支払用カード電磁的記録不正作出罪と不正指令電磁的記録罪
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第17章 社会的法益|公共の平穏・取引の安全・風俗 ㉒/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
まだ一度も使っていない偽のカードは罪になるのか
図:設例Q
前回は、有価証券の偽造を見ました。その中で、クレジットカードなどのカード類は有価証券ではない、と整理しました。さらに、電磁的記録の回で見た、電磁的記録不正作出罪も思い出してください。文書でない電磁的記録を、人の事務処理を誤らせる目的で、不正に作る罪でした。設例Qです。Qさんは、使わなくなった白いカードの磁気部分に、他人のクレジットカードから読み取った番号などのデータを書き込みました。店で使える、偽のクレジットカードの完成です。ただ、まだ一度も、店では使っていません。問いは三つです。罪になるのか。なるなら、どの条文か。そして、いつ既遂になるのか。データそのものを客体にする罪が、あります。今日は、カードのデータの罪と、悪意のプログラムの罪を見て、最後にQさんに戻ります。
なぜ独立の罪が要ったのか——支払システムを守る
図:支払用カードの罪の流れ
まず、なぜ独立の罪が要ったのか、です。カードは、二つの網から落ちます。一つ目は有価証券です。前回の、権利がしみ込んだ紙、にあたりません。二つ目は文書です。文書は、人が読んで意味を受け取るものです。カードの磁気データは、人が読むものではなく、機械が事務処理に使うデータです。電磁的記録不正作出罪は、一般規定です。ここで置かれたのは、支払システムを守る特別版です。守るものは、支払用カードを使った決済の仕組みへの、世間の信頼です。店も利用者も、カードを通せば正しく支払が済む、と信じて使っている、その信頼です。客体をカードに絞って、刑を重くし、作る手前の、持つことや準備することまで罰します。流れで見ます。まず、作る罪が、163条の2第1項です。使うのが2項、渡すのが3項です。持つのが163条の3、準備するのが163条の4です。作って、使って、渡して、持って、準備する。この順に見ていきます。なお、条文は偽造ではなく、不正に作る、という言い方です。
163条の2第1項——作った時点で既遂
図:163条の2の全文
その前に、問いです。思い出してください。電磁的記録不正作出罪の目的は、どんな目的でしたか?人の事務処理を誤らせる目的、でした。今日の条文は、そこに、財産上の、が付きます。条文です。
条文刑法163条の2
刑法163条の2(支払用カード電磁的記録不正作出等) 人の財産上の事務処理を誤らせる目的で、その事務処理の用に供する電磁的記録であって、クレジットカードその他の代金又は料金の支払用のカードを構成するものを不正に作った者は、十年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。預貯金の引出用のカードを構成する電磁的記録を不正に作った者も、同様とする。 不正に作られた前項の電磁的記録を、同項の目的で、人の財産上の事務処理の用に供した者も、同項と同様とする。 不正に作られた第一項の電磁的記録をその構成部分とするカードを、同項の目的で、譲り渡し、貸し渡し、又は輸入した者も、同項と同様とする。
今日は、第1項を見ます。客体は、二つです。一つ目は、代金や料金の支払用のカードを構成する電磁的記録です。クレジットカード、デビットカード、プリペイドカードなどです。二つ目は、預貯金の引出用のカードを構成する電磁的記録で、キャッシュカードのことです。プリペイド式のカード、たとえばテレホンカードも、含まれると解されています。行為は、不正に作ることです。電磁的記録不正作出罪と同じで、権限がないのに作る場合と、権限を濫用して作る場合を含みます。見た目が白いカードでも構わない、という点が、この罪の肝です。たとえるなら、レジが信じる合言葉が入っているのが、中身です。白いカードは、その入れ物にすぎません。客体は、電磁的記録です。見た目が本物そっくりである必要はありません。記録が、支払システムで通用するデータであれば足ります。たとえば、本物のカードと同じ番号などが書き込まれていて、店の読取機が、本物として支払を通してしまう。それが、通用する、ということです。
図:設例Qの当てはめ
もうひとつ、目的です。人の財産上の事務処理を誤らせる目的で、これも目的犯です。故意とは別の主観が要る、目的犯の一般論は、目的犯の回のとおりです。Qさんに当てはめます。他人のカードの番号などを書き込んで、店で使える記録を作りました。店の決済システムに、本物のデータと思い込ませて、財産上の事務処理を誤らせる目的が、あります。結論です。Qさんに成立するのは、163条の2第1項です。そして、既遂の時期は、作った時点です。使うことは、要件ではありません。なぜか。偽のデータは、できた瞬間から、いつでも、誰の手でも使えます。支払システムへの信用は、使われる前の、作られた段階で、もう危うくなるからです。まだ一度も使っていなくても、罪になります。冒頭の三つの問いの、答えです。
