刑法ゼロから刑法#164

放火罪の焼損と独立燃焼説

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第17章 社会的法益|公共の平穏・取引の安全・風俗 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

鋼板が少し焼けただけで既遂か

問い・鋼板の表面が焼けた/畳だけが焼けた 図:問い・鋼板の表面が焼けた/畳だけが焼けた

前回の最後に、エレベーターの事案はもう一度出てくる、と言いました。今日がその回です。集合住宅のエレベーターのかごの中で火をつけ、側壁の鋼板の表面が、少し燃えました。前回は、これを人のいる建物への放火と見る、というところまで確かめました。あのときは、一つの現住建造物の一部として扱えるか、という面だけを見ています。今日の問いは、その先です。表面が少し焼けただけで、放火は完成した、つまり既遂と言えるのでしょうか。もう一つ、問いを出します。人が住んでいる家に火をつけたところ、畳が燃えただけで、消し止められました。既遂でしょうか。未遂でしょうか。

分からないのが自然です。放火の既遂は、覚える前に、線の引き方の理屈を持つと楽になります。理屈が分かれば、畳の場合も、鋼板の場合も、同じ物差しで答えが出ます。答えの方向だけ先に言います。決め手は、建物を使えなくしたかどうかではありません。火が建物そのものに移って、燃え続けているかどうかです。

放火という行為

放火の意義・媒介物と不作為と着手 図:放火の意義・媒介物と不作為と着手

条文から入ります。前に見たとおり、108条は、放火して、という行為と、焼損した、という結果の、二段になっています。今日は、その両方を扱います。

条文刑法108条

刑法108条(現住建造物等放火) 放火して、現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。

放火とは、目的物の焼損を引き起こす行為です。ここで大事なのは、建物に直接火をつけなくても構わない、という点です。たとえば、建物を燃やすつもりで、軒先に積んだ古新聞に火をつけます。古新聞のように、火を建物へ運ぶ役をする物を、媒介物と呼びます。媒介物に火をつけることも、放火です。狙いが建物の焼損なら、火をつけた先が古新聞でも、行為としては放火になります。作為に限りません。以前に見た、炭火の不始末の判例を思い出してください。自分の不注意で出した火を、その火で建物が燃えることを認めながら、消さずに立ち去った事案でした。消せるのに消さない不作為が、放火の行為になりうるのです。ここで1問です。ガソリンを撒いた時点で、放火の着手が認められたのはなぜでしたか?

ガソリンは引火しやすくて、火の気があれば引火が避けられないほどでした。だから、燃える危険が切迫していたからです。火をつける前でも、引火性の高い物を撒けば、着手が認められうる。物の性質が、危険を前倒しするのでした。つまり、放火の行為は、火を建物に近づける流れの全体を指します。点火の前のガソリンの撒布から、古新聞への点火まで、幅があります。今日は、この流れのさらに先、火が建物に移ったあとの話です。着手のさきにある、既遂の線を扱います。

焼損の意義・独立燃焼説

独立燃焼説・理由の道筋 図:独立燃焼説・理由の道筋

108条は、焼損した時に既遂になります。では、どこまで燃えたら、焼損なのか。ここは、学説が激しく対立する所です。まず、判例の考え方を、理由から組み立てます。ここで1問です。放火罪が守っているのは、以前の回で見た、何でしたか?不特定または多数の人の生命、身体、財産、つまり公共の危険が生じないこと、でした。ここから理屈を組みます。放火罪は、公共危険罪です。守るのが公共の危険が生じないことなら、その危険が生じた時点で完成、と考えるのが素直です。建物の持ち主の損害が大きいかどうかは、二の次になります。では、いつ公共の危険が生じたと言えるか。火が、媒介物を離れて、建物に移り、建物が自分の力で燃え続けている状態を考えます。誰かが消さない限り、火は勝手に燃え広がります。隣の家に移るのか、中や近くにいる人に及ぶのか、誰が巻き込まれるかは、もう火まかせです。周りの家にまだ火が移っていなくても、燃え広がる筋道ができています。少なくとも抽象的には、公共の危険が生じた、と言えます。身近な例で考えます。キャンプで、マッチの火を薪に近づけます。マッチを捨てても、薪が自分で燃え続けていたら、もう火は人の手を離れています。逆に、焚き付けの新聞が燃えているだけなら、まだ薪には移っていません。火が、人の手を離れて、独り立ちしたかどうか。ここに、線を引くのです。そこで判例は、焼損を、こう定義します。

