単純収賄罪と恐喝による収賄
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第18章 国家的法益|国家の存立・国交・国家の作用 ⑳/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
脅して出させた現金は、賄賂なのか
図:設例の人物関係
設例から入ります。市役所で、道路の占用許可を担当している職員Aと、工事業者Bです。Aは、Bに迫りました。許可がほしければ、現金を払え。払わなければ、申請は通さない。Bは怖くなって、現金二十万円を渡しました。Aは、Bを脅して、現金を出させています。ですから、恐喝罪に当たることは、問題ありません。問いは、もう一つのほうです。Aは市の職員ですから、収賄罪も成立するのでしょうか。脅し取った現金は、賄賂と言えるのでしょうか。迷うところです。今日の問いは、脅して出させた現金が、職務の対価と言えるのか、です。答えから言います。分かれ目は、Aに、職務を執行する意思があるかどうかです。許可という職務を、現に行うつもりで迫ったのなら、現金は職務の対価と言えて、収賄罪も成立しえます。最初から行うつもりが無く、許可を口実にしただけなら、恐喝罪だけです。理由は、後半で、判決と学説で確かめます。その前に、土台になる条文を読みます。
図:197条1項の三つの切れ目
197条1項です。今日は、前段を読みます。
条文刑法197条1項
刑法197条1項(収賄、受託収賄及び事前収賄) 公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の拘禁刑に処する。この場合において、請託を受けたときは、七年以下の拘禁刑に処する。
先に、一つ確かめます。前段には、請託という言葉がありません。頼まれたという事情は、前段のどこにも書かれていません。つまり、頼まれごとが無くても、成立します。頼まれて引き受けた場合を重く罰するのが後段です。前回の最後に、請託の意味を予告しました。請託は、後段で刑を重くする事情ですから、土台になる前段を先に読み、請託の意味は、次の回で見ます。三つの切れ目のうち、二つ目の、その職務に関し、は、前回までの三つの層と、時間の面で見たとおりです。今日は、一つ目の、公務員が、という部分と、三つ目の、収受、要求、約束を、ていねいに読みます。
図:今日の流れ
今日の流れです。まず、単純収賄罪の要件を、条文どおりに確かめます。次に、脅して出させた場合を、判決と学説で見ます。そのあと、五つの場面で、罪名を選びます。最後に、冒頭の問いに答えます。
単純収賄罪の要件、主体と三つの行為と故意
図:主体は公務員
一つ目は、公務員が、です。この罪は、公務員という身分があってはじめて成立し、身分が無ければ、犯罪自体が成立しません。前に見た、真正身分犯です。民間の人が金品を受け取っても、この条文の単純収賄罪にはなりません。設例のAは、市の職員ですから、主体に当たります。
図:収受・要求・約束
二つ目は、行為です。収受、要求、約束の三つです。前に名前だけ置きましたから、今日は、いつ成立するのかまで確かめます。収受は、賄賂を、現に受け取ることです。受け取った時に成立します。要求は、賄賂を渡すよう、相手に求めることです。求めた時に成立し、相手が応じなくても成立します。約束は、将来、賄賂を渡し、受け取ると、相手と合意することです。合意が成立した時に成立し、現に受け取るのは、あとでかまいません。設例で並べます。Aが、Bに、許可の礼として、二十万円がほしいと持ちかけました。Bは断りました。現金は一円も動いていませんが、Aには、求めた時点で、単純収賄罪が成立します。Bが、では来月お渡しします、と応じて合意したなら、約束です。合意した時点で成立します。来月、現に現金を受け取れば、収受です。条文は、収受し、又は、要求若しくは約束、と、又は、でつないでいます。ですから、三つのうち、どれか一つで足ります。
