刑法ゼロから刑法#174

私文書偽造罪と名義人の承諾

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第17章 社会的法益|公共の平穏・取引の安全・風俗 ⑮/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

承諾しているのに偽造になる文書

問い・二つの設例 図:問い・二つの設例

前回の終わりに約束したとおり、今日は、私人が作る私文書の偽造、159条を見ます。偽造の意味を学んだ回で、本人が自分で書くこと自体に意味がある文書は別に扱う、と約束しました。その約束も、ここで果たします。設例を二つ出します。一つ目、Pです。取引先の社長から、電話で、契約書の署名欄は、私の名前で君が書いておいてくれ、と頼まれました。担当者は、言われたとおり、社長の名前を署名欄に書きました。社長は承知しています。二つ目、Qです。友人から、代わりに受けてくれ、と頼まれました。民間の検定試験を、友人の名前で受験して、友人名義の答案用紙に答えを書いて出しました。友人は承知しています。

実は、片方は偽造にならず、片方は偽造になりえます。分かれ目は、名義人が承知しているかどうかではありません。文書の種類で決まります。順に見ていきます。

159条の骨格と刑の差

159条の骨格 図:159条の骨格

まず、条文です。1項から読みます。

条文刑法159条1項

刑法159条1項(有印私文書偽造等) 行使の目的で、次の各号に掲げるいずれかの行為をした者は、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。 一 他人の印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書等を偽造し、又は偽造した他人の印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書等を偽造する行為 二 他人の電磁的記録印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する電磁的記録文書等を偽造し、又は偽造した他人の電磁的記録印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する電磁的記録文書等を偽造する行為

公文書の155条とそっくりの作りです。印章等と文書等という略称は、155条の括弧の中で定義された言葉を借りています。155条では、印章等は、公務所や公務員の印章か署名でした。159条では、それが他人の印章か署名に置き換わります。文書等は、文書か図画です。違いは、名義人が公務所や公務員でなく、私人であることです。

条文刑法159条2項・3項

刑法159条2項・3項(有印私文書変造・無印私文書偽造等) 他人が押印し若しくは署名した権利、義務若しくは事実証明に関する文書等又は他人が電磁的記録印章等を使用して作成した権利、義務若しくは事実証明に関する電磁的記録文書等を変造した者も、前項と同様とする。 前二項に規定するもののほか、権利、義務又は事実証明に関する文書等又は電磁的記録文書等を偽造し、又は変造した者は、一年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。

2項は、他人が押印や署名をした文書を変造する罪で、刑は1項と同じです。3項は、1項2項に当たらない残りを拾う受け皿で、刑が軽くなります。

155条と159条の比較 図:155条と159条の比較

並べて比べます。名義人が役所なら155条で、1項と2項は1年以上10年以下の拘禁刑です。私人なら159条で、1項と2項は3月以上5年以下の拘禁刑です。3項も、155条は3年以下または20万円以下、159条は1年以下または10万円以下です。私文書のほうが、軽いんですね。どうしてですか。役所の文書は、社会全体が信用して手続を進める土台だからです。偽造の被害が広く及ぶので、重く罰します。私人の文書も保護しますが、信用の広がりが小さいぶん、刑が軽くなります。

有印・無印と、有形偽造が原則

有印と無印・私文書版 図:有印と無印・私文書版

有印の意味は、公文書と同じです。他人の印章か署名を使っていることで、どちらか一方で足ります。署名には、公文書のときと同じく、印刷した氏名の記名も含まれます。社長の印鑑が押された契約書を偽造すれば1項、他人が署名した借用書の日付を書き換えれば2項です。印鑑も署名もないけれど、文面から誰の作成した書面か分かるものは、3項です。なお、先ほどの1項の中には、他人の印章を使う場合のほかに、偽造した印章を使う場合も含まれています。偽造と変造の意味も、これまでと同じです。偽造は、名義人と作成者の人格の同一性を偽ること。文書の上で作ったことになっている人と、その文書を自分の意思として出した人とが、食い違うことです。変造は、真正な文書の非本質的な部分、たとえば日付のような、文書の同一性を変えない部分に、権限なく変更を加えることです。そして私文書では、偽造がとても大事です。私文書は、有形偽造、つまり名義を偽る偽造が原則だからです。作成者が名義人本人で、内容が嘘だという無形偽造は、原則として罰しません。例外の虚偽診断書は別の回で扱います。

文書偽造の最初の回で見たとおり、私人の文書の内容の嘘まで罰していたら、際限がないからです。自分の名前で出す年賀状に、元気です、と書いて、実は寝込んでいても、文書の罪にはなりません。だから私文書では、「それは偽造にあたるか」が勝負になります。今日の山場は、そこです。

