虚偽診断書等作成罪と偽造私文書等行使罪
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第17章 社会的法益|公共の平穏・取引の安全・風俗 ⑰/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
同じ嘘なのに、片方だけが罪になる
図:設例U・V
前回の最後に予告したとおり、今日は、虚偽診断書の160条、偽造私文書の行使の161条、詔書偽造の154条を見ます。文書偽造の罪の、六本目の前半です。設例を二つ出します。一つ目、Uです。開業医が、知人に頼まれて、診ていない病気の診断書を書きました。知人は、それを勤め先の会社に出しました。二つ目、Vです。同じ医師が、同じ嘘の診断書を、市役所に出す手当の申請のために書きました。同じ嘘なら、結論も同じに思えます。ところが、片方だけが罪になります。答えの予告は、ひとことだけです。私文書の中身の嘘は、原則として、罰しません。私人が自分の名前で書く手紙やメモには、小さな嘘がいくらでも混ざります。それを全部、罪にしていたら、きりがないからです。では、なぜ片方だけ罰するのか。これを今日の一本目の筋にします。二本目の筋は、使ったらどうなるか、です。偽造して、使って、だましてお金を取る。この三つは、一本の鎖としてつながります。最後に、天皇名義の文書を偽造する、154条を、位置づけだけ確認します。
私文書の無形偽造と、160条
図:原則と例外・160条の骨格
まず原則を思い出します。偽造とは、名義人と作成者の人格の同一性を偽ることで、これを有形偽造と呼びました。これに対して、作成権限のある者が、内容の嘘の文書を作ることを、無形偽造と呼びます。私文書は、有形偽造だけを罰します。自分が作る文書の中身が嘘でも、それだけでは罪になりません。公文書は、内容の正しさまで社会が頼るので、156条が、無形偽造も罰していました。ところが、私文書には、その規定がありません。この例外が、160条です。
条文刑法160条
刑法160条(虚偽診断書等作成) 医師が、公務所に提出すべき診断書、検案書若しくは死亡証書に虚偽の記載をし、又は公務所に提出すべき電磁的記録文書等であって、診断書、検案書若しくは死亡証書の全部若しくは一部として用いられるものに虚偽の記録をしたときは、三年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。
柱は三つです。主体は、医師。客体は、公務所に提出すべき、診断書、検案書、死亡証書。行為は、虚偽の記載です。刑は、3年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金です。診断書は、患者の病状を書いた書類です。検案書は、死体を調べた結果を書いた書類です。死亡証書は、死亡の事実を書いた書類です。理由は二つです。一つは、医師の診断書は、専門的な判断として、強く信用されることです。素人の私的な書面とは、信用の重みが違います。もう一つは、それを受け取る公務所が、内容をそのまま前提にして動くことです。手当の支給を決めたり、死亡の届出を受け付けたりします。内容が嘘だと、公務所の判断が、根本から狂います。だから、特別に罰します。
図:医師の種類と適用条文
主体の点も、整理します。160条の主体は、医師に限られます。医師でない者が、医師の名義で診断書を作れば、中身の嘘ではなく、名義の嘘です。これは有形偽造で、159条の問題になります。もう一つ、ひっかけがあります。市立病院のような公立病院の医師が、職務として診断書を作る場合です。これは、公務員が職務に関して作る、虚偽の公文書です。156条の側になって、160条ではありません。160条は、公務員ではない医師の話です。設例Vで言えば、書いたのが開業医なら160条、市立病院の医師が職務として書けば156条、医師でない知人が医師の名前で書けば159条です。
