弁護人の固有権・独立代理権と誠実義務
問い:弁護人は、どこまで本人の意思を超えて動けるか。
骨組み
- 12つの顔(解説書):本人の代理人であると同時に司法制度の担い手(真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行う=弁護士職務基本規程5条) →本人の「正当な利益」を判断し、本人の意思から独立して動くことがある。権限は私選も国選も同じ
- 2入口():独立して訴訟行為ができるのは「特別の定のある場合に限り」→ 範囲は個別の条文が決める。型は3つ(解説書:固有権・独立代理権・包括代理権)
- 3固有権とは(解説書):本人の権利の有無・意思にかかわらず行使できる。本人の代理として行使するのになじまない性質のもの。解説書は「弁護人は……できる」の書き方を目印にするが、本人と併記の157条1項も例に挙げる → 性質で見るのが確実(ノートの整理)
- 4固有権の例(解説書):弁護人だけが持つ=接見交通()・閲覧謄写()・上訴審の弁論()/本人も関わるが固有権=裁判所による捜索・差押え・検証の立会い()・証人尋問の立会い()。捜査機関の行う捜索・差押え・検証には立会権なし(はを準用しない)
- 5独立代理権①(通説的な理解):本人の権利が前提(消えれば一緒に消える)。本人の明示・黙示の意思に反してもできる=勾留理由開示・勾留取消し・保釈・証拠調べ請求・異議・証拠保全。保釈は被告人だけ(ただし書)
- 6独立代理権②(・・):忌避・上訴は、本人の明示した意思に反してできない(黙示では止まらない)。原審の弁護人のまま上訴できる(の文言)
- 7包括代理権(解説書):明文なし。代理になじむ行為を、本人の明示・黙示の意思に反しない限り個別の同意なしに代わって行う(独立代理権②は明示の意思だけで止まる)。例=証拠の同意・不同意(同意するのはの「被告人」)。別名従属代理権。判例(最大決昭63)の場面は上訴=原判決後に、上訴権の無い選任権者(被告人以外)が選任した弁護人も、被告人の控訴申立てを代理できるとした(判決の語は「被告人の意思に反しない限り」・「包括代理権」の語は使わない)
- 8固有権と独立代理権の違い(解説書):独立代理権だと、本人が訴訟上失敗したとき弁護人が取り戻せない → 独立代理権もすべて固有権として扱うべきとの主張
- 9誠実義務と真実義務:誠実義務=規程21条・46条。真実義務はあるのかから議論(解説書は結論を示さない)。消極的義務にとどまる、は講義解説の説明。ぶつかる場面=有利な偽証・身代わり犯人
- 10有罪基調の最終弁論(最決平17):被告人が終盤で全面否認 → 弁護人は有罪を前提に最大限有利な認定を求めた → 第1審の訴訟手続に法令違反なし。「誠実義務」は補足意見の語
色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は解説書の著者の説明、講義解説 は講義用の解説)。条文番号は押すと条文(弁護士職務基本規程は文字のまま)、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。
3つの型は「明文があるか → 代理になじむ性質か → 本人の明示の反対で止まる定めがあるか」の順で見分ける(下の図)。条文で本人と弁護人が並べて書かれているかは決め手にならない(固有権のも並べて書く)。よく問われるのは、本人の意思に反してもできるか/弁護人だけの権利か/第1審の弁護人のまま控訴できるか。
1なぜ代理人で終わらないか解説書
- 弁護人は、被疑者・被告人の代理人として、その権利と正当な利益を実現する。同時に、司法制度の担い手として、真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行わなければならない(解説書。弁護士職務基本規程5条が定めるのは、真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行う、の部分)。