行使の目的

行使の目的 図:行使の目的

159条は、行使の目的を要する目的犯です。その前に、前回の確認です。偽造した免許証を、持ち歩いているだけでは行使にならないと見ました。では、行使と言えるのは、どんな状態に置いたときでしたか?他人に内容を認識させるか、認識しうる状態に置いたときです。行使の目的とは、偽造や変造をした文書を、真正な文書として使う目的のことです。偽造した契約書を、取引先に本物として見せるつもりなら、目的があります。目的は、作った時点であれば足ります。実際に使わなくても、成立します。逆に、舞台の小道具のように、偽物と分かる形で使うつもりなら、目的はありません。

客体の限定——権利、義務又は事実証明

権利義務と事実証明 図:権利義務と事実証明

次に、159条の客体です。条文にあった、権利、義務又は事実証明に関する、という限定です。155条の公文書には、この限定がありません。私文書は、守る範囲が内容で絞られています。権利、義務に関する文書は、権利や義務が生まれたり、変わったり、なくなったりする意思表示を内容とする文書です。身近な例は、借用証書や、売買の契約書です。冒頭のPの契約書も、これに当たります。事実証明に関する文書は、権利義務でなくても、社会生活に交渉を有する事項、つまり、社会生活の中で意味のある事柄を、証明するのに足りる文書です。判例の言葉を見ます。

判例最決昭33・9・16 刑集12巻13号3031頁

事実証明に関する文書の意味 ……社会生活に交渉を有する事項に属すると認めるのが相当であり、従つてかかる事項を証明するに足る文書である以上は、たとえそれが所論のように、権利義務に関する事項に関しないものであつても、刑法一五九条一項にいわゆる事実証明に関する文書に当たると解するを相当とする

読みどころは、権利義務に関係がなくても、社会生活に関わる事柄を証明できる文書なら足りる、の一点です。例は、郵便局に出す転居届や、履歴書です。判例が答えています。

判例最決平6・11・29 刑集48巻7号453頁

入学選抜試験の答案 本件入学選抜試験の答案は、試験問題に対し、志願者が正解と判断した内容を所定の用紙の解答欄に記載する文書であり、それ自体で志願者の学力が明らかになるものではないが、それが採点されて、その結果が志願者学力を示す資料となり、これを基に合否の判定が行われ、合格の判定を受けた志願者が入学を許可されるのであるから、志願者の学力の証明に関するものであって、「社会生活に交渉を有する事項」を証明する文書……本件答案が刑法一五九条一項にいう事実証明に関する文書に当たるとした原判断は、正当である。

読みどころは、答案そのものでは学力が分からなくても、採点を経て合否の基礎になるなら、学力の証明に関する文書だ、の一点です。だから、冒頭のQで、友人の名前で書いた検定試験の答案も、同じ理屈で、事実証明に関する文書に当たると考えられます。次に、公文書か私文書かです。これは、名義人で決まります。答案の名義人は、受験した本人、つまり私人です。国立大学の入試でも、答案は私文書です。権利義務にも事実証明にも当たらない文書は、159条の客体になりません。たとえば、自分だけが読む、純粋に私的な覚書です。社会生活に関わる文書は無数にあります。全部を刑法で守ると広すぎるので、権利義務と事実証明に絞っている、と説明されます。

今日の道筋 図:今日の道筋

今日の道筋です。骨格と客体は済みました。これから、名義人の承諾を見ます。そのあと、令和7年の改正を確認して、冒頭の二つの設例に答えを出します。

名義人の承諾と、偽造

設例PとQ・承諾 図:設例PとQ・承諾

ここが論文でも論点になりうる所です。名義人があらかじめ承諾している場合、他人が名義人の名前で文書を作っても、偽造でしょうか。まず、原則です。偽造にあたりません。文書偽造の最初の回で見た意思説を思い出してください。作成者は、自分の意思や観念を文書に表した者、または人に表させた者でした。承諾した名義人は、自分の意思を、他人に書かせて表示させた者です。だから作成者は、名義人本人です。名義人と作成者が一致するので、人格の同一性にズレがありません。冒頭のPがそうです。社長が、担当者に書かせて、自分の意思を表示させています。作成者は社長なので、偽造ではありません。文書偽造の最初の回で見た、部長が部下に見積書を作らせた設例と、同じ構造です。

承諾があっても、いつも偽造にならないわけではありません。ここで、考えてみてください。承諾があれば原則として偽造にならないと見ました。では、名義人が頼んでいても、偽造として罰せられてしまう文書とは、どんな文書でしょうか。本人が自分で書くことに意味がある文書、という見当は合っています。判例を見ます。

判例最決昭56・4・8 刑集35巻3号57頁

承諾があっても偽造になる文書 交通事件原票中の供述書は、その文書の性質上、作成名義人以外の者がこれを作成することは法令上許されないものであつて、……他人の名義で作成した場合は、あらかじめその他人の承諾を得ていたとしても、私文書偽造罪が成立すると解すべきである。

