刑法ゼロから刑法#165

難燃性建造物の焼損と放火の未遂・予備

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第17章 社会的法益|公共の平穏・取引の安全・風俗 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

燃えていないのに、使えなくなった建物

問い・燃えていない建物は既遂か 図:問い・燃えていない建物は既遂か

前回は、焼損の線を、こう引きました。火が媒介物を離れて建物に移り、建物が独立に燃え続けた時に、焼損です。エレベーターの事案は、側壁の鋼板の表面が実際に燃えた事案でした。今日は、この定義に、厄介な場面をぶつけます。Aが、人の住むコンクリートの建物に火をつけました。中の物が燃え、その熱で壁が剥がれ落ち、有毒ガスが出て、建物は住めなくなりました。ただし、建物そのものは、燃えていません。既遂でしょうか。未遂でしょうか。建物の使い道は失われたのに、建物そのものは燃え続けていない。引っかかるのは、そこです。答えの決め手だけ先に言います。焼損という言葉が、燃えることを指しているかどうかです。今日は、この答えを、条文の言葉から組み立てます。そのあと、放火の未遂と予備、少し特別な115条、最後に罪数を見ます。

燃えない建物の焼損

前回の物差しを燃えない建物に当てる 図:前回の物差しを燃えない建物に当てる

ここで1問です。前回の復習です。焼損とは、火がどうなった状態のことでしたか?火が媒介物を離れて、目的物に移り、目的物が独立に燃え続ける状態、でした。では、この定義を、冒頭の建物に当てます。建物は、燃えていません。中の物が燃えたのは、火を運ぶ媒介物が燃えたに過ぎません。定義を満たさないので、焼損ではありません。ここまでは、前回の物差しのとおりです。問題は、ここからです。近年は、コンクリートなど、燃えにくい材料で造られた建物が増えました。こういう建物を、難燃性建造物と呼ぶのでした。燃えにくいことと、燃えないことは別、とも確かめました。ただ、中の物が燃えて熱が出ても、建物そのものは独立に燃えずに終わることが、多いのです。ここで燃えない建物と言うのは、この、実際には独立に燃えなかった場合のことです。それでも、壁が剥がれ落ちたり、有毒ガスが出たりして、建物としては使えなくなります。

使えなくなって、有毒ガスで人まで危ないのに、未遂で済ませていいのでしょうか。そこが、争いの出発点です。放火罪は公共危険罪ですから、危険が生じているのに未遂にとどまるのはおかしい、という感覚は自然です。この感覚に応える見方が、併用説です。効用喪失説を併用する見解で、新効用喪失説とも呼ばれます。併用説は、原則としては独立燃焼説に立ちます。そのうえで、火力によって建物が効用を失うに至った場合にも、既遂を認めます。つまり、独立に燃えれば既遂、に加えて、燃えなくても、建物として使えなくなったら既遂、と足す形です。前回の効用喪失説は、建物が本来の使い道を失うまで既遂にしない、線を遅く引く見方でした。併用説は逆に、独立燃焼で足りる場合は、そのまま既遂とします。そのうえで、燃えない建物の場面だけを、効用喪失で拾い足します。これに対して、批判があります。焼損は、文言上、燃えることです。建物が効用を失ったことを、焼損と読むことはできません。これが、文理上の制約です。この批判を、そのまま結論にする見方が、否定説です。独立燃焼が無い以上、焼損にあたらず、未遂にとどまる、と考えます。条文でいえば、108条の罪の未遂です。未遂を罰するのは112条で、あとで条文を見ます。

区別・渡れない≠凍った、使えない≠燃えた 図:区別・渡れない≠凍った、使えない≠燃えた

危険があるのに、言葉にそこまでこだわるのは、なぜですか。刑罰の条文は、言葉の意味の範囲でしか使えないからです。身近な例で考えます。寒さで池が、誰も渡れない状態になったとします。でも、水のままなら、凍った、とは言えません。渡れないことと、凍ったことは別です。同じように、建物が使えなくなることと、燃えたことは別です。言葉が燃えることを指しているのに、燃えていない建物を焼損と呼べば、処罰の範囲を、言葉の外へ広げることになります。併用説にも、理由があります。燃えなくても、有毒ガスで人の命が危うくなる点では、燃えた場合と同じだからです。ただ、現行の条文の言葉を前提にするなら、否定説のほうが素直です。併用説を採る場合は、文理の制約をどう乗り越えるのかを、説明する必要があります。