- だから弁護人は単なる代理人にとどまらず、本人の「正当な利益」は何かを判断し、必要があれば本人の意思から独立した活動が求められることがある(解説書)。
- 私選弁護人と国選弁護人で、権限に違いはない(解説書)。
- 「国選弁護人は、私選弁護人と違い、本人の意思に反して権限を行使することはできない」(権限に私選・国選の差はない)
2権限の入口()条文
- :弁護人は、この法律に特別の定のある場合に限り、独立して訴訟行為をすることができる。
- だけで何でもできるのではない。独立してできる範囲は、個別の条文(特別の定め)が決める。
- 解説書は弁護人の権限を3つの型に分ける:固有権(項目3・4)・独立代理権(項目5・6)・包括代理権(項目7)。
- 「弁護人は独立して訴訟行為をすることができるので、被告人のためのどんな訴訟行為も、被告人の意思に反してできる」(は「特別の定のある場合に限り」。司法H20-38-ア はこの前提に立った×の肢=項目7)
3固有権とは解説書
- 本人の権利の有無や、明示的・黙示的な意思にかかわらず、弁護人が独立して行使できる権限()。本人の権利が消えていても、本人の意思に反していても行使できる。
- なぜ独立して行使できるか:本人の代理として行使するのになじまない性質の権限だから(解説書)。
- 解説書は、法令が「弁護人は……することができる」と定めていることを固有権の目印にする。ただ、自分で挙げる例の条文の書き方はさまざま:の主語は「身体の拘束を受けている被告人又は被疑者」、・は「検察官、被告人又は弁護人は」。→ 書き方は手がかりで、決め手は性質。
- 本人が関われない場面でも弁護人は行使できる、が条文で見える所:ただし書は「身体の拘束を受けている被告人」を立会いから外すが、弁護人は外していない(条文の文言)。
- 「条文に被告人も並んで書かれている権限は、固有権ではない」(の証人尋問の立会いは「検察官、被告人又は弁護人は」でも固有権)
4固有権の例条文解説書
| 群 | 権限 | 条文 |
|---|---|---|
| 弁護人だけが持つ | 接見交通 | |
| 書類・証拠物の閲覧・謄写 | ・ | |
| 上訴審の弁論 | ・ | |
| 本人も関わることがあるが、弁護人の固有権 | 裁判所による捜索・差押えの執行・検証への立会い | ・ |
| 証人尋問の立会い | ・ | |
| 証人等への尋問 | ・ |
- :弁護人は、公訴の提起後は、裁判所において、訴訟に関する書類(…)及び証拠物を閲覧し、及び謄写することができる。ただし、証拠物を謄写するについては、裁判長の許可を受けなければならない。
- :控訴審では、被告人のためにする弁論は、弁護人でなければ、これをすることができない(上告審もで準用)。
- 立会いは「裁判所による」捜索・差押えの執行や検証のもの(解説書)。:検察官、被告人又は弁護人は、差押状又は捜索状の執行に立ち会うことができる。ただし、身体の拘束を受けている被告人は、この限りでない。
- 捜査機関の押収・捜索・検証には、がを準用していない → 捜査機関の行う捜索・差押え・検証には、弁護人の立会権はない。
- 捜査段階の証人尋問(第1回公判期日前の裁判官による尋問)の立会いは:裁判官は、捜査に支障を生ずる虞がないと認めるときは、被告人、被疑者又は弁護人を前項の尋問に立ち会わせることができる(裁判官の裁量)。
起訴後に裁判所が被告人の自宅を捜索するなら、弁護人は立ち会える()。同じ事件でも、起訴前に警察が令状で捜索する場面では、弁護人に立ち会う権利はない(がを準用していない)。
出題控訴審では被告人自身は弁論できず、被告人が差し出した控訴趣意書に基づく弁論も弁護人が行う(○)
- 「弁護人は、捜査機関が令状の発付を受けて行う捜索差押えに立ち会う権利を有する」(予備R6-16-オ が×=立会いは裁判所による捜索・差押えのもの。はを準用しない)
