刑法ゼロから刑法#130

窃盗罪の着手・既遂時期

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第15章 個人的法益④|財産に対する罪①(総論・窃盗・強盗) ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の受けから

窃取は、いつ始まり、いつ終わるのか 図:窃取は、いつ始まり、いつ終わるのか

前回、死者の占有を固めました。今日は、そこからさらに先に進みます。まず、1つ考えてみてください。お店の人に見つからないように、特殊な機械を使ってスロットのメダルをたくさん取ったとします。もう1つ、別の場面も考えてみましょう。誰かの家に忍び込んで、まだ何も盗っていない段階で、取り押さえられたとします。実は、窃盗罪になるかという問いと、窃盗の未遂と言えるかという問い、この2つは、同じ1つの行為の違う断面を見ています。今日は、その1つの行為を、最初から最後までたどっていきます。

窃取という1つの行為の3つの節目

窃取という1つの行為の3つの節目 図:窃取という1つの行為の3つの節目

窃盗罪の235条にある「窃取」の意味、以前の回で確かめました。覚えていますか。他人の占有する財物を、占有者の意思に反して、自分や第三者の占有に移すこと、でした。実は、この「窃取」は、一瞬の出来事ではありません。始まりがあって、終わりがある、1つの過程です。今日は、その過程を3つの節目でたどります。1つ目、この過程の中身。占有移転が、どんな条件を満たせば「窃取」と言えるか。2つ目、この過程の始点。いつから、この行為は始まったと言えるか。実行の着手です。3つ目、この過程の終点。いつ、この行為は完成したと言えるか。既遂です。

1つ目から順に見ていきましょう。まずは中身からです。

意思に反する占有移転(原則)

無人直売所——方法が、意思に反しているかどうか 図:無人直売所——方法が、意思に反しているかどうか

235条を、もう一度確認しましょう。

条文刑法235条

刑法235条(窃盗罪) 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。

この「窃取」とは何か、から始めます。「窃取」と言えるためには、占有者の意思に反して占有が移ったこと、これだけが必要です。そして、実は、これだけで足ります。移し方が乱暴か穏当か、それ以上の条件は問わない、という意味です。無人の野菜の直売所を思い浮かべてください。「1つ100円、代金は箱へ」と書いてあります。では、代金を払わずに持ち去ったらどうでしょうか。それは、直売所が許した方法の外にあります。乱暴に持ち去ったわけでも、鍵を壊したわけでもありません。それでも、意思に反しています。

⭐ 論文で書く規範:「窃取」——意思に反する占有移転 占有者の意思に反して占有が移りさえすれば、それだけで「窃取」にあたる。移し方が乱暴か穏当かは問わず、それ以外の条件は要らない。 (規範(通説で立てる))

この物差しを、3つの判例で確認していきましょう。

肯定例①:パチスロ体感器

体感器を使った遊戯は、通常の方法の外 図:体感器を使った遊戯は、通常の方法の外

1つ目です。パチスロの台で、体感器と呼ばれる電子機器を身体に装着して遊ぶ行為が問題になりました。機械そのものには、直接、不正な工作や影響を与えません。タイミングを読み取るための機器を身に着けて、不正にメダルを取得する機会をうかがいながら遊ぶだけです。

判例最高裁判所第二小法廷決定(平成19年4月13日・刑集61巻3号340頁)

最高裁判所決定——体感器を身体に装着してパチスロで遊戯した事案 本件機器がパチスロ機に直接には不正の工作ないし影響を与えないものであるとしても,専らメダルの不正取得を目的として上記のような機能を有する本件機器を使用する意図のもと,これを身体に装着し不正取得の機会をうかがいながらパチスロ機で遊戯すること自体,通常の遊戯方法の範囲を逸脱するものであり,パチスロ機を設置している店舗がおよそそのような態様による遊戯を許容していないことは明らかである。そうすると,……取得したメダルについては,それが本件機器の操作の結果取得されたものであるか否かを問わず,被害店舗のメダル管理者の意思に反してその占有を侵害し自己の占有に移したものというべきである。

