捜索・差押え⑦パソコンの中身を確認せず押収する要件
問い:パソコンや記録媒体を、中身を確認しないまま差し押さえてよいのはどんなときか。
骨組み
- 1出発点():差し押さえてよいのは被疑事実と関連する物だけ(「正当な理由」)。記録媒体は中身が見えず、現場で関連性をすぐ判断できない
- 2判例(最決平10・5・1):関連情報が記録されている蓋然性+その場で確認していたのでは情報を損壊される危険 → 内容を確認することなしに差し押さえることが許される
- 3判例の事案:パソコン1台・フロッピーディスク合計108枚。組織的関与の情報の蓋然性が高い+情報を瞬時に消去するソフトを開発しているとの情報 → 差押えを是認
- 4判例が言っていないこと:損壊の危険が無い場合は判断していない(2つがそろえば許される、とだけ言った)。「包括的差押え」(中身を確かめず媒体ごと差し押さえること)は判文に無い呼び名
- 5蓋然性で足りる見解(学説):関連性は蓋然性で足りる → ①損壊の危険 のほか ②確認に長時間 ③確認が技術的に困難 等でも包括的差押えを認める
- 6一時持ち出し説(学説):損壊の危険がある場面(判例の場面)も含めて①〜③では、「必要な処分」として一時的に持ち出し、確認してから関連する物だけ差し押さえ、他は返す=判例の「現場で確認せず差し押さえる」とは手順が違う。批判=持ち出した後は押収品目録の交付が無く(目録は「押収をした場合」)、持ち出した後の確認には立会いが確保されない
- 7蓋然性の手がかり(解説書の検討・判例ではない):ア 被疑事実の内容 イ 目的物の種類・形態 ウ 管理者と被疑事実のつながりの強さ 等=外から見える事情
- 8デジタル・フォレンジック(解説書):消したデータの復元/現場で開くと最終アクセス日時等が更新=損壊の危険に類する → 早急なコピー作成と還付の配慮
- 9立法課題:電磁的記録の措置が設けられても、膨大なデータから関連情報だけを分けて取り出すことは必ずしも十分にはできない、と解説書(令和7年改正前)はみる。GPS判決(最大判平29・3・15)が立法的な措置を望ましいとしたのはGPS捜査について
色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、学説の紹介ではなく解説書の著者自身の検討)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。
主語を分けて覚える。判例が言ったのは「蓋然性+損壊の危険がそろえば、内容を確認せずに差し押さえてよい」の1文だけ。判例の2条件の外の扱いと、判例と違う手順をとる見解(項目5・6)は解説書が紹介する学説、蓋然性の3つの手がかり(項目7)とデジタル・フォレンジックの見方(項目8)は解説書の著者の検討で、どれも判例の言葉ではない。
1出発点:差し押さえてよいのは関連する物だけ条文
- :令状は「正当な理由」に基づいて発せられる。その中身の1つが、差押目的物と被疑事実との関連性=差し押さえてよいのは被疑事実と関連する物だけ。
- 紙の書類なら、現場でめくって読めば関連するかをその場で判定できる。
- パソコン・フロッピーディスク等の電磁的記録媒体は、人の目でそのまま読めない(可読性・可視性が無い)。中身を見るには起動し、パスワードを外し、ファイルを1つずつ開く必要があり、時間がかかる → 現場で関連性をすぐに判断できない。
- そこで問題:関連性を確かめないまま、媒体ごと差し押さえてよいか。
2判例の判示(最決平10・5・1)判例
- 令状により差し押さえようとするパソコン、フロッピーディスク等の中に被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認められる場合において、
そのような情報が実際に記録されているかをその場で確認していたのでは記録された情報を損壊される危険があるときは、
内容を確認することなしに右パソコン、フロッピーディスク等を差し押さえることが許されるものと解される。 - 「右」=今言った(前に出た)という意味。
