2項強盗と利益移転の具体性・確実性
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第15章 個人的法益④|財産に対する罪①(総論・窃盗・強盗) ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
前回の受けから
図:今日は「利益」を奪う話です
前回、236条1項の強盗罪が終わりました。今日から、236条2項に入ります。1つ、考えてみてください。Aが、Bからお金を借りていました。返済を求められたAが、Bを殺してしまったとします。ですが、Bに相続人がいて、借用書もBの家に残っていたらどうでしょう。相続人が返済を求められる以上、Aの借金そのものは消えていません。それでも、Aに強盗罪は成立するでしょうか。結論を先に言うと、この場合、2項強盗罪は未遂にすらなりません。その理由が、今日の1本の筋です。これが、今日の核心に直結する問いです。前回、暴行・脅迫から強取までの1本の因果連鎖を見ました。今日は、奪うものが「物」ではなく「利益」になったときの話です。
236条2項——客体は財物ではなく財産上の利益
図:前項の方法により、財産上不法の利益を得る
まず、条文です。
条文刑法236条2項
刑法236条2項(強盗利得罪) 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
1項と2項で違うのは、客体だけです。1項は「他人の財物」、2項は「財産上不法の利益」を客体とします。「財産上不法の利益」という言葉、少し引っかかります。利益そのものが、不法でなければならないんですか。実は違います。ここでいう「不法の」は、利益を得る方法の不法性を指すにすぎません。暴行・脅迫という方法そのものが不法だから、当然に付いている言葉です。ここで、財物と財産上の利益の境界を見た回を思い出してください。覚醒剤の返還や代金の支払いを免れる利益は、財産上の利益にあたりましたか?あたりました。取引が違法なので、法律上は返還も支払いも請求できません。それでも、そこから事実上逃れることは財産上の利益になる、という判例でした。あの結論は、条文の上では、2項強盗罪の「不法の」を、いま見たように読むところから出てきます。別の事件でも、判例は、法律上は返還請求権の無い預かり金について、同じ判断をしています。
判例最高裁判所判決(昭和35年8月30日・刑集14巻10号1418頁)
最高裁判所判決——麻薬購入資金を預かり保管中、殺害してその返還を免れた事案 麻薬密売買にことよせて他人を誘き出し、その所持する麻薬購入資金を預かり同人のため保管中、該金員を不法に領得する目的をもつて同人を殺害し同人から事実上右金員の返還請求を受けることのない結果を生ぜしめて返還を免れたときは、たとえ右金員の授受は不法原因に基く給付であるがため被害者に返還請求権がないとしても刑法第二三六条第二項、第二四〇条後段の罪が成立する。
「不法の」という文言は、方法の不法性を指すだけであって、客体そのものの適法性を要求していない、という理解を裏づける判断です。財産上の利益は、代金請求権や返還請求権のように、幅広く含まれると考えてください。
行為——因果連鎖は1項と同じ
図:暴行・脅迫、反抗抑圧、利益取得という3段階
次に、行為の中身を見ます。236条2項が処罰するのは、暴行や脅迫を手段にして、財産上の利益を得てしまう行為です。暴行・脅迫があって、それによって反抗が抑圧される。その状態に乗じて、財産上の利益を得る。客体が財物から利益に変わっただけで、因果の型は完全に同じです。前回見た2つの要件も、そのまま生きています。1つは、反抗を抑圧するに足りる程度であること。もう1つは、その暴行・脅迫が、財産上の利益の取得に向けられたものであること。この手段性の要件は、今日、あとで大きく効いてきます。典型例で確認しておきましょう。Bが、Aに対して債務の支払を請求したとします。Aが、Bに暴行を加えて反抗を抑圧し、Bに支払の請求をあきらめさせる。これで、Aは「債務を免れる」という財産上の利益を得たことになります。
処分行為の要否——交付罪との対比
図:被害者の意思表示は要らない
