刑法ゼロから刑法#186

公務執行妨害罪の職務を執行するに当たり

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第18章 国家的法益|国家の存立・国交・国家の作用 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

仕事が終わったあとの暴行は、公務執行妨害か

95条1項の3パーツ地図 図:95条1項の3パーツ地図

今日は、その続きです。

条文刑法95条1項

刑法95条(公務執行妨害及び職務強要) 公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。

95条1項の3パーツ地図 図:95条1項の3パーツ地図

前回見た、要件の骨組みを、もう一度置きます。条文は三つのパーツでした。客体は、公務員。行為は、暴行又は脅迫。そして時が、職務を執行するに当たり。今日は、この三つ目の、いつ、です。守るものは、公務員という人ではなく、公務という仕事そのものでした。

設例Iの変形 図:設例Iの変形

設例Iを少し変えます。前回の市の職員は、放置自転車の撤去作業を終えて、現場を離れ、別の用事で休憩に入りました。そこへ、さきほどの件で腹を立てたIさんが現れ、職員を突き飛ばしました。問いは、作業は終わっているのに、この暴行は、公務員が職務を執行するに当たっての暴行と言えるのか、それとも、ふつうの暴行罪なのか、です。答えの予告だけ先に言います。守るものが公務という仕事そのものだから、答えは、仕事が続いているか、で決まります。

今日の2つの問い 図:今日の2つの問い

今日は、どこまで、を二つに分けます。一つ目は、職務とは、どんな仕事のことか。二つ目は、執行するに当たり、とは、いつからいつまでか。仕事をしていないときの暴行は、95条ではなく、暴行罪の問題です。

職務の範囲——公務員の事務のすべて

公務の全体と、業務妨害罪の業務 図:公務の全体と、業務妨害罪の業務

まず、職務です。先に、業務妨害罪の回の復習です。強制力を行使する権力的公務は、業務妨害罪の、業務に含まれるでしょうか?含まれない、でした。暴行や脅迫で妨害されたら、95条で対応する、でした。では、95条の職務は、権力的公務だけでしょうか。

判例最高裁判所判決(昭和53年6月29日・刑集32巻4号816頁)

職務の範囲と一連の職務 「同項にいう職務には、ひろく公務員が取り扱う各種各様の事務のすべてが含まれるものである」

答えは、ひろく、各種各様の事務のすべて、です。強制力を使う仕事だけではありません。窓口で書類を受け付ける仕事も、台帳を管理する仕事も、職務です。権力的公務かどうかで分けたのは、業務妨害罪の業務に入るか、という話でした。業務妨害罪の回で見たとおり、権力的公務には、自力で妨害を排除できる実力の裏付けがあるので、業務からは外れ、暴行や脅迫による妨害は、95条で守ります。95条の職務は、公務全部です。それ以外の公務は、95条の職務にも、業務妨害罪の業務にもあたり、二重に守られます。ここで、決め手を一つ。守るものが、公務という仕事そのものだからです。強制力があるかどうかで、仕事の値打ちは変わりません。窓口の仕事が止まっても、困るのは、手続を待つ市民です。だから、公務なら、広く職務に入ります。

執行の範囲——どこからどこまでが、執行するに当たり、か

勤務時間中なら、いつでも? 図:勤務時間中なら、いつでも?

次は、執行するに当たり、です。問いです。公務員が勤務時間中であれば、いつ殴っても、95条でしょうか?違います。判例を見ます。

判例最高裁判所判決(昭和45年12月22日・刑集24巻13号1812頁)

執行の範囲 「右条項の趣旨とするところは、公務員そのものについて、その身分ないし地位を特別に保護しようとするものではなく、公務員によつて行なわれる公務の公共性にかんがみ、その適正な執行を保護しようとするものであるから、その保護の対象となるべき職務の執行というのは、漫然と抽象的・包括的に捉えられるべきものではなく、具体的・個別的に特定されていることを要するものと解すべきである。」 「……右のように具体的・個別的に特定された職務の執行を開始してからこれを終了するまでの時間的範囲およびまさに当該職務の執行を開始しようとしている場合のように当該職務の執行と時間的に接着しこれと切り離し得ない一体的関係にあるとみることができる範囲内の職務行為にかぎつて、公務執行妨害罪による保護の対象となるものと解するのが相当である。」 「……右の認定・判断は、前叙の当審の見解に照らし、首肯し得ないものではない。」

時間軸 図:時間軸

守るものは、公務員の身分や地位ではなく、公務の適正な執行です。だから、職務は、抽象的に勤務時間全体で見ません。具体的に、この仕事、と特定して見ます。範囲は二つです。一つ目は、その仕事を開始してから、終了するまで。二つ目は、まさに開始しようとしている場合のように、その仕事と時間的に接着して、切り離せない一体の関係にある範囲です。接着し、切り離せない、とは、つまり、ほぼ続きの関係、というイメージです。

⭐ 論文で書く規範:執行の範囲 「具体的・個別的に特定された職務の執行を開始してから終了するまで、及び、まさに開始しようとする場合のように、その職務と時間的に接着し切り離し得ない一体的関係にある範囲内の職務行為に限り、保護の対象になる。」 (規範(最判昭45))

