刑法ゼロから刑法#167

建造物等以外放火罪と失火罪

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第17章 社会的法益|公共の平穏・取引の安全・風俗 ⑧/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

隣人の木材に火をつけたA

問い・危険を分かっていなかったAは罪になるか 図:問い・危険を分かっていなかったAは罪になるか

前回、109条2項の認識のところで、最高裁の判例はない、と言いました。判例があるのは110条です。今日は、そこから入ります。設例です。Aは、隣人の敷地の隅に積んであった、建築用の木材に、腹いせで火をつけました。木材は隣人の物です。Aは、木材の山だけが燃えればいい、周りに迷惑は掛からない、と思っていました。ところが、火は高く上がり、近所の人が逃げ出しました。公共の危険は、現に生じています。Aは、それを分かっていませんでした。110条1項は、成立するでしょうか。前回の109条2項は、公共の危険を分かっていなければ成立しない、というのが通説でしたよね。それなら、ここも成立しないのですか。そこが今日の山場です。先に方向だけ言います。判例の答えは、前回の通説とは逆向きです。決め手は、何を認識していればよいか、です。

今日の道筋 図:今日の道筋

道筋です。まず、110条の形。次に、公共の危険の認識が要るかどうか。そのあと、延焼罪、失火罪、業務上失火罪と広げます。

110条の形

振り分け・108か109か110か 図:振り分け・108か109か110か

まず、条文です。

条文刑法110条

刑法110条(建造物等以外放火) 放火して、前二条に規定する物以外の物を焼損し、よって公共の危険を生じさせた者は、一年以上十年以下の拘禁刑に処する。 前項の物が自己の所有に係るときは、一年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。

客体は、前二条、つまり108条と109条に規定する物以外の物です。前に見た、3段の階段で言えば、108条の物は、人が住む、または現に人がいる建造物、電車などでした。109条の物は、人が住んでおらず、現に人もいない建造物、艦船、鉱坑でした。110条は、その残りです。自動車、オートバイ、畳、家具、立木などです。人のいない電車も、ここに入ります。電車が108条に入るのは、現に人がいるときだけです。そして、109条には、電車が入っていません。だから、現に人がいない電車は、108条にも109条にも当たらず、110条に回ります。注意点が一つあります。畳だけを燃やすつもりなら110条です。でも、畳を火の移る道具にして、家を燃やすつもりなら、110条ではありません。家への放火、108条などの問題です。何が目的物かで決まる、ということです。1項は他人の物、2項は自己の物です。2項は軽く、1年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金です。罰金刑があるのは、放火の罪の中で110条2項の特徴です。他人の物でも所有者の同意があれば、自己の物と同じに扱ってよい、と解されています。逆に、自分の物でも、差押えや賃貸がある場合は、115条により1項です。

110条・1項と2項 図:110条・1項と2項

109条と違うところがあります。109条は、1項に公共の危険という言葉がなく、抽象的危険犯でした。110条は、1項にも、よって公共の危険を生じさせた、とあります。条文に公共の危険という言葉があるので、1項も2項も、具体的危険犯です。公共の危険が現に生じて初めて成立します。未遂と予備は、どちらも罰しません。112条が未遂を罰するのは108条と109条1項だけ、113条の予備も同じ範囲でした。110条は入っていません。公共の危険の意味は、前回のとおりです。一般人の印象から、不特定または多数人の生命、身体、財産に対する危険を感じさせる状態です。建造物等への延焼に限られない、と言った判例の事案は、前回も断ったとおり、この110条1項でした。

人家も人通りもない野原の真ん中なら、その車を燃やしても、誰も危険を感じる状態にはならないので、公共の危険は生じず、110条は不成立です。器物損壊にとどまります。

公共の危険の認識は必要か

認識の要否・判例と学説 図:認識の要否・判例と学説

ここで1問です。前回の109条2項で、公共の危険の認識は、通説ではどうでしたか?必要でした。自分の物の焼損は、本来違法ではなくて、公共の危険を生じさせたから犯罪になる、という理由でした。では110条です。ここにも公共の危険があります。犯人は、それを分かっていなければならないのか。冒頭のAは、周りに迷惑は掛からないと思っていました。まず判例です。事案は、他人の家の軒下に置かれた、他人の自動二輪車への放火です。被告人は、自分では火をつけていません。仲間と共謀し、その仲間が火をつけたので、共謀共同正犯として問われました。判旨です。