163条の2第2項と3項——使う・渡す
図:供用と譲り渡し等
続いて、使う側です。さきほどの条文の、第2項と第3項です。第2項は、供用です。不正に作られた電磁的記録を、1項の目的で、人の財産上の事務処理の用に供することです。要するに、カードを使う行為です。偽のカードを店の読取機に通す、ATMに差し込んで読み取らせる、といった行為です。第3項は、譲り渡し、貸し渡し、輸入です。ここで、客体に注意してください。1項と2項の客体は、電磁的記録です。3項の客体は、その電磁的記録を構成部分とするカードです。カードという物を、人に渡す行為だからです。譲り渡しは、処分する権限ごと渡すこと、貸し渡しは、使うことだけ許すこと、輸入は、国外から持ち込むことです。たとえば、作った偽のカードを、仲間に売り渡せば、譲り渡しです。
供用にも、作出と同じ目的が必要です。刑は、1項と同じです。使ったその先は、別の罪の問題です。店員をだませば、詐欺罪です。機械に使うときは、得たもので分かれます。ATMから現金を引き出せば、現金は財物なので、窃盗罪です。機械を通して、決済や振込のような財産上の利益を得れば、246条の2の電子計算機使用詐欺罪です。電子計算機使用詐欺の回で見た、財物か利益か、の線引きのとおりです。
163条の3から5——持つ・準備する・未遂
図:所持と準備の全文
作る手前に進みます。まず、持つ罪です。
条文刑法163条の3
刑法163条の3(不正電磁的記録カード所持) 前条第一項の目的で、同条第三項のカードを所持した者は、五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
目的を持って、不正に作られたカードを、持っているだけで罪です。たとえば、店で使うつもりで、偽のカードを財布に入れているだけで、成立します。次は、準備する罪です。
条文刑法163条の4
刑法163条の4(支払用カード電磁的記録不正作出準備) 第百六十三条の二第一項の犯罪行為の用に供する目的で、同項の電磁的記録の情報を取得した者は、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。情を知って、その情報を提供した者も、同様とする。 不正に取得された第百六十三条の二第一項の電磁的記録の情報を、前項の目的で保管した者も、同項と同様とする。 第一項の目的で、器械又は原料を準備した者も、同項と同様とする。
四つの行為があります。情を知って、とは、事情を知りながら、という意味です。情報の取得、情を知っての提供、保管、そして器械や原料の準備です。カードの磁気データを、専用の機械でこっそり読み取ることを、スキミングといいます。四つとも、そのスキミングの周りの行為です。目的は、作る犯罪行為の用に供する目的です。作る罪の、手前の罪だからです。準備の対象は、器械と原料に限られます。器械は、カードにデータを書き込む機械、原料は、白いカードのような材料です。ここで、問いです。所持の未遂は、罰されるでしょうか? 163条の5の条文を、見てみます。
条文刑法163条の5
刑法163条の5(未遂罪) 第百六十三条の二及び前条第一項の罪の未遂は、罰する。
未遂を罰するのは、作る、使う、渡す、そして取得と提供だけです。所持、保管、器械や原料の準備には、未遂の規定がありません。なぜ分かれるのかは、こう整理できます。所持と保管は、持っている状態そのものの罪で、途中まで持った、という段階を考えにくいのです。器械や原料の準備は、未遂の回で見た予備にあたる、ずっと手前の行為です。その未遂まで罰すると、日常の行為まで巻き込む、と整理できます。一方、情報の取得と提供は、読み取る、渡すという一回の動作なので、途中で止められた、という段階があります。
図:163条の2から5の一覧
一覧にします。作る、使う、渡すは、刑が重く、未遂も罰します。持つは、刑が一段軽く、未遂はありません。準備の罪は、さらに軽く、取得と提供だけ未遂を罰します。重さの順に、処罰が手前に伸びています。
有価証券・電磁的記録・支払用カードを並べる
図:三つの客体の対比
三つの罪を、並べます。有価証券は、権利がしみ込んだ紙です。電磁的記録不正作出は、文書でない電磁的記録です。支払用カードは、その中の、支払システムのデータです。目的は、有価証券が、真正なものとして使う目的、電磁的記録不正作出が、人の事務処理を誤らせる目的、支払用カードが、人の財産上の事務処理を誤らせる目的です。違いは、財産上の、の有無です。刑は、支払用カードが、10年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金で、161条の2の第1項より重くなっています。さらに、作る手前の、所持と準備まで罰するのは、この三つの中では、支払用カードだけです。
