刑法ゼロから刑法#116

住居侵入罪の保護法益と「侵入」

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第13章 個人的法益②|自由に対する罪 ⑧/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

自由に対する罪、最後の区画へ

誰にも迷惑をかけず、静かに入ってすぐ出た。それでも「侵入」になるのか 図:誰にも迷惑をかけず、静かに入ってすぐ出た。それでも「侵入」になるのか

前回は、不同意性交等罪と致死傷罪を見て、性的自由に対する罪の全体像が固まりました。今日から、第13章の最後の区画、住居侵入罪に進みます。身体、意思決定、性的自由の次は、住居に誰を立ち入らせるかという場面の自由です。今日はここに、2つ問いを立てておきます。1つ目、扉は開いていて、誰にも迷惑をかけず、静かに入ってすぐ出た。それでも「侵入」になるでしょうか。2つ目の問いを立てておきます。建物の中には一歩も入っていない、塀の上に上っただけ。それでも罪になるでしょうか。

130条の全文

130条は、正当な理由の無い立入りと、居座りの両方を禁じる 図:130条は、正当な理由の無い立入りと、居座りの両方を禁じる

条文刑法130条

刑法130条(住居侵入等) 「正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。」

130条を確認します。前段が「侵入」、後段が「退去しなかった」、つまり不退去です。今日は前段だけを扱います。住居、人の看守する邸宅、建造物、艦船という4つの客体は、後ほどまとめて整理します。まず先に、条文の頭にある「正当な理由がないのに」を片づけておきます。これは、逮捕罪・監禁罪の条文の「不法に」と同じ型の言葉で、正当行為の回で見たような違法性阻却事由があれば、この罪は成立しないという当然のことを、条文が注意的に書いているだけです。例えば、消防士が火災現場に立ち入る場合は、違法性が消えるので、この罪は成立しません。

客体①——住居

「住居」とは、起臥寝食に使われている場所をいう 図:「住居」とは、起臥寝食に使われている場所をいう

まず「住居」です。日常的に寝起きし、食事をする場所、起臥寝食に使用されている場所、と定義されます。持ち家である必要はありません。使用は一時的でもかまいませんから、ホテルや旅館の一室のように、その日だけ使う場所でも住居にあたります。誰が所有しているかではなく、実際にそこで生活しているかどうかで決まる、ということです。

客体②〜④——邸宅・建造物・艦船

住居以外の3つの客体に共通する条件は「人の看守」 図:住居以外の3つの客体に共通する条件は「人の看守」

残る3つの客体です。「人の看守する邸宅」は、居住用の建物で、住居にあたらないもの、空き家や閉鎖中の別荘がこれにあたります。「建造物」は、住居にも邸宅にもあたらない建物、庁舎や学校、工場や物置です。「艦船」は、軍艦や船舶です。邸宅・建造物・艦船の3つには、「人の看守する」という共通の条件が付いています。「人の看守する」とは、管理権者、つまりその場所を管理する権限を持つ者が、人や設備を使って、事実上その場所を管理・支配していることをいいます。守衛を置いている、鍵をかけている、というのが典型です。逆に、立入禁止という札を立てているだけでは、それだけでは足りません。

「人」というのは、守衛さんのことですか。違います。ここでいう「人」は、管理権者本人を指します。守衛や管理人は、その管理権者のために事実上の管理をしている立場であって、条文上の「人」そのものではありません。

どこまでが客体か——囲繞地・共用部分・塀

塀や柵で囲われ、建物の利用に供されている土地も、客体に含まれる 図:塀や柵で囲われ、建物の利用に供されている土地も、客体に含まれる

ここで、冒頭の2つ目の問い、塀の上に上っただけで罪になるのか、という話に入ります。まず押さえておきたいのは、客体は建物の内部だけに限られない、ということです。塀や金網で囲われ、外から見て、建物の利用に供されていると分かる土地は、囲繞地と呼ばれ、建物本体と同じように客体に含まれます。共同住宅の廊下やエレベーターホールのような共用部分も同じです。

判例最高裁判所判決(刑集30巻2号79頁)

建造物の囲繞地 刑法一三〇条にいう「人の看守する建造物」とは、単に建物を指すばかりでなく、その囲繞地を含むものであつて、その建物の附属地として門塀を設けるなどして外部との交通を制限し、外来者がみだりに出入りすることを禁止している場所に故なく侵入すれば、建造物侵入罪が成立するものであることは、当裁判所の判例(……)の示すところである。……建物の囲繞地を刑法一三〇条の客体とするゆえんは、まさに右部分への侵入によつて建造物自体への侵入若しくはこれに準ずる程度に建造物利用の平穏が害され又は脅かされることからこれを保護しようとする趣旨にほかならないと解されるからである。

