受託収賄罪の請託と事前収賄罪
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第18章 国家的法益|国家の存立・国交・国家の作用 ㉑/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
当選前に受け取った現金は罪になるか
図:設例の人物関係
設例から入ります。市長選挙の候補者が、います。市の工事を請け負っている工事業者Bが、候補者に頼みました。当選したら、市の工事で便宜を図ってください。候補者は、分かりました、と応じ、その場で、Bから現金を受け取りました。候補者は、まだ公務員ではありません。市長選挙は、これからです。落選したら、どうなるのでしょうか。当選したら、どうなるのでしょうか。そもそも、この現金は、いつ、犯罪になるのでしょうか。今日の問いは、この現金が、いつ、犯罪になるのか、です。答えから言います。落選すれば、処罰されません。当選すれば、事前収賄罪という罪が問題になります。犯罪がいつ成立するかは、条文の、公務員となった場合において、という部分の読み方で分かれます。理由は、後半で確かめます。その前に、前回の最後に予告した、請託という言葉の意味を、はっきりさせます。請託は、197条1項の後段に出てくる言葉で、この設例の罪にも、要件として入っています。前に作った類型の地図を、思い出してください。基本形の単純収賄罪に、請託を受けたという事情を足すと、受託収賄罪になりました。主体を、これから公務員になろうとする者に変えると、事前収賄罪になりました。どちらも、請託が鍵です。
図:今日の流れ
今日の流れです。まず、請託の意味を、判決で確かめます。次に、請託を足した受託収賄罪を見ます。続いて、主体を変えた事前収賄罪の要件を見ます。そのあと、条文の、公務員となった場合において、という部分を、どう読むかを考えます。最後に、五つの場面で罪名を選び、冒頭の問いに答えます。条文です。1項と2項を、続けて読みます。
条文刑法197条1項
刑法197条1項(収賄、受託収賄及び事前収賄) 公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の拘禁刑に処する。この場合において、請託を受けたときは、七年以下の拘禁刑に処する。
条文刑法197条2項
刑法197条2項(収賄、受託収賄及び事前収賄) 公務員になろうとする者が、その担当すべき職務に関し、請託を受けて、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、公務員となった場合において、五年以下の拘禁刑に処する。
1項の後段が、請託を受けたときを、七年以下にしています。2項が、公務員になろうとする者の罪です。どちらにも、請託という言葉があります。まず、この言葉からです。
請託と受託収賄罪
図:請託の場面
前に出てきた、市役所で道路の占用許可を担当している職員Aと、工事業者Bに戻ります。Bが、Aに頼みました。次の占用許可を、順番を待たずに出してください。Aは、分かった、と応じました。後日、Bは現金を渡し、Aは、それを受け取りました。前回の単純収賄罪なら、頼まれたかどうかは問題になりませんでした。五年以下です。ところが、今回のように、頼まれて、引き受けたうえで受け取ると、197条1項の後段で、七年以下になります。何が加わったのか。それが、請託です。請託というのは、頼まれることですよね。不正なことを頼まれた場合だけが、請託なのでしょうか。そこが、一つ目の疑問です。判決で確かめます。読む前に、古い言葉を一つ補います。苟も、は、いやしくも、と読み、かりにも、という意味です。
判例最高裁判所第三小法廷判決(昭和27年7月22日・刑集6巻7号927頁)
請託の意味 「刑法一九七条後段の請託とは公務員に対して一定の職務行為を行うことを依頼することであつて、その依頼が不正な職務行為の依頼であると、正当な職務行為の依頼であるとに関係なく、苟も公務員が請託を受けて賄賂を収受した事実ある以上同条後段の収賄罪は成立し、……」 「公務員の職務の公正を維持するためには正当な職務行為に対しても賄賂による買収を許すことを得ないことは明らかである。」
