背任罪の財産上の損害と図利加害目的
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第16章 個人的法益⑤|財産に対する罪②(詐欺・恐喝・横領・背任・盗品・毀棄) ⑰/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
貸したのに、損害はあるのか
図:回収見込みのない工務店へ貸した支店長
前回までで、背任罪の主体と、背任行為と、横領との区別を見ました。他人のために事務を処理する者が、信任関係に違背して本人の財産を侵害する行為が背任行為で、財物の領得行為なら横領、その他の背信行為なら背任、でした。今日は、条文に残った最後の、二つのパーツを見ます。設例です。信用金庫の支店長が、返済の当てがなく、担保も取っていない工務店に、800万円を貸しました。信用金庫の手元から、800万円の現金は消えました。けれども、その代わりに、800万円を返してもらう権利、つまり債権が残っています。額面だけを足し引きすれば、損害はゼロに見えます。ところが、判例は損害がある、と考えます。今日は、その理由と、もう一つのパーツである、何のために背いたかという目的、図利加害目的を見ます。債権の値打ちを何で測るか、が分かれ目です。
財産上の損害の意義
図:247条の残りの二つ
条文刑法247条
刑法247条(背任) 他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
太字が、今日の二つのパーツです。目的の側は、自己若しくは第三者の利益を図り、又は本人に損害を加える目的、結果の側は、本人に財産上の損害を加えたとき、です。まず、結果から見ます。ここで1問です。前に、財産犯を、個別の財産が失われれば足りる罪と、財産全体が減ったことまで要る罪に分けました。後の方を、全体財産に対する罪と呼びました。財産犯のうち、全体財産に対する罪は、いくつありましたか?背任罪だけでした。だから、今日の損害の話は、全部そこにつながります。背任では、プラスもマイナスも差し引きして、本人の財産全体が減ったかを見ます。詐欺では、詐欺の財産的損害の回で見たとおり、通説は、求めたものと実際に渡されたものとの間に、経済的に重要な食い違いがあるかで損害を見ました。背任は、一つの取引の食い違いではなく、差し引きした財産全体が減ったかで見ます。
図:財産上の損害の二つの形
財産上の損害には、二つの形があります。一つは、今ある財産が減る、積極的損害です。例えば、時価1,000万円の土地を、わずか600万円で売ってしまえば、代金を受け取っても、差し引き400万円、財産全体が減ります。もう一つは、増えるはずだった価値が増えなかった、消極的損害です。例えば、本来なら得られたはずの利息収入が得られなくなる場合です。判例は、この両方を含めて損害と考えます。増えるはずだったものが増えないことも入ります。ただし、どちらの形でも、測るのは財産全体の状態です。次に、その測り方を見ます。
同額の債権を得ても損害か
図:現金と債権の値打ち
冒頭の問いです。その前に、1問立ち止まってください。800万円を貸して、回収の見込みのない、額面800万円の債権が残りました。この債権は、800万円の値打ちがあると言えますか?言えないと思います。返ってこないのなら、紙に800万円と書いてあるだけです。ここに、二つの見方があります。法的損害概念説は、法的見地で見ます。債権は法律上800万円ある、現金を失う代わりに同額の債権を得た、だから差し引きゼロで、損害はない、と考えます。対して、経済的損害概念説は、経済的見地で本人の財産状態を評価します。回収の見込みのない債権は、額面の価値がありません。800万円の現金と、ほとんど回収できない債権では、財産の値打ちがまるで違います。だから、貸付の時点で損害がある、と考えます。判例も通説も、経済的見地です。たとえて言うと、額面1,000円の商品券でも、もう閉店した店でしか使えないのなら、財布の中身が1,000円ふえたとは言えません。額面ではなく、実際に使える価値で測る、ということです。判例を読みます。
判例最高裁判所第一小法廷決定(昭和58年5月24日)・刑集37巻4号437頁
財産上の損害の意味 刑法二四七条にいう「本人ニ財産上ノ損害ヲ加ヘタルトキ」とは、経済的見地において本人の財産状態を評価し、被告人の行為によつて、本人の財産の価値が減少したとき又は増加すべかりし価値が増加しなかつたときをいうと解すべきである