医師という身分が無ければ成り立たない、真正身分犯に、身分のない者が加わる場面です。身分犯と共犯の回で見た、65条1項により、知人にも、160条の共犯が成立しえます。ここでは、160条の主体は医師だけ、という点を押さえてください。
公務所に提出すべき——Uは不可罰、Vは罪
図:設例U・Vの提出先
本題の、客体です。条文は、公務所に提出すべき、と書いています。公務所とは、官公庁その他公務員が職務を行う所です。155条の回で見た、7条2項の定義です。市役所、裁判所、税務署、保健所が、その例です。ここで、考えてみてください。同じ医師が、同じ嘘の診断書を書いたのに、提出先が会社なら不可罰、市役所なら罪になります。この差は、条文のどの言葉から出ているでしょうか?公務所に提出すべき、という言葉です。会社は公務所ではないけど、市役所は公務所だから、だと思います。Uは、提出先が勤め先の会社です。会社は、公務所ではありません。だから、公務所に提出すべき診断書に、あたりません。160条の客体ではなく、不可罰です。私文書の中身の嘘は、原則として罰しない、という原則に戻ります。Vは、提出先が市役所です。市役所は、公務所です。160条が成立します。差は、公務所に提出すべき、という一点です。私立学校や私企業に出す診断書も、Uと同じ扱いで、客体になりません。
160条が守るのは、診断書という紙の中身の正しさそのものではありません。公務所が、それを前提に判断することです。だから、提出先で線を引きます。令和7年の改正で、電子の診断書も加わりました。155条の回で見た、電磁的記録文書等です。公務所に提出すべき電磁的記録文書等で、診断書、検案書、死亡証書の全部または一部として用いられるものに、虚偽の記録をした場合です。紙でも電子でも、医師が、公務所に提出すべき、診断書等に、嘘を書く。この三つで決まります。
161条・偽造私文書等行使
図:161条の骨格
次は、161条です。これは、158条の私文書版です。使う、という行為を、罰します。その前に、158条の回で見た、偽造した立入許可証を、バッグに入れて持ち歩いているだけの場面を、思い出してください。これは、行使にあたるでしょうか?あたらない、です。誰かが認識しうる状態に、置いていないからだと思います。携帯しているだけでは、行使ではありません。この定義を、そのまま使います。
条文刑法161条
刑法161条(偽造私文書等行使) 前二条の文書等又は電磁的記録文書等を行使した者は、その文書等若しくは電磁的記録文書等を偽造し、若しくは変造し、又は虚偽の記載若しくは記録をした者と同一の刑に処する。 前項の罪の未遂は、罰する。
客体は、前二条の文書です。159条の、偽造や変造をした私文書。そして、160条の、虚偽診断書。この両方が、客体になります。つまり、名義の嘘の文書も、中身の嘘の診断書も、使えば、行使の罪です。行使とは、偽造した文書を、真正な文書として、虚偽の文書を、内容の真実な文書として、他人が認識しうる状態に置くことです。相手が、実際に読んだことまでは要りません。他人が認識しうる状態に置けば、その時点で、文書への信用が害されるからです。電磁的記録文書等は、画面に表示して人に示せば、行使です。刑は、偽造や虚偽の記載をした者と、同一です。2項で、未遂も罰します。
同じ人である必要はありません。偽造罪と行使罪は、別の罪です。偽造した者が使うとは限りません。偽造した文書を、他人が使えば、使った者に、161条が成立します。設例Vなら、書いたのは医師、市役所の窓口に出したのは知人です。窓口に出した時点で、職員が読む前でも、知人に161条が成立します。
偽造、行使、詐欺は一本の鎖
図:牽連犯の鎖
