刑法ゼロから刑法#171

文書の意義と写しの文書性

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第17章 社会的法益|公共の平穏・取引の安全・風俗 ⑫/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

実在しない名義と、コピーだけの提出

問い・二つの預り書と証明書 図:問い・二つの預り書と証明書

今日は、そもそも文書とは何か、を見ます。設例を二つ出します。Aは、実在しない、みどり台自治会、会計係、大野、という名前で、自治会は、Bから積立金10万円を預かりました、という預り書を作り、Bに渡しました。Bは、そういう会計係が自治会にいるものと信じました。もう一つ。Cは、市役所が出した本物の証明書の、発行日の数字を、修正液と手書きで書き換えました。そして、それをコピー機で複写し、複写だけを取引先に出しました。取引先は、日頃から、証明書はコピーで構いません、と言っています。答えを先に言うと、二つとも、偽造の対象になる文書になりえます。決め手は、世の中が、その紙を、本物の証拠として信用してしまうかどうか、です。その物差しで、文書になる条件を、一つずつ集めていきます。

今日の道筋 図:今日の道筋

道筋です。まず、文書の定義と、そこから出る条件の地図。次に、見えて残ること。そのあと、証拠になること、名義人が分かること。続けて、名義人が実在しなくてもよいか。最後に、コピーも文書になるか。そして、AとCの答えを出します。

「文書」の定義と、条件の地図

文書の定義と条件の地図 図:文書の定義と条件の地図

前回、偽造とは、名義人と作成者の人格の同一性を偽ること、と見ました。ただ、偽造罪の客体は、何でも紙に書いたものではありません。入口の関門があります。文書とは、文字その他の可視的、可読的な符号により、一定期間永続する状態で、物の上に、意思または観念を表示したもの、とされています。大審院以来の定義です。かみ砕きます。可視的、可読的は、目で見て、読んで、中身が分かること。永続は、ある程度のあいだ、消えずに残ること。物の上は、紙や板など、何かの物体に載っていること。意思または観念は、これを頼む、これは払った、といった考えの表示です。条文は、文書又は図画を、まとめて文書等と呼びます。図画は、絵や図面のことで、今日は文書だけを扱います。この定義から、三つの条件が出ます。見えて読めること。社会的に重要な事実の証拠になること。誰の名義か分かること。そこに、論文でも問われる論点が二つぶら下がります。名義人が実在しなくてもよいか。写しも文書か。この地図が、今日の本体です。理由は、守る物から説明できます。文書偽造の罪が守るのは、文書に対する公共の信用です。この紙は、この名義の人が本当に作った本物だ、という世の中の信頼です。条件は、どれも、世の中がその紙を、本物の証拠として信用してしまうかどうか、という物差しで読めます。判断の順序も、先に置きます。まず、対象は文書か。次に、偽造か。最後に、虚偽作成か。虚偽作成は、前回見た、作る権限のある人が、中身が嘘の文書を作ることです。今日は、一番目です。

見えて、残ること

可視性・可読性・永続 図:可視性・可読性・永続

一つ目の条件、見えて、読めて、残ることです。喩えで言うと、書いて残る掲示と、波で消える砂の上の文字を比べてください。掲示は、見えて、読めて、残るので文書です。砂の上の文字は、すぐ消えるので、定義の永続を欠きます。これは、定義への当てはめの説明で、判例ではありません。以前の回で見た、国鉄の駅の急告板の事件では、白墨で書いた掲示が、文書として扱われていました。ただ、あれは公用文書毀棄の事件で、偽造罪の文書かどうかを決めた判例ではありません。偽造罪の文書になるかは、このあと見る、証拠になるか、名義人が分かるか、も満たして、はじめて決まります。

音や映像の記録は、残ってはいても、眺めただけでは中身が分かりません。再生機械を通さないと、何が記録されているか、認識できないからです。音声や映像、電磁的記録、つまりパソコンなどの中のデータそのものは、可視的、可読的ではなく、文書ではありません。ここで、令和7年の改正に触れます。条文には、文書等のほかに、電磁的記録文書等という言葉が加わりました。文書として表示されて使われる電磁的記録を、文書とは別の客体として足したのです。文書の定義を広げたのではありません。電磁的記録そのものは、文書でないままで、改正で足されたのは、別の客体です。中身は、条文を一つずつ読む回で見ます。ここでは、文書でない、と、別の客体として足された、この二つを、並べて覚えてください。電磁的記録を不正に作り出す罪は、また別の筋です。

