電磁的記録不正作出罪と文書偽造の罪の総まとめ
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第17章 社会的法益|公共の平穏・取引の安全・風俗 ⑱/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
文書を一枚も作らないのに、偽造の仲間なのか
図:設例W
前回の最後に予告したとおり、今日は、電磁的記録不正作出の161条の2と、文書偽造の罪の総まとめを見ます。六本目の後半で、最終回です。設例を一つ出します。Wです。会社の経理担当者が、権限なく、社内の会計システムに、会計の数字を実際より多く見せるつもりで、架空の入金データを打ち込みました。紙の書類は、一枚も作っていません。文書を作らなくても、罪は用意されています。答えの予告は、ひとことだけです。文書でない記録のために、別の罪が置かれています。今日は二本立てです。一本目は、その罪、161条の2。二本目は、六回かけて見てきた文書偽造の罪を、一枚の表で通して見ます。
161条の2——文書でない記録のための罪
図:161条の2の骨格
その前に、文書の条件を見た回を、思い出してください。電磁的記録そのものは、文書にあたるでしょうか? なぜ文書偽造の罪では守れないのでしょうか?文書にはあたらない、です。見て読める形になっていないからだと思います。電磁的記録は、画面に出さないと、中身が見えません。文書の条件の一つは、目で見て、読んで、中身が分かることでした。この条件を満たさないので、文書ではありません。だから、文書偽造の罪では守れません。でも、会社も銀行も役所も、コンピュータの中のデータを読み取って、仕事をしています。そのデータが嘘だと、仕事が狂います。そこで、電磁的記録そのものを客体にした罪が、置かれました。守るのは、電磁的記録が証明の手段として働くことへの、社会の信頼です。それが、161条の2です。
条文刑法161条の2
刑法161条の2(電磁的記録不正作出及び供用) 人の事務処理を誤らせる目的で、その事務処理の用に供する権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を不正に作った者は、五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。 前項の罪が公務所又は公務員により作られるべき電磁的記録に係るときは、十年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。 不正に作られた権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を、第一項の目的で、人の事務処理の用に供した者は、その電磁的記録を不正に作った者と同一の刑に処する。 前項の罪の未遂は、罰する。
1項が、私電磁的記録で、5年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金です。2項は、公務所や公務員が作るべき電磁的記録の場合で、10年以下に重くなります。3項が、使う行為、供用です。4項で、供用の未遂も罰します。客体は、人の事務処理の用に供する、権利、義務または事実証明に関する電磁的記録です。例えば、銀行の預金残高を記録した元帳のデータは、権利、義務に関するものです。会社の顧客名簿のデータや、商品の入荷記録のデータは、事実証明に関するものです。登記簿のデータも、公務所が作るべき記録なので、2項に入りえます。ただ、窓口で嘘の申立てをして、役所の人に不実の記録をさせるやり方なら、157条でした。2項は、公務所や公務員が作るべき電磁的記録を、権限なく、または権限を濫用して、直接作る場合です。公的な信頼が大きいので、10年以下と重くなります。
「不正に作る」は、権限の濫用まで含む
図:不正に作る・文書との違い
行為は、不正に作ることです。これには、作る権限がないのに作る場合が含まれます。さらに、作る権限のある人が、その権限を濫用して作る場合も、含みます。ここが、文書との大きな違いです。私文書の無形偽造は、権限のある者が内容を偽っても、原則罰しませんでした。電磁的記録は、権限の濫用も罰します。理由は、機械の動き方にあります。紙の文書なら、受け取った人が、誰が作ったかを見て、判断します。でも、コンピュータは、誰が入力したかを見分けません。入っているデータが正しい、として動きます。データを入力する権限のある人が、嘘を入れても、機械には区別がつきません。だから、権限の濫用も、罰します。ここで、考えてみてください。入力の権限を持っている経理担当者が、権限の範囲内で、自分の成績のために、架空の入金データを入力しました。161条の2の、不正に作った、にあたるでしょうか? 文書の場合と比べて考えてみてください。