設例Qは、表の右端の列、支払用カードに入ります。文書でも、有価証券でもありません。支払システムのデータを不正に作ったので、163条の2第1項です。
不正指令電磁的記録の罪——ウイルスを作る・渡す・動かす
図:設例R
後半は、悪意のプログラム、つまり、ウイルスの罪です。その前に、問いです。電子計算機損壊等業務妨害罪の、電子計算機とは、何のことでしたか?情報を集めて処理したり、複雑な業務を制御したりする機械で、パソコンやサーバのことでした。設例Rです。Rさんは、写真の色合いを自動で整える、と説明して、ソフトを配りました。ところが、そのソフトには、利用者のパソコンの中のファイルを、勝手に外部へ送る機能が、仕込んであります。守っているものは、プログラムが、使う人の意図に沿って動くという、社会一般の信頼です。ひいては、電子計算機の社会的機能です。カードの罪が、使う前の、作る段階や持つ段階から罰したのと同じく、ウイルスでも、実際に被害が出る前に、作る、渡す、動かす、持つ行為そのものを罰します。業務妨害の回で見た、不正な指令を与える罪は、実際にコンピュータの動作を狂わせて、業務を妨害する罪でした。今日の罪は、その手前の段階を受け持ちます。
図:168条の2の全文
条文です。
条文刑法168条の2
刑法168条の2(不正指令電磁的記録作成等) 正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。 一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録 二 前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録 正当な理由がないのに、前項第一号に掲げる電磁的記録を人の電子計算機における実行の用に供した者も、同項と同様とする。 前項の罪の未遂は、罰する。
構造を見ます。第1項は、作成と提供です。客体は二つあります。1号は、そのまま動かせるプログラムです。2号は、その不正な指令を記述した記録で、ソースコードのように、まだ動かせない形のものです。第2項は供用で、客体は1号だけです。第3項は、供用の未遂だけを罰します。実行の用に供する目的とは、事情を知らない人のパソコンで、その人に動かす意思がないのに、動いてしまう状態に置く目的です。作成と提供は、この目的が要る目的犯です。供用は、動かせる状態に置くこと自体が行為なので、カードの供用と違って、別に目的は要りません。作った人が善意で、あとから誰かに悪用されても、作った時点で目的がないので、作成罪は成立しません。
図:作成・提供・供用の定義
三つの行為を、一文ずつ定義します。作成は、新たに記録媒体の上に、存在させること。提供は、不正指令電磁的記録と知って、自分の手元に置こうとする人に、渡すこと。供用は、事情を知らない人のパソコンで、動かせる状態に置くこと、です。渡し方の違いに、注意してください。事情を知らない利用者に配るのは、提供ではなく、供用です。提供は、ウイルスだと知っている相手への引渡しです。もうひとつの条文が、持つ側の罪です。
条文刑法168条の3
刑法168条の3(不正指令電磁的記録取得等) 正当な理由がないのに、前条第一項の目的で、同項各号に掲げる電磁的記録その他の記録を取得し、又は保管した者は、二年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。
取得と保管です。刑は一段軽くなります。正当な理由がないのに、とは、違法に、という意味です。目的の要件と、セットで考えます。たとえば、ウイルス対策ソフトを開発するために、自分のパソコンで動かして試すなら、そもそも、他人のパソコンで動かす目的がありません。研究機関や対策ソフト会社に、ウイルスだと明らかにして渡す提供や取得も、正当な理由があります。そうした場面を、条文が、はっきり外しているのです。
反意図性と不正性——何がウイルスにあたるか
図:二段のふるい
次は、何が不正指令電磁的記録にあたるか、です。最高裁が、2段のふるいを示しました。コインハイブ事件の判決です。まず、反意図性です。
判例最判令4・1・20 刑集76巻1号1頁
反意図性 反意図性は,当該プログラムについて一般の使用者が認識すべき動作と実際の動作が異なる場合に肯定されるものと解するのが相当であり,一般の使用者が認識すべき動作の認定に当たっては,当該プログラムの動作の内容に加え,プログラムに付された名称,動作に関する説明の内容,想定される当該プログラムの利用方法等を考慮する必要がある。
