不動産侵奪罪・親族相盗例
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第15章 個人的法益④|財産に対する罪①(総論・窃盗・強盗) ⑧/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
前回の受けから
図:2つの問い
前回は、窃盗罪の心の側、不法領得の意思を見ました。権利者排除意思と、利用処分意思。この2つで、窃盗罪の主観面は固まりました。今日は、窃盗罪の「外側」にある、2つの条文を見ていきます。まず、1つ考えてみてください。他人の土地に、勝手に家を建てたとします。それでも、これは犯罪になります。もう1つ、別の場面も考えましょう。実家に住む息子が、親の財布からお金を盗んだとします。はい、窃盗罪になります。ただ、もう1つ聞きます。警察は、すぐに捜査に動くでしょうか。うーん、家族の中の話ですし、少し違う気がします。今日は、この2つの疑問に答える2つの条文を見ます。1つは、窃盗罪の対象を広げる条文。もう1つは、窃盗罪の処罰を狭める条文です。しかも2つ目の条文は、細かい決まりまで、たった1つの考え方から説明がつきます。そこを確かめていきます。
235条の2——窃盗罪の客体を広げる
図:動産を持ち去るか、置き場所ごと奪うか
まず、条文を確認しましょう。
条文刑法235条の2
刑法235条の2(不動産侵奪) 他人の不動産を侵奪した者は、十年以下の拘禁刑に処する。
窃盗罪の「窃取」の、不動産版だと考えてください。窃取とは、占有者の意思に反して、財物の占有を自分や第三者に移すことでした。侵奪も、中身は同じです。占有者の意思に反して、不動産の占有を排除し、自分や第三者の占有を新たに設定することです。窃盗罪が動産という「持ち運べる荷物」を対象にするなら、235条の2はその荷物の「置き場所」ごと奪う条文だと考えると、イメージしやすいはずです。そもそも、235条とは別に条文が要るのは、なぜですか。235条の「財物」には、不動産は含まれないと考えられているからです。その隙間を埋めるために置かれたのが、235条の2です。
主観的な要件も、同じです。故意に加えて、不法領得の意思が必要です。前回学んだ、あの2つの要素です。未遂も罰せられます。243条という条文が、235条の2を含めて未遂を罰する罪を列挙しています。
「侵奪」のあてはめ
図:占有の態様が、質的に変わったか
「侵奪」にあたるかは、1つの物差しで判断します。占有の態様が、質的に変わったといえるか、です。肯定される例から見ましょう。他人の土地に、無断で建物を建てる場合です。他人の農地を、無断で耕して種をまく場合も同じです。判例にも、こういう事案があります。土地の所有者から、屋台のような簡単な施設に限って無償で借りていた人がいて、その人から借りた人から、さらに借りた人が、内壁や床、天井を作り、シャワーや便器まで備えた本格的な店舗に改造しました。
判例最高裁判所決定(平成12年12月15日・刑集54巻9号1049頁)
最高裁判所決定——所有者から無償で借りた人を経て借りた土地に、簡易な施設を本格的な店舗へ無断で改造した事案 被告人は、本件建物の構築により、所有者であるA不動産の本件土地に対する占有を新たに排除したものというべきである。したがって、被告人の行為について不動産侵奪罪が成立するとした原判断は、正当である。
取り壊すのも、元に戻すのも、著しく難しくなっています。だから、占有の態様が質的に変わった、と判断されました。賃貸借が終わった後に、そのまま居座り続けるだけの場合です。この場合、占有の中身は変わっていません。もう1つ、借りた用途のまま使い続けて、内部を少し改装しただけの場合も同じです。占有の質が変わったかどうかが、常に決め手になります。判例は、この判断を、不動産の種類や、占有を侵害した方法、占有していた期間、原状回復の難しさなど、複数の事情を総合して、社会通念に従って決める、と述べています。
