文書偽造の罪の名義人と作成者
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第17章 社会的法益|公共の平穏・取引の安全・風俗 ⑪/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
本当のことを書いたAと、嘘を書いたC
図:問い・二つの文書
前回で、往来を妨害する罪が終わりました。守っていたのは、公衆の交通の安全でした。今日からは章が変わって、取引の安全に対する罪に入ります。社会が、書類を信用して、安心して取引できることを守る罪です。設例を二つ出します。一つ目。Aは、友人Bの名前で、Bは、Aから3万円を確かに受け取りました、という受取書を、Bに無断で作りました。実際にAはBに3万円を渡していて、書いてあることは全部本当です。二つ目。区役所の課長Cは、自分の名前で、実際には開かれていない説明会を、開催した、と書いた確認書を作りました。Cは、この確認書を提出して使うつもりです。
見るのは、中身が本当かどうかではありません。誰の名前で、誰が作ったことになっているか、です。答えは、最後に出します。
図:今日の道筋
道筋です。まず、取引の安全に対する罪と、守るものを見ます。次に、偽造と虚偽作成の区別。そのあと、偽造の本質である、名義人と作成者。さらに、内容の真否と偽造の程度。最後に、形式主義と実質主義を見て、全体地図を完成させ、AとCの答えを出します。
取引の安全に対する罪と保護法益
図:偽造の罪の全体像と保護法益
経済取引は、お金や書類で動いています。通貨、有価証券、支払用のカード、そして文書や印章、つまりはんこです。これらが偽物だらけになれば、人々は何も信用できなくなり、取引が止まります。そこで刑法は、偽造の罪を置いています。このうち、試験でよく問われるのが文書偽造の罪なので、今日から文書を見ます。保護法益は、文書に対する公共の信用です。文書は、お金の取引だけでなく、身分関係や、ある事実があったことの証拠としても使われます。偽物が出回れば、社会全体が、文書というものを信用できなくなります。守るのは、誰か個人の財産ではなく、名前を使われた人の利益でもなく、社会の側の信用です。だから、社会的法益に対する罪として、この第17章に入っています。
被害者の気持ちはどうでもよい、ということではありません。ただ、罪が成立するかどうかが、名前を使われた人の承諾で決まる、という構造ではないのです。この点は、あとの作成者の話で効いてきます。覚えておいてください。
図:全体地図・空枠
今日の最後に、この表を埋めます。縦に並ぶのは、公文書と私文書です。公務所や公務員が作るべき文書が公文書、それ以外が私文書、と粗く押さえてください。細かい定義は、あとの回で扱います。列は、空欄が二つです。何が入るかは、これから集めていきます。
偽造と虚偽作成の区別
図:偽造と虚偽作成
文書偽造の罪の、最重要ポイントです。偽造と虚偽作成の区別です。偽造は、名義人と作成者の人格の同一性を偽ることです。名義人は、その文書を作ったことになっている人。作成者は、実際にその文書を作った人。この二人がズレていれば、偽造です。二人の定義は、あとで詰めます。今は、ズレる、で十分です。虚偽作成は、文書を作る権限のある人が、内容の嘘の文書を作ることです。名義人と作成者は一致していて、ズレてはいません。けれども、書いてあることが嘘です。
図:設例A・Cの対比
冒頭の二つに当ててみます。Aの受取書は、名義人がBで、実際に作ったのはAです。ズレています。課長Cの確認書は、名義人も、作った人も、C自身です。一致しています。ただし、中身が嘘です。同じ、嘘、でも、嘘の置き場所が違います。名義の嘘か、内容の嘘か。この違いが、今日の背骨です。用語の落とし穴があります。偽造は、有形偽造と呼ばれます。虚偽作成は、無形偽造と呼ばれます。虚偽作成が、無形偽造という名前なので、名前が紛らわしく、ここは取り違えが起きがちです。さらに、偽造という言葉には、広い意味と狭い意味があります。公文書偽造罪、私文書偽造罪というときの偽造は、狭い意味で、虚偽作成を含みません。一方、文書偽造の罪、という罪のグループの名前の偽造は、広い意味で、虚偽作成も含みます。
罪名の偽造は狭義、グループ名の偽造は広義、と見分けてください。
図:偽造と虚偽作成の判断フロー
