封印等破棄罪・強制執行妨害罪・談合罪
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第18章 国家的法益|国家の存立・国交・国家の作用 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
表示を壊していないのに、罪になるか
図:前回までと今日の地図
前回までで、公務員に暴行や脅迫を加える95条を閉じました。今日は、公務員への暴行や脅迫ではなく、公務が作った効果を壊す罪を見ます。柱は三本です。一つ目、封印や差押えの表示が示す、命令や処分の効力を守る96条。二つ目、強制執行が債権者を満足させる働きを守る、96条の2から96条の5。三つ目、公の競売や入札が公正な価格を出す働きを守る、96条の6です。
図:設例G 機械の差押え
設例Gです。Gさんは、債権者Dさんに貸金を返せないまま、自分の倉庫に金属加工機械を一台持っています。裁判所の執行官が、この機械を差し押さえました。動産の強制執行は、執行官の差押えで始まります。執行官は、機械をそのままGさんに保管させ、機械の正面に、差押えと書いた公示書、つまりシールを貼って帰りました。その夜、Gさんは、シールには指一本触れず、機械をシールを貼ったままトラックに積んで、買主のCさんに売り、引き渡しました。シールは、一枚も剥がれていません。表示を一枚も壊していないのに、封印等破棄の罪になるのか。これが今日の問いです。予告を一つだけ。96条が罰しているのは、損壊だけではありません。この設例は、96条の行為の節で戻って、決着をつけます。
96条——条文・保護法益・客体
図:96条の読み方
まず条文です。
条文刑法96条
刑法96条(封印等破棄) 公務員が施した封印若しくは差押えの表示を損壊し、又はその他の方法によりその封印若しくは差押えの表示に係る命令若しくは処分を無効にした者は、三年以下の拘禁刑若しくは二百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
三つに割って読みます。一つ目、公務員が施した。二つ目、封印若しくは差押えの表示。最後に、これを損壊し、又は、その他の方法により、表示に係る命令若しくは処分を無効にした、です。保護法益は、強制執行が適正に、滞りなく進むことです。表示は、その手続が出した効果を、外から示す目印にあたります。95条は、公務が円滑に行われることを、公務員に向けられた暴行や脅迫を罰することで守りました。96条は、公務が作った効果のほうを守ります。客体で、一つ、注意があります。客体は、表示そのものではありません。条文は、その封印若しくは差押えの表示に係る、命令若しくは処分、と書いています。
⭐ 論文で書く規範:96条の客体 「客体は、封印・差押えの表示そのものではなく、表示に係る命令・処分の効力である。」 (要点)
言葉を一つずつ整理します。封印とは、中身を開けたり、使ったり、動かしたりさせないために、権限のある公務員が、物の外側に施す封じのことです。封緘紙や封鎖の設備など、目に見える物的な仕掛けがそれにあたります。差押えとは、公務員が、守るべき物を、自分の支配下に移してしまう強制処分です。差押えの表示は、その支配を外から分かるようにするために付ける、封印以外の目印で、貼り紙、立て札、公示書などがあたります。命令は裁判所の命令、処分は執行官などの処分を指します。差押えの表示は、この物は債権者のために預かり中、という約束の看板です。看板が無傷でも、中身を持ち出せば、約束は破れます。
図:差押えの表示が効力要件になる場面
表示は、効力の入口にもなります。設例Gのように、債務者に動産を保管させたときは、民事執行法123条3項で、差押えの表示をしたときに限り、差押えは効力を有します。税金の滞納処分でも同じ形で、国税徴収法60条2項が、差押えを明白にする表示をした時に、効力が生ずると定めています。仮差押えや仮処分、つまり判決の前に、財産や物の状態を仮に押さえておく裁判所の処分の公示も、差押えの表示に当たります。また、主体に制限はありません。債務者本人でも、第三者でも、成立します。Gさん本人が典型です。
96条の行為——損壊と、その他の方法により無効にした
図:行為の二系統
行為は、二系統です。一つ目は、表示そのものを損壊すること。壊す、剥がす、移し替えるなど、表示の効用を害することです。損壊は、毀棄の罪で見た、効用を害する、と同じ言葉です。二つ目は、その他の方法により、表示に係る命令や処分を、無効にすることです。無効にするとは、差押えなどの実質的な効果、つまり、執行官の保管のもとで債権者のために物を押さえておく働きを、なくしたり、弱めたりすることをいいます。問いです。Gさんは、シールに触れていません。シールが剥がれてもいません。それでも、無効にした、と言えるでしょうか。