この事案は、国立大学の附置研究所の建物をめぐるもので、周囲が門や塀、金網の柵で囲まれ、建物の利用に供されていることがはっきりしている土地は、建造物の一部として扱われる、と判断されました。なぜ建物の外の土地まで含めるのか。門や塀で囲って、ここから先は勝手に入るなと示している土地に踏み込めば、建物そのものに踏み込むのとほとんど変わらないからです。逆に、道路からそのまま歩いて入れてしまう、囲いの無い庭や空き地は、囲繞地にはあたりません。判決の中の「建造物利用の平穏」という言葉は、この、どこまでを客体に含めるかの理由として使われたものです。この罪が全体として何を守っているかは、このあと改めて整理します。

判例最高裁判所判決(刑集62巻5号1217頁)

邸宅の囲繞地 各号棟の敷地のうち建築物が建築されている部分を除く部分は、各号棟の建物に接してその周辺に存在し、かつ、管理者が外部との境界に門塀等の囲障を設置することにより、これが各号棟の建物の付属地として建物利用のために供されるものであることを明示していると認められるから、上記部分は、「人の看守する邸宅」の囲にょう地として、邸宅侵入罪の客体になるものというべきである(……)。

邸宅の場合も、同じように囲繞地が認められるんですか。認められます。この事案は、公務員宿舎の共用部分と敷地に、政治的な内容のビラを投函する目的で立ち入ったというもので、住居ではなく、人の看守する邸宅の囲繞地として扱われました。住居に限らず、邸宅でも建造物でも、塀などで囲われた付属地は、同じように客体になりうるということです。

塀の上部も、建造物の一部にあたる 図:塀の上部も、建造物の一部にあたる

さらに一歩進んだ事案もあります。ある警察署では、高さ約2.4メートルの塀が、庁舎や中庭への立入りを制限する設備として設けられていました。行為者Aが、中庭に止められた捜査車両を確認する目的で、この塀によじ登り、塀の上部に達したという事案です。

判例最高裁判所決定(刑集63巻6号590頁)

塀の上部への到達と建造物の一部性 本件塀は、本件庁舎建物とその敷地を他から明確に画するとともに、外部からの干渉を排除する作用を果たしており、正に本件庁舎建物の利用のために供されている工作物であって、刑法130条にいう「建造物」の一部を構成するものとして、建造物侵入罪の客体に当たると解するのが相当であり……建造物侵入罪の成立を認めた原判断は正当である。

判断はこうです。この塀は、庁舎や中庭への立入りを制限するために設けられた設備ですから、建造物の一部にあたります。ですから、庁舎の建物内部には一歩も入っていなくても、塀の上部という「建造物の一部」に上った時点で、建造物侵入罪が成立します。冒頭の2つ目の問いへの答えはここにあります。客体がどこまで広がるかという問題であって、既遂の時期そのものが変わったわけではありません。この区別は、後ほど既遂時期を扱うときに、もう一度整理します。

この罪は何を守るのか——保護法益の対立

住居権説と平穏説、この罪が何を守っているかで対立する 図:住居権説と平穏説、この罪が何を守っているかで対立する

ここからが今日の核心です。住居侵入罪は、いったい何を守っている罪でしょうか。ここには、大きく2つの考え方があります。1つは住居権説。住居に誰を立ち入らせるかを、住居権者、つまりそこに住んでいる人自身が決める自由を、この罪の保護法益と見る考え方です。もう1つは平穏説。住居の事実上の平穏、つまり、家の中の静かな生活状態そのものを、保護法益と見る考え方です。家の入口に立つ門番にたとえると分かりやすいです。住居権説の門番は、住んでいる人が「この人は入れてよい」と言ったかどうかだけを見ます。平穏説の門番は、入ってくる人が、家の中の静かな暮らしを乱すかどうかを見ます。ただ、平穏説には弱点があります。この罪は、個人の自由や利益を守る、個人的法益に対する罪として位置づけられています。ところが「平穏」という言葉は、どうしても社会全体の平穏、つまり社会的法益のイメージに寄りやすい。個人的法益の罪であることと、うまく整合しないという批判があるんです。

住居権説のほうには、弱点は無いんですか。あります。住居権説の門番は、住んでいる人の意思に反しさえすれば、態様がどれだけ穏やかでも侵入と判断します。冒頭の1つ目の問いは、まさにこの弱点が表に出る場面です。処罰される範囲が広がりすぎるのではないか、という批判があり、これが平穏説が主張される理由でもあります。

判例最高裁判所判決(刑集37巻3号215頁)

「侵入」の意味の判断基準 刑法一三〇条前段にいう「侵入シ」とは、他人の看守する建造物等に管理権者の意思に反して立ち入ることをいうと解すべきであるから、……

この事案は、郵便局にビラを貼る目的で、夜間に立ち入ったというものです。判例は、「侵入」とは、管理権者の意思に反して立ち入ることをいう、と定義しました。誰を立ち入らせるかを管理権者が決める、という考え方と整合する定義ですから、住居権説の立場に立つものと整理されています。先ほどの囲繞地の判決に出てきた「平穏」という言葉は、どこまでを客体に含めるかの理由づけでした。「侵入」とは何かを正面から定義したのは、この判例のほうです。第13章の入口で、この罪を「私生活の平穏」を守る罪と紹介したのも、守られる範囲を大まかに言った言い方で、平穏説を採るという意味ではありません。

