捜査とは何か——意義・捜査機関・手続の全体像
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第2章 捜査 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
捜査とは何か——目的から読む
図:捜査の定義を分解したボード
捜査という活動には、3つの要素があります。1つ目は、目的です。起訴するかしないかを、正しく判断すること。そして、公判を最後までやり抜けられるように、準備することです。2つ目は、その道具としての、証拠を見つけて集めること。3つ目が、犯人を見つけて確保することです。そこが、今日いちばん最初の誤解ポイントです。捜査は、懲らしめのための活動ではありません。公判で、有罪か無罪かをきちんと決められるようにする。そのための準備活動です。目的を知らずに手段だけ暗記すると、丸暗記になるからです。この先出てくる令状主義も、任意捜査の限界も、バラバラの知識になってしまいます。
夕食の献立を決めずに、食材だけ買い込んだとします。捜査も同じです。公判という「献立」を見据えずに証拠を集めると、何のために集めたのか、後で分からなくなります。これから見る手段は全部、この目的から逆算されています。
189条2項を読み直す——2つの柱と、義務という顔
図:189条2項を2つの角度から読むボード
できます。実は、この条文を見るのは3回目です。ただ、今日は別の角度から読みます。全体像の回では「いつ捜査が始まるか」の根拠として見ました。
条文刑事訴訟法189条2項
刑事訴訟法第189条2項 司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。
犯罪があると考えたとき、という意味でした。2点あります。1つ目は、「犯人及び証拠」です。さっき見た、捜査の目的の2本柱が、そのまま出てきています。なぜ「及び」でつながっているか、考えてみましょう。犯人だけ捕まえても、証拠が無ければ有罪にできません。証拠だけそろっても、犯人が分からなければ起訴できません。このあと証拠集めのカタログを見ますが、その手前にこの「及び」があることを、覚えておいてください。「捜査するものとする」という語尾です。「してもよい」という意味ではありません。これは、義務を表します。要件を満たせば、司法警察職員は捜査しなければなりません。動くかどうかを、自由に選べるわけではないんです。
犯罪があると思料した以上、動かないという選択肢はありません。
在宅事件と身柄事件——10人に3人という数字
図:在宅事件と身柄事件を対比したボード
犯人が分かれば即逮捕、というイメージも、よくある誤解です。ここから被疑者という呼び名を使います。全体像の回で見た、起訴される前の呼び名です。捜査の対象になった人のこと。そこが大事です。その被疑者の置かれ方に、2通りあります。1つは、在宅事件です。住所だけ把握して、日常生活を続けさせながら捜査します。もう1つは、身柄事件です。逮捕・勾留で、身体を拘束したまま捜査します。思い出してください。捜査の目的は、公判の準備でした。逃げられてしまえば、公判そのものを開くことができません。証拠を消されてしまえば、公判で立証できません。だから、そのおそれが大きいときだけ、身柄を取ります。
身体の拘束は、それだけ強い処分です。そこを、数字で崩しておきましょう。被疑者になった人のうち、逮捕にまで進むのは、だいたい10人に3人くらいと言われています。逮捕は、むしろ例外的な強い処分です。大半の事件は、身柄を取らずに、在宅のまま進みます。凶器を使った強盗は、証拠隠滅や逃亡のおそれが大きいです。身柄事件になりやすい類型ですが、あくまで傾向です。
誰が捜査するか——警察・検察官・検察事務官
図:捜査機関の役割分担を示したボード
警察官だけではありません。捜査機関は3者に分かれます。189条2項を根拠に、第一次的に捜査するとされているのが、司法警察職員です。多くは警察官ですが、海上保安官のように、特定の分野だけを担当する人もいます。検察官も、必要と認めれば自分で捜査できます。こちらは二次的・補充的な立場です。今日は「捜査の場面で誰が何をするか」だけに絞ります。検察官の指揮を受けて捜査する検察事務官もいますが、これも名前だけ押さえてください。現場に最初に駆けつけられる人数と配置が、警察のほうにあるからです。検察官が、全国すべての事件に自分で乗り出す体制には、なっていません。