この決定は、大きく2つのことを言っています。1つ目。機械を壊したかどうかではなく、遊び方そのものが通常の範囲をはみ出しているかを見ています。さっきの直売所のたとえで言えば、代金箱に触れずに持ち去るのと同じです。そして、2つ目です。取得したメダルが、機器の操作の結果かどうかを問わない、という部分です。機器を使わなくても取れたメダルまで含め、全て窃盗になります。その台で遊ぶこと自体が、もう通常の方法の外にあるからです。だから、1枚1枚のメダルが機器のおかげで出たかどうかを、いちいち選り分ける必要はありません。取得したメダル全てについて、窃盗罪が成立します。ただし、この決定が判断したのは、体感器を身に着けて遊んだ場面です。店が認める普通の遊び方なら、話は変わります。

否定例:共犯者隠ぺい目的の通常遊戯

隣の台では、自分は通常の方法で遊んでいた 図:隣の台では、自分は通常の方法で遊んでいた

2つ目の判例です。今度は、手口がまったく違います。ある共犯者が、パチスロ機に針金を差し込んで誤動作させる方法で、メダルを不正に取得しました。問題は、その隣の台にいた被告人です。この被告人は、共犯者の不正行為を隠すという目的を持ちながら、自分は隣の台で、ごく普通の方法で遊んでいました。共犯者が針金で取ったメダルについては、そのとおりです。決定も、この窃盗については、被告人が共同正犯であることを前提にしています。自分で針金に触れていなくても、共謀して役割を分けていれば、共同正犯になりえます。以前、共犯の回で見たとおりです。残るのは、被告人が自分の台で、普通に遊んで取ったメダルです。

判例最高裁判所第一小法廷決定(平成21年6月29日・刑集63巻5号461頁)

最高裁判所決定——共犯者の不正行為を隠ぺいする目的で、隣の台で通常の方法により遊戯した事案 被告人が自ら取得したメダルについては,被害店舗が容認している通常の遊戯方法により取得したものであるから,窃盗罪が成立するとはいえない。

決定が見ているのは、目的ではなく、被告人自身の取得の仕方です。被告人が実際にしたのは、店が認めている、ごく普通の遊び方だけです。隣の人が代金箱を壊していても、自分がきちんと払っていれば、自分の行為は意思に反しません。被告人が自ら取得したメダルには、窃盗罪は成立しません。物差しは同じです。行為者自身の取得の方法が、通常の方法の範囲を出ているかどうかです。体感器の事案は、行為者自身の方法が範囲を出ていました。この事案は、出ていません。だから、結論が分かれます。

肯定例②:振り込め詐欺のATM引き出し

今度は、店ではなく銀行の意思 図:今度は、店ではなく銀行の意思

3つ目です。ここまでの2つは、店の意思でした。今度は、銀行の意思です。振り込め詐欺で、被害者がお金を振り込んでしまったとします。そのお金を、正当な払戻しの権限を持たない人が、ATMから引き出す場面です。

⭐ 論文で書く規範:正当な権限のない引き出しも「窃取」にあたる 金融機関は、口座の正当な名義人など、払戻しを受ける権限のある者にだけ引き出しを認めている。正当な払戻し権限を有さない者がATMから金員を引き出す行為は、金融機関が許容していない方法での取得であり、その意思に反して占有を取得する行為として「窃取」にあたる。 (東京高判平成17年12月15日を一般化)

引き出しの操作そのものは、機械の指示どおりです。でも、その操作をしてよいと銀行が認めているのは、正当な権限を持つ人だけです。ここで、3つの判例をまとめて振り返りましょう。体感器の店、隣の台の被告人、そしてATMの銀行。誰の意思に反しているかは、そのつど変わります。ただ、見ている物差しはいつも同じです。行為者自身の取得の方法が、その占有者が許した方法の範囲内かどうかです。次は、この窃取という行為の、始まりの時点です。