判決文の言葉を順に見ます。経済的見地において、とは、額面ではなく実質で見る、ということです。財産の価値が減少したとき、が積極的損害で、増加すべかりし価値が増加しなかつたとき、が消極的損害です。先ほどの二つの形が、一文に入っています。
図:不良貸付と債務保証
注意点が一つあります。この判例の事案は、不良貸付ではありません。信用保証協会の支所長の、債務保証の事案です。信用保証協会は、中小企業が借入れをするときに、返済を保証する団体です。支所長は、企業の資金の使い道が、倒産をしばらく取り繕うためのものにすぎないと知りながら、任された限度額を超えて債務保証を決めました。決裁を受けるための稟議の資料には事実と違うことを書き、担保の抵当権を設定させよという協会長の指示にも従わずに、保証書を渡しました。この事案で、判例は次のように述べています。
判例最高裁判所第一小法廷決定(昭和58年5月24日)・刑集37巻4号437頁
現実の損失が出る前の損害 同人の債務がいまだ不履行の段階に至らず、したがつて同協会の財産に、代位弁済による現実の損失がいまだ生じていないとしても、経済的見地においては、同協会の財産的価値は減少したものと評価される
保証は、債務を負っただけで、まだ現金は出ていません。企業が返せなくなって、協会が代わりに払う、代位弁済が起きる前です。それでも、保証債務を負った時点で、協会の財産の価値は下がっている、と評価されます。債務を負った時点で損害が生じるので、既遂もその時点です。ここまでが、判例の事案です。
図:貸付の当てはめ
答案では、この規範を、冒頭の不良貸付に当てはめます。
⭐ 論文で書く規範:【論文で書く規範】財産上の損害 「財産上の損害」とは、経済的見地において本人の財産状態を評価し、行為によって本人の財産の価値が減少したとき又は増加すべかりし価値が増加しなかったときをいう。 (規範(判例)——最決昭58・5・24。全体財産に対する罪だから、財産状態全体で評価する)
出どころは、判例です。条文には、経済的見地という基準は書かれていません。そこで、規範として文言を覚えます。あてはめです。800万円の現金と、回収の見込みのない800万円の債権では、経済的な評価がまるで違います。貸付の時点で、信用金庫の財産の価値は減少しています。したがって、財産上の損害が生じました。貸付の時点で既遂で、実際に回収できないと確定するのを待ちません。貸したら必ず損害になるのですか。なりません。経済的見地は、常に損害あり、ではなく、評価の問題です。十分な担保があって、確実に回収できる貸付なら、現金と債権の値打ちは釣り合います。この場合は、財産の価値は減っていないので、損害は生じません。回収できるかどうかを、担保や相手の資力から見るわけです。ここは論文で論点になりうるところです。
既遂と未遂
図:250条
条文刑法250条
刑法250条(未遂罪) この章の罪の未遂は、罰する。
背任罪は、未遂も罰せられます。既遂と未遂の分かれ目は、財産上の損害が生じたかどうかです。例えば、支店長が不良貸付の送金手続に入ったものの、本部の審査で止められて、お金が出なかった場合は、任務に背く行為には着手していますが、財産上の損害は生じていないので、未遂です。貸付が実行されて、回収見込みのない債権を得た場合は、先ほどのとおり、その時点で損害が生じているので、既遂です。損害が出るまでの時間を、待つ必要はありません。
図利加害目的——三つの型
図:図利加害目的の三つの型
次は、目的です。背任罪は目的犯です。任務に背くことと、損害を加えることの認識、つまり故意のほかに、自己図利、第三者図利、本人加害のいずれかの目的が、別に要ります。三つをまとめて、図利加害目的と呼びます。条文の文言を読めば出てくるので、成立要件です。覚える規範ではなく、条文から読み取ります。同じ不良貸付で、三つの型を並べます。回収できないと分かって貸した支店長が、貸付先に自宅の増築を格安で請け負ってもらう約束をしていたなら、自己の利益を図る、自己図利です。妹の夫が営む別の工務店を助けたくて貸したなら、第三者の利益を図る、第三者図利です。同期が先に昇進したことに腹を立て、信用金庫そのものに損害を与えてやろうと思って貸したなら、本人加害です。
損害が出ると分かって貸したのなら、それで足りないのですか。足りません。損害の認識は故意の話です。目的は、それとは別に、何のために動いたか、という行き先の話です。たとえば、支店長が、取引先を立て直せば、これまでの貸付金を取り戻せる、もっぱら信用金庫のためになる、と考えて貸したとします。損害が出るかもしれないと分かっていても、本人の利益を図る目的なら、図利加害目的はなく、背任は成立しません。
