非現住建造物等放火と公共の危険
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第17章 社会的法益|公共の平穏・取引の安全・風俗 ⑦/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
防火壁の向こうの物置
図:問い・防火壁があっても罪になるか
前回、115条のところで、賃貸中の倉庫の話をしました。自分の倉庫でも、人に貸していれば、他人の物の例になります。何も付いていない自分の物なら、もっと軽い2項です。その軽い2項は、公共の危険が現に生じて初めて成立する、と言いました。今日は、この公共の危険の中身を見ます。設例です。Aは、人が住んでおらず、中にも誰もいない、自分の物置に火をつけました。隣の家とは、分厚い防火壁で隔てられています。Aは、絶対に燃え移らないと確信していました。ところが、通りから見ると火の手が上がり、近所の人は避難を始めました。Aは、罪になるでしょうか。
引っかかるのは、本人は燃え移らないと確信していたのに、周りでは避難が始まっている、という食い違いです。決め手だけ先に言います。犯人が分かっていなければならない公共の危険が、何を指すか、です。
109条の形、1項と2項
図:振り分け・現住か、現在か、他人の物か
まず、条文です。
条文刑法109条
刑法109条(非現住建造物等放火) 放火して、現に人が住居に使用せず、かつ、現に人がいない建造物、艦船又は鉱坑を焼損した者は、二年以上の有期拘禁刑に処する。 前項の物が自己の所有に係るときは、六月以上七年以下の拘禁刑に処する。ただし、公共の危険を生じなかったときは、罰しない。
客体は、現に人が住居に使用せず、かつ、現に人がいない、建造物、艦船、鉱坑です。大事なのは、かつ、です。住居に使われていないだけでは足りません。中にも誰もいないことが要ります。現住と現在の両方が否定されて初めて、109条です。汽車と電車は、この条文に入っていません。108条にだけあります。振り分けを、順に並べます。現住か。そうなら108条。現在か。そうなら108条。どちらでもなければ、109条以下です。ここに、今日の新しい枝が加わります。その建造物は、他人の物か、自分の物か。他人の物なら1項、自分の物なら2項です。例外が二つあります。一つは、前回見た115条です。自分の物でも、差押え、物権負担、賃貸、配偶者居住権、保険のどれかがあれば、他人の物の例によります。賃貸中の倉庫が1項になったのは、これです。もう一つは、他人の物でも、所有者の同意があるなら、自己の物として扱ってよいと解されていることです。誰の物でもない無主物も、同じように考えてよいでしょう。
図:109条・1項と2項の違い
1項と2項の違いは、試験でもよく問われます。1項は、文言に公共の危険がありません。前に見た、抽象的危険犯です。公共の危険が生じたかを、個別には問わない罪でした。だから、焼損すれば既遂です。焼損は、前に見たとおり、火が媒介物を離れて目的物に移り、目的物が独立に燃焼を継続する状態でした。そこで、少なくとも抽象的には危険が生じた、と見て線を引いたのでした。2項は、焼損しただけでは足りません。ただし書のとおり、公共の危険が、その事件で現に生じて初めて、罰します。これが、具体的危険犯です。同じ、誰もいない空き倉庫でも、他人の物なら、焼損で1項が成立します。自分の物で、周りに何もない野原の一軒なら、火が広がる恐れがないので、2項は成立しません。
自分の物だと条件が一つ増えるのは、持ち主が自由にしてよい面があるからです。たとえば、自分の庭で焚き火をしても、ふつうは咎められません。問題になるのは、隣の洗濯物や通りの人に危険が及んだときです。自分の建物の焼損も同じで、それだけなら、本来は違法ではありません。周りの人を危険にさらしたときに、初めて犯罪になります。この筋が、あとの認識の問題にもつながります。
図:今日の道筋
ここまでが、109条の形です。この先は、公共の危険とは何か。そのうえで、犯人は公共の危険を分かっている必要があるのか。最後に、未遂と予備の範囲です。
公共の危険とは何か
図:公共の危険の意義・限定説と非限定説
ここで1問です。前に見た、具体的危険犯とは、どんな罪のことでしたか?復習です。109条2項は、この具体的危険犯でした。では、認められるべき公共の危険とは、何でしょうか。意味は、不特定または多数人の生命、身体、財産に対する危険です。誰に及ぶかが決まっていないか、数が多い。そういう人たちの安全が、脅かされることです。判断の基準は、一般人の印象です。多数説は、一般の人がその場で危ないと感じるかで見ます。実際に燃え移る見込みがあるかどうかは、決め手にしません。燃え移るかどうかは、あとで調べて初めて分かることも多いです。でも、周りの人たちは、その場で見て危ないと感じれば、身を守るために動かざるをえません。その時点で、もう安全は脅かされています。だから、物理的に燃え移るかではなく、一般人が危険を感じるかで判断します。