証拠になること、名義人が分かること

証拠性と名義人の特定 図:証拠性と名義人の特定

二つ目は、証拠性です。意思や観念が、取引や権利関係のような、社会で大事な事実を示す証拠になるものであること。契約書は文書です。学術論文や小説は、いくら読めて残っても、取引や権利の証拠にはならないので、偽造罪の文書ではありません。理由は、文書偽造の罪が守るのが、文書の証拠としての働きだからです。条文にも、この条件が表れています。私文書偽造の159条です。

条文刑法159条1項

刑法159条1項(私文書偽造等) 行使の目的で、次の各号に掲げるいずれかの行為をした者は、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。 一 他人の印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書等を偽造し、又は偽造した他人の印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書等を偽造する行為 二 他人の電磁的記録印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する電磁的記録文書等を偽造し、又は偽造した他人の電磁的記録印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する電磁的記録文書等を偽造する行為

読みどころは、権利、義務若しくは事実証明に関する文書等、という言い回しです。契約書は権利や義務の文書、証明書は事実証明の文書です。小説や論文は、そのどちらにも当たりません。2号は、先ほどの電磁的記録文書等で、文書等とは別立てになっています。この159条の客体の細かい線引きは、私文書の回で見ます。一つ呼び戻します。以前見た、公用文書毀棄の258条の文書は、公務所が現に使っていて、保管している文書であれば足り、証明の用に供される性質は要りませんでした。偽造罪の文書は、そうではありません。同じ文書という言葉でも、罪が守る物が違えば、要件が違います。三つ目は、名義人の記載と特定です。名義人が表示されていて、かつ、特定できること。誰の意思か分からない書面は、信用が生まれないからです。ここで、前回の復習です。名義人とは、どういう人でしたか?

その文書を読んだ人が、この文書を作ったのは誰か、と受け取る人です。その誰かが特定できるか、ということです。ただし、名前の直接の記載までは要りません。内容、形式、筆跡、付属物から、特定できれば足ります。たとえば、有志一同、とだけ書いた書面は、誰か分からないので、名義人が特定できません。逆に、署名欄は空でも、レターヘッドと社判で、発行元の会社が分かる請求書は、名義人が特定できます。

名義人は実在しなくてもよいか

名義人の実在・設例Uの図 図:名義人の実在・設例Uの図

冒頭のAです。名義の、大野という会計係は、実在しません。名義人が実在しないなら、誰の信用も傷つかない、という考えもあり得ます。必要説です。実在しない名義の書面は、証拠としての意義がない、と考えます。判例と通説は、不要説です。実在しなくても文書になります。理由は、保護法益が、文書に対する公共の信用だからです。一般人が、その名義人は実在すると信じるなら、この預り書は、実在する人が作った本物だ、という公共の信用が、害されます。喩えです。通用するお札を考えてください。模様がよくできていて、店が受け取ってしまうなら、実在しない銀行の名前を刷ってあっても、お金に対する世の中の信用は傷つきます。実在する銀行の名前かどうかは、問題ではありません。判例は二つあります。一つ目は私文書です。実在しない人の名前で、簡易保険の申込書を作った事案です。判旨です。

判例最判昭28・11・13 刑集7巻11号2096頁

架空人名義の私文書 被告人が右の如く架空人名義を用いて保険申込書を作成した場合と実在人名義を冒用して保険申込書を偽造した場合とを比較して考えてみると当局のみならず一般人をして真正に作成された文書と誤信せしめる危険のある点において何等区別はないのであるから、本件のような場合には架空人名義を用いたとしても被告人の行為は私文書偽造罪を構成するものと解すべきである。