⭐ 論文で書く規範:「侵奪」の定義 「侵奪」とは、不法領得の意思をもって、不動産に対する他人の占有を排除し、これを自己又は第三者の占有に移すことをいう。当該行為が侵奪行為に当たるかどうかは、具体的事案に応じて、不動産の種類、占有侵害の方法、態様、占有期間の長短、原状回復の難易、占有排除及び占有設定の意思の強弱、相手方に与えた損害の有無などを総合的に判断し、社会通念に従って決定すべきものである。 (判例の定式(最判平12・12・15))
1つに絞るなら、占有の態様が質的に変わったか、という物差しだけで足ります。235条の2は、ここまでです。次は、もう1つの条文に移ります。
なぜ親族間の窃盗は処罰が緩むのか
図:家庭の中のもめごとに、国家は立ち入らない
冒頭の、息子が親の財布からお金を盗んだ場面を思い出してください。この感覚には、名前が付いています。「法は家庭に入らず」という考え方です。家庭の中で起きた財産のもめごとは、国家が刑罰を持ち出して立ち入るより、家庭の中で解決させるほうが妥当だ、という法政策です。この1つの趣旨から、これから見る244条の細部が、すべて説明できます。まず、条文そのものを見てみましょう。
244条の3段構え
図:244条の3段構え
条文刑法244条
刑法244条(親族間の犯罪に関する特例) 1項 配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第二百三十五条の罪、第二百三十五条の二の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。 2項 前項に規定する親族以外の親族との間で犯した同項に規定する罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。 3項 前二項の規定は、親族でない共犯については、適用しない。
244条は、3段構えになっています。1項は、配偶者、直系血族、同居の親族との間の窃盗、それに不動産侵奪です。これらは、刑が免除されます。同居していれば、これに当たります。2項は、それ以外の親族です。この場合は、刑の免除まではいきませんが、親告罪になります。被害者側からの告訴が無ければ、起訴できない、という扱いです。1項と2項で、扱いが違うのはなぜですか。趣旨の効き方の強さが違うからです。夫婦や親子・祖父母、それに同居の家族のような近い関係なら、国家は立ち入りません。少し離れた親族なら、国家を呼ぶかどうかを、被害者の側に選ばせる、という発想です。3項は、親族でない共犯者には、この特例が適用されない、という規定です。
息子には1項が適用されますが、友人には適用されません。友人は通常どおり処罰されます。なお、「親族」の範囲は、民法の725条によります。6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族のことです。244条は、配偶者と直系血族をあえて別に挙げているので、残りが「親族」にあたる、と理解してください。たとえば、別々に暮らす兄弟姉妹や、叔父・叔母、いとこです。この人たちとの間なら2項、同じ家で暮らしていれば1項です。
免除の法的性質——一身的処罰阻却事由
図:犯罪の成立と、処罰は別の話
ここで、少し立ち止まります。犯罪の成立と処罰、この2つを切り分ける発想、以前にも出てきました。思い出せますか?たしか……処罰阻却事由、でした。今日は、その実例を見ます。1項の刑の免除は、犯罪の成立自体は否定しません。処罰だけを、個別に阻却します。この性質を、学説では「一身的処罰阻却事由」と呼びます。その人だけに関わる事情だから、という意味です。3項で、親族でない共犯者には適用されないのも、この性質から来ています。この立場は、判例にも表れています。ある事件は、244条所定の親族間で行われた窃盗の未遂によって奪われた物を、買い受けた人が問われた事件でした。