- 2つの条件:被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性(関係がありそうだという見込み)と、その場で確認していたのでは情報を損壊される危険。2つがそろえば、現場で中身を確認せずに媒体ごと差し押さえてよい。
- 判例の結論は、関連性を確認しないまま、蓋然性の段階でその場で差し押さえるもの(持ち出して確認してから差し押さえる一時持ち出し説=項目6との違い)。
出題パソコンを差し押さえる際は、記録された電磁的記録の内容を必ず確認しなければならない(×)
出題パソコンに被疑事実に関する情報の蓋然性があり、その場で確認していたのでは情報を損壊される危険があるときは、内容を確認せずにパソコン自体を差し押さえることができる(○)
出題顧客リストが記録されている蓋然性があり、その場で確認していたのでは損壊の危険があると認められる場合は、内容を確認せずにパソコンを差し押さえることも許される(○)
- 「パソコンを差し押さえる際は、内容を必ず確認しなければならない」(予備H27-17-イ)=判例は、2つの条件があれば確認なしで差し押さえてよいとした
- 条件を1つにした形:「蓋然性があれば(損壊の危険が無くても)許されるとした」「損壊の危険があれば(蓋然性が無くても)許されるとした」
3判例の事案と結論判例
- 被疑事実:自動車登録ファイルに自動車の使用の本拠地について不実の記録をさせ、備え付けさせた=電磁的公正証書原本不実記録・同供用。
- 捜索差押許可状の差し押さえるべき物:「組織的犯行であることを明らかにするための磁気記録テープ、光磁気ディスク、フロッピーディスク、パソコン一式」等。
- 司法警察職員がパソコン1台、フロッピーディスク合計108枚等を差し押さえた → その取消しを求めた準抗告が退けられ、特別抗告。
- 差し押さえられたパソコン、フロッピーディスク等は、本件の組織的背景及び組織的関与を裏付ける情報が記録されている蓋然性が高いと認められた上、
申立人らが記録された情報を瞬時に消去するコンピュータソフトを開発しているとの情報もあったことから、捜索差押えの現場で内容を確認することなく差し押さえられたものである。 - 上は最高裁が引いた原決定の認定。前半が蓋然性、後半が損壊の危険の条件に当たる。判示の条件は「蓋然性」で、「蓋然性が高い」はこの事案の認定(条件として「高い」ことまで求めたのではない)。
- したがって、前記のような事実関係の認められる本件において、差押え処分を是認した原決定は正当である。
- 手続:抗告の趣意(憲法違反)は実質単なる法令違反で抗告理由に当たらないとしたうえで、「なお、所論にかんがみ、職権により判断する」として項目2の判断を示した。抗告棄却・裁判官全員一致。
- 「最高裁は、内容を確認せずに差し押さえた処分を違法とした」(差押え処分を是認した原決定を正当とした)
4判例が言っていないこと判例
- 判示は「損壊される危険があるときは…許される」という形。2つがそろえば許される、と言っただけで、損壊の危険が無い場合にどうなるかは判断していない。
- だから「危険が無ければ、その場で中身を確かめ、関係するデータだけを写し取る(・)ことになる」は判例の答えではない。は差押えに代えて写し取り等の処分を「することができる」という規定で、写し取りによらなければならないとは定めていない=「危険が無ければ写し取りによる」とは、条文からも判例からも言えない。
- 危険が無い場面(確認に長時間かかる・技術的に確認が難しい等)をどう扱うかは、学説で分かれる(項目5・6)。なお一時持ち出し説は、危険がある判例の場面でも、持ち出して確認し、関連する物だけを差し押さえるという手順をとる(項目6)。
- 「包括的差押え」(中身を確かめずに媒体ごとまとめて差し押さえること)は、判文に無い呼び名(学説などが使う)。
- 蓋然性をどんな事情で判断するかも、判例は列挙していない(3つの手がかりは解説書の検討=項目7)。
