捜索・差押え④関連性と報道機関の取材資料
問い:令状で捜索中に見つけた物を、差し押さえてよいか。別の罪の証拠にもなる物、軽い別件の令状で見つけた物、報道機関の取材テープではどうか。
骨組み
- 1物差しの位置:の「正当な理由」の中に、差押目的物と被疑事実の関連性と、差押えの必要性(解釈の物差し=条文の文言ではない)。の「差し押さえるべき物」は令状の記載事項
- 22つの禁止(最判昭51・11・18):①令状に明示されていない物の差押えは禁止 ②明示された物でも、専ら別罪の証拠に利用する目的での差押えは禁止。関連性は①の代わりにならない(まず記載の範囲内かを見る)
- 3昭51の1段目:恐喝の令状の「暴力団を標章する状、バツチ、メモ等」に、組の賭博を記録したメモが当たる=組の性格・組織的背景を示し、恐喝の証拠になる(原審=当たらない・違法・無罪)
- 4昭51の2段目:腕章・ハッピ・組員名簿等と一緒に押収 → 記載物の一部として差し押さえたと推認・専ら別罪目的の証跡なし → 適法(原判決破棄)
- 5関連性の範囲(解説書):罪体(間接事実を含む)か量刑上重要な情状に関連すれば足りる。別罪にだけ関連する物なら → 専ら別罪目的があったとして違法となろう。判例の結論には反対の学説も少なくない
- 6別件捜索・差押え(裁判例=広島高判昭56・11・26):軽微な別件の令状で捜索 → 通帳は任意提出 →「違法の疑いが強い」が重大な違法とまではいえない。必要性に乏しい捜索なら専ら別罪目的が肯定されうる、は解説書の評価
- 7報道機関・博多駅(最大決昭44・11・26=裁判所の提出命令):の押収拒絶権に報道機関は無い。報道の自由=の保障/取材の自由=21条の精神に照らし十分尊重に値いする → 比較衡量+不利益が必要な限度をこえない配慮
- 8捜査機関の差押え:最決平元・1・30(検察事務官)→ 最決平2・7・9(TBS・司法警察員)。「適正迅速な捜査」の必要性と報道機関の不利益を比較衡量 → どちらも編集・放映を終えた後の差押え(TBSはすべてマザーテープ・日本テレビも「すべて…マザーテープであるとしても」として判断・未放映部分を含む)=報道の機会は奪われない → 適法。TBSはさらに、協力者が放映を了承・犯行を撮り続けた取材
- 9学説の位置づけ:学説=比較衡量は「正当な理由」のうち差押えの必要性の審査。有力説=原則として証拠にしない。解説書=報道の機会そのものを奪えば違法の可能性が大きいであろう。判例=捜査機関の差押えの判例はいずれも放映を終えた後の差押えの事案
色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例の言葉と解説書・学説の整理を混ぜない。「解説書」=このページが拠った基本書の著者の見解(学説一般をいう「学説」「有力説」とは分けて書く)。
1物差しの位置:「正当な理由」と令状の記載条文学説
- :押収は、の場合を除き、「正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状」がなければ許されない。
- 「正当な理由」の中身=特定の犯罪の嫌疑/目的物が捜索場所にある蓋然性/目的物と被疑事実の関連性/捜索・差押えの必要性の4つ(解説書)。関連性・必要性は条文の文言ではなく、「正当な理由」を具体化する解釈の物差し。「正当な理由」は、裁判官が令状を出す段階で審査するもの。
- :令状には、被疑者の氏名、罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所などを記載する=令状の記載事項。
- 令状を持って現場で目の前の物を差し押さえてよいかは、2つの別の問い:①令状に記載された物に当たるか ②(当たるとして)専ら別罪の証拠に利用する目的ではないか(最判昭51=項目2〜4)。関連性で①を置き換えることはできない。
- 令状に記載されていない種類の物でも、被疑事実との関連性・必要性があれば「差し押さえるべき物」に当たる、とする形(記載の範囲内か〔「本件に関係ある…メモ等」なら被疑事件の証拠になるか〕をまず見る。関連性は記載の代わりにならない)