収賄罪と贈賄罪は、いつも両方そろって成立するわけではありません。収賄は、収受、要求、約束で、贈賄は、供与、申込み、約束です。受け取るほうと渡すほうが、おもてと裏の関係にあります。ただ、どちらか一方だけが成立することも多くあります。賄賂の申込みを断られた場合は、渡そうとしたほうの贈賄罪だけです。このように、相手がいてはじめて成り立つ形の犯罪を、対向犯と言い、収賄罪と贈賄罪は、その例です。贈賄罪の成否の中身は、贈賄罪の回で見ます。
図:重ねても罪は一つ
ここで一問です。Aが、現金を要求し、来月払うと約束し、翌月に受け取りました。行為は三つです。成立する単純収賄罪は、いくつでしょうか?要求し、約束し、受け取ると、行為は三つですが、成立する単純収賄罪は、一つだけです。包括一罪と呼ばれ、大審院の判例も、そう扱っています。理由は、学説による説明ですが、害される法益が一つだけだからです。職務の公正と、これに対する社会一般の信頼という、一つのものを、同じ職務について、要求から収受へと段階を進めて害しただけです。三つの罪が積み重なるのではなく、一つの罪の中で、行為が進んだと考えます。
図:故意は賄賂性の認識
もう一つ、故意です。単純収賄罪は、故意犯です。受け取るもの、求めるもの、約束するものが、公務員の職務に対する対価としての、不正な報酬、つまり賄賂であることの認識が要る、と解されます。設例で、Aが、Bから渡された封筒を、旅先の土産代とだけ思って受け取ったなら、職務の対価だという認識がありません。故意が無いので、単純収賄罪は成立しません。
脅して出させた現金と収賄罪、判決と学説
図:問いは二段
冒頭の場面に戻ります。Aは、Bを脅して現金を出させました。恐喝罪、249条1項は、人を恐喝して財物を交付させた者を罰します。Aに恐喝罪が成立することは、前に見たとおりで、問題ありません。問いは、二段に分かれます。一つ目は、Aに収賄罪が成立するのか、です。二つ目は、成立するなら、恐喝罪と、どう並ぶのか、です。なお、脅されて渡したBに、贈賄罪が成立するかも、別に問題になりますが、贈賄罪の回で見ます。なぜ、収賄罪が引っかかるのか。恐喝罪は、相手が怖くなって渡す罪です。収賄罪は、職務の対価を受け取る罪です。怖くなって渡した現金が、職務の対価と言えるのか。そこが引っかかります。
順に確かめます。分かれ目は、冒頭で言ったとおり、Aに、職務を執行する意思があるかどうかです。判決を読む前に、一問です。Aに、最初から許可を出すつもりが無いなら、受け取った現金は、職務の対価と言えるでしょうか?許可を出すつもりが無いなら、許可と引き換えに渡したことにならないので、対価とは言いにくいと思います。許可を出すつもりが無いのに、出す顔をして現金を出させたのなら、その現金は、職務と引き換えに受け取ったものとは言いがたい、ということです。この点を、判決で確かめます。
図:判決の事実
判決の事実です。これは、設例とは別の話です。警察官が、職務を執行する意思が無いのに、ただ職務の執行に名を借りて、被害者を脅し、財物を出させました。被害者は、警察官に、自分の犯行を押さえられていたので、処罰を恐れて出しました。被告人側は、これを職務の執行だと争いました。古い言葉を補います。名を職務の執行にかりて、は、職務の執行を口実にして、という意味です。たとい、雖も、は、たとえ、であっても、という意味です。
判例最高裁判所第一小法廷判決(昭和25年4月6日・刑集4巻4号481頁)
職務を執行する意思が無い公務員が、脅して財物を出させた場合 「人を恐喝して財物を交付せしめる場合には恐喝罪が成立する。本件のように公務員がその職務を執行するの意思がなく、ただ名をその職務の執行に籍りて、人を恐喝し財物を交付せしめた場合には、たといその被害者の側においては公務員の職務に対し財物を交付する意思があつたときと雖も、当該公務員の犯行は、収賄罪を構成せず恐喝罪を構成するものと見るを相当とする。すなわち、被害者の側では公務員たる警察官に自己の犯行を押さえられているので処罰を怖れて財物の交付をするのであつて、全然任意に出でた交付ということはできないから、恐喝罪のみを構成するものである。」