通報を受けて最初に駆けつけるのは、警察官です。事件が複雑だったり重大だったりすれば、検察官が自ら捜査に加わることもあります。
なぜ証拠がいちばん大事か——317条までの道筋
図:捜査から有罪無罪までを貫くフローを示したボード
刑事手続の全体が、証拠を中心に組み立てられています。一本の道筋で説明します。まず、捜査で証拠を集めます。次に、その証拠をもとに、起訴するかを検察官が判断します。起訴したら、その証拠で公判を維持できるかが問われます。最後、裁判所が有罪か無罪かを判断します。そのとき、317条という条文が効いてきます。証拠に基づいてしか判断してはいけない、と定めているんです。防犯カメラの映像も、指紋も、目撃者の話も無ければ、「あの人が犯人らしい」だけでは、有罪にできません。この条文は、証拠法をまとめて扱う回で、正面から見ます。今日は名前だけです。
あります。この道筋を知っておくと、捜査がなぜここまで手段を作り込むのか、理由が見えてきます。だから、次に見る「証拠の集め方」が、今日いちばんの山場になります。
物を集める——押収・捜索・電磁的記録提供命令
図:押収・捜索・電磁的記録提供命令を整理したボード
ここからは、「集める対象の性質によって、使える手段が決まる」という見方で見ていきます。まず、証拠が「物」であるときです。犯人は逃げるとき、カッターナイフを現場に落としていきました。物の占有を捜査機関が取得する処分を、押収と呼びます。2種類あります。落としていったカッターナイフのように、対象者の意思に反しない形で取得するもの。これを領置と呼びます。遺留物や、本人が任意に提出した物です。無理やり奪うわけではありません。後日、犯人の自宅を調べて、隠していた別の凶器を見つけたとします。本人が渡したくないと思っていても、強制的に取得する。これが差押えです。
対象者の意思に反するかどうかで、強制の強さが変わるからです。この発想は、あとで出てくる強制・任意の区別の原型にもなります。そこがポイントです。どこにあるか分からない物を取るには、まず「探す」処分が要ります。これが捜索です。役割で覚えてください。見つけるための処分が捜索、持っていくための処分が押収です。捜索そのものは、物を取得する処分ではありません。差押えの前には、たいてい捜索がセットになります。コンビニに残る来店客のデータも、まさに証拠になりうるものです。データのような電磁的記録の場合、サーバーごと押収するのではなく、必要な範囲のデータだけ、提供してもらう手段があります。
別の手段です。電磁的記録提供命令と呼ばれています。実は、最近の改正で、名前が変わりました。もし手元の教科書に記録命令付差押えと書いてあったら、それは改正前の名前です。狙っている対象は同じ、電磁的記録です。ただ、名前が変わっただけではありません。記録媒体ごと差し押さえる形から、必要なデータを提供させる形に、組み替えられました。オンラインでの提供も、できるようになっています。詳しい改正の中身は、捜索・差押えを正面から扱う回にまとめます。どれも、対象者の意思をどこまで無視できるか、令状が要るかどうかも、それぞれ違います。板にまとめておきますので、あとで見比べてください。
現場を集める——検証と実況見分
図:検証と実況見分の対比を示したボード
現場の状態は、それ自体が重要な証拠になります。コンビニの防犯カメラの位置や、店内の破損の様子です。こうした「状態」は、押収できません。占有を移せる「物」ではないからです。その場の状態を、目で見て、耳で聞いて、というように、身体の感覚を働かせて認識し、記録する。そのための処分が、別に用意されています。強制的に行えば検証、任意で行えば実況見分です。ここは、試験でよく狙われるところです。中身はまったく同じ行為です。店側の立会いのもとで、任意に確認させてもらえば、実況見分。店側の協力が得られず、令状で強制的に確認すれば、検証。
条文の言葉では、身体の感覚を働かせて性質や状態を認識することを、「五官の作用」と表現します。目・耳・舌・鼻・皮膚、その5つの感覚のことです。押収は「取得できる物」を前提にした処分です。現場の状態は取得できないので、押収の枠組みに乗りません。だから別の処分類型が用意され、強制か任意かであえて呼び分けているんです。実務上は、犯罪捜査規範という規則の104条が根拠として挙げられます。ただ、これは法律ではなく、警察庁が内部で定めたルールです。