答案では、一般人の印象からみて、不特定または多数人の生命、身体、財産に対する危険を感じさせる状態、とまとめて書くのが通常です。冒頭の設例に当てます。防火壁があるので、物理的には、隣へ燃え移れません。でも、火の手が上がり、近所の人が避難を始めました。一般人の印象からは、危険を感じる状態です。だから、公共の危険は生じている、と言えます。条文は、公共の危険とだけ書いていて、何に対する危険かは書いていません。そこで、争いが出ます。公共の危険は、108条や109条1項の客体、つまり誰かが住む建物や他人の非現住建造物に、燃え移る危険に限られるのか。限られる、とするのが限定説です。限られず、それ以外の人の生命、身体、財産に対する危険も含む、とするのが非限定説で、判例・通説です。
例で見ます。自分の無人の倉庫に放火しました。隣は空き地です。ただ、近くに、他人の駐車車両が数台あり、延焼しそうになりました。限定説だと、車は108条や109条1項の客体ではないので、公共の危険は無しです。非限定説だと、車への延焼の危険も含むので、公共の危険は有りです。判例を見ます。先に断っておきます。この事案は、109条ではなく、110条1項、建造物等以外の物への放火の事案です。ただ、110条の公共の危険も、109条2項の公共の危険も、同じ意味で読むのが一般です。だから、意味を確かめる場面で使います。
判例最決平15・4・14 刑集57巻4号445頁
駐車場の自動車への放火 被告人は,妻と共謀の上,長女が通学する小学校の担任教諭の所有に係る自動車(以下「被害車両」という。)に放火しようと企て,本件当日午後9時50分ころ,同小学校教職員用の駐車場に無人でとめられていた被害車両に対し,ガソリン約1.45lを車体のほぼ全体にかけた上,これにガスライターで点火して放火した。
図:判例の事実・何を拾って危険を認めたか
決定文が認定した事実の続きです。駐車場は市街地にあり、公園や他の駐車場に隣接していました。道路を挟んで、小学校や農協の建物もありました。被害車両から3.8メートル先に、他人の無人の車があり、そのすぐ隣にもう1台ありました。東側3.4メートルには、金網などで囲んだ、燃えるごみの集積場がありました。火は、被害車両から、この2台の車とごみ集積場に、延焼する危険が及びました。弁護人は、110条1項の公共の危険は、108条や109条所定の建造物等への延焼のおそれに限られる、と主張しました。この主張は、限定説の立場です。判旨です。
判例最決平15・4・14 刑集57巻4号445頁
公共の危険は建造物等への延焼に限られない 同法110条1項にいう「公共の危険」は,必ずしも同法108条及び109条1項に規定する建造物等に対する延焼の危険のみに限られるものではなく,不特定又は多数の人の生命,身体又は前記建造物等以外の財産に対する危険も含まれると解するのが相当である。そして,市街地の駐車場において,被害車両からの出火により,第1,第2車両に延焼の危険が及んだ等の本件事実関係の下では,同法110条1項にいう「公共の危険」の発生を肯定することができるというべきである。
読みどころは二点です。一点目。公共の危険は、建造物等への延焼の危険だけに限られない。不特定または多数の人の生命、身体、建造物等以外の財産に対する危険も含む。弁護人の、限られる、という主張を退けています。二点目。市街地の駐車場で、近くの2台の車に延焼する危険が及んだ事実のもとで、公共の危険の発生を肯定しました。使い方に注意してください。決定文が述べているのは、110条1項についてです。決定文に、109条2項の語はありません。109条2項にも当てはめるのは、同じ意味で読む、という通説の整理です。筋は、こうです。公共の危険は、周りの人の安全が脅かされることを問題にします。延焼の先が、建物でなく車やごみ集積場でも、周りの人の安全が脅かされる点は同じです。だから、建造物等に限る理由はありません。公共の危険の意義は、論文でも、定義を正確に書いて、事実を拾う論点になりうるところです。
公共の危険の認識は必要か
図:認識の要否・不要説と必要説
ここで1問です。前に見た、故意が認められるには、犯人は何を認識している必要がありましたか?復習です。では、109条2項です。ただし書は、公共の危険を生じなかったときは、罰しない、と言います。公共の危険は、客観的に生じているべき事実です。では、犯人が、公共の危険の発生を分かっていなかったら、2項は成立しないのでしょうか。冒頭の設例のAも、燃え移らないと確信していました。これが、分かっていなかったことになるのかが、問題です。考え方は二つに分かれます。不要説は、罰しない、という文言に注目します。公共の危険は、処罰条件にすぎない、と考えます。処罰条件とは、前に見たとおり、犯罪の成立の外側に置かれ、それが無いと処罰できない条件です。成立の外側にあるので、さきほどの故意の対象には入りません。だから、認識は不要です。少数説です。必要説は、通説です。さきほどの筋を使います。自己の所有に係る非現住、非現在の建造物等を焼損することは、本来は違法な行為ではありません。それが犯罪になるのは、公共の危険を生じさせたからにほかなりません。違法性を基礎づける事実です。処罰条件のように成立の外側にあるのではなく、2項の客観的構成要件要素の一つです。だから、さきほどの故意の対象に入ります。したがって、認識が必要です。