機械を運び出して売ってしまえば、債権者のために押さえておく働きは、なくなるので、言えそうです。例は三つです。差押物を搬出して売ること。執行官が保管する土地に、立入りを禁じる立て札があるのに、入り込んで作物を作ること。仮処分で執行官の占有に移った家屋に入居すること。三つ目は、あとで判例を見ます。
図:設例Gの回収
設例Gを回収します。シールが無傷でも、機械を運び出して売れば、差押えの実質的効果が失われます。その他の方法により、処分を無効にした、に当たり、96条が成立します。条文が問うているのは、表示を壊したか、ではなく、表示に係る命令や処分を、無効にしたか、です。もう一点。表示が行為の時に、現に貼ってある必要はありません。客体は命令や処分の効力なので、貼り紙が風で飛んでいても、差押えの効力が生きている間に、運び出して無効にすれば足ります。逆に、差押えが取り消されて効力が消えた後なら、シールが残っていても、無効にする処分がないので、96条は成立しません。売買そのものが有効かどうかは、民事の話で、96条の成否とは別です。
表示の適法性・有効性と、故意
図:表示に瑕疵があるとき
次は、表示の適法性です。執行官が、占有者を取り違えるなど、表示を付けた手続に、ミスがあったとします。それでも、表示は守られるのでしょうか。条文には、適法とも、有効とも、書かれていません。95条の職務の適法性と同じで、書かれざる構成要件要素です。本罪の客体である表示は、適法で有効であることを要します。では、どこまでのミスなら、有効なのか。判例を見ます。
判例最高裁判所決定(昭和42年12月19日・刑集21巻10号1407頁)
表示の瑕疵と封印破棄罪 「しかしながら、右執行に際し、右執行吏代理に故意に第三者の権利を侵害する目的があつたとは認められず、また、その執行の瑕疵が重大かつ明白であつて、執行行為そのものが無効あるいは不存在と認められるような場合でもなかつたことは原判決の判示するとおりであるから、執行吏の占有保管に移すという本件仮処分の執行とその旨の公示とによつて、第三者である被告人の占有も制限を受け、執行方法の異議もしくは第三者異議の訴によつて、その取消を求めない限り、本件家屋に入居することは許されなくなつたものと解すべきである。そうすると、被告人が、本件仮処分の取消を得ないうちに、あえて本件家屋に入居したことは、執行吏の占有を侵害し、その差押の標示を無効ならしめたものとして封印破棄罪にあたるものといわざるを得ない」
事案です。家屋を実際に占有していたのは被告人でしたが、執行にあたった執行吏代理が、債務者の占有だと誤認して、仮処分の執行と公示をしました。執行吏は、現在の執行官です。被告人は、取消しを得ないうちに、その家屋に入居しました。最高裁は、二つを確かめました。一つ目、執行側に、故意に第三者の権利を侵害する目的があったか。二つ目、瑕疵が重大かつ明白で、執行行為そのものが、無効か不存在か。どちらでもなければ、第三者の占有も制限を受けます。取り消したければ、執行方法の異議や、第三者異議の訴えで求めるしかありません。執行方法の異議は、執行の手続の誤りを、裁判所に申し立てて正してもらう手続です。第三者異議の訴えは、執行された物に権利のある第三者が、その執行を許さないよう求める訴えです。
図:瑕疵のある表示の扱い
問いです。執行官が占有者を取り違えていた。表示は間違いだから、無視して入居してよいでしょうか。間違いなら、無視してもよさそうですが、それだと、自力で決めることになってしまいます。重大かつ明白な、当然無効の場合を除いて、表示は有効です。争うなら、法律上の救済手続で争います。自力で無視してはいけません。前々回までの95条の職務の適法性と並べると、どちらも、書かれていない要素を、解釈で補う論点です。次に、故意です。判例を見ます。
判例最高裁判所判決(昭和32年10月3日・刑集11巻10号2413頁)
96条の故意 「刑法九六条の公務員の施した差押の標示を損壊する故意ありとするには、差押の標示が公務員の施したものであること並びにこれを損壊することの認識あるを以て足りる」 「……仮りに被告人が法律上無効であると誤信してこれを損壊したとしても、それはいわゆる法律の錯誤であつて、原判決の説示するように差押の標示を損壊する認識を欠いたものということのできないこと多言を要しない」