ここで、財産犯を3つの物差しで仕分けた回を思い出してください。強盗罪は、窃盗罪の側と、詐欺罪・恐喝罪の側の、どちらに分けましたか?窃盗罪と同じ、被害者の意思に反して奪う「盗取罪」でした。詐欺罪と恐喝罪は、意思に基づいて渡させる「交付罪」です。この分け方が、2項強盗の一番の難所を解く鍵になります。冒頭の事例を、もう一度使います。Aが、店主Bから現金を借りていました。Aが、返済を免れるためにBを殺してしまったとします。Bが一言も発していないことが、まさに問題です。詐欺罪や恐喝罪では、被害者が自分の意思で財物や利益を差し出す行為が要ります。これを処分行為といいます。
では、2項強盗ではどうでしょうか。Bが殺されてしまえば、Bの意思表示は一切ありません。それでも、2項強盗は成立するのでしょうか。判例は、成立を認めています。
判例最高裁判所判決(昭和32年9月13日・刑集11巻9号2263頁)
最高裁判所判決——債務の支払を免れる目的で反抗抑圧程度の暴行・脅迫を加えた事案 犯人が債務の支払を免れる目的をもつて債権者に対しその反抗を抑圧すべき暴行、脅迫を加え、債権者をして支払の請求をしない旨を表示せしめて支払を免れた場合であると、右の手段により債権者をして事実上支払の請求をすることができない状態に陥らしめて支払を免れた場合であるとを問わず、ひとしく右二三六条二項の不法利得罪を構成するものと解すべきである。
「請求をしない旨を表示させた場合」と「事実上請求できない状態にした場合」を、どちらも区別せず認めています。そこがポイントです。判例は、処分行為を不要としています。詐欺罪や恐喝罪は、被害者の意思に基づく交付を特徴とする犯罪です。だからこそ、処分行為が構成要件の中心にあります。ところが2項強盗罪は、被害者の反抗を抑圧して奪う犯罪です。反抗を抑圧するというのは、そもそも被害者の自由な意思を奪う行為です。反抗を抑圧して奪う犯罪である以上、被害者の任意の処分行為は、最初から予定されていません。最初に思い出した分け方でいえば、2項強盗罪は盗取罪の側です。処分行為が要るのは、交付罪の側だけなんです。だから、処分行為は不要と解されます。
利益移転の具体性・確実性——処罰範囲の限定
図:相続人と、物的証拠
ここで、1つ疑問が生まれます。処分行為が不要だとしても、際限なく2項強盗を認めてよいのでしょうか。限定しなければ、借金のある人が貸主を殺した事件は、すべて殺人罪より格段に重い強盗殺人罪になってしまいます。Bに子がいれば、その子から、あらためて支払を請求される可能性が残ります。そこで、処罰範囲を限定するために、利益移転には具体性・確実性が必要と解されています。具体的に、場合分けをしてみましょう。Bに相続人がいない場合は、この借金は誰にも引き継がれません。この場合は、利益移転の具体性・確実性が認められます。
ここでもう1段階、場合分けが要ります。Bとの貸し借りが、借用書も何もない口約束だったとします。Bが死んでしまえば、子はこの借金の存在自体を証明できません。事実上、支払を免れたといえます。この場合も、具体性・確実性は認められます。一方、Bが几帳面な人で、借用書をきちんと作成し、自宅に保管していたとします。子が、その借用書の存在を知っているとします。この場合は、利益移転の具体性・確実性が否定されます。表にすると、この3つの場合分けになります。相続人がいなければ肯定。相続人がいても物的証拠が無ければ肯定。相続人がいて物的証拠もあれば否定です。
飲食店で代金を免れようと店員を殴って逃げた場合も、同じ枠組みで考えます。ふらっと立ち寄っただけの店なら、誰だったか特定されにくく、事実上請求が困難になるからです。
図:暗証番号を聞き出す行為も、同じ枠組み
もう1つ、実務でよく出る場面を見ておきましょう。Aが、Bのキャッシュカードを盗んでいたとします。そのカードだけでは、暗証番号が分からず、ATMからお金を引き出せません。そこでAが、Bに反抗抑圧程度の暴行・脅迫を加えて、暗証番号を聞き出したとします。この場合、Aは、あとはATMに行くだけで現金を受け取れる立場を、暴行・脅迫によって確実に手にしています。これも、財産上の利益の取得にあたります。同様の事案で、2項強盗罪の成立を認めた裁判例があります。「事実上、確実に利益を得られる状態を作ったかどうか」という、同じ物差しで測っています。
具体性・確実性が欠けたときの効果——頻出の引っかけ
図:欠けた場合は、未遂ですらない