専門知識を借りる——鑑定嘱託・鑑定留置・鑑定処分
図:鑑定嘱託・鑑定留置・鑑定処分を整理したボード
指紋の鑑定のような専門的な分析は、専門家に任せます。指紋の鑑定を、科学捜査研究所に依頼する。これを鑑定嘱託と呼びます。鑑定嘱託に令状は要りません。相手の専門家が、任意に応じてくれるからです。もし断られても、別の専門家に頼めばよいだけです。あります。仮に、コンビニ強盗で捕まえた被疑者に、精神状態の疑いがあり、長期間の観察が必要だとします。その間、身体を拘束しておく必要が出てきます。これが鑑定留置です。鑑定留置は、身体を拘束する点で、重みが違います。だから、逮捕や勾留とは別枠の、強制処分として扱われます。
身体検査や死体の解剖など、鑑定に必要な処分そのものを、鑑定処分と呼びます。ただし、相手の同意がないまま体を調べたり解剖したりするわけですから、捜査機関の一存ではできません。裁判官の許可を受けたうえで行います。許可がなければできない——だから、強制の側なんです。3つセットで、「専門知識を借りる」ためのカタログとして覚えておいてください。
団体に聞く、言葉を集める——照会・取調べ・証人尋問
図:公務所等への照会・取調べ・証人尋問を整理したボード
物でも、人の話でもない、「団体が持っている情報」というカテゴリーがあります。これを尋ねる手段が、公務所等への照会です。実務では「捜査関係事項照会」と呼ばれます。任意です。応じてもらえなければ、それまでです。店員さんや目撃者から話を聞くのは、取調べです。被疑者に対しても、被疑者以外の人に対しても行います。「言葉」、つまり供述が証拠になる場面です。そこで登場するのが、第1回公判期日前の証人尋問です。裁判官に請求して、証言してもらう手続です。供述証拠は、相手の協力がなければ、直接取得できません。応じてもらえない場合の担保として、この迂回路が用意されているんです。
これで、証拠収集のカタログが、一通りそろいました。
動かない証拠と、ズレうる証拠
図:客観的証拠と供述証拠を対比したボード
あります。もう1つ、大事な対比です。時間が経っても変わらない証拠と、変わりうる証拠があります。これを客観的証拠と呼びます。動かない証拠です。一方、人の記憶や発言にもとづく証拠は、供述証拠です。見間違い、記憶違い、忘却、ときには虚偽まで、いろいろな要素が混じりえます。そこが、もう一つの大きな誤解ポイントです。「なぜこの店を狙ったのか」。「共犯者と何を話し合っていたのか」。これは、本人に聞かなければ分かりません。だから、供述証拠に頼らざるを得ない場面が、必ず出てきます。では、ここで1つ、確認してみましょう。
別の事件を考えます。空き巣事件で、窓ガラスに残った靴跡を写真に撮って、証拠として残すとします。これは、押収でしょうか、検証でしょうか。靴跡という「物」を取得しているのではなく、その場の状態を記録しているので、押収ではなく、検証、または実況見分にあたります。
身体の拘束——逮捕3類型と勾留
図:逮捕3類型と勾留を整理したボード
証拠収集と並ぶ、もう1本の柱があります。身体の拘束です。189条2項の「犯人及び証拠」を思い出してください。もう一方の「犯人」を確保するのが、この柱です。逮捕には、3つの類型があります。裁判官があらかじめ出した令状による通常逮捕。犯行中の現行犯人と、犯行の直後でそれと分かる準現行犯人を、令状なしで捕らえる現行犯逮捕。重大な事件で急を要し、令状を先に取れないとき、理由を告げてまず捕らえる緊急逮捕。この3つです。その場で取り押さえられていれば、現行犯逮捕。逃げきったあと、防犯カメラから犯人が特定されれば、令状を取って通常逮捕、という流れになります。
逮捕に続いて、より長期の身体拘束が行われます。これが勾留です。今日は、名前と、位置づけだけを押さえてください。逮捕・勾留の要件や、細かい時間制限は、別の回でじっくり扱います。
強制捜査と任意捜査——2つの系統を一覧する
図:対象の性質と任意・強制のマトリクスボード