判例最判昭60・3・28 刑集39巻2号75頁

公共の危険の発生の認識は必要か なお、刑法一一〇条一項の放火罪が成立するためには、火を放つて同条所定の物を焼燬する認識のあることが必要であるが、焼燬の結果公共の危険を発生させることまでを認識する必要はないものと解すべきであるから、これと同旨の見解に立ち、被告人に本件放火罪の共謀共同正犯の成立を認めた原判断は、記録に徴し正当として是認することができる。

判決の焼燬は、いまの条文の焼損と同じ意味です。読みどころは二点です。一点目。火を放って110条の物を焼損する認識は、必要です。二点目。焼損の結果として公共の危険が生じることまでは、認識しなくてよい。つまり、判例は不要説です。使い方に注意してください。判決は、結論だけを述べていて、理由は述べていません。また、判決文が述べているのは、110条1項についてです。109条2項という言葉はありません。だから、判例は110条について不要、109条2項には最高裁の判例はない、と分けて覚えてください。では、なぜ不要と言えるのか。これは学説の説明です。前回の109条2項の不要説は、ただし書の、罰しない、に注目して、公共の危険を処罰条件と見ました。110条には、そのただし書がありません。代わりに、条文は、よって公共の危険を生じさせた、と書いています。そこで、この、よって、に注目して、110条を器物損壊罪の結果的加重犯と見ます。結果的加重犯は、基本の犯罪に故意を超えた重い結果が加わる型で、重い結果は認識も認容も要りませんでした。公共の危険は、その重い結果だから、認識は要らない、という筋です。同じ不要説でも、条文の書き方が違うので、理由の立て方が違う、と押さえてください。ただ、これには批判があります。器物損壊罪は個人の財産を守る罪です。110条は、みんなの安全を守る公共危険罪です。守るものが違う二つの罪の間に、基本の罪と加重の罪という関係を見出すのは無理がある、というものです。

通説は必要説です。理由は、1項と2項で違います。1項は、他人の物を焼損しても、器物損壊ならもっと軽い罪です。それが1年以上10年以下の重い罪になるのは、公共の危険が生じたからにほかなりません。だから、その認識が要ります。2項は、前回と同じです。自己の物の焼損は、本来は違法でなく、公共の危険で初めて犯罪になる。だから、認識が要ります。必要説だと、108条や109条1項の故意になってしまう、という批判は、ここでもあるのですか。あります。そして反論も前回と同じです。公共の危険の認識は、延焼の認識とは別です。必要なのは、一般人が危険を感じる状態が生じることの認識で、108条や109条1項の物に燃え移らせる認識までは要りません。

認識の三つの層 図:認識の三つの層

ここで、整理します。認識は、三つの層に分けて考えてください。一つ目は、放火の故意です。110条の物を、火を放って焼損することの認識。これは、判例でも必要です。二つ目は、公共の危険の認識です。一般人が危険を感じる状態が生じることの認識。判例は不要、通説は必要です。三つ目は、延焼の故意です。108条や109条1項の物に燃え移らせる認識で、あれば110条ではなく、108条や109条1項の問題になります。二つ目とは別物です。大事なのは、判例が不要としたのは二つ目だけ、ということです。不要説でも、何も認識しなくてよいわけではありません。木材を燃やすこと自体の認識は、要ります。

設例への当てはめ 図:設例への当てはめ

冒頭のAに当てます。Aは、木材を燃やす認識がありました。①はあります。公共の危険は、現に生じました。判例の立場なら、②は要りません。110条1項が成立します。通説の立場なら、②が要ります。設例のAは、周りに迷惑は掛からないと思っていて、②がありません。だから、110条1項は成立せず、隣人の木材を燃やした器物損壊罪にとどまります。判例なら成立、通説なら不成立。冒頭で、判例の答えは前回の通説とは逆向き、と言ったのは、このことです。決め手は、何を認識していればよいか、でした。Aが、火が高く上がれば、近所の人が危ないと感じるだろう、と分かっていた場合です。②があるので、通説でも110条1項が成立します。隣の家に燃え移らせるつもり、つまり③までは要りません。この論点は、論文でも論点になりうるところです。判例と通説のどちらに立つか、そして通説なら、1項と2項で理由が違うこと、判例の立場なら、結果的加重犯という説明とその批判を、持っておいてください。

延焼罪

延焼罪の条文構造 図:延焼罪の条文構造

ここで1問です。結果的加重犯とは、どんな型の犯罪でしたか?復習です。基本の犯罪に、故意を超えた重い結果が加わる型、でした。その型の放火の罪が、延焼罪です。条文です。

条文刑法111条

刑法111条(延焼) 第百九条第二項又は前条第二項の罪を犯し、よって第百八条又は第百九条第一項に規定する物に延焼させたときは、三月以上十年以下の拘禁刑に処する。 前条第二項の罪を犯し、よって同条第一項に規定する物に延焼させたときは、三年以下の拘禁刑に処する。