事案は、市の収税吏員が、法律上有効に施した滞納処分の差押えの標示を、被告人が損壊したものです。原審は故意を否定しましたが、最高裁は、これを破棄しました。要点は、公務員が施した表示だと分かっていて、損壊する認識があれば、故意は足りる、ということです。法律上無効だと思い込んでいても、それは法律の錯誤です。何が貼られているかという事実は分かっていて、誤ったのは、その効力の法的な評価だけだからです。前回、法律の錯誤とは、事実は正しく分かっているのに、それが法に触れないと思い違いをすることだ、と確かめました。故意に要るのは、事実の認識です。違法性の意識そのものは、故意の要件ではないので、評価を誤っても、故意は消えません。
図:設例Gの変形
設例Gを変えます。一つ目。Gさんが、手続に不備があるから差押えは無効だ、と思い込んで、機械を運び出しました。実際には、有効な差押えでした。前回の設例Iで、押印が無いから令状は無効だ、と考えた思い込みと、同じ形です。あちらでも、三つの説のどれを採っても、故意はありました。二つ目。貼ってあるのが、差押えの表示だと気づかず、ただの荷札だと思って剥がしました。事実の認識を欠くので、故意がなければ罰しない、という38条1項のとおり、成立しません。参考までに、表示の効力にも、限界があります。土地だけを対象とする仮処分なのに、建物への出入りまで禁じた事案で、命令の範囲を越えたその部分については、是正が得られない間も、建物を使う権利のある者は、正当な事由があれば、通常の使用方法に限って出入りできる、とした判決があります。重大かつ明白でなければ有効、というのは、命令の範囲の中での話です。
強制執行妨害の罪——4つの角度
図:96条の2から96条の5の一覧
二本目の柱です。強制執行は、債権者に債権の満足を与えるための、国の手続です。それを妨げる行為を、財産、現場、売却、報酬目的という四つの角度で押さえるのが、96条の2から96条の5です。まず、財産です。96条の2を、全文で見ます。
条文刑法96条の2
刑法96条の2(強制執行妨害目的財産損壊等) 強制執行を妨害する目的で、次の各号のいずれかに該当する行為をした者は、三年以下の拘禁刑若しくは二百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。情を知って、第三号に規定する譲渡又は権利の設定の相手方となった者も、同様とする。 一 強制執行を受け、若しくは受けるべき財産を隠匿し、損壊し、若しくはその譲渡を仮装し、又は債務の負担を仮装する行為 二 強制執行を受け、又は受けるべき財産について、その現状を改変して、価格を減損し、又は強制執行の費用を増大させる行為 三 金銭執行を受けるべき財産について、無償その他の不利益な条件で、譲渡をし、又は権利の設定をする行為
読み方は三つです。一つ目、目的犯です。故意とは別に、強制執行を妨害する目的が要ります。財産を隠したり、安く譲ったりすること自体は、普段の取引でも起こります。強制執行を妨害する目的があるときに限って、国の手続への攻撃として罰するので、目的で絞っています。二つ目、一号は財産を隠す、壊す、仮装する。二号は現状を変えて価値を落とし、執行の費用を増やす。三号は只同然で身内などに渡す行為です。三つ目、三号は、情を知っていた相手方も処罰されます。差押えを受けるおそれのある財産も含みます。自作の例です。差押えを受けそうな土地に、産業廃棄物を山積みして、売却価格を下げ、撤去の費用を増やしました。第二号の、現状の改変による価格の減損と、執行費用の増大です。
図:96条の3から96条の5の一覧
次は、現場と、売却の罪を見ます。まず、現場です。96条の3を、全文で見ます。
条文刑法96条の3
刑法96条の3(強制執行行為妨害等) 偽計又は威力を用いて、立入り、占有者の確認その他の強制執行の行為を妨害した者は、三年以下の拘禁刑若しくは二百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。 強制執行の申立てをさせず又はその申立てを取り下げさせる目的で、申立権者又はその代理人に対して暴行又は脅迫を加えた者も、前項と同様とする。
1項は、偽計又は威力で、立入りや占有者の確認など、強制執行の行為を妨害する罪です。目的は要りません。2項は、申立てをさせず、又は取り下げさせる目的で、申立権者やその代理人に、暴行や脅迫を加える罪で、こちらは目的犯です。1項は、執行の現場そのものを守り、2項は、執行が始まる入口を守っています。次に、売却です。96条の4を、全文で見ます。
条文刑法96条の4
刑法96条の4(強制執行関係売却妨害) 偽計又は威力を用いて、強制執行において行われ、又は行われるべき売却の公正を害すべき行為をした者は、三年以下の拘禁刑若しくは二百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
