有価証券偽造罪と印章偽造罪
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第17章 社会的法益|公共の平穏・取引の安全・風俗 ㉑/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
誰にも渡さず、見せるだけの手形は罪になるのか
図:設例Z
前回までで、通貨を偽造する罪と、偽札を受け取った側の罪を見ました。通貨の偽造には、行使の目的が要りました。真正な通貨として、流通に置く目的です。流通させるつもりがなければ、どれほど精巧な偽札を作っても、通貨偽造罪にはなりませんでした。今日の設例Zです。Zさんは、資金繰りに困っていました。そこで、取引先の会社の名前を勝手に使って、約束手形を作りました。ふつうの人が見たら、本物の手形と思う出来です。目的は、銀行の担当者に見せて、信用させることです。誰かに渡すつもりは、ありません。結論から言うと、罪になります。ただ、理由は、通貨とは別のところにあります。答えの予告は、ひとことだけです。守っている信用の中身が違う、です。今日は、有価証券を偽造する罪と、印章を偽造する罪を見て、最後にZさんに戻ります。
有価証券偽造の罪の地図と、権利がしみ込んだ紙
図:有価証券偽造の罪の流れ
まず、全体の地図です。条文は二つです。作るのが162条で、偽造、変造、虚偽記入の三つの行為があります。使う、渡す、輸入するのが163条です。この二つで、一本の流れになります。守るものは、これまでの偽造の罪と同じ、公共の信用です。ここでは、有価証券の真正に対する公共の信用です。手形は、文書の一種ですよね。文書偽造の罪では、足りないんですか。足りません。有価証券は、文書より、取引の中で強い信用を背負っているからです。たとえるなら、有価証券は、権利がしみ込んだ紙です。約束手形なら、100万円を受け取れる権利が、紙にしみ込んで、紙と一体になっています。その紙を持って行かなければ、権利は使えません。他の人に譲るときも、紙ごと渡します。もし、その紙が偽物だったら、どうでしょうか。紙を信じて受け取った第三者が、思わぬ損をします。権利と紙が一体だからこそ、紙が本物であることへの信用が、取引の土台になります。だから、文書偽造とは別に、重い罪が用意されています。
有価証券とは何か——あたる紙とあたらない紙
図:有価証券の定義
最初に、有価証券とは何かを定めます。判例を見ます。
判例最判昭32・7・25 刑集11巻7号2037頁
有価証券の意義 刑法にいわゆる有価証券とは、大審院が屡々判示したように、財産上の権利が証券に表示され、その表示された財産上の権利の行使につきその証券の占有を必要とし、その証券が取引上流通性を有すると否とは刑法上は必ずしもこれを問わないものと解するを相当とする。されば、第一審判決が本件定期乗車券を有価証券と解したのは正当である。
読みどころは二つです。一つ目は、財産上の権利が証券に表示され、その行使に、証券の占有が必要、という部分です。さっきの、権利がしみ込んだ紙のことです。二つ目は、流通性を問わない、という部分です。手形のように、広く転々と流通しなくても、有価証券でありうるのです。判例は、定期乗車券を、有価証券としました。決め手は、占有です。定期券は、無くしたら、電車に乗る権利を使えません。券を持っていることが、権利を使う条件です。だから、あたります。
図:あたる紙・あたらない紙
一覧にします。まず、あたる紙です。手形、小切手、株券は典型です。乗車券や定期券もあたります。急行券については、距離と料金だけが印刷された用紙は、まだ有効な急行券ではありません。乗る日、列車、乗る駅といった所定の事項が書かれて、はじめて有効になります。乗る権利が、そこで紙にしみ込むからです。権限なく、その所定の事項を書き込んで、決まった様式の急行券を作れば、有価証券の偽造になる、というのが判例です。宝くじも、有価証券です。商品券やタクシーチケットも、あたります。さらに、取引の慣行の上で証券として扱われるものも、有価証券と認められます。増資で出す新株式の、申込証拠金の領収書が、その例です。商法上の有価証券より、刑法の範囲は広いのです。ここで、問いです。預金通帳は、有価証券にあたるでしょうか。理由まで考えてみてください。