答案での順序です。まず、名義人と作成者の人格の同一性を偽っているか。偽っていれば、偽造です。偽っていなければ、次に、内容が虚偽かを見ます。虚偽なら、虚偽作成です。どちらでもなければ、文書偽造の罪としては、罰しません。まず偽造を見て、偽造でなければ虚偽作成、です。なお、すでにある本物の文書、つまり真正な文書の、本質的でない部分に、権限なく手を加えて、新しい証明力を生じさせることは、変造といいます。新たに作る偽造とは別です。区別は、あとの回で扱います。
偽造の本質:名義人と作成者
図:偽造の本質
偽造の定義は、判例にあります。事案は、他人の名義を長年使ってきた人が、その名義で申請書を作った、というものです。その名義を長年使っていれば、偽造にならないのか。この結論の部分は、後の回で扱います。今日は、判例が、偽造の本質をどう見ているかだけです。判決の、定義を述べた部分です。
判例最判昭59・2・17 刑集38巻3号336頁
偽造の本質 原判決が、私文書偽造とは、その作成名義を偽ること、すなわち私文書の名義人でない者が権限がないのに、名義人の氏名を冒用して文書を作成することをいうのであつて、その本質は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にあるとした点は正当であるが、……
判決文は、旧い言い回しです。読みどころは、本質は人格の同一性を偽る点にある、の一点です。注意は、これが、最高裁自身の定義ではなく、原判決の定義を、正当だ、と是認している形であることです。決め手は、名前を偽ることではなく、名義人と作成者の人格がズレることです。名前の字面ではなく、人格のズレを見ます。以前のクレジットカードの回で、売上票に他人の名前で署名する話をしました。名義人はカードの持ち主、作った人は自分で、ズレています。だから私文書偽造が成立しうる、と予告していました。その理由が、これです。
図:名義人の意義
名義人の意義です。名義人は、当該文書から理解される意思・観念の表示主体、です。答案では、この定義どおりに書きます。かみ砕くと、その文書を読んだ人が、この文書を作ったのは誰か、と受け取る人です。例を出します。運転免許証です。免許証を見た人は、誰が作った文書だと受け取るでしょうか。免許証に、担当した職員の名前は書いてありません。読んだ人は、公安委員会が作った文書だ、と受け取ります。名義人は公安委員会です。物理的に打ち出す人と、名義人は、別なのが普通です。名前の字面だけでなく、文書全体から、どんな人格が作ったと受け取られるか、で決めます。氏名、肩書、体裁を合わせて見ます。肩書や代理名義、別名のような細かい場面は、あとの回で扱います。
図:作成者の意義・行為説と意思説
作成者の意義です。ここは学説が分かれます。行為説は、物理的に文書を作成した者が作成者だ、と考えます。意思説は、文書に意思や観念を表示した者、または表示させた者が作成者だ、と考えます。先に、二つの言葉を確認します。第2章で見たとおり、構成要件は、条文が定める犯罪の型です。第6章で見たとおり、違法性阻却は、型に当てはまっても、許される特別な事情があるとして、罪を否定することです。
図:部長と部下・授権あり
設例です。営業部長が、部下に、私の名前で見積書を作って、取引先に出しておいて、と命じました。部下は、部長の名前で見積書を作りました。名義人は、部長です。では、作成者は誰でしょうか。行為説では、物理的に作った部下が作成者です。すると、名義人は部長、作成者は部下で、ズレます。構成要件に該当してしまい、部長の承諾があるので、違法性が阻却されて不成立、と処理するしかありません。意思説では、その文書に意思を表示させたのは部長です。部長が作成者です。名義人も部長、作成者も部長で、ズレません。そもそも偽造ではありません。
手紙の代筆を思い浮かべてください。代筆してもらった手紙の差出人は、書いてもらった本人です。取引先が見積書を受け取って信用するのは、部長の見積書だからです。文書の主人は、打った人ではなく、その内容を自分のものとして出す人です。両説とも、結論は不成立です。違いは、どの段階で否定するかです。意思説は、構成要件の段階で、そもそも偽造でないとします。行為説は、構成要件には当たると認めて、承諾を理由に違法性を阻却します。意思説が妥当です。理由は、保護法益です。文書偽造罪が守るのは、名義人個人の利益ではなく、文書に対する公共の信用でした。それなのに、名義人が承諾したから違法性が阻却される、という筋は、保護法益と合いません。第6章の被害者の承諾の回で見たとおり、社会的法益は、個人が勝手に放棄できません。社会の信用は、名義人一人が承諾して手放せるものではないのです。先ほどの種が、ここで効きます。