読みどころは、一般人をして真正に作成された文書と誤信せしめる危険のある点において区別はない、の一点です。決め手は、名義人が実在するかではなく、一般人が本物と誤信する危険があるかどうかです。二つ目は公文書です。実在しない官署、つまり役所の名義で、証明書を作った事案です。形式や外観から、一般人が、その官署が実在していて、職務の権限の範囲で作った公文書だと誤信するに足りるなら、公文書偽造罪が成立する、としました。ここは、架空の人ではなく、架空の官署です。公文書も私文書も、同じ結論です。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く規範】名義人の実在 文書偽造罪の保護法益は文書に対する公共の信用であり、一般人が名義人の実在を誤信するなら公共の信用は害されるから、名義人が実在することは要らない。ただし、一般人に実在を誤信させるに足りる外観は要る。 (規範(判例の結論+保護法益からの説明))

ここは論文で論点になりうるところです。限定が、一つ付きます。誤信させるに足りる外観です。名前が稚拙で、誰も実在を信じない書面は、文書性が否定される余地があります。たとえば、Aが、メモ用紙の切れ端に、自治会の大野、とだけ走り書きして渡したなら、誰も、そういう会計係が本当にいるとは思いません。前回の、偽造の程度と同じ軸です。冒頭のAに当てます。みどり台自治会の会計係という肩書と名前が、いかにもありそうで、Bも実在すると信じています。一般人が実在を誤信する外観があるので、実在しない名義でも、文書です。

写しは文書か

写しの位置・設例Vの図 図:写しの位置・設例Vの図

次は、コピーです。冒頭のCの書面を、図で見てください。名義人は、市役所です。書き換えて複写したのは、Cです。問題の所在です。書き換えた書面を、原本として使うなら、当然、文書です。問題は、写しとして使う場合です。これは本物の写しです、と分かる形で出すとき、写しは原本そのものではありません。それでも、偽造の対象になる文書なのでしょうか。判例の事案です。供託官、つまり、お金などの預け入れを扱う役所の担当官の、記名と公印の部分を切り取り、虚偽の事実を書いた書面につなぎ合わせて、コピー機で複写し、本物の受領証の写しとして、提出し、交付した行政書士の事案です。原審は無罪でしたが、最高裁は破棄して、有罪としました。判旨です。

判例最判昭51・4・30 刑集30巻3号453頁

写しの文書性 公文書偽造罪の客体となる文書は、これを原本たる公文書そのものに限る根拠はなく、たとえ原本の写であつても、原本と同一の意識内容を保有し、証明文書としてこれと同様の社会的機能と信用性を有するものと認められる限り、これに含まれるものと解するのが相当である。

読みどころは、原本と同一の意識内容を保有し、証明文書として原本と同様の社会的機能と信用性を有する、の二つです。意識内容とは、原本に表された中身、つまり名義人の意思や観念のことです。逐語で覚えるのは、この二つの言葉だけで十分です。理由は、そのような写しは、原本が、その写しどおりの内容と形で存在することについて、とても強い証明力を持つからです。冒頭の取引先が、コピーで構いません、と言うのも、コピーを見れば、原本がそのとおりにある、と信じられるからです。偽造すれば、公共の信用が害されます。反対の考えもあります。多数説は、写しは文書でない、とします。写しの名義人は、本来、写しを作った人のはずです。ところが写しには、その人の記載がなく、名義人が分かりません。だから、文書の条件である名義人の特定を欠く、という筋です。ただし、写しそのものを原本として使う場合は別です。そのときは、写しも原本として文書になります。ただ、これには批判があります。偽造した原本は処罰されるのに、コピーを使えば免れるのは、おかしいからです。逆に、判例説にも、精巧でも原本とみるのは、類推解釈だ、という批判があります。判例の決め手は、写しにも、原本と同じ公共の信用が生まれるかどうかです。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く規範】写しの文書性 写しが、原本と同一の意識内容を保有し、かつ、証明文書として原本と同様の社会的機能と信用性を有すると認められる限り、写しも文書にあたる。 (規範(判例の要旨)——最判昭51・4・30 刑集30巻3号453頁)

手書き・コピー・ファックスの当てはめ 図:手書き・コピー・ファックスの当てはめ

当てはめです。手書きの写しは、書き写した人の意識が、入り込みます。写し間違いも、書き足しも、あり得ます。原本と同一の意識内容を保有している、とは言えないので、通常は文書でありません。ただし、権限のある人が、写しだと認証した場合は、別です。写真コピーは、機械が、そのまま写します。作成者の意識が入り込む余地がなく、一つ目の要件を満たします。実生活で、原本に代わる証明文書として通用する場合が多く、二つ目も満たしやすいです。ただし、原本でなければ意味のない書面は、コピーでは、原本と同じ働きを持てません。そういう文書は除かれます。判決の続きの部分にも、そのことが書いてあります。