事案です。駅の助役が、点呼を終えた直後に、点呼をした場所や、その出入口付近で、暴行を受けました。助役は、このあと、数十メートル離れた助役室で、事務の引継ぎをする予定でした。原審は、点呼と引継ぎは別個の職務で、点呼の終了直後の暴行は、職務を執行するに当たり、にあたらないとしました。最高裁は、これを、首肯し得ないものではない、つまり、うなずけなくはない、という控えめな言い方で認めて、上告を棄却しています。引継ぎまで含めて見るかは、判断が割れる余地があるところで、反対意見もあります。ただ、原審は、点呼という個別の職務が終わった直後を、含めませんでした。点呼は、その場で終わっています。引継ぎは、場所も中身も違う、まだ始まっていない次の仕事だ、と見たわけです。最高裁は、その判断を、首肯し得ないものではないとして、維持しました。決め手は、職務を、勤務時間全体ではなく、具体的な仕事ごとに見ることです。

線の引き方の比較表 図:線の引き方の比較表

線の引き方を、ほかの判例で確かめます。表の二つ目は、運転士が、乗務の交替のあと、終業点呼を受けるためにホームを歩いているときに、暴行を受けた事案です。終業点呼は、運転の状況などを報告するもので、乗務に直結する内容です。だから、職務の執行にあたるとされました。三つ目は、県議会の委員会で、委員長が休憩を宣して席を立ち、出入口へ向かっていたところを暴行された事案です。休憩のあとも、委員会の秩序を保って、紛議に対処する職務を、現に執行していたので、あたるとされています。点呼の直後は、その仕事が終わったあと、でした。終業点呼に向かう途中は、乗務に直結する仕事の、続きだったのです。見るのは、肩書きや時間帯ではなく、その暴行の時点で、その仕事のまとまりが続いているか、です。

判例最高裁判所判決(昭和53年6月29日・刑集32巻4号816頁)

職務の範囲と一連の職務 「……職務の性質によつては、その内容、職務執行の過程を個別的に分断して部分的にそれぞれの開始、終了を論ずることが不自然かつ不可能であつて、ある程度継続した一連の職務として把握することが相当と考えられるものがあり、そのように解しても当該職務行為の具体性・個別性を失うものではないのである。」

四つ目は、先ほどの判例の後半です。電報局の局長は、局長室で会計書類の決裁を、次長は、報告文書の作成をしていました。被告人は、処分の撤回を求めるいやがらせを続け、二人に対して空き缶を激しく打ち鳴らすなどの暴行を加えました。そのいやがらせのために、二人は仕事を一時止めざるをえなくなっていて、外から見ると、職務は中断していました。それでも、局の事務全般をまとめて取り扱う職務は、ひとまとまりの、続いた仕事とみられます。外観が中断でも、被告人の不法な目的の行動で作られた状態なら、終了したとは言えない、とされました。なぜ、外から見て止まっていても、終わっていない、と見るのか。局長の仕事は、局全体をまとめて見る仕事で、点呼のように、一回ごとに区切れる仕事ではないからです。芝居にたとえると、点呼は、幕が下りればそこで終わる出し物。局長の仕事は、途中で一度幕が下りても、まだ終わっていない、二幕ものの芝居です。しかも、その中断は、被告人の側が作り出したものでした。自分で仕事を止めておいて、止まっているから保護されない、とすれば、妨害した側が得をしてしまいます。どちらの判例も、仕事のまとまりを具体的に見ている点は同じです。

設例Iの変形の答え 図:設例Iの変形の答え

冒頭の設例Iの変形に答えます。三つの場面を並べます。作業の最中に突き飛ばしたなら、職務の執行中で、あたります。作業を始めようと、職員が現場に近づいたところを突き飛ばしたなら、まさに開始しようとしている場合として、あたりうる、と考えられます。そして、作業を終えて現場を離れ、別の用事で休憩に入ったあとなら、その作業と、接着し切り離せない一体の関係とは言えません。判例の定式に当てはめれば、95条ではなく、暴行罪の問題です。守るものが、人ではなく、仕事だからです。仕事が続いているか、またはまさに始まるか。それで、罪の名前が変わります。この判断の軸は、論文でも論点になりえます。

95条1項の整理表と弁別ミニ事例

95条1項の整理表 図:95条1項の整理表

前回と今日を、一枚に整理します。守るものは、公務が円滑に行われること。客体は、公務員で、みなし公務員を含みます。暴行は広義で、公務員に向けられた不法な有形力、間接暴行も入ります。脅迫も広義で、誰への害でも、公務を妨げるに足れば足ります。職務は、公務員が取り扱う各種各様の事務のすべて。そして、執行するに当たり、は、具体的な職務の開始から終了までと、接着し切り離せない一体の範囲です。事例を三つ、考えてください。事例1。Iさんが、職員の目の前で、職員が作業に使っている道具を壊しました。どうなるでしょうか?

前回の間接暴行です。公務員に向けられているので、暴行にあたりえます。誰もいない所で壊したなら、公務員に向けられたとは言いにくい、というのが、前回見た学説の有力な見方です。判例は、職務執行を妨害するに足りれば足りる、としていました。事例2。窓口で、職員の通常の窓口業務中に、殴りかかりました。強制力のある仕事ではありませんが、どうでしょうか?公務全部が職務なので、あたります。事例3。職員が作業を終えて現場を離れ、別の用事で休憩に入ったあとに、殴りました。休憩に入って作業と切り離し得ない一体の関係でなくなったあとの暴行は、暴行罪の問題になる、というのが、判例の定式に当てはめた場合の、見立てです。ここまでは、条文に書かれた要件でした。

今日の整理

今日の整理 図:今日の整理

まとめます。守るものは、公務という仕事です。職務は、公務員が取り扱う各種各様の事務のすべてで、権力的公務に限りません。執行するに当たり、は、具体的な職務の開始から終了まで、そして、接着し切り離せない一体の範囲です。設例Iの変形は、作業を終えて休憩に入ったあとなので、暴行罪の問題でした。

参照条文

  • 刑法95条1項

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