捜索・差押え⑦パソコンの中身を確認せず押収する要件
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
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- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第2章 捜査 ㉓/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
中身を、1つも確認せずに

同じ詐欺グループのアジトです。今日は、サーバの管理者が、協力を拒んでいます。協力要請には、罰則がありませんでした。頑として拒まれれば、それまでです。しかも今回は、もう1つ情報があります。この組織、証拠隠滅用の消去ソフトを使っているらしい、という情報です。だから捜査官は、パソコンとハードディスク一式を、中身を1つも確認せずに、まとめて差し押さえようとしています。今日は、この問いに、有名な判例が出した答えを渡します。
出発点——差し押さえてよいのは関係する物だけ

ここで、少し前の回に戻ります。令状の請求を扱った回で学んだ、差し押さえてよい物の条件を、覚えていますか?「正当な理由」の話ですね。差し押さえてよい対象は、被疑事実と関連する物に限られます。紙の書類なら、現場でめくって読めば、関係があるかどうか、その場で判定できます。ところが前回見たとおり、データには可読性、つまり人の目でそのまま読める性質がありません。中身を確認するには、機械を起動して、パスワードを解除して、ファイルを1つずつ開いていく必要があります。時間がかかる作業です。そこが今日の核心です。
包括的差押えの判例——蓋然性と情報損壊の危険
図:保管庫の扉を1つずつ開けて確かめる間に散水装置のスイッチが押される危険を示す板
この場面に、判例が答えを出しています。想像してみてください。大きな倉庫に、鍵のかかった保管庫がずらりと並んでいます。捜査官は、1つずつ開けて、中身を確認してから運び出したい。ところが、この倉庫には、外部から遠隔操作できる散水装置が仕掛けられているという情報があります。誰かがスイッチを押せば、保管庫の中身は水浸しになり、二度と読めなくなります。判例は、これと同じ構造の場面で、中身を確認せずに差し押さえることを認めました。中身を確かめずに、媒体ごとまとめて差し押さえることを、包括的差押えと呼びます。
判例最決平10・5・1(刑集52巻4号275頁・百選22)
電磁的記録媒体の包括的差押え(内容確認なしの差押えを認めた判例) 令状により差し押さえようとするパソコン、フロッピーディスク等の中に被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認められる場合において、そのような情報が実際に記録されているかをその場で確認していたのでは記録された情報を損壊される危険があるときは、内容を確認することなしに右パソコン、フロッピーディスク等を差し押さえることが許される
文の中の「右」は、「今言った」という意味です。認めた条件は、2つです。1つ目、被疑事実に関する情報が記録されている「蓋然性」。つまり、関係がありそうだ、という見込みです。2つ目、その場で確認していたのでは、「情報を損壊される危険」があること。この2つがそろえば、現場で中身を確認せずに、媒体ごと差し押さえることが許されます。確認をあきらめたのではなく、確認する場所とタイミングを、危険な現場から、安全な場所、つまり捜査機関の手元に移した、というのが実質です。冒頭のアジトなら、この組織が消去ソフトを使っているという情報があります。だから2つ目の条件に当たります。
例えば、同じアジトでも、消去ソフトの情報が無く、時間をかけて確かめても中身が消えるおそれが無い場面です。これは、この判例の2つ目の条件に当たりません。媒体ごと持って行くのではなく、その場で中身を確かめ、関係するデータだけを、前回の代替処分で写し取る方向になります。
⭐ 論文で書く規範:内容確認なしの差押え(判例が立てた規範) 関連情報の蓋然性が認められ、かつ、その場で確認すれば情報を損壊される危険があるときは、内容を確認することなしに電磁的記録媒体を差し押さえることが許される (規範(最決平10・5・1))
あちらでも、証拠を流されるおそれを考えました。あちらは、ドアを開けるなど、現場でどこまで実力を使えるかの上限の話でした。今日は、中身を確かめずに持って行ってよいかの条件です。同じ「消される危険」でも、使う場面が違います。中身をまだ見ていない段階なので、外側の事情から判断します。
蓋然性の判断要素——外側から見える3つの手がかり