今日見てきた手段は、実は全部、この2つの系統のどちらかに分類できます。対象者の同意や承諾を得て行うのが、任意捜査。同意や承諾がなくても行えるのが、強制捜査です。例えば、領置や、実況見分、鑑定嘱託、公務所等への照会は、任意です。さっき見た取調べも、任意の側に入ります。一方、差押えや捜索、電磁的記録提供命令、検証、鑑定留置、鑑定処分は、強制にあたります。あちらは、正当な理由なく拒めば、身柄を引っ張ってこられたり、お金の支払いを命じられたりします。応じるかどうかを、本人が選べないんです。だから、強制の側です。
そこが分かれ目です。同じ「話を聞く」でも、断れるかどうかで、任意と強制に分かれます。逮捕・勾留も、どちらも強制です。相手の意思にかかわらず、身体を拘束しますから。細かい一覧は、板にまとめておきます。今日は、「対象の性質ごとに、任意側と強制側の両方が用意されている」という見取り図だけ持ち帰ってください。強制捜査は、重要な権利や利益を、相手の意思に反して侵害・制約できてしまいます。だから、法律に根拠が書かれていることと、原則として令状があることが、必要になります。あります。197条1項のただし書きに、その原則が書かれています。どこからが強制で、どこまでが任意か——その境界線だけを正面から扱う回が、この先にあります。今日は、2つの系統があることと、代表例までです。
将来の犯罪への捜査は許されるか
図:「思料するとき」の射程を示したボード
基本的にはそうです。でも、189条2項をもう一度、思い出してください。「犯罪があったとき」ではありません。「犯罪があると思料するとき」です。過去に起きた犯罪だけに限定した書き方ではないんです。漠然と「いつか誰かが何かするだろう」では、さすがに無理です。ただ、発生することが高い確率で見込まれ、被疑事実がある程度特定できる場合まで来ていれば、捜査の必要性は、すでに起きた犯罪と変わらない——そう考えるのが一般的です。正面から答えた判例はありません。ただ、ヒントになる決定が1つあります。
判例最高裁第一小法廷決定 平16・7・12(刑集58巻5号333頁・百選10)/判旨の要旨
おとり捜査は、任意捜査として許されるか 少なくとも、直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは、刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されるものと解すべきである。
そこが大事なところです。読み上げると、3つ付いています。1つ目、直接の被害者がいない薬物犯罪などであること。2つ目、通常の捜査方法だけでは摘発が難しいこと。3つ目、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる人が相手であること。「誰にでも仕掛けてよい」という意味ではありません。何もするつもりのなかった人に犯意を植えつける、という形は、ここには入っていません。ただし、この3つは、「おとり捜査そのものが許されるか」の条件です。「将来の犯罪を捜査できるか」の条件ではありません。おとり捜査というのは、これから起きる取引を待って捕まえる手法です。その時点では、まだ犯罪は起きていません。
この決定は「将来の犯罪も捜査できる」とは一言も言っていません。けれども、まだ起きていない犯罪に向けた活動を任意捜査として認めた以上、捜査の対象が過去の犯罪だけに限られるとは考えていない——そこまでは読み取れます。そこを混ぜてしまうと、答案で「判例は〜と述べている」と書いたときに、述べていないことを述べたことにしてしまいます。おとり捜査そのものの当否は、別の回でじっくり検討します。
今日の地図(保存版)
図:4本柱をまとめたボード
今日渡した4本柱を、振り返りましょう。1つ目、捜査の目的。懲らしめではなく、公判を最後までやり抜けるための準備でした。2つ目、捜査がいつ始まるか。189条2項の「思料するとき」、つまり捜査機関が気づいた瞬間でした。3つ目、証拠収集のカタログです。物なら押収、現場の状態なら検証や実況見分、専門知識なら鑑定、団体の情報なら照会、言葉なら取調べと証人尋問。そして、証拠収集と並ぶもう1本の柱として、身体の拘束もありました。4つ目、強制と任意の2つの系統です。どちらの系統かによって、必要になる縛りが変わる。そこまで見ました。全部に共通するのは、集める対象の性質が、使える手段を決めるということでした。
違法な捜査があったとき、どう対処するのか。そして、捜査という活動自体をどう捉えるのか。もう1段深い話に入ります。
参照条文
- 刑事訴訟法189条2項