- 「被告人が自分で弁論したいと言えば、控訴審でも被告人が弁論できる」(=弁護人でなければできない)
5独立代理権①:本人の意思に反してもできる条文解説書
- 独立代理権は、通説的な理解によれば、本人の権利が消滅すると同時に弁護人の権限も消滅する権限(解説書)。固有権との違いは、本人に権限があることが前提で弁護人が行使する点。
- 解説書は、独立代理権の条文では本人と弁護人が併記される、とも書く。ただ、並べて書くのは固有権でも同じ(「検察官、被告人又は弁護人は」)=並べ方では見分けられない。決め手は性質(本人に権限があることが前提か)。
- 本人の明示的・黙示的な意思に反して行使できるもの(解説書):
- 勾留理由開示請求()
- 勾留取消し・保釈の請求(・・)
- 証拠調べ請求(・)
- 異議申立て()
- 証拠保全請求()
- 本人に権限があるのに、その意思に反してでも行使できる理由=弁護人の専門職としての性質(解説書)。
- 条文の書き方:「勾留されている被告人の弁護人…も、前項の請求をすることができる」、「勾留されている被告人又はその弁護人…は、保釈の請求をすることができる」、「検察官、被告人又は弁護人は、証拠調を請求することができる」。どれにも、本人の反対で止まる文言はない。
- 被疑者の段階:勾留理由開示()と勾留取消し()はで被疑者の勾留にも及ぶ。しかし同項ただし書「保釈については、この限りでない」→ 被疑者には保釈が無い。保釈の請求は起訴後の被告人の段階だけ。
勾留中の被疑者Aが「勾留の理由なんて聞かなくていい」と言っていても、弁護人は勾留理由の開示を請求できる(・)。国選弁護人でも同じ。同じAのために弁護人が保釈を請求しようとしても、被疑者の段階ではできない(ただし書)。Aが起訴された後なら、本人が「保釈は要らない」と言っていても、弁護人は保釈を請求できる()。
出題弁護人は、被告人の明示の意思に反しても保釈の請求をすることができる(○)
出題弁護人は、公判期日に、被告人が請求する意思のない証拠についても証拠調べを請求できる(○)
出題弁護人は、被告人の明示の同意がなければ証拠調べを請求できない(×)
- 「弁護人は、被告人の明示の同意がなければ証拠調べを請求できない」(予備H30-18-ウ。は本人の意思に反してもできる側)
- 「勾留されている被疑者の弁護人は、裁判官に保釈を請求できる」(ただし書=被疑者に保釈は無い)
- 「被告人が勾留理由の開示を望まないと言っているときは、弁護人も請求できない」(本人の意思に反してもできる側)
6独立代理権②:明示の反対で止まる(・・)条文解説書
- 被告人の明示の反対意思がない限り、弁護人が被告人の同意を求めずに行使できるもの=忌避申立て・上訴申立て(解説書)。
- :弁護人は、被告人のため忌避の申立をすることができる。但し、被告人の明示した意思に反することはできない。
- :原審における代理人又は弁護人は、被告人のため上訴をすることができる。
:前三条の上訴は、被告人の明示した意思に反してこれをすることができない。 - は「原審における弁護人」に上訴を認めている → 第1審の弁護人は、改めて選任されなくても、被告人のため控訴を申し立てられる(の文言。司法H18-29-3 が正しい肢)。ただし控訴審の手続を進めるには、改めて選任が要る(:公訴の提起後の選任は審級ごと)。
- 止めるのは「明示した」意思だけ。本人が何も言っていなければ、同意を求めずに申し立てられる。
- 項目5との違いは、本人の明示の反対で止まる定め(ただし書・)があるかどうか、の一点。
- 包括代理権(項目7)との違い:独立代理権②を止めるのは明示の意思だけ。包括代理権は明示・黙示どちらの意思に反してもできない。
第1審で有罪となった被告人が「控訴はしない」と弁護人にはっきり告げた → 第1審の弁護人は控訴できない()。被告人が控訴するかどうか何も言わないまま期間が進んでいる → 第1審の弁護人は、そのまま控訴を申し立てられる。
