信用毀損罪と業務妨害罪の「業務」
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第14章 個人的法益③|秘密・名誉・信用・業務 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
前回の結びから
図:支払能力の話は一切していないのに、なぜ信用を毀損したことになるのか
前回までで、名誉に対する罪を見終えました。今日は、名誉と並ぶもう1つの罪、信用毀損罪に進みます。そこで、今日の問いです。ある人物が、コンビニエンスストアで買った紙パック入りのジュースに異物が混入していたと警察に嘘の通報をし、報道機関にそれを報道させました。この人物は、コンビニの支払能力や支払意思について、何ひとつ嘘をついていません。それでも、信用毀損罪は成立するでしょうか。
図:233条は1つの条文に2つの罪が同居している
この問いを解く舞台が、233条です。1つの条文の中に、2つの罪が同居しています。前段が信用毀損罪、後段が偽計業務妨害罪です。さらに234条が、威力、つまり人の意思を押さえつけるような勢いを使った業務妨害を、233条と同じ扱いにしています。今日は、前段の「信用」と、後段・234条の「業務」、この2つの言葉の中身を押さえます。
233条 全文
図:まず233条を全文で確認する
まず条文を確認します。
条文刑法233条
刑法233条(信用毀損及び業務妨害) 「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」
「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて」という同じ手段のあとに、「人の信用を毀損し」という前段と、「又はその業務を妨害した」という後段が続きます。手段はどちらも、嘘を広めるか、だましの手口を使うか、です。今日は前段の「信用」から見ていきます。
信用毀損罪の保護法益
図:名誉に対する罪と財産犯の中間に位置する罪
信用毀損罪の保護法益は、経済的な側面における人の社会的な評価です。名誉に対する罪が人格的な評価を守るのに対して、こちらは経済活動における評価を守ります。財産そのものを守る財産犯とも違う、ちょうど中間に位置する罪だとイメージしてください。たとえば、「あの店の店長は性格が悪い」という嘘は、人柄への評価を下げる話なので、名誉の側の問題です。これに対して、「あの店はもうすぐ潰れる」という嘘は、取引の相手として信頼できるかという評価を下げるので、信用の問題になります。
「信用」の意義——支払能力から商品の品質へ
図:従来は支払能力・支払意思だけだったが、判例は商品の品質にまで広げた
「信用」の中身は、どこまで含まれるのでしょうか。従来の理解では、人の支払能力、つまりお金を払う力があるか、そして支払意思、つまり払う気があるか、この2つに対する社会的な信頼だけを指すとされてきました。取引の相手が踏み倒しそうだ、倒産しそうだ、という嘘を広めれば、この意味での信用毀損にあたります。そこで判例が示したのが、もう一段広い理解です。これを支える説明はこうです。現代の経済活動では、企業は広告や宣伝を通じて「この商品は品質が良い」という評価を積み重ねて信頼を得ています。だから、この商品の品質に対する社会的な信頼も、支払能力・支払意思と同じように、経済的な側面における社会的評価の一部だ、というわけです。お店の入口の看板にたとえると、昔の看板には「代金を踏み倒さない店です」という1行しか書かれていませんでした。今の看板には、「売っている商品は確かです」という2行目も書かれている、というイメージです。実際の事件を見てみましょう。
判例最高裁判所第三小法廷判決 刑集57巻3号293頁
「信用」の意義(判旨) 「刑法233条が定める信用毀損罪は、経済的な側面における人の社会的な評価を保護するものであり、同条にいう『信用』は、人の支払能力又は支払意思に対する社会的な信頼に限定されるべきものではなく、販売される商品の品質に対する社会的な信頼も含むと解するのが相当であるから、……」
この事件は、コンビニで買ったオレンジジュースに洗剤を混ぜたうえで、異物が混入していたと嘘の通報をし、報道させたという事案でした。冒頭の問いと同じ構図です。最高裁は、支払能力や支払意思に触れていなくても、商品の品質に対する信頼を傷つけていれば「信用」の毀損にあたる、としました。冒頭の問いに戻ると、この人物は、コンビニの支払能力にも支払意思にも触れていませんが、商品の品質に対する社会的な信頼を傷つける嘘を広めています。だから、信用毀損罪が成立します。
行為——虚偽の風説の流布・偽計、伝播可能性
図:相手が1人でも、そこから広がる可能性があれば「流布」にあたる
行為の面を見ます。233条前段は「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて」信用を毀損する罪です。「虚偽の風説を流布」は、客観的な真実に反する事実を、不特定または多数の人に伝えることですが、ここで重要になるのが伝播可能性の理論です。最初から大勢に伝える必要はありません。判例・多数説は、直接伝えた相手が特定の1人だけであっても、そこからさらに不特定または多数の人に伝わっていく可能性があれば、それで「流布」にあたるとしています。たとえば、ある人物が、特定の知人1人にだけあるお店について根も葉もないうわさを伝えたとします。その知人が誰かに話したり、SNSに書き込んだりして広まっていく可能性があれば、この時点でもう「流布」です。
