通貨偽造罪と偽造通貨行使罪
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第17章 社会的法益|公共の平穏・取引の安全・風俗 ⑲/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
紙を刷って使っただけで、なぜ無期まであるのか
図:設例X
前回の最後に予告したとおり、今日は、通貨偽造の罪を見ます。148条の偽造と行使です。設例を一つ出します。Xです。Xは、自宅のプリンタで、一万円札そっくりの紙を刷りました。通常人が不用意に見たら、本物と思うほどの出来です。それを、本物として、店で使いました。文書偽造と、道具は同じです。偽造、変造、行使、行使の目的。文書偽造で使ってきた言葉が、そのまま使えます。ただ、刑がまるで違います。この罪の刑は、無期または3年以上の拘禁刑です。文書偽造では、公文書の偽造でさえ、1年以上10年以下でした。これと同じ重さだったのは、天皇の名で出る詔書の罪だけです。
答えの予告は、ひとことだけです。通貨への信用を壊すからです。今日は二つの条文を見て、最後にXに戻ります。
通貨偽造の罪の地図と、刑が重い理由
図:通貨偽造の罪の流れ
まず、文書偽造のときに見た、保護法益を思い出してください。偽造の罪が守るのは、何でしたか?公共の信用、です。誰か個人の財産ではなくて、社会の側の信用でした。通貨でも同じです。守るのは、通貨の真正に対する公共の信用です。ただ、通貨の場合、その信用の重さが違います。たとえるなら、通貨は、経済の血液です。誰もが、このお札は本物で、次の人も受け取ってくれる、と信じて、手から手へ渡します。この信用が崩れて、お札が本物かどうか、いちいち疑われるようになると、買い物も、給料の支払いも、止まります。血が流れなくなった体と同じです。文書と比べると、違いが見えます。偽の文書は、多くは、見せられた相手をだますところで終わります。偽札は、受け取った人が、本物と思って、また次の人へ使います。一枚が手から手へ渡り続けて、だまされる人が増え、やがて本物のお札まで疑われます。だから、通貨偽造の刑は、詔書の罪と並んで、無期まで置かれています。通貨偽造の罪は、一本の流れで見ると、整理できます。偽札を作る準備が、153条です。作るのが、148条1項です。作った偽札を、使う、渡す、輸入する、が148条2項です。ここまでが、作った側です。もう一方に、偽札を受け取ってしまう側がいます。わざと受け取れば、150条です。知らずに受け取って、あとで偽物と知ってから使えば、152条で、これは刑が大きく軽くなります。未遂は151条です。
今日は、148条の二つだけを、本体として見ます。
148条1項——通貨を偽造・変造する罪
図:148条1項の骨格
では、条文を見ます。
条文刑法148条
刑法148条(通貨偽造及び行使等) 行使の目的で、通用する貨幣、紙幣又は銀行券を偽造し、又は変造した者は、無期又は三年以上の拘禁刑に処する。 偽造又は変造の貨幣、紙幣又は銀行券を行使し、又は行使の目的で人に交付し、若しくは輸入した者も、前項と同様とする。
今日は、この条文の1項から入ります。まず、客体です。通用する貨幣、紙幣、銀行券。通用するとは、日本で、強制的に通用する力を持つ、という意味です。強制通用力と呼びます。だから、もう使えなくなった古い通貨や、外国の通貨は、含みません。外国の通貨は、別の条文、149条です。貨幣と紙幣は、国が発行するものです。銀行券は、特定の銀行、日本では日本銀行が発行する、貨幣の代わりになる証券です。いまの日本で、出回っているのは、硬貨と、日本銀行券、つまり千円札や一万円札だけです。
図:偽造・変造と真券らしさ
次に、偽造です。権限のない者が、通貨に似た外観の物を作ることです。ここが、文書との違いの一つ目です。文書偽造は、名義人と作成者の人格の同一性が、軸でした。誰の名前で作ったか、です。でも、通貨には、名義人という考え方がなじみません。問題になるのは、誰の名前を使ったかではなく、その見た目が、本物と思われるかどうかです。つまり、真券らしさで測ります。判例も、そう言っています。
判例最判昭25・2・28 集刑16号663頁