読みどころは、一般の使用者が認識すべき動作、です。基準は、個別の使用者が、実際にどう思っていたかではありません。名前や説明を見たとき、一般の人が、どう動くと考えるか、と実際の動作が、ずれているかどうかです。使う人の期待との、ズレです。たとえば、電卓と名前の付いたアプリが、起動すると、連絡先を勝手に外へ送る。これがズレです。次に、不正性です。
判例最判令4・1・20 刑集76巻1号1頁
不正性 不正性は,電子計算機による情報処理に対する社会一般の信頼を保護し,電子計算機の社会的機能を保護するという観点から,社会的に許容し得ないプログラムについて肯定されるものと解するのが相当であり,その判断に当たっては,当該プログラムの動作の内容に加え,その動作が電子計算機の機能や電子計算機による情報処理に与える影響の有無・程度,当該プログラムの利用方法等を考慮する必要がある。
読みどころは、社会的に許容し得ない、という部分です。ズレがあっても、そのズレが社会に受け入れられる範囲なら、不正とは言えません。判断材料は、動作の内容、機能や情報処理への影響の有無と程度、利用方法です。たとえば、サイトを開くと出てくる広告は、いちいち説明されませんが、社会に受け入れられています。
コインハイブ事件——ズレはあるのに無罪
図:コインハイブ事件
事案です。サイトの運営者が、閲覧者のパソコンに、仮想通貨のマイニング、つまり演算を行わせるプログラムコードを、自分のウェブサイトのサーバに保管しました。不正指令電磁的記録の保管罪、168条の3で起訴された事件です。ここで、問いです。反意図性はあるのに、無罪になりました。何が欠けていたからでしょうか?不正性、です。順に見ます。まず、反意図性は、肯定されました。閲覧者の同意を得る仕様でもなく、説明も表示もなく、この収益の仕組みは、一般の使用者に、知られていませんでした。ズレは、ありました。ところが、不正性が否定されました。動作は、閲覧者のパソコンを、一定程度使うにとどまり、気付くほどの影響はありませんでした。社会に受け入れられている広告表示のプログラムと比べても、影響や利用方法に、有意な差がない、とされました。マイニング自体も、仮想通貨の信頼性を確保する仕組みです。ですから、マイニングという動作の中身も、社会的に許容し得ないものとは言いにくい、とされました。
判例最判令4・1・20 刑集76巻1号1頁
結論 本件プログラムコードは,反意図性は認められるが,不正性は認められないため,不正指令電磁的記録とは認められない。
結論は、無罪でした。ズレがあっても、許される範囲なら、処罰しない。これが、2段のふるいの意味です。ただし、この判決は、負担が小さく気付かれない程度の、この事案についての判断です。マイニングのプログラムなら何でも許される、とまで述べたわけではありません。この論点は、論文で論点になりうる所です。
設例Rの回収と周辺の法令
図:設例Rの当てはめ
冒頭の、設例Rに戻ります。反意図性は、あります。色合いを自動で整える、という説明と、ファイルを外へ送る動作が、ずれています。不正性もあります。利用者の情報を、黙って外へ出す動作は、社会的に許容し得ません。コインハイブは、負担が小さく、広告と同じように受け入れられていました。Rさんは、そこが違います。ですから、そのソフトは、不正指令電磁的記録です。仕込んで作った行為は、まず、168条の2第1項の作成です。そして、事情を知らない利用者に配って、動かせる状態に置けば、2項の、供用です。配ったから提供、ではない点が、ポイントです。利用者は、事情を知らないからです。周辺の法令を、名前だけ、触れます。不正アクセス禁止法があります。他人のIDなどで入る行為を罰する法律で、今日の罪は、プログラムを作る、渡す、持つ行為を罰する点が違います。
整理と、冒頭の答え
図:今日の整理
まとめます。カードのデータは、有価証券でも文書でもありません。だから、支払システムを守る罪が、別に置かれました。作る、使う、渡す、持つ、準備する。この順に、処罰が手前に伸びています。未遂を罰するのは、作る、使う、渡す、取得、提供だけで、所持、保管、準備にはありません。ウイルスの罪は、作成、提供、供用、取得、保管です。実行の用に供する目的が核で、未遂は、供用だけです。何がウイルスかは、2段で決まります。一般の使用者の期待とズレているか。そのズレが、社会に許されないか。コインハイブ事件は、ズレがあっても、許される範囲だとして、無罪でした。冒頭の答えです。Qさんは、まだ一度も使っていなくても、163条の2第1項が成立します。既遂の時期は、データを作った時点です。使えば、2項の供用が加わります。
参照条文
- 刑法163条の2
- 刑法163条の3
- 刑法163条の4
- 刑法163条の5
- 刑法168条の2
- 刑法168条の3