捜査法の見取り図——論点の型・違法捜査への対処・捜査構造論
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第2章 捜査 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
道具が壊れたとき——第2章の地図
図:第2章の3つの型を示した地図ボード
前回の最後、何を約束したか、覚えていますか?前回は、捜査で使う道具を、一通り並べました。押収、検証、鑑定、取調べ。今日は、その道具が壊れた使われ方をしたとき、何が起きるかを見ます。そこに、もう1つ地図を足します。第2章は、この先30本近く続きますが、問われることは、突き詰めると3つの型に分かれます。1つ目、この処分は強制処分なのか、任意処分なのか。2つ目、任意処分だとして、許される限度を超えていないか。3つ目、違法だとして、どうなるのか。ただ、問い方が違います。1つ目と2つ目は、この先の回で、正面から扱います。今日は、名前と、なぜこの順で問うのかだけ渡します。
もし強制処分だと判断されれば、話は「法律に書かれているか」「令状はあるか」という、形式的な話で決着します。もし任意処分だと判断されれば、話は、比例原則という、実質的な衡量に移ります。判断の道筋が、そこで枝分かれします。今日は3つ目——違法だとして、どうなるのか。ここに、今日の半分以上を使います。そのあと、もう1つの約束——捜査という活動を、そもそもどう捉えるか——に進みます。最後に、前回、あとで詳しく、と言って預けた宿題も、1つ返します。
違法な捜査を罰する条文は、どこにあるか
図:違法な捜査を罰する条文が無いことを示したボード
まず、確認しておきたいことがあります。刑事訴訟法の中を、隅から隅まで探しても、「違法な捜査をしたときは、こうする」という、一般的な条文は、見つかりません。よくある誤解です。多くの人が、漠然と、そう思っています。これが、今日いちばんの背骨です。違法な捜査、それ自体に効果を結びつけた条文は、刑事訴訟法には、置かれていません。何も起きない、ということはありません。そこが、今日の面白いところです。違法は、単独では姿を現しません。必ず、別の制度の判断の中に入り込んで、そこで初めて、効果を持ちます。たとえ話で考えてみましょう。履歴書に、学歴を偽って書いて、入社した人がいたとします。
実は、「学歴詐称そのものを罰する」という条文は、労働法には存在しません。会社の就業規則に基づいて、懲戒解雇される。労働契約が、錯誤や詐欺を理由に、取り消される。場合によっては、私文書偽造として刑事罰に問われる。損害が生じれば、損害賠償を請求される。「学歴詐称を罰する条文」という、1本の条文があるわけではありません。既にある、別々の制度が、その事実を、それぞれの物差しで扱っているだけです。今日のカタログは、まさにこの、「別々の制度」の一覧です。支えになる条文はあります。319条は、強制や拷問、不当に長い抑留のあとの自白など、「任意にされたものでない疑いのある自白」を、証拠にできない、と定めています。
ただ、これは、あくまで「自白」という、特定の証拠についてだけの規定です。「違法な捜査全般」を対象にした、一般規定ではありません。このあと見ていく違法収集証拠排除法則も、実は、条文に根拠が無く、判例が解釈で作り上げた法理です。「違法な捜査そのものを罰する条文が無い」という今日の背骨を、ここでも裏づけています。
今日ずっと使う場面——捜索差押えの現場で
図:警察官・会社役員・検察官・裁判所の関係図
今日は、1つの場面を、最後まで使い回します。ただ、今日の場面は、少し複雑です。ある会社が、補助金の申請書類を偽って、給付金をだまし取った疑いがある、とします。警察官は、捜索差押許可状を得て、疑いをかけられている会社役員の自宅を、捜索します。ところが、捜索の途中、その役員が、制止を振り切ろうとして、令状を執行していた警察官を、突き飛ばしました。警察官は、その場で、役員を、公務執行妨害の現行犯として、逮捕します。もみ合いの中で、役員は転倒し、負傷します。そして、家の中からは、経理帳簿が、差し押さえられます。