あたりません。通帳は、権利を証明するための紙で、権利が紙にしみ込んでいるわけではないからです。通帳を無くしても、預金は消えません。占有が要りません。判例も、貯金通帳は有価証券でないとしています。通帳を偽造すれば、文書偽造の罪が問題になります。銀行の預金通帳なら、私文書です。同じ理由で、下足札や預り証も、あたりません。渡した物を返してもらう資格を示すだけだからです。クレジットカードなどのカード類も、有価証券ではありません。線引きの理由は、一本です。その紙を持っていないと、権利を使えない、譲れない、かどうか。定期券は、無くせば使えないので、あたります。通帳は、無くしても預金は消えないので、あたりません。
162条——偽造・変造・虚偽記入
図:162条の骨格
では、条文を見ます。
条文刑法162条
刑法162条(有価証券偽造等) 行使の目的で、公債証書、官庁の証券、会社の株券その他の有価証券を偽造し、又は変造した者は、三月以上十年以下の拘禁刑に処する。 行使の目的で、有価証券に虚偽の記入をした者も、前項と同様とする。
1項は、偽造と変造です。2項は、虚偽記入です。刑はどちらも、3か月以上10年以下の拘禁刑です。まず、偽造です。作成権限のない者が、他人の名義で有価証券を作ることです。名義人と作成者がずれる、という型は、文書偽造と同じです。手形を受け取る人は、名義人が支払いを約束した、と信じて受け取ります。作ったのが別人なら、その約束をした人は、どこにもいません。だから、偽造なのです。設例Zでは、名義人は取引先の会社で、作ったのはZさんです。名義人と作成者がずれています。しかも、ふつうの人が、本物の手形と思う出来です。偽造が成立する形です。次に、変造です。権限のない者が、本物の有価証券に、手を加えることです。例えば、本物の約束手形の額面を、100万円から1000万円に書き換えるのが、変造です。他人が振り出した小切手の、金額欄の数字を書き換える事件でも、判例は、偽造ではなく変造としました。偽造と変造は、同じ1項で、刑も同じです。ですから、試験では、区別の当否が結論に影響することは、あまりありません。
図:偽造と虚偽記入の分かれ目
最後に、虚偽記入です。判例を見ます。
判例最決昭32・1・17 刑集11巻1号23頁
虚偽記入の意義 刑法一六二条二項にいわゆる「虚偽ノ記入」とは、既成の有価証券に対すると否とを問わず(すなわち手形にあつては先ず振出行為があると否とを問わず)、有価証券に真実に反する記載をするすべての行為を指すものであつて、手形にあつては基本的な振出行為を除いたいわゆる附属的手形行為の偽造等をいうものと解するを相当とする。
読みどころは、基本的な振出行為を除いた、付属的な手形行為、という部分です。手形を作る行為、つまり振出しの偽造は、虚偽記入ではなく、偽造です。1項です。それ以外の、裏書、引受け、保証といった付随的な行為に、真実に反する記載をするのが、2項の虚偽記入です。裏書は、手形を人に譲るとき、裏面に名前を書く行為です。例を比べます。他人の名で、約束手形そのものを作れば、偽造で、1項です。他人が振り出した約束手形の裏面に、第三者の名前で、勝手に裏書を書き込めば、虚偽記入で、2項です。1項と2項は、罪質も刑も同じなので、どちらを適用するかで結論が変わることは、ありません。なお、162条には、未遂の規定がありません。有価証券を作る段階の未遂は、罰しません。使う側の163条には、未遂の規定があります。これは、あとで見ます。
行使の目的——設例Zの回収
図:行使の目的の対比