燃えない建物・二つの見方 図:燃えない建物・二つの見方

表で整理します。建物そのものが独立に燃えたなら、どちらの説でも既遂です。真ん中のぎょう、燃えてはいないが、壁が剥がれ落ち、建物として使えなくなった場合だけ、併用説は既遂、否定説は未遂に分かれます。下のぎょう、煤がついた、一部が溶けた、というだけで、建物としては使えるなら、効用を失っていません。この場合は、併用説でも未遂です。分かれ目は、燃えていない建物に、既遂を認める余地があるかの、ただ一点です。混ぜてはいけない点が、一つあります。冒頭で触れたとおり、前回のエレベーターは、実際に燃えた事案でした。今日の争いは、燃えていない建物で、焼損という言葉をどう読むか、という別の問題です。冒頭の答えが出ました。コンクリートの建物が、燃えずに使えなくなった場合。併用説なら既遂、否定説なら未遂です。決め手は、焼損という言葉が、燃えることを指しているか、という文理でした。難燃性建造物の焼損は、論文で論点になりうるところです。理由と一緒に持っておいてください。

放火の未遂と予備

予備、着手、焼損・放火の段階 図:予備、着手、焼損・放火の段階

ここで1問です。以前に見た、ガソリンを撒いただけで、火をつける前でも放火の着手が認められたのは、なぜでしたか?ガソリンの引火性が強くて、火の気があれば引火することが必定で、燃える危険が切迫していたからです。この着手の線が、今日の未遂と予備の境目になります。まず条文です。未遂は、112条に書かれています。

条文刑法112条

刑法112条(未遂罪) 第百八条及び第百九条第一項の罪の未遂は、罰する。

注目してほしいのは、範囲です。未遂を罰するのは、108条と、109条1項の罪だけです。109条1項は、人が住んでおらず、中にも、だれもいない、他人の建物への放火でした。この2つは、以前見た抽象的危険犯です。型は、条文に公共の危険という言葉があるかどうかで決まるのでした。刑の重さで決まるのではありません。ただ、結果として、この2つは放火の罪の中で重いほうでもあります。これに対して、自分の物についての109条2項と、建物以外の物についての110条は、条文に公共の危険が書かれた具体的危険犯でした。公共の危険が現に生じて初めて成立する、軽いほうの罪です。条文は、重いほうの2つに限って、焼損の手前まで処罰を広げています。だから、109条2項や110条の罪の未遂は、罰しません。未遂と既遂の線は、焼損で引くのでした。たとえば、人の住む家の軒先の古新聞に火をつけ、古新聞だけが燃えて消し止められたら、108条の未遂です。前回見た判例も、畳は建物の一部ではないとして、未遂としていました。さきほどの燃えない建物も、否定説なら、この112条の未遂に入ります。未遂は、43条で刑を減軽できます。既遂との違いが、ここに出ます。次に、予備です。

条文刑法113条

刑法113条(放火予備) 第百八条又は第百九条第一項の罪を犯す目的で、その予備をした者は、二年以下の拘禁刑に処する。ただし、情状により、その刑を免除することができる。

予備とは、犯罪の準備行為のことで、実行の着手より手前の段階です。113条は、目的犯です。108条か109条1項の罪を犯す目的で、予備をしたことが要ります。たとえば、人の住む家を燃やそうと考えて、ガソリンを買い集め、現場を下見した段階です。この段階で、犯罪は成立します。放火は、被害が大きく、取り返しがつかない罪だからです。だから、手前の準備も罰します。ただし、どこまでも手前を罰するわけではありません。買い集めて、車に積んでいるだけなら、予備です。一方、現場でガソリンを撒いたら、切迫した危険が生じています。ここからは、予備ではなく、着手で、未遂です。予備と未遂の境は、さっきの物差し、切迫した危険が生じたかどうかです。113条には、ただし書があります。情状により、刑を免除することができる、という任意的な免除です。以前に見た、予備の中止に中止未遂の規定を準用できるかという争いは、このただし書がある放火予備では、実益が薄いのでした。整理します。予備は、着手の手前で113条、着手のあと焼損の前が112条の未遂、焼損して既遂。予備を罰するのは、108条と109条1項を犯す目的の場合に限られます。未遂と同じく、重いほうの2つです。

115条、自分の物でも

自分の物でも、他人の物の例 図:自分の物でも、他人の物の例

次は、115条です。放火の罪には、燃やした物が自分の物か他人の物かで、扱いが分かれるものがあります。自分の物を燃やす場合は、原則として、他人の物を燃やす場合より軽く扱います。自分の物なら、持ち主が自由にしてよい面があるからです。ところが、自分の物でも、他人の権利や利益がからんでいるなら、話が別です。条文を見ます。