消去ソフトの情報は無く、データは膨大で、現場で全部を見るには長い時間がかかる → 判例は直接答えていない。蓋然性で足りる見解(②長時間)なら蓋然性があれば差押え可、一時持ち出し説なら持ち出して確認し、関連する物だけを差し押さえる。ただし解説書は、現場でファイルを開くと最終アクセス日時等が更新されるおそれがあれば、それも損壊の危険に類するとみる(項目8)=事案によっては、判例と同じく内容を確認せずに差し押さえるべき場合がありうる(解説書)。
- 「判例は、情報を損壊される危険が認められない場合には、内容を確認しない差押えは許されないとした」
- 「判例は、危険が無い場合は、その場で確認して関係するデータだけを写し取る方法によらなければならないとした」
5蓋然性で足りる見解(判例を支持して広げる)学説
- 関連性は、差押えの時点で客観的に確実である必要は無く、蓋然性があれば足りる → 判例の結論を支持する。
- さらに、①情報を損壊される危険 のほか、②現場での確認に長時間を要する場合 ③確認が技術的に困難な場合 などでも、蓋然性がある限り包括的差押えを認めてよいとする。
- 理由:捜索・差押えは捜査の初期に行われることが多い/関連性はその後の捜査の進展で変わりうる/確実な物しか押収できないと、客観的な証拠を確保しにくい。
- 解説書は「学説には…見解がある」と紹介する(通説とは書いていない)。
6一時持ち出し説とその批判学説
- 立場:損壊の危険がある場面(①=判例の場面)も含めて①〜③では、「必要な処分」として一時的に持ち出して確認し、関連する物だけを差し押さえ、そうでない物は返却すべきとする=判例が認めた「現場で確認せずに差し押さえる」とは手順が違う(判例の差押えを違法とするかまでは解説書は書いていない)。
- 出発点:関連性をあまりに緩やかに認めると、差し押さえる範囲を絞って捜査機関の権限の逸脱・濫用を防ぐという令状主義の趣旨が失われかねない。
- 中身:①〜③の場面では、「必要な処分」(・)として現場から一時的に持ち出し、早急に関連性を確認した上で、関連する物だけ差し押さえ、そうでない物は返す。
- 「必要な処分」=差押状・捜索状の執行について「錠を外し、封を開き、その他必要な処分をすることができる」とする規定(。捜査機関にはで準用)。一時持ち出し説は、確認のための持ち出しをこの「必要な処分」として認める。
- 長所:確認した上で差し押さえられる=関連性の確認を放棄しない。
- 2つの手続の中身(条文):立会い=人の住居等で差押状・捜索状を執行するときは、住居主・看守者等を立ち会わせなければならない(・)。押収品目録=「押収をした場合」には目録を作り、所有者・所持者・保管者等に交付しなければならない(・)。どちらも手続的保障(解説書)。
- 批判:持ち出した後には押収品目録の交付がされない(は「押収をした場合」に交付を求める)。持ち出した後の確認には立会いが確保されない。
| 判例 | 蓋然性で足りる見解(学説) | 一時持ち出し説(学説) | |
|---|---|---|---|
| 使う場面 | 蓋然性+損壊の危険(それ以外は判断していない) | ①損壊の危険 ②長時間 ③技術的困難 等 | ①〜③(①=判例の場面も含む) |
| 関連性 | 蓋然性が認められれば、内容を確認せずに差し押さえてよい | 蓋然性で足りる | 確認してから |
| 差し押さえる時点 | 現場で(中身は未確認) | 現場で(中身は未確認) | 持ち出して確認した後、関連する物だけ |
| 現場から運び出す根拠 | 差押え | 差押え | 「必要な処分」 |
| 押収品目録 | 差し押さえた=「押収をした場合」に当たる | 同左 | 持ち出しの段階は押収でないので交付されない(批判) |
| 立会い | 現場での差押えの執行に付く | 同左 | 持ち出した後の確認には確保されない(批判) |
同じパソコンを、判例の立場では現場で差し押さえる(その時点で押収)。一時持ち出し説では、まず「必要な処分」として持ち出し、確認後に関連する物だけを差し押さえる=持ち出しの段階では目録が出ない。
- 判例を「持ち出して後で確認し、関連する物だけを差し押さえることを認めた」とする形(それは一時持ち出し説)
