刑事訴訟法ゼロから刑事訴訟法#58

捜査段階の弁護活動と証拠保全請求

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第2章 捜査 ㉙/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

弁護人がついた。次の一手は

弁護人Bがついた被疑者Aが取調べは明日も続くが話すべきか黙るべきかを迷っている今日の問いを示す板

今日は、その先です。呼んだ弁護人は、起訴されるまでの間に、具体的に何をするのか、そこに入ります。先に言っておくと、一律の正解はありません。弁護人の捜査段階の活動は、すべて1つの発想でできています。今この材料が、後の場面でどう使われるかを先に読んで、今どう動くかを決める、という発想です。この先読みを3つの目標に分けて見ていきます。起訴させないための活動、起訴されたときに備える活動、そして違法捜査への対応です。冒頭のAが話すべきか黙るべきかも、この先読みの発想で答えが出ます。最後に戻ってきましょう。

①起訴させないための活動——起訴猶予をめざす

犯人の性格年齢境遇犯罪の軽重情状犯罪後の情況という248条の3類型と勾留満期という締切の中で示談や環境整備の材料を示すという対応表の板

まず1つ目の目標、起訴させないための活動です。これには2つの方向があります。1つは、嫌疑は認めた上で、検察官にあえて起訴しない判断を促す、起訴猶予を狙う方向。もう1つは、嫌疑そのものを争う方向です。だから弁護人は、事件のどちらの型かを早い段階で見極めます。まず、起訴猶予を狙う方向から見ましょう。根拠になる条文があります。

条文刑事訴訟法第248条

刑事訴訟法第248条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

検察官が、有罪にできる証拠があっても、あえて起訴しない、という判断ができるという意味です。起訴猶予と呼ばれます。その判断材料が、248条に並ぶ3つの事情です。犯人の性格・年齢・境遇。犯罪の軽重・情状。そして犯罪後の情況です。一番大きい比重を占めるのが、被害弁償と示談です。「犯罪後の情況」に効きます。ここで、その中身に入ります。例えば、Aが相手にけがをさせた事件で、治療費と慰謝料を払い、被害者から「これ以上処罰を望まない」という言葉をもらえたとします。これは、検察官が起訴猶予を判断する材料として、とても大きな意味を持ちます。

薬物事犯が典型です。依存から抜け出す環境を整える、通院先や生活の立て直し先を用意する、といった活動が、「犯人の境遇」や「犯罪後の情況」に効きます。ここに、もう1つ大事な要素があります。締切です。Aが勾留されている場合、検察官は勾留の満期までに起訴・不起訴を決めます。引っ越しの立ち退き交渉に近いです。「もう修繕費は払った、次の住まいも決まった」という材料が、どれだけ正しくても、契約解除の通知が来たあとでは遅い。起訴猶予を狙う活動も、同じです。勾留満期の前に示さなければ、間に合いません。

①起訴させないための活動——嫌疑なし・嫌疑不十分をめざす

起訴猶予とは別枠で被疑事実そのものを争いアリバイや正当防衛を基礎づける証言を集めて嫌疑を弱める活動の板

もう1つの方向が、嫌疑なし、または嫌疑不十分をめざす活動です。嫌疑なしは、罪を犯していないことがはっきりした場合。嫌疑不十分は、犯罪を証明する証拠が足りない場合です。どちらも起訴されません。起訴猶予は、「やったことは認めた上で、起訴しないでほしい」という活動でした。こちらは、「そもそも被疑事実が事実と違う」と争う活動です。示談を進めながら、同時に「やっていない」と主張したら、検察官にも裁判所にも、話の筋が通りません。具体例を見ましょう。Aが犯行時刻、別の場所にいたと言っています。アリバイです。弁護人Bは、その時刻にAと一緒にいた人、防犯カメラの映像など、証言や証拠を集めて、検察官に示します。正当防衛を基礎づける事実、例えば相手が先に刃物を向けてきたという目撃証言なども、同じ型です。

どちらの方向でも、締切は同じ満期です。だから弁護人は、事件を見極めて、どちらか一方の方向に絞り、満期までに材料をそろえます。そして、次に見る起訴に備える活動も、これと並行して進めます。

②起訴されたときに備える活動——証拠・証人の確保と取調べへの対応

起訴猶予も嫌疑不十分もうまくいかない可能性を見据えて弁護側証人と有利な証拠を確保しつつどの事件でも共通する取調べへの対応が課題になるという板

2つ目の目標です。起訴猶予も嫌疑不十分も、うまくいかない可能性があります。弁護人は、起訴されたあとの公判に備えて、弁護側の証人を確保したり、有利な証拠を集めたりします。例えば、事件の夜にAと一緒にいた知人から話を聞き、記憶が新しいうちに、内容を書面に残してもらいます。そして、どの事件でも共通して問題になる課題があります。被疑者取調べへの対応です。そこをもう一度確認しましょう。拘束されていない被疑者は、出頭を拒んだり、途中で帰ったりできます。拘束されている被疑者には、実務では、出頭して部屋にとどまる義務、取調べ受忍義務があるとされました。ただし、どちらの場合も、話す義務まではありません。

