刑事訴訟法ゼロから刑事訴訟法#10

強制処分と任意処分の区別②——いま使われている線

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第2章 捜査 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

「意思の制圧」を、そのまま読むと何が起きるか

私生活を継続的に把握されても気づかない対象者と、それを行う捜査機関の場面図 図:私生活を継続的に把握されても気づかない対象者と、それを行う捜査機関の場面図

「意思を制圧するとは、具体的にどういうことか」「重要な権利・利益という物差しは、どこから来るのか」「相手が同意していたら、どうなるのか」——この3つです。それともう1つ、前回、私が言ったことも、覚えていますか。私は続けて、「その2つをどうつなぐのかは、学説の仕事です」とも言いました。では、まず、1つ目の問いからいきましょう。「意思を制圧する」とは、具体的に、どういうことか。だから、学説が、この言葉を読み解く作業をしています。ある見解は、この言葉を、そのまま——字義どおりに——読みます。有形力を用いるなどして、相手の物理的な抵抗を排除したり、その処分に服することを、余儀なくさせる程度に達していること。これが必要だ、と読みます。

この読み方でも、前回見た、左手首をつかんだ事件は、「強制処分にあたらない」という、同じ結論に届きます。これでいい、と思いますよね。では、1つ、場面を考えてみてください。捜査機関Aが、対象者Bに、まったく気づかれないまま、Bの私生活の様子を、継続的に把握する手段を取ったとします。Bは、最後まで、何も知りません。抵抗も、していません。字義どおりに読む限り、この捜査は、「意思の制圧が無い」という理由だけで、任意捜査になってしまいます。おかしいと、思いませんか。この不都合を避けるために、こういう説明の仕方もあります。「最高裁の基準は、相手に直接向けられる処分にだけ当てはまり、相手が気づかない処分には、別の考え方が当てはまる」という、使い分けです。

でも、これを認めると、困ったことが起きます。197条1項が定める「強制の処分」という1つの言葉が、場面によって、別の基準で判定されることになります。呼び方が3つでも中身は1つ——あれと、同じ理由です。同じ条文の同じ言葉が、場面ごとに別のものさしで測られるのは、統一的な理解とは言えません。では、ここで、前回の判例の言葉を、もう一度、思い出してください。

判例最高裁判所第三小法廷決定 昭和五十一年三月十六日(刑集三十巻二号百八十七頁)/前回カードの抜粋

前回、最高裁が使った言葉 「意思を制圧し」「身体、住居、財産等に制約を加えて」

今日、学説は、この2つの言葉を、どう読み直すのか。次に見ていきましょう。

判断の重心が動く——「身体・住居・財産等への制約」へ

判例の言葉のうち、判断の重心が前半から後半へ移ったことを示すボード 図:判例の言葉のうち、判断の重心が前半から後半へ移ったことを示すボード

通説的な見解は、「意思の制圧」を、もっと軽い意味に、読み替えます。相手方の、明示または黙示の意思に反すること。これだけで、足ります。はっきり嫌だと言っていなくても、黙って拒んでいる態度が読み取れれば、それで足ります。さっきの、気づかれないまま把握される場面なら、本人は、何も知りません。でも、知っていれば、当然、拒んだはずです。それなら、黙示の意思に反している、と言えます。この読み方なら、入口で落ちることは、ありません。ただ、下がったぶん、今度は、ほとんどの捜査が、この言葉にあてはまってしまいます。

そこが、大事なところです。だから通説は、「意思の制圧」という言葉そのものでは、もう強制処分かどうかを判定しません。「身体、住居、財産等への制約」のほうです。判断の重心が、前半の言葉から、後半の言葉に、移ったんです。前回、私たちが読んだ判例の言葉は、1文字も変わっていません。変わったのは、その中の、どちらの言葉で実際に判断するか、です。同じ言葉の、読み方が変わっただけです。この重心の移動が、次の話に、つながっていきます。

「重要な権利・利益」はどこから来るのか——学説の組み立て

強制処分法定主義・令状主義という厳格な手続の重さから、保護すべき権利利益の重さを逆算する図(3回前の言い換え・前回の判例の言葉・今日の定式を3段で並べる)