162条の罪は、行使の目的がないと成立しない、目的犯です。ここで、問いです。前回までに見た、通貨の行使の目的は、どんな目的でしたか?真正な通貨として、流通に置く目的、でした。では、有価証券は、どうでしょうか。偽造した有価証券を、真正な有価証券として使う目的です。流通に置く目的は、要りません。ここが、通貨との違いです。さきほどの、流通性を問わない、は紙の性質の話でした。こちらは、作る人の目的の話です。目的犯の一般論は、目的犯の回で見たとおりで、故意とは別の主観として、目的が要る犯罪です。どうして、有価証券は、流通させなくていいんですか。守っている信用の中身が違うからです。通貨は、手から手へ流れること自体が価値です。流れ出さなければ、通貨への信用は傷つきません。通貨偽造の回で見た、映画の撮影で映すだけの偽札が、そうでした。誰の手にも渡らないので、偽札をつかまされる人が、出てきません。一方、有価証券は、本物として使われることが価値です。見せるだけでも、本物と思わせて、銀行の担当者の、融資の判断を狂わせます。その時点で、有価証券の真正に対する信用が、傷つくのです。銀行に見せて信用させるために作る手形を、見せ手形と呼びます。判例・通説は、見せ手形も、真正なものとして使う目的があるので、行使の目的ありとします。
図:設例Zの当てはめ
冒頭の、設例Zに戻ります。Zさんは、取引先の会社の名前で、約束手形を作りました。名義人と作成者がずれていて、ふつうの人が本物と思う出来です。偽造です。銀行の担当者に見せて信用させる目的は、真正な手形として使う目的です。行使の目的が、あります。誰にも渡すつもりがなくても、成立します。結論は、Zさんには、有価証券偽造罪、162条1項が成立します。流通させなくても、本物として見せるだけで、罪になるのです。
163条——偽造有価証券を使う罪と罪数
図:設例Zの続き
ここから、使う側の163条です。前の部分の確認です。設例Zは、取引先の会社の名前で約束手形を偽造して、有価証券偽造罪、162条1項が成立しました。続きです。Zさんは、その手形を銀行の担当者に見せました。担当者は、本物と信じて、Zさんに融資をしました。順に見ます。まず、163条の条文です。
条文刑法163条
刑法163条(偽造有価証券行使等) 偽造若しくは変造の有価証券又は虚偽の記入がある有価証券を行使し、又は行使の目的で人に交付し、若しくは輸入した者は、三月以上十年以下の拘禁刑に処する。 前項の罪の未遂は、罰する。
客体は、偽造または変造された有価証券、あるいは虚偽の記入がある有価証券です。自分で作ったものでなくても、かまいません。刑は、3か月以上10年以下の拘禁刑で、162条と同じです。行為は三つです。行使、行使の目的での交付、輸入です。輸入は、外国で作られたものを、国内に持ち込むことです。試験で大事なのは、最初の二つです。
図:行使と交付の区別
まず、行使です。偽造や変造をした有価証券を、真正な有価証券として使うことです。ここでも、流通に置くことは要りません。見せ手形として、相手に呈示するのも、行使です。通貨の行使は、流通に置くことでした。ここが、通貨との違いです。次に、交付です。偽物であることを告げて渡す、または、偽物と知っている相手に渡すことです。行使と交付の分かれ目は、相手が、偽物と認識していたかどうか、一点です。通貨の交付と、同じ型です。交付にも、行使の目的、つまり、渡した相手に使わせる目的が要ります。例えば、銀行の担当者に、偽物と知らせずに見せれば、行使です。仲間に、これは偽の手形だと告げて渡せば、交付です。163条2項は、1項の罪の未遂を罰します。行使の未遂などが、あたります。さきほどの162条には未遂がなかったので、対になる点です。
図:偽造・行使・詐欺の鎖
罪数です。ここで、問いです。偽造通貨の行使と詐欺は、どう処理されたでしょうか? 前回のことを、思い出してください。偽造通貨の行使は、行使罪だけで、詐欺は別に成立しません。吸収されるからでした。では、有価証券は、どうでしょうか。まず、偽造した者が、自分で行使すれば、偽造と行使は、牽連犯です。54条1項後段の、科刑上一罪です。二つの罪が、手段と結果の関係にあれば、罪は二つ成立したまま、刑を科すときだけ一つにまとめ、最も重い刑で処断します。さらに、行使が詐欺の手段になった場合も、行使罪と詐欺罪は、牽連犯です。つまり、偽造、行使、詐欺が、一連の牽連犯になります。通貨には、偽札と知らずに受け取り、あとで気づいて使った人を、軽く罰する152条がありました。有価証券には、そのような、軽くするための特別の罪がありません。この点で、文書と同じ側です。偽造文書の行使と詐欺が牽連犯だった、文書偽造の回と、同じ処理です。詐欺の中身は、詐欺罪の回で見たとおりです。Zさんに当てはめます。偽造で162条1項、見せて信用させたのが行使で163条1項、融資を受けたのが詐欺です。この三つは、牽連犯で、最も重い刑で処断されます。