判決が述べたことを、順に分けます。一つ目は、請託の意味です。公務員に対して、一定の職務行為を行うことを依頼すること、です。二つ目は、その依頼が、不正な職務行為の依頼でも、正当な職務行為の依頼でも、関係がない、ということです。公務員が請託を受けて賄賂を収受した以上、後段の収賄罪は成立する、と述べています。三つ目が、判決が理由として述べた部分です。公務員の職務の公正を維持するためには、正当な職務行為に対しても、賄賂による買収を許すことはできない、というものです。設例に当てます。Bが頼んだのは、順番を待たずに許可を出すことでした。これは不正な職務行為の依頼です。ただ、判決の言葉は、不正でも正当でも関係がない、でした。ですから、Bが、順番どおりに、法令どおりに、許可を出してください、と頼んだだけの場合でも、請託にあたります。頼むほうが不正を求めたかどうかで、請託は分かれません。賄賂の罪が守るものから見ても、同じ向きです。守るのは、職務の公正と、これに対する社会一般の信頼でした。正しい仕事でも、その対価として現金を受け取れば、お金で動くのではないか、と疑われ、信頼は害されます。ですから、前に見たとおり、正しい仕事への謝礼でも、単純収賄罪は成立しました。請託も、同じ理由で、正しい仕事の依頼で足ります。反対の場面も見ます。Aが、順番どおりに許可を出したあとで、Bが、お礼だけを渡した場合は、事前の頼みごとがありません。請託を受けたとは言えず、単純収賄罪の問題です。
もう一つ、請託には、受けた、という言葉が付いています。依頼があっただけで、足りるのでしょうか。ここで一問です。Bが、次の許可を早く出してほしいと頼みました。Aは、何も答えず、黙っていました。後日、現金を受け取りました。Aは、請託を受けた、と言えるでしょうか?
図:請託を受けたと言える場面
迷うところです。受けた、とは、依頼を引き受ける、つまり承諾することです。依頼が来ただけでは足りず、承諾が要ります。ですから、はっきり断ったのなら、請託を受けたことにはなりません。その場合でも、あとで現金を受け取れば、単純収賄罪は、問題になりえます。一方で、承諾は、言葉で、分かった、と言った場合に限りません。黙示でもよい、と一般に整理されています。これは、判決の言葉ではありません。黙っていても、うなずくなどの態度で、引き受けたと見られる場合は、承諾があります。先ほどの問いの答えは、こうなります。黙ったまま、態度でも引き受けたと見られるなら、請託を受けた。何も承諾していないと見られるなら、受けていない。分かれ目は、頼みを引き受けたと言えるかどうかです。
板の三つ目の場面は、公務員のほうから持ちかけた場合です。Aが、次の許可は、急ぎなら相談に乗りますよ、と切り出しました。Bが、それなら、早めに通してください、と頼み、Aは、分かりました、と応じました。この場合も、請託を受けたにあたりうるとされます。公務員のほうから持ちかけても、Bが職務について頼み、Aが引き受けたという関係が、できているからです。受託収賄罪の成立要件を、まとめます。公務員が、その職務に関し、賄賂を収受、要求又は約束し、そのとき、請託を受けていることです。いずれも条文のとおりです。請託の意味は、判決が定義した部分を、そのまま使います。
学説の整理で説明します。判決の言葉ではありません。頼まれて引き受けたうえで受け取ると、賄賂と、職務行為との、引き換えの関係が、はっきりします。そのぶん、職務の公正に対する社会一般の信頼は、より強く害されます。前に、足すと重くなるのは、信頼の害され方が大きくなるから、と言いました。その、害され方が大きくなる理由の一つが、これです。論文で、請託の趣旨を書くときの、骨格にもなります。
事前収賄罪の要件
図:197条2項の五つの切れ目