権限があっても、事務処理を誤らせる目的で、嘘のデータを作れば、不正に作った、にあたります。もう一つの要件が、目的です。人の事務処理を誤らせる目的が要ります。不正な電磁的記録が使われて、事務処理に過誤が生じる、と分かってやることです。目的犯です。設例Wの、会計の数字を実際より多く見せるつもりで、が、この目的にあたります。この一句がないと、目的が足りず、成立しません。
供用——使う行為
図:供用の着手と既遂
3項の供用です。不正に作られた電磁的記録を、1項の目的で、他人の事務処理の用に供する、つまり、他人のコンピュータで使える状態に置くことです。例です。偽の磁気データを入れたカードを、機械に差し込みます。差し込もうとした時点が、着手です。差し込む動作を始めれば、あとは機械が読むだけなので、事務処理を狂わせる危険が、もう目の前にあるからです。機械が、そのデータを読み取れる状態になった時点が、既遂です。機械は、読み取ったデータを正しいものとして動くので、その状態に置けば、事務処理はいつ狂ってもおかしくないからです。実際に処理が狂ったかどうかは、問いません。4項があるので、読み取れる状態の手前で止まっても、未遂として罰します。刑は、不正に作った者と同一です。158条や161条の行使と同じ作りです。作った者と使った者が、別人でもかまいません。
文書か、電磁的記録か——令和7年改正後の役割分担
図:役割分担の表
ここで、令和7年の改正との関係を整理します。161条の2の条文は、この改正で、変わっていません。ただ、改正で、155条以下に、電磁的記録文書等が、別の客体として足されました。電磁的記録文書等とは、文書等として表示されて行使されることとなる電磁的記録です。文書等とは、文書と図画をまとめた呼び名です。つまり、画面に表示されて、人が文書として読むことになる記録です。判断の軸は、一つです。その記録が、人が文書として見る使われ方か、機械が事務処理に使うデータか、です。たとえるなら、店頭に出す看板と、店の裏で機械が読む在庫台帳の違いです。看板は、人が見て信じます。台帳は、機械が読んで動きます。画面に表示して人に見せる、電子の証明書や電子の領収書は、電磁的記録文書等です。文書偽造の罪の側で、名義人と作成者の人格の同一性を偽ったか、と考えます。行使の目的が要ります。会計システムの入金データや、預金元帳のファイル、顧客のデータベースは、機械が読み取って処理に使う電磁的記録です。161条の2の側です。目的は、人の事務処理を誤らせる目的で、権限の濫用まで罰します。同じ取引から、両方が生まれることもあります。例えば、お客さんに画面で見せる電子の領収書と、その金額を会計システムに流し込むデータです。この場合は、まず、どの記録を偽ったのかを分けます。人に見せる領収書を偽れば、文書偽造の側。機械に読ませるデータを偽れば、161条の2の側です。
設例Wに戻します。Wが打ち込んだのは、会計処理のためのデータです。人が文書として見るための記録ではないので、電磁的記録文書等ではなく、電磁的記録です。
図:設例Wの当てはめ
当てはめです。入金の事実を示すデータで、事実証明に関する電磁的記録です。会社の会計処理、つまり事務処理の用に供するものです。権限なく作ったので、不正に作った、にあたります。会計の数字を多く見せる、つまり会計処理を誤らせる目的もあります。したがって、Wは、私電磁的記録不正作出罪、161条の2第1項です。公務所や公務員が作るべき電磁的記録なら、2項です。権限があって濫用した場合も、同じ結論です。周辺の罪は、名前だけ確認します。このデータで財産上の利益を得れば、電子計算機使用詐欺で、246条の2です。これは詐欺の回で見ました。Wは、会計の数字を多く見せただけで、利益は得ていません。161条の2は、利益を得ることまでは要らないので、データを作った時点で成立します。支払用カードの電磁的記録と、不正指令電磁的記録は、別の回で扱います。ここは、論文で論点になりうる所です。
文書偽造の罪を一枚の表で通して見る
図:公私・有形無形の比較表
