刑法ゼロから刑法#202

転職前の職務と将来の職務

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第18章 国家的法益|国家の存立・国交・国家の作用 ⑲/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

異動したあとの礼と、来年度の仕事への謝礼

設例の人物関係 図:設例の人物関係

前回の最後に予告したとおり、今日は、時間の面から、その職務を見ます。異動したあとに、前の課の仕事への礼を受け取った場合と、来年度の仕事への謝礼だった場合です。まず、前回までの内容を呼び戻します。その職務は、判例を整理すると、三つの層に分けられました。現に担当している具体的職務権限、仕事の範囲に属する一般的職務権限、職務そのものではないけれど密接な関係にある職務密接関連行為です。三つとも、条文の、その職務にあたります。物差しは、判例と多数の学説が採る立場で、職務の公正と、これに対する社会一般の信頼が害されるかどうかです。設例は、これまでと同じです。市役所で、道路の占用許可を担当している職員Aと、工事業者Bです。今日は、二つの場面を考えます。場面一です。Aは、仕事の範囲が違う別の課に異動しました。異動したあとで、Bから、前の課で出した許可への礼として、現金を受け取りました。Aは、今も市の職員です。場面二です。Aは、今も道路課にいます。来年度に予定されている工事の占用許可について、まだ申請は出ていませんが、今のうちに便宜を頼まれて、現金を受け取りました。

今日の問いは、その職務に、過去の職務と将来の職務が入るのか、です。答えから言います。場面一は、判例が収賄罪の成立を認めています。場面二は、決定は市長の再選の事案ですが、その考え方を広げた学説の整理に従えば、含まれます。なぜそう言えるのか、何を判例が述べ、何が学説の整理なのかを、分けて確かめます。

197条1項の三つの切れ目 図:197条1項の三つの切れ目

197条1項を読み直します。三つの切れ目のうち、今日も、二つ目の、その職務に関し、です。

条文刑法197条1項

刑法197条1項(収賄、受託収賄及び事前収賄) 公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の拘禁刑に処する。この場合において、請託を受けたときは、七年以下の拘禁刑に処する。

条文は、その職務、としか書いていません。仕事の範囲だけでなく、いつの職務なのかも、条文のどこにも書かれていません。ですから、時間の範囲も、判例の判断と、学説の整理で決まります。

今日の流れ 図:今日の流れ

今日の流れです。まず、転職前の職務を、判例と学説で確かめます。次に、将来の職務を、決定で確かめます。そのあと、三つの層と時間の面を混ぜて、場面を見分けます。最後に、冒頭の二つの場面に答えます。

転職前の職務、異動したあとに前の課の礼を受け取ったら

異動の前と後 図:異動の前と後

場面一を整理します。Aは、道路課で占用許可を担当していました。その後、仕事の範囲が違う別の課に異動しました。Aは、今も市の職員で、公務員です。異動したあとで、Bから、前の課で出した許可への礼として、現金を受け取りました。問題は、条文の、その職務が、Aの今の職務だけを指すのか、それとも、Aが自分の職務として担ってきた、過去のものも含むのか、です。結論が変わります。自分の職務と読めば、収賄罪が成立します。今の職務と読めば、前の課の仕事は、その職務から外れますから、収賄罪は成立せず、事後収賄罪が問題になるにとどまります。事後収賄罪は、賄賂の罪の最初の回で名前を見た、197条の3の第3項の別の類型です。主体が、公務員ではなく、公務員であった者になっています。ここで一問です。異動したあとのAが、前の課の仕事の礼を受け取りました。その職務を、今の職務と読むのと、自分の職務と読むのとで、罪名はどう変わるでしょうか?

つまり、同じ事実でも、その職務の読み方ひとつで、罪名が分かれます。これが、転職前の職務の問題の所在です。

どこで争いになるのか 図:どこで争いになるのか

実は、争いになるのは、場面一のような、ごく限られた場合だけです。表に、四つの場面を並べます。一つ目は、職を変える前に収受した場合です。これは、もとから自分の今の職務ですから、通常の収賄罪で、争いはありません。二つ目が、争いの場面です。仕事の範囲、つまり一般的職務権限を異にする職に転じて、今も公務員で、転じたあとに、前の職務について収受した場合です。場面一が、これです。三つ目は、民間に転職して、公務員でなくなったあとに収受した場合です。197条1項は、公務員が、と書いています。公務員でなくなった者の収受は、収賄罪ではなく、事後収賄罪の問題です。ここは、争いがありません。四つ目は、同じ種類の職務に転じた場合です。前の仕事と今の仕事が、同じ仕事の範囲にあるなら、前の課の仕事も今の課の仕事も、どちらの読み方でも、その職務です。ここも、争いはありません。争いが残るのは、二つ目だけです。仕事の範囲が変わり、しかも公務員のままだからです。