⭐ 論文で書く規範:【規範】焼損の意義(独立燃焼説) 焼損とは、火が媒介物を離れて目的物に移り、目的物が独立に燃焼を継続する状態をいう。 (規範(判例)——公共の危険から引いた既遂の線)

この規範を、事案に当てはめてみます。たとえば、Aが、人の住む家の軒先に積んだ古新聞に、ライターで火をつけたとします。古新聞が燃え、Aがライターを離しても、古新聞は燃え続けています。ただ、燃えているのは媒介物です。火が目的物に移っていません。定義を満たさないので、焼損ではありません。そのあと火が柱に移り、柱が自力で燃え続けたら、そこで初めて、焼損になります。放火は抽象的危険犯でした。だから、隣の家に火が及ぶ気配が実際にあったかは、問いません。目的物が独立に燃え続ける状態であれば、足ります。以前に見た、周りに火が及ぶ気配がなくても、家が焼損すれば既遂、という設例は、この理屈から出てきます。判例を読みます。

判例大審院判決 大正7年3月15日

焼損の意義 放火の行為が一定の目的物の上で行われ、火が導火材料(媒介物)を離れて、独立して燃焼作用を営むことができる状態にあるときは、公共の静謐に対する危険はすでに生じている。したがって、目的物を全然その効用を失わせるに及ばなくても、焼損の結果を生じ、放火の既遂状態に達したものとする。

これは、判旨の趣旨をまとめたものです。読むポイントは、三つあります。一つ目は、火が媒介物を離れて、独立に燃える状態になったこと。二つ目は、その時点で、公共の静謐、つまり公共の安全に対する危険が生じていること。三つ目は、建物の使い道を失わせるに至らなくても、既遂になること、です。三つ目が、あとで見る、ほかの見方との分かれ目です。建物がまだ使えても、独立に燃え出していれば、既遂です。では、段階で見ましょう。人の住む家に火をつけ、火が広がっていく流れを、時間順に追います。

焼損の段階・媒介物から建物の一部へ 図:焼損の段階・媒介物から建物の一部へ

まず古新聞に点火します。古新聞が燃え出し、ライターを離しても燃え続けます。ここで1問です。古新聞が独立に燃え続けています。畳にはまだ移っていません。既遂でしょうか?燃えているのは、火を運ぶ古新聞だけです。建物が燃えたわけではないので、未遂だと思います。独立に燃えていても、燃えているのが媒介物なら、未遂です。独立、という言葉に引きずられないでください。独立に燃えることは必要ですが、それだけでは足りません。燃えているのが、目的物でなければならないのです。次に、火が畳とふすまに移り、それらが独立に燃え出します。これも、まだ未遂です。畳とふすまは、家の一部のようでいて、判例は、建物の一部とは見ないからです。

見分け方があります。こわさなければ取り外せない物か、を見るのです。畳やふすま、押入れの引き戸は、こわさずに外せます。持ち上げれば、外れます。だから、建物に付いて使われてはいても、建物とは別の物です。こういう物を、従物と呼びます。柱や壁、天井板は、こわさないと外せません。だから、建物の一部です。柱や天井板が独立に燃え出したとき、焼損で、既遂になります。単に、建物に据え付けてあるだけでは足りません。畳は、部屋に敷き詰められていますが、それでも従物です。据え付けの有無ではなく、こわさずに外せるか、が基準です。判例を読みます。

判例最判昭25・12・14 刑集4巻12号2548頁

畳は建物の一部か 建具その他家屋の従物が建造物たる家屋の一部を構成するものと認めるには、該物件が家屋の一部に建付けられているだけでは足りず更らにこれを毀損しなければ取り外すことができない状態にあることを必要とするものである。従つて、判示布団は勿論判示畳のごときは未だ家屋と一体となつてこれを構成する建造物の一部といえないこと多言を要しないから、原判決の前示判示は、建造物の放火既遂の犯罪事実を認定判示したものではなく、その放火未遂の認定判示であるといわなければならない。