売却の公正を害すべき行為、と書かれているので、公正を害するおそれのある行為で足ります。たとえば、競売にかかった家に、偽の賃借人を住まわせ、買い手を寄せつけないようにする行為です。最後に、報酬目的の96条の5を、全文で見ます。
条文刑法96条の5
刑法96条の5(加重封印等破棄等) 報酬を得、又は得させる目的で、人の債務に関して、第九十六条から前条までの罪を犯した者は、五年以下の拘禁刑若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
三つ弁別します。一つ目、加重対象は、96条から96条の4までの罪で、96条の6は含まれません。条文が、前条まで、と書いているからです。次に、人の債務とは、他人の債務です。自分の債務を、報酬目的で妨害しても、加重にはならず、基本の罪です。最後に、報酬は、自分が得る場合だけでなく、第三者に得させる場合も含みます。報酬をもらって、他人の競売物件に居座る、いわゆる占有屋が典型です。法定刑は、五年以下の拘禁刑若しくは五百万円以下の罰金で、併科もあります。一つだけ、旧条文の判例に触れます。旧96条の2は、強制執行を免れる目的の罪でした。最高裁は、現実に強制執行を受けるおそれのある客観的な状態が必要で、執行名義、つまり強制執行をしてよいと認める確定判決などの文書がなく、債権者が提訴しただけの段階では、基本となる債権の存在が肯定されなければ成立しない、としました。強制執行が現実に来るおそれのない段階で財産を動かしても、守っている強制執行は、まだ危うくならないからです。押さえるのは、目的だけでなく、強制執行を受けるおそれという客観的な状態が要った、という点です。旧条文の判例なので、現行の96条の2に、同じ形で当てはまるかは、断定しません。
96条の6——公の競売・入札と談合
図:96条の6の構造
三本目の柱です。条文を、全文で見ます。
条文刑法96条の6
刑法96条の6(公契約関係競売等妨害) 偽計又は威力を用いて、公の競売又は入札で契約を締結するためのものの公正を害すべき行為をした者は、三年以下の拘禁刑若しくは二百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。 公正な価格を害し又は不正な利益を得る目的で、談合した者も、前項と同様とする。
一項が公契約関係競売等妨害罪、二項が談合罪です。保護法益は、公の競売や入札の公正です。公のとは、国や地方公共団体など、公的機関が行うもので、民間の入札は含みません。一項の手口は、業務妨害罪の回で見たのと、同じ言葉です。偽計は、人を欺いたり、相手の知らないことにつけこんだりすること、威力は、人の意思を制圧するに足りる勢力を示すことでした。見えない形か、見える形か、で分けたのでした。条文は、公正を害すべき行為、と書くので、公正を害するおそれのある行為で足ります。二項に入る前に、前回の復習です。95条2項の職務強要罪は、公務員が処分をしなくても成立しましたか?目的犯とは、何が要件の罪のことでしたか。
成立します。目的が要件で、その目的を遂げる必要はありません。談合罪も、同じ目的犯の形です。目的は、公正な価格を害する目的か、不正な利益を得る目的か、どちらかです。
図:談合の3語
三つの言葉を、確認します。談合とは、競争に加わる者が、たがいに通謀し、特定の者を落札者にするため、他の者は一定の価格以下、または以上に、入札しないことを協定することです。入札の前に、勝者を決めてしまう打ち合わせです。談合は、複数人の通謀が構成要件上必須の、必要的共犯でもあります。既遂の時期は、協定をしただけで足ります。協定に従って、実際に入札したことは、要りません。協定だけで足りるのは、守っているのが入札の公正で、勝者を前もって決めた時点で、公正な競争が失われる危険が生じるからです。判例は、談合罪は、協定だけで成立する、としています。主体は、競買の希望者に限られず、自分と特別な関係にある希望者に、影響を及ぼせる地位の者でもよく、希望者全員が談合に参加することも、必要ではありません。不正な利益は、談合による利益が、社会通念上、祝儀の程度を越えて、不当に高額な場合をいいます。次は、公正な価格です。二つの説があります。
図:公正な価格の2説