では、2つ目の問いに、答えましょう。「重要な権利・利益」という物差しは、どこから来るのか。手がかりは、前回、渡した、3つの縛りにあります。覚えていますか。法定主義、令状主義、比例原則。現行の刑事訴訟法は、強制処分に、この厳格な要件・手続を結びつけています。ここで、発想を、逆にしてみてください。「厳格な手続があるから、重要なんだ」ではありません。「これほど重要な権利・利益だからこそ、厳格な手続で守る必要がある」——こちらが、正しい順番です。だから、通説は、こう組み立てます。守るに値する重さがあるからこそ、法定主義や令状主義という重い手続を要求できる。その重さに届くものだけが、強制処分と呼べます。

たとえば、人の住んでいる家に、立ち入って、中を探す。法は、これに、裁判官の令状という手続を、わざわざ用意しています。踏み込まれる側にとって、それだけ重いものだからです。手続の重さは、奪われるものの重さの、裏返しです。だから、その重さこそが、「重要な権利・利益に対する、実質的な侵害・制約」です。重心が移った先の「身体、住居、財産等への制約」と、同じものです。判例が挙げた身体・住居・財産は、法が重く守ってきたものの、代表例です。通説は、そこを「重要な権利・利益」と言い直し、重さの足りない制約を、「実質的」という言葉で、ふるい落としました。

ここで、もう一度、3回前の私の言葉を、思い出してください。前回、私は、あれは判例の言葉ではない、と釘を刺しました。でも、今日、通説が組み立てた基準を、もう一度、聞いてください。「重要な権利・利益に対する、実質的な侵害・制約」。3回前の言い換えは、不正確な近道では、ありませんでした。学説が最終的に、たどり着く場所を、先取りしていたんです。判例の言葉、学説の再構成、そして3回前の言い換え——この3つが、ここで、1本の線になりました。

類型的に判断する——法定された処分と同視できるか

逮捕・勾留・捜索差押え・検証と同視しうる性質かを見る、類型的判断の図 図:逮捕・勾留・捜索差押え・検証と同視しうる性質かを見る、類型的判断の図

この基準を、実際に使うには、手順があります。まず、目の前の捜査に、重要な権利・利益への、実質的な侵害・制約が見つかるかどうかを、確認します。見つからなければ、無条件で、任意処分です。この最初の検討で、話が終わることもあります。ここが、大事です。この侵害・制約があるかどうかは、類型的に判断されます。当該の捜査が、法律があらかじめ名前を挙げて、用意している処分の類型と、同視しうる性質か。これを見ます。人を捕まえて、身体を拘束する。物を取り上げて、持っていく。どれも、令状なしには、できません。だから、問いは、こうなります。「これは、法が令状を要求している、あの類型と、同じ重さの処分だと言えるか」——ここを、客観的に見比べます。

答案では、「当該捜査は、刑訴法上、類型的に法定されている処分と、同視しうる性質を有するか」——こう問う形が、当てはめの型になります。

「重大な事件だから」は、ここでは使えない

必要性を判断材料に持ち込んでしまう失敗答案のやり取りを示すボード 図:必要性を判断材料に持ち込んでしまう失敗答案のやり取りを示すボード

ここで、答案の頻出ミスを、1つ、確認しておきます。今の場面設定で、1つ、練習してみましょう。捜査機関が、ある重大事件の捜査で、対象者の私生活を継続的に把握したとします。これが、強制処分か、判定してみてください。事件が重大かどうかという考慮は、ここでは、しません。今、見たとおり、この判断は、類型的に行います。事案に応じた捜査の必要性の大小は、強制処分該当性を判断する上で、考慮してはいけません。重大かどうかは、関係ありません。同視しうる性質かを、客観的に見るだけです。事件の重さで、判定が変わってしまったら、それはもう、類型的な判断とは言えません。

