財物の意義と財産上の利益
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第15章 個人的法益④|財産に対する罪①(総論・窃盗・強盗) ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
前回の結びから
図:財産犯の顔ぶれ
前回、第14章「秘密・名誉・信用・業務」が終わりました。人格的な利益から、経済的・活動的な利益へと話が進んだ、そんな章でした。今日から、いよいよ第15章「財産に対する罪」に入ります。窃盗、強盗、詐欺、恐喝、横領、背任、盗品等に関する罪、器物損壊。第15章と、次の章で、これだけの罪を学んでいきます。財産犯は、司法試験でもっとも出題頻度の高い分野の1つです。だからこそ、個別の罪に入る前に、今日はその全部に共通する土台を固めます。財産犯は、どれも憲法が保障する財産権に関わる罪です。財産権を奪う行為を、刑法が処罰しています。そして、どの財産犯にも、必ず奪われる対象があります。これを客体と呼びます。今日固めるのは、この客体です。
たとえば、次の3つの問いに答えられるようになります。1つ目。覚醒剤や拳銃のように、持つこと自体が禁じられている物を盗んだら、窃盗罪になるでしょうか。2つ目。自分の家や土地を、法律上「盗まれる」ことはあるでしょうか。3つ目。お店で食事をしたのに、代金を踏み倒して逃げたら、これも「盗んだ」ことになるでしょうか。3つとも、答えを分けるのは「何を奪ったのか」、つまり客体です。客体には、どこまでが入るかを測る定規があります。ただ、どの問いも、定規を当てただけでは決まりません。定規と、そこからはみ出す場面の扱い方を、1つずつ見ていけば答えが出ます。
財産犯の客体は2つだけ
図:客体は2つだけ
財産犯が奪う対象、つまり客体は、実は2種類しかありません。1つ目は財物です。たとえば235条の窃盗罪は、「他人の財物を窃取した者」と規定しています。2つ目は財産上の利益です。たとえば246条2項の詐欺罪は、「財産上不法の利益」を得ることを処罰しています。横領罪や器物損壊罪は「他人の物」と書いています。ですが、これも財物と同じ意味だと解されています。ここで、1つだけ先に予告しておきます。財物は、背任罪を除くすべての財産犯で客体になります。ところが、財産上の利益は、一部の罪でしか客体になりません。この非対称な扱いは、あとで回収します。
財物の意義——有体性説
図:財物の意義:3つの説
まず、財物とは何かを固めます。ここは通説の理由づけまで押さえておいてください。司法試験でもよく問われる場所です。「財物」が日常語の「物」と同じ意味かどうかには、実は争いがあります。通説は、財物を有体物、つまり固体・液体・気体に限ると考えます。有体性説と呼びます。これに対して、管理可能性説もあります。有体物でなくても、管理できる対象なら財物にあたるとする説です。さらに、物理的に管理できる無体物まで含める、物理的管理可能性説もあります。争いの中心は、電気のようなエネルギーや、債権や情報のような無体物を、財物に含めるかどうかです。有体性説は通説の結論として、まず覚えてください。固体か、液体か、気体か。これが、財物かどうかを測る定規になります。理由は、この後すぐ見る245条の読み方に表れます。
分かりやすい例で考えてみましょう。近所の家の無線LANの電波を、パスワードを盗み見て無断で使い続けたとします。有体性説で考えると、電波の無断使用は窃盗罪になりません。電波は、固体でも液体でも気体でもありません。有体物ではないので、財物にあたらないんです。
⭐ 論文で書く規範:有体性説を財物の定義として立てる 「刑法上の財物とは、固体・液体・気体という有体物をいう。」 (規範(通説で立てる))
245条「電気は財物とみなす」:: 短答
図:電気は有体性説の例外
では、電気はどう扱われるんでしょうか。ここで245条を見てみましょう。