競争価格説は判例の立場で、その入札で公正な自由競争により形成されたであろう落札価格です。適正利潤価格説は有力説で、最も有利な条件の者が、実費に適正な利潤を加えた額で落札すべかりし価格です。公正な価格を害する、とは、これを引き下げるか、引き上げることです。結論の差を、自作の設例Hで見ます。過当競争で、談合がなければ、原価割れの安値で落札されそうな入札があります。業者らが協定して、落札価格を、適正利潤を加えた額まで引き上げました。競争価格説なら害する、適正利潤価格説なら害しない。両説の定義から、結論が分かれます。適正利潤価格説は、原価割れの安値まで守る必要はない、と考えます。判例が競争価格説を採るのは、入札が、価格を自由な競争で決める仕組みだからです。何が適正な利潤かを、業者どうしの協定で決めてよいことにはなりません。問いです。談合罪の二つの目的のうち、公正な価格を害する具体的な危険まで要るのは、どちらでしょうか。判例を見ます。この判決は、当時の条文の番号で書かれていて、現在の96条の6第2項に当たります。
判例最高裁判所判決(昭和32年1月22日・刑集11巻1号50頁)
危険犯の二分(現96条の6第2項・当時は96条ノ3第2項) 「これを得る目的をもつて成立する罪も、右法条前段の場合と同じく入札の公正を害する危険あるがゆえに処罰の対象となるのであるが、ただこの場合の危険は抽象的に存すれば足り、前段の場合のように、公正な価格を害する具体的危険あることを必要としないと解するを相当とし」
判決の言う、これを得る目的とは、不正の利益を得る目的です。右法条前段とは、公正な価格を害する目的の談合です。つまり、公正な価格を害する目的の談合には、公正な価格を害する具体的な危険が要り、不正な利益を得る目的の談合は、危険が抽象的に存すれば足ります。どちらも、入札の公正を害する危険があるから罰する点は同じです。前回の言葉で言えば、前者は具体的危険犯、後者は抽象的危険犯です。具体的な危険が要るとは、その事件で、危険が本当に生じたかを確かめる、ということです。公正な価格を害する目的の談合は、価格を守る罪なので、設例Hなら、協定した額が、自由競争で付いたはずの価格から、実際に離れるおそれがあったかまで確かめます。不正な利益を得る目的の談合は、祝儀の程度を越える利益を、談合でやり取りすること自体が、入札の公正を害するので、そこまでは確かめません。答えは、公正な価格を害する目的のほうです。
業務妨害罪との棲み分け——公務のどこを誰が守るか
図:手口と対象の振り分け
最後に、整理します。ここで、業務妨害罪の回を思い出してください。強制力を行使する権力的公務は、業務妨害罪の、業務に含まれるでしょうか?含まれない、でした。95条は、公務員への暴行や脅迫だけを罰します。業務妨害罪は、偽計や威力で業務を妨害しますが、権力的公務は、その業務に含まれません。強制執行は、まさに権力的公務です。すると判例の枠組みでは、強制執行に偽計や威力で立ち向かう行為は、95条にも、業務妨害罪にも、当たりません。そこに、96条の3や96条の4が、処罰規定を置きました。穴を埋める条文、という整理です。ただし、業務妨害罪の回で見た修正積極説のように、偽計なら権力的公務も業務妨害罪で守る、という立場に立てば、偽計の場面は、業務妨害罪とも重なります。公の競売や入札の公正を受け持つのは、96条の6の一項です。
図:どの条文で処理するか
事例を四つ、考えてください。軸は、手口と、対象です。一つ目。執行官が、債務者本人かを確かめに来た場面で、偽名を名乗って、占有者の確認を妨げました。二つ目。差押えの表示を残したまま、差押物を運び出して売りました。三つ目。市の入札で、参加業者三社が、A社に落札させる、と協定しました。四つ目。市の入札会場で、他の参加者を怒鳴りつけて、入札を辞退させました。条文で言えば順に、96条の3の一項、96条、96条の6の二項、同じく一項です。権力的公務と業務妨害罪の関係は、論文で論点になりえます。
今日の整理
図:今日の整理
まとめます。一つ目。96条は、損壊のほかに、その他の方法により、命令や処分を無効にした場合を罰します。搬出、売却、入居が、その例です。二つ目。表示に瑕疵があっても、重大かつ明白な、当然無効でなければ有効で、自力で無視してはいけません。無効だと思い込んだのは、法律の錯誤です。三つ目。96条の2から96条の5は、財産、現場、売却、報酬目的の四つの角度で、強制執行を守ります。四つ目。96条の6は、公の入札の公正を守り、談合は目的犯で、公正な価格は、判例は競争価格説です。五つ目。危険犯として、公正な価格を害する目的は具体的な危険、不正な利益を得る目的は抽象的な危険で足ります。一本の線にまとめます。95条は、公務員に向けられた暴行や脅迫を罰して、公務を守りました。96条以下は、公務が作った効果、つまり、表示が示す処分の効力、強制執行の働き、公の入札の公正を守ります。見るのは、壊したかではなく、効果を失わせたかです。
参照条文
- 刑法96条
- 刑法96条の2
- 刑法96条の3
- 刑法96条の4
- 刑法96条の5
- 刑法96条の6