刑事訴訟法ゼロから刑事訴訟法#9

強制処分と任意処分の区別①

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骨格捜査の処分は、どこからが「強制」か

  • 1 出発点:197条1項=任意捜査が原則、強制処分は刑訴法に「特別の定め」があるときだけ。「強制の処分」の定義は条文に無い → 解釈に委ねられる(基準を示したのが第4節の決定)。
  • 2 判定で変わるもの:強制と判定されると法定主義・令状主義が加わる。比例原則は強制にも任意にもかかる。
    • 判断の順序:①強制か(振り分け)→ 強制なら②特別の定め ③令状/任意なら④比例原則。
  • 3 かつての線:有形力の行使か法的義務の賦課があれば強制 → 軽い接触まで拾い、写真撮影・通信傍受はすり抜ける。
  • 4 最高裁の線:有形力の有無ではない。「意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて」強制的に捜査目的を実現する行為など。そこに至らない有形力も、必要性・緊急性などを考慮し、相当な限度でだけ許される。
  • 5 手首をつかんだ事件:第一審=逮捕と同様の効果を狙う強制力の行使で違法・公務執行妨害は無罪/控訴審=有罪/最高裁=強制手段に当たるとは判断できず、任意としても不相当とはいえない(有罪維持)。

⚠ 比例原則は強制と判定されて加わるものではない(任意にもかかる)/最高裁は「意思の制圧に至らない」とは書いていない(理由は説得の目的と程度)/第一審も「有形力だから強制」とは書いていない

出発点:197条1項

197条1項は任意捜査を原則とし、強制処分は刑訴法に特別の定めがあるときに限ります。何が「強制の処分」かは、条文に定義がありません。

  • 本文(任意捜査の原則):捜査機関は、捜査の目的を達するのに必要な「取調べ」ができます。
  • ただし書(強制処分法定主義):強制の処分は、刑訴法に「この処分をしてよい」という特別の定めがなければできません。
  • 読み方:ただし書が強制を限られた場合に絞っているので、本文の任意捜査が原則だと読みます。
    • 原則の中身:相手の同意なく重い侵害をする強制捜査は、それに見合う必要がある限られた場面だけ。それ以外は任意捜査で行います。
    • 任意捜査も無制約ではありません(第2節(3)の比例原則)。
  • 呼び方:条文の言葉は「強制の処分」(手段)で、それを用いる捜査が「強制捜査」です。捜査の場面では、ほぼ同じ意味で使われます。
  • 定義が無い:刑訴法は「強制の処分」を定義していません。何が強制かは解釈に委ねられ、その基準を示したのが第4節の最高裁の決定です。
197条1項の「取調べ」198条の「取調べ」
範囲広い=捜査全般(証拠を集める・身体を拘束する活動も含む)狭い=人から話を聞いて、供述を得る活動
例取調べ・捜索・差押え・検証など被疑者からの聴取(被疑者以外の人は223条1項)

例どちらの「取調べ」か

  • 目撃者から話を聞く → 狭いほうの取調べです。被疑者について定めた198条ではなく、被疑者以外の人を定めた223条1項によります。
  • 捜索差押許可状で家を捜索する → 197条1項の広い「取調べ」に入ります。ただし強制処分なので、特別の定め(218条1項)と令状が要ります。

197条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない。

強制と判定されると、何が加わるか

強制処分と判定されると、強制処分法定主義と令状主義が加わります。比例原則は、強制処分にも任意処分にもかかります。

強制処分任意処分求めること(根拠)
強制処分法定主義○―刑訴法の特別の定め(憲法31条)
令状主義○―裁判官が事前に審査して出す令状(憲法33条・35条)
比例原則○○侵害・制約が必要性に見合った相当なものか(197条1項本文)
  • 非対称:強制処分には3つ、任意処分には比例原則だけがかかります。だから、強制か任意かの判定が適法・違法を大きく左右します。
  • 法定主義・令状主義の共通の理由:強制処分は、相手の同意なく重要な権利・利益を侵害・制約するものだから、と説明されます。
    • この「重要な権利・利益」は学説の定式で、第4節の決定の言葉ではありません。のちのGPS捜査の大法廷判決は「憲法の保障する重要な法的利益」と述べています。