買い受けた人は、「244条で窃盗犯人の刑が免除されるなら、その物はもう盗品ではないはずだ」と争ったんです。判決は「刑法二四四条は、同条所定の者の間において行われた窃盗罪及びその未遂罪に関しその犯人の処罰につき特例を設けたに過ぎないのであって、その犯罪の成立を否定したものではない」と述べました。だから、奪われた物は、盗品としての性質を失いません。
適用の要件——誰と誰の間に親族関係が必要か
図:占有者だけでなく、所有者との親族関係も要る
ここまでは、盗んだ物の持ち主が1人であることを前提にしていました。持ち主が、複数に分かれることもあるんですか。あります。物を占有している人と、その物を所有している人が、別人である場合です。たとえば、こう考えてください。Aが、同居する母Bの部屋にあった、Bの友人Cから借りていたノートパソコンを盗んだとします。占有者Bとは親族ですが、所有者Cとは親族ではありません。判例は、両方との間に親族関係が必要だ、という立場です。実際の事件では、被告人が、ある会社が所有し、被告人と6親等の血族にあたる人が保管していた現金を盗んだ、という事案がありました。
判例最高裁判所決定(平成6年7月19日・刑集48巻5号190頁)
最高裁判所決定——会社所有の現金を、親族が保管していた場合に窃取した事案 窃盗犯人が所有者以外の者の占有する財物を窃取した場合において、刑法二四四条一項が適用されるためには、同条一項所定の親族関係は、窃盗犯人と財物の占有者との間のみならず、所有者との間にも存することを要するものと解するのが相当である。
先ほどのAとBとCの例なら、Aは処罰されます。刑の免除は受けられません。逆に、そのパソコンがB自身の物だったら、占有者も所有者もBで、Aの親族です。この場合は1項が適用され、刑は免除されます。趣旨に立ち返ってみてください。「法は家庭に入らず」という考え方は、関与するすべての人が家庭の中にいる場合に、初めて妥当します。所有者Cが家庭の外にいる以上、その財産のもめごとは、もう家庭の中だけの問題ではありません。なお、所有者との関係だけで足りるとする見解や、占有者との関係だけで足りるとする見解も、学説には存在します。ただ、判例・通説は、占有者・所有者の両方との親族関係が必要、という立場を採っています。
要件が否定される実例①——内縁
図:「配偶者」に、内縁は含まれない
続いて、244条が適用されない実例を、2つ見ていきます。1つ目は、内縁の配偶者です。244条1項の「配偶者」に、内縁の相手は含まれません。
判例最高裁判所決定(平成18年8月30日・刑集60巻6号479頁)
最高裁判所決定——内縁の配偶者との間の窃盗が問題になった事案 刑法244条1項は,刑の必要的免除を定めるものであって,免除を受ける者の範囲は明確に定める必要があることなどからして,内縁の配偶者に適用又は類推適用されることはないと解するのが相当である。
類推適用とは、条文の言葉には当たらなくても、よく似た関係に同じルールを当てはめることです。内縁は夫婦によく似ていますが、それでも244条は使えない、ということです。244条1項は、刑を必ず免除する、という強い効果を持っています。だから、免除を受けられる人の範囲は、はっきり決めておく必要があるんです。内縁も他の法分野では保護されることがあるので、この結論に違和感を持つ人もいます。ですが、244条の効果の強さを考えると、範囲を広げにくい、という理由づけです。
要件が否定される実例②——未成年後見人
図:後見の事務は、公的な性格を持つ
2つ目は、未成年後見人です。こう考えてください。未成年者Aの祖母Bが、Aの未成年後見人になっていました。親に代わって、未成年者の財産などを管理する立場のことです。家庭裁判所が選びます。そのBが、後見の事務として預かっていたAの貯金を、勝手に引き出しました。1項の「直系血族」には、当たります。実際の事件では、そうはなりませんでした。
判例最高裁判所決定(平成20年2月18日・刑集62巻2号37頁)