批判があります。公共の危険が分かっているなら、108条や109条1項の物件に燃え移ることまで分かっている。ならば、その物件への放火の故意もあります。ただ、まだ燃えていないので、結果が出ていない。つまり未遂です。そうなると、2項の場面は、みな108条や109条1項の未遂に吸い込まれてしまい、2項の出番がなくなる、というものです。この批判には、反論があります。公共の危険は、一般人の印象で決まるものでした。実際に燃え移るかどうかとは、別の話です。だから、公共の危険は認識しているが、108条や109条1項の物件への延焼は認識していない、という場合がありえます。必要なのは、一般人の印象からみて危険を感じさせる状態が生じることの認識です。延焼の認識までは要りません。
図:設例への当てはめ
冒頭の設例に当てます。Aは、防火壁があるので、隣への延焼は絶対にない、と確信していました。延焼の認識は、ありません。ただ、物置に火をつければ、火の手が上がり、周りの人が危険を感じる状態になる。このことは、Aも分かっていたと認められるなら、公共の危険の認識はあります。必要説を採っても、2項は成立しえます。近所の人は現に避難を始めているので、公共の危険も、生じています。押さえてほしいのは、認識の対象です。必要説でも、要るのは延焼の認識ではなく、公共の危険の認識です。たとえば、Aが、周りに何もない野原の一軒だと思って、自分の小屋に火をつけた。ところが、風下の川べりに、釣りをしている人たちがいて、火を見て逃げ出した、という場合です。公共の危険は、現に生じています。でも、Aは、周りの人が危険を感じる状態になるとは、思っていません。必要説なら、公共の危険の認識が無いので、2項は成立しません。不要説なら、認識は要らないので、成立します。二つの説の結論が分かれるのは、ここです。一つ、位置づけです。109条2項そのものについて、最高裁の判例はありません。高等裁判所の裁判例には、必要説をとったものがあります。とはいえ、最高裁の判断ではないので、ここは、不要説と必要説の対立として押さえてください。最高裁の判例があるのは、110条です。論文では、公共の危険の認識は必要か、必要だとして、その内容は何か、が論点になりえます。必要説の理由は、自己の物の焼損は本来違法でないこと。認識の内容は、一般人の印象からみて危険を感じさせる状態が生じること。そして、延焼の認識までは要らないこと。この三点を、理由と一緒に持っておいてください。
未遂と予備の範囲
図:未遂・予備の範囲
最後に、未遂と予備です。結論は、109条2項は、未遂も予備も罰しません。前回見た112条は、108条と109条1項の罪の未遂を罰する、という条文でした。2項は入っていません。予備の113条も、108条または109条1項の罪を犯す目的の場合だけです。予備を罰するのも、他人の物の場合に限られます。自分の物の2項は、対象外です。どうして、自分の物だと広げないのですか。2項は、公共の危険が現に生じて初めて成立する、軽いほうの罪だからです。前に未遂の総論で見たとおり、未遂を罰するのは各本条に規定がある罪だけで、予備はさらに限られた重大な罪だけでした。結果の手前まで処罰を広げるのは、例外なのです。条文も、重いほうの二つに限って、焼損の手前まで処罰を広げていました。しかも2項は、さきほどの筋のとおり、公共の危険が生じるまでは、本来は違法でない行為です。手前まで罰を広げる理由は、なおさらありません。2項は、既遂、つまり公共の危険が生じた場合だけです。
整理と、冒頭の答え
図:109条と公共の危険の整理
まとめます。109条は、他人の物なら1項で、抽象的危険犯です。焼損で既遂になります。自分の物なら2項で、具体的危険犯です。焼損に加えて、公共の危険が生じて初めて、罰します。公共の危険は、一般人の印象からみて、不特定または多数人の生命、身体、財産に対する危険を感じさせる状態です。判例と通説は、建造物等への延焼に限らない、という非限定説です。2項の公共の危険の認識は、通説では必要です。自己の物の焼損は、本来は違法でないからです。ただし、必要なのは延焼の認識ではなく、危険を感じさせる状態が生じることの認識です。未遂と予備を罰するのは、1項までです。冒頭の答えです。Aは、防火壁があるので延焼はないと確信していました。それでも、火が上がれば周りが危険を感じる状態になることを分かっていたなら、必要説でも、2項は成立しえます。近所の人が避難を始めた以上、公共の危険も生じています。決め手は、認識の対象が、延焼ではなく、公共の危険であることでした。
参照条文
- 刑法109条