「侵入」の意味を導く

保護法益が決まれば、「侵入」の意味も決まる 図:保護法益が決まれば、「侵入」の意味も決まる

ここで、冒頭の1つ目の問いに戻ります。扉は開いていて、誰にも迷惑をかけず、静かに入ってすぐ出た。それでも「侵入」になるでしょうか。住居権説と平穏説、それぞれで考えるとどうなりますか。住居権説だと、住居権者が入ってほしくないと思っている限り、静かに入ろうが何をしようが、その意思に反していることに変わりないから、侵入になりそうです。住居権説では、「意思に反する立入り」であれば、それだけで侵入にあたります。態様がどれだけ穏やかでも関係ありません。平穏説では、平穏を害するような態様でなければ侵入にあたらないので、静かに入っただけなら侵入にならない、という結論もありえます。同じ事実でも、どちらの説に立つかで結論が分かれます。判例の定義は、住居権者、住居以外の客体では管理権者の意思に反する立入りかどうかを見るものですから、これに当てはめれば、静かに入っただけでも侵入にあたることになります。

窓を割って押し入った場合は、住居権者の意思に反していますし、平穏も害していますから、どちらの説でも侵入です。逆に、住んでいる人に招かれて静かに上がった客は、どちらの説でも侵入ではありません。説が分かれるのは、意思には反しているのに、態様は穏やかという、冒頭の問いのような場面です。何を守る罪と見るかが、まさにそこで答えを決めるわけです。

次回への橋

同じ2つの説が、次回はもっと難しい場面で問われる 図:同じ2つの説が、次回はもっと難しい場面で問われる

誰でも入ってよいはずの、一般に公開されている建物に、万引きのような違法な目的で入った場合はどうなるのか。あるいは、動機について錯誤があった状態で承諾を得ていた場合はどうなるのか。どちらも、住居権説と平穏説のどちらに立つかで結論が変わる応用問題です。

既遂時期と未遂

身体の全部が入って、初めて既遂になる 図:身体の全部が入って、初めて既遂になる

ここからは、今日の侵入の罪について、短答で問われる残りの点を確認します。まず、既遂の時期です。通説は、身体の全部が客体の中に入った時点で既遂になる、という全部説です。身体の一部だけが入った段階では、未遂にとどまります。

条文刑法132条

刑法132条(未遂罪) 「第百三十条の罪の未遂は、罰する。」

132条が、130条の罪の未遂を罰する、と定めています。例えば、塀を乗り越えようとしている途中で発見された場合は、未遂にとどまります。さっきの、塀の上部に上った時点で建造物侵入罪が成立した事案は、身体の一部しか入っていないのに、既遂になっていましたよね。全部説と矛盾しませんか。矛盾しません。あの事案は、塀そのものが独立した「建造物の一部」と評価されたので、塀の上部に上がった行為が、そのまま客体への立入りとして扱われたのです。既遂時期の基準が緩んだのではなく、客体の範囲がどこまで広いかという、別の問題だったわけです。

他の罪との関係

住居侵入は、他の罪の手段として牽連犯になる 図:住居侵入は、他の罪の手段として牽連犯になる

最後に、他の罪との関係です。第10章の罪数の回で見た牽連犯を、思い出せますか? 手段と目的の関係にある2つの罪を、どう処理するのでしたか。2つの罪は成立するけれど、そのうち最も重い刑で処断する、という処理だったと思います。住居侵入罪は、窃盗や強盗、殺人、放火などの手段として行われることが多く、その場合、住居侵入罪とそれらの罪は、54条1項後段の牽連犯の関係に立ちます。前回の不同意性交等罪も同じ型で、住居に侵入して不同意性交等に及んだ場合は、この牽連犯の関係になります。

今日の地図(保存版)

何を守る罪かが決まれば、「侵入」の意味が決まる 図:何を守る罪かが決まれば、「侵入」の意味が決まる

今日の内容を整理します。130条の前段は、住居、人の看守する邸宅、建造物、艦船への侵入を禁じ、囲繞地や共用部分も客体に含まれます。この罪が何を守っているのか、住居権説に立つか平穏説に立つかで、「侵入」の意味が変わります。判例は、管理権者の意思に反する立入りを侵入と定義していて、これは住居権説の立場と整理されています。冒頭の2つの問い、どちらも答えが出ましたね。静かに入ってすぐ出ても、意思に反していれば侵入にあたりますし、塀の上に上っただけでも、塀が建造物の一部なら、それだけで既遂になります。

参照条文

  • 刑法130条
  • 刑法132条

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