条文刑法245条
刑法245条(電気の財物みなし規定) 「この章の罪については、電気は、財物とみなす。」
「みなす」という言葉が決め手です。有体性説からは、電気は本来、財物にあたりません。だから特別に、みなす規定を置いて財物として扱うことにした。245条は、有体性説にとっての例外規定です。管理可能性説や物理的管理可能性説からは、電気はもともと財物に含まれるはずのものです。245条は、それを確認しているだけの注意規定と読みます。ただ、法律の言葉で「みなす」は、本来は違うものを、同じものとして扱うときに使います。確認するだけの注意規定なら、この言葉を選ぶ必要がありません。だから、245条の文言そのものが、有体性説側の決め手になるんです。
もう1点、適用範囲も見ておきましょう。245条は、窃盗罪・強盗罪の章にだけ、直接は適用されます。ただし、251条という条文によって、詐欺罪・恐喝罪にも準用されます。窃盗・強盗・詐欺・恐喝の4罪では、電気は財物として扱われます。横領罪には、この準用が及びません。だから横領罪では、電気を客体にできません。財産上の利益としても、横領罪では成立しないと考えられています。この点は、また別の機会に扱います。
図:3説の違いを表で見る
3つの説の違いを、表でも整理しておきましょう。有体物は、どの説でも財物に含まれます。争いになるのは、電気や、その他のエネルギー、それに債権や情報のような無体物です。電気以外のエネルギー、たとえば熱や光についても、同じように扱いが分かれます。債権や情報はどうなんですか。そこが、管理可能性説のもう1つの弱点です。管理可能性説を徹底すると、債権や情報のような無体物まで、財物に含めてしまいかねません。そこまで広げると、財物という言葉の意味が際限なく広がってしまいます。物理的に管理できる範囲に絞る物理的管理可能性説も唱えられています。ですが、これも通説の座は得ていません。
ここで1つ、考えてみてください。隣の家の水道から、勝手にホースを引いて水を汲み続けたら、これは窃盗罪になるでしょうか。水は、固体でも気体でもなく、液体ですよね。液体も有体物に入るはずです。水は、最初から有体物にあたります。電気のような特別な規定が無くても、もともと財物にあたるんです。これが、有体性説という定規の使い方です。定規に当てはまる有体物は、そのまま財物。当てはまらない物は、電気のように特別な規定があるときだけ、財物になります。さっきの無線LANの電波には、そういう規定がありません。
法禁物は財物か
図:法禁物も財物にあたる
次は、法禁物です。覚醒剤や拳銃のように、法律上持っていること自体が禁止されている物のことです。どちらも有体物なので、定規には当てはまります。引っかかるのは、持つこと自体が違法だという点です。結論から言うと、財物にあたります。持つこと自体が違法な物が保護されるかどうかには、争いの種があります。ですが、財物にあたると考えられています。理由は、没収という制度です。覚醒剤や拳銃のような法禁物でも、国が取り上げるには、没収という決まった手続きを踏まなければなりません。国でさえ、勝手には取り上げられない。まして、他人が勝手に奪ってよい物ではありません。
だから、覚醒剤や拳銃を盗んだとしても、窃盗罪の対象になります。「持っていること自体が違法だから、盗んでもお咎めなし」とはならないんです。
不動産は財物に含まれるか
図:不動産は財物に含まれるか
次は、不動産の話です。土地や建物のような不動産は、財物に含まれるんでしょうか。実は、財産犯ごとに答えが変わります。通説によれば、窃盗罪・強盗罪の財物には、不動産は含まれません。有体物である不動産が除かれるのには理由があります。他人の不動産を奪う行為に対しては、235条の2の不動産侵奪罪という、窃盗に対応する専用の罪があるからです。この罪の中身は、また別の回で扱います。窃盗罪については、この専用の罪がある以上、わざわざ財物に不動産を含める必要がありません。強盗罪については、暴行や脅迫で不動産を手に入れる場面を、この後で見る財産上の利益の問題として扱います。