必要性を考えるのは、任意捜査の限界——つまり、比例原則の側です。そちらは、また別の回で、詳しく扱います。今日、覚えてほしいのは、「必要性は、ここでは考えない」という、この一文だけです。答案を書くとき、いちばん間違えやすいところなので、覚えておいてください。

同意・承諾があれば、任意処分に落ちる

重要な権利・利益への侵害・制約があっても、自由な同意・承諾で権利利益が放棄され任意処分になることを示すボード

では、3つ目の問いに、進みましょう。「相手が同意していたら、どうなるのか」。たとえ、重要な権利・利益への実質的な侵害・制約が認められる場面でも、話は、そこで終わりません。対象者が、自分の自由な意思で、同意し、承諾していた場合が、別にあります。その場合は、任意処分と、理解できます。対象者の意思に、はっきりでも、それとなくでも、反しているとは、言えないからです。守られるべき権利・利益が、対象者自身によって、放棄される。強制処分の重さは、「本人の意思に反して」奪う、というところにあります。本人が、自分から委ねているなら、そもそも、奪われていません。

ただし、同意さえあれば何でも任意処分、とまでは言っていません。「同意があれば、すべて任意処分」というのには、別の限界もあります。中身は、また別の回で扱いますが、今日は、まず、この構成そのものを、つかんでください。

同意・承諾の有無は、どう判断するか

同意・承諾の有無は個別具体的に判断されることを、類型的判断と対比して示すボード 図:同意・承諾の有無は個別具体的に判断されることを、類型的判断と対比して示すボード

ここで、注意してほしいことが、1つあります。重要な権利・利益への侵害・制約があるかを判断するときと、同意・承諾の有無を判断するときとでは、判断の方法が、違います。侵害・制約のほうは、類型的に。でも、同意・承諾の有無は、個別具体的に判断します。同意・承諾があったかどうかは、その日、その人が、実際に、どう振る舞ったか、という、1回きりの事実だからです。型に当てはめて、まとめて測ることができません。その場面、その人の言動を、そのつど、個別に見るしかないんです。次に、この違いを、1つの場面で、実際に体験してもらいましょう。

同じ場面を、2回測る

鞄の中を見せてもらう場面を、類型的判断と個別具体的判断の2つの物差しで測る対比表 図:鞄の中を見せてもらう場面を、類型的判断と個別具体的判断の2つの物差しで測る対比表

1つの場面を、用意します。捜査機関Aが、対象者Bに、持ち物の鞄の中を、見せてもらう場面です。この1つの場面を、今から、2回、測ります。1回目、類型的に見ます。これは、法が令状を要求している「捜索」と、同視しうる性質の行為か。Bがどう感じたか、何と言ったかは、まだ、見ません。鞄の中を検分する行為の、客観的な強さと範囲だけを見て、法定された捜索と、同視できる性質かを判定します。ここでは、「同視しうる性質があり、重要な権利・利益への実質的な侵害・制約がある」という結論を、一旦、置いておきます。

同じ場面で、今度は、個別具体的に見ます。Bが、この場で、どう言ったか。「どうぞ」と、はっきり言ったのか。それとも、黙って、鞄を差し出しただけなのか。ここで初めて、Bの言動という、1回きりの事実に、立ち返ります。ここまでを、1枚の表にまとめます。重要な権利・利益は、捜査そのものの客観的な性質を、判断対象にします。見るのは、法定された強制処分と同視しうるか。見ないのは、その日、その人の事情や言動です。一方、同意・承諾は、その場のBの言動、意思決定を、判断対象にします。見るのは、明確な承諾があったか、自由な意思決定だったか。見ないのは、捜査の類型としての強さそのものです。

対象も、見るものも、まるで違う——これが、今日、いちばん、覚えてほしい弁別です。では、1つ、聞いてもいいですか。もし、Bが、鞄を見せながら、何も言わずに、うつむいていたら——これは、同意・承諾があったと、言えますか?明確でないと、あとで争いになる——まさに、そこが、次の話に、つながります。