- 「一時持ち出し説は、立会い・押収品目録の交付という手続保障を確保できる点に長所がある」(長所は確認した上で差し押さえられること。手続保障が無いことは批判の側)
7蓋然性の手がかり(解説書の検討)解説書
- 判例の立場に立つと、蓋然性の有無をどう判断するかが問題になる。中身をまだ見ていないので、外から見える事情で判断するほかない、と解説書はみる。
- 手がかり:ア 捜索・差押えの理由となっている被疑事実の内容 イ 差押目的物の種類・形態 ウ それを管理する者と被疑事実とのつながりの強さ 等(限定列挙ではない)。
- 組織的犯行が疑われる事件では、組織の事務所に置かれた機器・記録媒体には組織的背景を明らかにする証拠があるのが通常 → 管理者の私物など明らかに関連性が無い物を除き、蓋然性を認めやすい。
- 解説書は、自身の設問(最決平10・5・1をモデルにした、教団施設でパソコン1台とフロッピーディスク約100枚を内容を確認せずに差し押さえた事例。瞬時に消去するソフトを開発しているとの情報を得ていた)について、データが大量で確認に時間がかかる一方、消去が容易で隠滅のおそれも大きいことも挙げて、その差押えを適法と考える。
詐欺グループのアジトのサーバ・パソコン(被疑事実=組織的詐欺/組織の業務用の機器/管理者=グループ自身)→ 蓋然性を認めやすい。たまたま出入りしていた清掃業者が充電のために置いた私用のタブレットで、事件とも組織とも無関係と明らかなもの → 蓋然性は認められず、差押えの対象外。
- 「判例は、蓋然性をア 被疑事実の内容 イ 目的物の種類・形態 ウ 管理者とのつながりの3点で判断すると判示した」(判例は2つの条件を述べただけ)
8デジタル・フォレンジック(解説書の検討)解説書
- デジタル・フォレンジック=電子機器からデータを抜き出し・コピーし、人が読める形に変換し、その手順を正確に記録して後から検証できるようにする、データ解析の技術と手続(証拠能力・証明力を確保するため)。
- 消去されたデータの復元ができる場合がある → 一見データが残っていない機器でも、差し押さえるべき場合がある。
- 現場で中身を確認しようとファイルを開くと、最終アクセス日時等が自動的に更新され、元の状態が損なわれて証拠としての信用性が争われるおそれ → 解説書は、これも判例と類似の「情報を損壊される危険」とみる。
- そのため、内容を確認せずに外から見える事情で蓋然性を認めて差し押さえる場面は増えると解説書は予想し、処分を受ける者の不利益が大きくならないよう、できる限り早急にデータのコピーを作成し、現物を早く還付する配慮が必要とする。
- 条文の還付義務は、押収物で留置の必要がないものは還付しなければならない、というもの(・)。早く返す「配慮」は、この運用を急げという解説書の見方。
- 「中身が空に見える記録媒体は、差し押さえる必要がない」(消去データを復元できる場合がある)
9立法課題条文判例
- 電磁的記録の証拠収集のための措置(当時の記録命令付差押え(旧99条の2)・・・・・・の保全要請)が設けられたが、解説書(令和7年改正前)は、これらの措置でも膨大なデータから関連する情報だけを分けて取り出すことは必ずしも十分にはできない、とみる。
- 令和7年の改正で、記録命令付差押え(旧99条の2)は電磁的記録提供命令(・)に替わった。
- GPS捜査の大法廷判決(最大判平29・3・15)は、車両にGPS端末を取り付けてその所在を検索するGPS捜査について、ただし書の「この法律に特別の定のある場合」に当たるとして同法が規定する令状を発付することには疑義があるとし、次のように述べた。
- GPS捜査が今後も広く用いられ得る有力な捜査手法であるとすれば,その特質に着目して憲法,刑訴法の諸原則に適合する立法的な措置が講じられることが望ましい。
- これはGPS捜査についての指摘で、電磁的記録の差押えやデータの分け方について述べたものではない。共通するのは、新しい捜査手法に法律が追いついていないという点。
- 「GPS判決は、電磁的記録の差押え一般について立法的な措置を求めた」
- 記録命令付差押えを現行の99条の2として覚える形(現行はの電磁的記録提供命令)