(1) 強制処分法定主義:中身は国会が決める

  • 根拠:憲法31条(適正手続の保障)です。処罰する行為を法律で定める罪刑法定主義と、同じ形の考え方です。
① 民主主義的要請② 自由主義的要請
中身国民の代表である国会が、法律で定める中身を事前に法律で明らかにし、国民の行動の自由を守る
言い換え捜査機関が、自分で自分の権限を決めない警察がいつ家に入ってこられるかが分かるので、書かれていない場面では入ってこないと分かる
  • 効いてくる場面:今までに無い捜査手法が強制処分に当たるなら、刑訴法に定めが置かれるまで(立法を待つまで)使えません。

31条|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

(2) 令状主義:裁判官が事前に審査する

  • 令状主義:強制処分には、原則として、裁判官が事前に出した令状が要ります。
    • 司法官憲:憲法33条・35条の言葉で、裁判官のことです。
    • 理由:捜査機関が自分の権限を自分で判断すると、行き過ぎが起きやすいからです。中立公平な裁判官が処分の前に審査します(司法的抑制)。
  • 例外は3つですが、出どころが違うので同じ強さで並べません。
当たるもの出どころ
原則:令状が要る逮捕=逮捕状(199条1項)/捜索・差押え=捜索差押許可状(218条1項)憲法33条・35条
例外①:憲法の明文現行犯逮捕(212条・213条)/逮捕に伴う捜索・差押え(220条)33条「現行犯として逮捕される場合を除いては」・35条1項「第三十三条の場合を除いては」
例外②:判例が合憲緊急逮捕(210条)憲法に「緊急逮捕」の語は無い。最高裁大法廷が、33条の趣旨に反しないとした
  • またがる部分:220条1項後段は、緊急逮捕する場合の捜索・差押えも認めています。この部分は、緊急逮捕を合憲とした判例を経て、はじめて35条の「第三十三条の場合」に乗る、と整理できます。
    • あとで逮捕状が得られなければ、差し押さえた物は直ちに返さなければなりません(220条2項)。

例現行犯逮捕と緊急逮捕

  • 店で万引きをした直後の人を、店員が捕まえる → 現行犯人は「何人でも」逮捕状なしに逮捕できます(213条)。憲法33条の明文の例外です。
  • 強盗の犯人だと疑う十分な理由がある人を、逮捕状を待てない状況で警察官が逮捕する → 緊急逮捕です。長期3年以上の拘禁刑などに当たる罪を犯したと疑う十分な理由があり、急速を要して逮捕状を求められないときに限り、理由を告げて逮捕できます。直ちに逮捕状を求め、出なければ直ちに釈放します(210条1項)。

33条|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

35条|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。2項:捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

(3) 比例原則:令状は免罪符ではない

  • 比例原則:権利・利益への侵害・制約は、必要性に見合った相当なものでなければならない、という原則です。任意捜査の原則も、この原則から出ます。
  • 強制処分にも:令状は「この処分をしてよい」という許可で、「どんなやり方でしてよいか」までは決めていません。
    • 目印:令状は「入っていい部屋」を教えるだけで、ドアを蹴破っていいかまでは教えません。
  • 任意処分にも:法定主義・令状主義はかかりませんが、比例原則はかかります(197条1項本文)。
    • 令状が事前の審査なのに対し、任意処分の相当性は、後から裁判で問われます。

例同じ令状でも、やり方で変わる

  • 逮捕状を示された相手がおとなしく応じているのに、地面に押し倒して手錠をかける → 令状があっても、相当性を欠く方向です。
  • 相手が刃物を振り回して抵抗する → 強い実力行使も許されえます。武器の使用も、警職法7条の「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度」でありえます。
  • 捜索差押許可状による捜索自体は適法でも、必要以上に部屋を荒らす・乱暴な態度を取る → その部分が比例原則に反する余地があります。

(4) 判断の順序

順序問うこと結論
① 強制の処分か強制処分か、任意処分か強制なら②へ/任意なら④へ(ここで違法にはならない)
② 特別の定めがあるか刑訴法に根拠規定があるかあれば③へ/なければ違法
③ 令状主義を守ったか令状があるか(例外に当たるか)守っていれば適法/守っていなければ違法
④ 比例原則に従ったか(任意の側)必要性に見合った相当なものか従っていれば適法/従っていなければ違法
  • 表の強制の側に比例原則の段はありませんが、強制処分の執行にも比例原則はかかります(第2節(3))。
  • 「違法」の先:押収への準抗告、勾留の3経路(却下・準抗告・取消し)、証拠排除、公務執行妨害の不成立、国家賠償、懲戒・職権濫用の罪の6つの出口につながります。
    • 第5節の事件は、このうち公務執行妨害の不成立が争われた例です。