判例最判昭51・4・30 刑集30巻3号453頁

写真コピーと名義人 右のような公文書の写真コピーの性質とその社会的機能に照らすときは、右コピーは、文書本来の性質上写真コピーが原本と同様の機能と信用性を有しえない場合を除き、公文書偽造罪の客体たりうるものであつて、この場合においては、原本と同一の意識内容を保有する原本作成名義人作成名義の公文書と解すべきであり

読みどころは、二つあります。文書本来の性質上、コピーが原本と同様の機能と信用性を持てない場合は除く、というところ。そして、原本作成名義人作成名義の公文書と解すべき、というところです。写しの名義人は、原本の名義人、ということです。ファックスは、一つ目は満たしますが、印字の鮮明さなどから、二つ目を欠く場合が十分にあります。ここは、個別に判断します。

写しの名義人・作成者・有印 図:写しの名義人・作成者・有印

写しが文書だと認められたら、続きがあります。写しの名義人は誰か。判例は、原本の名義人だ、とします。要件を満たす写しは、原本と同じ意識内容を持つ文書なので、名義人も原本と同じです。作成者は、前回の意思説で決めます。文書に意思を表示した者、または表示させた者が、作成者でした。原本の名義人は、不正な写しを許していません。誰にも表示させられずに写しを作ったのは、コピー機を操作した人なので、作成者はその人です。名義人と作成者がズレて、偽造になります。逆に、本人が自分の書類をコピーするなど、正当な写しは、原本名義人が許容していて、作成者は原本名義人本人です。ズレないので偽造ではありません。判決も、原本の複写自体は禁止されておらず、格別の作為を加えず、正確に複写するだけなら、名義の冒用ではない、としています。もう一つ。有印、つまり、印章や署名のある文書かどうかです。原本が有印なら、写しも有印です。印章や署名が複写されているので、原本名義人の印章や署名のある文書として扱います。以上を、論文では、芋づる式に書きます。写しは文書か。名義人は誰か。有印か。この三点セットです。冒頭のCに当てます。Cが出したのは、写真コピーです。機械の複写で、作成者の意識は入りません。取引先は、コピーで構いません、と言っているので、原本に代わる証明文書として通用します。二つの要件を満たし、文書です。名義人は、原本の名義人の市役所です。作ったのはC。ズレるので、偽造の議論に進めます。Aの実在の話と同じく、決め手は、世の中が、その写しを本物の証拠として信用してしまうかどうか、です。

整理と、冒頭の答え

文書の条件・実在・写しの総まとめ 図:文書の条件・実在・写しの総まとめ

まとめます。文書とは、可視的、可読的な符号で、一定期間永続する状態で、物の上に、意思や観念を表したものです。条件は三つ。見えて読めること、社会的に重要な事実の証拠になること、名義人が特定できること。電磁的記録そのものは文書でなく、令和7年の改正で、電磁的記録文書等が別の客体として足されました。名義人は、実在しなくても、一般人が実在を誤信するに足りる外観があれば、文書です。写しは、原本と同一の意識内容を持ち、原本と同様の社会的機能と信用性がある限り文書で、名義人は原本の名義人、原本が有印なら写しも有印です。

判断の順序・完成 図:判断の順序・完成

判断の順序が、これで完成です。文書か、偽造か、虚偽作成か。今日は、一番目でした。冒頭の答えです。Aの預り書は、名義の大野が実在しなくても、一般人が実在と誤信する外観があれば、文書です。決め手は、実在かどうかではなく、公共の信用が害されるかどうかです。Cのコピーは、写真コピーで、取引先がコピーを原本と同様に扱っているので、文書です。名義人は市役所で、作成者はC。ズレるので、偽造の議論に進めます。決め手は、写しにも、原本と同じ公共の信用が生まれるかどうかです。論文では、名義人の実在と、写しの文書性が、問われることがあります。

参照条文

  • 刑法159条1項

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