肩書・代理名義・別名の冒用と私文書偽造
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第17章 社会的法益|公共の平穏・取引の安全・風俗 ⑯/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
肩書を偽ると、偽造になるのか
図:設例R・S・T
前回の最後に予告したとおり、今日は、名義人は誰か、という問いを見ます。私文書偽造の後編です。設例を三つ出します。一つ目、Rです。一級建築士の資格のない者が、自分の名前に、一級建築士という肩書を付けて、建物の構造の安全を確認した、という書面を作りました。二つ目、Sです。同じ者が、同じ肩書を付けて、友人あての、引っ越しの挨拶状を出しました。三つ目、Tです。退職した元営業部長が、甲商事、代理人X、という名義で、自分の印鑑だけを押して、商品の発注書を作りました。肩書を偽った点が同じなら、結論も同じに思えます。ところが、片方だけが偽造になります。Tも、名義人は、Xなのか、甲商事なのかで、話が変わります。答えの予告は、ひとことだけです。名義人は、文書に書かれた名前の見た目では、決まりません。今日は、この一点で、肩書、代理名義、別名の三つを貫きます。
名義人は文書の性質で決まる
図:名義人の決め方
まず、文書偽造の罪の最初の回で見た、名義人の意義です。名義人は、当該文書から理解される意思・観念の表示主体です。かみ砕くと、その文書を読んだ人が、この文書を作ったのは誰か、と受け取る人でした。例です。会社の注文書の末尾に、担当者の氏名が書いてあるとします。読んだ取引先は、担当者個人が作った文書だとは受け取りません。会社が出した文書だと受け取ります。書いてある名前と、名義人は、ずれることがあります。偽造は、名義人と作成者の人格の同一性を偽ることでした。ですから、まず名義人が誰かを決めないと、ズレがあるかどうかも、決まりません。名義人は、文書の性質、形式、内容から決める。これが、今日の共通の発想です。ここで、前回の確認です。前回、承諾があっても偽造になる文書を見ました。それは、どんな性質の文書でしたか?
本人が、自分で書くことが要求される文書です。あのときも、文書の性質が、結論を決めました。今日も同じ、文書の性質が出てきます。ただし今回は、作成者でなく、名義人を決める側で働きます。
肩書の冒用
図:設例RとS・名義人はどちらか
一つ目の論点、肩書の冒用です。例えば、資格のない者が、自分の氏名に、資格を表す肩書を付けて、文書を作りました。名義人は誰でしょうか。考え方は二つあります。一つは、名義人は、肩書付きの者、つまり一級建築士のXだ、という見方です。すると、作成者はただのXで、肩書を持たない人です。二人はズレて、偽造になります。もう一つは、肩書は無視して、名義人はXという本人だ、という見方です。すると、作成者もX本人で、ズレません。偽造になりません。肩書が名義人の一部になるかどうかが、この論点の中心です。判例を見ます。
判例最決平5・10・5 刑集47巻8号7頁
肩書の冒用と名義人 私文書偽造の本質は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にあると解される……たとえ名義人として表示された者の氏名が被告人の氏名と同一であったとしても、本件各文書が弁護士としての業務に関連して弁護士資格を有する者が作成した形式、内容のものである以上、本件各文書に表示された名義人は、……弁護士資格を有しない被告人とは別人格の者であることが明らかであるから、本件各文書の名義人と作成者の人格の同一性にそごを生じさせたものというべきである
事案は、同姓同名の実在の弁護士になりすまして、弁護士の名義で、弁護士報酬の請求書などを作った、というものです。肩書の冒用と、他人になりすます点が、重なっていました。判旨の、そご、は、食い違い、つまり、ここまで言ってきたズレのことです。読みどころは、氏名が同じでも、文書の性質と形式、内容から、名義人は、弁護士資格のある別人格だ、と言った点です。弁護士報酬の請求書は、資格のある者が、業務として出すものです。読んだ人は、資格のある弁護士が作った文書だ、と受け取ります。答案の言葉に直します。
⭐ 論文で書く規範:【論文で書く規範】肩書の冒用 肩書を付けた文書について、その性質や内容から見て、肩書のある者が作ったと読み手が受け取るなら、名義人は肩書のある者であり、肩書のない作成者との間で人格の同一性が食い違うので、偽造にあたる。 (規範(判例の趣旨)——最決平5・10・5 刑集47巻8号7頁)
図:肩書の分かれ目・RとS