判決が述べたのは、ここまでです。公務員に、職務を執行する意思が無く、職務の執行に名を借りて脅した場合は、収賄罪は成立せず、恐喝罪だけが成立します。判決自身の理由は、被害者のほうは、処罰を恐れて財物を渡したのであり、全然任意に出た交付とは言えない、というものです。たとえ被害者のほうに、職務への対価として出す気持ちがあったとしても、結論は同じだと、判決は述べています。ここで、判決が述べていないことを分けます。職務を執行する意思がある場合に、収賄罪が成立する、とは、この判決は述べていません。これは、学説による整理です。学説は、こう説明します。職務を執行する意思が最初から無ければ、受け取った現金は、職務と対価の関係に立つとは言えない。だから、収賄罪は成立しない。逆に、意思があるなら、現金は職務の対価と言えるので、収賄罪も成立しうる。判決の理由は、被害者の交付が任意かどうか。学説の理由は、職務と対価の関係です。理由が違いますから、混ぜないでください。前に確かめたことと、ぶつかるように聞こえるかもしれません。賄賂は、個別の職務行為との対価関係までは要らず、その行為を適法にできたかどうかも問わない、と見ました。あれは、職務と引き換えに受け取っていることを前提に、どの行為の礼か、適法にできたか、までは問わない、という話でした。今日の話は、その手前です。職務を行うつもりが最初から無く、職務が口実でしかないなら、学説の整理では、職務と引き換えという関係そのものが、認めがたいのです。
図:設例の二つの場面
設例のAに当てます。場面アです。Aは、現金を出せば許可を出し、出さなければ許可を出さないつもりで迫りました。許可という職務を、現金と引き換えに、現に使うつもりです。職務を執行する意思がある場面です。場面イです。Aは、最初からBの申請を審査するつもりは全く無く、許可がほしければ、という言葉は、現金を出させるための口実にすぎませんでした。意思が無い場面で、判決の場面と同じ向きです。アなら、収賄罪が成立しうる。イなら、恐喝罪だけです。場面アでも、Bは、怖くなって現金を渡していますよね。判決は、怖れて渡したのだから任意の交付ではない、と言っていました。同じ理由で、場面アも恐喝罪だけになりませんか。そこが、つまずきやすい所です。判決は、本件のように、職務を執行する意思がなく、と、場面を限って述べています。意思がある場面アについては、何も述べていません。ですから、判決が、場面アも恐喝罪だけだと述べた、とは読めません。場面アを決めているのは、学説の整理です。学説の整理が見るのは、渡す側の気持ちではなく、現金が職務と引き換えかどうかです。怖れて渡した現金でも、許可と引き換えに出たのなら、職務の対価です。この整理では、渡す側が怖れていたことは、収賄罪の成立を妨げません。場面イは、どちらの理由でも、恐喝罪だけです。判決の理由では、任意の交付ではないから。学説の理由では、職務と引き換えではないからです。
図:守るものの違い
場面アで、収賄罪と恐喝罪がどう並ぶかを見る前に、一問です。恐喝罪の回を思い出してください。恐喝罪が守っているものは、何でしたか?占有そのもの、つまり、個人の財産です。恐喝罪は、個人の財産、財物の占有を守る罪で、判例は、占有そのものを守ると考えています。収賄罪が守るのは、職務の公正と、これに対する社会一般の信頼でした。守るものが違います。場面アのAは、一個の行為、つまり、脅して、許可と引き換えに現金を要求し、受け取るという行為で、収賄罪と、恐喝罪の、二つの罪名に触れます。恐喝罪だけで罰すると、職務の公正への信頼が害されたことが、評価されずに残ります。収賄罪だけで罰すると、Bの財産が害されたことが、残ります。守るものが違いますから、一方が他方を吸収する、つまり、一方の罪に含めて、もう一方を別には成立させない、という扱いはできず、両方が成立します。一個の行為ですから、観念的競合で、54条1項前段により、最も重い刑で処断されます。観念的競合は、数罪が成立したまま、一罪に近く扱われ、重い刑一つにまとめられる関係です。ここも、分けて言います。この結論は、学説による整理で、理由は、守るものが違う、ということです。判決が直接述べたのは、職務を執行する意思が無い場合までですから、判決が観念的競合を採った、とは言いません。答案では、一つ目に、意思の有無で収賄罪の成否を決め、二つ目に、成立するなら、両方成立して観念的競合、と、二段で書きます。論文で論点になりうる部分です。