事案は、人の住む家屋の布団の中に薪を差し入れ、マッチの軸木を添えて点火し、布団3枚と、その下の畳約30センチ四方、深さ約1.5センチを焼いたものです。判旨の前半は、さっきの見分け方そのものです。従物が建物の一部と言えるには、建付けられているだけでは足りず、こわさないと外せない状態が必要です。後半で、布団はもちろん、畳も建物の一部と言えない、として、既遂ではなく、未遂と判断しました。一つ、切り分けます。建造物損壊で、物が建物の一部かを見たときは、接合の程度と、建物での機能上の重要性を見ました。あれは、壊した物が建造物損壊になるか、器物損壊になるかを分けるための見方です。放火では、どこまで燃えたら既遂か、を決めるために、こわさないと外せないか、を見ます。問いが別なので、見る点も別です。放火の回の初めに、建造物の意義は放火でも同じ、と言いました。それは、どんな物が建造物か、の話です。建物のどこまでが燃えたら焼損か、は、こわさないと外せないか、で見ます。冒頭の二つ目の問いの答えが、ここで出ます。畳だけが燃えて消し止められたなら、未遂です。燃えている畳も、危ないことに変わりはありません。それでも未遂になるのは、108条が焼損を求めている相手が、建造物そのものだからです。畳は、こわさずに外せる、建物とは別の物です。外せる物が燃えているうちは、その物を外へ出したり、その物だけを消したりして、火を建物から切り離す余地が残ります。こわさないと外せない柱や壁が燃え出したら、もう火を建物から切り離せません。畳が燃えているだけなら、火はまだ建物そのものに移っていません。既遂の線は、建物を使えなくしたかではなく、火が建物そのものに移って燃え続けたかで引くのでした。

他の見方との比較

既遂の時期・各説の比較 図:既遂の時期・各説の比較

独立燃焼説には、批判があります。ここで、もう1問です。木造の家なら、柱が少し燃えただけで既遂になります。それで問題ないでしょうか?実際に、柱が少し燃えただけで既遂とするのは早すぎる、と考える見方が出ました。既遂の線を遅く引く見方です。同じ火事を使って、判例の独立燃焼説を含めた四つの見方で、既遂がいつになるかを並べます。設例は、さっきの家です。火が柱に移って独立に燃え出し、そのあと、さらに燃え広がって、家の重要な部分が焼け落ちていく、という時間の流れです。一番早いのが、判例の独立燃焼説です。柱が独立に燃え出した時に、既遂です。効用喪失説は、火力で建物の重要部分が焼け落ちて、建物の本来の使い道を失った時に、既遂とします。柱が燃え出した段階では、まだ家は使える。だから、まだ既遂ではない。焼け落ちて、住めなくなって初めて、既遂です。四つのなかで、一番遅い線です。毀棄説は、火力で、建物が壊されたと言える程度になった時に、既遂とします。物を壊す罪、毀棄罪の損壊と同じ程度、という考え方です。重要部分が焼け落ちるところまでは求めず、一部が壊れれば足ります。さっきの家で言えば、柱が焼けて欠け、建物の一部が壊れたと言える状態になった時です。燃え上がり説は、建物の重要な部分が燃え始めて、簡単には消せない状態になった時に、既遂とします。さっきの家で言えば、柱から天井へと火が回り、もう簡単には消し止められない勢いになった時です。重要な部分、という所に建物の価値の目線が、簡単には消せない、という所に火の危険の目線が入っています。独立燃焼説と効用喪失説の間に位置する見方です。