冒頭のRとSに当てます。Rの、建物の構造の安全を確認した書面は、建築士の資格があって、初めて意味を持つ文書です。読んだ人は、資格のある一級建築士のXが作った、と受け取ります。名義人は、一級建築士のXです。作成者は、資格のないX。ズレるので、偽造です。Sの引っ越しの挨拶状は、肩書がなくても、誰でも作れる文書です。読んだ友人は、肩書の有無にかかわらず、Xという友人が出した、と受け取ります。名義人は、単なるXです。作成者もX。ズレないので、偽造ではありません。同じ肩書でも、文書によって、結論が変わります。分かれ目は、肩書がなければ作れない性質の文書か、です。
ただ、肩書を偽ったこと自体が、別の罪になるかは、別の話です。ここでは、偽造にあたるかだけを見ています。学説も一言です。少数説は、肩書を偽っても、人格の存在としての同一性は変わらず、性質の齟齬にすぎない、と考えます。Rでいえば、書面のXも、書いたXも、同じ一人の人間で、違うのは資格があるかという性質だけだ、という見方です。責任の所在は明らかで、文書の公共の信用も害されない、だから成立しない、という理由です。判例は、さきほどの規範で、偽造とします。ここは論文で論点になりうる所です。
代理名義の冒用
図:設例T・名義人は誰か
二つ目の論点、代理名義の冒用です。冒頭のTを見ます。退職した元営業部長のXが、甲商事、代理人X、の名義で、発注書を作りました。Xには、もう代理権がありません。代理権のない者が、代理人の名義で文書を作ったとき、名義人は誰でしょうか。代理人として書いた、Xでしょうか。それとも、代理される本人の、甲商事でしょうか。この論点は、二段で答えます。一段目は、名義人は誰か。二段目は、1項の有印になるか、3項の無印か、です。ここで、考えてみてください。甲商事、代理人X、と書かれた発注書の名義人は、Xでしょうか、甲商事でしょうか? 理由も考えてみてください。
もし名義人がXなら、作成者もXで、ズレません。でも、結論として、これは偽造です。判例は、名義人を、別に決めています。
判例最決昭45・9・4 刑集24巻10号1319頁
代表・代理名義の名義人 他人の代表者または代理人として文書を作成する権限のない者が、他人を代表もしくは代理すべき資格、または、普通人をして他人を代表者もしくは代理するものと誤信させるに足りるような資格を表示して作成した文書は、その文書によつて表示された意識内容にもとづく効果が、代表もしくは代理された本人に帰属する形式のものであるから、その名義人は、代表もしくは代理された本人であると解するのが相当である
事案は、理事会の議事録の署名人という資格を、権限なく名乗って、学校法人の理事会名義の議事録を作った、というものでした。ただ、判旨は、代表と代理の両方を並べて言っています。代理にも当てはまる言い方です。決め手は、効果の行き先です。代理人名義の発注書は、その中身の効果が、本人に及ぶ形の文書です。だから、名義人は、効果の帰属する本人、甲商事だ、と言います。作成者はX。名義人は甲商事。ズレるので、偽造です。
図:代理名義の名義人・判例と有力説
実は、判例の説明は、やや無理がある、と批判されています。代理の文書で、意思を表示しているのは、代理人として書いたXです。甲商事は、何も表示していません。表示主体を本人とするのは、効果の行き先と、表示した人を混ぜている、という批判です。そこで、有力説は、肩書の冒用と同じように考えます。代理人という資格が、文書の公共の信用の基礎になっているなら、代理の資格と氏名が、一体として名義人の表示になる、と見ます。名義人は、甲商事の代理人であるX、です。すると、作成者は、代理権のないX。名義人は、代理人という資格を持つX。資格の有無で、ズレます。結論は、判例と同じ、偽造です。整理すると、判例は、名義人を本人とします。有力説は、代理資格を含めた者とします。どちらの説でも、結論は偽造です。違いは、名義人の理由づけだけです。論文では、どちらで書いてもよい、と整理できます。
代理権のある者が、代理名義で文書を作るのは、偽造ではありません。判旨も、文書を作成する権限のない者、と限っています。権限があれば、前回の承諾と同じで、本人が表示させた文書になり、作成者も本人です。名義人の本人とズレないからです。もう一つ、重要な点があります。有印か無印か、です。159条の1項は、他人の印章または署名を使用した場合でした。
条文刑法159条1項