図:学説の三つの結論
ここまで使ってきた整理は、学説の一つの立場です。学説は、三つに分かれます。残りの二つと並べて、位置を確かめます。一つ目は、恐喝罪だけが成立する、という説です。理由は、脅し取られた現金の授受を、贈賄、収賄の問題にするのは不合理、というものです。二つ目は、意思の有無を問わず、両方が成立して観念的競合、という説です。理由は、公務員に収賄罪が成立するのに、完全に任意の交付である必要はない、というものです。批判は、最初から職務を行う意思が無いなら、職務の対価という関係は認めがたい、という点です。三つ目は、意思がある場合に限って、両方が成立して観念的競合、意思が無ければ恐喝罪だけ、という説です。今日採るのは、三つ目です。採る理由を、残りの説と比べて言います。意思を問わない説では、場面イでも収賄罪が成立することになり、判決の、意思が無ければ恐喝罪のみ、という結論と合いません。恐喝罪だけとする説では、場面アも恐喝罪だけになり、許可が現金と引き換えにされた点が、罪名に表れません。意思がある場合に限る説なら、判決の結論と合い、場面アで、守るものを取りこぼしません。
場面の弁別、五つの場面で罪名を選ぶ
図:五つの場面
場面ごとに、聞かれている軸を、答えを聞く前に選んでください。見分け方は、現金が脅しで出たかどうかです。脅しが無ければ、行為と罪数の問いです。脅しがあれば、職務を執行する意思の問いです。一つ目です。Aが、許可を出したあと、Bが礼として渡した二十万円を、受け取りました。脅しはありません。許可の礼として、現金を現に受け取っていますから、収受で、単純収賄罪です。二つ目です。Aが、Bに、許可の礼として二十万円がほしいと持ちかけましたが、Bは断りました。要求は、相手が応じなくても、求めた時点で成立しますから、現金が動いていなくても、単純収賄罪です。三つ目です。Aが、Bを脅して、許可と引き換えに二十万円を出させました。Aは、現金が出れば許可を出し、出さなければ出さないつもりでした。
職務を執行する意思がありますから、現金は職務の対価と言え、収賄罪も成立します。守るものが違うので、恐喝罪と両方成立し、一個の行為なので、観念的競合です。四つ目です。Aが、Bを脅して二十万円を出させましたが、最初からBの申請を審査するつもりは無く、許可は口実でした。職務を執行する意思が無く、職務を口実にしただけですから、収賄罪は成立せず、恐喝罪だけです。五つ目です。Aが、Bに二十万円を要求し、来月払うと合意し、翌月に現に受け取りました。要求、約束、収受と進んでも、害される法益は一つですから、単純収賄罪が一つだけ成立します。包括一罪です。今日の分かれ目を整理します。一つ目、二つ目、五つ目は、行為と罪数の問いで、収受、要求、約束のどれかを見て、重ねても一罪になる、と考えました。三つ目と四つ目は、脅しがあるときの問いで、分かれ目は、職務を執行する意思です。意思があれば、収賄罪と恐喝罪が両方成立し、意思が無ければ、恐喝罪だけです。
今日のまとめ
図:今日の整理
まとめます。
⭐ 論文で書く規範:今日の2点 「① 単純収賄罪は、公務員が、職務の対価を、収受、要求、約束のどれか一つで成立する。頼まれごと(請託)は要らず、重ねても罪は一つ。」 「② 脅して出させた場合は、職務を執行する意思が最初から無ければ恐喝罪だけ(判決が述べた範囲)。意思があれば、両方成立して観念的競合(学説による整理)。」 (要点)
最初の問いの答えを、もう一度言います。Aが脅して現金を出させた場合、Aに職務を執行する意思があるなら、現金は職務の対価ですから、収賄罪が成立し、恐喝罪とは守るものが違うので、両方成立して観念的競合です。ここは、学説による整理です。意思が最初から無く、許可が口実だけだったなら、恐喝罪だけです。最高裁判決が述べたのは、この、意思が無い場合までです。
参照条文
- 刑法197条1項