22つの禁止(最判昭51・11・18の一般論)判例条文
- 憲法三五条一項及びこれを受けた刑訴法二一八条一項二一九条一項は、差押は差し押えるべき物を明示した令状によらなければすることができない旨を定めているが、その趣旨からすると、令状に明示されていない物の差押が禁止されるばかりでなく、捜査機関が専ら別罪の証拠に利用する目的で差押許可状に明示された物を差し押えることも禁止されるものというべきである。
- 根拠条文:と、これを受けた・。
- 順番は①が先:令状に明示されていない物は、被疑事実とどれだけ関連していても差し押さえられない。②は、①を通った物(明示された物)にさらにかかる禁止。
- ①の中で被疑事件とのつながりを見ることはある:令状の記載が「本件に関係ある…メモ等」のように被疑事件との関係を含む書き方なら、記載に当たるかを決めるのに、その物が被疑事件の証拠になるかを見る(項目3)。これは記載の文言を読んでいるのであって、記載に無い種類の物を関連性で取り込むのではない。
- 禁止の理由(令状主義):捜索・差押えの範囲を事前に限り、捜査機関の権限の逸脱・濫用を防ぐ(解説書)。
窃盗の令状に「指輪類」とだけ書いてある。机から、盗んだ指輪の売却先を書いたメモが出てきた → メモは「指輪類」ではない → この令状では差し押さえられない(窃盗との関連が強くても同じ)。新しい令状を取るか、任意提出(持ち主が自分から差し出した物を受け取ること)を求める。
- 「令状に記載されていない物でも、被疑事実との関連性があれば差し押さえることができる」
- 「令状に明示された物であれば、どのような目的で差し押さえても適法」
3昭51の1段目:メモは令状の目的物に当たるか判例学説
- 暴力団(判決では伏せ字のG)の若者頭補佐Eらが、拳銃を突きつけて県会議員から現金1,000万円を喝取した、という恐喝の被疑事件
- 令状の差し押さえるべき物=「本件に関係ある、一、暴力団を標章する状、バツチ、メモ等、二、拳銃、ハトロン紙包みの現金、三、銃砲刀剣類等」
- 組の事務所を捜索し、F名入りの腕章・ハッピ・組員名簿等と一緒に、メモ196枚を差し押さえた
- メモの写しが大阪府警に送られ、うち8枚に記録された賭博場開張・賭博で、被告人(Eとは別人)が起訴された
| 審級 | メモの差押え | 理由の要点 |
|---|---|---|
| 第一審 | — | メモ写しなどを証拠に挙げ、賭博場開張・賭博で有罪 |
| 原審(大阪高裁) | 違法 | 賭博特有のメモで恐喝との関係は認められず、「暴力団を標章する状、バツチ、メモ等」にも当たらない=令状に記載の無い物の差押え → 証拠から外し、無罪 |
| 最高裁 | 適法 | 令状の目的物に当たる(下の引用)。専ら別罪目的でもない(項目4)→ 原判決を破棄、控訴棄却(第一審の有罪が残る) |
- 右捜索差押許可状には、前記恐喝被疑事件に関係のある「暴力団を標章する状、バツチ、メモ等」が、差し押えるべき物のひとつとして記載されている。この記載物件は、右恐喝被疑事件が暴力団であるGに所属し又はこれと親交のある被疑者らによりその事実を背景として行われたというものであることを考慮するときは、Gの性格、被疑者らと同組との関係、事件の組織的背景などを解明するために必要な証拠として掲げられたものであることが、十分に認められる。
- そして、本件メモ写しの原物であるメモには、Gの組員らによる常習的な賭博場開張の模様が克明に記録されており、これにより被疑者であるEと同組との関係を知りうるばかりでなく、Gの組織内容と暴力団的性格を知ることができ、右被疑事件の証拠となるものであると認められる。してみれば、右メモは前記許可状記載の差押の目的物にあたると解するのが、相当である。
- つまり、メモ自体が組の性格・組織的背景を示す=恐喝の証拠になるから目的物に当たる。他のメモに紛れていたから、ではない。
