刑法ゼロから刑法#198

賄賂の罪の保護法益と収賄罪の類型

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第18章 国家的法益|国家の存立・国交・国家の作用 ⑮/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

正しい仕事をしたのに収賄になるのか

設例の人物関係 図:設例の人物関係

前回の予告のとおり、今日から賄賂の罪を見ます。公務員が権限を濫用して人を害する、職権濫用の罪は、前回で終わりました。設例から入ります。市役所で、道路の占用許可を担当している職員Aがいます。工事業者Bから、占用許可の申請が出ました。Aは、法令どおりに、受付の順番どおりに、許可を出しました。許可の内容にも、手続にも、不正は一つもありません。後日、Bは、お礼のつもりで、Aに現金十万円を渡し、Aは、それを受け取りました。注意してほしいのは、Aの仕事が、完全に正しいことです。Bから事前に頼まれた事情も、Aが便宜を図った事情も、ありません。それでも、Aは、犯罪になるのでしょうか。

結論を先に言います。Aには、単純収賄罪が成立します。197条1項の前段です。Aは市の職員ですから、公務員です。公務員の職務が金品と結びつく罪が、賄賂の罪です。それにしても、正しい仕事をしたのに、なぜ処罰されるのか。これが、今日の問いです。

今日の流れ 図:今日の流れ

今日の流れです。まず、197条1項の条文を読みます。次に、三つの考え方で、この罪が何を守っているのかを確かめます。続いて、賄賂の罪の類型を、地図にまとめます。最後に、事例で確認します。

197条1項を読む

197条1項の三つの切れ目 図:197条1項の三つの切れ目

条文に入る前に、一つ問いです。前回までに見た罪の中には、公務員という身分がなければ、犯罪自体が成立しない罪がありました。このような身分犯を、何と呼びましたか?真正身分犯です。197条1項の収賄罪も、主体は公務員だけですので、同じ真正身分犯です。条文です。

条文刑法197条1項

刑法197条1項(収賄、受託収賄及び事前収賄) 公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の拘禁刑に処する。この場合において、請託を受けたときは、七年以下の拘禁刑に処する。

句ごとに区切って読みます。一つ目は、公務員が、です。主体は公務員だけです。民間の人が金品を受け取っても、この条文の収賄罪にはなりません。二つ目は、その職務に関し、です。賄賂は、公務員の職務と結びついていなければなりません。この言葉の中身は大事な論点ですが、今日は扱いません。別の回で見ます。今日は、条文にこの言葉があると確かめるだけにします。三つ目は、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたとき、です。行為は三つあります。収受は、賄賂を受け取ること。要求は、賄賂を渡すよう求めること。約束は、将来、賄賂を渡し、受け取ると取り決めることです。どれか一つで足ります。細かい意味は、別の回で見ます。法定刑は、前段が五年以下の拘禁刑で、罰金はありません。後段の請託は、職務について、こうしてほしいと頼まれて、それを引き受けることです。請託を受けたときは、七年以下です。これは類型の話なので、あとで見ます。ここで、条文の言葉を確かめます。この条文のどこにも、不正な行為をした、とも、職務を曲げた、とも書かれていません。書かれているのは、職務に関して、賄賂を収受、要求、約束した、ということだけです。設例のAは、職務に関して、現金十万円を収受しました。条文の言葉に、そのまま当てはまります。ですから、仕事が正しくても、成立するのです。

仕事が正しいのに、なぜ処罰するのか。条文の言葉だけでは、その理由までは分かりません。ここが、この罪の核心です。罰することで守ろうとしているものを、保護法益と言います。次に、保護法益についての三つの考え方を、設例に当てて確かめます。

何を守る罪なのか

三つの考え方(一つ目と二つ目) 図:三つの考え方(一つ目と二つ目)

保護法益が分かれば、設例の説明がつきます。三つの考え方を、設例のAに、一つずつ当てます。当てて説明がつかないものを、落としていきます。一つ目は、職務が賄賂で左右されないこと、つまり、職務が買収されないことを守る、という考え方です。職務の不可買収性を守ると考えるので、不可買収性説と呼ばれます。設例のAに当てます。Aは、お金をもらう前から、正しく許可を出しました。賄賂で職務は左右されていません。この考え方だけだと、Aは処罰できないはずです。しかも、先ほど確かめたとおり、197条1項前段は、職務が左右されたことを要件にしていません。条文の作りが、説明できません。二つ目は、職務が公正に行われること、そのものを守る、という考え方です。職務の純粋性を守ると考えるので、純粋性説と呼ばれます。設例のAに当てます。Aの職務は、公正でした。職務の公正は、害されていません。これでは、処罰の理由が言えなくなります。ここで、立ち止まって考えてください。設例のAは、職務を公正に行いました。職務の公正だけを守る立場では、処罰の理由が言えません。では、何が害されたと考えれば、この処罰が説明できるでしょうか?