条文刑法115条

刑法115条(差押え等に係る自己の物に関する特例) 第百九条第一項及び第百十条第一項に規定する物が自己の所有に係るものであっても、差押えを受け、物権を負担し、賃貸し、配偶者居住権が設定され、又は保険に付したものである場合において、これを焼損したときは、他人の物を焼損した者の例による。

差押えを受けた物は、債権者の権利がかかっています。物権を負担した物は、抵当権などが付いています。賃貸した物は、借りた人が使っています。配偶者居住権が設定された物には、配偶者がその家に住み続ける権利があります。保険に付した物は、保険会社が保険金を払う立場にあります。こういう物を燃やせば、他人の物を燃やしたのと同じ害が出ます。だから、他人の物の例によります。108条は、自分の物かどうかで、罪を分けていません。人が住んでいる家は、持ち主が自分でも他人でも、同じ108条です。だから、115条の出番がありません。出番があるのは、人が住んでいない、自分の建物などです。たとえば、Aが、自分の倉庫を、Bに貸していたとします。人は住んでいません。Aがこの倉庫を燃やせば、自分の物ですから、原則は軽い扱いです。この軽い扱いのほうは、さきほどの具体的危険犯で、公共の危険が現に生じて初めて成立します。しかし、賃貸中の倉庫なら、他人の物の例になり、109条1項の扱いになります。ここでは、条文の位置づけだけを押さえてください。何も付いていない自分の物なら、115条は使いません。

罪数、数えるのは何か

物置を媒介物にした放火 図:物置を媒介物にした放火

最後は、罪数です。放火の罪が何個成立するかの、数え方です。放火罪は、公共危険罪でした。守っているのは、不特定または多数の人の生命、身体、財産が危険にさらされないことです。だから、数える単位は、焼けた建物の数ではなく、生じた公共の危険の個数です。108条は、さきほどの抽象的危険犯で、危険が生じたかを個別には確かめない罪でした。ここで危険を数えるのは、罪が成立するかを確かめるためではありません。何個の罪にまとめるかを、決めるためです。一つ目です。たとえば、一つの火事で、人の住む母屋と、離れの両方が焼けたとします。建物は2つですが、公共の危険は1つです。だから、包括して、108条の一罪です。母屋のほかに、109条や110条の物が一緒に焼けた場合でも、生じた危険が1つなら、108条の一罪にとどまります。反対に、別の日に、別の場所で火をつければ、危険は別々に生じます。罪も、それぞれ成立します。二つ目は、少し紛らわしい場面です。行為者は、人が住んでいる家を焼くつもりでした。ところが、その家に直接火をつけず、隣にある他人の物置に、先に火をつけました。物置から、家に燃え移らせるつもりです。物置は、109条1項の物にあたります。

別の罪としては、成立させません。物置は、家を焼くための媒介物にすぎないからです。火は、物置から家へ、一続きに燃え広がっていきます。生じる公共の危険は、1つです。数える単位が危険の個数なら、罪も1つにまとめます。まとめる先は、重いほうの108条です。物置を燃やしたことは、その108条の中で評価し尽くされます。前回、古新聞が燃えただけでは既遂としなかったのと、同じ形です。結論は、二つに分かれます。家が焼損したら、108条の既遂、一罪です。家が焼損しなかったら、物置が焼けたかどうかにかかわらず、108条の未遂、一罪です。物置が燃えたからといって、別に109条の罪が加わるわけではありません。罪数の一般的なルール、包括一罪や観念的競合は、以前に見たとおりです。今日は、放火では、数える単位が、公共の危険の個数になる、という点だけ持ち帰ってください。

整理と、冒頭の答え

燃えない建物・未遂と予備・罪数の整理 図:燃えない建物・未遂と予備・罪数の整理

まとめます。燃えない建物の焼損は、併用説と否定説に分かれます。併用説は、独立燃焼を原則にしつつ、効用を失えば既遂とします。否定説は、焼損は燃えることだから、燃えなければ未遂とします。未遂を罰する112条は、108条と109条1項だけです。予備の113条は、その罪を犯す目的の場合に限り、2年以下の拘禁刑です。情状により、刑を免除できます。境は、実行の着手です。115条は、差押え、物権負担、賃貸、配偶者居住権、保険のある自己の物を、他人の物の例にします。対象は、109条1項と110条1項の物です。罪数は、生じた公共の危険の個数で数えます。冒頭の答えです。コンクリートの建物が、燃えずに使えなくなった場合。併用説なら既遂、否定説なら未遂です。現行の条文の言葉を前提にするなら、焼損は燃えること、という文理から、否定説が素直です。決め手は、建物が使えなくなったかではなく、焼損という言葉が何を指すか、でした。

参照条文

  • 刑法112条
  • 刑法113条
  • 刑法115条

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