基本犯は、109条2項か110条2項、どちらも自己の物への放火です。そこから、よって、重い物に延焼させたときに成立します。結果的加重犯なので、延焼先の物については、故意がないことが前提です。延焼させるつもりがあったなら、延焼先の物についての放火罪になります。ここで、さきほどの110条と区別してください。110条を器物損壊罪の結果的加重犯と見るのは、不要説を支える学説の説明で、守るものが違う罪をつなぐのは無理だ、という批判がありました。111条は違います。条文が、109条2項または110条2項の罪を犯し、よって、と、基本犯をはっきり名指ししています。基本犯も、延焼という重い結果も、どちらも放火の罪なので、守るものも同じです。111条が結果的加重犯であることは、条文の組み立てそのものから出てきます。表で組合せを見てください。左の見出しが、火をつけた自分の物、つまり基本犯です。上の見出しが、燃え移った先の物です。燃え移った先は、3段の階段の上から、108条の物、109条1項の物、110条1項の物、つまり他人の車などです。先が重い物ほど、刑も重くなります。109条2項か110条2項から、108条の物や109条1項の物に延焼すれば、111条1項で、3か月以上10年以下の拘禁刑です。110条2項から、110条1項の物に延焼すれば、111条2項で、3年以下の拘禁刑に軽くなります。109条2項から110条1項の物への延焼は、規定がありません。

例です。自分が所有する、無人の古い納屋に火をつけました。燃え移らないと思っていたのに、火が隣家、つまり人が住む建造物に移りました。納屋への放火は、109条2項で、公共の危険も生じています。さらに、隣家に延焼させたので、111条1項です。

失火罪

失火罪・1項と2項 図:失火罪・1項と2項

ここまでは、わざと火をつけた場合でした。次は、不注意で火を出した場合、失火罪です。失火とは、過失により出火させることです。過失は、注意義務違反の行為でした。放火の罪の過失版、と考えてください。

条文刑法116条

刑法116条(失火) 失火により、第百八条に規定する物又は他人の所有に係る第百九条に規定する物を焼損した者は、五十万円以下の罰金に処する。 失火により、第百九条に規定する物であって自己の所有に係るもの又は第百十条に規定する物を焼損し、よって公共の危険を生じさせた者も、前項と同様とする。

1項は、108条の物と、他人の109条の物を焼損した場合です。公共の危険という言葉がないので、抽象的危険犯です。2項は、自己の109条の物と、110条の物を焼損し、よって公共の危険を生じさせた場合です。公共の危険という言葉があるので、具体的危険犯です。放火と同じ、言葉の有無で型が決まる、という筋がそのまま当てはまります。例です。台所の火の不始末で、家族と住む自分の家を焼いてしまった。人が住む家は108条の物なので、1項です。周りに危険が及んだかは、問いません。これに対し、庭で焚き火をしていて、火の粉が、とめてあった自分の車に燃え移った。車は110条の物なので、2項です。周りの人が危険を感じる状態になったときだけ、罪になります。刑は、50万円以下の罰金だけで、拘禁刑はありません。過失犯なので、未遂も予備もありません。

失火は、焼損を認識していない、過失の罪です。放火で認識が要るところは、失火では、その代わりに過失、つまり注意義務違反が問われます。そこで、通説が、110条や109条2項で、公共の危険の認識を必要と考えたのと同じ筋で、2項では、公共の危険を生じさせたことについての過失が必要だ、とする見解があります。ここは、軽く押さえる程度で足ります。

業務上失火と重失火

117条の2・業務と重過失 図:117条の2・業務と重過失

失火のうち、重くなるものがあります。条文です。

条文刑法117条の2

刑法117条の2(業務上失火等) 第百十六条又は前条第一項の行為が業務上必要な注意を怠ったことによるとき、又は重大な過失によるときは、三年以下の拘禁刑又は百五十万円以下の罰金に処する。

条文の、前条第一項の行為は、117条1項の激発物破裂、つまり火薬やボイラーなどを破裂させて物を壊す行為のことです。中身は、この回の最後に見ます。117条の2は、失火と激発物破裂が、業務上の過失や重大な過失によるときに、重くする規定です。単純な失火は、50万円以下の罰金のみでした。業務上失火と重失火は、3年以下の拘禁刑または150万円以下の罰金です。拘禁刑が出てくる点が、違いです。なぜ重くなるのか。前に業務上過失致死傷で見たとおり、業務者は、その立場ゆえに結果を引き起こしやすく、通常人より特に重い注意義務が課されている、という考え方でした。火を扱う立場でも、同じ筋です。業務の意味は、判例があります。事案は、ウレタンフォームの加工販売をする会社の、工場部門の責任者が、燃えやすい物、つまり易燃物であるウレタンフォームの管理をする職務をしていた、というものです。