三つ目の考え方 図:三つ目の考え方

三つ目の考え方は、信頼に目を向けます。職務の公正と、これに対する社会一般の信頼を守る、という考え方で、信頼保護説と呼ばれます。設例のAに当てます。Aの職務は公正でした。でも、職務の対価として金品が渡れば、あの人はお金で動くのではないか、あの許可はお金で買えるのではないか、という疑いが生まれます。職務の公正に対する、社会一般の信頼が害されます。ここに、処罰の根拠があります。冒頭の問いに、答えが出ました。Aの仕事は、正しいものでした。しかし、仕事の対価として現金を受け取れば、社会一般の信頼が害されます。だから、単純収賄罪が成立します。

判決の言葉 図:判決の言葉

判決の言葉を確かめます。最高裁の大法廷判決です。総理大臣が、運輸大臣を通じて、民間航空会社に特定の航空機を買うよう働きかけることを頼まれ、その対価として、総理大臣に金員が渡された事件で、保護法益を述べた部分です。この判決の本題は、賄賂と対価の関係に立つ行為の範囲という、別の論点です。保護法益は、その前提として述べられています。範囲の話は、別の回で見ます。読む前に補います。ここで言う、右のような行為とは、公務員の職務に属する行為のことです。もう一つ、けだし、は、なぜなら、という意味の古い言葉です。

判例最高裁判所大法廷判決(平成7年2月22日・刑集49巻2号1頁)

賄賂罪の保護法益 「賄賂罪は、公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼を保護法益とするものであるから、……けだし、公務員が右のような行為の対価として金品を収受することは、それ自体、職務の公正に対する社会一般の信頼を害するからである。」

判決は、賄賂罪は、職務の公正とこれに対する社会一般の信頼を保護法益とする、と述べています。そして、職務に属する行為の対価として金品を受け取ることは、それ自体が、職務の公正に対する社会一般の信頼を害する、と述べています。金品を受け取ること自体で信頼が害されるのですから、職務が実際に曲げられたかどうかは、問う必要がありません。設例のAの結論と、つながります。この立場は、判例と多数の学説が採ります。ただ、職務の公正だけを守ると考える立場も、なお有力に主張されています。

⭐ 論文で書く規範:賄賂の罪を読む物差し 「賄賂の罪が守っているのは、職務の公正と、これに対する社会一般の信頼である。」 「以後の解釈は、社会一般の信頼が害されるか、という物差しで考えていく。」 (要点)

この物差しを、設例の二人に当てます。Aは、許可を出したあと、現金十万円を受け取りました。許可という職務の対価として現金が渡れば、仕事が正しくても、お金で動くのではないか、という疑いが生まれます。信頼が害されるので、Aには、単純収賄罪が成立します。Bは、お礼のつもりで、その現金を渡した側です。渡す側がいなければ、職務と現金は結びつきません。お金で動くのではないか、という疑いの原因を、Bが作っています。ですから、Bには、贈賄罪が問題になります。この罪は、次の節の地図で確かめます。物差しの外側も、一つ見ます。例えば、Aが、休みの日に、担当する許可とは関わりのない、近所の人の引っ越しを手伝い、お礼に菓子折りを受け取ったとします。同じお礼でも、これは、Aの職務の対価ではありません。許可がお金で買えるのではないか、という疑いは生まれませんから、賄賂の罪にはなりません。物差しが見ているのは、職務の対価として渡ったかどうかです。この物差しは、これから何度も使います。次の回では、賄賂の範囲、つまり、金銭だけなのか、贈り物はどうなのかを、この物差しで決めます。別の回では、その職務の範囲を、同じ物差しで決めます。

賄賂の罪の類型の地図

類型の地図(収賄側) 図:類型の地図(収賄側)