- 最高裁が「恐喝の証拠になるか」を見たのは、令状の記載自体が「本件に関係ある」(判決の言葉では「恐喝被疑事件に関係のある」)メモ等だから=記載の文言の読み方。記載に無い種類の物を関連性で足したのではない(項目2の①の中の判断)。
- 解説書の当てはめ:組の組織的背景は恐喝の動機を立証する間接事実になりうるし、組織的な恐喝は情状も悪質。
- 「最高裁は、賭博のメモは恐喝と関係がなく令状の目的物に当たらないとした」(それは原審。最高裁は当たるとして破棄)
- 暴力団関係のメモの中に賭博のメモが紛れていたから適法、とする形(メモ自体が組の性格・組織的背景を示し、恐喝の証拠になるから目的物に当たる)
4昭51の2段目:専ら別罪目的か判例
- それは、別罪である賭博被疑事件の直接の証拠となるものではあるが、前記のとおり、同時に恐喝被疑事件の証拠となりうるものであり、F名入りの腕章・ハツピ、組員名簿等とともに差し押えられているから、同被疑事件に関係のある「暴力団を標章する状、バツチ、メモ等」の一部として差し押えられたものと推認することができ、記録を調査しても、捜査機関が専ら別罪である賭博被疑事件の証拠に利用する目的でこれを差し押えたとみるべき証跡は、存在しない。
- 「推認」したのは差し押さえた目的(記載物の一部として押収したこと)。推認の土台は、組を示す物と一緒に押収されたこと。
- 目的物に当たるかは推認ではない:記載の趣旨とメモの中身から「当たると解するのが、相当」と判断した(項目3)。
- 一緒に押収されたのは腕章・ハッピ・組員名簿等。「バツチ」は令状の記載にある語。
もし組を示す物には手を付けず、賭博のメモだけを選んで持ち出していたら → 推認の土台が弱くなり、専ら別罪目的が疑われる方向に動く(どちらに転ぶかは言い切れない)。
- 「最高裁は、メモが令状の目的物に当たることを、腕章などと一緒に押収されたことから推認した」(推認したのは差し押さえた目的。目的物に当たるかは記載の趣旨とメモの中身で判断)
- 別罪の直接の証拠になる物は、それだけで差し押さえられない、とする形(同時に被疑事件の証拠になりうれば、専ら別罪目的でない限り適法)
5関連性の範囲(解説書の整理)と評価学説
- 判例の結論に反対する学説も少なくない:令状の範囲内でも、捜査機関が恣意的に関連性を判断して差し押さえることを許せば、捜索・差押えの範囲を制限して権限の逸脱・濫用を防ぐという令状主義の趣旨が損なわれる。
- 判例を支える方向の理由:捜索・差押えは捜査の初期段階で行われることが多く、その時点で関連性の明確な物しか押収できないとすると、客観的証拠が集まらない(関連性は捜査の進展で変わる)。
- 解説書の見解:関連性は、罪体(犯罪事実そのもの・間接事実を含む)か、量刑上重要な情状のどちらかに関連すれば肯定される、と考えれば、別罪の証拠になりうる物も適法に押収でき、実務もそう運用されている。
- 逆に、どちらにも関連せず別罪にだけ関連する物なら、「専ら別罪の証拠に利用する目的」があったとして違法になろう(解説書)。
- 物のつながりと「専ら別罪目的」の関係:被疑事件と関連があれば、後で別罪の証拠に使われても、専ら別罪目的とはいえず差押え自体は適法(解説書)。関連が無く別罪にだけ関連する物なら、上のとおり違法となろう(解説書)。
- 罪体・情状の整理は解説書の見解で、判決の言葉ではない(判決に罪体・情状の語は無い)。また、これは令状に「メモ等」のように記載された物に当たる場面の話(項目2の①が先)。
| 窃盗の令状「本件に関係ある指輪類、メモ、帳簿等」で見つけたメモ | 関連する事実 | 解説書の整理での結論 |
|---|---|---|
| 盗んだ指輪の売却先のメモ | 罪体 | 差し押さえられる |
| 盗品の転売で生計を立てていたと分かるメモ | 量刑上重要な情状 | 差し押さえられる |
| 記載の「メモ」には形の上で当たるが、窃盗とつながりが無いメモ(第三者どうしの薬物取引の記録) | どちらにも関連しない(別罪だけ) | 専ら別罪目的=違法 |