昭28決定と昭58決定 図:昭28決定と昭58決定

判例を見ます。二つの決定があります。ここで、取り違えやすい点があります。一つは収賄罪の事件、もう一つは、賄賂を渡した側の、贈賄罪の事件です。まず、収賄罪の事件から読みます。

判例最高裁判所第二小法廷決定(昭和28年4月25日・刑集7巻4号881頁)

転職後に前の職務に関して賄賂を収受した場合 「収賄罪は公務員が職務に関し賄賂を収受するによつて成立する犯罪であつて、公務員が他の職務に転じた後、前の職務に関して賄賂を収受する場合であつても、いやしくも収受の当時において公務員である以上は収賄罪はそこに成立し、賄賂に関する職務を現に担任することは収賄罪の要件でないと解するを相当とする。」

この事件では、他の職務に転じた後に、前の職務に関して賄賂を受け取っていました。弁護人は、前の職務とあとの職務に関連があり、後の職務のほうが優位にあることが必要だ、と主張しました。決定は、そのような見解をとりませんでした。決定が挙げた理由は、収受の当時において公務員である以上、という点です。賄賂に関する職務を、今、現に担当していることは要件ではない、と述べました。

判例最高裁判所第二小法廷決定(昭和58年3月25日・刑集37巻2号170頁)

転職後に前の職務に関して賄賂を供与した場合 「贈賄罪は、公務員に対し、その職務に関し賄賂を供与することによつて成立するものであり、公務員が一般的職務権限を異にする他の職務に転じた後に前の職務に関して賄賂を供与した場合であつても、右供与の当時受供与者が公務員である以上、贈賄罪が成立するものと解すべきである」

こちらは、賄賂を渡した側の、贈賄罪の事件です。県の係長だった職員は、住宅供給公社に出向し、従前とは一般的職務権限を異にする、公社の参事兼課長の職務についていました。ただ、県の職員の身分は引き続き持っていて、公社の職員は、法律上、公務員とみなされていました。この職員の前の職務に関して現金五十万円を渡した者に、贈賄罪が成立するか、が争われました。決定は、渡した当時に、受け取った側が公務員である以上、贈賄罪が成立する、と述べました。贈賄の事件をここで読むのは、決定が、同じ、その職務に関し、という言葉を使っているからです。カードの冒頭で、決定は、贈賄罪を、公務員に対し、その職務に関し、賄賂を渡すことで成立する、と言い表しています。そのうえで、他の職務に転じたあとに、前の職務に関して渡した場合でも成立する、と述べました。その職務に関し、という言葉は、収賄の側の197条1項と同じです。収賄の側の結論は、最初に読んだ決定が、正面から述べています。この決定は、渡した側の罪を判断したものです。二つの決定に共通するのは、収受か供与の当時に、受け取る側が公務員である、という点です。決定が挙げた理由は、ここまでです。信頼が害されるから、という説明は、決定自身の理由としては述べていません。次の学説に入る前に、一問です。賄賂の罪が守っているものは、なんでしたか?

職務の公正と、これに対する社会一般の信頼です。この言葉が、次の学説の説明に出てきます。

収賄罪説と事後収賄罪説 図:収賄罪説と事後収賄罪説

学説は、二つに分かれます。収賄罪説と、事後収賄罪説です。収賄罪説は、その職務を、自己の職務、つまり、過去から現在を通じた、その公務員の職務と読みます。結論は、収賄罪です。学説による説明は、こうです。過去の職務に関することでも、公務員が賄賂を受け取れば、職務の公正に対する社会一般の信頼が害される、というものです。場面一でいえば、Aは課を移っただけで、今も市の職員です。そのAが、前の課で出した許可の礼を受け取れば、市の仕事はお金で動くのか、と見られる、というわけです。事後収賄罪説は、その職務を、現在の職務と読みます。結論は、収賄罪は成立せず、事後収賄罪が問題になるにとどまる、です。学説による説明は、収賄罪説では、賄賂と職務の結びつきを求める趣旨が崩れ、成立が必要以上に広がる、というものです。