例順序を飛ばさない

  • 裁判官の捜索差押許可状で会社役員の自宅を捜索し、帳簿を差し押さえた → ①強制 → ②特別の定め(218条1項)あり → ③令状あり。さらに執行の相当性も問われます。
  • 「令状さえ取れば適法」は誤り → 刑訴法に定めの無い新しい手法が強制処分に当たるなら、②で止まります。GPS捜査の大法廷判決(最大判平29・3・15)は、現行法のもとで令状を発付することには「疑義がある」とし、立法的な措置が望ましいとしました。
  • 「任意処分なら必ず適法」も誤り → ④で、必要性に見合った相当なものかが問われます。

かつての線:有形力か、法的義務の賦課か

かつては、有形力の行使か法的義務の賦課があれば強制処分とされていました。この線は、軽い接触を拾いすぎる一方、写真撮影や通信傍受をすり抜けさせます。

① 有形力の行使② 法的義務の賦課
意味物理的な実力を使うこと相手に法的な義務を負わせること
念頭にあった例逮捕・勾留、捜索・差押え、検証第1回公判期日前の証人尋問(出頭・宣誓・証言の義務)
  • 刑訴法が定める典型的な強制捜査を、そのまま説明できる素直な基準でした。

(1) 法的義務の賦課:証人尋問は今も強制

  • 第1回公判期日前の証人尋問(226条・227条):捜査段階で、検察官が裁判官に請求し、ある人を証人として尋問してもらう手続です。
    • 226条:捜査に欠くことのできない知識を持つと明らかに認められる人が、取調べ(223条1項)に出頭や供述を拒んだとき
    • 227条:取調べで任意に供述した人が、公判で違う供述をするおそれがあり、その供述が犯罪の証明に欠かせないとき
流れ中身
① 請求検察官が裁判官に請求する。請求を受けた裁判官は、証人の尋問について裁判所・裁判長と同じ権限を持つ(228条1項)
② 召喚:義務が先に生じる証人として召喚されると、出頭・宣誓・証言の義務を負う
③ 拒めば制裁正当な理由なく拒むと、過料(150条・160条)、拘禁刑・罰金(151条・161条)
④ 勾引召喚に応じないときなどは、勾引(152条)=強制的に連れてこられる
  • 強制である理由:義務を負わせ、過料・刑罰で義務を守ることを間接的に強制するからです。この理由で、今でも強制捜査の1つとされています。
    • 裁判官が関与すること自体が、強制である理由ではありません。

例同じ「情報を求める」でも分かれる

  • 検察官が会社に、取引記録の報告を求める(公務所等への照会・197条2項)→ 応じなくても制裁は無く、実務では相手の同意を前提にした任意捜査とされます。
    • 義務を負わせる以上は強制処分とみる見解もあります。ただし物理的な強制力が無いので、令状は不要とします。
  • 事件を見ていた人が取調べを拒み続け、検察官が証人尋問を請求した(226条)→ 出頭しなければ過料・刑罰、さらに勾引があり、強制捜査です。

226条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者が、第二百二十三条第一項の規定による取調に対して、出頭又は供述を拒んだ場合には、第一回の公判期日前に限り、検察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができる。

(2) 有形力の線は、両側から壊れる

① 拾いすぎ② すり抜け
行為の例警察官が、話を聞いている被疑者の肩に軽く触れて注意を引く(有形力=軽い接触)写真撮影、通信の傍受(有形力も、法的義務の賦課も無い)
旧説だと強制処分=法定主義・令状主義の下に置かれる任意処分=法定主義・令状主義の外に置かれる
不都合軽い有形力まで令状が要ることになり、現実的でないプライバシーを侵害するのに、法定主義・令状主義の規制が及ばない
  • ①の裏返しとして、肩に軽く触れるのと、肩をつかんで引きずり倒すのとの重さの違いも、触れたかどうかだけでは出ません。
  • この2つの問題は学説から指摘されました。のちに最高裁の決定も、有形力の有無で線を引く立場を退けています(第4節)。

例すり抜けの典型

  • 電話の会話を、当事者のどちらの同意も得ずに傍受する → 人にも物にも力を加えず、義務も負わせていません。旧説では任意処分になり、法定主義・令状主義の外に置かれます。
    • 今は、刑訴法222条の3が、この傍受を「強制の処分」とし、中身を別の法律に委ねています。
  • 近い判例(有形力の有無ではなく、私的領域への侵入を見た例):GPS捜査の大法廷判決は、端末を所持品に秘かに装着して行う点で、公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりする手法とは異なり、私的領域への侵入を伴うとして、強制の処分に当たるとしました。