渋々でも、自由な意思決定はありうる

渋々の承諾でも自由な意思決定になりうる大阪高裁判例と、AとBの対比 図:渋々の承諾でも自由な意思決定になりうる大阪高裁判例と、AとBの対比

同意・承諾と呼べるには、対象者が、自分の意思で決めたことが、前提になります。ただ、完全に自発的である必要までは、ありません。気が進まないまま、捜査機関の説得を受け入れた場合でも、最終的に自分で判断していれば、任意の承諾と扱われることがあります。ここで、実際の裁判例を、見てみましょう。

判例大阪高等裁判所判決 昭和六十一年九月十七日(判例時報千二百二十二号百四十四頁)

渋々でも、自由な意思決定はありうる 渋々承諾した場合でも、社会通念からみて身体の束縛や強い心理的圧迫による自由の拘束があったといい得るような客観的情況がない限り、任意の承諾がある

渋々でも、任意の承諾は、原則、ある。ただし、例外もある、という組み立てです。社会通念からみて、身体の束縛や強い心理的圧迫による自由の拘束があったといえる、客観的な状況がある場合です。そのときだけ、任意の承諾は、否定されます。2つの場面を、並べてみましょう。まず、Aです。気は進まないけれど、説得されて、最後は、自分で決めた——という場合。自由な意思決定でありうる、と言えます。渋々ではあっても、最後に決めたのは、A自身です。もう1つ、Bの場合です。帰りたいのに、周りを囲まれて、帰れなかった——という場合です。

こちらは、違います。社会通念からみて、身体の束縛や、強い心理的圧迫による自由の拘束があった、と言える客観的な状況です。自由な意思決定とは、言えません。それと、もう1つ。承諾は、明確なものであることが望ましい、とされています。黙示の承諾の場合、そのときの様子から、はっきり承諾したと分かる材料が無いと、あとになって、「本当は、承諾していなかった」と、揉める可能性が高くなります。黙って差し出しただけでは、明確な承諾とは、言いにくいんです。「言えない」という見立ては、正しかった、ということです。

今日の物差しを、1枚のフローにする

重要な権利利益(類型的)と同意・承諾(個別具体的)の2段階を1枚にまとめた完成フロー図 図:重要な権利利益と同意・承諾(個別具体的)の2段階を1枚にまとめた完成フロー図

ここまでの2つの物差しを、1枚のフローに、まとめます。1段目は、重要な権利・利益に対する、実質的な侵害・制約。これが認められるかを、類型的に判断します。認められなければ、そこで任意捜査です。認められれば、2段目に進みます。対象者本人が、自由な意思で決めた同意・承諾。それがあるかを、個別具体的に判断します。重要な権利・利益が「ない」経路と、同意・承諾が「ある」経路、両方が、同じ、任意捜査の箱に合流します。同意・承諾が「ない」なら、強制捜査です。見落とさないでほしいところです。「ただし、承諾留置・承諾家宅捜索に、注意」——同意があっても、強制処分法定主義を外せない場面が、あります。中身は、また別の回で扱いますが、名前だけ、今日、渡しておきます。

前回、見た、あの4分岐のフローを、覚えていますか。今日のフローは、あのフローの、最初の1段の中身を、虫めがねで拡大して見た図です。前回とは別の図ですが、つながっています。

あの場面に、今日の基準を当ててみる

左手首をつかんだ場面に、通説の定式で再びあてはめた結論を示すボード 図:左手首をつかんだ場面に、通説の定式で再びあてはめた結論を示すボード

では、前回見た、あの場面に、今日の基準を、当ててみましょう。Aが、退室しようとしたところを、警察官が、左手首を握って、止めたんでしたね。歩き回ったり、その場を離れたりする自由——人身の自由という、重要な権利・利益に、制約が生じています。どうでしょう。ここで効いてくるのは、事案の細かいところです。警察官がつかんでいたのは、ほんの短い間で、力も、強いものではありませんでした。だから、まだ、重要な権利・利益への制約は、実質的な域には届いていない、と言えます。任意処分と、理解されます。前回は、判文がこう言った、で終わりました。でも、今日は、通説の言葉で、その理由を、もう一段深く、説明できます。侵害・制約は「ある」。ただし「実質的」ではない——だから強制処分にあたらない、という理由づけです。