判例の立場で蓋然性を見積もるなら、外から見える手がかりは、主に3つです。1つ目、被疑事実の内容です。2つ目、差押目的物の種類・形態です。3つ目、その機器を誰が管理していて、その人が被疑事実とどれくらい深く関わっているか、です。冒頭のアジトに当てはめてみます。1つ目、被疑事実は、組織的な詐欺です。単独犯より、組織的な犯行の方が、事務所に事件関連のデータが集まりやすい。2つ目、目的物は、アジトに置かれたサーバとパソコンです。個人の私物ではなく、組織の業務に使う機器です。3つ目、管理者は、詐欺グループ自身です。被疑事実とのつながりは強い。
組織的犯行が疑われる事件では、事務所に置かれた機器には、組織の実態を解明する証拠が存在するのが一般的です。管理者の私物だと明らかにわかる物を除けば、蓋然性は認めやすくなります。例えば、アジトにたまたま出入りしていた清掃業者が、私用のタブレットを充電のために置いていたとします。事件とも、組織とも無関係だと明らかな場合は、このタブレットには蓋然性が認められず、差し押さえの対象外です。
一時持ち出し説とその批判——手続的保障のトレードオフ
図:判例の道と一時持ち出し説の道が立会人と目録交付の有無で分かれる二股の板
実は、そこを問題視する見解もあります。関連性を緩く認めすぎると、令状で差し押さえる物を絞っている意味が薄れて、捜査機関が何でも持って行けてしまう、という心配です。この見解の名前は、一時持ち出し説です。まず現場から一時的に持ち出して、早急に中身を確認した上で、関係する物だけ差し押さえ、関係ない物は返すべきだ、という考え方です。これなら、関連性の確認を放棄していないように見えます。ところが、この見解には批判があります。捜索の執行を扱った回で見た、立会人を覚えていますか。住居主などを、捜索・差押えの現場に立ち会わせなければならない、という話でしたよね。密室にしないための。もう1つ、押収物の扱いを学んだ回の、押収品目録の交付もあります。どちらも、「現場で」何を持っていかれたかを、処分を受ける者に確認させる手続保障です。
持ち出した後で、別の場所で選別すると、その選別作業には、立会人の目も、目録の交付も及びません。「後で返すから、今は全部持って行く」という運用は、令状主義が相手方に保障している手続を素通りしてしまう、という批判です。どちらを選んでも、何かを犠牲にするトレードオフなんです。判例の立場なら、勝負は、蓋然性の有無を、さっきの3つの判断要素、つまり外的な事情に基づいて具体的に示す、という筋道です。「組織的犯行だから全部蓋然性あり」と済ませず、3要素を事案ごとに丁寧に当てはめることが求められます。ここは、論文で論点になりうるところです。
デジタル・フォレンジック——確認する行為自体が証拠を壊すこともある

もう1つ、押さえておきたい技術があります。デジタル・フォレンジックです。電子機器からデータを抜き出し、人が読める形に変換し、その手順を正確に記録して、後から検証できるようにする、一連のデータ解析技術と手続のことです。この技術には、一見データが残っていない機器からでも、消去されたデータを復元する手法があります。復元できる場合があります。だから、一見空っぽに見える機器でも、差し押さえるべき場合があります。捜索・差押えの現場で、もし中身を確認しようとファイルを開けば、電子機器の「最終アクセス日時」が、自動的に書き換わってしまいます。
元の状態が損なわれ、証拠としての信用性が争われるおそれがあります。これも、包括的差押えの判例が言う「情報を損壊される危険」と、よく似た問題です。現場で開けば、記録が書き換わってしまいます。消されたデータは、現場で画面を見ても見つかりません。確かめるなら、専用の機材がある捜査機関の手元で、手順を記録しながら行う方が確実です。だから、中身を確認せずに媒体ごと持って行く場面は、今後むしろ増えていくと予想されます。そこで、できる限り早急にデータのコピーを作成して、現物は早く還付する配慮が必要です。押収物の扱いを学んだ回の、押収品の還付義務です。
立法課題——技術の進歩に、法律が追いついていない

最後に、積み残された課題に触れます。平成23年の改正で、前回の4つの道具が生まれました。令和7年の改正では、データを出させる命令が、前回見た電磁的記録提供命令に書き換えられました。それでも、電磁的記録の証拠収集は、「解決済み」にはなっていません。膨大なデータの中から、関連する情報だけを見分ける難しさそのものは、制度を変えても残り続けます。別の捜査手法をめぐる判例でも、同じ指摘がされています。車に位置測位機器を取り付けて追跡した事件で、最高裁は、GPS捜査という新しい手法については、立法による手当てが望ましい、と指摘しました。
GPS捜査を扱った回で見た判例です。今日は、データに関する立法課題も、同じ根っこを抱えている、ということだけ覚えておいてください。
今日の地図(保存版)
図:今日の地図(保存版)=内容確認なしの差押えの条件と批判を1枚にまとめた板
今日の内容を振り返ります。中身を確認せずに差し押さえることが許されるのは、関連情報の蓋然性と、情報を損壊される危険がそろったときです。蓋然性は、被疑事実の内容、目的物の種類・形態、誰が管理し、事件とどう関わるか、という3つの外的事情から判断します。一時持ち出し説は、確認を放棄しない代わりに、立会人や目録交付という手続保障を犠牲にする、という批判があります。デジタル・フォレンジックの技術は、データの復元も、確認による意図しない書き換えも、明らかにしました。だからこそ、早急なコピー作成と還付が、持ち主の不利益を抑える鍵になります。
冒頭のアジトのパソコンも、組織的犯行の蓋然性と、消去ソフトによる損壊の危険、両方がそろっているから、中身を確認せずに差し押さえて良いんですね。これで、令状に基づく捜索・差押えの話は、一区切りです。