後日、この帳簿が、詐欺罪を立証する、中心的な証拠になります。逮捕のあと、検察官は、この役員の勾留を、裁判官に請求します。逮捕に続けて、裁判官の判断で、身柄の拘束を続ける手続です。中身は、専用の回で扱います。ここで、1つ、仮定を置きます。もし、最初の捜索そのものが違法だったとしたら?そこからが、今日の本題です。この1つの仮定だけで、6つの出口が、同時に動き出します。押収された帳簿は戻ってくるのか。逮捕された身柄は、勾留されたままなのか。帳簿は、証拠として使えるのか。突き飛ばしは、本当に公務執行妨害なのか。負傷した役員は、賠償を求められるのか。そして、令状を執行した警察官は、処分されるのか。
この事件を、順番にたどりながら、見ていきましょう。
出口ア——押収された帳簿は、戻ってくるのか
図:刑訴法の中の出口(準抗告/勾留)を示したボード
まず、1つ目の出口です。もし、捜索が違法だったなら、その捜索に基づく押収も、違法です。取り返せる可能性があります。条文を見てください。
条文刑訴法430条1項・2項
刑事訴訟法第430条1項・2項 1項 検察官又は検察事務官のした第三十九条第三項の処分又は押収(電磁的記録提供命令(第百二条の二第一項第一号イに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)を含む。)、押収物の還付、電磁的記録提供命令(同号ロに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)、第二百十八条第三項の規定による命令若しくは第二百二十二条第一項若しくは第五百十三条第六項において準用する第百二十三条の二第一項の規定による複写に関する処分に不服がある者は、その検察官又は検察事務官が所属する検察庁の対応する裁判所にその処分の取消し又は変更を請求することができる。2項 司法警察職員のした前項の処分に不服がある者は、司法警察職員の職務執行地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所にその処分の取消し又は変更を請求することができる。
長いですが、見てほしいのは、3か所だけです。まず、押収という言葉。次に、不服がある者という言葉。そして、取消し又は変更を請求することができる、という結びです。括弧の中の細かい言葉は、気にしなくて大丈夫です。電磁的記録提供命令という制度は、データの証拠を集める場面の話で、また別の回で、正面から扱います。今日押さえるのは、押収された「物」に不服がある人は、その処分の取消しや変更を求められる、という古典的な骨組みです。準抗告と呼びます。1項は、検察官や検察事務官がした処分について。2項は、司法警察職員——つまり警察官——がした処分について。誰が処分したかで、条文が分かれています。
もし捜索・差押えが違法なら、役員は、2項に基づいて、準抗告を申し立てられます。認められれば、処分は取り消され、帳簿は、直ちに還付されます。1つ目の出口——準抗告——は、「物を取り戻す」ための、刑訴法の中の出口です。
出口イ——逮捕された身柄は、勾留されたままなのか
図:刑訴法の中の出口(準抗告/勾留)を示したボード
2つ目の出口——勾留です。現行犯逮捕された役員は、その後、検察官から、裁判官に勾留が請求されます。そこがポイントです。刑訴法は、逮捕に引き続いて勾留を求める——逮捕前置主義と呼ばれる仕組みを採っています。だから、逮捕の手続に違法があれば、勾留の場面で、3つの経路が動きます。1つ目、裁判官が、勾留請求そのものを却下する。却下されれば、検察官の側が準抗告で争えます。2つ目、いったん勾留が決定されても、役員や弁護人の側から、その決定に準抗告できます。3つ目は、少し性格が違います。勾留の理由や必要が無くなったとして、勾留取消しを請求する。87条です。これは、逮捕の違法そのものを理由にする経路ではなく、身柄を拘束し続ける理由が消えたときに使う、一般の出口です。
準抗告は、押収でも、勾留でも使われる、共通の手段です。ただ、対象が違います。押収の準抗告は「物」に対して。勾留の準抗告は「身柄の拘束」に対してです。今日の場面で言えば、もし逮捕の手続が違法だったなら、役員は、身柄を取り戻す方向に、この3つの経路のどれかを使えます。3つ目——いちばん誤解の多い出口に、進みましょう。
出口ウ——帳簿は、証拠として使えるのか
図:証拠排除から無罪までの経路を示したボード