詐欺罪、恐喝罪、横領罪、盗品等に関する罪、器物損壊罪では、財物に不動産が含まれると解されています。他人の土地を勝手に柵で囲って自分の物にすれば不動産侵奪罪、人をだまして名義を移させれば詐欺罪です。奪い方の違いに応じて、条文が使い分けられています。
財物に財産的価値は必要か
図:財産的価値は主観的価値でよい
定規には当てはまるのに、財物と言えるか迷う物が、もう1つあります。ほとんど値打ちの無い物です。財物であるためには、財産的な価値が必要なのでしょうか。通説は、財産的価値が必要だと考えます。ただし、その価値は、客観的な交換価値でなくてもかまいません。持ち主にとっての主観的な価値があれば、それで足ります。財産犯が守っているのは、市場での値段ではなく、持ち主が現に持っている利益だからです。たとえば、もう使えなくなった古い定期入れを考えてみましょう。フリマアプリに出しても、値はほとんどつかないかもしれません。でも、持ち主が長年使い込んで大切にしていた物なら、財物にあたります。子どもが描いてくれた似顔絵も同じです。市場で売っても値はつきませんが、持ち主にとってかけがえのない物なら、財物として保護されます。
さらに、古い大審院の判例には、もっと踏み込んだ基準を採ったものもあります。無効な約束手形や、わずかな値段の石ころのような物でも、財産権の対象になりうるなら財物にあたる、としたものです。経済的な価値があるかどうかは、問わない考え方です。通説の主観的価値説よりも、さらに緩やかな基準です。この判例は、結論の方向だけ知っておけば十分です。
財産上の利益の意義
図:財産上の利益とは
財物の話は、ここまでです。もう1つの客体に入る前に、思い出してみましょう。前の章で見た業務妨害罪や信用毀損罪は、何を守る罪でしたか?業務活動そのものや、人の社会的な評価そのものではなく、財産としての利益を指します。財物にはあたらない財産的な利益を、まとめて財産上の利益と呼びます。具体的には、4つの類型に整理できます。1つ目は、債権や担保権を新たに取得すること。たとえば、他人にお金を貸す約束をさせることです。2つ目は、役務、つまりサービスの提供を受けること。タクシーに乗って目的地まで運んでもらうような場合です。3つ目は、抱えている債務を免除してもらうこと。借金をチャラにしてもらう場合です。4つ目は、支払を待ってもらうこと、支払の猶予です。今日払うはずの代金を、来月でいいと言わせる場合です。
ここで、さきほど予告した非対称な扱いを回収します。財物は、背任罪以外のすべての財産犯で客体になっていました。ところが、財産上の利益を客体にできる罪は、ごく一部に限られています。
2項犯罪という呼び名
図:財産上の利益を客体にできる罪
財産上の利益を客体にできるのは、強盗罪、詐欺罪、恐喝罪、背任罪の4罪だけです。ここでいう詐欺罪には、246条の2にある電子計算機使用詐欺罪と、248条の準詐欺罪という仲間も含みます。窃盗罪や横領罪は含まれません。この4罪のうち、強盗・詐欺・恐喝は、財産上の利益を得る場合を、それぞれの条文の2項に規定しています。236条2項、246条2項、249条2項です。だから、この3つの罪は、まとめて「2項犯罪」と呼ばれることがあります。背任罪、247条は、財産上の利益だけを客体にする罪です。そもそも1項・2項という条文の作りを持っていません。だから、背任罪を機械的に「2項犯罪の1つ」と呼ぶのは不正確です。ここは暗記のときに間違えやすいので、注意しておいてください。それぞれの罪の細かい成立要件は、各罪を学ぶ回で扱います。
図:サービスを踏み倒したら、盗んだことになるのか