ここから二本目、総まとめです。その前に、前回の確認です。医師が診断書に嘘を書いても、私文書なら原則罪にならないのに、どの場合だけ罪になるのでしょうか?医師が、公務所に提出すべき診断書などに、嘘を書いた場合です。160条です。それを入れて、全体を一枚の表にします。公文書か私文書か、有形偽造か無形偽造か、で並べます。有形偽造は、作る権限のない人が、他人の名前で作る、名義の嘘です。無形偽造は、作る権限のある人が、中身に嘘を書く、内容の嘘です。公文書の有形偽造は、155条です。有印は1項と2項で、1年以上10年以下の拘禁刑です。無印は3項で、3年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金です。天皇名義の詔書は、154条で、無期または3年以上です。公文書の無形偽造は、156条と157条です。156条は、作成権限のある公務員が内容を偽る場合で、刑は前二条、つまり154条と155条の例によります。157条は、私人が虚偽の申立てをして、不実の記載をさせる場合です。私文書の有形偽造は、159条です。有印は1項と2項で、3月以上5年以下の拘禁刑です。無印は3項で、1年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金です。私文書の無形偽造は、原則罰しません。例外は、さきほどの160条だけです。3年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金です。文書でない電磁的記録は、161条の2です。私電磁的記録は5年以下、公電磁的記録は10年以下です。有形か無形かを分けずに、不正に作る、で罰します。権限の濫用も含みます。
読み方のコツが三つあります。一つ目、有印と無印の区別は、有形偽造の155条と159条にあります。無形偽造の156条も、印章等の有無で区別して、前の条文の刑を借りるので、同じように分かれます。二つ目、私文書の無形偽造が罰せられるのは、160条だけです。三つ目、使えば、公文書は158条、私文書は161条で、偽造した者と同一の刑です。原則は、有形偽造を罰する、です。名義の嘘を罰する、と言い換えられます。文書偽造の最初の回で見たとおり、公文書は、内容の正しさまで社会が頼るので、内容の嘘も、156条と157条で罰します。私文書の内容の嘘は、全部罰していては際限がないので、160条に限られます。そして、機械が読むデータは、誰が入力したかを見分けないので、161条の2が、権限の濫用まで罰します。
図:牽連犯の鎖・判断の順序の最終形
前回見たとおり、偽造や虚偽作成、行使、詐欺は、手段と結果の関係でつながる、牽連犯です。全体で科刑上一罪、54条1項後段です。偽の文書を作り、それを見せて、お金をだまし取る。偽造は行使の、行使は詐欺の通り道なので、牽連犯になります。住居侵入と窃盗と、同じ発想でした。判断の順序も、これで最終形です。一つ目、客体は、文書等か、電磁的記録文書等か、そもそも文書でない電磁的記録か。そもそも文書でない電磁的記録なら、161条の2です。二つ目、公文書か私文書か。名義人で決めます。三つ目、有形偽造か、無形偽造か。名義人と作成者の人格の同一性で見ます。四つ目、私文書なら、客体が権利、義務または事実証明に関するものか、159条を確認します。無形偽造なら、主体や客体の特則があるか、156条と160条を見ます。五つ目、有印か無印か。六つ目、行使の目的。七つ目、行使したか。158条と161条です。八つ目、罪数。偽造、行使、詐欺は、牽連犯です。ここは、論文で論点になりうる所です。
整理と、冒頭の答え
図:今日の整理
まとめます。161条の2は、文書でない電磁的記録を客体にした罪です。私電磁的記録は5年以下、公電磁的記録は10年以下です。目的は、人の事務処理を誤らせる目的で、不正に作る、は、権限なく作る場合と、権限を濫用して作る場合の両方です。供用も、同一の刑で、未遂も罰します。電磁的記録文書等との分担は、人が文書として見る使われ方か、機械が事務処理に使うデータか、でした。総まとめです。文書偽造の罪は、名義の嘘、つまり有形偽造を罰するのが原則です。私文書の無形偽造は、160条だけです。電磁的記録は、有形と無形を分けずに、不正に作る、で罰します。冒頭の答えです。Wは、文書を作っていませんが、会計処理のためのデータを、権限なく、会計を誤らせる目的で作ったので、私電磁的記録不正作出罪、161条の2第1項です。
参照条文
- 刑法161条の2