3つ目の出口です。もし捜索が違法だったなら、そこで差し押さえられた帳簿は、証拠として、使えるのでしょうか。ここで働くのが、違法収集証拠排除法則です。違法な手続で集めた証拠は、公判で、排除されることがあります。中身の詳しい要件——どこまでの違法なら排除されるのか——は、別の回で、じっくり扱います。今日は、「排除されたら、その先、どうなるか」を見ていきます。多くの人が、「違法な捜査で集めた証拠だから、無罪になる」と、直線的に考えます。正確ではありません。想像してください。もし、帳簿が証拠から排除されたら、何が起きるでしょうか。
重要な証拠を失った検察官は、2つの対応を迫られます。1つは、自分から公訴を取り消すこと。もう1つは、それでも起訴を維持して、裁判所から無罪判決を受けることです。「違法」から「無罪」まで、実は、間に証拠排除という段階と、立証不能という段階が、挟まっています。ここが、正確な経路です。だから、もし帳簿以外にも、有力な証拠——例えば、共犯者の供述や別の書類——が残っていれば、帳簿抜きでも、有罪になることは、あり得ます。「違法な捜査で集めた証拠が使えなくなる」ことと、「事件全体が無罪になる」ことは、イコールではありません。では、ここで1つ、確認してみましょう。
違法な捜査で集めた証拠が排除されたら、被告人は、必ず無罪になりますか?完璧な答えです。「違法、証拠排除、立証不能、無罪」という経路を、正確にたどってください。
出口エ——突き飛ばしは、本当に公務執行妨害なのか
図:刑訴法の外の出口(公務執行妨害の不成立)を示したボード
4つ目の出口です。ここからは、刑事訴訟法の外に出ます。ここまでの3つ——準抗告、勾留、証拠排除——は、すべて刑訴法の中の制度でした。ここからの3つは、刑法や、国家賠償法など、別の法律の中で問題になります。突き飛ばして現行犯逮捕された、まさにあの場面です。役員は、公務執行妨害の現行犯として、逮捕されました。刑法95条1項は、公務員が職務を執行するに当たり、暴行または脅迫を加えた者を、処罰すると定めています。この条文が成立するには、その公務員の職務が、適法でなければなりません。
そこです。もし、捜索が違法だったなら、その捜索を執行していた警察官の職務は、適法とは言えなくなります。公務執行妨害罪は、成立しません。逮捕の前提そのものが、ぐらついてしまいます。捜索の違法という1つの事実が、今度は、検察側が組み立てた、公務執行妨害という主張の土台を、崩す方向に働きます。これが、「別の制度の中に入り込む」ということの、もう1つの現れ方です。誰の味方をするかは、制度ごとに、変わります。なお、職務の適法性を判断する基準——どの時点の事情を見て判断するのか——には、いくつか考え方の対立があります。中身は、刑法の公務執行妨害を扱う回で、正面から見ます。今日は、「先行する捜査が違法なら、公務執行妨害は成立しない」という、結論の骨組みだけ、持ち帰ってください。
出口オ——負傷した役員は、賠償を求められるのか
図:警察官と検察官、賠償の相手が分かれる関係図
5つ目の出口です。もみ合いの中で、役員は、負傷しました。できます。国家賠償です。条文を見てください。
条文国家賠償法1条1項
国家賠償法第1条1項 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
捜索や逮捕の過程に、過剰な有形力の行使など、違法があり、それによって役員が負傷したなら、この条文に基づいて、賠償を求められます。そこが、面白いところです。条文をよく見てください。賠償するのは、公務員自身ではなく、国又は公共団体です。では、今日の場面で、賠償の相手は、国でしょうか、それとも、都道府県でしょうか。そこ、よくある勘違いです。答えは、都道府県です。あのとき、公安委員会には国家と都道府県の2つがある、と出てきました。都道府県の側があるのは、警察が都道府県ごとに置かれた組織だからです。だから、警察官のほとんどは、都道府県に雇われる、地方公務員です。警察法という法律が、そういう仕組みを作っています。
例外もあります。警視正以上の、ごく一部の階級だけは、国家公務員として扱われます。でも、多くの現場の警察官は、都道府県の職員です。一方、検察官や検察事務官は、最初から国家公務員です。だから、検察官の違法行為なら、賠償の相手は、国になります。この違いは、誰の給料を、どの組織が負担しているか、という、組織の作りから来ています。ここで裁判所が「違法だった」と認定すると、同じやり方を続ければ、また賠償を負うことになります。だから、組織の側は、運用を見直さざるを得ない。刑事手続そのものを動かす出口ではなくても、この先の捜査に、影響を与えるんです。