通貨・有価証券・文書を並べる
図:通貨・有価証券・文書の対比
ここで、偽造の罪の三つを、表にして並べます。通貨、有価証券、文書です。守るものは、どれも、真正に対する公共の信用です。偽造の測り方は、通貨が真券らしさ、つまり、ふつうの人がうっかり見て、本物と思い誤る出来かどうかです。有価証券と文書は、名義人と作成者のずれです。ただ、有価証券と文書でも、ふつうの人が本物と思う外観は要ります。行使の目的は、通貨が流通に置く目的、有価証券が、真正なものとして使う目的、文書が、真正な文書として、他人が内容を認識しうる状態に置く目的です。行使と詐欺は、通貨が行使罪だけで、有価証券と文書は、詐欺が別に成立して、牽連犯です。刑は、通貨が無期又は3年以上の拘禁刑、有価証券が3か月以上10年以下の拘禁刑です。文書は、155条が1年以上10年以下、159条が3か月以上5年以下の拘禁刑です。
行使の目的の違いは、一本の筋で結べます。通貨は、手から手へ流れること自体が価値なので、流通に置く目的が要ります。有価証券と文書は、本物として使われることが価値なので、見せるだけでも、行使の目的があります。詐欺との関係の違いは、別の理由でした。通貨で詐欺も成立させると、牽連犯で、重い詐欺の刑で処断されます。すると、知らずに受け取った人だけを軽くした152条の意味が、消えてしまいます。偽札を作って使った人のほうは、行使罪の刑が、すでに詐欺より重いのでした。有価証券と文書には、その軽い罪がないので、詐欺を別に評価します。
印章偽造の罪——164条から168条
図:印章偽造の罪の骨格
最後に、印章偽造の罪です。164条から168条までです。守るものは、印章や署名の真正に対する公共の信用です。印章とは、人の同一性を示すための文字や符号で、ふつうは、はんこを押した跡のことです。判例は、はんこ本体も、印章に含めます。署名とは、自分を示す文字で、氏名などを書いたものです。印章と署名を合わせて、印章等と呼びます。文書偽造の回で出てきた言葉と、同じです。署名には、そこで見たとおり、印刷などで氏名を表した記名も含まれます。条文の骨格を、表で見ます。164条は、御璽、国璽、御名で、刑は2年以上の有期拘禁刑です。165条は、公務所や公務員の印章等です。166条は、公務所の記号です。167条は、他人の印章等です。刑は、165条が3か月以上5年以下の拘禁刑、166条と167条は、3年以下の拘禁刑です。行為は、どの条文も二つです。まず、行使の目的で偽造すること。次に、不正に使うか、偽造したものを使うことです。刑は、偽造と使用で、同じです。条文を、二つだけ全文で見ます。まず、165条です。
条文刑法165条
刑法165条(公印偽造及び不正使用等) 行使の目的で、公務所又は公務員の印章等又は電磁的記録印章等を偽造した者は、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。 公務所若しくは公務員の印章等若しくは電磁的記録印章等を不正に使用し、又は偽造した公務所若しくは公務員の印章等若しくは電磁的記録印章等を使用した者も、前項と同様とする。
次に、167条です。
条文刑法167条
刑法167条(私印偽造及び不正使用等) 行使の目的で、他人の印章等又は電磁的記録印章等を偽造した者は、三年以下の拘禁刑に処する。 他人の印章等若しくは電磁的記録印章等を不正に使用し、又は偽造した印章等若しくは電磁的記録印章等を使用した者も、前項と同様とする。
165条は役所や公務員の印章、167条は、私人の印章です。違いは客体だけで、作りは同じです。電磁的記録印章等とは、印章等として表示されることとなる電磁的記録のことです。電子的な押印や署名のデータにも、保護が広がっています。
図:未遂と、印章・記号の線引き