「利益」には保身も入る
図:「利益」の範囲
図利の利益は、財産上の利益に限られるでしょうか。背任は財産犯なので、限るという見方もあります。けれども、判例は限りません。自分の地位を守る、信用や面目を保つ、といった身分上の利益、つまり保身の利益も含みます。理由は、図利の目的は、犯罪の動機にすぎないからです。背任が財産犯であることは、結果の側、つまり本人に財産上の損害を加えたこと、で既に押さえられています。目的の側は、何のために動いたかという動機なので、財産上のものに限る必然性はありません。判例の事案を見ます。銀行の支店長が、取引先の会社の当座預金の資金が足りないのを、銀行が立て替えて払う、過振りで補ってきました。過振りとは、口座に残高がないのに、銀行が立て替えて支払うことです。会社の資金状態が良くなる見通しがないと明らかになったあとも、回収できないおそれがあると承知で、長い間、過振りを続けました。動機は、これまで安易に過振りを続けてきた実態が、本店に発覚して、自分の面目や信用が落ちるのを防ぐことでした。銀行のためではありません。この事案は、特別背任の事案です。特別背任は、株式会社の取締役や監査役、支配人、事業に関するある種類または特定の事項の委任を受けた使用人などの背任を、重く罰する規定で、会社法に定めがあります。支店長がこれに当たるのは、支配人や、ある種類または特定の事項の委任を受けた使用人に当たる場合です。構造は247条の背任と同じです。判例は、この支店長に、図利加害の目的を認めました。取引先を利し、銀行を害することを熟知しながら、銀行のためではなく、自分の面目を守るために続けていたからです。
自分を守るためなら、銀行を害するつもりはなかった、とはならないのですか。なりません。保身が動機でも、その行為が取引先を利して銀行を害することを分かっていれば、図利加害の目的は認められます。動機が保身だから、目的がない、とはならないわけです。身分上の利益も含む、という一般論を述べたのは、古い大審院の判例です。この決定は、保身が動機の支店長に、図利加害の目的を認めた事例です。
本人のためでもあった場合
図:併存の天秤
貸した理由が一つとは限りません。図利加害の目的と、本人のためになる目的が、併存する場合です。設例です。業績が悪化した取引先に、支店長が追加で貸しました。取引先が倒れると、支店長の支店の不良債権がふえて、人事評価が下がります。同時に、取引先を再建できれば、これまでの貸付金を回収できる見込みもあります。この場合は、主たる目的がどちらかで決まります。本人図利が主なら、図利加害の目的がないので、背任にはなりません。図利や加害が主なら、目的が認められて、背任が成立します。なぜ、主な方で決めるのでしょうか。貸す理由が混ざるのは普通のことです。少しでも自分の得が混じれば背任、とすると、本人のための経営判断まで罰することになります。目的の要件は、本人のために動いた場合を、背任から外すためにあります。だから、どちらが主かで線を引きます。
⭐ 論文で書く規範:【論文で書く判断の枠組み】図利加害目的と本人図利目的の併存 図利加害目的と本人の利益を図る目的が併存するときは、主たる目的がどちらであるかによって、図利加害目的の有無を判断する。 (判断の枠組み(判例)——最決平10・11・25)
判例の事案は、銀行の融資の特別背任でした。関連会社の会員権の預り保証金の償還問題を解決すれば、銀行の利益にもなる、という動機は一応ありました。けれども、判例は二点を見ました。一つは、問題の大きい融資をしてまで、償還の資金を確保する必要性も緊急性も認められないこと。もう一つは、融資に関わった人たちの決定的な動機が、責任を回避して被告人の意向に従うという安易さや、引き下がれないという事情にあったことです。そこから、この融資は、主として融資先や売主の利益を図る目的で行われたとして、第三者図利の目的を認めました。決定的な動機は何か、必要性や緊急性はあったか、他の手段はなかったか、という事情から、主たる目的を判断するわけです。先ほどの追加融資の設例に当てはめます。再建の計画に裏付けがあって、貸付金を回収するための追加融資なら、本人図利が主で、背任になりません。再建の見込みが乏しいのに、自分の人事評価を守るために貸したのなら、保身が主で、図利加害の目的が認められ、背任が成立します。ここは論文で論点になりうるところです。