読みどころは、文書の性質上、名義人以外が作ることが許されない文書は、承諾があっても偽造になる、の一点です。交通違反で取り締まられた人が、事実を認めて自分で署名する、供述書の欄です。他人の名前で書いたのですね。

承諾の判断・流れ 図:承諾の判断・流れ

答案では、これを、性質上、本人が自分で書くことが要求される文書、つまり自署性が要求される文書と整理します。判旨の言葉は、法令上許されない、です。整理の言葉と、判旨の言葉は、分けて覚えてください。理由はこうです。見分け方は、その文書が証明しようとしている中身が、本人の行為そのものかどうかです。供述書は、本人が違反を認めたこと。答案は、本人の学力です。そういう文書は、「この本人が、自分で書いた」ことが、信用の中身になっています。代わりに書くことが許されないので、承諾があっても、本人の意思を表示させたことになりません。作成者は、実際に書いた人になり、名義人とズレます。だから、偽造です。自署性が要求される文書の例は、この原票の供述書欄、入学試験の答案、旅券の発給申請書です。

役所の書式でも、名義人で決まります。供述書欄は、違反者本人が書く文書で、名義人は私人ですから、私文書です。旅券の発給申請書も、申請する私人が名義人の私文書です。旅券そのものは、役所が発給する公文書で、別物です。

承諾をめぐる学説 図:承諾をめぐる学説

学説も整理します。否定説は、承諾があれば偽造でない、という立場です。文書偽造の最初の回で見た、物理的に書いた人を作成者とみる行為説を採らない限り、承諾で作成者は名義人になる、というのが理由です。部分的肯定説は、自署性が要求される文書については、承諾があっても偽造とします。判例も、この立場と整理できます。答案では、判例の立場で書くのが書きやすいです。理由は、否定説だと、入試の答案の代わり受験まで偽造にならなくなって、文書の信用を守る趣旨に合わないからです。ここで、冒頭の二つの設例に当てます。Pの契約書で取引先が頼りにしているのは、社長がその契約に同意していることです。誰の手で署名欄を書いたかは、契約の中身を変えません。だから、本人が自分で書くこと自体に意味がある文書ではありません。承諾があれば、作成者は社長で、偽造ではありません。Qの答案は、受験した本人が、自分で解くこと自体に意味がある文書です。入試の答案と同じです。承諾があっても、作成者は実際に書いた人で、名義人の友人とズレます。偽造になりえます。分かれ目は、承諾の有無ではありません。代わりに書いてもらってよい文書か、です。

今日の承諾と、被害者の承諾による違法性阻却は、別の話です。被害者の承諾は、第6章で見たとおり、犯罪ごとに効き目が分かれ、違法性を消すとは限りません。しかも文書の罪が守るのは社会の信用なので、名義人一人の承諾では手放せません。今日の承諾は、そもそも誰が作成者か、という、偽造にあたるかの段階の話です。

令和7年の改正と159条

159条に加わった電磁的記録 図:159条に加わった電磁的記録

先ほどの条文カードに、2号がありました。令和7年の改正で、159条にも、155条と同じ形で、電磁的記録の客体が入ったのです。1項2号、2項の後段、3項です。電磁的記録印章等は、印章等として表示されることとなる電磁的記録です。電子印鑑のようなものです。電磁的記録文書等は、文書等として表示されて行使されることとなる電磁的記録です。例です。他人の電子印鑑の画像を使って、取引先との電子契約書のデータを、無断で作った場合は、1項2号です。文書の定義は広がっていません。データそのものは、目で見て読める形ではないので、文書ではありません。文書の定義には手を付けずに、文書と同じ働きをする電子データを、別の客体として足しました。偽造の考え方も、承諾の考え方も、紙と同じです。

整理と、冒頭の答え

今日の整理 図:今日の整理

まとめます。159条は、名義人が私人の文書の偽造です。有印の偽造と変造の刑は、3月以上5年以下の拘禁刑です。無印は、1年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金です。行使の目的が必要です。客体は、権利、義務又は事実証明に関する文書に限られます。事実証明は、社会生活に交渉を有する事項の証明で、入試の答案も当たります。公文書か私文書かは、名義人で決まります。名義人の承諾は、原則として、偽造にあたりません。作成者は、表示させた名義人だからです。ただし、本人が自分で書くことが要求される文書は、承諾があっても偽造です。また、令和7年の改正で、電磁的記録の客体も、同じ型で並んでいます。冒頭の答えです。Pの契約書の署名欄は、代わりに書いてもらってよい文書なので、偽造ではありません。Qの試験の答案は、本人が自分で書くことに意味がある文書なので、承諾があっても、偽造になりえます。肩書の冒用、代理名義の冒用、別名の使用です。

参照条文

  • 刑法159条1項
  • 刑法159条2項・3項

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