出口カ——令状を執行した警察官は、処分されるのか
図:懲戒処分・職権濫用の罪・付審判請求を整理したボード
6つ目、最後の出口です。違法な捜索をした警察官自身は、どうなるでしょうか。2つの筋があります。1つ目は、懲戒処分です。地方公務員法や国家公務員法が、懲戒の種類を定めています。4つあります。免職、停職、減給、戒告。地方公務員法と国家公務員法とで、書かれている順番が違うだけで、種類そのものは、同じ4つです。2つ目は、刑事罰です。刑法には、職権濫用の罪という類型があります。公務員が、職権を濫用して、人に義務のないことをさせたり、権利の行使を妨げたりすれば、処罰されます。ただ、ハードルは高いです。なぜなら、この罪が処罰しているのは、捜査が違法だったこと、そのものではなく、職権を口実に、人に義務のないことをさせたり、権利の行使を妨げたりしたこと、だからです。ですから、捜索が違法だった、というだけでは足りず、そこまで言えることが必要になります。今日の場面なら、令状の範囲を超えて役員に何かを強いた、と評価できて初めてです。
そこにも、出口が用意されています。職権濫用の罪について、告訴や告発をした人は、検察官が起訴しない判断をしたことに不服があれば、裁判所の審判に付するよう、請求できます。これを、付審判請求と呼びます。中身は、また別の回で、じっくり扱います。今日は、懲戒処分、職権濫用の罪、そして付審判請求という、名前の並びだけ、押さえておいてください。
6つの出口を並べ替える——今日のいちばんの発見
図:6つの出口を刑訴法の中と外に並べ替えたボード
ここまでで、6つの出口が、すべてそろいました。ただ、これを、このまま6つを並べて覚えるだけでは、もったいないんです。並べ替えると、今日の背骨が、もう一度、証明されます。まず、準抗告、勾留、証拠排除——この3つは、刑事訴訟法の中の出口です。一方、公務執行妨害の不成立は刑法、国家賠償は国家賠償法、懲戒や職権濫用の罪は、地方公務員法・国家公務員法・刑法——こちらの3つは、刑事訴訟法の外にある、別々の法律の中の出口です。並べ替えると、もう1つ見えることがあります。6つは、守っているものが、それぞれ違うんです。
準抗告が取り戻すのは、押収された帳簿——つまり物です。勾留の3経路が取り戻すのは、拘束された身柄——人です。証拠排除が守るのは、公判で事実を認定するときの正確さです。外の3つも同じです。公務執行妨害が成立しないことで崩れるのは、検察側が組み立てた訴追の土台。国家賠償が埋めるのは、負傷した役員が受けた損害。懲戒と職権濫用の罪が正すのは、違法をした公務員個人の規律です。そこが、さっきの学歴詐称と、まったく同じ形です。既にある制度は、それぞれ自分の物差しを持っている。同じ1つの違法を持ち込んでも、返ってくる答えが、制度の数だけ違うのは、そのためです。
あります。中の3つが守るのは、どれもいま動いている刑事手続の中身——物、身柄、認定の正確さです。外の3つが守るのは、その手続の外側にあるもの——訴追の土台、金銭の損害、公務員の規律です。そして、借りるのは法律だけではありません。中の3つは、いま動いているこの刑事手続の中で、そのまま争えます。外の3つは、別の手続を、あらためて起こす必要があります。同じ1つの違法でも、どの窓口へ行くのかが変わります。そして、ここが、今日いちばんの発見です。もし、「違法な捜査を罰する条文」が、刑訴法の中に、1本でもあったなら、わざわざ、こんなに別々の法律に、出口を頼る必要は無いはずです。
これが、「違法な捜査それ自体に効果を結びつけた条文が、刑訴法には無い」という、今日の背骨の、いちばんの証拠です。
なぜ「公訴棄却」だけが、原則ダメなのか
図:公訴棄却が原則認められない理由を示したボード
もっと強い出口、というのは?起訴そのものを無効にする、という手段は、実はあります。その名前も、もう出ています。公訴棄却です。覚えていましたか。被告人が死亡したときなどの場面でしたね。ただ、あのときの公訴棄却は、「被告人という当事者が成り立たなくなった」という理由でした。今日の問いは、まったく別です。「捜査の手続に違法があった」という理由で、公訴棄却できるか、です。判例は、ここに、はっきりと消極的です。まず、1つ目の判例を見てください。
判例最判昭41・7・21(刑集20巻6号696頁)