通貨偽造の程度 刑法一四八条に規定する銀行券の偽造は、通常人が不用意にこれを一見した場合に真正の銀行券と思い誤る程度に製作されることを要することは言うまでもない。
読みどころは、通常人が不用意に見た場合、の一句です。専門家が、じっくり調べて見破れるかどうかではありません。普通の人が、レジの前で、さっと見て、本物と思うかどうか、です。なぜ普通の人なのか。お札を受け取って、次の人へ渡していくのは、普通の人だからです。その人がだまされる出来なら、偽札は、そのまま世の中を流れていきます。境界の例で確かめます。コピー機で刷った、片面だけの、色もまるで違う紙は、どうでしょうか。普通の人が、さっと見ても、おもちゃと分かります。偽造にあたりません。一方、Xのように、両面を、本物そっくりに刷って、切り揃えた紙は、さっと見て、本物と思います。偽造です。決め手は、真正の通貨だと、誤認させる出来かどうかです。
誤認させるところまで至らない、紛らわしい物にも、別の法律があります。通貨及証券模造取締法です。製造や販売を、より軽く罰します。続いて、変造です。権限のない者が、本物の通貨に手を加えて、本物らしい見た目の別物に仕立てることです。例えば、千円札の額面の表示を、書き換えたり貼り付けたりして、高額の紙幣のように見せるものです。ここも、文書と比べておきます。文書の変造は、真正な文書の非本質的部分に手を加えることで、決め手は、元の文書と同じものと言えるか、でした。通貨の変造も、真正な通貨を材料にして加工する点は、似ています。ただ、何で測るかは、ここでも見た目、つまり真券らしさです。判例を見ます。
判例最判昭50・6・13 刑集29巻6号375頁
通貨変造の程度 被告人が作出した六片の物件は、通常人をして真正の銀行券を四つ折又は八つ折にしたものと思い誤らしめる程度の外観、手ざわりを備え、真正の銀行券として流通する危険を備えたものと認められるとして、通貨変造罪の成立を認めた原判決の判断は正当である。
読みどころは、真正の銀行券として流通する危険、です。変造でも、見た目と手ざわりが、本物と思われる程度で、世の中に流れてしまう危険があるかどうかが、決め手です。偽造と同じ測り方です。偽造か変造かは、どちらでも同じ148条1項で、刑も同じです。
図:行使の目的・通貨と文書の違い
最後に、行使の目的です。この罪は、行使の目的がないと成立しない、目的犯です。目的犯は、故意の枠からはみ出す、もうひとつの主観として、目的が要る犯罪でした。目的犯の回で、偽の一万円札を刷る事件を見ました。あれが、まさにこの148条1項です。行使の目的とは、真正な通貨として、流通に置く目的です。ここが、文書との違いの二つ目です。文書の行使は、真正な文書として、他人が内容を認識しうる状態に置くことでした。通貨は、それより一歩進みます。世の中を流れる状態に置く、のです。有価証券を偽造する罪の、行使の目的と比べると、違いがはっきりします。そちらは、流通させる目的までは要らず、真正なものとして使う目的で足ります。通貨のほうは、流通に置く目的まで求められます。例を比べます。店の買い物に使うつもりで刷る。友人に、使わせるつもりで作る。どちらも、流通に置く目的があります。一方、展示会で飾るレプリカとして、精巧な偽札を作った場合や、映画の撮影で映すだけのつもりで作った場合は、流通に置く目的がありません。どんなに精巧でも、この罪は成立しません。
外観だけを見れば、本物そっくりの物があること自体、気になります。ただ、この罪が守るのは、流通する通貨への信用です。流れ出さないなら、その信用は傷つきません。だから、流通に置く目的が、一線になります。
148条2項——偽造通貨を行使する罪
図:148条2項の骨格
2項に進みます。さきほどの148条の、2項の部分です。偽造又は変造の貨幣、紙幣又は銀行券を、行使し、又は行使の目的で人に交付し、若しくは輸入した者も、前項と同様とする。刑は、1項と同じです。客体は、偽造または変造された貨幣、紙幣、銀行券です。これを、まとめて偽貨と呼びます。ここで大事な点があります。偽貨は、自分で作ったものでなくてかまいません。また、行使の目的で作られたものでなくてもかまいません。例えば、ドラマの撮影用に作られた偽札も、偽貨です。それを手に入れた人が、本物として使えば、2項にあたります。行為は三つです。行使、行使の目的での交付、輸入。輸入は、外国で作られた偽貨を、国内に持ち込むことです。試験で特に大事なのは、最初の二つです。