図:部長と部下・授権なし
対比です。部下が、部長に無断で、部長名義の見積書を作ったらどうでしょう。部長は、何も表示させていません。意思を表示した者は、部下です。作成者は部下で、名義人は部長で、ズレます。偽造です。線を引くのは、授権があるかどうかです。同じ部長名義の見積書でも、偽造かどうかを分けたのは、中身ではありません。誰が作ったことになっていて、実際に誰が作ったか、でした。一言、注意です。今日の結論は、代筆してもらってよい文書の話です。本人が自分で書くこと自体に意味がある文書は、承諾があっても偽造になりえます。それは、あとの回で扱います。作成者を意思説でどう論じるかは、論文で論点になりえます。
内容の真否と偽造の程度
図:内容の真否は無関係
ここで1問です。内容がすべて本当の受取書を、本人に黙って、他人の名前で作りました。偽造にあたるでしょうか。名義人と作成者がズレているので、偽造にあたります。偽造の判断では、文書の内容が真実かどうかは、無関係です。見るのは、名義人と作成者の同一性だけです。内容が嘘でも本当でも、名義人と作成者がズレていれば偽造です。嘘の書類が偽造、という素朴な感覚は、ここでは当てになりません。冒頭に戻ります。Aが、Bの名前で作った受取書は、3万円を渡したことが本当で、書いてあることが全部本当でも、名義人はB、作成者はAで、ズレています。偽造です。行使の目的などの他の要件は、あとの回で扱います。逆に、課長Cのように、名義人も作成者もC自身なら、偽造ではありません。虚偽作成の問題になります。もう一つ、偽造の程度です。他人名義で作った文書は、一般人が見て、真正に作成されたものと誤信するに足りる外観を備えている必要があります。公的な体裁を何も備えない走り書きの紙に、区役所、と書いただけでは、誰も本物とは思いません。外観が足りないので、偽造とは言えません。逆に、様式や体裁がそれらしく整っていて、一般人が本物と受け取る程度なら、足ります。
形式主義と実質主義
図:形式主義と実質主義
最後の論点です。偽造と虚偽作成が、必ず処罰されるとは限りません。どちらを罰するかは、立法の選択です。有形偽造を処罰する立場を、形式主義といいます。守るのは、文書の成立の真正、つまり誰が作ったかです。無形偽造を処罰する立場を、実質主義といいます。守るのは、文書の内容の真正、つまり中身が正しいかです。
図:公文書と公用文書
ここで復習です。以前の公用文書毀棄の回を、思い出してください。公用文書とは別に、公文書は、何の側から決まる概念でしたか?公文書は、公務員が職務上作った、という作成者の側から決まる概念でした。公用文書は、公務所が使っている、という使われ方の側から決まりました。市役所が保管する私人の申請書は、私文書ですが、公用文書でした。今日の公文書と私文書も、作る側から決まる区分です。公務員が職務上作るべき文書かどうか、で分けます。
図:形式主義と実質主義
日本法です。公文書は、両方を処罰します。有形偽造が154条と155条、無形偽造が156条です。併用です。私文書は、形式主義が原則で、有形偽造の159条だけです。無形偽造は、例外的に、160条で処罰します。公文書は、内容の正しさまで社会が頼るので、内容の嘘も罰する。私人の文書は、内容の嘘まで罰していては際限がありません。たとえば、自分の名前で出す年賀状に、元気にしています、と書いたのに、実は寝込んでいた。私人が自分の名前で書く手紙やメモには、こうした嘘がいくらでも混ざります。これを全部、文書の罪にはしない、ということです。条文を見ます。公文書の無形偽造、156条です。
条文刑法156条
刑法156条(虚偽公文書作成等) 公務員が、その職務に関し、行使の目的で、虚偽の文書等若しくは電磁的記録文書等を作成し、又は文書等若しくは電磁的記録文書等を変造したときは、印章等又は電磁的記録印章等の有無により区別して、前二条の例による。