実行の着手

思い出してください 図:思い出してください

ここで、1つ思い出してほしいことがあります。以前に学んだ未遂のおさらいです。実行の着手は、どんな基準で認められるのでしたか?構成要件的結果が発生する現実的な危険性を含む行為を、開始した時点でした。実質的客観説でしたね。窃盗なら、その結果とは、財物の占有が移ることです。3つの節目で言えば、終点です。その終点に届く、現実的な危険を含む行為を始めた時点が、始点、つまり着手です。今日は、この基準を、窃盗のいろいろな場面に当てはめていきます。もう1つ、以前見たとおり、未遂を罰するのは、罪ごとの条文に規定がある場合だけでした。窃盗には、未遂を罰する条文があります。

条文刑法243条

刑法243条(未遂罪) 第二百三十五条から第二百三十六条まで、第二百三十八条から第二百四十条まで及び第二百四十一条第三項の罪の未遂は、罰する。

この中に、第二百三十五条、窃盗罪が入っています。だから、冒頭の家に忍び込んだ場面も、着手さえあれば、何も盗らないうちに捕まっても、窃盗未遂として罰せられます。

着手の各論——住居と土蔵

窃盗の着手——住居と土蔵で時点が違う理由 図:窃盗の着手——住居と土蔵で時点が違う理由

窃盗の着手が問題になった判例を、4つ見ていきます。4つとも、以前、実行の着手の基準を学んだときに詳しく確認しています。今日は、窃盗という各論ならではの急所に絞って見ていきます。まず、他人の住居に忍び込んで、財物を物色した事案です。住居に忍び込んだだけでは、まだ着手とは言えません。財物を物色したり、金品のありそうな場所に近づいたりする、もう一歩が要ります。この事案では、物色した時点で着手が認められました。一方、こちらの事案は違います。窃盗の目的で土蔵に侵入しようとして、外扉の錠を破壊して開けた事案です。

中に入る前、外扉を破った時点で、もう着手が認められています。住居より手前の段階で着手が認められる、ここが今日いちばんの急所です。土蔵には、普段、人が住んでいません。住居は、人がいる可能性があるぶん、どこに何があるかも分からず、住人に止められる恐れもあります。だから、物色したり、金品のありそうな場所に近づいたりして、はじめて危険が濃くなります。一方、土蔵には人がいません。外側の壁さえ突破すれば、あとは財物にほぼ自由にたどり着けます。人がその場にいる可能性、たった1つの事情の違いが、着手の時点を前に引き寄せています。

深夜の店舗で、現金を狙って煙草売場のほうへ向かいかけた事案。それから、窃取の意思で、他人のポケットの外側に触れた事案です。どちらも、以前見たとおり、着手が認められています。目当ての財物へ、具体的に近づいたことが決め手でした。

いったん止めて考えてみましょう 図:いったん止めて考えてみましょう

ここで、少し考えてみてください。深夜、まだ誰も来ていない無人のオフィスビルの一室に忍び込みました。机の引き出しには、まだ手をつけていません。この段階で、窃盗の着手はあるでしょうか。ヒントは、土蔵の理由づけです。オフィスビルは住居ではありませんが、それだけで、土蔵と同じに扱えるとは限りません。大事なのは、建物の呼び名ではなく、中に何があって、人がいる可能性がどれだけ低いかという事情です。この場面は、深夜で、まだ誰も来ていない部屋です。人がいる可能性は、土蔵と同じように低いと言えます。しかも、目当ての机の引き出しは、もう目の前です。次の一歩で、財物に手が届きます。ですから、土蔵の事案に近く、着手を認める方向に傾きます。この物差しは、判例の結論をそのまま丸暗記する道具ではありません。事情が変われば、時点も動く。そういう使い方をする道具です。冒頭の2つ目の問いも、この始まりの断面の問いでした。1つの過程のどこを見るかで、問いが変わるんです。