逮捕手続の違法は公訴提起の効力に影響するか 本件逮捕の手続に所論の違法があつたとしても本件公訴提起の手続が憲法三一条に違反し無効となるものとはいえないことは、当裁判所の判例(中略)の趣旨に徴し明らかであるから、本件公訴の提起を有効であるとした原判決は、正当であり、所論違憲の主張は理由がない。
逮捕の手続に違法があったとしても、それだけで、起訴そのものが無効になるとは、判例は言っていません。もう1つ、判例を見てみましょう。今度は、少年事件です。捜査に時間がかかりすぎて、被疑者が成人になってから起訴され、家庭裁判所の少年審判を受ける機会が、失われた、という事案です。
判例最判昭44・12・5(刑集23巻12号1583頁)
捜査手続の違法性の判断基準と、公訴提起の効力について もつとも、捜査官において、家庭裁判所の審判の機会を失わせる意図をもつてことさら捜査を遅らせ、あるいは、特段の事情もなくいたずらに事件の処理を放置しそのため手続を設けた制度の趣旨が失われる程度に著しく捜査の遅延をみる等、極めて重大な職務違反が認められる場合においては、捜査官の措置は、制度を設けた趣旨に反するものとして、違法となることがあると解すべきである。 仮りに捜査手続に違法があるとしても、それが必ずしも公訴提起の効力を当然に失わせるものでないことは、検察官の極めて広範な裁量にかかる公訴提起の性質にかんがみ明らかであつて
実は、これは、2つの別々の判断です。混ぜないで、1つずつ見ましょう。1つ目は、「捜査そのものが違法かどうか」を判断する基準です。極めて重大な職務違反があるときに限って、違法となることがある、と言っています。単なる遅延では足りません。2つ目が、「捜査に違法があったとして、それが公訴提起の効力を失わせるか」という、別の判断です。こちらは、検察官の起訴するかどうかの裁量が、極めて広い、ということを理由に、効力を当然には失わせない、と述べています。そこが、この判例でいちばん注意してほしい所です。1つ目と2つ目を、直接つなげる言葉を、使っていません。隣り合って書かれているだけです。
ただ、この判例が言っている「必ずしも……当然に失わせるものでない」という言い方は、「絶対に失わせない」とは言っていません。そう理解されています。ただし、ここから先は、判決文の言葉ではありません。「当然には失わせない」という言い方の裏を、学説が読んだ整理です。よほど重い違法があれば、効力に影響が及ぶ余地も理論上は残る、という読み方になります。「極めて重大な職務違反」の基準とは、別ものです。あれは1つ目——捜査そのものが違法かを測る基準でした。こちらは2つ目の話で、判決文には基準の言葉がありません。この読み方の中身は、公訴権濫用論として、別の回で扱います。
だからこそ、実務は、公訴棄却という強い出口ではなく、さっき見た、証拠排除という出口で、対処しているんです。まず動くのは、準抗告や、証拠排除の方です。公訴棄却は、最後の、めったに開かない扉だと思ってください。
捜査という活動を、そもそもどう捉えるか
図:審理の構造との違いを示す弁別ボード
今日、最後の柱です。そもそも、捜査という活動を、どう捉えるか、という話です。実は、似た響きの言葉を、以前、別の場面で聞いています。審理の構造を扱った回で、糾問主義と弾劾主義という言葉を見ましたね。あの回でも、別の似た言葉どうしで、混同するな、という注意を何度もしました。今日も、同じ注意をします。ただ、対象が違います。あのときの糾問主義・弾劾主義は、審理——法廷での裁き方——の構造でした。今日の糾問的・弾劾的というのは、捜査という活動を、どう捉えるか、という話です。
そこ、大事なところです。審理の話は、語尾が「主義」。今日の捜査の話は、語尾が「的捜査観」。今日は、「弾劾主義」という言葉を、審理の話以外では使いません。
図:糾問的捜査観と弾劾的捜査観の対比ボード
では、中身に入ります。この整理は、平野龍一という学者が示した、捜査構造論と呼ばれる考え方です。捜査を捉える見方には、大きく2つあります。1つ目、糾問的捜査観。捜査機関が優越する立場に立ち、被疑者は、捜査の客体——調べられる対象だ、という捉え方です。警察・検察の実務は、この発想に近いと言われます。2つ目、弾劾的捜査観。捜査は、あくまで公判の準備にすぎず、捜査機関と被疑者は、対等な立場。被疑者は、自分の防御を準備する、主体だ、という捉え方です。