事後収賄罪説に、弱いところはないんですか。あります。事後収賄罪の主体は、公務員であった者です。ところが、場面一のAは、今も公務員です。今も公務員である者を、公務員であった者として扱うのは、無理がある、という批判があります。判例は、収賄罪説の立場です。学説は分かれますが、収賄罪説をとる者が多いとされています。ここで、二つを分けて覚えてください。今日の二つの決定が挙げた理由は、受け取る者が、その当時に公務員である、という点でした。転職前の職務について、信頼が害されるから、と説明しているのは、学説です。賄賂の罪が何を守るのか、という場面で、判例が信頼を挙げていることとは、別の話です。場面一への答えを、ここで一度まとめます。Aは今も公務員で、異動したあとに、前の課の仕事の礼を受け取りました。判例は、収賄罪の成立を認めます。なお、その職務を、今の職務と読むのか、自己の職務と読むのかは、論文で論点になりうる部分です。

将来の職務、来年度の仕事への謝礼

「その職務」の三つの層 図:「その職務」の三つの層

今度は、時間を先に進めます。その前に、一問です。前回の内容です。職務そのものではない働きかけに謝礼が出た場合、どの層にあたるのでしたか?職務密接関連行為です。職務そのものではなくても、本来の職務と密接な関係にあれば、その職務にあたりました。三つの層は、仕事の範囲を、内から外に広げたものでした。今日は、この図に、時間という別の軸を足します。場面二です。Aは、今も道路課にいて、来年度に予定されている工事の占用許可について、今のうちに便宜を頼まれ、現金を受け取りました。申請は、まだ出ていません。まだ存在しない仕事への謝礼でも、その職務にあたるのかが、問いです。

市長の事案(事実) 図:市長の事案(事実)

判例を見ます。これは決定の事実で、冒頭の設例とは別の話です。ある市の市長が、任期満了の前に、次の選挙で再選された場合に、具体的に担当することが予定されていた、市庁舎の建設工事などについて、業者から、入札参加者の指名や、入札の執行などに便宜な取り計らいをされたい、という頼みを受けました。その報酬として、現金三千万円を受け取りました。市長と共謀した被告人の事案です。決定の言葉を読みます。点が三つ入っていますから、数えながら聞いてください。

判例最高裁判所第三小法廷決定(昭和61年6月27日・刑集40巻4号369頁)

再選された場合に担当すべき具体的職務 「このように、市長が、任期満了の前に、現に市長としての一般的職務権限に属する事項に関し、再選された場合に担当すべき具体的職務の執行につき請託を受けて賄賂を収受したときは、受託収賄罪が成立すると解すべきであるから、被告人の本件所為について受託収賄罪の成立を認めた原判断は正当である。」

決定が述べた三点 図:決定が述べた三点

決定の言葉を、三つの点に分けます。一つ目は、時期です。受け取ったのは、任期が終わる前、まだ市長でいる間でした。二つ目の点は、仕事の範囲です。市が発注する工事について、入札参加者の指名や入札の執行を管理する権限は、今の市長の仕事の範囲、つまり一般的職務権限に入っていました。三つ目は、頼まれた中身です。再選されたら自分が担当することになる具体的な仕事について、請託を受けていました。賄賂の罪の最初の回で見たとおり、受託収賄罪は、収賄の基本形に、請託を受けた事情を足した型です。この三つの点がそろうと、その受託収賄罪が成立する、と決定は述べました。

再選は、確実ではありません。それでも成立する手がかりは、二つ目の点にあります。まだ無いのは、三つ目の点の、再選されたあとに担当する具体的な仕事のほうです。市が発注する工事の、入札参加者の指名や入札の執行を管理する、市長としての一般的職務権限は、再選される前の今、現にあります。再選後の庁舎の建設工事は、その今の仕事の範囲に属する事項で、まったく別の、手の届かない仕事ではありません。決定は、この、現に、という言葉を条件に入れています。言葉が似ていますから、一つ区別します。三つの層の一番内側、具体的職務権限は、現に担当している事柄でした。決定の三つ目の点の、具体的職務は、まだ担当していない、これから担当する仕事です。今すでにあるのは、一般的職務権限のほうです。もう一つ、大事な区別があります。決定は、将来の職務は、一般的職務権限に属していれば足りる、とまでは書いていません。書いたのは、先ほどの三つの点です。これに対して、将来の職務も、その公務員の一般的職務権限に属する限り、その職務にあたる、というのは、決定の考え方を一般化した、学説の整理です。この整理は、三つの層の、真ん中の層を思い出すと、筋が見えます。三つの層を見た回で確かめたとおり、一般的職務権限は、現には担当していなくても、仕事の範囲に属していれば、その職務にあたる、というものでした。これから担当する仕事も、今は担当していませんが、今の仕事の範囲に属しています。ですから、同じように、その職務にあたる、という整理になります。決定が述べた範囲と、整理を、混ぜないでください。