図利加害の認識の程度
図:認識の程度
最後に、図利加害の認識の程度です。判例は、次のように述べています。
判例最高裁判所第二小法廷決定(昭和63年11月21日)・刑集42巻9号1251頁
図利加害目的と意欲 特別背任罪における図利加害目的を肯定するためには、図利加害の点につき、必ずしも所論がいう意欲ないし積極的認容までは要しないものと解するのが相当であり
積極的認容とは、そうなってもかまわない、と積極的に受け入れることです。意欲は、そうしたい、という気持ちです。判例は、そこまで求めません。言い換えると、図利加害の認識があれば足り、未必的な認識でもよい、ということになります。これは判旨そのものの言葉ではなく、私たちの整理です。先ほどの支店長は、取引先を利し銀行を害することを熟知していました。それで足りたのです。反対に、確定的な認識や意欲まで必要だとする見解もありますが、判例は、意欲や積極的認容までは求めない立場です。目的なのに、なぜ認識で足りるのでしょうか。損害の認識は故意の話で、目的は、何のために動いたか、でした。目的の要件の役目は、本人のために動いた場合を外すことです。本人のためという動機が主でないまま、取引先を利し銀行を害すると分かって動いたなら、何のために動いたかの答えは、もう本人のため、ではありません。だから、図利加害を意欲するまでは要りません。意欲まで求めると、保身が動機で、銀行を害したいとまでは思っていない支店長が、みな外れてしまいます。
詐欺・横領との関係
図:部下が欺いて金を出させたとき
最後に、他の罪との関係です。まず、詐欺です。1問、考えてください。建設会社の資材担当者が、仕入れ先と共謀して、納入数量を実際より多く報告し、会社に代金を払わせました。資材の管理を任された担当者が、その任務に背いたのですから、背任にも見えます。背任でしょうか、詐欺でしょうか。会社を欺いて、お金を出させているので、詐欺だと思います。判例は、次のように述べています。
判例最高裁判所第二小法廷判決(昭和28年5月8日)・刑集7巻5号965頁
任務違背と詐欺 他人の委託によりその事務を処理する者が、その事務処理上任務に背き本人に対し欺岡行為を行い同人を錯誤に陥れ、よつて財物を交付せしめた場合には詐欺罪を構成し、たとい背任罪の成立要件を具備する場合でも別に背任罪を構成するものではないと解すべきである
任務違背の行為が、本人に対する欺罔を含み、それによって本人に財物や財産上の利益を交付させた場合は、詐欺罪のみが成立し、背任罪は別に成立しません。古い大審院の判例も、同じ結論でした。詐欺だけにするのは、同じ悪さを二度数えないためです。資材担当者の例では、任務に背いた中身は、数量を多く報告して会社を欺いたことです。会社の損害は、欺かれて支払った代金です。背任より重い詐欺罪は、欺いて財産を出させたこの全体を、まるごと処罰しています。そこに背任を重ねると、同じ行為を二度罰することになります。向きに注意してください。詐欺のみになるのは、欺いて交付させた場合です。欺罔がなく、単に任務に背いて損害を与えただけなら、背任のままです。区別の軸は、本人を欺いて、本人から交付させたかどうかです。横領との関係は、前回の基準に戻ります。財物についての領得行為なら横領、その他の背信行為なら背任、でした。冒頭の支店長が、信用金庫の名義と計算で貸したのなら、財物を自分のものにしたのではないので、背任です。
今日の地図(保存版)
図:背任罪の答案の骨格
まとめます。冒頭の問いの答えは、同額の債権を得ても、回収の見込みがなければ、貸付の時点で損害がある、でした。財産上の損害は、経済的見地で見て、財産の価値が減ったとき、または増えるはずの価値が増えなかったときです。背任は全体財産に対する罪なので、財産状態全体で測ります。債権は額面ではなく、回収できるかで評価します。損害が生じれば既遂、生じていなければ未遂です。図利加害目的は、条文どおりの成立要件です。自己図利、第三者図利、本人加害のどれかが、故意とは別に要ります。保身の利益も含まれ、動機が保身でも認められます。本人図利が併存するときは、主たる目的で決めます。意欲や積極的認容までは要らず、認識があれば足ります。答案の骨格は、五段です。主体、任務違背行為、財産上の損害、図利加害目的、そして他の罪との関係です。任務違背が本人への欺罔を含み、交付させたなら詐欺のみ、領得行為なら横領、と確認します。
参照条文
- 刑法247条
- 刑法250条