既遂時期——取得説

友人の部屋の、消しゴムと本棚 図:友人の部屋の、消しゴムと本棚

ここからは、窃取という行為の終点、既遂の時期です。財物を手に取っただけで、既遂になるとは限りません。友人の部屋を思い浮かべてください。机の上にある小さな消しゴムを、こっそりポケットにしまいました。その時点で、もう友人の目には見えなくなっています。一方、部屋にある大きな本棚を、丸ごと運び出そうとしたらどうでしょうか。まだ部屋の中にある限り、友人はいつでも取り戻せます。財物の大きさと、置かれていた場所の支配の強さで、「もう自分の物」と言える瞬間は変わります。これを、法律の言葉で確認しましょう。

⭐ 論文で書く規範:既遂時期——取得説 窃盗罪が既遂になるのは、相手の占有を破って、財物が自分または第三者の占有下に移った時点である(取得説)。移ったと言えるかどうかは、財物の大きさ、持ち出しやすさ、相手の支配が及ぶ場所の中かどうか、などを合わせて判断する。 (規範(判例・通説))

消しゴムの例は、財物が小さく、隠すのも簡単でした。本棚の例は、財物が大きく、部屋という他人の支配領域の中にまだとどまっていました。4つの判例と、1つの限界例で見ていきましょう。

既遂・未遂の判例対比

既遂・未遂の分かれ目——3つの要素 図:既遂・未遂の分かれ目——3つの要素

1つ目、店頭で靴下1足をこっそりポケットにしまった事案です。小さく、隠すだけで持ち出せます。この時点で、既遂が認められました。ポケットの中にしまった時点で、もう店の目からは見えなくなっています。2つ目、他人の家の風呂場の中で見つけた指輪を、発見されにくい場所に隠した事案です。ポケットにしまうのと、実質的に同じことです。これも既遂です。3つ目、他人の車のエンジンを始動させた事案です。ただ、エンジンをかけた時点で、いつでも自由に動かせる状態になっています。もう持ち主の支配は及ばず、この時点で占有を取得したと判断されました。一方、既遂にならなかった例もあります。周囲を障壁で囲まれ、守衛もいる敷地の中の資材小屋から、重量物を運び出した事案です。

敷地の外までは出ていません。敷地の中を運んでいる途中で、見つかってしまいました。敷地の中は、まだ他人の支配領域の中です。大きく重い物は、外へ運び出すか、少なくとも覆いをかけて隠すなどして確保するまでは、既遂とは言えません。最後に、1つ限界の例を見ておきましょう。これは判例ではなく、あくまでイメージのための例です。電気店の中で、大きなテレビを持ち上げただけの場面です。まだ店の中にあります。店外へ持ち出すところまで進まないと、占有を取得したとは言えません。小さい物ならポケットにしまうだけで足りるのに、大きい物ならなぜ店の外まで要るのか。理由は同じです。奪い返されにくい状態になったかどうかを見ています。

今日の地図(保存版)

今日のまとめ 図:今日のまとめ

今日の内容を整理しましょう。窃取という1つの行為を、3つの節目でたどりました。中身は、占有移転が占有者の意思に反していれば足りる、ということでした。体感器、共犯者の隠ぺい、ATMの3つの判例、物差しはいつも同じでしたね。行為者自身の取得の方法が、許された範囲の内か外かでした。始点は、実行の着手でした。住居は物色などの一歩が必要でも、土蔵は外扉を破った時点で着手が認められます。終点は、既遂の時期でした。財物の大小、搬出の容易性、支配領域内かどうか。この3つなどを合わせて、既遂か未遂かが決まります。

特殊な機械を身に着けて遊べば、遊び方そのものが店の意思に反します。取ったメダルは全部、窃取にあたります。忍び込んだだけでは、対象が住居なら、まだ着手とは言えません。窃取が始まってから完成するまでの流れを、今日1本で見てきました。

参照条文

  • 刑法235条
  • 刑法243条

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