ここで、財産上の利益が一部の罪でしか客体にならないことの、裏返しが効いてきます。最初は払うつもりでラーメンを注文して、食べ終えてから、店員の隙を見て黙って逃げたとします。代金を払わずに済んだという利益を得てはいますが、それは財産上の利益であって、財物ではありません。ラーメンという食べ物そのものは、もう食べ終えています。窃盗罪は、財物しか客体にできません。だから、このケースでは窃盗罪は成立しません。代金を踏み倒しても、何も罪にならないんですか。そこは場合によります。最初から払う気がない場合は違います。それを隠して「お会計は後で」と言い、店員をだまして料理を出させたとします。この場合は、食事という財物そのものを、だまし取ったことになります。詐欺罪が成立しうる場面です。この違いの細かい成立要件は、詐欺罪を学ぶ回で扱います。
法禁物の返還請求権も財産上の利益か
図:法禁物の返還請求権も財産上の利益
最後に、もう1つの財産上の利益の論点を見ておきます。法禁物の返還請求権です。法禁物であっても財物にあたる、というのはさきほど見たとおりです。では、その法禁物を返したり、代金を支払ったりしなければならない立場から、事実上逃れることは、財産上の利益にあたるでしょうか。覚醒剤の取引そのものが違法なので、法律上は、返還や支払いを求める権利が認められません。そこが問題になります。ある事件を見てみましょう。この被害者をBとします。被告人の共犯者が、覚醒剤の取引を装って、Bから覚醒剤をだまして受け取り、そのまま持ち逃げしてしまいます。
被害者は、共犯者が買い手と話をつけて戻ってくると信じて、部屋で待っていました。共犯者が出ていってから少し時間を置いて、被告人がその部屋に入り、被害者に向けて拳銃を発射しました。覚醒剤の返還や代金の支払いを免れるためだったと、のちに認定されています。被害者は重傷を負いましたが、一命はとりとめました。ただの殺人未遂罪で終わるのか。それとも、財産上の利益を得るための発砲として、より重い強盗殺人未遂罪になるのか。返還を免れる利益が財産上の利益かどうかで、ここが分かれます。最高裁の判断を見てみましょう。
判例最高裁判所第一小法廷決定
法禁物の返還請求権(判旨) 「Bを殺害して同人に対する本件覚せい剤の返還ないし買主が支払うべきものとされていたその代金の支払を免れるという財産上不法の利益を得るためになされたことが明らかであるから、右行為はいわゆる二項強盗による強盗殺人未遂罪に当たるというべきであり」
⭐ 論文で書く規範:法禁物の返還請求権も財産上の利益と解する 「法禁物の返還や代金の支払を免れる利益も、財産上の利益にあたる。」 (規範(判例))
覚醒剤の返還、あるいは代金の支払いを免れるという、財産上不法の利益を得るためになされた。だから、この行為は2項強盗を基礎とする強盗殺人未遂罪にあたる、としました。持つこと自体が違法な覚醒剤でも、財物として守られました。それと同じで、法律上は通らない請求でも、返したり払ったりしなければならない立場から事実上逃れることは、財産上の利益になります。たとえば、恨みだけから撃ったのなら、免れる目的がないので、殺人未遂罪の問題にとどまります。ほかの動機が混じっていても、免れる目的があれば結論は変わりません。なお、先に覚醒剤を手に入れた行為があります。窃盗か詐欺かは、最高裁も決めきっていません。この行為と、強盗殺人未遂罪は、まとめて1つの罪として扱われます。重いほうの刑で処罰されることになりました。この考え方や、事件の細かい背景までは、今日は深入りしません。ここでは、法禁物の財物性と、返還や支払いを免れる利益の話を、同じ考え方として、セットで覚えておいてください。論文でもよく問われる論点です。
今日の地図(保存版)
図:今日のまとめ
今日の内容を整理します。財産犯の客体は、財物と財産上の利益の2つだけでした。財物は、有体性説という定規で固めました。電気、法禁物、不動産、財産的価値という、定規からはみ出しそうな境界を、1つずつ確認しました。財産上の利益は、財物以外の財産的利益の一切です。強盗・詐欺・恐喝・背任の4罪だけが客体にできる、という非対称な扱いでした。
参照条文
- 刑法245条