効用喪失説や毀棄説が重く見ているのは、建物を使えなくしたか、こわしたか、という財産犯の面です。人の物を壊したり、使えなくしたりすると、財産の罪になりますね。その発想を、放火に持ち込んでいるのです。燃え上がり説は、財産の面と火の危険の面を、両方加味する見方です。しかし、放火罪が守るのは、財産だけではありません。人の生命と身体も含みます。建物がまだ使えるうちにも、火が広がれば、中の人や周りの財産が危なくなります。財産の目線で既遂を遅らせると、この危険を見逃します。だから、公共の危険から線を引く独立燃焼説が、妥当です。判例の結論も、はっきり違います。先ほどの判旨は、効用を失わせるに及ばなくても既遂、と言っていました。効用喪失説とは、結論が逆です。ここまでを、一言でまとめます。既遂の線を、建物の財産としての価値から引くか、火が生む公共の危険から引くか。この違いが、各説の差になっています。焼損の意義は、論文で論点になりうるところです。ここでは、定義と、この理由をセットで持ってください。

エレベーターの事案の焼損の面

エレベーターの鋼板・燃えた事案 図:エレベーターの鋼板・燃えた事案

冒頭の一つ目に戻ります。前回読んだ判例を、もう一度出します。

判例最決平1・7・7 集刑252号203頁

エレベーターへの放火 なお、一、二審判決の認定によれば、被告人は、一二階建集合住宅である本件マンシヨン内部に設置されたエレベーターのかご内で火を放ち、その側壁として使用されている化粧鋼板の表面約〇・三平方メートルを燃焼させたというのであるから、現住建造物等放火罪が成立するとした原審の判断は正当である。

前回は、この事案を、エレベーターが住宅の一部と言えるか、という面で読みました。今日は、燃えた、という事実に目を向けます。鋼板の表面が、燃焼した、とあります。ただ焼け焦げたのではなく、燃えたのです。しかも、側壁として使われている板です。決定文は、従物かどうかまでは述べていません。ただ、今日の物差しで見れば、壁の役目を果たしている板は、畳のようにこわさずに外せる物とは違う、と整理できます。注意があります。決定文は結論だけで、焼損、独立に燃焼、独立燃焼説、という言葉を使っていません。判例が独立燃焼説を適用した、とは言えません。言えるのは、側壁の鋼板の表面が燃焼した、という事実で、成立を認めた、というところまでです。

今日の物差しで考えます。焼損の線は、建物を使えなくしたかではなく、目的物に火が移って燃えたか、でした。エレベーターは、使えなくなるほど焼けたわけではありません。それでも、壁として使われている板に、火が移って燃えたのなら、その時点で、人のいる建物に危険が及んでいます。少しの燃え方でも、成立を認めた結論は、この筋で理解できます。逆に、同じエレベーターでも、火が床に敷いただけのマットや、置いてあった荷物にだけ移り、壁の板は燃えなかったとします。マットも荷物も、こわさずに外せます。それなら、外せる物が燃えただけで、まだ未遂の場面です。燃えたのが、壁として使われている板か、それとも外せる物か。そこが、分かれ目です。

前回の燃えにくい建物は、一つの建物と見てよいか、という面の話でした。建物が燃えずに、ただ焦げたり、剥がれ落ちたりする場合に、焼損と言えるのかは、また別の問題です。今日の定義は、燃えることを前提にしています。

整理と、冒頭の答え

放火と焼損・整理 図:放火と焼損・整理

まとめます。放火とは、焼損を引き起こす行為で、媒介物への点火も、不作為も含みます。着手は、引火性の高い物の撒布でも認められうるのでした。焼損とは、火が媒介物を離れて目的物に移り、目的物が独立に燃え続ける状態です。判例の立場で、理由は、放火罪が公共危険罪で、その危険が生じたかで既遂の線を引くからです。段階は、媒介物、従物、建物の一部の順です。媒介物や畳だけが燃えても未遂で、こわさないと外せない柱や壁が燃えて、既遂です。効用喪失説や毀棄説は、財産の面を重く見て、既遂を遅く引きます。人の生命や身体への危険を軽く見る点が、弱みです。冒頭の答えです。畳だけが燃えて消し止められたなら、未遂です。エレベーターの鋼板の表面が燃えたなら、独立燃焼説の物差しでは、建物の一部に火が移って燃えたので、焼損と説明できます。決定文そのものは、焼損という言葉を使っていません。決め手は、建物を使えなくしたかではなく、火が建物に移って燃え続けたか、でした。

参照条文

  • 刑法108条

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