判例最決昭60・10・21 刑集39巻6号362頁

業務上失火罪の「業務」 なお、刑法一一七条の二前段にいう「業務」とは、職務として火気の安全に配慮すべき社会生活上の地位をいうと解するのが相当であり(…参照)、同法二一一条前段にいう「業務」には、人の生命・身体の危険を防止することを義務内容とする業務も含まれると解すべきであるところ、原判決の確定した事実によると、被告人は、ウレタンフオームの加工販売業を営む会社の工場部門の責任者として、易燃物であるウレタンフオームを管理するうえで当然に伴う火災防止の職務に従事していたというのであるから、被告人が第一審判決の認定する経過で火を失し、死者を伴う火災を発生させた場合には、業務上失火罪及び業務上過失致死罪に該当するものと解するのが相当である。

117条の2の業務は、職務として火気の安全に配慮すべき社会生活上の地位です。調理、溶接、工場の可燃物の管理など、火を扱う職務や、火災を防ぐ職務が、これに当たります。同じ決定は、211条前段の業務も述べています。こちらは、人の生命、身体の危険を防止することを義務内容とする業務も含む、という内容で、前に見たものです。117条の2は火気の安全、211条は人の生命身体の危険の防止が軸で、見ている方向が違います。211条の業務は、前に、社会的地位、反復継続性、生命・身体への危険性の三つの要素で見ました。117条の2の業務は、この決定が、火気の安全に配慮すべき地位、という別の定義を立てています。答案では、211条の三つの要素ではなく、こちらの定義を書きます。この事案では、死者が出ていたので、両方が問われました。重過失は、注意義務違反の程度が著しいことでした。業務でなくても、たとえば、寝たばこをして布団に火をつけるような、著しい不注意なら、重失火です。

消火妨害と激発物破裂とガス漏出

114・117・118条の位置づけ 図:114・117・118条の位置づけ

最後に、放火の周りにある条文を三つ、名前と骨子だけ見ます。どれも放火と同じ章にあり、火や爆発、ガスで、周りの多くの人を危険にさらす罪です。試験との関係では、重要ではありません。114条は、消火妨害罪です。火災の際に、消火用の物を隠したり壊したりして、消火を妨げる罪で、1年以上10年以下の拘禁刑です。117条は、激発物破裂罪です。火薬やボイラーなどを破裂させて物を壊した場合は、放火の例により、過失なら失火の例によります。放火の例による、とは、放火罪と同じに扱う、という意味です。壊した物が108条の物なら108条、他人の109条の物なら109条1項、というように、壊した物に応じた放火罪の条文と刑で処断されます。自分の109条の物や、110条の物なら、放火と同じく、公共の危険が生じて初めて罪になります。過失なら、同じ振り分けで、失火罪の扱いです。118条は、ガス等漏出罪です。ガス、電気、蒸気を漏らすなどして、人の生命、身体、財産に危険を生じさせた罪で、3年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金です。人を死傷させたときは、傷害の罪と比較して、重い刑で処断します。

整理と、冒頭の答え

放火・失火の罪の整理 図:放火・失火の罪の整理

まとめます。110条は、108条と109条以外の物への放火です。1項は他人の物、2項は自己の物で、どちらも具体的危険犯です。未遂と予備は罰しません。公共の危険の認識は、判例は不要、通説は必要です。ただし判例も、火を放って110条の物を焼損する認識までは要ります。通説は、109条2項でも110条でも必要で、筋は変わりません。逆向きなのは、110条の判例と、通説のあいだです。111条の延焼罪は、109条2項と110条2項の結果的加重犯で、延焼先の故意がないことが前提です。116条の失火罪は、1項が抽象的危険犯、2項が具体的危険犯で、罰金だけです。117条の2は、業務、つまり火気の安全に配慮すべき地位か、重過失のとき、3年以下の拘禁刑または150万円以下の罰金です。冒頭の答えです。判例の立場なら、Aは木材を焼損する認識があれば足ります。公共の危険が現に生じているので、110条1項が成立します。通説の立場なら、Aは公共の危険を分かっていなかったので、110条1項は成立せず、器物損壊罪にとどまります。決め手は、判例が不要としたのは、放火の故意とは別の、公共の危険の認識だけだったことです。

参照条文

  • 刑法110条
  • 刑法111条
  • 刑法116条
  • 刑法117条の2

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