守られているのは、世間からの評価でした。世間に伝わっていく経路ができた時点で、評価が下がる危険はもう生じています。だから、現実に広まったことまでは要求されません。名誉毀損罪の公然性のところで見た伝播可能性の理論と、同じ考え方です。あちらは名誉毀損罪の公然性についての判例でしたが、信用毀損罪の「流布」についても、別の判例が同じ考え方をとっています。逆に、他言しないと固く約束した相手にだけ打ち明け、そこから外へ伝わる可能性が無いといえるなら、「流布」にはあたりません。もう1つの行為態様、「偽計を用いる」は、人を欺いたり誘惑したりすること、あるいは相手の錯誤や不知につけ込むことをいいます。冒頭の事案でいえば、警察官に嘘の通報をした行為は、まさに偽計にあたります。
抽象的危険犯
図:現実に信用が害されたことの証明は要らない
233条前段は「信用を毀損し」という文言なので、現実に信用が傷ついたことまで要求する罪のようにも見えます。ですが、そう解するのが妥当でしょうか。実際に売り上げが落ちたことまで立証を要求すると、証明がとても難しくなります。信用が現実に害されたかどうかの認定は極めて困難なので、そのような危険が生じれば足りると解するのが妥当です。以前、名誉毀損罪のところで見た理由づけと同じです。信用毀損罪も、現実の侵害を要しない抽象的危険犯だと理解してください。
業務妨害罪へ——233条後段・234条
図:同じ233条の後段は、評価ではなく活動そのものを守る
ここまでは、人に対する評価を傷つける罪でした。冒頭の事案で、嘘の通報のせいで、お店が商品を棚から下ろし、警察への対応に追われて、しばらく営業できなくなったとしましょう。傷ついたのは評価だけではありません。お店が毎日続けている営業という活動そのものが止まっています。これを捉えるのが、233条の後段と、それを受けて置かれた234条です。
条文刑法234条
刑法234条(威力業務妨害) 「威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。」
先ほど読んだ233条の後段は、「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、その業務を妨害した者」を、前段と同じ刑で処罰します。これが偽計業務妨害罪です。そして234条は、威力、つまり人の意思を押さえつけるような勢いを用いて業務を妨害した場合も、「前条の例による」、つまり233条と同じ刑で処罰すると定めています。たとえば、店先で大声で怒鳴り続けて客を追い返すような場合です。これが威力業務妨害罪です。手段は違っても、どちらも「業務を妨害した」という結果は共通しています。
業務妨害罪の保護法益・「業務」の意義
図:保護法益は業務活動そのもの
業務妨害罪の保護法益は、判例によれば業務活動そのものです。信用毀損罪が「評価」を守るのに対して、業務妨害罪は「活動」を守る、という違いを押さえておいてください。冒頭の事案でいえば、お店の評価が下がるのが信用毀損、お店の営業が止まるのが業務妨害です。
図:「業務」とは、社会生活上の地位に基づき継続して行う事務
では、「業務」とは何か。判例は、社会生活上の地位に基づき継続して行う事務、と解していると言われています。過失致死傷罪のところで、業務上過失致死傷罪の「業務」を扱いました。その定義を思い出せますか?
図:211条と233条・234条の「業務」の違い——危険性の要素の有無
社会生活上の地位に基づき、反復継続して行う行為であって、他人の生命・身体等に危害を加えるおそれのあるもの、という3つの要素でした。211条の「業務」には、生命・身体への危険性という3つ目の要素が必要でした。これに対して、233条・234条の「業務」には、この危険性の要素はありません。経済的な活動に限らず、社会の中で継続して行われている事務であれば、幅広く「業務」にあたります。店を構えて毎日お客さんに料理を出す営業はもちろん、会社の事務や、営利を目的としない団体が続けている活動でも構いません。家で家事をすることは「業務」には入りません。同じ料理でも、店を構えてお客さんに出すなら「業務」ですが、自分や家族のためだけに台所で作るような私的な行為は、そもそも社会生活上の地位に基づく行為とはいえないので、その入口の時点で外れます。加えて、週末に趣味で楽しむ釣りのような、単なる娯楽にすぎない行為も「業務」には含まれない、と解されています。なぜなら、211条の「業務」はあくまで刑を重くするための加重要件にすぎないのに対して、233条・234条の「業務」は、この条文が保護しようとしている対象そのものだからです。保護に値する活動といえるためには、社会の中で継続的に行われている仕事・活動だと認められる必要がある、ということです。
今日の地図(保存版)
図:「業務」を継続して行う事務と定義したが、公務員の仕事もこれにあたるのか
今日の内容を整理しておきます。233条には、信用毀損罪と業務妨害罪という2つの罪が同居していました。信用毀損罪の保護法益は経済的な側面における人の社会的な評価で、「信用」には支払能力・支払意思に加えて商品の品質への信頼も含まれます。行為は虚偽の風説の流布か偽計で、特定少数への伝達でも広まる可能性があれば足り、現実の侵害を要しない抽象的危険犯でした。業務妨害罪は、評価ではなく活動そのものを守る罪で、「業務」は社会生活上の地位に基づき継続して行う事務。211条の「業務」と違って、生命・身体への危険性は要らないけれど、娯楽は含まれない、ということでしたね。ここで、1つ問いを立てておきます。「業務」を、社会生活上の地位に基づき継続して行う事務、と定義しました。では、公務員が行う仕事、たとえば警察官の仕事や、役所の窓口業務も、この定義にあてはまりそうに見えませんか。
参照条文
- 刑法233条
- 刑法234条