図:行使と交付の区別
まず、行使です。ここで、前に見た文書の行使を、思い出してください。文書の行使とは、どんな状態に置くことでしたか? 通貨では、それがどう変わるでしょうか?文書は、他人が内容を認識しうる状態に置くことでした。通貨は、流通に置くこと、だと思います。偽貨を、真正な通貨として流通に置くのが、行使です。典型は、代金の支払いに使うことです。自動販売機に入れる行為も、行使です。機械は人ではありませんが、入れた硬貨は、いずれ世の中に出ていくからです。判例も通説も、行使と見ています。一方で、見せ金のように、見せるだけで、真正な通貨として流通させるつもりがなければ、行使ではありません。次に、交付です。ここで、問いです。偽札を人に渡した場合、渡した相手が偽物と知っていたかどうかで、行使と交付は、どう分かれるでしょうか? 少し考えてみてください。
交付とは、偽貨であることを告げて渡す、または、偽貨と知っている相手に渡すことです。行使と交付の分かれ目は、相手が偽貨と認識していたかどうか、一点です。例えば、これは偽札だよ、と告げて、買い手に渡せば、交付です。なぜ、分けるのでしょうか。相手が知らずに受け取れば、その相手は、偽札をつかまされて、それを次の人に使うかもしれません。流通に直接出ます。一方、知っている相手に渡す場合は、渡した時点では、まだ世の中に出ていません。ただ、その相手が、いずれ使うかもしれない。だから、交付には、他人に行使させる目的が、要ります。条文の言葉は、1項と同じ、行使の目的です。交付の場面では、渡した相手に使わせる目的、という意味になります。
図:設例Xの当てはめ
罪数も確認します。偽造・変造した者が、自分で、行使や交付をしたら、どうなるでしょうか。牽連犯の回で見たとおり、二つの罪が、犯罪の性質上、手段と結果の関係にあれば、罪は二つ成立したまま、刑を科すときだけ一つにまとめ、最も重い刑で処断します。54条1項後段の、科刑上一罪です。通貨偽造は、行使の目的がなければ成立しない罪でした。作る罪の中に、使うことが、初めから組み込まれています。だから、偽造と行使は、たまたまではなく、性質上、手段と結果の関係にあります。牽連犯です。文書偽造のときと、同じ作りです。では、冒頭の設例Xに戻ります。プリンタで、一万円札そっくりに刷りました。通常人が、不用意に見て、本物と思う出来です。真券らしさは、満たしています。店で使う目的もあります。したがって、通貨の偽造で、148条1項です。そして、店で、それを本物として使いました。流通に置いたので、行使で、148条2項です。1項と2項は、手段と結果の関係なので、牽連犯です。最も重い刑といっても、二つの刑は、どちらも無期または3年以上の拘禁刑で、同じです。結論は、Xは、通貨偽造罪と、偽造通貨行使罪の牽連犯で、無期または3年以上の拘禁刑です。ここで、気づいた方もいると思います。店で、商品を受け取っています。これは、詐欺ではないのか、という疑問です。詐欺との関係は、受け取った側の罪と並べて、続きの回で見ます。
整理と、冒頭の答え
図:今日の整理
まとめます。通貨偽造の罪が守るのは、通貨の真正に対する公共の信用です。通貨は経済の血液で、その信用が崩れると、取引全体が止まります。だから、刑は無期または3年以上の拘禁刑と、極めて重く置かれています。148条1項は、行使の目的で、通用する貨幣、紙幣、銀行券を、偽造または変造する罪です。偽造は、名義ではなく、真券らしさで測ります。通常人が不用意に見て、真正と思い誤る程度です。行使の目的は、真正な通貨として、流通に置く目的です。148条2項は、偽貨を、行使する、行使の目的で交付する、輸入する罪です。行使と交付の分かれ目は、相手が偽貨と知っているかどうか、です。偽造者が、自分で行使すれば、牽連犯です。ここは、論文で論点になりうる所です。冒頭の答えです。Xは、プリンタで一万円札を刷って、店で使いました。通貨偽造罪と偽造通貨行使罪の牽連犯で、刑は、無期または3年以上の拘禁刑です。紙を刷っただけに見えても、通貨への信用を壊すので、ここまで重いのです。
参照条文
- 刑法148条