だから、拘束されたAは、取調室に呼ばれること自体は拒めません。呼ばれること自体は拒めないとして、その場で被疑者にできる、一番有効な手段は何ですか。それが、次のテーマです。

②黙秘か積極供述か——一律に決まらない理由

話すことの危険3つ供述の変遷誘導と誇張方針前の足かせと話すことが起訴猶予に効く場面を両側に置いて比較する天秤の板

取調べの場で被疑者にできる、最も有効で容易な手段は、黙秘権の行使です。話さない自由は、憲法38条1項と刑訴法198条2項が保障しています。黙っていたことを理由に、不利益な推認をすることも、原則として許されません。だから、迷ったら黙秘、というのが基本の発想にはなります。ただ、黙秘権を行使しても、それだけを理由に取調べが直ちに終わるとは限りません。実務では、供述するよう説得するやり取りが続くことが多いです。冒頭のAも、黙っていれば正解ですか。そこが、今日一番大事なところです。一律には決まりません。なぜですか。黙秘にとどまらない、積極的な否認や、説得的な弁解が、不起訴や起訴猶予の獲得に重要な場合があるからです。さっき見た示談も、アリバイも、被疑者自身が事情を語らなければ見つからないことがあります。

話すことには、3つの危険もあります。1つ目、供述の変遷です。捜査段階で認める供述をしたあと、公判で否認に転じると、「前と言っていることが違う」として、信用性を切り下げる材料に使われます。良いたとえです。2つ目の危険は、取調べでの誘導や誇張です。質問の仕方や、「もっとこうだったんじゃないか」という示唆によって、事実と違う供述ができあがってしまう危険があります。3つ目は、弁護人と十分に話し合って防御の方針が固まる前に話してしまうと、あとでその供述が足かせになる危険です。だから弁護人は、話すことの利益と、この3つの危険を天秤にかけて、被疑者の弁解の状況や、事件の性質、捜査の状況によって、個別に判断します。

弁護人は、黙秘権の保障の意味を十分説明した上で、一律の正解ではなく、個別の判断としてAと一緒に決めていきます。Aがけがをさせたこと自体は認めていて、示談が進んでいる事件なら、事情や反省を話すことが、起訴猶予の材料になります。逆に、Aが「その時刻は別の場所にいた」と言っていて、裏付けがまだ集まっていない段階なら、話した細部が後で食い違えば、変遷として使われます。黙秘を選ぶ場面です。

②起訴後に備える——保釈の準備

起訴後は保釈を請求できるため勾留されたまま起訴される見通しになった場合に身元保証人の確保を並行して進めるという名前出しの板

もう1つ、起訴に備える活動があります。保釈の準備です。勾留の回で、207条1項ただし書きで、被疑者の段階には保釈が無いと確認しました。だから、起訴される見通しになった段階から、起訴後すぐ保釈を請求できるよう準備しておく必要があります。例えば、Aの家族に、身元保証人を引き受けてもらう準備を進めます。起訴後すぐに請求できる態勢を、ここまで見てきた活動と並行して整えておくんです。今日は、名前と、準備を並行して進めるという点だけ、押さえてください。

③違法捜査への対応——2つの意味

その場で異議を述べて是正を求める意味と違法の事実を後で証明できるよう準備する意味という違法捜査対応の2つの意味の板

3つ目の目標に入ります。違法捜査への対応です。例えば、取調べの中で、被疑者に暴行が加えられた、という場面です。この場面で、弁護人の対応には、2つの意味があります。1つ目は、その場で適時適切に異議を述べて、是正を図ることです。例えば、逮捕の手続に違法があれば、その後の勾留の効力を争う余地が生まれます。今進行している違法な状態を止め、被疑者の権利を守ります。起訴後の証拠開示で明らかになることもあれば、拘束された本人に弁護人が会って話す、接見や関係者からの聞き取りで弁護人が気づくこともあります。違法な捜査が行われた事実を、後で証明できるように準備しておくことです。公判で証拠の能力を争う準備につながります。中身は、また別の回で扱います。