出題弁護人は、被告人の明示した意思に反しても、被告人のために上訴をすることができる(×)
出題原審における弁護人は、被告人の明示した意思に反して、被告人のため上訴をすることができない(○)
出題原審で適法に選任された弁護人は、被告人の明示した意思に反しなければ、被告人のため上訴をすることができる(○)
出題第1審で有罪判決を受けた被告人の私選弁護人は、改めて選任されなくても控訴できる(○)
出題第1審の弁護人は、判決の宣告で選任の効力を失うので控訴できず、控訴するには改めて弁護人に選任される必要がある(×)
出題第1審で有罪判決を受けた被告人の弁護人は、改めて弁護人に選任されなければ控訴できない(×)
- 「弁護人は、被告人の明示した意思に反しても、被告人のために上訴できる」()
- 「第1審の弁護人は、改めて弁護人に選任されなければ控訴できない」(=原審における弁護人が上訴できる)
- 「上訴は、被告人の黙示の意思に反してもできない」(止めるのは明示した意思)
7包括代理権(最大決昭63・2・17)解説書判例
- 明文の権限のほかに、本人が行いうる行為のうち代理になじむものは、本人の明示・黙示の意思に反しない限り、個別に同意を得ず、本人に代理して訴訟行為ができる(解説書)。
- 例:証拠に対する同意・不同意の意見。の主語は「検察官及び被告人」で、弁護人は書かれていない → 同意は本人の権利で、弁護人はそれを代わって行う。
- 本人の明示・黙示の授権(事前の許し)・追認(後からの承認)によって行使できる性質から、従属代理権とも呼ばれる。独立代理権との違い=具体的な明文規定がなく、本人からの授権・追認がなければ行使できない(解説書)。
- 「個別に同意を得ず」と「授権・追認がなければ行使できない」は、解説書の同じ段落に並ぶ。解説書は授権・追認を「明示・黙示の」ものとしている。黙示の授権で足りるなら、行為ごとの個別の同意は要らないことと両立する(この結びつけは解釈)。判例も「個別的な特別の授権がなくても」代理できるとする(昭63・下の引用)。
- 最高裁大法廷の一般論(昭63)。判決は「包括代理権」の語を使っていないが、述べている一般論は解説書の包括代理権の説明と重なる(判決の語は「被告人の意思に反しない限り」で、明示・黙示は分けていない。解説書の包括代理権の説明はこの判例を引いていない):
- およそ弁護人は、被告人のなし得る訴訟行為について、その性質上許されないものを除いては、個別的な特別の授権がなくても、被告人の意思に反しない限り、これを代理して行うことができるのであり、
…
原判決後被告人のために上訴をする権限を有しない選任権者によつて選任された弁護人も、同法三五一条一項による被告人の上訴申立を代理して行うことができると解するのが相当である。 - 事案:第1審判決の翌日、被告人の母が法定代理人として選んだ弁護人が控訴を申し立てた。しかし被告人は婚姻で成年に達したものとみなされ、母はすでに法定代理人の地位を失っていた(の選任権者(直系の親族に当たる=条文からの当てはめ)としては弁護人を選任できたが、法定代理人として被告人のために上訴をする権限は無かった)。高裁は控訴申立てを法令上の方式に違反するとして決定で棄却し()、異議審も支持した。大法廷は上の一般論により、原決定・原原決定には刑訴法の解釈を誤った違法があり、他に控訴申立てを不適法とすべき理由も無いとして取り消し、高裁に差し戻した。これと異なる従来の判例は変更した。
- この弁護人は原判決後に選任された=の「原審における弁護人」ではない(の文言)。そこで判例は、被告人本人の上訴権()の申立てを代理した、と構成した。「選任権者」=弁護人を選任できる者。判決は、選任したのが被告人本人でもの選任権者(法定代理人など)でも変わりはない、とする。
被告人が特に意見を言っていない書証に、弁護人が被告人に代わって同意の意見を述べることはできる。被告人が「その調書には同意しない」と明言していたら、弁護人は同意できない。