ここが、この回で一番間違えやすいところです。先ほどの表で、否定側だった場合を思い出してください。Bが借用書を残していて、子もそれを知っている場合です。Aが、Bに「もう返さなくていい」と言わせるために、反抗抑圧程度の暴行を加えたとします。それでも、2項強盗罪は成立しません。ここで多くの答案が間違えます。未遂にすら、なりません。実は、利益移転の具体性・確実性という論点は、利益取得の結果の話ではありません。暴行・脅迫という、実行行為そのものの評価の話なんです。前回、手段性の要件を見ましたね。暴行・脅迫は、財物、あるいは利益の取得に向けられていなければならない、という要件です。
今日の場面も、それと同じ構造です。いずれ請求される借用書がある以上、Aの暴行は、確実な利益取得に向けられたとは評価できません。つまり、この暴行・脅迫は、そもそも2項強盗罪の実行行為にあたらないんです。「利益移転の具体性・確実性が無いので、未遂にとどまる」という書き方は、誤りです。正しくは、「利益移転の具体性・確実性が無いので、2項強盗罪の実行行為にあたらず、未遂すら成立しない」となります。
2項強盗の未遂
図:実行行為はあるが、結果が出なかった場合
先ほどの「未遂すら成立しない」場合と、区別してほしい場合があります。Bに相続人がおらず、具体性・確実性が認められる関係にあったとします。Aが、暴行を加えている最中に、第三者に取り押さえられてしまいました。実行行為性は、しっかり認められます。なぜなら、相続人がいない以上、この暴行が最後まで成功すれば、Aは確実に返済を免れられるからです。ただ、現実には利益を取得するに至っていません。この場合は、2項強盗罪の未遂として扱われます。1項強盗の未遂・既遂の型が、そのまま2項にも働きます。まとめると、実行行為性そのものが無ければ不成立。実行行為性はあるが結果が出なければ未遂。実行行為性があり結果も出れば既遂です。
1項詐欺罪との関係——混合包括一罪
図:先に詐欺、あとから強盗
最後に、よく出る罪数の場面を見ておきます。Aが、代金を払う気が無いのに、それを隠して料理の提供を受けたとします。財物である料理を、だまして受け取っているからです。そのあとAが、代金請求を免れようと、店員に反抗抑圧程度の暴行を加えたとします。ここで疑問が生まれます。素直に考えれば、1項詐欺罪と、2項強盗罪という、2つの罪が別々に成立し、併合罪になりそうです。2つの行為が同じ流れの中で起きている以上、単純に別々の罪として数えていいかが問題になります。2つの罪は、時間的にも場所的にも接着しています。しかも、詐欺で奪った「料理」と、強盗で免れた「料理の代金債権」は、実質的に同じ利益を指しています。
店が失ったのは、実質的には料理1回分の価値だけです。それを詐欺と強盗で2回数えると、1つの被害を二重に罰することになります。そこで、1つの被害は1回だけ、重い2項強盗罪で評価します。これを、混合包括一罪といいます。判例も、同様の考え方を示しています。
判例最高裁判所決定(昭和61年11月18日・刑集40巻7号523頁)
最高裁判所決定——先行する財物取得行為と、それに続く2項強盗が接着している事案 先行する……取得行為がそれ自体としては、窃盗罪又は詐欺罪のいずれに当たるにせよ、前記事実関係にかんがみ、本件は、その罪と(二項)強盗殺人未遂罪のいわゆる包括一罪として重い後者の刑で処断すべきものと解するのが相当である。
実はこの決定は、財物と財産上の利益の境界を見た回で、覚醒剤の返還を免れようと発砲した事件として見たものです。あの回で深入りしなかった「まとめて1つの罪」が、この考え方です。実質的に同じ利益をめぐる、一連のつながった出来事だからこそ、重い罪の一罪として処断するんです。
今日の地図(保存版)
図:今日のまとめ
今日の内容を整理しましょう。236条2項は、1項とまったく同じ、暴行・脅迫から利益取得までの因果連鎖を定めていました。ただ、客体が目に見えない利益になったことで、1項には無い2つの限定原理が必要になりました。1つ目は、処分行為の要否です。反抗を抑圧して奪う犯罪だから、被害者の意思表示は要りません。2つ目は、利益移転の具体性・確実性です。相続人と物的証拠の有無で、利益取得を認めてよいかを判断しました。そして、それが欠けたときは、未遂にとどまるのではなく、未遂すら成立しないんでしたね。ここは、しっかり押さえておいてください。冒頭の問い、覚えていますか。Bに相続人がいて、借用書も残っている場合、Aに強盗罪は成立しないという結論でした。
借金がチャラにならない以上、Aは確実に利益を得たとはいえない、ということですね。
参照条文
- 刑法236条2項