(3) 学説の答え:新強制処分説

  • 新強制処分説:個人の権利・利益の侵害を伴う手法は、すべて強制処分だと広く捉え、写真撮影や通信傍受を令状主義で規制しようとする考え方です。
    • 197条1項ただし書の読み方:「特別の定め」の要求は、すでにある強制処分についてのものだと読みます。
    • 後から出てきた手法は、法律に定めが無くても強制処分として認め、令状主義の精神に沿って許される要件を解釈で立てます。将来の立法まで要らない、とする説ではありません。
    • 刑事立法が難しかった時代に、解釈で現実的な解決を示そうとした見解です。
  • 問題点:強制処分は国会が法律で定めるべきだ、という法定主義の民主主義的要請(第2節(1))との関係が問題になります。
    • GPS捜査の大法廷判決は、令状で行う場合の問題(関係のない行動まで把握する・事前に令状を示せない)を解消する手段の選択は、197条1項ただし書の趣旨に照らし「第一次的には立法府に委ねられている」としました。
    • 同じ判決は、解釈で強制の処分として許し、事案ごとに裁判官が令状に条件を付けるやり方は、同項ただし書の趣旨に沿わないともしています。

最高裁の線:意思の制圧と、身体・住居・財産等への制約

最高裁は、有形力を使ったかどうかで線を引く立場を退けました。強制手段とは、意思を制圧し、身体・住居・財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為などです。そこに至らない有形力も、相当な限度でだけ許されます。

  • ① 強制手段とは:有形力の行使を伴う手段という意味ではありません。
    • 個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許すのが相当でない手段です。
    • その程度に至らない有形力の行使は、任意捜査でも許される場合があります。
  • ② 強制手段に当たらない有形力の限界:何らかの法益を侵害し、または侵害するおそれがあるので、いつでも許されるわけではありません。
    • 必要性、緊急性なども考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度で許されます。比例原則を、任意捜査での有形力に当てはめた形です。
  • 判文のどこが要か:学説は「意思の制圧」と「身体、住居、財産等への制約」の2つを重視します。
    • 「強制的に捜査目的を実現する行為」「特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段」は、強制処分の言い換えにすぎず、特別の意味は無いとみます。
かつての線最高裁の決定
何を見るか有形力を使ったか意思を制圧し、身体・住居・財産等に制約を加えたか
肩に軽く触れる強制処分(拾いすぎ)その程度に至らなければ任意。ただし②の相当性が問われる
写真撮影・通信傍受任意処分(すり抜け)有形力が無いことでは決まらない。結論は、この決定の文言からは直接出ない
強制手段に当たらない有形力(規定なし)必要性・緊急性などを考慮し、相当と認められる限度で許される
  • 覚え方(判例の言葉ではない):線は「何に触れたか」ではなく「何を奪ったか」で引かれている。
    • 最高裁は、なぜここに線を引いたかを述べていません。旧説の不都合(第3節(2))は、学説から指摘されたものです。
  • 注意(判例の言葉と平易な言い換え):「強制捜査は、重要な権利・利益を、相手の意思に反して侵害・制約できる」という説明は、この決定の言葉ではありません。答案で「この決定は〜と述べている」と書くときは混ぜません。
  • 「意思を制圧」の読み方:文字どおり読むと、相手に知られずに行う捜査には意思の制圧が無く、任意処分とされかねません。通説的な見解は「相手の明示または黙示の意思に反すること」と読みます。

例有形力と強制・任意は一致しない

  • 「警察官が体に触れたら強制処分」は誤り → 決定は有形力を基準から外しました。手首をつかんだ事件でも、強制手段に当たるとは判断できないとしています。
  • 「体に触れていなければ任意処分」も誤り → GPS捜査の大法廷判決は、合理的に推認される個人の意思に反して私的領域に侵入する捜査手法であるGPS捜査は「個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害する」とし、この決定を引いて強制の処分に当たるとしました。抵抗を力で抑えていなくても、意思の制圧と言った例です。

任意同行中に手首をつかんだ行為は、強制処分か最高裁判所決定強制処分とは何か(判旨)捜査において強制手段を用いることは、法律の根拠規定がある場合に限り許容されるものである。しかしながら、ここにいう強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであつて、右の程度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない。ただ、強制手段にあたらない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。