168条は、未遂の規定です。罰するのは、使う側だけです。各条の2項、つまり、不正使用や、偽造したものの使用の未遂です。偽造そのものの未遂は、罰しません。次に、判例を二つ見ます。まず、印章と記号の線引きです。
判例最判昭30・1・11 刑集9巻1号25頁
公務所の印章と記号の区別 公務所の印章と記号とを区別する標準は、その使用の目的物の如何にあるもので、文書に押捺して証明の用に供するものは公務所の印章であり、産物、商品等に押捺するものはその記号であること…… 右全国選挙管理委員会の検印は、同委員会が、選挙運動のために使用する文書であるポスターが法定の枚数内であり、規格の制限に違反していないことを確認した上、これに押捺するものであるから、刑法一六五条一項にいわゆる公務所の印章に該当するものというべきである。
読みどころは、使う目的物で分ける、という点です。文書に押して、証明に使うものは、印章です。産物や商品に押すものは、記号です。判例は、選挙管理委員会がポスターに押す検印を、印章としました。文書であるポスターに押して、確認を証明するものだからです。もし、これが、りんごの箱に押す検印なら、記号になります。続いて、偽造の程度です。
判例最決昭32・2・7 刑集11巻2号530頁
公印偽造の程度 いわゆる公印偽造罪を罰するのは、結局実在する公務所又は公務員の印章若しくは署名の信用を保護しようとするものであるから、偽造の印章若しくは署名が通常人をして実在する公務所又は公務員の印章若しくは署名と誤信せしめるに足りる程度の形式、外観を備えている以上、実際のものと一致しなくとも、同罪の成立を妨げないものといわなければならない。
読みどころは、通常人が誤信する程度の形式と外観、です。実際のものと、そっくり一致している必要はありません。ふつうの人が、実在する公務員の印章だ、と思い違える出来であれば足ります。なぜなら、守るものが、実在する公務所や公務員の印章への信用だからです。通貨の真券らしさや、文書の外観と、似た測り方です。
図:印章偽造と文書偽造の関係
最後に、公文書偽造の回で、あとに回していた、文書偽造との関係です。印章や署名が、文書の一部として押されて、文書偽造が成立する場合、印章の偽造や使用は、文書偽造の中に吸収されます。成立するのは、文書偽造の罪だけです。印章偽造の罪が、独立して問題になるのは、文書偽造が成立しない場面です。印章だけを作る、印章だけを使う、といった場面です。名前だけの短い書き込みでも、名義人の意思や観念を表していれば、文書です。こうした短い文書を、省略文書と呼びます。単なる氏名の記入や押印にとどまるなら、印章や署名の問題です。判例には、郵便送達報告書の、受領者欄に他人の氏名を書いた行為を、有印私文書偽造とした例があります。受領者欄の名前は、確かに受け取りました、という意思を表すからです。
整理と、冒頭の答え
図:今日の整理
まとめます。有価証券は、権利がしみ込んだ紙です。その紙を持っていないと、権利を使えない、譲れない。だから、守るのは、本物として通用することへの信用です。通帳やカード類は、あたりません。162条は、偽造と変造が1項、虚偽記入が2項です。手形を作る振出しの偽造は偽造で、裏書など付随的な行為への真実に反する記載が虚偽記入です。行使の目的は、真正なものとして使う目的で足り、見せるだけでも成立します。163条は、行使、行使の目的での交付、輸入を罰し、未遂も罰します。分かれ目は、相手が偽物と知っているかどうかです。偽造、行使、詐欺は牽連犯で、通貨が行使罪だけだった点と違います。偽造、行使、詐欺の罪数は、論文で論点になりうる所です。印章偽造は、164条から167条が客体の違いで、168条が、使う側の未遂だけを罰します。冒頭の答えです。Zさんは、誰にも渡さず、見せるだけのつもりでも、有価証券偽造罪、162条1項が成立します。さらに、見せて融資を受けたなら、行使と詐欺が加わり、牽連犯です。有価証券は、見せるだけでも、本物と思わせれば信用が傷つく。守っている信用の中身が、通貨とは違うのです。
参照条文
- 刑法162条
- 刑法163条
- 刑法165条
- 刑法167条