出題検察官が取調べを請求した証拠を証拠とすることに同意するのは、弁護人のみが有する権利である(×)
出題検察官請求証拠に同意又は不同意の意見を述べるのは、弁護人のみが有する権利である(×)
出題弁護人は独立して訴訟行為ができるので、被告人の明示の意思に反しても証拠とすることに同意できる(×)
出題弁護人は、検察官請求の書証について、被告人の明示した意思に反して、証拠とすることに同意できる(×)
- 「証拠とすることへの同意は、弁護人のみが有する権利である」(の主語は検察官及び被告人。弁護人は代わって行う)
- 「弁護人は独立して訴訟行為ができるので、被告人の明示の意思に反しても証拠に同意できる」(包括代理権は本人の意思に反しない限り)
- 「包括代理権は、行為ごとに本人の個別の同意を得なければ行使できない」(個別の同意は要らない。本人の意思に反しない限り)
8固有権と独立代理権の違いが効く場面解説書
- 独立代理権には、本人の権利が消滅すると弁護人の権限も消滅する、という制約がある。そのため、本人が訴訟上失敗した場合に、独立代理権では弁護人が取り戻せないという問題が指摘されている(解説書は具体例を挙げていない)。
- そこで、独立代理権はすべて固有権として扱った上で、本人の意思の尊重の程度がもともとの固有権と違うにとどまる、と解すべきだと主張されている(解説書)。
- 押さえる範囲:通説的な理解では、本人の権利が消えれば独立代理権も一緒に消える。どの場面で違いが出るかの具体例は、解説書に無い。
| 通説的な理解 | 全部固有権とする主張 | |
|---|---|---|
| 独立代理権 | 観念する(本人の権利が前提) | すべて固有権として扱う |
| 本人の権利が消えたら | 弁護人の権限も消える | 権限は残り、本人の意思をどこまで尊重するかの違いだけ |
- 「独立代理権は、本人の権利が消滅しても、弁護人の権限として残る」(通説的な理解では一緒に消える。残るとするのは全部固有権とする主張)
9誠実義務と真実義務解説書講義解説
- 弁護士職務基本規程=弁護士の自治に伴う自律規定として策定されたもの(解説書)。
- 誠実義務:依頼者の権利及び正当な利益を実現するように努める(弁護士職務基本規程21条)・被疑者及び被告人の権利及び利益を擁護するため、最善の弁護活動に努める(同46条)。
- 真実義務:解説書は、弁護人に真相を究明するために行動する義務はあるのか、あるとしても誠実義務とぶつかったらどうするか、と問いの形で出し、「議論がある」で終える(結論を示さない)。
- 講義解説の説明:真実義務は、嘘をついたり証拠を隠滅したりしてはいけない、という消極的義務(〜してはいけない)。積極的に真実を暴いて被告人を刑務所送りにする義務はない。
- ぶつかる場面(解説書):①被告人側の証人が、被告人に有利だが虚偽の証言をしていて、弁護人が虚偽に気づいた ②被告人が身代わり犯人だと弁護人が気づいた。解説書はこの2つをまとめて、被告人の意向に反してでも無罪を主張・立証すべきか、誠実義務を重視して有罪の主張・立証をすべきか、といった場面で議論がある、と書く。①と②で対立の向きを分けた説明は、解説書に無い。
被告人が知人をかばって身代わりで自白していると、弁護人が気づいた。本人は有罪判決を望んでいる。本人の意向に沿えば有罪を前提にした弁護、真相に沿えば無罪の主張になる(誠実義務の側が「有罪」になる向きに注意)。
- 「弁護人は真実義務を負うので、被告人に不利な事実も積極的に明らかにしなければならない」(講義解説=積極的に真実を暴く義務はない)
10有罪基調の最終弁論(最決平17・11・29)判例
- 営利略取・逮捕・監禁、殺人、死体遺棄の公訴事実(共謀・ロープで頸部を絞め付け、けん銃も発射)
- 第1〜5回公判:被告人は、ロープの一端を引っ張った事実は認めつつ、殺意と共謀を否認