「後で証明できるように」というところ、具体的にはどうするんですか。それが、次に見る道具です。

③証拠保全請求——裁判所を介して証拠を残す

裁判所を介して証拠を確保する証拠保全請求の趣旨と暴行を伴う取調べの痕跡を残すための身体検証という具体例の板

質問です。暴行を伴う取調べの証拠を、被疑者の側は、自分で強制的に集められるでしょうか。被疑者や弁護人は、独自の強制捜査の権限を持ちません。だから、裁判所を介して証拠を確保する手段が用意されています。前回、「独立代理権」として名前が出た証拠保全請求です。中身に入ります。

条文刑事訴訟法第179条第1項

刑事訴訟法第179条第1項 被告人、被疑者又は弁護人は、あらかじめ証拠を保全しておかなければその証拠を使用することが困難な事情があるときは、第一回の公判期日前に限り、裁判官に押収(電磁的記録提供命令(第百二条の二第一項第一号イに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)を含む。)、捜索、電磁的記録提供命令(同号ロに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)、検証、証人の尋問又は鑑定の処分を請求することができる。

条文刑事訴訟法第179条第2項

刑事訴訟法第179条第2項 前項の請求を受けた裁判官は、その処分に関し、裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。

賃貸物件を退去するとき、原状回復のトラブルに備えて、退去前に部屋の写真を撮っておく場面に近いです。壁の傷は、時間がたつほど、いつ誰がつけたか証明しづらくなります。暴行の痕跡も同じです。あざや傷は、治ってしまえば消えます。だから弁護人は、消える前に、裁判官に身体の検証を請求して、記録を残します。条文の主語のとおり、被告人、被疑者、弁護人が請求できます。時期は、第一回の公判期日より前に限られます。対象は、無実を示す証拠だけですか。そこは広めです。無実を示す積極的な証拠に限らず、自白が無理に言わされたものではないかと疑わせる資料にも及ぶとされ、下級審で認められた例があります。

③証拠保全の対象外——捜査機関が持っている証拠

捜査機関が収集し保管している証拠は特段の事情がない限り証拠保全手続の対象にならないとする最決平17年11月25日の判断を示す板

一方で、証拠保全請求には、はっきりとした限界もあります。さっきのたとえで考えてみてください。賃貸物件の退去前に、自分の傷の写真を撮っておくことと、大家がすでに撮ってある写真を先に見せてもらうことは、別の話ですよね。この違いが、最高裁で争われました。

判例最高裁第二小法廷決定(刑集59巻9号1831頁)

証拠保全の対象が争われた事件 捜査機関が収集し保管している証拠については,特段の事情が存しない限り,刑訴法179条の証拠保全手続の対象にならないものと解すべきであるから,これと同旨の原判断は相当である。

証拠保全請求は、消えそうな証拠を、消える前に押さえる制度です。捜査機関がすでに持っている証拠を、先に見せてもらう制度ではありません。捜査機関が保管している証拠は、すでに押さえられていて、ふつうは消える心配がありません。179条が求める「保全しておかなければ使えない事情」が、もともと欠けているんです。証拠の開示や閲覧謄写の制度が別にあります。中身は、また別の回に扱います。今日は、証拠保全請求がどこまでの制度か、その境界線として押さえてください。

今日のまとめ

起訴させない起訴に備える違法を正すという3つの目標を今の材料があとでどう使われるかを先に読むという1本の発想で束ねる板

今日の内容を振り返ります。1つ目。弁護人の捜査段階の活動は、起訴させない、起訴に備える、違法を正す、この3つの目標に分かれます。2つ目。起訴猶予をめざす活動は、248条の3類型に対応する事実を、勾留満期という締切の前に示します。嫌疑を争う活動とは、方針が逆になります。3つ目。拘束された被疑者は取調べの場から離れられませんが、話す義務はなく、最も有効で容易な手段は黙秘権の行使です。ただし、話すことが起訴猶予に効く場面もあり、供述の変遷や誘導・誇張、方針前の足かせという3つの危険との天秤で、弁護人が個別に判断します。4つ目。違法捜査への対応には、その場での是正と、後の立証準備という、2つの意味があります。5つ目。証拠保全請求は、裁判所を介して自分で証拠を確保する制度で、対象は無実の証拠に限られません。ただし、捜査機関がすでに持っている証拠は、対象外です。

冒頭のAが話すべきか黙るべきか、答えは出ましたか。出ました。一律の正解はありません。弁護人は、この供述が後のどの場面でどう使われるかを先読みして、Aと一緒に判断します。起訴猶予に効くなら話す価値があり、供述の変遷として使われる危険が大きいなら、黙秘を選びます。今の一手が、後のどの場面で使われるかを先に読む。それが、捜査段階の弁護活動の骨格です。

参照条文

  • 刑事訴訟法第248条
  • 刑事訴訟法第179条第1項
  • 刑事訴訟法第179条第2項

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