場面二への答えを、ここでまとめます。Aは、今も道路課にいて、来年度の占用許可は、今の課の仕事の範囲に属する事項です。決定が述べた三つの点のうち、現に一般的職務権限に属する、という点は満たします。決定は市長の再選の事案ですから、場面二そのものを判断したわけではありません。ただ、学説の整理に従えば、場面二も、その職務にあたります。来年度の許可を、Aはまだ担当していませんが、今のAの課の仕事の範囲に属しているからです。最後に、もう一つ区別です。今は公務員ではなく、これから公務員になろうとする者が受け取る場合は、別の類型で、事前収賄といいます。今日の将来の職務は、今、公務員である者の話です。

三つの層と時間の面を混ぜて、場面を見分ける

三つの層と、時間の面 図:三つの層と、時間の面

ここからは、仕事の範囲の問いと、時間の問いを、混ぜて出します。Aの場面ごとに、聞かれている軸が、仕事の範囲か、時間かを、答えを聞く前に、自分で選んでください。見分け方は、一つです。お金の対象になった仕事が、いつの仕事かを見ます。今の職の、今の仕事について、どこまでがその職務に入るのかを聞いていれば、仕事の範囲の問いです。職を変える前の仕事や、これから先の仕事について受け取っていれば、時間の問いです。

場面ごとの違い 図:場面ごとの違い

一つ目。Aが、課の中の、別の担当の申請に口をきいて、現金十万円を受け取りました。一つ目は、仕事の範囲の問いで、一般的職務権限にあたり、その職務です。二つ目。Aが、仕事の範囲が違う課に異動したあと、前の課の仕事の礼として、現金を受け取りました。Aは、今も市の職員です。二つ目は、時間の問いで、今も公務員ですから、判例は収賄罪です。三つ目。Aが、民間の会社に転職して、公務員でなくなったあとに、前の課の仕事の礼を受け取りました。三つ目も、前の課の仕事について受け取っていますから、時間の問いです。ただ、受け取った時に公務員でなくなっていますから、争いなく、収賄罪ではなく、事後収賄罪の問題です。二つ目と三つ目の違いは、受け取った時に、Aが公務員かどうかです。四つ目。Aが、同じ種類の職務をする別の課に異動したあと、前の課の仕事の礼を受け取りました。

四つ目も、前の課の仕事について受け取っていますから、時間の問いです。ただ、異動の前と後で仕事の範囲が同じですから、その職務を、今の職務と読んでも、自己の職務と読んでも、結論は変わりません。争いなく、その職務です。五つ目。Aが、自分の課の事務と全く関係のない、別の部署の発注に口をきいて、現金を受け取りました。五つ目は、どの層にもあたりません。自分の職務と関係のない公務員への働きかけは、その職務の問題ではなく、あっせん収賄という別の罪の問題になります。今日の山場は、聞かれている軸を、見分けることです。一つ目と五つ目は、今の職の、今の仕事について、どこまでがその職務に入るのかを聞く、仕事の範囲の問いでした。残りの三つ、二つ目から四つ目は、どれも、職を変える前の仕事について受け取っていますから、時間の問いです。時間の問いの中で、結論を分けるのは、二つです。受け取った時に公務員かどうかと、職を変える前と後で、仕事の範囲が同じかどうかです。公務員でなくなっていれば、収賄罪の枠から外れます。仕事の範囲が同じなら、争いは起きません。冒頭の場面二のように、これから先の仕事について受け取る場合も、時間の問いです。

今日のまとめ

今日の整理 図:今日の整理

まとめます。

⭐ 論文で書く規範:今日の3点 「① 転職前の職務は、収受の当時に公務員である以上、収賄罪が成立する(判例は収賄罪説。学説は分かれる)。」 「② 将来の職務は、任期満了の前に、現に一般的職務権限に属する事項で、再選された場合に担当すべき具体的職務なら、含まれる(決定が述べた範囲)。」 「③ 判例が挙げた理由と、学説による説明は、分けて覚える。聞かれている軸が、仕事の範囲か、時間かも、見分ける。」 (要点)

最初の問いの答えを、もう一度言います。場面一は、Aは今も公務員ですから、判例は収賄罪の成立を認めます。場面二は、来年度の許可が、Aの今の課の仕事の範囲に属する事項ですから、決定の三つの点のうち、現に一般的職務権限に属する点を満たし、学説の整理に従えば、その職務にあたります。

参照条文

  • 刑法197条1項

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