令状が「指輪類」だけなら、3つとも記載された物に当たらず、この令状では差し押さえられない(項目2の例)。
- 「最判昭51は、関連性は罪体または量刑上重要な情状に関する事実に関連すれば足りると判示した」(解説書の見解)
- 関連性は罪体(犯罪事実そのもの)に関連する場合に限られる、とする形(解説書は量刑上重要な情状でもよいとする)
6別件捜索・差押え(裁判例:広島高判昭56・11・26)判例学説
- 別件捜索・差押え=本当の狙いは別罪の証拠なのに、軽い別件で令状を取って捜索すること。
- 事案(解説書の紹介による):捜索の必要性に乏しい軽微なモーターボート競走法違反事件を利用して令状を得て捜索 → 預金通帳を発見 → 任意提出を受けた → 業務上横領の証拠になり起訴。
- 結論(同じく解説書の紹介):「違法の疑いが強い」としつつ、通帳は任意に提出されているので、重大な違法があるとまではいえない、とした。判決の言葉として確かなのは「違法の疑いが強い」だけ。
- 「重大な違法」=違法な捜査で得た証拠を裁判から外すかどうかの物差し。違法があっても、重大な違法でなければ証拠から外されない(この事案は「違法の疑いが強い」が重大な違法ではない、の形)。
- 解説書の評価:軽微な被疑事実による必要性に乏しい捜索・差押えで別罪の証拠を押収した場合には、「専ら別罪の証拠に利用する目的」が肯定されうることを示した事案と考えられる(裁判所がそう述べたとは書いていない)。
- 学説:別件捜索・差押えとして独立に論じる必要はなく、被疑事実と差押目的物の関連性を判断すれば解決できる、とする見解もある。
- 「必要性に乏しい」の意味:必要性は、犯罪の重さ・証拠の価値・隠滅のおそれと、捜索される側の不利益との釣り合いで見る。軽い事件のために家の中まで捜すのは、得られるものに比べて侵害が大きすぎる=釣り合わない、ということ。事件が軽いことは釣り合いを崩す事情の1つで、「軽い事件だから証拠の価値も小さい」という意味ではない(軽い事件でも決定的な証拠はありうる)。
もし令状の差し押さえるべき物に預金通帳も書かれていて、任意提出ではなくその令状で通帳を差し押さえていたら → 重大な違法を否定した事情(任意提出)が無くなり、証拠から外す方向に動く(結論は言い切れない)。令状に通帳の記載が無ければ、そもそも項目2の①でこの令状では差し押さえられない。
- 広島高判の通帳を、令状の記載物の一部として差し押さえた物とする形(任意提出を受けた物)
- 「広島高判は、必要性が乏しいので専ら別罪の証拠に利用する目的が推認されると判示した」(解説書の評価)
7報道機関と博多駅事件(最大決昭44・11・26)判例条文
- :押収を拒めるのは、医師、歯科医師、助産師、看護師、弁護士(外国法事務弁護士を含む)、弁理士、公証人、宗教の職に在る者(いずれも、その職に在った者を含む)が、業務上委託を受けて保管・所持する他人の秘密に関する物。報道機関は列挙に無い → だから報道の自由と公正な刑事裁判の調整の仕方が問題になる。
- 対立する2つ:報道の自由・取材の自由()⇔ 公正な刑事裁判の実現(・=解説書)。
- …事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法二一条の保障のもとにあることはいうまでもない。
- …報道のための取材の自由も、憲法二一条の精神に照らし、十分尊重に値いするものといわなければならない。
- しかしながら、このような場合においても、一面において、審判の対象とされている犯罪の性質、態様、軽重および取材したものの証拠としての価値、ひいては、公正な刑事裁判を実現するにあたつての必要性の有無を考慮するとともに、他面において、取材したものを証拠として提出させられることによつて報道機関の取材の自由が妨げられる程度およびこれが報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきであり、これを刑事裁判の証拠として使用することがやむを得ないと認められる場合においても、それによつて受ける報道機関の不利益が必要な限度をこえないように配慮されなければならない。