刑法159条1項(有印私文書偽造等) 行使の目的で、次の各号に掲げるいずれかの行為をした者は、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。 一 他人の印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書等を偽造し、又は偽造した他人の印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書等を偽造する行為 二 他人の電磁的記録印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する電磁的記録文書等を偽造し、又は偽造した他人の電磁的記録印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する電磁的記録文書等を偽造する行為
条文刑法159条2項・3項
刑法159条2項・3項(有印私文書変造・無印私文書偽造等) 他人が押印し若しくは署名した権利、義務若しくは事実証明に関する文書等又は他人が電磁的記録印章等を使用して作成した権利、義務若しくは事実証明に関する電磁的記録文書等を変造した者も、前項と同様とする。 前二項に規定するもののほか、権利、義務又は事実証明に関する文書等又は電磁的記録文書等を偽造し、又は変造した者は、一年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。
代表や代理の名義を冒用して、本人名義の文書を偽造した場合、1項になるのは、どんなときでしょうか。判例が答えています。
判例最決昭45・9・4 刑集24巻10号1319頁
代表名義の冒用と有印 いわゆる代表名義を冒用して本人名義の文書を偽造した場合において、これを、刑法一五九条一項の他人の印章もしくは署名を使用してしたものとするためには、その文書自体に、当該本人の印章もしくは署名が使用されていなければならないわけである
読みどころは、名義人は本人なので、1項にするには、その文書自体に、本人の印章か署名が使われている必要がある、の一点です。設例Tを見ます。Xが押したのは、自分の印鑑だけです。名義人である甲商事の印章も、署名も、使われていません。甲商事、代理人X、という記載は、全体が代理人Xの表示であって、本人の甲商事が自分で表した記名ではないからです。だから、1項には当たらず、3項、つまり無印の私文書偽造です。判例の事案も、本人の印章も署名も文書に使われておらず、3項でした。ここまでをTに戻します。Xに代理権はないので、名義人は本人の甲商事で、作成者のXとズレて、偽造です。印鑑は甲商事のものでないので、3項です。ここも、論文で論点になりうる所です。
別名の使用
図:通称と偽名・名義人は誰か
三つ目の論点、別名の使用です。まず原則です。通称や、芸名、ペンネームのように、社会に通用していて、本人とすぐ分かる別名があります。この別名で文書を作っても、作成者の本人と、名義人の、その別名を名乗る本人は、同じ人格です。偽造ではありません。例えば、十年来、ある通称で暮らしている人が、賃貸借の契約書を、その通称で作りました。大家も近所も、その名で呼んでいます。名義人は、通称を名乗る本人で、作成者と一致します。偽造にはなりません。通称であっても偽造になる場合がある、というのが、この論点の核心です。判例を見ます。
判例最判昭59・2・17 刑集38巻3号336頁
別名の使用と書かれざる資格 再入国の許可を申請するにあたつては、ことがらの性質上、当然に、本名を用いて申請書を作成することが要求されているといわなければならない……本件文書に表示されたAの氏名から認識される人格は、適法に本邦に在留することを許されているAであつて、密入国をし、なんらの在留資格をも有しない被告人とは別の人格であることが明らかであるから、そこに本件文書の名義人と作成者との人格の同一性に齟齬を生じているというべきである
事案は、密入国をして、在留資格のない被告人が、通名として定着していた名前で、再入国許可申請書を作った、というものです。原審は、通名として定着していれば、人格の同一性はある、として無罪でした。最高裁は、それを破棄しました。決め手は、再入国の許可は、適法に在留していることが前提だ、という点です。だから、この申請書は、ことがらの性質上、本名で作ることが要求されます。読んだ入管の職員は、適法に在留することを許された人が、作った文書だ、と受け取ります。ここで出てくるのが、書かれていない資格です。申請書には、適法に在留している、とは、どこにも書いてありません。でも、文書の性質上、その資格が、名義人の表示の一部になっています。名義人は、適法な在留資格のある、その名の者です。作成者は、資格のない本人です。資格の有無で、ズレます。これは、さきほどの肩書の冒用と、同じ技法です。書かれた肩書が、名義人の一部になるのと同じに、書かれない資格も、文書の性質しだいで、名義人の一部になります。答案の言葉に直します。