賄賂の罪の類型を、一枚の地図にします。見るのは、名前と、条文番号と、基本形から何を足したか、何を変えたかだけです。各類型の要件は、別の回で見ます。基本形は、単純収賄罪、197条1項前段です。足すものは二つです。一つ目は、請託を受けた、つまり、頼まれて引き受けた、という事情です。足すと、受託収賄罪、197条1項後段で、七年以下の拘禁刑になります。二つ目は、実際に不正な行為をした、という事情です。足すと、加重収賄罪、197条の3の第1項と第2項で、一年以上の有期拘禁刑です。次に、変えるものです。主体を、これから公務員になろうとする者に変えると、事前収賄罪、197条2項です。主体を、公務員であった者に変えると、事後収賄罪、197条の3の第3項です。職務を、ほかの公務員へのあっせん、つまり、ほかの公務員に働きかけて口をきくことに変えると、あっせん収賄罪、197条の4です。受け取る人を、第三者に変えると、第三者供賄罪、197条の2です。この四つは、法定刑が、どれも基本形と同じ、五年以下の拘禁刑です。なお、この四つには、いずれも、請託を受けたことが要件に加わります。事後収賄では、在職中に不正な行為をしたことも要件です。あっせん収賄では、ほかの公務員に不正な行為をさせるよう、あっせんすることが要件です。不正な行為が実際に行われたことまでは、要りません。要件の中身は、別の回で見ます。

類型の地図(贈賄と没収・追徴) 図:類型の地図(贈賄と没収・追徴)

反対側に、渡した人の罪があります。贈賄罪、198条です。職務と金品を結びつけるには、渡す人が要ります。信頼を害する原因を作る側ですから、渡した人も罰されます。賄賂を供与し、申し込み、又は約束した者が対象です。法定刑は、三年以下の拘禁刑、又は罰金です。罰金は、二百五十万円以下です。そして、収受した賄賂は、必ず没収され、没収できないときは、その価額が追徴されます。197条の5です。なぜ、足すと重くなるのか。一文で言うと、信頼の害され方が大きくなるから、と整理できます。単純収賄は、職務の公正に対する信頼を害します。請託を受けたり、不正な行為までしたりすると、害され方が大きくなります。とくに不正な行為をすれば、職務の公正そのものも、実際に害されます。だから、重くなります。

変えた四つは、なぜ、基本形と同じ刑なのでしょうか。変える型は、刑を重くする型ではなく、処罰の範囲を広げる型だからです。公務員になる前、辞めたあと、ほかの公務員に口をきく場合、受け取るのが別の人である場合。どれも、197条1項の言葉からは外れる場面です。それでも、請託を受けて、職務が金品と結びつけば、お金で動くのではないか、という疑いは生まれます。物差しは同じです。だから、別の条文を置いて、処罰の範囲に入れています。法定刑は、基本形と同じ五年以下です。ここまでが、守っているものと、罪の地図です。

弁別ミニ事例

弁別ミニ事例 図:弁別ミニ事例

事例を四つ、考えてください。地図のどこに載るかを選びます。見るのは、基本形に、何かを足しているか、です。一つ目。市の職員が、正しい許可を出し、お礼として、現金を受け取りました。何罪でしょうか?単純収賄罪です。仕事が正しくても、職務の対価として受け取れば、社会一般の信頼が害されるからです。基本形で、何も足していません。二つ目。許可を頼まれ、それを引き受けたうえで、現金を受け取りました。受託収賄罪は、基本形に、請託を受けた事情を足した型で、法定刑は、七年以下の拘禁刑です。三つ目。頼まれて、法令に反する許可を出し、その見返りに、現金を受け取りました。

加重収賄罪は、基本形に、不正な行為をした事情を足した型で、法定刑は、一年以上の有期拘禁刑です。四つ目。お礼として現金を渡した、業者の側は、どうでしょうか?渡した側ですから、贈賄罪です。198条です。収賄罪は受け取る側を、贈賄罪は渡す側を罰します。

今日の整理

今日の整理 図:今日の整理

まとめます。

⭐ 論文で書く規範:今日の2点 「① 賄賂の罪が守っているのは、職務の公正と、これに対する社会一般の信頼。だから、正しい仕事への謝礼でも、単純収賄罪が成立する。」 「② 類型は、単純収賄罪を基本形にして、請託や不正な行為を足すか、主体や行為を付け替えるかで並ぶ。反対側に贈賄罪があり、収受した賄賂は必ず没収される。」 (要点)

最初の問いの答えをもう一度言います。市の職員Aの仕事は、正しいものでした。それでも、仕事の対価として現金を受け取れば、職務の公正に対する社会一般の信頼が害されます。だから、単純収賄罪が成立します。

参照条文

  • 刑法197条1項

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