- 事案:博多駅での機動隊等と学生の衝突の際の、機動隊員等の公務員職権乱用罪・特別公務員暴行陵虐罪をめぐる付審判請求事件。福岡地裁が、放映済みのものを含むテレビ局の取材フィルムに提出命令を出した(裁判所の処分。現行法で裁判所の提出命令を定めるのは)。
- 提出命令と差押えの違い:提出命令=裁判所が、物の所有者・所持者・保管者に、その物の提出を命じる()。差押え=捜査機関が、令状に基づいて物を取り上げる(項目8)。
- 当てはめ:事件から2年近くたち被疑者・被害者の特定すら困難、第三者の新たな証言は期待できない=中立的な立場で撮ったフィルムはほとんど必須。他方、すでに放映されたものを含む放映のために準備されたフィルムで、不利益は報道の自由そのものではなく将来の取材の自由が妨げられるおそれにとどまる。地裁は仮還付などで使用に支障が出ないよう配慮すると表明 → 提出命令はに違反しない(抗告棄却)。
- 「博多駅事件は、捜査機関が取材フィルムを差し押さえた事件」(裁判所の提出命令・付審判請求事件)
- 「報道機関は、取材源の秘密を理由に押収を拒むことができる」(の列挙に報道機関は無い)
- 取材の自由も報道の自由と同じく「21条の保障のもと」にあるとした、とする形(取材の自由は「21条の精神に照らし、十分尊重に値いする」)
8捜査機関の差押え:日本テレビ(平元)とTBS(平2)判例
- 最決平元・1・30(日本テレビ):検察官の請求で出た令状に基づき検察事務官が差し押さえた事案(検察事務官も、TBSの司法警察員も捜査機関。ポイントは裁判所ではないこと)。博多駅は裁判所の提出命令の事案だが、次のとおり両者に本質的な差は無いとした。
- …国家の基本的要請である公正な刑事裁判を実現するためには、適正迅速な捜査が不可欠の前提であり、報道の自由ないし取材の自由に対する制約の許否に関しては両者の間に本質的な差異がないことは多言を要しないところである。
- 最決平2・7・9(TBS):司法警察員による差押え。博多駅の判示を引き、日本テレビ決定を参照として、比較衡量の基準を述べた(捜査機関の差押えに広げたのは日本テレビ決定が先)。
- 公正な刑事裁判を実現するために不可欠である適正迅速な捜査の遂行という要請がある場合にも、同様に、取材の自由がある程度の制約を受ける場合があること、また、このような要請から報道機関の取材結果に対して差押をする場合において、差押の可否を決するに当たっては、捜査の対象である犯罪の性質、内容、軽重等及び差し押さえるべき取材結果の証拠としての価値、ひいては適正迅速な捜査を遂げるための必要性と、取材結果を証拠として押収されることによって報道機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響その他諸般の事情を比較衡量すべきであることは、明らかである。
- 言い回しの違い:博多駅=「性質、態様、軽重」「取材の自由が妨げられる程度」「報道の自由に及ぼす影響の度合」/日本テレビ・TBS=「性質、内容、軽重等」「報道の自由が妨げられる程度」「将来の取材の自由が受ける影響」。
| 博多駅(最大決昭44) | 日本テレビ(最決平元) | TBS(最決平2) | |
|---|---|---|---|
| 誰の処分 | 裁判所の提出命令 | 検察事務官の差押え | 司法警察員の差押え |
| 天秤の片側の要請 | 公正な刑事裁判の実現 | 適正迅速な捜査(公正な刑事裁判に不可欠の前提) | |
| 事件 | 機動隊員等の職権乱用等(付審判請求事件) | リクルート関連の贈賄(国民が関心を寄せた重大な事犯) | 暴力団組長らの傷害・暴力行為等処罰法違反(軽視できない悪質な事犯) |
| 証拠としての価値 | 特定すら困難で、ほとんど必須 | 否認・記憶が曖昧。被疑者が未放映部分に弁明の裏付けがあると主張 → ほとんど不可欠 | 供述が一致せず重要部分を確定し難い → 重要な証拠価値 |