⭐ 論文で書く規範:【論文で書く規範】別名の使用 別名が社会に通用していても、文書の性質上、本名や一定の資格が要求される場合には、表示された名から認識される人格と作成者は別人格であり、人格の同一性に齟齬が生じる。 (規範(判例の趣旨)——最判昭59・2・17 刑集38巻3号336頁)
学説も見ます。否定説は、通称が、本人を指す名として社会に根づいているなら、名義人はその通称の本人自身であり、作成者と食い違わない、と考えます。判例は、偽造とします。ここも、論文で論点になりうる所です。
図:偽名の履歴書・通称との線引き
次に、通称と、偽名の線引きです。別の判例です。偽名を使って、虚偽の生年月日、住所、経歴を書き、自分の顔写真を貼った、その人の名義の履歴書と、雇用契約書を作って、使った事案です。
判例最決平11・12・20 刑集53巻9号1495頁
偽名の履歴書と名義人 これらの文書の性質、機能等に照らすと、たとえ被告人の顔写真がはり付けられ、あるいは被告人が右各文書から生ずる責任を免れようとする意思を有していなかったとしても、これらの文書に表示された名義人は、被告人とは別人格の者であることが明らかであるから、名義人と作成者との人格の同一性にそごを生じさせたものというべきである
読みどころは、顔写真があっても、責任を負う気があっても、名義人は別人格で、偽造になる、の一点です。有印私文書偽造と、その行使になりました。顔写真があるから、同一人物と分かる。責任を取る気だったから、迷惑はかけない。そういう言い訳は、通りません。履歴書や雇用契約書は、その名の人物の経歴と、人格を、読み手に伝える文書です。別の人物の名で書いた時点で、名義人は、別人格です。通称と偽名の違いです。通称は、本人を指す名として社会に定着していて、本人と分かる名前でした。偽名は、別の人物になりすます表示です。通称でも、本名や資格が求められる文書なら、偽造です。偽名なら、履歴書や雇用契約書のように、その名の人物を示す文書では、人格のズレが出ます。実在しない名前を使っても同じです。前に見たとおり、名義人は、実在しなくてよいからです。
図:別名の使用・3段の整理
別の例で、再入国の申請書と同じ型の当てはめをします。営業の許可を持たない男が、許可を持つ兄の名で、十年、営業してきました。取引先もその名で呼んでいて、その名は、この男の通称として定着しています。この男が、許可の更新申請書を、兄の名で作ったとします。通称なので、原則なら偽造ではありません。でも、更新の申請書は、本名で、許可を受けた本人が出す文書です。読んだ役所は、許可を受けている兄が作った、と受け取ります。名義人は、許可を持つ兄という人格で、作成者は、許可の無い弟です。通称として定着していても、ここでは人格がズレるので、偽造になると考えられます。本名で出したのなら、中身の嘘にとどまり、名義の偽りにはなりません。肩書でも、代理の資格でも、通称でも、名義人は、名前の見た目でなく、文書の性質で決まります。
整理と、冒頭の答え
図:今日の整理
まとめます。共通の発想は、名義人は、書かれた名前の見た目でなく、文書の性質、形式、内容から決まる、でした。肩書の冒用は、肩書がなければ作れない性質の文書なら、肩書付きの者が名義人で、作成者とズレて偽造です。代理名義の冒用は、判例は、名義人を本人とします。有力説は、代理資格を含めた者とします。どちらでも偽造です。1項にするには、その文書自体に、本人の印章か署名が必要で、なければ3項です。別名の使用は、定着した通称なら、原則偽造ではありません。ただし、本名や一定の資格が要求される文書なら、偽造です。別の人物になりすます偽名は、履歴書や雇用契約書のように、その名の人物を示す文書なら、顔写真や責任を負う意思があっても、偽造です。冒頭の答えです。Rは、資格がなければ作れない文書なので、偽造です。Sは、肩書がなくても作れる文書なので、偽造ではありません。Tは、名義人が本人の甲商事で、Xとズレるので偽造です。印鑑は甲商事のものでないので、3項です。
図:判断の順序・私文書版
判断の順序も、これで完成します。まず、文書か。次に、権利、義務又は事実証明に関する文書か。三つ目が、名義人は誰か、です。文書の性質で決めます。四つ目に、作成者は誰か。意思説で考えて、承諾や自署性も見ます。五つ目に、名義人と作成者の人格の同一性に、ズレがあれば、偽造です。そのあと、有印か無印か。有印なら1項と2項、無印なら3項です。最後に、行使の目的を確認します。
参照条文
- 刑法159条1項
- 刑法159条2項・3項