学説は、この発想に近いと言われます。そこが、今日、抽象論で終わらせたくないところです。捉え方1つで、具体的な帰結が、まるごと変わります。3つ、見てみましょう。1つ目、取調べ受忍義務です。糾問的捜査観なら、被疑者には、調べに応じる義務がある、となります。弾劾的捜査観なら、そんな義務は無い、となります。今日の役員で言えば、逮捕されたあと、取調べの場に呼ばれて、そこにとどまらなければならないか、という場面です。糾問的捜査観なら、少なくとも席には着く義務がある。弾劾的捜査観なら、そもそも応じる義務が無い、となります。
2つ目、接見交通権。弁護人と会う権利です。糾問的捜査観なら、捜査の必要があれば、広く制限してよい、となります。弾劾的捜査観なら、制限は、最小限にとどめるべきだ、となります。役員が、勾留されたまま弁護人と打ち合わせたい、と言ったとき、捜査の都合で後回しにしてよいか。ここでも、答えが分かれます。3つ目、令状の性質です。弾劾的捜査観に立てば、強制処分の権限は、もともと裁判官にあり、捜査機関は、それを執行するだけだ、と考えます。だから、令状は、裁判官が捜査機関に対して出す、命令状の性質を帯びます。
糾問的捜査観なら、捜査機関自身に、もともと強制処分の権限があり、それを行使してよいか、裁判官が確認するだけだ、と考えます。だから、令状は、捜査機関の求めに応じて出される、許可状の性質を帯びます。捉え方1つで、受忍義務、接見交通権、令状の性質——この3つの答えが、連動して変わります。これが、「捜査観」を学ぶ、ということです。そこが、今日、断定できないところです。現行法は、どちらか一方に、決まっているわけではありません。両者のバランスの上に立っている、と言われます。例えば、判例や実務は、逮捕・勾留されている被疑者に、取調べの場に出頭し、そこにとどまる義務は認めながら、供述する義務までは認めない、という、折衷的な運用を取っています。
この運用の中身は、取調べ受忍義務を扱う回で、じっくり見ます。今日は、「捜査観という物差しがあり、具体的な制度が、そこから帰結する」という見方だけ、持ち帰ってください。
前回の宿題を返す——犯罪捜査規範とは何か
図:犯罪捜査規範の位置づけを示したボード
犯罪捜査規範です。前回、実況見分の根拠として、この規則の104条を挙げましたが、制定した組織については、少し、ざっくりお話ししていました。ここを、正確にしておきます。犯罪捜査規範を定めているのは、警察庁ではなく、国家公安委員会です。まさに、その委員会が定めた、国家公安委員会規則の1つが、犯罪捜査規範です。ここで、大事な位置づけを、3つ渡します。1つ目、これは法律ではありません。国会が作った法律ではなく、行政委員会が定めた、規則です。2つ目、だからといって、違反すれば、直ちに捜査が違法になる、というわけでもありません。
「平気」とまでは言えません。3つ目、違反は、その捜査が違法かどうかを判断する、材料の1つにはなり得ます。前回挙げた104条も、この国家公安委員会規則の中の、1つの条文です。今日は、前回の宿題を、こうして返します。
今日の地図(保存版)
図:今日渡した地図をまとめたボード
今日渡した地図を、振り返りましょう。1つ目、第2章で問われることは、3つの型に分かれる、という地図でした。強制か任意か。任意なら限度を超えていないか。そして、違法だとして、どうなるか。2つ目、今日いちばんの背骨——違法な捜査それ自体に効果を結びつけた条文は、刑訴法には、置かれていません。だから、違法は、必ず別の制度の中でしか、姿を現しません。刑訴法の中の出口——準抗告、勾留、証拠排除。刑訴法の外の出口——公務執行妨害の不成立、国家賠償、懲戒・職権濫用の罪。この6つを並べ替えたこと自体が、背骨の証拠になっていました。
判例は、公訴棄却に、はっきりと消極的でした。ただし、完全に扉を閉じてもいません。だから、実務は、証拠排除という出口で、対処しています。糾問的捜査観と弾劾的捜査観——捉え方1つで、受忍義務、接見交通権、令状の性質という、具体的な帰結が、連動して変わることを見ました。犯罪捜査規範は、国家公安委員会規則。法律ではなく、違反が直ちに違法を意味するわけでもない。でも、判断材料にはなる規則でした。1つの違法が、6つの方向に、同時に波及する。それが、今日、いちばん伝えたかったことです。
参照条文
- 刑訴法430条1項・2項
- 国家賠償法1条1項