これで、今日の基準を使って、答案を書く準備が、整いました。

何を奪えば、重要な権利・利益なのか——見取り図

証拠収集系(プライバシー・私的領域・通信の秘密)と犯人確保系(人身の自由)の2系統を示す見取り図 図:証拠収集系と犯人確保系(人身の自由)の2系統を示す見取り図

最後に、もう1つ。「重要な権利・利益」の中身を、地図にしておきましょう。捜査は、大きく2つの系統に分けられます。証拠の発見・収集と、犯人の発見・確保です。証拠収集系では、一般に、プライバシーないし人格権が、問題になります。「個人として尊重される」——その一文が、根拠になります。ただ、捜査では、大なり小なり、プライバシー侵害は避けられません。誰にでも、多少のプライバシー侵害は起きています。その中でも、令状という重い手続を要求してよいのは、とりわけ守るべき場所や空間——私的領域に、話が絞られたときだけです。

さっき、Bの鞄の中を見せてもらう場面を考えましたよね。あの鞄の中や、家の中のように、他人には中を見られない前提で、過ごしている場所です。ここで、いちばん最初の場面に、戻ってみましょう。あれは、まさに、私的領域に手が届く場面です。だとすれば、重要な権利・利益への、実質的な侵害・制約があると評価される余地は、大きい。そこまで見通せたなら、今日の物差しは、もう使えています。それと、通信を使う手段では、通信の秘密への実質的な侵害・制約が、問題になります。

条文憲法21条2項

憲法第21条2項 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

今日、初めて出した条文です。この「通信の秘密」が、通信を使う手段が問題になる場面の、根拠になります。犯人確保系で問題になるのは、専ら人身の自由——身体・行動の自由です。憲法33条・34条ですね。人身の自由は、憲法の基幹的な価値である、個人の尊重の前提です。重要な権利・利益にあたるのは、明らかです。憲法35条1項は、証拠収集系の、私的領域の話に、つながります。住居や書類、持ち物に、勝手に立ち入られたり調べられたりしない権利——この条文です。この権利には、住居や書類、持ち物そのものだけでなく、これらに準ずる、私的領域に侵入されない権利も含まれる——最高裁は、そう述べています。

最後に、犯人確保系でも証拠収集系でも、対象者が、自分の意思で応じていれば、任意処分に落ちる——今日、確認したとおりです。ただし、その限界は、また別の回で、扱います。

今日の地図(保存版)

今日渡した物差し(重心の移動・厳格な手続からの逆算・類型的判断・個別具体的判断)と、3段構えの想起の完成図 図:今日渡した物差しと、3段構えの想起の完成図

今日、渡した地図を、振り返りましょう。1つ目、「意思の制圧」は、明示または黙示の意思に反すること、という、軽い意味に、読み替えられました。判断の重心は、「身体・住居・財産等への制約」に、移りました。2つ目、その制約が、「重要な権利・利益に対する実質的な侵害・制約」と呼べるかは、法定主義・令状主義という、厳格な手続の重さから、逆算して決まります。3つ目、この判断は、類型的です。事案の必要性は、考慮しません。4つ目、同意・承諾があれば、任意処分に落ちます。ただし、その有無は、個別具体的に判断します。対象も、方法も、2つの物差しは、まるで違います。

そして、最後に、もう一度、確認しておきたいことがあります。3回前、私は、平易な言い換えとして、「重要な権利や利益を、相手の意思に反して侵害・制約できてしまいます」と言いました。前回、判例が実際に書いた言葉は、「意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて」でした。そして今日、学説が組み直した言葉は、「重要な権利・利益に対する、実質的な侵害・制約」でした。平易な言い換えと、判例の言葉と、学説の再構成——この3つが、今日、1本の線に、なりました。この物差しを、最初に当てる相手は、もう決まっています。

「撮る」捜査と、「録音する」捜査——容ぼうの撮影と、秘密録音です。今日、見取り図で触れた私的領域——この言葉を、覚えておいてください。

参照条文

  • 憲法21条2項

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