- 論告・弁論が予定された第6回公判の冒頭で供述を翻し、殺人・死体遺棄を全面否認
- 国選弁護人の申出で、第7回公判に被告人質問(否認に沿う供述)
- 第8回公判の最終弁論:捜査段階の供述の信用性を前提に、殺意はロープを引く直前まで無く、殺害行為はけん銃を持つ共謀相手Aに強要されたもの、と有罪を基調に主張。第7回の供述の検討も求め、死体が見つかっていないことによる問題点も指摘
- 最終意見陳述:被告人は否認を明確には述べず、弁論への不服も述べない
- 争点(所論=上告した側の主張):弁論は第5回までの供述を前提にした有罪の主張なのに、裁判所が弁護人に更に弁論を尽くさせず、この主張を放置して結審した → 第1審の訴訟手続は防御権・弁護人選任権を侵害して違法か。
- 法廷意見(裁判官全員一致の決定の理由。補足意見は上田豊三裁判官が個人として付け加えた意見):
- しかし,弁護人は,被告人が捜査段階から被害者の頸部に巻かれたロープの一端を引っ張った旨を具体的,詳細に述べ,第1審公判の終盤に至るまでその供述を維持していたことなどの証拠関係,審理経過を踏まえた上で,その中で被告人に最大限有利な認定がなされることを企図した主張をしたものとみることができる。
- 以上によれば,第1審の訴訟手続に法令違反があるとは認められない。
- 法廷意見が挙げた事情は4つ:①証拠関係・審理経過を踏まえ最大限有利な認定を企図した主張 ②翻した後の第7回の供述も十分検討してほしいと述べた ③死体が発見されていないことに由来する事実認定上の問題点を指摘した ④被告人も最終意見陳述で否認を明確に述べず、弁論への不服を述べていない。
- 法廷意見に「誠実義務」の語は出てこない。誠実義務を語るのは上田豊三裁判官の補足意見。
- 補足意見(法廷意見ではない):
- 刑事訴訟法が規定する弁護人の個々の訴訟行為の内容や,そこから導かれる訴訟上の役割,立場等からすれば,弁護人は,被告人の利益のために訴訟活動を行うべき誠実義務を負うと解される。
- したがって,弁護人が,最終弁論において,被告人が無罪を主張するのに対して有罪の主張をしたり,被告人の主張に比してその刑事責任を重くする方向の主張をした場合には,前記義務に違反し,被告人の防御権ないし実質的な意味での弁護人選任権を侵害するものとして,それ自体が違法とされ,あるいは,それ自体は違法とされなくともそのような主張を放置して結審した裁判所の訴訟手続が違法とされることがあり得ることは否定し難いと思われる。
- このような点を考慮すると,前記のような違法があるとされるのは,当該主張が,専ら被告人を糾弾する目的でされたとみられるなど,当事者主義の訴訟構造の下において検察官と対峙し被告人を防御すべき弁護人の基本的立場と相いれないような場合に限られると解するのが相当である。
- 「このような点」=弁護人は真実発見を使命とする刑事裁判制度の一翼を担う立場も持つ/何を被告人の利益とみなすかの判断は第一次的に弁護人にゆだねられる/最終弁論は意見表明で裁判所を拘束しない。
| 法廷意見 | 補足意見 | |
|---|---|---|
| 判断したこと | 第1審の訴訟手続に法令違反はない(事情の列挙+「以上によれば」) | 弁護人は誠実義務を負う/有罪の主張は違法とされうる。ただし違法は弁護人の基本的立場と相いれない場合に限る |
| 「誠実義務」の語 | 無い | ある |
- 「最高裁(法廷意見)は、本件の弁論が弁護人の誠実義務に違反しないと判断した」(法廷意見が判断したのは第1審の訴訟手続に法令違反がないこと。誠実義務は補足意見)
- 「補足意見は、無罪を主張する被告人に対して有罪の主張をしても、違法となることはないとした」(違法とされることがあり得るとしたうえで、違法を基本的立場と相いれない場合に限った)
- 「この決定は、弁護人が被告人の言い分と違う主張をすることは常に許される、という一般論を立てた」(この事案の事情を挙げて法令違反なしとした判断)