誤信や人違いも、ブレーキが利かない状態を生む原因の1つと理解できます。行為の性質そのものについて、または、行為をしている相手が誰なのかについて、誤って認識していれば、正しい判断のもとで意思を形成することができません。例えば、Aが、これは治療のための行為だとBに思い込ませる場合が、行為の性質についての誤信です。Bが相手を自分の交際相手だと思い込んでいることに乗じる場合が、人違いです。1項の8類型とは違う切り口ですが、行き着く先は同じで、正しい意思決定ができない状態を利用して、わいせつな行為に及んでいる点は変わりません。法定刑も、1項と同じです。
3項——16歳未満の者に対する行為
図:16歳未満は、同意の有無を問わない
条文刑法176条3項
刑法176条第3項(不同意わいせつ) 「十六歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第一項と同様とする。」
3項は、年齢に着目した規定です。16歳未満の者に対して、わいせつな行為をした者は、1項と同じ刑になります。ここでは、被害者が同意していたかどうかは問いません。第6章の被害者の承諾の回で、承諾の有無を問わない例として挙げたのが、この3項です。ただし、条文にかっこ書きがあります。その16歳未満の者が13歳以上である場合は、行為者が、その者より5年以上前に生まれた者、つまり、5歳以上年上でなければ、この3項の対象になりません。なぜ、こんな年齢差の条件がつくんですか。中学生どうしのような、近い年齢の間で行われる、合意に基づいた行為にまで刑罰が及ばないようにするためです。年齢が近ければ近いほど、成熟の度合いも近くなりますから、一律に処罰するのは行き過ぎだと考えられています。これに対して、13歳未満の者に対する行為には、この年齢差の条件がつきません。年齢差を問わず、一律に本項の対象になります。改正前は、13歳未満かどうかだけで区別していましたが、改正後は、16歳未満まで対象を広げたうえで、13歳以上16歳未満の部分にだけ、年齢差というフィルターをかけている、という構造です。
「わいせつな行為」の意味と性的意図の要否
図:わいせつな行為とは、社会通念で判断する
ここまでで、176条の3段構造、原因、困難な状態、わいせつな行為のうち、原因と困難な状態を見てきました。最後に、3段目の「わいせつな行為」そのものの意味に進みます。条文自体に、わいせつな行為とは何かという定義はありません。一般に、被害者の性的羞恥心を害する行為と理解されています。この文言自体は、改正の前後で変わっていません。ここで一度、確認です。今日の冒頭で見た、この罪の中心は、何から何に移ったでしょうか?暴行・脅迫があったかという行為の物差しから、同意しない意思を形成し、表明し、全うすることが困難な状態だったかという、被害者の状態の物差しに、ですね。この1点を踏まえて、わいせつな行為の意味の判断に入ります。
図:性的な意味があるかは、行為そのものと状況で決まる
ここで、冒頭のもう1つの問いに答えます。行為者が、自分には性的な目的が無かったと言い張れば、わいせつの罪を免れるでしょうか。この問題に答えたのが、最高裁判所大法廷の判決です。第2章で少し触れた判決です。大法廷は、最高裁の裁判官全員でつくる法廷で、判例を変えるときなどに開かれます。この事件で、行為者は、自分の性的な欲求を満たすためではなく、お金を得るためだったと主張していました。最高裁の判断は、大きく2つに分かれます。1つ目は、わいせつな行為かどうかを、どう判断するか。2つ目は、そのうえで、行為者の性的な目的を一律の要件にするかどうか、です。
判例最高裁判所大法廷判決(刑集71巻9号467頁)
行為者の性的意図は、わいせつな行為の一律の成立要件か 「刑法176条にいうわいせつな行為に当たるか否かの判断を行うためには、行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で、事案によっては、当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し、社会通念に照らし、その行為に性的な意味があるといえるか否かや、その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ないことになる。したがって、そのような個別具体的な事情の一つとして、行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難い。」 「そのような場合があるとしても、故意以外の行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でなく、昭和45年判例の解釈は変更されるべきである。」
1つ目の文は、判断の方法です。行為そのものが持つ性的な性質がはっきりしている場合には、それだけでわいせつな行為と評価できます。性的な性質がはっきりしない事案では、行われたときの具体的な状況など、さまざまな事情を合わせて考える必要があり、その事情の1つとして、行為者の目的といった主観的な事情を考慮すべき場合もありうる、としています。やはり性的な目的が要る、ということですか。そこが2つ目の文です。そういう場合があるとしても、行為者の性的な目的を一律に成立要件とはしない、ということです。以前は、行為者本人の性的な意図が無ければこの罪は成立しないとする判例がありましたが、この大法廷判決はそれを変更しました。理由は、性的な被害の罪で目を向けるべきなのは、被害者が受けた性的な被害の有無や、その内容と程度であって、行為者の内心ではない、という点です。発想としては、今日の軸と同じ向きです。
この判決の考え方によれば、そのとおりです。冒頭の2つ目の問いへの答えは、こうなります。行為者が、性的な目的が無かったと言い張っても、それだけで罪を免れることはありません。行為そのものの性的な性質が明確であれば、その主張自体が意味を持たないこともあります。なお、この判決が扱っているのは、この改正よりも前の、改正前の強制わいせつ罪の下での事件です。現行の176条にそのままあてはまるとは限らない点には、注意しておいてください。ただ、わいせつな行為という文言そのものは、改正の前後で変わっていないことは、さきほど見たとおりです。もう1つ触れておくと、性的な意図が要件になるかという問題は、論文式でも問われうる論点です。
未遂——180条
図:未遂も、罰する対象に含まれる
条文刑法180条
刑法180条(未遂罪) 「第百七十六条、第百七十七条及び前条の罪の未遂は、罰する。」
最後に、未遂の条文を確認します。180条は、176条の罪、177条の罪、そして前条の監護者わいせつ及び監護者性交等の罪、この3つの未遂を罰すると定めています。176条にも、未遂処罰があるということです。
今日の地図(保存版)
図:8つの入口は、1つの状態に通じている
今日の内容を整理します。176条は、原因、困難な状態、わいせつな行為という3段の骨格でできています。1号から8号は、困難な状態という1つの結果に向かう、8つの入口にすぎません。暴行・脅迫の程度そのものではなく、それによって同意しない意思を形成し、表明し、全うすることが困難な状態になったかどうかが問われます。2項は誤信・人違い、3項は16歳未満という、それぞれ違う角度から困難な状態を捉えた規定でした。そして、わいせつな行為にあたるかどうかは、行為そのものの性的な性質と、状況全体から判断され、行為者の性的な目的は、一律の要件ではありません。
冒頭の2つの問い、どちらも答えが出ましたね。暴行・脅迫が無くても6号にあたりますし、性的な目的が無かったと言っても、それだけでは罪を免れません。今日で、不同意わいせつ罪の全体像が固まりました。
参照条文
- 刑法176条1項柱書
- 刑法178条
- 刑法176条2項
- 刑法176条3項
- 刑法180条