罪数の話です。偽造して、使って、お金をだまし取る。これを三つの罪として、別々に刑を足すのでしょうか。ここで使うのが、牽連犯です。54条1項は、一個の行為が二個以上の罪名に触れるとき、または、犯罪の手段もしくは結果である行為が、ほかの罪名に触れるときは、その最も重い刑で処断する、としています。後半の、手段または結果の関係にあるものが、牽連犯です。罪は数個成立したまま、刑を科すときだけ一つにまとめるので、科刑上一罪と呼びます。牽連犯にあたらなければ、原則どおり併合罪です。それぞれの刑を基礎に、合算する方向で重くなります。牽連犯なら、合算せず、最も重い刑一つで処断します。牽連犯かどうかの判断軸は、牽連犯の回で見ました。その犯罪の性質上、類型的に、手段と目的の関係にあるか、です。手段の罪をすれば、目的の罪に進むのが通常、という組み合わせなら、二つは一つの流れとして評価できるので、刑を合算しません。住居侵入と窃盗が、牽連犯になるのと、同じ発想です。例えば、他人名義の借用書を作って、貸主に見せて、お金を貸させました。まず、借用書を作る。これは、私文書偽造です。それを貸主に見せる。これは、行使です。そして、お金を貸させる。これは、詐欺です。偽造と行使は、牽連犯です。偽造した文書は、使うために作るものだからです。行使と詐欺も、牽連犯です。使うことは、だます手段だからです。そして、三つが全体として、一本の鎖になり、科刑上一罪として、最も重い刑で処断されます。
診断書の場合も、同じ鎖になります。設例Vの医師が、自分で市役所に出して、手当を受けさせたとします。虚偽診断書の作成の160条、行使の161条、詐欺が、一つにつながります。ただし、使うのが、医師でなく知人なら、使った知人に、161条と詐欺です。作った医師と使った知人は、別の罪を負います。詐欺罪の成否の判断は、別の回の内容です。虚偽公文書の回で見た判例も、不実記載と、その行使と、詐欺を、罪質上通例、手段結果の関係にあるとして、牽連犯にしていました。ここでは、偽造、行使、詐欺が、通例、手段と結果の関係でつながる、という筋道を押さえてください。ここは、論文で論点になりうる所です。
154条・詔書偽造等
図:154条の位置づけ
最後に、154条です。詔書の偽造です。詔書とは、天皇が、国事行為として出す、公の文書です。国会の召集の詔書が、その例です。位置づけだけ、確認します。
条文刑法154条
刑法154条(詔書偽造等) 行使の目的で、御璽、国璽若しくは御名を使用して詔書その他の文書を偽造し、又は偽造した御璽、国璽若しくは御名を使用して詔書その他の文書を偽造した者は、無期又は三年以上の拘禁刑に処する。 御璽若しくは国璽を押し又は御名を署した詔書その他の文書を変造した者も、前項と同様とする。
御璽、国璽は、天皇や国家の印章です。御名は、天皇の署名です。これらを使って、詔書その他の文書を偽造すると、1項です。御璽や国璽が押され、御名が署された文書を変造すると、2項です。刑は、無期または3年以上の拘禁刑です。文書偽造の罪で、最も重い刑です。154条は、155条の公文書偽造のうち、名義人が、機関としての天皇である場合を、特に重くした類型です。天皇の名で出る文書は、国の意思を示すものとして、社会が最も厚く信用します。偽造されたときに害される信用が最も大きいので、重く罰します。行使の目的も要ります。使えば、158条で、偽造した者と同一の刑です。
出題の可能性は、きわめて低いです。位置づけと、刑が最も重いことだけ、押さえれば十分です。154条の条文は、令和7年の改正で、変わっていません。
整理と、冒頭の答え
図:今日の整理
まとめます。160条は、私文書の無形偽造を罰する、唯一の例外です。主体は医師、客体は、公務所に提出すべき、診断書、検案書、死亡証書で、提出先で線を引きます。公務員の医師が職務として作れば、156条です。161条は、158条の私文書版です。前二条の文書を、認識しうる状態に置くと、行使の罪で、未遂も罰します。偽造した者と、使った者は、別でかまいません。偽造や虚偽の記載、行使、詐欺は、手段と結果の関係で、一本の鎖になります。全体で、科刑上一罪です。154条は、文書偽造の罪で、最も重い刑の、特別な類型でした。冒頭の答えです。Uは、提出先が勤め先の会社で、公務所ではないので、160条の客体でなく、不可罰です。Vは、提出先が市役所で、公務所なので、160条が成立します。同じ嘘でも、公務所に提出すべきかどうかで、線が引かれていました。
参照条文
- 刑法160条
- 刑法161条
- 刑法154条