ここで、1問です。前回までに見た類型の地図を、思い出してください。主体を、これから公務員になろうとする者に変えると、何罪になるのでしたか?事前収賄罪です。197条2項で、法定刑は、基本形と同じ五年以下だったと思います。197条2項を、五つに切って読みます。一つ目は、公務員になろうとする者が、です。二つ目は、その担当すべき職務に関し、です。公務員になってから担当する職務について、ということです。三つ目は、請託を受けて、です。四つ目は、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたとき、です。五つ目が、公務員となった場合において、です。単純収賄罪と比べます。主体の、公務員が、が、公務員になろうとする者が、に付け替わっています。そして、単純収賄罪では要らなかった請託が、ここでは要件です。頼まれて引き受けたことが、条文に書かれています。五つ目の、公務員となった場合において、は、あとで、じっくり見ます。
前に見たとおり、変える型は、刑を重くする型ではなく、処罰の範囲を広げる型です。候補者は、まだ公務員ではありませんから、197条1項の、公務員が、という言葉からは外れます。1項だけでは、処罰できません。それでも、請託を受けて現金を受け取った者が、そのまま公務員になれば、その職務は、はじめから現金と結びついています。お金で動くのではないか、という疑いが生まれます。そこで、2項を別に置いて、処罰の範囲に入れました。請託は、ここでは、範囲に入れるための要件です。受託収賄罪のように、刑を重くする事情としては、働いていません。だから、法定刑は、基本形と同じ五年以下です。主体を見ます。典型は、市長や議員などの候補者が、当選する前に、あらかじめ、当選したあとの職務に関して請託を受け、賄賂を収受し、その後に当選した場合です。冒頭の設例が、そうです。公務員になろうとする者、は、公務員という身分に就く前の者に、主体を限った言葉です。この罪の要件は、いま切った、この五つです。いずれも条文のとおりです。
公務員となった場合の読み方
図:当選前と当選後
条文の五つ目、公務員となった場合において、を見ます。ここで、もう一問です。前に、あると処罰できなくなる事情と、無いと処罰できない事情を、それぞれ何と呼びましたか? 思い出してください。今日、使うのは、処罰条件のほうです。犯罪の成立の外側に置かれ、それが無いと処罰できない条件、という意味でした。犯罪の成立要件を見た回で、この、公務員となった場合において、を、その処罰条件の例として見ました。そこでは、答案には、犯罪が成立するかを確かめる、三つの関門のあとに書く、とも言いました。ただ、構成要件の要素そのものだと見る立場もある、とも言いました。今日は、その続きです。冒頭の設例で考えます。候補者が、当選する前に、請託を受けて、現金を受け取りました。落選した場合は、どちらの立場でも、処罰されません。公務員となった場合において、という条件が、満たされないからです。では、ここで聞きます。当選する前、まだ公務員ではない時点で、犯罪は、もう成立しているのでしょうか?
図:二つの読み方
二つの読み方を、並べます。一つ目は、処罰条件と読む立場です。この立場では、当選する前の時点で、犯罪は、もう成立しています。ただ、公務員となる、という客観的な事実が起きるまでは、処罰できません。公務員となることの認識は、犯罪の成立の問題としては、要りません。故意は、犯罪の型に当たる事実を、分かっていることでした。処罰条件は、成立の外側に置かれます。ですから、分かっている必要のある事実には、入らない、とされます。答案では、構成要件、違法性、責任の、三つの関門を書いたあとで、処罰条件として書きます。二つ目は、構成要件の要素と読む立場です。この立場では、公務員となる、という事実も、犯罪の成立要件の一部です。ですから、当選するまでは、そもそも、犯罪が成立していません。当選した時点で、はじめて成立します。そして、この立場では、公務員となることの認識、つまり、公務員になる見込みがあると分かっていることが要る、と説明されます。就任の見込みを、まったく考えていなかったのなら、成立しない、ということです。答案では、構成要件のあてはめの中で書きます。
違いは、成立の時点と、就任の認識の要否です。
図:守るもの