最高裁判所決定——未成年後見人が、後見の事務として預かる財産を業務上横領した事案 刑法255条が準用する同法244条1項は,親族間の一定の財産犯罪については,国家が刑罰権の行使を差し控え,親族間の自律にゆだねる方が望ましいという政策的な考慮に基づき,その犯人の処罰につき特例を設けたにすぎず,その犯罪の成立を否定したものではない……。そうすると,未成年後見人の後見の事務は公的性格を有するものであって,家庭裁判所から選任された未成年後見人が,業務上占有する未成年被後見人所有の財物を横領した場合に,上記のような趣旨で定められた刑法244条1項を準用して刑法上の処罰を免れるものと解する余地はないというべきである。
未成年後見人の仕事は、家庭裁判所から選ばれて行う、公的な職務だからです。単なる家族としての付き合いではありません。「法は家庭に入らず」という趣旨は、家庭の中だけの、私的なもめごとを対象にしています。ですから、刑法244条を準用する余地はない、と判断されました。ここで、少し止めて考えてみましょう。
図:内縁と未成年後見人、共通する理由は
内縁の配偶者と、未成年後見人。この2つに244条が適用されない理由は、実は同じ言葉で説明できます。何でしょうか?「法は家庭に入らず」という趣旨が、その場面には妥当しない、という理由づけです。内縁のほうは、少し橋渡しが要ります。1項は、刑を必ず免除する強い効果を持ちます。だから、国家が立ち入らない「家庭」の線は、婚姻届のように、外からはっきり見える形で引くしかありません。内縁は、その線の外側です。未成年後見人は、公的な職務なので、そもそも家庭の中だけの話ではありません。どちらも、趣旨がその場面に及ばない、という点で同じなんです。
親族関係の錯誤と共犯への不適用
図:処罰阻却事由は、故意の対象ではない
先ほどの、AがBの部屋にあったCのノートパソコンを盗んだ例に戻ります。もし、Aが「これも母Bの持ち物だ」と誤信していたら、どうなるでしょうか。所有者はCだと知らなかった、ということです。ですが、一身的処罰阻却事由と考える立場からは、結論は変わりません。なぜですか。親族関係は、犯罪が成立するかどうかを決める事情ではないからです。先ほど見たとおり、1項の刑の免除は、犯罪の成立は認めたうえで、刑だけを外す事情でした。一身的処罰阻却事由です。故意が向けられるのは、犯罪の成立を決める事実、たとえば構成要件に該当する事実です。刑だけを外す事情は、故意の対象に入りません。ですから、この立場からは、Aの認識がどうであれ、免除されるかどうかは、実際の親族関係で決まります。
この立場からは、そうです。ただ、高等裁判所には、同居の親族の物だと誤信した事案で、刑の免除を認めた例もあります。最後に、3項の共犯の話に戻ります。親族でない共犯者には、244条は適用されません。1項の免除も、2項の親告罪も及びません。その人だけに関わる事情なので、他の共犯者には影響しません。
244条を準用する罪
図:準用される罪、準用されない罪
244条は、窃盗罪と不動産侵奪罪だけの規定ではありません。詐欺罪、恐喝罪、背任罪、それに横領罪にも準用されます。ただし、強盗罪には準用されません。強盗は、財産だけでなく、暴行や脅迫で人の体や自由まで傷つけます。家庭の中で片づけさせてよい範囲を超えている、という価値判断です。もう1つ、盗品を買い取ったりする罪、盗品等に関する罪にも、244条は準用されません。そこは、また別の条文で、独自の親族特例が定められています。中身は、別の回で扱います。
今日の地図(保存版)
図:今日のまとめ
今日の内容を整理しましょう。235条の2は、窃盗罪の客体を、動産から不動産に広げる条文でした。判断の物差しは、占有の態様が質的に変わったか、でした。244条は、窃盗罪、それに不動産侵奪罪の処罰を、家族間で緩める条文でした。そして、この条文のすべての細部は、「法は家庭に入らず」という趣旨から説明がつきました。占有者と所有者の両方との親族関係が必要な理由も、内縁や未成年後見人に適用されない理由も、同じ趣旨でしたね。235条の2は客体を広げる条文、244条は処罰を狭める条文。どちらも、235条という中心の条文の「外側」を扱う特則でした。これで、窃盗罪をめぐる話は、一区切りです。
参照条文
- 刑法235条の2
- 刑法244条