主語は、公務員です。職務に関して、行使の目的で、虚偽の文書を作成した場合です。作成権限のある公務員が、内容の嘘の公文書を作る。これが、公文書の無形偽造です。刑は、前二条の例によります。詔書なら154条、それ以外の公文書なら155条の例により、印章や署名があるかどうかで、刑の重さが変わります。あとで当てます。公務員でない人が、公務員を使って、嘘の公文書を作らせる場合は、別の回で扱います。次に、私文書の有形偽造、159条です。
条文刑法159条1項
刑法159条1項(私文書偽造等・抜粋) 行使の目的で、次の各号に掲げるいずれかの行為をした者は、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。 一 他人の印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書等を偽造し、又は偽造した他人の印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書等を偽造する行為
今日は、柱書と一号だけです。他人の印章等を使って、権利、義務、事実証明に関する文書を偽造する行為です。ここでの偽造は、狭義、つまり有形偽造です。冒頭のAの受取書は、権利、義務、または事実証明に関する文書にあたりえます。条文の細部は、あとの回で扱います。私文書で処罰される原則は、この有形偽造です。最後に、私文書の無形偽造の例外、160条です。
条文刑法160条
刑法160条(虚偽診断書等作成) 医師が、公務所に提出すべき診断書、検案書若しくは死亡証書に虚偽の記載をし、又は公務所に提出すべき電磁的記録文書等であって、診断書、検案書若しくは死亡証書の全部若しくは一部として用いられるものに虚偽の記録をしたときは、三年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。
主語は、医師です。公務所に提出すべき診断書などに、虚偽の記載をする罪です。私文書の内容の嘘は、原則として罰しないのに、この場合だけ、例外的に罰します。診断書は、公務所が内容を信用して使うものだからです。たとえば、役所に死亡届を出すときは、医師の死亡診断書を付けます。役所は、死因が本当かを自分では確かめられず、医師が書いた中身を頼りに手続を進めます。年賀状の嘘とは、内容に寄りかかる重さが違うのです。条文の言葉について一言です。今の条文には、文書等、電磁的記録文書等、という言葉が出てきます。文書や図画に加えて、電磁的記録の版が並んでいる形で、令和7年の改正で整いました。今日は紙の文書の話なので、以後は、文書と呼びます。電磁的記録の版があることだけ、覚えておいてください。
今日の地図(保存版)
図:全体地図・完成
地図を埋めます。空欄だった列は、二つとも埋まります。有形偽造と、無形偽造でした。公文書の有形偽造が、154条の詔書偽造等と、155条の公文書偽造等。公文書の無形偽造が、156条の虚偽公文書作成等と、157条の公正証書原本不実記載等です。私文書の有形偽造が、159条の私文書偽造等。私文書の無形偽造は、原則として処罰がなく、例外が、160条の虚偽診断書等作成です。表の外に二つです。偽造した文書を使えば、行使の罪になります。公文書は158条、私文書は161条です。また、電磁的記録を不正に作る罪は、別枠で、161条の2です。どれも、あとの回で、一つずつ扱います。
図:今日の整理
まとめます。一つ目。偽造は、名義人と作成者の人格の同一性を偽ることで、有形偽造と呼ばれます。虚偽作成は、作成権限のある者が内容虚偽の文書を作ることで、無形偽造と呼ばれます。二つ目。内容の真否は、偽造の判断に無関係です。見るのは、誰が作ったことになっているか、です。三つ目。公文書は、有形も無形も処罰します。私文書は、有形偽造が原則で、無形偽造は、160条が例外です。冒頭の答えです。Aの受取書は、名義人がB、作成者がAでズレています。書いてあることが全部本当でも、偽造にあたります。決め手は、内容の真否は偽造の判断に無関係で、見るのは人格の同一性だからです。課長Cの確認書は、名義人も作成者もC自身で、ズレていません。偽造ではありません。内容が嘘なので、虚偽作成、つまり無形偽造です。Cは公務員で、公文書の虚偽作成は、156条で処罰の対象になります。決め手は、嘘の置き場所が、名義ではなく内容にあることと、公文書は無形偽造まで処罰することです。
参照条文
- 刑法156条
- 刑法159条1項
- 刑法160条