手首をつかんだ事件を、2つの線で測る

第一審は、手首をつかんだ行為を、逮捕と同様の効果を得ようとする強制力の行使として違法とし、公務執行妨害について無罪にしました。最高裁は、強制手段に当たるとは判断できず、任意捜査としても不相当とはいえないとして、控訴審の有罪を維持しました。

事実手首をつかんだ事件(最決昭51・3・16)

  • 午前4時10分ころ、酒酔い運転で物損事故を起こしました。免許証の提示と、風船に息を吹き込む呼気検査を拒んだため、警察官が警察署へ任意同行しました。
  • 署では免許証はすぐ見せましたが、呼気検査は、道路交通法に基づくと告げられ再三説得されても拒みました。5時30分ころ父が来て説得しても聞かず、「母が来れば応じる」と言ったので、父が母を呼びに帰りました。
  • 母を待つ間の6時ころ、「マッチを取ってくる」と言って急に立ち上がり、出入口へ小走りで向かいました。警察官は左斜め前に近寄り、「風船をやってからでいいではないか」と言って、両手で左手首をつかみました。
  • 本人はすぐに振り払い、警察官の襟首をつかんで肩章を引きちぎり、顔を殴りました。公務執行妨害の現行犯で逮捕されました。
第一審控訴審(原判決)最高裁
手首をつかんだ行為任意捜査の限界を超え、実質上逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使=違法程度もさほど強くなく、捜査の必要性・緊急性に照らし、翻意を促す説得手段として相当な実力行使=逮捕と同様の効果を得ようとする強制力の行使には当たらない強制手段に当たるとは判断できない/任意捜査としても不相当とはいえない
振り払った後の暴行急迫不正の侵害に対するやむをえない行為=正当防衛反撃ではなく新たな攻撃=正当防衛にならない独自の判断なし(原判決の事実認定を前提に、問題は手首をつかんだ行為だとした)
結論公務執行妨害・暴行とも無罪公務執行妨害罪の成立を認めた(有罪)上告を棄却し、有罪を維持
  • 第一審の判文:「実質上…逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使」です。「有形力の行使だから強制処分」とは書いていません。
    • 従来の学説の考え方に基づくものだ、というのは解説書の評価です(判文には無い)。
  • 最高裁の2段の判断(上告理由は退け、職権で判断した部分)
    • 強制か:①呼気検査に応じるよう説得するために行われた ②程度もさほど強いものではない → 「性質上当然に逮捕その他の強制手段にあたる」とは判断できない。
    • 相当か:酒酔い運転の疑いが濃厚/同意を得て任意同行/父を呼んで説得を続け、母の来署を待っていた/急に退室しようとしたので、さらに説得するための抑制の措置/程度もさほど強くない → 捜査活動として許される範囲を超えた不相当な行為とはいえない。
    • 「意思の制圧に至らなかった」とは書いていません。そう読むのは、意思の制圧を字義どおりに読む見解の理解です。
  • 前提になる条文:逮捕・勾留されていない被疑者は、出頭を拒み、出頭後いつでも退去できます(198条1項ただし書)。この事件は、急に退室しようとした場面で、だから手首をつかむ行為が問われました。

例結論を読み違えない・事実を動かす

  • 「最高裁が無罪を覆した」は誤り → 無罪を覆したのは控訴審です。最高裁は上告を棄却し、控訴審の有罪を維持しました。
  • 「基準が変わったから結論が逆転した」だけでは足りない → 控訴審は、振り払った後の暴行を「新たな攻撃」とみて、正当防衛も否定しています。
  • 出ていこうとした人を警察官2人が椅子に押さえつけ、30分そのままにした → 身体への制約が強く続くので、強制手段に当たる方向へ動きます(どこからが強制かは、この決定の文言だけでは決まりません)。
  • 署に着いて5分、酒の匂いもなく、「用事があるので帰る」と言っただけで手首をつかんだ → 疑いの濃さも説得を尽くした経過も無く、必要性・緊急性が軽くなります。相当とは言いにくい方向です。

任意同行中に手首をつかんだ行為は、強制処分か最高裁判所決定第一審の判断(決定が要約した部分)第一審判決は、A巡査による右の制止行為は、任意捜査の限界を超え、実質上被告人を逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使であつて、違法であるから、公務執行妨害罪にいう公務にあたらないうえ、被告人にとつては急迫不正の侵害であるから、これに対し被告人が右の暴行を加えたことは、行動の自由を実現するためにしたやむをえないものというべきであり、正当防衛として暴行罪も成立しない、と判示した。

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