どちらで読むかの決め手になるのは、保護法益です。前に、賄賂の罪が守っているものを、確かめました。職務の公正と、これに対する社会一般の信頼です。判例と多数の学説が採る立場でした。候補者に当てます。当選する前は、候補者は、まだ職務を行う立場にいません。職務の公正も、これに対する信頼も、まだ害されていません。公務員となってはじめて、職務の公正に対する信頼が、害されることになります。公務員となることは、法益が害されることを決める事情の一部です。そうであるなら、構成要件の要素として読むほうが、自然だ、という理由です。処罰条件と読む立場の理由も、言います。犯罪が成立したあとの問題を、構成要件、違法性、責任の外に置いて整理する、という、前に見た枠組みです。就任という客観的な事実を、成立の外に置いて、処罰の条件にする、という整理です。どちらが正しいかを、ここで言い切ることはしません。ただ、答案では、構成要件の要素と読む立場で書きます。公務員となってはじめて信頼が害される、という、先ほどの理由を、そのまま書けるからです。犯罪の成立要件を見た回で言った、三つの関門のあとに書く、という書き方は、処罰条件と読む立場のものです。今日の書き方では、そこには置きません。主体の、公務員になろうとする者、担当すべき職務、請託、収受などの行為と並べ、最後の五つ目として、公務員となった、つまり、当選した、と、あてはめの中で書きます。論文で論点になりうるのは、いま並べた二つの違い、成立の時点と、就任の認識の要否です。
まとめると、落選すれば処罰されず、当選すれば事前収賄罪が問題になり、成立の時点が、読み方で分かれます。
五つの場面で選ぶ
図:五つの場面
最後に、場面ごとに、罪名を選びます。聞かれている軸も、いっしょに選んでください。見分けは、二段です。まず、請託があったか、受けたか。次に、受け取った者が、今、公務員か、これから公務員になる者か、です。一つ目です。Aが、頼まれてもいないのに、許可を出した礼として、現金だけを受け取りました。請託の有無の問いで、請託が無いなら、単純収賄罪です。二つ目です。Aが、Bに頼まれ、分かった、と応じて、後日、現金を受け取りました。頼まれて、引き受けているので、請託を受けています。受託収賄罪で、七年以下です。三つ目です。Aは、Bに頼まれましたが、断りました。後日、Bが礼を置いていき、Aは、それを受け取りました。
ここで聞かれているのは、請託の承諾です。四つ目です。現職の市長Mが、任期満了の前に、再選された場合に担当すべき工事について、請託を受けて、現金を受け取りました。以前に見た、将来の職務の話です。聞かれているのは、今、公務員か、です。五つ目です。冒頭の候補者が、当選前に、当選後の工事について請託を受けて、現金を受け取りました。当選した場合と、落選した場合を、分けて答えてください。三つ目は、請託の承諾の問いでした。四つ目と五つ目は、今、公務員か、という問いです。聞く軸が違いますから、問いを聞いたら、まず、どちらの軸の問いかを選んでください。冒頭の問いに、戻ります。候補者が、当選前に、請託を受けて現金を受け取りました。落選したなら、公務員となった場合において、という条件が満たされません。どちらの読み方でも、処罰されません。当選したなら、事前収賄罪が問題になります。そして、構成要件の要素と読むなら、当選した時点で、犯罪が成立します。当選するまでは、成立していません。処罰条件と読むなら、当選前から、犯罪は成立していて、当選して、はじめて処罰できるようになります。
今日のまとめ
図:今日の整理
まとめます。
⭐ 論文で書く規範:今日の3点 「① 請託は、公務員に一定の職務行為を頼むこと。正しい仕事の依頼でもよい。受けたとは、引き受けること。黙示でもよく、公務員のほうから持ちかけてもよい、と整理される。」 「② 請託を受けると受託収賄罪で、七年以下。対価の関係がはっきりし、信頼がより強く害されるため、と学説は説明する。」 「③ 事前収賄罪は、主体をこれから公務員になろうとする者に変え、請託が要件。公務員となった場合において、は、答案では構成要件の要素として書く。」 (要点)
最初の問いの答えを、もう一度言います。候補者が、当選前に、請託を受けて現金を受け取った場合、落選すれば、処罰されません。当選すれば、事前収賄罪が問題になります。構成要件の要素と読むなら、当選した時点で、犯罪が成立します。処罰条件と読むなら、成立は当選前で、処罰できるようになるのが当選のときです。答案では、構成要件のあてはめの中で書きます。
参照条文
- 刑法197条1項
- 刑法197条2項