| 報道機関の不利益 | すでに放映されたものを含む=報道の自由そのものではなく将来の取材の自由にとどまる | 編集を終え放映済み(「すべて…マザーテープであるとしても」として判断・未放映部分を含む)=将来の取材の自由にとどまる。取材経緯が証拠保全の依頼に基づく特殊なもの・検察官が事前に折衝 | 下の3事情で小さい |
| 結論 | 提出命令はに違反しない(全員一致) | 適法(島谷反対意見) | 適法(奥野反対意見) |
- TBSで不利益が小さいとされた3事情:①すべてマザーテープだが、編集も放映も済み=報道の機会が奪われるのではない ②取材協力者(組長・組員)が放映を了承=身元を秘匿するなど守るべき利益はほとんど無い ③暴行が繰り返されるのを現認しながら撮影を続けた=その取材を保護する必要は「疑わしい」→ 将来同じ方法の取材が難しくなっても、さして考慮に値しない。
- …本件差押により申立人の受ける不利益は、本件ビデオテープの放映が不可能となって報道の機会が奪われるというものではなかった。
- 奥野反対意見:日本テレビでは多数意見に加わったが、TBSでは違法とした(日本テレビほど重大でなく、供述も一部あり証拠の必要性が弱い。報道目的の取材で、保護すべき利益は格段に大きい)。
もし協力者が「顔と名前を出さない」約束で撮影に応じていたら → ②が逆になり、報道機関の側が重くなる(結論は言い切れない)。
- 「TBS決定が初めて、比較衡量の枠組みを捜査機関による差押えに及ぼした」(先に日本テレビ決定=検察事務官による差押え)
- 捜査機関による差押えは裁判所の提出命令と本質的に異なるので、博多駅の枠組みは使えない、とする形(日本テレビ決定は本質的な差異がないとした)
9比較衡量の位置づけと放映前の差押え判例学説
- 学説は、この比較衡量を「正当な理由」のうち差押えの必要性として審査すべきものと考える。判決文はこの位置づけを述べていない(日本テレビ・TBSの「適正迅速な捜査を遂げるための必要性」は、天秤の片側の要素の言葉)。
- さらに、報道機関の取材結果は原則として証拠とせず、公正な裁判・捜査の必要が報道機関の不利益を明らかに上回る場合に限って例外的に証拠にできる、とする立場が有力(判例の出発点ではない=判例は比較衡量)。
- 解説書(有力説に続けて):特に報道の機会そのものを奪って報道の自由を害するような場合は、違法とされる可能性が大きいであろう(推測の形)。
- 捜査機関の差押えの判例(日本テレビ・TBS)は、いずれも番組の放映を終えた後の差押えの事案(TBSはすべてマザーテープ・日本テレビも「すべて…マザーテープであるとしても」として判断・未放映部分を含む)で、「報道の機会は奪われない」を柱にした。博多駅も、すでに放映されたものを含む取材フィルムへの提出命令で、不利益は「将来の取材の自由にとどまる」とした。放映前に差し押さえて報道の機会そのものを奪う場合は判断していない。
- …それが証拠として使用されることによつて報道機関が蒙る不利益は、報道の自由そのものではなく、将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるというにとどまるものと解される
窃盗の一部始終を撮ったテレビ局の映像を、放映前に差し押さえる → 将来の取材だけでなく報道の機会そのものが奪われる → 判例の「不利益が小さい」理由の柱が欠け、解説書によれば違法とされる可能性が大きいであろう(報道の自由そのものへの不利益が加わる)。
- 「判例は、報道機関への差押えの比較衡量を『正当な理由』のうち必要性の問題だと述べた」(そう位置づけるのは学説)
- 「判例は、報道機関の取材結果は原則として証拠にできないとした」(有力説。判例は比較衡量)
- 判例は、放映前で報道の機会そのものを奪う差押えも許されるとした、とする形(捜査機関の差押えの判例はいずれも放映を終えた後の差押えの事案)